タイトル:クリスマスパーティ ある日の午後のことである。 紅魔館の門先に着陸した魔理沙を出迎えたのはいつもの門番ではなく 紅魔館のメイド長の十六夜咲夜であった。 「おう、咲夜じゃないか。門番に降格か?」 「今日は立て込んでいるのよ。目を瞑ってあげるから黙って図書館に行きなさい」 「それはそれはありがたいぜ」 魔理沙がいつもと違う応答にちょっと驚いた風に答える。 が、いい終わった時には既に咲夜の姿はなかった。 「相変わらず神出鬼没のメイド長だぜ、しかし一体何をしているやら」 そう呟いて魔理沙は紅魔館の門をくぐった。 紅魔館地下大図書館。 ここは紅魔館の一部にして独立した部分。 主はパチュリー・ノーレッジである。 その主は今、魔理沙と一緒に机に座って本を読んでいた。 他人の存在を忘れ自分の世界に入り込んだものがまとう静謐な空気をパチュリーは好む。 それを知っている魔理沙も普段なら静かに本を読んでいるのだが、今日はそわそわしながら、 パチュリーの方を見ては本に戻り、またパチュリーを見ては本に戻るという行動を繰り返していた。 「……何か言いたいことでもあるの?」 パチュリーが魔理沙が何度も同じことを繰り返していることに気づき、そう問いかける。 「あ、ああ。紅魔館は一体何をやっているんだ? 門では咲夜が出迎えるわ、しかもすんなり門を通してくれるわ、 ここに来る途中の廊下は飾り立てられているわ……もしかしてパーティでも開くのか?」 「まあ、そんなところね。この前レミィに"くりすます"というものを教えたのよ」 「"くりすます"?」 「ええ、"くりすます"とはね。外界において年の瀬に行う祭りであり、 皆が集まって食事をとった後に皆が驚くようなことをするのよ。 そしてその皆の驚き具合に応じて紅白の使者が夜中に訪れ贈り物をしていく儀式らしいわ」 「紅白って霊夢のことじゃないよな」 「ええ、きっとね。でも紅と白の使者というのが巫女衣装と通じているわ。きっと幸運を意味してるんじゃないかしら」 魔理沙はパチュリーの説明に腕を組んでうーむと唸り、更に質問を続ける。 「その儀式って信頼できるのか」 「この書物によるとあるとても高名な聖人に由来する儀式らしいわよ。 その恩恵を預かろうという儀式で、外界では数千年を数えて続けられている儀式だとか」 「皆が驚くようなことをすればするほど、霊夢がいいことしてくれるんだな?」 「まあ、霊夢かはわからないけどね。この話をしたらレミィが気に入っちゃって、折角だから"くりすます"をやることになったのよ」 そこまで話すとパチュリーは説明は済んだといわんばかりにまた下を向いて本を読み始めた。 一方魔理沙はというと、そんなパチュリーには目もくれずに目を瞑って一心不乱に考え事を始めた。 しばらくまた沈黙の時間が流れ、突然魔理沙は立ち上がった。 「帰るの?」 「ああ、"くりすます"の準備をしないとな。誰でも来ていいんだろう?」 「咲夜に聞いて、それがレミィの答えだから」 「ああ、また来るぜ」 魔理沙はそう言い残すと図書館から走って出て行った。 混みあがる笑いを隠そうともせずに魔理沙は大ホールへと走った。 魔理沙が大ホールに入ると、そこでは咲夜の監督の下メイド達が飾り付けを行っていた。 弾む息を落ち着けながら咲夜に近寄り声を掛ける。 「よう、咲夜。"くりすます"をやるんだってな」 「パチュリー様から聞いたのね。そうよ、クリスマスパーティをやるのよ」 「面白そうな儀式って聞いたぜ、私も参加していいよな」 「別にかまわないわよ。ほら、例の森の人形師とか妖夢とかも来るらしいし」 「よし、締めは私に任せろ。皆をあっと驚かせて、私が一番のいいものを手に入れてやるぜ!」 「はいはい、適当にがんばってちょうだい」 咲夜は呆れたように肩をすくめる。 そこにメイドの一人が声を掛けてきた。 「すいません、咲夜さん。あれの飾りつけなのですが……」 「えっ? ちょっと待ってなさい。……というわけなので、魔理沙。私は準備が忙しいから邪魔しないでさっさと帰って」 「おうおう、がんばってくれよな」 そう言うと魔理沙は門の方へと続く廊下に走っていった。 そんな魔理沙を見送りながら、咲夜は何度目かのため息をつく。 「はぁ……レミリア様もパチュリー様もクリスマスを勘違いしてるようだけど。まぁ、子供達が楽しければそれでいいわね」 「あの、咲夜さん」 「はいはい、今行くわ」 そして数日後、"くりすます"当日。 