1 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/01/12(火) 01:05:13 0
前スレ
■ダークファンタジーTRPGスレ 3■
ttp://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1256908002/
■ダークファンタジーTRPGスレ 2■
ttp://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1252208621/
■ダークファンタジーTRPGスレ■
ttp://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1245076225/



避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/study/10454/

千夜万夜まとめ
ttp://verger.sakura.ne.jp/top/genkousure/daaku2/sentaku.htm


※ダーク避難所は外部です。なな板の同名スレについては使用せず、またその内容は単に拘束力の無い雑談として理解して下さい

2 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/01/12(火) 01:19:10 0


3 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/01/13(水) 00:01:49 0
ダークファンタジー テーマ曲
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9057845

4 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/01/13(水) 23:59:05 0
>>3
何だこれwコクハみたいなのがいっぱいいる

5 名前:ジェイド ◆J4HzVUivYc [sage] 投稿日:2010/01/14(木) 21:01:31 O
「お前、よくおめおめと帰ってこれたな。この負け犬。」
1人の従士が俺を見るなり殴りかかってきた。
奴はニュップス。俺の部下だった男、そして唯一の生き残りだ。
「まだいたのか。俺はてっきりここを辞めて皇帝陛下のトイレ係とばかり・・・」
口を拭いながら俺は軽口を叩いたつもりだった。
しかし、ニュップスの顔はより険しさを増す。
1年前、あんな出来事さえなけりゃ。
1年前。俺は従士隊を率いて天帝城の地下に向った。何でも極秘任務とか
って指令で。
しかし、俺達を待っていたのは見慣れぬ金髪の男1人だけ。
なんだこいつ?俺達は男を見て笑おうとした。
しかし、その余裕は一瞬で消し飛んだ。
男は、一瞬で俺達の背後に現れ気が付いた時には俺とニュップスを
除く全ての従士は胴に穴を明けられ即死していた。
俺は立ち向かおうと右腕を伸ばした。しかし、次の瞬間俺が見た現実は
右腕を切り落とされ悲痛に呻く自分自身の姿だった。
ニュップスは隣で笑っていた。
そう、奴は俺達を裏切っていた。奴はこういった。
「ルキフェル様」と。
龍を倒す際に右腕を落としたなんてうそだ。
俺は、仲間の死も偽装した。
巨大な龍との戦闘で仲間を失ったが、龍を倒し仇を取ったという事で俺はある程度の面子を保てた。
ルキフェル。俺はあの金髪の化物がそいつだろうと直感した。
素早い動きなんてもんじゃない。あいつは、世界そのものを支配しているかのような
強さだった。
翌日、俺達が調べていた皇帝周辺の身辺調査書類は全て持ち去れていた。
恐らく、反皇帝派の命令を受けていた俺達を消そうと動いたに違いない。
それからすぐ、俺は帝都から姿を消した。
いや、正確にいえば逃げ出した。俺は怖かったんだ。
――――――
「・・・というわけさ。俺はルキフェルって奴を必ず倒す。
仲間の仇を討つ為に」
俺は歩きながらこれまでのことをレクストという従士と
姉に話した。
そして、踵を返すと天帝城へ向うハードルへ歩き出した。
「姉ちゃん。少しの間だけど、会えて嬉しかった。
元気でな・・・」
二度と振り向くことなく歩き出す。


6 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/01/15(金) 01:33:47 0
翌朝、名も無き1人の青年が広場で公開処刑された。



7 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/01/15(金) 01:34:50 0
行き交う人々は嘲笑と蔑みの目で彼を見つめ
誰も彼の言葉を聞こうとはしなかった。
1人の青年の一生はこれで終わった。

8 名前:マイケル・ジャクソン[sage] 投稿日:2010/01/15(金) 02:05:46 0
「ポォオオオオオオオオオオゥ」

9 名前:ジェイド=アレリィ ◆EnCAWNbK2Q [sage] 投稿日:2010/01/15(金) 02:23:46 0
【天帝城 議場】
目の前が暗い。何も見えない。


兵士達の守備網をかいくぐり、奴のいる場所を突き止めた。
ニュップスのヤロウを強引に殴り付け、ルキフェルの事を吐かせた。
ニュップスも脅されて裏切ったと泣きながら言った。
俺は惨めに泣く仲間を見て、それ以上何も聞けなかった。
この片腕は錬金術師に作ってもらったものだ。
前よりもあの金髪に勝てる可能性はある。
そう信じて俺は奴の前に立った。

誰もいない広い議場に、俺と金髪。
2人だけで向かい合う。
奴は俺を嘲笑うかのように言った。
「惨めだ」と。「蝿、いやゴキブリが今更何を血迷って戻ってきた」
「お前に居場所などもうない」「消えてしまいなさい」と。

声にならない叫びを上げて金髪を殴ろうと迫る。
義手の「跳躍」の札を呼び込み一瞬で距離を詰める。
前のようにいくら素早く動いても、この距離ならば避けられはしない。
全力で殴りつける。仲間の分。そして俺の分を。
しかし、その拳が届くことはなかった。
体が動かない。まるで全身が鋼になっているかのように。
俺はあの時と同じ、完全に負けていた。
戦う前から、それが決まっていたのように。

「がはっ・・・なんでだよ。なんで、だ・・・」
血を吐きながら脇腹を見る。抉られて空洞になった腹を覗き込むように
ルキフェルは俺を見てもう1度笑いやがった。
「無様・・・ですね」と。
何が起こったのか理解出来なかった。
ただ1つ、言えるならば。こいつと戦ってはダメだという事だけ。

「姉ちゃん・・・ごめんなぁ・・・みんなぁ・・・ごめんなぁ・・・
俺・・・つよく、なれな」

グシャッと音がした。何の音かわからない。
目の前が真っ暗だ。

そうだ、俺は死・・・

翌朝、血まみれの義手が帝国軍の駐屯所に晒し者として置かれた。
「帝国を裏切った逆賊」として。


【ジェイド・アレリィ 死亡 死因:外傷によるショック死】

10 名前:ローズ・ブラド ◆lTYfpAkkFY [sage] 投稿日:2010/01/16(土) 21:49:20 0
ローズ・ブラドは人間と吸血鬼の間に生まれた。
彼は人間にとって忌み嫌われる存在、つまりは邪魔者だった。
知恵と秘術を司る月神ルミニア。その神殿から派遣された聖騎士達によって
ローズの父は殺され、そして母も魔女の烙印を押され絶望の中で死んでいった。

彼が帝都に戻ってきたのは皇帝陛下から賜った任務だけではない。
もう1つ、彼には確かめたい事があった。
「僕は、貴方達ともう戦いたくは無いんです……お願いです、かつての過ちを
僕と一緒に願う事で償ってくれませんか?」
ハスタ達と駅で別れたローズはルミニアの神殿にいた。
彼の願いは、吸血鬼と人間の和解。過去の因縁を断ち切り、お互いが手を取り合って
生きる事。
たどたどしい言葉ながらローズは神官達に伝える。
自分がかつての吸血鬼の王族の血を引く人間である事。
そして過去の母親の悲しい死、そして父の無念を晴らす為に来た事を。
「ですから……僕は。」
言葉を続けようとしたその刹那、神官の背後から聖騎士達がローズを包囲する。
『邪悪な存在よ……貴様の言葉には惑わされぬ。あの吸血鬼の息子ならば……
生かしてはおけぬ。神の名において、貴様を殺す!」
騎士達の剣がローズへと突きつけられる。ローズは絶望したように顔を震わせ、
そして涙を流した。

「どうして……なの。僕は、謝って欲しかっただけなのに……仲直り……したかった
だけなのに。僕は……人間になりたいのに」
絶望と共にドラルを押しのける程の強烈な魔力が周囲を覆う。
ローズの顔に以前より濃い形で禍々しい紋章が浮かび上がる。
≪よせ、ローズ!!お前……まさか!?≫
「ウォオオオオオオ!!」
衝撃波に吹き飛ばされドラルは柱に激突。気を失ってしまう。
ローズの体が凄まじい魔力を宿す「異形の魔人」へと変貌する。
金と黒の刺々しい鎧、そして巨大な二本角。
白目のない真っ黒な目が騎士と神官の体を金縛りにする。
『神……よ』
それが神官達の最期の言葉だった。
聖なる神殿は血の海となり、全てが真っ白に変わってしまった。

数時間後、ローズは神殿の真ん中で呆然としていた。
自分の手を見る。真っ赤に染まる己の手に最早何も思う事はなかった。
ただ浮かぶのは真っ黒な底の見えない絶望。
「う…うわぁああああああああ!!」
月が浮かぶ夜にローズの叫びが無情にも響いた。

【ルミニアの神殿前にて騎士達と戦闘】


11 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/01/18(月) 22:05:26 O
はやく書き込めよ嘘つきフィオナ
あと二時間しかねぇぞハゲ

12 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/01/18(月) 22:10:24 0
帝都のスラムで息絶えた男の最期の言葉であった。

13 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/01/18(月) 22:16:16 0
「あん…あはっ…んんっ…あぁぁーーーーんっ!!!」
「うっ、うぅ…うぉぉ…やべ、出るッ!」
ヴァフティア繁華街のある宿。
男女入り混じった喘声が響き、後背位で交わるシルエットが動く。
男の逞しい腕が伸ばされ、女の引き締まった腹の先で揺れるたわわな乳房の突起が摘まれる。
六回目の絶頂を迎えるフィオナの胎内に、レクストの四回目となる射精が行われた。
「あはぁ…レクストさんの、凄い…まだこんなに…」
「愛してるよ、フィオナ」
深いキスが交わされると、フィオナは眠りに落ちた。
一晩中交わっていて、さすがの聖騎士も疲れたのだろう。

眠れない。
まだ辺りは暗いが、僅かに地平線が明るくなりつつあった。
ぐっすりと眠るフィオナを横目に、レクストは自宅へと向かうことにした。
離れには仲間たちもいる。最近は毎日家に帰るのが楽しい。
「さて、朝食の準備でもしてやるかな」
足取り軽く、まだ眠る街を急いだ。


14 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/01/18(月) 22:17:47 0
「入れるぞ」
気が付くと、レクストはコクハにいきり立った男根を挿入していた。
コクハの秘所は予想以上に緩く、破瓜の血を流しながらもずぶずぶとレクストの逸物を
飲み込んでいった。
ガタガタ、ガタガタとベッドが揺れる。二人が駅弁のまま腰を振っているためだ。
「あぁっ!!あんっ…!んんっ!凄い…レクストのゴリゴリいってるぅ!」
先ほどフィオナと飽きるほど交わっていたとは思えないほど、レクストのそれは硬さを増していた。
しかし、それ以上に驚異的なコクハの締め付けがレクストを襲った。
「あぁぁ…!何だこれぇえ!?す、すげええっ…!や、やべえ、出るぅぅ…!」
「えっ?」
レクストが体を仰け反らせると同時に、コクハの胎内奥深くに精が放たれた。
今晩五回目の射精とは思えないほどの勢い。びゅるびゅると渦巻く熱い子種は、
男根が引き抜かれるとどろり、とベッドを伝い床に落ちていった。
「こんなに…出され…ちゃった」

やがて意識を朦朧とさせつつあったコクハをベッドに寝かせ、服を被せると
素早くズボンを装着し、外の様子を見た。
「!」
外はすっかり朝日が差しているようだった。
しかし、同時に突き刺さるような、フィオナとギルバートの眼差しもそこにあったのである。


TU-DU-KU?


15 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/01/18(月) 22:20:15 0
死ねよ

16 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/01/18(月) 22:22:21 0
>>15
うるせ、ガチムチや従士が悪いんだよ・・・
あとフィオナ市ね

17 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/01/18(月) 22:24:23 0
は?

18 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/01/18(月) 22:26:44 0
フィオナおっぱい吸わせて

19 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/01/18(月) 22:46:45 0
あと約1時間

20 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/01/18(月) 22:49:32 0
正確には1時間と11分だぞコクハ

21 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/01/18(月) 22:51:21 0
これも全て書き込むと言って書き込まなかったフィオナの罪だな
裸になってくれたら許すお

22 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/01/18(月) 23:05:29 0
フィオナ死亡まであと1時間ヲ切りました

23 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/01/18(月) 23:12:14 0
従士隊教練所。
帝都王立従士隊本拠屯所でヴァフティア事変に関する聞き取りや、神殿からの礼状を渡し終えフィオナ達が次に向かった場所。
先ほどまで居た街中とは違い郊外の広い敷地にそれだけがぽつんと建っている。
従士たちが様々な状況を想定し訓練に励むこの施設では、広大な敷地の確保が必要だったからとのことらしい。

セシリアという魔導師に案内され教練所の奥にある私室へと通される。
数度のノックの後入室を許可する声。

入って先ず眼を奪われたのはこの部屋の主であるミカエラという女性。
聖母のような儚げな美貌と悪魔の王女の持つ妖艶な魅力が同居しているとでも言えばいいのだろうか。
同性だというのに思わず見とれてしまう。
しかしそれ以上に眼を奪われたのは入った直後に起こった出来事。

『お久しぶりね、レック…』

レクストへ走り寄ったミカエラがまるで恋人同士のような抱擁を交わしたことだった。
これには思わず目が点になる。
元教師とその教え子。そう聞いていたのだがその実禁断の愛を誓った相手とかそういう類のモノなのだろうか。
目の前で展開される二人だけの空間。
その恥ずかしさに耐えられずもじもじしているとやっと此方の存在に気づいたのか、二人――というか主にミカエラ――がようやく離れた。

『あら、そちらの子は…キミのガール・フレンドかしら?』

「なっ……い、いえ決してそのような大それたものでは無くっ、むしろレクストさんには出会った頃から助けられっぱなしで……
助けられたというのは先のヴァフティア事変でのことなのですけど、何度も挫けそうになるのを助けて頂いたと言いますか
とにかくレクストさんが居なかったら私なんてあの夜が人生最後の日になっていたに違いないと思うくらい感謝しているんですが……。」

いきなりの問いかけにしどろもどろになりつつ一息に答える。
まるっきり挙動不審な様子だがミカエラの微笑を誘う程度の一助にはなったようだ。

『まあ…誠実そうな子ね。私はミカエラ・マルブランケ。彼の元教導師…いや、
それ以上の関係と言った方がいいかしら?…そうね、一言話しておきたいんだけど、
彼はあなたには勿体無いわ。折角育ちが良さそうなのに、彼のワルガキが移っちゃう』

「あ、自己紹介もせずに申し訳ありません。フィオナ・アレリイと申します。
お褒め頂いて恐縮ですが……私も子供の頃は近所の男の子を相手に喧嘩して回ってた位やんちゃでした。」

ミカエラから差し出された手を握り返すフィオナ。
それ以上の関係、という一言にちくりと痛みが走るが聞き流そう。
自分以上に付き合いが長い人物、ましてや年長者の一元一句に嫉妬するのは愚かなことだと己に言い聞かせる。

その後はレクストの教導院時代の話を肴に出されたお茶に舌鼓を打ちしばしの歓談。
話もひと段落してきたあたりでミカエラがレクストに改めて。と話を持ち出す。

「あ、ちょっと訓練所を見学させていただいてもよろしいですか?」

なんとなくだがその場に居るのは相応しくない様な気がして見学をダシに離席。
手持ち無沙汰を紛らわすようにぼんやりと施設内を見学するフィオナ。
重要箇所などは当然見ることが出来ないので教練所の入口で適当に時間を潰す。

暫くしてから外に出てきたレクストの顔はどこかいつもの精彩を欠いているような気がした。

24 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/01/18(月) 23:50:24 0
教練所には付いて来なかったジェイドと再び本拠屯所で合流し、ジェイドの意向で暫く街を歩くことにした。
そろそろ夕刻になるだろうか。しかしもう一つの目的であるルミニア神殿へ親書を届けるにはまだ日が高い。
神殿に人は居るのだが月の女神の代行者たる聖女には夜でなければ会えない。
その力をより強力に保つために月の動きに合わせ活動しているためだ。

先にハンターズギルドへ顔を出そうかなどと考えていたが帝都の中心である天帝城が見える辺りまで来た頃、
顔に青痣を拵えたジェイドがとつとつと語りだす。

一年前の極秘任務で片腕と仲間を失ったこと――。
仲間の一人の裏切りとルキフェルとの遭遇――。
そして何もかもをも放り捨て従士隊から逃げ出した――。

『・・・というわけさ。俺はルキフェルって奴を必ず倒す。
仲間の仇を討つ為に』

「そんなことが……。
貴方が会ったルキフェルはヴァフティアを襲った者たちの一人。
私も戦ったけどレクストさんとハスタさんの助力を借りても倒せなかった……。」

あの日の悔しさが鮮明に蘇る。
多くの住人を殺し、レクストの母の亡骸を従え数々の悲しみを造った元凶。
帝都へ来たのもルキフェルの言葉があったからこそだ。

「でも、今度はあの時とは違う。
他の仲間も居るし、何より貴方も居る。」

しかしジェイドは頭を振り、踵を返すとさらに告げる。

『姉ちゃん。少しの間だけど、会えて嬉しかった。
元気でな・・・』

フィオナは止めようと手を伸ばすが、寸前に見た弟の決意を秘めた貌がそれを躊躇させる。

「決して無茶はしちゃダメ!
良い?何かあったら『銀の杯亭』か『ルミニア神殿』に来るのよ!」

それでも諦めきれずジェイドの背中へ大声で投げかける。
視線の先、煌びやかにその姿を誇示する天帝城にひどく陰惨な闇を感じながら。

25 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/01/20(水) 00:34:28 0
日に三度目の地獄を味わってアインが向かったのは、やはり雪原の如き白さに包まれた一室だった。
部屋にはそう高くないとは言え天井に届く程の本棚と、ベッドが一つ。
それ以外には何もない、酷く殺風景な部屋だった。

部屋に溶け込むような純白のシーツとベッドに挟まれて、一人の女性が眠っている。
ここは、病室だった。
アインよりもほんの僅かに年上の様相をした彼女は、彼の来訪を察したのか閉ざしていた瞼をゆっくりと開く。

「起こしてしまいましたか、先生。ここ数週間来る事が出来なくて――」

「……君は、誰だい?」

アインの言葉が最後まで紡がれるのを待たずに、女性は目を大きく見開き、きょとんとした様子で彼に問いを放った。
純真さを感じさせる問いを受けて、アインの表情が酷く強張る。

「……くっ、はは! 冗談だよ、アイン! どうだい? なかなかの名演だったろう?」

けれどもそれも束の間、堪えきれないと言わんばかりに相好を崩し腹を抱えて初老の女性が笑う。
それを見てアインも硬直した表情を和らげ、変わりに呆れた様相で胸を撫で下ろしため息を吐いた。

「よして下さいよ、先生。心臓が凍りついたかと思いました」

先生と呼ばれる彼女は文字通り、アイン・セルピエロの恩人たる人物だった。
初等教育学校から今に至るまで一時たりも、彼が彼女に対して拝謝と敬慕の念を忘れた事はない。

「はっは、すまないね。最近はめっきり来てくれなかったからさ、年甲斐もなく拗ねてみたんだよ」

相変わらず明朗に笑う彼女に、アインはたじたじと言った調子で苦笑いを浮かべた。

「おいおい、そんな顔をしないでおくれよ。別に君を困らせるつもりはないんだからね。
 君は僕の自慢の友人。そして役学は僕の子供のようなものなんだ。
 その二人の活躍と成長をあのメイドから聞かされるのは、それなりに楽しいんだよ?」

勿論君との会話ほどじゃないけどね、と最後に付け足して、彼女はアインに穏当な微笑みを向ける。
途端に彼は嬉しそうに表情を緩めたが、それを悟られるのはどうやら恥ずかしいのか。
すぐに顔を俯かせて彼女から視線を逸らしてしまった。

「……僕なんて、未熟も未熟ですよ。先生が作り上げた基盤に、煩雑に物を築いているに過ぎません」

面映さに詰まる胸から搾り出されたのは、謙譲と謙遜の言葉だった。
今度は先生が呆れ顔を浮かべる。

「謙遜する必要なんてないさ。基盤と言っても所詮は理念。役学を実らせた紛れも無く君なんだよ」

言い終えてから、彼女は空気を一新するべく手を叩き快音を響かせる。

「さて、堅苦しい話はここら辺にしておこう。それより僕は、出張の土産話が聞きたいんだけど?」

26 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/01/20(水) 00:37:18 0
唇の描く曲線で弧を描き、彼女は彼を見据えた。
アインは暫し呆然と固まり、それからはっとしてベッドの傍に置かれた椅子に腰掛ける。
そうして身振り手振りを加えながら、ヴァフティアや列車での出来事を語り始めた。

柄の悪い筋肉馬鹿に絡まれて、走行する列車の屋根に連れ出された事。

「それはまた……いや、しかしその人は随分と勇敢なんだね。
 ……馬鹿で無鉄砲って、相変わらずだねえ君は。でも何だかんだで楽しかったんじゃないのかい?」

怪物の羽ばたきを利用して、人工的に落雷を発生させた事。

「それは凄いな! さぞや壮観だったろうに、羨ましいなあ。……出来る事なら、僕も一度くらいは見てみたいなあ」

中継都市で田舎者が珍妙としか言いようのない服飾をしていた事。

「俄かには信じ難い感性だけど……きっとその人は格好いいと思ってるんだよ。だから馬鹿にしちゃいけないよ? 君は昔から歯に衣を着せないからね」

他にも様々な事や、役学の進展をアインは語った。
そうすれば彼女は笑顔を見せてくれる。
ただそれだけの理由で、彼は慣れない会話を膨らませようと砕心していた。

「いやあ、面白いね。……惜しむらくは、そこに僕が存在し得ない事、かな」

しかし不意に彼女が零した呟きに、アインの口が止まった。

「……もう少しの辛抱ですよ。役学は日々進歩しているんです。先生の病気だって、すぐに」

「僕は役学を子供だと言ったよね。役学が子供なら、魔術や聖術は大人だ」

アインの話を断ち切って、彼女は更に続ける。
有無を言わさぬ彼女の様子に、彼はただ口を噤む事しか出来なかった。

「役学はまだ子供なんだ。成熟するには、途方もない時間が掛かる。学問と人の成長速度は、悲しい程にかけ離れているんだよ。
 あと十世紀は掛かるだろうね。……役学が僕の病を治せるまでに成長するには」

自嘲に表情を支配されながら、彼女は小さく笑いを漏らす。
胸の内が不甲斐なさと絶望に圧迫され、アインも表情を曇らせた。
けれども、その表情はすぐに振り払われる。

彼女が病床に伏した今、役学を育てる事が出来るのはアイン一人のみ。
ならばどうして、その彼が弱気に囚われる事が許されるだろうか。

「先生の病は治りますよ。……あと千年掛かると言うなら、僕が時代を千年進めてみせます」

27 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/01/20(水) 00:39:25 0
一切の澱みを孕まない断固たる意思を込めて、彼は言い切った。
普段では到底見られない強い語調に一瞬たじろいで、彼女は目を見開く。

「……そうだね。君がそう言うなら、本当にそうなるような気がしてくるよ」

だが彼女はすぐに、諦念の拭い切れない、それでも気丈な笑顔を浮かべた。
アインの言葉に根拠などない。それが分かっていても尚、信じたくなってしまう。
望みを捨て切る事を許してくれない残酷な宣言は、彼女とって痛々しい程に残酷な希望だった。

「ええ、だから弱音なんてよして下さい。……じゃあ、僕はそろそろ戻ります。
 あまり目を離すと、あのメイドが封魔オーブを落としてしまいそうでおっかないんです」

冗談混じりに笑いながら、アインは立ち上がる。
部屋の隅に配置されたSPINへと歩み寄り、

「ああ、楽しかったよ。ありがとう。……そう言えば、アイン」

しかし背後から投げ掛けられた彼女の制止に足を止め振り返った。

「『自称賭博師と物書き少女』の最新巻はもう出てるよね? あの魔法人形の行方がどうにも気になってね。今度見かけたら買ってきて欲しいんだ」

彼女の頼みに、何を思ったのかアインは苦笑いを零す。
そして、

「先生、同じ冗談は二度通用しませんよ。その本ならほら、本棚にあるじゃないですか」

苦笑混じりに本棚を指差すアインに、彼女は曖昧な笑いと返事を返した。
そうして今度こそ去っていく彼の背中を見送る。

冗談ではなかったのだとは、口が裂けても言える筈が無かった。

28 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/01/20(水) 00:40:22 0
研究所に帰ると、マリルが薬品棚に陳列されたガラス瓶を一つ残らず宙へと誘っていた。
溜息を零すアインを背後に彼女は床に近い瓶から空中で拾い上げ、他が落ちる前に棚へと戻す。
それを何度か繰り返せば惨事は起こらず、棚は元通りの整然とした姿を取り戻した。

そしてマリルは振り返って、アインに真顔で向き直る。

「嗜みです」

「ああそうだな」

転移酔いも相まって大きな反応をしたくなかったアインは、最早諦めたと言わんばかりにさっさと受け流すと、念の為薬品棚を覗き込む。
瓶には罅一つなく、それどころか瓶の間隔は均等、並び順も一切の差異は無かった。

「……とは言え、正直その動きは心臓に悪い。控えてくれ」

無駄だとは思いつつも一応アインは釘を刺す。
すぐに穏健な返事が返ってくるが、夕飯時になればまた勝手元で似た光景が再現されるに違いないのだ。
それから暫く、沈黙が場を支配する。

「……ところでアイン様、前々からの疑問なのですが」

静寂の幕を引いたのはマリルだった。
彼女の声に、アインは行っていた作業を取り止めて彼女へと視線を遣る。

「彼女は一体どう言った人物なのですか? 貴方が職権乱用の限りを尽くして保護している彼女は。
 『先生』と呼ばれるには随分と若いかと感じますし、何より貴方が過剰なまでに入れ込む理由が分かりません」

「……人聞きの悪い事を言うな」

とは言えマリルの言は大方事実であるから、それがまた問題なのだが。
協力者と言う名目で彼女はこの研究所で保護されているものの、病人である彼女にそのような事が出来る筈も無い。
加えて彼女が自分にとって何者かを語るには、自らの覆い隠している薄暗い劣等感を抉らずには不可能なのだ。

「……それはお前が知るべき事なのか?」

故に自分の後ろめたい暗部である彼女の存在を、彼は深く語りたくはなかった。
確認を以って、これ以上詮索してくれるなと暗に仄めかす。

「はい、気になる余り最近考え事が増えてしまいまして。このままでは本当に皿や瓶を落としてしまうかもしれません」

けれどもマリルは引かなかった。
あまつさえ仮初とは言え主たる自分に脅しを掛けるかと、アインは表情を僅かに引き攣らせる。
再び無言の時が両者を包み込んだ。

「……まあ、いいだろう」

結局、折れたのはアインの方だった。

「別に面白い話でもないが……話してやる。彼女、サンドラ・ブレイグロウスが何者なのかを」

29 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/01/20(水) 23:16:51 0
生命という概念は、しばしば輪環に喩えられる。産まれ、育まれ、歳を刻み、死ぬ。そうして死んだ魂は、繰り返す為に産まれてくる。
どれだけ歩んでも行き着く先は始まりの起点。まるで自分の尾へと喰らいつく蛇のように。終わりなき堂々巡りの輪廻。抗えぬ時の流れ。
ふと少女は考える。ならば共に歩めなかった、既に歩むのを止めてしまった者がいたとしても、次の周回で再び巡り遭えるのではないだろうか。

――停まってしまった時計が、それでも一日に一分だけ正しい時刻を刻むように。

『円環』の名を冠した都市で、若者達は巡り合い、巡り遭う。

                           *  *  *  *  *  *  *  *

『俺思うんだけどよ、才能があったら努力しなくても出来る奴は出来て、才能がないなら努力しても出来ない奴は出来ない――努力の立場なくねぇ?』
『……相変わらずの短絡思考だねリフレクティア君。そんな愚考に消費された君の脳細胞が不憫でならないんだけど』
『え、脳味噌って減るもんなのかよ!?やべーなるべく考え事しないようにしなきゃな!……何の話だっけ』
『減ってる減ってる脳味噌減ってる』
『才能って言葉は便利だけどよ、俺はあんまり好きじゃねえな。なんかこう、アバウト過ぎるんだよ。自分が何の才能持ってるかもわかんねえし』
『何もないという可能性は考えないの?』
『おいおい女史ィ、俺を誰の息子だと思ってんだよ。あんだけ無駄に万能超人な親父なんだから一つぐらい受け継いでんだろ俺も』
『ああ、そういえば得意だもんね。――便所掃除』
『どんな才能の無駄遣い!?いや得意だけど!世界獲れると自負してるけど!』
『あはは、でも期待してるよ。君が私と同じところまで上ってこれることを。手は貸さないけどね――頑張って。"格付け"試験』
『おお、任せとけ。克目して見とけよ――この俺の最高にカッコいいとこをな』

                           *  *  *  *  *  *  *  *

6番ハードルは学生街である。帝国内の最高学府である帝都王立教導院を初めとした主要な教育機関が集い、そこから派生した研究院が軒を連ねる。
そこに通う学生や院生、教導師達が下宿する寮や長屋が林立し、隙間を縫うように学生層をターゲットにした食堂や商店がまばらに散在している。
帝都の中で最も人の出入りが激しいハードルであり、需要に合わせて造成改築を繰り返したため相当煩雑な内部構造となっていた。

上を見上げれば立ち並ぶ建物の稜線に阻まれ全容を把握できない空の下で、しかしどこからでもはっきりとその存在を視認できる建造物が二つある。
一つは生徒数五桁を誇る学生の華、6番ハードルの幅をほぼ埋める敷地の王立教導院。そしてもう一つは、天を貫かんと聳える白磁の塔――国立研究院。
セシリアが爪先を指針としたのは後者の方向だ。教導院と研究院はハードルのほぼ東西両端に建てられている。研究院は西側だった。

セシリア=エクステリアは魔導師である。主に魔導具の研究・解析・開発・改良を行う技術職であり、魔術を用いる為同時に優れた魔術師である必要もある。
教導院を卒業した彼女は錬金術師ミカエラ=マルブランケに一年間師事し、魔導具開発のノウハウを吸収したのち現在の職についていた。

教導院の卒業認定には『格付け』と呼ばれる能力認定制度があり、この成績如何によって就ける職種も社会的重要度も変わってくる。
例えばレクストのように堕ちこぼれであれば学歴などない方がマシな程であり、セシリアの場合は国家枢軸機関である研究院への内定が確約されていた。

「あと少し、あと少しだよリフレクティア君。それまで精々そこで停滞していてね……すぐに追いつくから」

研究室の自分のデスクでセシリアはひとりごちる。身体のラインを覆っていたマントを脱ぎ、卒業時に父から贈られた三角帽を帽子かけに放り投げる。
肩までかかる黒髪は如何な計算によるものか幾何学的に揃えられ、理知的に整った顔立ちから険の表情が抜ける。
引き出しに仕舞っておいた羊皮紙製の設計図を、まるで子供が始めて手にした紙幣を扱うかの如く丁寧に取り出し、眺めて口端を上げた。

それは兵器の設計図だった。ある日突然厳重なはずの警備を掻い潜って現れた金髪の男。彼が持参した草案に、セシリアが検証と清書を施した物である。
魔導具技術者として幾多もの武装兵装武器兵器に触れてきたはずの彼女にとって、しかしそれは初見にして天啓の如き発想をもたらしてくれた。

設計図には既に決まっていたらしき兵器の名称が記してある。

"世界侵食術式兵器――『自壊円環《ウロボロス》』"

30 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/01/20(水) 23:19:00 0
フィオナと連れ立って奥の間に入ると、一年越しの対面となるかつての恩師は熱烈な歓待をもって出迎えた。
ときおり丈長の魔道着の裾から生白い美脚を露出させながらミカエラ先生は小走りにレクストへと接近するとそのまま背中に手を回した。

「お久しぶりね、レック…」

熱い抱擁の胸中でミカエラ先生が一句一句噛み締めるように呟き、言葉の奮えが骨と肉を伝って頭蓋にまで届く。
レック。この愛称をレクストに用いるのは彼女だけだった。大抵が『リフレクティアの馬鹿な方の息子』あるいは『愚息』『馬鹿』『真性童貞』『似非エリート』
などなどまともな呼び方をされていなかった教導院時代において、そんな愛称で呼んでくれたことに当時のレクストはいたく感動したものだった。

「あれ、デジャビュ……?」

現在の構図になんだか妙な既視感があると思ったら、横断鉄道の機関室で謎の美女に首筋を吸われた時の状況と酷似しているのだった。
傍で蚊帳の外のフィオナが白眼視しているところまでそっくりである。流石に吸われはしなかったが、肢体の触感と沸き立つ芳香にまたもやくらりと来そうになった。

「あら、そちらの子は…キミのガール・フレンドかしら?」

先刻とは別の原因で顔に血が集まる。

「おおっとォ!?め、滅多な発言はよして下さいよなぁ!全国津々浦々に跳梁跋扈する俺のファンに刺されちまうぜ!つい先日も刺客送り込まれたし!!」

隣でフィオナが同様に焦燥全開の弁明を始め、それがミカエラ先生の紅花のような微笑を誘い、なんだか無性に縮こまりたくなったレクストも自棄に笑う。
結果としてそれが呼び水となったのか、個室の三人は滞りなく談笑の席へと滑り込むことができた。昔話と近況を肴に、ミカエラ先生の淹れた茶をしばく。
見上げた空は白雲以外に視界を遮るものもなく、真昼の陽光を余すとこなく享受することができた。窓の外で断続的に挙がるのは、訓練の号令である。

「ちょっといい?レック…ひとつお願いがあるのだけれど…」

話のネタも尽き、ポットの中身が底を見せ始めた頃。ミカエラ先生がいやに真剣な表情で申し立てた。その雰囲気に何かを感じ取ったらしきフィオナが中座する。
香り付けとして茶に入っていた少量の香酒に酔い始めていたレクストは、それでも訓練の賜物か剣呑さに身体だけが順応する。

「今日の用事があったら、今晩、ここに一人で来てくれないかしら?どうしても話しておきたい相談事があるの。お願い」

これが隊長の言っていた『用』なのだろう。レクストはおぼろげにそう認識する。詳細は耳を透過して、『今晩ここに来る』という依頼だけが脳に強く刻まれた。
何故だか理由を聞く気にならない。命令に従うことを至上の喜びと誤認してしまっている。自分はこんなにも忠義に厚い人間だったろうか。
頭の中身が額の内側から少しずつ掌握されていくような錯覚を得て、ふと気付くとそこは外だった。傍にはフィオナがいて、自分は芝生の上にいる。

「あ、あれ……?俺、いつの間に先生と別れてきたっけ――」

問うたところでフィオナに答えがあるはずもなく、いつしか何故だかその疑念は、三歩進んだ時点で脳裏から綺麗に消えてなくなった。
いつのまにか居なくなっていていつのまにか合流したジェイドが己の過去を目的を訥々と語る最中もどこか上の空で、色々言いたかった筈なのに何も言葉が出てこない。
何かを腹に決めたらしきジェイドが悲痛な覚悟を置いて天帝城の方へと去っていくのを見送る時まで、レクストは己が思考の無限迷宮から脱出できなかった。

【夕方:5番ハードル・『銀の杯亭』】

「来ねえな十字架の奴……」

既に日は落ちている。ハスタが戻ると言った刻限はとうに過ぎていて、レクストとフィオナの座るテーブルの上には遅い昼食と早い夕食の皿が積んであった。
緊張の連続だったレクストは頭を上げる体力も残っておらず、机からの情熱的な接吻を自ら頬に受けていた。向いのフィオナも同様にくたびれているから、
単に長旅の疲れもあったのかもしれない。寝台の備え付けられた客車とはいえ、いつまた魔物の襲撃をうけるとも知れない車上では熟睡できなかったろう。

「なんか事件に巻き込まれてるんじゃあねえだろうな。畜生、あいつに払わせるつもりで食いまくったのに!」

魔力式の懐中時計を見ればそろそろミカエラ先生との約束の時間である。泣く泣くレクストは革製の袋から銀貨を数枚取り出して伝票の重しとした。

「とりあえず俺は用事を済ませに行ってくる。十字架の野朗が戻ってきたら俺の財布を代弁して一発殴っといてくれ」


【『銀の杯亭』を出て再びミカエラ先生のもとへ】

31 名前:ルキフェル ◆7zZan2bB7s [sage] 投稿日:2010/01/21(木) 01:16:34 0
【天帝城 最深部】

巨大な洞窟を改造した地下神殿にルキフェルはいた。
ジェイド・アレリィという侵入者が天帝城に侵入したが
難なく「処理」した。
義手を切断し、遺体を晒し者にする事を決定。
まずは神殿に「神を裏切った背徳者」として晒すように手配した。
ただ1つ、ルキフェルの顔に傷を付けたのだけは意外ではあったが。

「蝿……よりはマシでしたよ。」
頬の傷口が修復していく中、ルキフェルは神殿の中央に
捧げられた巨大なクリスタルを見つめた。
その中に、居るのは1人の少女。
祈るような姿で結晶の中に閉じ込められている。
現在の名をミア。そして過去の名をアルテミシア。
「貴方達には随分と苦労を掛けられました……しかし、
最後の生き残りである貴方さえ今は私の手の中だ。」
ミアの魂はマンモンと同化し、既にここには無い。
今在るのは「入れ物」としての少女とアルテミシアの残骸だ。
「人間の可能性とやらを見せて欲しかったものですが、
どうやら貴方達にはこれくらいが限界のようだ。
この弓矢の使い方を知っているのは、最早私しかいない。」
アルテミスの銀弓を手に、ルキフェルは言葉を持たぬアルテミシアを見つめた。
その弓は人の可能性を引き出す物。そして、破滅を齎すかもしれないモノ。

――かつて人間は神によって誕生した。
神は、人を自らの下僕ように扱い、決して自由を与えなかった。
神は、力の塊。そして天使を従える権力者だった。
その中で、神に逆らう者が現れた。
人間は、神に従い地獄に住む悪魔と戦った。
人間達に倒された悪魔達は辛酸を舐め、そしてその怨念を抱いたまま
地獄へと封印された。
残された数少ない悪魔達は、闇に身を隠し…復讐の時を待った。
それから数える事も出来ない程の時間が過ぎ、今に至る。

「神よ。貴様は愚かだ……こんな者達を愛するとはな」

32 名前: ◆7zZan2bB7s [sage] 投稿日:2010/01/21(木) 21:37:39 0
【ルミニア神殿】
>>10
血溜りの中で消沈するローズに1人の美女が歩み寄る。
真っ赤なドレスとバラの首飾り。
バルバと呼ばれていたルキフェルの側近だ。
冷徹な眼差しで見据えるその姿に、ローズは見上げた瞬間
凍り付くだろう。
「ローズ・ブラド。仕事だ…」
ローズの足元にお守りのような首飾りを投げ付ける。
「それを、ここに来るであろう……”フィオナ”という騎士に渡せ」
呆然とするローズにバルバは極めて冷静な口調で言い放った。

その首飾りは姉が弟の身を案じて従士になる前に渡した
物。大切な肉親へのプレゼントである。
血に塗れたそれが何を示しているか、見ればすぐに気付くだろう。
「よくやったな。流石は吸血鬼の末裔……」
バルバは神官の死体には目もくれず、その場を後にする。


33 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/01/23(土) 22:51:19 0
スリ騒動を丸く治め去っていくマンモン。
周囲の者達には爽やかな春風のようだったろうが、ギルバートとハスタには風雲急を告げる嵐の使者であった。
マンモンが何者か・・・
群集に阻まれ追う事もままならなかった二人に残された手がかりはただ一つ。
【いつも援助を頂き】と言われたジースのみ。

「ジース様、探しましたよー。こんな小汚い変装までして!せめてこちらを羽織ってくださいませ。」
二人がジースに目をやったときにはメイドがジースに豪華な上着をかけていたところだった。
ジースの姿は十分に高貴な服装であったのだが、それでもメニアーチャ家としては小汚い部類に入ってしまうのだ。
「みんな総出で探しているのですけど、やっぱりジース様を見つけたのはこのチタンですよねー。運命の糸を辿ってきたからー。」
得意顔で言い放つチタンの言葉はある一点へと向けられている。
その一点とは・・・

「ハスタさんにギルバートさん、ですね。
我が御当主様がスリに遭われたところを助けていただいたそうで。お礼を申し上げますわ。」
穏やかな口調と優雅な仕草でギルバートとハスタに頭を下げるのはエボン。
チタンと共にメニアーチャ家に仕えるメイドであり、ラ・シレーナから派遣されている高級娼婦でもある。
「あ〜ら、御当主様に恥をかかせないように周囲からの事情聴取と対応するのが勤めなのに、いい気なものね。」
チタンからの嫌味を斬って捨て返す言葉には鋭い棘が。

チタンとエボンとの間で不可視の火花が散る事数秒。
何事もなかったかのように二人はそれぞれに動き出す。
「ささ、ジース様!みんな心配していますよ!まずは一旦帰りましょう。」
チタンがジースを促し、エボンはギルバートとハスタにそっと寄る。
「メニアーチャ家としてぜひともお二人にお礼をさせていただきたく存じます。
聞けばヴァフティアから来たとか。色々お話も聞きたいですし。」
(あなた方の仲間の所在はわかっています。ついてきてくださいませ。)
不思議な事に同時に二つの声が聞こえてくる。
しかし周りにも聞こえる声として存在するのはお礼の言葉のみ。
ついてくるようにとの言葉は二人だけにしか聞こえぬ不思議な声だった。

そのころフランソワ・・・
「う〜〜〜・・・本当の一番は私なのにい!」
メニアーチャ家の自室にて術を展開していた。
ジース自身は知らぬ事であるが、ジースには常に最低三つ以上の追跡用魔石が仕込まれている。
今回上着も剣も着替えていったのだが、靴に仕込まれた魔石がその所在を知らせたのだった。

故にチタンとエボンはかなり早い時期にジースを発見していたのだ。
周囲に聞くまでもなく事情は知っていたし、ハスタとギルバートについても・・・。
にも拘らずマンモンが去るまで姿を現さなかったその訳は、そしてミアの所在を掴んでおり、二人を誘う意図は・・・。
未だ明かされぬままただ二人をメニアーチャ家へと誘うのだった。

34 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/01/24(日) 17:36:42 0
「おーおー、何やら穏当じゃねえ空気醸し出しちゃって」

喧騒を聞きつけて気紛れにぶらりと、灯火に群がる羽虫よろしく歩いて来たマルコは、密かにジース達の様子を伺っていた。
誰にとも無く軽口を叩きながら、彼は自分の身の振りをどのような方向へ持っていくべきか思案する。
あの男、マンモンはそれなりの地位と名声を併せ持った人間だ。

それはそのまま、事の厄介さ加減に繋がっている。

「……とは言え、まあ。放っとく訳にもいかねえよなあ」

銀の指輪を指に連ねたあの男。
乾ききった荒野のような面構えをした彼が、一瞬覗かせた動揺の色。

白の十字架を背負った男が顔に貼り付けている、孤独の仮面。

マルコ・ロンリネスは、そのどちらもが嫌いだった。
人が何かを失おうとする時、或いは何かを失った者が見せるその様相を、彼は極端なまでに忌み嫌った。

失った者がどのような顛末を辿るのか、意識を逸らそうとしても彼はどうしようもなく、その未来を思い描いてしまう。
すると大地の揺れが湖の水面に伝播するように、或いは地上の細微な揺れが大樹の枝葉を鳴動させるように。
彼の地位を鑑みれば、後者の喩えがより適切だろうか。貴族とは、人の上に成り立つ存在なのだから。

ともかく彼は、誰かに訪れるであろう悲痛を、自らの心に映してしまうのだった。

ひとまずスリの男は、自分が身柄を引き取っておいた。
表向きの理由は奴隷働きとして。それならば、貴族院の連中も文句は言えない。

如何に群集に持て囃される聖騎士の言葉であっても、貴族達の安心と天秤に掛けるとなれば、やはり軽い。
マンモンの言葉が真に意味を成すのかは甚だ疑問だった。

マルコが彼、スリのような人間を引き取ったのは、今日が初めてではない。
司法局へ自ら出向き、本来ならば残虐たる死を迎えるだけの人間を幾人も、マルコはロンリネス家の手伝いとして雇っていた。
本当に良いのかと言った旨の問いを受ける度、マリルが居ない今丁度いいんだよと彼は笑ってのける。
けれども既に、屋敷には十分過ぎる程の従者が揃っているのは言うまでもない事だった。

スリの男に隷属、もとい雇用の証文を渡し屋敷へ向かうよう命じると、彼は既に小さくなり始めていたジース達の背中に駆け出した。

「さて、我ながら難儀な性分だが……まあ今更だな。おーいジース君よ!
 可愛いメイドにいい男まで引き連れて両手に花じゃねえか! 随分と楽しそうな面々だ。ちょいと俺も混ぜとくれよ。な? いいだろ?」

メイドの胸を凝視で貫き、ジースとハスタの尻をぽんぽんと二度叩き、結果として全員から極寒の視線を浴びながら。
それでもマルコは彼らの後を付いて歩いた。

35 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/01/24(日) 17:38:49 0
「――僕は生まれつき、体内に魔力を有していない。つまり魔力欠乏型の障害者だ」

切り出しは、アインの身の上からだった。

魔法と奇跡に満ちた世の中で、魔力を一切持たない事は何を意味するか。
日常的な家事に纏わる魔法は使えず、魔法具も機能しない。
健常者に同行するか特殊な補助具が無ければSPINの恩恵すら浴する事は出来ない。
魔力が無いと言う事は即ち、誰かの助けなしに生きる術を持たないと同義とさえ言えた。

「僕が初めてその事を自覚したのは、初等学校の時だった。単純な灯火の魔法を習得する授業だ。お前も覚えがないか?」

「いえ、私は教養家事その他全てを家で学びましたから。学校に通った事はありません」

「……そうか」

一旦アインは言葉に詰まり、しかしすぐにまた口を開いた。

「まあいい、続けるぞ。当然、僕はその課題が出来なかった。当時魔力欠乏は然程社会に認知されていなかったからな。
 僕はこっ酷く怒られたさ。それに障害者が家から出ただなんて赤っ恥だ。万一課題が出来なければ勘当だと脅されもしたな」

暫し、彼の表情が嘲笑に支配される。
その嘲りの矛先が教師か両親か、或いは自分なのか。
それは彼以外には分からないが。

「とは言え、出来ない物は出来ない。僕には目を閉じて心を静めても、魔力が練り上がる感覚なんて理解出来なかった」

「その感覚を教えてくれたのが、彼女ですか? しかしそんな治療法は聞いた事がありません」

思案に顔を険しくするマリルに、アインはくすりと笑いを零す。

「そんな大層な事じゃないさ。彼女は僕に、カンニングの仕方を教えてくれたんだ」

顔に浮かべた笑みはそのままに、彼はそう言った。

「カンニング……ですか?」

ああ、と首を縦に振りながら、アインは手の平に収まる程小さな瓶を一つ、白衣のポケットから取り出した。

「これはヴァフティアでしか採れない珊瑚の瓶詰めだ。見ての通り綺麗な物で観光土産としても売られていたんだが……開封してはいけないと買う時に忠告される。
 この珊瑚は酸素に触れると発火するからな。……そして、彼女は学生の時分、その封を解いた。好奇心からな」

歯車が噛み合い、合点がいったと言う表情をマリルが浮かべる。

「それでカンニング、ですか」

「そう言う事だ。僕はこの小瓶のお陰で課題をクリア出来た。
 そして学校の教師が誰一人として教えてくれなかった事を教えてくれた彼女を、『先生』と呼ぶようになったんだ。
 当時初等学校の七年生だった彼女は随分と恥ずかしがっていたがな」

古い記憶から湧き上がる笑気に当てられながら、アインは過去を語った。

36 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/01/24(日) 17:40:11 0
けれども次の瞬間には、彼の表情から愉快さは蹴落とされ、代わりに剣呑さが場を支配する。

「初めは些細な物忘れだった。それにしても、先生にとっては十分過ぎる程の異変だったがな」

眉間に皺が刻まれ、口調が低く平坦となる。
マリルは相変わらず、唇を真一文字としてアインの言葉に耳を傾けていた。

「それから徐々に、先生はおかしくなっていった。足腰が不自由になり、耳が聞こえ難くなり、健忘は段々と酷くなった。
 当然、先生は教会に頼ったよ。だけど奴ら、彼女を治せなかったどころか、何て言ったと思う?」

答えを待つ事もなく、アインは自答する。

「神の権威を貶める詐欺師、或いは魂の弱者だったよ。……ふざけるな、詐欺師はお前達の方だろう。
 借り物の力を行使して、感謝を得て。自分達の手に負えない物は悪魔の手先だと嘯いて……」

言葉の中頃からは、我知らずの内に零された恨み言のようだった。

「……話が逸れたな。ともかく、彼女は僕の恩人で、救うべき人でもある。先生についてはそんな所だ」

最後は敢えてぶっきらぼうな調子を装って、アインは話を締め括った。
納得したかと言う意図を込めて、彼はマリルに視線を向ける。

「分かりました。ならば仮初とは言え主人たるアイン様の悲願を叶える事が、私の役目。どうぞ彼女の為、これからも何なりとお申し付けを」

凛とした面持ちと言葉を以って、彼女はそう宣した。

彼女が『先生』の正体を求めたのは、自らの忠誠を確固たる物にする為だった。
従者ならば知る必要のない事はある。
冗談めかした脅しがあったとは言え、アインは彼女の問いを棄却する事も出来たのだ。

にも拘らず、彼は彼女に答えを与えた。
ならば真実の対価は、誠忠こそが相応しい。



故に彼女は、自らの胸中に孵化した疑問を口から這い出させる事なく噛み潰した。

37 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/01/24(日) 17:41:53 0
「……そろそろ『研究成果査定』だ。来期の研究資金を確保する為にも……頼んでおいた『錬金火竜』の研究は済んでいるか?」

『研究成果査定』とは文字通り、帝都に支援を受けている研究家達が各々の成果を披露し、査定を受ける行事である。
皇帝自ら視察を行うその査定は帝国のお偉方は勿論、支援をしている貴族、更には招待さえあれば一般人であっても見物する事が出来た。
他国の密偵を懸念させられるこの制度はしかし、皇帝曰く。

強大、並びに有用な研究を敢えて誇示する事が、他国に対する最大の牽制になる。
仮に技術を盗まれたとしても、問題はない。
何故なら同じ技術を有しているならば、我が帝国が勝るに決まっているからだ。

との事だった。

ともかく、ある程度の評価が得られなかった研究は資金提供を打ち切られる。
つまりこの査定は研究とその関係者にとって、生命線となる物だった。

「勿論です。今この場で査定が行われても、一切の問題はありません」

確固として、マリルは答えた。
転ぶ落とすがお手の物を超越して最早職人技とさえ呼べそうな彼女だが、言い付けられた仕事は着実にこなしてのける。
一見すれば意外と感じるかもしれないが、忘れてはならないのが彼女とて、連綿と続く従者の血をその身に湛えている事で。
徹底たる職務完遂は、当然の事であった。

「ご苦労。なら僕は投資主の元へ査定の日程を伝えてくる。お前の本当の主に、何か言伝はないか?」

「強いて言うならば、賭博と飲酒を控えるよう伝えて頂けますか」

呆れ面でアインは了承し、研究所を後にした。



「……で、筋肉馬鹿。何故お前がここにいるんだ?」

メニアーチャ邸に到着した彼は、何の因果が見覚えのある面がちょくちょくと並んでいる事に顔を顰めたのだった。

38 名前:ギルバート ◆.0XEPHJZ1s [sage] 投稿日:2010/01/24(日) 19:15:24 0

「ところで……この腕輪だが。つい先ほど駅舎に落ちていたのだ。
持ち主はおられぬかと。」

―――体中の血が逆流した。一目見るだけで十分だ。
その銀細工の腕輪もローブも、紛れもなくミアが身に着けていたもの。
視覚だけでなく、大分狂ってるとは言え人狼の嗅覚でもその判別は容易すぎた。
ただでさえ熱い頭が燃えるような感覚。視界が赤く染まり、くらりとめまいを起こす。
それは先程のような熱の為だけではなかった。

"―――ならば殺せ。その怒りを、目の前の忌々しい血の詰まった皮袋へ向ければ良い"

誰かの声が頭の中で反響する。ふざけるな。誰だ。

"何をためらう事がある?お前は獣だ―――獣のする事は一つだけだ"

誰だ。何を―――何をしろと―――

"殺し、食らい、進み、また殺し、そして―――"

―――やめろ!

バネ仕掛けの玩具の様に右手が動いた。目の前でにこやかに笑う、坊主頭の男へ。

次の瞬間、その手はマンモンの同じ手を掴んでいた。

「―――いや、ご親切にどうも。まさか探し物がそちらからやってくるとは思いませんでしたよ」

赤く染まった視界は平常を取り戻していた。しかし、頭の熱は引かない。
相手の笑みに答えるように口元は笑っていたが、その瞳はぎらぎらと紅く光り、
親しげに袖を取る右手は、その実恐ろしい力でマンモンの右手を締め上げていた。

「まぁそう急ぐ事もないでしょう?お礼をさせて頂きたい―――ついでに詳しくお話でもどうです?
 我々の共通の"友人"・・・それに落し物の"残りの分"についてね。それに―――」

ビキッ、と何かがひしゃげる低く耳障りな音がマンモンの手首から聞こえたと同時、視界が大きく回る。
それは、めまいのせいだけではなかった。動いていたのは視界ではなく―――その体。
その事実に気が付いた時、ギルバートはがくりと膝を突き、そしてゆっくりと地面に倒れ伏した。

天地が直立した視界の中、ギルバートは一匹の獣の姿を見ていた。
獣は暗く暗く笑い、こちらを向けて口を開き、何かを言う。

"俺は まだ 生きているぞ"と。

手の中を探る。ない。大事なものが、ヤツから守り続けた大事なものが、そこにない。
あれがなければ、自分は――――

声にならない叫びを上げつつ、ギルバートの意識は闇の中へ落ちていった。

39 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/01/26(火) 15:09:36 0
ダークはもう壊れた

40 名前:ハスタ ◆fmAKADpWIqWy [sage] 投稿日:2010/01/26(火) 20:02:13 0
スリを取り押さえてしまった厄介ごとに悩んでいた俺の前に、胡散臭い奴が現れた。
考えを纏めている為に顰め面をしていたが、次の瞬間に隣にいたギルバート共々凍りついた。
>「ところで……この腕輪だが。つい先ほど駅舎に落ちていたのだ。持ち主はおられぬかと。」

・・・こいつ。他に誰も見ていないのなら今すぐ路地裏にでも引き込んで吐かせてやりたいが
このマンモンとか呼ばれている男は人々の注視を受けている。多分社会的地位のある立場の者
隣のギルバートが今にも飛び掛りそうな程アツくなっているのを見て却ってこちらは頭が冷えた

油断なくギルバートが動き出したら止めようという結論に至った瞬間には向こうはもう動き出していた
>「―――いや、ご親切にどうも。まさか探し物がそちらからやってくるとは思いませんでしたよ」
「――チッ!」
膝から頽れるのを防ぐ為に、体をもぐりこませて背中で支える
俺はただ去っていくその姿を見送るしかなかった。

――とりあえずこの重い背中の荷物をどうしようかと思案していると、今の今まで存在を忘れていた
メニアーチャ家の御曹司に、そこの家の者と思われるメイドが纏わりついていた
>(あなた方の仲間の所在はわかっています。ついてきてくださいませ。)
唐突に頭に響く声。恐らくテレパスの系統の術式か何かなのだろうが・・・
俺の顔が更に険しくなったのは、当然背中に乗せたギルバートの重みだけではない

この場合、『仲間』が指しているのがミアなのかそれ以外も含めて全員なのかという問題はあるが
気絶してしまった仲間を背負っている状況では選択の余地もない。
ここまで立て続けに起きた事態を考えれば正直な所メニアーチャ家など敵の息のかかっている筆頭候補もいいところだ
・・・・・・墓参りついでに『アレ』を回収しておきたかったがこの際後回しにするしかない
「分かった。ご招待に預かろうかな、友人もちょっと気分を悪くしたみたいなんでね」

何故か同じ男である所のギルバート(気絶)にさえセクハラをかます妙な男まで加わって
貴族のご一行の最後尾を歩き出して、ふとおかしな事に気づいて苦笑が浮かぶ
――仲間?仲間だって? 俺にとっての仲間はかつてのあの二人しかいなかった筈だ
だのにどういう風の吹き回しなのだろう。俺は背負ったギルバートやレクスト達を仲間だと思っているのだろうか?
・・・・・・人間でもないクセに。

―――メニアーチャ邸―――
屋敷の前に着いた途端、入り口で待ち構えていたのはどこかで見た顔だ・・・が、思い出せない
>「……で、筋肉馬鹿。何故お前がここにいるんだ?」
明らかに視線は俺の方向・・・の、若干上。
「おい、そろそろ起きろ。」
いい加減体感する重さと、気の重さによる苛立ちが加わって
とりあえず背負った体勢から零距離でギルバートに肘鉄を食らわせて起こす事にした


41 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/01/27(水) 04:01:53 0
5番ハードルに居を構える『銀の杯亭』。その店内は喧騒に包まれていた。
すでに日は沈み、一日の仕事を終えた者達が口々に注文を告げ、看板娘と思しき少女が厨房とテーブルの間をひっきり無しに行き来している。

「それにしても、三人ともどうしたのでしょうか……。」

果実の絞り汁が入ったゴブレットをテーブルに置きながらフィオナはひとりごちる。
聞いていた刻限を過ぎても他の者達が来ない不安さもさることながら、書き入れ時のテーブルを一人で占有していることの気まずさも多分に含まれていた。
先刻までは地元に顔が利くレクストが一緒に居たからそんな事も考えなかったのだが、用事があるとのことで出かけてしまったのだ。

それから待つこと暫く、新しく来た客が店内を見回してまた出て行く。
といったことが多くなった頃、遂に居た堪れなくなりフィオナは果実汁を飲み干すと席を立った。
二人分の支払いを済ませ、店主に後から来るだろう仲間への伝言を頼むと店を後にする。

外は夜の帳に覆われ、道を照らすのは建物から漏れる光と魔導灯、そして中天にかかる上弦の月。
活気に満ちた昼の景色から一変し光と闇が織り成す静謐な美しさに充ちており、まるで巨大な礼拝堂のようだ。
何処と無く慣れ親しんだ雰囲気に思わずフィオナの顔に笑みが浮かぶ。
この後また味わわなければならない『SPIN』の酩酊感も今だけは忘れられそうだった。


「うぅ……そんなことはありませんでした……。」

結果から言えばやはり気のせいだった。
目的の場所へやって来たフィオナは件の感覚に打ちのめされていた。
今日だけで数度使用したが慣れるのは正直無理な気がしてならない。

18番ハードル『ルミニア聖堂』通り。
知恵と秘術を司る月神ルミニアを祀る帝国内最大規模の神殿に面した大通り、その一角へと降り立つ。
此処から正面入り口までは神殿の外壁をぐるりと回って行く必要がありそうだ。
あえて入り口前にターミナルを設けていないのはその威容と絢爛さを道すがら見せつけるためだろうか。
しかし国内最大の前評判に恥じない巨大さだ。ルグス神殿の倍、とまではいかないまでもそれに近い規模はあるだろう。
フィオナも歩きながらその壮大さに圧倒されっぱなしだった。

入り口まであと半ば位まで来た頃だろうか。
宵闇の静寂の中聞こえてくる微かな悲鳴と慟哭の声。
知覚したその瞬間にフィオナは駆け出していた。

近づくにつれ強烈さを増す魔力と瘴気の奔流。
それらすべてはは神殿内から漏れ出てきている。

「これは――」

真紅に塗りつぶされた床。両断され倒れ伏す騎士と貫かれ息絶えた神官。
神聖な筈のそこは死で溢れていた。
惨劇の場に佇むのは黄金と漆黒、そして血で彩られた魔人。
だが何故かその姿は泣いているように見えた。

「――これは貴方の仕業ですか。」

有無を言わせぬ眼差しでフィオナは告げる。

「……偉大なるルグス様の御名にかけ、貴方を、魔をっ、断罪します!」

フィオナは生じた違和感を剣を抜き放つことで振り切り、魔人と対峙した。

42 名前:ローズ・ブラド ◆lTYfpAkkFY [sage] 投稿日:2010/01/27(水) 15:19:36 0
>>32
ローズの前に1人の女性が現れる。
>「ローズ・ブラド。仕事だ…」
>ローズの足元にお守りのような首飾りを投げ付ける。
>「それを、ここに来るであろう……”フィオナ”という騎士に渡せ」

「え……何を。何をさせようとしてるんですか?僕に?」
ローズの言葉に応えることもなく女は去っていく。
呆然としたままのローズの手には血に塗れた首飾りが残った。

>>41
次に聞こえたのは違う女性の声だった。

>「――これは貴方の仕業ですか。」

「貴方は…!?」
魔人と化したローズが見た女性の姿は、あの列車で出会った
神官の騎士に間違いなかった。
ここに来るというフィオナという女性は彼女の事だったのか。
ローズの中で後悔と自分への憎しみが濁流のように渦巻く。

>「……偉大なるルグス様の御名にかけ、貴方を、魔をっ、断罪します!」

「止めて…僕は、僕は…ウ…ウゥ」

最早、ローズに自分の性を掻き消す精神力は残っていなかった。
右手に掴んだ首飾りを地面に叩きつける。
フィオナの眼前でそれを何度も踏み付け、そして蹴り返した。

「我はキング……貴様の血を貰う。」

魔人が地面に手を突き刺した瞬間、地割れが起こる。
そして地面を突き破るようにフィオナの眼前に触手が出現し
襲い掛かった。

43 名前:ローズ・ブラド ◆lTYfpAkkFY [sage] 投稿日:2010/01/27(水) 15:36:03 0
【キング】
魔族の1つ、吸血鬼の中でも人間と吸血鬼の間に
生まれた者の中で偶発的に出現するイレギュラーな存在。
その名の通り、吸血鬼の王とも呼べる能力を持つが
制御が難しくそれ故にドラルが制御装置の役割を果たしている。

44 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/01/27(水) 22:13:37 0
>38>34>37>40

「どうぞ、マルコ様。」
にっこり微笑みながら紅茶を出すエボンだがその瞳の奥に笑みはない。
マルコとて貴族ではあるが、メニアーチャの当主であるジースには比べるべくもない。
愛想よく接しているのはあくまで対外的な儀礼とジースへのアピールなのだ。

ここはメニアーチャ邸第一応接室。
公的な応接用として用意された部屋である。
入室してすぐに無遠慮にズカズカと部屋の奥へで寛ぐマルコとは対照的に、ハスタはギルバートを背負い入り口辺りに立っている。
本来ならば私的な応接は第二応接室に通すはずなのだが、ハスタとギルバートがヴァフティアから来たという事を知ったジースがこちらへと通したのだ。
その訳は・・・
>「……で、筋肉馬鹿。何故お前がここにいるんだ?」
執事に通されやってきて、しかめっ面で言葉を発した新たなる客のためだった。
査定日程の打ち合わせの為、アインが来訪するのに合わせてヴァフティアの話を聞く為だった。

やってきたアインに恭しくお辞儀をして事の次第を伝えるチタンを余所にハスタが実力行使に出た。
>「おい、そろそろ起きろ。」
チタンが制する間もなく背負った体制から零距離で繰り出される肘鉄。
そんなやり取りをしているところへ、絨毯に乗ったフランソワがやってくる。
「ハスタ様。当家には優秀な治療術師がおりますが、ギルバート様は特殊なお方のご様子。
普通の治療より、ルミニア聖堂へお送りいたしますわ。
メニアーチャ家の紹介状と今の時間であれば聖女様の加護が賜れますでしょうから。」
(急いでどうなるものでもありませんし、まずは連れの方の治療をさせてください。今は従ってください。)
またしても二重音声で響くもう一つの言葉。
その声色に敵意は感じられなかったが・・・
チタンの言葉はギルバートが人狼である事すらも把握しているという意味が込められていた。

「ジース様はご用意にもう少々お時間がかかりますので、皆様ご歓談の程を。
ご希望のお飲み物などありましたらお申し付けください。」
フランソワとギルバートを見送ったエボンとチタンが応接室に残った三人に恭しく頭を下げた。


######################################

>41>42
18番ハードル
フィオナから遅れること数分。
空飛ぶ絨毯にギルバートを乗せたフランソワがスピンの方陣から顕れた。


45 名前:ハスタ ◆fmAKADpWIqWy [sage] 投稿日:2010/01/31(日) 18:00:41 0
>44
なぜだろう、墓参りの道すがら偶然通りがかりのスリをのしただけの筈なのだが
俺はこんな場違いな場所にいる・・・メニアーチャ家の邸宅応接室。
足元に敷かれた絨毯はとても高級な物なのだろう、歩いていてふわふわと頼りなく感じる程だ

>「ハスタ様。当家には優秀な治療術師がおりますが、ギルバート様は特殊なお方のご様子。
>普通の治療より、ルミニア聖堂へお送りいたしますわ。
>メニアーチャ家の紹介状と今の時間であれば聖女様の加護が賜れますでしょうから。」
さっきからギルバートを叩き起こそうと試行錯誤していた所を見咎められてしまった
二重音声のテレパスも表向きには敵意はなさそうだが・・・持っている敵意なら押し殺す事ができるものだ
・・・・・・とは言え、帝都屈指の大貴族の連中の『善意』を無碍に断る手段がない
それに、ルミニア神殿ならば最悪フィオナがいる。この際、一人よりは二人纏まった方がマシだろう

ギルバートを浮かんだ絨毯に載せたメイドが部屋を出て行くと、微妙に部屋の空気が固まった
・・・・・・何せ知り合いと言える程の知り合いでも何でもないのだ。
ただ列車に乗り合わせたと思しき学者肌の男に、よく分からない放蕩貴族っぽい男。あとメイド二人
入り口付近に立っていた俺は腕を組んでいたまま、軽く溜め息を吐いてから背後の壁に寄りかかった
――一瞬で思考を纏める。ここは恐らく敵地の可能性が高い上に、最悪の場合一言が死に繋がる事まで想定

なので、口火を切る事にした。
出来るだけ口調は波風を立てぬように
余分な感想を抱かせてはならない、情報源としての価値が低いと思わせねばならない
「――で、所詮ギルドの1ハンターにすぎない自分のような者がまさかこのような場所に招かれるとは思わなかったですね
 しかし、状況を鑑みれば恐らく何か聞きたい事でも在るのでしょう。と、ここまで考えれば内容は見当がつく」
一旦両目を閉じ、片目のみを開いて室内の様子を見る。
ここからが本題、列車内で自分もあらましは聞いたがミアの『利用価値』について話す訳にはいかない
ここにいる者が例え敵側の人間でなかったとしても、地獄の門という存在は知的好奇心と闘争の火種としての価値は十二分
ましてこのメニアーチャ家はマンモンとか呼ばれていたミアの誘拐犯と繋がっている公算が高すぎる

「・・・・・・恐らく、ヴァフティア事件の当事者として語れ。と仰るのではないでしょうかね
 残念ながら私には情報のカードの持ち合わせが殆ど無い。故に語り得る事はほぼ無い
 そもそも何故あのような大惨事が発生したのか、何の為に起きたのかをまるで知る事は無かった」
嘘は無い。確かに事の後に話半分に聞くまではただ俺は右往左往していただけなのは間違いないんだ
これで仕舞いとばかりに組んでいた両手を広げて肩を竦めて見せる

「そもそも、私はハンターの仕事を終えた為に観光と休養がてらヴァフティアに偶然訪れていただけですからね
 正直、街全体で何が起きていたかについてはそこらの新聞や情報屋の方がまだ詳しいでしょう」
・・・・・・正直こういう心理的な凌ぎ合いは嫌いだ。まして丁寧な語調を気取る自分など吐き気がする

【メニアーチャ邸応接室にて:沈黙を破って先に口火を切る。(ヴァフティア事件についてはシラを切る)】

46 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/01/31(日) 22:19:20 0
『止めて…僕は、僕は…ウ…ウゥ』

僅か。ほんの僅かではあったが眼前の魔人が見せたのは躊躇だろうか。
自身の身をかき抱くかのように身もだえ、後ろへ半歩。
これだけの殺戮を行ったにしては不可解ともいえる行動だ。
だがフィオナの逡巡も徒労に終わる。

まるで別人の如き――生来のと言ったほうが良いのかも知れないが――凶暴性を発した魔人が手に持った何かを地へ叩き付け、幾度と無く踏み潰した後蹴り寄越す。
視界の端に映ったそれは原型こそ留めていなかったが何処かで見たような気がした。
しかし今は記憶を辿る時間は無い。目の前の魔人が射殺すような敵意を向けているのだから。

フィオナは敵に対し半身、盾を前へと突き出し剣を後方に置く"待ち"の構え。
神殿騎士剣技の中でも基本の型とされ、防御を主軸に敵の攻撃を誘い、捌き、反撃するといった流れで構成される。
死体の傷から敵の攻撃は広範囲を一掃する魔術の類では無いだろうと踏んだ上での判断だった。

『我はキング……貴様の血を貰う。』

声を発するのと同時、魔人が聖堂の地面に手を突き刺した。
ビシリ、と地が割れる音が響いた次の瞬間、フィオナの目の前に地を裂きながら生える数本の触手。
生理的な嫌悪感を誘うそれは、うぞうぞと不気味に蠢いたかと思うとその先端を一斉に此方へ向けた。

(不味いっ!)
即座に判断すると後ろへ跳躍。
着地の勢いを利用し今度は横へ。その動きに追随する触手の群れ。

この間合いは不味い、一方的に絡み捕られ詰みだ。
円を描くように走りつつ時折訪れる危機感に従い進路を変更、行く手を阻むように出現する触手を縫うように避けながら間合いを詰める。
彼我の距離は残り僅か。
後数歩で魔人を刃圏に納められる。

「次は――」

疾走の勢いを減じる事無く、倒れこむように踏み込み

「――此処っ!」

より鮮明に突き刺してくる焦燥感を体を捻って寸前で回避。
遂に捕らえた。
最後の一歩を踏破したフィオナは聖光を纏った刃を魔人へと叩きつけた。


「そん、な……。」

振り抜いた筈の腕は触手に抑えられ、目の前には口の端を笑みの形に歪めた漆黒の魔人。
フィオナは四肢を絡め捕られた空中へ貼り付けられる。
振りほどこうともがき喘ぐ様をあざ笑うかのように、つま先から這い登ってきた触手が頬を叩いた。

47 名前:ローズ・ブラド ◆lTYfpAkkFY [sage] 投稿日:2010/01/31(日) 22:57:13 0
「無駄だ。我が力の前には光も届かぬ…」

余裕でフィオナを吊り上げた魔人。
吸血鬼の王と化した「キング」の笑みと共に
フィオナの首筋に触手の牙が立てられる。
真紅の血を飲み干しながらキングは何度も
その味を愉しむようにフィオナの顔に
自身の顔を近付けた。

―止めて。僕は、そんな事をする為に来たんじゃない。
僕は、彼女に。フィオナさんに母さんの面影を…感じただけなのに…なんで―

キングの中でもう1人の自分が訴える。
しかし彼は聴く耳を持たない。
自分を閉じ込めた愚かな抜け殻など歯牙にも掛けないとでもいいたげに
自らの右腕に爪を立てた。
「自分の欲望に素直になれ……貴様もいずれ分かる。
これが我々、ヴァンパイアの在るべき姿だ。
さぁ、女よ…我が僕となるがいい。」
浮き上がる血管から湧き上がる瘴気。
それがフィオナの体を包み、そして光を滅していく。
神を司る筈の神殿。そしてそれを守る筈の聖騎士。

その2つは、今…大いなる闇によって葬られようとしていた。

(同刻 神殿外)
目覚めたドラルは、神殿の外に現れた空飛ぶ絨毯
に向け猛然と向って行く。
「「大変だ…早くあいつを止めないと!!おい、あんたら!
頼むから力を貸してくれないか?そういや、あの兄ちゃんは電車の…」」
ギルバートの姿を確認し、ドラルは2人の前に飛来した。

48 名前: ◆lTYfpAkkFY [sage] 投稿日:2010/01/31(日) 23:38:08 0
【後で気付いてしまい申し訳ないです。訂正を。。】

(訂正箇所:電車→駅)

49 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/02/01(月) 20:42:07 0
密着状態からの肘鉄に脇腹を穿たれ、尚もギルバートは目を覚まさない。
ざまあみろと思う反面でしかし憎まれ口は空振り、張り合いの無さにアインは無聊を感じ眉根に皺を寄せた。

>「ハスタ様。当家には優秀な治療術師がおりますが、ギルバート様は特殊なお方のご様子。
>普通の治療より、ルミニア聖堂へお送りいたしますわ。
>メニアーチャ家の紹介状と今の時間であれば聖女様の加護が賜れますでしょうから。」

徒然によって細められた双眸は、チタンの言葉から滲み出た怪訝によって今度は見開かれた。

見た目に際立った奇異は無いが、特別とは一体どう言う事なのか。
よもや本当に脳の髄まで筋肉で出来ている訳ではないだろう。
そもそも何故あのメイドはそのような事を知っているのか。
どう贔屓目を働かせようともかの筋肉馬鹿と十字架男が、帝都一の大貴族と別懇の間柄にあるとは考え難い。

