「んく、んく・・・ふぅ・・・」 食べ終わって、満足そうな表情をする早苗。 その横には先ほどまでハンバーガーがあった皿と、ミルクティーが入っていたコップ。 「いい食べっぷりだったね」 幻想郷の外より来た彼は、ハンバーガーショップを開こうとしていた。 完成品を試食してもらおうと白羽の矢が立ったのは、つい最近まで外にいて、ある程度ハンバーガーを食べなれている早苗だった。 「それは・・・ハンバーガーなんてもう二度と食べられないと思ってましたから」 「喜んでもらえてよかったよ」 「本当に、ありがとうございます」 と、早苗は返答したが、急に思案顔になると、 「あ、でもこれ作るのにお金かかったんじゃないですか?」 と質問した。 「外だと何百円かで食べられましたけど、幻想郷だと材料の調達とか大変なんじゃ・・・」 「ああ、そのことか・・・バンズとかは結構簡単に作れたし、卵は鳥類妖怪には無精卵を使うことで納得してもらった。けど問題はやっぱり肉だったね」 「そうですよね。何で外ではあんなに安かったんでしょう・・・」 「それは簡単だよ。肉の流通に秘密があってね、一頭丸々買い取る場合と、『ボックスミート』、真空パックで部位ごとに切り分けて売られる場合があるんだ」 「へぇ・・・」 「でもって、ボックスミートに切り分けたあとの残りの部分は一括してかなり安く売られるんだ。広大な牧場で大量生産できるのも大きい」 「なるほど」 早苗の疑問をあっさりと氷解させる彼。 「でも、それだとこの肉は・・・」 「幻想郷ではあちらのように肉が手に入らないからね、ちょっと苦労したよ」 「どうやったんですか?」 早苗の問いに彼輪しばらく沈黙していたが、 「・・・・・・うーん、これは聞いたら後悔すると思うよ?」 ようやくその言葉を返した。 「そんなこと言われると、余計に気になりますよ」 「・・・わかった。それじゃあ話すよ」 「はい」 「知っての通り、幻想郷には牛肉を食べる文化はあまり浸透していない。かろうじて牛なべ屋が一見あるくらいでね。  鶏肉は鳥類妖怪からバッシングを食うから使いたくない。すると豚肉くらいしかないんだが・・・これだけ制約があるんなら、むしろ凝ってみようかと思ってね」 「え・・・?」 牛肉でも鶏肉でも豚肉でもない。だったら何だというのか。 「せっかくだから健康志向でいこうと思ったんだ。いろいろ調べた結果、ある食材にたどり着いたんだ」 「教えてください!私が食べたものは何なんです!?」 震える声でそう叫んだ早苗に、 「こっちに来れば分かるよ」 と言い、店の奥に入っていく彼。 早苗がついていくと、そこには、 「あ・・・!!?」 うねうねと蠢く、ひも状のそれはまさしく、 「ミ、ミズ・・・!?」 「そう。ミミズの肉は卵と同じようにコレステロールを抑えて、血管が詰まらないようにしてくれる働きがあるんだ。それに栄養も豊富で・・・」 彼の言葉はもう、気が遠くなっていく早苗の耳には届かなかった。 「あちゃー、やっぱり見せるべきじゃなかったなあ・・・」 気絶した早苗をおぶって客席まで運んで座らせた彼のところに、不意に女性が現れた。 「ダメよ。いきなりそんなもの見せちゃ」 「あ、紫さん!ありがとうございます。おかげで開店までこぎつけられましたよ。お一つどうぞ」 「あらあら、確かにミミズ養殖が楽になるように手配したのは私だけれど・・・」 ハンバーガーを口にする紫。 「おいしいわ。泥抜きして、臭みを抜いて・・・こうやって料理として完成させたのはあなたの成果よ」 「でも、食用ミミズの養殖ってお金かかるんですよ・・・そういえば、何で協力してくれたんです?」 「最近、個人的に健康ブームなの。それに、都市伝説をね・・・」 「ああ、そういえばミミズバーガーなんて都市伝説ありましたよね。それを自分が造るとは思ってもみませんでしたが」 「幻想郷はすべてを受け入れるのよ。実体の無い都市伝説すらも。それはそれは残酷な話ですわ」 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 数週間後。 件のミミズバーガー店は大好評を博していた。 幻想郷の住民には意外と抵抗が無かったようだ。 「うーん、おいしいね」 「安くて体によくて、旨いとくれば売れるのも当然だね」 二柱も食べていた。 「神奈子様も諏訪子様も、どうしてそんなものが食べられるんですか!?」 「え?なんで?」 「そんなおかしなことじゃないと思うけど、ミミズくらい・・・」 そうだった。 蛇や蛙の神なら、ミミズを食すのに抵抗が無くても不思議ではない。 「早苗も食べなよ〜」 「嫌です!」 「そんなこといわずにさ。旨かったんだろ?」 「それは・・・」 確かに。 ミミズの肉と聞く前に食べた時の『おいしかった』という感想。あれは本心から出たものだった。 「でも・・・」 「みんな食べてるのに早苗だけ食べなかったら変に思われるだろう?」 「う・・・」 早苗はしばらく逡巡していたが、決心してハンバーガーを手に取ると、 「幻想郷では、常識に囚われてはいけないのですね・・・」 一口齧った。 やっぱり、おいしかった。