その日は紅魔館にたくさんの来客が訪れていた。 話を聞きつけた名だたる妖怪達、勇気を出してやってきた里の人間数名、そして霊夢や魔理沙などのいつもの面子と 時々開かれるパーティよりもかなり多い人数が"くりすます"を楽しみにやってきたのだ。 参加条件はただ一つ、『皆が驚くようなことを一つやってみせること』である。 どこからか調達してきたモミの木が大ホールの真ん中に設置されて、キラキラと輝く飾り付けでふんだんになされていた。 その他にもホールへ至る廊下やホールの壁、テーブル、椅子に至るまで飾りつけがなされており、 その素晴らしさはホールに入った来客達に驚きの一声をあげさせるには十分であった。 ただ、紅く光る飾り付けがやや多い気がしたが、これは主の嗜好を反映したものであろう。 ざわざわと騒がしく話しながら皆がそれぞれの椅子に座る。 するとメイド達が現れ紅魔館特製のワインや豪勢な料理をそれぞれの前に手早く運び出す。 酒と料理の準備が終わるとメイド達も自分達のテーブルに戻り椅子に座った。 全員が椅子に座り、皆の目が自然とホールの上手に設置された舞台に向けられると、 壇上にレミリアが現れた。レミリアはこほんと咳払いをして、ホールに集まった者達を満足げに見回す。 「皆さん、今日はこの"くりすます"によく来てくれたわ。 "くりすます"をやるのは今日が初めてだけど、是非楽しんでいって欲しい。 それでは皆さん、乾杯!」 紅魔館の主、レミリア・スカーレットのよく澄んだ声での開会宣言の元、"くりすます"は始まった。 その後はいつものパーティに近いものとなった。 美味い酒と料理に舌鼓を打ち、その陽気な空気で親しい者や疎遠な者拘らず話しかけ、共に笑いあう。 ホール全体が笑いに包まれ、誰もが笑顔を浮かべる。 そして開始からしばらくが経過し、皆のお腹がある程度満たされたところで壇上に咲夜が看板のような物を持って登る。 すると皆が例の参加条件『皆が驚くようなことを一つやってみせること』の始まるときだと察し自然と静かになった。 看板を壇上に設置した後、静かになったロビーを見つめて、咲夜は口を開いた。 「それでは皆さん、この板に書かれた順に『皆が驚くようなこと』をこの壇上でやって下さい」 咲夜は看板につけられた紙をめくると、そこには参加者の名前が列挙されていた。 一番上に書かれた名前は"十六夜咲夜"である。 「というわけで、まずはこの私から一つやらせていただきますわ」 咲夜の『皆が驚くようなこと』はやはり手品だった。 皆、咲夜の時を止める能力は知っていたが、それでもその上手く魅せる技術に手品が一通り終わると 会場からは拍手と賞賛の声が贈られた。 その歓声に対して瀟洒にお辞儀をした後、次の『皆が驚くようなこと』をやる人の名を告げて咲夜は舞台から降りた。 『皆が驚くようなこと』はどんどん進んでいった。 参加者は壇上に上がると、それぞれの得意なことをやってみせる。 参加したものは皆卓越した何かを持っている者達である、彼らがする『皆が驚くようなこと』は皆に賞賛を受けるのに十分であった。 僅かに参加している里の人間達であるが、彼らも悪魔の館の催し物に参加する人間である。 彼らが見せる物も妖怪達のそれに比べればやや劣るものの、場の雰囲気もあり妖怪達からも拍手喝さいを受けた。 そして最後の番が来た。 最後に記されていたのは"霧雨魔理沙"である。 「よし、やっと私の番だぜ。ふっふっふっ」 気合を入れながら魔理沙は壇上に上がる。 魔砲や星の魔法で知られるように、魔理沙がやることは派手である。 その魔理沙がどんな『皆が驚くようなこと』で締めくくってくれるのか期待で参加者全員の目が集中する。 皆の視線が集まっていることを感じながら、魔理沙は手の中のスペルカードを発動させた。 このスペルカードは魔理沙がここ数日で作った、この"くりすます"用の特製スペルカードである。 発動させると光り輝く星屑たちが天井を舞い、参加者達の手元に綺麗な星屑がゆっくりと振ってくるものであった。 魔理沙の手元から光の帯が放たれホールの天井を光を振りまきながら龍のように舞う。 その美しさに会場から息を呑む雰囲気が壇上の魔理沙にも伝わってくる。 魔理沙はにやりと笑い、第二段階に移った。 第二段階では光の龍はホールの中央、つまり飾り立てられたモミの木の上で丸くなり光の雲のようになる。 