・改定の度に微妙な改稿がしてある個所もある  (微々たるものだがスクリプト作業しにくいだろうから次回からはマークを入れるように心がけます。今回はゴメン) ・改行位置やその他文中表現等はどんだけいじってもらっても構いません ・表情の指定は伝わりづらい一部しか行ってません ・△△、××の地名募集中 『プロローグ:起』 <背景:駅(夜)>  ずっと遠くを走る車の音が聞こえくるほどの、静寂に包まれた9月の夜。 「まいったな……」  駅舎の階段から一歩踏み出した俺は、思わずそう口にした。  その場で光を放っているものといえば、道路に立っているいくつかの防犯灯と、駅舎の中からわずかに漏れ出した蛍光灯の明かりのみ。そしてそれらは俺の目の前に広がる閑散とした景色を映し出し、ようやく辿り着いた故郷の町がもう寝静まっていることを俺に教えてくれている。  時刻は午後11時。日が暮れるまでに家に帰って妹と一緒に夕食を食べるはずだったが、結果として予定よりも五時間近く遅れてしまっていた。  バスは最終便がもう出てしまっているし、こんな田舎町ではタクシーを呼んでから来るまでに30分くらいかかってしまう。重い荷物を背負わなくて済むのはありがたいが、それでは家まで歩いて帰るのと同じくらい時間がかかるのであんまり意味が無い。  どうしよう。  駅舎と町闇の狭間で立ち往生していると、俺のすぐ真横を列車の中から一緒だった乗客の男性が「我関せず」といった顔で通り過ぎて行った。彼は家が近いのか、ここから歩いて帰るようだ。  こうなっては俺も歩いて帰るしかない。そう腹を決めて歩き出したところで、遠くから黒塗りの車が、ライトで闇を切り裂くようにしてやってくる。  ――タクシーだった。これぞ渡りに船。天の助けにしか思えない。  駅の正面で停車して乗客を降ろしたタクシーに、俺はすぐさま駆け寄って合図を出す。  運転手は俺の合図に気が付いたようで、一度閉めたドアをもう一度開けてくれた。 「どちらまで」  運転席から聞こえてくるのは無愛想な中年男性の声だが、今の俺には天使の声に聞こえる。 「△△の――」  そう言いながら乗り込もうとしたところで、 「ちょ、ちょっと待ってください!」  後ろからの声に、突然そう呼び止められた。 <紗月(現在)ON>  振り返ると、俺と同年代くらいの女が、こちらへ駆け寄ってきている。 「はぁ……っ、はぁ……」  彼女は俺の前でその足を止め、長々と息を整えてから、落ち着いた声でこう言った。 「申し訳ないのですが、そのタクシー、私に譲ってください」 「え……」  丁寧な口調であるが、言っていることは穏やかじゃない。  俺はこの黒髪の女を敵と判断することにした。 「と言いますか、順番的に私が先なんです。だからお願いします」 「いやだって、並んでなんかいなかったじゃないか」  相手が何と言おうと、断固拒否するつもりだ。 「それともこのタクシー、君が呼んだとでも言うの?」 「ち、違いますけどっ!」  彼女は慌てて首を振る。 「でも私、家が遠いから困ってて、ここで『タクシー来ないかなぁー』って思いながらずっと待ってたんですよ? そこにタクシーが都合よくやって来たんですから、このタクシーは私のものです」  どういう理屈だ。 「都合よくタクシーがやって来たってのなら、俺だって同じだよ。ホームから降りて、すぐにタクシーがやってきたんだから」 「そんなの嘘です。すぐに来たっていいますけど、あなたもちょっと待ってたんじゃないですか?」 「な、なんでそう思うんだよ」 「だって見てましたから。誰か知ってる人の後ろ姿に見えたので。……でもその様子だと、人違いだったみたいですね」  彼女はそう言いながら、残念そうに俺の顔を眺めた。  目と目がしっかり合って、ちょっと動揺してしまう。 「と、とにかく、俺も家が遠いんだ! 見てくれよこの荷物……これ背負って家まで帰るんだぜ? 可哀相だと思わない?」 「あなたこそ、こんな暗い時間に女の人を一人で家まで歩かせようだなんて、可哀相だとは思いませんか?」 「うっ……」  言われてみると、それは酷な話かもしれない。  俺は歩いて帰っても疲れるだけで済む。遅く帰ると妹のこばとには大目玉を食らうことになるのだが、すでにこれだけ遅くなっているのだから、それはどの道避けられないだろう。しかし彼女は……。 「じゃ、じゃあ代わりのタクシーを呼んでやるよ。なんならこの運転手さんに駅まで引き返してもらってもいい。それなら」 「これ以上待つのはイヤですっ」 「――お客さん」  しびれを切らしたのか、俺達の口論を黙って見ていた運転手が、急に声をかけてきた。 「あ、はい! 