疑念は疑問を芋蔓式に呼び、肥大化していく。
けれども一瞬を境に、アインは思考の過半を支配していたそれらを全て棄却した。
何故か、訳合いは酷く単純明快。

必要が無いのだ。
自分の思案だけでは答えに至る事はない。
かと言って無駄な詮索をして、投資主の筆頭であるメニアーチャ家の心証を損ねでもしたら。
それこそ一大事だ。

そもそもギルバートの身上などアインにとって路傍の石に等しい。
ふと気に掛かり見つめる事はあっても、その為に真の目的を、自分の立ち位置を見失う愚を彼は犯さなかった。

アインは役学者であり、今日この館を訪れたのは査定の日程を投資主に報せる為だけに過ぎない。
そこに余計な私情や詮索は無用なのだ。
故に魔法の絨毯で運ばれていくギルバートにも終ぞ、彼は一度逸らした視線を向け直す事は無かった。

>「――で、所詮ギルドの1ハンターにすぎない自分のような者がまさかこのような場所に招かれるとは思わなかったですね
> しかし、状況を鑑みれば恐らく何か聞きたい事でも在るのでしょう。と、ここまで考えれば内容は見当がつく」

ふと、紅茶の香に代わって室内を支配していた静寂が取り払われる。
声を発したのは客人として招かれた十字架の男。

自分がこの状況下でどう立ち振る舞うべきなのか。
その判断が確立仕切っていなかったアインは、細めた視線を彼へと向けて傾聴する。

>「・・・・・・恐らく、ヴァフティア事件の当事者として語れ。と仰るのではないでしょうかね
> 残念ながら私には情報のカードの持ち合わせが殆ど無い。故に語り得る事はほぼ無い
> そもそも何故あのような大惨事が発生したのか、何の為に起きたのかをまるで知る事は無かった」

恭しい語調に彩られた言葉の裏側から感じ取れたのは、警戒と秘匿だった。
場の機先を制した上で、自分は何も知らないと宣言する。
悪くない手だ。聞き手としては一方的に手詰まりを押し付けられるのだから。

50 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/02/01(月) 20:42:47 0
さて、果たしてこの状況で、アイン・セルピエロは一体何をするべきなのか。
枝分かれする選択肢を剪定して選定して、残った一本の枝を開いた口から紡ぎ出す。

「……ご謙遜は似合いませんよ。ヴァフティアの伝説、その一人ともあろうお方が」

社交用に誂えた、柔和と清涼を兼ね備えた笑顔を以って、彼はハスタの敬語に応えた。
明鏡の如き平静を保っていたハスタの表情に細微ではあるが、動揺か或いは苛立ちの亀裂が走る。

「僕は見ての通り学者でしてね。興味深い事変を聞き付けてヴァフティアを訪れたのですが……。
 その時に何度か耳にしたのですよ。事変の被害を最小に抑え都市一つを救った、何人かの英雄の話をね」

アインが選んだ枝は、彼の思考を鑑みれば至極当然と言えるものだった。
投資主がヴァフティアの情報を、ハスタの言葉を求めているならば、それを引き出さない理由は無い。
勿論、メニアーチャ家が真にそれらを求めているのかは、思考の根が及び得ない領域にある。

万一彼らの意向と自分の行動がそぐわなかった場合。
すぐさま引き下がれる境界を見極めつつ、アインは更に追求を進める。

「とは言えそれらはどれも、聞く限りでは荒唐無稽としか言いようのない物でしたが。
 銀と紅の魔具を操る少女と偉丈夫。何やら愚息と呼ばれる男。
 果ては雑貨屋の一人娘から、インファ……何とかと言う魔動ゴーレムまで。」

俄かには信じられませんよねと、軽薄な笑いに添えて彼は場に己が思考の蔦を張り巡らせる。
これは言わば逃げ道だ。
自分の提示した情報が間違っていたとしても、あくまで伝聞の物であり美化された物なのだ。
だから仕方が無い。自分に責は無いと思わせる為の、文字通りの根回しだ。

「ですが中には、それなりにまともな英雄像もありました。例えば屈強な神殿女騎士。
 個人的には、屈強と女騎士は対義語な気もするのですが……まあ恐らくは誇張が混じっているのでしょう。
 ……さて、随分と前置きが長くなってしまいましたが」

自身の声がより部屋中に浸透するように、アインは敢えて一度口を閉じた。
たっぷり一呼吸分の間隙を幕間として、彼は再び弁舌を振るう。

「英雄像の中には、純白の十字架を背負った男、なるものもありました。
 ……これは貴方の事で違いないでしょう?」

精緻に形作られた微笑みがハスタの担ぐ十字架へと向けられ、彼の逃げ道が封鎖される。

「僕個人としても、ヴァフティアの事変は調査不足でして。何故あのような悲劇が起こったのか。
 是非とも仔細なお話を聞かせて頂きたいのですが……お願い出来ますか?」

最後に、万一メニアーチャの狙いが違った事を想定し、彼はこれが個人的な願望でもある事を明示した。
状況はどのように動くのか、選んだ枝の先には如何な模様の葉があるのか。
未だ見えない全貌に、アインは意図せずも眼鏡の奥にある両目を細めた。

51 名前:マルコ ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/02/01(月) 20:43:55 0
差し出された紅茶を貴族然と尊大に頷き受け取りながらも、マルコの視線はエボンの胸元に向けられていた。
彼女の砲乳が目的の全て、と言う訳ではない。
ただ自分に差し向けられる不本意を孕んだ笑みが、彼は堪らなく嫌いなのだ。

贋物の笑顔など何の価値もない。
そのような物を向けるくらいならばいっそ能面、例えばマリルの徹底した無表情の方がずっとマシだ。
ふと思い出された従者の名を想起すべく、彼はすっと目を閉じる。

もう随分と姿を見ていないが、彼女の顔貌や肢体、立ち振る舞い、全てが鮮明に瞼の裏で描かれる。
同時に、どうしているのかと親心めいた疑問が脳裏を曇らせた。
すぐ傍にいるアインに様子を尋ねるのは容易い事だが、マルコは敢えてそれをしなかった。

敢えて、と言うと語弊があるかも知れない。正しくは出来なかったのだ。
万一芳しくないと言われてしまったら、自分の下へ返し共に過ごした方がいいと言われてしまったら。
彼にはどうしようもない。足掻く術すら持ち合わせていない。
無知なる者はある種幸福であると言う格言を、彼は今まさに体言しているのだった。

そうして彼はおもむろに目を開く。
光を得た視界の中で二人のメイドの胸部へと焦点を合わせ、マリルのそれと比較した。
程無くして彼の心には華奢な絶望が訪れる。

淡白な絶望を以って、マルコは自らの心境に巣食う深淵たる絶望を埋め立てた。



さてそうしている内に、一人の男が口火を切った。
剣呑たる舌戦の焦点はどうやら先日のヴァフティア事変らしい。
十字架の男もアインも仮面を被り、己の真意をひた隠しにして言葉を振るう。
貴族の邸で振舞われるにはどうにも悪趣味な仮面舞踏会だと、マルコは内心で苦笑した。

「それにしても……アインの奴も随分上手くなっちまったよなあ、踊んの。
 ほんのちょっと前までは、青く臭えガキだったくせによお……」

彼の独白は誰の耳に届く事もなく消えていく。
今更過去の彼に戻ってくれと願っても、無理難題と言う物だろう。
人は彩色の違いこそあれど、誰しもが穢れを帯びて生の歩みを進めていく。
他ならぬ自分自身で、痛い程に体感した事だ。
せめて自分だけが穢れを背負えたらと幾度も考えたが望みは虚しく、彼の目に映るのは人々の穢ればかりだった。

それでも救世の、それが大それた大望だと言うならば人一人、放蕩の旅人や高々一介のハンターでも構わない。
ともかく何かしらに大しての『救済』と言う願望が捨てきれず、彼はこの場に居座っていた。

52 名前:ミカエラ ◆FrpheMG1d2 [sage] 投稿日:2010/02/03(水) 01:21:07 0
「あ、ちょっと訓練所を見学させていただいてもよろしいですか?」
既に気まずそうにしているフィオナに気づいたミカエラは、不意に立ち上がると、
座っているレクストの前を過ぎ、レクストに尻を向けるような形でフィオナを見送った。
レクストからはその表情を伺い知ることはできないだろう。

「あら、そう。じっくりと見ていって頂戴。これからも、よろしくね」
そう言って微笑みかける。それはいつもの柔和な顔つきだったが、部屋の扉を閉めようとした
ほんの一瞬だった。
ミカエラの表情は、まるでフィオナを突き刺すような鋭いものに変わっていたのである。

レクストがおぼろげな表情で部屋を出ていった後、ミカエラはこれからの事を考えていた。
体を蝕む痛みは、今はまるで奇跡のように引いている。レクストのおかげだろうか。
問題はフィオナだ。聞くところによると、レクストには他にも数人の仲間がいるとの事。
そうなれば、ただ一人連れてきた仲間が女となれば、答えは一つだ。
(放っておけばいずれレックはあの娘のものになる…その前に手を下さなくては)
先ほどの握手は無意味ではなかった。フィオナがどこで何をしているかを探知できるように
魔術をかけておいたのだ。発動も恐らくはバレていないだろう。
(私が直接手を汚すまでもない…楽な方法で殺してあげましょう…)
あの後も所長との肉体関係はなし崩し的に続き、既に所長は妻と別れてミカエラを娶るという
約束まで付けてしまっている。その気になればミカエラが従士隊の大半を動かすことも可能だろう。
だが、従士は人間。もし足が付けば大事になる可能性は十分にある。そこで…

と、そこまで考えたところで、部屋に輝く魔方陣が浮かび上がり、一人の若い男が現れた。
「教授、レクストのマヌケ面をまた拝めるとは愉快でしたよ」
男の名はグスタフ。レクストの同期で、セシリアを「天才」とすれば「秀才」とも呼ばれる彼は
文字通りミカエラの懐刀、エリート中のエリートであった。
現在は最年少教導師としてミカエラの後輩ということになっている。
「見た?あのコの顔…何一つ変わってない…キミとは大違いね」
あくまで平静を装い、グスタフに合わせる。褒めればその分動く。ややスれたセシリアに比べて
その点は扱いやすい。だが、その潜在能力は恐ろしいものがある。

「偉大なる教授。私の論文は読んでいただけましたか?また新しい発見をしてしまいました」
「勿論よ。グスの頭脳は本当に凄いわ。私を越えてしまいそう…」
グスタフを抱きしめる。背の低い痩せ型のグスタフはまるでミカエラの豊満な体に
押しつぶされるようになった。普段慣れていないスキンシップに耳までが真っ赤になる。
ミカエラはグスタフを睡眠魔法で深く眠らせると、そのまま彼の寝室まで移送させた。
あとは、夜を待つだけだ。

53 名前:ミカエラ ◆FrpheMG1d2 [sage] 投稿日:2010/02/03(水) 01:56:15 0
「……うぅ」
最近はほんのうたた寝の間にも、過去の夢を見ることが多くなった。

ミカエラはここ帝都で薬屋の手伝いをする母親によって育てられた。
母はとにかく若かった、というのを覚えている。恐らく年齢差は15歳程度、
下手をすると母が14のときにミカエラが生まれたということになる。

父はいなかった。いや、そんなはずはない。確かに存在はしていたのだ。
母の話を聞く限りだと、父は母を「抱いて」程なくして姿を消した、のだと思う。
母は比較的小柄であったから、ミカエラの体格から考えて父は相当に大柄だったのだろう。
強姦に近い形もあり得るが、母は決して父を悪くは言わなかった。愛していたに違いない。

ミカエラは幼い頃から高い魔力を持ち、一時は処刑の対象にもなったが幸運にも切り抜けた。
母の下で自ら薬学を学び、そのあまりの実力から教導院に推薦されるに至った。
しかし、そこからが苦難の連続だった。

出来が良く、おまけに発育も良いミカエラは、度々教導院男子たちに乱暴され、
一時は人生の終わりも考える程になった。
そこで一転奮起したミカエラは身体能力・魔力を鍛錬し、傭兵として12歳で人殺しを経験する。
乱暴の報復も果たし、そこから新たな一歩を踏み出そうとしていたその時である。

母が病で倒れたのだ。その時点でのミカエラの治癒魔法ではとても治せず、
神官の力に頼らざるを得なかったのだ。金を得るために体を売ったり、
時には殺し屋も請け負った。だが、やがて母は死に、ミカエラが一人残された。

そして、彼女はたった一人の肉親を失った悲しみを完全に覆い隠すように
普段は笑顔を絶やさずに周囲と接することになった。
瞬く間に頭角を現したミカエラは教導院を主席で卒業し、そのまま導師の地位についたのである。

だが、そんなミカエラにも運命とも言える男性が現れた。
同じ教導院の…
その人は優しくミカエラを包んでくれた。
あそこで、あの場所で、あいつに殺されるまでは…

夫だった男の、最期の顔で目が覚めた。…まただ。
「はぁ…はぁ…」
そろそろレクストが来る頃…時間は眠りについてから半刻も経っていない。

54 名前:ミカエラ ◆FrpheMG1d2 [sage] 投稿日:2010/02/03(水) 02:36:37 0
「父様と母様に償いをするまでは…私は死ねない…!」
いつになく真剣な顔で、ミカエラが呟く。
「そして、レックを…!」
強い意志を秘めたところで、再び悪夢を思い浮かべてしまう。あの男だ。
一瞬とはいえ気を許してしまった、あの金髪のルキフェルという男。

最近は「赤眼」を作るペースが落ちている。否、落としているのだ…
早く生産し過ぎてしまえば、当然のごとく仕事を切られる可能性がある。
そうなれば例の薬が手に入らなくなる恐れがある。
「体調不良」を理由にペースを下げながらも生産を続けるミカエラだったが、
新たな不安要素も挙がってきていた。
それは、作成方法などの情報をあちら側が得てしまうという可能性だ。
(早くしなくては、連中はどんどんこちらに侵食してくる…)

レクストの訪問を、ミカエラが快く迎えた。
外は十分に暗く、この部屋も今、明かりはミカエラの椅子の周辺のみである。
先ほどのドレスとは変わって紐で結んであるだけの簡単な寝巻きに着替えている。
この服にはこれといった魔力はないが、内面から押し上げる色気は十分に刺激的だ。
「レック、よく来たわね…今から簡単に私からのお願いを話すわ」

ミカエラはレクストを座らせず、椅子のところまで呼び寄せると立ったまま話を続けた。
「まずはレック、この男については知っているかしら…?」
ミカエラが記憶を手繰り寄せ、呪文を紡ぐと、暗闇の中に魔方陣が現れ、
それこそボワッと、鮮明にもルキフェルが等身大の姿で現れた。
「そうそう、これは幻影よ。ご存知かと思うけど、この男はとても強大な力を持っているわ。
別にこの男を倒して、と言っている訳じゃないのよ。勿論、倒せるのならそれに
越したことはないのだけれど。…場所だけでいいの。あとは私が何とかするから。
この男…ルキフェルの居場所を調べて、私に知らせてもらえないかしら?私…凄くこの男に困らされてるのよ。
お礼は、何でもするわ。大体のモノは手に入るし、人助けでも……人殺しでも、私がキミのために
やってあげる。どう…かしら?」
微笑みながら、レクストに擦り寄る。

そして…
レクストの返事を聞いた直後、ミカエラがレクストを抱き寄せ、唇を奪った。
「さあ…おかえりなさい、レック…先生の胸に」
レクストの引き締まった体が、ミカエラの柔らかい肌に触れ、
ミカエラの手が、レクストの頭を撫でた。
後頭部から魔力の流動が全身に伝わり、レクストの気分を昂ぶらせる。
肩の紐に手をかけると、身体を覆う布がはらりと床に落ち、官能的な裸身が浮かび上がる。
そう、夜が始まろうとしているのだ。

【だいぶ間を空けてしまい申し訳ありませんでした】

55 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/02/04(木) 00:04:03 0
【メニアーチャ家応接室】
>45>50
「あらあら、そうだったのですか?
御当主様はヴァフティア事変について興味がおありですのでお話していただこうと思いましたのに・・・。」
ハスタの何も知らないという発言にガッカリしたような声を上げたのはエボン。
元々ハスタとギルバートをメニアーチャ家に招待したのはエボンであり、お礼よりこちらが本命だったのだ。表向きは。
「でしたら・・・」と、呈良く別室へと案内しようと口を開いた時、その流を断ち切る男が現われた。

アインが伝聞と推理という形で巧みにヴァフティアの情報をちらつかせ、その奥にハスタの存在を垣間見せる。
「そういえばアイン様もヴァフティアにいってらしたのですよね!
今日は査定のお話できたのでしょうけど、そちら方面も聞かれると思いますよー。」
チタンがピントを外した言葉で割って入っる。

その後の事だった。
執事がノックと一礼とともにジースの用意がまもなく整いやってくるという事を伝えに来たのは。
それとともに、チタンとエボンもメイドの仕事へと駆り立てられることになる。
当主の給仕をするために二人とも一旦部屋を出て行った。


【ミカエラの部屋】
>54
柔肌に包まれる引き締まった身体。
後頭部から伝わる魔力の流動がレクストの気分を高ぶらせている。
目の前に広がる未知なる境地に男の理性など嵐の前の蝋燭より儚い。

それ、はレクストの男自体に反応したわけではない。
後頭部から流れる魔力の波動により奔流となった男に反応したのだ。

ちくりと痛む刺激。
そして浮かび上がる首筋の痣。

だがそれはあまりにも小さなものだった。
何もなかったかのように押し流されても当然と言ってもいい。
大きな感覚のうねりの中でレクストはその首筋の小さな痛み・・・いや、痛みにもならないような刺激を感じる事はできただろうか?

56 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/02/04(木) 00:04:10 0
【大聖堂】
>46>47
>「「大変だ…早くあいつを止めないと!!おい、あんたら!
>頼むから力を貸してくれないか?そういや、あの兄ちゃんは電車の…」」
「ええ?もう?大聖堂には・・・。」
突然飛来したドラルに驚くフランソワ。
思わず何かを言いかけ口を噤み、とりあえずはと絨毯の速度を上げる。

フランソワは知っていた。
今ここにフィオナが来ていることを。
ルミニアの聖女との謁見終了後にギルバートとともに合流するつもりだったのだから。
そういった意味で予定が早まったのかと思ったが、ドラルの尋常で無い様子に自分の想定を取り消したのだ。

そして大聖堂に到着して見た物は・・・。
散乱する惨殺体。
触手を生やす異形の化け物。
その触手に捕らわれ血を流すフィオナ。
この凄惨な光景は異形の化け物から溢れ出る瘴気によって塗りつぶされようとしていた。
「う、うわ・・・私ああいうヌルグチャ生理的に駄目なんですケドー。」
鳥肌を立てながらギルバートを起こそうと揺するが気付く様子はない。

大聖堂の月の波動の効果もキングローズの瘴気によって塗りつぶされつつある中、回復効果も期待できないだろう。
そう悟ったフランソワは空飛ぶ絨毯から飛び降りると小さく呪文を唱える。
すると絨毯はギルバートを乗せたままくるくると丸まり・・・
「えーと、病人とはいえやはり窮地の女性を救うのは殿方の役目という事で。
決して私自身がアレに寄りたくないからという訳じゃないですからね、恨まないでくださいね。
多分絨毯が守ってくれますから、多分・・・疾っ!」
気絶しているギルバートに言い訳するように言葉を並べ立てた後、最後のキーワードを唱えた。

丸まり一本の棒になった絨毯は破城槌が如き勢いでフィオナに顔を近づけるキングローズへと飛んでいった。

57 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/02/04(木) 04:44:01 0
「まずはレック、この男については知っているかしら…?」

再訪した部屋で、ミカエラ先生は虚像投影の術式を紡ぐ。半透明に展開された投影枠の向こうでは身体のラインがはっきりと分かる寝巻きを着用した先生。
ともすれば有閑しているかのような淫態にレクストは大変目の遣り場に苦労したが、顕れた虚像を目にした瞬間その焦点は一点へと固定される。
出現したのは金髪の美丈夫――ルキフェルだった。

ざわりと頭髪の根元が熱気を孕むのを感じる。限界まで見開かれた双眸は怒気によって注視を鋭く尖らせた。
黒刃が腰元で彼だけに聴こえる大歓声を挙げ、そんなレクストの変化を知ってか知らずか、ミカエラ先生は捕捉の説明に移る。

「そうそう、これは幻影よ。ご存知かと思うけど、この男はとても強大な力を持っているわ。別にこの男を倒して、と言っている訳じゃないのよ。
 勿論、倒せるのならそれに越したことはないのだけれど。…場所だけでいいの。あとは私が何とかするから」

報酬は望みのままに、何でもするから。ミカエラ先生はそう締めくくり、ルキフェルの捜索をレクストに依頼した。
はっきりしたことは二つ。ミカエラ先生もまた共通の敵を追っているということ。そして、ミカエラ先生ほどの力量を持ってしてもあの男を捉えられないこと。

「……わかりました。こいつをこの帝都から見つけ出して居場所を報告すりゃいいんですね。了解です――庶民の味方、従士隊の誇りにかけて」

これは従士としての本分にもかかる。護るべき民に仇為す男。穿つべき絶対悪。何よりも、7年間追い求めてきた仇敵。
レクスト一人では歯牙にかからなくても、ミカエラ=マルブランケは錬金・魔術の第一人者であり、正規軍の師団長にも匹敵する戦闘能力の持ち主である。
報酬は、既に決まっていた。来たるべき決戦の場においてミカエラ先生の助力を得られるというのはこの上なく多大なメリットだ。

依頼を快諾する旨を伝えると、ミカエラ先生は眉目秀麗に彩られた相貌を崩し諸手を挙げてレクストを懐へ迎えた。
そこから首に手を回し、体ごと引き寄せると、そのまま顔を近づけて、唇を重ねた。一連の所作は流れるようで、レクストは三秒ほど全ての身体機能を停止した。

(――!!?●※★§∵¶†♪£!・!!!)

「さあ…おかえりなさい、レック…先生の胸に」

把握できない。唇は未だ吸われ続け、滑り込んできた舌に歯と粘膜を舐め上げられた。同時に熱い吐息が流入し、臓腑にまで甘さが染み渡る。
すぐさま頭を引けば逃れられる拘束だった。しかし後頭部に添えられた手から直接脳に打ち込まれた官能と劣情の楔は意識を塗り替え、不本意でない硬直をもたらした。
ミカエラ先生が自身の肩の紐を引く。身体を覆っていた布がその任を解かれ、足元に落ちた。白すぎる裸体は、しかし口付けによって眼下を塞がれ目に入らない。

視界と脳裏の両方がミカエラ=マルブランケで埋め尽くされようとしたその刹那、首筋に電撃が奔った。

(――おお!?)

その刺激に精神を揺さぶられ、意識が現実へと舞い戻る。身体に力が入らないのは魔力に何かを盛られているからか。レクストはなけなしの握力で拳をつくり、
渾身の力で自らの側頭部を殴りつけた。
唇を接合していた舌が勢いよく抜き取られ、殴打の慣性そのままにレクストは頭部を強引に離脱させる。ふらつく足で床を踏みしめ、なんとか転倒を避ける。

「め、滅多なことすんの謹んでくださいよなぁ!?こちとら娼館デビューもまだなピチッピチの純粋無垢っすよ!?もうちょっと夢見てたいんすけど!!」

振り向き様にミカエラ先生の不用意なスキンシップについて抗議しようとして、改めて彼女の裸体を俯瞰で眺めることとなり、顔面の中心に紅い花が咲いた。
ちょっ、っとかやべっ、っとかつぶやきながら鼻を押さえ上を見上げながら前屈みという珍妙な姿勢のまま千鳥足で踵を返すと、

「し、失礼しましたッ!?」

鼻声の挨拶を残して、レクストは足早にミカエラ先生の部屋を退出した。
別れ際のミカエラ先生がどんな表情をしているかは、最後まで知ることはなかった。


【ルキフェル捜索以来を快諾。逃げるようにミカエラ先生の部屋を脱出   ⇒街へ】

58 名前: ◆7zZan2bB7s [sage] 投稿日:2010/02/04(木) 18:50:49 0
「……この痛みも、総ては神の為……」
ギルバートに砕かれた右手の激痛を堪えながらマンモンはその場を後にした。
「しかしあの男……ルキフェル様と、どのような関係を持っているのだ?
暴力的で残忍そうな男だったが……」
脂汗を流しながらマンモンが向った先、それは月の女神の神殿。

ルミニア神殿だった。丁度、ローズが神官と聖騎士を殺害し
暴走していた頃。
マンモンは女官や残っていた騎士達を避難させながらローズと
そこに現れたフィオナとの戦いを物陰から見つめていたのだった。
「フィオナ……なんという汚らわしい行為を!!
許せん……いくらルキフェル様の僕といえど限度があろう!」

憤慨したマンモンは後先考えず、触手に絡められたフィオナを救うべく
ローズへと神聖魔法を放った。
丁度、フランソワの放った一撃がローズを油断させた頃合も重なる。
「神の奇跡…我が手中に」
マンモンの放った光の弾がローズの目を眩ませる。
倒す事は出来ないにせよ、時間稼ぎにはなるだろうと考えたのだ。
倒れたフィオナの元へ駆け寄り、傷口に手を当てる。

「フィオナ……久しいな。このような姿に……なんという事だ。」
目に涙を浮かべ、フィオナの傷口を自らの口で啜り血を吐き出させる。
かつての愛弟子の姿に、マンモンの心は砕かれんばかりであった。

その様子を影から見つめるもう1つの男。
禿げ上がった頭頂部と140cm程度の小さな体。
陰険な笑みを浮かべたその男の名は、ゴルバ。
手には漆黒の石を握っている。
「これがあの吸血鬼の坊ちゃまを操っている
制御装置だなんて知ってる癖に… マンモン様も役者ですなぁ」

その通りだった。マンモンはフィオナの前で
涙を流しながら、心では微笑んでいたのだ。
実に嬉しい。神に感謝しなければ、と。

【神殿にてローズとフィオナの戦闘に乱入。フランソワの攻撃の隙を付いてフィオナを救護】



59 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/02/05(金) 05:47:18 0
役学の性質上、実験には生きた魔物が伴う事も少なくない。
故に役学研究所には魔物の活動を抑制する事を目的とした聖水が常備されていた。

「……あら?」

されていたのだ。

「聖水の残りが心許ないですわね。……困りましたわ」

薬品棚を前にして、マリル・バイザサイドは首を傾げ右手の平を頬に当てて呟いた。
目の前に並ぶ僅か三本の聖水瓶では、明日の実験はおよそ不可能だろう。

「仕方ありませんわ。丁度よくアイン様はお出かけ中、今から参るとしましょう。そう……『ルミニア神殿へ』」

独りごちるとマリルは研究室に書置きを残し、SPINの光輝の描く彩華の内へと姿を沈めた。
ルミニア神殿の前へと転送されたマリルを、邪悪な気配を孕んだ魔力が出迎える。
能面の表情をほんの僅かに崩し眉を顰めると、彼女ははたと駆け出した。

大聖堂へと踏み入ると、血と惨死体に彩られた光景がマリルの視界を支配した。
両の眼が細まり、段々と彼女の無表情が切り崩されていく。
ひとまず状況を見定めるべく、彼女は大聖堂に立ち連なる柱の陰へと身を隠した。

聖堂の中央では三人の人間と一人の異形が対峙していた。
三人の内一人はいけ好かないデザインのメイド服を身に纏っている。
過剰な服飾が随分と目立つそれは『ラ・シレーナ』の娼婦達に支給される物だった。

訝しみと警戒が同居していたマリルの表情に、新たに剣呑の色が加えられる。
しかしふと、すぐ傍から聞こえる何者かの声が耳孔に滑り込み、彼女はすぐに不要な感情を捨て去った。
警戒に用心を上塗りして柱の陰から顔を覗かせると、声の出所たる男を眼界に捉える。

>「これがあの吸血鬼の坊ちゃまを操っている
>制御装置だなんて知ってる癖に… マンモン様も役者ですなぁ」

薄汚い禿頭が下卑た笑いを目元と口元に浮かべて、一連の流れを眺めていた。
禿男の言葉を受けて、マリルの意識は身体を置き去りに思考の坩堝へと落ちていく。

疾うの昔に滅ぼされたと言われている吸血鬼が、男の言葉を信じるならばここにいる。
もっとも、辛うじて生き長らえた吸血鬼が僅かながらいるとしても不思議ではない。

だが何故、ここなのか。月の女神を崇めているとは言え、ここは紛う事無き神殿なのだ。
吸血鬼の天敵、聖なる力を秘めた騎士達や聖女さえもが存在する、敵地の真っ只中。
復習だろうか。それにしては、時折彼の異形が覗かせる切なげな気配に説明が付かない。

60 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/02/05(金) 05:48:24 0
更に禿男が誰にも聞かれていないであろうと漏らした、マンモンの名もだ。
民衆に絶対的な信頼を、最早信頼を通り越して倒錯した信仰と称しても差し支えない程の物を得ている聖騎士の名前が。
何故あのような一目見て悪党だと直感出来る男の口から出てくるのか。
あまつさえ両者に繋がりがある事を臭わせる発言さえ、マリルの聴覚は拾い上げていた。

「……全てを把握する事は出来ませんが、とにかく」

思索を終え意識を現実へと呼び戻したマリルは、ぽつりと呟いた。
次の瞬間、彼女は音も無く床を離れ、足裏で傍の柱の中腹を捉える。
更に柱を蹴り、また別の柱のより高みへ。

後は反復運動を幾度か繰り返し、マリルは禿男の遥か頭上、大聖堂の天井近くにまで上り詰めた。
最後に重力を反転させたかのような軽やかさで、彼女の足が逆転した床を捉える。

「貴方を沈めればこの場は収まる。と見て相違ありませんね」

そして彼女は屈めた脚に秘めたを爆発させて、天井を蹴った。

自由落下の摂理に後押しされて、マリルは猛然と禿男へ迫る。
時間にして数秒にも満たない落下の最中、彼女は己のエプロンへ手を忍ばせる。
中を漁り、抜き去られた右手に握られていたのは大降りの箒。

一体何処に潜んでいたのかと疑問を纏う箒を、彼女は禿男目掛け鋭利に振るう。
喰らえば昏倒は免れないであろう勢いを孕んだ一閃。
しかし寸での所で禿男は自らの足元に差した影を悟り、身を守った。

凡そ生物を殴ったとは想起し得ない轟音が響き、禿男が聖堂の中央へ投げ出される。

「薄汚いゴミが見えたのでつい、はたいてしまいましたが……手放しませんか」

言葉に棘を仕込みつつも、マリルは未だ禿男の手中にある漆黒の石に表情を苦めた。

61 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/02/05(金) 05:50:04 0
「ですが……そちらは、手放して頂きます」

彼女の表情に難色が差したのはほんの一瞬。
すぐさま感情を切り替えマンモンを見据えると、彼女の右手が再度エプロンに潜る。
取り出されたのは、やはり通常では収納不可と思われる、雪原を切り取ったような白のシーツだった。

前触れもなくマリルの姿が消失する。
瞬きの間にマンモンの眼前に迫った彼女は右手に掴んだシーツを彼に被せた。
彼の視界が純白に覆われ、フランソワとゴルバもまた、シーツに阻まれマリルとマンモン、そしてフィオナの姿を視認する事は叶わない。

かくして誰もが悟らぬ内に、マリルはフィオナを抱きかかえ、マンモンから数歩の位置に立っていた。
尚も雪白に囚われもがくマンモンからシーツを剥ぎ取り、彼女はそれでフィオナを包む。

しかして一度大きく後方に飛び退き、柱の傍に今以て目を覚まさぬフィオナを寝かせる。
最後に果たして効果の程は知れないが、一助にはなるかも知れないと聖水を振り掛けた。

彼女を薄暗い疑惑に包まれた男に抱かせておくのは不味い。
仮にマンモンが裏の無い清廉潔白な男であったならば、単なる自分の勘違いとして処理すれば何ら問題はない。
そう判断したマリルは、ひとまずフィオナを彼の手元から奪い去った。

一連の動作を終えて、ふとマリルはフランソワを視野に収めた。
まず彼女の胸を見て、次に自分の胸を見下ろす。
傍目にはまず間違いなく同等に見られるであろう二つを見比べて、

「……勝ちました」

彼女は小さく、けれどもフランソワにしっかりと聞こえるよう、呟いた。

62 名前:レクスト ◇N/wTSkX0q6[sage] 投稿日:2010/02/07(日) 12:40:45 0
教練所を後にしたレクストは、とにもかくにも行動を起こす為従士隊の情報網を利用しに本拠を訪れていた。
彼の所属する『常務戦課』は主に国内の防衛力補填や市街警備、雑用その他を業務とする隊内カーストの最底辺である。
一つの事件を専門的に追うことの許される『捜査戦課』は"格付け"で一定の成績を残した正真正銘純粋培養のエリートのみが所属していた。

「さて、引き受けたはいいけどどうすっかなー……」

『ルキフェル』について現状で判明していることは三つ。

・眼鏡男と金髪青年の二形態を目撃していることから、少なくとも二種類以上の変装ないし変身能力を有していること。
・神出鬼没を地で行くような存在。ミカエラ先生のもとにも現れていることから察するに帝都の枢軸機関にも足を運んでいる公算が高い。
・カルト教団『終焉の月』の幹部であり、降魔術や反魂などの外法のみならず聖術にも精通していること。

ミカエラ先生がわざわざ自分を呼び出して依頼したということから察するに、この件に関してはできるだけ秘密裏に動く必要がある。
万が一ルキフェル一派が従士隊の中枢に食い込んでいた場合のことも考え、知られるのは信頼できる人間だけにしておきたい。
とはいえ従士隊の力を借りずに独力で捜査するには限界があるので、ことは慎重に運ばねばならなかった。

(とりあえず帝都で捕縛した『月』構成員の尋問結果からなんか出てこねえかな。明日から……いや明日は市街警備か。今夜中になるたけやっとこう)

従士隊自体は全日全夜営業であるが、調査申請を新たに手続きするとなると日の落ちた現時刻では業務受付が開いておらず実質不可能。
いや、普通に申請したとしても許可が下りるのは来週、下手したら一月かかるかもしれない。多忙極まるお役所仕事の弊害がここにも出ていた。
何でも屋の『ハンター』を雇えば申請なしで従士隊の調査結果と同等の情報を得られるかもしれなかったが、如何せん金がなければコネもない。
一人だけ知った顔のハンターがいるにはいるが、そいつも待ち合わせをすっぽかして放蕩営業中だった。

というわけで。

「――直接私のところへ申請持込み来たというわけか。いやはや、なかなかコネクションの使い方という奴が分かってきたではないか」

隊長は書類から目を上げ、白く蓄えられた口髭を吊り上げて好色を示した。考えに窮したレクストは申請用紙を抱えて17番ハードルへと跳んだ。
隊長室では終業時間内の従士隊長エーミール=ジェネレイトが秘書を相手に脱衣盤遊戯の最中であり、本日二度目の歓待には些か渋りが見られた。
シャツが後ろ前なのはともかくとして、隊長は着衣の乱れを正しつつ申請書を検め、即日認める旨の明記と判を寄越した。

「終焉の月はヴァフティア事変にて壊滅の憂き目、帝都内に残っているのも残党勢力だけとの報告だが……何かあるのか」

「いや、ちょーっとばかし気になることがあるんすよ。それについても相談したいことがあるんで人払いお願いします」


63 名前:レクスト ◇N/wTSkX0q6[sage] 投稿日:2010/02/07(日) 12:42:05 0
隊長の指示でスカートが後ろ前な秘書が退出し、室内にいるのがレクストと隊長と月明かりだけになってから、彼は注意深く口を開く。
具体的な人名、特にミカエラ先生の名前は伏せて、自分が『ルキフェル』と呼ばれる男を捜していること、その男が帝都内に潜伏している
可能性が高いこと、『終焉の月』と深いく関連している公算が高いことなどを掻い摘んで説明した。隊長は情報を纏めると一度だけ頷き、

「その男ならば私も聞いたことがあるぞ。元老院の先生方の元にも何度か現われているらしい。こちらからの接触は不可能だが、
 何故だか会うべき時、話したい時に空気の如くそこに居るとか。血の気の多い先生は囲んで捕まえようと試みたが、子飼いの騎士団が悉く全滅したんだと」

曰く、恐ろしい程の戦闘力の持ち主であるという。曰く、眼で追えない程の速さで立ち回るという。曰く、如何な攻撃も届かず如何な護りも意味を為さないと。
聞けば聞くほど荒唐無稽で、しかしヴァフティアでの戦いを裏付ける逸話ばかりである。レクストは自分なりに解釈したルキフェル像を語ろうとした。
そしてそれが口から飛び出す前に、机から跳ねた隊長が踊りかかってきて床にねじ伏せられた。

倒れこむ視界の端に光を見る。一瞬のち、それは窓硝子の破砕という形でレクスト達のもとへ飛び込んできた。
轟音が連続し、空を斬る風が彼の頭一つ分先を貫く。床に伏せていなければ首から上が無くなっていた。見上げると床に突き刺さっているのは長大な矢。

「狙撃――――!!」

言葉尻は飲み込まれる。
込矢尻に据えられたオーブが起動し、閃光と爆風を派手に撒き散らした。




64 名前:レクスト ◇N/wTSkX0q6[sage] 投稿日:2010/02/07(日) 12:43:24 0
隊長室にて密談していたところ、窓から長弓による狙撃を受け、間一髪で躱したら今度は矢が爆発した。
要約してみるとこういうことであり、レクストは煙による視界減衰が収まるまでの待機時間をそのようにして有意義に消化した。

「隊長!」

「うむ、五体は満足、尚早に察知したおかげで大事無い。そちらはどうだ、愚息の愚息は健在か?」

「こんな時まで下ネタぁ!?しかも大して上手くねえ!!」

「うむ、息はあるか。――愚息だけに」

「だから上手くないって!」

外からドタドタと駆け上がる音が聞こえ、隊長室の扉が開け放たれた。秘書がぼさぼさになった髪を振り乱しながら問いを放つ。

「生きてますか隊長にリフレクティア隊員!って、きゃあ!?だ、誰貴方ッ!!」

悲鳴に顔を出してみれば、埃の向こうに人影があった。シルエットだけで異形と分かる、巨大な体躯に首から上は猪のものだった。
記憶にあるヴァフティアでの戦闘。人の意識を保ったまま魔物の力を得る外法を、確か降魔制御術と言った。
月明かりの逆光から伸びた豪腕は秘書の痩躯を殴り飛ばし、辛うじて防御が間に合ったらしき秘書はそれでも吹っ飛び木製の壁へと叩きつけられ、突き破る。

「――ってめえッ!!」

追撃に移ろうとした襲撃者と秘書との間に身を滑り込ませ、バイアネットを展開する。直ぐに引き絞られた拳を受けようと身構えたところで、
後ろから肩を掴まれた。ぐい、と身体を傾けられ、そのままの勢いで投げられた。不意に虚空へと放り出されたレクストは、空中で襲撃者の豪腕を掠める。
彼を投げた張本人の隊長はというと、投げたばかりの不安定な姿勢のまま掌を突き出して迎撃し、倍以上もある拳同士が激突した。
嵐とも見紛う暴風が巻き起こり、事務机に積んであった書類があらかた吹き飛んだところで風が止み、紙ふぶきの向こうでは拳と掌を突合わせた両名の姿。

(すげえ――これが隊長の力)

人間一人を軽く吹っ飛ばす拳を片手で受け止める隊長の膂力。今を以って尚現役と豪語する彼の戦闘能力は、なるほど言葉に違わず一騎当千だった。
隊長はそのままバックステップで距離をとると、立ち上がったばかりのレクストへ鋭く指示を飛ばす。

「あの矢はこんな降魔頼りのデカブツに扱える術式ではない。街のどこかに狙撃手がいるはずだ、見つけ出して、叩けるか?」

「こいつはどうするんすか!」

襲撃者を指差し叫ぶ。ヴァフティアでも降魔兵はいくらか相手にしてきたが、そのどれもが小隊規模でやっと渡り合えるレベルである。
いくら従士を束ねる隊長であったとしても、外法の尖兵に対し単身で立ち回れるほど敵も脆弱ではない。なにしろ相手もこの帝都で生き残れる程の実力者だ。
正規軍、騎士団、従士隊と三重の武力の狭間で捕われもせず討たれもせずここにいるということは、それだけで手練である証左でもあった。

「見くびるなよ若人。この程度の魔物如きに二人も費やしたら人材濫用で首が飛ぶ。だから狙撃手は任せたぞ――『リフレクティア』」

「!――――了解ッ!!」

初めて正式に姓を呼ばれた。『リフレクティアの馬鹿な方の息子』でも『愚息』でも『馬鹿』でもなく。レクストにとって、それは何よりも尊い事実。
高揚で顔に血の上ったレクストは、腹の底から了諾の意志を伝えると、弾かれたように走り出して破られた窓から外へと飛び出した。


65 名前:レクスト ◇N/wTSkX0q6[sage] 投稿日:2010/02/07(日) 12:44:21 0
レクストは市街、秘書は壁の中。見送った襲撃者は首をこきりと鳴らして、唯一目の前で対峙している隊長へと目を遣った。

『わざわざ加勢を除けるとは愚かだなジェネレイト翁よ。今宵の首級は貴様だぞ?こんな老いぼれ一匹殺って億がつくとは割が良い。今夜は酒が旨いな』

「そうか、私も今夜は晩酌でもしようかと予定していてな、猪肉とは良い土産が出来る。おいおいこんな老人に精つけさせて何をさせるつもりだ?」

『涅槃で神相手に腰でも振ってろッ――!!』

襲撃者は背中に担っていた棍棒を振り下ろす。鋼鉄で出来たそれは丸太のような豪腕でもって大砲の如き慣性を生み、隊長室の天井を削岩しながら突き進む。
人間程度なら跡形もなく叩き潰せてしまいそうな鋼の瀑布を隊長は頭上に翳した両手で迎えた。両の掌で挟み込み、そのままがしりと掴んで離さない。
襲撃者が手応えの不調に気付くより早く、握りこんだ棍棒に更に力を込め、軋み始めても、ヒビが入っても、ひしゃげ始めても力を入れ続け――

やがて全てを鋼で構成されているはずの棍棒が、『握力によって砕け散った』。得物の受難に襲撃者は理解が追いつかず、ただ目を白黒させる。

「我が友人が『技』を極めたように、私はひたすら『力』だけを鍛えていてな。膂力強化の加護も付与すると鋼ぐらいならほら、この通り」

掌をパタパタとはたき、棍棒の欠片を地面に落としながら、口端を上げる。
初老に差し掛かった従士隊長は、しかしその紳士然として長身痩躯からは想像もつかないほどの膂力で鋼を握り潰す。

「どうした、私を殺りに来たんだろう。――ボサボサしてるとその肉、毟るぞ?」


【隊長室にて何者かの襲撃。レクストは狙撃手迎撃の為市街へ】


66 名前:ハスタ ◆fmAKADpWIqWy [sage] 投稿日:2010/02/07(日) 21:34:10 0
>50>55
>「……ご謙遜は似合いませんよ。ヴァフティアの伝説、その一人ともあろうお方が」
わざと重苦しくなるようにした沈黙を破って、列車にいた優男が喋りだした
>「僕個人としても、ヴァフティアの事変は調査不足でして。何故あのような悲劇が起こったのか。
> 是非とも仔細なお話を聞かせて頂きたいのですが……お願い出来ますか?」

やがて、当主の用意ができた頃合だという事でメイドの二人が出て行った
扉の閉まるのを見送ってから、苦虫を噛み潰したような苦笑で優男の方を見やる
「純白の十字架・・・・・・ね。これが、十字架に見えますか?」
背中から降ろして壁に預けていた四瑞を持ち上げ、床を軽く叩くと
はらり、と十字架の形が一斉に解けて糸束となってとぐろを巻く

「とまぁ、やってはみせましたが確かにその町で噂されているのは『俺』の事でしょうね。」
思わず顔から笑みが消える。ただの知的好奇心のみで踏み入ろうとしているのか、敵に組しているのかは知らないが
これ以上この男を立ち入らせるつもりもない、ここは敵地なのだから
「『英雄』?『伝説』?冗談じゃない。あの状況下で、あの悪夢のような有様の最中に英雄など存在しない。
 いるとしたら、死んだ者に後から送られるただのとってつけた称号でしかない。」

「あの街で、あのそれぞれのエゴが剥き出しにされた場所で
 俺は英雄と呼ばれるような事など何一つとしてしちゃいない。
 恐慌に陥った、街の住民に刃を向けたりもした。俺もあの街の狂気の一部だった。
 ただ・・・運がよかっただけだ。何故あんな事が起きたのか、知りたくも無い」
勿論計算の上での話しだが、もう一つ念を入れておくか

「それにたとえ持て囃されたとしても、あの悪夢を――
 ただの好奇心で聞く者に、満足させられるような答えなんてある筈が無い。
 あの場で失われた命を、ただ足し引きされる数のように考えるのならば尚更に」
再び沈黙。


「・・・・・・言葉が過ぎた。謝罪しよう。生憎、知人を待たせているんでね
 主人が来たら簡単に挨拶して早々に去る事にする。」
列車の道中ですら襲われた、ならば帝都に入った今――
連中にとっては懐に鴨が飛び込んだも同然なのではないだろうか?
その可能性に思い至って、どこか不吉な予感が頭を過ぎった

【アインに対して僅かに怒りを示して牽制 →屋敷を抜ける算段を立て始める】

67 名前:ルキフェル ◆7zZan2bB7s [sage] 投稿日:2010/02/08(月) 13:37:15 0
>>60
「ぐひひひ…んぁ?」

>「貴方を沈めればこの場は収まる。と見て相違ありませんね」

笑みを浮かべるゴルバの前に1人のメイドが現れる。
石を握り締めたまま、笑みを浮かべそれを見つめる。
「むぅ、なんですかい?あんたは。えへへ、おでは別に関係ないですぜ…」
ゴルバの言葉を聞く風はなく、メイドは大振りの箒を顔面に叩き込んだ。

「おげげぇぇ!!」

石を握り締めたまま、失神するゴルバ。
突然の光景に言葉を失くすマンモン。
その前に、メイドは1枚のシーツを投げ込む。
「ん…!?な、何と。」

抱いていた筈のフィオナが姿を消し、メイドの手に収まっている。
静かに燃え上がる怒りを抑え、マンモンは天使のような笑みを浮かべ一礼した。
「助かったぞ…礼を言おう。君の名を聞いておく。後で使いをやるぞ…」

そして、目の前で暴走を続けるローズを見やる。
「問題はこの化物をどうするか…であるが、さて…」
流石のマンモンも、この怪物をどう処分するべきかは考えていなかった。
メイド2人に、失神したフィオナ。この陣容で勝てるかどうか…?

思案するマンモンの後ろから、足音も無く拍手だけが聞こえる。

―パチパチパチ

「随分と派手にやってくれましたねぇ…」


68 名前:ルキフェル ◆7zZan2bB7s [sage] 投稿日:2010/02/08(月) 13:46:41 0
「その化物は私にお任せなさい。貴方達は下がっていてくれて宜しい。」

冷たい笑みを浮かべ、金髪の男―ルキフェルが現れた。
ヴァフティアで見せた老練な長躯の男とはまったく違うその姿。
金と赤の荘厳な衣装を纏い、まるで司祭でもあるかのようなその格好。
拍手を終えるとルキフェルは目の前にいるゴルバを睨んだ。

「時よ、止まれ。」――

全ての命が停止し、そしてルキフェルだけがその世界の中で動き出す。
動きを止めたゴルバの前に立ち、そっと右腕を翳した。
「ザザルゾ、ゼゾ。」

何の前触れも無く、ゴルバの体が燃え始める。
まるで内部から燃え出したかのような激しい炎。
言葉も無く焼かれ、灰と化していくゴルバが消えた瞬間―

「時は動き出す」

誰も認識できない世界で、全ては終わっていた。
灰の中から石を拾い上げ、それをマンモンに投げる。
「その化物は存在してはならない存在。恐らくヴァフティアの
事変で生き残った幹部の1人でしょう…全ての罪を、償いなさい。」

笑みを消し、ローズの前に立つ。
凄まじい力が、渦を巻き神殿を揺らし始める。

【ローズの前に立ち宣戦】


69 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/02/08(月) 23:26:14 0
【メニアーチャ家】
アインに対し炭火のような怒りを含んだ言葉を言い切ったところで応接間の扉が開いた。
執事の紹介の声を聞くまでもなくメニアーチャ家当主ジースであった。
スリの騒動の時も既に高価な服を着ていたが、今の服装を見ればチタンが『小汚い』と言ったわけがわかるだろう。
しかしそれ以上に醸しだす雰囲気が違った。
弱々しさなど微塵もなく、傲慢なまでの自身と尊大さが溢れ出ている。
これこそが帝都で最も財力をなすメニアーチャ家当主の姿なのだ。

通り際にハスタ、アイン、マルコ、それぞれに一瞥しただけで進んでいく。
部屋の最奥の玉座に見間違わん椅子に腰掛、ここで漸く口を開いた。
「ようこそ。まずは恩人に礼と非礼をわびよう。」
とは言っても頭を下げるわけでもなし。
むしろふんぞり返っているのだが、それでも貴族とハンターという階級差を見れば異例の発言といえるだろう。
そして言葉を続ける。

「帝都にいて入ってくるのはあなたの言う命の足し引きした数字だけでね。
真実を知りたかったところだが、その場に居た人間の生の声を聞けて満足だ。」
この言葉は今までの一連のやり取りは全て別室のジースに聞かれていたという事を現している。
食事を共にしたかったが・・・と言いながら控えていたエボンに送った視線。
それを受けエボンはハスタの元へと一枚の封筒を差し出した。
「これ以上引き止めても礼を失するばかり。せめてもの礼にそれを受け取って欲しい。」
メニアーチャ家の封蝋のされている。
それは帝都におけるフリーパス件と言っても差し支えないだろう。
あらゆる施設で優遇され、一般人では立ち入れぬ場所にも入れることになる。

「ではお送りいたしますわ。」
(いろいろお話もあるでしょうし、本題は道中にでもしましょう。)
にっこりと微笑むエボンの声は相変わらず二重音声だった。

「卿と役学の話をし、当家にいる時にアイン殿が尋ねて来たのも何かの縁。
研究成果査定だろうし、一緒に聞かせていただこうか。」
ハスタとの話が終わると切り替えは早かった。
既にハスタの存在すら眼中にないようにマルコとアインに声をかけるのであった。

70 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/02/08(月) 23:29:18 0
フィオナのピンチに放った簀巻き状態のギルバートは狙いを違わずローズへと命中した。
それは僅かに身体の軸をずらしたに過ぎず、大きなダメージを与えたとはいかなかったようだ。
むしろ芯になったギルバートが心配だった。
フランソワの心の隅に絨毯を広げるの嫌だな、という思いが広がる。

そんな時に突如として現われたのはマンモン。
「げ!?何でここに?」
マンモンは神官戦士であり、ここは大聖堂。
いてもなんら不思議はないのだが、なぜこのタイミングででてきたのか。
そしてフランソワ達にとってマンモンは要注意人物の一人なのだから。
思わず声を上げてしまう。

しかしそれを考える間もなく繰り広げられる異様な光景。
神聖魔法で光の弾を放ち、フィオナを救出したまでは良かった。
その後の血を啜る光景に戦慄していた。
理由はわかる。
傷口から感染し、転化するのを防ぐ為だろう。
しかしそれでも戦慄させるに足る何か異様な雰囲気が出ていたのだ。

かなり引き気味でその光景を見守るしかなかったフランソワの視界に飛び込んできたのは下卑た男。
そしてそれを叩き出したのであろう、箒をハルバードのように持つメイド、マリルであった。
神業のようにシーツでくるみ、フィオナをマンモンの手から奪い去った。
そして最後に「……勝ちました」 の一言。
それが何のことか判らないほど鈍くはない。
「あ、あんたマリル!はぁ!?断崖絶壁の抉れ胸が将来性豊な私の胸の何処に勝ったって言うのよ!」
フランソワはマリルの事を知っていた。
直接の面識はないが・・・
月間メイドという業界紙(一部マニアも購入)で12ヶ月連続メイドオブメイドの月間女王に輝き、当然の如く年間女王の座についた絶対メイド。
フランソワ達もファッション誌等の取材を受けた事はあるが、マリルはほとんどそういった露出をせずどこまでも本業を突き詰めていると有名なのだ。

思わず叫んでしまったが、昏倒する男。
暴走するキングローズ。灰色のマンモン。
最高のそして最強のメイドマリル。
簀巻きになったギルバートと気絶したフィオナ。
死屍累々となった大聖堂にカオスな状況が出来つつある。

そんな状況を一変させる男が現われた。

足音もなく拍手を響かせ現われたルキフェル。
その姿から司祭かと思ったが、フランソワの本能が違うと告げていた。
危険信号が最大級の音量でけたたましく鳴り響いているのだ。
にも拘らずなぜか魅入ってしまう美しさがある。
それ故にフランソワは一瞬たりとも眼を離さなかった。

だが、事態は別の時の流れの中で動かされたのだ。
一瞬たりとも眼を離していないにも拘らず視界から外れ、灰から石を拾い上げてマンモンに投げつけている。
認識しようのない出来事に判らないまでもフランソワの背中に冷たいものが走る。

ローズの前に立ち、凄まじい力が渦を捲き神殿を揺るがす中、素早く印を結び絨毯を操作する。
転がっていた絨毯は広がり、床スレスレを滑空して寝かされていたフィオナを乗せてフランソワの元まで滑り込む。
絨毯をとめる事無く飛び乗り、
「足手まといになりそうなのでか弱いメイドと怪我人、病人は避難していますっ!
怪物退治はお坊様方にお任せしますので!!」
そう言い残し、そのまま大聖堂からの逃走を図る。

71 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/02/09(火) 20:35:42 0
>>66
ガチン…
(ハスタの尻に銃を突きつける)

72 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/02/10(水) 01:21:03 0
「人は死んだら何処に行くんですか?」

柔らかな木漏れ日、優しく香る若草。年若い見習い神官たちに囲まれ笑みを浮かべる大柄の男。
その男へ誰かが、子供なら一度は考えるであろう質問を投げかける。

(ああ、これは――)
「そうだな……みんなは何処へ行くと思う?」

口々にそれぞれが教わってきた場所を挙げる生徒達。
幼い自分も答える。

(――これは夢)
「神様のところ」

一頻り出揃ったところで男は満足気に頷くと滔々と語り始めた。

「空、天、神の御許……。その通り。
人が死に、肉体という枷から魂が解き放たれるとその御魂は空へと、天への御座へと導かれる……。
其処で生きていた頃の行いから選別され神々へと割り振られ――」

低く深い、それでいながら惹き付けられるような声。

「――志半ばで散った勇者は戦神の館で宴と戦にあけくれ、世の理を追い求めた賢者は月の女神の庭で真理を学び、
生前に悪徳の限りを尽くした輩は強欲の母の街で永遠に続く殺し合い、騙しあいに身をやつす……。
そして神の定めた法に従い善き行いを忘れなかった者は太陽神の宮殿で永劫の安息を得られるのです。」

だからみんなも忘れず善行を積んで下さい。と男は話を終えた。
初めて神学を学んだ日、フィオナの在りし日の記憶。
それから数年。神殿騎士への道を志し、その願いが適った時かつての教師が名のある聖騎士なのだと知った。
二つ名に曰く、”神の箱庭”マンモン、と――


「う……んぅ……。」
『足手まといになりそうなのでか弱いメイドと怪我人、病人は避難していますっ!
怪物退治はお坊様方にお任せしますので!!』

目が覚めると戦場は一変していた。
目の前にはまだ若い――むしろ幼いといっても差し支えないだろう容姿の――やたら丈が切り詰められている衣装を着たメイド。
どれほど気を失っていたのだろうか、覚束ない頭で記憶を手繰り寄せる。
たしか魔人の触手に絡め捕られ、首筋に牙を――

「――あ!?」

疼痛を感じる箇所を指でなぞってみる。
そこにはぽっかりと穿たれた痕、それと何故か水で濡れていた。
その水から清冽に感じられる神気。
首筋の傷跡に聖水による治療、彼の魔人は吸血鬼ということか。
神官が持つ魔への抵抗力と聖水の加護。これなら吸血病の発症も抑えられるはずだ。

しかし安心するのと同時、フィオナはようやく聖堂に充満する新たな魔の存在に気づいた。
魔人とは異質の、それ以上の圧倒的な威圧感。
かつて感じた、決して忘れることは出来ないだろう受肉した邪悪としか形容出来ないむせ返る様な瘴気。
金髪の偉丈夫の存在を。

「ルキ……フェルッ!!……それにあの方は。」

そしてその傍らに居る神殿騎士。それは最も神に愛された聖騎士と謳われたかつての恩師。
最後に会ったのは何時だったろうか。何故ルキフェルの隣に。頭に疑問符ばかりが浮かんでくる。
出来うるならば今すぐ立ち上がり真実を確認したいが、血を失った体は意思に答えるだけの力を持ち合わせていない。
フィオナは不甲斐ない己の体を恨めしく思いながら、只々睨み付けることしか出来なかった。

73 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/02/10(水) 03:17:07 0
静謐とした怒気を孕んだ言葉を受けて、アインは押し黙る。
修辞を並べ立てる口は噤まれ、親睦の意を押し付ける笑顔の仮面も既に鳴りを潜めた。
意味する事はこれ以上の言及を、彼が断念したと言う事だ。

アインはメニアーチャ家に追従すべき立場にあり、ハスタは当主たるジースが直に招いた賓客である。
つまり彼の機嫌を損ねる事はジースの機嫌を損ねる事へ直結するのだ。
となれば行動原理の全てを投資主へ取り入る事に向けているアインが、ハスタを突く理由は無い。

不意に、機を見計らったかのように応接間の扉が開かれた。
音に手綱を取られ動いた視線の先では、メニアーチャ家当主にして役学の筆頭投資主であるジースが居丈高と佇んでいる。
尊大な歩調で傍らを通り過ぎる彼にアインは頭を垂れ、歯噛みした表情を隠した。

>「帝都にいて入ってくるのはあなたの言う命の足し引きした数字だけでね。
>真実を知りたかったところだが、その場に居た人間の生の声を聞けて満足だ。」

下げられたままの顔に、驚愕と焦燥が浮かぶ。
彼の言葉が意味する事は一つ。これまでの掛け合いは全て、ジースの耳に届いていた。
恣意と打算の飽和した、アインの発言が。

確かに結果としてジースの求めていた、事変体験者の声は引きずり出した。
けれども遣り口が如何にも正道でない。
正当なるメニアーチャ家の賓客に駆け引きを仕掛けたのだ。心証は当然の如く芳しくないだろう。

>「これ以上引き止めても礼を失するばかり。せめてもの礼にそれを受け取って欲しい。」

暗に自分が諌められたと感じながら、アインは唇を噛む。
そうしている内にハスタは席を立ち、次いでジースの視線がアインへと向けられた。

>「卿と役学の話をし、当家にいる時にアイン殿が尋ねて来たのも何かの縁。
>研究成果査定だろうし、一緒に聞かせていただこうか。」

諫言が重ねられなかったのは、アイン以外の来客がいるからだろうか。
ともかく助かったと、彼は気を取り直し口を開く。

「ええ、お察しの通り査定の日程を報せに参りました次第です。
 今年は恐らく例年にも増して盛況になるでしょう」

紡いだ言葉を切り、一度嘆息を零してからアインは再び舌を回らせる。

74 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/02/10(水) 03:18:47 0
「とは言え、観衆の目的は研究とは言い難いですがね。何せ査定には帝国のお偉方も多くやってきます。
 マンモン様などを筆頭に、そう言った方々を一目拝顔しようと目論む人も少なくないようですから」

マンモンの名に、部屋を立ち去ろうとしていたハスタの足がぴたりと止まった。
アインはふと彼の方へ目の焦点を当てる。
だがハスタが何を意図したのか分からない以上、それは長く続かずすぐに話は再開された。

「それでですね、査定は明後日より一週間。僕の役学研究は初日の正午からです。
 もしも都合が合うようでしたら、どうぞお越し下さい」

説明を終えてから一呼吸置いて、アインは思い出したように言葉を付け足す。

「……と言っても、当日は準備に手一杯になりますから。
 貴族専用の櫓へ向かってもらう事になります。これは例年通りですね」

今度こそ伝えるべき事は全て伝えたと、アインは立ち上がった。
椅子の傍らに置いてあった鞄を手に取ると、ジースへ深く頭を下げる。

「それでは、このような時間に失礼を致しました」

白衣の裾を翻すと、アインは早々とジースの傍から去っていく。
折角、先の非礼を糾問されずに済んだのだ。
ジースの気が変わる前に、この場を立ち去るのが得策だろう。

かくして彼はそそくさと、先に応接間を出ていたハスタの隣を一礼と共に追い抜いた。

75 名前: ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/02/10(水) 03:20:21 0
「いやあ悪い事したねえ。ウチの……って訳でもねえが、まあ許してやってくれよ」

退室するアインの背を横目で視界の端に収めながら、マルコはへらへらと曖昧に笑った。
余程の事が無ければ、ジースが父の為してきた道程を覆すとは思えないが、念を押しての事だった。
打算に塗れた思考にマルコは痛く自己嫌悪を覚えるが、だとしても役学を万一にでも頓挫させる訳にはいかない。
救済願望の他に彼が抱えるもう一つの悲願は、役学無くしては到底成就し得ない代物だ。

帝都一の巨富を誇る貴族による投資が持つ優位性は、極めて膨大である。。
単純な資金の増額は勿論の事、更に取り立ててその名自体が強大な求心力を秘めているのだ。
盲目にして衆愚たる貴族達は宵の灯火に群がる羽虫にも似て、役学への投資を行っている。
けれども役学を照らしていた灯りが唐突にして吹き消されたら、どうなるか。
袋を破かれた蜘蛛の子達よりも尚早く瞬く間に、たかっていた貴族達は散り散りになってしまうだろう。
尤もロンリネス家とて役学に投資はしているが、矢張り財産の面ではメニアーチャ家と張り合える由も無い。

「さて、ちょいと閑話休題とさせて貰うが……。んでお前さん、昼間の騒動について、ありゃどうするんだい?」

長引かせても一切の利潤を生み得ぬ毒に他ならぬ話題は早々に切り捨て、マルコは日中の出来事を想起する。
深淵の月の幹部であり聖騎士であるマンモンは、しかし如何にも穏健でない語調を放っていた。
よもやジースとて、あの場で三者が放っていた剣呑たる気配を、あれだけ間近に立ちながら感知していなかったとは言うまい。

折りしも彼の心中には今、先の十字架の男を賓客として歓迎していた事実が存分に焼き付き焦跡を残している。
体面と他のあらゆる事物を秤に掛けても、是非とも体面が鎮座するであろう彼ならば、
今に限り口から赴く返答は大略必定とされたも同然なのだが。

「こいつぁあくまで俺の私見だがよ。あの坊主はどうにも臭え。それに奴が所属する『深淵の月』もだ」

人差し指をジースの眼前にまで突き付け、マルコは語る。
元来摂生と無縁の質でいながら病魔の類に一切魅入られる事の無い彼は、
自身がかくも、まさか悪疾さえ見向きもしない程に魅惑が欠乏しているのかと。

76 名前: ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/02/10(水) 03:21:22 0
人差し指をジースの眼前にまで突き付け、マルコは語る。
元来摂生と無縁の質でいながら病魔の類に一切魅入られる事の無い彼は、
自身がかくも、まさか悪疾さえ見向きもしない程に魅惑が欠乏しているのかと。

ある種彼の役学者が抱える障害よりも酷薄な現実を意図せず認識した後、
ともすれば無用の長物である『赤眼』を従者であるマリルへと譲渡したのだ。
だが物の数日も経たぬ内に、それは細微な臙脂の破片となって彼の手元に舞い戻ってきた。

役学者曰く、仮に『赤眼』が滋養強壮並びに病魔退散の効力を秘めていると言うのならば。
何も貴族のみに分配してしまう必要など何処にもありはしないのだ。
神殿にでも貸し与え、疫病に掛かった者に随時使用させれば事足りるのだから。

故に『赤眼』の真たる目的は、先に述べられた二つの何れでも無いと言う事実が導かれる。
ならば斯様な得体の知れぬ物に頼るのではなく、端から摂生に努めるべきだ。
と、結局はマルコの不摂生に苦言を添える形で話は帰結したのだが。

善く善く思考を深めてみると、ならば『赤眼』は如何様な目的を秘めているのかと言う、
役学者にとっては興味の範疇外である疑問がマルコの脳裏には残されたのだ。

己が『深淵の月』を訝しむに至った過程と、未だ不明瞭な疑念を悉皆根刮ぎマルコは眼前の少年へ告げる。

「重ね重ね言うが、こいつは何処まで行っても所詮俺の推論に過ぎねえ」

だが、と彼は言葉を繋ぐ。

「俺はこれが探るに足りる謎だと思ってる。護りてえものがあるからな。
 そいつに危険が及び得るってえなら、首を突っ込まねえ道理はねえってモンだ」

言い終えるとマルコは視線を落とし、机の上で今や湯気も香気も放流し尽した紅茶を一口に嚥下した。
別れに言葉を伴わず背中越しに軽く手を振ると、彼は応接間を後にした。

77 名前: ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/02/10(水) 03:22:39 0
「あ、あんたマリル!はぁ!?断崖絶壁の抉れ胸が将来性豊な私の胸の何処に勝ったって言うのよ!」

立腹を露に喚くフランソワに、マリルは静やかな微笑を返した。

「落ち着いて下さい。幾ら腹を立てても胸は膨らみませんよ?」

静粛でありながら優美さを宿した笑みに一本、先鋭な棘を潜ませて。
挑発染みた返答にフランソワは更に声を荒げるが、マリルは至って平静としていた。

と、不意に大聖堂の暗がりから、場の緊迫と混沌を打ち払うように拍手が響いた。
小気味いい快音を従えて姿を現したのは、金と紅を荘重に誂えた衣装を纏う、司祭風の男。
しかし司祭にしては――否、人の身では決して発し得ぬ尋常でない気配を感じ、マリルは秘かに膝を屈め身構える。

だが覚えずして、司祭然の男は彼女の視界を外れていた。
異常はそれだけに収まらない。
マリルが殴り倒し昏倒へ追い込んだ筈の禿男が、灰燼と成り果てていた。

まさしく、常軌を逸している。
単純な実力だけでは凡そ説明の付かない、理解の及ばない格外があった。

>「足手まといになりそうなのでか弱いメイドと怪我人、病人は避難していますっ!
>怪物退治はお坊様方にお任せしますので!!」

いち早く場から逃走を図ったのは、フランソワだった。
異常の解明に意識が傾倒していたマリルは彼女の叫びによって、自身が如何に危険な状況下にあるかを認知する。

一足遅れに駆け出した彼女は、しかし去り際に再度エプロンへと両手を突っ込む。
取り出されたのは明鏡の如く磨かれた銀のナイフ。
彼女はそれを柱や天井へ投擲する。

一見する限り、ナイフの描く白銀の軌跡は無造作としか思えない。
だが其の実は計算され尽くされていたのだ。

78 名前: ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/02/10(水) 03:25:34 0
ともかくナイフを投げ終えたマリルは今度こそ大聖堂の外へと逃れる。
そのまま足を止めず走り続けると、やがて先に逃げ延びたフランソワ達の絨毯がマリルの目に映った。

「待ってください」

言いながら彼女は新たに一本のナイフを放る。
白銀の閃きは絨毯の端を見事に貫き、それ以上の前進を封じた。
伴って急な制止に対応し切れず、絨毯に乗っていた数名が宙へと投げ出された。

「……失礼しました」

猛然と抗議の声を上げるフランソワを、マリルは軽く一瞥する。

「ですがそのような事よりも、今はもっと重要な。聞きたい事が幾らかあります

そのような事、と言う言葉にフランソワは一層抗議の火を激しくするが、マリルは意に介さない。
フランソワの言を悉く受け流すと、己の脳裏に浮かぶ疑問をつらつらと立て並べる。

どのような経緯で大聖堂であのような惨劇が繰り広げられたのか。
そもそも何故吸血鬼が神殿にいるのか。
禿男はマンモンと繋がりがあるような口振りだったが、一体あの禿男は何者か。またその言葉の真偽は。

全ての疑問に答えが得られるとはマリルも到底思ってはいない。
ひとまずは手当たり次第、と言った目論みだ。

そして最後に、彼女は最大にして最も脅威である疑問を口に含む。
吐き出す前に一度、手に持ったナイフの面に視線を走らせて。
柱と天井に仕込んだナイフの反射によって、そこには大聖堂内の様子が映されていた。
とは言え鏡像は極々細微であり、理解には相応の能力を必須とするのだが。

「司祭を装ったあの男……一体何者ですか? あれは、些か異常が過ぎます」

79 名前:ローズ・ブラド ◆lTYfpAkkFY [sage] 投稿日:2010/02/10(水) 18:40:23 0
「ハァ…ハァ…」

幼い頃の雪道。
ローズは夜の闇の中にいた。
歩いても、歩いても先は見えず光は一向に届かない。
闇の中で、ローズは天使に出会った。
天使は、自分に教えてくれた。
もう1度、自分達一族が返り咲く術を。

天使は微笑んでこう言った。
「僕はルシフェル。神様の子供だよ」と。

【ルミニア神殿】

魔人と化したローズは眼前に現れた金髪の美青年に邪悪な力を感じた。
だが、それだけではない。何か、とてつもない存在としての異形さ。
言葉では形容し難い、吸血鬼の王としての本能から来る「恐怖」だ。
「ウ…ウォオオオ!!」
触手を伸ばし、切り裂こうとする。しかし、届かない。
届かないのだ。触手の1辺足りとて、ルキフェルには届かない。
後ずさりをし、恐怖に足が竦んでいるのが分かる。
キングと呼ばれし伝説の魔人が、恐怖している。
その屈辱が、魔人の怒りを爆発させる。

「我が真の力を…見せてやる!!ウォオオオ!!」

魔人の背中から巨大な翼が出現し、龍のような姿へと変化する。
ルキフェルへその巨大な牙を突き立てるべく迫る。

(しばらく不在しますので、NPC扱いで倒すなり何なりとしておいてください
申し訳ありません)



80 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/02/10(水) 22:58:14 0
滑るように絨毯を飛ばしたのは一刻も早くその場を離れる為だった。
ギルバートとフィオナを寝かせたまま、フランソワは振り返る事無く去っていく。
しかしそれが裏目に出た形となる。
放たれたナイフは絨毯の隅を貫き、地面に縫い付ける。
急な停止に寝ていた二人はともかく、片膝ついて乗っていたフランソワはたまったものではない。
絨毯の隅に引っかかっていた首飾りと共に地べたを転がる事になる。

「ちょっとあんた!勝手にしゃしゃり出たんだからあそこに残っていればいいでしょ!
こっちの邪魔しないでよ!」
起き上がり火を噴くような抗議をまくし立てるが、マリルは一瞥しただけで受け流す。
大聖堂での状況を、原因を、そして核心である司祭を装った男について尋ねる。
しかしその問への応えは……
「ちょっとあんた!勝手にしゃしゃり出出で出たんだからあそあそ、あああぁ!」
最初の抗議を繰り返している。
いや、繰り返せていない。
言葉の節と共にフランソワの輪郭すらも歪み、ノイズが走る。
やがて耳や口から煙を吐き、ボンッという小さな爆発音と共にその身体は煙に包まれる。
煙が薄まった後、そこには一枚の小さな紙で出来たヒトガタがゆっくりと舞い落ちようとしていた。

それは符術の一種で、式神の術という。
己の写し身を作り出し絨毯をコントロールさせていたのだ。
急ごしらえだった為、絨毯から投げ出された衝撃で動作不良を起こしてしまった結果である。
符は地面に落ちると火がつき、燃え尽きてしまった。

大聖堂からでて、SPINに向かう途中でマリルは大きなタンコブを作ったギルバートと未だ起き上がれないフィオナと共に取り残された事になる。


一方フランソワといえば。
脱兎の如く逃げ出したかのように見せ、式神と入れ替わり大聖堂の石柱の上部に張り付いていた。
術を施した布を纏い、気配を消して石柱と同化しながら大聖堂での恐るべき戦いを見る為に!