そしてそこから強い光が放たれ、その光の後にゆっくりと星屑が参加者の手元に落ちてくる手はずになっている。 魔理沙のコントロールで光の龍が丸くなって雲になる。 皆がそれを見上げ期待の目で眺めるのを満足げに魔理沙は見て、雲から光を放たせた。 会場が白い光で埋め尽くされ、悲鳴の声が多々上がった。 驚きの声とは違う声に光が過ぎ去った会場を魔理沙は見渡す。 会場の至る所に人間の頭大の大きさの尖った星屑が突き刺さっていた。 光の爆発と同時に星屑は会場全体へと高速で撒き散らされたのである。 会場には多数の参加者がいる、突き刺さっていたのは壁や床だけではなかった。 妖怪達には高い生命力がある。 星屑がぶつかって傷ついた妖怪もいたが、彼らは命に別状はないだろう。 しかし人間はそうではない。 霊夢には持ち前の幸運か、星屑は一つも命中していなかった。 その隣に座っていた阿求にも幸運のおすそ分けかぶつかってはいなかった。 だが、残りの里の人間の参加者達は床に倒れていた。 槍のように細長い星屑に腹を貫かれて苦悶の声を上げている男。 人の頭より大きな星屑に頭を押しつぶされている女。 彼らは皆、赤い水溜りをその体の下に広げながら徐々に動きを止めていった。 「あ、あ、あ……。え、わ、お、え、え、え、え」 一欠けらも想像していなかった光景に魔理沙の頭は真っ白になり、棒立ちになる。 慌しく動き回る会場の光景が魔理沙の瞳に移り、視界に入るが魔理沙はぴくりとも動けなかった。 そして腕に一本、背中と羽に一本ずつ尖った星屑が刺さったままのレミリアが壇上に飛び上がり、魔理沙の目の前に立つ。 外見は痛々しいが、レミリアの顔には痛みは現れず無表情である。 「魔理沙、ずいぶんと『皆が驚くようなこと』をしてくれてありがとう。私も数百年ぶりに随分と驚かせてもらったわ」 「あ、あ、違うんだ」 「それにこの体が悪魔のもので良かったと感謝させてもくれたわ。私の腕と羽でフランとパチェと咲夜を守ることができたから」 微笑みながらレミリアは体に刺さった星屑を抜き取り床に落とす。 星屑が床と立てたギシャンという音に魔理沙は身をすくませた。 「レ、レミリア、お願いだ聞いてくれ」 「今の私は聞きたくない気分なの、貴女がどうするべきかわかるでしょ?」 「違う、違うんだ、私はこんなことをするつもりじゃなかったんだ!」 自分の体じゃないような腕を動かし、レミリアへと伸ばすが、 「見苦しい!」 レミリアのその一喝で魔理沙の動きはまた止まった。 「私の面子を台無しにした償いをその命でしたいならそこに跪きなさい。 その命が惜しいなら私の前からさっさとみすぼらしく逃げ去りなさい。 貴女に与える時間は三秒すら惜しい」 レミリアの話す内容が頭に染み渡り、1……2……と指を立てて数え始めるのを見て魔理沙は逃げ出した。 まだ助かりそうな人間の手当てをしている妖怪達の横を。 みすぼらしく、背中を丸めながら、走ってホールを抜け、紅魔館を飛び出した。 紅魔館での"クリスマス"から六日が経過した。 魔理沙は自宅から一歩も外に出ていない。 食事も満足に取らずずっと布団の中に転がっていた。 悪魔の館の宴に出かける人間は死にに行くようなものだ。 そんな会話が里で冗談のように行われているのは知っている。 しかし、実際に宴に出かけたものが死体となって帰ってきたらどう思うだろう。 彼らは紅魔館を責めるだろうか、妖怪の集まるところにのこのこと出かけていった彼ら自身を責めるだろうか。 それとも、実際に傷を与えたものを責めるだろうか……。 あのときには認識できていなかった惨劇の状況を思い出す。 眼に焼きついて離れないあの光景を。 もう紅魔館には顔を出せない。 意識を失った妖夢が幽々子に抱きかかえられていた。 橙を抱きしめて藍が号泣していた。 メルランとリリカに覆いかぶさるようにルナサが倒れていた。 てゐを治療する永琳とてゐに駆け寄ろうとして輝夜に羽交い絞めにされている鈴仙がいた。 そして、あのもう動かない里の住人達。 魔理沙は布団の中で硬く眼を瞑る。 動く気がしない。 いずれ誰かが私を罰しに来るだろう。 私はそれを受け入れよう。 そして、更に一週間が過ぎた。 家の中の食料は食べつくし、もう外に出なければ食べるものがなくなった。 しかし、これだけ待っても誰も私を罰しに来ない。 やはり、私から出向かないといけないのだろうか。 私は久しぶりに服を着替え、外に出る。 