今乗ります」 「そうじゃなくて、行先はどこ」 「え……? △△の、1丁目です」 「そっちのお嬢さんは?」 「私は××の2丁目です。公園のすぐ近くの」 「同じ方向ですな」  その通りだ。××公園なら高校時代の学校からすぐ近くで、俺も何度か通ったことがある。 「だったらみっともなく喧嘩なんかしてないで、二人とも一緒に乗ればいいでしょう。料金も半分で済みますよ」  運転手さんは俺達よりずっと大人だった。 <背景:???(タクシー車内 or ブラック+車窓から見える星空の二枚 or ブラック+車の走行音)>  タクシーの中でも黒髪の女は機嫌を直すことなく、隣に座っている俺の方に全く顔を向けようとせずに、一人で窓の外ばかり見ていた。  こうして二人とも無事にタクシーに乗ることのできた今となっては、もう俺と彼女が争う理由もない。にもかかわらず、こう頑なに拒絶されたのでは、なんとなく俺の方が彼女に悪いことをしてしまったのではないかという気がしてくる。  ……思い返せば、実際のところタクシー乗り場での自分の態度はいささか大人げなかったかもしれない。  こうして空気の悪いまま目的地に着いて別れても後味が悪いので、俺は率先して関係修復に努め始めることにした。 「なあ」 「――――」  黒髪の女は窓の外に顔を向けたまま、微動だにしない。  完全に無視されている。駅前で俺と喧嘩したことに、よっぽど腹を立てているのだろう。 「あーもう、わかったよ。俺が悪かった。これでいいんだろ?」  俺は心の中で舌打ちをしながら、一応は謝る姿勢を見せる。  すると彼女はやや驚いたようにこちらを振り向いて、 「え? 何か言いました?」  と、まるで悪気の無い顔で言った。 「……あ、いや。別に」 「そうですか。変な人」  変な人はおまえだ、と言いたくなるのをぐっと我慢する。  でもどうやら、車内の空気が悪いと思っていたのは自分だけだったらしい。  俺は小さく安堵の息を吐き、黒髪の女は再び窓の外へと視線を向け始めた。 「――――」  彼女が外ばかり気にしているので、俺も合わせて同じ窓の外に視線を動かしてみた。  夜の暗闇がただ流れているだけで、何がどうなっているのかわかったもんじゃない。 「さっきから何してるんだ? 真っ暗だから何も見えないだろ」 「星を眺めているんです」  今度はちゃんと返事があった。 「星?」 「ええ。星」  俺も自分のいる側の窓を覗き込んで、空を見上げてみる。  新月のおかげでくっきりとした星空が見えるものの、特にめずらしいものでもない気がした。 「君ってさ、星――好きなの?」 <表情:紗月/驚き> 「え?」 「な、なんだよ」 「そうでした……。私は、星を見るのが好きだったのでした」 「それって、そんな大袈裟に言うことか?」 「はい。大事なことなんです。なにしろ、私は今思い出したのですから」  思えば彼女は、出会ってからずっとマイペースで、おかしなことばかりを言う。  俺は緊張や警戒を保っていることが馬鹿馬鹿しくなり、とうとう気抜けした。 「……君ってさ、あんまり話通じないよね」 「あら、失礼ですね」  彼女は心外だと言わんばかりにおどけてみせる。 「私だって、日本語と英語くらい話せますよ?」 「さりげなく語学力の高さを自慢されたような気がするな」 <表情:紗月/笑顔> 「試しに日本語で自己紹介でもしてみせましょうか?」  やはり人の話を聞いていない。 <表情:紗月/通常> 「私は桜井紗月。B型おうし座の19歳です。どうぞよろしくお願いします」  そう言って、彼女――桜井紗月は、俺に向けて右手を差し出してきた。  初対面の女の子の手を握っていいものかと躊躇したが、差し出された手を拒否するのはかえって失礼だろうと思い直し、俺はその握手に応じる。  小さくて柔らかい、ひんやりとした手だった。 「よろしくって言っても、もう会うことも無いだろうけど」 「わかりませんよ? 人と人との縁は不思議な物ですから、またどこかでお会いすることになるかも知れません」 「まあ、そんなに広い町ってわけでもないしなぁ」 「そうですね。家もそう遠くないみたいですし、スーパーでお買い物をしていたらバッタリ! なんてこともあるのかも」 「いや、幸か不幸かそれはないな。夏休みが終わったら俺、大学に帰るから」  だからこの短い夏休み中に再会する機会なんて、まずないだろう。 「とういうことは、あなたは大学生なのですか?」 「そう。大学一年生」 <表情:紗月/笑顔> 「じゃあ私と同い年ですね。あなたが留年さえしていなければ」  ひと言余計だと思う。 「留年はしてないよ。君も大学一年生?」 <表情:紗月/普通or真面目> 「あ……はい。一応はそうです。訳あって、大学はお休みしているところですけれど」  詳しい理由を言わないあたり、ここはあまり詮索すべきじゃないのだろう。 「もしかしたら私たち、同じ高校だったかもしれませんね」 「う〜ん、どうかな。そういえば小学校の頃、桜井っていう名前の女子がいたような気がするけど」 「あ、いえ。私は高校3年生の春からこの町に引っ越してきましたから、小学校はこの町じゃありません」 「違うか。越してきたってことは、転校生だったわけだよな?」  腕を組んで、一年前のことを思い起こしてみる。 「残念だけど、俺の高校に転校生は<映像ノイズ>いなかったよ」 「そうですか。……せっかく、私のことを知ってるかもしれない人に会えたのにな」  紗月はひとり言のようにつぶやく。  それから俺の足元に置かれた大荷物に目を遣り、ふと口を開いた。 「どちらかと言うとあなた、夏休みが終わって帰省先から戻ってきた大学生に見えますね」 「まあね」  普通の大学生は8月の夏休みになると帰省し、9月に大学へ戻る。  9月の頭に着替えの詰まったバッグを背負って夜の駅に立っていた俺は、傍目からは紗月の言うように、夏休みを終えて他所から戻ってきた若者のように見えるだろう。 「というか、よくぞ聞いてくれた」 「いえ。聞いてはいません」 「これには深い事情があってさ。夏休みになってからも、大学の教授がなかなか実家に帰らしてくれなかったんだ」 「要するに居残りですか」 「まあ、そんなところ」 「ギリギリまで大学に残されていたせいで、こんな夜遅くに帰省を?」 「いや。それは電車の乗り換えを間違えたうえに、下りる駅を寝過ごしたから。寮での手続きにもたついて、大学を出発したのも遅かったし」 「オマヌケさんですね」 「ほっとけ。やっと大学から解放されて、色々と気が抜けてただけだよ」 「そうですか」  心のこもっていない相槌を打つ紗月。 「君こそ、こんな時間まで女一人でどこ行ってたんだよ」  あんまり自分のことばかり話すのも嫌なので、相手に話を振ってみる。 「私はちょっと、市街の方へ用事があったものですから」 「用事? こんな夜遅くまで?」  夜の市街への用事といえば、結構限られてくる。 「あ、ひょっとして……」 「そうです。彼氏とデートでした」  紗月はなんでもないような顔をしながら、軽い調子でそう言った。 「あ……、そうなんだ」 「嘘です」 「嘘かよ!」  ちょっとホッとしてしまった自分が悔しい。 「ふふっ、今は彼氏なんていませんし、作る気もありませんよ。お昼過ぎに用事を済ませてから、そのあとはずっと一人で動物園にいました」 「一人で動物園……」  一人焼肉や一人遊園地よりマシだろうが、それでも女の子が一人でそんなところにいるのを想像すると、なんだか哀しく思えてくる。 「探し物をしてたんです。本当は行く予定じゃなかったんですけど、ついフラフラ〜っと」 「探し物?」  紗月は小さく息をついた。 「ずっと探しているんです。どこに落としたのかもわからなくって」 「動物園っていうと市街よりも遠いだろうに……。そんな場所にまで探しに行ってるのか」  それだけ捜索範囲が広いとなると、自分ならまず諦める。  紗月がそうしないということは、きっとそれだけ彼女にとって大切な物なのだろう。 「向こうの駅で動物園のチラシを見たとき、すごく見つかりそうな気がしたんです。だからちょっと寄り道したんですけれど、気が付いたらこんな時間に……。今日はお母さんに怒られてしまいます」  子供っぽく笑う紗月に、俺は妙な親近感を覚えた。 「……あー、俺も帰ったら妹にこってり絞られる予定なのを思い出した」 「妹さんがいらっしゃるのですか?」 「そう。歳は四つ離れてるけど、よくできた妹だよ」 「その言い方では、そうとう可愛い妹さんなんでしょうね」 「まあね。でも家のことはほとんどあいつがやってるから、どっちかって言うと俺の方が立場は下かな」 「そうなのですか。家事のほとんどを妹さんが……。……あっ」  彼女はそこで言葉を切る。  兄妹に両親がいないことに気が付いたのだろう。 「そう。――夏休みは残り少ないけど、たった一人の家族に会いに帰ったってわけ」  本当は恋人の佳奈子に会うためでもあるのだが、それは言わないでおいた。 「妹さんも喜びますよ。きっとその妹さん、あなたが大好きでしょうから」  紗月がそう言った瞬間に、タクシーが停まった。  窓の外には、幼い頃から見慣れた家々が並んでいた。 <背景:住宅地(夜)> <全立ち絵リセット> 「この辺りでいいですか?」  運転手さんが、ルームミラー越しに声を掛けてくる。 