81 名前:ルキフェル ◆7zZan2bB7s [sage] 投稿日:2010/02/11(木) 01:07:36 0
>>79
「久しぶりだな。君は、君の役目をしっかりと果たした。
そして、これからも……ね。」

龍と化した魔人に臆する事無く、ルキフェルはその手に「闇」を込める。
放たれた闇を前に、抵抗すら見せずその中へ堕ちて行く。
稲妻と禍々しい黒の力が魔龍へと注がれる中、マンモンは柱の中央を見つめ
溜息を吐いた。
「……ルキフェル様。まだ、鼠がいたようですが?」
石を懐へしまいながら、柱を睨みつける。

ルキフェルは気にする様子も無く、魔龍の姿をより強大なモノへと変化させていく。
闇を完全に纏った魔龍は、まさしく吸血鬼の王に相応しい姿へ変わっていた。
「…さぁ、行きなさい。貴方の役目を、終える為に。」

龍は巨大な叫び声を上げると、神殿を飛び立ち去っていく。
その様子を満足気に見終えると、柱の影に隠れている女の背後に音も無く
忍び寄る。

「…おやおや、ハエ…ではなく、可愛い鼠様ですか。
どうされました?それとも、”ご主人様”にいや、ご婦人に報告される
事でもありますかな?」

その隙にマンモンが予定通り、神殿の奥にいた兵士達に命令を送る。
合図に合わせ、伝令を受け取った兵士達がその場を離れていく…

82 名前:ルキフェル ◆7zZan2bB7s [sage] 投稿日:2010/02/11(木) 01:20:14 0
【天帝城】

「陛下、予定通り……”自壊円環”の試作品を運ぶ準備は終わりました。
あとは、陛下の仰せのままに。」

荘厳な装飾のされた王室で皇帝は、巨大な地図を目の前に広げ
剣を手にしていた。
「うむ…実験の舞台というのは、ルキフェルの指示通りならば
”かの地”で決まっているのであろう?」
剣を地図の一部に突き刺し、小さく笑うと上質な果実酒を流し込んだ。

自壊円環。地獄への進行を想定し、開発を進めていた兵器。
まだ完全なる力を発揮できるものではないが、一応試作品を納期する手筈は
整った。
今日の夜明けにも、試作品の発動準備が整う手筈だ。
「しかし、残念な部分もあります……折角、我が領土に出来たあの地を
破壊するのも…」

皇帝の横に並ぶ数人の臣下が口を揃え訝しげに呟く。
その様を一睨みすると、剣を臣下の首元に突きつけ唸るような声で言った。
「街も、人も……いずれは元に戻る。今は、一刻も早く
兵器の完成させる事が肝要であろう……違うか?
貴様らは今すぐこの部屋を出て行くがいい。」

臣下達が去った後、皇帝は地図を踏み締めながら伝令の元へ歩き出す。
伝令の前に立ち、皇帝はしっかりと、前を見据え命令する。
「これより皇帝が命令する……これは王命だ。
そして、誰にも漏らす事を許されぬ……重要な物だ。
自壊円環の試作品の起動を行え。試験の場所は…

ヴァフティア。」

伝令が急ぎ王室へ抜け出していく。
破滅への足音が、すぐそこで聞こえ始めた。

83 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/02/12(金) 19:39:30 0
窓を蹴り破って外に出る。そこは二階の採光窓であり、無論バルコニー等足場もなく、一歩踏み出せば虚空である。
レクストは迷わず踏み込んだ。靴底に仕込んだ『噴射』の術式を発動し空を蹴る。最大出力で身体を上に運び、一回転して屋根の上に乗った。

(刺さってた矢と突き破られた窓の位置から察するに狙撃手の方角は――こっちか!)

大まかな当たりをつけて防刃防のバイザーを降ろす。起動するのは『望遠』と『精査』の術式。夜の繁華街を貫くように視線を送る。
ハードルの標識を乗り越え、ミルキーウェイを突抜け、立ち並ぶ高層建築の向こうに――こちらへ向けた攻性魔術の反応を捕捉。

「見つけた――!」

腰に手をやりハードポイントに挟み込まれていた魔剣――黒刃の柄を握る。『敵意』を注ぎ込むと封印布がひとりでに解かれ、漆黒の刀身が露出した。
描く軌跡は逆袈裟。鳴動するのは鋼の咆哮。刃が薙いだ虚空は不可視の牙になって大気を切削し、宵闇に紛れて眉間を貫かんと迫っていた矢を抉り潰す。
矢に仕込まれていたオーブは、その役目を全うする直前で術式ごと砕かれ沈黙した。

狙撃手はハードルを隔てた対岸の高層建築、その屋上にいた。彼我の距離は目測で約500歩。『噴射』を用いた高速機動ならば15秒とかからない。
思い立つと同時にレクストは跳んでいた。狙撃手は近づけば無力化できる。ならば先決すべきはなによりもまず接近であり、思考は後で十分だ。
隊長室の屋根から跳躍。推進力を付与したジャンプは通りを飛び越え向かいの家の屋根までレクストを運ぶ。レンガ葺きの屋根を破砕しながら着地し、再度跳躍。

「――黒刃!」

再び迎撃の矢が飛んでくる。黒刃が閃き、虚空が削れる。
躱すことは考えない。下手に避ければ今度は周辺の家屋が犠牲になる。レクストだけを狙ってくれるのはむしろありがたかった。
月光が照らす街を一段飛ばしで駆け抜け、狙撃手の座す摩天楼まで一直線。次第に飛来する矢が不安定になり、狙撃に焦りが見えてくる。

馬鹿正直に近づいて行ったのには理由がある。
まずは的をレクストのみに絞らせ防護を容易にする狙い。そして正面から迫ることによる心理的圧迫。さらに迎撃させることで撤収の阻害をも狙う。
自分の優位を確保しつつ相手を追い詰める戦場での処世術を、彼は訓練による蓄積と実戦における直感によって習得していた。

15秒。摩天楼の屋上まで到達。狙撃手は果たしてそこにいた。長弓を携えた猫背の男は、10歩ほどの距離でレクストと対峙する。
空は明るく、風は凪。声すら容易に届く距離で、狙撃手は咥えた安煙草から紫煙を燻らせながら言葉を投げた。

「……よう大将、今夜は月が綺麗だな。こんな素敵な夜が今際の眺めなら上々だろう?死ぬにはもってこいで、殺すにももってこいの夜だ」
「分からねーな。生憎俺は詩文の科目がいつも不可でよ、何回読んでも難解なんだな。――おいおい駄洒落になっちまったぜ!?」
「学のない奴は哀れだな。世界に美しさを見出せないようじゃ幸福は程遠いぞ。せっかくだから世の中に絶望する前に死ね」
「うっせ、俺は現実主義なんだよ――!」

両者は同時に動く。狙撃手は番えるのに手間を要す長弓を捨て、袖から小型の弩を滑り出してこちらへ放つ。
レクストがそれを叩き斬った瞬間、時間差で射られていたらしき追撃の矢が彼の太腿を貫く。同時にせり上がってくる電流は即効性の麻痺毒か。
奔る灼熱感と不意を打たれた衝撃にレクストは秒単位で体躯の制御を手放してしまう。狙撃手が打った次手は――逃走。
既に踵を返し摩天楼の屋上から脱出せんと階段に足をかけ始めている。交戦の宣言はフェイク。初めから足留めして逃げる算段か。

「――逃がすかぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

矢毒によって足が動かないレクストは、黒刃の柄を握り締め、その場で身体を捻り、十分な遠心力で以って――投擲した。
投石器のごとく彼の手を滑り離れた黒刃は封印布の尾で軌道を安定させながら矢のように飛んでいく。
『苛立ち』を吸収した刃は迅雷の如き速さで階段へと迫り、咄嗟に躱した狙撃手の逃げ遅れた前髪を寸断して壁へと縫いとめた。

封印布の端はレクストの右手と黒刃を繋ぐ。弾性と延性に富んだそれは一拍置いて強烈な収縮を発揮し、繋がった両者のうち固定されていない方を牽引する。
すなわち――レクストは封印布に引っ張られて宙へと投げ出されていた。彼は黒刃と猛烈な勢いで接近し、魔剣の傍で硬直した狙撃手が驚愕の顔を見せる。

気付いた時には時既に時間切れ。彼の眼前にレクストの靴底が迫る。

弾弓の慣性そのままに、破城槌の如き蹴りが狙撃手の顔面へ炸裂した。


【狙撃手撃破】

84 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/02/14(日) 00:17:37 0
『待ってください』

「ふぎゃんっ!?」

いまいち状況の把握が出来ていないフィオナを悲劇が襲う。
いつの間にやら乗せられていた飛行用の絨毯を銀光が縫い止めた。
目的方向へとまさに加速しようとしていたその物体は静止を余儀なくされ、結果行き場の無い力はその騎乗者達へと牙をむく。
つまるところ放り出されたのだ。ぽーんと。

「いたたた……。」

したたかに打ち付けた背面部、主に臀部。を擦りながら涙目で実行者を探し出す。
しかしてその相手はすぐに判明した。

『ちょっとあんた!勝手にしゃしゃり出たんだからあそこに残っていればいいでしょ!
こっちの邪魔しないでよ!』

なぜなら小さなメイドさんが烈火の勢いでその相手に猛然と抗議していたからだ。

『……失礼しました』

対する一方。何故かこれまたメイドさん。帝都では従者姿で出没するのが流行っているのだろうか。
疑問はさて置き、こちらは楚々とした雰囲気の実にベーシックな装いのメイドで、例えば「メイド・オブ・メイド」の称号を冠されていたとしても何ら遜色ないメイドっぷりだ。
背筋をピンと伸ばした立ち居住まいに、浴びせられる罵声も何処吹く風。
まるで予定調和と言わんばかりに謝罪を口にする。

『ですがそのような事よりも、今はもっと重要な。聞きたい事が幾らかあります 』

『ちょっとあんた!勝手にしゃしゃり出出で出たんだからあそあそ、あああぁ!』

表情を一切変える事無く切り出したベーシックメイドさんの質問に小さなメイドさんが答える。
しかしそれは答えになってはおらず、どころか先刻のやり取りの焼き直しを見せられているような奇妙な違和感。
そしてそれを決定づけるように、次第に小さなメイドさんはその輪郭を歪ませ爆発音と一枚の紙型を残し消え去った。

いきなりの出来事に目をぱちくりしているフィオナを他所に、残ったもう一人のメイドは意にも介さず質問を続ける。

――どのような経緯で大聖堂であのような惨劇が繰り広げられたのか。
―――そもそも何故吸血鬼が神殿にいるのか。
――――禿男はマンモンと繋がりがあるような口振りだったが、一体あの禿男は何者か。またその言葉の真偽は。

そのどれにもフィオナは返す答えを持ち合わせては居なかったが、最後の、これまで鉄面皮を通してきた彼女があからさまに表情を歪め発した問いにだけは答えることが出来た。

『司祭を装ったあの男……一体何者ですか? あれは、些か異常が過ぎます』

手にしたナイフに視線を這わせ、その先に映し出されているのはルキフェル。

「……その問いにだけは答えることが出来ます。
彼の者の名はルキフェル。
一夜にして街一つを滅ぼしかけた破壊の使い。
視線の一睨み、腕の一振りで容易く命を摘み取る簒奪者。
神の理に背を向け、魔の囁きのままに行動する悪夢の化身。
ヴァフティア事変で暗躍し、惨劇の夜を引き起こした実行者の一人で、この場に最も相応しくない者です!」

言い終えると同時、自身の中に今まで感じたことの無いドス黒いモノが湧き上がってくる。
これ程までに誰かを憎んだことがあっただろうか。
そして自覚するともう一つの疑問も自然とフィオナの口を突いて出ていた。

「私にも一つ教えてください。
マンモ……いえ、ルキフェルの隣に居る聖騎士はどのような人物ですか……?」

85 名前:ルキフェル ◆7zZan2bB7s [sage] 投稿日:2010/02/14(日) 17:30:48 0
「皇帝陛下……ルキフェルからの伝言です。」

夜も更けた頃、1人の流麗な女性が王室に謁見を求めてやってきた。
彼女の名はバルバ。ルキフェルの側近の1人である。
浴衣に着替えていた王の前に、赤いドレスを着た淫靡な香りを漂わせるバルバが立つ。
「既に命令は下したが。何の用だ?陛下は既に…」
親衛隊兵士がバルバを遮ろうとする手を、赤いバラが寸断する。
血を流し、地面に蹲る兵士を見ることもなくバルバは王にルキフェルからの
伝言を伝える。
「ヴァフティアで使用するには、現在の兵器の状態では威力不足であると。
そして、何より…あの街には厄介な者達がいる。」

王の目が一瞬、光り輝くのをバルバは見逃さなかった。
老齢ながら、未だ筋骨隆々の体をゆっくりと王座から立たせる。
「……リフレクティアの事か。……ルキフェルめ、何故あの
一族にそこまで拘る必要がある?」

冷たい笑みを浮かべ、バルバは語る。
「ルキフェルは、警戒しているのです……一度は敗れた
 人間という種族の力に。」

―「そうです、陛下。我々は時を待つ必要がある。
より、完璧に……地獄を得る為に。」


86 名前:ハスタ ◆fmAKADpWIqWy [sage] 投稿日:2010/02/14(日) 17:36:15 0
>69>71
どことなく気まずいこの空気を吹き払うように扉が開いた
・・・内心、成程と感心してしまう。そこに立つのは紛れも無く大貴族
衣を持って威を借りるその姿に嫌悪感はあるが、確かに気風は血脈として受け継がれているらしい
勿論その内心は完全に押し隠すし、おくびにも出さない
己の意思を獲物に悟られないよう押し隠すのはハンターのお家芸だ

エボンから差し出された封筒を恭しく一礼して受け取る
「私のような身分の物には過分な物とは思われますが、受け取らぬのも非礼ですので
 ありがたく頂戴致します。・・・・・・では、これにて」
>「とは言え、観衆の目的は研究とは言い難いですがね。何せ査定には帝国のお偉方も多くやってきます。
> マンモン様などを筆頭に、そう言った方々を一目拝顔しようと目論む人も少なくないようですから」
部屋を出ようとした足が一瞬止まるが、不自然に思われてはならない
恐らく欲しい情報は得られないだろう


――部屋を辞し、歩む途中
先ほどは笑顔だった彼が一礼して足早に歩いていく
その姿が角を曲がって消えた所で口火を切ることにした
「・・・・・・一体、何を意図しているんだ?」
唐突に話を切り出す。それが何なのかまで触れずとも分かっているだろう
「連れて行った男と関わりのある家の配下が主人を裏切りかねない真似をする意図がいまいち読めないな
 ・・・いや、事情や理由などどうでもいい。どこにいる?」
傍らを歩むエボンと呼ばれたメイドに視線を合わせる
この屋敷に来た本題はむしろこれだ。一体、何が起きようとしているのか
それを探り出さなければ・・・・・・

【応接室を辞し、エボンにやや詰問口調で問う】

87 名前:ルキフェル ◆7zZan2bB7s [sage] 投稿日:2010/02/14(日) 17:43:44 0

王室に、音も無く1つの影が出現した。

【神殿】

神殿に、既にルキフェルの姿は無かった。
いつものように煙のように消え去ってしまう。痕跡すら残さず。
そこにいるのはマンモンとその配下、そしてフランソワのみとなった。
フランソワに手を出すような素振りは見せず、マンモンは袋に入った何かを聖堂の中心部へと移送させていく。
「マンモン様、聖堂を襲った反逆者の遺体をここへ。」

そこには、従士隊を裏切っていた内通者・ニュップスの血塗れの遺体。
そしてジェイド・アレリィの姿があった。
反魂の術で仮初の命を与えられた彼は、口から血を吐き出しながら恨めしそうな顔で
神殿と、皇帝そして帝国を罵る言葉を吐き続けていた。
マンモンは哀れの目でジェイドを見つめながらその肩を抱いた。
「君達の行いは許されるべきではない……神の処罰が明日、下るだろう。
本来ならば、フィオナの親族である君をこんな風にしたくはない。
だが、耐えてくれ。君の死が……意味のある事であったと私が証明する。」

涙を流し、連行されていくジェイドの顔を見つめ続ける。
次にフランソワに目を向け、涙を拭う。
「君も去るがいい。……ルキフェル様ならば生かしてはおくまいが、
私は違う。さぁ、行きなさい。」

【王室】

「ルキフェル…入る時くらいはノックをしたらどうだ?」

王が眉を歪め、現われた影を睨む。
一礼しながら王座の近くへ歩みを進めるルキフェル。
その姿にバルバは溜息を吐いた。
「いいのか?マンモンに任せておいて…あの男は
信用できないぞ。」

首を振り、その言葉を否定する。
「大丈夫ですよ、彼は裏切る事は在り得ません。
真実を知ったのですからね。
あ〜そういえば、一つご報告。」

88 名前:ルキフェル ◆7zZan2bB7s [sage] 投稿日:2010/02/14(日) 17:45:08 0
わざとらしく人差し指を立てて、皇帝を笑顔で見つめる。
掌を広げ、立体化された情景を作り出す。
「ここにいるのは、剣鬼…リフレクティアの妻。
今は単なる化物ですがね。もう少しで完全に”調整”が済みそうです。」

鎖に繋がれた異形の化物が映し出される。
巨大な合成獣と化したそれをルキフェルは満足気に見つめる。
「これを調整の済んだ後、ヴァフティアに放ちます。
いくら剣鬼といえど、完全に調整された魔族にはそう簡単には
勝てないでしょう。街が混乱をきたしたその隙に、試作された兵器を起動させます。
司令塔を失ったヴァフティアに、反撃する手は残されていません…」

そして、次に巨大な龍の姿を映し出す。
「駄目押しで、この吸血鬼の成れの果てを使います。
まずは明日の街で1回、そしてヴァフティアで2回目。
龍が襲ったといえば、街の崩壊の原因も錯綜するでしょう。」

王はルキフェルの報告を聞き、伝令を呼び戻した。
臣下たちも召集され、王命が再び発布される。

―本日の王命―

「明日、試作兵器を実験的に作動。ヴァフティアでの稼動は
万全を期した上、行う」と訂正された

明日にはジェイド・アレリィ並びに従士隊の反乱分子による神殿強襲の
公開処刑が行われるとの発布も同時に行われた


89 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/02/15(月) 00:37:15 0
【メニアーチャー家】
>86
応接間を出て長い廊下を歩む中、ハスタが口火を切った。
>「・・・・・・一体、何を意図しているんだ?」
「ハスタ様、あなたは、あなた方は何の為にこの帝都に来たのですか?」
問い返すエボンに先ほどまでの笑みは微塵も残っていなかった。
むしろ冷徹なまでの冷たい眼差しを向けている。
そしてさらに続ける。
「先ほど騒動に巻き込まれただけど仰いましたが、ご自分の立場がその程度などと本心ではないですよねえ。」

短いやり取りの後到着したのは地下一階。
メニアーチャ家使用人専用のSPINだった。
駅の横に備えられた控え室。
そこにはチタンが水鏡に帝都全体を映し出していた。

「あんたたちはヴァフティアから監視下に置かれているって知ってた?
まあ、私たちも監視下においているわけだけど。」
チタンが映像に映る大聖堂付近の光点を指差しながらぶっきらぼうに言い放つ。
この光点がフィオナだという事も付け加えて。

「あなたたちはヴァフティアでの実験を阻止した不確定要素として警戒されているのです。
ヴァフティアだけでなく、これからの計画に支障を与えかねない、と。
なのにあなた方は毒蛇の巣に裸足を突っ込むかのような無防備さで観光。
流石に私たちも後手に回らざる得なかったのですよ。」
口調と共にエボンの冷たい眼差しは侮蔑の色も帯びてくる。
「エボン。」
チタンがそれを制止、水鏡を見るようにハスタを促す。
魔導列車の駅から伸びる光の線は帝都の各地を経由してその中心へと向かったところで消えていた。

「この光が今誘拐されてるミアって子の経路ね。
あの子の持つ追跡札が途切れている。つまり、天帝城の力場で掻き消されているのよ。」
言葉はミアの居場所が天帝城にあることを意味していた。

そしてSPINの方陣まで送りながら
「折角の情報も疑念が付きまとっては生きないでしょうから、教えてあげるわ。
マンモンとあれが属する深淵の月とメニアーチャ家の関係は単なる出資者というだけでそれ以上の繋がりはないのよ。
深淵の月だけでなく、メニアーチャ家は帝国のあらゆる分野に出資している、ある意味金庫でしかないのだから。」
その言葉でマンモンとこの貴族との繋がりの疑問への答えは得られただろうが、それ以外の意味読み取れるだろう。
すなわち、メニアーチャ家を見ていれば帝国内での金の流れ、物の流れが見えてくるという事を。
帝国全体の動きの一面を把握する事が。
そこにエボンやチタンの正体も朧気ながらも見えてくるだろう。

90 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/02/15(月) 00:43:15 0
>78>84
大聖堂の状況とルキフェルについて尋ねるマリルの背後にマダム・ヴェロニカは立っていた。
死角からそっとマリルの肩に置かれる扇がその動きを封じている。
「メイドにしては好奇心旺盛だねえ。好奇心は猫も殺すって言葉知ってるかい?」
横幅は優に3倍以上あるというのに、声を掛けられるまで対面していたフィオナでさえ気付きはしなかったろう。
第一印象と違い、けばけばしさや強烈な匂いがないため別人のようにも見えたかもしれない。

緊張の微粒子が辺りに漂い始めた時、それは起こる。

鳴り響く轟音と散らばる瓦礫。
大聖堂の屋根を破り魔龍が夜空へと飛翔していったのだ。
「仕方がないね。行くよ。」
襲う軽い浮遊感と共に二人は絨毯の上に乗っていた。
直後、猛烈な加速と共にそれは地を這うようにSPINへと消えていった。

いくつかの駅を経由し、辿り着いたのは地下室の駅だった。
絨毯のまま行き着いたのは豪華な部屋。
天蓋付きキングサイズベッドに応接セット。
扇情感のある照明と生活感のなさ。
マダム・ヴェロニカの職業からして、ここがどういった部屋かは想像がつくだろう。

「やれやれ、月の聖女との謁見終わってからスカウトに行こうと思ったんだけど先手を打たれるとはねい。
しかも厄介な瘤までついちまうとはどうしたもんだか。」
ギルバートをベッドに転がしながら不思議そうな顔をするフィオナに種明かしをする。
魔導列車で渡した名刺は追跡符になっており、位置情報を掴んでいた、と。
勿論厄介な瘤とはマリルのことだ。
部外者であり、本来いてはならない存在。
しかし誤魔化すにするにはマリルは優秀すぎた。
口封じするにしても、その立場、貴族に代々つき従い現在研究者へ出向中。では簡単に消す事が出来ないのだ。
対処に困りながらもとっさにつれてきてしまったわけだ

「薬湯だよ。体力回復する。二人とも待っておいでよ。
こっちが厄介だからねい。気を同調して注ぎ込むが人狼にどれだけ効果があるか……。」
呼吸を整え、マダム・ヴェロニカがベッドのギルバートへと覆いかぶさる。
間近で見ればギルバートの顔の半分ほどまである大きさの唇が近づいていくのが見えるだろう。
これはある意味獣姦というわけでなく、気を同調させ呼吸と共に注ぎ込み気を整える一種の治療なのだ。

#################################

別室にて。
棚に並べられている30のオーブ。
内12個は割れて光を失っている。
そして今、天球儀のラベルのついた13個目のオーブが割れ、光を失おうとしていた。
「天球儀消失。記録は・・・10分前からノイズが酷く判別が出来ない・・・。」
「強力な力場に妨害されているわね。解析急いで。天球儀の代わりは?」
室内が慌しく動き出す。
数十分後。
フランソワは何食わぬ顔でメニアーチャ家へと戻っていった。
ただしその中身は・・・

何の異変も感じさせず日常は流れていく。
しかしこれより苛烈な陰謀と戦いは加速し、強大な渦となっていくのであった。

91 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/02/15(月) 00:48:32 0
>87
大聖堂の入り口を前にフランソワは一歩も動けないでいた。
無残に皮の剥がされた背中からは止め処なく血が流れている。
>「君も去るがいい。……ルキフェル様ならば生かしてはおくまいが、
マンモンにそう声を掛けられるまで・・・。

>81
神殿の石柱と同化しながらフランソワの目はその光景を焼き付けていった。
恐るべき魔龍を。そしてそれをまるで飼い犬のように扱う男を。
魔龍は闇に染まり更なる変貌を遂げていく。
神殿の屋根を突き破り飛び去っていった魔龍を見届けたその鼓動は早鐘のようだった。
が、その鼓動が一瞬止まる。

>「…おやおや、ハエ…ではなく、可愛い鼠様ですか。
気配を断ち潜んでいたにも拘らず、悟られていた。
あまつさえ背後を取られ声を掛けられるまで気付けなかった。
身体は硬直し、振り向く事すらも出来ない。
鼓動は早鐘から大地を駆け抜ける馬蹄と変わる。
背後からの圧倒的なプレッシャーにとれる行動選択肢が次々と塗りつぶされていく。

『いけません!聖女様!危険です!』『おのきなさい!』
神殿の奥から男女の二つの声。
その声に背後の気配が一瞬揺らいだのを見逃しはしない。
張り付いていた石柱を蹴り、ダガーを押し当てるように身体ごとルキフェルの懐へと飛び込んでいく。

実際に奥に聖女やそれを押しとどめる神官がいるわけではない。
【山彦】という特殊発声法により神殿奥から反射させたフランソワの発した音で隙を作ったのだ。

ルキフェルの胸にダガーが触れた瞬間、それはフランソワから丸太へと変わる。
写し身を置いて本体は大聖堂入り口へと跳躍していた。
着地し、その反動を使い一気に神殿外へと脱出を試みたのだがそれが成される事はなかった。
大聖堂入り口でしゃがんだ体勢のままフランソワは動けなくなったのだ。
背後に感じるそのプレッシャーの為に。
二重三重のフェイントを織り交ぜ脱出を図ったのだが、ルキフェルはその背後に何のこともなく立っている。
正に蛇に睨まれた蛙。
進退窮まったフランソワの取る道は・・・

だがそれすらも阻まれたのだ。
メイドの衣装と共に引き剥がされた背中の皮が床に打ち捨てられた。

>87
>「君も去るがいい。……ルキフェル様ならば生かしてはおくまいが、
その声にフランソワがようやく動く。
ゆっくりと振り向き見せるその顔にはうっすらと笑みすらも浮かんでいた。

助けてやる・・・そんな言葉をそのまま受け止められる世界には生きていない。
これは警告なのだ。フランソワだけでなく、その背後への。
それだけでなく、自分の身体に何が仕込まれているかもわかったものではない。
立場が逆ならば自分もそうするからだ。
「残念。どこかの素人ならノコノコ巣を晒したでしょうけどね。・・・虚星召喚!」
フランソワの前に展開される魔法陣。
それは剥ぎ取られた背中に隠し彫りされたものと同じだった。逃げられなかった時点で発動させ、背中の皮ごと魔法陣を剥ぎ取られたもの。
その効果は・・・
フランソワを中心に2mの黒い球体領域が展開される。これは星界にあり光すらも逃さぬ絶対無と言われる・・・!

捕らわれる事も、死して屍を晒す事も許されぬ天球儀の最期だった。
球体領域は2秒で蒸発消滅し、跡には何も残しはしなかった。

92 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/02/16(火) 23:22:44 0
激情を孕んだフィオナの解に耳を傾けながらも、マリルの視線は大聖堂を映すナイフへと注がれていた。
しかし不意に、不自然な黒点を中心にして鏡面の像が歪に捩れる。
一体何事か、と彼女が思案する暇もなく、今度は鏡面全体が闇に覆われた。

意味する事は一つ。

忽ちマリルはナイフを持ち替え、背後への投擲を狙う。
けれども、彼女の行動は過ちであるとしか言い様がなかった。
首筋に刃から迸る冷冽な気配が触れる。

>「メイドにしては好奇心旺盛だねえ。好奇心は猫も殺すって言葉知ってるかい?」

自尊心に棘を刺されるような言葉を受けてもまだ、マリルはどうあってもナイフを手放す事が出来なかった。
投擲にせよ、取り落とすにせよ。
手放してしまえば、白刃が切り裂くのは背後の人影でも夜の暗闇でもない。
他ならぬ己の命を繋ぎ止めている糸なのだと、彼女は理解を超えて五体に刻み込まれていた。

不意に、大聖堂の方角から轟音が響き夜空を揺らす。
だがマリルは微動だにしなかった。出来なかった。
辛うじて視線だけを動かして神殿の方を見遣ると、聖堂の天井を突き破り天へと昇っていく魔龍の姿が見えた。

>「仕方がないね。行くよ。」

承諾以外の選択肢は存在しない。
滑空する絨毯に身を預けると、彼女はSPINの光輝へと消えた。

幾つかの駅を経て到着したのは、目に優しくない灯りに満ちた絢爛な寝室だった。
内心で忽ちに芽吹いた抵抗を悟られぬよう、マリルは殊更に無表情を意識する。
しかし意識し過ぎる余り、逆に表情が強張っているとは、彼女は思ってもいなかった。

>「やれやれ、月の聖女との謁見終わってからスカウトに行こうと思ったんだけど先手を打たれるとはねい。
>しかも厄介な瘤までついちまうとはどうしたもんだか。」

嘆息混じりに紡がれる愚痴に、マリルの能面は更に剣呑の染みを広げていく。
反論の言辞は幾らでも浮かんでくるが、彼女はそれらを悉く噛み潰した。
主の願いは従者の願い、などと謳ったで、マダムは一笑に付すに決まっているのだ。

しこうして落ち着いたマリルは、マダムの万端な下準備の種明かしをフィオナと二人して受ける。

93 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/02/16(火) 23:23:58 0
>「薬湯だよ。体力回復する。二人とも待っておいでよ。
>こっちが厄介だからねい。気を同調して注ぎ込むが人狼にどれだけ効果があるか……。」

手渡られた薬湯をマリルは僅かに口に含む。
毒である事を懸念したがどうやら杞憂らしい。
強いて言えば味が壊滅的であったが、彼女は何とか鉄面皮を保ったままに薬湯を嚥下した。

「……そう言えば、貴女の問いに答えていませんでしたね」
ベッドで惨劇を演じている大男と大女はさておき、マリルはフィオナへと向き直る。

「申し訳ありませんが私もこれと言って、確かな答えを提示する事は出来ません」
ですから、と彼女は言葉を繋ぐ。

「これはあくまでも私見ですが、いっそ本人に尋ねてみたらいががですか?
 ……何か、貴女の心中で重きをなしている人物であれば、尚更です」

名は伏せ、他人行儀を装ったのに何故、と言った表情をフィオナは浮かべた。

「……半分は鎌掛けです。ただ貴女の格好から、多少の関係性を予想しました」

一呼吸置いて、マリルは告げる。

「ともあれ、もしも貴女にその気があるのならば、私は力を貸しますよ。
 丁度明後日は、帝都中のお偉方の集まる行事がありますから。渡りに船と言うものです」

94 名前:ハスタ ◆fmAKADpWIqWy [sage] 投稿日:2010/02/18(木) 15:27:02 0
>89
>「ハスタ様、あなたは、あなた方は何の為にこの帝都に来たのですか?」
唐突に変わったその物腰に、俺は内心最悪の大当たりを引いたかと思った
「理由?俺の理由は他の連中と違うだろうな。ただ、殺したい相手がいるだけだ」

導かれたのは地下・・・SPINまで設置されているとはなんとも豪華なことだ
水鏡に示される光点から、ギルバートとフィオナが合流しているだろう事が読み取れる
「監視下にいるのは気づいたさ。主に帝都に至る道中の襲撃からな」

続く光の線が示すミアの所在・・・・・・天帝城か
ここまでの会話の流れで読み取れた事はそう多くない
「少なくとも、【そちら側】がこっちと敵対はしてないんだろうが・・・だが同時に味方でもない
 こっちが帝都をかき回して、一体何の利益があるんだろうな」
無関係の連中が尖兵となる事で、自分たちの関わりの匂いが消える
要するに自分の物ではない捨て駒になる可能性もある、か

「収穫と言えば、収穫。せいぜい両方に裏をかかれないようにするさ。
 手土産はせいぜい有効な使い方を考えさせてもらうとするかな」
SPINに乗り込み、まずは町外れに向かおう。そう考えた所で、ふと頭を過ぎった事がある
「・・・・・・操り人形か道化師か、気づいていないなら哀れな話だな。主人が」
誰にとも無く一人ごちてからSPINに乗り込んだ・・・

――数時間後、『銀の杯亭』
夜中の墓参りを終え、古巣であるここに戻ってくる頃には一階で飲んでいる連中も疎らな有様
いくつかのテーブルにはジョッキを片手に突っ伏したままの連中すらいる状態だ
仲間が一人としていないのだが、これ以上夜中に動き回ってもまたすれ違うばかり

・・・・・・ということで、遅い夜食を食っておく事にした
『大兎のハム』『剣魚の一夜干し』etcetc...
何とはなしに左手を掲げる。以前そうであったもの、くすんだ灰色から赤みがかった黒へ変じた髪に触れる
傍らの椅子には、白い十字・・・『四瑞』の姿はない。かわりに立てかけられているのは血塗られたような赤い槍
「『四凶』・・・また使う事になるか。それにしても、嫌な月だな」
見上げた窓の先、薄っすらと朱い月が夜の帝都を照らしている・・・

【状況:メニアーチャ邸を辞し、『銀の杯亭』へ】

95 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/02/19(金) 03:25:07 0
聖堂の争いの最中、突然現れたマダム・ヴェロニカ。
そしてその操る絨毯によって運び込まれた先はこれでもかと言うほどに華美な部屋だった。
王侯貴族が使っているような巨大な寝台に、何れか一つだけでも一般人がゆうに数年は暮らすのに困らないだろう額の調度品の数々。
一見して余程の貴人の寝室かと勘ぐるが、それにしても生活感といったものが皆無だし、何より照明の色彩が異様におかしい。

「ここは……まさか……。」

以前列車の中でまくし立てられたマダムの職業を思い出し、一つの答えが導き出される。
話でしか聞いたことは無いが、まさか此処が悪名高い――

「――娼館ですか!?」

自分は神に仕える身だというのにとんでもない場所に足を踏み入れてしまったらしい。
認識してしまうとなおの事、設えた調度品や家具の数々の位置が生々しく感じてしまう。
一人で使うには無駄にでかいベッドや衣装掛け、棚の上にずらりと並んだ瓶、なぜ鏡があんな位置にあるのだろう。
椅子に座るのさえなぜか躊躇ってしまう。
フィオナが、一人所在なさげにもじもじとしているとマダム・ヴェロニカが声をかける。

『やれやれ、月の聖女との謁見終わってからスカウトに行こうと思ったんだけど先手を打たれるとはねい。
しかも厄介な瘤までついちまうとはどうしたもんだか。』

ふと、何故彼女達には自分の行動が筒抜けなのだろうか。
そんな疑問が浮かぶがその答えは直にマダム本人の口から語られた。

列車で手渡されて以来ずっと持っていた――無論応じるつもりは無かったが――ラ・シレーナの意匠の描かれた名刺。
どうやらこれが追跡符の役割を果たしていたらしい。
帝都に着いてから以降の行動は全て監視下に置かれていたとのことだった。

正直余り好い気はしなかったが、しかしそのお陰でこうして助かっているのも事実だ。
フィオナは暫く名刺とにらめっこをした後、またそれを剣帯に付属しているポーチへと仕舞い込んだ。
マダム達がルキフェルの仲間では無いと判断した上での事である。もし違うのならこうして種を明かすことはしないだろう。

しかしそういえばもう一人同じものを渡されたはずだ。
そう、ミアである。
自分が向かった先にあれほどの敵が配置されていたのだ。
彼女の元にも何れかの敵が放たれてるとしてもおかしくは無い。
ましてや保護者とも言えるギルバートが今なお目覚めぬ昏睡状態なこともあり、只の杞憂と付してしまうわけにはいかないだろう。

「あの、マダムさ……うわっ!?」

『薬湯だよ。体力回復する。二人とも待っておいでよ。
こっちが厄介だからねい。気を同調して注ぎ込むが人狼にどれだけ効果があるか……。』

意を決してマダム・ヴェロニカへ聞こうとした矢先、目の前にあったのはマダムの顔。
若干、いやかなり失礼な反応だったが一瞬にして視界のほぼ全域を覆うように貌が飛び込んでくるというのはかなりの衝撃だった。
機先を制せられ、質問も出来ないまま盆に載ったコップを受け取る。

しかしその後に待っていた光景はさらに衝撃的であった。
天蓋付きのベッドに横たわったままのギルバートの上に跨ったマダムが段々、段々と覆いかぶさっていったのだ。

(ギ、ギルバートさん……今は目を覚まさないほうが良いですよ……)

自分の過去の出来事を振り返り、フィオナはこんこんと眠り続ける仲間の身を案じることしか出来なかった。

96 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/02/19(金) 03:28:26 0
ベッドの光景を視界から外しながら受け取った薬湯に口をつける。
良く言えば独特の、それ以外であれば口中でサラマンダーが暴れまわるような殺人的な味、だったがこれ以上無礼な振る舞いをするわけにもいかない。
目を瞑り、覚悟を決めるとフィオナはそれを一息に呷った。
ともに渡されたメイド、――マリルという名前らしい――は事も無げにその液体を嚥下していた。

『……そう言えば、貴女の問いに答えていませんでしたね』

今なお咽ているフィオナにマリルが話を降る。
続くのは謝罪と明言できないといった内容。

『これはあくまでも私見ですが、いっそ本人に尋ねてみたらいががですか?
 ……何か、貴女の心中で重きをなしている人物であれば、尚更です』

その言葉には驚きと気まずさを隠せなかった。
無関係を装ったつもりだったのだが、どうやらマリルにはばれていたらしい。
しかし、と思う。
昔から自分のつく嘘は弟や家族、神殿の同僚達にもすぐ気づかれていたなと。

『……半分は鎌掛けです。ただ貴女の格好から、多少の関係性を予想しました』

半分は、と彼女は言った。
恐らく此方の心情を察して言ってくれたのだろう。
その気遣いに感謝しながらマリルの推察が正しいことを告げるため頷いてみせる。

それに応じてくれたのか彼女は真っ直ぐな視線をフィオナへ向け、破格の条件を提示した。

『ともあれ、もしも貴女にその気があるのならば、私は力を貸しますよ。
 丁度明後日は、帝都中のお偉方の集まる行事がありますから。渡りに船と言うものです』

「重ね重ねありがとうございます。
でしたら遠慮なく、その船にご同行させていただきます!」

今でも迷いはある。あの優しかった師が何故、という思いは拭いきれない。
しかしそれでもこうして道を示してくれる者が居るのだ。
フィオナは自分の中にわだかまっていた鬱々としたものを追い出すように、しっかりとマリルを見つめ言葉を紡ぐ。

「私自身は帝都に不慣れですけれど、詳しい仲間も居ますから大丈夫です。
それで当日はどちらへ行けばよろしいですか?」

97 名前: ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/02/19(金) 04:15:35 0
【享楽都市ウルタール】

酷暑と極寒の砂漠地帯にあって、この街は眠らない。
大陸国家『帝国』東部に広がるこの都市は、峻厳たる大地を経済と金融の力によって捻じ伏せていた。
主な特産物は、商人と賭博。彼の大富豪にして大貴族、メニアーチャ家を輩出したことで知られるこの街の住民は須らく商才と博才に恵まれ、
痩せた土地で生産者となり得ない弱みを消費経済の掌握によって糧とすることで大規模な都市を形成するまでに成長していた。
今やメニアーチャ家を筆頭に帝国の財布のヒモを握った豪商達の影響力は貴族院をも凌駕するとまで言われ、都市としての頭角も立ちつつある。

そのウルタールが今宵、燃えていた。

「こちら中央区!現在魔物は大通りを北上中!市庁舎まで四半刻とかかりません!」
「富豪の方々を最優先で避難させろ!労働層の女子供?そいつら100人より金貨一枚の方が高けえよ!」
「クソっ、今日の俺は馬鹿ヅキだってのに!見ろ、あのバケモノのせいで大金星がお流れだ!」
「あああ!市長の胸像壊しやがった!!あれ一つで俺の人生三回やり直せるんだぞ!?」
「っは、こんな人生三回もやりたかねえよ!んで、奴さんはどこの女のケツを捜してるんだ?」
「野朗のケツかもしれんぞ。ともあれ行くぞ、ここが正念場だ。野郎共ケツと魂に火を灯せ。――一歩たりとも抜かれるじゃねえぞ!」

眠らない街も舟を漕ぐ未明近く。享楽都市ウルタールはその睡魔から叩き起こされた。
突如として市街中心地に出現した強大で凶悪かつ強靭な魔物は、人型の体躯とそこから伸びる触手でもって破壊と殺戮を開始した。
何かを媒体にした降魔術ではない。外から結界を破って攻め込まれたのでもない。本当に何の前兆もなく忽然と魔物はそこに、『居た』。

ウルタールには二つの武力が存在する。帝都から派兵され彼の地に常駐する従士中隊。そして富豪が金で雇った傭兵団。
帝都からの武力支援を受けられないヴァフティアや郊外の小さな町、村と違ってある程度の都市には常に研磨された抗いの刃が据えられている。
その従士隊と傭兵達が用命を受けて現場に駆けつけた時には、そこは焦土と化していた。焼け焦げた死屍累々、破壊し尽された街。生けるもの無き寂寥の空間。

まるで何者かに意志を掌握されているかのように目的なく暴れまわる魔物は程なくして迎撃の討伐者達を発見し、交戦に入った。
触手で穿ち、刃で寸断し、劫火は全てを塵へと変える。手練揃いであるはずの討伐者達が防戦一方になるのに、さほど時間は要さなかった。

「クソ、なんなんだこの魔物のバカみてえな硬さはァ!俺の必殺剣で斬れないもんがあるなんて初めて知ったぞ!」
「お前のナマクラじゃ蛙の皮だって斬れねえだろうよ。女との縁もなかなか切れなくて苦労してるらしいじゃねえか」
「ぶはは、マジかよお前!良かったな、ここで死んどけば千切れた縁糸も端から綻んでくだろうよ!そしたらあの娘のこたあ俺に任せろ!」
「馬鹿言え、俺が死んだらきっとその糸で首吊って追いかけてくるだろうよあの女は!だから尚更――死んでたまるかよ!!」
「いやいや死んどけって!ほら、俺が背中押してやるから!今ならあの触手で楽に逝けるぞ!」
「えええ今思いっきり良いセリフ言ってたじゃん俺!空気読んで同意しとけよそこはよぉ!なんだお前味方のフリして俺を殺そうとしてやがってんのか!」
「うっせぇ死ねええあの娘は俺がいただいてくんだよおお!!!――ともあれ、刃が通らないんじゃ無理臭いぞ、こいつ」

従士と傭兵の混成討伐隊は無双の魔物を囲んで捉える。得物は剣、槍、戦斧、弓。どれも触手に阻まれ刃は立たず、傷付けることすら適わない。
傭兵の一人が戦闘用の魔導杖を持ち出し、攻性術式を行使する。『氷結』の術式は魔物の顎を覆い、劫火の放出を塞き止めた。
そこへ懐へ潜り込んだ従士の一人が喉元の呼吸のために一部だけ柔らかい肉へ剣を突き立て、『破壊』の術式を紡いで刃を通し打ち込む。
肉が爆ぜる音が轟き、魔物の喉から鮮血が迸り、留まる所をしらないその出血量は――張り付いていた従士を吹き飛ばした。

「な、何だぁ!?なんつー血の気の多さしてやがる。いや、こりゃあ自前の血じゃねえぞ、人の血だ!こいつ、吸血鬼か――!!」
「っは、道理でそこらへんで転がってる死体がやたらめったら渇いてると思ったぜ。そりゃ砂漠の気候が原因じゃねえよなあ!」
「この量――どうやらこいつは血を吸えば吸うほど強くなっていくようだな」
「つうことは、だ。こいつの燃料になってる血を全部吐き出させちまえば倒せるってわけだな?――オッケー気張るぞてめえら!」

そして。


享楽都市ウルタールはその日、跡形もなく消え去った。

98 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/02/19(金) 22:09:57 0
【ラ・シレーナの一室】
>『ともあれ、もしも貴女にその気があるのならば、私は力を貸しますよ。
> 丁度明後日は、帝都中のお偉方の集まる行事がありますから。渡りに船と言うものです』
>「重ね重ねありがとうございます。
>でしたら遠慮なく、その船にご同行させていただきます!」

キュ〜〜〜ッポン!という音がしたあと
「うまい具合に話しは纏まったようだね。」
と言いながらマダム・ヴェロニカがベッドから降りてきた。
「ふ〜〜、やっぱ若いっていいわぁ。」
腰掛けたソファーがその重みで小さな悲鳴を上げるが、妙に肌のつやつやしたマダム・ヴェロニカは上機嫌そうだった。
その後ろ、ベッドでは無残にも顔半分が口紅に染まったギルバートの事はあえて触れないでおこう。

「さて、まずは自己紹介しておこうか。貴族専門高級秘密娼館ラ・シレーナのマダム・ヴェロニカ、というのは表向きの話し。
正体は皇帝直下独立隠密衆【30枚の銀貨】筆頭の水中花さ。
ん?聞いたことないって?そりゃそうさ。独立した秘密組織だからね。
宮廷にだって知っている人間少ないんだから、あんたらは一生気付きもしないのが道理なのさ。」
棚からグラスを取り出し、怪しげな液体を注ぎながら口を開いた。

なぜわざわざ名乗るのか?当然の疑問だろう。
別に冥土の土産にべらべら喋るわけではない。
そういう場合、大抵喋ったほうが冥土に行くのがパターンだからだ。
話すのは口封じの必要がないから。
貴族専門の高級秘密娼館という話しだけならば、あながち無い話ではない。
しかしそれが皇帝直属の秘密組織などといえば信憑性どころか笑い話にしかならないからだ、と付け加える。

そして言葉は続く。
「知っておいでかい?帝国の闇では絶えず陰謀が渦巻いている。
都市殲滅兵器だの、騎士団重鎮暗殺事件だの、最近ばら撒かれている赤眼もねえ。
ヴァフティアの一件だってその陰謀の一旦なのさ。
そういったものを調査し、潰していくのが私らの仕事なんだけどね。大きな陰謀の影を追うと必ずある男の陰へと辿り着く。」
それがルキフェルである事はいうまでもない。

まだ公にはされていないが、現在帝都では数多くの暗殺事件が続いているのだ。
もう一つ、現在帝都で配布されている【赤眼】についても。
これが何の目的で作られどういった効果があるのか、全てが解析できたわけではない。
しかし赤眼に使われている特殊素材や薬剤などからその出所は掴みつつあったが、今は詳しくは言わなかった。

様々な調査をするうちに、陰謀は複雑に絡み合い、一つの大きな陰謀が見え隠れしてきている。
しかしその全容は未だ知れず、敵は恐ろしく狡猾で強大なのだ。
そこでヴァフティアの陰謀を砕き、帝都にやってきたフィオナたちを利用しようとしたのだ。
何処まで食い込めるのかは判らないが、不確定要素を入れることにより巨大な陰謀にヒビを入れることを期待して。

「まあ、こちらも人員不足でね。
使えそうなものは利用していきたい、てえのが本音さ。」
マダム・ヴェロニカの脳裏に割れた13のオーブがよぎる。
ラ・シレーナに在籍する娼婦全員がエージェントであるわけではない。
実際に動けるのは30人。
既に半数近くは失われ、他の案件も考えれば実働できる人員は殆どいないと言ってよかった。


99 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/02/19(金) 22:10:08 0
「本来こうやって直接的な接触はせずに誘導していきたかったんだがね。
あたしらよりあちらさん側のほうがあんたらに対する評価は高かったようなのさ。
予想外に手は長く早かった。
既に門は天帝城に連れ去られ、あんたは神殿で待ち伏せられた、というわけさ。」
そう言いながらフィオナに踏まれ変形したお守りを投げ渡した。

「見覚えがあるだろう?神殿殺戮犯のさ。」
そのお守りが何を意味するのか。
その言葉が何を意味するのか。
明日になれば神殿での殺戮劇はジェイドの仕業と発表されるだろう。
そしてフィオナたちはその仲間としてめでたく賞金首となるわけだ。
敵がどういった規模で、どれだけの陰謀がひしめいているか。
その一端がそこに凝縮されていた。

「あんたらにはあんたらの目的もあるだろうし、仲間を救いたいのなら……
それに、このまま神殿終劇殺戮犯になりたくないだろう?」
勿論正直に申し立てして潔白を証明する、などという選択肢はないことも付け加えておく。
問答無用に捕縛され、闇から闇へと葬るくらいの事は簡単に出来るのだから。

帝国の中枢、天帝城。それどころか2番ハードル以内に近づく事も難しいだろう。
通常ならば。
しかし、折りしも研究成果査定は一般開放されており、天帝城へ潜入するならばこの機をおいて他ない。
その案内のために接触したのだった。
だがそれもマリルの申し出によって手間が省けたというものだ。

「まあ一通りの事情と状況はこの通り。
一般人を巻き込むのは本位じゃないんだがね、メイドさんが手伝ってくれるのならありがたい話しさね。
なあに、特別指示を出そうって訳じゃないさ。好きに動いてくれればいいし、情報も渡すからねい。」
全ての説明を終え、人数分の認識阻害の術が込められた符を差し出した。
王宮内に入れば探知魔法によって暴かれるだろうが、それまでは有効に使えるはずである。

手引きの必要がなくなったが、情報を与え現状を認識させる、という目的は達せられた。
何も知らぬまま振りかかる戦いに奔走し翻弄されるのと、現状把握した上での戦いとでは天地の差が出るだろうから。

長く話したが、勿論虚実混在した話である。
何処まで信じていいのか、何処まで疑わなければならないのか。
しかし唯一つ。
共通の敵をもっているという事は間違いなさそうである。

100 名前: ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/02/22(月) 06:16:42 0
吸血鬼の体躯が形を変える。骨格から歪曲し、展開し、芽吹いていく姿は蕾の開花のようにも見え。
唖然とする討伐者達の目の前で、辛うじて人間の形を保っていた触手の魔物は進化していく。
数秒後、そこにいたのは龍だった。巨大な二対の翼を持ち、凶悪い尖った牙を禍々しく開閉させる。

「んなっ……!『龍』だとぉ!!?」
「軍の連中が乗ってる騎竜とは違うタイプだな。ワイバーンじゃない方の龍《ドラゴン》なんて初めて見たぞ?」
「おいおい神聖種かよ。俺たちゃメシと女食う前にお祈りする程度には敬虔な信徒ちゃんだぜ?神に石投げろってのかよ!」
「あれが神聖ってタマか?真性の間違いだろ。今すげー上手いこと言ったな俺」
「知るか。どっちにしたって俺達のやることに変わりはねえよ。立体機動で追い込むぞ、続け」

従士が駆け、傭兵が走る。迫る触手と剛腕を援護の術式が阻み、懐から、脇から、上空から刃を打ち込む。
『鋭刃』の術式を付与した武器類は鎧のような鱗の継ぎ目を狙って突き込まれ、手応えとして夥しい程の出血で返す。
それでも龍は止まらず、翼での羽ばたきが張り付いていた討伐者達を蜘蛛の子のように吹き散らす。

「刃は確実に通ってる。効いてないってこたあねえんだ、どうにか命に達するような傷を負わせれねえかな」
「首でも落とすか?あの馬鹿デカい翼を乗り越えて背後から首まで剣が届くなら、だがな」
「奴さんみたく羽でも生やせばやれそうだがなぁ。どうよ、有翼の俺。なかなかイカすデザインだろ?」
「ああ、素敵すぎて反吐が出る。ついでに邪魔くせえ上に使ってねえ首から上も取っ払っちまったらどうだ?」
「んだとォ!?どういう意味だよそりゃあ!」
「死ねってことだよ。言わせんな恥ずかしい」
「えええええ――!」

討伐者達は一斉にその場から飛び退く。そこへ龍の吐いた火球が襲来する。高温の炎は石畳を舐め、地面を溶かし尽くした。
触手が従士の一人を絡めとり、締め上げる。それを傭兵の戦槌が根元から叩き潰し、助け出したところへ再び火球。
迅速に防護の術式が張られ、熱は彼らの前髪を焼くだけに留まった。間髪を入れずに魔導弓の雨が放たれ、龍の体躯を穿っていく。
矢が降る中に『道』があった。意図的に矢を放たなかった空間は人間が通るには十分な間隙。そこを傭兵が駆け抜ける。

「――るううううううああああああああ!!!!」

限界までタメを作った戦槌を渾身の力で振り抜く。迎撃に走った細く速く強靭な触手の束に肩や腕や腿を貫かれる。
それでも戦場で鍛えられた傭兵の膂力は滞らない。そして叩き込まんと弧を描く戦槌の先端を、踏む足があった。
従士が振られる戦槌の錘部を足場にして、さながら投石機を模倣するように推進力を得る。跳ぶ。飛ぶ。翔ぶ。
翔んだ先は、龍の頭上。人外の額を飛び越えて、その向こう――龍のうなじへと到達する。鬣を握ってがっちりと飛び付いた。

「よう、真性野郎。残念ながらお前が使えそうなケツはこの世にゃ存在しねえよ。入りきらねえだろうし。ああ?何が言いたいかって?」

引き絞った剣先には、既に切断強化の術式が幾重にも重ねがけしてある。龍は猛烈にかぶりを振って従士を振り落とそうとするが、
戦槌に爪先を潰され、顎の中に雷撃を叩き込まれ、全身を生命減退呪詛入りの矢で貫かれ、たた一刃を阻むことが、できない。

「――死ねってことだよ。言わせんな恥ずかしい」

大雑把にあたりをつけた喉笛を背中側から刺し貫く。一拍遅れて繊維の砕ける音が炸裂し、術式に耐えきれなくなった剣が自壊した。
だが攻撃は成立する。『寸断』『切断』『斬断』、あらゆる『断つ』魔術が龍の首一点へと集中し、破断していく。

そして戦場に、血液の雨が降った。

皮一枚を残してほぼ切断された龍の首からは瀑布と見紛う量の血が噴出し、ウルタールの中央通りを染め上げていく。
否、それは通りだけに留まらず、どこに入っていたのか理解できない程の血流は街全体へ血霧を降らせていった。
最初に異変に気づいたのは、勝鬨を上げる傭兵たちの一人。

「お、おい、なんか変だぞ。こいつのこの血、妙な魔術紋様を含んでる。見ろ、地面に落ちた雫に式が投影されてるだろ」
「待て、おかしいぞ。血が意志でも持ってるみたいに地面を動いて……血同士が繋がって線になってるのか?」
「なあ、この血雨ってもしかして市内全域に降ってて、どこもこんな文様を作ってるのか?だとしたら……」
「ッ!!――ヤバいぞ!こいつ自分の血でバカでっかい魔法陣描いてやがる!おい、今すぐ逃ゲ――」

発動する。

全てを飲み込むように、破滅の術式兵器は静かに覚醒した。

101 名前: ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/02/22(月) 08:49:17 0
都市全体に降った血紋で施された術式陣は、帝都に巡らされたSPINの転移術陣とよく似ている。
『自壊円環《ウロボロス》』と呼ばれる兵器の本質はこの陣こそにあり、器物の形をとるのは単に自走性を高める為である。
ウルタールに投入された龍型の吸血鬼、通称『キング・ローズ』の体内に仕込まれた『自壊円環』は、
彼の魔物が溜め込んだ膨大なる食餌にして生命、魔力を伴った血液を利用しウルタール全域へ術式を充満させた。

発動した術式は大地を収搾する。螺旋か、あるいは引き絞った巾着のように都市全体が中心へと引きずり込まれていく。
描く軌跡はまさしく『円環』。魔力によって繋がれたラインは、自らを侵食するようにその径を狭め、縮んでいく。

街が自壊する。
石畳は爆ぜ、建造物は崩落し、大気は砕けて光の顆粒と変わっていく。

そして全てが爆心地へと収束し、臨界へ達した術式が崩壊した。

未完成で不安定な技術は引きずり込んだ大地を留めきれず、堰を切ったように溢れ出す。
逆流する全ては波濤の如く地盤を瓦解させ、魔力衝突による小爆発を連続させながら展開し、瓦礫と成り果てた街が津波を起こす。
最後に壊れ切った術式が魔力暴発を喚起し、二、三度明け方の闇に明滅した後、都市一つ飲み込む大爆発となって殺到した。

たった一刻にも満たない時間で、砂漠地帯の最大都市ウルタールは焦土と化した。
奇しくも先立ってのキングローズによる襲撃で、住民の避難が大方完了していた為実質の死傷者は魔物に殺害された人数に留まり、
生き残った大多数の住民によってこの夜のことは克明に語り継がれることとなる。

曰く、『龍が街を滅ぼした』。

曰く、『驕った人類への星界からの制裁である』。

曰く、『天災』。


砂漠を照らす破滅の煌めきは、どこまでも絶望的で、あまりにも美しかった。


【ウルタール滅亡。自壊円環は暴発し、土地一帯を焦土に】

102 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/02/23(火) 05:35:30 0
気を送り込むと言う名目であったが、実は気を吸収する事が目的だったのでは。
そう問いたくなる程に、マダム・ヴェロニカは嬉々とした様子でソファに腰を落とした。
果たして彼女の素振りは本心からだろうか、気を放出しての疲弊を隠す為、と言うのは考えすぎか。

ともかくグラスと飲み物を用意しながら、彼女は様々な事を語り始めた。
並べ立てられる言葉の虚実如何は、マリルには判別し得ない。
しかし究極的に、極論を述べるならば、彼女はそのような事どうでもいいのだ。

ただ主の願いである『不特定多数への救済』を自分が代行出来るならば。
他の事は、従者であるマリルには些事に過ぎないのだ。

「それでは……パーティへのチケットは手に入りましたね。気狂い達とのダンスはお日様が昇りきったらと致しましょう。
 お望みとあらば、エスコートも致します。
 とは言え、いざパーティが始まった時に踊る相手が自分の尻しかいないのでは、とんだお笑い草なのでご留意を」

認識阻害の符を頂戴するフィオナに、マリルは無表情のまま謳う。
けれども清廉な聖騎士に彼女の語意は通用しなかったらしい。
それどころか突然の悪辣な台詞を受けて、軽度の思考停止にすら陥っているようだ。

「失礼。どうにも、主の口調がうつったようです。要するに『舞台は天帝城。事を起こすのは正午。
 必要でしたら護衛も致します。貴女はそれまでにお目当ての人を見つけて下さい。』と言う事ですね」

端的に要旨を抽出すると、マリルは相変わらずの能面の視線をベッドとソファへと映した。
伝えるべき事はもう無いが、この場の誰よりも状況の仔細を知るマダムの意図を確認しても、損はないだろう。

加えて、この世にいながら地獄を味わった大男。
彼が果たしてどうなるのか、マリルは秘かに興味を抱いてもいた。

103 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/02/23(火) 11:55:52 0
緊急保守

104 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/02/23(火) 14:45:17 P
保守

105 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/02/23(火) 14:58:29 0
omanko

106 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/02/23(火) 23:54:22 0
エストアリアに巣食う病巣、そしてそれを駆除するために奔走する皇帝直属の秘密組織の存在。
一端ではあるのだろうが帝都の暗部をマダム・ヴェロニカから説明され、とても一筋縄ではいきそうもない複雑さに軽く眩暈を覚える。
元来自分は搦め手や奇策の類が苦手なのだということを痛感せざるをえない。
とはいえ、選り好みできるほど此方の手札が多くないのも事実だ。

マダムにも別の思惑があるのだろうが皇帝直下独立隠密衆、しかもその長なのだという彼女の助力を得られるのなら行動の幅も広がるかもしれない。
皇帝直下独立隠密衆【30枚の銀貨】。
たしか古い伝承の中の一つ、ある聖人とその子弟の逸話だったろうか。
師を売り渡した弟子が受け取った報酬。裏切りの符丁。
その名を冠する彼女達も同様に含むものがあるのかもしれない。

『――既に門は天帝城に連れ去られ、あんたは神殿で待ち伏せられた、というわけさ。』

締めくくる言葉と一緒に投げ渡される首飾り。
それは何度も踏みつけられ、ひしゃげた、他の者なら価値を見出せるような物では無かったがフィオナにだけは違った。

「これは、私があの日ジェイドに……。」

『見覚えがあるだろう?神殿殺戮犯のさ。』

フィオナが最後まで紡ぐのを遮りマダム・ヴェロニカが口にする。
その言葉の裏にある意味は理解していた。
あの場で別れた弟はもう居ない。どころか神殿を襲った賊として処罰されようとすらしているのだ。
血が滲む程に掌を握り締め、怨嗟の嗚咽を噛み殺す。

本当なら今すぐ神殿に取って返し、なで斬りにしてその骸に何度も刃を突き立ててやりたい。
しかし今の自分ではルキフェルに届かない。
それではジェイドの無念を晴らしてやれないのだ。

『まあ一通りの事情と状況はこの通り。
一般人を巻き込むのは本位じゃないんだがね、メイドさんが手伝ってくれるのならありがたい話しさね。
なあに、特別指示を出そうって訳じゃないさ。好きに動いてくれればいいし、情報も渡すからねい。』

そして渡された人数分の認識阻害符を受け取る。
しかしその所作は、常のフィオナを見知った者なら眉を顰めて訝しがるであろうものだった。
僅かに覗いた双眸に暗いものが宿っていたのも然ることながら、マダムに対し一言の礼も無かったからである。

107 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/02/24(水) 00:07:07 0
『それでは……パーティへのチケットは手に入りましたね。気狂い達とのダンスはお日様が昇りきったらと致しましょう。
 お望みとあらば、エスコートも致します。
 とは言え、いざパーティが始まった時に踊る相手が自分の尻しかいないのでは、とんだお笑い草なのでご留意を』

フィオナが陰惨とした殻に閉じこもろうとしていたその時、横合いから唐突にマリルの声が挟まれた。
出会って間もないとは言え、彼女の十全とすらいえる完璧なメイド像とはかけ離れたその調子に思わずポカンと見つめてしまう。
彼女は何を言ってるのだろう。
全くその意図が掴めない。

『失礼。どうにも、主の口調がうつったようです。要するに『舞台は天帝城。事を起こすのは正午。
 必要でしたら護衛も致します。貴女はそれまでにお目当ての人を見つけて下さい。』と言う事ですね』

即座にマリル自身による訂正が告げられた。
そのまま相変わらずの無表情でついと、部屋のソファーに深々と腰掛けたマダム・ヴェロニカに向き直る。

そうだった、今成すべき事を誤ってはならない。
マダムも此方の復讐心を促すために話をしたわけではないのだ。
あくまで事前に敵の行動を教えてくれたに過ぎない。
その時になって動揺しないように、と。

(自ら暗黒に墜ちた者に光が届くことは無い。そこに在るのは周りを巻き込んだ破滅だけだ)

フィオナは自分を戒めるように、幾度と無く聞いた神殿の教えを心に刻み込む。
ジェイドの仇を討つために魔道に墜ちるわけにはいかない。
なによりあの子がそれを望まない。
そんな簡単なことにさえ気づけなかったことが恥ずかしい。
もしかしたら先程のはマリルなりに気を使ってくれたのだろうか。

一度頭を振り何とか体裁を整え、フィオナはマダム・ヴェロニカに視線を向け――

「先程は大変失礼いたしました。お二人とも数々のご助力ありがとうございます。
お借りした物、大切に使わせていただきますね。」

――今度こそしっかりと感謝を伝えた。

108 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/02/24(水) 22:40:12 0
ジェイドの形見であるお守りをフィオナに渡した途端、部屋の温度が数度下がったような感覚に陥った。
噛み殺した怨嗟の嗚咽、握り締められた拳。
しかしそんなもの以上にその瞳に宿った仄暗い炎をマダム・ヴェロニカはじっと見ていた。

今フィオナに宿った炎を同じように宿した者を何度も見てきた。
その結末も。
それゆえ対処も心得ている。
グラスを傾けながらも死角に置いた手は冷徹なまでにその準備を整えていた。
が、その準備は準備で終わる事になる。

意図してかしなくてかは判らぬが、マリルの言葉でフィオナが『こちら側』に戻ったのだから。
いや、マダム・ヴェロニカからすれば『あちら側』に戻って行ったと言うべきだろうか?
感謝を伝えるフィオナに大きく頬の肉を揺らしながら応える。
「ああ、いい面構えになったじゃないかえ、お嬢ちゃん。
今なら言ってやるよ。ようこそ、陰謀の渦巻く修羅の庭へ!」

それから暫くしてフィオナとマリルは帰される事になる。
ギルバートは身の安全を保障し、回復次第戻す、とドラルと戯れながらマダム・ヴェロニカは言った。

###################################

ギルバートが銀の杯亭に戻ったのはフィオナが到着してから暫くしての事だった。
不機嫌そうな顔でやってきたギルバートは
「なんだその禍々しいのは・・・まあいい。
何も言ってくれるな。エールを!ピッチャーで!」
ハスタの脇に立てかけてある四凶を一目見て眉間にしわを寄せたが、それを振り払うように視線をめぐらす。
フィオナに釘を刺すと巨大なピッチャーごとエールを一気飲みし、そこでようやく一息ついた。
そのあとマダム・ヴェロニカから得た情報をハスタに話し、メニアーチャ家のメイドも30枚の銀貨に所属している事も伝える。

「俺たちはつくづく坊主とは相性が悪いようだ。
本当なら今すぐ天帝城へ乗り込んでいきたい所だがな・・・!」
歯軋りをしながらテーブルの上に乗っている食べ物を片っ端から口に放り込み始めた。
それは食べるという行為ではなく、まるで何かを塗りつぶすかのように見えた。

こうして一行の帝都第一日目の夜は更けていく。

109 名前:ミカエラ ◆FrpheMG1d2 [sage] 投稿日:2010/02/25(木) 19:50:10 0
「し、失礼しましたッ!?」
鼻血を零しながら退散していくレクストの背中を見送りながら、ミカエラは
裸体を闇に晒し、しばらくの間呆然と立ち尽くしていた。

「レック…」
自然にため息が漏れる。
やがて、床に倒れこむようにしてあお向けになると、口が震えだした。
発作が始まったのだ。
ブルブルと動く一糸纏わぬ裸身は、暗闇の中で不気味に映えている。
「…アハ、アハハ、アハハハハハハ…」
自然な形で口が歪み、笑い声を紡ぎだした。
「アッハッハッハ、アッハッハッハ…やっぱりそうかァ、あの女かァ…!」
痛みはやがて憎しみへと変わり、柔和な顔だちが一気に歪む。
もはやその顔は「優しいミカエラ先生」ではなく、帝都屈指の殺人鬼のものだった。

薬を少し服用すると、だいぶ痛みは治まった。もうすっかり夜も更けている。
下着と薄手のローブを纏い、SPINを経由して一気に自宅の屋敷付近へと飛ぶ。
この付近は帝都にしては珍しく殆ど人の気配がない。しかし、ミカエラは
SPINから自宅までの短い距離の中で、自分を尾行する僅かな気配を察した。
家の扉をアン・ロックし、ゆったりと中に入る。どうやらもう気配はないようだ。
しばらくの間研究材料をチェックして過ごし、眠気が出たあたりで寝床に付く。
睡魔が襲ってきた、その頃だった。

カサリ…と紙の動くような音がした。

110 名前:ミカエラ ◆FrpheMG1d2 [sage] 投稿日:2010/02/25(木) 21:04:02 0
「侵入者か!」
ミカエラが手をかざし、「解除魔法」を放つと、たちまちそこに男の姿が現れた。
数は二人、どちらもあの時見た、マンモンの部下である。その手には、「赤眼」を
作るための計画書の一部が見えた。
「見つかったか!」「馬鹿な…睡眠粉は効かなかったのか…?」
薄々疑ってはいたが、やはり完全には信用されていなかったようだ。
「赤眼」の開発を任せると言われていたものの、どうやらあちら側は独自での開発を
目論んでおり、ミカエラとは完全に縁を切るつもりのようである。
そうなれば、ミカエラが今の薬を手に入れるのは不可能…つまり死が近づいているようなもの…
「それは渡すわけにはいかない…!」
ミカエラは魔法の詠唱を開始した。まずは相手の動きを止める必要がある。
だが、二人の男が取ったのは、意外にもミカエラへの攻撃だった。
「なっ…!あっ!」
素早くナイフが放たれ、かわした後にナイフでの鋭く、かつ正確な一撃がくる。
パリン、と研究材料の一部が割れた。狭い室内でミカエラはわずかに腹部を切り裂かれ、
ローブが破れて血が舞った。もう一撃をかわし、次の攻撃を蹴りでけん制したところで
ようやく相手の追撃が終わった。
「ぐぅぅ…」
傷口を押さえながら入り口のドアを開け、外へ出ながらゆっくりと後ずさりするミカエラ。
二人の敵もゆっくりとにじり寄りながら建物を出て、広い庭へと移動する。
口元に笑みを浮かべながら。

無駄のない動きだ。ミカエラの屋敷に侵入できたのは、恐らく気配を消す魔法で
扉がゆっくりと開いた隙にこっそりと忍び込んだのだろう。この魔法は敵意さえ見せなければ
優れた隠遁性を発揮できる。
一人で帝国の甲冑兵10人に匹敵すると言っていい。先ほどの攻撃も極めて洗練されたものだった。
しかしながら、その男達の目が、次第に驚愕に見開いていった。ミカエラが先に口を開ける。
「この傷…凄くピリピリするわ。まるでゾクゾクする薬を盛られたみたいに…」
ビクリと、敵が一瞬肩をこわばらせる。
「まさか…ニードルエスペリボアの毒が効かんとは…」
そう、ナイフには即効性の毒が塗られていたのだ。それも致死濃度の数倍もの。
敵は時間を稼いでその間にミカエラが苦しんで死ぬのを待っていたのだ。
「ごめんなさいね。毒は少々、たしなんでおりまして」
そう言ってミカエラは自らの傷を押さえる手を口元に寄せ、舐めた。
「ま、まぁいい…確実に突き刺して殺せばいいだけだ!」「り、了解…行くぞ」
素早く武器を振るいミカエラを追い込もうとする二人だが、広い庭園ではあっさりと
ミカエラにあしらわれ、上手く当てることができない。

111 名前:ミカエラ ◆FrpheMG1d2 [sage] 投稿日:2010/02/25(木) 21:05:35 0
「ぐぉ…!」
ついに一人がミカエラの蹴りによって腕からナイフを落とし、痛みにうめき声を上げた。
ミカエラがそのナイフを素早く拾う。

「それじゃ、そろそろ鬼さん交代といかなぁい?」
二人の敵の表情が凍りつく。この時、初めて薄々と感じていた自分の生命の危機を
初めて意識した。
背中を見せたときには、既にミカエラの魔術が二人を縛っていた。
間髪を入れず、ミカエラの拳が一人の首を突き、静かに地面へと倒れ伏した。
この二人を殺そうとしなかった理由は二つあった。一つは部下とはいえ、一応ルキフェル陣営の資産であること。
殺してしまえば宣戦布告の理由にされることは免れない。そしてもう一つは、上手く利用して
逆にルキフェル陣営の居場所を突き止めたいということだった。

もう一人の男は、叫び声を上げようと声を振り絞ったところを後ろからミカエラに押さえられ、
口をふさがれた。抵抗が激しい。目は死の恐怖に怯え、涙を流していた。
ルキフェルの部下とはいえ所詮は一人の人間、と心で軽蔑しながら、ミカエラは
乳房が邪魔なのにもかまわず、腕を回して男の首を締め上げた。
勿論、男を気絶させ、捕虜とするためである。しかし、それは手違いにより上手くいかなかった。
 パキャ…
軽快な音とともに男が動かなくなり、嫌な予感がした。よく見てみると、男は既にミカエラの腕の中で
絶命していたのだった。首の骨を妙な方向にへし折られて。
以前から「加減が利かない」ことを自分の欠点だと自覚してはいたが、これだけ致命的なミスは久々だった。
(殺しちゃった…ルキフェルの手下、殺しちゃったぁ…)
呆然としたミカエラであったが、すぐに冷静さを取り戻し、もう一人の気絶した男を持ち上げると、
同じようにして首の骨をへし折り、計画書を取り戻すと、周囲を見回した。幸運にも誰も見ていない。
二つの死体を両脇に抱えて屋敷に戻ると、それらから全ての使えそうな持ち物を奪って
実験に使えそうな部位を摘出し、じっくり時間をかけて「消滅の魔方陣」で跡形も無く消し去った。
「あの男が今の連中の行方を気にかけるのなら、私はむしろ彼を見直すかもしれないわ…
それほど、あの男は非道だから…」
すっかり癒えて傷跡だけが残る腹をさすりながら、ミカエラはつぶやいた。
まだ夜は長そうだ。

112 名前:ミカエラ ◆FrpheMG1d2 [sage] 投稿日:2010/02/25(木) 21:59:46 0
(さてと、あの女…フィオナをどうやって片付けるか)
所長の配下にいる従士たちを利用して襲わせる、というのも考えた。
街にたむろする無法者を雇って襲わせる、というのも考えた。
背後から自分で魔法の矢を放って射抜く、というのも考えている。
しかし。どれも下手をすれば自分が汚れかねない。

ミカエラは屋敷の中央のスペースを使い、そこに魔方陣を浮かび上がらせた。
それはいつものものに比べて明らかに禍々しいオーラを放っている。
暗黒魔術、と呼ばれるものであった。
「…… ……!」
召還されたのは三匹の悪魔。フードと仮面を被ったミカエラが、それらに何かを
呼びかけている。
「代償を払うのなら、我らはお前の命を受けよう」
悪魔が一斉にミカエラの方を見て、口々にそう告げる。
「いいでしょう。今からあなた方を我が敵の前に送ります。このフィオナという女を
見るも無残に殺しなさい。代償は私の魔力を、好きなだけ吸って」
最後に口元を緩め、ミカエラが言葉を紡ぐ。
悪魔の前には帝都を闊歩するフィオナの幻影が映し出された。
「グハハハハ…これほど大きな代償は初めてだ。存分に暴れてきてやる。
戻ったときはお前の魔力を貪り尽くしてくれよう」
ミカエラによって作られた転移魔法陣は、フィオナの真上へと映し出され、
そこから異形の魔物3体が一斉に襲い掛かった。
「グハハ、美味そうな女だ!バラバラに引き裂いて食ってくれよう!」

モンスターデータ
ブラックデーモン×3
身長2m程度の悪魔。翼が生えていて飛び回ることができる。
非常に鋭く長い爪を持ち、それぞれが毒、音波、熱線による攻撃を得意としている。

113 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/02/27(土) 22:54:39 0
マダム・ヴェロニカとの会合を経てフィオナは5番ハードルへと戻ってきていた。
中天にかかっていた月はすでに下り始め、戸口の明かりもそのほとんどが役目を終えている。

他の仲間たちはもう寝てしまっているだろうか。
『銀の杯亭』への帰り道、そんなことを考えながらゆったりと歩き続ける。

(帰ったら話すことがたくさんあるなあ)

神殿での襲撃、ルキフェルとの再会、マリルやマダム・ヴェロニカの助力、囚われたミアそして――

(ジェイド……)

――非業の最期を遂げた弟とそれすら利用しようと策謀を巡らす敵。
強くならなくてはならない。
一度は我を忘れて悪鬼へと堕ちそうになったのだ。
自分独りだったら戻っては来れなかったに違いない。

などと思案しながら歩いていたら曲がり道を過ぎてしまったことに気づく。
フィオナは立ち止まると一度大きく伸びをして、空を見上げる。

そこには帝都を象徴する女神の座所たる月と、それを隠すような黒点――

「――え?」

そしてその黒点は徐々に輪郭を広げ、拳大ほどになったかと思うとそのまま弾けて空中に魔方陣を描いた。
描かれた紋様は転移術式。
それを裏付けるかのように魔方陣の中心から夜闇に溶け込むかのような漆黒の足が生えてくる。
魔方陣が消え去る極わずかな時間を経て空中に三体の悪魔が現れた。

『グハハ、美味そうな女だ!バラバラに引き裂いて食ってくれよう!』

無論帝都ほどの都市がその身の内に魔物の進入を許すわけが無い。
一地方都市であるヴァフティアでさえその対抗策はすでに確立しているのだ。
となれば、誰かが都市内で召喚し送りつけたということになる。
無論ながら露見すれば極刑に値する犯罪行為だ。

「あくまで見逃さない、ということでしょうか。」

フィオナが想定する中でこれをやってのけることの出来る者はただ独り。
しかしその予想は間違っているのだがそれは無理も無いだろう。
ともあれ、フィオナはルキフェルが送ってきた第二の刺客と当たりを付け、突如現れた敵と対峙した。

114 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/02/27(土) 22:56:31 0
現れた三体の悪魔、ブラックデーモンは空中を走りフィオナを中心に囲むように展開する。
対するフィオナは背に担いだ楯はそのままに、身を沈め納刀したままの剣を鞘ごと腰だめに構えた。
その鯉口から微かに漏れるのは”聖剣”の白光。

ブラックデーモンはトロルに匹敵する体躯に背に生やした翼、そして長く鋭い爪と固体ごとの特殊能力を秘めた恐るべき敵だ。
但し普通の剣士にとっては、だが。

「先刻のヴァンパイア・ロードならともかく、神殿騎士に中位とはいえ悪魔をぶつけてくるとは舐められたものです。」

フィオナは不敵に笑うと正面上空のブラックデーモンへ、否、これらを送りつけた相手へと呟く。
それを自分への嘲笑と受け取ったのか一体のブラックデーモンが雄叫びをあげ滑空してきた。

通常近距離での戦闘において相手より高度からの攻撃はそれだけで捌きにくく、有利といえる。
悪魔がそのセオリーを知っているかは判らないが、数的有利を無視した突撃はそこからくる油断なのだろうか。
フィオナはことさら冷静な自分に驚きながら爪をかざして飛来する敵を見つめていた。
実際かなりの速度で接近しているのだろうが、それでもはっきりと眼で追うことが出来る。
フィオナは未だ最初の構えのまま動かない。
彼我の距離は残り僅か、このままなら爪で貫かれて終わりだ。

だがブラックデーモンの爪が体に届く瞬間、フィオナは体軸をずらすと紙一重で避けてのけた。
そして回避の勢いを利用し構えた剣を抜刀、斬撃。
ブラックデーモンは伸ばした腕を半ばから断たれ、弧を描きながら地面へと落下した腕は切断面から泡立ち大地に染み込むように溶けて消えた。
神託もどきの予測からなる寸前での回避と抜き打ちによる交差法の複合技。
そのどれもが神殿騎士が操る剣技の中には無いものである。
フィオナが度重なる強敵との戦いの中で考え出したオリジナル。

『ガァアァァァァァ!!』

己の不用意さが招いた結果を呪ったのか、はたまた単純に痛みからか絶叫を上げフィオナの刃圏から逃れようと飛び上がるブラックデーモン。

「残念。逃しませんよ?」

しかしフィオナは空中に逃げようとする敵を背後から斬り捨てる。
返す刃で胴を薙がれたブラックデーモンは下半身を残したまま上半身だけが空中へと惰性で飛び上がる。
そしてそのままドロリと、空と大地へ溶け込むように消滅した。

「ふふっ、あははははっ。
 今の私を仕留めたかったら爵位持ちの悪魔くらいは連れて来ることです!」

フィオナは自身の中に溜まっていた鬱屈としたものを吐き出すように残りの二体へとぶつける。
いい加減頭に来ていたのだ。
ブラックデーモン達は小間使い。これは所詮八つ当たりに過ぎないと判ってはいたが、フィオナの笑い声は夜の帝都に虚しく反響した。

115 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/03/03(水) 22:08:50 0
>113
>「ふふっ、あははははっ。
> 今の私を仕留めたかったら爵位持ちの悪魔くらいは連れて来ることです!」
「頼もしいじゃないか。だったら残りは任せるぞ?」
帝都の夜闇に響くフィオナに応える声がその身体と共に影から滲み出てきた。
不自然に曲がった四肢と首のブラックデーモン。
その顔を鷲掴みにする野獣のようなオーラを撒き散らすギルバートだった。

闇夜に旋回したブラックデーモンのうち一体を音もなく仕留めての登場。
しかしその身体が溶けていないところをみるとまだとどめは刺していないようだ。
いや、止めを刺さないのだ。
生きていなければ役立たないのだから。
「挨拶がてらに俺達をVIP待遇で歓迎してくれる奴に、人を呪わば穴二つという事を教えてやるからな!」
どちらが悪魔かといわんばかりの凶悪な笑みを浮かべ、片手でブラックデーモンの巨体を持ち上げる。
鷲掴みにした手とブラックデーモンの顔の間から黒い血と共に淡くオレンジの光が漏れ出しす……!