空に飛び上がり、幻想郷を飛び回った。 里を遠くの空から眺めた。 里は正月の行事も終わり、新年を新しい力で生きようとしていた。 その中で悲しそうな顔をしている人たちがいた、私は逃げ出した。 紅魔館を遠くの空から眺めた。 いつものように美鈴が門のところに立っていたがそこに行く勇気はなかった。 私は美鈴に気づかれる前に逃げ出した。 色んな所を周ったが、私はどこからも逃げてきた。 そして今、博麗神社の石段の下にいる。 霊夢の顔を思い出しながらゆっくりと階段を登る。 そして鳥居の下を潜って縁側が見えるところまで来たとき、 私の視界に縁側に座ってお茶を飲む霊夢と、その隣に座るレミリアが映った。 霊夢ならどんな私でも受け入れてくれる。 そう思ってここまで来た。 だけど、レミリアの前には出られない。 壇上で向けられたレミリアの視線を思い出し、私の体が震えだす。 私は神社からも逃げ出した。 その夜。 私は幻想郷の東の果てに立っていた。 幻想郷と外界を区別する結界――博麗大結界のところにいた。 私は以前、こっそりとこの結界について研究したことがある。 このような大結界を作ることも、壊すことも、維持することも私にはできないことはわかった。 だけど、この結界を通って外に出る術だけは見つけていた。 「私はもう、幻想郷にはいられないな……」 「そう」 大結界の前で呟いた私の声に返す声がした。 「霊夢……気づいていたのか」 「久しぶりね、魔理沙。半月ぶりくらいかしら」 いつもと変わらない顔をした霊夢が私の後ろに立っていた。 「霊夢、止めないでくれ。私は外の世界に出て行くことした」 「そう」 霊夢は私の足元に書かれた魔法陣――博麗大結界を通り抜けるためのものを見る。 「けど、それだと魔理沙。貴女は死ぬわよ? 博麗大結界をそんな程度の魔法で出られると思ったの」 「え」 博麗大結界を私の魔法じゃ越えられない。 霊夢の言うことだ、嘘じゃないだろう。 霊夢が出られないと感じたならば、それは出られないということだ。 ということは…… 「私は……幻想郷から逃げられないのか」 そう呟いた私を霊夢は静かな顔で見つめてくる。 私はその視線に耐え切れずうつむいた。 「そう。そんなに魔理沙は幻想郷から逃げ出したいのね」 「……ああ。私はもうここにはいられない」 「……」 どうしようもない。 幻想郷ではもう生きていけない、幻想郷の外には出られない。 私が考えられる残った選択肢はもう一つしかなかった。 そう思いつめ、自らの手でその選択肢を選ぼうと決心を固めている私に霊夢の声が聞こえた。 「そんなに外に出たいなら、出してあげるわ」 「っ!」 「私の力なら、魔理沙貴女を幻想郷の外に送り出すこともできるわ、安全にね」 私も霊夢もしばらく沈黙したまま立っていた。 私の頭の中を色んな考えが巡り、そして選択肢を選んだ。 「頼む、霊夢」 「わかったわ」 霊夢が私の手を引いて大結界の前に立つ。 そして何事かを呟き、私の体を大結界の方へと押した。 私の体は大結界に反発されることなく、大結界の中へと沈んでいく。 体が徐々に結界の淡い光の中に沈んでいき、耳がその淡い光の中に入る直前に霊夢の声が聞こえた。 「さようなら、魔理沙」 視界は紅と白の中間のような、ばらばらの光が混ざっているような淡い光一色になり私の意識はそこで消滅した。 魔理沙の体が大結界の中に沈んでいくのを見届けた後も霊夢はそこに立っていた。 「紫、もう出てきたら」 「結局、送り出してあげたのね」 「そうよ」 霊夢の横の空間がいきなり上下に裂け、そこから紫が出てくる。 博麗大結界に紫の手が伸び、触れる。 「大丈夫。魔理沙はちゃんと外界にたどり着いたわ」 「あんたがそう言うなら大丈夫ね」 霊夢はそう言うと博麗大結界に背を向けて歩き出した。 「あら、霊夢。もう帰っちゃうのかしら」 「用事は済んだもの。冷えちゃったからお風呂入って寝るわ。おやすみ」 神社に向かって飛び去る霊夢を見送って紫も空間の裂け目に体を乗り入れながら呟いた。 「皆を一番驚かせた魔理沙は、霊夢によって、今の魔理沙にとって最高の贈り物をもらった。 "くりすます"の儀式はここに完成したわけね。 外界では魔理沙の魔法は効果を発揮しないし、幻想郷と外界の歴史はすでに大きく食い違っている」 「魔理沙は次はどこに逃げるのかしらね」 皆が消えた後も博麗大結界は淡い光を放ち続けていた。 終