レスタリアの北東部に位置する森の中にある城。  かっての王国跡とも、目撃者の少なさからそんなものは存在しないとも噂されている 城である。 「まさに幻の城、デスペラードの拠点のひとつに違いない!」 「じゃ、そうじゃよ?」 「いやいや、そんなことは絶対ないから」  自称探検家の老婆の問いに赤毛の少女ステラ=シルフィードが言った。  ステラが言うには、ここでは多数の行方不明者がでているという。  老婆からしてみればそんなことはどうでもよかった。 「デスペラード、俺様が来たからには貴様らの好きにはさせん!」  コル=フィンクからしてみれば、なおのこと行かねばならない理由だった。 「ちょっと、ダメだって!」  ステラの静止を無視してコル=フィンクはいつものように啖呵を切って城の中に突入 していった。 「ほっておけ。あの手の輩は死ぬまで止まらんよ」  老婆は様子を半眼が眺めていた。齢八十二(自称)の老婆からしてみれば、あの手のタ イプの人間を止める元気はない。 「それじゃ、ワシらも行くかの?」 「えぇ〜!」 「なんじゃ。いかんのか? ワシは個人主義じゃからそれでもかまわんが?」 「いや、さっきも言ったけど、ここは危険なのよ?」 「知っとるわ。ようは、引き際を間違えねばかまわんのじゃろ?」  老婆はステラの言葉を適当にあしらって城の中に入っていった。 「どうなっても知らないわよ」  ステラはため息つきながら二人を追いかけた。  城の入り口からの直線路を抜けて三人は開けた場所に出た。 「ここにあるトラップは……」 「落とし穴だ」 「なるほど、この真ん中の色の違う部分の底が抜けるんじゃな?」 「色の違う部分を踏んじゃダメってのは当たってるけど落とし穴じゃないわよ」  止めはしたが、これまで彼はいくつものトラップに引っかかっている。 「……ここのトラップは吊天井だな!?」 「ここに来て、ようやく正解したわね」  そんな人物が初めて正解した。 「だが、この壁の削れ具合を見れば壁際は安全だとわかる!」 「それは気づかなかったわ」  ステラたちはそんな方法をとらなかったし、そんな余裕なかった。 「なんにしても行ってみればよい」  老婆に促されフィンクは壁際を進み……壁から飛び出した槍を避け、吊天井のスイッ チを押した。 「なるほど、どちらにせよ同じ結果になるように仕掛けてあったか」 「そんな暢気にしている場合じゃないから……」  フィンクは気合で吊天井を粉砕しようといていだか、二人は無視して先に進むことに した。 「もしかして、この城は、広い部屋の大型の罠が仕掛けてあるのかい?」 「ええ、この次の大部屋でワタシは仲間とはぐれたんだけど」  この部屋には、奥へ通じる扉が一つしかない。 「なるほど。どうやらここの城主は……」  セリフの途中から走りこんでくるフィンク。  突き飛ばされるステラ。  カチリと鳴るスイッチ。  途端に、止まる扉。  部屋に充満する催涙ガス。 「あなたは……」  怒るステラ。 「いやいや、話せばわかる。そう、誰にでも失敗はあるもの。かくいう、俺様も――」  ステラはスゥと息を吸ってフィンクを殴り飛ばした。  ステラはウルウルと涙を流している。フィンクも涙を流しながら気絶してしまってい る。 「どうやらここの城主は、なかなかの愉快犯のようじゃな」  老婆は、言いそびれたことを口にした。気を取り直すかのようにも思えるかもしれな いが、そんなことはない。 「彼のこともこの状況も無視してない?」 「まぁ、ようするにこういうことじゃ」  老婆はフィンクを掴んで扉に投げつけた。投げつけられたフィンクが扉を打ち抜いて 消えていく。 「怪力なのね」 「まぁ、年季の違いじゃな」 「催涙ガスが効かないのも?」 「年季の違いじゃな」  第一に、城内には、多くのトラップが仕掛けられているが、どれも致命傷にいたるほ どの威力はない。  第二に、この城に入るには、入るには条件がある。  その条件とは、相手の挑発に乗ってくるか否か。挑発に乗って顔を赤くするタイプが お好みらしいと老婆は思っている。 「緊張感を持って入ってもこんなくだらないトラップを何週もやらされれば、誰だって 怒る。ワシだって怒る」  三つ目の部屋は、トラップによる仲間と分断、いかにもな場所に隠し通路があったが、 けっきょくそれもダミーで、本命は、その通路の中ほどに隠してあった。  そこには、後ろ岩が転がってくるトラップがあるため、急いで逃げねばならないこと と前方にあるダミーのドアに気をとられて気づきにくい。  老婆が今回のトラップも致命傷にならないと思ってトロトロ歩いていたため偶然に気 づいた。  