■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50 トラックバック

【大正冒険奇譚TRPGその5】

1 :名無しさん :12/10/08 22:06:21 ID:???
ジャンル:和風ファンタジー
コンセプト:時代、新旧、東西、科学と魔法の境目を冒険しよう
期間(目安):クエスト制

GM:あり
決定リール:原則なし。話の展開を早めたい時などは相談の上で
○日ルール:あり(4日)
版権・越境:なし
敵役参加:あり(事前に相談して下さったら嬉しいです)
避難所の有無:あり
備考:科学も魔法も、剣も銃も、東洋も西洋も、人も妖魔も、基本なんでもあり
   でもあまりに近代的だったりするのは勘弁よ

2 :名無しさん :12/10/08 22:06:42 ID:???
キャラ用テンプレ

名前:
性別:
年齢:
性格:
外見:(容姿や服装など、どこまで書くかは個人の塩梅で)
装備:(戦闘に使う物品など)
戦術:(戦闘スタイルです)
職業:
目標:(大正時代を生きる上での夢)
うわさ1:
うわさ2:
うわさ3:


3 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/10/08 22:07:19 ID:???
周囲の建物から聞こえる異音。
それはジンが仕掛けた恐るべき罠。
根が土気を吸い取り脆くなった大地が土台としての機能を失いその歪が基盤や柱に潜ませていたのだ。
傾き雪崩うち落ちてくる建物を前に冬宇子を抱えた頼光に何ができるというのだろうか?
いいや何もできはしない。
ただ、逃げ道のない左右を見比べ絶叫するのみだった。
その絶叫すらも倒壊する建物の崩壊音によってかき消されたのだが。

そんな絶体絶命なピンチは意外なところで防がれる。
なぜならば、傾き倒れた建物が突如として沈んだのだ!
凄まじい衝撃と共に沈みつつ倒れる建物は頼光の足元をまで届かずに崩れ落ちたのだから。


一体何が起こったのかは順を追って説明をしよう。
頼光か落とし穴に足を取られてから樹化した体は本能的に根を伸ばし始めた。
それによって動きを封じられ危機に見舞われたのだが、その危機は生命保存の為に更なる根の生長を促す。
呪術的な木であっても成長速度には限界がある。
それが生命の危機という最大限に力を発揮する場で、その限界を超える為に発生した現象とは。
成長の簡略化だった。
根を伸ばし広げる事を優先し、根自体の構築を後回しにしたのだ。
つまるところ、根の内側の生成を後回しにした。
構造的にはストローのようになり養分吸収と広がりを優先したのだ。

つまりは張り巡らされた根の内側は空洞。
これが急速な根の広がった秘密であり、同時に空気のない地下であっても急速に火の手が回った理由。
更にいうならば、中心の頼光の足に火が回るのが遅かったこともそれに起因している。

一気に火が回った地下では何が起こったのか。
凄まじい火勢で燃えたあと残るのは燃え尽き灰になった根である。
ブルーが名乗りを上げた時が火勢のピークであり、ジンが頼光の核心をついたころにはかなりの部分が燃え尽きていたのだった。
つまり、地下には縦横無尽に張り巡らされた根が燃えた後の空間が広がっていたのだ。
ジンは脆くなった大地を利用し建物を倒壊させたが、その想像以上に大地は蝕まれていたのだ。
倒壊の重みによって地下の空洞は崩壊し、建物は地下に沈み頼光たちを押しつぶすまでに至らなかったのだった。

「あ、あぶねえええ!なんだこりゃ!?なんで建物が崩れてきてんだよちきしょー!」
崩れ落ちた左右の建物を見ながら冬宇子に抱き着いて震えている頼光を見てわかるだろう。
もちろん頼光が狙ったわけではない。が、偶然とは実に恐ろしきもの。
歴戦の兵士の戦術と頼光の偶然の産物が拮抗するのだから。

結局頼光自身は何もしていないのだが、結果としては冬宇子に浸透した小鬼を吸収し、ジンの仕掛けた罠を避けてみせた。
そして、この余波はブルーとジンにも及ぶのだ。
建物倒壊による衝撃は土気を吸い取られ脆くなったうえ地下が空洞となっている一帯に及ぶのだから。
もちろん、根の松明の中心にいたブルーとジンも影響はま逃れない。
大地がうねり次々と陥没していく。

船の上での戦闘に慣れたブルーならばさほど気にすることもないが、大地を蹴り力点を生み出す大陸拳師ジンはどうだろうか?

4 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/10/12 20:34:29 ID:???
(あともうちょいっ……!)

駆ける、駆ける、小さな四本足が地を蹴り、目的地の手習所目指しまっしぐら。
小さな心臓が高鳴る。この速さならさしものフェイも付いてこれまい。
知識ばかりを身につけ、戦いなど知らないあかねにとっての初めての戦闘。
相手の裏をかいた、とばかりのしたり顔は、しかしフェイの次の一手で脆くも崩れる。

>「そこまで読んでおきながら、あまりに……いや、最早愚かと言うも愚かよの」

突如、周囲に現れた円陣に怯み、あかねの足が一瞬止まりかけた。
フェイの意図に気づけず策を練る間もなく、陣が割れる。
瞬間、がくんと視界が揺れ、臍の奥から引っ張られるような感覚に囚われた。
足元の土が、陣が崩壊したことにより砂へと変わったのだ!

「なっ……何やてぇえええーーーーっ!!?」

蟻地獄に囚われた小虫。今のあかねを形容するならばそれが最も近い表現だ。
パニックに陥ったあかねは、何とか這い出ようと足掻く。
その行為自体が自分の寿命を縮める事になるなど、考えもしない。至らないのだ。

>「獣憑きか……ふむ、大いに結構。むしろ、かえって好都合よ」
「ひっ……ひぃい……!」

逃げる暇も与えず、フェイは次の手を打つ。
甦った木行と土から生じた金行の合わせにより、石斧が精製された。
肉を切るには少々適さないが、今のあかねは犬神に憑かれた獣。
その刃先が、肉を叩き臓腑を潰し骨を砕くヴィジョンが容易に想像できた。

>「そら。罠にかかった獣は、狩り殺されるのが道理じゃろうて」
「あ、あ……!あああ……!!」

見えない手によって大上段に振り上げられた石斧。
その切っ先から逃れる術を、あかねは持たない。動けない。見ているしかない。
即席の断頭台に、今あかねは立たされていた。
死が再び、凶器を伴い、大口を開けて襲ってくる!

「や、やめ……! や め て ぇ え え え え !!」

老人の声が、やたらゆっくりと重たく聞こえる。
――ギュッと固く瞑った両目の瞼に、鮮烈な紅が火花のように散る、閃く。
散った色は真紅の空と、西洋造りの街並みと清国の迷路のような通りをごた混ぜにした風景を創り出す。
細い灰色の路地で、佇んでいた。煉瓦の壁も街灯も路も、何もかもが飛び散った紅で染まっている。
目の前には男がいた。老人がいた。転がる死体を踏み躙る、紅に染まった殺人鬼が居た。
視線が、老人の右手に収まる短刀へと向いた。それもまた紅に染まっていた。
恐怖。あかねの心がその感情一色に塗り潰される。男の目がこちらを見た。
白く濁りきった、何も見ていない、目。目。老人の鼻がひくり、と動いた。彫りの深い、皺だらけの顔が歪む。

(見ぃつけた)

乾いた唇が、そう動いた。

5 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/10/12 20:35:00 ID:???
『あ か ね  さ ん ッ!!』

あかねを正気に戻したのは、脳内に直接叩き込むような鋭い声。
地を滑るように這う一閃。石斧があかねの頭を落とすより早く、一匹の蛇がその間に入る。
二匹は一瞬で砂に潜り、石斧は砂地を叩くだけに終わった。
一拍後に、あかねを咥えたいぐなが顔を出し、空振りの石斧を睨んだ。

(な、なんやったん今の……ううん!それよりも!)

「けほっ、おおきに、いぐなはん」
『礼を言っている場合ではありません!……来ますッ!』

獲物を捉えんと、石斧が襲い掛かる。
いぐなはあかねを咥えたまま、蛇の姿のままでも、持ち前の身のこなしでそれを避ける。
元より、いぐなは如何なる悪条件でも仕事をこなすため、幾つもの劣悪な環境で修行してきた。
上司が鬼畜だったために、何度も地獄を見たが、その数だけ鍛え上げられた。
おつむは阿呆の塊でも、積み上げた実績がいぐなの実力を語っている。

『あかねさん、このまま逃げていても埒があきません!どうにかなりませんか!?
 それに、彼がっ……!あの小さな少年が!!』
「それは確かにそうやけどッ……下、気ぃつけい!」

咥えられたままのあかねは、印を結び、透視を試みた。
自身で語った推理とフェイの言葉に、引っ掛かりを覚えたのだ。
もし、此処を離れられないのだとしたら。ぼうっとここで突っ立っているだけで済ませるだろうか。
彼がずっとここにいたのだとして。侵入者を阻む罠が、あれ一つで終いだろうか。

――ええか、あかね。策士ってのはな、裏の裏の裏をかいてこそや。

父の言葉が脳裏に蘇る。透視で観えた土の下は――幾つものの陣が埋められていた。

――二重三重にも罠や策略巡らせて、徹底的に敵を潰す。完膚なきまでに。
  その為なら卑怯もズルも何でも有りや。そこが戦いの場なら。己守る為ならば。それすら許される。

いぐなは宙へ飛び上がる。そして石斧の面へと、己の尾を力任せに叩きつけた。

――狡猾であれ。裏をかかれたら裏の裏をかけ。戦場は、潰したモン勝ちや。

あかねは印を結んだ。浮かび上がる円陣は、ヘキサグラム――六芒星。
籠目とも呼ばれ、魔除けや結界を張る際に使われる。
これをフェイの仕込んだ陣に上書きすることで、効力を無効化してしまおうという作戦だ。

無論、時間はかかる。しかしフェイはあちらにかかりきり。
暗殺者のマリーを倒すのは骨だろうし、小さなあかね達を探すには多少時間がかかる。

「窮鼠猫を噛むや。子鼠の底力、見せたるでぇ……!」

フェイの死角を取りつつ、あかねは次々と陣を上書きしていく。
フェイに気取られず、尚且つ術が効果を示してくれるのを願うばかりだ。

6 :双篠マリー ◆.FxUTFOKak :12/10/16 21:45:19 ID:???
人に刃物を突きつければ、多かれ少なかれ反応を見せる。
仮に場数を踏んでいる相手に向けた場合も同じだ。ただ一般人よりも攻撃的な反応に変わるだけだ。
だが、フェイは違った。
拘束され、眼前に刃物が迫っているこの状況下でも、まるで何もされてないかのように無反応だ。
先の無い老人の中には死を恐れない者も居るが、フェイの場合はそれよりも異常だった。
冷や汗が頬を伝う。
経験上、そういう感覚が麻痺した相手にこの手の脅しは通用しないだけではない。
その気になれば捨て身で掛かって来る可能性もある。
「…黙れ!余計な口をきくな」
より一層強く首を絞めるも、フェイは無反応のままだ。
マズイ、このままではフェイを止めることは出来ない。
加えて鳥居の様子もおかしい。
まさか、鳥居までもが屍人になってしまったのだろうか

その時だった。自身の足元に浮かび上がるのが見えた。
「そんな」
マリーはうろたえた。
フェイを抑え、術の発動を封じたはずなのに術が発動していたからだ。
疑問について考える時間は無い、マリーは咄嗟にフェイから離れ鉄槍を交わす。
「クソッあの動作に意味は無いのか」
追うように生えてくる鉄槍から逃げるように後逸する。
気がつけば、鳥居の近くまで来ていた

「一本槍じゃ通用しないか…」
徐々にぬかるんでいく足場、状況は確実に悪化している。
その中、マリーは冷静に思考を巡らす。
円陣は自分らを狙ったものではなく『何か』を守るために設置されているもの
発動条件は不明、少なからずフェイが関係しているとは考えがたい
…ならば、フェイは何のためにここにいる?
『何か』から遠ざける為ならば、素直についていくればいい。だが頑なにそれを拒んだ。
術の発動に自身が関係しているなら、もっと別の場所に身を隠せばいい
………!
マリーの頭に仮説が閃く
もしかしたならば、フェイが守っているのは『何か』ではなく『誰か』ではないか
今目の前にいるフェイは、さっきの鎧と泥の巨兵のように術で作られたもので
本物があの向こう側にいるのかも知れないし、また別の人物がそこにいるかも知れない
そして、その人物こそが、この円陣を発動できるのではなかろうか
フェイの役割は門の向こうに居る『誰か』の目として、情報を伝える
それならば、ある程度の辻褄が合うはずだ。
だが、仮にあっていたとしても確認する術はない。
しかし、今はそれに賭けるしかないだろう。

「鳥居、今から君をかなり乱雑に扱う。パイロットのような化け物になりかけているのなら
 自我が無くなるまで大人しくして欲しい。別の何かになっているのなら、その時は何かしらの助力を頼む」
鳥居にそう告げると、コートを脱ぎ、鳥居の体をソレで縛り付ける。
「私達に失うものはないと言ったな…大間違いだ。ここで死んだら
 『目的を達成できなかった』という後悔が絶対に残る…私が言いたいことがわかるか」
つまりは、ここで死ぬ気はないということだ。
声高らかにそういうと、縛ったコートの端を持ち、ハンマー投げの要領で鳥居を振り回す。
ゆっくりとした回転が徐々に速まっていき、十二分に勢いをつけ鳥居を門に向って投げ飛ばした。
専守防衛が目的の円陣ならば、ある程度離れたマリーよりも急速に接近する鳥居に注意が向くはずだ。
仮にマリーを仕留めたとしても、鳥居が門を破ることになる。
果たしてどうなるのか!!!

【王手かけられている状況で王手を打ってみる】

7 :ブルー・マーリン ◆Iny/TRXDyU :12/10/17 21:15:26 ID:???
>「君は私の『埋伏拳』がどのようなものか、既に知っているね。
 フーが言っていた通りだ。私は無数の拳打に意思を与え、従える事が出来る」

自分の体が動かないことに驚きもせずに話を聞く

>「そう、私はこうして、君と他愛ない世間話をしながらでも……君の同行者を襲撃出来るのだよ。
 君はその事に思い至らなかったのか?目の前の戦いに気が高ぶって、そんな事は考えもしなかったか。
 なぁ、君のいう船長とやらは、たった二人の同行者すら慮れない人間に務まるものなのかね」

「…」

武者小路も同じようなことを言われて怒っている
しかし彼は違うことを考えていたッ!

(なんでこんなにもペラペラを喋るんだ?)

なんと、相手の状況を予測していたのだ!

(こんなにも喋らずに殺せるならさっさと殺せばいいものを…まさか…なるほど、コイツ…)

彼は脳の中で結論を出す、それは相手が疲労していることだ

>「……ふむ、良かったじゃないか。これでもう邪魔は入らんよ。
 ほら、もっと喜んだらどうだね。一対一の殴り合い、したかったんだろう?」
「おっと、そう言えばまだ、名乗りを返していなかったね。
 もっとも私はもう、武人ではないのだが……まぁいいだろう。
 私は浸・地拳(ジン・ディチェン)。今は浸家の家長をしているよ」

「うぅーむ、たあしかに、俺は一対一で戦いたかった…フェアな状況でな」

そこで彼は自分の考えを聞く

「なぁ、アンタ、なんで俺をさっさと殺さなかった?、あんなにも隙だらけなのに
ペラペラ喋らずにさっさと殺せばいいものを」

「そんなアンタから考えられることは二つ、だ。
それは『絶対的な余裕』だがこれはあり得ない、ならばアンタの埋伏拳とやらは感情のコントロールができる
だからそんなのをするはずがない…ならば考えられることは俺の中では一つ」

人差し指を立てる

「アンタ…『疲れている』んじゃないか…?」

と、言い終わる前にジンが動き出す

>「そしてこれからも家長である為に、君達には死んでもらわなくてはならない」

その攻撃に構えるがしかし、そこで予想外のことが起きた!

8 :ブルー・マーリン ◆Iny/TRXDyU :12/10/17 21:27:17 ID:???
>「あ、あぶねえええ!なんだこりゃ!?なんで建物が崩れてきてんだよちきしょー!」

なんと地面が沈没していくのだ!

そこでジンの攻撃が緩まる!

(しめた!)

一撃、二撃、と巧みに避け、三撃目は、避けなかった

なぜか?、彼はその攻撃でジンを つ か ん だ !

「テメェよぉ〜、さっきから俺のこと舐めまくってたよなぁ〜?」

さっきとは態度が違う

「おりゃあなぁ(俺はなぁ)、こう見えても粘着質で、恨みは必ず晴らすんだ」

「まず一つ!、俺を侮辱したこと!」

そういうと、ジンの腹部に一発、ひざ蹴りを入れる

「二つ!、俺の仲間たちを殺そうとしたこと!」

また一撃、腹部にひざ蹴りを入れる

「三つ!、俺をトコトン侮辱したこと!」

また一撃!、そして今度は頭を自分の真正面に持ってくる 

「四つ!、俺達を殺そうとしたこと!」

今度は頭突き!

「最後!、この俺を侮辱することはなぁ、認めてくれたぁ、親父と母さんを侮辱することに等しいんだよぉおおおおお!!」

最後に!、その頭を地面にたたきつける!

これでどうなったかは知らない、しかしたたきつけた時、ブルーは愚かにも、その腕の力を緩めてしまった

9 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/10/19 00:38:15 ID:???
>>3 >>7-8
生きた人間が動屍体と化す呪災に見舞われた清国の首都、北京。
生き残った人々は、或いは家を捨て街を棄てて去り、或いは術士が結界を施した避難所へと身を寄せ、
時折動死体だけが徘徊する街中は荒れ果てて閑散としている。
裕福な商人の住まう街区とて例外ではない。
自暴自棄になった民達に打ち壊された商店街は、灯り一つ無く宵闇に包まれて、
立ち並ぶ蔵屋敷が暗がりに大小の陰影を落とす街路に、魔氣を帯びた冷風が吹き抜けていく。

松明の灯り一つに照らされた商店街の一角は、戦場の様相を呈していた。
闇に紛れて攻撃を仕掛ける清国随一の拳術士ジン。
迎え撃つは、海賊船船長――ブルー・マーリン。木行使い――頼光。三流陰陽師にして獣憑きの倉橋冬宇子。
地に埋まった武者小路頼光から現じた無数の根が、街路のそちこちに夥しい葉や蔦を繁らせている。
ジンの投擲した小石と崩落した瓦に潜伏していた小鬼が、頼光とブルーに襲い掛かった。

薄闇の街路に、ぱっ、と橙色の灯火が閃いた。
頼光が、小鬼から奪い返した拍子に放り投げた松明が、生い茂る木々に引火したのだ。

>「君もだ、青年。自慢の脚と女の命、どちらを取るか選びたまえよ」

炎を背に、長袍を纏った人影が冬宇子の前に立ち塞がった。
眼前に筋張った拳骨が迫り、直後、手中骨の突起が冬宇子の頬にめり込む。
ミリ――と骨の軋む音が頭蓋の中に響いた。
顔を歪ませて仰け反る冬宇子に、今度は横からの衝撃が加わった。
小鬼の攻撃を側転で躱したブルーが二人の間に割り込み、打撃のダメージを緩和していたのだった。
土蔵の壁に叩き付けられる筈だった冬宇子の身体は、軌道を変えて斜め方向に弾け飛んだ。
落下地点には、地に根付いた脚を引き抜こうと四苦八苦している頼光が立ち竦んでいる。
果たせるかな、二つの身体は衝突し、もんどりうって地面に投げ出された。
無論、被害が大きいのは下敷きになった頼光の方であろう。

冬宇子は呻き声を上げて半身を起こした。
殴られた頬は熱を持ち疼いている。が、存外に負傷は軽い。
拳士の痛打を顔面に浴びたのだ。顎が砕け、頬骨が陥没してもおかしくはないというのに出血すらしていない。
しかし、冬宇子がそのことに不審を抱くことは無かった。
女給という名の酌婦を生業とする冬宇子にとって、小奇麗な顔は、武器であり生命線であり大事な商売道具だ。
女の命たる顔を傷つけられたという屈辱に、正常な思考力を失っていた。

