「んんーーっ!!おはよう!シャンハイ!」 目覚ましより早く起きた私を見て、シャンハイが驚く。 シャッ カーテンを開けるとまぶしい朝日が部屋の中を照らす。 部屋の中に残っていた夜の闇が、ささっと影に隠れる。 真っ白いベッドのシーツに朝日が反射してまぶしい。 「うん!いい朝ー!」 私は窓を開けてうーんと伸びをすると、身体いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。 ぴーぴーと鳥達が窓辺に止まって歌をうたう。 こんな気持ちのいい朝、久しぶり! 私はパンをトースターにセットして、顔を洗いに行く。 ぱしゃぱしゃ 冷たい水で顔を洗って、歯を磨いて、お化粧水もつけて……。 鏡に写った私に向かって、よしっ、とうなずくと、朝ごはんをつくりにキッチンへと向かう。 じゅーー おいしそうな音が聞こえる。 ん、この匂いはベーコン。 「ありがとシャンハイ、交代するわ。」 私はシャンハイが両手で一生懸命操作していたフライパンを受け取ると、 くいくいと片手で動かして、シャンハイにどう?と微笑む。 拍手してくれるシャンハイ。 パカッ、じゅわーー 「あ、見て見て!黄身がふたつ!」 フライパンの上で白くなり始めた卵には、まん丸の黄身が仲良くふたつ。 ふふっ、なんだかいいことありそ。 ちんっと音がして、トーストがいい具合にきつね色に焼けてトースターから元気に跳ね上がる。 私はいいくらいに焼けた目玉焼きとベーコンに塩とペッパーを振って真っ白なお皿に移すと、 冷蔵庫からオレンジジュースを出し、テーブルの上へと運ぶ。 シャンハイがぱたぱたとトーストとジャムとマーガリンを持ってきてくれる。 「ありがとシャンハイ。」 うん、今日もおいしそう! いただきまーす。 さくっ サクサクとしたパンの食感と、ふっと香ばしいパンのかおりが口の中に広がる。 焼きたてのパンより美味しいものってこの世にあるのかしら。 私はパンを片手に、テーブルの上に置いてあった手紙を読み返す。        拝啓         アリス様     今日ウチでみんなでパーティーをするので、     ぜひ来てください。               P.S.魔理沙も来るわよ                                 霊夢 魔理沙も来るわよの後ろには、ちっさく赤ペンでハートマークが描いてあった。 もうっ、霊夢ったら。 そう思いつつも、私の頬はほころんでいた。 そっかー魔理沙も来るんだ。お洒落しなきゃ! 「ふんふーん♪」 シャワーを浴びた私は、洋服ダンスの中から一番のお気に入りを取り出し、鏡の前に立つ。 真っ赤なリボンが付いたやつ。ちょっとハデかな? そのままくるっとまわると、 「うんっ、今日もかわいいぜ!アリス!」 私は魔理沙の口調を真似て、ふふっと笑う。 魔理沙、カワイイって言ってくれるかな。 魔理沙の顔を想像すると、私の魔理沙が、かわいいぜと言って私の頭を撫でる。 もー、子供みたいにしないでよー。 私はぷーっと頬を膨らます。 だってさ、あんまりアリスがカワイイもんだからさ!ホラ皆来てみろよ! ちょ、ちょっと魔理沙ぁ、恥ずかしいよ……。 魔理沙がいたずらっ子のように微笑み、私の耳元でそっと囁く。 みんなに見せ付けてやろうぜ。 えっ? 戸惑う私の頬を、魔理沙は両手でそっと支えると、 魔理沙の、……魔理沙の顔が近づいて…… 「きゃーーッ!!」 私は真っ赤になっていつの間にか手に持っていた魔理沙のぬいぐるみをぎゅーっと抱きしめる。 あー、はやくパーティーの時間になんないかな。 どこかのイジワルな魔法使いが時間を遅くしてたりして。 ふふっ!