####################################

>112
ミカエラの屋敷に微振動が走る。
それは物理的な振動ではなく、魔術的な時空震。
一般人では気付けないし、気付いても何の事かは判らないだろう。
しかしミカエラは判ったはずだ。
これが呪詛返しだという事を。

震源は中央スペースの魔法陣。
そこにあらゆる穴から血を流すブラックデーモンの首が浮かび上がっていた。
ガクガクと震えながらブラックデーモンがミカエラを睨みつける。

「死…ば溶kて証拠を残さな……は、なか…かの手 際dが、それ……そ…なりにやりよう……る!」
ミカエラとブラックデーモンは契約という呪によって繋がっている。
それを利用し、逆探知したのだ。
ブラックデーモンの口が発する言葉はギルバートのものなのだ。
その言葉にはノイズが入り乱れ、完全なる探知はされていない事を表していた。
とはいえ、長時間居座られれば探知の正確さは増していくだろう。

しかしそれが許すされるとは思ってもいないが故に、ブラックデーモンの首は当然のように次なる行動に出る。
牙を剥き毒霧を撒き散らしながらミカエラへと襲い掛かるのだった。

116 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/03/03(水) 22:56:01 0
『頼もしいな。だったら残りは任せていいな』

まるでタイミングを計ったかのように影から現れたのはギルバート。
しかも何時の間にやら一体のブラックデーモンを仕留めていた。
頭を掴まれずるずると引き摺られるがままの悪魔は四肢が不自然な方向に捻れてこそいるが、
時折弱々しく身じろぎしているところを見ると絶命はしていないようだ。

「ギ、ギルバートさん!?
これは何と言いますか、お恥ずかしいところをお見せしまして……。」

フィオナは先刻までの頭に血が上り嬉々として敵を屠っていた所を見られた恥ずかしさからか何とか体裁を整えようとあたふたと言い訳をする。
とはいえ完全に八つ当たりな上に言い訳にもなっていないのではあったが。
所謂、むしゃくしゃしてやった。今では後悔している。といったやつである。

あっという間に仲間を倒され、数的有利を覆され最後のブラックデーモンは焦りの色を浮かべる。
此方を見下した態度は消え失せ、慎重に間合いを取ると翼をはためかせ高度を上げた。

『所詮女一人、随分割の良い取引だと思えば……まさか仲間が居たとはな。』

憎々しげに吐き捨てると空中に静止したままフィオナに向け両の腕を突きつける。
すると両腕が徐々に赤銅のごとき光を帯び、その光は腕を伝い先端である掌へと収束されていった。

その様子を見ていたフィオナの背筋にぞくり、と冷たいものが伝う。
本能に従い咄嗟に横に飛ぶのとほぼ同時、空中から放たれる赤光。
夜闇をつんざき大地へと突き刺さった熱光線は、蒸発音を上げると石畳に拳大程度の穴を深々と穿った。

続けざまに二発、三発と熱線を発射するブラックデーモン。
徹底して安全な空中から攻撃しつづけようという算段なのだろう。

「厄介なのが残りましたね!」

フィオナは歯噛みしながら回避し続ける。
収束、発射という工程から次弾を放つまでかなりの時間があるため避けるだけなら問題は無いのだが――

(――でも一方的に攻撃されるというのも余りよろしくないですね)

何か状況を打開する方法は無いものかと思案する。
その時視界の先、ちょうどブラックデーモンから死角の場所に熱線で削られた亀裂を発見した。
頭の中で考えていた最後のピースが埋まる。
フィオナは薄く笑うと飛来する光線を避けると、その場所へと向け走り出した。

117 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/03/03(水) 22:56:59 0
「きゃっ!?」

自分の背後へと走っていった獲物を逃すまいと振り返ったブラックデーモンはそれを見てほくそ笑んだ。
そこには地面に空いた穴に脚を取られ転んだフィオナの姿。

『幕切れだ、女ぁぁぁあぁぁぁ!!』

ブラックデーモンは両腕を突き出し狙いを定め、そしてその顔が驚愕に歪む。

「……引っかかりましたね?」

フィオナはちろりと舌を出しながら自分の策が上手く行ったことに会心の笑みを浮かべる。

ブラックデーモンの背中、翼の付け根あたりに深々と短剣が突き刺さっていた。
それはフィオナがちょうど敵の真下をくぐる寸前で投げ放った物だった。
短剣の刀身は淡く白い光を放ち、突き立った傷口が泡立ち溶解しはじめる。
そのままぐらり、と体勢を崩し地表へと落下するブラックデーモンが最後に見たのは己に迫る聖騎士の刃だった。


最後の一体を消滅させ、長剣に付着した漆黒の残滓を拭っていると作業を終えたギルバートが戻ってきた。
現れたときに発散させていた野獣の如きオーラは薄まり、今では多少不機嫌そうといった程度で収まっている。
此処に居るところを見ると、おそらく此方が出てきた後に目を覚ましたということだろう。
何はともあれ良かった、と安心すると同時に言っておかなければならないことがあったことに気付く。

「お帰りなさい、ギルバートさん。
それでですね、先程のことは皆さんには内緒です……よ?」

フィオナは恥ずかしそうに両手の指先をちょいちょいと合わせながら上目遣いで頼み込む。
姿形こそ瓜二つだがその中身が違うことに気付かぬまま。

118 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/03/03(水) 22:58:46 0
ギルバートと連れ立って『銀の杯亭』に戻った頃、すでに酒場には殆ど人が居なかった。
そんな人もまばらな中、見知った顔を見つけ出す。
だが顔立ちこそはハスタなのだがそれ以外の細部が微妙に違う。

「遅くなってしまって申し訳ありません……あの、ハスタさんですよね?」

恐る恐るといった感じで問いかけるフィオナ。
しかし返ってきた調子はまさに仲間のそれだった。

「あー、良かったです……。
そういえば髪の毛は染めたのですか?
まあ積もる話の前に……マスター、エールをいただけますか?いえ、ピッチャーでお願いします。」

カウンターまで取りに行き、ハスタの脇に立てかけてある禍々しい朱槍をやぶ睨みで見つめていたギルバートを促し椅子に座る。
そのまま当たり前のように3つの杯にエールを注ぎ、それぞれへ渡すとフィオナは自分の杯を一気に飲み干した。

「聞いてくださいハスタさん!」

ドンッ!と空の杯をテーブルに打ち付け、身を乗り出すとハスタの返答も聞かずとつとつと話し出した。
聖堂での一件から始まり、ルキフェルとの再開、マダム・ヴェロニカと『30枚の銀貨』、マリルの協力。
マイペースに手酌で飲み続けるギルバートを尻目に一方的にまくし立てる。
それはいい加減辟易としたハスタが適当に相槌を打ち、酔いが回ったフィオナがテーブルに突っ伏すまで続いたのだった。

119 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/03/04(木) 16:17:29 0
レクストが隊長室へと帰還したのは、狙撃手を仕留めてから一刻が経過しての頃だった。
矢毒として塗られていた麻痺薬は命に致らない代わりに即効性と持続性に優れ、また解毒の処方を狙撃手が所持していなかった為、
四半刻もしないうちにレクストは下半身全体を麻痺に見舞われ摩天楼の屋上で立ち往生してしまった。

「くっそ……なんで解毒剤の一つも持ってないんだよコイツ。変なトコでプロ意識発揮してんじゃねーよ」

毒を吐いたところで、顔面を蹴り抜かれ昏倒した狙撃手には届かない。
本来ならば従士たる彼は解毒や治癒の術式を習得していて然るべきなのだが、教導院時代に思春期の発作を起こして術式修課を蹴り、
全ての努力を攻撃力の増強へと費やしてきた彼にとって酷といえば酷な話。その上大した実力も得られなかったとあっては、落涙なしに語れない。

――『なんで術式の授業辞めちゃったの?え、「術式に頼るとか軟弱(笑)」?……いつか笑えなくなる日がくると思うよ』

脳裏に在りし日の同級生の言葉が反響する。まさしくその通りだったと目から落鱗の心持ちだった。
従士隊は普通数人規模の小隊で行動している。玉石混合の本職において一点特化した能力の持ち主があまりに多い為、
能力傾向の違う人材同士を纏めることによってお互いの得手不得手を補足し合うというのが狙いである。
レクストも他聞に漏れず機動と攻撃に特化しているのだが、如何な采配によるものか単独で任務に及ぶことが多かった。

(ヴァフティア左遷もそうだけどなーんか俺だけ駆出されること多いよなあ。何だ、ハブられてんのか俺?窓際従士か?)

ともあれバックパックから救難信号用の魔導灯を探り当て、それを発見して急行してきた夜間巡回中の箒隊に解毒と搬送を行ってもらい、
やっとのこさ隊長室へと辿り着いたのだった。その頃には狙撃手も意識を取り戻していたが、相棒が乗り込んだ結果を眺めて絶句した。

「遅かったではないか。いやあ、この歳にもなると実戦は久々でな。ついついハッスルし過ぎてしまった。自分の絶倫具合が怖いな」

「………………」

隊長室はさながら戦禍の惨状だった。具体的に言うと血の海と肉の山。布で両手を拭いながら明朗に笑う隊長の背後では、肉塊が磔にされていた。
四肢を砕かれ、真っ二つになった鋼の棒で壁へと打ち付けられ、原型を留めなくなった頭部から呼気が漏れながらも――生きていた

降魔制御術によって得られる力は膂力や魔力など様々であるが、その最たるものは生命力と再生力。押しなべて言うなら、『死なない力』である。
その身に蓄えられた力が底を尽かない限り、肉を毟られようが骨を切り飛ばされようが、時間を置かずに再生してしまう。

「だからこいつらを仕留める時は降魔オーブを砕くのが最も手っ取り早いのだが……今回は尋問が目的だからな。手心を加えてみた」

「尋問じゃなくて拷問じゃないスか。うわ、どっから出てくんだこの肉の量」

「ほぼ無尽蔵に毟れるからな。このまま腐らせるのは少し勿体無い気もする。よし、――明日は従士隊皆で焼肉パーティだ」

「俺辞退してもいいスかね!?」

狙撃手の来訪によって意識を取り戻したのか、壁の肉塊と成り果てていた猪が血泡混じりに声を絞り出す。

『おお……相棒よ、お前も捕まってしまったか……気をつけろ、こいつら容赦がないぞ……俺の肉を嗤いながら、嗤いながら……』

「なかなか強情極まる猪だ。一度心臓近くまで指を食い込ませてみたのだが、涙を流して咳き込むばかりで何も話さなかった」

「それ言いたくても喋れなかっただけじゃないっスか」

「ともあれ、明日になれば専門の尋問師を呼べる。肉を毟るより早く情報を毟り取るぞ連中は。それまで自決しないよう拘束しておいてくれ」

頷いた秘書は自害防止の轡と緊縛の術式を猪と狙撃手両者に施し、拘置所のある30番ハードルへのSPINに消えていった。
隊長は血みどろの肉山を蹴りつけ、唯一無事だったデスクに腰掛ける。伝信管を使って清掃業者の手配を済ませたら、あとは夜が明けるのを待つだけだ。

「ああそうだ、各屯所への通達は出しておいたから、リフレクティアの名前で特別捜査権を行使できるぞ。機密情報の参照もAランクまで許可してやる」

思い出したような通告に、弾かれるようにしてレクストは頭を下げる。隊長は深く椅子にもたれながら、

「なに、面倒な案件を自発的にやってくれるなら私的にもありがたい。それにたった今目の前で実績を積み上げられたばかりだしな。
 狙撃手迎撃の任、大事無く完了したようでなにより。――――よくやった、リフレクティア」

120 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/03/04(木) 16:49:35 0
レクストは誰よりも遅く、銀の杯亭へと帰って来た。

「よーお、みんな揃ってるか!?お、十字架ァ!お前どこ行ってたんだよ!心配してたんだぜ?主に財布のな!!
 マスター、エールを頼むぜ!ピッチャーでな!――え?もう品切れ?んじゃリキュールと果汁を1:9で!」

ナチュラルに上機嫌の彼は、店内の端に仲間達の姿を認めると、軽やかにステップを踏みながら寄ってきた。
ほぼ果汁の酒を一気に飲み干し、ひときわ大きくなった声を響かせる。

「っつーか十字架、お前ちょっと老けたか?髪の色も違うし最初誰かと思ったぜ。何だ?イメチェンか?失恋か?
 ん?十字架の十字架はどこ行ったよ?あれがなきゃお前、十字架とは呼べねえな!こんどは赤槍か!?」

ハスタの傍にはいつもの白い十字架がなく、代わりに禍々しい色合いをした槍が立てかけてあった。
普段ならば不審に思うところを、ハイテンションの上に酒まで入ったレクストにそこまで判断する思考力は残されていない。

「んで、なんだって騎士嬢は酔い潰れてんだ?自棄酒か?なんかあったのか?駄犬、酌してやっから話せ――そういえば嬢ちゃんはどうした?」

色々と情報の遅いレクストは、結果無神経にも程がある質問を繰り返し、しかしそれでも答えを得ていくうちに酔いが醒めていく。
ミアの拉致、ジェイドの死亡、その反逆者としての公表、マダムの正体、そして――ルキフェルの再来。

「なんてこった……それでみんな酒かっくらってんのか。なんか色々と俺だけ蚊帳の外じゃねーか。由々しいぜ」

ミアを第一に動くはずのギルバートまでがここで呑んでいるということは少なくとも自分たちの手から離れた問題へと発展しているということ。
マダムが公儀の特務機関の元締めであるという情報、そしてそんな雲上人が接触してきたという事実。
それらを統括して考えるに、どうやら帝都全体を巻き込んだ巨大な陰謀を孕んでいるようである。

「ってことは、隊長室を襲った連中も関係してるのか……?」

帝都の治安維持組織を狙ってきたことで、『陰謀』の具体的な要素が浮き彫りにされてくる。
すなわち、武力による何か。政治的、経済的な策謀であるならば、その下にある従士隊や騎士団は便利な手駒として使えるはずだ。
そのメリットを捨て、あえて潰しに回ってきたということは、問題は思っているよりずっと単純。武力による掌握か、軍に関係した陰謀なのだろう。

いずれにせよ全てが動き出すのは明日から。空転する歯車は、時間という歯を得てようやくかみ合い始める。
進むべき道を明確にして、帝都一日目の夜は更けていった。


【レクストは『銀の杯』亭へ。仲間達と合流。情報を共有。時間軸は翌日へ⇒】

121 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/03/05(金) 22:03:51 0
夜闇の路地で鷲掴みにしていたブラックデーモンの顔が突如として砕け溶けていく。
掴んでいた手の力は代わらないにも拘らず、だ。
これは呪詛返しによって術者に遅いかかっていたブラックデーモンが撃退された事を意味していた。
それと共にギルバートの瞳にも光が戻っる。
呪詛返しで同調していた意識も帰ってきたのだ。
「ふん。流石に掴ませてはくれないか。まあいい、挨拶だけだしな・・・。」
忌々しそうに手についたブラックデーモンの体液を振るうと、それは床に着く前に掻き消えていった。

事を済ませた後、戻ると既に戦いは終わっており、フィオナは剣を拭いている最中だった。
>「お帰りなさい、ギルバートさん。
>それでですね、先程のことは皆さんには内緒です……よ?」
「ああ、それはこちらも同じだ。思い出させてくれるなよ?」
上目遣いでのお願いへの返答は不機嫌を通り越してげんなりとした表情での交換条件だった。


「なんだ?その禍々しい・・・!まあいい。」
銀の杯亭に入り合流した第一声はこれだった。
ハスタとの再開よりその赤い槍にギルバートの眉間に深い皺が生まれるのだった。
軽く絶句したが、それも押し流しフィオナの話しが流れる。

フィオナが突っ伏したあと、ようやくレクストが合流し、改めてもう一度事情を説明するギルバート。
「で、メニアーチャ家のやかましいメイドたち、あれも30枚の銀貨だそうだ。」
ハスタとも繋がるところを補完し、起きている二人を見回して言葉を続ける。

「今日一日で勝手に大収穫になったが、情報の取捨選択はしないとな。
聖騎士サマは素直に鵜呑みにしているようだが。
神殿に現われたルキフェル、マンモン、メニアーチャ家の繋がり。ミアの誘拐。こいつらは事実だ。
マダム・ヴェロニカと30枚の銀貨。その申し出以前にその存在自体も何の確証もない相手だ。
話を丸呑みにはできんが捨てるには惜しい。
マリルの協力はまだ安心して聞けるがな。
俺達の目的は?そしてこの中で使えるカードは?カードの使いようは?
ここから先、その取捨選択を間違えれば誰も生き残れないぞ……!」

手にもつジョッキをピッチャーに変えぐびっと飲み込むともう一度二人を見回す。

「俺達は自覚している以上に奴らに気にかけられている。
その証拠に俺達は明日になれば神殿襲撃虐殺犯の仲間ってなる可能性もある。
奴らがどれだけプレッシャーをかけに来るかにもよるが、聖騎士サマが起きたら認識阻害符をもらっとけ。
明後日、研究成果査定に紛れて天帝城に潜入するつもりなら明日は有意義に使わないとな。」
ミアを攫われているにも拘らず、いや、ミアを攫われているからだろうか?
ギルバートは何処までも押し殺したように静かに語り、外の空気を吸ってから寝る、と言い残し店の外へと出ていった。

夜は更け、「明日」へと繋がっていく。

122 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/03/08(月) 11:46:56 0
おっぱいもみもみ

123 名前:ルーリエ・クトゥルヴ ◇yZGDumU3WM[sage] 投稿日:2010/03/10(水) 00:10:22 0
「日記か、」

陽が昇る前、夜勤明けの隊員を労おうと詰め所に入ると、新兵のクラウチが一人円卓に座って何やら物を書いて
いた。

「何年続けている?」

驚いたようにこちらを見たクラウチに、質問を続ける。

「八十五、六年か……その位だと思います」

そうか、と頷きクラウチの肩を叩いた。

「状況が終了していない時にメモを録るのはそれのためか?」

ギクリと顔をこわばらせたクラウチに、責めてる訳じゃあないんだと言った。

「ただ、そうだな。忠告しておくならば、その日記は肌身離さず持っておいた方がいいかもわからない……まだ
若い貴様には理解できないかもしれないが」

狐に包まれたような顔をしたクラウチに、余り気にしなくてもいいと言って、研ぎ石と小斧を机の下から取り出
した。

時と共に物言わぬ魚となり、陸から離れ、遥か海の底にある神の都に暮らすことを夢見る一族。
それも今は家畜の都に縛られ、ただ星辰の揃う時を永劫に待ち続けるのみである。

「若い奴等にはわからんさ、わかるわけがない」

クラウチには聞こえないように呟き、刃を研ぐ作業を、次の隊員が起きてくるまで永遠と繰り返した。

124 名前:ルーリエ・クトゥルヴ ◇yZGDumU3WM[sage] 投稿日:2010/03/10(水) 00:12:13 0
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵

帝都の下水道はいつ、いかなる時でも香草臭い。地上に汚臭が立ち昇らないよう、貴族達がこぞって香草を下水
管理局に寄贈するからだ。
そのせいでここ、天帝城の真下、血族達の居住区や“ティンダロスの猟犬”の詰め所が隠されている下水道の一
角にも、その匂いは濃く漂っていた。

「たまりませんなあ、隊長」

むせかえるような甘ったるい匂いの中、血抜きの為に家畜を吊るしながら副隊長のンカイがぼやいた。鎖を家畜
の足に巻き付け、滑車に引っ掛ける。その時に、僅かに暴れた家畜の脇腹を蹴り飛ばして黙らせた。

「たまりませんぜ、実際。彼奴らは何にもわかってない」

酷い肉だぜこれは、とンカイは地面に痰を吐いた。

「大方スラムの浮浪児か没落貴族の間引きだろう、もしくは面倒を見きれなくなった病人か」

「餓鬼が旨いと本気で思ってるんですかね?……おや?」

下水は音が良く響く。規則正しく石畳を打つ杖の音を聞き、詰め所に居た他の隊員も立ち上がった。

「従者の餓鬼だ」

ぽつりと呟いたンカイの言葉に頷きつつ、椅子から立ち上がって詰め所の入り口まで寄り、マッチを擦って扉の
脇の燭台に火を点けた。

「怎麼生、何故貴様は同胞の肉を喰った?」

扉の前で止まった音に向かって質問を投げ掛ける。
数拍後、向こうからは掠れた少年の声が。

「説破、僕じゃあない、鼠が食べた」

閂を外して扉を開けると、そこにはいつもの目を縫い付けられた少年が、杖に寄りかかりながら立っていた。

「要件を聞こうか」

125 名前:ルーリエ・クトゥルヴ ◇yZGDumU3WM[sage] 投稿日:2010/03/10(水) 00:13:45 0
∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵


少年から手渡された皇帝の手紙を手先で弄る。共同で使う円卓には、一人家畜の解体を続けるンカイを残して隊
員全員が集まっていた。

「ルキフェル」

手紙に書かれた標的の名前を読み上げる。ルキフェル、と隊員達が口々に呟いた。ルキフェル。

「そいつが今回の標的ですか?」

「機会があるならば、とのことだ。余り急いではいないらしい。他にも居るな、……随分多い」

ざっと三十人、どれも余りぱっとしない没落貴族達だ。封筒に同封された、ルキフェルを含めた全員の似顔絵と
資料を時計回りに回させる。

「こちらは珍しく時間も、場所も定めてある。今日の正午、神殿での神官ならびに神殿騎士合同葬儀にて」

読み上げながら、静かに驚く。驚きながらも、表情には出さなかったはずだ。
円卓に着いた隊員達は互いに顔を見合わせた。

「遂にあのジジイボケましたかね!?」

唐突にンカイが吠えた。家畜に着けた猿ぐつわが外れて、喧しく騒ぎ始めたからだ。
死に物狂いで暴れる家畜の首筋をどうにかこうにか切り付けることに成功したンカイは、血まみれになりながら
吊し上げた家畜の下にたらいを蹴り込んだ。

「畜生め!!なあルーリエ隊長さん、このままじゃ朝飯が生肉になりそうだぞ!!」

「だそうだ、副隊長殿を手伝ってやれ。レン、ツァン」

新兵らしい忠実さで円卓を離れた二人を見送り、二人にも聞こえるようわざと大きい声で話すことにした。

「つまり皇帝殿は平凡窮まる衆人観衆の前で、殺す価値も見当たら無い三十人もの没落貴族を正々堂々暗殺しろ
と言うわけだ!!」

此れがどういう事かわかるか、と円卓に着いた隊員達を見回す。隊員達のほとんどはどう答えるべきか口ごもり、
もう一人の副隊長、ガタスのみが呆れたように頬杖をついていた。

「つまりこう言うことだよみなさん!!」

横槍を入れるように、上機嫌にンカイは叫んだ。家畜の腹の上にナイフを滑らせ、こぼれた内蔵を床に放る。

「俺達はこれから朝飯を喰って、仕事場へ向かう。豪勢な昼飯を喰いにな!!随分楽な仕事だと思わねえか?ええ、おい!?」

126 名前:ルーリエ・クトゥルヴ ◇yZGDumU3WM[sage] 投稿日:2010/03/10(水) 00:14:40 0
∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴


「それで、マジな話、できると思うかい?隊長さん」

「できるわけがない」

ンカイの質問にきっぱりと答えた。
人目のあるところで、昼間に、三十人もの対象をたった十一人で誰にも気付かれずに暗殺しろと言うのは、少な
くとも自分達の部隊の特徴から鑑みれば有り得ない指令だった。

「騒げって事ですよね、これって」

ガタスが呟いた。

「真っ正面から堂々と入り込んで対象を殺せと、そうとしか読めませんけど」

「そういうことだろうな」

今、副隊長未満の隊員達は装備を整えに居住区へ移動している。詰め所に居るのは三人だけだ。

「……実は、奇妙な指令が二枚重ねで隠されていた。隊長、副隊長のみが知るべき事だと」

眉を潜めた二人にもう一枚の手紙を渡した。
手紙に目を通した二人が、額のしわを深くする。仕方の無いことだ。

『晒し者にされた男達の死体を持ち帰れ』

こんな指令、隊役に就いてから百七十年、今までで一度も受けたことがなかったからだ。

127 名前:ルーリエ ◇yZGDumU3WM[sage] 投稿日:2010/03/10(水) 00:39:04 0
名前:ルーリエ・クトゥルヴ
年齢:174
性別:男
種族:深き者共と人間の混血
体型:中肉中背
服装:待機中は粗末なぼろきれ
公務中は肌を一切見せない漆黒の重鎧
能力:半不老不死 水中では魚のような振る舞いを見せ、永遠に潜っていられる 怪力
所持品:『魔』を無効にする重鎧 投擲用の手斧 短剣(状況に応じて装備は変わる)
簡易説明:近衛隊“ティンダロスの猟犬”の隊長
円環都市時代の初代都市管理者に粛清されたとある海辺の、異教徒達の村の末裔
どんな惨たらしい殺し方をしても次の日には何事も無かったかのように墓から這い出てくることから、管理者に
血族ごと都から出られない呪いを掛けられる(管理者が変わる毎にその呪いは引き継がれる)
定義上都の一部である都市管理者は傷つけられず、一定数以上の都民も一度には殺せない(建物も同上)
呪いの代償として管理者は彼らに嘘をつけない(間接的にも直接的にも)

隊のコンセプト上『魔』に頼らず原始的な肉弾戦、戦略のみをとる
元は『魔』を恐れた初代管理者が作り出した『魔』に対抗するための防衛隊
皇帝以降は主に騎士団や神殿騎士、従士隊や軍部に対する憲兵のような扱いをされたため“盾を持たない黒騎士”
として半ば都市伝説のように恐れられた

“ティンダロスの猟犬”以外の近衛隊は基本的に名誉職(悪く言えば騎士達の天下り先)である

彼個人としては皇帝を嫌っており、海に帰りたいと望んでいる。と同時に戦士としての矜恃もあり、強い者と戦
う事に至上の喜びを感じる 根っからの戦争屋

128 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/03/10(水) 07:08:05 0
世界観無視の糞キャラ

129 名前:ハスタ ◆fmAKADpWIqWy [sage] 投稿日:2010/03/10(水) 18:49:19 0
夜半、酒場にやっと面々が揃う。・・・一人を除いて、だが
誰もが酒杯を手にとってはいても、一様にその表情が明るいとは言えない

3人が3人共俺の髪が変わっていることに気づいたみたいだが、話すのは明日でもいいだろう
「悪いな・・・事情の大体は明日話す。簡単に言えば、そうだな・・・あぁ、この槍が邪魔か?」
そう言うや否や赤槍がその身を傾け、眼前に掲げた俺の右手に突き・・・・・・刺さらない
槍の穂先の半ば程までがその姿を掌中に隠しているのに、俺の手の甲から先端は飛び出ることが無い
あれよあれよという間に、穂先から真逆の穂先まで赤い槍は全て手の中に飲み込まれてしまった

「・・・簡潔に言おう、俺は正確な意味での人間じゃない。かと言って魔族とかに属している訳でもない」
掲げた右の掌を今度は下に向ける。俺の頭髪が再び灰色に戻っていくのと同時、手から白い糸が床に放たれて十字を形作る
「っていうか、そこの。リフレクティアの『無残』な方の息子。いい加減人の名前ぐらい記憶しろ。
 俺はAランクハンター“四凶”のハスタ。ハスタ・KG・コードレスだ」

・・・宴もたけなわ、と言うのかどうか一通りの情報共有を終えた所でフィオナが酔いつぶれてしまった
「栄誉ある送り狼はそこの無残な方の息子に任せるとして・・・、まぁ各自部屋は空いてるから適宜あがってくれていいぞ。支払いは持つ
 明日、支度したら隣のギルドに来てくれ。一応、顔だけ出しておけば保険程度にはなる」
それぞれが上に上がり、あるいは店の外に出て行って尚俺は夜明けまでここで飲む事にした・・・・・・



130 名前:ハスタ ◆fmAKADpWIqWy [sage] 投稿日:2010/03/10(水) 19:16:18 0
―翌朝、ハンターズギルドロビー
朝も早くから剣呑な連中が顔をそろえるロビー
とりあえず誰よりも早くギルドに来た俺は、全員の到着を待つ・・・

「来たな。回廊状になってるから、ぐるっと回って二階が幹部連中・・・俺の親父のいる部屋もそこだ」

何故か無駄に立派な造作をした階段を上ってすぐ左手側の大扉
長身のギルバードが手を伸ばして尚上端に手の届かない扉を俺は無造作に蹴り開ける
部屋に入った途端感じるのは圧倒的な存在感。入って右手にある木製の大机の向こうには巨漢が一人座っている
鋭い殺気のようなものではなく、山がただそこに存在を主張しているかのような存在感が自分達を圧迫しているのだ
そして、何よりも人を驚かせるのは向かって右側の壁・・・否、壁と見紛うかのような巨大な大剣だ
刀身の長さだけで大人2、3人の身長程もあり身幅も相当に厚い。人間が振るえる大きさとは到底思えない大きさのそれが壁に飾ってある
「・・・初対面の客もいるんだからそういう阿呆な真似をするなクソジジィ。」

『お?おぉ・・・誰かと思えば不肖の息子。ずいぶん大きくなったな、今年で10歳か?』
「てめぇ・・・いきなり言いずらいネタをさらっと言うな。あー・・・こいつが俺の義理の親父。通称グラン親父だ」
『中々精悍な顔が揃ってるな、で・・・話は例のか?』
「あぁ、ヴァフティアの件以来少し厄介な事になりそうでな、いざという時の保護先として・・・・・・」

俺と親父は、親しげに憎まれ口をたたきあいながら一方では商談でもするように事務的に話を進める
いざという時に、隣にある銀の杯亭やハンターズギルド内で匿う算段や、もし大規模に被害が出る時に市民を救助する旨等
親子の会話としては実に味気ないものだ

「・・・・・・さて、一応面通し自体はこんなもんか。あぁ、俺の出自について話してなかったか。
 安心してくれ、ハンターズギルドの幹部クラスの個室は完全防音・防盗聴だ。物理的にも魔術的にもな。
 で、俺は昨日人間じゃないって話はしたよな。酔って覚えてないかもしれないが・・・
 人間を特殊な方法で無から生み出す、それによって人工的に作られたのが俺だ。つまり見かけどおりの年じゃない
 ただ、目的や用途が俺自身全く知らないんだ。ルキフェルに繋がっているのは確実なんだろうがな」
『まぁつまり外見はこんな成人のナリしてやがるけど、中身は10歳足らずって事だ!はっはっはっは・・・・・・』
「クソジジィは黙ってろ。」
『何を?!誰がジジィだ、ワシは現役だ!』
「ジジィじゃなきゃただのクソだ。」
『むぐ・・・・・・言うようになったな』
「まぁともかく、何かピンチになったりあるいは知られたくない情報がある場合はここか隣に駆け込めばいい。
 ハンターズギルドは揉め事が日常茶飯事でな、幹部の身分確認なんかはかなり厳重だ。
 いざと言うときは隠れ家位にはなる・・・・・・最悪の場合の帝都脱出に関してもな」

一頻り語った所で一行を振り返る
「で・・・明日に向けてどう行動するのか。と言っても潜入するのは確定何だろうが
 その為に何が必要か、作戦会議といくか?」

【ハスタ:翌朝、ギルドへ案内。正体を明かし、作戦会議を提案】

131 名前:ルーリエ ◇yZGDumU3W[sage] 投稿日:2010/03/12(金) 20:52:52 0
朝が始まる前、太陽が寝床で愚図る時間帯。皇帝は玉座に腰掛け、静かに歴史書を読んでいた。
絹の手袋を着け、極力書物が痛まないよう丁寧に、丁寧にページを捲る。
玉座の周りには誰も居ない。皇帝が退けと命令したのだ。
己の唯一とも言える楽しみの時間を、他人と過ごすなど言語道断。それが周りに言い放った皇帝の言葉だった。
 静かな時間が流れる。時を示すものは皇帝がページを捲る際の、幽かな紙の擦れる音のみ。吐息すらも喧しく
聞こえる程の荘厳さを持った静けさ。
不意に、皇帝は普段ではけして見せない賢者のごとき表情を崩して、今は固く閉ざされた玉座の間への扉に目を
向けた。

「年寄りになると目が冴えていかんな」

皇帝の呟きを聞いてか。きぃ、と音を立てて玉座への扉が開き、先んじて杖の先が、後に続いて盲いた少年がそ
の身を玉座の間に引き入れた。

「猟犬は?」

「鎖は解きました。優秀な彼らなら何も問題はないでしょう」

「そうか」

皇帝はサイドテーブルに書物を置き、片手で口元を覆い、笑みを隠した。

地獄とは言えないまでも、あの事変を生き延びた者達だ。
彼らには、いや、彼らにこそ地獄をその身に刻んで貰わなくては。

むざむざ道化師程度に殺させてなるものか……あの道化師はまだ猟犬に気付いては居ないようだし、ちょうど良
い。しばらくは犬の尻を追いかけて貰おう。

「ともすれば、あの道化も、うぬが器の小ささに気が付くやも知れん……」

まあとても無理だろう、あの男は人とはまた違う立場にある。そう思いながら皇帝は玉座を立ち、王衣を少年に
預け、老いさばえた身体を一時の休息へ預ける為に寝室へと向かった。

132 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/03/13(土) 09:36:01 0
その日、朝からアイン・セルピエロは仏頂面であった。
原因は彼の実験室にて、がらりと空腹の様相を見せていた薬品棚にある。

実験に用いる聖水が、一瓶残らず無くなっていたのだ。。
と言う訳で彼はやむを得ず、早朝からSIPNの地獄を味わい神殿に出向いた。
にも関わらず神殿では昨夜何やら事件があったとの事で、一切の立ち入りが禁じられていたではないか。

結局聖水は手に入らず、得られたのは胸中で蠢く嘔吐感だけと、彼は盛大に無駄足を踏まされてしまった。
かくしてアインはこれからどうしようか、神殿から立ち去りながら思案する。

ひとまず、SPINを使い早々に研究所に帰る、と言うのは真っ先に除外された。
この短時間に、重ねて目覚めから間もなく機嫌も最悪な状態で二度もSPINを使用すれば、
間違いなく研究所の雪原さながらの床を汚す事になる。

「……仕方ない。暫く散歩でもするか」

ぼそりと呟いて、彼は当て所なく歩き出した。



その日、マリル・バイザサイドは仮の主より査定会の準備を申し付けられていた。
もっとも彼女にとっては一分足らずでこなしてしまえる、雑務にすら成り得ない些事であったのだが。
だと言うのに彼女はもう五分ほど、他の家事全てを後回しにして、実験室に篭っていた。

もう一つの準備をしているのだ。
昨夜言った通り、査定会に騒ぎを起こし、聖騎士とその一行に事を起こす契機を与えるべく。
誰に命じられた訳でもなく、ともすれば法に背く計画の片棒を、彼女は担ごうとしている。
何故か。それが主の内包する願いだからだ。

不特定多数への救済と言う、何処までも朧げで壮大な主の願望を、彼女は肩代わりしたいのだ。
自身の都合により、彼女は主に迷惑をかけ通しでいた。
あまつさえ、側に居る事さえ叶わないでいる。

従者である彼女にとってその事実は酷く屈辱的で、どうあっても挽回したい物だ。
故に彼女はフィオナ達を助け、悪の化身を討ち倒すと言う、分り易い救世行為に加担する。

それから更に五分が経過して、彼女は漸く明日の準備を終えた。

「次は……お買い物に行きますか。アイン様は聖水を買いに行きましたが、神殿には入れないでしょうし」

何処かで聖水も調達しなければ、などと考えながら、彼女はSPINの光華に飲まれ研究所を後にした。

133 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/03/13(土) 09:37:34 0
その日、マルコ・ロンリネスはいつも通っている酒場が臨時休業である事に嘆いていた。
仕方なしに、行く宛もなく彼は街をぶらつく。
ハードルによって狭まった空をぼんやりと見上げながら、昨日の事を彼は思い出していた。

往来での笑顔に確かな不穏を潜ませていた、聖騎士にして深淵の月幹部。
役学者が呈した『赤眼』の謎。
多くの人々を取り巻く邪悪の影が、そこにはあった。

それはつまり不謹慎ではあるが、彼が秘かに望んでいた事である。
数多の人々を救いたいと言う、矮小な彼の器には余る願望の、足がかりと言えた。

何とかして力になりたい、解決の一助になりたいと彼は考える。
聞き様によっては手柄の横取り、お零れを頂戴する卑しい思考にも思えるだろう。
だが違う、彼はただ単に、己の天分を弁えているだけだ。
それが自分一人では決して成し得ない偉業であると、彼は理解しているに過ぎない。

一握りの金貨でもいい、一振りの刃でもいい、一台の馬車でも、ただの一部屋でもいい。
せめて指の先、爪の先ほどでも良いから、偉業に関わりが持ちたいのだ。

なのにそれらは全てメニアーチャ家によって、ハンターズギルドによって、遂げられてしまう。
今更マルコが割り込む隙間は、無い。

「あぁ……クソッタレ。ここに至ってまで、俺は鷹が生んだトンビであれってのか?
 人様の食いモンを掠め取らなきゃ、望みも果たせないってのかよ? ……ふざけんな」

漏らすまいと天を仰ぐも虚しく、悪態が零れ落ちるが、打開の妙策は一向に思い浮かばない。
悶々とした気分を払拭出来ないまま、彼は風に揺られる塵芥と共に街を放浪した。

134 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/03/14(日) 02:17:07 0
「あ、あははは……。」

目の前で繰り広げられる寸劇にフィオナは苦笑いを浮かべるしかなかった。
開演日時は帝都到着より二日目の朝。舞台はハンターズギルド幹部の私室。

『まぁつまり外見はこんな成人のナリしてやがるけど、中身は10歳足らずって事だ!はっはっはっは・・・・・・』
『クソジジィは黙ってろ。』
『何を?!誰がジジィだ、ワシは現役だ!』
『ジジィじゃなきゃただのクソだ。』
『むぐ・・・・・・言うようになったな』

演じるのはヴァフティア事変で出会った仲間のハスタとハンターズギルドの重鎮グランディール・F・ゼイラムその人である。

そして先刻からの二人の話に出てきているハスタの出生の秘密。
人の手により作り出された人造生命体、しかもその造物主に名を連ねる者の一人にルキフェルもいるのだという。
本来であれば重苦しい雰囲気が漂うであろうそれも笑いの種になってしまっていた。

(でも、ハスタさんも楽しそう)

ともすればそのまま取っ組み合いにでもなりそうなのだが、二人のやり取りには確かな親しみが込められている。
中継都市ミドルゲイジでの一件以来感じていた思いつめたような雰囲気も今はすっかり消えているようだ。

『で・・・明日に向けてどう行動するのか。と言っても潜入するのは確定何だろうが
 その為に何が必要か、作戦会議といくか?』

「あ、はい。
その前に皆さんに渡しておくものがあります。」

一通りの説明を終えたハスタが続けて今後の作戦会議を提案する。
その声を受けてフィオナはマダム・ヴェロニカから借り受けた認識阻害符を取り出すと仲間達へ配布した。
全員に行き渡ったのを確認した後、ラ・シレーナでマリルとマダムから受けた提案を説明した。
既に話した内容ではあるのだが、記憶が定かでないのが主な理由である。
今朝も起きるのに苦労したのだ、もう勢いに任せて飲酒するのはやめようと心に誓うフィオナだった。

そして後もう一つ、話して置かなければならないことがある。
フィオナは意を決めると静かに口を開いた。

「それと……私は今日行われる公開処刑に行かなければなりません。
そこで昨晩ルミニア聖堂を襲った者としてジェイドの処刑が執り行われます。」

無論これは罠であることは間違いない。
レクストの母親を蘇らせたルキフェルだ。既に弟は殺されており聖堂襲撃のスケープゴートとしてだけの仮初の生を施されているだけなのかもしれない。
だがそれでも助けに行かないわけにはいかないのだ。

「もちろんこれは私を誘い出すための罠です。
おそらくかなりの数の敵が待ち構えているでしょう。ですから私一人で行ってきます。」

正直一人では心もとないのは否めない。
唯一希望があるとすれば日中人目を前に行われるということのみ。
ルキフェルを初めとした魔の勢力に属する者たちが出てくることは無いだろうという算段だけなのだ。
それでもフィオナは萎えそうになる気持ちを押し隠し、毅然とした態度で告げたのだった。

135 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/03/15(月) 20:27:24 0
歩き出してから暫く、アインは大勢の人だかりを見かけ、ふと足を止める。
群集は荒々しく不穏な雰囲気を放ち、また口々に罵声を放っていた。
交錯する言葉から断片的な情報を幾つも拾い集め、彼は今日ここで虐殺の大罪人の処刑が行われる事を知る。
罵倒の矢尻に射抜かれている悪逆の徒は、一体どのような様相をしているのか。
瑣末な疑問を抱いたアインは、衆人の視線が集まる先へと視線を滑らせた。

広場の真ん中に立てられた処刑台、その中央で、罪人は首に縄を括られ拘束されていた。
五体の至る所に呪符が貼られ、身動きの一切が封じられている。
それでも罪人は唯一自由に動く首から上を大きく振り、自身の潔白を、真に裁かれるべき者共の名を訴えていた。
この期に及んで恥を知れと、全身の符から激痛の呪いが全身を駆け巡るが、それでも彼は無罪と真実を叫んでいる。

「アイツは……」

アインは台上の男に見覚えがあった。
つい先日、彼の頬を強かに殴り付けた野蛮人、ジェイド・アレリィだ。

「……どう言う事だ?」

彼は疑問を禁じ得ず双眸を細め、思わず口から疑問を零す。
彼の知るジェイド・アレリィは、野蛮ではあり嫌悪の対象であったが、悪逆の気配までは感じられなかった。
ただ単に直情的な、有り体に言えば馬鹿と呼ばれる部類であって、それ以上でもそれ以下でもない。
そのジェイドが本当に、虐殺などと言う真似をするだろうか。

それに何より、ジェイドの姉は聖騎士であった。
姉が聖騎士だから聖騎士は殺さない、と言うのは浅慮の部類に含まれるかも知れない。
が、とは言えやはり不自然さは否めない。

「……おい、役学研究所のアインだ。アイツの義手に興味がある。話をする時間をよこせ」

身分証を示しながら、アインは執行人と思しき男に話しかける。
男は露骨に表情を顰めて難色を示したが、彼の見せびらかす札は帝都、ひいては皇帝公認。
拒否する事など出来る由もなく、彼はアインを罪人の前にまで通す。

「……何しにきやがった」

アインの姿を認めるなり早々、ジェイドはぼそりと憎まれ口を叩いた。

「いいザマじゃないか。随分と気分のいい眺めだな……とでも言えばいいのか?」

虚勢を見透かしたような、或いは気にも留めていないのか、返された皮肉にジェイドの表情が歪む。
呆れ果てた様子で溜息を零してから、アインが再び口を開く。

「……別に、大した用事がある訳じゃない。ただ少し、おかしいと思っただけだ。お前が神殿の虐殺犯だと言うのがな」
だから、と彼は言葉を繋いだ。

「話せ、真実を」

この上なく手短に、アインは命じた。
逆に言えば、彼が放った言葉はただそれだけ。興味があるのも、また然り。
真実を話した所でジェイドを救う気も、使命を受け継ぐ気も毛頭ありはしない。

136 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/03/15(月) 20:29:06 0
それでも既に八方塞がりで、文字通り手も足も出ないジェイドは、全てを語った。
ルキフェルの存在、過去の事件、神殿虐殺の真犯人、そして自分が既に死んでいる事。

「……俄には信じられんな」
全てを聞き出したアインの零した感想は、ジェイドの望むものでは無かった。
それでも彼は諦めず、アインに懇願する。

「全てを信じてくれとは言わねえよ。ただ、一つだけ頼ませてくれ。……もしもの事があったら、姉ちゃんを助けて欲しいんだ」
彼の嘆願にアインはただ目を細め、無言を貫く。
その沈黙を続きを促すものだと勘違いしたのか、それとも単に必死なのか、ともかくジェイドは更に語った。

「アイツは悪魔だ。きっと姉ちゃんも、姉ちゃんの仲間達も反逆者にされる」

自分にはもうどうしようもない、今や自分が頼めるのはお前しかいないんだ。
そう、ジェイドは顔を俯け声を震わせて訴える。

「……昨日、お前は僕を殴ったな。あれは何故だ?」
唐突に言葉を発したアインは、そのままジェイドの答えを待たずに続けた。

「自分ではなく姉を、親しい者を傷つけられたからだろう? 僕も同じだ。
 誰よりも大切な人を傷つけられたから、聖騎士であるお前の姉を拒んだ」

アインの口から語られるのは、彼とジェイドの共通項。
ともすれば同士や仲間とも言い換えられる言葉に、ジェイドの表情が希望に明るむ。
けれども更に続けられる声は、彼を照らす光を断ち切る大鎌であった。

「だが、僕とお前は似て非なるものだ。結局お前は、自分の都合で動いて姉を顧みなかった。
 結果しくじって、そのツケが姉に回ったら他人にどうにかしてくれだと? 笑わせるなよ」

ジェイドの端正な顔立ちが、たちまち屈辱と怒りの色に染まっていく。
構わず、アインは立ち上がると白衣の裾を翻した。
背後から呼び止める哀願の声には耳を貸さず、彼は処刑台を降りる。

そのままの足で群集の最後尾に戻り、彼はそこで立ち止まった。
そして振り返り、再び悪辣な言葉を投げ掛けられるジェイドに視線の焦点を合わせる。
特に理由はない。根ざす根拠もない気まぐれに従って、彼はその場に留まった。

137 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/03/15(月) 22:00:17 0
>130
夜が明け向かったのはハンターズギルド。
ハスタに案内され2階のとびらが開かれた。

そこは峻厳なる巌が入り口を塞いでいた。
感覚を一歩引いてみるとそれは断崖となり、更に引けば峻厳なる岩肌の山。

勿論部屋の中に山があるわけではない。
ギルバートの研ぎ澄まされた感覚が、部屋の奥の人物からかもし出す存在感が視覚として認識されるほど圧倒的だったのだ。

>「・・・初対面の客もいるんだからそういう阿呆な真似をするなクソジジィ。」
ハスタの言葉と共に山は消えうせる。
部屋の鎮座する巨漢、グランと壁にかけられる大剣・・・というのにも大きすぎる。
最早それが壁であっても柱であっても疑問にもてないモノ。
「……化け物が…。」
誰に聞こえるとも啼く小さく呟き部屋へと足を踏み入れる。

語られたのはこれから起こりうる事態についての対処法。
事務的に進められる話にギルバートは口を出さず、壁にかけられた抜山蓋世に背を預けていた。
しかし一定の距離を置いた態度もハスタの正体に話が及ぶと変わる。
「驚いたな。その出自もだが、そんな生きる機密のような奴がこうやって市中に紛れている事が、な。」
半ば呆れたように改めてハスタをまじまじと見る。

その後話しは進み、フィオナがジェイドを救出の為に神殿に赴く、という。
罠である事も承知の上で、一人で行く、と。
「戦いというのは勝つだけの準備とタイミングを整えてはじめるものだ。
今、それを整えているというのに、それを台無しにしてまで行くというのか?
相手が勝つだけの準備とタイミングを整えた場に…!」
呆れと怒りの入り混じったギルバートの声が正面から浴びせかけられる。
しかしその身体はフィオナの背後に回っていた。
「恨んでもいい。正当性をくれてやる。」
フィオナの背後でギルバートは手刀を振り上げていた。

このまま誰も止めなければその無防備な首筋に手刀は振り下ろされ、フィオナの意識を刈り取るだろう。
そして今日一日、ベッドに縛り付けておくつもりだ。
貴重な戦力をむざむざ失うわけには行かないのだから。

朝のハンターズギルドに、神殿襲撃虐殺犯の公開処刑が午前中に行われ引き続き合同葬儀が正午から執り行われる旨の一報が入る少し前の事だった。。


138 名前:ルーリエ ◇yZGDumU3WM[sage] 投稿日:2010/03/16(火) 19:22:48 0
神殿から程近い、全帝都民から忘れ去られたような寂れて人通りの無い路地。ところどころ道に敷かれた石畳が剥がれ、無惨に地面を晒している。
 その一角に有る下水道への蓋がそろりと持ち上げられた。
音もなく蓋は退けられ、穴からは汚水に濡れた十一人の黒騎士達が湧き出てくる。遥か古代、『門にして鍵』であるとされる神からもたらされた鎧の為、“ティンダロスの猟犬”は『魔』を利用するSPINを扱う事が出来ない。
その為、彼らは専ら水量の多い下水を選んで、泳いで移動することがほとんどだった。

「ミスカトゥとアカムィ、ダニーチェは周辺のSPINを無効にしろ」

「早すぎやしませんか?隊長」

「大丈夫だ、既に葬儀は始まっている」

 正午の鐘が鳴ったらSPINの監視を止め“エーリッヒ・ツァン”楽器屋の下で待機しろ、と付け加えたルーリエの言葉に、イア!と三つ子の新兵は胸を叩いた。
 路地の隅で固まっていた十一人の中から三人が飛び出し、各々の場所へ散って行く。

残された八人は立ち上がり、装備と作戦の確認をし始めた。

「正午の鐘が鳴り終わったら状況開始だ、対象を排除したら状況終了。状況が終了したら撤退、殿は自分がやる。逃走経路は頭に入っているな?」

隊員達が頷く。殿を隊長であるルーリエがやる意味を、隊員達は特に気にしないようだ。ンカイとガタスは当然解っているようだが。

「いくぜテメェら、上手くいったら神殿騎士が喰えるかもよ」

「馬鹿なことを言うな。標的に神殿騎士はいない」

「じゃあ上手くいかなかったら、だ。……冗談だよ隊長さん、そうマジになるなって」

ンカイがケラケラ笑いながらルーリエの肩を叩く。ルーリエうんざりしたように肩を落として、なんでこんな奴が血族の中で一番強いのだろうかと心中で首を捻った。

「……クラウチ、メモは程々にしておけ」

いつものように、籠手を着けたまま器用にペンを走らせる新兵に注意した後、仕切り直しにと手を叩く。

「さて、慣れない昼間だが、やることは同じだ……“永遠の憩いにやすらぐを見て、死せる者と呼ぶなかれ”」

有名な、少なくとも彼等にとっては希望とも呼べる詩の一説に、すぐさまルーリエ以下の隊員達は続きを口ずさんだ。

「「「「「「「“果てを知らぬ時の後には、死もまた死ぬる定めなれば”」」」」」」」

139 名前:オリン ◆NIX5bttrtc [sage] 投稿日:2010/03/16(火) 22:46:34 0
帝都にある一般市民が居住する地区。そこにある一軒の家の一室──
黒衣の男がベッドで眠っている。そして、その傍に置かれた椅子に座っている16〜17歳くらいの少女が、心配そうに男を見つめている
男に起きる気配は無く、ただ静かで穏やかな時間がゆっくりと流れていた

少女の寝室なのだろうか…
所々に飾り付けられた可愛らしい花、衣装タンスの上に置かれたぬいぐるみ類、化粧をするための鏡台などが部屋に置かれていた
その部屋の隅に、それらに似つかわしくない複数の小型剣、二振りの大型剣、黒のマントが立て掛けられていた
恐らく、ベッドで眠っている男の物だろう。微かに魔力を帯び、黒い光を放っている

──突如、男が小さく苦しみ出す。魘されているのか、何かを小さく呟いている
だが、それは数秒ほどで収まり、安堵する少女。男の額に当てられていたタオルは既に乾き、水分を失っていた
それに気付いた少女はタオルを外そうと手を伸ばす。指先がタオルに触れる寸前──少女の手首が何かに掴まれる
それは先程まで眠っていた黒衣の男の腕だった。すでに瞳は開いており、視線は少女に向けている
暫しの沈黙の後、敵意の無い少女に気づいた男は自らの手を離し、上半身を起こした

「……すまない、俺は──いや……此処は一体……?」

そう発した男は、自身への問いかけとも少女への問いかけとも取れる曖昧な言葉だった
それを聞いた少女は、半ばきょとんとしたような表情で男を見つめる
困ったような表情でこちらを見る男に、少女は小さく笑みを漏らす
額から落ちたタオルを手に取り、少女は口を開いた

>「…ここは"帝都エストアリア"。帝都付近の森で倒れていたあなたを、兄と一緒に家まで運んできたの」

「……帝都エストアリア……?」

男にとって、どちらも聞き覚えが無く、それどころかここに居る以前の記憶が無かった
なぜ、帝都付近の森で倒れていたのか。そして、自分は何者なのか……
男は記憶の糸を辿ろうとする。そのとき、ふと部屋の隅に置かれた剣やマントに視線が止まる
少女が視線に気付き、男と同じくそちらへと目をやる

>「…あれは、森で倒れていたあなたの傍にあったわ」

「……そうか。あれが、俺の……」

>「……どうかしたの?」

「……いや、俺の所持していた物で間違いはないみたいだ」

男の返答に違和感を覚える少女
この大陸で最も名の知れた"帝都エストアリア"を知らないような口調
そして、自身の所有物であるはずの武器や外套に対する歯切れの悪い言葉……それらの導く答えは──


140 名前:オリン ◆NIX5bttrtc [sage] 投稿日:2010/03/16(火) 22:49:27 0
>「…もしかして、記憶が無いの…?」

真っ直ぐな瞳で問う少女。やや間を置き、男は答えた

「……ああ。なぜ、俺があの森で倒れていたのかわからない……
 だが、あの武器が自分のものだというのは、なんとなく分かる。……そう、感じるんだ」

>「…名前も覚えていないの…?」

「名前……俺の……ッ──!?」

突き刺すような激しい頭痛が男を襲う。と、同時に男の紅い瞳から光が無くなる
光を失った昏く虚ろな瞳はどこを見るでも無く、ただ前だけを見つめていた。
それに映るは完全な闇に覆われた黒き意識の世界…普遍的無意識──その暗き世界の中、闇に抗う弱々しく光を放つ糸がそこには在った
届きそうで届かない光の糸、霧掛かった過去、記憶。あと僅かで思い出せそうな……。その光は近づくほど痛みを増していく……
それに抗い、男は一筋の光の糸に手を伸ばす──手が糸に触れると、光は弾ける様に四散する
気が付くと、意識が現実世界に引き戻されていた。虚ろな瞳からは光が戻っており、男はおもむろに口を開いた

「……そう。俺は、オリン……ユスト=オリン──」

>「オリン……。……私は、フィア」

笑顔で名乗るフィアに、助けてもらった礼を述べるオリン
──不意に周囲の人、物、目に見える全てが灰色に染まる…。音や時間が停止した虚無の世界
同時に不安感、焦燥感、罪悪感、劣等感といった感情が心を侵食していく

≪下らない情は必要無い。お前は、ただ──であればいい──≫

頭に響き渡る、低く暗い無感情な声。
昔の自分の声なのか、それとも別の誰かの声なのか……今の自分には分からなかった

>「オリン、どうしたの…?まだどこか痛いの…?」

突然聞こえるフィアの声
軽く頭を振り、周囲を見渡すと先ほどまでの停止した世界が嘘の様に元通りになっていた

「……いや、大丈夫だ」

心配そうに声を掛けるフィアに、そう答える
このときオリンは強く願っていた。今はまだ思い出せなくて良い。この瞬間、空間、時間に浸っていたいと……
穏やかな日差しが窓から覗く、暖かな安らぎを与えてくれる、この"現在(いま)"を──

141 名前: ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/03/17(水) 07:44:01 0
『才能』とは『義務』だと、セシリアは認識している。
如何なる天の采配によるものか、人間には例外なく得手不得手と適材適所が存在する。
ならば、自らの得手で他社の不得手を相互に補い合うのが人間社会の正しい在り方なのだろう。
だからこそ、能力ある人間にはそれを伸ばし行使する義務がある。才能とは、定められた義務の指標に過ぎないのだ。

    *   *   *   *   *   *   *

魔導士の朝は遅い。
セシリア=エクステリアがベッドから這出るのはいつも時刻が9時を回る頃であり、
住み込みの家政婦が洗ったシーツの皺を伸ばそうと悪戦苦闘する快音で目覚める。
ぶんぶんと頭を振って頭部に血液を送ろうと試行。寸分だが効果は見られ、生まれた熱量を首から下の駆動に回す。
千鳥足のまま台所へ降りると、広い食卓に一つだけ、朝食の盛られた皿が残っていた。

「あら、お遅うございます。夜更かしはお肌とお体に障りますよ」

セシリアの起床を認めた家政婦が、熱導器に火を入れてコーヒーを沸かす。
皿には特殊な術式文様が刻まれており、盛られている食事の温度や品質を保つ優れものである。

「こう見えて、体調管理は万全だよ。睡眠時間も調整してるし、術式で内分泌系の管理をしてるから」

「お嬢様は軽々と神の奇跡を否定なさります」

「病を司ってるのは内臓だよ、ないぞう。神でも魔でもなくね。そっぽ向いてる御神像なんか崇めるより、
 自分のお腹の中身の機嫌を伺ってみたほうがよっぽど建設的だよ。……ってことをこの前自称知識層の貴族に言ったらね、
 自宅に自分の内臓を模った御神像を掲げてお祈りしてた。真っ暗な部屋で小腸と対面してたときは何の冗談かと思ったよ」

「それで、息災でいらしたんですかその貴族様は」

「型取りするときに内臓引っ張り出したのが原因で破傷風になっちゃった」

難儀ですねえ、と家政婦は抽出されてきた黒い汁にミルクと三温糖で彩色する。
セシリアの神をも恐れぬもの言いが許容されているのは、ひとえに皇帝の庇護による実利追求を認められているに他ならない。
現在の皇帝は徹底した現実主義であり、だからこそ地獄侵攻などという荒唐無稽な禁忌に駒を進めている。

「そういえば、今日はえらく静かだねこの家。父様や姉様はもう出てるの?いつもは皆遅いのに」

供されたコーヒーを一口呷って、思い出したように問う。家政婦は怪訝な顔で、ご存知ないんですか?と尋ねた。

「外は大わらわですよ。なんでも砂漠の方の都市が一夜にして滅んだとかで」

食卓の上には今日の分の朝刊と一緒に、往来で配られている号外が乗っていた。
行儀の悪さを家政婦に咎められるのも構わず、号外の方をたぐり寄せて目を走らせた。柳眉が逆立ち、眉間が山を作る。

(ウルタール滅亡……『龍』の襲来……崩壊する街……『ヴァフティア事変』の再来……)

号外には、避難した市民からの証言が載せられていた。そこに記述された内容に、セシリアは覚えがあった。

(『自壊円環』……!?どうして!)

まだ実用段階ではなかったはずだ。ルキフェルへの定期報告ではその旨を伝えた上で試作品を渡したはずだった。
否、それ以前に。『自壊円環』は地獄侵攻の為の兵器。その性質からして地続きの場所では、ましてや国土内で使って良い代物ではない。
状況からして試用テストといったところだろう。それが開発責任者であるセシリアの耳に意図的に入れられなかったのは――

(――焦ってるの?街一つ犠牲にしてまで強引に進めなきゃいけない程に……!)

安寧が、自壊しようとしていた。


142 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/03/17(水) 07:46:03 0
従士隊の朝は早い。例え非番の日であっても染み付いた生活リズムはレクストを定時に起床させた。
窓の外では白み始めた空が、今日という日の晴天を確約している。おしなべて言って、良い朝だった。

手早く着替えを済ませ、いつもの装甲服を羽織ると宿の庭へ出て軽く柔軟体操。
昨日はその場の勢いで宿をとってしまったが、本来の彼の寝床は当然従士隊の宿舎である。
SPINを使えば一瞬の手間を渋ったせいで、毎朝行う訓練が今朝は器具を別に用意しなくてはならなかった。

宿舎にあるような専用の訓練器具を模して、庭木の枝に短冊を吊るす。
そこから三歩ほど離れて、レクストは足を肩幅に開き呼吸を整えながらその身に宿る力を開放した。

教導院の魔術鍛錬法に、『流態行』と呼ばれるものがある。
術式という形で発揮される前の純粋な魔力、体内から放出されるエネルギーを、そのまま操り動かす訓練。
式は回路である。不安定な万能のエネルギーである魔力を意思通りの現象へと導くための回路。
だから魔力を自在に操るこの『流態行』を極めれば、術式を用いずとも魔術を行使できるようになるのだ。

(昨日女史が使ってきた『天地天動』ってのはこの類の技だよな……)

呪文も陣も使わずに魔術を使えるというのは、そのまま戦闘力へと直結する。
相手に術式を気取られることもなく、そもそもの初動が違いすぎる。『魔術の技能』とは、如何に早く正確に術理を組み上げるかであった。

「えっと――集中、集中」

イメージした通りに魔力へ意思を通す。体から発せられた極彩色の靄が、ゆっくりと形を変えていく。
三歩先の中空にある短冊は的。そこに描かれた二重丸へと狙いをつけて、手足の一部となった魔力を迸らせる。

(――燃えろ!)

魔力の槍は狙い過たず二重丸の中心を貫き、紙に触れた部分が燻り燃え始めた。
火の手が短冊を燃やしきる前に、今度は魔力を鋭く研ぎ澄まして短冊を真っ二つに断ち切る。
燃え上がった下半分を切り落とされて、全焼を免れた短冊は小さく揺れていた。

(と、こういう単純な魔術は使えるんだよなあ。解毒や冷却みたいなのは複雑すぎて無理だ)

セシリアの域まで達するのに、どれほどの鍛錬が必要なのだろうか。
いつの間にか酷く汗をかいていたことに気づき、そのまま庭へ仰向けに転がる。
両拳を天に突き上げ、叫んでみた。

「ああー、才能欲しいなちくしょー!」

朝露を吸った芝生が、過熱した頭を程よく冷やしてくれた。

143 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/03/17(水) 07:48:38 0
【ハンターズギルド・幹部室】

ハスタの提案で面通しにやってきたハンターズギルドで、レクスト達は衝撃の事実と直面することとなる。
迎え入れられた個室では、ハスタの父親を名乗る初老の男が巨大な剣と強大な威圧でもって構えており、
巌のような体躯の彼が口走ったハスタの出自はまさしく荒唐無稽の至りであった。

「え、なにお前、10歳?マジで?ははははマジかよ!?ぜってー俺より年上だと思ってたのに!」

気まずそうな顔をするハスタの背中をばしばしと叩き、レクストは妙なテンションで絡みまくる。
造られた命。禁忌の秘法。場合によっては敵に回ってもおかしくはない要素の数々ではあるが、

「そんなことよりもだ。一つだけ言っとくぜ、ハスタ=KG=コードレス。――今日から俺のことを呼ぶときはさんを付けろよ?
 レクストさんあるいはリフレクティアさんでも可、ちゃんと付けてるか確認すっからな。名付けてSANチェックだ」

苦虫を噛み潰したような顔をするハスタに促され、今度はフィオナが前に出た。
懐から幾枚かの符を取り出すと、全員に配布する。聞くところによればマダムから渡された認識阻害の術符らしい。
これを用いるのは明日。査定会に乗じて天帝城へと忍び込むための道具。

>「それと……私は今日行われる公開処刑に行かなければなりません。そこで昨晩ルミニア聖堂を襲った者としてジェイドの処刑が執り行われます。
  もちろんこれは私を誘い出すための罠です。おそらくかなりの数の敵が待ち構えているでしょう。ですから私一人で行ってきます。」

言葉には迷いがなかった。死にに行く、と言っているのと同義だというのに。
それは彼女の矜持なのだろう。自らの命と弟の命や自分の気持ちを秤にかけた上での、決断。
正論を言えば、無謀の一言に尽きる。行って捕まれば、ジェイドは死に、フィオナも同じ縄にかけられる。無駄死以外のなにものでもない。

>「恨んでもいい。正当性をくれてやる」

フィオナの覚悟に決死を嗅ぎとったのか、いつのまにか後ろに回っていたギルバートが手刀を掲げている。
このまま気絶させてでもフィオナを止めて、ジェイドの処刑を待つのが正しい選択で、正論だろう。

だが。

――『議論を長続きさせるコツはね。決して正論を言わないことだよ』

(ああ、まったくだぜ女史……!!)