>『……っ!アンタ!もうなんのかんの言ってる場合じゃないゾ!なにがなんでもソイツを祓うんダ!』

傍を漂い指示を出すフーの声も耳に届かない。
痛む頬に手を添え、冬宇子は頼光の上に馬乗りになったまま叫んだ。

「……よくも、よくも……!!よくも、私の美しい顔に傷を付けておくれだねえ……!!
 どの男にだって、顔にだけは手を出させなかったのに…!
 鬼畜に劣る卑劣漢!
 畜生!絶対に許さない……!なにが元軍人だよ!この素寒貧の野良犬が!!!!」

木精を食って勢いづく炎がジンとブルーを囲む壁を成していたが、
そんなこともお構いなしに罵声を浴びせ続ける。

「大体、清軍元校官たる男が国の大事に駆けつけもせずに、
 こんな辺境で一見の外国人に因縁をつけて襲ってくるたァ、道理も糞もありゃしない!
 まるで追い剥ぎじゃないか!誇り高い清の武人が聞いて呆れ………!」

憤怒にわななき喚き散らす女の声が、ふつりと途絶えた。
声が出ない。息が出来ないのだ。
息継ぎの為に吸い込んだ空気は気道を通らず、しゃくりのような呼吸音を繰り返すだけだった。
肺腑の中で何かが蠢く感覚。胸の中心――心臓が錐で刺されたように鋭く痛む。

10 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/10/19 00:46:55 ID:???
人間が呼吸を止めていられる時間は数分から数十分、が、息を吐ききった後から窒息までは存外早い。
顔色が青黒く変色し、痙攣を始めた冬宇子の足元に絡み付くモノ―――
頼光の脚に現じた樹根、焼き切れたその先端から無数の根が生じ、素肌を這って成長を続けていく。
小鬼に引き裂かれた着物の裂け目から侵入し、ふくらはぎから太股、腰を経て胸へ。
瞬く間に成長する根に身体を拘束され、図らずも半裸の男女が肌を合わせて密着する形になった。
根冠より分岐した半透明の根毛が、養分を求めて枝に吸着する寄生植物の如く、女の肌に絡みつき、
体内の異物の『氣』を吸い上げていく。
やがて唐突に呼吸が蘇り、過剰に吸い込んだ息に、冬宇子は盛大に噎せ返った。

時を同じくして、街路沿いの豪勢な商家郡が、雪崩れを打って倒壊していく。
轟音の最中、胸を押さえて咳き込む冬宇子の脳裏に浮かぶのは母の姿だった。
胸を病んだ母は、時折こうして酷く咳き込んでいた。血を吐き、息苦しさに身悶えしながら…。
それでも、最期まで冬宇子を守ろうとしていた。
自らが亡き後、娘の庇護を得る為に、父が棄てた倉橋の家に足を運んだのは、誰あろう母なのだ。
借金を抱えた十三の娘が、郭の女郎に成らずに済むように。
呪者として未熟すぎる娘が、体内の外法神に翻弄されずに生きられるように。
術士としての教育を受けさせてやる為に。
幻聴―――母の声が聞こえる。
――――『それ』はお前の血の宿世。お前が御していくべきもの。怖れてはいけない―――!
そんな母親を、冬宇子は心の何処かで畏れていた。
鏡の中、日に日に濃くなってゆく母の面影。それを隠すために、髪を切り、派手な化粧を施した。

どうしたことか、倒壊する建物は、冬宇子達に向けて雪崩落ちる前に、沈降する地面と共に沈んでいた。
ジンの想定以上に、辺り一体の地盤の風化は進んでいたらしい。
どうにか整ってくる呼吸に合わせて、聴覚も回復してゆく。
炎の爆ぜる音に混じって、低い男の声が耳に入った。

>「おっと、そう言えばまだ、名乗りを返していなかったね。
>もっとも私はもう、武人ではないのだが……まぁいいだろう。
>私は浸・地拳(ジン・ディチェン)。今は浸家の家長をしているよ」
>「そしてこれからも家長である為に、君達には死んでもらわなくてはならない」

あの男は何を守ろうとしているのだろう――――?
家系という名の『器』か。或いは、家の中にいる『いとおしい者』か。
清の武人が、国を捨て、誇りを捨てて、追い剥ぎ同様の行いで旅人の命を『狩る』目的とは何なのだろう?
それは凡てを捨ててまで、守るべき価値のあるものなのか?
発端は、この国を冒す呪災にあるのではないか?

火のような好奇心に衝き動かされて、冬宇子は身体を起した。
密着する頼光の顔を、平手で一つ張り飛ばして、身体に纏わりつく根を引き千切り、空に手を伸ばす。
目当ては、宙を漂い戦いを俯瞰するフーの映し身。
伸ばした手先より、ほんの一瞬、漆黒の獣影が現じ、紙人形に映る幻影を絡め取った。
それは、冬宇子が意図的に顕現できぬ筈の外法神であったのかもしれないし、
ちろめく炎が織り成す、ただの影絵だったのかもしれない。

11 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/10/19 00:55:13 ID:???
いずれにしろ、冬宇子の手に捕らえられたフーは、魂を鷲掴みにされたような感覚があることだろう。
映し身の術を強制的に解除すれば、本体も無事で済まぬような痛覚が。

「なんのかんのと答えをはぐらかしてるのはそっちだろう?!
 今度こそは答えてもらうよ!!
 あの男が言っていた『実験』てのは何なのさ?
 屍人を動かして『死なない兵隊』でも作ろうってえ国策でもあったのかい?
 お前はその実験に関わっていた…?だから、たったの三日で詳細に呪災の原理を解析出来たんだ。
 さっさとお言い!!この呪災は何故起こった?
 私は何が嫌いって、事情も判らぬことに、ただ利用されるだけってのが一番嫌いなんだよ!!
 知ったところでどうにも成らぬことでも、いや、どうにも成らぬなら余計に、
 せめて『納得』ぐらいはしたいじゃないか!!」

目を血走らせ、獣じみた表情で畳み掛ける冬宇子に、フーは何と答えるだろう。

次いで、冬宇子は戦場に目を走らせる。
炎の塁壁の内側では、ブルーとジンが拳の応酬を繰り広げていた。
戦況は逆転の兆しを見せている。
頼光の木行術によって、埋伏拳の源たる土の精氣は枯渇しており、
精神の切り売り――とも言うべき小鬼の大量生成を経て、ジンは精神的にも疲弊しているように見受けられる。
五行相生の関係では、火生土―――火は灰を作り土に活力を生むが、
土精の衰えが著しいこの状況では、短期的な効果は期待できそうにない。
むしろ、術者を熱気で弱らせる方が先になりそうだ。
連撃連打の攻防の末、ブルーの足蹴がジンの腹部を捕らえ、頭蓋を砕くが如き頭突きの音が轟く。
当り負けて倒れ掛かったジンの後頭部に止めの掌底。
ついに、ブルーの腕の下、地に顔を埋めるジンを見遣って、冬宇子は声を上げた。

「お待ち!!その男はこのまま殺さしゃしない!!
 私は知りたいんだよ!
 何が目的で私達を襲ったのか…?何求めているのか…?何を守っているのか…!?
 その男のを吊るし上げて、何もかも、そいつの口から洗いざらい喋らせてやる!!!」

裂けて肌の覗く着物の懐に手を入れ、帯の下から一枚の呪符を取り出す。
黒色の紙に白の筆文字を施したそれは『水符』。
呪力に劣る術者が五行の術を発動するための補助符だ。
常ならば、周囲三間(5m)の範囲に水霧を発生させる程度の効果しか期待できないが、今は違う。
つい数分前、冬宇子は、闇に紛れるジンの位置を特定するために、式占盤で土行の氣を読み取った。
その際、土中に別種の氣を感じていた。
『水』の氣だ。この地は、地中の龍脈沿いに水脈が流れている。
地盤が崩落しかかっているこの状況なら、水の氣を僅かに励起してやれば地下水が噴出する筈だ。

冬宇子は波打つ地面に膝を突き、掌を添えた。

「出天門入地 黒威 太陰居玄武 勃水令!!」

発声に合わせて地盤にひび割れが走る。亀裂は炎の下を走り、
ブルーとジンの真下まで到達すると、さながら間欠泉の如く、地の裂け目から勢い良く水が噴き出した。
『土虚水侮』という言葉がある。
五行相剋では、土は水に優位性を示す『土剋水』の関係にある。
土は水を濁し堰き止める。
が、土自身が弱っていると、水を克制することができず、逆に水が土を侮る。
流れる水は、炎を消し止めると共に、周囲一体の弱った土精を洗い流し、土精使いの攻撃の術を奪うことだろう。

【映し身のフーを捕まえて詰問】
【顔を殴られてブチ切れ、水符を使って地下水を噴出させる

12 : ◆u0B9N1GAnE :12/10/20 23:22:45 ID:???
彼の生み出した鉄槍はどうにも不足だらけだった。
素早いマリーを貫くには遅く、吸血鬼と化した鳥居を仕留めるには弱い。
戦いを有利に進めるには、次の一手が必要だった。

>「私達に失うものはないと言ったな…大間違いだ。ここで死んだら
  『目的を達成できなかった』という後悔が絶対に残る…私が言いたいことがわかるか」

「……ならば、次は躊躇わずに儂を殺す事じゃよ。身を守る為に、ぬしらにはそれをする権利がある」

けれどもフェイはそう言って、細めた眼をマリーに向ける。
敵意を露に睨んでいる、といった様子ではない。彼は君を観察しているようだった。
君の人となりを見極めようとしているような、そんな視線だ。

フェイはどこかおかしかった。
彼はただでさえ戦闘の経験などなく、咄嗟の判断力に劣る。
先ほどの相討ち狙いの一撃で傷を負って、出血もしている。
そんな状況で、戦いにまるで関係のない事に意識を割くなど、自殺行為だ。
彼は自分から戦いを仕掛けておきながら、己の命どころか、勝利にすら執着していないのだ。

と、マリーが鳥居をコートで包んで、振り回す。
その意図はフェイにもすぐに理解出来た。
瞬間、彼の双眸が見開かれる。

「……させぬよ、それだけは」

マリーの目論見を阻止するのは容易い。
鳥居の行く手を阻むように槍襖を敷いてやれば、後は相手が勝手に串刺しになってくれる。
右腕を後方に向けて振るう――が、妙だ。
何も起こらない。自分が配置した円陣はまだ確かにそこにある。存在を感じられるというのに。
振り返る。そこには子鼠がいた。先ほど砂中に囚えた筈のあかねが円陣に細工を施していた。
破壊をもたらす事なく密やかに、機能だけを奪い去る巧妙な細工だ。
魔除けの陣を上書きされて、森羅万象風水陣はその機能を失っていた。

フェイの表情に苦渋が浮かぶ。判断を誤った。
今から術を貼り直したり、別の円陣を動かす猶予はない。
相手が放られてくる勢いを利用して、鳥居を貫いてやろうと目論んだ事が仇となった。

フェイが咄嗟に動いた。
泥濘んだ地面を必死に蹴って、放り投げられた鳥居の軌道上に飛び込む。
ちょうど将棋の駒が王将を守る為、敵の前に身を投げ出すように。

彼は身をよじり、前腕で鳥居の激突を受けた。
強い衝撃が腕越しに伝わる。元文官の老人に堪えられるものではない。
フェイは派手に跳ね飛ばされて、倒れ込んだ。

――結論から言えば、マリーの推理は半分、当たっていた。
彼にとっての『王将』は、彼自身ではないらしい。
だが左腕を抑え、苦悶の表情に冷や汗を浮かべている彼は、どう見ても作り物には見えない。
それに君は一度、彼のすぐ傍にまで接近して、首に触れてすらいる。
その時に彼の脈動や呼吸を感じられた筈だ。

ともあれ、状況は君達にとって有利に転がった。
鳥居との衝突は老人であるフェイにとって、手痛い一撃だった。
彼はずっと左腕を抑えている。骨が折れたのだ。
痛みは思考力を削ぎ、術の行使にも支障をきたす。


13 : ◆u0B9N1GAnE :12/10/20 23:24:09 ID:???
ともあれ、状況は君達にとって有利に転がった。

「……後いが残る、か」

フェイが小さく呟く。

「儂とて、同じじゃよ。誰だってしたくないものじゃ、後悔なぞ。
 例え、ぬしらを殺した後で、後悔する事になると分かっていても……儂は、目先の後悔から逃げたくない」

うわ言のような語調だった。
彼はこの三日間、ずっとこの場所を守ってきたのだ。
年老いた彼は既に消耗しきっていた。

疲労と出血で自分がもう長く戦えない事を、フェイは自覚していた。
彼は傍に生えた鉄槍で右手を裂く。
そして溢れ出した血を周囲に振り撒いた。

「血は命。血を啜りしは不死の証。泥よ、不死の異形と成りて立ち上がれ」

泥濘んだ地面から何体もの泥人形が現れる。
対処法は既に分かっているとは言え、今度は数が多い。
足場も既に悪くなっている。まともにやり合うのは分が悪い。

「そして……命を喰らいて生まれた刃は、魔の力を帯びる。それもまた道理」

更に周囲の円陣が鉄槍を生み出し、それを泥人形が手に取った。
薄赤い光と魔力を帯びたその槍は標的の魂、生命そのものを傷つける魔槍だ。
例え霊能の素養がなくとも、槍が発する気配だけで、それが危険な物だと理解出来るだろう。

泥人形達は双篠マリー、君を取り囲み始める。
槍の間合いを活かして、一斉に刺し貫く算段のようだ。

同時に襲い来る複数の刺突を、君は凌げるだろうか。
地面は既に大分泥濘んで、君の長所である身のこなしは満足に発揮出来ないだろう。

――周囲には今までフェイが作り出した槍が何本も、無造作に、生えたままになっている。
それらはまっすぐ真上に伸びている物もあれば、斜めに伸びている物もあった。
君がその事に気がついて、自分の能力を十全に発揮すれば、フェイに再び接近する事は十分に可能だ。

とはいえただ接近しただけでは、彼はまた、相討ちを狙ってくるだろう。
それを封じる為の方法も、既に君達の周りに存在している筈だ。

14 : ◆u0B9N1GAnE :12/10/20 23:25:47 ID:???
「後は……ぬしらには、これを返してやろう」

フェイが虚空に指を滑らせる。
と、鳥居とあかねの足元に円陣が浮かび上がった。
魔除けの六芒星を上書きされて、無力化された円陣を移動させたのだ。

森羅万象風水陣は一つ一つが『閉じた世界』だ。
つまり六芒星を重ね書きされた今、円陣の中は『魔の物が存在出来ない世界』となっている。
その世界を、吸血鬼であり、妖怪を憑依させた状態の君達に重ねたら、どうなるだろうか。

閉じた世界は君達の存在を拒絶する。
君達は激しい虚脱感と、体が内側から外側へと、引き避けていくような痛みを覚えるだろう。
いや、『ような』ではない。実際そうなのだ。
なんとか魔除けの円陣の外に出なければ、君達は見るも無惨な死を迎える事になる。

【フェイの対応:槍襖を展開しようとしたけど、あかねのせいで不発。
        咄嗟に身を挺して鳥居を止めた為、負傷。

 フェイの行動
 →マリー:泥人形を生み出し、槍を持たせて包囲、同時に突き刺させる。

 →あかね、鳥居:あかねによって『魔の存在出来ない世界』へと変化した円陣を二人に重ねる。
         激しい虚脱感と共に、体が内から外へと引き裂けていきます。早いとこ脱出して下さい

 このターンでフェイを無力化可能です】


15 : ◆u0B9N1GAnE :12/10/23 22:28:14 ID:???
>「なんのかんのと答えをはぐらかしてるのはそっちだろう?!
  今度こそは答えてもらうよ!!
  あの男が言っていた『実験』てのは何なのさ?

「ぐっ、ぎ……なんだ、君……こんな真似が出来るなら……さっさと彼に加勢してやれば良かったろうニ……」

倉橋に映し身を掴み取られたフーが苦しそうに呻く。
術の性質上、フー本人と映し身の符の間には『繋がり』がある。
現在進行形で相手の声を聞き、自分の声を届ける為には、必要不可欠なものだ。

だがそれでも、映し身は映し身。
そもそもが身代わりであり、自分は安全な場所を離れず、何かしらの行動をする為の術だ。
映し身が引き裂かれたからといって、術者であるフーが傷を負うなんて事はあり得ない。

だと言うのに、フーは恐ろしいほどの激痛に襲われていた。
決して獲物を逃さぬ猟犬のような気配が、自分の心身を蝕んでいるのが感じられた。

>屍人を動かして『死なない兵隊』でも作ろうってえ国策でもあったのかい?
 お前はその実験に関わっていた…?だから、たったの三日で詳細に呪災の原理を解析出来たんだ。
 さっさとお言い!!この呪災は何故起こった?
 私は何が嫌いって、事情も判らぬことに、ただ利用されるだけってのが一番嫌いなんだよ!!
 知ったところでどうにも成らぬことでも、いや、どうにも成らぬなら余計に、
 せめて『納得』ぐらいはしたいじゃないか!!」

倉橋の言う通りだ。
フーはこれまでずっと、彼女の問いからぬらくらと逃げ続けてきた。
けれども、もう、そうはいかない。
この期に及んで言い逃れをすれば、もっと恐ろしい――倉橋本人ですら意図していない何かが起こる。
半ば確信に近い直感がフーにはあった。

「……言えないヨ。言ったら僕は、王宮にいられなくなるどころじゃなイ。きっと首を刎ねられてしまうヨ」

それは回答の拒否ではない。
『口外は許されない。言えば死罪に処せられる』と言えば、それだけで想定される可能性は一気に狭まる。

「けど今更、君がそれだけじゃ納得しない事も……分かってル。
 だから……いいかイ。僕は今から分かりきった事を言うヨ」

苦い口調だった。まさか倉橋がこうも強硬な手段を取るとは思っていなかったのだ。
最早彼女の溜飲は、殆ど核心に迫る答えを述べるまで、下がらないだろう。
初めから『言えない』とだけ答えておけば、まだ様々な可能性を残したまま、秘密を守っていられただろうに。

「……僕は宮仕えの呪医で、王様の御身を安寧無事に保つのが使命ダ。
 そして、この国はもうすぐ戦争を終えル。清国の天下って形でネ。
 既に戦後に向けて、色々と準備も始まってル。
 ……これだけ言えば、君なら大方検討がつくだロ。そろそろ勘弁しておくれヨ。
 ホント、ヤバいんだヨ。君に呪殺されるのも御免だけど、死罪になるのも御免なんダ。
 それも、王様に背いたなんて罪状で殺されるのは、特にネ」

倉橋が映し身から手を離すと、フーは安堵の溜息を零す。
それから一言付け加えた。

「それと……これだけは言っておくけど、この呪災を起こしたのは僕じゃないヨ。
 なにせ自慢じゃないけど、僕の実験は正直上手くいってなかったんダ。
 こんな騒ぎなんて起こせっこないくらいにネ」

フーは未だ表情に苦悶の色を残している。
咄嗟に嘘がつける様子ではなく、また嘘をついているようにも見えない。
彼は手放しに信頼出来る人間ではないが、この言葉に限っては、信用出来るだろう。


16 : ◆u0B9N1GAnE :12/10/23 22:28:59 ID:???
 