走っていたら、気づかないままと通り過ぎていただろうが、結果的によかっただけの 話である。  フィンクと老婆を止めるためについてきたステラは結局、仲間と合流できないまま城 の奥までくるはめになった。 「はぁ」 「どうした?」 「仲間と合流できないまま奥に進むはめになればため息もでるわよ。あと、アナタが何 事もなかったかのようにしているのもちょっとね」 「そうか。たしかに敵前で緊張するのはわかる。だが、ここで立ち止まるわけにはいか ない。こうしている間にも世界にはデスペラードの魔の手は着実に迫っているのだから !」  ステラはまたため息をついた。ここまではっきりと言われると彼なりに自分を元気付 けようとしたいるように思えてくるから不思議だ。 「もう前に進むしかないんだけどね、はぁ」  三度目のため息がでた。でもそんなことはないとわかっているから辛いのだ。  奥へと通ずると思われるドアの前に巨大スライムが落ちてしてようやくらしくなった と思った。 「あれが最初で最後の番人かしら?」 「でも、いままでのパターンからするとあの扉は壁画ですとかありそうじゃ」  現れたというより天井から落ちてきたといっていい状態で現れた巨大スライム。 「でっかいだけでただの足止めにしか見えんのじゃか?」 「たしかに、あれはモンスターの中では最下級に属するスライムだ。だが、油断しては ならない。その増殖力と耐性能力は脅威そのもの!」 「ようするに、足止めなんじゃろ?」 「ワタシ、フレームオイル持ってるわ」 「いいや、待つんだ!」  フレームオイルを取り出したステラをフィンクが静止した。 「もしかすると、アレもこれまでと同様、デスペラードの罠かもしれん」 「あのでかいだけで、なんの変哲もないスライムに見えるけど、いったいどんな罠が仕 掛けられてるっていの?」 「あれは、火を点けたら爆発するんじゃよ」 「そうなの?」 「だから、まず俺様が試してみる」  フィンクが聖剣サーペインに手を掛け突撃した。 「アー!?」  そしてフィンクの重みで床が傾き彼はスライムと一緒に床下へと落ちて行った。 「普通に考えれば、室内での火災は厳禁じゃ。態々、自分の城で爆発を起こさせるバカ は居らんしな」  落とし穴の開くスピードは大したことなかった。ただ、スライムのせいで逃げられな いというだけの話である。  老婆は何事もなかったかのように落とし穴を避けて、奥へと進んでいった。 「捨て駒?」  ここで彼に同情しなくてもすぐ再登場するのは目に見えていたので、気にせず進むこ とにした。  この通路へ通じていたドアはいつの間にか消えていたが、この分だと城主もたいした ことなさそうだったので、深く考えなかった。  セルレウネという国がある。  世界樹と聖地を管理する世界一の大国。  それに組する者を絶対的な正義とし、敵対する者は生きることさえ許されない。  権力に縋り付いている以上、上に行けばいくほどその考えは強くなる。  そんな歪んだ正義の上に成り立つ国が、現在もあり続けるのも666年に一度現れる 夜の者と存在とときの英雄すらも悪することで、自分たちは正義で在り続けるという点 にある。  ようは、悪の存在があってこそのセルレウネなのである。 「世界樹と聖地もたしかに存在する。だが、それを私欲に使うような国が存在し続けて いいはずがない!」  扉の奥、闘技場の先、城内に殺風景な創りから一変し豪華な創りの部屋に出た。  どうやらこの部屋は応接間で、奥のイスに座っていたこのオルムと名乗った男が城主 らしい。 「セルレウネと戦えば、我々は悪として断罪されるだろう。だが、そのやり方が悪であ ろうとも誰かがその悪をなせねば、この世界はより強大なセルレウネという悪に支配さ れたままなのだ」 「で、それに協力しろと?」 「そう、己が無実を証明することも許さず死んでいった者たちの血を引く者ならばわか るはずだ」 「赤の他人の前でそんなこと言う人の仲間になるわけないでしょ?」  自分の出生を知っていることには、動揺はしなかった。  このあたりは、師が暗黒魔道士だったおかげであろう。  精神的動揺につけこまれぬような鍛え方もされていなければ、そんな人生を歩いてき たわけでもない。 「順番に説明しよう。始めは彼女も排除しようと考えた。君たちと違って望まざる客だ からな。だが、冤鬼たちの声に耳を傾け、この城を見つけたことや無事ここまで来れた ことを考慮させてもらった」 「ワシにも仲間になってほしいのかい?」 「そう、セルレウネと戦うには戦力は多いほうがいいが、無駄な死者を出すことを我々 は好まない。