打ち下ろされんとするギルバートの右手を、さらに後ろから掴んで止める。

「……寝ぼけてたこと言ってんじゃねえよ。まだ酒が残ってんじゃねえのか」

こちらを振り向いた長身は、なぜ止める、こいつを死なせたいのかと視線で問うてくる。
そんなギルバートを、しかしレクストは見ていなかった。

「俺が言ってるのはアンタにだぜ、騎士嬢――!!」

視線が射抜いていたのは、その先のフィオナだった。

144 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/03/17(水) 07:50:21 0
ギルバートを押し退け、ずいと歩み寄る。
レクストの目には怒りとはまた別の熱が灯り、薪をくべられた心は舌を加速させる。

「俺は従士、庶民の味方だ。だから、真相はどうであれ大罪人が処刑させることで庶民の心に安寧が戻るなら、
 それに与するもやむなしと考えてる。それが俺の仕事で、やらなきゃならないことだからだ」

裁判省も審問局も通さずに処刑が執行されるのは、民衆の不安を解消するための見せしめとしての意味合いが強いのだろう。
ヴァフティア事変やウルタールの消失で半ば恐慌状態となった市民達は、強引に安寧を求めている。

「万人の幸せの為に、一人が犠牲になろうとしてる。大局的に見れば間違ってないんだろうよ、それが大人の正論だ。
 でもそれじゃ駄目なんだろ?アンタは納得できないんだろ?ジェイド=アレリイの死じゃ、安寧を得られないんだろ?」

言いたいことを整理して、言うべきことを言葉にする。饒舌にはなれないから、自分なりの台詞を紡ぐ。

「これはトップシークレットなんだけどな、実を言うと俺は頭が悪いんだ。驚愕の事実だろ?――だから、目先のことしか見えないし考えられない。
 物事を大局的に見るなんざ俺には土台不可能なんだよ。知らない万人よりも、知ってる一人を優先しちまう」

だから、

「俺も納得しねえ。アンタがここで涙するのなら、俺は今だけ個人の味方で、ついでに言えば故人の味方だ。
 知ってるか?ジェイド=アレリイは俺たち従士の憧れの的だったんだぜ。そんな英雄が理不尽に殺されるってのに黙ってられるかよ」

装甲服の前を留め、立てかけてあったバイアネットを背負い、防刃防でまなじりを隠す。

「処刑の警備には従士隊も駆り出されてる。――つまり内側から手引きできるってわけだ。丁度お誂え向きのコレがあるしな」

認識阻害の符。魔導バイザーを使えば簡単に見破られてしまうが、それは対外警備の場合の話だ。
舞台裏の、従士や騎士団しか入れないような場所まで来て、わざわざ隠匿看破の術式を使う者はいない。
少なくとも真正面から突入するよりかは、成功率も生存率も桁違いだろう。

「言っとくがな、俺はアンタが好むと好まざるとに関わらず、強制的に独善的に一方的に――手を貸すぞ?」

でも、と一言付け足し、

「物事が万事上手くいくとっておきの方法があるぜ。一言俺にこう言えば良い。『手を貸してくれ』ってな。
 そしたら見せてやるよ。刮目して見とけよ?――この俺の、最高にカッコ良いところをなぁ!!」


【ジェイド救出に助力を表明】

145 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/03/17(水) 22:47:49 0
メニアーチャ家では早朝から蜂の巣を突付いたような騒ぎになっていた。
本拠ともいえるウルタールの壊滅。
それはメニアーチャ家の崩壊が早晩に来る事を意味するのだから。
執事が奔走しているものの、当主のジースがこの難局を乗り切れるとは思えない。
「まあ、これが記事通りの天災なら保護が入りそうなものだけどね。」
号外をテーブルの上に投げ捨てながらチタンが吐き出すように呟く。

メニアーチャ家全体が騒動ではあるが、表向きはジースの身の回りの世話役でしかないメイドには関係ないことだ。
というより立ち入れる余地がない騒動だ。
ラ・シレーナより派遣された三人は蚊帳の外の如く自室で待機を言い渡されていた。

三人はただのメイドではなく、帝国の経済を監視する為に派遣潜入している工作員でもある。
故に無知を装いながらも今回の事件が天災ではないことは察していた。
その証言から浮かび上がるおぼろげなものも…。
経済・流通の監視から三人の任務は大きく変わろうとしていた。

146 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/03/17(水) 22:48:01 0
>――この俺の、最高にカッコ良いところをなぁ!!」
「こ ん の ・・・」
ギルバートの言葉がここに差し掛かった時点でその拳がレクストの鼻に接していた。
ゆっくりと拉げていく鼻と、押し進む拳。
そして吹き飛ぶ身体。
「色餓鬼がああ!
トップシークレットを明かしてくれてありがとうよ。驚愕過ぎて俺が涙流しそうだ。
これはその礼だ。
よかったな、身を盾にして俺の拳から女を守りなんぞ最高にカッコいいぞ?」
手を振り拳についた鼻血を払いながら、呆れたように倒れたレクストに声をかけた。
そのあとは一瞥もくれずに向き返り、フィオナへと視線を突きつける。

神殿襲撃犯の仲間として手配される事は想定していた。
しかし処刑妨害の為、襲撃したとなれば手配どころではない。
帝都全体を敵に回し、レクストは従士という立場を追われ、ハンターズギルドには手が入る。
更には成功しようが失敗しようが、明日の査定会での潜入は更に難しくなるだろう。
国威の面もある為、中止にはならないだろうが…
そういったことを全て飲み込み、ハスタに声をかける。
「拘束具はあるか?」
勿論確認の為ではない。
ハンターズギルドという場所柄、当然のようにあって然るべきものなのだから。
更に続けて帝都の見取り図を要求した。

「仕方がない。あの馬鹿に免じて…いや、あの馬鹿がこれ以上引っ掻き回したら収拾つかないから手助けしてやる。」
不機嫌そうにオーブを操作し、帝都の地図を立体映像として展開させていく。

この処刑はまず間違いなく罠。
そのため潜入自体は用意に行くだろう。
獲物が罠にかかるようにしっかり引き寄せる必要があるのだから。
問題はどういったタイミングで救出し、どうやって脱出するか、だ。
「一番気が抜けやすいのは物事が成功した直後だ。
つまり、罠はそこに張ってある可能性が高い。」
そういいながら拘束具をフィオナに投げ渡す。
これは救出対象であるジェイドが刺客であるかもしれないという想定の元だった。
タイミングは処刑執行直前。
どの道拘束されているのだから、拘束具が一つ増えたとしてもたいした問題ではない。
むしろ保険として有用なのだから。
「奪還までは場の混乱を利用すれば出来るだろうが、問題は脱出だ。
当然スピンは最初に固められる、というか罠を設置するのに最適だろうな。
設定を変えておけば自動的に牢にでも入れられる。
次は上空を走るミルキーウェイだがこれは目立ちすぎる。
だから、このルートだ。」
ギルバートがオーブを操作し拡大した場所は・・・帝都地下を縦横に走る下水道網だった。

147 名前:ハスタ ◆fmAKADpWIqWy [sage] 投稿日:2010/03/18(木) 19:16:04 0
>134>137>143>144>146
大方の予想通り、年齢に思いっきり反応したのはレクストだった
>「そんなことよりもだ。一つだけ言っとくぜ、ハスタ=KG=コードレス。――今日から俺のことを呼ぶときはさんを付けろよ?
> レクストさんあるいはリフレクティアさんでも可、ちゃんと付けてるか確認すっからな。名付けてSANチェックだ」
「敬称付けるのは敬うのに値すると判断した相手のみにするのが俺の主義だが・・・・・・ここは折れるとするか。『兄弟の無残な方の』レクストさん」
とりあえず、向こうの言ったルールには抵触してないから問題ないだろう。後は俺の語彙次第だ

で、フィオナが弟の処刑妨害を宣言しそれにレクストが賛同・・・した途端に殴り飛ばされた
・・・・・・というか痛そうだな。今、頭を大剣の腹に思いっきり打ち付けなかったか?
>「拘束具はあるか?」
勿論、と答えて懐から取り出したソレをギルバートに放る。ただの扁平な鉄片に見えるその拘束具は
相手の手首に触れた途端に姿を変えて8の字の輪となって両手を捉え、持続的に筋力低下と術式封じをかける代物だ
これは主に人間大のサイズでありながら馬鹿げた力を発揮する相手・・・例えば吸血鬼のような対象に使う

「ちなみに結構値の張る代物だ。俺の私物だけどな。
 それと・・・・・・処刑会場については俺は正面の方に行くぞ。
 どうせ会場で合流する事にはなるが・・・発覚した途端にその場で警備に一斉包囲される訳にもいかないだろ?
 騒ぎついでの脱出路も確保しとかなきゃいけないしな。」

そして、鉄拳制裁から起き上がったレクストに耳打ちする。
これは、幾ら何でもフィオナ自身には聞かせられない。それが例え本人が覚悟していようといまいとだ
「最悪・・・・・・ヴァフティアでお前のとこの親子に降りかかった事態の二の舞の可能性もあり得ないではない。
 フォローできんのは一人しかいない、ぞ。」

【状況:作戦会議中 ハスタ→拘束具を渡し、自身は奪還時の囮(大騒ぎ)役を提案】

148 名前:オリン ◆NIX5bttrtc [sage] 投稿日:2010/03/18(木) 21:02:45 0
記憶の無い自分に、フィアは何の疑いも無く色々な事を教えてくれた
エストアリアは、"天帝城"を中心とした円錐を模った都市であり、武力、政治、人口など
大陸でもトップクラスの強国であるということ
ハンターズギルドや図書館もあるとの話だ。情報には困らないだろう
少なくともこれだけの規模の都市なら、何かしら自分について分かることがあるかもしれない

そしてフィアは最近立て続けに起きた、ある件についても話してくれた
ひとつは"ヴァフティア事変"。そして、もうひとつは"魔導列車襲撃事件"──
当事者でない自分にも違和感を覚える。これは偶然では無いと──

今やるべきことはフィアから聞いた情報の整理、帝都での情報収集が優先事項なのだろうが、
起き立ての頭では上手く思考が回らない
帝都の各地区…つまり何番ハードルに何があるのかも、まだ覚え切れていないような状態だ
しばらく街を散策しながら頭を冷やすのが良いか

──帝都7番ハードル
食料品店から香水、雑貨屋などが数え切れないほど多く立ち並ぶ幌馬車通り
多くの人が行き交い、観光、買い物、売り込み、客引きなどで賑わっている
オリンは一人、通りをゆっくりと歩いていた。隣にフィアの姿はない
オリンが一人にしてくれと、出る際に告げていたのだ
理由は2つ。1つは一人になりたかったから。もう1つは、起きてから鳴り止まない胸騒ぎのせいだ
もし何かあっても守りきれる自身が無い。そして何よりも、己の力がどの程度なのか分からないから
守る以前にフィアを傷つけるかもしれない。それが恐ろしいからだ

≪必ず戻ってきてね…≫
家を出る際に、フィアが俺に向けた言葉…。当たり前だ、恩は返すつもりだ

(フィアは≪帝都を案内する≫とも言っていたが、悪いことをしたな…。いや、これで良かったはず……。)

心の中で謝罪しつつ、通りを突き進んでいく
此処に至るまで、オリンはSPINを使用していなかった。否、使用できなかった
SPINの上に立ち、行き先を告げることで転移術式が発動し、魔力が使用者を包み込み転移するとのことなのだが…
オリンから発せられる肉眼では見えない障壁のようなものが、SPINの魔力を遮断したからだ

(街の人間は普通に使用していた…なぜだ。なぜ俺は……。)

俯きながら自身の掌を見つめる。開いていた掌を強く握りしめ、頭を左右に振る
とにかく今は落ち着く必要がある。一先ず考えることを止め、顔を上げると──
通りの先に通行の邪魔だと言わんばかりに、3人の中年男性が大きな声で話をしているのに視線が行く
周りの人間は迷惑そうに彼らを横目で睨み付けたりしているが、当の本人らは全く意に介さず
聞き耳を立てると、彼らは昨日ルミニア神殿で起こった大量虐殺の件について語っているようだ

(そういえばフィアが言っていたな…。)

一夜にして神殿内を血に染めたという事件…夜のたった数分の出来事だという
──しかも、犯人は帝都従士隊のエースと呼ばれていた"ジェイド・アレリイ"という男が、
たった一人でやったという話だ

149 名前:オリン ◆NIX5bttrtc [sage] 投稿日:2010/03/18(木) 21:05:03 0
中年男性らの話は、ルミニア神殿の虐殺犯の件へと移っていた
ヴァフティア、メトロサウス、そしてルミニア神殿…どれも常軌を逸した事件だ
いくら難攻不落の帝都に住む住人といえど外部ならともかく、
さすがに帝都内で事件が起きれば不安が募るというもの
帝都民への活気付けを目的としたのか、虐殺犯の公開処刑が本日正午に行われるとのことだ
そして中年男性らは公開処刑を見に行くのか足早にSPINへ向かい、行き先を告げ去っていった

どうも腑に落ちない。なぜ昨日の今日という短い期間で処刑が行われるのか
いや、それよりも犯人の手際の悪さだ。なぜ虐殺をし、なぜ昨日の内に身柄を拘束されたのか
単なる愉快犯か、復讐か、何者かに操られていたのか…
だが少なくとも、ヴァフティア、メトロサウスの件に絡んでいることは間違いないはずだ
民衆への見せしめ…これは建前だろう。本当の目的は──

(行ってみるか…必ず何かが起こるはずだ。)

刑が執行されるという帝都の広場へと足早に向かう
SPINが使えないオリンが辿り着くには、自身の足を使う他ない
走りながらオリンは、鳴り止まない胸騒ぎが…鼓動が高まるのを感じていた──

帝都の広場は多くの民衆で溢れかえっていた。処刑台を囲むように──
罵声が飛び交う中…同情、疑問、哀願といった声も端々に聞こえる
これだけでも"ジェイド・アレリイ"という者が、少なからず人に愛されていたと言うのが分かる
オリンが処刑台に視線を向けると、磔にされた男の姿を認める
身体中に貼られた呪符が、身動きを封じるものだと一目で理解した

(あの男が神殿の…。何だ…何かが……?)

民衆の声で聞き取れないが、貼り付けにされている男が何かを訴えているようだった
表情から察するに、恐らく無実や身の潔白といった類の内容だろう

(──ッ!あの男……生気が、ない…?)

死刑囚ジェイド・アレリイは確かに動き、喋っていた
だが、オリンには操り人形が動いているようにしか感じられなかった
周りの群集は気づいていないのだろうか。いや、自分の勘違いか、それとも気でも触れたのか…

(気になるな…。もう少し近くで見てみるか。)

興奮冷めぬ群集を掻き分け、処刑台の方へと近づいて行く
オリンは再び胸騒ぎが……自分の鼓動が高鳴るのを感じていた──

150 名前:ギルバート ◆.0XEPHJZ1s [sage] 投稿日:2010/03/19(金) 07:12:22 0

「―――ル―――ギル」

呼んでいる。誰かが―――自分を

「ギル―――起きなさい」

―――誰だ?放っておいてくれ―――眠い―――体が重い

「―――ったく相変わらずの寝坊助ね―――いい加減に―――」

うるせぇな―――あっち行け、俺は眠い―――

「とっとと起きろって言ってんのよこのバカッ!!!」
「―――ッッッ痛ってぇぇぇえええ!!!???」

ガン!という、尾てい骨まで突き抜ける衝撃を頭に受け、ばね仕掛けのように体が飛び上がる。
意識が一瞬で覚醒し、ギルバートは半身を起こした状態で辺りを見回した。
どこかの宿の一室のような部屋。ギルバートは上半身裸の状態でベッドに寝かされていた。
殺風景な部屋だ。目に付くものは無きに等しい―――たった今ギルバートを手荒く叩き起こした女性を除いて。
女性は医師か研究者のような白衣に身を包み、不機嫌そうにギルバートを見ている。
その眼の片方は伸ばした赤い前髪で隠れていた。背は低い方だが、不思議と威圧感を持っている。

「・・・クソ、誰か知らんが人の寝起きを襲って何を―――・・・・・・?」

ちょっと待て。こいつ―――

「あら、お目覚め?久しぶりね、ギル。1年?2年ぶりかしら」
「て、てめ・・・・・・ウルザ!?ちょ、ちょっと待て!何でお前がここに!?ってかここ何処だ!?」

釣り上げられた魚の様にぱくぱくと口を開き閉じしながら、幽霊でも見たかのように女性を指差す。
女性―――ウルザは髪で隠れていない片目だけでにやりと笑い、
腕を組むと講義でもするかのような口調で話し始めた。

「帝都。って、流石にそれはわかってるか。7番ハードルで倒れたのは覚えてるかしら」
「倒れ―――そうだ!ミア―――それにミアを攫った奴。アイツはどうした?」
「ミア?・・・って誰よ。何、アンタまた別の女つくったの?」

ウルザの眼が厳しくなり、呆れたような声を上げる。まずい、この話はパスだ。

「そんなんじゃねぇ。まぁいい、何で俺は倒れたんだ?」
「暴走。・・・貴方、あの大事なロケットはどうしたのよ」
「は?ロケット?」
「貴方、自分が厄介な同居人抱えてるのは分かってる筈。本来なら手立てなしには手に負えない化物よ。
 まして今は満月の直前。私達普通の人狼でさえ、満月の前後では格別大人しくしてるって言うのに、
 そんな時に獣を抑える銀器を手放すなんて。・・・それどころか"フェンリア"も一つ減ってる」

ウルザが指差し、つられて自分の体を見る。首には新しく鈍く光る銀の細い鎖が下がっていた。
先には獣の爪か、牙のような形のお守り。古くから伝わる、魔除けのお守りだ。
つまりはこれが応急処置という事か。

151 名前:ギルバート ◆.0XEPHJZ1s [sage] 投稿日:2010/03/19(金) 07:14:09 0
ウルザは"ファミリー"に属する、主に人狼の医療に関わっていた研究者だ。それも優秀な。
あの"事件"の後、ガタガタになったギルバートの体を立て直せたのは彼女の治療があってこそだった。
故にギルバートの体の事は、本人の次によく理解していた。
グレイを含めお互い歳が近い事もあり、一時は三人のコンビで鳴らしたものだ―――

「しかし獣・・・って、ちょっと待て。ヤツならもう―――」
「何があったのかは知らない、想像はつくけど。確かに力は弱くなってるわね。でも消えたわけじゃない。
 私達にとって獣は半身。表裏一体にして同体。生きている限り、ソレはつきまとう。
 そいつは消えていないし、諦めてもいない。ただ乗っ取る方法を変えただけよ。
 力づくのクーデターが失敗したから、傀儡の王を建てる方向に切り替えた、って所かしらね」
「・・・・・・はぁ。・・・鬱陶しい野郎だな」

頭を抱える。これではまるで嫉妬に燃える女だ。全く手に負えない。
だが、負ける気はなかった。あの時まで助けてくれたアルテミシアの為にもだ。

「・・・で、ここは何処なんだ?何でよりによってお前がここにいる?」
「"ファミリー"の支部。帝都のね。優秀な人材は重要な場所に配置されるって事よ、貴方には縁がないだろうけどね。
 大方、貴方もここに来るつもりだったんでしょう」

その通りだった。"ファミリー"ならある程度顔が利くし、情報が欲しかったから。
ベッドから起き上がると、傍らにあったシャツを着ながら立ち上がる。体調はかなりマシになっていた。

「事情はわかったよ。とりあえず、仲間に連絡したい。今後の相談の必要もあるしな」
「"仲間"、ねぇ・・・変わったわね、ギル。でも残念ながら、それは出来ない」
「はぁ?何でだよ?」
「貴方は既に"仲間"の所に戻ってるから」

手を止め、まじまじとウルザを見る。紫の瞳が一つ、こちらを見据えていた。冗談を言っているようには見えない。
ウルザは昔から冗談の通じない奴だった。というか笑顔を見た事すら滅多に無い。『氷の女』と呼ばれたくらいだ。

「貴方が帝都に来る事はグレイから情報が来てたわ。それでこっちもマークしてた。
 お陰で今回、メニアーチャ家に運び込まれた時から監視を続け、神殿広場でのいざこざの時に―――
 あの化物に貴方が投げ付けられた時。アンタを『すり替える』事ができた」

・・・何やら相当不当な扱いをされたようだ。今更ながら体の節々が痛む―――ような気がしてきた。

「どういう意味だ?人形とでも入れ替えたってのか?」
「本物の人狼よ。そろそろ見えてくる筈。貴方が帝都に来た理由。私達が目当ての情報を得ていた理由。
 そして貴方にほぼ完璧に成り代われる男―――私やグレイ以上に貴方を昔から知る男の存在」

152 名前:ギルバート ◆.0XEPHJZ1s [sage] 投稿日:2010/03/19(金) 07:16:15 0
数瞬の間、部屋を沈黙が支配し、二つの瞳が睨み合う。いつの間にか無表情になっている自分に気づいた。

「私達は少し前、ある男の訪問を受けた。貴方もよく知る男。私達が用がある男よ。
 その男は私達に様々な事を明かした。それはある計画の話・・・愚かな人間の、愚かさの具現のような話。
 知っての通り、私たちは基本的に人間には関わらない。でも、その計画は余りにも大きすぎた。
 具体的に言えば、この帝都の上の上、それこそトップが関わる程にね。最早私達にとっても他人事では済まされない。
 そして、男はある取引を持ちかけてきた―――私はそれを独断で受けた」

舌が乾く。頭は熱っぽく、呼吸を落ち着けるために何度か息を吐いた。
何年ぶりだろう。この名をもう一度、舌に乗せるのは―――

「―――ガルム。・・・奴が・・・あの裏切り者が。ここに現れて、お前達と手を組んだ―――そういう事か?」
「お互い利用される事は承知の上。でも最後に彼を利用し、殺すのは私達よ。
 その為には貴方の力がいる。ねぇギル、貴方にも目的があるんでしょう?
 彼は単なる一時の裏切り者ではなかった。もっと大きな目的に関わっていた可能性が高いのよ。
 ―――それこそ、7年前から。どう、話を聞きたくない?」

ふーーー、と長く息を吐き、しばらく眼を閉じる。しかし、最早考えるまでもない事だ。
今の俺が成すべき事。行くべき四本目の獣道。それが今目の前にある。それはアルテミシアに・・・ミアに続いている。
再度目を開いた時、ギルバートは不敵な笑みを浮かべていた。

「オーケー、話に乗るとしよう。グレイもここに来ると言ってたな。久々に"ラグネア・ロキア"の三人が集結ってワケだ」

ふっ、とウルザも笑う。お互い同時に拳を突き出し、打ち合わせる。確かな手応えを感じた。
ついでに同じ手で目の前の頭をポンポンと撫でる。癖だが、あ。と気付いた時にはもう遅かった。

「それをすんなっていつも言ってんでしょ!!!?」

叫び声と同時、ウルザの拳が綺麗にギルバートの顎を貫いていた。やれやれ、相変わらず良いの持ってやがる・・・
そう詠嘆するのも束の間、ギルバートの意識は再度暗い闇の底に沈んでいった―――

153 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/03/20(土) 02:02:21 0
『恨んでもいい。正当性をくれてやる』

苛立たしげな舌打ちと同時、背後に生まれる風斬り音。
氷柱を差し込まれるかのような悪寒に顔を捩って見ると、そこには断頭台の刃が如き手刀を今まさに振り下ろさんとするギルバートの姿があった。
無論回避など間に合いはしない。

(だめ―――)

せめて意識を刈り取られることだけは抗ってみせると覚悟を決め、歯を食いしばる。
しかしその刃が振り下ろされることは無かった。

『……寝ぼけてたこと言ってんじゃねえよ。まだ酒が残ってんじゃねえのか』

耳朶を打つ声にフィオナが恐る恐る振り向くと、そこには横合いから寸前で手刀を受け止めたレクストが此方を見下ろしていた。

『俺が言ってるのはアンタにだぜ、騎士嬢――!!』

そのままギルバートを押しのけフィオナの目の前へ割り入ってくる。
彼我の身長差も相まって仰ぎ見なければ顔色も伺えない、そんな距離。
フィオナはレクストの声に乗る威勢に気圧されて思わず一歩後ずさってしまう。

その一歩によってもたらされ、より鮮明に見えるレクストの表情。
眦は釣り上がり、口は真一文字に結び、何時ものおどけた様な雰囲気は一切見られない。

『俺は従士、庶民の味方だ。だから、真相はどうであれ大罪人が処刑させることで庶民の心に安寧が戻るなら、
 それに与するもやむなしと考えてる。それが俺の仕事で、やらなきゃならないことだからだ』

冷たく低い言い聞かせるような声。
諦めろ。言外に含むのはそういうことなのだろうか。

だが違った。
フィオナを見据えるレクストの目には怒気とは違う確かな熱が込められていた。

――ジェイド=アレリイの死じゃ、安寧を得られないんだろ?

「あ……。」

そうだ。
フィオナ=アレリイはジェイド=アレリイの死を黙って受け入れることなど到底出来ないのだ。
どんなに教会の教えを刻み付けてみようと譲れないものが其処にはあった。

「ああ――」

涙を浮かべ、コクコクと頷きを返しながら、段々と饒舌になっていくレクストの言葉に耳を傾ける。

『物事が万事上手くいくとっておきの方法があるぜ。一言俺にこう言えば良い。『手を貸してくれ』ってな。
 そしたら見せてやるよ。刮目して見とけよ?――この俺の、最高にカッコ良いところをなぁ!!』

「――あ。」

そして涙に歪む視界が捉えたのはビシリとポーズを決めたレクストと。
その『最高にカッコ良いところ』の真っ只中のレクストに拳を打ち込むギルバートの姿だった。

154 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/03/20(土) 02:08:21 0
『仕方がない。あの馬鹿に免じて…いや、あの馬鹿がこれ以上引っ掻き回したら収拾つかないから手助けしてやる。』

壁の大剣にしたたかに頭を打ち付けたレクストを余所に、険しい視線をフィオナに突きつけるギルバート。
一度呆れたように嘆息すると、オーブを操り帝都の地図を立ち上げていく。

『・・・・・・処刑会場については俺は正面の方に行くぞ。
 どうせ会場で合流する事にはなるが・・・発覚した途端にその場で警備に一斉包囲される訳にもいかないだろ?
 騒ぎついでの脱出路も確保しとかなきゃいけないしな。』

ギルバートに拘束具を投げ渡し、囮役を引き受けてくれるのはハスタ。
そして鉄拳の後遺症からか立ち上がるものの足取りの覚束ないレクスト。

皆がジェイドの救出に力を貸してくれる。
フィオナは外聞も無く泣き出してしまいそうになるのを必死に堪え、涙を拭うとまだ伝えていなかった言葉を口にした。

「皆さんありがとうございます。改めてお願いします。
 私に……手を貸してください。」

そして深々と頭を下げると相談を続ける三人の下へ加わる。

救出後の逃走経路として地下水道網の使用。
警備の内側からの手引き、そして作戦開始後の処刑場の混乱役とここまでは決まった。

あと必要となるのは囮役のハスタが騒ぎを大きくするために必要な"火種"と自身がジェイドの下へと辿りつく方法だろうか。
それも出来れば極力人目に付かない方法が望ましい。

室内に展開された地図と睨めっこしながらああでもない、こうでもないと考える中、ふと処刑会場を取り囲む建物に目が止まる。
それ自体は何の変哲も無い建物なのだが、これを使えば"火種"と"移動手段"の両方がなんとかなるかもしれない。

「……今回の処刑は度重なる異変への不安解消のための見せしめ、つまり帝国の威信回復が目的なのですよね?」

フィオナは確認するように問いかける。
返ってくる答えは肯定。

「なら、処刑台の周りに帝国旗や断幕の一つくらいはこれ見よがしに飾るはず……、それを燃やしましょう。」

処刑は衆人環視の下、日中に行われる。
であれば遠距離から発火させる手段がフィオナにはあった。
そして建物と処刑場の高低差を利用して、群集の頭上を越え一気に距離を縮める方法もだ。
すなわち、"白光"による狙撃と"落下制御"による跳躍移動。

フィオナは地図に浮かぶ建物の中の一つを指し示す。

「私はこの位置から列車で使用した奇跡で会場を狙撃します。
 人手も多いでしょうから火はすぐ消されるとは思いますが……それでも騒ぎの元には十分ではないかと。」

結界都市の法を守る聖騎士は、しかし真顔で火付けをしましょう。と提案した。

155 名前:ルーリエ ◇yZGDumU3WM[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 14:03:21 0
一体、どうしてこうなった

その神殿騎士は思った。
首筋を伝う汗が、彼の着る鎧の中を暑苦しく蒸す。
彼は弔詩を詠む司祭を挟んで、反対側に立つ同僚に目を向けた。当然の事ながら、兜に阻まれてその表情は見え
ない。結果、彼も動くわけにはいかなくなる。異常な事態だというのに、何一つ問題は起こらないまま葬儀は続
行される。

 不届き者が神殿を襲ったのは昨日の事だった。何人かの神官と神殿騎士が殉職した。不幸なことだ。その中に
は自分と仲の良い同僚も含まれていた。誠に残念なことだ。しかし、

(本物の死神が来るなんて聞いていないぞ)


 葬儀の午前の部は滞りなく進んでいた。昨晩の深夜に急遽葬儀と襲撃者の公開処刑がほぼ同時に行われる事が
決まり、一時はどうなることかと思われたが、身内の葬儀なのだと言う意地も手伝ってなんとか無事に間に合っ
た。神殿前での処刑を聖女はやたら渋ったが。
 不穏な事態となったのは午前の部も闌となった時だった。
突如現れた騎士達が一般参列者席に紛れ込んだのだ。
騎士と神殿騎士は通常、パトロンの取り合いの為お互いを牽制し合う仲であり、こう言った身内の葬儀には申請
しないと参列できない習わしだった。
明らかな領分の侵害。
しかし文句を言いかけた神殿騎士達は凍りついた。

単なる逆光かと思われた鎧の漆黒は本物だった。

魚を模した兜が五つ。
鳥を模した兜が二つ。
犬を模した兜が一つ。

“盾を持たない黒騎士”

それは言わば子供だましな伝説。
昔、法を取り締まる組織である従士隊、神殿騎士団、騎士団の中で唯一の逮捕特権の持ち、最も練度の高かった
騎士団の不正を『暴力』と言う形で、一晩で文字通り叩き潰した者達が居た。
不可能なことである。
騎士団の汚職は帝都に広く蔓延っており、明らかに小集団でできる行為ではない。かといって、従士隊も神殿騎
士団も動いた形跡はない。それにそもそも騎士団はその当時、群を抜いて強かったのだ。少なくとも一方的に叩
き潰されるなどあり得る事ではなかった。

やがてその不可解な事件は一つの伝説を産む。多くの人がその夜に確かに見たと口にした黒い重鎧を纏った徒手
空拳の騎士。
厳重な警備を、まるでその身が透けているかの如くすり抜けて対象だけを暗殺した手腕。
汚職をしていない者でも、高位な騎士なら全て殺した残忍さ。
死体の一部が獣に食い千切られたかのように欠けていた事実。
彼らを殺したものは人ではない。即ち死神、或いは盾を持たない黒騎士……亡霊だと。

その伝説が目の前にある。

156 名前:ルーリエ ◇yZGDumU3WM[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 14:04:39 0
神殿
異教の神を祀る場所。かつて己が大祖父の村を滅ぼした元凶。矮小で、脆弱で、一欠片の真実もない、保身のみ
が信念の偽りの神。家畜らしいぬるま湯のような戯言を振り撒き、それでいて小賢しく策を巡らす神だ。
周りを見渡せば、家畜に紛れて顔は見えずとも、隊員達の苦々しい感情がありありと伝わってきた。
正面に目を向ける。
 わざとらしく、陽光が架かるよう計算されて並べられた棺桶。祭壇の前には弔詩を詠む司祭らしき人物。その
両脇には金の彫り込みの入った儀礼用の鎧を着た神殿騎士が二人。更にその前の空間には貴族用の余裕のある配
置の席。席の数は六十。標的はその中に入り交じっている。

鎧の噛み合わせを体をゆらして確認しながら、思う。
下らない家畜相手の任務だ、縛りが有って当然だろう。殺すだけなら誰にでも出来る。それこそ家畜でさえ。
首を回して標的の位置を確かめ、距離を測る。頭の中で標的以外の家畜を掻き分け、放り捨て、標的の頚を掻く。
単なる理想。理想を現実に当て嵌め、因子を含め、失敗を仮定し、想定する。悪くない、十秒と掛かるまい。

と、弔詩が止む。といって、葬儀が終わったわけではない。僅かな静寂の瞬間。外からの、処刑を見物する家畜達の喧騒が静寂の中で浮き
上がる。息を殺して、参列者達はその音を聞き入る。あるいは無意識にか。
 唐突に鐘は鳴る。
五つの鐘が交互に、時には重なって響く。空気が揺れ動く。家畜達の性根が弛緩する。隊員達の鎧が軋む。
ンカイが親指の付け根を手斧の柄に触れさせ、ガタスが矢の羽根を人差し指で撫でる。だがそんな些末は直ぐに
遥か遠方へ退く。事象は単純化され、己の手のひらに乗る。不安や疑念、疑問は粗野な本能に笑い飛ばされ、意
識は一点、ただ一点のみににじり寄る。
殺す、と。
鐘の鳴動はまだ終わらない。
踵が僅かに浮く。自分はここまで辛抱の無い稚児だったろうか?自制する。鐘が鳴り終わるまでだ。太股の健が、
筋肉が、腮が、莫大な伸縮の前触れを感じ取ってひきつれ、唇の端は自然とつり上がる。

この過程が、この過程のみが己が己たる証拠。家畜に使役されて尚無様に生き永らえる意味。

鐘の余韻が確かに退く。隊員達が重心を前に傾ける。司祭が立ち上がり、休憩を告げるために口を開く。その口
から言葉が出る前に、唇の端を舐め、厳かに、けれど努めて凶暴に、猛る猟犬の口縄を断つ。

「各員に告ぐ、状況を開始せよ」


157 名前:ルーリエ ◇yZGDumU3WM[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 14:05:49 0
噎せ返るような血の臭いの中、壁際に逃げた家畜達が遠巻きにこちらを眺めている。各々の目に浮かぶのは恐怖
か、混乱か。荒唐無稽な夢でも見ているかのように、それらの表情はぼんやりとしていた。
標的の顎から上を吹き飛ばして、そのまま壁に突き立った投擲用の手斧を引き抜く。
祭壇の上に乗った狙撃手と観測手の二人。ガタスとクラウチが二言、三言言葉を交わし、こちらに手のひらを向
け、一定間隔ごとに手の形を変える。

「総員、状況終了。撤退開始」

「了解、状況終了。撤退開始」

矢の回収と標的の死体の確認を終えた。と手信号から読み取り、周りに撤退の指示を出す。未だにふらふらとお
ぼつかない足取りで逃げ惑う家畜や、へたり込んだまま動かない家畜の間を縫って入り口へと向かう。
 入り口を封鎖していたハゥトとクンヤンに、このまま副隊長未満を連れて楽器屋の三人を回収。と指示する。

「詰め所に戻れ……二時間経っても帰還しなかったら、死体を回収しに来い」

「了解」

「ンカイ!!遊んでないでさっさと戻れ!!」

一人神殿騎士を追い回して遊んでいたンカイを叱り付ける。しょんぼりしたように、名残惜しげに神殿の奥へ逃
げて行く神殿騎士を見送った後、ンカイは呟いた。

「くそう……御馳走が逃げた」

「十分標的を食べただろう?」

「それが首筋に噛みついただけで……ああ、どうせなら二の腕を噛みに行けば良かった!!今からでも間に合いますかね!?」

物欲しそうに近くに転がる死体を眺めながらンカイが呟く。

「駄目だ、状況は既に終了している。死体の持ち帰りも駄目だ、勿論つまみ食いも駄目だ。はみ出た内臓をつつくな、カラスかお前は」

「……駄目駄目ばっかり言いやがってからに、もう少し若い雌には優しくするもんですぜ?」

知らん、と言って最後の確認にがらんどうになった神殿を見渡す。入り口の封鎖を解いただけで、残っていた家
畜達は死に物狂いで逃げていった。副隊長以下の隊員は既に撤退している。ガタスは晒されている筈の死体を確
認しに、神殿から出ていった。
幾つかの破壊された椅子。中身がはみ出た棺桶。三十人分の肉塊は純白の床に広がる血の海に沈み、血痕は天井
近くまで跳ねていた。神を表す像に誰かしらの腸が引っ掛けられているのに気付き、その皮肉に少し愉快な気分
になる。
不意に入り口の扉が開き、ガタスが帰ってきた。

「どうだ、このまま拐えるか?」

「いえ、それが……」

158 名前:TIPS ◇yZGDumU3WM[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 14:06:33 0
腰まで汚水に浸かりながら、ミスカトゥ三兄弟はやっと二人通れるほどの下水道に、壁に寄り掛かりながら並ん
で立っていた。
会話はなく、灯りもない。暗闇の中でじっと水音を聞く。仲間達の合流を待つ。

不意にダニーチェが顔を上げた。空耳か?ダニーチェはもう一度集中して耳を澄ませた。
今度は一斉に、三人ともが顔を上げる。キチリ、と鎧が音をたてる。

「……テケリ・リ、テケリ・リ……」

弾かれたように三人は顔を見合わせた。不味いことになった、と。寄りかかっていた壁から離れ、極力音を立て
ないように手信号で『音の根元』を互いに推測しあう。

(生きたまま食われるのはごめンだぞ)

(兄貴、来た方と反対の方だ)

(悪運だな、合流前に気付けて良かったぜ)

いくら不死身の彼等でも魂の位置まではそう遠くまで移動できない。死んでは生き返り、死んでは生き返りを永
遠に繰り返すのは御免だった。
気付けば水の流れが逆向きになっていた。良くない兆候だ、相当近くにいる。
彼等は汚水に潜り、鮪のような早さで直ぐ様その場から離れた。もう少し手前でも仲間と合流できる。

しばらくして、つい先程まで彼等がいた場所をなんとも名状し難い黒い泥がゆっくり、ゆっくりと移動していった……。

【モンスター:ショゴスがお昼ご飯を食べに、神殿あたりの下水道に来たようです。音をたてたり、明かりをつ
けていたりするとふらふらそちらに向かってしまうので注意しましょう

ティンダロスの猟犬:ティンダロスの猟犬は正規のルートを外れて、遠回りして帰ることにしたようです。】


159 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/03/21(日) 01:59:15 0
ダクファンにはもう期待しない

160 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/03/21(日) 13:15:38 0
カスばっかだなここ
自分のことしか考えてない奴ばっか

161 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/03/21(日) 13:32:34 0
自己紹介乙

162 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/03/21(日) 13:47:16 0


ほら出ました糞ニート

163 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/03/21(日) 20:00:23 0
それはそれは、重ね重ね御丁寧な自己紹介痛み入ります
社会貢献のために一つ自殺でもされてはいかがでしょうか

164 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/03/21(日) 20:34:21 0
そうやって馬鹿みたいにかまうのが従士
程度が低いんだよ程度が

165 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/03/22(月) 01:29:02 0
ダクもレベル落ちたな

166 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 10:57:32 0
前からそうだろw

二期に入ってからゴミコテしかいなくなった
まとまりが何よりないしな

167 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 21:56:28 0
従士…糞ガキ

アイン…糞ガキ

ハスタ…空気以下

ミカエラ…無責任

マダム…無責任

ルキフェル…器じゃない

終わってるな

168 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 22:16:58 0
本スレは雑談するところじゃないのでダクヒナいってもらえます?

169 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/03/22(月) 22:28:49 0
ダクヒナも雑談してないだろ

170 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/03/23(火) 00:14:13 0
本スレの進行に関係ないネタフリですらない事はよそ行けと

171 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/03/23(火) 00:53:36 0
キメ顔で宣言を放った瞬間、眼前で色が弾けた。

>「こ ん の ・・・色餓鬼がああ!」

飛来する拳の火点はギルバート。
鼻っ面のど真ん中を捉えた一撃は強かにレクストを打ち据え、赤の放物線を軌跡としながら吹き飛ばす。

>「トップシークレットを明かしてくれてありがとうよ。驚愕過ぎて俺が涙流しそうだ。これはその礼だ。
  よかったな、身を盾にして俺の拳から女を守りなんぞ最高にカッコいいぞ?」

聞いちゃいなかった。殴り飛ばされたレクストはそのまま宙を舞って後頭部と壁の大剣とを熱烈に邂逅させ、
そのまま頭を抑えながら転げ回る系の作業に没頭していた。ビクビクと痙攣しながらのたうっている。

「いっでえええええええええええええ!!!頭が!スーパーエッリート様の未来溢れる脳味噌が!!
 駄犬てめえ国家権力に手ェ上げやがったな執行妨害と不敬罪のコンボでしょっぴくぞこの野郎ッ!!」

搾り出す怨嗟は届かず、ギルバートは既にこちらを眼中から排除して話を進めている。耳朶を透過する会話内容は救出計画の首尾。
なんだかんだ言って力添えをしてくれるようだ。憮然に見えてその実意外に世話焼きなこの男の性向が、彼の美徳だとレクストは捉えていた。

>『・・・・・・処刑会場については俺は正面の方に行くぞ。どうせ会場で合流する事にはなるが・・・
  発覚した途端にその場で警備に一斉包囲される訳にもいかないだろ?騒ぎついでの脱出路も確保しとかなきゃいけないしな』

>「私はこの位置から列車で使用した奇跡で会場を狙撃します。
  人手も多いでしょうから火はすぐ消されるとは思いますが……それでも騒ぎの元には十分ではないかと」

ギルバートが逃走経路の確保を、作戦に際しての陽動をハスタがそれぞれ立案し、要のフィオナが起点に選んだのは帝国旗の狙撃。
荒唐無稽で前代未聞で前人未到な話だった。帝国旗を汚すという行為は、そのまま帝都が擁する武力の矛先全てと相対するに等しい。
無事救出して逃げおおせれば万事問題なく済むが、そうでない場合――仮に助けられても顔を覚えられたらば、二度と表は歩けない。
そういう覚悟を、必要とする提案だった。そういう覚悟を、既に完了した表情だった。

(さらっとぶっ飛んだこと言うな!いや、吹っ切れたっつうのかな……どっちにしろ引っ込みつかなるとこまで来てるんだよな)

手を貸すと言った以上、後には引けないし退くつもりもない。ないが、導かれるままに彼女を奈落へ沈める気も毛頭なかった。
無論、自分だって泥を被るつもりはない。ジェイドを含めた全員が十全の状態で明日を迎えられること。それだけを求める。

「……オーケーそれで行こう。燃やした旗の下で騒ぎをでかくするのがそこの十歳児、下水への誘導役が駄犬。
 なら俺は『中』をどうにかする。上からふわふわ降ってきたんじゃ的にしてくれって言ってるようなもんだしな。そこら辺は任せろ」

こういった催事や弔事では会場警備の人員が足りない為、非番や市内巡回からも人員を臨時召集する。
希望すれば誰もやりたがらない処刑台での警備を任じられるだろう。特に今回は罪人が罪人だ。野次馬根性は軽蔑されこそすれ不審には見えない。

「処刑台警備の従士小隊になんとか捻じ入ってみる。俺の封印されし人脈人望を解放する時が来たようだな……!
 認識阻害符にも限界がある。従士隊にゃ隠蔽透過の術式があるしな。そこのとこは俺が先立って上空警備を引き受ければ万事解決だ」

確定性のない、不安定な作戦。もしも小隊に入れなかったら、上空警備を任されなかったら、全ては破綻する。
いくら従士隊長に強力なコネクションがあるとは言え、現場で判断を任されるのは小隊長以下の従士達だ。
だから彼はその不安定さを、感情と事実で上書きする。

「昨日の夜、従士隊の隊長室が襲撃された。丁度ジェイド=アレリイが神殿を襲撃したとされる時刻とほぼ同じにだ。
 この二つに繋がりがあるって仮定を捩じ込めれば、今回の件において俺には他の連中より一日の長があることになる。
 つまり、この件に関してだけは心理的にも実績的にも俺が出しゃばる道理と権利が生まれるのさ。そいつを最大限利用する」

実力と権力に乏しいレクストが行使できる、たった一つの冴えたやり方。大人のやり方。
回りくどくて、まどろっこしいやり方。

「俺らしくねえっちゃあねえが、今回は本気出すぜぇ、なんでもやる。それが今回に限り俺の――最高にカッコ良いところだ」

心に沈殿した澱を、正当性で揉み消した。


172 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/03/23(火) 00:58:01 0
【正午近く・神殿広場:特設公開処刑場】

「クソッ、クソッ、やってらんねェぜ。なんだァこの野次馬の多さは?死体製造機がそんなに珍しいか?」

処刑台警備の従士は、広場の端までを埋め尽くす人だかりを一瞥して悪態を漏らした。
苛立たしげに足踏みを繰り返し、その度に剣帯に吊った二本のショーテルが乾いた擦過音を奏でる。

「帝都の市民層は人死にが極端に少ないからねえ。特に大罪人の公開処刑なんて珍しいにもほどがあるし」

同じく警備を任じられた従士の一人は、自身が獲物としている突撃槍を壁に突き立て、地面と並行な柄に腰掛けている。
投げられた言葉を叩き落し、前者の従士が口中で大量生産した苦虫を吐き捨てた。

「っは、『大罪人』ねェ!俺ァ認めねェぞ!?あそこで首括られてるのが誰だか分かッてんのか!?」

「ジェイド=アレリイ。一年前まで同僚だった男だね」

「そして今は屠殺寸前の娯楽提供者ってか!笑えねェ。どいつもこいつも血に飢えてやがんのか?クソッタレが、自分の手首でままごとしやがれ」

「わあお。庶民の味方の発言としてはいささかマズさが過ぎるんじゃないの。失言で失うのは言葉だけじゃないよお?」

「俺ァなあ!ジェイドさんに憧れて従士隊に志願したんだぞ!俺がなりたかったのはこんなとこでグダ巻くすっとこどっこいじゃねえ!」

「益体ないなあ。ヒーローになりたいなら今からでも助けに行けば?大衆に石投げられても救った事実は値千金じゃない?」

「その千金でメシが食えるんならそうしてる!」

「だよねえ。そりゃあそうさ、結局僕らは雛形パンピーの公務員。救われる役も男女が逆だし?」

前者の従士が盛大に壁を蹴りつけ、思いのほか抉れてしまったことに困惑して後ろ足で砂をかけつつ、
処刑台の方へ剣呑の視線を走らせる。その先では、一人上空の哨戒を自分から申し出て詰めている同僚の姿。
その表情に険はなく、ただ思案を募らせた表情で朴訥と空を見上げている。

「――も一つ気にいらねえのはリフレクティアの馬鹿だ。あのトンチキ、なんだってあんなトコでマヌケ面してやがんだ」

「昨夜の事件の個人捜査を認められたらしいね。しまったなあ。あのとき隊長室にいたのが僕なら、もっと上手く取り入ってたよ。
 狙撃手拘束したんだって?そんな実績があるなら現場仕事じゃなくて指揮に回ればいいのにねえ」

「野次馬根性炸裂してんだろ。あるいは体動かすしか能がねえ脳筋のどっちかだ」

「もしかして、ジェイドさんのこと救おうとか考えてるんじゃないの?」

「この衆人環視と厳重警備の中でか?お花畑にもほどがあるぜ。俺、あいつにだけは負けねえ自身あるもん」
  マルチワースト                                         マスターカースト
「"下辺の頂点"の座は流石に伊達じゃないよねえ。教導院時代にひっついてた"上辺の頂点"ももう居ないし」

「ま、そのセンはないな。奴にそんな甲斐性があるとは思えねェ。なにせ俺が動けねェぐらいだからな!」

「君のは打算だろ?そしてそれは間違ってなんかない。生計の道を捨ててまで他人を救える英雄なんて、
 ――それこそ英雄譚の中だけだろうねえ」

処刑台の開設された広場には、巨大な柱時計が罪人の余命を二本の針で刻んでいる。
大小二つの彼らが円環の頂点で邂逅したとき、ジェイド=アレリイの首に掛けられた縄はその本領を覚醒させる。
正午と同時に縄が引き上げられ執行人が術式を起動し、縄へ施術された『切断』の術式が絞首された罪人の頚を断つ。
絞首刑と斬首刑の両方を備えたこの刑を、軟らかい果実を糸で裁断し収穫する様に酷似していることから執行官はこう呼んだ。
    ハーヴェスト
――『刈り入れ』

そして、慈悲なき鐘楼の叫びが広場を満たす。

【時間軸正午。ジェイド死刑執行開始。レクストは処刑台にて上空哨戒――旗に火が点いたら行動開始】

173 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/03/23(火) 01:07:43 0
そういうのを「イジメ」っていうんだよ
何で一度死んだキャラをもう一回殺すんだ

晒しか?

174 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/03/24(水) 12:44:34 0
予想通り

従士主人公じゃあまとまる訳がないんだよなあ

175 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/03/25(木) 14:11:01 0
ちんぽ




うんこ」

176 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/03/25(木) 22:50:12 0
大神殿で執り行われる合同葬儀と公開処刑。
参列者と群衆に紛れギルバートはその外周を歩いていた。
ジェイドを奪還した後、逃走経路を確保する為に。

急遽決まった奪還作戦。下見も準備も根回しも何もない。普段からは考えられない杜撰な作戦だ。
だが、それでもやらねばならぬことに多少の苛立ちを覚えながら脱出ポイントを通り過ぎる。

「・・・・?」
顔には出さない。歩も緩めない。
ただの通りすがりの一市民を装っているが、目は確実にその異変を捕らえていた。
誰も目にも留めない様な下水道の蓋が開いた形跡があるのだ。
しかも極最近、いや、モノの数分前に空けられたかのような。
ギルバートの中で小さな苛立ちは一気に芽吹き、嫌な予感となって脳内に渦巻く。

それと同時に神殿内から溢れる強烈な存在感に思わず振り返る。
何かが自分の知らないところで進行している。しかもしれは自分達の行動に大きな影響を与える。
根拠も何もない。言ってみれば長年の勘、だろうか?
しかしこういう勘は外れたことがない。

本来ならば作戦の中断をするところだが、既に中断どころかその違和感を伝える時間すらもなかった。
鳴り響く神殿の五つの鐘。
その音に紛れ、神殿の扉が閉まる。
これが決め手だった。

――『刈り入れ』
鐘が鳴り止むと共に叫ぶように告げられる執行官の声。

この処刑は見せしめと断罪、そして鎮魂の意味を持つ。
なのになぜ神殿の扉は閉められる?
神殿で眠る死者達への鎮魂の手向けを扉を閉めてみないのであれば神殿前で行う理由がない!

そこまで思考が行き着いたときには、既にギルバートの身体は群衆の合間を縫う様に流れ抜けていた。
取り付く神殿の壁。
上段からの窓越しにギルバートが見たものは、阿鼻と叫喚の狂想曲!
溢れる血の匂いと死の気配!
黒騎士たちの殺戮の宴だった。最早殺戮ともいえない、一方的な屠殺。
その姿にギルバートは昔話を思い出していた。
騎士団を壊滅させた黒騎士……亡霊の伝説。

曰く太古より円環都市の深みに住まうモノ
曰く呪いの枷に繋がれし皇帝の最後にして最強の懐刀

一方的な惨劇ではあるが、良く見れば無差別ではない事がわかる。
その事が一層ギルバートの背筋を冷たくするのに一役買っていた。
単なる殺戮集団ではなく、何らかの目的を持った統率された集団である、と。
しかも殺されていく貴族達の顔はギルバートも知っている。それが意味することは・・・

ギリリリと歯軋りをするが、そのままギルバートは神殿の壁から消える。
黒騎士の集団は脅威であり、放置する事はできないが、今は何もすることも出来ない。
それよりもやる事があるのだから。
あけられた形跡のある下水道蓋、神殿を襲う黒騎士の一団。
今更変更も出来ぬ奪還脱出作戦。
「侭ならんものよな……!」
後数瞬もすれば神殿内の惨劇は外に溢れ出し、一帯はパニックに陥るだろう。
後は野となれ山となれ、というのは流儀に反するがどうにもすることも出来ず、ただこのまま手はず通りに進めるしかない。
逃走経路である下水道口を目指し駆け抜ける。

177 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/03/25(木) 23:42:31 0

そういうのを求めてるんじゃないからw

178 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/03/26(金) 21:35:43 0
断罪と追悼の鐘の音が、川から溢れて暴れ狂う瀑布のように、広場を満たす。

「――刈り入れ」

荒ぶる水面はしかし、ただの一言で静謐へと押し戻された。
罪人の首を括る縄が煌々と光輝を放ち、贖罪の瞬間が迫っている事を主張する。
場の好奇が、敵意が、ありとあらゆる感情が加速度的に膨張していく。

あと数秒も掛からぬ内に、罪人の首は飛ばされるのだ。
水袋に針を突き刺したかの如く鮮血が溢れ、同時に群集が各々の内で膨らませた感情もまた、弾けるのだろう。
一度は堰き止められた奔流は、快楽や爽快に化けて再び解き放たれる。

滞りの無い予定調和。人知れず統制された群集心理。乱れの無い濁流。
言いようの無い不快感に、アインは表情に険を浮かべた。

目を閉ざし嘆息を一つ零すと、彼は白衣の裾を翻す。
もとより、この場に残った理由など単なる気まぐれに過ぎないのだ。
間もなく訪れるであろう奔流の中で、一人冷静の彼岸に取り残されるなど、想像するだけで怖気が走る。

そう断じた彼は場から遠ざかる一歩を踏み出し――だが唐突に上がった悲鳴にふと、踏み止まった。
徐ろに振り返ってみれば、遙か彼方で帝国の象徴たる旗が炎に蝕まれ、黒煙を上げる光景が彼の双眸に映り込む。

更に直後。アインの足元に、はたと影が差す。
思い掛けぬ景色に停滞していた彼の思考は、偶然にも視界が陰った事により再起動された。
慌ただしい所作で彼は天を仰ぎみる。

頂点に昇り詰めた太陽の逆光に浮き彫りにされたフィオナ・アレリィが、彼の視界を縦断していた。
重力の手を振り払う奇跡の描く軌跡によって彼女は弟の元、処刑台の上へと運ばれていく。
だが、

「『二手』……どうしようもなく、遅い」

網膜を突き刺す陽光にか、或いは他の何かによってか、アインは目を細めて呟いた。
彼女は『二手』、この圧倒的な逆境に対して遅れを取っている。

まず一つ、幾ら国旗を燃やし陽動した所で、彼女の軌跡は文字通りの意味で『遅い』のだ。
この場を警護する従士や神殿騎士の面々が彼女を、処刑台に降り立つまで呑気に看過する可能性は、限りなく低い。
そして一人にでも察知されてしまえばそれは波紋の如く広がり、彼女は回避の出来ない的と成り果てる。
彼女に優れた神託があった所で捌き切れねば意味はなく、よって全方位からの砲撃を受ければそれで詰みだ。

そしてもう一つ、よしんば彼女が運良く――神託により無意識に契機を見計らった可能性があるとして――誰にも悟られず処刑台へ降り立ったとしても。
断首の宣告は先んじて、唱えられてしまった。
彼女が緩やかな滑空を経て処刑台へ到着するのが先か、弟の首が姉の頭上へ撥ね上げられるのが先か。
公算が高いのは、言うまでもなく後者であろう。

いずれにせよ彼女は弟を救えず、最悪なら己の命すら落とす事になるのだ。
視線を落とし、アインはジェイドを見据える。
姉の姿に気が付いているのか、彼は必死の形相で何かを叫んでいた。

「……それでも、言っただろう。姉を蔑ろにしたお前に助けられる権利はないし、助けるつもりもない」

アインの唇が細微に動き、呟きを零す。
ジェイドを見捨て、見放す呟きを。

「だが……」
けれども彼の口端は小さく、吊り上がった。

「お前の為に全てを投げ打ったあの姉は助けられて然るべきで……だから僕は、助けてやる。聖騎士ではなく、姉としての、あの女をな」

179 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/03/26(金) 21:39:27 0
肌身離さず持ち歩いていた鞄のダイヤルを弄り、開く。
姿を見せたのは、数え切れない程のオーブだった。

「列車襲撃の際、車両の中にいた『コイツら』は僕が貰い受けたんだ。
 元々は解剖用のつもりだったが……まあ結局殺される訳だし、さほど結果は変わらんか」

手に取ったオーブをぶつけ合わせて、亀裂を走らせてから宙へと放る。
オーブに入ったヒビは瞬く間に広がっていき、中に封じていた『魔』を解き放つ。

白い羽を周囲にばら撒きながら、白い鳥獣が空を埋め尽くした。
丁度フィオナを隠し、また砲撃から守る幕のように。

「これで一手、お次は……」

再度処刑台へと目線を移した彼は、出し抜けに右手を台上にかざす。
しかしふと、そこにもう一人見知った人間がいる事に気が付いた。

「アイツは……」

列車襲撃の後に馬鹿にした男が、帝都到着の際に間抜け面を拝んだ彼が、これまでになく険しい表情で身構えていた。
ヴァフティアの英雄と言う誉を持つ彼が、何よりも従士である彼が、仲間の為に立っていた。

「……ふん、そんな面も出来るんだな。なら、そっちは譲ってやる。精々見せつけてやるがいいさ」
伸ばした右腕を引いて、アインは一層笑みを大きくする。

「お前の、最高にカッコ良いところをな」

180 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/03/26(金) 23:30:09 0
何か勘違いしちゃってる人がいますねえー

181 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/03/27(土) 03:34:25 0
顔を上げればどこまでも広がる蒼穹。
神の御所たる太陽は今にも中天にさしかかろうとしている。
ルミニア大聖堂前に急造された特設公開処刑場、それを眼下に納める位置にフィオナは居た。

いつもの白い神殿衣の上に濃緑の外套を羽織り、長い髪は頭の後ろで括られ馬の尾のように垂れ下がっている。
知る人が見れば単なる仮装としか映らないが即席の変装である。

「やはり結構な人数が居るようですね……。」

処刑場を睥睨しながらぼそりと呟く。
大聖堂を血に染めた世紀の殺戮犯の最期を一目見ようと処刑台には大勢の群集が押しかけていた。

その中に混じるように、見慣れた従士隊の正装を纏った者達が配備されている。
とりわけ処刑台付近には多くの人員が割かれているようだ。

だがあの場に居るのは敵だけでは無い。
囮となるため群集に潜んだハスタが、選んだルートをより磐石のものにするため従士隊に紛れたレクストが、そして退路を確保するギルバートが居るのだ。
たったの三人、と人は言うだろう。
しかしその三人は魔が降臨し恐怖に塗り替えられたヴァフティアを共に戦い抜いた仲間なのだ。
彼らが力を貸してくれる。その事実だけでフィオナの胸中に恐怖は微塵も無かった。

視線の先には処刑台。
そしてその横に帝国旗が威風を放ち、高らかと掲げられていた。
真紅に染め上げられた下地に翼を広げ王冠を頂く黒竜が描かれた帝国の力と威信の象徴。
ただし今に限って言えばそれは狙撃目標に過ぎないのだが。

フィオナは一つ目の目的を果たすべく深呼吸を一度。
そして天を仰ぎながら朗々と聖句を紡ぐ。

時を同じくして処刑台でも動きがあった。
顔を見られないよう白い覆面を被った執行官が壇上に現れる。
水をうったように静まり返る群集と、待ちわびたかのようにけたたましく鳴り響く鐘の音。

『――刈り入れ』

「――光の裁きを!」

宣言と発動。奇しくも同じタイミングで両者は言い終えた。
縛められたジェイドの頚が徐々に吊り上がり、束ねられた閃光は白焔となって帝国旗を紅蓮に焦がす。
群集から湧き上がる悲鳴と従士たちが張り上げる怒声が混ざり会場は混乱の坩堝と化した。

最初の目的は果たしたもののフィオナの顔に浮かぶは驚愕の色のみ。
それもそのはず、慌てふためく執行官をよそにジェイドにかけられた縄は断罪の手を休めていないからだ。
目論見が外れたことへの苛立ちと、刻一刻と弟に迫る処刑執行への焦燥感。
このまま手を拱いていては最悪の結末が待つだけなのだ。

「……るか。」

そんなことは許容できない。

「……させるかああぁ!」

フィオナは短く叫ぶと、放たれた矢のように処刑場へ跳躍した。

182 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/03/27(土) 03:41:40 0
逃げ惑う観衆の頭上を飛び越え、一気に処刑台を目指す。

(く……うっ……)

容赦なく襲い掛かる自由落下の勢いに顔が引きつるが気合でねじ伏せる。
掌中にはマダム・ヴェロニカから借り受けた認識阻害符。
魔力を通している間効果を発揮し、文字通りそこに居ながらにして他者の意識の外に身を置くことを可能とするものだ。

このような場面でいかんなく威力を発揮できる術式の一つだが、無論弱点もある。
従士隊正式装備に備わっている隠蔽透過の術式による看破と、攻撃動作や別の種類の魔力放出などといった能動的な行動によって効力が減衰することだ。
神官が行使できる奇跡は神の力の一端を顕現させるものだが、その呼び水となるのは術者本来の魔力に他ならない。

なので跳躍直後に"落下制御"の奇跡は使えない。
使用と同時に認識阻害の効果が十分に発揮できず即座に発見され的になるだけだからだ。
とはいえ減速しなければ接地の衝撃で良くて重傷、最悪即死である。
ゆえに落下速度を相殺できるぎりぎりの距離まで耐える必要があった。

フィオナは歯を食いしばり落下すること暫し、処刑台まで半ばを過ぎた辺りか。
そろそろ頃合だ。

「主よ、我が身に羽の軽やかさを!」

認識阻害符へ回していた魔力をカット。
"落下制御"の奇跡を顕現。
ふわりと、体を引っ張る大地の鎖から解き放たれゆっくりと降下し始める。

それとほぼ同時。処刑台近くに居た従士の一人とばっちり目が合った。

「まずっ!?」

思わず昔の口調に戻りながらも腰の長剣に手を伸ばす。
従士が手にした弩を此方へ向けた瞬間、何処からともなく純白の鳥がフィオナの身を隠すように現れた。
一瞬にして目標を見失った従士の矢があらぬ方向へと放たれる。

「あぶなっ!た、助かりました……。」

安堵の溜息もそこそこに、まるで自分を守るかのように飛び交う白い鳥獣に目を向ける。

「これは一体……まあ、でもっ、何にせよ好都合です!」

目的地までの距離は既に残り僅か。
周囲に展開している従士たちは突如として現れた鳥獣の対応に手一杯の状態のようだった。
もちろん囮役のハスタや、従士隊に混じったレクストも混乱に拍車をかけるのを一役買ってくれているのだろう。

「間に……合った……。」

舞い落ちる白い羽を背に濃緑の外套をはためかせ、フィオナは処刑台へと降り立った。

183 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/03/27(土) 14:28:43 0
ハスタとか

もういらんだろ

184 名前:ルキフェル ◆7zZan2bB7s [sage] 投稿日:2010/03/27(土) 20:59:04 0
「どうなっている…状況を報告しろ!」

大声で叫ぶ部下達を余所に、金髪の男――ルキフェルは処刑台の様子を
群集からは離れた場所から見つめていた。
篭絡させた神殿騎士達は謎の集団に襲われ壊滅。
見たところ、レクスト達の一派とは違う連中のようだ。
神殿で出会ったあの召使風の女の仲間だろうか?

ルキフェルの隣でマンモンがそのような考えを巡らせているのを
気にする風でもなく、ただ無言のまま動かない。
マンモンには分かっていた。ルキフェルという者は、このような時
何を感じているのか。

(ルキフェル様は、怒っておられる……それも、とてつもない怒りだ)

マンモンには怒りの矛先が理解できた。
あの黒い鎧の連中だ。ルキフェルという者が最も嫌う事。それは――

「逆らう者は排除するだけ……だ。それがハエ1匹であろうと。」

ようやく放った言葉が、マンモンの推測を証明していた。
丁度同じ頃、フィオナが処刑台に降り立つ。
その様子を見つめ、今にも飛び出さんばかりに歯をかみ締めるマンモンを見るなり
ルキフェルは笑顔を浮かべた。

「……どうしました?貴方の大事な弟子が、危険を顧みず進んで行った道です。
どうなろうと、私は関与しませんよ。」

マンモンはルキフェルの眼に射られたまま動けない。
ルキフェルは、群集の中へ歩み寄りながらフィオナの姿に堪えきれず
笑い声を上げた。

「どうです?愛というのは愚かでしょう。
愛故に、人は狂う。そして破滅する……貴様の弟もそうだ。
そして、フィオナ・アレリィ。貴様も破滅するのだ。
自らの愛に飲まれ、そして憎悪を生み……闇に堕ちる。」

【ルキフェル 猟犬の襲撃に怒り? 処刑を観覧中】



185 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/03/27(土) 21:09:07 0
ルキフェル、場面動かすの忘れてるぞ

186 名前:アイン ◇mSiyXEjAgk[sage] 投稿日:2010/04/07(水) 02:23:54 P
アイン・セルピエロは心地よい達成感の余韻を感じていた。
細微、非常に些少なものではあるが、確かに彼は高揚していた。
理由がどこから兆したものかは彼自身が思索の根を伸ばしても解り得ないが、確かに。

けれどもそれは、長くは続かなかった。
不意に、彼の五体を寸毫程も漏らさず遍く刺傷する気配が降り注ぐ。
悪寒が一回りして昇華を経たのか。
全身を無用の紙片宛らに引き裂かれる錯覚を覚え、アインは卒然と背後、気配の放たれる方角を振り返った。

そして、彼は捉えた。
遙か遠方にいながらも眼前に屹立し俯瞰されているかと思わされる、怒気を迸らせる金髪の男を。
内蔵内腑に余さず冷冽な刃を添えられたような。
どれ程の語彙を尽くそうが例えられぬ程の絶望と恐怖が、アインを終世の大洪水もかくやと呑み込んだ。

これに至り、彼は初めて。
己が尋常ならぬ魔窟に、正に今広場に舞う羽毛よりも軽い気持ちで踏み込んでしまったのだと悟る。
だが最早後悔が先立つ事はなく、今更底知れぬ深淵から這い出る事は能わない。
なまじ従士達を混乱に陥れるべく派手な騒動を起こしたばかりに。
彼の金髪の美丈夫、ルキフェルの怒りはアインに収斂される事となってしまったのだから。
手ずから企てた喜劇を無闇な演出に依り崩落させられたとあらば、必然であり当然だ。

やがて憤怒が醸す大鎌の白刃は、アインの首から離れ去っていく。
然るに、まるで心の臓が氷の模造品に挿げ替えられたのではと尋ねたくなる程に。
彼の身は絶えぬ旋律に支配されていた。

愕然と震える彼。
その彼が脳裏に浮かべていたのは唯一、今も研究所で一人病床に臥している恩人の顔だった。

187 名前: ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/04/07(水) 05:17:05 0
鐘楼が雄叫びを挙げるのと時を同じくして、遠巻きにそれを眺めるルキフェルの背後に影が落ちた。
一陣の風を伴って出現した人影は丈長のローブマントに三角帽、手には鋭美な意匠の魔導杖。広い鍔元の下には短く整った黒髪が覗いている。
ルキフェルにとって、それは既知の顔だった。『自壊円環』の雛形を提供し、その魔導技術力を以て開発を委託した魔導師。

「や、お取り込み中に失礼するよ」

セシリア=エクステリアが、遅まきながらも参上した。
周辺のSPINが原因不明の作動障害によって使用できない為、『飛翔』と『跳躍』の高位術式を用いて跳んできたのだ。
神出鬼没のルキフェルではあるが、姿を表している時ならばその所在を精査することはセシリアにとって難題ではない。

「貴様ッ――!」

数瞬が経過して、ようやく護衛に立っていた騎士の時間が動き始める。
突如の侵入者に固まっていた体躯を弾くようにして踏み出し、セシリアに肉迫する。
主に貴族や元老院の護衛を任ずる騎士団にとって、予告なき到来者は例外なく『曲者』として処理する対象だ。故に、抜き放った刃に迷いはない。

「――『天地天動』」

が、全盛期程ではないにせよ高い錬度と実力を誇るはずの剣は、自分よりずっと矮躯なセシリアの命を狩るに足り得ない。
彼女が何事か呟きを放った途端に、その刃は虚空に牙を突き立てることとなった。はっとして顔を上げても、そこには誰も存在しない。
気付けば背後に術式の気配。うなじに密着するようにして、魔導杖の先を突きつけられていた。

「なっ――!?」

一瞬で背後に回られた。否、何かがおかしい。彼女はその場を一歩たりとも動いていない。そして前方に広がる光景が、先程と違っている。
そう、『いつのまにか自分が後ろを向いていた』。何かを契機に眼前が流転し、踏み出した先が逆転しt――
後頭部で術式が弾け、目の前を星が回遊し、騎士はそのまま白目を剥いて失神した。

攻性術式にて騎士を昏倒させたセシリアは、臨戦の緊張を解いて軽く息を吐いた。
ミカエラ=マルブランケに師事してきた彼女は一通りの戦闘手段を習得してはいるが、そもそも戦闘は本分ではない。
その圧倒的な経験値の無さは幸いこれまでの遍歴で災いすることこそなかったが、鉄火場に命を晒し続ける緊張は慣れるものではない。

「……今朝の号外、見たよ。ウルタールの『天災』、あれは貴方の仕業?ルキフェル氏」

魔導杖を取り回し、5歩の距離もないルキフェルへと突きつけて、詰問する。

「『自壊円環』はまだ試作段階で、試用にも使えないはずだよ。それにそもそも"あれ"は領土内で使って良い代物じゃない。
 運び主になった『龍』といい、――ルキフェル氏、貴方は一体何者なの?何を企んでいるの?」

杖先に灯る術式の逆光で、その向こうに立つ美丈夫の表貌は見えなかった。

188 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/04/07(水) 06:02:47 0
鐘が鳴った。執行人によって押しのけられ、レクストは処刑台の傍から追いやられる。
同時に、詠唱され始められた執行呪詞によってジェイドの戒められた首縄が牽引され始める。

(まだだ……旗が燃えるのと同時に近づかなきゃ意味がねえ――!)

徐々にジェイドの首に縄が食い込み、爪先立ちでしか気道を確保できなくなった頃、広場に別の喧騒が起こる。
突如として燃え上がった国旗。国辱行為は大衆を煽動し、人々は国旗を指さして口々に何事かを叫び始めた。
狂騒だったり、悲壮だったり、歓声だったり、憤怒だったり。不純物ばかりが大半を占める感情のうねりは、数の力で以て爆発する。

「来た――!!」

首筋の跡を隠すために巻いていた封印布を口元まで引き上げ、即席の覆面とする。
担っていたバイアネットの砲門を展開し、唖然としている執行官へ向けて『失神』の魔導弾を連射した。
三名の執行官は音もなく倒れ、しかし一度起動した術式は止まらない。レクストは駆け出し、伏せる執行官を飛び越えてジェイドへと肉迫する。
大人しく刑を受け入れていたジェイドは、燃え盛る国旗を瞳に入れて驚愕の表情を作っていた。

「お、おい、一体どうなってる!?ありゃあ姉ちゃんの――ルクス神殿の聖術じゃねえか!」

「ああ!刮目して見とけよ!アンタの姉貴の!最高にカッコいい所をなあ!!――って、斬れねえ!?」

とにかく今にも絞殺されそうなジェイドの首縄を断ち切らんとバイアネットを打ち下ろす。
が、靱性強化の加護が施されているのかまるで刃が立たない。
試しに黒刃を放ってみるが、表面にほんの少し瑕が入るのみ。切断しようと思ったら、何百回も叩きつけなければならないだろう。

「ああクソッ!そうだよなあ、縄斬れないように加護入れとくよなフツー!考えてなかったぜ!どうすりゃいい……!!」

「俺のことはもういい、覚悟もできてる!いいから姉ちゃんを止めてくれ!!あのお人好しのことだから俺を助けようと動いてくれてんだろ?
 頼む、これ以上あの人に……命をかけさせないでくれ……!!俺は、そうだ、聞いてくれ、俺はもう、」

「ちょ、ちょっと待って、今考えるから!土壇場での閃きに定評のある俺はこんなときでも冷静さを失わず思慮を続けるですますだよ!?」

「落ち着けぇぇぇぇぇぇぇ!!!いいから姉ちゃん連れてとっとと逃げろ!」

「"連れて"、"逃げる"……?――そうか!!」

「えええええ!?閃くパターン入っちゃった!?そういう空気じゃねえだろ今!俺の決意がどうたらこうたらで試されるシーンじゃねえの!?」

ぎゃあぎゃあと唾を飛ばすジェイドを遮って、レクストはおもむろに首縄を掴んだ。掌の感触で、切断術式がまだ起動していないことを確認。
それでも、このまま牽引され続ければ主要な血管を圧迫されるか、頚骨が折れるかして処刑は完了してしまう。
何か言いたげなジェイドを制しながら、レクストは精一杯のキメ顔で言った。

「今からこの首縄の術式自体に干渉して、切断術式をインターセプトする。加護を切断する方向に向けるんだ」

「『連れる』も『逃げる』も関係なくねえ!!?」

突っ込みを無視して、レクストは縄を握ったまま瞼を閉じた。

189 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/04/07(水) 07:06:36 0
『術式は魔力の指向性を定める回路だからね。川に石を落とせば流れが変わるように、仕組みさえ理解できれば術式干渉は難しくないよ』
『完全創作で術式組める奴が言ってもまるで説得力ねえな……』
『認識を変えるんだよ。1+1は2だけど+を×に代えるだけで答えは変わるでしょ?局所的にはそういうことだよ』
『え?1×1って1なの?もう一つの1はどこ行ったんだよ!』
『流石に初等数術で躓くのはフォローできないなあ……』

 * 

(術式は魔力の流れ。力を『どこ』へ『どんなふう』に作用するかを決定する式。触れれば分かる。感じ取れる――!!)

レクストの脳裏では、首縄に施術された術式の内容が感覚的に流れてきている。
『流態行』で培った魔力運用技術を用いて、己の魔力で首縄の術式に干渉を試みる。

(術理自体は単純。牽引が終了したのち、首縄の内側、首に接する面から切断術を放射、対象を全方位から断ち切る――)

この切断術の方向をねじ曲げ、牽引部分の加護を切断するようにシフトさせる。打ち込まれた術式詠文を、魔力で書き換える。
緻密な作業。極度の精神集中は脳を過熱させ、額に玉のように汗が吹き出てくる。詠文の書き換えが終わったら、それを確定する。
確定する寸前で障害が発生。何かがさらに干渉してくる。魔力知覚でそれを見るに、仕掛けられた改竄防止の術式だった。

(こんなとこで防御術式かよ――!)

同時、現実世界へと目を向けると、首縄から黒色の靄が立ち上り、それはやがて冥魔の姿を形作る。
巨大な鎌を振り上げるその姿はまさしく冥府の刈り入れ農夫。最もステロタイプな『死神』の姿。
改竄する者の命を奪う、防御術式の顕現体。人を殺す為だけに造られた術式の、成れの果て。冷徹に処刑を執り行う、真の処刑執行官。

――迷わずぶん殴った。

「舐めんな――!!」

拳が死神の頭部にめり込み、痛快に突き抜ける。鎌を取り落とし倒れ込んだそこへ追撃のドロップキック。
処刑台の上で這うように逃れんとする死神へ向かって、いい加減溜まっていたフラストレーションを全て黒刃に飲み込ませた一撃を打ち下ろす。
轟音が響き、処刑台の一部を盛大にめり込ませながら、無慈悲の死神は漆黒の鉄槌によって惨めにも四散した。

防御術式の化身が消えると同時、改竄された切断術式が発動され、ジェイドを括っていた縄が弾けて自壊する。
ほぼ絞殺寸前まで吊られていたジェイドは落下し、盛大に尻餅をつくとそれとは別の要因で咳き込みながらなんとか脱出した。

「術式そのものを殴り倒すだと……なんつうデタラメな……」

「いやあ、俺もまさか殴れるとは思わなかったぜ。試してみるもんだな」

「…………」

派手な大立ち回りだったが、幸いなことにそれを見咎める者はいなかった。
観衆の間から突如現れた有翼種の魔物が空を覆い、皆がその対応に追われていた為である。

(こいつは列車の――!なんでこんなとこに?いや、とにかく助かったぜ)

飛び立つ魔物達の間隙を縫って、認識阻害を解いたフィオナが処刑台へと着陸してきた。
それを迎えるジェイドの表情を覗くのは無粋だと判断し、レクストは適当な方へと首を背けて姉弟の再開に水を抜く。

正真正銘、空から降り立ったヒーローの登場だった。

190 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/04/07(水) 07:27:13 0
【セシリア:ルキフェルと相対、自壊円環の件について詰問と正体に対する疑念】
【レクスト:ジェイドの首縄を解除。このまま下水へと向かえます】

191 名前:ルキフェル ◆7zZan2bB7s [sage] 投稿日:2010/04/07(水) 15:42:37 0
>>186
マンモンは目の前でルキフェルに見つめられ硬直する青年に、見覚えがあった。
ルキフェルの傍を擦り抜け、その青年アインへと歩き出す。
ルキフェルは何もしようとはしない。ただ、眼を見開き舌なめずりを繰り返すだけだ。

「確か……アイン君だね。役学を研究しているという。
あの御方は帝国の重要な役職に付かれた方でね。そんなに緊張する事はない。
まぁ、あの風貌では仕方ないやもしれぬが。」

アインに優しい笑みを向け、マンモンは喧騒の場と化した処刑台を見つめる。
「彼らはどうあっても、仲間であるジェイド君を救いたいらしい。
それが無駄であっても、自らを危険に晒す行為だとしても。」

アインの手を握るとマンモンは哀しみの篭った目で見つめながら
呟いた。

「私も、守るべき者達の事を想い今を為している。君にもそういった者がいるのではないかね?