――八極拳において、背中を用いた体当たりは貼山靠と称される。
その用途は相手の防御を崩壊させる事。
全体重を余す事なく乗せた靠撃は相手の体勢を崩し、防御の流れを乱す。
近距離での短打を得手とする八極拳では基礎であり、極めれば必殺の一撃にもなるとされている。

ジンの貼山靠はまさに後者だった。
土行を操る彼の肉体は甚く堅牢で、踏み込みは確固として地を捉える。
そこから放たれる一撃に耐えられた者は、片手で数える程しかいなかった。

ジンの見立てでは、マーリンは膂力よりも俊敏さを強みとしている。
いかに疲弊しているとは言え己の全力の一撃を防御出来る筈がない。
だがそれは、彼が十全の状態で靠撃を放てたならばの話だ。

不意に生じた地面の揺らぎにジンは対応出来なかった。
いかに歴戦の暗殺者と言えど、彼は大陸の拳士。
地震の一つくらいは体験した事があっても、断続的に揺れる舞台で戦った事などある筈がなかった。

>「テメェよぉ〜、さっきから俺のこと舐めまくってたよなぁ〜?」

生じた隙を突かれて、ジンはマーリンに衣服を掴まれた。
引き寄せられ、腹部に勢いよく膝蹴りが打ち込まれる。
埋伏拳を操作する暇もなかった。呼吸が詰まる。
更に一撃。今度は辛うじて防御出来た。
が、間髪入れずに頭突きが続く。
腹部の防御に意識を割いていたせいで避けられない。
額が割れた。鋭い痛みと眩暈が一瞬、ジンの身動きを奪う。
とどめと言わんばかりにマーリンは彼の頭を掴んで、地面に叩きつけた。

>「お待ち!!その男はこのまま殺さしゃしない!!
  私は知りたいんだよ!
  何が目的で私達を襲ったのか…?何求めているのか…?何を守っているのか…!?
  その男のを吊るし上げて、何もかも、そいつの口から洗いざらい喋らせてやる!!!」

不意に声が聞こえた。
その声が原因だろうか、マーリンがジンを掴む力が一瞬弱まった。
ジンはうつ伏せに押さえ付けられたままの状態で右腕を上げる。
拳がマーリンのあばらに触れた。触れただけだ。
地に伏した状態から勢いの乗った打撃など放てる訳がない。

だと言うのに、ブルー・マーリン――君は凄まじい衝撃を受けて、吹き飛ばされる事になる。
寸勁だ。それも、脚部や体幹の運動を打撃に乗せるといった、真っ当な技ではない。
体内の『埋伏拳』――つまり打撃力を数発分、ひとまとめにして打ち込んだのだ。
故にその威力は絶大だ。

「……くっ、はは」

ジンは立ち上がり、しかしマーリンに追撃を仕掛けようとはしなかった。
代わりに、額から流れた血を拭いながら、小さく笑った。
頭を強かに打ち付け、倉橋の水行によって埋伏拳の仕込みも台無しにされ、気を違えた――という訳ではない。
彼の笑い声には嘲りの響きが含まれていた。

「……おっと、すまないね。どうやら君の言う通り、私は疲れているらしい。
 礼を失しているとは思うが、つい笑いを堪えられなかったよ」

慇懃無礼な態度と共にマーリンへ向き直る。

17 : ◆u0B9N1GAnE :12/10/23 22:29:29 ID:???
「仲間に両親、だったか。……薄っぺらいな、君の言葉は。
 たかが殴り合いがしたくて彼らの傍を離れた君が、一体どの口で彼らを仲間だなどと言えるのだね。
 まさか、彼らを信じて私を討ちにきたという訳でもあるまい」

声音は相変わらず嘲り笑うようで、しかし彼の面持ちは険しかった。
尋常ならぬ――ただ「攻撃を受けたから」では説明のつかない憎悪が滲んでいた。

「君は暗君だよ。戦いに飢えた獣だ。目先の欲望に忠実で、他人を顧みない……人の上にも前にも、立てる器じゃない。
 両親が認めてくれた?両親だから認めてくれたの間違いだろう。
 子の事となれば、大抵の親はおかしくなるものだ」

ジンの視線がふと、下に落ちる。
大地の揺らぎはもう止まっていた。
倉橋が呼んだ地下水が周囲に泥濘を作っている。

「君は随分と機嫌を損ねていたが……本当は自分でも分かっていたんじゃないのか?
 人間、図星を突かれると、怒るくらいしかする事がなくなるから……ね!」

ジンが動く。爪先で泥を、マーリンの顔めがけ蹴り上げた。
当たろうが避けられようが関係ない。一瞬の隙が生じればそれでいい。
埋伏拳を脚部に移動させて、地面を蹴る。
地面が抉れ飛ぶほどの跳躍。足場の泥濘など問題にもせず距離を詰めた。

ジンが修めた拳法、八極拳は近接短打を旨とする。
手足のみならず肘や肩、背、頭部、あらゆる部位を使って連打を放ち、常に前へと攻め込んでいく。
その性質は一撃必殺の『埋伏拳』と非常に相性が良かった。
そしてジンは捨て身で飛び込もうとも相手の打撃を相殺出来る。
相討ち以上ならば、それはジンの勝利なのだ。

確かに彼は疲弊している。
だが彼の中には未だ十を超える『埋伏拳』が保存されている。
ブルー・マーリン、いくら君が天賦の脚力を持っていても、
暗殺拳の達人を相手に一度の被弾もなく残る『埋伏拳』を使い切らせて、更に彼を打ち倒す事は不可能だ。
今の彼は言わば手負いの虎だ。
頼光と倉橋に全ての小細工を潰されたからこそ、もう『埋伏拳』の操作に意識を割く必要もない。
清国一の暗殺者の純然たる本気が、君に襲いかかる。

しかし――ジンは判断を誤っていた。
彼は君を襲うべきではなかった。頼光と倉橋を先に始末するべきだったのだ。
ただ速く、鋭いだけの一撃を、二人は回避出来るだろうか。
少なくともジンに攻撃を仕掛けるよりも、成功の見込みはずっと高かった筈だ。

それでもジンは、君を殺してやりたかった。
君に、薄っぺらな暗君だと断じた君に、家族を語らせておく事が我慢ならなかったのだ。

君一人では、ジンに勝利する事は出来ない。
だが君には同行者がいる。
彼らはきっと君を助けてくれる。
暴雨のごとく迫る連打を凌ぎ続ければ、勝機はまだ訪れる筈だ。



――ジンは体内に『埋伏拳』を保存している。
それは言い換えれば、自分自身に土精を憑依させているという事だ。
倉橋冬宇子――君は霊能者としての才は乏しいかもしれないが、今なら邪魔は入らない。
そろそろ、好き放題言ってくれたフーの鼻を明かしてやってもいい頃だ。



18 : ◆u0B9N1GAnE :12/10/23 22:29:59 ID:???

【取得情報:フーの実験について、いくつかの情報
      フーの実験は上手くいっていなかった。彼は呪災を起こしていない

 ジンの対応:被弾→拘束が緩んだ際に反撃、マーリンを吹っ飛ばす

 ジンの行動:→マーリン:泥の目潰し→接近→埋伏拳による防御を前提とした相討ち狙いの連打。
             例によって一発でも直撃を食らえば内臓お陀仏コースです
             反撃は埋伏拳で相殺されてしまうので、まともに立ち向かうのは不可能です】


19 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/10/24 23:59:16 ID:???
その身に鉄槍を受けた鳥居は、串に刺さった団子のように仰向けに浮いていた。
肌の色が鮮烈なほどに白い。黒い髪が微かに揺れている。
その目は閉じられており、唇だけが血のように赤い。

フェイの言葉に、すっと鳥居は目を開く。すると赤い光を放つ瞳が現れた。
目尻と唇が、きゅうっと吊りあがれば口もとに浮かぶは魔性の笑み。

と、マリーが鳥居をコートで包んで、振り回す。

>「……させぬよ、それだけは」

「あれえーーーっ!」
鳥居はマリーに投げ飛ばされた。
直後、眼前に骨張ったフェイが迫り、突き出された彼の前腕が鳥居の石頭と激突。
ぱきん――とフェイの左腕の折れる音が、鳥居の耳朶を打つ。
(この人…、身を挺して…)
フェイと重なるように倒れこんだ鳥居は、そのままでんぐり返しで
ころころと門の方角に転がってゆく。
フェイの動きで、あの門のむこうがわに、
彼にとって一番大切なものがあるということが推測できたからだ。
彼を説得するためには、あかねが狙ったように
フェイの「事情」を知らなければならない。
彼のことを理解しなければダメなのだ。と鳥居は思った。

(あのおじいさんは僕たちが死んでも失うものは何もないって言ってました。ただ廻るだけって…)
生にも勝利にも執着しない老人が、何かを守ることだけには執着している。
マリーの言葉に、自分も後悔はしたくないと返していた。

「彼は自分の命よりは大切なものがあって、それを守って死ぬことに喜びを感じているっていうの?
んん…ちがう。もしかして死にたがってる?でもなんか変です。何かが。もしかしたら罠かも……」

>「後は……ぬしらには、これを返してやろう」

「?……ん、んん。ぐぽっ!」
足元に円陣が現れる。と同時に内側から押し寄せる苦痛。
円陣の脅威はあかねにも襲い掛かっていた。
円陣の中の世界は外とは違う独自の世界が展開されているようだ。

「円陣のなかの閉じた世界。ぼくやあかねさんを拒絶する世界。滅びの世界。
こんな世界もういやです。マリーさん、受け取ってください!」
鳥居は近くに生えている槍にマリーのコートを捲き付けてマリーの近くに投げる。
吸血鬼に戻った少年の膂力はすさまじい。
そして跳躍。円陣から脱出してフェイの背中にしがみつく。

「あなたがここから動けない理由は何かを守るため。でも守る理由は?
もしかしたら守らざるえなくなっちゃったとか。誰かにここに閉じ込められちゃってるとか。
この閉塞された世界から抜け出すためには……死ぬしかないとか?」
ぱっかりと開く口。赤い口内に光る小さな牙。

「おじいちゃんも吸血鬼になりたいですか?言うこと聞かないと噛みます!」
眉をつりあげながら、鳥居はフーに依頼されたことをもう一度語る。

20 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/10/26 23:57:28 ID:???
頼光の足から伸びた細い根は吹き飛ばされてきた冬宇子を絡め取り、二人を密着させる。
生命力の象徴とも言える木の本能のなせる技であったが、絡め取った冬宇子が吹き飛ばされてきたこと。
その衝撃をまともに浴びた頼光はたまったものではない。
尚且つ両脇から倒壊し地面に沈む建物など。
それがジンと頼光によって引き起こされたとわかっていればまだ余裕もあっただろう。
だが自覚すらない頼光には半ばパニックとなりわずかに動く首を左右に振り叫ぶしかない。
そんな頼光にはせっかくの久方ぶりな女の肌を自覚する間もなく、冬宇子の平手によって引きはがされてしまうのだ。

婦女子に男子の顔面を張り飛ばされたとあっては面目が立たない。
普段ならば猛然と怒鳴り散らすのだったが、いかんせん相手が悪すぎた。
怒りに狂う冬宇子の剣幕は頼光などが口をはさむ隙もなく、ただただジンジンと熱い頬に手を添えるくらいが精いっぱいなのだ。
が、その頬にあてた手からもうにょりと細い根が伸びていることに気づく。
片足を除けば大部分の木は剥がれ落ち、身を覆う木の部分は三割にも満たないであろうか。
だが、だからこそ、木は生存をかけてあらゆる部分から再生の為の気を吸い取ろうと根を伸ばしているのだ。
「な、なんじゃこりゃ?気持ちわりぃ」
冬宇子がフーの現身に詰め寄り重要な情報を引き出しているその横で、各所より伸びる根が自分の思い通りに動くことを発見していた。

>「お待ち!!その男はこのまま殺さしゃしない!!
冬宇子の叫び声に気づかされるように向けた視線の先ではブルーとジンが苛烈な打撃戦を繰り広げていた。
その言葉が意味する通り、ブルーがジンを圧倒し、そのまま殺してしまいそうな勢いである。

ここで頼光の脳裏に浮かんだものは「仲間の勝利」でも、冬宇子の言う「情報収集のため殺してはいけない」でもない。
「手柄を取られる」と「今ならジンに勝てる!」の二つである。
本来ならばブルーとジンの攻防戦に割って入れるような余地はありはしない。
だが、もはやとどめを刺すといわん状況ならば別である。
この場であれば自分でもジンを倒せる。
武勲は、手柄は自分のものになる!
その心の更に奥底には、先ほどジンが見抜き、頼光を打ちのめした言葉が潜んでいた。
言葉では反論しようがない事でも、ジンを直接打ち倒すことで自分の虚勢虚栄を守ることができるのだ。

冬宇子が術を行使して地下水を吹き出す地の裂け目と共に頼光は走った。
だが、頼光は思い違いをしていた。
戦況を、ジンの力のほどを。

もはやとどめを刺すばかりとの思惑とは裏腹に、ジンは押さえつけているブルーを弾き飛ばす。
吹き飛ばされるブルーを見ながらももはや勢いは止まらない。
いや、止まれないのだ。
一度とどめを刺すばかりと判断した思考が状況の変化に追い付けないというのもあり、勢いよく走りすぎたという事もある。
が、それと同時に頼光の意志とは別に体が欲したのだ。
疲弊した大地よりも、新鮮で強烈な土の気に。

「おらぁ!どけええ!あとは俺に任せやがれっ!」
吹き飛んでくるブルーを右腕で押しのけると同時に右腕から伸びた根がブルーの体を這い絡みつく。
ブルーの身体に撃ち込まれた埋伏拳に反応し、根が動き吸い取っているのだ。

そうしながら前に出た頼光が見たものは、もはや人ではなかった。
いや、ジンが変化をしたわけではない。
地面が抉れ泥濘が放射状に広がる中から跳躍し迫るジンが。
そしてそこから発せられる凄まじい気迫が、頼光を圧倒し、もはや人と認識できなかったのだ。
もはや人外のように見えたジンだが、その双眸と視線が合った頼光は全く動けなくなってしまった。

21 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/10/27 00:00:21 ID:???
もちろん迫力に圧倒されたのだが、それ以上に…
「な、なんでだよ、あんた!
あんた、この国の武人で!術も使えて!武勲も立てた軍人だったんだろ!
なのに、なんでそんな辛そうな貌しているんだよ!」
ジンの消耗以上に焦燥した貌に頼光は愕然とし、敵味方も忘れ、今まさに強力な打撃を撃ち込まんとされていることも忘れ、叫んだ!

フーからジンの話を聞いてから心のどこかで憧れていたのだ。
拳法を使い術も使え、一人で一軍の働きをする軍人。
それはまさに頼光の目指すところであり、それこそが人生の華なのだ、と。

だがしかし、今のジンは衰え、何かに駆り立てられるように動いている。
そこからは悲壮感すら漂うがごとく。
頼光の目指すものにあってはならない全てが、その座にいる者にに顕れている。
武勲によって栄耀栄華を得て、悲壮、尚早とは無縁な無敵な存在。
頼光の幼稚な幻想によるものでしかないのだが、それでも叫ばずにはいられなかった。

その答えを聞く前にジンの拳撃は頼光の胸に深々と突き刺さる。
同時に全身の各所から素早く伸びた無数の根がジンの腕を、肩を、体に絡みつく。

普通の人間がジンの埋伏拳をまともに喰らえば、叩き込まれた土気によって内臓を破壊される。
が、大部分が剥がれ落ちているとはいえ頼光は土気を吸収する木行の性質を持つ。
冬宇子の、ブルーの、叩き込まれた土気を吸収したように、叩き込まれた土気は、いや、それ以上にジンから土気を吸収するのだ。
しかし埋伏拳は無効化できたとしても、ジンの単純な拳撃は頼光にとっては十分に致命的な威力を持つ、という事を除けば。
そしてもう一つ。
周囲の土気を枯渇させるほどの木行が金行を侮るように。
枯渇した土気では抗えず水行が押し流すように。
残り少ない木化部分ではジンの埋伏拳の土気を吸収するには限度があった。

「ぶっ…ぶばぁっ!!」
胸に突き刺さった拳の威力に息を詰まらせ吐血すると同時に、頼光に残っていた木の部分がはじけ飛んでいく。
それはすなわちジンを絡めていた根も吹き飛ばされることを意味するのだ。
そうなればもはや頼光がこの場に立って、衝撃に抗せられるはずもない。

ブルーを当て馬にし、とどめを刺して手柄を横取りしようとした頼光。
しかし結果的にはブルーの盾となりジンの埋伏拳を消耗させるだけに終わってしまった。
本人の望に反し、性根の悪さもあるがどこまでも主人公にはなれない星のもとに生まれているのかもしれない。南無。

絶叫と共に吹き飛ばされ、泥水の中を転がり冬宇子の足元まで吹き飛ばされてしまった。
あたりは既に暗く、全身泥にまみれた頼光の傷の具合を知ることは困難だろう。
口と鼻から血を流し、白目を剥いて気を失っているが、時折呻き声が漏れ出ることから死んではいないようだった。
だがそれよりも、冬宇子には感じられるかもしれない。
ジンの内部の埋伏拳がかなり減っていることに。
頼光の安否よりもよほど重要な情報のはずである。

【手柄を横取りしようとブルーを押しのける(同時にブルー内部の埋伏拳を吸収)】
【迫るジンの気迫と焦燥に圧倒されまともに埋伏拳を撃ち込まれる】
【撃ち込まれた埋伏拳とジン内部の埋伏拳を相当数吸収するも容量オーバーで吹き飛ばされる(相打ち?)】

22 :双篠マリー ◆Fg9X4/q2G. :12/10/29 17:58:04 ID:???
投げ飛ばされた鳥居は術の妨害を受けず、そのまま門へブチ当るように見えた。
だが、そう思った矢先、フェイが身を挺してそれを阻む。
「術を使わなかったということは、対応できなかったか…それとも」
あかねのほうへ視線を向ける。
いろいろと粗はあるが彼女も術者だ。おそらく、何かしらの方法でフェイの術を妨害したと考えていいだろう。
わずかではあるが、光明が見えた始めた。
先ほどまで手も足も出なかったフェイが、今は疲労と苦痛で顔を歪めている。
このまま畳み掛ければいける。そう判断したとき、フェイが動く
己の血を撒き散らし、術で泥人形を幾多も作り出す。
得物として持たせた鉄槍は先ほどのものとは全く別の雰囲気を纏い、掠っただけで致命傷に至るのではないかと
錯覚するほどの気配を発している。
それが一斉に自身の周りを取り囲んだ。
一対だけならば、辛うじて捌けたが、ここまで、しかも、この状態では打つ手が無い。
フェイが生やした鉄槍をもぎ取り戦うか、いや、もぎ取るまでに刺し殺されるのがオチだ。

絶体絶命の状況、その最中、鳥居の声が聞こえる。その瞬間
鳥居が投げた槍が泥人形を弾き飛ばしながらこちらへ向かってくる。
「あかね!後は頼んだ!」
それを見た瞬間、マリーは叫び、飛んでくる槍、正確にはそれに巻かれているコートの端を掴み
槍に引っこ抜かれるかのように飛び上がる。
そして、すぐさま、フェイが生やした槍を掴む
「このまま一気に…飛ぶ!」
全身の力をフルに使って、槍の飛ぶ方向を門に直し、再び飛び上がる。
門の前にはフェイと鳥居が居る。
ただ肉薄するだけでは先ほどと同じ結果だ。
ならば、いっそ術を使う間も与えずに、一緒に門の中へ突っ込んでしまえばいい!