「あ、はい。ありがとうございました」  俺は運転席の横の料金メーターを見て、その料金分を紗月に全額手渡した。 <紗月ON> 「割り勘ですから、これだとちょっと多いですよ?」 「いいよ。多かったら運転手さんにあげてくれ」  そんなやりとりをしている最中に、  ――コンコン  と、窓をノックする音。 <紗月OFF>  驚いて窓の外を見ると、<こばと(怒りor不機嫌)ON>見るからに不機嫌そうな顔をした少女が、こちらを睨みつけていた。 『遅いっ!』  タクシーのガラス越しでもわかるその怒号。  妹の柊こばとが、わざわざ家の外まで出迎えに来てくれたのだ。  いや、待ちかまえていたと言った方が適切か。今だって帰宅の遅くなった俺がタクシーの中にいるのを見つけ、怒り心頭で駆け寄ってきたのだろう。窓を通してくぐもって聞こえるその声も、直接聞いたら鼓膜が痛くなるのは必至だ。 「……窓、開けましょうか」 「……お願いします」  この運転手さんは何かと気が利きすぎだと思う。 <こばと(怒りorデフォルメ怒り)>  窓ガラスが無情な音と立てながらゆっくりと下がってゆく。その最中も、妹は俺を罵倒するのをやめようとしない。 「兄貴のアホッ! どうして昼過ぎに出発して、到着がこんなに遅くなるの!?」 「おい、こばと。ちょっと声のトーン落とせ。近所迷惑だぞ」 「そんなの知らないよ! 私が何時間待ったと思ってんのっ!?」 「だからって、そんな怒鳴らなくても……」  俺は車内に目配せする。  こばとが怒るのも無理はないが、この場で問答を重ねて身内の恥を晒すのはまずい。 「ほら、運転手さんにも迷惑だし、相席の人もびっくりして――」 <紗月(笑顔)ON>  うふふ、と何かしら微笑ましいものを見るかのような目つき。 「――ないけど、笑われてるぞ!」 「えっ?」  こばとは一瞬我に帰り、俺の隣に座っていた紗月と視線を交わす。 「そ、そんな……ウソッ!?」 「こんばんは。妹さん」 「っ!」  まるで幽霊でも見たかのように、途端に冷え切ってしまうこばと。 「こばと?」 「…………」  返事がない。目を見開いたまま、斜め下を向いて直立している。 「よっと」 <SE>  俺はタクシーから降りて、こばとの横に移動した。 「どうした? 挨拶くらいしろよ」  「……お兄ちゃん。この人が誰だか知ってるの」  低く、押し殺したような声。  俺は紗月の顔を見遣る。 「?」  紗月も俺と同じく、まるで状況が呑みこめていない様子だった。 「誰って、桜井紗月さんだよ。偶然、駅で一緒になったんだ」  言いながら、こばとの肩に手を置く。  「――っ!!」  こばとの身体が突然すくみ上がった。 「ご、ごめん」  どうしたって言うんだろう。異常なまでの驚きぶりだ。 「あの、こばとさん? たぶん勘違いをさせてしまったのだと思いますけれど……」  穏やかな前置きをして、また紗月がこばとへ話しかける。 「っ!」  こばとは下を向いたまま、目を合わせようとはしない。 「私とお兄さんとは、今日初めて会ったんですよ? たまたま方向が一緒だったから同じタクシーで帰っただけで、それ以上の関係ではありません」 「……え?」  顔を上げるこばと。 <紗月(笑顔)> 「ですから、安心してください」 「な」  紗月の説明が一通り終わると、 「な、なぁ〜んだっ! そうだったんですか!!」  こばとはそれまでの様子が嘘のように快活になった。 「ていうか、それ以外の何があるって言うんだよ……」  とは言うものの、こばとの様子が急におかしくなった原因が、俺にもようやくわかった。  おそらくこばとは、佳奈子のことを気にしていたのだ。  俺の恋人である高柳佳奈子と妹は、佳奈子が俺の幼馴染みでもある関係で付き合いが古い。こばとは佳奈子を実の兄よりも慕い、佳奈子もこばとのことを可愛がってくれている。俺と佳奈子が付き合っていることについても、こばとにとっては万々歳らしく、心から応援してくれていた。  その俺が、夜中に他の女を連れてタクシーで帰って来た。  こばとはそれを見て、俺が佳奈子に隠れて浮気でもしているのではないかと勘ぐってしまったのだ。 「それじゃあ、兄がお世話になりました! さようなら!」  タクシーの中の紗月に向けて、笑顔で深々と頭を下げるこばと。  もう会うこともないでしょうけれど、と直後に続きそうな言い方である。 「まあ、その、なんだ。いろいろと悪かったな」 <紗月(笑顔)> 「いいんです。話に聞いていた通り、可愛らしい妹さんですね」  どうやら嫌味を言っているわけではないらしい。  