でもそしたら私と魔理沙でそんな魔法かんたんに破っちゃうんだから! あーっ!早く魔理沙に会いたいよー!! 私はころころとベッドの上を、魔理沙の人形を抱きしめてころがった。 「じゃあ行って来るわね!お留守番よろしくね!シャンハイ!」 私は玄関のドアを締めると、うきうき足で霊夢の神社へと向かった。 なんだか今なら空も飛んじゃえそう!飛べるけど! 私は予定の時間よりちょっと遅れて家を出た。 ほんとは早く行きたくて待ち切れなくて、1時間くらい前からそわそわしてたんだけど、 でもぐっと我慢した。 私が到着する頃にはもうパーティーが始まっちゃってて、魔理沙だけがお酒も飲まずに 神社の入り口で私のこと待っててくれてるんだ。 早く行こうぜ! 魔理沙は私の手を取って、神社の中に向かうの。 そして霊夢や咲夜が妖夢が、みんな私におっそーい、とか、待ってたんだよー?とか、 次々にお酒や料理を手渡す。 まったくアリスは人気者だな。 魔理沙はちょっと妬いちゃったような表情をする。 んーーっ!早く着かないかな! そんなことを考えてるうちに博麗神社に到着する。 神社の前で霊夢と魔理沙が手を振っているのが見えた。 なんだ、霊夢もいるんだ。 でも私の顔はほころび、知らずに早足となる。 「ごめんまった?」 「待った待った!もう腹ペコだぜ!」 「ホラ!みんな待ってるから!」 ふたりに連れられて階段を上る。 神社の中からは楽しそうな声。 「ホラ早く上がって!」 私ははやる気持ちを抑えつつブーツを脱いで神社の中へあがる。 「はやくはやくっ!」 魔理沙がうれしそうに私の肩を押す。 どきどき!わくわく! 「このドアの向こうにみんないるから!」 ドアの向こうからは、みんなの楽しそうな声が聞こえる。 私はわくわくしながらドアに手をかける。 その先にある、みんなの笑顔を、色とりどりの料理を想像しながら。 ガチャ 「……え?」 部屋の中は、真っ暗だった。 ドン 私はいきなり背中を蹴られ、すぐ前にあった壁に頭をぶつける。 「きゃ!」 ガチャン! いきなりドアが閉められ、部屋の中が真っ暗になる。 え??なにこれ?どういうこと?? 私は手探りで周りの様子を確認しようとして驚いた。 私の周りは、四方はすぐ壁に囲まれているのだ。 冷たいコンクリートのざらっとした感触を私は両手に感じる。 そこは、みんながパーティーを楽しんでいる大広間なんかじゃなくて、 限りなく狭い、冷たい暗い部屋だった。 「え、ちょっと霊夢!?なによここ?いたずらのつもり?」 私はドンドンとドアのあった場所を叩く。 そう、そこに元のドアは無かった。 そこもまた、冷たくざらついた、コンクリートの壁。 どちらが前でどちらが後ろか、分からなくなってしまいそうだった。 「ねぇ出して!ちょっと聞こえてるの?霊夢!?」 部屋の中にガンガンと自分の声が響く。 しばらく叫び続けて疲れてきた。 どうやら外に私の声は届いていないようだった。 「なによ、………なによこれぇ、……。」 私はだんだんと心の奥底が寒くなってくるのが分かった。 不安を紛らわすように、私はさらに大声を上げる。 「霊夢!!魔理沙!!みんなーっ!!!」 がんがんと思いっきりコンクリートの壁を叩く。 「イタッ!」 ズキッとこぶしに痛みが走る。 皮膚が切れて血が出ているようだった。 私は手を押さえてうずくまろうとしたが、前後左右に立ちはだかる狭い壁たちが、 それさえも許そうとはしなかった。 私の心はだんだんと不安で覆われてくる。 なんなの?わたし……わたし霊夢になんかした?? すぐそこで、みんなの楽しそうな声が聞こえてくる。 「わー、やっぱり咲夜さんってお料理が上手なんですねぇ。」 「今度あなたにも教えてあげるわ。」 