23 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/10/31 03:03:51 ID:???
>>15-17 >>20-21
舞い散る火の粉が闇空を焦がす炎の円陣の中心では
二人の男――ブルー・マーリンと浸・地拳(ジン・ディチェン)の拳が交錯していた。
炎の爆ぜる音に混じって、男たちの交す言葉が漏れ聞こえる。
「何故、行きずりの外国人である自分達を襲うのか?」問い掛ける冬宇子への返答として、ジンは、
>「これからも家長である為に、君達には死んでもらわなくてはならない」と、語った。

それは一つの意味においては、殺意の表明だった。
けれども、彼の目的は、ただ冒険者達を殺すことだけではない。
ジンは、冒険者をかろうじて生きたままで倒し、その上で命を奪おうとしている。
まるで『命の採集』が目的であるかのように。
冬宇子に必殺の拳を当てておきながら、一撃で頭部を破壊せず、埋伏拳での呪殺に切り替えたのも、
獲物を弱らせ、命を狩るまでの猶予が必要だったせいではないか。

もう一つは、内情の吐露。
『家長である為に―――』と、ジンは言う。
家長という響きは、華族令発布と共に、旧堂上家半家の家格に準じ子爵に叙せられた
陰陽道宗家阿部土御門家庶流、倉橋家で生い立った冬宇子には、いくらか耳馴染みのあるものだった。
家長たる者に課せられた役割とは、家の存続と繁栄。
一族を統率し、受け継いだ家督・家業・家産を損なうことなく嫡子に継承することを第一義とする一方で、
成員である家族を守り、扶養する義務を負う。

ジンが守ろうとしているものは、『家』という器か?或いは器の中の『家族』か?
恐らくは後者だ。 冬宇子はそう感じていた。
『家』の体面を守ることだけが目的ならば、旅人を待ち構えてその命を狩るという、
追い剥ぎ紛いの行為に手を染めるだろうか。
否、そんなことをしては、家名に傷がつくだけだ。
かつて清軍の英傑と呼ばれた男が、武人としての誇りをかなぐり捨てて、非道を行う理由。
それは人として、もっと本有的な、衝動的と言い替えてもいい『いとしい者』への想い―――?
ジンの面差しには、子を守るために、我が身を傷つけて猛り狂う獣にも似た悲壮さがあった。

ジンの守りたいもの。
それは果たして、来し方、築き上げてきた物を凡て捨ててまで守らねば成らぬほどの価値を持つものなのか。
是非にも知らねばならぬ。と冬宇子は思った。
それは最早、仕事の為の情報収集という実用的な目的ではない。
冬宇子はただ納得したかった。
自身の生き方に直結した命題だ。何処かでそう直感していたのかもしれない。
この場この時、冬宇子にとって『知りたい』という欲求が、勝利よりも身の安全よりも、
ずっと重い価値を持っていたのだ。
ジンを豹変させた原因が街を襲う呪災にあるのなら、その実態をも突き止めねばならない。


詰問する冬宇子の掌の中、握り潰された紙人形が苦しげな声を上げた。

>「……言えないヨ。言ったら僕は、王宮にいられなくなるどころじゃなイ。きっと首を刎ねられてしまうヨ」

途切れ途切れに語る言葉には、苦渋の思いが滲み出している。
僅かに握力を緩めると、紙人形に重なる宮廷道士フー・リュウの幻影は言葉を継いでいった。

フーは、呪災と関連があると思しき『実験』について、『語れぬ立場にある』と答えた。
『知らない』のではなく『語れない』のである。つまりは『実験』への関与を肯定した形になる。
王付きの呪医が計画の基幹に関り、口外すれば処刑されてしまう実験とは如何なるものだったのか。
冬宇子は、フーが語った呪災の術理――人が動死体と化す仕組みを思い返した。

・呪災は『冷気』を媒介にした、不特定多数対象の呪詛である。
・対象に『陰』の氣を帯びた冷気を憑り付かせて、体内の『陽』の氣を相殺。
・自前の『陽』の氣が完全に相殺されると死に至る。
・『陰』の冷気に充ちた死体は、陰陽の流動により、外気中から『陽』の氣を取り入れて半永久的に活動を続ける。

24 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/10/31 03:11:52 ID:???
陰陽五行の理において、火は『陽』、水は『陰』といった具合に、森羅万象の事物は
『陰』と『陽』に分類され、陰陽の相関・流動によって世界は成り立つと考えられている。
陰陽の流動とは、氣の流れである。天地の氣が巡る通り道である龍脈、その終着点である龍穴は、
良質の氣が溜まるパワースポット――氣場なのである。
云わば、氣の流れとはエネルギー。
天に氣があり、地に氣があるように、人体にも氣の流れは存在し、それを『経絡』と呼ぶ。
人の『死』とは、体内の氣の流れ―――呼吸、血流、神経信号…経絡の一切が停止した状態のことをいう。
呪災で死んだ者が、死してなお活動を続けるのは、呪いの効果で強制的に体内の氣の循環が保たれているからだ。
それらは死体でありながら、経絡の循環に於いては不死性を持つという、一種矛盾した状態にある。

"冷気の呪いは、死者に『不死性』を与える。"
フーは呪災を『虐殺に特化した呪い』と語ったが、
本来の目的が『殺す』ことではなく『経絡の活性化』にあったとしたらどうだろう?
秦の始皇帝が、道士徐福に命じた『あの目的』、
大陸の支配者たる者が求め続けた、お決まりの欲望が、『実験』の根元に見えてきはしないか?

冬宇子の思索は、男たちの戦況によって中断させられた。
格闘戦の果てに、ブルー・マーリンが、ジンの頭部を地面に打ち付けたのだ。
今しも止めを刺さんばかりのブルーの気勢に、冬宇子は声を張り上げた。

「お待ち!その男はそのまま殺さしゃしない!!!」

水符を使った水行により、地盤の裂け目から地下水が噴き出し、
呪樹を燃やす猛火を消し止め、ブルーの攻撃を中断させた。
冬宇子にとって想定外だったのは、ジンに反撃の一手を繰り出す余力が残っていたことだ。
ジンが伏したまま後ろ手に繰り出した拳には、打撃力の化身――埋伏拳が充填されていた。
拳に込めた累乗の打撃が、ブルーの鳩尾に叩き込まれる。

何時の間にかブルーの元に駆けつけ、共に吹っ飛ばされた頼光。
ジンは、大上段から見下す視線と共に、男二人に嘲りの言葉を投げた。

>「君は暗君だよ。戦いに飢えた獣だ。目先の欲望に忠実で、他人を顧みない……人の上にも前にも、立てる器じゃない。
>両親が認めてくれた?両親だから認めてくれたの間違いだろう。
>子の事となれば、大抵の親はおかしくなるものだ」

水浸しの大地に突き出す枯れ枝の、燃え滓の燠き火に照らされて、男の表情が垣間見えた。
その顔は、嘲笑を浮かべ、侮蔑を滲ませていたが、
瞳の奥底には、嘲りとは別種の感情が沈み、時折水面に浮かび上がる魚燐のように閃いていた。
憎悪にも似たその暗光は、ブルーへの嫉妬だ―――と、冬宇子は直感した。
お仕着せの価値観を疑いもせず、自明なものと受け入れて誇る、ブルーの幼さを、暗愚さを、
見下しながらも、ジンは心の何処かで羨んでいる。
それが真実であるかは、彼にしか判らない。
借り物の正義と自己犠牲を、その意味も知らぬままに振り翳して、正義の熱血漢を気取っていた森岡草汰を
浅ましいと軽侮しつつも、貪欲に他者の気を惹き、愛情を得ようとする姿勢に嫉妬した冬宇子自身の経験が、
そういう印象を抱かせただけかも知れぬ。
彼らは自身の愚かしさを知らぬが故に、得ることを怖れない。
ブルー・マーリンは僅かの迷いも無く拳を振るい、森岡草汰は自分にとっての『いとおしい者』を見つけていた。
それらは武人としての誇りを捨てたジンや、愛情を得る資質がないと孤独を受け入れた冬宇子には
決して得られぬものなのだ。

25 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/10/31 03:30:13 ID:???
再び、ジンが動いた。
ブルーの顔を狙い、爪先で泥濘を蹴上げて目潰し。
次いで地面を抉るほどの跳躍。一気に距離を詰める。

>「な、なんでだよ、あんた!
>あんた、この国の武人で!術も使えて!武勲も立てた軍人だったんだろ!
>なのに、なんでそんな辛そうな貌しているんだよ!」

繰り出された拳打を浴びたのは、ブルーを押しのけてジンの前に飛び出した頼光だ。
拳が胸を貫いた瞬間、頼光の身体から呪力を帯びた根が飛び出し、ジンの身体を絡め取った。
木行使いの頼光が、ジンの体内の『土氣』を吸収しているのだ。
打撃力の化身である土精の小鬼―――埋伏拳に肺腑を冒された冬宇子を救った時と同じように。
ジンに絡み付く呪根は空中で千切れ、頼光は放物線を描いて落下、冬宇子のすぐ足元の泥濘に墜落した。

ジンが、自らの体内に埋伏拳を潜伏させている理由は、二つ。
一つは、攻撃力の増幅。打撃に埋伏拳を相乗することで攻撃力を高める為。
一つは、防御。
恐らくジンは、相手の拳筋から攻撃の当たる場所を予測し、そこに体内の埋伏拳を移動させることで
衝撃を相殺している。
武闘の達人であり術士である、ジンだからこそ可能な戦法。
一方のブルーは、常人離れした膂力、脚力を持つものの、術の心得は無い一介の冒険者。
埋伏拳が体内に残っている限り、肉弾戦においても、ジンが圧倒的な優位性を保つ。
しかし逆に言えば、埋伏拳さえ封じてしまえば、ブルーにも勝機はある。

冬宇子は、死んだ蛙のような体勢で泥土に沈む頼光を見遣り、泥濘にぞぶぞぶと足を踏み入れた。
うつ伏せに倒れた頼光の襟首を引っ掴み、泥に埋まった顔を引きずり出す。
薄暗い視界、傷は定かには見えないが、土臭さに混じった血の匂いで負傷が軽くないことが伺えた。
泥濡れの頬を平手で引っ叩き、掴んだ襟首ごと頭部を激しく揺すぶる。

「生きてるかい?生きてるね?!
 死にかけてるとこ悪いが、あんたの力を貰うよ。
 最後まで耐え切れずに死んじまうかもしれないが、恨みっこなしだ。
 なァに、あの兄さんが奴に負けちまったら、どのみち私らも、奴に殺されて後を追うことになるんだ。
 私達は一連托生なんだよ。
 勝って生き残れりゃ後で治してやるから、発奮興起!ここが踏ん張りどころだよ!気合入れな!」

言って冬宇子は、泥の中から拾い上げた風呂敷包みから、一本の麻縄を取り出した。
左手で頼光の手を握り、縄を持った右手で虚空に五芒星を描く。

「出天門入地 上元陽三局 土剋発揚青竜! 黄帝緊呪縛!」

発声と共に、縄を放った。
冬宇子の膝に支えられた頼光の身体には、各所に蠢く根が現じている。
唱えた木行の呪言は、頼光を媒介に発動し、宿主の力を吸い取って麻縄へ。
頼光から木氣の残滓を吸収し、ジンの元へと一直線に伸びる。
たとえジンを緊縛したとしても、腕力で千切られてしまう脆弱な縄だ。
それでも彼の身体に触れさえすれば、体内から残り少ない埋伏拳を奪うには足りる筈だ。


【死にかけの頼光から木氣を搾り取る鬼のような行い。緊縛の呪いを施した麻縄に込める】
【目的は、縄に触れたジンから残りの埋伏拳を吸い取り枯渇させること】

26 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/11/01 22:49:18 ID:???

(っし!これで最後や!)
最後の六芒星を描ききり、無事フェイの陣に上書き完了。
これでフェイは、自身の術を行使出来なくなる。
その上、書き加えるということは「円陣の支配権の交代」を示す。
だが最後まで油断は出来ない。あかねの実力はフェイの実力に遠く及ばないからだ。
支配権の交代も、精々位置をずらすくらいのものだ。

>「私達に失うものはないと言ったな…大間違いだ。ここで死んだら
  『目的を達成できなかった』という後悔が絶対に残る…私が言いたいことがわかるか」

マリーは鳥居少年を簀巻きの要領でコートに包み、振り回し始めたではないか。
あかねは彼女の意図には気づくことなく、驚愕に目をまん丸くさせた。

>「あれえーーーっ!」
「えええええーーっ!?ついに気でも狂うたかマリーはん!?」

勿論、違う。マリーは自らの仮説を証明するため、『試し』に駆けたのだ。
先に彼女の腹案に感づいたフェイは、対抗すべく森羅万象風水陣を展開しようとする。
が、果たして術は事象を起こすことなく沈黙している。
フェイは訝るが、直ぐに誰の仕業か気づいたようだ。あかねはしてやったりと笑ってみせる。

「うえええっ!?大丈夫なんお爺ちゃん!?」

しかしここから驚くべき行動にでる。
なんとフェイは、腕を犠牲にすることすらいとわず、身を挺して鳥居を止めてみせたのだ。
あかねは一瞬、フェイが自分達を殺しにきていることも忘れて身を案じてしまうほどに驚愕した。

『あのご老人、もう長くは戦えないと思います。止めを刺すなら今です……!』

そして同時に、証明されたことも幾つかある。
戦闘に特化したいぐなは、フェイがこれ以上戦い続けることは不可能だろうと先見した。
止めを刺す、という言葉に、あかねは顔を強張らせた。

>「……後いが残る、か」
>「儂とて、同じじゃよ。誰だってしたくないものじゃ、後悔なぞ。
  例え、ぬしらを殺した後で、後悔する事になると分かっていても……儂は、目先の後悔から逃げたくない」

取り憑かれたような語気で語るフェイ。
老いさらばえた瞳は、死すら厭わぬ尋常でない「覚悟」を宿していた。

>「後は……ぬしらには、これを返してやろう」
「ッ……!(使えない陣を『敢えて』使こてきよった!)」

六芒星を上書きした円陣が、あかねと鳥居の真下に移動してきた。
全身から精力が失せて行く喪失感に、危機感を覚えた。
一度上書きした術は取り消すことが出来ない。あかねは真下の円陣に強く集中した。

27 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/11/01 22:49:39 ID:???

「出るんや、鳥居はん!ウチらが滅ぼされてまう!」
>「円陣のなかの閉じた世界。ぼくやあかねさんを拒絶する世界。滅びの世界。
  こんな世界もういやです。マリーさん、受け取ってください!」

鳥居が虚脱感で出れなくなってしまう前に、あかねは円陣の位置を強引に「ずらし」た。
その隙に鳥居は鉄槍を渾身の力で振り抜くや、ぽおんと跳ね上がり脱出。
あかねもいぐなの頭に飛び乗って、脱出に成功した。

>「あかね!後は頼んだ!」
「た、頼んだって何を……ひょぇぇえええええ〜〜〜〜〜〜っっっ!?」

マリーの大声に反応して振り返れば、そこには泥人形たちの群れ、群れ、群れ!
フェイが己の血で創り出した、不死の兵士達の威圧感たるや、その恐ろしさは想像に難くない!
鳥居が投擲した鉄槍のお陰でマリーは無事逃走済みだ。
しかし、逃げた敵をみすみす目で追うだけの役割を泥人形たちが果たす筈もなく。
標的を突き殺さんと、大群で攻めてくる!

「嫌ぁああ〜〜〜〜!悪夢とかいう域超えとるでコレぇぇえええっ!!」
『ピーピー喚かないでくださいっ貴女、仮にも術者でしょう!?止める手立てはないんですか!!』

――命持たざる者達にとって、血は命を得る通貨に等しい。
泥人形たちはフェイの血を命の糧とし、紛い物の生を手に入れている。
塵から生まれた偽物の命。偽りの魂。彼等もまた、『魔』と呼べる存在だ。

「"不死"なんて、そないな御伽めいた物ない……輪廻巡り、今生にある物は必ず朽ちる!
 諸行無常!作られた物はすべて、永遠に留まるなんてこと出来はせん!」

「盛者必衰」の道理。それらに反する存在を、あかねは許せない。
父の横顔が脳裏を過ぎった。苦虫を噛み潰したかのように顔を歪め、あかねは叫ぶ。

「爺ちゃん、アンタは言うたな!命は廻る、魂は消えたりなんかせぇへんて……
 道理や!抗えん摂理や!けどなァ!落とすんだけは命だけやない!今まで築いてきたもん、全部落っことしてまうんやで!」

あかねの手が印を結ぶ。ずずず、と六芒星を上書きされたフェイの陣が、移動し始める。
今、彼女に憑依する「犬神」の属性は――「土」。
集中力を最高に高めたあかねの霊力に、属性が追加され、隠匿された円陣を支配下に置きやすい環境だ。

「死んだらなぁ!大好きな家族にも二度と会えん!口も聞けん!手も握れん!残された人は、寂しいことばっかや!
 例え絆があっても、魂は消えんでも、縁が繋がっとったとしても……残すのも残されるのも、今のウチは勘弁やぁーーっ!!」

『魔の存在できない世界』――それらが今度は、泥人形たちの下に設置された。
これで人形たちは足止めを食らうことになるだろう。

「命亡き傀儡よ、今生を彷徨う仮初の魂よ、塵 は 塵 に 還 る べ し ! 」

泥人形たちを停止させるべく、あかねの破魔の術が行使される――――!

28 :ブルー・マーリン ◆Iny/TRXDyU :12/11/05 14:49:50 ID:???
「ぬぉっ!!?」

吹き飛ばされることに驚き、さらには

>「おらぁ!どけええ!あとは俺に任せやがれっ!」

武者小路にまで飛ばされるという二連撃を食らってしまった

「あ、あの野郎…!」

根っこを力任せに引きちぎる、その効果はしってはいるが考えてはいなかった

>「仲間に両親、だったか。……薄っぺらいな、君の言葉は。
 たかが殴り合いがしたくて彼らの傍を離れた君が、一体どの口で彼らを仲間だなどと言えるのだね。
 まさか、彼らを信じて私を討ちにきたという訳でもあるまい」
>「君は暗君だよ。戦いに飢えた獣だ。目先の欲望に忠実で、他人を顧みない……人の上にも前にも、立てる器じゃない。
 両親が認めてくれた?両親だから認めてくれたの間違いだろう。
 子の事となれば、大抵の親はおかしくなるものだ」
>「君は随分と機嫌を損ねていたが……本当は自分でも分かっていたんじゃないのか?
 人間、図星を突かれると、怒るくらいしかする事がなくなるから……ね!」

彼の言う言葉は間違っていなかった
実際にブルーは自分の行動に気付いた、結局ブルーはそれをあまり考慮していなかった
だからこそ彼は…ブルーは…泣いた

「フッ、フフッ、そうだなぁ…俺、間違ってたわ」

それは言われたからの悔し涙?、それはジンにそのことに気付かされたことへの羞恥からの涙?
違う

「ありがとう、俺は…親父から言われてたことを忘れてたわ」

それは……感謝の涙だった

(…『人に立つなら人を考えろ』、昔からの俺達の教えか…全然考えてなかったなぁ)

そう考えると、ブルーは立ち上がった

「……まだまだ未熟……親父の言うとおりだったな、俺は勘違いしてた……」

と、胸に手を置きつぶやく

「さぁて、行くか、俺自身と、俺の仲間たちの命を守りに……な」

そう呟き、走り出す

しかし

「おまっ!」

そんなつぶやきに反比例したジンの攻撃であった

「ちょっ!、これは卑怯というもんだろ!」

さっきまで涙を流したせいで全然泥が取れない

「痛い!、目が超痛いんですけど!、助け…オブッ!」

さらに目から泥を取ってる最中、既に武者小路が吹き飛ばされているのに気付かず

彼は足を滑らせ『転んだ』、しかし同時に右足に感触があった

「ん?、なんか当たった?」

ようやく見えてきた視界に入っていたのは

右足が突き刺さった状態でブラブラしてるジンの姿であった

「あ……あら?」

その右足に当たった場所

そこは男ならだれしもが弱点

そこは男の勲章

そこは……『股間』であった

「…………………、だ、大丈夫ですか?」

偶然の幸い、なんと転んだおかげでジンの攻撃を回避

さらには『そこ』への攻撃が偶然にもできたのだから

しかしそんなところに攻撃する気がサラサラなく、というより完全な隙が最低な攻撃へと繋がってしまった

そしてそんな状態にあるジンを見て(自分がこうなったら…)と、顔を青ざめさせてなら無事かどうかを確かめる


もしジンに非があるとすれば………………ブルーへのめつぶしを行なったことだろう
ブルーはもちろん、狙ったわけではないのだから、もし目潰しをやっていなかったら………まだ攻撃が当たる可能性は高かった
まだマトモに『戦い』ができた………
【目潰しに怯んで滑ってしまい転ぶ、さらに転んだ後に跳躍して
ジンの着地場所に偶然右足が突きだしてありそこにジンは武者小路にあたった攻撃により気付かず、………悲惨な結果になってしまった】

29 : ◆u0B9N1GAnE :12/11/06 21:33:46 ID:???
>「あなたがここから動けない理由は何かを守るため。でも守る理由は?
 もしかしたら守らざるえなくなっちゃったとか。誰かにここに閉じ込められちゃってるとか。
 この閉塞された世界から抜け出すためには……死ぬしかないとか?」

鳥居の詰問にフェイは笑った。
嘲笑ではない。子供を相手に時折ふっと零してしまうような笑みだった。

「……ぬしは、子供じゃのう」

仕方なく、これ以外に手がなくて、フェイは君達を殺そうとしている。
そんな訳がない。仕方なくで奪えるほど、人の命は軽くない。
ただ、仕方ないと思いたがる人間がいるだけだ。
自分はそんな邪悪な人間じゃない。そんな邪悪な人間がいる筈がない。
殺人を犯した自分を少しでも綺麗に保つ為に。
人間という自分を含む大きな括りが善良なものであって欲しいが為に。
人は殺人を仕方ない事にするのだ。

それは良く言えば、人間を信じているからこそ抱ける考えだ。
鳥居は信じているのだろう。
この老人は純粋な殺意や悪意を以って自分達を襲った訳ではないのだと。

>「おじいちゃんも吸血鬼になりたいですか?言うこと聞かないと噛みます!」

だが違う。
フェイは確かに、自分の意思で君達を殺す事を選んだのだ。

「それは……困るのう。この場で誰も死ぬ事なく戦いが終わる。それだけは……困る」

周囲に、まだあかねに侵されていない円陣を寄せ集める。
マリーに接近された時と同じだ。
彼はこのまま自分ごと鳥居を貫くつもりだった。
とは言え、吸血鬼である鳥居がただの鉄槍で命を落とす事はない。