ちなみに紗月は、こばとが単にヤキモチを焼いただけだと思っているようだ。 「それじゃ、さようなら」  そうして桜井紗月は、タクシーの中から俺たちに向けて手を振り、この場から去って行った。 <暗転> <紗月OFF> 「ところでさ」  タクシーの去った住宅街で、玄関に向かいながら兄妹水入らずで話をする。 「さっきのはちょっと感じ悪かったぞ、おまえ」 「ふん」  鼻を鳴らすこばと。 「そんなの兄貴が悪いんじゃん。こんだけ人を待たせたうえに、若い女の人を隣に侍らせて帰って来るんだからさ」  後半は言い方次第だろうと思ったが、一応事実なのだろうから反論はしない。 「ていうかさ、おまえ外で待っててくれてたの?」 「そ、そうよ! いけない!?」  なぜかキレられる。  でも何時間待たせたかを考えると、それも仕方ない気がした。 「いや、悪かったな。色々と大変だったんだよ」 「…………」  しばしの沈黙。 「……いいよ。許してあげる」 「そっか。よかった」  心からそう思った。せっかくの再会を、お互いしかめっ面では面白くない。 「本当ゴメンな? 遅れるなら遅れるって電話ぐらいすりゃあよかったんだけど、なんか携帯が見つからなくてさ。寮に忘れてきたのかな」 「そりゃそうでしょ。兄貴の携帯なら、ここにあるもん」  素っ気なく差し出された携帯電話は、まさしく俺のものだった。 「えっ! なんで!?」 「覚えてないの? 兄貴、最初から家に置いて行ったんだよ?」 「そんな馬鹿な……」  記憶を思い起こしてみる。 「いや、そんなはずはない。俺は大学にいる間も、電話でおまえや佳奈子と何度も話をしただろ」 「それは寮の電話の子機かなんかを使わせてもらってたんでしょ。私も佳奈子さんも寮にかけたんだよ」 「そうだったっけ……?」  記憶があいまいだが、言われてみるとそうだった気がする。 「ねぇ兄貴。いくら大学の研究に忙しかったからって、ボケるにはまだ早すぎるんじゃないのー?」 「う、うるさいな!」  ニヤケた顔で覗き込んで来るこばとに、少し閉口してしまう。 「ちょっと勘違いしてただけだろ。もう思い出したよ」  そうだ。俺は大学に入学したばかりの頃、実家に携帯電話を忘れてしまったのだった。こばとに郵送で送ってもらうこともできたが、寮と大学の往復ばかりの大学生活だったこともあり、寮の電話で事足りたからそのままにしておいたのだ。そのことを、つい先刻まですっかり忘れていた。  なにしろ大学のゼミで一緒の男子は全員同じ寮に入っていたのだから、寮の電話で故郷の人間と連絡さえ取れれば問題はない。我ながら、ちょっとさびしい大学生活である。  でも、それでもいい。なぜなら故郷では、俺のことを待っている人がいると知っていたから。 「じゃあ、佳奈子さんとのデートの日時は覚えてる?」 「忘れるわけがないだろ」   『じゃあ帰省の翌日、二人きりでデートしない?』  電話口での彼女の声。   それだけを楽しみに、大学生活を過ごしていたようなものだった。 『第一話:承1』 <背景:かふぇ?> <全立ち絵リセット> 6. 次の日、待ち望んだBとの再会に胸を躍らせる主人公。しかし、久しぶりにBを見た主人公は一目でなぜか「あれ?」という違和感を覚える。Bは笑顔をみせるが、Bはこんな風に笑う人だっただろうか。大学での出来事を話したり、春休み中の思い出を話すが、電話の時とはBはどこか違うように見える。春休み中に「いつか行こう」と話していた新しく出来たプラネタリウムに行かないかと誘うが、Bは夕方から家の仕事を手伝わなければいけないと言って断る。(この時点ではまだ主人公のBに対する違和感は限定的) 7. 別れた後、今日のBは少し変だったなと思いながら一人でブラブラしているとAとばったり出くわす。 主人公はとっさに隠れるがAに見つけられてしまう。なぜ隠れたのかとAに怒られる主人公。何をしていたのか問われて、主人公はとっさに「プラネタリウムに行こうとしていたが、一緒に行くはずだった人の予定があわなくて時間をつぶしていた」と答える。Aは自分もプラネタリウムに行きたいけど、他の人と行く予定の場所なら我慢するので、かわりに自分の探し物につきあってくれないかという。 8. どんな探しものかと尋ねる主人公に、はっきりとAは答えず、社会調査のようなものだといってごまかし、昨夜タクシーを譲ってあげたのだから付き合えと言われる。どうせ暇だから少しくらいはいいかと思ってOKすると、街を歩き回るのに半日付き合わされるはめになった。最後にAに調査に自分が役に立ったのか聞くと、Aは大いに役に立ったと答えるが、主人公に彼女がいるのか尋ね、主人公がいると答えると、Aは昔親友の恋人と二人で遊びにいったせいで親友からひどく恨まれたことがあった気がするといって、主人公に無理やり付き合わせたことを謝る。