「幽々子!なに一人で全部とってるのよ!」 「藍さまー、これおいしいよー。はい、あーん。」 「ち、橙……」 「紫!あんたの式が鼻血を吹いて倒れたわ!」 「「「アハハハハハハハ!!!」」」 楽しそう、本当に楽しそうな声。 私も、私も混ぜてよ! 私もみんなと話したいよおっ!! 私は眼に涙を浮かべてじだんだを踏む。 コンクリートの床が、冷たく私を見上げて笑っているように感じて、 私は身震いする。 どのくらい時間が経過しただろうか。 私はトイレに行きたくて仕方なかった。 太腿をきゅっと締め、必死に尿意に耐える。 その時、外で誰かの声がした。 私はハッと声をあげる。 「ね、ねぇ!誰かいるの!?お願いあけて、ト、トイレ……我慢できない!!」 私は必死で叫び、壁を叩く。 外で、誰かが喋るのが聞こえる。 「今日は良く来てくれたな、嬉しかったぜ。」 魔理沙!? お願い魔理沙!ここを開けて!! 「うん、だって魔理沙のお願いだもん。」 少し照れた声で誰かもう一人がすぐそこで言う。 誰?誰この声? 私の心の中には、尿意とは別の、違う種類の焦りが生まれる。 どこかで聞いたことある。この声……。 「パチュリー……」 !!! 魔理沙が、まるで愛しい恋人に話しかけるように、その名を呼ぶ。 やだ、やだやだ!魔理沙やだぁ!!! 私は必死で叫ぶ。 しかし、無常にもその声は聞き入れられない。 外から、また声が聞こえる。 「ん、もうっ、魔理沙ってばキス長いよ……。誰かに見られちゃったらどうするの?」 「ハァ、ハァ、…………見せ付けてやろうぜ?」 「んっ…………ん。クチュ。」 あ………、あ……… 私の頭はまっ白になる。 股の間を、生温かい液体が伝う。 絶望で、あまりに情けなくて、 声も出せずに、泣いた。 「…………お腹減った……。」 くうっとお腹が鳴る。 泣きつかれた私は、自分が朝から何も食べてないことに気づく。 外からなにやらみんなの声が聞こえる。 「今日は楽しかった!ありがと。」 「またね、霊夢!」 「バイバーイ!!」 あ、パーティー終わっちゃったんだ。 みんながわいわいと帰る声が聞こえる。 みんな、私のこと気づいてないのかな。 私がいないって、最後まで誰も気づかなかったのかな。 私なんて、いらないのかな……。 わたしなんて、わたしなんて………。 じわっと眼に涙がにじむ。 私も……帰りたい……。 一人でベッドにもぐりこんで、全部夢なんだって思いたい。 楽しい夢をずっと見てたい。 お腹すいたよぉ………。 その時だった。 ガチャ、 私はまぶしさで眼がくらむ。 べシャ 「きゃ!」 顔に何か冷たいものが当たると、またガチャっと暗闇が戻る。 れ、霊夢!?そこにいるの?? 「お腹すいたでしょ?アリス。」 外から霊夢の声が聞こえる。 私は叫ぶ。 「霊夢出して!!出して出して出して!!!!」 私は喉が潰れるまで叫び、爪が割れるまで壁を叩く。 だが、気づいた頃には、もうそこに霊夢の気配は無かった。 私はまた絶望にくれると、頬を伝った冷たいものを指ですくった。 ソースのにおいがした。 残飯……、わたしの………お気に入りの服……… 私は嗚咽を漏らしながら、床に落ちた食べかけの冷たくなった、 色んな味が混ざってよく分からなくなった小さなハンバーグをつまんで食べた。 「うっ……」 自分の排泄物の匂いが鼻を突く。 どのくらい経っただろうか。 残飯にはハエがたかり、私の腕や頬にハエが止まる。 酷い悪臭。 汗の臭い。 排泄物の臭い。 生ゴミの腐ったような臭い。 私の嘔吐物の臭い。 眼が覚めたら、 自分のベッドにいますように。 全部が夢でありますように。 私はそのまま、気を失った。     fin