「そもそも、そんな事をすれば……ぬしらとて困った事になるじゃろうよ。
 己の知人を化物にされて、いい思いをする者など、そうはおるまい。のう?」

けれどもフェイは、君達が自分をフーの元へ連れていきたいのだと知っている。
ならば鳥居は無理にでも自分を生かそうとするだろう。
そしてフーとの兼ね合いを考えれば、自分を吸血鬼にする事など出来る訳がない。
その隙を突けば体勢を立て直す事はまだ出来る――筈だった。

次の瞬間、彼は喉に強い衝撃を感じた。
マリーだ。この場に来られる筈のない者の襲撃に、術の発動が一瞬遅れる。
そしてその一瞬は、マリーが目的を果たすには十分な時間だった。
フェイの喉元を掴んだ彼女は勢いのままに彼を手習所へと押し込んだ。
薄い木の戸は容易く破れて、フェイは手習所の中に倒れ込む。
背中に取り付いていた鳥居が下敷きになったが、今の彼なら平気だろう。

>「命亡き傀儡よ、今生を彷徨う仮初の魂よ、塵 は 塵 に 還 る べ し ! 」

マリーの体越しに破れた戸の外を見る。
そこでは尾崎あかねがフェイの術の制御を奪い、泥人形の群れを滅していた。

「なんたる才傑……。相手を、見誤ったか……」

フェイは驚愕を隠し切れず、言葉を零す。

30 : ◆u0B9N1GAnE :12/11/06 21:34:07 ID:???
例えば妖魔を封印する事と調伏する事では、後者の方が圧倒的に困難だ。
調伏は、ただ力任せに自由を奪うだけの封印とは違う。
妖魔を完璧に制御して、逆らう事は許さぬまま力を振るわせねばならない。
あかねはそれを、森羅万象風水陣を相手にやってのけたのだ。
それも恐らくは、無意識の内に。
彼女やその同行者が、彼女の事をどう思っているかはどうあれ、それは才傑としか言いようのない離れ業だった。

「……どうやら、手詰まりのようじゃの」

フェイが全身の力を緩めて、床に身を預ける。
手習所の中には何人かの子供が転がっていた。
彼らは君達が手習所に雪崩れ込んだ騒音にも、まるで反応を示さなかった。
注視してみれば胸は微かに上下している。どうやら死んではいないようだ。

「見られてしまったか。何人たりとも踏み入らせまいと、決めておったのじゃがな」

それがフェイの守っているものである事は、最早明確だった。

「……じゃが、ぬしらにならば、最早構うまい」

最早フェイは抵抗の素振りを見せなかった。

「のう、少し、この老いぼれの話を聞いてはくれぬか。
 何故儂が、ぬしらを襲ったのか……ぬしらとて、分からず仕舞いでは据わりが悪かろう」

代わりに、マリーに取り押さえられた状態のままで語り出す。

「この子らは、儂の門弟なんじゃ。賢く、いい子ばかりじゃが……見ての通り、皆、まだ幼い。
 故に……呪いの寒波がこの子らを侵すのは、本当に早かった」

冷気の呪いは体力に乏しい者ほど早く進行する。
加えて不運にも、フェイの術はまず円陣の準備から初めなくてはならない。
術の準備が終わった頃には、子供達は既に死の淵にいた。
それから火を焚いて、陽の氣を生み出し、呪いを祓うだなどと冗長な事をしている猶予はもうなかった。

「呪いを祓う暇はなかった。故に儂は、せめてこれ以上、呪いが進行せぬようにした。
 閉じた世界で天地を挟む事で、この空間を『空』と化した。
 天地がいかに移ろおうとも、空は決して変わらず、ただそこにある……それが道理じゃ」

空の性質を付与された空間。
君達がついさっき小休止を取った、冷気の及ばない場所。
言葉を変えるならそれは結界だった。
封印ではなく、保存を行う為の結界を作り出す事で、フェイは子供達を延命したのだ。

だが、それも所詮は当座凌ぎにしかならない。
火行を扱う為に『空』の状態を解除すれば、解呪する間もなく子供達は死んでしまう。
フェイの体力が尽きて術が解けても同じだ。
けれども彼は手習所の傍を離れる訳にもいかない。
そもそも何をするにもまず施陣が必要な彼の術は、動死体の徘徊する夜の街を歩くにはあまりに不向きだ。

それでも、子供達を助ける術は、まだあった。

「……命は損なわれる事はなく、ただ廻るのみ。
 儂の森羅万象風水陣は、小規模な世界を再現する術じゃ。
 故にその中で命を落とした者がいれば、その者の命を陣の中で巡らせる事が出来る」

すなわち円陣の中で誰かが死ねば、その命を子供達に与える事が出来た。

31 : ◆u0B9N1GAnE :12/11/06 21:35:14 ID:???
「初めは……儂がこの、老い先短い命を捧げるつもりじゃった。
 じゃが、いざ死を前にすると……覚悟に雑念が混じった。
 儂一人の命で、この子ら皆が生き延びる事は出来るのか。
 儂が死んだ後で、この子らは無事に安全な場所まで逃げられるじゃろうかと。
 それらを言い訳にして……儂は、誰か……誰でもいいから、別の人間を贄にしようとしたんじゃよ」

フェイの目から一筋、涙が落ちる。
そこに溶けた感情は無念ではなく後悔だ。
子供達を助けたいという彼の願いは、心からのものだった。
なのにそれを他ならぬ彼自身が、自分の為に、人を殺す理由に使ってしまった。
その事が深い後悔を彼の心に落としていた。
しきりに相討ちを狙っていたのも、自分は確かに死ぬ覚悟はあるのだと、自分自身に言い聞かせる為だった。

「ぬしらには、すまぬ事をした。……じゃが、初めに会うたのがぬしらで、良かった。
 おかげで儂は、誰も殺せぬまま、死んでゆける」

君達は善人だ。
少なくともフェイの目から見て、見ず知らずの子供達をどうにか助けてくれるくらいには。

フェイが右腕を素早く懐に潜らせる。
そして隠し持っていた短刀を取り出した。

もしも彼がその刃を殺傷に用いたのなら、君達は容易くそれを阻止出来るだろう。
マリーは凄腕の暗殺者で、鳥居に至っては短刀などでは手傷も負わせられない。
弱り切った老人が不意を突けるほど君達は弱くない。

「止めてくれるなよ。残された者が何を思おうとも、ただ生きていて欲しい。
 それも一つの愛情じゃ。分かるじゃろう」

だが違う。彼は短刀を自決に用いるつもりだった。

君達に己の事情を語ったのも、罪の告白なんて真っ当な理由ではなかった。
フェイは君達の心に『躊躇い』を植え付けようとしたのだ。
フェイの自決を阻止する事は、つまり子供達を見殺しにするという事だ。
人間は心の持ちよう次第で、出来ない事が出来るようになる。出来る事も出来ないようになる。

君達はフェイを『ただ助ける』事は出来ない。
彼が君達に打ち込んだ躊躇いの楔を外すには、確固たる意志が必要だ。
すなわち『子供達を見殺しにしてでもフェイを助け、目的を達成する』という決意が。
あるいは『自分達ならばフェイも子供達も、両方助ける事が出来る』という確信が。
もちろんフェイの意志を尊重して、彼を助けないという選択肢だって、存在する。


【フェイをとりあえず助けるという行動は今回取れません。

 子供達を見殺しにする。
 フェイの意志を尊重する。
 両方を助けられると確信の持てる手段を考えた上で、フェイを助ける。
 何も選べない。(死なせたくはないけど、助ける術が思いつかない)

 選択肢は大体、この四つとなります。
 誰かがフェイを助けた場合、その時点で次のターンに進みます。
 正直今回は出来る事が少ないので、そういう感じになってしまいます。すみません】


32 : ◆u0B9N1GAnE :12/11/09 22:39:13 ID:???
頼光と倉橋の妨害は、ジンの体内の埋伏拳を瞬く間に消耗させていった。
ジンに焦りが生じた。平時ならば埋伏拳に与えて消し去る事の出来る感情が。
決着を急いた彼が深く踏み込む。そして――不意に彼の視界から、マーリンが消えた。

>「…………………、だ、大丈夫ですか?」

ジンは答えなかった。
俯き、深く息を吐いて、それからゆっくりとマーリンと目を合わせる。

「……お構いなく、だよ。平気とは言い難いが……これからもっと、君の方が悲惨な目に遭うのだからね」

彼の双眸からは、先ほどまで爛々と放たれていた闘志と敵意の光が消えていた。
代わりに浮かんでいるのは、失望だ。

ジンの体内には後一体だけ、小鬼が残されていた。
本来ならば拳に込められていた筈の、最後の埋伏拳。
それを彼は防御――蹴りの相殺に用いたのだ。

「残念だよ、本当に。私はね、今まで一度たりとも、戦いを楽しんだ事はなかった。
 そんな感情はずっと、埋伏拳で消し去ってきたからね。
 だが……最早武人とは名乗れぬ所業に身を窶して、最後くらいは。
 そう思う気持ちが、私の中には微かにだが、あったんだ。それがこんな結末を迎えようとは」

『君』は自らマトモな『戦い』を放棄した。
『ブルー・マーリン』にそのつもりはなかろうとも、それは確かな事だ。

ブルー・マーリンは頼光とは違う。
生まれついての三枚目でもなければ、武勲に目が眩み、図星を突かれた憂さ晴らしでジンに戦いを挑んだ訳でもない。
君は彼に一騎打ちを、真剣な勝負を挑んだのだ。
最後の最後で、薄っぺらな幸運で勝ちを拾えるほど、勝負とは甘いものではない。

ジンが拳を固め直し、振り下ろす。
満身創痍の体を地に投げ出して、全体重をかけた拳を、倒れたマーリンの顔面に突き立てる。

君はきっと、相当に痛い思いをする事だろう。血を見る羽目にもなるかもしれない。
だが――それだけだ。ジンの埋伏拳は一撃必殺の暗殺拳。
だと言うのに君は、死なずに済んでいた。

「……一手、足りなかったか」

ジンには最早、新たに子鬼を作り出す余力はなかった。
先ほど防御に用いた埋伏拳が、正真正銘、最後の一手だったのだ。

彼は百戦錬磨の戦士だ。暗殺者という職務柄、急所への攻撃に対する脅威も熟知している。
幾多の戦いの中で培ってきた経験が、もう一度家族の元へ帰りたいという願いが、彼の判断を狂わせた。
致命の一撃に対して咄嗟の防御を取らせてしまった。

ジンはふらついて、膝を突く。
彼は既に立っている事すら出来ないほど疲弊していた。

33 : ◆u0B9N1GAnE :12/11/09 22:39:50 ID:???
「私の……負けだ。確か……私を吊るし上げて、洗いざらい喋らせてやる、だったかな……」

ジンが倉橋の方へと振り向いた。

「最早、私に抗う術はない。全て甘んじて受け入れよう。
 吊るし上げるのは……出来れば遠慮したいところだが」

そこで一度言葉を切って、深く息を吸う。

「とは言え、私が何を求め、何を守っているのか……君にはもう、検討が付いているんじゃないのかね。
 もっとも、守っていると言うのは間違いだ……。より正しくは、守りたかった、なんだよ」

自嘲気味にジンが笑った。

「呪災が起きた時、私は家を離れていたんだ。
 異変に気付いて、家に戻った時には……既に遅かった。
 私の家は暴徒と化した民に押し入られていたよ。元校官の家なら、食料も金も、蓄えがあると思ったのだろう。
 妻も娘も、門のすぐ傍で……胸を刺されて倒れていた」

だが、と彼は言葉を繋ぐ。

「二人はまだ生きていた。本当に、辛うじてだったが。
 だから私は埋伏拳を使って、血管を塞ぎ、心臓を動かして……二人を無理矢理、生き長らえさせたんだ。
 皮肉な事に……この呪災が、その助けとなったよ」

埋伏拳による延命によって彼の妻子は辛うじて死を免れた。
冷気の呪いによって肉体は限りなく死者に近づき、生命活動は最低限しか行われない。
二人はいわゆる、仮死の状態に陥ったのだ。つまり、

「生き長らえさせたと言うのも、少し違うかな……。そう……ただ、死んでいないだけ。
 それが精一杯だった。二人を蘇生するには……呪いを相殺して、更に傷を癒す為の、
 膨大な陽の氣が……生命が必要だったんだ」

だから彼は、人々からそれを奪って回った。
武勲も、武人としての誇りも、どうでもよかった。
彼はずっと、国の為、民の為にと戦い続けてきた。
数多の敵を殺して国を栄えさせる事で、民を戦火や貧困から守ってきた。
だと言うのに、他ならぬその民に、妻子を死の淵に追いやられ――その時、今まで積み上げてきた全てが酷く下らないものに思えたのだ。

「あと少し……あと少しで、足りる筈なんだ……。諦める訳には、いかない……」

ジンが拳を握り、ゆっくりと立ち上がった。
双眸に再び強い意志の光が宿る。けれども――それが限界だった。
体内の土氣を失った彼の体力は、決して回復する事はない。
息は乱れたままで、直立もままならず、彼はどう見たってもう、戦えそうになかった。

それでも彼は諦めない。
あと一発でいいのだ。
あとたった一発の埋伏拳を生み出すだけで、彼は妻子を救う事が出来た。

「……なぁ、フー。君には迷惑をかけてしまったが……君と私の友誼に免じて、一つ、頼まれてくれないか。
 私の妻と娘を……守ってやって欲しい……。君の所なら、きっと、安全だろう」

ジンが自分の胸を力なく叩いた。
少し勘が働けば、君達は彼がこれから何をするつもりなのか、理解出来るだろう。
最早戦う事の叶わない彼が、妻子を助ける為に取れる行動は一つしかない。


34 : ◆u0B9N1GAnE :12/11/09 22:40:11 ID:???
「これで最後だ。頼むぞ、埋伏拳……私の命を、二人の元に届けるんだ……」」

ジンは僅かに残った体力の全てを振り絞る。
そうして生み出された最後の埋伏拳が、彼の体内に潜り込んだ。

『なっ……!だ、駄目ダ!おい、彼を止めロ!止めてくレ!』

フーの映し身が声を張り上げた。

体力の搾りかすとも言えるその子鬼は非力で、彼の命を引きずり出すまでには、いくらか時間を要するようだった。
しかし、彼をただ止めるだけでは、何の意味もない。
縄で縛り上げでもしない限り、彼は何度だって自決を図るだろう。
あるいはその過程で体力が尽きて、動死体と化してしまうか、だ。

それにジンを止めた結果、もし彼の妻子が死んでしまったら、彼は再び、今度は確かな憎悪をもって君達を殺そうとするだろう。
そうなれば結局、君達は彼を殺さねばならない。
だったらいっその事、ここで死なせてやった方がお互いに幸せだとも言えるだろう。


【勝利条件、ジンを戦闘不能にするを満たしました。
 戦闘不能になったジンは、自分の命を妻子に捧げる為、自決を図りました。
 ただそれを止めるだけでは、事態は好転しないかもしれません。
 彼を死なせるという選択肢もアリです】


35 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/11/10 00:32:53 ID:???
頼光たちが大陸で激闘を繰り広げている同時刻。
日本は帝都の長屋で立花幽玄斎は術を取りやめ来訪者に向きかえっていた。

「どうでしたかな?」
壮年の域に達しようとする男が30前にしか見えぬ幽玄際に恭しく尋ねる。
男は知っている。
30前の若者に見えてもその実幽玄斎が、齢80を超える老人であり、転生術を使って復活を果たした紛れもない天才である、という事を。
「さすがに無理ぢゃったわ。大陸だと遠すぎてどうなっておるかなどわからん。
仕込んだ術も消えてようぢゃしな」
頼光自身の知らぬうちにその体は幽玄際の実験道具となっており、様々な術が仕込まれている。
故に頼光がどこで何をしているか把握する事もできる、はずなのだが、流石に距離が開きすぎていたのだ。
それに知る由もないが、冬宇子が頼光の体内の木気をはぎ取ったことも関係していた。
失敗の言葉とは裏腹に幽玄際の声に失望の色はない。

まるで退屈しのぎが一つなくなった程度の様子に壮年の男は不思議そうに尋ねる。
「お孫さんが心配ではないので?」
その問いかけに幽玄際はさもおかしそうに、そして無邪気に笑い、応える。
「くっくっくっく、あ奴は孫ではあるが所詮は苗床にすぎん。
本来わしの転生と引き換えに朽ちるはずがどうこをどう間違ったか生き延びた故に退屈凌ぎにそばに置いているだけぢゃて」
そして男の目の奥を見つめ、言葉を続ける。
「お前さんもわしの孫の事などどうでもよかろうに」
この男が転生を果たした天才を監視する為に使わされた者という事を幽玄際も知っている。
この二人の間に頼光の存在など芥ほどの価値もないのだから。

だがそれでも幽玄際はこう付け加える。
「なあに、大陸であろうが土がある限り、死ぬことはなかろうて」
と。

36 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/11/10 00:40:00 ID:???
星は、夜の帳が降りた暗闇の中でこそ、その瞬きを顕す。
あまりの弱さゆえに他の光の中ではその姿を見せることができない。
それと同じことが頼光の体の中で起ころうとしていた。

膨大な土気を吸収した頼光の木気ははじけ飛び、更に微かに残っていた残滓すらも冬宇子によって搾り取られた。
頼光の体内にはもはや埋伏拳に抗う土気はなく、泥に沈み死を待つのみ。
だが、だからこそ【それ】は姿を現したのだ。
動死体に襲われ生命の危機に瀕しても、ジンとの戦いにおいても、冬宇子の木気を吸い取る術でさえも弱すぎて反応しなかった。
目覚めなかった【それ】が。

体内に撃ち込まれ過剰に吸収した膨大な土気。
周囲を浸す退気の土を侮る膨大な水。
冷気の呪いを遮る冬宇子の術。
これらは頼光の体を肥沃な大地とし、それを食む一切の木気がないが故に、弱弱しく存在を奥深くに沈めていた【それ】を呼び覚ますことができたのだ。
消え入りそうだった【それ】は一気に体内の土気を貪り、水を吸い、爆発的に成長していく。

ブルーの顔面に強烈な一撃を入れて殴り飛ばした後、ジンの独白が始まった。
それは妻子の延命のため、武勲も、誇りも、全てを投げ打った男の悲しき独白。
あらゆるものを犠牲にし妻子を救いたいがために。
そしてその「あらゆるもの」にはジン自身の命すらも含まれる、という事を。

ジンの僅かに残った埋伏拳が自身に叩き込まれ、その命を吸い取ろうとしている。
妻子に届けるために。
>『なっ……!だ、駄目ダ!おい、彼を止めロ!止めてくレ!』
フーの叫びの響く中、泥の中に忘れられていた頼光がバネ仕掛けのように起き上がった。
だが起き上がる前に冬宇子は気づくだろう。
瀕死の重傷だったはずの頼光から膨大な陽の気が満ち溢れていることに。

立ち上がった頼光は全身泥まみれでその表情は伺い知れない。
が、それでもひとつわかることがある。
頭に大きな蕾が生えており、そこから金色の光が漏れ出ていることに!

よろよろと歩み寄った頼光はおもむろに手をかざし、ジンの胸にあてる。
その手からは細かい根が生えており、そう、ジンの体に潜り込んだ埋伏拳を吸収したのだ。
それと共にジンに活力が満ちてくることに気づくだろう。
それが意味することは…
「死なせはせん。私と立花ならば命を必要とせん」
発せられた声は頼光のそれではなかった。
冬宇子はその声に聞き覚えがあるだろう。
その声が、神獣唐獅子のものである事を!

