>冬の雷 冬季電撃戦  夏季攻勢計画「蒼」作戦により紅魔館は早急に陥落するという輝夜総統の目論見は 主攻正面以外での迂回突破の乱発による補給と進軍の停滞により失敗に終わった。  形勢が不利と見た永琳は早期講和を具申するが輝夜は断固拒否、そのうえで 紅魔館の反撃に対する遅滞戦術と同時進行で冬季攻勢作戦計画の立案を 参謀本部に命令した。  かくして完成したのが冬季攻勢作戦「ヴィンターブリッツ」作戦である。 本作戦は「蒼」作戦の敗因が、戦略目標制圧を急ぐあまり敵防御陣地の制圧を軽視し 機甲部隊を単独進出させすぎた点に求め、より徹底した敵陣地の無力化と 敵主力の包囲殲滅を第一段階、紅魔館への進軍を第二段階とした長期計画だった。  しかしながら、ただでさえ過酷で兵士の労苦が多く、雪と泥に足を取られ 夏季よりも多くの戦争資源を浪費する冬季での大攻勢はあまりにも無謀であり 潤沢な経済力を有する永遠亭とはいえ「ヴィンターブリッツ」作戦の成功は 内部からも疑問視されていた。  本作戦の最大の問題点は、冬季の軟弱化した地盤を避けて装甲部隊を進出させるため 敵の重深陣地の真正面を突破しなければならないとされた点にある。 事前偵察によってもたらされた情報からは、敵重深陣地の突破は可能であるとされたが これは紅魔館側の対戦車砲(Pak)の火力が永遠亭側戦車の装甲に対して劣位であった ことから計算されたものであり、現場では夏季攻勢作戦の終盤から登場した 重対戦車砲に対する危機感がつのっていた。部隊指揮官レベルから対応要求の意見具申が 相次いでいたにもかかわらず、参謀本部は総統からの強圧によってそれに 応じる時間を失っていた。  攻勢の主力は鈴仙・優曇華院・イナバ中将の率いるα軍集団であったが 同師団は度重なる遅滞戦で保有する機甲兵力のかなりを機動防御に注ぎ込み 想定をはるかに超える損耗を出し、突撃衝力の不足が深刻であった。  これを補う目的で、因幡てゐ上級大将のβ方面軍から第7重戦車大隊 (フラスターエスケープ大隊)が引き抜かれた。 同大隊は戦線左翼の陽動作戦に投入する予定であったが、このためβ方面軍は 陽動作戦において満足な効果を挙げることができず、これがただでさえ無謀な 作戦全体の足をさらに引っ張る結果となる。  1月12日0600時、α軍集団は直轄の第2機甲師団に既述の第7重戦車大隊を加えた 臨時戦闘団を編成、インビジブル・カンプグルッペと名付けられた同戦闘団を筆頭に 第1装甲軍・第4軍・第7軍による攻勢作戦が開始された。  彼らは重砲による入念な準備砲撃と航空支援を受けて万全の状態で侵攻を開始したが 緒戦から大きくつまづいた。紅魔館側が新型対戦車砲によってインビジブル戦闘団の 装備する大多数の戦車を容易く撃破できると判明したためである。 (新型対戦車砲は永遠亭の中戦車の砲塔正面装甲を2000mから貫通することができた)  また、それらの対戦車砲の大部分は偽装されたうえで円周上にくまなく配置され 突入してくる永遠亭の部隊を全方向からくまなく射撃することができた。  突撃が危険であることを理解した前線部隊からは航空支援の要求が頻発したが 当時戦線上空は低めの雲が垂れ込めていたうえ、制空権が流動的であり、 重爆撃機は目標を捕捉できず、低空で進入を試みた急降下爆撃機はその多くが 掩護機をすり抜けた紅魔館の制空戦闘機によって撃墜されていった。  攻勢開始6日目になってようやく重深陣地を突破したα軍集団であったが 兵力の損耗が予定よりはるかに大きく、さらに紅魔館側に新たな防御線を構築する 十分な時間を与えてしまった。  