ルキフェルの近くに何者かが近付いたのを見計らい、そっとアインの耳元に口を近付けそして次の言葉を呟いた。

「もし、神が我々の敵だとしたらどうするかね?
もし、神々が我々の想像以上の存在であり……人間を滅ぼそうとしているのならば」


>>187
ルキフェルは舌なめずりを止め、声のする方向を振り向き
ようやく微笑を浮かべたいつもの彼へと変貌していった。

>「……今朝の号外、見たよ。ウルタールの『天災』、あれは貴方の仕業?ルキフェル氏」

「あぁ、貴方ですか……セシリア様。ウルタール?あぁ、あの災害ですか。
お気の毒でしたよ。ウルタールの民へ哀悼を送ります。」

笑みを浮かべたまま小さく会釈をし、地面に散らばった新聞を踏みにじる。
その言葉に、哀悼の心など微塵も感じられそうに無いほど。

>「『自壊円環』はまだ試作段階で、試用にも使えないはずだよ。それにそもそも"あれ"は領土内で使って良い代物じゃない。
>運び主になった『龍』といい、――ルキフェル氏、貴方は一体何者なの?何を企んでいるの?」

ルキフェルは片腕を空に掲げ、人差し指を差す。
その方向には太陽が輝いていた。

「私には何の事かは分かりませんが―――
恐らく、これは神の意志でしょう。誰もそれを、止める事など出来はしない。
そう、神に跪く意外にはね。」





192 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/04/07(水) 17:09:17 P
薄っぺらいNPC問答




アホすぎw

193 名前:ルーリエ・クトゥルヴ ◇yZGDumU3WM[sage] 投稿日:2010/04/07(水) 17:26:17 O
「隊長さん、ヤツだ」

神殿から出て、狂乱に陥った家畜の群れを掻き分けながら進む。と、家畜の鳴き声に被せるように、掻き消える
寸前の声量で静かにンカイが呟いた。
然り気無くンカイが指差した方角を目だけを動かして見れば、先程覚えたばかりの顔がそこにあった。
金髪の華奢な家畜。顔立ちは整っているのだろう、残念ながら家畜の顔はどれものっぺりとしていて違いが解り
辛いのだが。

「放っておけ、二兎追うものは一兎も得ずだ」

「それに資料通りの性能なら、確実に仕留めるにはある程度準備がいる」

「三月の兔は狂ってますからね。確かに、何をしでかすかわかったもんじゃ無いですからなぁ!」

了解。一言言って、それきりンカイは黙った。そして手土産にと、ルキフェルの姿を眼に刻み付けるように睨む。
ンカイの頭の中では、今何度となくルキフェルは殺されているのだろう。その一挙一動からルキフェルの動きの
癖を読み取り、付け入る隙を探す。
ンカイは、我が弟子ながら信じられないほど才能を持っていた。違う世界に生きているのではないかと思えるほ
どの判断能力、身体能力。同期を差し置いて副隊長まで登り詰めた。そしていつかは隊長になるのだろう。

(これで鶏頭で無ければ最高なのだが)

多くは望むまい。政治をする者は、有り難いことにガタスがクラウチを育ててくれていた。次の世代もどうにか
なるだろう。

ただ、その頃には自分が父のように物言わぬ魚になっているであろう事が酷く悲しかった。


194 名前:オリン ◆NIX5bttrtc [sage] 投稿日:2010/04/08(木) 20:33:28 0
神殿前で犇き合う民衆の間隙を縫って進むオリン
現在の時刻は正午前。裁きの時は間近に迫っている。焦燥に駆られるオリン

柱時計が正午を指す。そして、鳴り響く鐘。罪人に裁きを下す断罪の合図だ
同時に閉じる神殿の扉。民衆が内部へ入るのを防ぐためか、警備の従士達が扉の前に待機している
閉められたことに違和感を覚えるオリン。しかし、こうなってしまっては為す術もない
強行突破しようにも、右も左も分からない自身が無闇に騒ぎを起こす訳にはいかない。辺りを見回すが、進入できそうな経路は無さそうだ
静まり返る群集。やや間を置き、拡声術式を付与した審判の声が神殿を中心とした広場を満たす──

>――『刈り入れ』

合図とともに、処刑者の術式が発動する。それと同時に、黒い殺意が神殿内を覆うのを察知した
騒めく民衆。端々から聞こえてくる声は、内部の殺意に関するものでは無かった
民衆たちの視線は上方へと向けられていた。オリンもそちらへと目をやる──

(あれは…エストアリアの国旗か……?)

風に靡く威風堂々とした旗が、紅蓮に燃え盛っていた
黒い殺気を放っていた連中の仲間がやったのだろうか。いや、違う。魔力の波動から邪気は感じなかった

(……まさか、罪人を──?)

あくまで推測の域を出ないが、オリンはこう推測した。罪人の奪還を計画している存在が、二組いる──と
神殿の封鎖…これは予め計画されていたものだろう。そして、処刑場所に神殿を選んだことも──
処刑前まで、音も、気配も、魔素も感知させない能力を持つ黒き殺意の連中。相手は相当の手練であろうことは容易に推測できる
そして、もう一組──こちらは悪意や殺意などの負の感情は感じられなかった
どちらが自身にとって敵となるかは分からない。だが、追うことが過去の自分を想起する切っ掛けになる……そうオリンは直感していた

神殿内から感じた殺気は消え、気配も完全に消失していた
ゆっくりと開く神殿の扉。すでに、罪人"ジェイド・アレリイ"の姿は無く、処刑台付近にも、それらしい遺体は見当たらない
おまけに処刑台が半壊している。救出する際、ついでに破壊したのだろうか
オリンは磔を眺めると、拘束具が人為的に破壊されている事に気がつく

(どちらかが連れ去ったようだな…。しかし、一体どこから進入したんだ……?)

思案していると、神殿の奥から微かに漂う血の臭い。黒い殺気を持った連中は、神殿内の別の場所で殺戮を行っていたのだろうか
奥へと歩を進め、派手な装飾が施された扉を開く。──そこは酷い有様だった
判別不能なほど拉げた首、千切れた四肢、首と胴が離れた死体などで溢れていた…
中には息のある者も数名いた。だが、凄惨な現実を前にしたのか、腰を抜かす者、嘔吐する者、気絶している者などばかりで、話を聞ける状態ではなかった
しかし皆、口を揃えて同じ言葉を呟いていた。"黒騎士が現れた──"と

195 名前:オリン ◆NIX5bttrtc [sage] 投稿日:2010/04/08(木) 20:34:35 0
黒騎士たちの進入経路を探すため、内部へ立ち入るオリン
これだけの光景を前にしながら、一切の感情が湧かなかった。それどころか、心地良いとさえ思えていた
過去の自分は、一体どれ程の"ヒト"を殺めてきたのか──。過去を知るということは、かつて自分が犯してきた事実を知るということ
それを受け入れる覚悟が現在の自分にあるのか。…言いようの無い不安に押し潰されそうになる…
気を取り直し、経路の捜索に当たるオリン。もう一つある扉に、何者かが出入りした痕跡を見つける

(此処で間違いないな…。)

人の返り血で染まった扉を開け、外に出る。オリンの瞳に映った光景は、帝都の空を覆う有翼の魔物と対峙している従士たちの姿だった
これも計算の内なのか。心の中で、そう言葉を吐き捨てる
魔物に追い詰められている従士の一人に気付いたオリンは、決断するよりも先に身体が動いていた
魔波動を纏ったオリンは、音速の如き推進力を持って魔物との距離を一瞬にして詰める
背中に携えた大型の魔光剣"シュナイム"を抜き、標的目掛けて一閃──。両断された部位が焼け爛れ、魔物は地に崩れ落ちた
高度の熱を帯びた"シュナイム"からは、肉を焦がしたような臭いが微かに漂っていた

(──なんだ?……今の動きは、俺の意志なのか……?)

想像以上に素早い動作と切り替えに戸惑うオリン
ほぼ予備動作無しの高速移動。戦闘行動による反動か、それとも恐怖か、剣を握った腕が微かに震えていた
不意に自分の肩を、ポンと叩かれる。振り返ると、先ほど苦戦していた従士だった
彼はオリンに礼を述べ、他の兵に加勢すると言い、足早に去っていった

(俺は、助けるために剣を抜いたと思っていた。しかし、本能は……心の声は違った。)

──"獲物を斬り殺せる"ことに高揚していたんだ──

剣を収め、経路を探すことに意識を戻す。全身を刺す様な、人知を超えた圧倒的な気配を感じ取る
なぜ、今まで気付かなかったのか…
視線を向けた先には、金髪の優男が余興でも楽しむかのような表情で、処刑場を見据えていた

──知っている。俺は……あの男も、俺を──
意識から聞こえた声は…確かに、こう言っていた。"『……久しぶりだな、ルキフェル……』"と──



(下水──か。確かに、此処なら人目も少ない。……連中は帝都の地形を熟知しているのか。)

神殿から然程離れていない位置に、下水に繋がる場所を視認したオリン
下水蓋には、開閉されたと思しき形跡もある。僅かに隙間があったことから、下水を進入経路として使用したのは間違いないようだ

例の声が聞こえてから、此処に至るまでの意識は無かった。気がついたらこの場所にいた。空白の記憶、俺はその間に何をしていたのか…
ルキフェル……あの男は一体──。俺は、何を知っている?あの男は、俺の何を知っている?
答えの出ない自問自答をしながら、下水の蓋を開ける。底の見えない闇の奥から、何者かの気配がした──

【猟犬、レクスト一行がいる下水に到着。時系列的には一番最後に下水の入り口に着いたっぽい】


196 名前:ギルバート ◇.0XEPHJZ1sの代理[sage] 投稿日:2010/04/09(金) 23:26:15 0

「ギル。計画に変更はないわ、私達の興味はガルムだけ。・・・わかってるでしょうね」
「・・・・・・」
「ギル!」
「わーってるよ。心配すんな、ウルザ」

ぎりっ、と歯を軋ませ、いらただしげに地上へと向けた眼を細める。
立っているのは神殿を囲むようにそびえ、空へ向いたいくつもの尖塔の一つの屋根。
周囲にいるのはウルザ、それに"ファミリー"の構成員が二人。
その眼下に広がるのは名状しがたい混乱――いや、阿鼻叫喚。


ジェイド・アレリィが処刑される事。そこに現れるガルムの後をつける事。
その計画―――ウルザが交わした"取引"の一つ―――を知った時、ギルバートは反発した。
当然だ。もし何も知らなければ、俺はそのままその流れを受け入れ、
目前で見せしめに晒されるであろう人間の死を傍観しただろう。
だが、今は違う。ジェイドの名を、アレリィの名を知っている。
それは既に"絆"だ。それがどんなにもろく細い絆であろうと、一度繋がった絆には他ならないのだ。

その人間の死を、敢えて見ぬ振りで―――いや、尚悪い。見ながらにして敢えて止めないのだ。
しかも女絡みだぞ?それを俺がするのか?冗談もそこまで行くと笑いもとれねぇな。

でも。

散々にウルザと言い合った末、ギルバートは信じる事にしたのだった。
別の"絆"―――自身が、いつからかすっかり忘れていた"信じる"という事を思い出させた連中。
付き合いは長くない。が紛れもない"仲間"である連中の事を。
奴らなら必ず何かやらかす。そう、俺と同じだ。奴らがジェイドを見殺しにする事など絶対にない。
あのバカ筆頭のレクストの首を賭けてもいい。奴なら何かやらかす。やらかしてくれる。

197 名前:ギルバート ◇.0XEPHJZ1sの代理[sage] 投稿日:2010/04/09(金) 23:26:45 0
だから、今。神殿内から感じる違和感にも、障害もなく進んでゆく処刑の準備にも、
ギルバートは気づきつつも何かしら行動に移したい自身の欲求を抑え、
屋根に貼り付くようにしてじっと地上の群衆に眼を向けていた。

「(どこだ―――ガルム―――俺には貴様が分かる。7年経とうが700年経とうが―――貴様だけは)」

その名に高ぶりそうになる感情を抑え、己の集中力全てをただニ感―――視覚、そして六感に集め―――

「(判ってるんだろう、ガルム。貴様にも俺が、俺の事が。だからこそ敢えて出向いて招待状を叩きつけた)」

―――水のように。暗く黒い淵に沈む自身をイメージする。何も見えない。何も聞こえない。何も動かない。

「(俺をからかっているのか?『さあ、正面から正々堂々、槍試合だ』そうだな、お前のお得意のジョークだ)」

徐々に喧騒が遠ざかり、周囲が無音になってゆく。自分の中にある獣の檻をさらに少し広げてやる。

「(でもな、全てがお前の思う通りに運ぶと思うなよ。運命の女神様は気まぐれで扱いにくい女だぜ―――)」


―――その時。水が震えた。微かな波紋が彼方で起こり、有るか無きかの違和感をギルバートに伝える。
周囲が急速に現実の世界を取り戻し、音、匂い、その他諸々が戻ってくる。
視線は彼方の違和感の元へ。群衆をかき分けて走り、神殿の壁に駆け寄る一つの影。

「ガルム―――ッ!!」

弾かれたように身を乗り出し、腕を伸ばすやウルザの頭を抱え、自分の視線に向ける。
一瞬驚いたように身を震わせたウルザも、すぐに目指す人影に気づく。

「見えた!」

ウルザがその声を発した時、既にギルバートはその場に居なかった。
尖塔を滑り降り、屋根を一つ二つ踏み越え、神殿の壁を離れ駆けだす男と並走する。
なるほど、見れば見るほどギルバートにそっくりのようだ。
動きに多少の違和感はあれど、一別以来の時間を考えれば不思議な事ではない。

「どこまで俺の事をコケにしやがる・・・!」

舌打ちと共にもう一つ屋根を飛び移る。その時、一際大きくなった群衆のざわめきを貫き、
鋭い笛の音が響いた。人間の可聴域外の波長のそれは、人狼同士の合図に使われる狼笛だ。
上を見上げると、ウルザが下の広場を指さしていた。先程までの喧騒は混乱へと変わっている。
勿論それには理由があったのだ―――

「ッッしゃあああ!よくやってくれやがったクソッタレども!!!」

処刑台に立つ見覚えのある人影。その光景は既にジェイドが咎人の枷を外された事を示していた。
思わず拳を握り締めると、そのまま大きく跳躍して地へ降り立つ。この混乱ならばもう身を隠す必要もない。
前に見えるガルムの後を追えばいいだけだ―――!

空中で壁を一つ蹴り飛ばし、一回転して地上に降り立つと、
その勢いの方向だけ変えてギルバートは猛然と走り続けた。




198 名前:ギルバート ◇.0XEPHJZ1sの代理[sage] 投稿日:2010/04/09(金) 23:27:03 0

―――同時刻。娼館『ラ・シレーナ』の窓のない一室。

部屋の扉が軋み、僅かに開く。娼婦の一人が部屋の中を覗き込み、
今だベッドに寝たままの"ギルバート"を一瞥し、背を向けて扉を閉める。
しかし娼婦は気づく由もなかったが、ドアは閉まらずにその直前に動作を停止していた。
ほんの一瞬、部屋の中の空気が動き、やがて止まる。
改めてドアが小さな音を立てて閉まった時、ベッドに寝るヒトガタは、既に生きた"ギルバート"ではなかった。


「クク・・・ハハハァ!面白い。実に面白い・・・これだから運命の女神という奴は、面白い」

心底おかしそうに笑い、低く呟く男がいるのは『ラ・シレーナ』の裏の屋根の上。
やや伸びた銀髪に、細身の黒衣。紛れもないギルバートの容姿の男は、かがみ込んだまま一本指を立て、くるりと回した。
その瞬間、屋根に落ちる男の影に波紋のようなものが走り、その中に紅く光る一対の瞳が浮かび上がる。

「処刑は?」
「―――――」
「クク、やっぱり、な。アイツはどこまでも俺を楽しませてくれるワケだ。ルキの奴はおかんむりだろ?」
「―――――」
「ククッ!カハハ!どんどん紐がもつれていくな。毛糸玉を追いかける猫は誰になる?ククッ」
「―――――」
「いい、俺は放っとけ。どうすれば一番面白いかまだ考えているところだ」
「―――――」

その言葉を最後に、影は影へと戻る。

「ギル、ギル、ギル。お前はどこへ行く?人にも獣にもなれないお前は。夕暮れをビクつきながら歩くお前は。
 脚が千切れるまで歩いても、沈む夕陽には追いつけないぜ―――ククッ」

男―――ガルムは最後に含み笑いを一つ残すと、静かに『ラ・シレーナ』の上から姿を消した。


199 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/04/10(土) 09:43:03 0
ダークは二期で糞になったな

200 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/10(土) 13:58:57 O
娼館では淫らなことが毎晩のように行われていた。
ニュブッ
ルナ「ほら、亀頭が入りましたよ…」
客「っ〜〜〜!」
ルナ「一生懸命に声を我慢するお客様とっても可愛いですよ…幹も飲み込みますね」
客「うっ!」
ニ゛ュルルッ
客「ぐ…あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
ブチュ!
ルナ「はあっ!お客様の巨根が根元までズッポリと…いかがですか?私のアソコ」
客「…」
ルナ「答えてくれないと金玉いじめちゃいますよ。」
ギュッ
客「ひいっ!」
ルナ「私のアソコは気持ち良いでしょう?」
客「娼婦のオマンコなどが気持ち良いものか!」
キュウ!
客「ひぐっ!」
ルナ「お口でそんな事を言っても女で包み込んでいる私にはわかります…こんなにカリをバックリと開いて幹を脈打たせてっ!」
ズルウッ ブジュッ! ズルッ ブプ!

201 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/10(土) 14:01:17 O
腰がぐっと押しつけられ根元まで完全にペニスが飲み込まる。膣内で肉に揉まれたペニスを更に膣が締め付けた瞬間、あっという間に男の熱い性液は搾りだされた。勢いよく精液が子宮に当たる。ルナは客を見つめたまま、膣で男の精液を味わう。
どくっどくっどくっどくどく…
ルナは射精に合わせて腰をぐいぐい押しつける。その動きで余計に精液が搾りだされていく。娼婦の中に出している。子宮に精液を浴びせている。男の頭の中は快感でいっぱいになっていた。
ルナ「すごい、出しましたね…こんなに娼婦の中に出して、恥ずかしくありませんか…?」
結合部から溢れた精液を指ですくって、とても美味しそうにルナが舐める。ペニスはまだ硬く、しっかりとルナの膣に咥えられていた。
ルナ「まだ、こんなに硬いんですね…… 続けましょうか、あなたが空っぽになるまで」

202 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/04/10(土) 16:14:16 O
いつからそうなった!



ピンク池

203 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/10(土) 16:59:12 O
>202
娼館にてギルバートの部屋を覗いた娼婦、ルナのお仕事の描写をさせていただきました。

204 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/10(土) 17:51:34 O
ちょっと激しすぎではないでしょうか?

205 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/04/10(土) 21:10:51 0
処刑場の喧騒は最高潮に達し、それは半ば狂騒へと変化していた。

フィオナを此処まで導いた有翼の獣の群れは役目を終えたとばかりに身を翻し散開。
今なお帝都の空を低空飛行で悠々と回遊しては、それを邪魔する連中――臨戦体勢をとった従士隊だ――に対してのみ爪を振るっている。

本来狩る側で有る筈の魔物が守勢に回っていた。
あからさまに何者かの意図が見え隠れする行動に疑問符が浮かぶものの、この千載一遇の好機を無駄にする手は無い。
今は余計なことを考えている時ではないのだ。
仲間達が死刑囚の奪還などという途方も無い危険にその身を晒してくれているのだから。

(ジェイドは……)

フィオナは聴こえてくる様々な種類の叫び声に背を向けると、屹と己の向かう先のみを見据えると足を踏み出す。
幸い処刑台付近に展開している従士たちは空を覆う魔物への対応に追われ此方に気づく様子は無かった。

逸る気持ちを必死で抑え、処刑装置の鎮座する壇へと続くスロープをゆっくりと踏みしめる。
一秒でも速く駆け上がりたいところではあるのだが、幸運に救われ警備の目が外へ向いている今だからこそ己の挙動を律する必要があった。
フィオナは認識阻害符を握り締めた手にじっとりと汗が浮くのを知覚していた。

(もう、少しっ)

一歩、さらに一歩。

「――ああ。」

胸を締め付けられるような情動。
最後の一歩を踏破した先、そこにはひしゃげ、潰れ、半壊した処刑装置と、その傍らで一仕事終えた風にコキコキと首を鳴らし背を向けるレクスト。
そして――

「ジェイド……。」

ぺたりと地面に座り、申し訳なさと嬉しさがない交ぜになったような表情のジェイド。
弟はそのままの姿勢で目線だけを持ち上げると

「悪ぃ、姉ちゃん。俺……ダメだったわ。」

「ジェイドぉ。」

堪え切れなかった。
堰を切ったように押し寄せる感情にくしゃりと顔を歪めるとその場にへたり込む。

「ごめん。姉ちゃん泣かせたのこれで二回目だな。」

「うっ、ぐすっ……うるさい。」

最初はジェイドが従士になると家を飛び出したときだっただろうか。
フィオナは一度目の時と同じように、頭に置かれた弟の手を恨めしそうに振り払った。

弟から微かに放たれる、神官であれば気づいてしかるべき不死者の気配に気づかぬまま――


206 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/04/10(土) 21:12:07 0
「……見られている、な…」
神殿を離れ退路を確保する為に下水道口へ向かう途中。
ギルバートは群衆の間を縫いながら呟いた。
神殿内での殺戮劇、処刑台の急襲。
そしてどこからか大量に湧く怪鳥が群衆を混乱の渦へと変え、僅かに遅れて数箇所同時に広がる煙幕が拍車をかける。

国旗を焼きハスタが煙幕を張り混乱を起こす、と言うのが事前の打ち合わせだったが、怪鳥の出現は想定外。
神殿内で殺戮を繰り広げる黒騎士達の一手であろうと処理していた。
同時刻、同じ場所で何者かが別の計画を実行していた。
あまり歓迎は出来ないが、お互いの計画に支障が無いようならわざわざ手出しする必要はない。
むしろこの怪鳥の出現は好都合だ。
だが、この視線はどうにも都合が悪い。
目撃者たる自分を消すと言う十分すぎる理由から、黒騎士たちの一手という事も予想していた。

ところどころで怪鳥との戦闘が行われているが、人の波はスピンへと向かう。
うねりに紛れながら視線を断ち切ろうとするが、恐るべき執念ともいえるそれを外す事は出来ないでいた。
この間に神殿内で仕事を終えたティンダロスの猟犬たちが悠々と下水道口に沈んでいったのは運命の采配だろうか。

己を追う複数の気配に苛立ちながらも、拘束したジェイドを担いで走るフィオナとレクストを視界の隅に入れ呟く。
「…よし、行け!」
状況はともかく、行動は計画通りに進んでいる。
神殿から程離れ、人々の意識の死角にある下水道口に消えて行く三人の姿を見、ギルバートはようやく動きを止めた。
混乱の中、例え全員が揃っていなくても構わず逃げる、と打ち合わせておいたのだ。
ハスタとギルバートは下水道を使わずとも混乱に紛れる事が出来るのだから。

人々の意識から外れた裏通り、下水道口前。
ギルバートは動きを止め視線の主を待ち構える。
殿として追跡者をここで止める為に。

しかしてギルバートの前に現われたのは、意外な人物だった。
「おや、店からは回復したと言う連絡は来ていないが…もう体調は良いのかい?」
声をかける相手もギルバート。
まるで鏡写しのように同じ姿をした二人の男が対峙していた。

目撃者を始末する為の黒騎士の一手と思えば、自分が摩り替わった本物のギルバート。
この混乱の極みでこういった出会いをするというのも間抜けな話しだが、さてどうしたものかと思案する。

207 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/04/10(土) 21:12:17 0
騒ぎに乗じて処刑場から離脱する。
最初は人並みをかき分けるように、そして今は会場を抜け入り組んだ路地裏のような場所をフィオナたちは走っていた。

「ギルバートさんが確保してくれている下水道口は……もうすぐでしょうか?」

前を走るレクストに問いかけるフィオナの声は若干の硬質さと過分の申し訳なさを伴っていた。
救出まではスムーズにいったものの、その後で予定外の時間を食ってしまったからだ。
ましてやそれが自分の過失だというなら尚更だろう。

(うぅ……、あんなに涙腺が緩んでいたとは……不覚でした……)

それもジェイドだけならいざ知らず、他の者にまでその姿を晒してしまったのだ。
可能ならば今すぐにでも地面に身を投げ出し、頭を抱えてゴロゴロと転げまわりたいくらいだ。

だが勿論そんな暇は無い。
つい先ほども半円型に湾曲した双剣使いと突撃槍を得物とした二人組の従士を撃退したばかりだからだ。
妙に呆気なく退散したのが気がかりではあったが、処刑会場での戦闘で手傷でも負っていたのだろうか。

自分達に気づいたのがあの二人組だけなら良いが、それを期待するのは難しい。
増援を頼むために退却した可能性も捨てきれない。

フィオナたちは頷きあうと再度両脚に力を込め、狭い路地裏をひた走った。

処刑場の喧騒が幾分か小さくなった頃、それはあった。
逃走経路の第一ポイント。

距離としては然程離れては居ないのだが追っ手や配備されている従士を避けながら来たため、かなりの距離を走った気がする。

フィオナの目の前で石畳を擦る重々しい音と共に入り口の蓋が開かれる。
その先にあるのは深淵。
日の光の届かない昏き道へ誘うのは頼りなさげな手摺のみ。
誰とも無くごくり、と喉を鳴らす音が聞こえる。

「光よ……。」

手にした短剣に聖術の光を灯し、フィオナは下水道へと足を踏み入れた。


208 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/04/10(土) 22:14:29 O
カチャカチャ…
(ベルトを外す音)

209 名前:ルーリエ・クトゥルヴ ◆yZGDumU3WM [sage] 投稿日:2010/04/10(土) 22:15:18 O
足早に家畜の群れを抜ける。後ろを振り向く余裕などない。しかし、ンカイとガタスは着いてきているだろう。
重鎧の継ぎ目の噛み合う音が、家畜の声に混じって、後ろからひっきりなしに聞こえていた。
ガタスの言葉通りなら、逃げた方向はこちらで正しいはずだ。
 死体が生きていた。
駆けながらガタスの判断が遅れた原因を思い起こす。脳を瓶詰めにされた死体だったか、或いは名状し難い何か
に体を乗っ取られたか。定かではないが死体は死体だ、何としても持ち帰らなければならない。
ただ引っ掛かってもいた。
そもそも何故死体を持ち帰るのか?何のために?

或いは、その答えは、今逃げる者達が持っているのか。

「地下に?」

道を見失い、立ち止まった所をンカイが追い付き、肩を叩いた。鼻も耳も利くンカイはこう言うときに役立つ。

「なら先回りだ、ガタス」

「水量が多くて、幅が広い下水で……通りそうなのはハードル直下のマキシマでしょうか?」

直ぐに身を翻す。急がなければならない。失敗が赦されないから、と言うわけではない。打ち首など怖くはない、
ただ一日痛みに耐えるだけだ。
何かしら、重大な事が蚊帳の内で起ころうとしている。
勘だった。もしかしたら、星辰が揃う前に、神が起きる前に神都へ帰れる糸口が掴めるやもしれない。

(吉兆か、或いは……)

天を見上げれば旗が燻って、風の無い中、掠れた黒い煙が辺りに沈もうとしていた。
口で息をすれば腮に煙の粒がこびりつく。

苛立ちは、ただひたすらに魂を急かした。

【ルーリエ:下水道で先回り】


210 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/11(日) 02:17:55 0
NPC一覧書けやヴォケ

211 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/11(日) 17:36:06 0
ラモン1世VSラモン2世

212 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/04/12(月) 16:02:39 0
ゲリラ部隊と従士隊との戦いが
まだ散発的に行われているようだ

レクストパパが討ち取られたとか…

213 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/12(月) 20:36:58 0
マジか討ち取ったのは誰なんだ

214 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/12(月) 20:38:19 O
パン一しかいまいよ

215 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/12(月) 21:29:23 0
パン一?

216 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/04/12(月) 23:12:26 0
優しげな笑み、それさえも腹蔵を覆い隠す為の仮面としか、アインには感じられなかった。
握られた手を振り払おうと試みるが、温柔な表情とは裏腹に。
マンモンの手は万力の如き握力を発揮しアインの手を離そうとはしなかった。
彼に一体如何なる腹積もりがあるのか、或いはアインの非力が過ぎるのか、それは分からない。
だがいずれにせよ、アインの焦燥は坂を転がり落ちるように加速していく。

野を駆ける馬群が奏でる蹄の轟きをも欺く鼓動に促され、アインはどうすべきか思考する。
彼が何よりも重視するのは、他でもない『先生』だ。
ならば果たして顔前で微笑むマンモンは、彼女の事を知っているのか。

「……お前は、何処まで知っている。……僕の事を」
駆け引き、折衝めいた問いをアインは紡ぐ。
けれどもマンモンが答えを口にする前に、彼は次なる言葉を発した。

「いや……そんな事は究極、どうでもよかった。……神がどうとか言う話も、僕はそんなモノ信じちゃいない」
マンモンの双眸が微笑のそれから微かに硬く細ったのを覚えながら、アインは続けた。

「……僕が聞きたいのは、ただ一つだけだ。どうすれば、僕の大切な人を守れる?」

恩人に、先生に危害が及ぶかも知れない。
彼が行動を起こすに、それ以上の理由は必要無かった。
その危害が目の前の連中によってか、それとも彼らの言う『神』によってか。
どのような道程を経て訪れるのかなどは、彼の関心の埒外にある事だった。

「あの人へ及ぶ手の持ち主が誰かなんて興味はない。あの人を守る為、僕はどうすればいい」

217 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/12(月) 23:48:43 0
>>215
一般兵一の略だよ

218 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/13(火) 01:27:05 0
NPC一覧はどこいった?

219 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/04/13(火) 17:48:39 0
263 :名無しになりきれ:2010/04/13(火) 14:45:23 0
>>261
さすが糞ガキ


264 :名無しになりきれ:2010/04/13(火) 14:46:06 O
>>262
出てくるな、じゃなくて、もっと早く出てこいってことなのかw
さすがにその意図はよめんかったなあ
でもジェイドの時もマダムチ出てきてなかったか?
マダムチ組織に編入構想とか
ジェイドは単なる自爆だし文句言える立場じゃないだろwww
なんかガチムチのせいでメインヒロインなれなかったって意味不明なことわめくダンゴムシみたいだぞw


265 :名無しになりきれ:2010/04/13(火) 14:59:51 0
>>264
自爆といえば自爆だが…
第二のコクハが現れた時点で削除依頼を出すなりすべきことはいろいろあった。
(2ちゃんだから出しても効果はないかもしれないが、削除依頼を出しておきましたとホンヒナに書けば、それなりに効果はあるし、GMとしての株も上がる)
いろいろとしていた努力は認めるが、参加者離れを防ぐという肝心なことが何もできてない。


266 :名無しになりきれ:2010/04/13(火) 15:06:06 O
>>265
大丈夫か?
うわごとが酷いぞ


220 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/13(火) 19:25:14 0
もう誰も楽しめなくなったダーク

221 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/13(火) 22:25:52 0
火をつけたのは誰だ?

222 名前: ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/04/13(火) 23:08:10 0
>「私には何の事かは分かりませんが―――恐らく、これは神の意志でしょう。誰もそれを、止める事など出来はしない。
   そう、神に跪く意外にはね。」

(――――ッ!!)

天上を指し、そう宣言したルキフェルの瞳には、狂気の一片も存在せず、ある種濁りのない意志を宿す。
それがセシリアには、深淵の口腔を覗き込んだかのような怖気と威圧となって身を侵す。
この男が孕んでいるのは狂気でも悪意でも背徳でもなく、唯一つの魔性。存在そのものが世界への刃。

ルキフェルが排出する"空気"と同じものを感じたことがある。
幼き日、悪夢の一日。無垢だった瞳に、瞼を透過して舞い込んできた地獄の光景。

「神に、『奇跡』を出力するだけのモノに意志なんて存在しないよ。あるのはそれを神に転嫁しようとする、ヒトの悪意だけ――!!」

突きつけていた魔導杖を引き、石畳を突いた。内包されていた魔力が地面に魔法陣を描き、術式を組んでいく。
セシリアを中心に半径三歩ほどの術陣円は淡い極彩色で発光。同時に陣を描かれた地面が胎動し隆起し始める。

「――錬金術式・『天地創造』――!」

盛り上がった地面は即席の巨岩となり、表面に魔力光が迸ったかと思うと、ひとりでに彫刻されていく。
やがて岩の中から削り出されてきたのは、巨大な人形の岩人形――ゴーレムだった。

「タイタン級砲撃戦用陸戦ゴーレム、『ミドルファイト』。ルキフェル氏、試してみようか。跪かず、ヒトの力で抗えるかを――」

巨人の胸には上下左右に4門の魔導砲。この距離からの連射ならば間隙なく弾幕を張ることが可能な速射性能である。
『ミドルファイト』はその剛腕でルキフェルの逃げ場を無くすように掴むと、内在魔力を惜しむことなく魔導弾の嵐に変えた。


【ゴーレム『ミドルファイト』――インファイトちゃんの親戚。砲戦特化。ワンターンキルOK】
【セシリア:ルキフェルの言動に国の危険を感じゴーレムを呼び出して砲撃させる】

223 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/04/13(火) 23:14:45 0
「…誰だお前?」
二人の接触はギルバートの少々気の抜けた言葉から始まった。
目の前にいる鏡に映したように同じ姿をする男を前に、ギルバートは自分の想定外の人物に思わず言葉を漏らしたのだ。
「おや、昨夜アレだけ情熱的に肌を合わしたのに忘れるだなんてつれないじゃないか。」
クスクスと可笑しそうに笑う偽ギルバートに、ギルバートの奥歯がギリリと音を立てる。

直後の動きは人の目では追えぬ速さだった。
間を置かず一飛びで懐に入ると、そのまま鉄拳を自分と同じ姿の男の腹にめり込ませる。
鈍い音とともに偽ギルバートの身体はくの字に曲がり、足は地面を離れ浮き上がる。
「誰だかは知らないがふざけた真似しやがって・・・!」
目的である仇敵ではなかった事とを差し置いても、自分の姿をして小馬鹿にしたように笑った時点で万死に値する。
誇り高き狼の怒りの鉄拳だった。
が…。
「筋は悪くない。だが、まだ青いねえ。」
耳元で囁かれる声に驚いたときには、拳をめり込ました偽ギルバートは叩き折られた丸太に変っていた。
驚き声の方向へと向こうとしたが、身体が動かない。
いつの間にか首筋に打ち込まれた針が全身の動きを封じていたのだ。

ピクリトも動けぬギルバートのすぐ横に立つ偽ギルバート。
その視線の先には二人のギルバートを囲むように現われたウルザをはじめとする人狼達に向けられていた。
「さて、話が出来そうな御仁が来たところで、なにやらすり合せをする必要があるようだねい。」
偽ギルバートの言葉で両者による二重の結界が張られ、密かなる会談が始まった。

################################

「なるほどね。今うちにいた【ギルバート】が消えたって連絡あったよ。
それにしてもややこしい事してくれたものだねえ。
人狼コミュニティーが人界の陰謀に出張って来るんだ。その取引とやらも相当なもんなんだろ。
だけど、神殿でわざわざ入れ替える必要あったのかい?
そのガルムってのが仇敵なら…まあいいさ。そちらの都合もあるだろうからねい。」
結界内で事情を語り、現在ギルバートが3人いることを確認したあと、偽ギルバートの一人、マダム・ヴェロニカは呆れたようにいった。
詳しい事はお互い話さないし、聞かない。
今必要な事だけすり合わせられれば良いのだから。

「まあいいじゃないか。これで上手く行っているんだ。
お互いが障害にならない限り無駄な消耗を避けたいのでね。」
無数の陰謀が渦巻く帝都にあって、こういう事は珍しくはない。
勿論決裂すれば殺し合いになるだけだが、それぞれの目的があり邪魔にならないようであればこういった取引も成り立つのだ。

「あの子達には力が必要だ。
だがあんたは人狼コミュニティーとしてそちら側で行動する事を選んだのだろう?
くふふふ、いいさ。別にいわなくても。
信じていようが優先順位が下であろうが、結果は同じなんだからさ。
責めようって訳じゃない。
ただあんたの代わりに私がその役やってやるから、安心してガルムとやらを追いなよ。
こちらの邪魔をしない限りあんたらの邪魔もしない。」
「代わりにやってやる?単に利用しているだけだろ?」
ウルザが口を挟むが、マダム・ヴェロニカは否定はしないさ、と笑って流し会談は終了した。

神殿に現われた偽ギルバートがマダム・ヴェロニカであり、ガルムがラ・シレーナから消えたと言う以上、人狼コミュニティーがここにいる理由はない。
そしてそこに属し行動するギルバートにも同様の事がいえるのだ。
そしてお互い時間がない以上、事情がわかり不戦協定を結んだら後はお互いの目的の為に動くのみ。

#################################

「単に、か。物事そうわかりやすければ楽なのだけどねい。さて、時間的に合流するとしたら…」
偽ギルバートことマダム・ヴェロニカは頭の中の下水道地図を思い起こしながら暫く駆け、下水道口に身を躍らせた。

224 名前: ◆7zZan2bB7s [sage] 投稿日:2010/04/13(火) 23:40:56 0
「……お前は、何処まで知っている。……僕の事を」

マンモンは顔に涙を浮かべ、小さく頷いた。
アインの心中を察するように、歯をかみ締めながら。

「君は…大事な人がいるんだね。分かるよ。すごく分かる。
だが、もうすぐ…それも終わる。君は失うだろう。
”究極の闇”によって。君の想い人も、仲間も…全てを。」


「……僕が聞きたいのは、ただ一つだけだ。どうすれば、僕の大切な人を守れる?」

涙を浮かべていた顔が、急に鋭利な笑みへ変わる。
マンモンの顔には最早、一筋の涙さえ流れてはいなかった。

「君がすべきことは1つだ。世界を救うのではなく、君の守るべき者を守る為に
我々に恭順すればいいのだ。そう、それが君の為になる。」



225 名前:ルキフェル ◆7zZan2bB7s [sage] 投稿日:2010/04/13(火) 23:55:17 0
「神に、『奇跡』を出力するだけのモノに意志なんて存在しないよ。あるのはそれを神に転嫁しようとする、ヒトの悪意だけ――!!」

魔法陣から敵意を感じ取りながらも、ルキフェルは無表情のままだった。
ただ1つ、違っていたのは目が赤色に染まり始めていた事。

「――錬金術式・『天地創造』――!」

――「ルキフェル、最後の一欠片が届いたぞ。あの女…ミアの中から奪い取った。」

突如、ルキフェルの背後に赤いドレスの女・バルバが出現する。
琥珀色に輝く魔力の結晶をルキフェルの背中に押し当てると同時に、それは
体の中へ埋没していった。

「……究極の闇が齎される日も近いな。あの男――ジェイドはどうする?」

バルバの言葉にルキフェルの顔がようやく血色を取り戻し始める。
ゴーレムに無尽蔵の魔道弾を受けながら、その体は粉々に砕けていく――




筈だった。
しかし、堪え切れない笑い声を隠そうともせずにルキフェルは言った。

「あの女……フィオナとか言いましたか?既に彼の弟は、我々と同じです。
戦う為だけの生物。つまりは……こういうことです。」

ルキフェルの周囲に凄まじい雷、風が巻き起こる。
それは天を突きぬかんばかりの雷撃となり、ミドルファイトだけではなく
周囲の観客達を一瞬で焼き払った。

「今回の遊びもそろそろ終わりでしょうかねぇ……究極の闇を始める頃合です。」

ルキフェルの姿が漆黒の闇…ではなく純白の”異形”へと変化した。
それは悪魔とはいえない、むしろ形容するならば――天使。

その手が翳された方角に、一瞬光が差したかと思うと
そこにいた筈の人々は消えていた。

「すっきりしました。お陰でいい気分です…」

【ルキフェル、変身し周囲の人間を殲滅。】


226 名前:ギルバート ◆.0XEPHJZ1s [sage] 投稿日:2010/04/14(水) 03:03:43 O
悲鳴と喧騒に彩られ、ばたばたと行き交う人々の渦。
ひと仕切りそれらが流れ去った後、裏通りでは奇妙な対面が成っていた。

「・・・ほーう?意外だな。今更こんなトコで、俺に何か話でもあるってのか?」

呟きつつ影から歩み出、今の今まで追っていた相手と向かい合う。
位置は風下。素早く周囲に視線を走らせるが、罠らしき気配は窺えない。
・・・気に入らない。何のつもりだ?

「おや、店からは回復したと言う連絡は来ていないが…もう体調は良いのかい?」

そして真面目くさった顔つきで問いかける、自分と瓜二つの男。
その光景に皮肉さを覚え、ギルバートの口角が引きつるように上がる。

「言ってくれるじゃねーか。お陰様で体調は最悪、気分は最高だ。何せ長い事お前を―――」


待て。
今何と言った?


違和感。いや、"違和感"だけならそれまでも感じていた。
それが"疑惑"へと変わったその瞬間。ギルバートの頭がめまぐるしく回転し始める。

「(店から―――連絡?)」

何故今の今まで考えようとしなかった?何故なら、そんな事はあり得ないからだ。
そんな事はあり得ない。だってそうだろう?俺が―――俺に成り代われる相手が―――

「(ガルムの目的は、俺に成り済まし、俺の仲間の中へ入り込む事。そして"すり代わり"は成った。
  だが、しかし―――その後、ガルムはどこへ行った?どこへ連れて行かれた?俺は気絶していた・・・)」

空気の流れに乗り、ほんの僅かに漂ってくる芳香。どこかで嗅いだ記憶がある香水の香りだ。
それは人では気づく事すら出来ない、消しきれなかった僅かな痕跡でしかない。しかし、それは確かに―――

「("思考するという事は、どれだけ物事を単純にしてゆくかという作業")」

まるでそれが痛むかのように、左目を手で押さえる。
同時にギルバートは理解した。

「(こいつは。ガルムじゃ、ない―――?)」

227 名前:ギルバート ◆.0XEPHJZ1s [sage] 投稿日:2010/04/14(水) 03:06:39 O
現実の時間にして、ほんの数呼吸。
しかし永遠にも思えるその数瞬の後、ギルバートの思考は固まっていた。

「―――お前を探して追っかけるってめんどくさい仕事に明け暮れていたからな」

左目を抑えたままにやりと笑みを浮かべ、挑戦的に瓜二つの男を睨みつける。

「(こいつが誰であれ、まだガルムの存在を知らない。
  しかしその一方で、今ガルムと繋がっているのはこいつだけ。
  ・・・現時点で、ガルムの目的はある程度まで俺たち・・・ウルザの目的に通ずる。・・・はずだ)」

ヴァフティアからの仲間の中の、何がそこまでガルムの興味を引くのかはわからない。

「で?俺らはどうする?ここで殴り合ってテメーのそのムカつく化けの皮をひっぺがすか?」
 それとも洗いざらい身の上を喋ってくれるのか?さぞかし面白い話なんだろうな?本が書けるくらいに」

しかしそれは、ウルザ達に自分が、そして帝国が関わる極秘計画の情報をリークしてでも近づきたかったモノだ。

「(ならば―――こいつにガルムの存在を知られてはならない。
  そして同時に、こいつからガルムについて情報を引き出さなければならない―――)」

左目から手を離す。そしてぼきぼきと指を鳴らすと、右手の"フェンリア"を全て半回転させた。

「ま、俺はテメーをボコボコにして"店"に送り返してやってもいいけどな。
 何て言ったっけか?その店の名前―――"ル・マン"だったか?」

抑えていた左目が、影の中でうっすらと紫色の輝きを発した事に男は気づいたかどうか。

「(ガルム―――てめぇ、どこにいる?何を考えている―――?)」

228 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/14(水) 11:24:12 O
ダクの主って
今誰だ?

229 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/14(水) 16:29:37 0
そろそろここにシドの街が完成すると予想

230 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/04/15(木) 02:30:34 0
姉弟が対面しているうちに退路を確認しておこうと少し離れて首を回す。
ハスタの陽動も、謎の魔物大量発生も初見でこそ驚愕によって視界を埋めるが、効果は長くは続かない。
安全が確保されれば、その市民は落ち着いて辺りを見回すようになるだろう。そうなれば、処刑台の上を見咎められてもなんらおかしくはない。
早急にこの場を離脱せねばならなかった。

と、視界に高速で動く何かを捉えた。
咄嗟にバイアネットを翳すと、金属音を轟かせて何かが噛み付く。
それは、二本のショーテルと付随する使い手。
まったくの不意打ち。両手に曲刀を構えた襲撃者は、レクストと同じマジカルアーマーに身を包んでいた。

「ッハァ!良い反応するじゃねェかリフレクティアァ!てめェやっぱり裏切ってやがったなァ!!」

「んなっ!?――ボルト……!!」

「僕もいるよお」

ボルトと呼ばれたツインショーテル使いの従士はレクストの鳩尾に蹴りを入れて離脱する。
入れ替わるようにして、側頭部に悪寒が走り頭を下げるとそこを突撃槍が通過していった。逃げ遅れた髪が一束、宙を焦げながら舞って燃え尽きた。

「おいシアー!なに躱されてんだよォ!!」

「お言葉だねえボルト。君の得物と違って僕のは当たれば必殺なんだから、一発や二発そりゃあ不発に終わるさ」

二人の従士はレクスト達の進行方向に立ちはだかり、それぞれの武装を構えてこちらへと刃を揃える。
ボルト=ブライヤー。両手に大型の歪曲刀、ショーテルを担った三白眼に小柄の青年。
シアー=ロングバレル。火炎の術式を付与した身の丈程もある突撃槍に身を委ねる長身痩躯。

処刑台の警備を任された、従士隊の精鋭二人である。

「いやー、いきなり有翼種なんて出てくるんだもん、大いに手こずったね。あれも君の差金かい?リフレクティア」

「こいつがそんな賢しい真似するとは思えねェなァ。一緒にいるのは知らねェ女だし、大方別に動いてる奴がいて、そいつに入れ知恵されたってトコか」

レクストは答えなかった。突如の事態と、ようやくの再開を果たした姉弟を背後に背負う責任感とで頭脳はどこまでも現実から逃避。
如何にこの場を切り抜けるか。最早知らぬ存ぜぬを通せる段階ではなく、両名ともおいそれと突破できるような実力の持ち主でもない。
それは、教導院時代からの旧知であるレクスト自身が身に染みて理解できていた。結局卒業までに、一度も模擬戦で勝ちを得られなかったのだから。

「シアー、お前はそっちの女をやれ。そっちのが強い。俺は楽な方をやる。――二度と舐めた真似できねェようにしてやんよォ!」

弾けるようにボルトがこちらへ踏み込んでくる。同時に彼の向こうでシアーがアレリイ姉弟へと肉迫していくのが視えた。

「――行かせるかよッ!!」

フィオナとジェイドに迫る危険を認めたレクストは、咄嗟にバイアネットをシアーの進行方向へと合わせ、足止めの魔導砲を放つ。

「そりゃこっちのセリフだ、馬鹿」

だが、横あいから降ってきたショーテルに砲身を殴られ、大いにブレた軌道は遠くの石畳を穿って果てる。
舌打ちする間も惜しんでバイアネットを手元に戻し、ブレードを展開してボルトへと唐竹割りに打ち下ろす。
それを、二本のショーテルで挟み込むようにして止められ、そのまま噛み付かれたように得物の自由を封じられた。

「――ッ!!邪魔すんじゃねえよボルト!俺の超カッコいいシーンが台無しだろーが!」

「役者の才能ねェからやめちまえド三流。演台の上でまごついてるような大根は石投げられて当然だろォが」

既に受難の姉弟は突撃手に応戦を始めている。魔鳥の帳が降りる中で、無貌の演者は皆踊る。
混沌極まる処刑台は、剣戟によってその静謐を逸し始めた。

231 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/04/15(木) 02:33:25 0
「てめェはいつもいつもいつもいつもそうだったな!考えなしに突っ走って!ケツ拭くのは俺達だ!」

膠着し拮抗していた鍔迫り合いに変化が兆す。レクストの足元でその踏み込みに抗っていた石畳が、突如敗北主義へと趣旨替えする。
硬いはずの石床が撓み、へこみ、蝋のように軟化する。足をとられ、バランスを立て直そうと足踏みすれば、

(動かねえ――!?)

ずぶずぶと地面に沈む足は、どう踏ん張っても石畳に飲み込まれたまま動かない。

「忘れもしねェ去年の夏!てめェの悪魔の提案でジェシー(蛙)が死んだあの日!!」

『軟化』と『粘着』を重ねがけされた地面に足を拘束され、次第に保たれていた鍔迫り合いの均衡が崩れ始める。
やがて完全に押し負け、緩んだ隙をついてバイアネットを弾き飛ばされた。かち上げられた得物が空を舞い、地上へ帰還するのを待たず追撃。

「『井の中の蛙大海を知らずってマジなのかな。ちょっと試してみようぜ!』的なてめェの無慮にもほどがある発言!」

得物を失い動けないレクストの腿を刈る軌道でショーテルが閃く。まるで小麦を収穫するように、しかしその刃は何も捉えない。
何かが爆ぜたような音が地面で響き、次の瞬間にはレクストの姿が消える。否、一足早く地面を脱出して空中を遊歩していた。
『噴射』の推進力を流動する石畳の中で爆発させ、自身を砲弾として真上へと発射したのである。

「――ちょっと待てやてめえ!!」

上空でバイアネットを掴み、そのストックを『噴射』の慣性に任せて振り抜く。またもやショーテルによって阻まれた。
軟化した地面に着地しないよう細かく調整しながら石畳に着地し、ついでに上段回し蹴りにて牽制。

「確かに蛙の件を発案したのは俺だけどよ!お前だって興味津々で率先して海に放り込んでたじゃねーか!?」

丁度一年前に遡る。従士になりたてだった彼らは派遣任務で海辺の村に赴いた際、ボルトの飼育していた蛙を海に投げ込んだことがあった。
『井の中の蛙大海を知らず』という異国の文句を実証してみようと。もしかしたら蛙も海で通用する実力を持っているのではないかと。
結果、蛙は湿った干物のようになって絶命した。真水に活きる蛙にとって、海水は塩漬けの培地に他ならない。

「畜生が!馬鹿のくせに妙なとこで人心掌握しやがって。そんなこと言われたら試してみたくなるに決まってんだろォがァ!!」
「それ単純にお前の純真さがもたらした悲劇じゃねえ!?」

ボルトが右手を翳し、高速で術式を紡ぐ。地面から槍状の流動体が何本も突き立ち、その中の一本がレクストの右肩を捉えた。
一箇所でも動きを止めてしまえば、あとはそこから辿るようにして拘束の術式が芽生え、やがて四肢を固められるに至る。
                                               マルチワースト
「馬鹿にしかできないことなんてねェはずなんだ。なあ、おいリフレクティア。『下辺の頂点』。お前にできることなら俺にもできる。なんだってできる。
 ――なのに、なんでお前はいつも俺達の前を走ってやがんだ。ド畜生が。結局、馬鹿になりきれなかった馬鹿が一番惨めじゃねェか」

完膚なきまでに勝負はついた。レクストは五体を拘束され、文字通り手も足も出ない。このままとどめを刺せば全ては終わる。
果たしてボルトはそれを行わず、術式を解除し捉えたはずのレクストを解放する。意味不明の行動に誰よりも驚いたのはレクストだった。

「クソッタレ。そろそろ頃合いか。……ぐあー、やーらーれーたー」

両手のショーテルを放り捨て、ボルトはそのまま仰向けになって石畳の上へと身を投じた。レクストと目を合わせず、ひたすら空を仰ぐ。
視界の外では、フィオナと交戦していたシアーも同様に、こちらは少し手負いになりながらも拍子抜けに倒れた。

「あー駄目だ。馬鹿ってのはなんでこんなに眩しいんだ。眩しすぎて顔も覚えてねえや。さっさとどこへなりとも行きやがれ」
「僕らも立場上戦わないわけにはいかないからねえ。なんだかんだ言って、君のようにリスク無視で先陣切れるような人間は貴重で、尊いよ」
「人はそれを大馬鹿と呼ぶけどな」

ボルトとシアーは互いに利き腕を上げ、レクストとフィオナ、ジェイドへ向かって従士式の敬礼。
そのままひらひらと手を振って、魔物の帳が上がる前に処刑台から離脱することを促した。

「馬鹿にできないことはないってこと、証明してみせやがれ。馬鹿にしかできないことなんてないんだからよ。
 そうなったら人類、――最強だろ?」


232 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/04/15(木) 02:35:51 0
二人の従士を退け、レクストとフィオナ、そして両名の肩を借りたジェイドは予め予定していたルートを通って下水に至る。
陽動のハスタや退路確保のギルバートは観客として戦線を離脱できるので、無理に落ち合わなくとも後のランデブーを待てる。
従って、三人だけの逃避行はつつがなく地下へと移行する。

帝都の下水道は悪臭対策の香草の匂いで充満していた。むせ返りそうな臭気と湿った大気は胸を患いそうで心にもよろしくない。
それでも人目から逃れ、ついでに強烈な匂いによって嗅覚による追跡も免れる下水は遁走にうってつけだった。

「それにしてもひっでえ匂いだな……なんかこう、駄犬がいたらその日のうちに発狂か自殺の二者択一を迫られそうな」

声は反響し、ときおり醗酵した糞便から発生するガス気泡が立てる以外に音が産声を上げない空間の人口密度を引き上げる。
フィオナの聖術によって下水道の中は照らされているが、昼間に陽光の届かない穴蔵を歩くのは思いのほか精神を摩耗させた。

しばらく進んだところで、後ろから石の擦過音が反響してきた。思わず息を停め、聴覚だけの存在となる。
誰かがレクスト達が入ったのと同じ扉から下水へ降りたらしい。そう遠くはない位置だ。

(追っ手……!?いや、そのわりには一人分の音しかしなかった――駄犬か十字架のどっちかか?)

そして。
意識がもときた道へと前傾していたが故に。道先から迫る気配への対処が致命的に遅滞した。
うなじを生温い風が掠め、咄嗟にフィオナとジェイドを巻き込むようにして下水道の点検用の窪みへと身を押し込める。
自分の鼓動がいやに大きく感じられ、ともすれば心音で"相手"に位置を悟られやしまいかと荒唐無稽な懸念までが心を埋める。

何かが、いた。

全身真っ黒の甲冑に身を包んだ、化物じみた体躯の人影。
鳥が二つに、犬が一つ。象形を模した三つの兜を載せた漆黒の重装。

脳裏に浮かんだ名称はただ一つ。

――『死神』。

(なんだアレ、アレなんだ、一体全体なんなんだよあいつら――!!)

呼吸をすることが酷く煩わしく感じられ、体の芯から熱を奪われていくのが分かる。肩を貸すジェイドの体が異常なほど冷たいことにも気付かず。
裏腹に脳と心が発火していくのが分かった。純然たる未知との遭遇。否、帝都の民ならば誰もが語り騙り語り継がれて知っている知識。

かつて、腐敗した騎士団を一晩にして叩き潰した魔の軍勢がいたという。
教導院の初等科から情操教育に用いられる内容だ。いい子にしてないと、真っ黒い犬に食べられちゃうぞ、と。
そう、存在だけならば、子供でも知っている。

背後から近づいてくる追走者。前方に構える三体の甲冑。
八方塞がりの状況で、畳み掛けるように怒涛の波濤が押し寄せる。

目の前を流れる下水の流れが突如隆起し、明確な敵意でもって牙を向いてきた。


【下水道に到達。前門の猟犬、後門のオリンな状況に、ショゴスと思しき魔物と遭遇】


233 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/15(木) 07:25:04 0
そういう身内ネタはもういいから

いい加減やめちまえよそういうの
醜いんだよ文章が

234 名前:ルーリエ・クトゥルヴ ◆yZGDumU3WM [sage] 投稿日:2010/04/15(木) 12:46:35 O
三人組が現れたのは配置に着く前、作戦を立て終える前だった。
予想以上に速い。もう少し手間取るものと思っていたが、案外綿密に計画された作戦だったか、単にこちらの星
の巡りが悪かったか。
一筋縄にはいかなそうだ。才能溢れる家畜か、天運に見込まれた家畜か。何れにしろ、殺さないように注意しな
がら戦うのは至難の技だろう。

「ガタスは後ろを見張ってくれ、自分とンカイでやる。……ンカイ、今日は何人殺した?」

「ん〜、ひいふう三人ですな。隊長は?」

「同じだ」

と言うことは、今日は殺せてそれぞれあと一人。隊長、副隊長を勤めている者にとってこの数はかなり心許ない。
“ティンダロスの猟犬”に、或いは自分達血族そのものに掛けられた呪いとは、“都市を守護する”と言う極め
て曖昧な物である。
都市とは都市にある建物や人間も含まれる。建物や人間、都市の管理者がいて初めて都市は都市となる。
故に自分達は都市にある建物や、家畜や管理者を自由に殺したり壊したりすることができない。例えほんの僅か
でも、彼らやそれらは確かに帝都の一部なのだ。
血族は、一日に家畜を約六十匹殺すことができる。血族の内“ティンダロスの猟犬”のみが飲まず食わずで殺す
ことのみに専念した場合、殺すことのできる数は、それでもやっと一人当たり五匹。そして通常は飯も食べなけ
ればならないので、一日に殺せる数は四匹。

「ンカイ、殺すなよ」

「了解でさ。やっとで昼飯だ」

狙うのは死体を支える男の家畜。ンカイには女の家畜の足止めをさせる事にする。
しかし、先ずは奴等が隠れているつもりらしい窪みから引き摺り出さなくては。ああも狭い所に居られると手元
が狂って殺してしまうかもしれない。

「向こうの出方を待とう。この下水は一本道だ、なに今に痺れを切らして出てくるさ」

【ルーリエ、ンカイ:窪みから出てきた所を狙うため気付いていないふり(奇襲をかけても逃げようとしてもおk)
ガタス:レクスト達が来た方向とは逆の方向を見張っている
ショゴス:ジョーズ的に現れたり消えたりしている。静かになったから狙うべき獲物が定まらなくなった?ルー
リエ達は気づいていません】


235 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/15(木) 14:50:15 O
期待の★
コクハ

236 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/04/15(木) 23:28:22 0
下水道口に身を躍らした偽ギルバートは音もなくその流れに着地した。
半円の広い構内の中央に下水が緩やかに流れており、両端には作業用の通路がある。
あえて通路を使わず、薄い波紋を作り流れの上に降り立ったのは足音を立てないため、そして足跡を残さない為。
暗闇の中、下水の上を浅い水溜りのように走っていく。

ズズズズ・・・・ン・・・

暫く走っていると下水道全体が揺れるような震動と共に天井から細かい瓦礫が降り注ぐ。
暗闇の中立ち止まり、見えるはずのない地上を見上げ懐から通信用のオーブを取り出した。
現在地は丁度神殿前広場の真下。
この上で何かがあったには違いないのだが。
神殿前の群衆に紛れこましておいた二人の部下からの応答はない。
娼婦と言えども裏の顔はマダム・ヴェロニカの部下。
即ち裏世界に通じており、たとえ神殿で殺戮の限りを尽くした黒騎士達が広場に溢れてこようとも群衆を立てに逃げる位は出来る力はあるはずだ。
もしも殺されるにしても何らかのメッセージは残すはず。
にも拘らず一切の応答がないのは…
地上でマダム・ヴェロニカの想像を遥かに越える事態が起きたと想起させる。

神殿を襲った黒い騎士の一団、帝国に暗躍するルキフェル、人狼コミュニティー。
様々な陰謀が絡み合い渦巻く中、どうそれを手繰り利用して目的を達するか…。

…トクン・・・

思考の渦が一つの鼓動によって引き戻される。
それは己の身体にあって己でない命の鼓動。
「ふふ、安心おしよ。」
偽ギルバードは愛しそうに自分の下腹部をさすり、印を結ぶ。
それは感覚を自分の身体の輪郭を越え広げる術。
これにより見えずとも触覚として周囲を把握する事が出来る。

感覚を広げ、下水の流れの上をひた走ると、程なくして予想合流地点へと辿り着く。
そこで感じたのは、曲がった先にいる三体のヒトガタ。
点検用の窪みに一塊の何か。
そしてその前で隆起する下水に潜む巨大な何か。
更に向こう側から近寄るオリンがいるのだが、それは感覚範囲外で気付きはしなかった。

角から僅かに覗き見て、黒い鎧姿を確認。
これで大方の事情は掴めた。
この状況にあってはやり過ごすことも不可能。
ならばやる事は一つである。

「目を閉じろ!」
下水道にこだまする声と共に躍り出た偽ギルバートの手からは投擲用のナイフが左右4本ずつ放たれる。
ナイフの行く先はティンダロスの猟犬たちではなく、それを囲むように四隅の壁や床。
「雷蛇結界陣!」
床や壁に刺さったナイフはそれを基点にして立方体の結界を作り、その内部に無数の蛇のような雷が荒れ狂う。
効果は数秒だが、結果以内は紫の光に満たされ内部の者達を焼き尽くし、汚泥を伝い下水に潜むショゴスにも効果が及ぶ。

闇の戦いは先手必勝、そして詰を誤らぬこと。
様子見も交渉の余地もなく、偽ギルバートの放った大攻撃だった。


237 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/16(金) 04:40:35 0
> 「君は…大事な人がいるんだね。分かるよ。すごく分かる。
> だが、もうすぐ…それも終わる。君は失うだろう。
> ”究極の闇”によって。君の想い人も、仲間も…全てを。」
>
> 「君がすべきことは1つだ。世界を救うのではなく、君の守るべき者を守る為に
> 我々に恭順すればいいのだ。そう、それが君の為になる。」

落涙と哀憐の表情から一転、マンモンは猛毒に塗れた剃刀を思わせる笑みを浮かべた。
だが触れてはならないと、肌に合わせてはならないと分かっていながらも、アインにそれを拒む術は無い。
ただの研究者に過ぎず、所詮は帝国の犬でしかない彼は。
せいぜい庶民を相手に身分を振り翳し、威張る事が精一杯のアイン・セルピエロは。
自分の意志と手では、恩人を護れないのだ。
だからこそ、これまで帝国に役学を呈する事で彼女を保護してきた。
今度も同じだ。ただ頭を垂れる相手が一つ増える、或いは変わるだけに過ぎない。

それでも、アインは奥歯を噛み締める事を禁じ得なかった。
とは言え逆説を辿れば、彼に出来た抵抗は、ただそれだけに限られていたと言う事でもある。

「世界を救う……? 一体、何の話だ」
答えが得られる訳は無いと知りながらも、無意識にしがみ付いた性癖が疑問を肺腑から押し出す。
一足遅れて、つい先程の騒動を起こした連中に意識が至った。
従士に聖騎士を初めとした、ともすれば御伽話で語られる世界の救い手にも重なる一団。
マンモンは、アインが彼らに与していたと考えているのだろうか。
そのような事は、当然だが無い。

彼はただの役学者で、『世界』の中の一つの国、
更にその中の小さな一部屋を護る事ですら手一杯の人間なのだから。

「……アイツらの事なら関係ない。素性すら知らない、顔見知り程度だ」
助けた事にしても気まぐれに過ぎないと付け足して、アインは嘯く。
関係無い筈が無いのだ。

素性を知らないから、顔見知り程度だから、どうしたと言うのか。
それでも、それが確かな繋がりである事には変わりない。
だからこそ彼は関係ないと断じた時、酷く苦い表情を浮かべていた。

けれども、その繋がりは余りにも細く、脆い。
その程度の繋がりを大切に出来るような人間は、ほんの一握りしかいないのだ。
そしてアイン・セルピエロは、その一握りには含まれない人間だった。

「そんな事は、どうでもいい。それより、回りくどい事はやめにしてくれ。はい従います、と言った所で納得する訳じゃないんだろう?」
半ば強引に、アインは彼らの話題を断ち切った。
心の何処かに絡まっていた繋がりと共に。

「だから、命令してくれ。人殺しでも、何でもいい。僕はそれを、何としてでも成し遂げてみせる」
帝国に、ジースにそうしたように、彼は新たな飼い主の機嫌取りを始めた。

238 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/04/16(金) 04:43:09 0
酉忘れてました、すいません

239 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/16(金) 12:30:14 O
受け答えへたすぎ

240 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/04/17(土) 03:48:50 0
突如として訪れた漆黒の鎧を纏う集団は、鮮やか極まる手際で屠殺を開始した。
阿鼻叫喚が広がる間もなく、殺害は執り行われていく。
その惨劇の渦中にいながらマルコ・ロンリネスが取れた行動と言えば、
せいぜい腰の刀剣を抜き、そもまま及び腰を晒して間誤付く位の事だった。
鎧の屠殺者に勇み飛び掛かって斬り付ける事は愚か、彼らと狙われる面々の間に割り込む事さえ叶わなかったのだ。
不謹慎な物言いをすれば、彼の望む『救済』を実行するこの上ない舞台だったと言うのに。
あまつさえ彼の意識は、何故自分がこんな所に呼ばれなくてはならなかったのか。
確かに自分は帝都でも指折りの貴族の血筋ではあるが、だからと言って来なければならない理由にはならない筈なのに。
などと、逃避の思考へと転がり落ちてすらいた。

心ここに在らずと言った様相のマルコだったが、不意に彼は霧散しきっていた意識を取り戻す。
同じく葬儀に呼ばれていたジース・フォン・メニアーチャが威勢良く、剣を手に前へと躍り出たのだ。
家紋の刻まれたレイピアとマインゴーシュを構え、堂々と名乗りを上げる。
彼の名も姓も家紋も、何ら意味を持たず通用しない屠殺場で。
屠殺者たる彼らがその気になれば、ジースのレイピアなど瞬く間に手斧でへし折られ、息を呑む間もなく左手の短剣も弾かれて。
漸く肺臓に吸気が届いた頃には、その役割は口元から血の泡を吹かせる為のものへと挿げ変わっているだろう。

余りにも無知、それ故の蛮勇としか思えぬ愚行に、漸くマルコの手足が動いた。

「お、おい……! 何やってんだ馬鹿……!」
よろよろ覚束ない足取りでジースに歩み寄ると、マルコは後ろから彼の手を取る。
憤懣を内燃させるジースは暴れるが、彼にもそれなりの理性が残されてはいるらしい。
刃を持つ者としての自覚が、彼の抵抗を今一つへと押し留めていた。

「お前が出てった所で死体が一つ増えるだけだっての……! 
 連中、ただ虐殺してるって訳でも無さそうだ。みすみす命を捨てる事はねーだろ?」
体格の劣るジースを無理矢理床に伏せさせて、声を潜めてマルコは彼を説く。
とは言えジースとて生半可な心持ちで剣を抜いたのではない。
彼の行動の根幹には父の姿が、貴族としての在り方が頑として根を張っている。
己の命だけではなく父の生き様が掛かっているから、掛かっていると彼は思い込んでいる為に、
今のジースは平時にも増して殊更に強情さを発揮していた。

「えぇい、離せ……! そもそも貴方とて、剣を抜いていたではないか! それは戦う意志があったからではないのか!」
一瞬、マルコは息を詰まらせる。ジースの言が純然たる真実であるがこそだ。
けれどもすぐに、マルコの弁舌は諦観を潤滑油として得て滑らかさを取り戻す。

「あんなモンは……気の迷いだ。ともかく、やる気如何の話じゃねえのさ。無理なんだよ、俺達じゃあ」
死にたいのならばかってにすればいい、マルコが付け加えた言葉に、今度はジースが言い淀む。
感情を排した、死にたいか死にたくないかの二択だ。誰であろうと、踏み止まるに決まっている。

241 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/04/17(土) 03:50:39 0
「……では、勝手にさせてもらおう。いや、そもそも貴方に従う必要すら無かったのだ」

しかし、ジースは立った。取り落とした剣を拾うと、深淵の如き黒を纏う者共へ、歩んでいく。
呆然が、マルコの四肢を阻害する。伸ばした手は紙一重の差で、ジースに届かなかった。

「貴様ら! この神聖な場での狼藉、これ以上は断じて許さん!
 もし更なる虐殺を望むのならば、このジース・フォン・メニアーチャが相手になろう!」

殺してくれと、言っているようなものだった。
儀礼剣術を嗜んでいるとは言え、それは他の貴族にも言える事だ。
それでも襲撃者達は一切の抵抗を許さず、彼らを殺してのけた。
ジース一人がしゃしゃり出た所で、何が変わる訳でもない。
先のマルコの言葉通り、転がる死体が一つ増えるだけだ。

ただそれだけの筈だった。

だが黒き鎧の者共は、彼を一瞥したきり、歯牙にも掛けず退散を始めた。
マルコやジースが戸惑いを覚えている内に、彼らは一人残らず神殿から去ってしまった。

「何で……だ?」
彼らが影も形も見えなくなっても猶、マルコは唖然の気が抜け切らない。

「……クソッ!」
彼の意識を再び正常へと呼び戻したのは、ジースの吐き散らした悪態だった。
見れば周囲に倒れる貴族達の生死を確認しているようだったが、
彼の態度が示す通り、鎧の連中に狙われた者は皆確実に命を奪われていた。

しかしマルコの意識は、またも眼前に広がる惨劇から遠く離れて思考の海を揺蕩っていた。

ジースは今さっき、確かに『救済』への第一歩を得たのだ。
自らを顧みず強大な敵に挑み、自分の命が助かった事よりも、誰かが死んだ事に痛恨する。
自分が先程の舞台でとうとう、終ぞ踏む事の出来なかった、第一歩を。
同じ『鷹の生んだ鳶』と呼ばれていた筈の少年が。

その事が羨ましく、妬ましく、嬉しくもあり、
様々な感情が胸中で渦巻いて、マルコはただ自失の態を晒すばかりだった。

242 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/17(土) 07:50:54 O
混ダクしてきたな

243 名前:フィオナ ◇tPyzcD89bA[sage] 投稿日:2010/04/18(日) 02:40:27 O
『それにしてもひっでえ匂いだな……なんかこう、駄犬がいたらその日のうちに発狂か自殺の二者択一を迫られそうな』

「うぅ……私たちでさえかなり厳しいですから……、人狼種にとってみたら地獄かもしれませんね……。」

フィオナは充満する悪臭に顔をしかめながらレクストのぼやきに相槌を打つ。
声には張りが無く、消耗の色が滲み出ていた。
短剣から放たれる微かな光のみを頼りとした逃避行は足元の覚束なさもあってゆっくりとしたものだったが、下水の悪環境が疲労と焦燥を加速させている。

散漫となった意識は自身が追われる立場だと言う事実を痺れさせ、故に、前方に現れた気配に対しての反応も遅れる結果となった。

(しまった――)

まごつく手で短剣を鞘に収めるのよりも早く、レクストによって通用路の脇へ押し込まれる。
幸か不幸か光源の除去に遅れたことによって浮き彫りにされたのは三体の人影。
否、目にしたのこそ一瞬だったがフィオナの全感覚があれは人では無いと告げていた。
まるで影絵のように染み出た漆黒の形。

隣に居るレクストから伝わってくるのは恐怖だろうか。
体を硬直させ、呼気の一つも洩らすまいとしているのが張り詰めた空気を通して感じられた。
帝都に住まう者ならば誰しもが知っている黒い猟犬の伝説。レクストの反応もそれを知る者として当然の結果に過ぎない。

しかしヴァフティアで生まれ育ったフィオナはその血と恐怖で彩られた伝説を知らない。
だからなのか、それとも順当な格付けによるものなのか。フィオナの天啓による第六感は前方に控える三頭の猟犬よりも緩やかに流れる下水こそを危険と断じていた。

(何か……居るっ!?)