以前頼光は牡丹の霊樹と唐獅子が融合し獣人となっていた。
幽玄斎の転生の術の為であり、術の達成と共に消失したはずであった。
しかし感知できぬほどの僅かではあったがその残滓があったのだ。
霊樹は木行、唐獅子は火行。
水と土により肥沃な大地を木を成長させ、木は火を生み出す五行循環。
他の木行がないからこそ、成しえた奇跡。

そしてジンに憧れた頼光の深層心理と朦朧としながらも耳の届いたジンの独白。
それが唐獅子を復活させ、頼光の身体を動かしたのだ。

ジンとの戦いで見せたように、土気を吸収し生命力とすることができる。
陰陽思想において木行も火行も陽の気に属し、神獣の力を合わせれば、ジンの命を必要とせずともジンの妻子を救える。
という説明を付け加えて。

唐獅子復活は、一度はその復活のあおりで人間に戻り神気を扱えるようになった鳥居も察することができるだろう。
懐かしき暖かなそして膨大な陽気が生まれる様を。
頼光を苗床に生える生命の象徴とも言うべき牡丹の霊樹の存在を。
自分が【死】から【生】へと反転したその様を。
それは土だけは十分にある、といったフェイの言葉と結びつき、陽気の供給の可能性を。

37 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/11/11 13:57:03 ID:???
フェイの口元から微笑みがこぼれた。声色も今までと違う。
不思議に駆られた鳥居は、背中ごしに彼の横顔を覗き込む。
それは一瞬だった。鳥居の記憶と現実が交差する。

いつごろなのかもどこかもわからない世界で、
鳥居は影に背負われながら、細い道をゆらゆらと進んでいた。

(どこへゆくの?)
「ヤスラギノクニダ」
(ふーん)
影の背中は心地よかった。ずっとこのまま囚われていたい。うつらうつらと溶けてゆく意識。
すると女がどこからともなく現れてすごい勢いで影を押し倒す。

(だれ!?くらはし?あかね?…もしかして、……おかあさん?)
ゆりかごを爆破される感覚。その後、背中に走る衝撃。
女の塊は、最後にマリーの姿となって鳥居は現実に返された。

「ぷぎゃ!」
気がつけば手習所だった。その中では子どもたちがすやすやと寝ていた。
鳥居がフェイの背中から這い出ると、フェイはマリーに取り押さえられたまま
子どもたちを助けるために、誰かの命が欲しかったのだと語る。
老人の目から流れる涙をみて、鳥居は胸を締め付けられた。
吐露された感情は普通の老人のものだった。決して彼は狂ってなどいない。
ずっと悩んで苦しんでいたのだろう。

「どうしてこんなことに…いったい誰がこんなことを…」
そう思うと鳥居の胸にはやり場の無い怒りがこみ上げてくるのだ。

>「止めてくれるなよ。残された者が何を思おうとも、ただ生きていて欲しい。
 それも一つの愛情じゃ。分かるじゃろう」

「……うう」
言葉を失う。鳥居の母親も、かつては病弱な鳥居を吸血鬼に変え、この世に繋ぎとめたのだ。
この子どもたちはフェイの愛情に包まれている。うらやましくも思い悲しくも思う。
その時だった。共鳴するかのように鳥居のなかの何かが震えた。
(これは…頼光の神気?でも少しちがう…。あ、もしかして唐獅子?頼光がまた何かしでかしたっていうの?)
鳥居は微苦笑し、フェイとマリー、その後ろのアカネに向き直る。

「あ、あのもしかしたらフェイさんも子どもたちも助かるかも。
なぜかっていったら、倉橋さんたちの向かった方角からすごい気を感じませんか?
たぶん頼光です。彼らともう一度接触できたら、誰かの命を犠牲にしなくっても、みんなが助かるかもしれません。
あの神気の力で、ぼくは瀕死の吸血鬼から人間に戻れたし復活できたのです。
それまで子どもたちの寿命がもたないっていうのなら、ぼくが噛んで吸血鬼に変えます。
でも、ほかに方法があったらそれが一番なんですけど……」

それは一種の賭けだった。うまくいかなければ呪われた存在を生み出すだけの行為だった。
助けようと思ったはずの子どもたちは、絶望して死を選ぶかもしれない。
だから確信が欲しいのだ。鳥居は答えを求めるかの如く悲痛な顔であかね、
そしてマリーを見つめた。

38 :双篠マリー ◆Fg9X4/q2G. :12/11/14 16:41:04 ID:IjIuzlb+
「だが断る。」
マリーはフェイの右手を短刀ごと掴み押さえつける。
「それであの子達が助かったとしても、誰がここから助け出すんだ?
 あなたの死体を見た子供達はどう思う?きっと私たちが殺したと思うぞ
 そうなったらもうお仕舞いだ。あなたは無駄死に、子供たちはここで亡者になる。それでいいのか!!!」
フェイから短刀を取り上げ、立ち上がる。
「せめて死ぬなら、そこまで準備してから死ね
 それか・・・もう少しだけ別の方法を考えてもいいと思うが」
その時、鳥居が何か閃いたのか、声を上げる。
鳥居の考えは、ここにいる子供達を吸血鬼に変え
鵺の時のように唐獅子の力で人間に戻すというものだった。
「絶対にやるな!忘れろ!」
マリーはその案を聞いた瞬間、眉間に皺を寄せ、一喝する。
「唐獅子の力が戻ったかどうだかは私には分からないが
 一度飲み込まれ、復活出来た君の言うことだから、恐らく当たっていると思う。
 だが、問題はそこじゃない。数だ。
 バケツ一杯の水で籠いっぱいの雑巾を洗いきれないように
 唐獅子の力にも限界があるだろ?それに山の一件を忘れ…アッ」
喋っている最中、何かに気がついたマリーは、フェイに向きを変えた。
「あなたはさっき自分の命を捧げてここにいる子供達を救おうと
 言っていたな。私は魔術や導術等には疎いんだが、それは一人分の命をここにいる子供達で分け与えて
 助けると考えていいのか?ということは、魂というのは切り分けることが出来る程度に融通が効く訳か
 なら、生きている魂はどうだ?今ここに四人分の魂と吸血鬼の魂一人分ある
 異常が起きないよう吸血鬼の分は考えないとして、ここにいる四人の魂を四分の一ずつ出し合えば
 一人分の魂になるだろ?それなら誰も死なずに助かるはずだ」
そういうとフェイとあかねを交互に見やる。
そして、生還屋に「逃げるなよ」と念を込めて鋭い視線を向ける。
「あなたが出来ないなら、あかねに任せるだけだ。それぐらいちゃんと出来るよな」
【鳥居の案を一括、魂をワリカンする案を提示し、あかねに軽く無茶ぶり】

39 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/11/15 22:47:25 ID:???
>>32-34 >>35-36
つい半刻ほど前まで、ここは裕福な商人の蔵屋敷が立ち並ぶ清国随一の問屋街だった。
それが今は、見る影も無く荒れ果てている。
大通りを中心に放射状に陥没した地盤は、噴出した地下水で水浸し。
田植え前の泥田の如き一帯に、僅かながら覗くのは、倒壊した屋根の甍と出鱈目に繁った呪樹の枝だけ。
燃え残り枝に炎がちろめき、燻る煙が闇空に棚引いている。
まるで地震、水害、火災が、一遍に街を襲ったかのような有り様だ。

その溜まり水の真ん中――かつては商店街の広小路だった一角に、四つの人影が見える。
一つは、泥濘に膝を付く男、清国元校官ジン。
二つは男女。洋装のブルー・マーリンと、襤褸切れのような着物を纏った倉橋冬宇子。
一際異様な形貌は、残り一つの人影――武者小路頼光だ。
全身に泥土を滴らせる男の頭には、仏冠さながらに鮮やかな緋牡丹が花開き、
芳香と共に、黄金の後光を放っていた。

ジンと冒険者達の戦いは終局を迎えた。
追い剥ぎ同様の殺戮は、暴徒に襲われた瀕死の妻子を救うため。
冷気の呪いで仮死状態に落ち入った妻子を蘇生するには、呪いを相殺するための膨大な『陽』の氣が
必要だったのだ。と、ジンは語る。
人体の氣の流れ――経絡に適合した陽の氣を、短期間で集めるには、
生ある人の命の狩るより他に方法は無かったのだ、と。
告白を終え、自決を図ろうとしたジンに、泥観音の如き頼光が歩み寄る。

>「死なせはせん。私と立花ならば命を必要とせん」

自らの胸に埋伏拳を叩き込んだ筈なのに、男の命は尽きない。
頼光が、翳した手から、体内の埋伏拳を吸収したのだ。
語りかける頼光の声は、荘厳で威厳に満ち、気の抜けたいつもの調子とは霄壤の差があった。
全身に、人のものとは明らかに違う、膨大な――『神気』と呼ぶに相応しい氣が迸っている。
冬宇子には既知の、その声、その氣は、一つの事実を指し示していた。
頼光の裡に眠っていた、神獣の復活。
妖獣・鵺と邂逅した洞窟で、致命傷を負った主を救うために同化した、花師立花家の守護霊獣――唐獅子が
同じ危機に瀕して蘇り、頼光は再び、極彩色の鬣を持つ獣人と相成ったのである。

緊張の糸が切れたせいか、冬宇子は、にわかに寒気が蘇ってくるのを感じた。
大気に満ちる忌まわしい冷風が、破れ着物を素通りして肌を冒し、足首を浸す泥水は容赦なく体温を奪う。
冬宇子は、体に凍み込む冷気から身を守るように、両の掌で二の腕をかき抱き、
獣人と化した頼光を見遣って、ぽつりと呟いた。

「あの馬鹿ったれのことを、ほんの僅かでも気遣って損したよ。」

あの男はいつだってそうだ。
勝手に騒動を起し、勝手に傷つき、勝手に復活する。
傷を負うのも癒すのも、何をするのにも他人の力を必要としない。

40 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/11/15 22:54:16 ID:???
霊獣は頼光の口を借りて語り続ける。
唐獅子の属性は火行。宿主たる頼光は術法の才こそ乏しいものの、天性の木行体質。
二つの膨大な『陽』の氣を以ってすれば、命の代償無くとも妻子の蘇生は可能である、と。

項垂れたジンを諭すような口調。
寒さと震えを堪えながら、淀みなく紡ぎ出される獣人の講釈を聞くにつけて、
冬宇子の胸に、苛立ちとも違和感とも付かぬ感情が込み上げてくるのだった。
頼光は、道義と感情の狭間で、割り切れぬ想いを抱えた男の葛藤を理解するには幼すぎ、
人ならぬ霊獣の精神は、聖邪入り混じった複雑混沌たる人間の心奥とは、別次元にある。
この獣人は、ジンが抱え込んでいる矛盾や撞着をまるで理解していない。いや、出来ないのだ。
次第に募ってくる感情は、はっきりと怒りの体を成して、冬宇子の気持ちに火を着けた。
泥濘の中、水音を響かせて、対峙するジンと獣人に歩み寄る。

「それで、この男を救ったつもりかい……?」

口から出た言葉は、思いのほか抑揚がなく静かな語調だった。
声を掛けられた背中越し、振り返った獣人は、炎の薄明かりに照らされても尚、蒼ざめた女の顔を見ることだろう。
その顔に、軽蔑と失望が浮かんでいるのも。

「妻子が助かれば、この男も救われる。
 万事丸く収まってめでたし、とそんな風にでもお考えかい?
 まさに単純明快!単細胞な馬鹿男の考えそうなこった。」

微かに口端を曲げて哂い、能面のような強張った顔で、ゆっくりと視線をジンに送った。

「この男が最期に、自分の命を以って、何を救おうとしたのか、
 教えてやろうか?
 ――――自分自身だよ。」

一度息を継ぎ、跪く男に視線を注いだまま、言葉を繋いでゆく。
皮肉を交えた口調、唇に貼り付けた嘲笑は、頼光だけでなくジンにも向けられている。

「妻子が元通り、無事に生き返ったところで、この男の犯した罪は消えやしない。
 この男はね、自分の罪深さと浅ましさを、ようく心得ているのさ。
 たとえ奪った命が、火事場強盗を働くような、ならず者どものだったとしても、
 肉親の命を助けたい一心で犯した罪だとしても、
 自分の欲望の為に、無慈悲な殺戮を繰り返したって点じゃあ、何も変わりゃしないんだからね。」

言葉は少しずつ熱を帯び、何時の間にか、身体の震えは止まっていた。
とめどなく想いを吐き出す冬宇子の脳裏に浮かぶのは、殺人鬼ヒト刺し―――森岡草汰の姿であった。
森岡と対峙した精神の最奥で、冬宇子は問いかけた。
『自分は我が身以上に大切なものを持っていない。お前は、お前にとって最も大切なものを理解しているか?』と。
森岡は、『それは拒絶であり、孤独の道だ』と言い残して去った。
反駁する間も与えずに消えていった男の言葉は、正鵠を射てもいたし、問いの答えとしては的外れでもあった。
冬宇子は、あの時、森岡にこう答えたかった。
「違う。自分は孤独を受け入れている。
 駄々っ子のように孤独を拒絶して、罪を犯したのはお前の方ではないか」と。
冬宇子は、本質的に孤独であらねばならぬ自身の性質や身の上を理解している。
ジンは、犯した罪によって、もはや二度と武人の誇りを取り戻せぬことを理解している。
理解して受け入れながらも、割り切れずにいる者――所謂、諦めてしまった者が、冬宇子であり、ジンなのだ。

41 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/11/15 22:59:01 ID:???
「この男は、憎い略奪者達と、同じ所に堕ちた自分自身が許せないのさ。
 妻子が生き返ったとて、血に染まった汚らわしい手で、浅ましい非道に堕ちた身として、どう向き合う?
 こんな罪深い命など要らぬと、妻子が生を拒んだらどうする?
 だから、早々に自分の命を以って罪を禊ごうとした。
 高潔な武人としての矜持を保ったまま、美しい死に様を迎えようとした。
 妻子を救ったのは、他ならぬ自分の命だという事実を作ろうとした。
 さすがは清軍の英傑と呼ばれた男!物事の道理を良く弁えてるじゃァないか!」

ジンも森岡も同じ、無差別殺戮を犯した者だ。
しかし、森岡は、自らが犯した罪の重さを、本当の意味では理解していなかった。
現世に戻ることを拒み、自分を受け入れてくれる『いとしい者』に会えぬことが、『罪の罰』であると語る森岡は、
大切な者が、罪に汚れた自分にどんな目を向けるのか、それが拒絶であろうと憐憫であろうと、許諾であろうと、
その目に向き合うことがどれ程怖ろしいことか、考えも及ばぬ甘ったれだった。
一方、ジンはそれを正しく理解している。
理解しているが故に、死を選ぼうとしているのだ。結果としては森岡と同じ道を。
冬宇子には、それがどうにも口惜しくてならないのだった。

「本当に、浅ましい男だよ!
 こんな非道に手を染めておいて、それでも、まだ武人としての矜持を捨てられないってのかい?
 真に、生きて再び妻子と合間見えたいのなら、罪を抱えて、汚れた身となって、
 人を欺いて、人を蹴落としてでも、何故生きようとしない?
 私達を欺き、やり過ごした後にでも、また誰かの命を狩ればいい。そんな卑怯者にゃなりたくないってのかい?
 そこのお偉い道士に、頭を擦り付けて懇願すりゃ、仮死のまま延命を図り、蘇生の方法を探せぬでもあるまい?
 私だって術士の端くれだ。それくらいの事なら手を貸せぬでもない。」

冬宇子は、帯に差し込んだ懐剣に手を掛けた。
鞘ごとの懐剣を、ジンの膝上を目掛けて放って寄越す。

「それをお使い!今度は止めさせやしない。
 罪人の名を背負い、泥の中を這いずって、それでも妻子と共に生きるか?
 誇り高い武人として、妻子を残し、命を絶つ道を選ぶか?
 あんたの命だ。好きにするがいいさ。自分で決めるこった。」

暫しの間の後、ふっと思い出したように言葉を継いだ。

「どっちにしろ、あの獣人の氣を蘇生に使うのは止した方が良かないかい?
 あんたの妻と娘が、あの男みたいに、毛むくじゃらのケモノになってもいいってなら別だがね。」


【仮死状態のまま延命を図り、呪災を解析しながら蘇生の方法を探す方法もあるよ、と提案】
【本当は、妻子が助かれば、それでいいって訳じゃないんでしょ?とジンに懐剣を渡す】

42 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/11/18 16:38:13 ID:???

「お、終わった……!」

あかねは息を切らし、泥人形達の終焉を見守った。
人形たちは乾いた泥団子のように精気を失い、崩れていく。
手習所へと振り返り、駆け出す。あちらはどうなったのか……。

>「見られてしまったか。何人たりとも踏み入らせまいと、決めておったのじゃがな」
「! これは……!」

床に転がる鳥居、マリー、フェイの元へと駆け寄る。
しかしあかねの視線はその奥――死んだように転がっている子供たちへと向けられた。
僅かな呼吸音で生を確認できたが、今にも命の灯は消えてしまいそうなほど頼りない。

(これが、この爺ちゃんが守りたかったもの――?)
>「見られてしまったか。何人たりとも踏み入らせまいと、決めておったのじゃがな」
>「……じゃが、ぬしらにならば、最早構うまい」
>「のう、少し、この老いぼれの話を聞いてはくれぬか。
 何故儂が、ぬしらを襲ったのか……ぬしらとて、分からず仕舞いでは据わりが悪かろう」

聞く所によると、子供たちは察する通り、フェイの弟子であった。
冷気の呪に巻き込まれた少年達は、自らを守る術を持たず、助けを待つ猶予もない。
フェイが彼等を助けようにも、時間がそれを許さなかった。

>「……命は損なわれる事はなく、ただ廻るのみ。
  儂の森羅万象風水陣は、小規模な世界を再現する術じゃ。
  故にその中で命を落とした者がいれば、その者の命を陣の中で巡らせる事が出来る」

彼が子供たちを救う為に選んだ道。
それは、誰かの命を犠牲にすることで、愛する者達を生かす術。

「…………」

フェイは語る。初めは自分の命を捧げることで子供らを救おうとしたと。
だが、窮した。遺された子供らを想って。
最終的に、別の人間の命を捧げる選択肢を取ってしまった。
老人は懐から短刀を抜き取った。

>「止めてくれるなよ。残された者が何を思おうとも、ただ生きていて欲しい。
 それも一つの愛情じゃ。分かるじゃろう」
「って、ちょお待てコラぁーーーーーーー!!早まったらアカンーー!!」
>「だが断る。」

あかねはフェイの顔にへばり付いた。
マリーも鮮やかな手捌きで、短刀を持つ老人の右手を捩じ伏せる。
ここでフェイに死んでもらっては困る。
他の二人の理由はともかくとして、何せフーから、フェイを連れて来てくれとも約束されたのだから。
マリーも老人へ叱咤し、短刀を取り上げてしまった。

「……爺ちゃん、ウチはアンタが間違っとるとは言わんで。けどな、もうちょい考えてな」

ぴょい、とあかねはフェイの顔から飛び降りた。


「誰かの為に自分の命捧げる、それも立派な愛情や。でもな、残される側はそうは思わんのや。
 何でもっと、自分自身の事考えてくれんかったのか。他人の命を踏み台にしたって怨嗟が、生き残った側にゃ残るんや。
 なあ、そない可哀想な思いを大切な人に引きずらせて。それでもアンタ、本当にその人のこと救えたって、胸張って言えるか?」

あかねは目を伏せた。
亡き母の仏壇に毎日座り込む父の背中が、色褪せて思いだされる。

43 :尾崎あかね ◆PAAqrk9sGw :12/11/18 16:38:36 ID:???