主人公は気にする必要はないと言う。 9. 翌日、昼すぎに起きた主人公は歩きなれていないせいで筋肉痛になっていた(実際には入院生活のせいで筋力が落ちているため疲労していた)。家には誰もいないので、Bの家(カフェ)に行って昼飯を食べることにする。 10. カフェに行くと、Bに昨日途中で帰ったことを謝られる。お詫びにタダにしてもらったベトナム風カレー(Bが作った新メニュー)を食べるが、コリンダーの匂いに弱い主人公は一口食べて噴き出してしまう。しばらくして人が空いてきたのでBが反対側の席に座って話相手をする。話をしながら楽しく過ごすはずだが、Bは時々考えこむような顔をしたりして上の空のような様子をみせる。主人公はBに明日プラネタリウムに行かないかと誘う。一瞬嬉しそうな反応をするBだが、春休みからの約束だしと主人公が付け加えるとBはしばらく考えてから断る。理由を尋ねてもはっきり答えないBに主人公は不審な思いを持つ。しかし、Bに対して違和感を持つのは自分が大学に行って変わったためではないかと自問して納得しようとする。 11. 主人公は疑念を払拭するために、Bをプラネタリウムに誘う。気の進まない様子のBだが、主人公は半ば強引に連れ出す。プラネタリウムでも所在無げにしているBに違和感を持つ主人公。 12. 帰りがけにプラネタリウムの近くの喫茶店でケーキを食べると幸せそうな顔をするBに「甘いものを食べるとすぐ機嫌よくなるのは変わってないんだな」と言う。Bは「そういうことは覚えているんだ」と返すが、主人公は「Bのことなら何でも覚えてる、おかしなことを言う」と答える。それに対してBは「確かにそうだ、変なことをいってごめん。気にしないでほしい」と言う。それから主人公とBは昔の思い出話をして、主人公のBへの違和感も薄らぐ。 『第二話:承2』 13. 約束だったプラネタリウムに行くことができ、Bとのおかしな空気も改善でき、やはり、いままであった違和感は自分がしばらく街を離れて大学に行っていたせいで、これからは再び以前のようにBと話すことができると思う主人公。再びBと会おうとするが連絡がつかず、暇つぶしに街をぶらつくことにする。 14. 何も考えずに電車にゆられていると終点の動物園前についてしまう。その動物園はBと何度も来ていた思い出の場所だった。自分は無意識にこんなところに来ていたのかと一人苦笑していると、同じ車内にいたAを発見する。Aに何をしているのかと主人公が尋ねると、「動物園の調査をするために来たんだと思う」とおかしなことを言われる。Bとの関係が回復して機嫌の良い主人公は手伝うことを申し出る。Aは逡巡して断るが、主人公はAが以前の親友に恨まれた件で躊躇しているのだろうと考え、強引に手伝うことにする。 15. 2人で動物園の中を回り、飼育係と妊娠中の鹿について話したり、楽しそうにしているAをみて主人公が何気なく、「本当は調査なんてどうでもいいと思ってるんじゃないか」と言うと思いのほかAは強く否定する。主人公はAに「調査」とは本当は一体何なのかを問いただし、Aは自分がこの街で過ごした1年間について記憶に隙間のある記憶喪失であること、記憶を取り戻すために街をさまよっていることを打ち明ける。 16. 主人公はAが自分と同い年であることから、BがAについて何か知っているのではないかと考え、AをBに紹介することを思いつき、そのまま二人でBの喫茶店に向かう。 17. 普段ならまだ営業時間中のはずの店は閉まっていた。主人公はAに後日Bと会わせることを約して別れようとする。そこへBが戻ってくる。Bは(主人公とAが記憶を回復したのかと思い)動揺して興奮した様子で主人公にどういうことか問いただそうとするが、主人公は何が何だかわからないまま、BにAのことを知っているなら助けてやって欲しいと話す。  しかし、二人の様子をみたAはついに記憶を取り戻し、自分とBを二人で話させて欲しいと主人公に言う。(この時、Aは自分が記憶を取り戻したことをBに告げ、更にBから主人公を奪ったことと、主人公を認識障害にさせたことを謝り、自分が街を去り、大学もやめるつもりであることを話す。) 18. いったん二人と別れた主人公だが、Bの様子がやはり気になり、直接Bに尋ねてみようと思い立ち、2人で話したいことがあるからといって誘い出す。 19. Bと夜空の下で散歩をしつつ話し、Bの落ち着いた様子に主人公は少し安堵しながら、前にもこうして2人で星空をよく眺めたなと話す。Bはとっさに「そうだったっけ?」