○月×△日 私の家では、麓の神社が局地地震で潰れたときよりも永久の月が出たときよりも重大な異変が起きていた。 ――カメラが、消えた 床には服や菓子袋が散らかり、机上は原稿や写真が散乱している私の家だが、カメラだけは必ず所定の位置に置くように している。しかし今朝、取材にいこうと準備を整えカメラを取ろうと、何時もの場所に伸ばした手は見事に空を切った。 そして現在、散らかった家はさながら戦場と化していた。引き出しをひっくり返し、ゴミ箱をひっくり返し、布団をひっくり返し、そのたびに原稿とゴミを掻き分けながら 私のもう一つの心臓を探す。しかし、時計が無慈悲に針を進めていくだけだった。もう、この家にカメラは無い。そう判断した私は、激しい焦燥を感じつつ家を出た。 「何処かに置いて行ってしまったのかもしれない」そう思った私は、思い付く限りの所を回った。麓の神社、山の神社、悪魔の館、冥府の庭園、果ては恐怖の花畑から死神の昼寝スポットまで足を伸ばしたが皆、首を横に振るだけだった。私は、途方に暮れた。 ――ふと、頭にこんな考えが過った。そういえば、最近出来た寺には何でも見付けるネズミがいるらしい。上手く頼み込めばもしかしたら見付けてくれるかも。しかし、ネズミという言葉が頭を過った瞬間、私の両脚に骨を砕く感触が再び走り、 その考えは萎んで消えた。次に、白狼天狗は鼻が効くから見付けてもらえるかも・・・とも思ったが、手足があらぬ方向に曲がった小柄な 犬の映像が頭に浮かび、再び萎んで消えた。 ・・・仕方ない、河童に頼んで新しいのを作って貰おう。愛着のあるカメラを諦めるのは断腸の思いだが、新聞大会も近いのでこれ以上時間を消費するのは 好ましくない。思い立った私は、大瀑布に向かって飛んだ。大瀑布から歩いて3分程すると、目的の河童の工房が見えた。ふと、心無しか以前見たときより、工房が大きく感じる。中に入り 早速、工房主に事情を説明する。工房主は面倒くさそうな表情を浮かべた後、「1週間後」と答えた。一瞬で大荒れだった心が晴れ渡る。新聞大会は、1ヶ月後。1週間のロストは確かに痛いが、 それでも十分挽回出来る。私は、安堵しつつ工房主にカメラの製作を依頼しようとした。しかし、工房主が次に発した言葉によってそれは無かった事になった。 ――お代は、1500000ね。 ・・・コイツは、何を言っているんだろうか?1500000?私が100年働き詰めても達しない額だ。それを、この工房主は平然と宣った。つまり、コイツは最初から製作する気が無いのに 1週間と言ったのだ。あの時と同じように、全身の血液が沸き立つ感覚を覚えた。自然と口角が吊り上がる。・・・今度は、蹴るだけじゃ物足りない。此処には半田鏝やらペンチやら、拷問器具は 山ほどある。どうしてやろうか。 ――いやー、次の新聞大会大変だね。 隙を伺っていた私は、工房主の気の抜けたセリフで思わず脚が止まった。それもそうだ、コイツの腕を潰して二度と機械弄り出来ない ようにしたいのは山々だ。だが、それで何になる?この幻想郷でカメラを作れるのは、忌々しいが唯一コイツしかいない。ならば、ここで叩きのめすのは得策とは言えない。 工房主は、無表情で私の次の一手を伺っているようだ。「チッ、出直して・・・きます・・・」私はせめてもの嫌がらせで、扉を前蹴りでブチ破って工房を出た。 特大の苦虫を噛み潰し、家路に着く。ふと、空を見上げると私と同じ鴉天狗がカメラを首にぶら下げ、ひっきりなしに行き来する。苦虫がもう一匹追加された。カメラは無くなるし、壊したいヤツも壊せなかった。 新聞大会は、メモ帖とペンだけが頼りか。今日は、史上最悪の1日としてカレンダーに刻んでおこう。その後はイライラしたまま起きてるのは良くないから、早めに寝ようかな・・・。 ところが、運命は実に気紛れ。この後、私の頭上から降ってきた声のおかげで、イライラもカメラも一挙に解決してしまうのだった。 ――あー、文じゃん。カメラ無しなんて珍しーねー。散歩? あぁ何だ、こんな簡単な解決方法あったんじゃないか。そう思った私は、その鴉天狗の持つ長方形の物体を見てほくそ笑むのだった。