あかねの母は術師であった。薬や香を使い、魔を調伏する退魔師業。
母は経緯を語ろうとしなかったが、父と出会い、子であるあかねを生むと決めた。
だがその時、母は毒を盛られていた。理由も犯人も分からない。
ただ一つ助かる道はあった。あかねを堕ろせば、母は生きながらえることができた。

だが母はそうしなかった。残された僅かな時間で娘を生かす薬を調合し、母は愛する夫の腕の中で息絶えた。
皮肉にも、母を死に至らしめたのは、母と同じ名前を持つ花菖蒲。
娘を救ったのは、髪の色と同じ、赤い紅い「赤根」だった。

目の前の老人が、顔すら知らぬ母と重なる。
生きながらるかもしれない子供たちが、寂しげに背を丸める父と同じになるのかと思うと、不憫でならない。
あかねだって、願わくば母に生きて欲しかった。子供たちも、きっと同じ気持ちだろう。

「自分のタマで他人を生かすっちゅう考えは嫌いや。けどな、その人のこと思うて生きたいって想う気持ちは、確かに間違っとらんで」

自分を生かしてくれた母に感謝している。身内を恨みたくはない。
だから、子供たちにも、生き急ぐこの老人を恨んで欲しくなかった。

「死にとぅないって一度思ったなら、諦めずにもうちょい生きて、別の方法探してみん?今はウチらも居るんやから」

ねっ、と笑ってみせる。気休めの言葉だ。けれども言葉の裏に嘘はない。
その時、別の方角から何らかの気配を察し、天井を仰いだ。鳥居少年も同じものを察したらしい。

「こ、これ頼光はんの神気なんか!?只のひょろい兄ちゃんやと思っとったのに……」

鳥居からの提案を聞きつつ、あかねは目を丸くした。
また鳥居少年が吸血鬼であることも知り、自然と距離を開けた。
西洋で吸血鬼は最も忌むべき存在とされている。吸血鬼専門の退魔師も存在するほどだ。
あかねは日本人であるとはいえ、吸血鬼の恐ろしさを充分知っている。

>「絶対にやるな!忘れろ!」

マリーも鳥居の案を叩き潰し、眉間に皺を寄せた。
そう、彼女の言うようにデメリット、ひいてはリスクが大きすぎる。
しかし突然マリーは妙案を閃いたらしく、――魂を分割する方法を思いついたのだ。

「魂を分割、なァ。それでも子供らの人数が多すぎ……いや、ちょい待ち!マリーはん、アンタのお陰でエエ方法思いついたで!」

コロン、と転がる巻物を蹴り飛ばし、黄ばんだ紙面を広げる。
そこに、フェイの森羅万象風水陣をもっと簡略化した図式を描いていく。

「魂っちゅうんはそいつの体力……ちゅうか生命力に左右されることが大きいんや。
 つまり、不死性の高い鳥居はんの魂はこれ以上ない生命源っちゅうわけやね。
 でも、それだけ使こたら、子供らが吸血鬼にならんとはいえ、魂が穢れてまう、そこでや」

更にルーン文字や英語の護文を次々と書き込んでいく。
お終いに六芒星を書きこんだ。六芒星は「籠目」とも呼び、先述の通り魔を寄せ付けない効果がある。

「六芒星に一度鳥居はんの力を通して、吸血鬼としての力を浄化させる!
 でもこれだけじゃ足りん。子供らの体力で鳥居はんの強い力をもろに吸収したら、体のほうが耐えられんわ。
 だから、ウチら全員と子供ら、鳥居はんの間で分割、"循環"させることで、巡るエネルギーを調節する!どや!?」

冷気で弱まっている体に、いきなり魂をつぎ込めば、脆い体に何が起きるか分からない。
そこで敢えて余分なエネルギーを他の健康体達が受け止めることで、子供たちを助けようという考えである。

「ただ、こない強力な力を調節しよ思ったら、とてもウチだけじゃ手に負えん。爺ちゃん、協力してくれるよね?」

【鳥居の魂エネルギーを使い、全員で鳥居のエネルギーを循環させることで均衡化を目論む】

44 :ブルー・マーリン ◆Iny/TRXDyU :12/11/19 15:55:23 ID:???
倒れた状態から放たれたその衝撃は想像を絶するものだった

「ブヘァゥ!!」

>「……一手、足りなかったか」

「……、じゅ、十分足りたと思う…」

こいつはヒデェ顔になった状態で呟く

そしてジンから聞くその独自、ブルーはその事を聞いて理解した

(あんな風に怒っていたのはそういうことだったのか)

と、考える、しかし、と思う

>「これで最後だ。頼むぞ、埋伏拳……私の命を、二人の元に届けるんだ……」

「あぁ、ちょっと待ってくれ、まだ聞きたい事がいくらかある、洗いざらい話してくれるならまだ死なないでくれよ」

と、引き止める

すると後ろから足音が聞こえてくる

>「死なせはせん。私と立花ならば命を必要とせん」

「……。ナニコレ?」

道を開けながら呟く、……知らない彼からすればその呟きは当然だ、そしてその裏側からさらに声が聞こえる

>「あの馬鹿ったれのことを、ほんの僅かでも気遣って損したよ。」

「……、聞いていい?、アレなに?、雰囲気から察するに神の一種と考えてもいいの?」

と、聞く

そしてその直後に冬宇子の罵倒を聞くとジンに向き直る

「んまぁ彼女が俺の言いたいことを全部言ってくれたけどよ…まだ聞きたいことがある」

「むぅ……一つ目は……その…さっきもあの女の人が言ったけどよ、アンタは俺達のような人たちの命を集め回ってその家族を救おうとしたんだろ?
んじゃあさ…アンタの知る知らないはともかく、その奪われた人の中には俺達のように勝手に命を奪われた人もいるワケだ…そんな方法で手に入れた命でよ
その家族がよみがえったとしよう…、それを聞いた家族は良い顔をするのか?、罪のない人間の命も中にはあるんだからよ…」

と、聞く

「二つ目は…、この呪災に心当たりってある?
三つ目…ん、まぁいいたかないけどよ…、あんた本当は諦めてるんじゃないの…?」

と、頭をかいて言う、

「なにが…っていうのはよ…あえて言わない、なんとなくわかると思うから…、まぁわかんないかもしれないけど」

キッパリというと、ジンの近くに投げられた懐剣を見る

>「それをお使い!今度は止めさせやしない。
 罪人の名を背負い、泥の中を這いずって、それでも妻子と共に生きるか?
 誇り高い武人として、妻子を残し、命を絶つ道を選ぶか?
 あんたの命だ。好きにするがいいさ。自分で決めるこった。」

「…、まぁ要はだ…アンタは俺達とはまた違う選択肢が目の前にある」

と、腕を組んで言う

「『罪から逃げて死に、妻子にその罪を乗せっぱなしにするか』もしくは『罪を背負い、妻子から嫌われようともその罪と向き合うか』
あぁそうそう、『そもそもその罪から目をそむけるか』という選択肢もあるかもしれない」

今の言葉を言うブルーの目と声は冷めていた…、今のこの空気以上に

「どう生きるかは勝手だ…でもよ…、その罪を他人に預けて死ぬ、自分はそうやって逃げる
…アンタが今しようとしてるのは『それ』だ…、アンタ自信がそれでいいならいいけどよ…
もっと選択肢を簡略化すると『死んで逃げる』『生きて償い続ける』だな、どれを選ぶ?、選択は自由だ。
アドバイスも何もしない…他人の生き方に俺は干渉しないからな、この俺の言った選択肢以外の行動もある、まぁ勝手にしろ」

【別にジンのやろうとする行動になにか意見をするつもりはないと言うが何かいろいろ言う、簡略化すると「勝手にしろ」】

45 : ◆u0B9N1GAnE :12/11/25 20:00:54 ID:???
>「だが断る。」

一息に突き下ろした刃が止まる。
フェイが自らの命を絶つ、その寸前で、双篠マリーは彼の右手を掴んでいた。

>「それであの子達が助かったとしても、誰がここから助け出すんだ?
  あなたの死体を見た子供達はどう思う?きっと私たちが殺したと思うぞ
  そうなったらもうお仕舞いだ。あなたは無駄死に、子供たちはここで亡者になる。それでいいのか!!!」

>「せめて死ぬなら、そこまで準備してから死ね」

「……遺書なら既に、遺してある」

ただの遺書ではない。
事がどう転んでも――つまりフェイが死のうが生きようが、その後で子供達がどう動けばいいのかを記した遺書だ。
あらゆる結末を想定して、準備する。その為の時間は十分にあった。

「ぬしの心配は杞憂じゃ。分かったら、その手を……」

>「それか・・・もう少しだけ別の方法を考えてもいいと思うが」

図らずも、フェイの言葉が途切れた。
双眸が見開かれ、瞳には驚愕と共に、淡い期待の光が浮かぶ。
喉を刺そうと躍起になっていた右手も、強張り、止まっていた。
決意が揺れたのだ。またも、だ。彼はまたも自死の決意を揺らがせた。
それは酷く無様で、同時に仕方のない事でもあった。
別の方法――子供達を助け、自分もその傍で生き長らえる術。
彼にとってそれは、殺人にすら値する事なのだから。

>「あ、あのもしかしたらフェイさんも子どもたちも助かるかも。
 なぜかっていったら、倉橋さんたちの向かった方角からすごい気を感じませんか?
 たぶん頼光です。彼らともう一度接触できたら、誰かの命を犠牲にしなくっても、みんなが助かるかもしれません。
 あの神気の力で、ぼくは瀕死の吸血鬼から人間に戻れたし復活できたのです。
 それまで子どもたちの寿命がもたないっていうのなら、ぼくが噛んで吸血鬼に変えます。
 でも、ほかに方法があったらそれが一番なんですけど……」

けれどもフェイの表情はすぐに陰った。
鳥居のいう『神気』はフェイも感じられている。
確かに強い力だ。それに頼れば、何の犠牲もなく子供達を助けられるかもしれない。
だが、所詮は『かもしれない』だ。
そんな不確実な手段に、子供達の命を委ねられる訳がない。
だが――

「あなたはさっき自分の命を捧げてここにいる子供達を救おうと
 言っていたな。私は魔術や導術等には疎いんだが、それは一人分の命をここにいる子供達で分け与えて
 助けると考えていいのか?ということは、魂というのは切り分けることが出来る程度に融通が効く訳か」

今度は双篠マリーが案を述べた。

46 : ◆u0B9N1GAnE :12/11/25 20:01:32 ID:???
結論から述べてしまえば、一人分の命を分け与える事は可能だ。
命とは巡りゆく中で募り、また散っていくものだ。
例えば食物連鎖の頂点に立つ獅子が死ねば、その死骸が数多の草木や虫を育むように。
フェイは優れた道術の才を持っている。同時に、その才気から生まれる強大な術を扱う為の膨大な氣も備えていた。
故に彼の命は、子供達を助けるには十分。

>「なら、生きている魂はどうだ?今ここに四人分の魂と吸血鬼の魂一人分ある
 異常が起きないよう吸血鬼の分は考えないとして、ここにいる四人の魂を四分の一ずつ出し合えば
 一人分の魂になるだろ?それなら誰も死なずに助かるはずだ」

逆説――それは彼の命だからこそ、とも言えた。
生還屋は生き残る事には長けていても、生命力はあくまで並の範疇だ。
彼ほどではなくとも、双篠マリーも体力自慢という訳ではないだろう。

まだ足りない。
とは言え彼女の案は、しくじった所で子供達に危険はない。
それで彼らが諦めるのなら、飲んでもいいだろう。
完治はせずとも意識が戻れば、最後に子供達と言葉を交わすくらいの事は出来るかもしれない。

それに。

(ぬしらは……お人好しじゃのう……)

術の使用が許されるのなら、まだ君達の不意を突く機会が来るかもしれない。
確かにフェイは君達に負けて、真実を吐露し、死を選んだ。
だがそれはあくまで打算だ。君達なら真実を知れば、子供達の保護を引き継いでくれると踏んでの事だ。
だからこそ、目の前に転がってきた最上の勝利を掴まぬ理由などない。

君達を殺せば、子供達は確実に救える。
そして真実も自分の胸中のみに封じておける。望む未来を生きていける。
その事は揺るぎない事実なのだから。

フェイは根っからの悪人ではなかったかもしれない。
けれども彼の心には、悪よりもずっと黒いものが宿っていた。

フェイが密かに意を決する。そして君達の提案を飲もうと口を開き――

>「魂を分割、なァ。それでも子供らの人数が多すぎ……いや、ちょい待ち!マリーはん、アンタのお陰でエエ方法思いついたで!」

けれども、今度はあかねがフェイの言葉を遮った。
彼女は床に黄ばんだ巻物を広げると、そこに森羅万象風水陣の略式図を書いていく。

「……これはいよいよ、立つ瀬がないのう」

フェイが苦々しげに呟く。
森羅万象風水陣は彼の才と研鑽の粋だ。
それをこうも容易く簡略化されては、穏やかでないものが彼の心を揺らすのも無理のない事だった。

>「魂っちゅうんはそいつの体力……ちゅうか生命力に左右されることが大きいんや。
  つまり、不死性の高い鳥居はんの魂はこれ以上ない生命源っちゅうわけやね。
  でも、それだけ使こたら、子供らが吸血鬼にならんとはいえ、魂が穢れてまう、そこでや」

>「六芒星に一度鳥居はんの力を通して、吸血鬼としての力を浄化させる!
  でもこれだけじゃ足りん。子供らの体力で鳥居はんの強い力をもろに吸収したら、体のほうが耐えられんわ。
  だから、ウチら全員と子供ら、鳥居はんの間で分割、"循環"させることで、巡るエネルギーを調節する!どや!?」

あかねの提案を受けて、フェイは神妙な顔をして、暫し沈黙していた。
確かに吸血鬼である鳥居からなら、子供達全員を助けるだけの命を捻出出来るだろう。
加えて事前に自分の体を通すのだから、子供達に悪影響があるかどうかも判断出来る。
試してみる価値は、十分にあった。

47 : ◆u0B9N1GAnE :12/11/25 20:02:56 ID:???
>「ただ、こない強力な力を調節しよ思ったら、とてもウチだけじゃ手に負えん。爺ちゃん、協力してくれるよね?」

あかねが発した親しげな声音に、フェイは両眼を細めた。
彼女も鳥居と同じだ。この老人を、人の持つ善性を信じている。
疑う事を知らないという表現がまさしく相応しい人間だった。

>「死にとぅないって一度思ったなら、諦めずにもうちょい生きて、別の方法探してみん?今はウチらも居るんやから」

先ほど、あかねの言った言葉が脳裏に蘇る。
その『別の方法』が騙し討ちである可能性を、彼女は考えなかったのだろうか。

命を巡らせる過程で、フェイは再び術を使う事が出来る。
君達のすぐ傍に、君達自身に円陣を貼り付ける事だって可能だ。
それがどれだけ危険な事か分かっているのだろうか。いや、いないのだろう。

その未熟さ故に。
フェイには一瞬、鳥居とあかねが、自分の門弟達と重なって見えた。見えてしまった。
瞬間、彼の心の底で揺れていた黒い感情が、ふと消えていった。

「……ぬしらは、お人好しじゃのう」

意図せずも笑みを漏らしながら、彼はそう呟いた。

「分かった。ぬしらの厚意に、縋らせてもらうとしよう。
 何故だか分からんがの。ぬしらのやり方なら、上手く行くような気がしてきたわい」

悪よりも黒いもの――目的の為ならば、手段を選ばないという決意。必死さ。
それは追い詰められた彼の最後の武器だった。
けれども子供達によく似た君達を殺す為に、心の底から躍起になる事は、彼には出来なかった。
鳥居とあかねの幼さは、奇しくも彼から、最後の武器を奪い去ってしまったのだ。

フェイは君達に右手を向けて、呪言を呟く。
数秒の猶予を置くと、君達の下腹部、丹田の位置に円陣が描かれた。

「……これって要は、ヤバいかもしれねーモンを俺らで毒見するってこったろ?
 だったらオメーらだけでやればいいんじゃねえのかよ。なんで俺まで……」

生還屋が不満気に愚痴を零す。
が、すぐに双篠マリーから不穏な気配を感じたのだろう。
彼は諦めたように、すぐに押し黙った。

「ところで……一つ、すまぬ事があるんじゃがの」

と、フェイが歯切れの悪い口調を紡ぐ。

「実は、儂は陣の外から内へ、命を流し込む術は持っとらんのじゃよ。
 儂はあくまで世界の循環を早めて、その一環として、命の消耗を早めさせる事しか出来ぬ。つまり……」

鳥居から生命力を採取するには、彼が円陣の上にいる必要がある。
あかねが六芒星を書き加えた、森羅万象風水陣に。
体に魔を宿した者にとってそれがどういう効果をもたらすのかは、先ほど味わったばかりだろう。

「だ、そうだぜ。そらガキンチョ。俺だってこんな事やりたかねーんだ。オメーも我慢するんだな」

不意に生還屋が、鳥居を背後から、脇を救い上げるように持ち上げた。
膂力の差はとにかく生還屋は大人で、鳥居は子供だ。
体格的に、どう暴れても手足の届かない持ち上げ方が出来る。

「ま、安心しろって。ヤバくなったら引っ込めてやるからよ。
 あと、恨むなら俺じゃなくてそっちの暴力女を恨めよな」

48 : ◆u0B9N1GAnE :12/11/25 20:03:57 ID:???
 
 

さておき――鳥居が何度か痛い思いをした後で、子供達への施術は完了した。

しかし、門弟達はまだ目を覚まさなかった。
子供達を見つめるフェイの眼が、不安に揺らぐ。
保存は本当に完璧だったのか。手遅れではなかっただろうか。
目的を達成してしまったからこそ、後には懸念だけが残った。
心を圧迫するそれに堪えられず、フェイは恐る恐る、子供達に手を伸ばす。
そして、頬に触れた。

瞬間、フェイの動きが止まった。
彼は息を呑み、顔を伏せると、無言のまま小さく震えた。

子供達には体温が戻っていた。
頬に触れられた事に気が付いたのか、一人がうっすらと目を開く。
フェイは思わず、その子を抱き寄せていた。

「あぁ……良かった……本当に……」

子供は自分の身に何があったのかすら、理解はしていなかったのだろう。
寝ぼけ眼で何度か瞬きをすると、また静かに寝入ってしまった。

フェイはその子を一撫でしてから、他の子供達の無事を確かめて、深く息を吐く。
それから君達へと向き直り、床に両手をつくと、深く頭を下げた。

「ありがとう。本当に、感謝の言葉もない。
 ……そして、すまなかった。ぬしらにはどれだけ詫びても詫び切れぬ」



全てが一段落した後で、生還屋がこっそりと、双篠マリーの横腹を肘で小突いた。

「よう、上手くやったじゃねーか」

下卑た笑みを浮かべて、彼はマリーに囁く。

「あのジジイにゃ、死なれちゃ困るもんなぁ。
 アテになるかは正直微妙だけどよ、遺跡の手がかりにゃ違いねーしな」

どうやら生還屋は、マリーがフェイを助けたのは、彼から情報を引き出す為だと思っているようだ。
少なくとも生還屋にとって、フェイや子供達の命は、どうでもいい物だったのだろう。
それに、暗殺者であるマリーが人情に従って人を助けるというのも、考え難い話だった。

「おいおいジイさん、頭上げろって。もう済んだ事じゃねえか。そう気にすんなよ」

生還屋が調子のいい声で語りかける。
彼は今回、殆ど何もしていなかった筈だが、そんな事はまるで気にしていないようだ。

「それより、ちょっと聞きてえ事があんだよ。どうせガキ共が目ぇ覚ますまで、もうちょい時間があんだろ。
 侘びのついでがてらに、答えてくれよ」


【冒険者達はフェイと子供達の両方を助ける事に成功しました。
 質問タイムです】


49 : ◆u0B9N1GAnE :12/11/28 22:09:56 ID:???
視界が白んでいく。
自分の体から命が抜け出ていく感覚。
ジンが眼を閉じる。悔いはなかった。
そんなものは、最後の埋伏拳に与えてやったからだ。

強い感情は術や霊体に力を与える。
ちょうど、深い未練を抱いて死んだ者が、地縛霊としてこの世に残るように。
飢えに飢えて、食への執念に満ちた犬を殺す事で、犬神が生み出されるように。

これでもう、ジンには殆ど何も残っていなかった。
彼が唯一手放さなかったのは、家族への愛情だけだ。
それだけは、例え地獄の閻魔にだって、譲り渡すつもりはなかった。

と――不意に、ジンは身を包む冷気が遠のいていくのを感じた。
最早寒さを覚える感覚すら麻痺したのか。
初めはそう考えたが、どうも違う。
寒くないのではなく、温かいのだ。

>「死なせはせん。私と立花ならば命を必要とせん」

頭上から降り注いだ声に、ジンは目を開いた。
まず視界に映ったのは眩い光――金色に輝く牡丹の花だった。
ややあってから、その花が何者か――泥に塗れて、僅かに見える肌も毛に覆われているが、
恐らくは頼光の頭上に咲いているのだと分かった。

「……これは、一体」

分かったが――それでも戸惑いは禁じ得ない。
けれども頼光――唐獅子は、お構いなしに言葉を続ける。
自分達が持つ木行と火行を以ってすれば、ジンが死なずとも妻子を助ける事は出来ると。

それはあまりに魅力的な提案だった。
けれどもジンは、すぐには何も言えなかった。
理解に実感が追いついていないという事もある。
だがそれだけではない。

>「それで、この男を救ったつもりかい……?」

横合いからの、吐き捨てるような呟き――倉橋冬宇子の声だ。

>「妻子が助かれば、この男も救われる。
  万事丸く収まってめでたし、とそんな風にでもお考えかい?
  まさに単純明快!単細胞な馬鹿男の考えそうなこった。」

>「この男が最期に、自分の命を以って、何を救おうとしたのか、
  教えてやろうか?
  ――――自分自身だよ。」

彼女にはジンの心中が見えているのだろう。
憎悪の熱を帯びた罵倒が矢継ぎ早に繰り出される。
ジンは何一つ、言葉を返そうとはしなかった。
やがて倉橋は帯に差した短刀を、鞘に修めたままジンの元へ投げ渡した。