この城はそのための試験でもある」  城が見える者と見えないものがいるのも冷静に考えれば避けられる罠ばかりなのも余 計な死者を出さず城の外に出すためらしい。 「だから、君の仲間は二人とも無事だし、人質にするつもりもない。ただ、あの二人は、 君ほどセルレウネを恨んでいないようだからな。最後の最後で躊躇う可能性があったし、 事実、君に相談して決めると言ってきた」  できるだけ、セルレウネ嫌いの精鋭を揃えたいってわけらしい。 「これだけ言えば理解してもらえるだろう。恨みという感情な消えることはないのだ。 私が君と仲間を分断したことも忘れないだろう。これが、あえてこの方法を取らせても らった理由だ」  老婆まで利用して態々恨まれる方法をとったらしい。 「じゃあ、あの男も?」 「あれは、単に、霊の干渉を受けにくいだけじゃ。そうじゃなければ、霊に隠されたこ の城も見つけられんし、あの剣もとっくに手放しているだろうよ」  ステラには霊のことと剣のことがどう繋がるのかわからなかったが、城の前で言った、 死ぬまで止まらんとはこのことのようだった。 「たとえ、我々の誘いを断ったところで咎めはしない。真に倒すべき的はセルレウネで あって我々と戦う理由がないこともわかっているはずだからな」  もちろん、このことをレスタリアに伝えられ兵が送られるだろうが、ここが見つかる ことはないという自信がある。  それどころか、セルレウネから兵も来くれば、城が見つからないことで、セルレウネ は躍起なって森を焼くだろう。  そうなれば、レスタリアの市民のセルレウネ不満が、高まる。 「答えを出す前に仲間に合わせて頂戴」  これが、ステラの出した答えだった。  兵に連れられてステラが退席し、部屋には老婆とオルムの二人だけになった。 「今度は、ワシの番じゃな?」 「ああ、あなたはどうする?」 「ならば、まず、そっちの戦力やらを聞かせてもらうとしようかの?」 「我々の組織の現在の戦力の500程度だが、協力者も含めれば2000を超える」 「ほぅ」  セルレウネと比べてその数が多いのかわからないが、普通に考えれば数としては多い ほうだろう。 「だが、世界がセルレウネの洗脳を受けたままでは無益な血を流すだけだ。セルレウネ のために大衆が血を流すことはあってはならない」  大衆を巻き込まないようにしたいという思想としては間違ってはいない。  だが、それては戦争はできないだろう。 「たしかに、おヌシが言っていることがほんとうならば、否はセルレウネ側にある。じ ゃが、ワシには、おヌシのいる組織がほんとうにそんなことを考えているのか信用でき ん。だから、少し試させてもらうことにする」  城主は、彼女を人見知りする人物だといった。  緊張して話せないのではなく、まったく反応がないのである。  情報を聞き出そうにも、これでは、どうにもならない。 「これでも、一様は話し上手で通ってるんだけどなぁ」  これも無反応。悲しくなる。  なにも無視しなくってもいいじゃない。  渡り廊下から見える下の階はさっきまでの迷宮とはまるで違って見える。 「正門から緩やかな下り坂と上り坂。方向感覚を狂わせて気づかないうちに誘導する造 りになっているみたいだけど……」  ここまで違うとまったく違う建物に見える。  まったく……違う建物……?  考えた始めたら途端に、城の外観と中身が合っていないように見えてきた。  城の中が変化しているのか、まったく別の場所に飛ばされていたのは、わからないが、 なんらかの方法で城の中をいまと違うものにしているようだ。  彼は、こちらが立ち止まっても構わず進んでいく。  自分は冤鬼なんて見えないから彼女が亡霊であることはないだろう。実体化している アンデットモンスターなら話は別だが。  むしろ、イエスノーでモノゴトを判別し、身体をある程度変化させることができて、 それでいて大量にいる生物である可能性のほうが高い。  試しに、ポシェットからスライム避けを取り出し壁に近づけてみる。 「まさかと思ったけど、これが当たりとはね」  壁がスライム避けに反応している。  城の一部がスライムなのはわかった。 「これを掛けるの? 身体に……」  女の子としてはそちらのほうが問題なのである。 「デスペラードという組織を知っておるか?」  試すと言った老婆は突然、物語に登場する架空の組織の名前を出してきた。 「架空といえど信じる者はおる。少々奇特じゃがな」  老婆の放った『ブリッツ』が天井に穴を開けた。  フィンクとスライムの残骸が落ちてくる。 「やっと、外に出れたか。