と答えたあと、しまったという顔をしながら「そうだった」と言い直す。その様子を見た主人公はこれまで違和感を持ちながらも保っていた均衡が決定的に崩れたと感じる。Bに何か隠しているのではないか尋ねるが、Bは何も答えようとしない。  いままでの自分の違和感を考えなおす主人公。自分は本当にBと付き合っていたのだろうか?幼稚園から高校までのBとの記憶を振り返り、おかしなところはないと思う主人公。高3のときにBから告白されて付き合いだして、一緒に受験勉強をして、大学に合格してからは春休みに2人でいろいろなところへ遊びに行った記憶も確かにある。しかし、よく考えるとBは家の喫茶店を手伝っているし、ずっとそのつもりだったはずであった。記憶との食い違いに悩む主人公は、Bとの会話の中のふとした発言で記憶を取り戻す。(Bと一緒にいる時) 『第四話:転(全部過去の主人公視点での回想)』 22. (回想)25~42まで。普段はBと共に登校することが多い主人公だが、その日は寝坊して一人で登校していた。 23. 人気のない校門をすぎて外庭の池にさしかかったところで、構内の林(この学校は原生林をそのまま残している区画がある)から飛び出してきたタヌキが突然立ち止まるのを見かける。タヌキの視線を追うと、外来者用駐車場へ続くスロープを母親に伴われて歩くAがタヌキを見て優しい笑顔をみせるのが見えた。 24. Aは主人公がいるクラスに高校3年の春に転校生として入ってきた。編入試験で満点をとったという噂を聞いていた主人公は、クラス委員としてAと打ち解けようと思い、勉強を教えてくれないかと話しかける。しかし、Aは大げさなほど激しく拒絶する。驚くほかのクラスメイトにたしなめられてもAは意に介さない。 25. 誰に声をかけられても冷たくあしらう、表情の乏しいAはクラスで浮いた存在となる。主人公は初めに見たAの優しい笑顔を忘れられず、またAがクラスで浮かないようにAに何度も声をかけてクラスに馴染めるように配慮するが、Aはまったく相手にしない。 26. 同じクラスのBもAを心配し、「主人公は思い込みが激しかったりおせっかいなところもあるけど、困ったことがあったらいつでも助けてくれるから、何かあれば自分か主人公に相談して」と声をかける。 27. それを聞いたAは主人公が話しかけるのに応えるようになり、主人公やBには笑顔をみせるようになり、Bの発案で3人で昼食をとるようになる。しかし、Aの笑顔は初めに見せたような笑顔とはどこか違っていた。 28. しばらくして主人公は、自分がAに対して抱いているのがクラスの一員を馴染ませようとしている気持ちではなく、恋心であると気付く。 29. 主人公はAを呼び出して告白し、いつものような何か隠した笑顔ではなく、最初に学校に来たときに動物を見かけたときにみせていたような笑顔を見せてくれないかと伝える。Aは、主人公に告白されるのを待っていたと言い、「自分の笑顔が何か隠しているように見えたとしたら、それは主人公やBに対する憎悪を隠していたから。Bは誰でも信用する安心しきったような顔をしているのが憎い。そして、Bは主人公のことを困ってたらいつでも助けてくれる人だと言っていたが、そんな風に誰でも助けられると思っている主人公も憎い」と語る。そして、「主人公は誰でも助けられるというけど、あの時に自分を助けてはくれなかった」と叫ぶ。 30. Aは戸惑っている主人公に、転校前の学校で自分がどんないじめにあったのかを話す(非幕間回想)。 31. 「その時にその場にいなかった自分が助けられるわけがない」という言葉を飲み込んで茫然と立ち尽くしている主人公を見て、Aは立ち去る。 32. ショックから立ち直った主人公は、Aが言っていたのはただ「助けてほしかった」ということに他ならないことに気付き、Aは自分に対して憎悪だけを持っていたわけではなく、Aには救われたいという気持ちもあるのだと悟り、追いかける。 33. 主人公は構内の雑木林でぼーっとしているAを見つけ、過去のAも未来のAも必ず助けると告げ、Aも受け入れて付き合うことになる。 34. Bも主人公とAを祝福し、主人公はAに同じ大学に行き、共に歩んでいくことを告げる。それからは2人で図書館や喫茶店で勉強して受験までを過ごす。Aは主人公と付き合ううちに、徐々に本来の優しい性格や笑顔を取り戻していくが、その笑顔は主人公が初めに見たようなものに比べると、やはりどこか陰があった。 35. 合格が決まってからは、2人でデートに動物園へ行ったり夜遅くまで星空をながめながら歩いたり、主人公の家で過ごしたり、下宿先を決めたりして日を送る。 