息を呑むフィオナに呼応するように水面が沸き立ち、たゆたい。黒いヘドロのような粘性状の何かが、徐々に姿を現す。
先刻の地響きから気を失っているジェイドはもとより、レクストも猟犬達に釘付けになっている。気づいているのは自分だけだ。
待っていても状況は悪化するのみだろう、ならば先手を打って少しでも有利にするほかない。

『目を閉じろ!』

フィオナが今しも剣を抜き、斬りかかろうとしていた所をギルバートの声が制する。
それと同時に闇を切り裂き飛来する8本の銀光。
それぞれ別の場所に突き立ったナイフは立方体の牢獄を形作り、その中を雷の蛇が荒れ狂った。

目が眩むほどの白光と、炸裂音を響かせ激しく明滅する火花。
闇に支配されていた坑内が雷蛇の放つ甚大な光量によって白に埋め尽くされる。
蛇たちは結界内に囚われた猟犬だけでは物足りないとばかりに水面を伝い水路を這い回り、粘液状の怪物にまでその歯牙を振りかざした。

「――っ!」

爆発、四散。
水面に出ていた粘体生物の一部分が弾け、通路に飛び散る。
しかし完全に倒しきった訳では無い。フィオナの目は爆発の直後に汚泥の中へ急速潜行した様を捉えていた。
とはいえ先程までの威圧感は消え失せており、暫くは出てこないだろう。

もう一組、猟犬たちもギルバートの先制攻撃によって隊列を崩している。
今こそが制圧する最大のチャンスなのは間違いない。

「下水の中にも何か居ます!」

フィオナはレクストへ注意を呼びかけると、猟犬たちに向かって弾ける様に駆け出した。
地摺りに落とした剣先にヘドロの魔物の残骸を引っ掛けると下段から上段へ振りぬくように投擲。一体の鳥を模した兜の面頬に向け狙い違わず飛んで行く。

「はああああぁぁぁあっ!!」

飛び行く残骸に追随して間合いを詰め、フィオナは裂帛の気合を込め肩に担いだ長剣を叩きつけた。

244 名前:ルーリエ・クトゥルヴ ◆yZGDumU3WM [sage] 投稿日:2010/04/18(日) 02:57:26 O
『目を閉じろ!』

不意の叫び。意味を理解する前に、周りに“魔”の閃光が走った。
誰だ?油断していた?いや、音は確かにしなかった。つまりは、手練れか。
強者だ。
思考がそこに及んだとき、頭に有る全ての物が横に除けられた。仕事も、殺す数も、意識の外に除外される。目
が眩んでいることを心底疎ましく思う、鼻が利かないことを地の底の神に罵りたく思う。
数瞬、戦えない。数瞬、殺せない。疎ましい疎ましい疎ましい疎ましい疎ましい疎ましい疎ましい疎ましい。

「はああああぁぁぁあっ!!」

正面から、女の家畜の猛々しい叫びを聞く。金属と金属のぶつかる音。手斧の刃と、剣の刃が重なる音。ンカイ
は目眩ましを喰らわなかったらしい。今まで動かないでいたのは此方の指示を待っていたからか。殊勝なことだ
が、もう少し臨機応変に動け無いものだろうか?まだまだ子供だな、と変なところで安心してしまう。

「ンカイ」

笑う、大分と目がなれてきた。何故か顔に泥を被ったンカイは防戦一方で、しきりにこちらを気にしている。こ
ちらの指示を待っている。
「許可する。叩き潰せ」


∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴

245 名前:ルーリエ・クトゥルヴ ◆yZGDumU3WM [sage] 投稿日:2010/04/18(日) 02:59:49 O
∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴

「合点」

ルーリエの言葉に、ンカイは構えていた手斧を半回転させ、フィオナの剣を再び正面から受け止めた。丁度その
時、ンカイの横を視力が回復したらしいルーリエがすり抜けて、魔法を放った紛い物のギルバードへ迫る。

「きぃぬいちゃダメよ」

真横をすり抜けたルーリエに僅かに気を取られたフィオナ。その剣を、ンカイは受け止めた斧の背で滑らせた。

「よっこらせっと」

剣に掛けていた体重をずらされてバランスを崩したフィオナの、咄嗟に体重を架けた足を、より正確には足の親
指を具足の踵で踏み抜く。
どうしようもない、痛みに反応するのがヒトである。それが咄嗟のものであるなら、尚更。

「ほいせっと」

ンカイは痛みに体をくの字に曲げたフィオナの喉を空いた片手で掴み、そのまま下水道の側面に叩き付けた。煉
瓦に生えた厚い苔が、暴れるフィオナによってぼろぼろと剥がれ落ちてゆく。ンカイはフィオナを殺さずに気絶
させるため、必死に力を調節して、ぎりぎりと少しずつ締め付けを強くする。
一瞬での形勢逆転
後は師匠を手助けするだけか。それにしても、まったく泥が臭いったらないな。やってくれたよこの家畜。
と、ンカイは気配を感じて横を向き……

∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵
牽制に手斧を投擲する。効果があるかは微妙なところだ。水の上に立つ長身痩躯の男、相当な強者と見受けられ
る。未だ若い。思い出すのは、昔皇帝にせがまれて出場した武道大会の決勝。大剣を背負ったあの若い青年。家
畜に敗北した唯一の経験。確か、リフレクティアと言ったか。

(この男は、それに届くか?)

呼吸を合わせて、水の中に飛び込む。濁った水は、己の全てを覆い隠す。


【ンカイ:フィオナを拘束。気絶させようとしてます。
ルーリエ:水中から偽ギルバードに攻撃するつもりのようです
ガタス:愚直に後方偵察。こういう人も部隊には必要なのです
恐ろしいほどの偶然が積み重なって、猟犬の面々はショゴスに気付いていません】


246 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/04/18(日) 11:58:33 O
ルリエってNPCか?

247 名前:オリン ◇NIX5bttrtcの代理[sage] 投稿日:2010/04/18(日) 23:32:11 0
下水へと降り立ったオリン。着地の寸前──波動が自身を包み、衝撃を最小限に留める
黒一色の闇の中、オリンの瞳孔は縦長に変わり、ある程度の視界を確保する
奥の方から数人の気配と人影を認める。帝国旗を燃やした連中か、それとも黒騎士か……

下水に流れる水の流れに僅かな変化が生じたのを、オリンは見逃さなかった
神殿の件の連中とは違う、明らかに人の持つ気配でない"何か"が近づいてくるのが分かる
音も気配も最小限に留め、歩を進めていくオリン。ふと、ある一つの疑念が湧く。そう、自分自身への疑念が──

……連中と会ってどうする

このまま後を付けるのか?

それとも、罪人を奪うのか?

それとも、殺すのか……──?

右手で額を押さえながら、下水通路の壁にもたれ掛かる
なぜ此処に来た?なぜ此処に居る?……これは、自分の意思なのか──?
誰かに操られ、掌の上で踊っているに過ぎないのか。精神に干渉してくる"声"が、オリンの意思を揺らぐ
いや、これは自分の意思だ…。"声"に対して抗うように、そして己に言い聞かせるように強く言い放つオリン

──突如、頭上から破壊の念が篭った魔力の波動を感じ取る。同時に消失する人々の生命の鼓動…
真上は、先ほどまで民衆、従士隊、有翼の魔物達で溢れかえっていた神殿前の広場。何が起きたのか
神殿を含めた広場の敷地は広い。その規模を一瞬で消し去る魔力…あの男しかいない──

(……気になるが、今は"罪人ジェイド・アレリイ"を連れ去った連中を優先すべきか。
……俺の感じたものが正しければ、あれは禁忌の──)

その言葉の続きが口から放たれる事はなかった
下水に響く男の声が、オリンの思考を中断させたからだ

>「目を閉じろ!」

声がした方へ視線を向けると、銀髪の男が巨大な影と対峙していた。その更に奥には、漆黒の甲冑に身を包んだ複数の人影。黒騎士だろうか
銀髪の男は素早く4本のナイフを放つ。魔物を囲むように投擲されたそれは、壁や床に突き刺さる
と同時に、蛇のような形をした無数の雷撃が、荒れ狂うように縦横無尽に放出──

味方は誰か。敵は誰か。相手の意図も知らぬ自分に判断基準は、ほぼない
魔物か、それと対峙している連中か、それとも黒騎士か。現状で判断すべき最善の選択は──?
……今だけは従ってもいいか。本能に、そしてアニマに──

(……だが、俺は認めたわけじゃない。意識の声……過去の己をな……)

煮え切らない気持ちを消し去るように、自分の意思に揺らぎがない事を証明するように吐き捨てる
魔波動を纏い、電撃の魔力が放出された付近へと間合いを詰め、二振りの"シュナイム"を抜く
波動を帯びた"シュナイム"は高速で振動し、核熱の如き超温度を持った刃は空気を焦がし、下水に触れると音を立てて蒸発した
オリンは雷撃を放った銀髪の男に続くようにして、魔光剣を標的に突き刺す

「……勝手に加勢させてもらうぞ。」

視線は魔物へ、放った言葉は銀髪の男へ。例え聞こえなかったとしても、行動に敵意が無い事は理解できるだろう。少なくとも今は
剣から伝わる振動と攻撃的な波動が、戦いに、相手を殺す事だけに己の意識を誘ってゆく──

【偽ギルに続き、ショゴスを攻撃。敵意が無い事をアピール】

248 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/04/19(月) 00:07:41 0
>>245>>247
暗闇の下水道を引き裂く紫電が晴れた直後、フィオナが切りかかる。
響く金属音がこだまする中、偽ギルバートは驚きが隠せないでいた。
結界さえ構築してしまえば回避不能の電撃の嵐の中で、三つの黒騎士たちは揃って立っていたのだから。
一瞬の思考の空白の中、フィオナとンカイは鍔迫り合いをし、その横をルーリエが横を抜ける。
感覚を身体の輪郭を越え広げているのでその動作はわかっていたにも拘らず初動が遅れる。

先制の大出力による攻撃、そして止めの機を失い後手に回る事になる。

投擲された手斧に小さく舌打ちしながら身体を捌く。
目で追うのではない。
触覚としてその軌道を感じ、同じスピードで。
同じ速度で動いている以上、投擲された手斧は制止しているも同じ。
そこに僅かに己のリズムを乗せることにより、刃の制動を自在に操作する。
添えられた手により手斧は軌道を変え、偽ギルバートの身体の動きと共に一蹴回転してルーリエへと飛び去った。

直後、背後から駆け寄る気配。
>「……勝手に加勢させてもらうぞ。」
その言葉に迷いは感じられても敵意は感じられない。
ならばこの場は信じて良いだろう。
「頼む。」
短く返事をした後、偽ギルバートは跳躍する。

手斧はルーリエのあげた水柱を断ち割ったに過ぎず、手ごたえは感じない。
「あの重鎧で水中へ…!?」
重力を無視して下水道の天井を駆けながら驚きと共に感心もしていた。
大攻撃を防ぎきったと言うアドバンテージに乗り、一気に攻めてきたのであれば手斧のカウンターを喰らわせていた。
だが、そうせず下水の中に潜る選択肢に。
そして言葉通り重装でありながら下水に潜ったことに驚きながらも、その意図を感じ取っていた。
ただ意味もなく奇を衒い重装のまま水没する訳ではなく、それが奴の戦略であると。
そう刹那に判断するに足るだけの強さをルーリエから感じ取っていた。

雷蛇結界陣を防ぎきった事。
黒い鎧。
肌で感じるその強さ。
様々な要因は偽ギルバートの脳裏に一つの事実を浮かび上がらせようとしていた。
「皇帝の飼う化け物どもか…!」
押し殺すような声と共に天井を蹴り、ガタスの頭上を越えて即どうに着地と同時に手を振りぬいた。
そこから放たれるのは二本の黒い針。
水中に潜ったルーリエを躱し、天井を駆け抜け着地と同時にガタスの甲冑の目抜きを狙ったのだった。

249 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/04/20(火) 02:41:49 0
>「目を閉じろ!」

三体の異形を前にまんじりともせずその場で膠着していたレクスト達へ、黒騎士の更に先からよく知る声が飛んでくる。
声は、同時に四条の銀光を伴って下水道へと着弾した。石壁へと突き立つ刃は術式の媒体。結界が発動し、内部に紫電が迸る。

(攻性結界――!駄犬の奴、こんなモンまで使えたのか!?)

雷撃の光芒は下水から立ち上がっていた不定形の魔物をも穿ち、焦がし、その頭頂部を爆散させる。
一度は下水へと沈み込み、それでも尚その牙を再度レクスト達へと向けたところへ、後方から別の声と刃が叩き込まれた。

>「……勝手に加勢させてもらうぞ。」

双振りの剣で以て魔物と対峙するは黒衣の剣士。その位置関係から察するに先程下水へと侵入した者だろう。
闖入者たる彼は飛沫の向こうに立つギルバートと二言三言言葉を交わしたかと思うと、こちらには一瞥もくれず再び魔物と相対した。

>「下水の中にも何か居ます!」

突如の事態に固まるレクストへフィオナが注意を飛ばし、弾かれたように振り向く頃には黒騎士の一人と切り結び始めている。
更に三人のうち唯一犬の兜を載せる黒騎士がその剣戟をすり抜けてギルバートへと肉迫するのを目で追った。
思わず歯噛みする。後手に回りすぎた。このままもう一人の鳥兜へと向かったところで、先制攻撃のアドバンテージは失われている。

(ああクソ、何やってんだ俺は……!!)

僅かに、逡巡。残った一人は静観の姿勢を貫いている。全員でかからず敢えて状況把握に一人を費やすやり方は手練のそれであり、
ならばその一人に直接戦闘を持ち込んだところで戦況に対する効果は薄いだろう。既に切り結んでいる誰かに加勢すべきである。
奇しくも相手方と同じく状況把握の役どころへと立ってしまったレクストは、ともあれジェイドを安置する為比較的安全な場所を探す。

「な、おい、姉ちゃんが!」

ジェイドが喚くと同時、背後で衝撃音。下水道の石壁にフィオナが押さえつけられ、その白い喉を片手で締め上げられていた。
先程まで彼女と斬り結んでいた鳥兜が、まるで畜産業者が鼻歌交じりで屠殺を行うような加減でフィオナを死へと追いやらんとしている。
悪意と敵意の上澄みを、煮詰めて精製したような、どこまでも化物染みていてどこまでも人間臭い所作。
意識のタガが、一気に弾け飛んだ。

「その手を……ッ」

『噴射』によって跳躍と肉迫を同時に行い、振り被るバイアネットは横殴りのフルスイング。

「離しやがれぇぇぇぇぇぇぇぇええええええッッ!!!!!」

背後から、その鳥頭へとぶちかます。
身体強化の加護を限界まで引き上げた大振りの一撃は、しかし鳥兜を捉えるに至らない。
既に気配を読んでいたのか、ひょいと首を曲げるだけで容易く回避されてしまう。

だが、

(本命はこっちだ――!)

始めから、『倒す』ことよりも『助ける』ことを優先している。だから狙うのは頭の向こうにある腕。フィオナを締め上げるその剛腕。
鎧ごと斬り飛ばす勢いでブレードに描かれた術式は切断強化を発動する。先端が水蒸気の尾を引くほどの速度で、斬撃が激突した。

「――斬れねえッ!?」

鋼鉄すら断ち切るに十分な術式強化と速度を得たはずの刃が、鎧の表面を少し削っただけでそれ以上進まない。
処刑台の首縄のような、靱性強化の加護とはまた違う。『手応えがまるでない』。まるで薄い布に拳を振るったような、衝撃の全てを吸収される感覚。
否、刃が鎧の表面を噛んだ感触はあった。ただ、そこから発生するはずの切断が機能せず、強化された膂力までもが無に消える。

発生した事実から導き出される結論は一つ。

漆黒と異形を基調とした彼らの鎧は、魔力による術式を無効化する。

250 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/04/20(火) 04:08:07 0
術式が無効化されるということは、純然たる自前の膂力と武装だけで戦わなければならないのと同義である。
異形の体躯に重装な鳥兜と、そもそも主武装が魔導砲と魔剣であるレクストではまさしく大人と子供ほどの差が歴然と存在する。
バイアネットのブレードは鋭刃加護で切れ味を得ている為にそのままでは使い物にならず、鍛えているとはいえ身体能力も所詮はヒトのそれ。
初動にしか魔力を用いない聖術であれば攻撃効果を挙げられたかもしれないが、当のフィオナは組み伏せられ意識を失う一歩手前である。

「――こっち向きやがれこのトリ野郎ッ!!」

黒甲冑に掴みかかった途端、強化されていた膂力が通常のそれへと戻される感覚が身体を巡る。
仲間の命が土壇場に晒された状況で、一旦退いてから状況を立て直すといった建設的な選択肢は存在しない。

(とにかくこいつの意識を俺に向けさせる……このままじゃマジに騎士嬢がヤベぇ!!)

鳥兜の間合いへと踏み込み、震脚。同時に靴底に刻まれた『噴射』の術式を己の魔力で写し取り、下水の地面へと転写する。
足元の石畳に極彩色の魔法陣が描かれた。地盤一枚下での術式展開。黒甲冑の魔力打ち消し範囲を逃れ、十全に展開する。
同時にレクストは鳥兜の鎧の奥襟を掴み、外側から足を刈りながら腰を重心の下に入れて渾身の膂力を爆発させる。

「おおおおおおおおらああああああああああああ俺式!天地天動おおおおおおおおおおおお!!!!」

同時に地盤の下で『噴射』の術式が発動し、円形に切り取られた石畳がその裏側から魔力の炎を噴出しながら浮き上がった。
その上に立つ鳥兜ごとひっくり返る。傾いた地面の上で、大きく体勢を崩した鳥兜を、レクストは噴射の勢いに任せて背に担う。
重心に潜り込むため屈ませていた脚を、一気に伸ばして跳ね上げる。

「――どっせえええええええええいッ!!」

そのまま、全身を鋼鉄で固めた異形の重装を背負い投げた。

地盤ごと投げるという荒唐無稽にして前人未到の所業には流石の黒騎士も反応が遅れたらしく、重々しくも巨躯は宙へと放り出される。
同時に、顔面蒼白で泡でも吹きそうなフィオナがその縛めから解放されて床へと着地するのが見えた。

「無事かよ騎士嬢――!!」

フィオナの意識を掬い上げるべく声を掛け、見事な受身で着地を果たした鳥兜へとありったけの魔力をつぎ込んで魔導砲を連射する。
幾筋もの光条が閃き、全弾が狙い過たず黒騎士へと命中して轟音と爆煙を挙げる。
充満する煙の中から、傷ひとつついていない鳥兜が煙幕と突き破って踏み出してきた。やはり、微塵も効いていない。

(駄目押しだったけどこれでも無理かよ――!これが帝都の闇を一手に引き受ける"伝説"――!!)

肉迫する重躯の得物は手斧。投擲を重視した小ぶりな意匠ではあるが、その人間離れした怪力を以てすればヒト一人叩き潰すなど容易い。
構造的に荒事に向いていないバイアネットは納め、代わりに腰から黒刃を抜き放った。
黒鉄から削り出したような幅広の刀身を盾とし、剣先を腕のアーマーに当てて支える。

そこへ、巨大な槌でも打ち下ろしたかのような衝撃が降ってきた。黒刃が容赦なく撓み、金属とは違う悲鳴を挙げる。
支える腕に刃が食い込み、薄く裂傷を走らせ血が滲む。鋭い痛みに眉間を縮ませながら、それでも刮目した。

「――黒刃!」

応えるように、漆黒の刀身ではなく純白の封印布に命が宿る。
細長く、強靭で、伸縮性に富んだそれが蛇のように身をくねらせ、瞬時に手斧へと巻ついていく。
瞬きを三回行うころには、手斧と黒刃の刀身とを封印布の緊縛によって結込み、簡単には外れないように固定していた。

これで、得物は封じた。
こちらの剣もまた一緒に縫い止められているが、それは然程の問題ではない。一人ではないから。
レクストの背後では、鳥兜の拘束から解放されたフィオナの姿。

彼女の頑丈さはよく知るところ。だから、レクストはただ叫ぶだけで良い。意図的な膠着の上から、彼はよく通る胴間声を張り上げた。

「――ぶちかませ、騎士嬢!!」


【ンカイの手斧を黒刃ごと封印布で固定し、動きを止める。自分も動けない為にフィオナの攻撃に賭ける】

251 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/04/20(火) 23:36:54 0
ゴミ以下

252 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/22(木) 01:51:43 0
ズゥゥゥン・・・


バフティア壊滅

253 名前: ◆7zZan2bB7s [sage] 投稿日:2010/04/22(木) 22:05:02 0
>>237
悲鳴と怒号が聞こえる中、マンモンは意外な行動に出た。
アインを庇うようにその場を離れ、先程までの凶悪な笑みを消し去り
真剣な表情で一つの書物を手渡す。

>「だから、命令してくれ。人殺しでも、何でもいい。僕はそれを、何としてでも成し遂げてみせる」

「ここに、新兵器の書がある。君のアイディアを聞きたいと思ってね。
実験は近日、ある都市の外れで行う予定だ。君にも力を貸して欲しい…
あと、これをフィオナという騎士に渡しておいてくれ。」

一枚の紙切れを渡す。そこにはこう書かれていた。

”フィオナ、弟は既に人ではない。苦しいとは思うが、殺すしかない。
今日の夜、彼は闘うだけの魔物へと変わってしまう。
ルキフェルを倒す事は出来ない。子が親を討てぬと同じ事だ。意味は、いずれ分かる。
皆で逃げるのだ。私は、彼を封印する方法を探す。”

アインを見送りながら、マンモンは己の業の深さを嘆いた。
あの男の言いなりになりながらも、この程度の抵抗しか出来ない。

「…すまない、許してくれ。」


254 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/22(木) 23:53:52 0
従士

255 名前: ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/04/22(木) 23:55:04 0
タイタン級砲撃戦用陸戦ゴーレム『ミドルファイト』は、帝都の正規軍にも正式採用されている汎用戦闘魔導傀儡である。
その名の示すごとく主な戦闘領域は中距離。四肢に伸縮性の拘束術式、主武装は四基の大型魔導砲。
その火力たるや、ウルタール周辺に生息する大型の砂棲魚竜を三秒で蜂の巣に変えられるほどである。

――そして、そんな戦略級の戦闘能力を誇る術式兵器が、堅牢を誇る岩人形が、塵芥もかくやといった土くれの塊へと変わっていた。
傍目には泥の山。ミドルファイトだったものは積み木を倒したように崩れ去り、風化し、辛うじてそこに巨大さの痕跡だけを残すばかり。
ルキフェルの攻撃は甚烈を極め、広場一帯は血肉と煤だけが散逸するばかりの焦土と化していた。

ピシリ、と土くれの山に亀裂が入る。頂点から左右を均等に分かつ罅は、やがてその領域を拡大していき、そして割れた。
卵から雛が孵化するような格好で中から出てきたのはセシリアである。ところどころに煤汚れはありつつも、五体満足でそこに立った。
ルキフェルがその能力を解放する瞬間、崩行くゴーレムの中枢制御機関に魔力干渉を施し、咄嗟に殻状へと変形させて身を護ったのである。

「なんてデタラメな……」

直撃を避けたとはいえ、至近距離での大規模破壊を無傷で耐えられるわけがなく、セシリアはよろめく肢体に激を入れてどうにか立っている状態。
ともすれば霞に全てを覆われそうな視界で、相貌を眇めながらもようやくルキフェルを見た。

矮躯に過ぎる金髪の美丈夫は、ヒトの姿を保ってはいなかった。
代わりに現出したのは、純白で構成された異形の化身。見目麗しくステロタイプな――天使。

(神聖魔法……!?まさか、本当に『神』に意志が――あの姿、『奇跡』そのもの……!)

ルキフェルによってもたらされたのは殺戮と殲滅の光景。掌を翳せばその先一帯が吹き飛び、踊るような体躯の周辺を雷風が渦巻く。
その余波は容赦なくセシリアにも届き、爆風によって地面へと磔にされる。

(止め、なきゃ……!武器は、兵器は……!!ヒト以外が使って良いモノじゃない――!!……痛みを知った人間だけが、その本質を理解できるから)

ヒトが家畜に対して慈悲を持たぬように、生物というものは異なる種族に対して殊更に冷たい。
故に、自制と際限を必須とする兵器の使用に、彼らは些かの余念もないのである。

予感がしていた。
もしかしたら、とてつもない災厄を招いてしまったのではないか。

満身創痍の身体は動かず、ただ目の前の塵と化した地面を掴んだだけで、そのままセシリアの意識は帳を閉じた。


【ルキフェルの異形化を目の当たりにする。そのまま大規模破壊の余波を喰らって気絶】

256 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/04/23(金) 14:32:42 0
がんばれルキフェル

257 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/23(金) 17:43:14 0
だいぶ低迷してるな

258 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/26(月) 07:17:34 0
突如響いた轟音と閃光に、アインの視界が動揺する。
周囲を煌々と駆け回る破壊の光条は、軌跡を手繰ると一体の、純白の異形に辿り着く。
常人の感性を双眸に宿す者ならば、何処か『天使』の面影が重なるその異形に対して。
畏れを抱きながらも、魂が震えるような情動を覚えるだろう。
だが神を、宗教と言うものを信じないアインには、異形はただの異形としか捉えられなかった。
故に彼が胸中に抱いたのは、畏敬ではなく純然たる畏怖の感情。
死の重圧が彼の五体を余さず包み支配した。
自分はここで殺されるのだと、死の宣告が頭蓋の内側でけたたましく反響する。

常人であれば即座に諦観の極致へと意識を誘われる程の絶望に、
しかしアインは辛うじて一抹の、抵抗の意を灯す事が出来た。

彼が死んでしまえば、彼の庇護する『先生』もまた、死を迎える事になる。
それも人としての尊厳を際限なく失って、徐々に記憶を損なっていく恐怖に塗れての死を。
意識が自己の括りを逸脱していたからこそ、彼は漸う、諦念の深淵へ沈まず踏み止まる事が出来た。

だが震えはアインの全身を隈なく網羅している。
敵愾心を失わずにいても、彼にはそれを宿すだけの行動が取れないのだ。
帝国の援助を得る為に、役学も不本意ながら兵器開発は行っている。
けれどもそれらの全てを駆使した所で、あの異形を倒す事など出来ない。
根拠などなく、それでも本能に兆す確信をアインは直感していた。

結局、彼が何らかの指針を見出すよりも先に、マンモンが動く。
彼の巨躯からは想像も出来ぬ程の瞬発力と身のこなしに依って、アインは抵抗する間もなく攫われた。
このまま自分は命を絶たれるのかと、畢竟何も出来なかったアインは歯軋りをして。

「……何だ?」
ふと、マンモンの動きに何処と無い違和を感じた。
彼の腕と胸板から感じる力には殺意などなく、寧ろ赤子を抱くような慈しみさえ感じられる。
かくして安全な場所にまで逃れると、マンモンは真剣な面持ちを見せて、アインへ向き直った。
彼の表情には先程までの毒刃の気配は露程も感じられない。

>「ここに、新兵器の書がある。君のアイディアを聞きたいと思ってね。
>実験は近日、ある都市の外れで行う予定だ。君にも力を貸して欲しい…
思いの外に単純、そして命令と言うよりは頼み事だったが、幸いであるには違いない。
出し抜けに手渡された紙切れに、アインは双眸を細めながら目を通す。

彼は魔法が使えず、また役学も魔法を用いるものではないが。
だからと言って彼に魔法の造形が無いという訳ではない。
寧ろ『血の刃』や『祓いの塩』等、魔術と銘打たれながらも内実はそうでなかったものを見出すべく。
また魔術は使えぬにしても技術体系を学ぶ事は役学の発展にも繋がり。
故に彼は実用に至る事はなくとも、魔術の含蓄は多分に有しているのだ。


259 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/04/26(月) 07:20:19 0
>>253

「……これは」
術式とそこから導かれる結果に、ふとアインは極々近しい既視感を覚える。
彼が朧気な記憶を辿り、今朝方小耳に挟んだウルタールでの惨事を想起するのは、すぐだった。
ちらりとマンモンの顔を一瞥するが、問うても答えが得られるかは分からず、更に答えを得た所で何が変わる訳でもない。
すぐさま意識を切り替えると暫し、アインは顎の下に紙を持たない空いた左手を運び、思索を巡らせる。

「……馬鹿げた術式だ、求める結果が突飛過ぎる。この術式をどう改善した所で、求める結果は出ないだろう」
式を一通り眺めた彼はまずそう呟き、

「だが、御し切れない力を操る魔法と言うのは古来から幾らでもある。
 例えば神の怒りを鎮める為の人身御供は、無駄な手順を多く含んてはいるが、神と例えた自然に対する制御術だ。
 つまり強大な魔術と言うものは、それとは別に、外部に制御する為の術式を設ければいい。
 儀式の舞台として整えられた術式を、生贄が唱える呪詛で制御すると言う形だな。
 この術式だったら……そうだな。円を描くべきだ。制御する為の術式は、螺旋を描くのが好ましい。
 導く結果からして錬金術に通じる所があるし、強大な力の制御を錬金術と言う技術は、知らずの内に成し遂げていた程だ。
 ……一瞥した限りでは、これくらいだな」

それから長々とした考察を一息に述べた。

>あと、これをフィオナという騎士に渡しておいてくれ。」
更にマンモンは一枚の――今度は手紙の様相を示す紙切れを、アインに渡す。
アインは先と同じく目を通そうとして、一度ちらりとマンモンの表情を伺った。
しかし彼は何を言うでもなく、故にアインは特に気兼ねる事なく視線を手元へ落とした。

”フィオナ、弟は既に人ではない。苦しいとは思うが、殺すしかない。
今日の夜、彼は闘うだけの魔物へと変わってしまう。
ルキフェルを倒す事は出来ない。子が親を討てぬと同じ事だ。意味は、いずれ分かる。
皆で逃げるのだ。私は、彼を封印する方法を探す。”

最後の一文に、アインは顔を顰める。
手紙を読む事を咎められなかったならば、『皆』の中に果たして自分も含まれているのか。
考えて、仮にそうだとしても自分は逃げられないと、彼は結論付けた。
彼は『先生』を救いたく、その為には帝国に恭順する必要がある。
仮にこの地が沈みゆく泥船だったとしても、彼はそれを降りる事は出来ないのだ。

更に命を救われたとは言え、元よりこの為だったのかも知れず。
また際して感じた慈しみにしても、演技である可能性は否めない。
『先生』に魔手が及び得る公算がある以上、アインは愚直なまでの服従を自らに課すだろう

「……今夜、か。見つけられなくても、恨むなよ」

誰にともなく呟くと、彼は白衣の裾を翻し小走りで駆け出した。

260 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/04/26(月) 11:59:55 0
文章の程度が知れてる

261 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/04/26(月) 12:59:21 0
一合目は鳥兜の手斧に阻まれた。
鋼同士が擦れ合う軋んだ音を響かせて続けざまに二合、三合と切り結ぶ。
対する相手は防戦一方。押しているのはフィオナだ。

(このままっ!)

剣を振るった勢いに体重を乗せ、押し込むと同時に再度大上段へ振りかぶる。

『許可する。叩き潰せ』

今しも渾身の一撃を叩きつけようとしたその時、フィオナの脇を声とともに何かが通り抜けた。

(――え?)

『合点』

僅かに勢いの抜けた一閃が鳥兜に受け止められる。
敵の仲間の声が聞こえてからの相手の動きは先刻までとは明らかに変わっていた。
まるで水を得た魚のような滑らかな動きで手斧を操ると剣撃の勢いを完全に受け流す。

(しまった!?)

体勢を崩され倒れそうになるのを一歩踏み込むことで回避。
しかしそれを狙っていたかのような一撃がフィオナのつま先を襲った。
具足で覆われた踵による足元への狙撃。

「く……あっ。」

奪還の際、余計な音が鳴るのを嫌ってガントレットとグリーブは外してきたのが裏目に出た。
激痛に思わず声が漏れる。
だがそれも直にかき消されることとなった。

「かはっ――」

追撃は喉。
苦悶の表情で身を捩ったフィオナの喉元へ喰らいつくように異形の手が伸びる。
フィオナ自身は小柄とはいえ、外套の下に着込んでいる鎖帷子の重量は決して軽いものではない。
にもかかわらず片腕のみで吊り上げられ、そのまま壁へ叩きつけられた。

今度は声もあげられない。
反撃しようにも長剣はフィオナの手から離れ地面に落ちていた。
空いた両手で必死に引き剥がそうと試みるも鳥兜の手は微動だにせず、それどころか次第に締め付けは強くなっていく。
涙で歪む視界には面倒くさそうに顔の泥を拭う黒い鎧の異形の姿が映っていた。

262 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/04/26(月) 13:00:44 0
初めの内は壁を蹴り抜かん程に抗っていたフィオナだったが、今では時折指先で篭手の表面を擦る程度の抵抗しか見せていない。
口元からはひゅうひゅうと弱々しい呼気を洩らし、吊り上げられ宙ぶらりんとなった脚は弛緩してだらりと垂れ下がっている。

意識は深淵へと加速度をつけて落下し続けている。
びくりと一度体を震わせ、フィオナが完全に意識を手放そうとしたその時、聞きなれた声が下水内に木霊した。

『離しやがれぇぇぇぇぇぇぇぇええええええッッ!!!!!』

(レクスト……さん?)

その声にフィオナの意識が僅かではあるが引き戻される。
続いて衝撃と轟音。
霞がかった視界が捉えたのはフィオナを掴む異形の腕へ振り下ろされるバイアネットの剣刃。

『――斬れねえッ!?』

しかし数々の苦難を切り開いてきた従士の主武装は、異形を鎧う黒鉄の装甲を両断するには至らない。
銃剣の刃が篭手に食い込む瞬間。切断力を強化する術式の瞬きが消えたのだ。
どうやら敵の全身を覆う鎧には魔力を打ち消す働きが宿っているらしい。

だとすれば先刻のギルバードの攻撃も相手にしてみれば微風に撫でられた程度のものだったのだろう。
つまり彼らを制圧するには、純然たる身体能力と技のみで圧倒しなければならないということだ。
数々の術式の展開で相手を追い詰めるスタイルを得手としているレクストでは絶対的に相性が悪い。

「に……げて。」

先の斬撃で緩んだ拘束の隙間からフィオナは声を振り絞る。
その声は確かに届いた筈なのに、しかしレクストは此方へと踏み込んできた。
鳥兜に組み合うと同時に地面を踏み抜くほどの震脚。その踏み脚に応じるように石畳に刻まれる魔方陣。

『おおおおおおおおらああああああああああああ俺式!天地天動おおおおおおおおおおおお!!!!』

自身ではなく大地に『噴射』の術式を発動させることで魔力遮断の効果から免れたのだ。
そしてその勢いを利用して鳥兜の異形を投げ飛ばした。

「あ、ありがとうございます……。」

拘束から抜け出したフィオナは激しく咳き込みながらレクストへ向き直る。
そのレクストは投げ飛ばした異形へダメ押しとばかりに魔道弾を連射していた。
激しい轟音と振動が下水内に響くものの、爆煙から抜け出てきた鳥兜の足は軽く一切の手傷を負ってはいない。
手斧を携え何事も無かったように此方へと間合いを詰めてくる。

体を満足に動かせるまでもう少し時間が必要だというのに。
荒ぐ呼吸を必死に落ち着かせるが、それよりも早く鳥兜が斧を横殴りに一閃させる。

だがその一撃はレクストの構えた魔剣によって受け止められる。
それだけでなく受け止めると同時に鞘代わりの封印布で手斧ごと異形の敵を絡め取った。

『――ぶちかませ、騎士嬢!!』

体は動く。視線の先には地に落ちた長剣。ならばやるべきことは一つだ。
フィオナはレクストの声に呼応するように飛び出すと、右手で掴み取った長剣を振り上げる。

ガギン、と鈍い音を響かせ鳥を模した兜が宙を舞う。
踏み込みが浅かったのか、それとも寸前で避けられたのか飛んでいったのは兜のみだ。

「ちぃっ!」

フィオナは舌打ちすると振り上げた長剣を手放し、それを空中で左手で掴み取ると剥き出しになった顔面目掛け振り抜いた。

263 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/26(月) 20:53:54 0
適当に頑張ってくれフィオナ

264 名前:ルーリエ・クトゥルヴ ◆Ui8SfUmIUc [sage] 投稿日:2010/04/27(火) 00:00:08 O
一寸先も見えない暗闇の中、黒い霧のように音もなく、副隊長以下の“ティンダロスの猟犬”達は水路脇の通路
を走っていた。
この水路は浅すぎて泳げないのだ、いくら直線距離で近くても余りに時間が掛かり過ぎる。生きたまま食われ
“続ける”のは彼らも確かに御免だったが、まだ若い彼らは何より泳げないことに苛立っていた。

と、前方に見えた明かりに彼らは足を止めた。魔の明かりではない、あれは……子供か

「どうした、ガキンチョ」

「ありゃ、兄さん達。いないと思ったら仕事中だった?」

カンテラを努めて乾いた地面に置き、タールの入ったバケツを左手に、刷毛を右手に持ったまだあどけない、人
間の子供とそう変わらない姿の血族の子供が立っていた。
血族の中で特に幼いものや、戦闘の適正が無いと判断された者達は下水道の管理を任されることになる。この子
供は前者だった。

「どうしたんだ、って聞いてンだろ。さっさと話すンだよノロマ」

乱暴なダニーチェの言葉に、子供がべそをかき始めた。ダニーチェは兄弟達に殴られる。当然だ。だが子供っぽ
いダニーチェは当然とは思わなかったようだ。特に強く殴った長兄に食って掛かる。長兄も負けてはいない。当
たり前のように派手な喧嘩が起こり、比喩ではなく腕が飛び、足首が飛ぶ。血が撒き散らされる。周りの隊員達
もここぞとばかりに囃し立てる。しかたなく傍観に徹していたクラウチが子供の話を聞くことになった。

「王の使者が来た?」

「そう、ナイアルが来て。それで印の書き換え……書き足しかな?してくれって。下水に書かれた印って沢山あ
るじゃない。今みんな出払って書き足してるんだ」

ほら、と子供がカンテラを持ち上げて壁を指差した。家畜には読めない、タールで書かれた血族を縛る印にして
呪いの一部、星辰が揃うときに捧げる対価のリスト。数百年前からずっとそこにあるそれに書き足された契約文
にクラウチは首を捻った。

(先んじて、王の願を聞き。陽が沈み、再び昇る後に下の願を叶えんを望む。捧げるは王の魂……我この地に平
和を与えんために来たと思うか……?)

「星辰が揃うのって、後ウン千年掛かるんだよね?」
その頃まであの王様生きるつもりなのかなあ?


265 名前:ルーリエ・クトゥルヴ ◆yZGDumU3WM [sage] 投稿日:2010/04/27(火) 00:02:56 O
∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴


「そう言えばそっちの方にショゴスが行かなかった?」

子供の言葉に、満身創痍のダニーチェは首を縦に振るのみだった。両足がもげてしまったため、両脇をクンヤン
とレンが支えている。もげた足は具足を着けたまま両手にそれぞれ一つずつ。
見るも無惨な格好だった。

「一匹?一匹しか見なかったって?おっかしいなあ、確かに二匹追っ払ったと思ったんだけど……」

∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴

油断していた訳ではない。
しかしガタスは黒い針を甘んじて受け入れた。
目抜きを通り抜ける瞬間に、針そのものに掛けられたさまざまな“魔”は全て打ち消されたが、目抜きを通すと
言う神業そのものを打ち消せはしない。ぐっ、とガタスの体が重くなる。毒ですか、と忌々しげに唇だけで呟き、
ガタスはつがえていた矢を放った。紛い物のギルバートに、ではない。矢はギルバートの横をすり抜け、更にそ
の奥に飛ぼうとして、

(やはり)

暗闇に突き刺さった。
ガタスは油断していた訳ではない。ただ早急に確認をしなければならないことがあって、紛い物のギルバートは
その途中に迫ってきたのだ。
弓を仕舞い、短剣を取り出して偽ギルバートの攻撃をいなす。毒のせいで思考がおぼつかない。いなしながら、
必死に思考を巡らす。今周りにこの事を報せても、致命的な失敗を築くだけだ。最善の策は有るが、その策は自
分の手の届くところにはない。ならば自分は目の前の男の動きを止めるのみ。

(早く気づいて下さいよ、隊長……!!)

幸い毒にはある程度の耐性がある。動けなくなることは無いだろう。



266 名前:ルーリエ・クトゥルヴ ◆yZGDumU3WM [sage] 投稿日:2010/04/27(火) 00:12:07 O
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴

「離しやがれぇぇぇぇぇぇぇぇええええええッッ!!!!!」

(あらら)

予想外の事態にンカイは少し笑った。まさか飛び出て来るとは。この家畜共はてっきり何かの部隊で、ある程度
の訓練を受けているのかと思ったら、そうではないらしい。基本的な役割分担もできていない。熱くなって、そ
もそも何のためにここまで来たのかも忘れてしまっているのかもしれない。
若干ンカイは優越感に浸った。つい最近までンカイも“役割分担”の“や”の字も判らず。敵を見ては突っ込み、
強引に作戦を終了させ、周りからは非難嗷嗷、バカだバカだと罵られ、帰ってからは隊長に目を抉られる毎日だ
ったのだ。
つい最近捨てたばかりのかつての自分の影を相手に認めてにやつくのも無理のないことだった。

「――斬れねえッ!?」

(たりめーだドアホ)

さて、さっさとこの女騎士を落として昼飯にするか。
ああ、そう言えばこの家畜神殿騎士だったっけ。
もったいないなあ、ちょっと食べちゃおうか……

「おおおおおおおおらああああああああああああ俺式!天地天動おおおおおおおおおおおお!!!!」

そして、完全に不意を突かれた。
予想外の行動に対処できなかった。
ぐるりと天地が回り、背中から地面に叩き落とされる。屈辱と感じる暇もない。直ぐ様体勢を建て直すも、“魔”
の光弾で視覚を潰され、立ち上がるのがやっとだった。

(油断しすぎだあな……)

視界が晴れ、驚きの表情で家畜達が出迎える。……実に嬉しくない。自分以上のバカに一本取られたのだ。純粋
に悔しい、悔しい。
と、そこで気がつく。

(あれ?ひょっとしてさっきの攻撃……鎧に気付いたって事かい?)

斧を構えながら、ンカイはふと記憶に引っ掛かりを憶えていた。こんな風に、戦闘中に高速で意外な対処法を思
い付くバカをンカイは知っている。より正確には、見たことがある。


267 名前:ルーリエ・クトゥルヴ ◆yZGDumU3WM [sage] 投稿日:2010/04/27(火) 00:13:46 O
だがンカイはとりあえずその引っ掛かりを無視して、そのまま男の家畜に突っ込んだ。殺さないように手加減し
て闘うのは面白くも何ともない。そんなンカイの気持ちは男の家畜を前にして、何かぼんやりとしたものに変質
していた。
ギシリ、と重ね合わされた斧と剣。力ならこちらが勝っている。時間をかければ絶対に勝てる……。

「――ぶちかませ、騎士嬢!!」

(んなアホな)

そして、ンカイの腕はレクストの腕ごと布に巻かれて固定された。引きちぎれない。特殊な布か。

(なんだってこんな……小手先ばっかりで鬱陶しいったら!!)

迫るフィオナの剣をンカイはなんとか体を捻って避ける。避けきれない。剣先が兜の目覆いに引っ掛かり、兜が
スルリと顔から退けられる。床に落ちた兜の金属らしい重々しい音がンカイの苛立ちを募らせる。
全力で戦えない悔しさ。
己の不甲斐なさ。
押されている事実。
奇妙な記憶の引っ掛かり。

「ったく、どいつもこいつもよぉ……」

今度こそ当てん、と降り下ろされる剣の風鳴り音を聞きながら、ンカイは呟いた。

「……そんなに死にてぇかよ」

ンカイは俯いた顔を持ち上げた。弱い癖のある黒い髪が彼女の褐色の頬を撫で、フィオナの持つ“魔”の光が暗
い瞳を幽かに照らす。
迫る剣の刃を見定めたンカイは布で固定された腕を引っ張り、レクストを強引に懐へ引き寄せた。それがフィオ
ナの剣筋を限定させる。ンカイから見て右側、フィオナから見て左側の空間がレクストによって埋まる。フィオ
ナの既に止め得ない速度の剣の動きが、同士討ちを警戒して僅かに鈍る。フィオナのとっさの反応が仇になった
形。
そのまま、ンカイはレクストを地面に引き倒した。ンカイは地面にレクストという錨を下ろした状態で、当然動
きは制限される。だが速度を落とし、逡巡を見せたフィオナの剣筋にンカイは勝機を見た。
頬に剣による浅い切り傷を作りながら、剣と交差するようにンカイの口がフィオナの二の腕を捉える。
鎖の曳き切れる音ともに、砂利を擦ったような嫌な音が響く。ンカイはそれでも、歯を欠けるのも構わずフィオ
ナの二の腕に牙を埋め、全体重を掛けて地面に押さえ付ける。ンカイの口腔に広がる血の味が、獰猛な感覚を腹
の底から引きずり出す。何時しかンカイの腕は先程よりずっと稼働範囲が広くなっていた。レクストの腕が耐え
きれずに折れたのだ。

(    )

獣さながらに、最早ンカイは何も考えていなかった。そのまま当然のように体の下に敷いた二人を貪ろうとする。
悲鳴など、言葉など聞こえない。何も。

「全員動くな。音をたてるな、光を消せ。……早くしろ、死にたいのか」

ンカイは、止まった。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴


268 名前:ルーリエ・クトゥルヴ ◆Ui8SfUmIUc [sage] 投稿日:2010/04/27(火) 00:17:17 O
魔法を放った男とは、水中で決着をつけるつもりだった。鎧の隙間から入り込んだ水の冷たさに酔いながら、相
手の性能を考える。どこまで持つものか、心踊る。
だが、結局は引きずり込むことすら叶わなかった。
失敗したのではない。
水中で目に飛び込んできた光景が、頭上の男を忘れさせたのだ。
何時もより暗い水底。溜まった汚泥が、激しく流動していた。注意深く眺めれば明らかに二方向から、不規則な
力が掛けられている。川からの逆流等とは違う、何かしらの意思を感じる動き。
流れる左右の根本を追えば、そこは暗い水路の向こう。女の家畜が持つ、“魔”の明かりが届かないその先。
否、暗い、のではない。なにかが水路を完全に蓋をしてしまっているのだ。なぜ気づかなかったのだろう?そう
言えば水深が随分ある。雨も降っていないのに。
それに思い返せば先程から、ずっとその声は聞こえていた。

テケリ・リ!!テケリ・リ!!、と。

ショゴスがいる。それも二体。水中に有るのは行き先を定めるためのほんの末端、左右に動くと言うことは、左
右両側に一体ずついると言うこと。そして本体の巨大な体積を、この狭い空間で相手にできる者はない。自分達
でさえ、逃げるのが関の山だ。
戦いに昂った魂を、隊長としての頭脳が冷ます。己の傲慢を義務感が上回る。冷静に判断を変える。既に天井に
飛び上がった男など見てはいない。水中で体を捻って体勢を整え、水から上がると、丁度死体を守っていた男の
家畜がンカイに向かっていくところだった。
余り気は進まないどころか、屈辱的でさえある手段に踏み切る決意をする。

「全員動くな。音をたてるな、光を消せ。……早くしろ、死にたいのか」

石畳に転がされた、拘束された死体を持ち上げ、腰から短剣を抜き取り、死体の首筋にあてがった。死体ならば
万が一殺すことになっても問題はない。この死体はこの作戦の目的でもある。そして連中がこの死体に価値を見
いだしていることは自明なことだから、人質としてこれ程都合の良い物はなかった。
両側からショゴスに挟まれている。下水が完全に詰まってしまっている。
逃げ場はない。黒い汚泥は痩身長躯の男が来たと思われる脇の水路まで塞いでしまっていた。
口の中がねばつく。唾をいくら嚥下してもし足りない。
逃げ場はなくとも、方法はある。問題はどれほど時間が稼げるかだ。

【ルーリエ:ジェイドの死体を人質に】

269 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/04/27(火) 01:37:50 0
こ、混濁果実!

270 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/04/28(水) 16:12:05 0
ポロッつ【機関砲】

271 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/04/28(水) 23:09:48 0
目抜きを狙った針が狙い違わず命中した事を感覚として掴んでいた。
そして向けられた矢が自分からは外れる事も、その矢が放たれる前にわかっていた。
感覚を自分の輪郭を越えて広げているが故に、弓の番える向きすらも感じていたから。
だからこそ一切の回避行動をとらずに一気に間合いを詰めた。

だが、ガタスの狙いまでは察する事はできなかった。
毒針を目に浴び狙いが付けられなかったとしか思わなかったのだ。
更に前の敵に集中するあまり、輪郭を声広げた感覚は前面に集中し、背後への広がりは僅かしかない。
それゆえ後ろに蠢くショゴスの存在に気付く事はなかった。

間合いを詰め繰り出す拳を短剣で往なすガダスに小さく舌打ちをする。
針に塗られた毒は致死量でないにしても常人では殆ど動けなくなるものだ。
脱出が目的である以上、殺して屍を超えて追われるよりも、重傷を負わせる方が得策。
そうする事で相手の人手を【救助】に割かせる事が出来るのだから。

「驚嘆すべき使い手だが…舐めているのか…!?」
ガタスと肉薄しながら偽ギルバートが吐き出す言葉の意味は、その動きにあった。
針で目を刺され毒が効けば動きが鈍るものだが、それ以上にガタスの意識が自分以外に向いている事に気付いたからだ。

>「全員動くな。音をたてるな、光を消せ。……早くしろ、死にたいのか」
ルーリエの言葉にガタスの、そしてレクストとフィオナを身体の下に敷き牙を立てるンカイの動きが止まる。
その機を偽ギルバートは逃す事無く、ガタスの重心を崩す。
元々毒によりおぼつかなかったガタスは僅かにバランスを崩すだけでその自重により容易にバランスを崩しよろける。
後は相手の制動を制御し、よろけさせるように後ろに往なす。

(っは!好都合!)
ガタスを投げ送った後、ジェイドの首筋に短剣をあてがうルーリエを見て偽ギルバートは内心細く笑んだ。
こういった状況で偽ギルバートの、その属する組織では、人質救出という選択肢はない。
人質の気をとられ動きを止めるなど愚の骨頂。
むしろ相手の虚をつく好機としか捉えない。
もともとジェイドの死刑はそのまま見送るつもりだったのだ。
今後のレクストたちの行動を制御する為にも、ルーリエにジェイドが殺された、という事にしたほうが都合が良い。

一連の流れの中で、既に偽ギルバートの手には起爆符の仕込まれたスローイングナイフが握られていた。
ジェイドを爆殺し、それを目晦ましにレクストとフィオナをつれ脱出。
そこまで思い描いた瞬間に、その瞬間に…ようやく気付いた。
前後から迫る巨大なモノに。
既に退路がそれにより塞がれている事に。

(・・・・ちっ!!)
その存在を知った瞬間、ルーリエの言葉の真の意味を知り、そして先ほどのガタスの弓が外れたのではない事を悟る。
そして偽ギルバートから音が消えた。
地価下水道を埋め尽くす巨大な泥状生物が迫って来ており、戦いどころの話ではないのだから。
既に投擲態勢に入っており、今更それを止めるのは不可能。
だが、狙いを変えること位はできる。
手に握られたナイフを投擲すると同時に一足にて間合いを詰めレクストとフィオナの元へと着地。
伸ばされる手はンカイではなく、下に倒れる二人の額に当てられる。
ンカイは動きを止めており、それはルーリエ同様今の状況の危険性と対処法を心得ていることを現している。
ならば事情の知らぬ二人がこれを気に暴れぬようにする為に。
額に当てられた手を通し、二人は偽ギルバートの声を脳内で聞くだろう。
「今は動くな、声を上げるな」と。

その時、ルーリエの背後の闇の中、爆音と爆炎が巻き起こり、ショゴスを照らし出す。
相手は光と音に反応する巨大なスライム。
より大きな音と光に反応するであろう事を見越して。

272 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/04/29(木) 16:06:48 P
レック&コックwwww

273 名前:ブーマー兄さん[] 投稿日:2010/04/30(金) 00:07:18 0
その時突如現れたのはみんな大好きL4Dシリーズのブーマー兄さんだった。ブーマー兄さんはそのたくましい体から出すとびきりの胆汁、もといゲロをその場にいる全員にぶっかけた!
「ぶるうっるうっるるるうっるるうr!!!」

274 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/05/02(日) 09:45:27 0
決死の覚悟を重ね、ようやく得た間隙への一撃は、しかし鳥兜の"鳥兜"こそ弾き飛ばしたものの、中身を殺ぐに至らない。
下水道の石床に金属が跳ねる音。空気を孕んだ長髪が縛めを解かれる様。隠されていた兜の中身、その相貌。

(女――!?)

>「……そんなに死にてぇかよ」

そこでやっと初めて、黒甲冑の声を聞いた。
褐色の肌がフィオナの剣光に照らされ、陰影によって顔立ちがはっきり見えたと思った瞬間、封印布で繋がれた腕を引かれる。
胸元に抱き寄せられ、それが自分をフィオナの剣から護る盾にする為だと気付き、もがくが、そもそもの地力が違いすぎる。
そのまま地面へと組み伏せられた。盾の役目を十全に果たしたのか、フィオナ必殺の一撃はその速度を確かに緩めている。

瞬間的な判断。最適な利用法。敵すらも己の糧とし盾とする、圧倒的な戦闘経験の差。
体良く、使われた自分。

「ふざっ――けんなッ……!!」

視界を熱で埋め、跳ね上がろうと全身を奮わせるが再びの調伏。今度は更に容赦なく、抗おうとした左腕が荷重に耐えきれず折れた。
激痛を伴って喉の奥からせり上がってくる苦痛の叫びをどうにか噛み殺し、それでも力が入らず封印布による束縛が解ける。
既に骨が折れたことで元・鳥兜の可動範囲は十全へと戻っており、これ以上ただの錘になったところで効果は挙げられないと判断。

(いってぇ……!!術式が使えねえとこうも違うのかよ――!)

従士隊の魔導装甲服には身体強化の加護と共に、治癒術式や鎮痛、骨折した場合の為の駆動補助といった術式も織り込まれている。
故に、多少の怪我であれば治癒を行いながら健常の場合と遜色なく戦えるようにはできているのだが。
術式を打ち消す黒甲冑の下に組み敷かれている今、それらは十全に発動せず、純然たる激痛と行動阻害が彼を苛んでいた。

「畜……生……!」

元・鳥兜の腕から滑り落ちていた黒刃が目の前の石畳に落下し、兜と同じ反響音を奏でて跳ねた。
動かない左腕を根性で肩ごと動かし、どうにかにじるよるようにして眼前の黒刃の柄へと触れた。弱々しく、握りこむ。
得物はある。ただしそれを握る腕は最早一本の肉塊と同義で、指先が僅かに動く程度。無事な右腕は、組み伏せられた下にあってこれも動かない。

そして、声にならない叫びと共に、二の腕に深く牙を刻まれたフィオナが落下してきた。
二人で甲冑の下に敷かれ、そのまま喉笛へとその口腔を肉迫され――

>「全員動くな。音をたてるな、光を消せ。……早くしろ、死にたいのか」

直前で、凍りついたように元・鳥兜の動きが止まった。同じくして、レクストの眼球も一点で止まる。

犬の兜を被った黒甲冑が、ジェイドの首元に短剣を突きつけていた。

(駄犬と戦ってたんじゃなかったのかあの犬兜――!?駄犬どこだ!?)

疑問が自己の中で完結する前に、背後で何かが降り立つ気配を得る。
黒甲冑の仲間だろうか。であるならば、最早レクスト達の命も瞬きほどしか残されていない。果たして、それは額へと降ってくる重み。

――『今は動くな、声を上げるな』

脳裏に直接届く形で、確かにギルバートの声を聞いた。そこにいるのは彼らしく、そして今は声を出せない状況。
それらの情報をレクストが認識するのと、下水道一杯に響く大音声と大閃光が爆圧という形で降ってくるのは同時であった。


【左腕を折られ、ンカイに組み敷かれ、更には閃光で眼も眩んでかなり行動不能状態】

275 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/05/03(月) 16:52:36 P
うんこが
出るかも

276 名前:オリン ◇NIX5bttrtcの代理[sage] 投稿日:2010/05/07(金) 23:21:28 0
>「頼む。」
銀髪の男が奥の方へと跳躍する。男が発したときには、すでにその位置から姿は消えていた
一瞬で決断する判断力、結界型の術式、常人離れした身のこなし。底の知れない存在だと、オリンは感じた
しかし、そんな思考もすぐに頭の中から消え去ってゆく──
意識は標的である粘液状の魔物へ。突き刺した"シュナイム"に更なる波動を送り込み、核熱と化した刃は魔物のみならず、下水や側面の壁にまで達する
普通ならば、これほどの熱を浴びて生きている生物はいないだろう。……普通ならば

オリンの瞳に映る、未だ尚蠢く粘液状の魔物。動きは先ほどより鈍ってはいるが、生きているようだ
このままでは埒が明かないと判断し、後方へと素早く跳躍する
下水道に到達したときよりも、眼ははっきりと視界を確保している
退治していた粘液状の魔物へと視線を向ける。──その大きさは想像以上だった。奥の方まで奴の身体と思われる粘液が続いていた
オリンが攻めた部分など、奴にとっては身体の隅。取るに足らない部分なのだろう

>「全員動くな。音をたてるな、光を消せ。……早くしろ、死にたいのか」

声の方へ、己の意識が傾く。隊長らしき黒騎士が、そう言葉を発した
何者かを抱え、刃物を首筋に当てている。人質は"ジェイド・アレリイ"だった

(俺の深層意識……いや、記憶が正しければ人質にするだけ無駄だ。)

黒騎士の連中は知らないのだろうか
反魂の術。仮初の魂を与えられた操り人形。何かを切欠に、破壊と殺戮を繰り返すだけの存在になる……
そこには己の意思など在りはしない。唯の傀儡だ──

今の自分に人質を解放するための手助けをする理由は無く、また動きを止める理由も無い
見極めなければいけない。記憶を解くには誰が必要なのかを
そのためには迂闊に手を出すのは愚行。ただ一つを除いては──

(……どの道、これを排除しなければ此処から動くことは出来ない。ならば──)

再び魔物へと向き直ろうとした刹那──何かが爆ぜる様な音が下水道に響き渡る
汚水と光の届かぬこの環境のせいかほぼ闇に同化していたが、爆発により粘液状の魔物がその姿を晒す
同時に迫る大木のように太い豪腕。一瞬の油断。オリンの反応が僅かに遅れ、魔物の攻撃を直に受ける

「ぐっ……!」

腹部に直撃し、衝撃により後方へと吹き飛ばされる
オリンが空中で態勢を整えるより先に、魔物の追撃が迫る。壁に叩きつけられるのと同時にそれを食らう
衝撃音が辺りに響く。崩れるように落ちるオリン
止まっている暇は無い。失いかけた意識を現実世界へ引き戻し、口に溜まった血を吐き出す……色は赤い

(……あれは音と光に反応するのか。身体は……まだ持つか……?)

剣を床に突き立て、身体を起こし、一呼吸する
まだ身体は動く様だ。痛みはあるが戦闘を継続する上で支障は無い。そう判断すると"シュナイム"を握り締め、魔物の方へと進んでゆく
仮にも銀髪の男に任された身だ。退路も確保できない足手まといでは話にならない
腰の後ろに納めている"アハト"が、淡い光を放っていることにオリンは気付いていない

魔波動を全身に纏うと、服のラインと身体の刻印に光が走る
剣が振動し、刃に熱が篭る。黒い波動には血のように紅い色が混ざり、攻撃的な気を周囲に散らす
標的を眼で捉え、オリンは再び魔物へと向かってゆく──

277 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/05/08(土) 00:16:21 P
あはぁんとぅ

278 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/05/12(水) 00:55:35 O


279 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/05/13(木) 00:52:21 0
ダーク終わったな
もう続けなくていいよ

280 名前:ルーリエ ◆yZGDumU3WM [sage] 投稿日:2010/05/14(金) 23:47:32 O
喉を甘く湿った空気が幾度となく通り過ぎる。死体を捕えたまま、家畜を引き倒したまま動かないンカイの横を
通り過ぎ、壁に背を預けたガタスに近付いた。
接近に気が付いたのか、ガタスは絶え間無い痙攣を推して壁から背を離し、こちらに向き直った。

「黙らせろ」

一言で理解したガタスはふらつく膝を正して、弓を構えて矢をつがえた。先程からただ一匹、愚直にショゴスに
立ち向かっている家畜が居るのだ。
才能は無かったが、ガタスの腕は確かだった。古い付き合いだから信用できる。どんな状態でも命令をこなす男
だ。きっとどうにかして黙らせてくれるだろう。
俺は僅かに屈み、床に落ちた鳥の兜を拾い上げてンカイに被せた。

「鬱陶しいからと留め金を外すなと言っただろう」

ンカイは返事をしなかった。自省しているのか、分からなかったが取り敢えず鎧越しに軽く肩を叩いて、その場
を離れた。

「貴様が羊飼いか?」

痩せた男に声を掛ける。こちらを見つめるその目は経験に裏打ちされた、冷笑を伴った俯瞰的に広がる視野の一
部のようだった。見た目よりは永く生きているらしい。自負も傲慢も自覚的に兼ね備えている。
たかだか十数年の経験?無い方が幾分ましな経験だ、考えを硬化させ、発想を低俗にする。

「あれの性質を知っているらしいな」

男の起こした爆発により、ショゴスは既にこちらではなく向かい合う同族に興味を抱いている。とは言え、挟ま
れている状況に変わりは無い。可能性が増えただけの状態。今すぐ死体を連れてこの場から離れたかったが、そ
うもいかない。まだ危険はそこかしこに有るのだ。例えば、今居る家畜共が精一杯こちらの邪魔をすれば、自分
たちと相討ちに持ち込めそうである。

「取引だ。
警告に従わなかった所を見ると、貴様はどうもこの死体が要らないらしいな。
ならば貴様等の命とこの死体との交換だ。ここから脱出するついでに貴様等も運んでやろう。
勿論、この場で一か八か殺し合うのも一つの手だが」

【ガタス:痺れ薬をつけた矢でオリン狙撃
ルーリエ:マダムに交渉を持ちかける】

281 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/05/15(土) 00:11:14 0

ドクン――

鳥を模した兜の下、剥き出しになった顔は意外にも女性のそれだった。
フィオナはゆっくりと進む剣先を視界の端に捉えながら、予想だにしていなかった兜の中身に驚きを隠せない。

一刹那の交錯。
存分に憤怒を込めて振るった剣閃は鋭く、利き腕では無い左手だったことを差し引いたとしても会心の一振りといって過言ではかった。
にも関わらず敵である女戦士はその一撃を最もフィオナに有効であろう手段で相殺する。

『……そんなに死にてぇかよ』

「なっ!?」

それまでとは違う、ひどく抑揚の無い声で呟いたかと思うと迫る切先へとレクストを引き寄せたのだ。
フィオナは慌てて剣の軌道を逸らしにかかる。
今まで幾万と振るってきた剣。
その中でも片手で数えられる程の最高の一撃は苦肉にも担い手自身の意思によって虚しく空を切ることとなった。

驚嘆すべきは相手の手腕。
あの極僅かな時間にレクストを盾とし、そして鈍ったとはいえ十二分に必殺の威力を持つフィオナの剣を紙一重で避けてのけたのだ。
膨大な戦闘経験に裏打ちされた生を、否、勝利を手繰り寄せる判断能力。
兜の下の容貌はそれほどの経験を持つものとは見えなかったが、見た目で判断を下すには危険極まりない相手なのは間違いない。

だが敵の行動は避けるだけで終わってはいなかった。
フィオナがレクストへの攻撃を回避できたことに安堵したその瞬間。

ぞぶり――

と、剣を振り抜いたままのの二の腕に女戦士の牙が突き立った。

「――え……、あ……ぁあああああぁぁああぁぁぁっ!!」

自身の腕に埋まる牙を呆然と見つめ、そして遅れて来た激痛と熱さに声も枯れん程に絶叫。
下に鎖帷子を着込んでは居たがまるで意に介さないかの如く、深々と牙は根元までフィオナの二の腕に埋まっていた。
チェインメイルは斬撃に対する強度こそ高いが刺突や打撃には脆い。そして噛み付きも刺突には違いないのだ。
純白の神官衣が溢れ出る血で朱に染まる。

「かはっ……」

そのまま噛み付かれた二の腕を支点とし、地面へと叩きつけられた。
横には同様に組み伏せられたレクスト。
腕に埋まったままの牙が皮膚の下で蠢く感触に怖気が走る。
貪る気だと、その行動の意図するところを察したフィオナはさせじと身を捩る。

『全員動くな。音をたてるな、光を消せ。……早くしろ、死にたいのか』

その言葉を皮切りに敵の動きがぴたりと静止する。
それまで発していた獰猛な気配もすっかりなりを潜めているようだ。
声の方向を見ると犬を模した兜を被った敵がジェイドの首筋に短剣の刃を這わせている。

「ジェ――」

弟の名を呼ぼうとするがそれは最後まで声にする事無く終わる。
此方へと跳躍して来たギルバードの手が額に押し当てられ「今は声をあげるな」と直接頭の中に響いてきたためだ。

直後下水道内に響く爆音と閃光。
痛みと失血、そして視覚と聴覚を同時に揺さぶる大音響。
薄れる意識の中見えるのは蠢く巨大な粘塊に向け、光輝く剣を構える一人の剣士。
剣士が魔物に肉薄するのを最後にフィオナの意識は闇に沈んだ。

282 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/05/15(土) 10:16:31 0
ジェイド

283 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/05/15(土) 23:50:04 0
>「貴様が羊飼いか?」
話しかけてくるルーリエからは既に敵意はない。
静に立ち上がり向き合うと、じっと睨みつけながら状況を確認していた。

前後のショゴス。
前方のショゴスにオリンが当たっているが、相手が大きすぎる。
しかも後ろからガタスが矢を番えている。
殆ど無傷のルーリエとンカイ。
かえってはこちらは行動不能が三人。
戦果としては完全敗北としか言いようがない。

>「取引だ。
>警告に従わなかった所を見ると、貴様はどうもこの死体が要らないらしいな。
>ならば貴様等の命とこの死体との交換だ。ここから脱出するついでに貴様等も運んでやろう。
>勿論、この場で一か八か殺し合うのも一つの手だが」
状況を確認したのを見計らってか、ルーリエが提案を口にする。

**トクン**

その言葉に応えるように偽ギルバートの下腹部に宿る生命の鼓動が響いた。
そっとその部分をさすり、言葉を紡ぐ。
「死体だと?なにを言っている。
いや、それより俺たちが何の為に救出したか…!そんな条件。」
押し殺すように応えるが、それは口に出た言葉のみ。
ルーリエの耳にはもう一つの声が届いていた。
『それは願ったりだな。ティンダロスの猟犬。ここに来てようやく思い出した。
長生きはするものだな。また合間見える事があるとは。』
【ヤマビコ】という特殊な発声方法がある。
任意の相手だけに声を届けるその言葉で真なる取引に挑んでいたのだ。

『立場というものがあるのでな、他の奴らには聞かれたくない。
お互い信頼は仕様もないが、その取引には乗らしてもらう。』
「だが…こうなった以上選択の余地もない、か…
全員の身の安全の保証と治療、そして危害を加えないことが条件だ。」
苦渋の言葉を漏らしつつも、その実全く別の意図と言葉をルーリエに届け、取引を成立させた。

今ここで正体を明かす訳には行かない。
ルーリエがショゴスを何とかし脱出の手助けをするというのならばそれに乗っておく。
戦いの場はまだいくらでもあるのだから。
そう言い聞かせて。

284 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/05/16(日) 06:42:18 0
**トクン**←肛門


285 名前:オリン ◇NIX5bttrtcの代理[sage] 投稿日:2010/05/18(火) 23:11:53 0
オリンがシュナイムを構え、魔物へと跳躍しようとした刹那──
背後から射られた矢が、オリン目掛けて疾風の如き速さで迫っていた
完全に己の意識外から放たれたものだ。当然、反応は遅れる…が、戦いに身を置く者としての性なのか、防御態勢を取ろうとする

「──!!」

矢と身体が半歩ほどの距離まで迫ってきたときに、"それ"は反応した
腰背部に納めていた小型の魔光剣"アハト"が、まるで意志を持ったかのように鞘から離れたのだ
それらは後光のように展開し、オリンに迫る矢を弾き落とした

(何処からだ……?)