やや、そこにいるのは、この城は指揮官か!?」 「おヌシは、とりあえず、ワシの話を聞け。よいか?」  老婆はフィンクに耳打ちした。  聞きながらうむうむとうなずくフィンク。 「では、城主殿には、いまからこやつと戦ってもらう。もし勝てたら、仲間になってや るぞい。まぁ、勝てればの話じゃがな」  老婆はサーペインを鞘から抜いてフィンクに手渡した。 「わかった。ならば、場内闘技場でお相手する」  オルムはフィンクに勝てればと言ったのが気に障ったとか、一瞬ムッとした表情が見 えた。  勝負のルールはこう。老婆が外から鍵を掛けたこの部屋で待っているから相手を動け なくしたほうが呼びに来る。  オルムは、「ストレングス」を使えば、ジャンプで天井に開けられた穴まで届くとは 思わなかったようだ。  だから、フィンクさえうまく時間を稼いでくれれば、後は簡単なのだ。 「亡霊を媒介にあそこまで精密な人形を創れるようになるとは、イヤなほうにとはいえ、 技術は日々進歩しているようじゃの」  剣が使える状態ならは、速攻で負けることもなかろうて。 「あとは、この下におるヤツらを倒して帰るかの」  老婆は、足元に『ブリッツ』を打ち込んだ。 「ねぇ、パトラ。天井からおばあさんが落ちてきたわ。うふふふふ」 「そうね、クレオ。でもこの城に住まわせるのに少し歳をとり過ぎているわね」 「若い女の子じゃなきゃファティマニクスは産めないものね」 「なんのことだか、この婆にも説明してくれんかぇ?」  説明したところで彼女たちをどうするのかは変わらないが。 「ワタシたちは、ここにファティマニクスの国を創るつもりなの。ねぇ、クレオ」 「でもファティマニクスの国を創るには、レスタリアやセルレウネが邪魔なの」 「城主と言ってとることが、ぜんぜん違うんじゃが?」  老婆の言葉を聞いた二人はまた笑い始めた。 「男の言うことなんて聞いちゃダメよ」 「そうそう、男なんてガサツで乱暴なだけなんだから」 「むぅ」  こやつ等、見た目は悪くないのに、男に優しくされたことないのか?  それとも思考をいじられているのか? 「では、ファティマニクスとはなんじゃ?」 「ファティマニクスは、ワタシたちみたいなにのを言うのよ」 「ファティマニクスは、女の子しかいないの」 「なるほどの、若い女だけの国。まぁ、ワシには関係ない話じゃの」  他人の趣向に口出すのも趣味ではない。 「そっか、でも、ここに入ったからには、殺さなきゃいけないの」 「大丈夫。痛くしないから」 「お婆ちゃんと一緒に来た男もここでお終いよ」  老婆はため息をついた。 「魂を他人のもので代用する技術は前からあったが、身体のほうもできるようになった か……」  二人を同時に相手するのは厄介ではないが面倒だ。 「ワシは、ほかの連中と違って、心やら絆やらをどうこう言うつもりはない。それが偽 者であっても他人事じゃからに気にしはせんが、どうせ死ぬなら二人同時のほうが幸せ じゃろうて。これは、サービスじゃ」  老婆は懐からエリクシールを取り出した。 「出来れば、一撃で消えてくれれば、ありがたいのじゃがの」 「残念でした。私たちは無敵なのよ!」 「私たちが負けるなんてことは絶対にありえないわ!」 「以上が、トラップ1を破壊した一行のデータです」  アルテナはモニターをスイッチをオフにした。 「……なるほど、朝の者が活動し始めたか」 「朝の者……ですか?」  光の者なら何度も聞いたが、朝の者というのは、初めて聞く単語だ。 「ああ、だか、気にする必要はない。所詮、瘴気に対しての耐性があるだけのだだの人 間でしかないからな。マーカスギルドにでも任せておけばいい。だが、ゼルダという魔 女を見つけた場合は報告をしてくれ。こいつだけは、なるべく早く潰しておきたい」  『浄化』のメモリークレストを書かれると後々面倒だ。 「了解しました。トラップ1に配置したファティマニクスとスライムですが……」 「あのファティマニクスは、性能限界みたいだな。トラップ2のほうには改良型を配置 しておくとしよう。スライムのほうはデータをモルワイデに渡したあと破棄してくれて 構わない」  連携の実験ように創られた旧式のファティマニクスに『メギドフレア』三連射に耐え られるほどの耐久性なかった。  いまの技術ならもう少し強化できそうだが、『メギドフレア』三連射はさすがにきつ い。  スライムのほうもそもそも能力的に問題があったし、スライムに溶かされて死んだ人 間の魂を洗脳して使っても動きや思考に不具合が見られなかったというデータだけあれ ば十分だろう。 「では、失礼します」  アルテナは一礼して部屋をでた。