サイラーグ・シティ。    かつて、魔獣ザナッファーによる大災害に見舞われ、光の剣の戦士の伝説を生み出した町。  死んだと噂されていた大魔道士・赤法師レゾの事件において、壊滅的な被害を受けた都市。  魔王の腹心・冥王フィブリゾとの決戦にて、安らかに眠る魂すら弄ぶ悪意に晒された場所。    幾たびの破壊と崩壊の果て、今や瓦礫だけが残る不毛の地。  ここにはかつて、一本の大樹が聳え立っていた。    瘴気を吸い取り、成長する聖なる樹木。  ――神聖樹フラグーン。    だがそれも、冥王の絶対的な瘴気に耐え切れず朽ちて消えてしまった。  人々は知らない。  その大樹の麓に眠っていた男のことを。  人々は知らない。  彼の地に魔王の中の魔王《金色の魔王(ロード・オブ・ナイトメア)》が降臨したこと。  そして、魔王が力を振るったことにより、あるイレギュラーが巻き起こったこと。  その事を知る者は……誰もいない。  この広い空の下には、幾千、幾万の人達がいて、  いろんな人が、願いや想いを抱いて暮らしていて、  その想いは、時に触れ合って、ぶつかりあって……だけど、  その中のいくつかは、きっとつながっていける、伝え合っていける。  これから始まるのは、そんな、出会いと触れ合いのお話。  魔法少女リリカルなのはスレイヤーズ――――始まります!           ――――――――――――――――――――             魔法少女リリカルなのはスレイヤーズ             0:           ―――――――――――――――――――― 『私はレゾを越える! いいえ、もう越えたでしょう!? ねぇ、そうでしょう!?』  私の言葉に、彼女――リナ=インバースは首を振った。  思い起こせば、アレが私の最初の言葉だったのかもしれない。  私はホムンクルス。  赤法師レゾと呼ばれた男のコピーたる存在。  レゾ=グレイワーズ。  常に赤い法衣に身を包み、圧倒的な魔力を持ちながらどの国にも属さず、  諸国を渡り歩いては市井の困っている人々に無償で治療を施す大魔道士。  僧侶に必須な白魔術のみならず、精霊・黒魔術といったあらゆる魔法に精通し、  現代の五大賢者の一人と讃えられている。  そんな聖者の筆頭のような男の本当の目的は、開くことの無い自らの目の治療。  無償で行なわれる治療が、その為の人体実験と知っている者は数少ないだろう。  少し考えればわかる事なのだけれど。  あの男の弟子や部下に、合成獣やハーフといった特殊な生まれの者が多いのは何故なのか。  人々の苦痛や怨嗟の呻きを糧とする魔族があの男の配下となって従うのは何故なのか。  実験体を確保するために国一つ滅ぶほどの疫病を蔓延させたことすらある。  目的の為には手段を選ばない利己主義者、それが赤法師の本質。  そんな男を愛してしまった女は、おそらく不幸だったのだと思う。  私を作った魔道士・エリシエル=ヴルムグンは。  一番弟子というポジションで付き従い、誰よりもあの男の傍にいた。  世にもおぞましい穢れた実験を嬉々として行なった。  人の道に外れた恐ろしい研究を諾々として研鑽した。  全てはあの男のため。愛する人への想いのために。  魔道士としても、女としても擦り切れる程に使い潰され、  そして、あの男は最後まで振り向くことなく、逝ってしまった。  その事を哀れとは思わない。  少なくとも、子供じみた癇癪で八つ当たりの実験台と成った身としては。  復讐を誓った相手が勝手に逝ってしまったと憤ったくらいだろうか。  私は―― (………………?)  ようやく覚えた違和感に、眉をひそめる。  走馬灯と呼ぶには嫌に長い回想――というよりは思考が続く。  私は確かに死んだ筈なのに。  湧き上がる疑問。しかし、それは次の瞬間に恐怖へと変る。  全身を包む――関係ないが全裸――水の感覚。  熱すぎもなく、冷たすぎもない、知識に聞く母の胎内のようなこの感覚。  これによく似た感覚を、私はしかと覚えている。  かつて、生れ落ちた瞬間からずっと、この中で生活を続けていたのだから。  そう、これはホムンクルス調整用の―― 「………………っ!?」  意識が弾けると同時に目を見開く。  映るのは薄緑色の液体。硝子の壁。薄暗い部屋。  照明の落ちたどこかの研究室で、私は円筒状のカプセルに浮かんでいる。 「ごっ……! がばっ……!?」  急激な覚醒から、肺に流れ込む液体にむせかえる。  ただ、圧迫感はあれど呼吸ができないというわけではない。  内部の生物を窒息させてしまわないよう、酸素を多く含んでいるらしい。 「ぼごぼご……(これは一体……)」  無理やりにでも冷静になるために、私は大きく息を吸った。  多量の酸素と共に肺を流れる溶液は、お世辞にも味がいいとはいえない。  しかし、その不快な感覚が、逆に檄した頭をクールダウンする役には立ったようだ。  ――どうやら、私は生きているようですね。  いや、正確には"生き返った"だろうか。  最後の瞬間を、私ははっきり覚えている。  身体ごとぶつかり胸板を刺し貫いた刃の衝撃も――。  《治癒(リカバリィ)》を受けて力が抜け出す感覚も――。  墓碑銘を尋ねる言葉になんと返答したかも――。  全てが、私が"私"であるという証。  赤法師レゾではなく、私だけの思い出。  ……今際の際がもっとも充実していたというのは、自分でも嫌な話だとは思う。  その私が、こうして意識を取り戻しているのは何故なのか。  考えられる可能性としてはおよそ三つ。  一つ、実は死んでいなかった。  といっても、これは流石にありえない。  あの時の私は完全に致命傷で、直後に治療したとしても助かるとは思えない。  二つ、この記憶それ自体が架空のもの。  馬鹿な! 私の全てを賭けたあの戦いが夢幻だというのか。  それを認めるくらいならばそのまま死んだ方がマシというもの。  三つ、魂の移行。  いわゆる転生という形、生まれ変わりという場合と、もう一つ。  かつてレゾがタフォーラシア国で行なったような人為的な魂の移行。  別の肉体に魂を移すことで外部的に視力を得ようとした実験。  あの実験のように、私の魂がこの肉体に移行している可能性はどうだろう。  人為的要因か偶発的要因かという差はあれど、これは意外と有り得るような気がする。  詳しくは調べてみなければ解らないが、そう考えれば多少は前向きな思考になるというものだ。  ――つまり、これはやり直しの機会を得たということですね。