奥の方へ視線をやると、此方に向かって矢を番え、構える人影を視認する
先ほどの矢は頭部や胸部を狙って射られたものではない。推測するに、黒騎士側がこの場を制するために行ったものだろう
前方には魔物、背後には矢を構えた黒騎士。どちらを攻めるのが賢明か

(……こいつを片付けるのが先だな。)

決断すると同時に、全身に全波動を纏い、魔物へと肉迫──
触手のように形状を変化させた攻撃を掻い潜り、そして跳躍。魔物の頭上へと着地し、二振りのシュナイムを突き刺す
ありったけの波動を剣に送る。地響きのように剣から超振動が起こり、大気を焦がし、周囲の景色が歪むほどの熱量を刃が帯びる
オリンの双眸が一瞬銀色に光ったと同時に、剣に込められた波動を一気に放出──

剣を刺した部分を中心に、魔物の身体に亀裂が入る
裂かれた身体は焼け爛れ、灼熱が侵食してゆく。粘液状の物体が下水に落ちるたび、焦げた様な臭いと蒸発する音が辺りに響いた
すでに魔物には先刻までの俊敏な動きは無く、完全に停止していた
生きているのか、それとも死んでいるのか。判断は出来ないが、少なくとも動きは無い
どちらにせよ、止めることは出来た。そして、これで退路の確保は成し得たと言える

下水へと降り立ち、剣を床に突き立て壁に背を預ける
すでに剣を握るのがやっとだ。波動の力を使う余力は無い
"アハト"もすでに、後背部の鞘に納まっていた
何時でも動けるよう身体を休めつつも、周囲への警戒を一層強く張り巡らせる

オリンの眼に、黒騎士連中と何やら話している銀髪の男が映る。その付近には女戦士に組み伏せられた騎士と従士
状況を察するに、何かしらの取引……条件提示をしていると見るのが妥当か
魔物が現れたのは、奴らにとっても想定外だったのかもしれない

しかし、この劣勢の中でも傷一つ負っていない銀髪の男を見て不信感を抱く
黒騎士よりも警戒せねばならない存在だろう。だが、この男が自身の記憶を解く鍵となる事は間違いない…そう確信するオリン
そして、"あの男"とも何処かで繋がっている可能性がある、と──

286 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/05/18(火) 23:12:05 0
ガタスが矢を番えるのを見ても偽ギルバートはそれを黙認していた。
今オリンはショゴスとの戦いに集中しており、矢が放たれればどのような結果を生むかは日を見るよりも明らか。
しかしそれで良いと思っていた。
所詮はイレギュラーな存在。
十分に役立ってくれたので後はどうなっても。
いや、むしろここで始末しておいた方が後々の面倒がなくて良い。

「木行蟲糸を以って繭とする…」
倒れる二人に小さく呪文を唱え手を翳すとそこから細かい糸が溢れ出て包んでいく。
血を止め眠りにつかせる捕獲用の術であり、動けない二人を脱出させる為の方策だった。
このまま下水にもぐる事になっても繭に包まれていれば呼吸も心配ないだろう。
二人がすっかり繭と化した時、偽ギルバートは驚きの表情を持ってオリンを見る事になる。

オリンが矢に気づいた時には既に遅く、命中は確実だった。
にも拘らず腰背中部に収められていた小型の魔光剣が意思を持ったかのように浮遊し、迫る矢を展開した光で叩き落す。
更にオリンは凄まじい震動と光を駆使してショゴスの粘液状の身体を穿つたのだ。
密閉された下水道にこげた臭いと蒸発する音が充満する。

「…これは、存外な拾い物、だねい。」
小さく呟く偽ギルバート。
オリンを見るその目は仲間の勝利を讃えるものではなく、得物を狩る獣のそれだった。
この瞬間、偽ギルバートにとってオリンは使い捨てのイレギュラーから使える駒と認識を改められたのだ。
「話しはついた。解毒剤だ、飲んどきな。あんたらにもちゃんと効く筈さ。」
第二矢を構えようとするガタスを制して丸薬を渡し、オリンに近づいていく。

「誰かは知らないが大したものだ。助かったよ。
が、こいつはまだ死んじゃいないし、後ろにもう一匹いる。
察しているようだが、そこで奴らと取引をした。
悪いが大人しく付き合ってもらいたい。」
動かなくなったショゴスをさすりながら短く事情を説明し、顎で後ろを示す。
そこには繭となった二人と拘束されたままのジェイドを抱える黒騎士たちがいる。

もしオリンが消耗しきり動けないようであれば気絶させ繭に包むだろう。

287 名前:ルーリエ・クトゥルヴ ◆yZGDumU3WM [sage] 投稿日:2010/05/19(水) 19:48:05 O
「木行蟲糸を以って繭とする…」

痩せた男が、倒れた二人を呪文で作り出した糸で包み込んでゆく。と、ンカイが困ったように頭を振ってぼやい
た。

「こいつは馬鹿みたいに柔らかい手錠ですなぁ……」

ンカイの腕は男の腕と繋がったままだったのだ。男を包み込む糸の玉は、前に突きだしたンカイの両腕を避けて
形作られ、結果、ンカイの胴に巨大な糸の玉が不自然に張り付いていると言う何とも間抜けな光景を産み出して
いた。
歯が欠けているのが痛いのだろう。ンカイはひぃひぃと呻きながらなんとか男の入った糸の玉を一番具合のいい
体勢で抱え込み、立ち上がった。
奇妙な努力を強いられたンカイにどう声を掛ければいいか迷いつつ、ンカイの下に敷かれていた、女の入った糸
の玉を担ぎ上げる。ちょうどその時に、突如背後から大きな爆発音が響いた。

「…これは、存外な拾い物、だねい。」

振り向くとそこにはショゴスのなれの果てが……否、あれすらも末端か。
とにかく、しばらくは片側からの進行は気にしなくて良くなったらしい。代わりに力を失ったショゴスの巨大な
図体で、そちら側の下水道は完全に塞がれてしまったが。

「話しはついた。解毒剤だ、飲んどきな。あんたらにもちゃんと効く筈さ。」

予想だにしなかった結果に対してもただ冷静に次の矢を構えたガタスを制し、痩せた男は声を張り上げながら爆
発を起こした男に近付いた。

「誰かは知らないが大したものだ。助かったよ。
が、こいつはまだ死んじゃいないし、後ろにもう一匹いる。
察しているようだが、そこで奴らと取引をした。
悪いが大人しく付き合ってもらいたい。」

どうやらあの男は痩せた男の仲間ではなかったらしい。交渉の会話の端々を片耳に入れながら、兜をずらして口
の中に薬を放り込むガタスに死体を渡した。

「あの男に見覚えはあるか?」
「痩せた奴のですか?……ないですね。どうしたんです、藪から棒に」

事情は後で話すと言って、ガタスから離れ、思考を巡らす。

『それは願ったりだな。ティンダロスの猟犬。ここに来てようやく思い出した。
長生きはするものだな。また合間見える事があるとは。』

(一体誰だ)

当然、顔は全く見覚えがない。後は臭いだが、下水道の中では鼻は全く頼りにならないのだ。

「あの雌、気に入りませんなぁ。隊長」
「そうなのか、話したことが無いからわからんな」

思考の為の沈黙に、無遠慮に割って入ったンカイを邪険に退けつつ、肩に担いだ糸の玉を眺める。
中の女は寝ているらしく、時折寝苦しそうに小さな声を漏らしていた。
静寂。痩せた男の交渉の声と、ショゴスの幽かな鳴き声が下水道を反響する。
違和感を感じて横を向くと、ンカイがこちらを不思議そうにじっと見ていた。

「……今の冗句はよくわからなかったですぜ、隊長」
「なんの話だ」
「さっきまでペラペラ話してたでしょう」


288 名前:ルーリエ・クトゥルヴ ◆yZGDumU3WM [sage] 投稿日:2010/05/19(水) 19:50:02 O
「準備はできたか?」

話がまとまったらしい二人の男。否、男と男に化けた女に声をかける。直ぐ様返事は返ってきた。

「それでは、行こう」

抜け出す方法、それは早い話がショゴスの下を潜り抜けると言うものだった。

ショゴスは元は陸生の生き物であり、本来は水に浸かりたがらない。
そもそもショゴスは、ヒトや我らが神がこの地に訪れる前に栄えたとされる生物“古きものども”の奴隷で、円
環都市の基礎に当たる部分を作り上げたそのものである。
今より陸が少なかったその頃、この周りは海に囲われており、“古きものども”は奴隷であるショゴスの逃亡を
防ぐためにあえて彼らが水中を嫌うよう“弄った”らしい。
どれも皇帝の持つ書物に書かれた情報で、はたしてその歴史が本当に正しいかどうかは定かではないが、水を嫌
うことは先祖達が代々証明してきた。
どんなに巨大なショゴスでも、その下の水中には僅かな隙間がある。元のままではとても潜れないほど僅かな隙
間が。
視線を上に向ければ、ガタスが死体を抱えたまま下水道の天井に張り付いていた。今ある明かりはガタスの腰に
結びつけられた小型のカンテラのみで、我々のいる床は暗闇に沈んでいる。
囮。
ショゴスの注意を天井に向けさせ、水中の隙間を広げる定石。ガタスに死体を持たせたのは、最後に死体を移動
させる事で中途での家畜達の裏切りを防ぐためである。

 先ずはンカイが先導して飛び込み、次に男を抱えた男に化けた女(実にややこしい)が飛び込む。何でも泳ぎ
に覚えが有るとの事。若干不安ではあったが、失敗したら失敗したで特に此方に被害は無いので、勝手にさせて
おいた。
暫くショゴスの動きを観察し、ギリギリまで粘った後、ガタスが天井にカンテラを引っ掻けたのを確認してから
ガタスを先導をする形で水路に飛び込む。
背後にガタスの起てた水音を聞きながら、水を強く蹴る。頭上のショゴスは此方に全くの無関心だった。おそら
く同胞の死体と頭上の灯りに御執心なのだろう。
糸の玉を抱えながら水を切り、ただ無心に前へと進んだ。


【ルーリエ:ンカイの言葉により偽ギルバードの正体に気付く
行き先:ハンターズギルド近くの目立たない路地裏】


289 名前:ルキフェル ◆7zZan2bB7s [sage] 投稿日:2010/05/21(金) 22:09:17 0
既に、広場は焦土と化していた。
周りに在るのは、無数の焼け焦げた原型を留めない屍累々。
そこに立っているのは1つの純白の闇。

「……最後のゲームなのに、つまらないな。もっと
たくさん殺せると思ったのに」

「ルキフェル、始めるんだろ?」

「他の”奴ら”は処分するのか?」

数人の奇妙な格好の男女が異様な訛りのある言葉で
純白の闇―ルキフェルに語りかける。
ルキフェルはただ、曇りのない笑顔を浮かべるだけだった。
そして、唯一の生存者のセシリアを見つめ語りかけた。

「ねぇ、僕をもっと笑顔にしてくれないかな。
そう、あいつに伝えてくれないか。レクスト・リフレクティアに。
僕の、子孫にね。」

【広場でセシリアの意識に伝言を残す。舞台は循環の発表会へ――】

290 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/05/22(土) 19:56:52 0
大の苦手であるSPINを用いてまで都市中を駆け巡り、しかしアインは・セルピエロは途方に暮れていた。
そもそも尋ね人であるフィオナは、つい先程処刑場にて大立ち回りをしてのけたのだ。
騎士や聖騎士、従士隊達もが探索し未だ見つけられていない彼女とその一行を、
たかが一学者でしかないアインが見つけるのは土台無理な話だった。

諦めるか、とアインは一瞬思考する。

白き異形は最早、自分のみに執心しているような事は無いように思える。
もしもあの化物が世界を滅ぼし得る程の力を持っているなら、自分や件の従士一行が何をしようと徒労に過ぎない。
加えてマンモンもまた、彼の言葉を信じるならば『先生』に手を出す真似はしない筈だ。
ならば『先生』の安全は辛うじて、不運の大鎌に掠められる事無く留められたのだから。
何より『世界』の懸かった争いに、自分如きが介入出来る訳がないと。

「……馬鹿な。僕は矮小だが、それにしたって矮小なりの矜持がある」

疲労困憊を土壌に兆した愚考を、彼は即座に唾棄した。
些細な共感から手助けをして、それが祟れば今度は殺害すら見据えて。
そして今度は自分と恩人の安全が認められたからと言って、無力を理由に逃げ出す。
自分本位のみを極めた移り身ばかりの行動が、どれ程惨めで無様な事か。
自らが常に何者かの犬であると称したアインでさえ、耐え難い恥辱をそれは孕んでいた。

「やってやるさ……。魔法も奇跡も起こせなくても、僕にだって出来る事はあるんだ」

呟き、彼は自らの身分証を白衣の内から取り出した。
研究の為と謳えば帝都の、ひいては皇帝公認の銘を行動に刻む事の出来る札。
これを使えば、フィオナ達が見つかり次第、アインはその身柄を引き取る事が出来る。
『特殊な術式や武具を持っていた』とか、『研究資材とする』とか、どうとでも理由付けは可能なのだから。

だがそれは、いずれ必ず露呈する嘘だ。
そして一度露になってしまえば彼は地位も研究の為の物も失い、
それどころかお尋ね者の仲間入りとさえなってしまう。

「……っ」

身分証を持つ彼の手が、微かに震えた。
当然だ。身分と研究への援助を失うと言う事は、
罪人になると言う事は、即ち『先生』を守れなくなる。
ひいては治せなくなる事を意味しているのだから。

「僕は……」

何かを吐き出せば、それが答えを連れてきてくれないかと言葉を零すが、二の句は続かない。
結論は出ないままだ。出せる訳がない。
矜持と恩人、どちらも天秤に乗せる事など出来る筈もない物だった。

「僕は……!」

もう一度、言葉を繰り返す。
だが、それ以上は続かない。
それでも、答えは出さなくてはいけない。
肺腑の内から胸を圧迫する何かを、彼は無理矢理にでも吐き出そうとし――

「――そこまで、で結構ですわ。苦悩を窮める事は、時に即断よりも価値のある事ですから」

突如アインの目の前に現れたマリル・バイザサイドが、
彼の握った身分証を両手の平で包み込んだ。
微かな温もりと柔らかさに、けれども彼は驚愕に息を呑み目を見開く。

291 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/05/22(土) 19:58:29 0
「……いつからだ。いつから見ていた」

「初めから、です。見つけたのは全くの偶然ですけれど。ですが、今それは些細な事でしょう。
 今肝要であるのは、貴方に出来る事は何もそれだけではない、と言う事です」

マリルの言葉に、アインは暫し沈黙。
そして、

「……いいのか?」

とだけ尋ねた。
対してマリルは、笑みを返す。

「確かにマルコ様には貴方を主として手助けするよう言われていますが……それだけではありません。
 貴方は私が主として従うに足るだけの、気高き懊悩を見せて下さいました。なればこそ、私は貴方の命に従いましょう」

彼女の口上に、もうアインは迷わなかった。
ただ一つ、彼女に命を与える。

「……この手紙を、フィオナとか言う聖騎士……いや、女に渡してやってくれ。出来るか……?」

「勿論ですわ。私はメイドですから。それが主の命であれば、
 何であろうと果たしてみせましょう。……それから、セシリア様なら広場にいましたわ」

「……すまんな。そんな事まで」

「メイドですからね」

言葉から滲む心強さを残して、マリルは地を蹴り姿を消した。
しかして建物を蹴りハードルの上にまで跳び上がる。
小さくなった街並みを足元に、彼女はエプロンの内から幾本ものナイフを取り出した。
そして自分を中心として八方に、やや高めの角度でそれらを投げ放つ。
刃の鏡面に映る縮小された街並みを見回し、不意に彼女は目を微かに見開いた。
そうして、一言。

「……見つけました。随分と物騒な連れがいるみたいですけど」

呟き、マリルはハードルの上から遙か下方へと身を投げる。
衣服が激しく吠えるようにはためき、けれども彼女は音もなく地へと着地を果たした。
すぐさま、彼女はフィオナ達の元へと駆ける。

「……こんにちは、皆様。お取り込みの所申し訳ないのですが、お届け物がございまして」

言葉と共に、マリルは敢えて作り物の気配を醸した微笑を振り撒く。
同時に偽者のギルバートにちらりと一瞥くれてから、フィオナへと手紙を差し出した。

「僭越ながら中身は拝見させて頂きました。ひとまず、私の仕事はここまでです。
 ですが……貴女が何らかの助けを求めるのなら、私は主の意志に従い、貴女を助ける事に何の戸惑いもありません」

292 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/05/22(土) 19:59:26 0
広場で昏倒しているセシリアに、アインは歩み寄る。
澱みの無い動作で白衣のポケットに右手を潜り込ませると、小さな瓶を一本取り出した。
SPINの酔い止めである、ハーブの抽出エキスだ。
彼はやはり滑らかな手付きで瓶の栓を抜く。
そして、内容物を寝こけるセシリアの顔面へと垂らした。
過剰な清涼感が彼女の目に、鼻に、口に容赦なく忍び込む。

「目は覚めたか。恨み言なら結構だぞ。それより……明日の査定会は、もしかしたら中止になるかもな。
 こんな事があったんじゃな。もっとも、お前にとってはその方が良かったか。恥を晒さずに済んだのだからな」

研究者としてすれ違った事があるか無いか程度で、
顔見知りとも言い難い存在であるセシリアに、アインは無遠慮極まる口振りで皮肉を吐く。

「おっと、怒ってくれるなよ。事実だろう。……この術式は、未だ未完成だ。いや、これが限界であると言った方が正確か」

『自壊円環』に関する書類を無造作にセシリアの眼前にばら撒き、アインは告げる。

「何処で手に入れたかは聞くな。どうでもいいからな。……肝心なのは、この術式をどう完成させるか、だ。
 見ただろう、あの異形を。……アイツの封印する方法が必要だ。
 既に探している奴もいるが、闇雲に探すよりかは作った方が早い。そうだろう?」

立て、と短く告げると、彼はセシリアに手を差し伸べる。

「時間は無いが……完成に向けての目処は、ある程度立っている。それを術式の権威であるお前が、洗練しろ。
 僕達が作るんだ。あの化物を封じる術式――『神戒円環』を」



【お手紙渡しました。タイミングとしてはフィオナが繭を出たちょっと後くらいって事で
 手助けするか、場を乱さないよう退散するかはお任せします
 自壊円環改良しようぜ。セシリアちゃんの研究資料室でもあればそこに行くとか。移動先はやっぱりお任せです】

293 名前:ルーリエ ◆yZGDumU3WM [sage] 投稿日:2010/05/22(土) 21:21:43 O
通報を受けて騎士達が到着した時、既に広場に並べられた大量の遺体には布が掛けられ、神殿騎士と従士隊が連
携して現場検証を行っていた。

「お待ちしていました」

騎士達に気付いた神殿騎士の一人が、彼らの隊長らしき人物に耳打ちする。頷いて、騎士隊に近付き、神殿騎士
隊の隊長は軽い敬礼をした。

「検証の結果はあちらに……」
「必要ない」

厳格に、ぴしゃりと神殿騎士隊長の言葉をはね除け、騎士隊長は部下達に命令した。

「検証を始めろ」

唖然とする神殿騎士隊長の脇をすり抜け、従士や神殿騎士を押し退けて、騎士達が現場を検証し始める。

「これはどう言う……」
「正当な捜査だ。皇帝と議会の承認も得てある。速やかに捜査から手を退かせたまえ」
「我々の捜査を無視するのか!?」
「信用ならんとの事だ。さっさとこの場から離れろ、捜査妨害で立件するぞ」

神殿騎士隊長の肩を押し退け、騎士隊長は部下達に指示を出し始めた。蹴散らされた従士達が憤りも露に騎士隊
長に詰め寄る。

「てめえ!偉そうにしやがって、こっちは同僚が殺されてんだぞ!!」
「聞いている。処刑の警備をしていた者達だったか。残念だったな」
「だったら!!」

騎士隊長は歩みを止め、周りを囲む従士達を見回し、はっきりと言い放った。

「どさくさに紛れて、罪人を逃がしたらしいな。確かその罪人と貴様らは繋がりがあったはず。
だから信用ならんと言っているんだ。さっさと手を引け、見苦しいぞ」

「ならば神殿騎士が手を引かねばならない理由は?」

憤怒の抗議を叫ぶ従士達に混じって、神殿騎士達が疑問の声を挙げる。それに騎士隊長は答えない。と、従士の
一人が何かに気付いたように表情をハッとさせ、直後に苦々しげに吐き捨てた。

「……黒騎士絡みかッ!!」

騎士隊長はそれに対して、只一言。

「さっさと失せろ」

【ジェイドを奪った犯人ははっきりしないまま、騎士が事件の捜査権を没収(過去に黒騎士に酷い目に逢わされ
たので、黒騎士絡みになると騎士は単独で捜査したがる)
捜査が黒騎士に重点を置かれることなり、結果的に『ティンダロスの猟犬』により、捜査の目がレクスト達からそらされる事に
皇帝が何処まで意図していたかは不明】


294 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/05/23(日) 01:54:04 0
さっさと失せろ>従士への一言

295 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/05/23(日) 17:30:52 0
本屋ちゃん「」

296 名前:レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/05/24(月) 06:28:44 0
>「木行蟲糸を以って繭とする…」

魔物を硬直させている間に黒甲冑達との取引きが終わったのか、一行は退散の方向へと動き始める。
ギルバートの行使した術式によって繭状の結界へと封入されたレクストは、しかし視界の確保された安寧の中で周りを見る。
傍ではフィオナも同様に、繭へと変えられていた。傷の程度はレクストよりずっと深い。あの獰猛な牙に抉られたのだから。

(畜生……!畜生畜生畜生ッ!!)

完敗だった。文字通り歯牙にすら掛からない実力差。術式を封じられた時点で勝敗は決していたのだ。
今こうしてレクストが命と五体を十全に保っていられるのは、それを交渉の材料にされてからに他ならない。
つまりは、

(俺達の命を保証する代わりにジェイドを諦めろ、ってことかよ。何の為にここまで来たんだ……!)

眉間に拳を当て、歯を食いしばる。この体たらくは、まるきり足手まといの敗残兵のそれだった。
しかも、その敵に脱出までの手を貸されているときた。自尊心だけは人一倍に高いレクストにとって、奥歯を砕きかねない屈辱だ。
あのとき、頭上で交わされた取引きに抗う余裕は自分に無かった。それを意見するだけの発言力も、微塵に等しく。
ただ骨折の痛みと、置いてきぼりにされた悔しさだけが胸のうちに去来し、それらを纏めて黒刃に食わせることで凌いでいた。

(このままで終われるかよ……!)

兜をかぶり直した鳥兜の黒甲冑に密着している為に魔導装甲の治癒術式は発動しなかったが、黒刃に苦痛を喰わせて強引に鎮痛。
封印布で黒刃の刀身と折れた左腕とを一緒に巻きつけ、きつく縛って固定する。世にも珍しい魔剣製の添え木が出来上がる。

しばらく微調整しているとやがて水中遊泳が終わり、水から上がった一行は下水道の出口へと向かった。
繭のまま、地上へと上がる。既に日は傾きかけていて、橙色の陰影をその場へと映し出す。
ハードルによって色の違う街頭の魔導燭灯で、そこが五番ハードルのハンターズギルドに近い路地裏であることが分かった。

他の連中も水を滴らせながら石畳の上へと這い出てきて、最後にジェイドを抱えたもう一人の鳥兜が脱出する。
先の魔物と戦っていた男も一緒だ。全員が下水道から離脱したのを確認して、誰かが入り口を閉じた。

繭は、破ろうとする意志に逆らわず驚くほど簡単に割れた。
抱えられていた体勢から外に出たものだから、石畳の上に放り出される形でしこたま腰を打ったが、気合でのたうち回るだけに留める。
解放された瞬間から装甲内の鎮痛術式が効いてきて、どうにか立ち上がれるまでには回復した。

見れば犬兜に抱えられたフィオナは未だ繭のままで、この状況でも出てこないのは気絶したままだからだろうか。
あの怪我では無理もない、と思うのと同時に、レクストは犬兜の方へ足を向けて疑問を放つ。
双眸を伏せ、言葉を押し出すような聞き方だった。

「なあ犬兜。騎士嬢が目を覚まさねえうちに聞いとく。下水道でジェイドのことを『死体』っつったな。やっぱり、"そう"なのか……?」

心当たりがないわけではなかった。処刑台での彼の言葉や、下水道で触れた際の異質な冷たさ。
従士という職業柄、死体に触れることはそう少ない経験ではなく、刻まれた感触にはやはり覚えがあった。
何よりも、ヴァフティアで再開した、母の姿が脳裏にちらつく。ジェイドの成れの果てが、あの冒涜的で超越的な魔の権化であるならば。

救わねば、と思う。

理性がある内に完全に殺すべきとか、死者は然るべく楽にしてやるべきとか、そう考えるのが最も妥当で何よりも正しいのだろう。
しかしそれでも彼は。レクスト=リフレクティアは。

――何もしないほど大人ではなく、何もできないほど子供でもなかった。

だから言う。言ってのける。ジェイドを指差し、黒甲冑達を見回して。

「覚えとけ、絶対助けに行くからよ。そして刮目して見とけ。この俺の、最強にカッコいいところをな」


【下水道脱出。今は手出し出来ないけどそのうち明日あたり助けにいくよ宣言。事態が収束し次第銀の杯亭へ】

297 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/05/24(月) 11:48:43 0
レクストパパ死亡

298 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/05/24(月) 19:31:03 0
もう、駄目だ・・・

299 名前:オリン ◆NIX5bttrtc [sage] 投稿日:2010/05/24(月) 20:54:33 0
黒騎士達と交渉をしている銀髪の男が、此方に近づいてくる
自身を見るその瞳に獣のような鋭敏さが宿っていることを、オリンは見逃さなかった

>「誰かは知らないが大したものだ。助かったよ。が、こいつはまだ死んじゃいないし、後ろにもう一匹いる。
察しているようだが、そこで奴らと取引をした。悪いが大人しく付き合ってもらいたい。」

男がそう言葉を放ちながら、顎で後方を指す
そちらへ視線を向けると、繭のようなものに包まれた女騎士と従士
自分が動けないようであれば、彼らと同じように拘束するという意味がその言葉に含まれているのだろう
立場的に、そして状況的に自身に拒否権は無い。そもそも拒否する理由も無い

「……ああ。だが、その術は必要ない。消耗はしたが、移動する分には問題はないようだ。」

拒否した理由には、もう一つの意味があった
自分の波動が、SPINの転移魔力を遮断したこと。いずれは知られるのだろうが面倒事を今起こす必要は無い
オリンは、身体の状態を確かめるように手首を軽く回す
肩でしていた息も治まり、走るくらいなら問題なく出来る。しかし、波動の力はほとんど残っていないようだ

>「準備はできたか?」

黒騎士が声を掛けて来た
オリンと銀髪の男は、それに対して短く返事をすると彼らに続いて歩を進めた

魔物の注意を逸らすため、黒騎士の一人が腰に下げたカンテラを天井に引っ掻けた
手際よく行動し、無駄なく終える黒騎士。完全な統率、地形の把握、魔物への熟知。そして、それを行う身体能力
あの場を収めず、戦闘を継続していたら命は無かったろう。そう胸に刻むオリン
魔物は此方には目もくれず。天井に掛けられた、下水の闇を照らす光へと向かっていった
それを一瞥すると、再び前へと歩を進める



下水での移動が終わり、地上へと出た一行。夕暮れが、降り立った狭い路地を染めていた
二人を拘束している繭が床へと下ろされる。片方の繭が割れ、従士の少年がふらりと立ち上がった
彼の片腕に並行するように、漆黒の剣が布で固定されている。先の戦いで腕を折られたらしい

>「なあ犬兜。騎士嬢が目を覚まさねえうちに聞いとく。下水道でジェイドのことを『死体』っつったな。やっぱり、"そう"なのか……?」

従士の男が、犬を模した兜を付けた黒騎士に疑問を投げかけた
"反魂の法"。自身の脳裏に焼きつく、横たわった男と女。顔や場所は霧がかっていて、鮮明には映っていない
ジェイド=アレリイを初見したときから、脳が、身体が、全身を突き刺すような感覚に襲われた。そして、瞬時に理解した
だから追うと決めた。手がかりを、記憶を取り戻すために──

>「覚えとけ、絶対助けに行くからよ。そして刮目して見とけ。この俺の、最強にカッコいいところをな」

従士の言葉、瞳に迷いは無く、強い意志が宿っていた
だが、自身にその言葉は理解できなかった。なぜ、そう言い切れるのか
すでに死んでいる男に未来も希望も無い。命の摂理に反する場違いな魂でしかない

(……人は死んだら終わりだ。やり直すことは不可能だ。禁忌に手を出し、生命の息吹を宿したとしても、それは偽りでしかない……。)

内から溢れる憎悪を押し殺すように、拳を強く握り締めるオリン。手から滲んだ血が数滴、床へと落ちる
ジェイド=アレリイを見るその瞳は、氷のような冷徹さと、炎のように熱い憎しみが宿っていた

話し合いは終わり、死体を抱えた黒騎士は何処へと去っていった。一先ず、事態の収束はついたと言える
従士たちは、今後の対策、現状把握をするため"銀の杯亭"と言う酒場へ向かおうと言う
当然、自身も行くべきだろう。あの状況に割って入った以上、最低限、己の素性や目的は話さなければならない
銀髪の男と従士の少年の後に続き、銀の杯亭へと足を進めた──

300 名前: ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/05/24(月) 21:47:46 0
>『ねぇ、僕をもっと笑顔にしてくれないかな。そう、あいつに伝えてくれないか。レクスト・リフレクティアに。
                                                 ――――僕の、子孫にね』


覚束ない意識の表層を撫でる言葉。脳裏に刻みつけられるそれは、セシリアの心に驚愕を呼び起こすことなく沈んでいく。

この世界において、それまでの基準を根本から覆すような能力をもった人間が生まれることは珍しくない。
例えばセシリアの父、『才鬼』エクステリア博士。帝都の交通システムを一新させる技術、『SPIN』を開発した魔導師である。
例えばレクストの父、『剣鬼』リフレクティア翁。30年前の帝都武道会において無名から最強の名を欲しいままにした剣客。

それら、おおよそ『才能』としか言い様のない超越的能力の持ち主を『鬼』と呼称するのは、その異才に少なからず『魔』を感じるが故。
太古から連綿と続く命の系譜において、どこかで『魔』と混じり合った者。言わば、『魔族の血』をその身体に宿す者。
その"血"は身体に影響しない。普通人を変わらぬ外見の中に、ある一つの方面だけに異常なまでの才覚を示す。

それはなんら"特別"ではない。この混沌たる世界において、純然たる人間の血だけを持つヒトなど皆無に等しい。
一部例外を除き万人が得られる『魔力』という超自然干渉力の片鱗は、『魔』の血族よりその遺伝にもたらされたのだから。
それでも『鬼』の名を受ける者がいるのは、きっと彼らが自分の才覚を正しく理解し自覚し活用できるからなのだ。

それがセシリアの持論であるから、魔族と思しきルキフェルの発言にもある種の説得力があった。
解せないのは、彼の言う"子孫"がレクスト=リフレクティアであること。

(認めない……それだけは認めない……!!)
  マルチワースト
『下辺の頂点』である。これだけ圧倒的で超常的な能力を持つルキフェルから、"あんなの"が生まれることなど、認めない。
だってその事実は、セシリア=エクステリアが信望し信奉する『才能』という概念に、抜けない楔を打ち込むことになるのだから。

そうして、都合の悪いものにフタをする決意を新たにしたところで、意識の上空から雫が降ってきた。
目と鼻と口に極めてスースーするものが滴下され、意識を強制的に覚醒させられる。
特に目がまずかった。眼球にぶつかった清涼感は凄まじい冷たさと痛みで涙を喚起し、目頭が噴水になる。

「うわ!わ!わ!わ!わ!わ!わ!わ!わ!目が!目が!」

目を抑えてのたうち回り、懐から清拭の術式布を取り出して顔をごしごしやってどうにか落ち着いた。
放り出されていた三角帽に手を伸ばし、埃を払ってから装着。まなじりを尖らせて頭上の下手人を見る。

>「目は覚めたか。恨み言なら結構だぞ。それより……明日の査定会は、もしかしたら中止になるかもな。
  こんな事があったんじゃな。もっとも、お前にとってはその方が良かったか。恥を晒さずに済んだのだからな」

ハーブエキスの小瓶を白衣にしまいながらこちらを見下ろす男には覚えがあった。
アイン=セルピエロ。『役学』なる極めて従事する人間の少ない珍妙な学問を専攻する研究者だ。
そして、彼がその身に魔力を有していない、『魔力欠乏』と呼ばれる障害者であることも知っている。

「………………」

>「おっと、怒ってくれるなよ。事実だろう。……この術式は、未だ未完成だ。いや、これが限界であると言った方が正確か」

どこから漏れたのか、そしてどこで手に入れたのか、アインの手元には『自壊円環』の設計図の写しが束ねられていた。
それを彼は、不遜極まる手つきで宙へとばら撒く。紙吹雪のように視界を遮る中で、セシリアの双眸が少しづつ細められていく。

>「何処で手に入れたかは聞くな。どうでもいいからな。……肝心なのは、この術式をどう完成させるか、だ。
  見ただろう、あの異形を。……アイツの封印する方法が必要だ。既に探している奴もいるが、闇雲に探すよりかは作った方が早い。そうだろう?」

「完成?この『自壊円環』を完成させたところで、『強力な破壊兵器』が『凶悪な破壊兵器』になるだけだよ。
 しかもこれじゃルキフェルは殺せない。規模が大きすぎて、国土の上では使えないから。戦争用の兵器だよ、これは」

アインは答えず、しかし手を差し伸べて続けた。

>「時間は無いが……完成に向けての目処は、ある程度立っている。それを術式の権威であるお前が、洗練しろ。
  僕達が作るんだ。あの化物を封じる術式――『神戒円環』を」

301 名前: ◆N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/05/24(月) 21:51:12 0
アインを連れ立って、セシリアは国立研究塔の自室へと戻ってきていた。研究室は処刑騒ぎで出払っている。
階移動のSPINに乗る際、この移動手段が苦手だと語るアインがやはり苦虫を噛み潰していたのが、少しだけ痛快だった。

「それじゃ、『自壊円環』の術式原理について簡潔に説明するよ。要点だけ押さえていくからあとは資料と頭脳で保管して」

静まり返った研究室の試験台に設計図を広げ、魔導杖で紙面を軽く突付くとインクで描かれた模様が青白く輝きだした。
『机上演算(シュミレーション)』の術式が発動し、紙面から放たれた光が立体の虚像となってセシリア達の目の前に浮かび上がる。

「『自壊円環《ウロボロス》』――転移術陣を利用した空間干渉型広範囲術式兵器。
 従来の術式兵器との差異は、その性質が砲撃や爆撃といったいわゆる魔力投射攻撃とは違う、純然たる『攻性結界』であるということ」

攻性結界。指定領域を不可侵不可出の結界で覆い、内部に攻撃効果を発生させる高等術式である。
魔力投射と違って正確に攻撃範囲を定められる点や、一度発動してしまえば相手を逃さない等のメリットがあるが、
結界術式の精度や可能拡張領域の問題点から余程熟達した術式使いでもない限り一般戦闘のレベルではまず運用されない技術だ。

「『自壊円環』は『戦略級の攻撃範囲』によって精度を、『SPINシステムによる演算代替』によって拡張領域をそれぞれ補うことで、
 実用レベルにまで漕ぎ着けたんだね。――まあ、ロクに試験もしてない段階で持ち出されたから、不完全のままなのだけれど」

そこでセシリアは言葉を切る。自らの技術で、ウルタールでは既に人が死んでいる。脳髄が反吐に変換されたような思いだった。
戦争往時は『学者殺すに刃物は要らぬ。出来た死体を見せればいい』などと揶揄された、人殺しの道具を作る者のジレンマ。
兵器開発者はそういった罪悪感や倫理と自己とを切り離さなければ生きることもままならない。精神が自死を選ぶからだ。

現場で命を張っている『兵器の使い手』とは違い、『兵器の創り手』を護る論理は戦場においてあまりに少なすぎる。
だから、心を理屈で武装する。平時においても鉄火場に身を晒し続けるのは、むしろ彼女たちのような技術屋なのだ。

「術理は至って単純だよ。指定領域に広げた結界の中に、転移術陣をいくつも敷設していって、ちょうど螺旋状になるように配置する。
 これら陣同士を繋いで、渦のようにSPINを構築していくんだ。ぐるぐるって感じに、結界の中心から縁まで。これで術式展開は完了」

魔導杖を何度か振ると、虚像で描かれたSPINの『駅』が星座のように整列していく。それらを螺旋状に配置し、光点の渦ができる。

「こうやって組みあがったSPINの『駅』全て一つ一つに、『中心の駅へ陣を描かれた"土地"を転移せよ』って命令を与えたらどうなると思う?」
 
指をパチリと鳴らすと、空間に散在していた光の螺旋がしぼむようにして収束した。光点は纏められ、一個の強い光となる。

「――重複するんだよ、大地が。広大な範囲に広がる大地が、一気にある一点へ圧搾され収束するんだ。
 濡雑巾を絞ったみたいに、大地は捻れ、歪み、密度が急激に上昇する。握ったスポンジがその体積と引き換えに重さと硬さを得るように」

一息入れて、言葉を繋いだ。

「大地が沈む。圧縮され密度と重量が過剰に高まった大地は自重で地盤を沈下させ、全てを飲み込む奈落に変える。
 何度か机上演習してみたけれどね、いつ見ても背筋が寒くなるよ。あれは混沌の権化。人が肩を並べられるものじゃない。
 文字通り、大地を『消滅』させる術式だよ。先のウルタールでは不完全だったから瓦礫の山で『済んだ』けど、
 もしもあれが完全に発動していたなら東方諸国との距離が近づいてたね。――ウルタールの面積分だけ」

言い終えると、丁度フラスコから芳香を漂わせ始めたコーヒーをカップに注ぎ、何も入れずにそのまま飲んだ。
いつの間にか口中に生じていた苦虫を、苦味で無理やり流し込んだ。

「……これが開発者の見地から見た『自壊円環』の全容。本当は地獄侵攻の為の兵器だったんだけどね。
 さて、これからどうする?これをどうする?まずは、『神戒円環』――貴方の持ってきた"目処"を聞こうか」


【『神戒円環』作成を受諾。 研究室へ⇒
 自壊円環についての説明は査定会がなくなりそうなのでここで。ぶっちゃけブラックホールである】


302 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/05/25(火) 02:23:42 0
精液の量が

303 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/05/25(火) 04:43:30 0
「……紙面からある程度の予想はしていたが……実際目の当たりにすると、殊更とんでもない術式だな。おかげでSPINが更に嫌いになりそうだ」

眉を顰め、無意識の手によって真一文字に結ばれていた唇を辛うじて解き、彼は呟いた。
多少の皮肉を交えて、何とか胸中に渦巻いていた嫌悪感を吐き出す。

> 「……これが開発者の見地から見た『自壊円環』の全容。本当は地獄侵攻の為の兵器だったんだけどね。
>  さて、これからどうする?これをどうする?まずは、『神戒円環』――貴方の持ってきた"目処"を聞こうか」

「ひとまず……机上演習は行えるんだな。なら範囲の限定化も不可能じゃないだろう。
 『自壊円環』のコンセプトには反するがな。人間一人分、魔族一体分の領域に発動する事も。
 そして中央には……転移先の陣を『二つ以上』配する」

例えば人間がSPINを使用する際に、一つの身体で二つの行き先を指定したら、どうなるか。
もっとも通常ならば誤入力としてSPINに無視されるのだろうが、それをもし強行したら。
無論誰も行った事は無い為に明確な解はない。が――何となくの予想は付くだろう。
『上半身と下半身でもなく、五体でもなく。体中至る所を、存在そのものが無数の手によって引き裂かれる』と。
否、引き裂かれるでは収まらない。恐らくは境目の区別すら出来ないまでに、磨り潰されたようになるのだろう。

「……とは言え、これを人間……或いは魔族を対象にしては『自壊円環』と対して変わらん。残虐性を加味しただけの改良品だ
  そもそも、これでは本来の威力は発揮出来ないだろう。重ねる土地も、纏める力も足りない。
 だから、術陣展開は球を描け。それで狭い空間でも満足な陣数を稼げる。そして……転移対象も空間そのものにするんだ」

先程の理屈は、物が何であれ引き裂く。
人であれば挽肉紛いの何かに。土地であれば灰燼と、本来の『自壊円環』と同じく奈落を残す。
ならばこの術式を、『空間』に対して行った場合。
当然空間自体が裂けるのだろうが――『空間が引き裂かれた後には一体、何が残る』のだろうか。

「……机上演習をすれば、面白い物が見れるかもな。
 そこに残った物の中に『最後の転移術陣』を置いてみれば、尚更だ。しかし、だ」

嘲笑を鼻で行い、けれども彼は新たな言葉を紡ぐ。

「これでは結局、最初の問題を解決していない。どうしようもない『制御不能』をな。
 恐らくだが、この『自壊円環』の術式はこれ以上弄りようがない。
 今みたく運用方法の転換は出来ても、術式そのものはもう、飽和しているんだ。完成の如何を問わずな」

だから、と彼は言葉を繋いだ。

「外部から更に一つ、新たな術式によってこれを無理矢理抑え込む。
 総じて魔法と言うものには……それが魔術であれ聖術であれ、強大な物を御する為の術式が存在する
 ちょっと待ってろ。今書き出す、紙と筆は……お前はなくても困らんか。まあ、自分のがあるさ」

魔術であれば、例えば高位の悪魔の服従。
聖術はそもそも初級の奇跡にすら『神の加護を剣に封じる』物があり、また高度な物となれば神と例えた自然の制御がある。
錬金術は陰陽、三原質、四大元素、そして五行思想、技術体系に異なりはあれど、どれも循環による調和を御して術を行う。
陰陽と五行思想に関してはそれぞれ退魔術、五行遁術として独自の制御方式すら見出している。

制御方法の数々を書き連ねた羊皮紙を、大気に滑空させて卓の対岸にいるセシリアに渡す。
右下の隅辺りに、細々とした文字で『危惧されるのは圧倒的な魔力不足。参照元通りの対処法でなら解決可能か』と書き加えて。
彼がわざわざ筆記を伝達手段に選んだのは、この為だ。
セシリアならば、容易に察するだろう。その文面が口腔の内に潜ませる最悪の文意を。

高位の悪魔を従えるには、肉体と魂が代償とされる事がある。
自然の制御には人身御供が付き物だ。
錬金術とて、高度な術式には相応の触媒が必要なのだ。

つまる所――『神戒円環』の制御には、『生贄』が不可欠と言う事だ。
最悪の場合、一つの制御術に対して一人ずつ。計三人の生贄が。

304 名前:アイン ◆mSiyXEjAgk [sage] 投稿日:2010/05/25(火) 04:45:08 0
「『解決策』の当ては……聖術に関しては一人いる。あの男を信用するなら、だが……。無論、絶対にそれが必要とは限らん。
 限らんが……お前が術式を組み立てていく内に、事は明らかになるだろう。……こう考えてみると、何となく『門』を思い出すな。
 訳の分からん世界の入り口に放り込む所から、『解決策』が必要な所まで、そっくりじゃないか」

それからアインは、暫し無言。
そして柄では無いと知りつつも、希望に縋る言葉を紡ぐ。

「何処かで読んだ論文では……『門』はまだ生きているとか、書いてあったか。莫大な魔力を生み出す体質を持ち、兵器として改造出来れば……と。
 あの時は肺腑が反吐になったかと錯覚したが、今ではそれに縋りたくもなる。あの文書が本当なら、この『神戒円環』に『解決策』も必要なくなるんだ。
 ……もっとも、アレは機密文書と言うより怪文書と称した方が正確そうな代物だったからな。期待は出来ない……まあ当然か」

時間がない、始めるか、と彼は自ら希望の糸を断った。
そうして重々しい空気の卓から逃れるように、傍の本棚へと焦燥に駆られた足取りで歩み寄った。


【ぶっちゃけ時空の裂け目を作って、その中に転移してやれよって事で
 錬金術の下りで触れた陰陽はチャイナ伝来とかではなく、あくまで錬金術の技術を洗練する過程で発見された物で
 『門』に関しては一応学者ですし、仮に一般人に知る術がなくても何処かで何かを読んだ……って事で一つ】

305 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/05/25(火) 11:46:46 0
アイーン


アオーン

306 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/05/27(木) 01:26:57 0
むしょく・・・

307 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/05/27(木) 23:57:02 0
ザ・従士

308 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/05/28(金) 04:48:29 0

「ふ、ふえーん……おねえちゃーん……。」

「どうしたのジェイド!またアイツらね……ちょっとここで待ってなさい!!」

フィオナはいつも弟を虐めている三人組を追ってヴァフティアの裏通りを駆け抜ける。
足がもつれて転んだ一人を蹴り飛ばし、角を曲がったところで追いついたもう一人を引き倒し、行き止まりの壁をよじ登ろうとしている最後の一人に握った拳骨を振り上げる。

口から泡を飛ばしながら慌てふためくその顔面にフィオナの拳が吸い込まれ――
そこで場面が唐突に変わった。

「姉ちゃん、それじゃ俺行って来る。行って強くなって帰ってくる。リフレクティアのおっさんぐらい……いや、それ以上になって帰ってくるから。」

「それじゃ一生帰って来れないじゃない……。向こうに着いたらちゃんと手紙寄越すのよ。
 それと……はい、これ。ルグス様のお守りだから肌身離さず付けてて……。」

場所はヴァフティア正門。
かつていじめられっ子だった面影はすでに無く、精悍とすらいえる面立ちへ成長したジェイド。
対するフィオナは弟に泣いている事を悟られないように俯いていた。

踵を返し帝都へ向け旅立つジェイドの背中が遠ざかり、見えなくなってもそれでもまだフィオナは見送り続け――
そしてまた視界が暗転する。

「わりぃ、俺が姉ちゃんの代わりに殴った。」

「姉ちゃん。少しの間だけど、会えて嬉しかった。元気でな・・・。」

「ごめん。姉ちゃん泣かせたのこれで二回目だな。」

今度はフィオナが帝都に来てからの記憶。
ジェイドと再会し、すぐにまた別れ、処刑台から救い出し。
弟との思い出が次々と去来する。

そして最後にフィオナが見たのは黒い鎧の異形達に連れられ、悲しそうに微笑んでいるジェイドの姿だった。

309 名前:フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage] 投稿日:2010/05/28(金) 04:49:14 0
「んぅ……う?」

目を覚ますと視界は一色の白で覆われていた。

「此処は――痛っ!」

覚醒した途端、左腕に穿たれた傷跡が熱と痛みを訴えだしたのだ。
下水道での戦いで敵対した女戦士の牙を受けたのを思い出す。

身じろぎすると体が何か柔らかな物で包まれているのが判った。
拘束されているのとは違う、優しく覆われている感覚。
そしてそれはフィオナが外へ出ようと動くのをまるで待っていたかのように、ぱかりと驚くほど呆気なく割れた。

唐突に開けた視界が先ず捉えたのは夕暮れに縁取られた帝都の街並み。
それも一番見慣れたであろう五番ハードルのそれだった。

次いで自分を見下ろす仲間の顔。

「みんな、無事だったんですね。」

魔剣の封印布で片腕を吊っているレクスト、どこか思案顔のギルバート。
そして初めて見る青年、此方はどうやら下水内で自分達を助けてくれたらしくユスト=オリンという名前とのことだった。
しかしその中にジェイドの姿は無い。
自由になった身を起こし、辺りを見回してみてもそれは変わることは無かった。

(ああ――)

気を失っていた間に視た最後のヴィジョンと、仲間達の沈んだ顔。
その二つの意味するところをフィオナはたちどころに悟った。
処刑台の襲撃に端を発する救出劇。その賭けに敗れたのだ、それも最後の最後で。

しかしフィオナに仲間を責める気持ちは微塵も無かった。
途方も無く分の悪い賭けに乗ってくれた上に、レクストに至っては満身創痍状態なのだ。
只々、最後の時に気絶していたことだけが悔やんでも悔やみきれない。

「……私のためにありがとうございました。……戻りましょう。
 レクストさん、申し訳ありませんが宿まで腕はそのままでお願いします。今治すと曲がってくっ付いてしまうかもしれませんので。」

フィオナはそう告げると、いつからか溢れていた涙を拭い立ち上がる。
そして『銀の杯亭』へと歩き出そうとしたその時、全くの死角である空からの来客があった。

『……こんにちは、皆様。お取り込みの所申し訳ないのですが、お届け物がございまして』

汚れ一つ無いメイド服をはためかせ降り立ったのは、ルミニア聖堂で出会ったメリルその人である。
高所から着地したばかりだというのに淀みない所作で此方へ駆け寄って来ると、手渡されたのは一通の手紙。

『僭越ながら中身は拝見させて頂きました。ひとまず、私の仕事はここまでです。
 ですが……貴女が何らかの助けを求めるのなら、私は主の意志に従い、貴女を助ける事に何の戸惑いもありません』

差出人の名前は"マンモン"。
フィオナは乱暴に封を破ると、食い入るように書いてある内容を目で追っていく。
読み進むにつれフィオナの顔は蒼白さを増し、肩は小刻みに震えだす。

「宿に、『銀の杯亭』に行きましょう。皆さんに話さなければならないことがあります……。
 よろしければメリルさんもご一緒に来て下さい。」

310 名前: ◆7zZan2bB7s [sage] 投稿日:2010/05/28(金) 22:17:32 0
帝都の外れ(”始まりの神殿”)

ここは今は誰も知る事の無い朽ち果てた神殿。
そこに、マンモンの姿があった。数時間走り続けた足には血が滲み、顔には
森を駆け抜けたせいで付いた裂傷が見受けられる。
彼は思い出していた。7年前、ここで彼に出会った時の事を……

―7年前

マンモンは深遠の森に迷い込み、命を失いかけていた。
そこへ1人の青年が音も無く現われた。
純白の衣装を纏い、どこかその姿は神々しさを感じさせる。
彼は、消え入りそうな声で小さく呟いた。
「誰もが忘れ去ったこの場所で、彼の子に会うとは思いませんでした。
貴方に、少しだけ力をあげましょう。」

青年から放たれた優しさのような暖かい力がマンモンを窮地から救い出した。
そしてマンモンは彼から全てを聞いた。この世界の始まりを。
この世界は最初は何も存在しなかった。そこには闇だけがあり
全てはそこから始まったのだと。
深き者、支配者、そして神と人間。

「君達は神が人間を生み出したと思っているようだが、それは違います。
実際に君達を生み出したのは……神とは正反対の存在。
闇の、化身です。
彼は、人間に知恵を授けそして……魔族の血を受け継がせたのです。
元々は神族の業である魔術を使えるのも、そのせいでしょう。」

青年は夜空に輝く無数の星を見上げながら、話を続けた。
神とそれに反旗を翻した闇の力との戦い。
闇は人間を生み出し、神を倒す為の道具とした。
神は全ての力を振り絞り、人間を救い闇を放逐した。

「……では、神は今何処に。」

マンモンは神を信じる敬虔な男だ。
しかし、今の話を聞く限り人間が闇から生まれたと。
まるで人間が魔と手を組み神を倒そうとしたかのように聞こえるのだ。

「私は、最後の力を振り絞り――人間に。彼らの子達に
力を分け与えました。それが、彼を倒す力になれれば。」

マンモンは全てを悟った。目の前にいる青年こそが、人々が云う「神」
であると。正確には、闇と対を為す「光の力」そのもの。
マンモンが見上げると、夜空には幾千もの流れ星が輝いていた。
まるで、人々に光を与えているかのように。


311 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/05/28(金) 23:47:34 0
>301>303
「成る程、流石は帝都における正道と異端の最高頭脳。」
セシリアとアイン、二人の頭脳が目まぐるしく回転する室内に何処からともなく声が流れる。
気配もなく室内に姿もないのだが、それは確かにいた。
「おっと、探知呪文はご遠慮願いたい。
こちらも隠密を生業とする身ですが、少々骨を折る事になるので…。」
セシリアの動きを制しながら姿を現すつもりはないようだ。
ただ志を同じくする者、とだけ告げる。

「私どもも独自に動いておりますが、決め手を欠いておりましてね。
その術式、完成させるのに協力をさせていただければ、と。」
その協力がいかなるものか。
この場合、三人の生贄の用意か『門』の用意となるのだが、どちらかとは言葉は続かなかった。
ただ時が来ればわかる、と。
代わりにチャリンという小さな音ともに机の上に二枚の銀貨が落ちる。
人魚をあしらったそれは何処にも使われていない硬貨。

「帝国には魔が蔓延り、衰退の兆しを見せ、世界は動こうとしております。
それとともにあなた方のような優秀な人材が散るのは実に惜しい。
事が成就した暁にはいっそのこと帝国を離れてはいかがですか?
まだ何処とはお互いの為に申せませんが、それは割符代わり…ご一考ください。」
その言葉を最後に気配ではなく、『いる』という感覚は完全に消えた。

大きなうねりに飲み込まれた二人は更なる渦に引き込まれようとしていた。

【怪しい声からの協力の申し出とヘッドハンティング】

312 名前:マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage] 投稿日:2010/05/28(金) 23:48:40 0
>288>291>296>299>309
>「覚えとけ、絶対助けに行くからよ。そして刮目して見とけ。この俺の、最強にカッコいいところをな」
「取引は終わった。これからはまた敵同士だが、もうかち合わないことを願っているよ。」
かっこよく言い放ったレクストの言葉を遮るようにたち、ルーリエたちにさっさと行けというようなジェスチャーをする。
偽ギルバートにとってジェイドの身柄などどうでもよく、不必要な戦闘などしないに越した事ないのだから。

だが、予感はしていた。
必ずまたこの者たちと対峙する事になる、と。
だからこそ不用意な挑発は戯言と流すように仕向けたかったのだが……
『ふんぐるい むぐるうなふ くにがてぃん るるいえ うがふ なぐる ふたぐん』
(約:若き猟犬よ、クニガティンはもう魚になったか?近く挨拶に行こうぞ)
ヤマビコにてルーリエのみに伝えるその言葉は、古き者のに伝わる言葉。
クニガティンは先代の隊長の名前に他ならない。

ニヤリと笑みを残すと踵を返し、一行は日の当たる地上へ。
そしてティンダロスの猟犬たちは暗き地下へと消えていった。



フィオナが起き上がったすぐ後に飛来するメイド。
手渡された手紙をみるフィオナの顔の変りようにただ事ではない事が見て取れる。
そんな中、銀の杯亭脇の井戸から水をくみ上げ、まずはレクストに頭から浴びせかける。
次いでオリン、そして自分へと。
手紙を持っているフィオナには桶を差し出すのにとどめる。

「今この状態で何を考えてもろくな事は思い浮かばん。
少し予定より遅れたが部屋に湯を準備させてあるから風呂に入ってからだ。
一時間後、腹に物を入れながら色々と話そうじゃないか。
聖女様の世話は頼めるかい?」
下水道を脱出経路に選んだ時点で湯の準備は手配してある。
まずは洗い流し、身体を温め傷を癒す。

新たに加わったオリンについてもお互いに知る必要があり、態勢を整える為に。
今は休養が必要なのだから。

313 名前:ルーリエ・クトゥルヴ ◆yZGDumU3WM [sage] 投稿日:2010/05/29(土) 01:12:46 O
「なあ犬兜。騎士嬢が目を覚まさねえうちに聞いとく。下水道でジェイドのことを『死体』っつったな。やっ
ぱり、"そう"なのか……?」

去り際に、男の家畜は尋ねてきた。勿論、答える義務はない。沈黙を保ち、正面から男を見据える。
ふと既視感を覚え、汚水の絡む目をしばたいた。目の前の矮小な生物が、どこかその身に余る力を湛えているよ
うに感じたのだ。こんなにも貧相で、憐憫を感じるほど擦りきれていると言うのに。
暗い路地に射し込んだ、細い陽に照らされたその生き物の目は、家畜に相応しくない、真実の生を感じさせた。

「覚えとけ、絶対助けに行くからよ。そして刮目して見とけ。この俺の、最強にカッコいいところをな」
「取引は終わった。これからはまた敵同士だが、もうかち合わないことを願っているよ。」

沈黙に答えを見出だしたのだろう。その生き物は精一杯の見栄を切った。
割って入った女の言葉は耳に入らず。唐突に、一つの記憶が甦った。苦く、しかし蔑ろにすることのできない、
鮮やかな敗北の記憶。
蝉の喧しい声、膝を擦った砂利の固さ、手斧の背で鎧を砕いた振動。それでも、全てを叩き折られて尚、勝利を
もぎ取ったあの年若い剣士を。

「……成る程、時は過ぎたか」

呟き、片腕に抱えた死体をンカイに放り、短剣を抜く。
刃を掴み、腕を一杯に伸ばして、柄をその生物に確と向けた。
決闘を受けると言う、遥か古代にこの地を創った古き者の定めた儀礼。

「……水を統べる眠りし真の支配者に掛けて誓おう。
未来永劫、時が幾ら流れようとも絶えることの無い“偉大なる者”に掛けて誓おう
背を向けて闘わず、されど死を以て互いに答えんことを」


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵

 今度こそ背を向け、去ろうとしたときに、頭に女の声が響いた。相変わらず嫌味な畜生だ、と批判的に笑い。
彼女にだけ聞こえるよう小さく、師匠は夢に生きている、と答えた。

「イ、ナシュ、ヨグ・ソトト、ヘ、ルゲブ、フィ、トロオグド、ヤー」

それでは、“知識”に幸あれ、また会おう。
そう嫌味を言って、既に地下へ潜った二人を追い、地に開いた暗い闇に身を潜らせた。

一つの楽しみが出来たことに、深い悦びを感じながら。



314 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/05/29(土) 13:19:48 P
汚汁、ダクダクで!

315 名前:名無しになりきれ[sage] 投稿日:2010/06/01(火) 02:03:51 0
パンパン!パン!

316 名前:レクスト ◇N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/06/02(水) 00:37:14 0
『銀の杯亭』は食事処を兼ねた宿屋である。
五番ハードルの中心街に位置することも手伝って、ハンターズギルド関連の客が食事に来るのが主であり、宿の方はあまり繁盛していない。
帝都内のどこへでも時間をかけずに行き来できるSPINが存在する現在、宿場町である9番ハードル以外に店を構える宿屋というのは珍しいのだ。

従って、大浴場などという大層なものはなく、部屋に備え付けの小さな風呂釜が、便所の隣に扉を連ねるだけであった。
ギルバートに冷水を頭から浴びせられて、肌着の中まで濡れ鼠のレクストは爪先立ちで速やかに部屋まで急行した。

「駄犬の野郎!容赦なしにぶっ掛けやがって……そんなに臭ってたか?下水ん中で鼻が馬鹿になっちまったんじゃねーの!」

隣の部屋では同様にずぶ濡れになったオリン――下水道での共闘者が井戸水の冷たさに凍えていることだろう。
下水道で邂逅しただけの仲であるが、窮地を共にした仲でもあり、ギルバートの計らいで情報を共有する為に宿を同じくしたのだ。

「どことなく十字架の奴に似てるんだよな、雰囲気的に……あいつ、どこいっちまったんだかなあ」

処刑広場で陽動を起こして以来、ハスタの姿を見ていない。あの場で逮捕者が出たという話は聞かないから、
おそらくは従士隊に追われて街のどこかに潜伏中なのだろう。置いて帰るのは気が引けたが、それは信頼と同義でもあった。

「おっと、服脱ぐ前に風呂焚いておかなきゃなっ――と、おお?沸かしてある……チェックインしたのついさっきだってのに。駄犬の手配か」

引き戸をずらすと、浴室に充満していた湯煙がレクストの顔を抱擁し、睫毛や頬に水滴を浮かせる。
大人一人がようやく足を伸ばせる程度の、据え置き式の浴槽。壁の術式操作盤で、追い焚きや温度調整ができるようになっていた。
装甲服のアーマーを外し、アウタージャケットの袖を抜き、ハンガーに掛けて部屋に干しておく。肌着も全て脱いで、脱衣籠へ放り込んだ。

「そんじゃ早速」

全裸のレクストは、風呂桶に張ったお湯で汗と埃を洗い落とし、髪から水滴を滴らせながら浴槽の縁に両足で立つ。
そのまま両膝を軽く屈折させ、足首のバネを使って小さく跳んだ。身体は重力から解き放たれ、縁に乗っていた踵が、空中から水面へと突き刺さる。

「ひゃっほおおおおおおおあああああああああああ!!!」

浴室の天井まで届きそうな盛大な水柱と、あまり深くない浴槽の底に盛大に腰を打ち付けた鈍い音が、ほとんど同時に発生した。


「いでででで……アホなことすんじゃなかった……」

せっかく沸かしてあったお湯の半分が排水口の露と消え、期せずして半身浴と相成った馬鹿は、強かに打った腰と折れた左腕とを交互に摩る。
添え木の黒刃はそのままにしてある。下手に外せば痛みがぶり返すし、自分を斬らないよう気をつければそれなりに便利だからだ。
宿に着いた時点でフィオナがレクストの腕の治療を申し出たが、彼は紳士の発作でも起こしたのかそれを断り、風呂に直行した。

『ただ折れてるだけ』のレクストと違い、フィオナは腕の肉を抉られ大量に出血している。
止血は間に合ったようだが、失った血肉を回復させるには早急な治療と気の長い治癒が必要だろう。優先順位が違うのだ。
下手をすれば、痕が残るかも知れない。勲章ものの傷ではあるが、嫁入り前の彼女にその道理は痛ましすぎる。

(手酷くやられちまったなあ……俺も、騎士嬢も。マジで、命があるのがかなーり幸運なんじゃねえのこれ)

濡らしたタオルで瞼を覆い、頭を浴槽の縁に預けた。
今日一日で、失ったものは山ほど多い。左腕の自由、フィオナの血と肉、闘う大義、自身への信頼、そして――ジェイド=アレリイ。
悔しさが脳裏と胸中を張り裂かんまでに膨れ上がり、左腕に張り付いた黒刃がそれを喰らって、彼の精神は鎮静した。

代わりに、

『不甲斐ねえな不甲斐ねえな不甲斐ねえな!マジ情けねえヨお前!何やってんの!?ねえ何でそんなショボいの!?』

彼がこれまで押さえ込んできた暗澹たる感情を代弁するように、人の声で。

「……………………ああ?」

魔剣が、喋りだした。

317 名前:レクスト ◇N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/06/02(水) 00:38:29 0
『ああ?じゃねえよ。分かりきったことだったろ?"感情"を喰う魔剣が、どんな末路を辿るかはさあ!』

大太鼓の響膜のように、刀身そのものが震えて声を奏でていた。ひとりでにカタカタと振動する様はシュールの一言に尽きる。
レクストは彼と同年代の青年の声質で饒舌にまくし立てる黒刃を、浴槽に浸けたり、おもむろに出したりして、

『遊んでんじゃねーヨ!!』

「おわー、マジで意思持ってやんの。おもしれー」

全然、まったく、間違いなく、笑い事ではなかった。

魔剣・黒刃は『ヴァフティア事変』の夜に彼の地で散ったとある剣士の置き土産である。
降魔され、魔物として討伐された彼女の霊念が剣に遺されたのか、黒く染まった剣は魔性の力をその刀身に秘めていた。
それが、『負の感情を喰らい、威力に変換する』能力である。実際にレクストはこの能力を用いて何度か命を助けられ、勝ちを拾ってきた。

「――"代償型魔剣"は対価を血肉とし、魔剣としての性質の糧とする、か。当然のことながらご存知だぜ? 教導院卒舐めんな」

この世界で凡そ"魔剣"と並び称されるものにはいくつかのカテゴリがある。
無論全ての魔剣を網羅しているわけではないから、例外など探せばいくらでも出てくるのだが、大まかに分けて四つに大別される。

・術式型魔剣――最もポピュラーな種類。術式機構と蓄魔オーブを内臓した、独立して魔術を行使する剣。
・知性型魔剣――特殊な術式によって、擬似的な知能と知性を持たされた剣。戦術分析や単独戦闘における指揮を担ったりする。
・呪力型魔剣――刀身や柄に呪術を織り込んであり、斬りつけた対象に生命減退や治癒阻害などの持続性のある呪いを齎す剣。
・代償型魔剣――使用者から何かしらの対価を得、代わりに強力な異能を発揮する剣。唯一、生産ラインの確立が不可能な魔剣。

黒刃は『代償型』であり、『負の感情』という対価を得て剣の領域を超越した威力を発揮する。
喰わせた"感情"は魔剣に蓄積され、堆積され、累積される。それはやがて剣の糧となり血肉となって魔剣は魔性を深めるのだ。
黒刃の場合、それはそのまま『意思』というかたちで剣に表出する。早い話が、黒刃はレクストの感情を喰ってそれを自身に得たのだ。

『つまり俺ちゃんも、広い意味ではレクスト=リフレクティアなんだよな。お前のイヤな部分だけが濃縮還元なカンジ?』
「おいおいマジかよ、じゃあお前のことなんて呼べば良いんだ?俺その2?ダークサイド俺?ネガティブ俺?」
『好きなように呼べよ。呼称なんてのは個体識別の為の符牒でしかねえからな。オンリーワンの俺は故に他のと区別が必要ねえのさ』
「オーケー分かった。――なあ、マイケル」
『俺が悪かった。原型は留めよう』
「マイケル俺」
『うん。何でそっち?もっと他に留めるべきとこあるだろ、負の面的な要素とかさあ』
「ネガティブマイケル」
『それ最早ただの内向的なマイケルじゃねえか!!』
「おお、打てば響くような突っ込み持ってくるなあ、流石は俺。んで――駄剣、お前はどの辺がダークサイドなんだよ」

"負の感情"の結晶体とも言うべき代物のくせして一向に毒すら吐かない黒刃に、レクストの疑問は当然である。
彼としては、万が一暴走した意思が逆流して魔剣に精神を乗っ取られることも危惧し、それなりに張り詰めていたのだが。

『……お前さ、自分の負の面がどういうモノか自覚してるか?レクストという人間の人格の明確な短所を理解してるか?』

答えられなかった。7年前から今日まで、ひたすら前だけを見続けてきた彼にとって、自らの、それも足元を顧みる機会など微塵もなかった。
自己の能力の低さを自覚すればするほど、痛感すればするほど、それが枷となり錘となって、歩調を見出し足を鈍くする気がしたから。
できるだけ、自分の嫌な部分は見ないように生きてきた。偏執的なまでに自身に大して前向きなのは、その裏返しでもあるのだ。

『俺は代弁者だ。お前が言わないようにしてきたことを、お前が考えないようにしてきたことを、お前に対してだけそっと囁いてやる』

これまでの道程において黒刃がより高く共鳴したのは、いずれもレクストが敗戦を経験した瞬間。
金髪のルキフェルと母親に穿たれた時。従士隊舎でセシリアに一瞬で勝負をつけられた時。そして、――下水道での酷敗。

己の無力に、足掻ききれなかった時。

すなわち、黒刃が代弁する『レクストの負面』とは。


『――――自虐だ』

318 名前:レクスト ◇N/wTSkX0q6 [sage] 投稿日:2010/06/02(水) 00:40:11 0
『まず魔力運用からしてひでえ有様だよな。戦闘系以外の術式皆無て。教導院で何学んできたんだよ』
『体術にしたって腕力に頼りすぎなきらいがあるよな。何も考えてねえだろ。身体動かすにも頭使うのは必要だぜ?』
『腕力にしたって鍛えてきたにしてはショボくねえ?身体強化の加護ありでも騎士嬢に負けるとかどんだけだよ』
『そもそもお前はなんでもひとりでやろうとしすぎだろ。従士なんだから、小隊での技術運用も頭に入れとけ』
『単独行動ばっかなのは頭が沸いてるからなのか人望がないからなのかどっちだ?ボルトやシアーはどうした?』
『つーかバイアネットて。お前教導院じゃ剣術専攻だったろ、慣れない得物使うからこんなことになってんじゃねえの』
『単独で全部の戦況カバーできるようにって選んだ得物なんだろうけどな、扱いがお粗末すぎて全体的に低いレベルで纏まってんぞ』

――『よく今まで生きてこられたな、お前』

「いだだだだだだだだだだだ頭と心と耳が痛いいいい!!!」

『はーいまだまだ行くよぉー』

「ちょっ、待て、心に来るのはやめろ!他人の自虐でも鬱陶しいのになんで自分のそれをグチグチ聞かなきゃなんねえんだよ!」

『な?嫌な奴だろ俺』

「感情食わせて正解だったわ。果てしなくめんどくさい人間になるとこだったぜぇ……!!逆説、今の俺ってクリーン!」

『ほーらまたそうやって無理やり前を向きやがって。だが残念だったな、耳には死角というものが存在しない!塞いでも無駄!』

「ちょっと休憩しようぜ!そしてまっさらなありのままの俺を見て欲しい!」

『ありのままのお前なんか別に見たくねえし。人間着飾ってようやく人前に出れるもんだぜ』

「忘れてるかもしれないけどお前は剣だからな!人間の理屈でもの語ってんじゃねえよ!――っぶしッ!!」

くしゃみと共に震えが来て、風呂がすっかり冷めてしまっていることに気付く。慌てて追い焚きして、なおざりに身体を温め直して湯から上がった。
風呂から出たら情報の共有とこれからのことを話しあう約束になっている。フィオナが見知らぬメイドから受け取った手紙の内容について、
皆に話すべきことがあるとも言っていた。とっくの昔にみんな集合しているだろう。待たせてしまうのも申し訳ない。

「詳しい話は後にしようぜ。とりあえず今は明日のことを決めるのが先だ。その後は従士隊の方にも顔ださなきゃだしなあ」

急いで身体を拭き、用意して合った肌着と乾いた上着を羽織って、黒刃はベッドの上に放り出す。
ボルトやシアーが告発するようなことはないと思うが、別の従士に目撃されていた可能性を考えると、状況の把握は早めに行うべきだろう。
昨夜の襲撃犯の尋問結果もそろそろ出てくるはずだ。場合によっては、『猟犬』達も絡めて捜査権を認められるかもしれない。

『俺も連れてけよ、封印布巻いとけば魔性も隠せるからよ。それと、駄犬だっけか、――今の"あいつ"はあまり信用するなよ』

「ああ?何わけわかんねえこと言ってんだ駄剣」

二の句を継ごうとした黒刃を封印布で強引に押さえつけ、腰のベルトに挟んで部屋を出た。
廊下をダッシュで駆け抜け、『銀の杯亭』の酒場へ。既に皆が集まっているテーブルへ、吊っていた左腕をぶんぶん振りながら駆け寄った。

「――いやあ悪い、疲れがどっと出たみたいでよ。ついついうとうとしちまった。すまねえ、この通りででででででで」

無理に動かした左腕が軋むのに脂汗を垂らしながら、手近な椅子に着席して果実酒を注文する。

「今回の件について、俺から言えることはまだ何もねえ。このあと従士隊の方に情報収集にいくつもりだけどよ。
 ――オリンだったか?自己紹介がまだだったな。俺はレクスト=リフレクティア、帝都で従士をやってる。
 顔は覚えなくていいぜ、そのうち紙幣かコインの裏面に彫り込まれる予定だからな!」

そうして、彼は状況の進行を促した。


【黒刃に人格めいたものの発露。酒場での情報共有が終了したのち、従士隊へ顔を出す予定。オリンに自己紹介。ツッコミ待ち】

319 名前:名無しになりきれ[] 投稿日:2010/06/02(水) 02:55:20 0
何がツッコミ待ちだよアホか

320 名前:名無しになりきれ[sage] 本日のレス 投稿日:2010/06/04(金) 14:59:10 O
次スレ

■ダークファンタジーTRPGスレ 5 【第二期】■
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1275572095/

321 名前:オリン ◆NIX5bttrtc [sage] 本日のレス 投稿日:2010/06/04(金) 21:20:20 0
"銀の杯亭"へ向かおうとした矢先、上空から何者かの気配がした
降り立ったのは、頭にカチューシャを付けエプロンドレスを着た若い女だった
外見はただの華奢な女性にしか見えない。だが、隙の無い最小限の動作から、かなりの戦闘能力を持っていることが分かる

>「……こんにちは、皆様。お取り込みの所申し訳ないのですが、お届け物がございまして」

彼女はそう告げると、銀髪の男を一瞥した。どうやら、自分以外は彼女と面識があるようだ
女は先ほど目を覚ましたばかりの女騎士──フィオナの下へ歩み寄り、手紙を差し出した
ここからでは話している内容は分からないが、フィオナの表情が蒼白したのを見るに、いい知らせではないようだ
手紙を読み終えたフィオナが此方へと近づいてくる

>「宿に、『銀の杯亭』に行きましょう。皆さんに話さなければならないことがあります……。
 よろしければメリルさんもご一緒に来て下さい。」

フィオナがそう言葉を放つと、一行は"銀の杯亭"へと歩を進めた
"銀の杯亭"に着くと、銀髪の男──ギルバートが宿の手配をしに、カウンターへ
手配にはさほど時間も掛からず、各々に割り当てられた部屋へと向かっていった

(……まずは、服を乾かさないとな)

先刻、ギルバートが何も言わずに従士の少年──レクストと、自分に井戸から汲み上げた水を掛けたため、着ている服は水が滴るほど濡れていた
普通ならば気付いてしかるべきなのだろうが、あの状況ではさすがに服に染み付いた臭いにまで、頭が回らなかった
まあ、結果的には良かったと言えるだろう

部屋に入ると、腰に下げたベルトを取り外し、シュナイムの柄を握り締める
刀身から熱風が起こり、濡れた服を乾かしてゆく。数秒で衣服は乾き、水分は残らず蒸発した
そういえば、宿の案内図に一人分しか入れないほどの規模だが、風呂があると明記されていたことを思い出す
恐らく今はレクスト辺りが入っている頃だろう。酒場での対策、情報共有の前に入っておくのが良いのだろうが…

(……入るのは後回しだな。それよりも──)

部屋の窓から外の景観を眺めるオリン。処刑台で起こった騒ぎが嘘のように、街は人々の往来で賑わっていた
あれらは帝国の騎士や従士、ハンターなどが処理したのだろうか。数は少なくなかったはず
処刑場を混乱させるためだけに用意したのならば、この辺りまで被害が出る可能性は低いだろう

(……フィアは無事だろうか)

フィアが住む居住区は比較的、処刑場から離れてはいなかった
万が一神殿付近から離れでもしたら……そういった可能性がないわけではない
だが、今ここを出て居住区に向かうには多少時間がかかる。それでも行かずにはいられなかった
部屋を出ようとした矢先、視界が歪み、意識が朦朧としてゆく
身体は脱力感に支配され、目を開くことも、手を握り締めることも出来ない。──ただ、身を任せることしか許されなかった

どれほどの刻が経過したのだろうか。重い瞼をゆっくりと開く
そこは辺り一面、緑に覆われた自然に囲まれた村だった。ひどく懐かしい気持ちと共に、胸を締め付けるような感覚に襲われる
視線の定まらないオリンの瞳に、人の姿が映り、そして留まる。木の椅子に腰掛けて談笑している二人の男女
白金の髪色をした細身の青年と、肩辺りまである栗色の髪の女性

(此処は一体……。あれは……?)

彼らに近づこうとするが、距離は一向に縮まらない
これは己の見ている意識が生み出した幻影…つまり夢なのか、それとも"誰か"が自分に見せている光景なのか
男の顔は鮮明に見えているが、女の顔はぼやけていてよく分からない
いや、顔はしっかりと映っていた。しかし、なぜか視線の焦点が合わなかったのだ

(俺は、彼女を見ることを恐れているのか……?)

"──思い出せ。忘れることは許されない。宿せ、憎しみを──"

聞き覚えのある声が、辺りに響いた

322 名前:オリン ◆NIX5bttrtc [sage] 本日のレス 投稿日:2010/06/04(金) 21:21:08 0
声がしたと同時に、瞳に映る景観が歪む
緑一色の豊かな自然に囲まれた村は、紅一色へと変わっていた
そこは同じ場所だったとは思えないほど変わり果てていた。降り注ぐ灰色の雨。そして、"物"と化した死体の山
損壊した見る影も無い家の前に、先刻、女性と談笑していた白金の髪の青年が佇んでいた。彼の前には栗色の髪をした女性の遺体
髪の色、長さから、青年と共にいた女性であることを認識する

先ほどと違い、青年は軽鎧にマントを羽織り、腰には剣を携えている。傭兵、もしくは冒険者といった出で立ちだ
そしてもう一つ相違があった。緑生い茂っていた自然には枯葉が混じっていた
どうやら、ある程度の刻が経過しているようだ

青年は片膝をつき、遺体となった彼女の手に優しく触れた
女性の手には、銀色の指輪を通したペンダントが握られていた
青年はそれを自分の手に取り、何かを呟いた。だが、此処からでは聞き取れなかった
彼の瞳は曇り、光を宿してはいなかった。その瞳に映っているものは、悲哀か、憎悪か──
ふと、何か引っかかるものを感じる。オリンは目を閉じ、此処に至るまでの経緯を辿り始める。そして数秒の後、確信したように目を開いた

(……まさか、これは俺の──)

先ほどの声は、今まで意識から響いてきたものと同じだ
"憎しみを宿せ"……そう言っていた。そして、今の光景から察するに……あの青年が自分だとでも言うのか──
瞬きする間も無く、村の入り口から人影が現れる。黒衣に身を包んだ金髪の男
青年が人影に気付き、男の方へ視線を向ける。それと同時に、再び脱力感に襲われるオリン。視界が歪んでゆく

オリンが目を覚ました場所は、紅く染まった荒野。辺りにあるのは、人だった無数の骸
遺体は全て、剣や刀などの鋭利なもので切り伏せられた後が残っていた
それぞれ切り傷は一つ。甲冑を物ともせず、一太刀で絶命している
骸の中心に立っているのは自分自身。殺戮を行った男とリンクしているのか、手に持った刀の感触や高揚感、殺意などがひしひしと伝わってくる

(覚えがある……この場所は──)

頭に痛みが走る。身体や本能は、確かにこの場所を知っている。しかし、己の理性、記憶から引き出すことが出来ない
何よりも、脳裏から焼きついて離れないものが自身の脳を支配していた。目を閉じた女性
笑うことも、怒ることも、泣くことも、悲しむことも出来ない、魂を失った肉体──魂の器
心にあるのは虚無感のみ。ただ虚しさと絶望だけが、自身のアニマを満たしてた

──ふと、背後から何かの気配を感じる
尋常ならぬ人知を超えた、超越者とも言うべき波動を。オリンは気配の方へ向くと同時に、手にした太刀を振りかぶった──



振り返ったオリンの視界に映ったのは"銀の杯亭"の一室。自分が割り当てられた部屋だった
青年も、女性も、村も、荒野も、骸も、今や記憶の中。ただの夢だったのか
それにしては現実と遜色がないほど、全てが本物のように感じた

(……あれは、夢と呼ぶにはあまりにも──。………?)

右手に何か違和感を覚えるオリン。視線をやると、リングを通したペンダントが握られていた。所々が血塗られている
それは、夢の中で栗色の髪の女性と、白金の髪の青年が手にしていたペンダントだった──

■ダークファンタジーTRPGスレ 4 【第二期】■

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