これから起こる事は全て偶然。既に起こった事は全て必然。    その論理からすれば、これは必然だったのだろう。  少なくとも、帝国騎士アランルース・イーガーはこの事態を予想しては居なかった。  つまり偶然の産物であり――そして起こった以上、これはやはり必然だったのだろう。  始まりは、いつも大変お世話になっている技能"危険感知"の知らせを感じた事だ。  うなじが焦げ付くような感覚は、戦場において幾度となくルースの命を救ったもの。  だが、だからといって慣れたくない非常に不吉な知らせだ。  特に――平和な街中で感じたくはなかった。 「…………」  外的要因として捉えたのは、雨音にかき消されるような小さな音だった。  雨の中、外回りから隊舎へ帰還途中だったルースは注意深く周囲を見回す。  霧のような小降りの雨は視界を狭めるが、見通せない程ではない。  油断なく腰の剣に手を添えると、周囲の様子が伺える。  現在、ルース達は辺境警備隊の正式任務として北方奥地の街へとやってきていた。  北部山岳地帯では現在も採掘が盛んで、鉱夫とその家族などでそれなりの発展を遂げている。  今回の任地もそうした大き目の鉱山街の一つだ。  そして、そうした開発の進む北部では多くの魔物が目撃されている。  つい先日も、鉱山を占拠した小鬼のような魔物の群れを討伐したばかり。  よもやその残党かと、ルースは額に冷たい汗が流れるのを感じた。  と――視界の端に映る影。  即座にそちらを振り返ったルースは次の瞬間、驚愕に眼を見開いた。  金色の瞳が一対、草葉の陰から鋭く覗いている。  緊張から噴出す汗の量が自然と増える。  ルースは、これは自分では対処できないと即座に判断を下した。  撤退すべきだ。どうしようもない。  だが、現実は残酷な運命ばかりをこの男に科す。  ――眼が、合った。  途端に、天上の月を落したような金色が吊り上り、警戒するように窄められる。  拙い、と思った時にはあちらは既に臨戦態勢を終えていた。 「ま、待って……!」  言葉が通じる筈もない。  だというのに、自然と制止の言葉が漏れる。  あるいは、不利な状況を打破せんと、咄嗟に口を出てしまったのかもしれない。  だが、それが結果的に在って無きような均衡を崩すこととなった。  ――ザッ!  元より警戒していた金色は、声に反応するように四肢を躍動させ草むらを飛び出す。  一瞬で縮まる距離。 「まっ……!?」  咄嗟に剣を抜くことも適わず、せめてもの抵抗と両手を突き出す。  しかし、それは狩猟者の前に獲物を差し出すような愚行。  何物にも覆われていない手は、阻むことなく鋭い白刃にさらされ、  ガリ――ッ!!  皮膚を突き破り、鮮血が飛び散る。 「ぎゃああああああああああぁ―――――っ!!!」  その日、雨音にかき消される事無く、遠く悲鳴が響き渡った――。 *** 「……なにやってんの、お前?」  呆れたような言葉が、帝国騎士セクレト・グラウヴェルデの口より漏れる。  いや、ような、ではない。確実に呆れている。  それが解っていながらも、ルースはこの頼れる先輩に救援を要請した。 「せ、先輩!? 何とかしてください!」 「なんとか、ってもなぁ……」  セトの愛称で呼ばれる男は、珍しくも困った様子で視線を転じた。  向けた先はルースの右手――というより、その先にぶら下がるモノ。  血が流れていることから流石に放置は出来ないと判断したのか、セトはひょいとそれを摘み上げた。  元々それほど強い力ではなかったのか、左右に少し振るとあっさり口を離す。 「にゃ〜」  アーモンド型の吊り眼、金色の瞳、上質の絹のように純白の毛並み。  ころころと丸い身体付きからピンと尖った三角の耳が伸びる――それは小さな白猫だった。  まだ生まれて間もないのだろう。  子猫と呼ぶにも小さな命は、自身を摘み上げるセトを見上げて警戒するような鳴き声を上げている。 「どこからお持ち帰りしてきたんだ、このお嬢さん?」  どうやらメスらしい。  普段の斜に構えた様子を欠片も見せず、セトはぶら下げた生き物を観察していた。  子猫は、まだ歯も伸びきっていない口を大きく開けている。  咬む力も弱いだろうに、精一杯に威嚇する。  ここまで小さいと、そんな様すら愛らしく見える。 「別に、お持ち帰りしたくて連れ帰ったわけじゃありませんよう」  噛まれていた指先を振りながら、ルースが応える。  その指には若干大げさなほど包帯が巻かれており、一度治療した跡が伺える。  どうやら、道で噛まれ、連れ帰って治療後、再度噛まれたらしい。  甘噛みに等しい子猫の牙で皮膚が破けるとは、軟弱なのか運が悪いのか疑問が残るところである。 「みぃ〜?」  セトを見上げ、ルースを見上げると、きょろきょろと周囲を警戒する。  仕草の一つ一つに対応して、耳がピクピクと動いていた。 「親とはぐれたのか、雨の中でジッとしてたんです。  本当なら関わらない方が良かったんですけど、思わず眼が合っちゃって……」  放っておくことも出来ずに連れ帰った次第である。  魔物の討伐、命のやり取りをする騎士団においても、ルースは一際甘い。 「旅暮らしだから、連れて行くのは酷だぞ?」 「解ってます。ただ、里親は探すつもりですけど、酷く衰弱してたもので」  困ったように笑う。  今も食堂でミルクでも温めてもらおうと移動していたようだ。 「みゃ!」  ルースが手を差し伸べると、獲物が来たと判断したのか子猫が指先を銜える。  そして、また釣られた魚のようにぶら下がるのだ。  セトは、不器用な後輩の様子に苦笑を閃かせると、その背を叩く。 「よし! それじゃあ、お嬢さんにミルクの一杯もご馳走しようじゃないか。俺の奢りだ」 *** ここから条件分岐 *** ルートA:ただの猫  里親が見つかって涙ながらの別れエンド ルートB:猫魔物  災いを呼ぶ子供を殺してしまえと詰め寄られ、最後は……エンド