36. 春休みの最後、入学式の前日、主人公が待ち合わせに遅れて急いで向かっていると、先に待ち合わせ場所についていたAが、遊んでいる子どもに微笑んでいるのを見る。主人公はそれに見とれながらも、やはり初めて会った時のような笑顔は子どもであっても人には見せないんだなとさびしく思う。その時、子どもがボールを追いかけて道路へ飛び出そうとする。Aは抱き留めて止めようとするが、子どもは振り切って道路に出てしまう。Aは追いかけて道路の反対側に子どもを突き飛ばす。それを見ていた主人公はとっさに走り寄り、Aを抱いて歩道に連れ戻そうとするが、2人ごと車にはねられてしまう。 37. 主人公は意識を失う直前に隣に横たわるAに大丈夫かと声をかける。Aは「あなたは誰ですか、助けてくれたんですね、ありがとうございます」と答えて意識を失う。運転手があわてて駆け寄るのを聞きながら、主人公はこのままAが記憶を失えば過去の辛い記憶も一緒に失い、Aを救うことになるのではないかと思いながら意識を失う。(ここはモノローグとして現在の主人公の意識に語らせても良い) 『第五話:結(現在の主人公視点での回想をネタばらしする)』 38. (非主人公視点)医師が主人公の叔父と妹に、主人公の外傷はすでに快癒しているが、頭を強打したためか、病院を大学だと思い込んでいたり、医師や看護師を自分の大学の教授やTA、他の患者を学生だと認識しているような言動をしているために大きな精神科を持つ大病院に移す手続きをとるように話す。妹が一緒にいたAはどうなったのか尋ねると、医師は「その人も記憶障害になったようだが、保護者の方の意向で退院させている。実際、社会生活上困るようなものではなく、いくつか記憶を失っているだけでじきに取り戻せるだろうから問題ないと判断した」と答えた。 39-1. 下宿先にいる主人公の許に妹が来る。主人公は驚いてどうしてわざわざ下宿先まで来たのかと尋ねるが、妹はちょっと近くに来たからと答え、「それより、××(Aと言っているが主人公には聞き取れない)さんが一緒じゃなくていいの?」と言う。主人公は「誰?Bならさっきここへ遊びに来たよ。来月の連休になればすぐ会えるのに」と言って笑った。ここで主人公の現在の意識が「いや、本当はこうじゃない。実際には」といって背景が切り替わる 39-2. 病室で寝ている主人公の許に妹が見舞いに来る。妹が「Aさんが一緒じゃなくていいの?」と言う。 39-3. 翌月の連休前のある日、主人公がゼミの教授に「今度の連休、実家に帰省しようと思っているのでゼミ合宿休ませてもらっていいですか?」と言う。教授は「まだ1月しかたってないのにもうホームシックか。できたら帰省させてあげたいんだけど、初回の合宿だから無理だよ。君にとっても得るものがいいと思うから我慢してくれ」と言われる。主人公の現在の意識がここでも、「これも本当は違う」といって背景が切り替わる。 39-4. 病室で、主人公が医師に「帰省させてください」と言う。医師は「私もできたら退院させてあげたいが、君の状態は普通じゃないんだ。この分院から本院に移ればきっと君もよくなるから、我慢してくれ」と答える。 39-5. 大学の夏休み前、主人公がゼミの教授に「夏休みに帰省しようと思っているんですが、フィールドワークはいつごろまでやるんですか?」とたずねる。教授は「それは君次第だよ。まあ君の仮説の立て方とモデル構築は悪くなかったから、実地の検証作業は9月初めには終わるんじゃないかな」と答える。主人公の現在の意識がここで、「これは実際には」といって背景が切り替わる。 39-6. 病室で、主人公が医師に「そろそろ退院したいんですが、次のメンタルテストはいつやるんですか?」と尋ねる。医師は「いつ退院できるかは君次第だよ。最近のテストの結果は良好だから、9月初めには帰れるんじゃないかな」と答える。 (回想終了) 41. (時系列は18のシーンの直後)記憶を取り戻し、Bに謝罪する主人公だが、本心を隠したBに「自分は主人公が事故でおかしくなっちゃったから元に戻るまで助けてあげようと思って付き合っているふりをしていただけ。昔告白したけど今は何とも思っていない」といわれる。さらに、Aがすでに記憶を取り戻していること、街を離れようとしていることを告げ、「追いかけないでいいの?」と背中を押す。 42. ようやく主人公はAを見つけるが、Aは主人公から多くのものを奪ってしまったこと、自分といると不幸させてしまうことから拒絶しようとする。主人公はAからはすでに一番大切なものを得ていること、そしてこれからも約束を果たさせて欲しいことを告げて抱きしめてフィナーレ。