20kmを前進する間に300両の戦車と28000名近い死傷者を出したα軍集団には 既に次の防御線を突破する余力は残されていなかった。 頼みの綱であるインビジブル戦闘団は既に戦力の3割を喪失して壊滅していた。  鈴仙中将は総統司令部に対して、戦力の再編成の時間を取らせるよう要求したが、 それは攻勢計画そのものの破棄を意味しており、輝夜総統自らによって拒否された。  進撃速度が遅いにもかかわらず、補給は泥と雪が邪魔をして満足ゆく量が届かなかった。 冬季の凍てついた大地では、工兵による野戦築城も迅速にはいかず、 補給の不足がそれに拍車をかけていた。  19日、前進命令を受けながらそれに応じる戦力を持たないα軍集団に対して、 紅魔館の十六夜咲夜率いるれみりゃ親衛軍による反撃が開始された。 重深陣地の後方に温存されていた大規模な部隊が消耗したα軍集団に襲い掛かった。  α軍集団は満足な防御線のないまま防戦に回ることになり、野砲・対戦車砲の設置が 間に合わず、機動防御戦術になけなしの戦車が投入され、損害が拡大していった。  21日、れみりゃ親衛総軍の自動車化弾幕兵部隊が北方の戦線を突破し、α軍集団は 後方遮断と包囲の危機にさらされる。鈴仙はもはや進軍は不可能になったと判断、 戦略予備を投入してこれに対抗しつつ全軍に速やかなる撤退を命令した。  この時点で、戦線最前部のバルジには第1装甲軍と第7軍が取り残されており なおかつ彼らは包囲され圧迫をかけられていた。迅速な撤退は望むべくもなく α軍集団の戦線は突出部を起点に、撤退中のインビジブル戦闘団、支援の第4軍、 そして敵親衛総軍を食い止めにかかっている戦略予備の第15軍からなる 縦に長い歪なものになってしまった。  重装備はことごとく放棄され、なけなしの戦車や火砲が爆破処分されていった。 トラックの燃料すら不足し、装備を捨てた兵士たちはほとんどが徒歩によって 50km近い後退を余儀なくされた。冬季の過酷な環境と医療品、食料の不足が祟り 多くの兵士が命を落とした。野戦病院に担ぎ込まれていた傷病兵たちの多くは 野戦病院と共にそのまま捨て置かれた。  皮肉にも、彼らの前進を阻んだ低く厚い雲が、敵の空襲から彼らを守ってくれていた。  22日、総統司令部からα軍集団に鈴仙中将の解任命令が通達される。 α軍集団司令部はそれを黙殺した。  南部戦線のβ方面軍もまた総統司令部に撤退を要求していた。 もはや作戦継続の見込みはまるでなかったのだ。  23日、α軍集団は縮小した戦線の再構築に成功しつつあった。 しかし、この段階になってもいまだ殿についていた第1装甲軍が突出部にあり 第15軍の防御も限界に近づいていた。  手薄になった場所から歩兵が大規模に戦線後方へと浸透しつつあったのだ。 本来はここで第15軍に撤退の命令を出すべきであったが、それは第1装甲軍の 5万名の兎たちを見捨てることに他ならない。  断腸の思いで最精鋭の任務部隊を見捨てた鈴仙は、半ば錯乱状態になり 拳銃による自決を図るが失敗、後送されたが、永遠亭から総統司令部の命で派遣された 政治警察により逮捕・連行された。  結果的に、「ヴィンターブリッツ」作戦は完全な失敗に終わった。 第一装甲軍は降伏し、5万あまりの兎兵と1500両を超える装甲車両が失われた。  紅魔館の冬季野戦築城能力の過小評価もさることながら、冬季の電撃戦という あまりにも困難な計画そのものが招いた結果であった。  精兵の多くを失った永遠亭は、以後、積極攻勢を仕掛けることができず ずるずると気の遠くなる防戦に引きずり込まれていくのである。