50 : ◆u0B9N1GAnE :12/11/28 22:10:34 ID:???
>「それをお使い!今度は止めさせやしない。
  罪人の名を背負い、泥の中を這いずって、それでも妻子と共に生きるか?
  誇り高い武人として、妻子を残し、命を絶つ道を選ぶか?
  あんたの命だ。好きにするがいいさ。自分で決めるこった。」

>「どっちにしろ、あの獣人の氣を蘇生に使うのは止した方が良かないかい?
  あんたの妻と娘が、あの男みたいに、毛むくじゃらのケモノになってもいいってなら別だがね。」

ジンは無言のまま、放って寄越された短刀を握る。

>「…、まぁ要はだ…アンタは俺達とはまた違う選択肢が目の前にある」

と――そこに今度はブルー・マーリンが声をかけた。

>「『罪から逃げて死に、妻子にその罪を乗せっぱなしにするか』もしくは『罪を背負い、妻子から嫌われようともその罪と向き合うか』
  あぁそうそう、『そもそもその罪から目をそむけるか』という選択肢もあるかもしれない」

>「どう生きるかは勝手だ…でもよ…、その罪を他人に預けて死ぬ、自分はそうやって逃げる
 …アンタが今しようとしてるのは『それ』だ…、アンタ自信がそれでいいならいいけどよ…
 もっと選択肢を簡略化すると『死んで逃げる』『生きて償い続ける』だな、どれを選ぶ?、選択は自由だ。
 アドバイスも何もしない…他人の生き方に俺は干渉しないからな、この俺の言った選択肢以外の行動もある、まぁ勝手にしろ」

図らずも、ジンの口から、ふっと笑みが零れた。
この男は――人の上にも前にも、それどころか、人の傍にも立ち得ない人間なのだ、と。
彼はジンが最後に、己の犯した罪を全て、妻子に告白して死んでいくとでも思ったのだろうか。
そんな事をする訳がない。死ぬ時は、罪も諸共だ。

彼は自分が強く、正しく、孤高の存在だと信じているのだろう。
だから他人を理解しようとしないし、理解も出来ない。
そして、そんな自分をも理解出来ていないから――己の正義、正しいと思った事を、言葉として形にする事もままならないのだ。

実のところ――ジンの心には、既に躊躇も葛藤もなかった。
既に意は決してあった。

「……君の、言う通りだ」

ジンは倉橋に向けて、そう言った。

「あのまま死んでいれば……私はせめてもの名誉を守って、逝けた。
 悪くない、死に方が出来ただろう……」

ジンが短刀を鞘から抜き、閃く刀身に視線を落とす。

「だが、私をそう、見くびってもらっては困るな。私はね、捨てる事には慣れているんだよ。
 『埋伏拳』があれば……私はありとあらゆるものを、戦場に埋めて、捨ててしまう事が出来たのだからね」

彼の言葉は真実であり、同時に偽りでもあった。

彼は軍人だ。今まで多くのものを、戦場に捨て置いてきた。
情けも容赦も、道徳も。
家族や友がいただろう、罪のない敵兵の命も。
作戦の成功の為に、友軍の命を犠牲にする事だってあった。

けれども今回ばかりは、埋伏拳は使えない。そして、使ってはならない。
それは自分が抱く、妻子への愛情をも蔑ろにする行為だ。
決断は重く、痛みが伴うからこそ、価値が生じるのだ。

51 : ◆u0B9N1GAnE :12/11/28 22:11:04 ID:???
「そして……買い被ってもらっても、困る。
 英傑だなんだと呼ばれてはいたがね、所詮、私は暗殺者さ。
 だからこそ、目的の為なら手段を選んだりしない」

ジンが自害を図ったあの時――彼の中には、倉橋が指摘した考えも、確かにあっただろう。
だがその奥、根源には確かに、妻子を救う為にという意志があった。

「誇りも武勲も、この命も、私にとっては等しく……二人を助ける為、捨て去るべきものだったに過ぎない」

だからこそ、と彼は続ける。

「最後に何か一つでも拾い直す事が出来れば、それで儲け物……。
 それが自分の命であれば、尚更だ。
 二人は私を拒むかもしれないが……それでも二人の為に出来る事は、いくらでもあるんだからね」

それがジンの決断だった。
誇りも武勲もいらない。
我欲の為に人を殺しておきながら、卑しくも生き長らえる事にすら抵抗はない。

彼は一度、全てを捨てた身なのだ。
家族と共に生きられるのなら。
それが叶わずとも、例えば金銭など、どんな形であっても二人の為に出来る事があるのなら。
それらは全て拾い物で、儲け物だ。

半ばまで抜いていた短刀の刃を、彼は鞘に戻す。
それを倉橋へと投げ返すと、今度はフーへと視線を映した。

「なぁ、フー。……彼らの手を借りて、二人を助ける事は、可能だろうか」

友の問いに、フーはすぐには答えず、やや考え込んだ。
楽観的な答えを返すのは簡単だが、それをすればかえって友を傷つける事になる。

「……二人を直接診た訳じゃないから、断言は出来なイ。
 でも、出来る……筈だヨ。人外の氣を使うのは確かに怖いけど……
 だったらそれは、二人の治癒じゃなくて呪いの相殺の方に当てればいいのサ」

それからフーは、倉橋の方へと向き直った。

「それに彼女も手を貸してくれると言ってル。
 彼らの助けがあれば、その……既に君が集めた分の生氣だけでも、二人を助けられると思うヨ。
 なんていうか、まぁ……使わずに腐らせちまうよりかは、マシだロ」

とにかく、と言葉が繋がれる。

「これで一段落、って事でいいのかナ。だったらまずは、君の家に行ってみようカ」

52 : ◆u0B9N1GAnE :12/11/28 22:11:25 ID:???
 


ジンの屋敷は、元校官、国の英傑が暮らすにしては質素なものだった。
だからこそかえって財を溜め込んでいると思われたのかもしれない。
外囲いには何箇所か、梯子の立てかけられていた。
門の傍では首元を深く斬られた女性が、動死体と化して彷徨っていた。
従僕の女性だ。手には短刀が握られたままになっている。
家を守ろうとして、殺されたのだろう。

ジンが目を細めた。
三日前、急ぎここに帰って来た時には、妻子の身を案じるあまり気付きすらしなかったのだ。
よたよたと迫ってくる従僕の女性に、ジンは右手を伸ばす。
揃えた指先が彼女の額に触れる。途端に彼女は動きを止めて、その場に崩れ落ちた。

埋伏拳が頭の内部を破壊したのだ。
動死体は目や耳などの感覚器官が機能している。それはつまり、脳もまた機能しているという事だ。
彼女が正真正銘に死んだのか、それとも単に機能停止に陥っただけなのかは分からないが――
少なくともこれ以上、悍ましい姿を晒し続ける事はなくなった。

「……すまないな。せめて、全てが終わったら丁重に葬ると誓おう」

彼女から視線を外すと、ジンは我が家の門を潜った。
妻子は埋伏拳を護衛につけた上で寝室に隠していた。

「よし、早いとこ施術してしまおウ。まず……あー、なんて呼べばいいか分からないけど、
 まぁ頼光でいいよナ。君は彼女達の帯びた呪い、冷気を祓ってくレ。
 木氣はあまり使わない方がいいナ。傷口を塞いでる埋伏拳に影響があったら困るからネ」

フーが施術の指示を始める。

「で……手を貸すって言ったからには、アンタ治癒の術が使えるんだロ?
 正直アンタからは治癒なんて印象、これっぽっちも……いや、なんでもなイ。期待してるヨ」



――施術が終わると、ジンは静かに妻子の頬を触れた。
首筋に届く指先が、確かな脈動を感じ取っていた。
深く深く、彼は息を吐いた。

「君達には感謝と、礼をしなければならないな……」

それからジンは君達に向き直る。

「私に出来る事ならなんだってしよう。……そう言えば、君はこの呪災の原因を知りたがっていたね」

そしてマーリンへと視線を移して、そう続けた。

「生憎、私には心当たりがない。唯一あったとすれば、そこにいるフーの実験だったのだが……信じていいんだな?」

鋭い眼光――暗殺者の観察眼。
嘘の通じる気配ではなかった。

「……あぁ、信じてくレ。王の名に誓ったっていイ。
 僕があのお方の期待を裏切るような真似を、する訳がないだロ」

ジンは暫し沈黙して――ふと、放っていた緊迫した雰囲気を緩めた。
フーの言葉に嘘はなかったと判断したのだろう。

53 : ◆u0B9N1GAnE :12/11/28 22:11:46 ID:???
「そういう訳だ。……だが、心当たりはなくとも、心当たりの心当たりなら、ある。
 呪災が起きた時、私は家を離れていたと言っただろう?
 あの時私は、この都の警備団に、仕事を持ちかけられて……家内に聞かせるような話ではないだろうと、場所を移していたんだ」

「彼らは「暫くの間、首都の警邏を手伝って欲しい」と言っていた。
 他にしなければならない事があって、兵力が不足するかもしれないからだ、とも」

「彼らは……もしかしたら、この呪災が起きる事を、事前に知っていたのかもしれない。
 確証はないが……どうだね。君達が気になるのなら、彼らの詰所までの道筋を教えてもいい。
 あぁ、そうだ。他に気になる事や、欲しい物があるのなら、それにも応えよう」

【情報収集タイムです。一応、物品での礼を求める事も出来ます】


54 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/11/29 21:45:11 ID:???
マリーの提案によって、何かを閃いたアカネ。
彼女の書いた森羅万象風水陣の略式図には
さすがのフェイ本人も苦々しく独語するのみ。
だがそれは、フェイの想像を超えて子どもたちを助けるに至り
施術は見事に成功。フェイは感謝の言葉を述べる。
鳥居は胸を撫で下ろして微笑する。
子どもたちと老人が、救われたことの喜びに。
そして同時に嫉妬する。
フェイの門弟たちを見つめる眼差しに思い出したのだ。母親のことを。
感じるのだ。自分の境遇のわびしさを。

俯き加減で、ちらりとあかねの顔をうかがう。
あの時、一瞬見せたあかねの顔。あれは嫌悪だったのだろうか。
西洋で吸血鬼は忌むべき存在。鳥居の心にいわれの無い罪悪感が生まれる。

(ぼくのお母さんはこの世の理を外れてまで、ぼくの魂をこの世に残しました。
神気の力で一度人間に戻ったとき、それは間違いだったって本人も言っていたのに…。
何かの悪戯か、まだ呪いは続いているみたいです。ああ、逃れられやしないです)

>「ありがとう。本当に、感謝の言葉もない。
 ……そして、すまなかった。ぬしらにはどれだけ詫びても詫び切れぬ」

「死にたくなんてありませんから。誰も……」
少年の微笑は、いつの間にかうすい笑みに変わっていた。
痛む体を摩りながら、フェイを見下ろす。
床に頭を摩り付けている老人の姿を見るのは心地よかった。
その理由は老人と子どもたちにとっての特別な存在になれたから。

いっぽう、生還屋はこっそりと双篠マリーの横腹を肘で小突いていた。
その顔に浮かんでいるのは下卑た笑み。その態度に鳥居は嫌悪感を抱く。
どこかで感じた感覚。そう彼は鳥居の父親に似ているのだ。

「思い出してしまいました…。あの人でなしのことを。
ぼくを殺そうとした悪い大人のことを……」
鳥居はつぶやくと眉根を寄せて彼らのことを見つめた。小声で何かを話している。
あの男もマリーも同じ穴のムジナなのだろう。そう思うとマリーたちとの心の距離は自然と離れてゆく。
もしかしたらあかねも…、吸血鬼の鳥居のから離れていってしまうかも知れない。

「…ぁあっ、その男は…、うそつきででたらめで悪い男です。そんな人の質問に答えちゃダメです。
フェイさんは最初にぼくの質問に答えてください。こどもたちにこんな悪いことをしたのは誰ですか?
できることならば、僕たちがその災いを祓ってみせましょう。
……もちろんあかねさんも、手伝ってくれますよね?そうしたらみんな幸せになれるから!」

鳥居の様子は明らかに変だった。
それはまるで、構ってくれない大人の注目を浴びるために号泣する幼児のようでもあった。
遺跡のことや冒険者の意思などを無視し、鳥居は己の心に開いている大穴を埋めようともがいているのである。

55 :ブルー・マーリン ◆Iny/TRXDyU :12/12/02 22:04:10 ID:???
「…『この件』は一件落着ということでいいのか?」

と、フーに聞く

「しっかしまぁ…随分と時間を使っちまったなぁ〜」

と、呟く
そして屋敷内へ

そして先ほどの質問の答えを聞く

「ふむふむ、つまりはその首都が今のところ一番怪しいという認識でいいのか?」

と、聞く

「…なぁ、ジンさん、だっけ?
あんたって、人を指揮したことある?」

「……俺ってさ、正直、さっきから言ってること的外れなことばっかり言ってたろ?
アンタに対して…」

と、少し自嘲気味に言うと

「…俺ってさ、アンタからみてさ…どう思った?」

真剣な眼差しで聞く

「本心から言ってくれ、俺のダメな点とかそういうのをさ」

56 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/12/08 00:04:25 ID:???
闘いに決着がつき、ジンの自害も阻止。
そもそもジンが戦う理由は妻子の蘇生であった為、それさえ解決してやれば戦い自体成立しなくなる。
物事の構図自体は単純であるが、それは葛藤を理解するに足らぬ幼稚な頼光や、人知の情の外にいる神獣唐獅子なればこそ、だ。

人の心も持つ複雑怪奇なる想いや、内包される矛盾は構図を一気に混沌と化す。
それを冬宇子は喧々諤々とまくしたてるのであるが、それが頼光はもとより、唐獅子に理解できるはずもなし。
その後冬宇子は懐刀をジンに放ってよこし、死ぬも生きるも己の責で決めよと言い切ったのだ。
ブルーも異口同音にジンに言い放つ。
二人を見ていた唐獅子はやはり理解不能であった。

頼光の潜在意識の中にそのような考えは存在しない。
ただ生かしたかっただけ。
表層をたどればフーからの依頼でジンの力が必要であり、ここで死なれては困る。
それだけなのだ。
ジンが無差別大量殺人を犯していようが、その罪と償いは本人のものであり、この場では考慮する必要のないもの。
ただ生かして連れて行き、その力を利用する。
その為に必要な処置はジンの延命とジンを縛るものからの解放。
すなわち妻子の救助というだけ。
にもかかわらず冬宇子とブルーはジンに償いと生きる道を指し示すまで行ったのだ。

「グ……グハハハハハ!人とはこうも……!同じ人でもこうも違うか!」
身体を仰け反らせ空気を震わせるような大音量で笑う唐獅子。
大きな声を立てたのだが動死体がよってこなかったのは、先ほどの戦闘の折に配置した蔓が絡め取っていたからであろう。
ひとしきり笑い終わるころ、ジンの決断が下った。

>「……君の、言う通りだ」
ジンは決断し、フーは救出の算段を立てながら場所を移動することとなった。

寝室に入り救出の為の施術をフーが指示を出す。
まずは妻子の帯びた呪い、冷気の祓い。
唐獅子の足元から根が這い出し、寝室を侵食していく。
床に張った根から芽が出て、壁を這うように無数の樹が部屋を覆っていく。
木に囲まれた室内は一種の結界となり、冷気を払い、清浄なる空気に満たされる。
「土行の術で傷を塞いでいるのか。ならば……」
壁に伝う枝を一本折って、横たわる妻子の上にかざす。
唐獅子が持つ枝は一瞬にして炎に包まれ妻子を覆う冷気を払っていった。
冷気が払われた後、木は燃やし尽くされ灰となって二人に降り注ぐ。
木を使い炎を生み出し冷気を払い、炎から生み出された灰(土)にて埋伏拳の補助とする。
五行循環に則った流れるような施術であった。

そののち冬宇子の治療となり唐獅子は下がる。
施術が終わり、ジンが妻子の頬を触れる事に唐獅子は何ら感慨を抱かない。
ただ必要な処置が終わったというだけなのだから。
それよりも頼光の同行者たる冬宇子とブルーに視線を巡らせる。

視線は冬宇子に止まり、じっと見据える。
冬宇子を凝視しながらしばしの沈黙。
獣性を思わせる笑みと共に唐獅子は口を開いた。
「聞け、舘花の歴史を、この男の行く末を」
そこで語られるのは舘花の歴史。

花師がその術を極めんが為に呪術にまで方策を求め、ついには自らの身体を苗床に【品種改良】したことを。
それは代々受け継がれ、代を重ねるごとに【品種改良】をなされていること。
当代である頼光はその最先端の品種であり、自動的に歴代の中でも最も優れた苗床である。
それが故に霊樹と霊獣の苗床として成り立っており、吸血鬼の少年(鳥居)や玄幽斎の転生復活に使われたのだと。
もちろんその為に様々な術が頼光本人が知らぬところで施されていたためでもある。

57 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/12/08 00:08:53 ID:???
「この体は最良の苗床である、が、それは人の域を超えおり、人である為に多くの術が施されておった。
が、先ほど全ての術ははぎ取られ、今や無防備な人の身体となっておる」
そう、ジンとの戦いのさなか、冬宇子が頼光に残った僅かな木気を根こそぎ取り払った時に、術も一緒に引きはがしてしまっていたのだ。

「既にこの体の修復は終え、舘花の意識が戻り我は意識の底に埋没する。
だが消えるわけではない。
この苗床の内で育ち開花するその時を待つのみ。
起き上がった時、百獣と百花の王の力を舘花は使えるようになっているだろうが……
その力、使えば使うほど我らの成長は促進され、人の部分は浸食されていく。
それがどういう事か、どうなるか……お前はよく知っておろう?」
以前は霊木の成長は転生術という膨大な気を消費する術に変換され、それをなしたが為に霊木霊獣の力が削がれ、頼光は人であることができた。
が、それをなす術は頼光から失われており、また制御するには頼光はあまりにも未熟すぎる。
いや、頼光がそれなりの術を身に着けていたとしても抗えるような階位ではないのだが。

唐獅子がそう告げる目は、冬宇子だけでなくその内部に巣食う外法神にも向けられているかのようだった。
頼光もまた冬宇子と同じ運命を背負った、と。

それをわざわざ冬宇子に告げる唐獅子の意図は読み取れはしないだろう。
そもそもが人外の理を理解しようという方が無理なのかもしれない。
それでも唐獅子は笑みを浮かべる。
「しばしの間、この苗床の内部で牡丹の花の下、微睡まん」
そう言い残し頼光の身体から暖かい光が溢れだす。
光は全身についた泥を乾かし、頼光が倒れた衝撃で乾いた泥は砕け落ちたのだった。

唐獅子の気配が消え、ボロボロの着物のまま幸せそうに吐息を立てる頼光のつむじには小さな蕾だけが残された。



ブルーがジンに問いかけたところで頼光が目を覚ます。
「ん?おお?どうなった?」
寝ぼけ眼であたりを見回し、ジンが落ち着いている様子を確認すると
「なんか知らねえけど終わったみたいだな!よっしゃしょっしゃ!」
どうやら戦いの後半からの記憶が曖昧であるようだが、生来物事をよく考えない為、あまり疑問は感じていないようだ。

その後、体をまさぐりようやく以上に気が付くのにしばしの時間を要することになる。
「ん?おお?なんか知らねえけど怪我が治ってるし、前より力が漲ってる気がする!
ああ!しまった!ドテラと一緒に術の使い方書いた手帳捨てちまったじゃねえか!
お、いあ、待てよ?これは影珪藻で、こっちは人参果、玉紅草、沙豆に蛸樹!
おおおお!なんだこりゃ!みんなわかるぞ!
これってあれか?開眼ってやつか!?
俺様の時代が来たーーーーー!!!!」
人であることを引き替えに得た知識であり、引き換えにしていく力であることなど露知らず。

貴重な情報収集の場で頼光は一人忙しくはしゃぐのであった。

58 :双篠マリー ◆Fg9X4/q2G. :12/12/08 00:26:36 ID:???
ハッタリのつもりであかねに振ってみたが、返答はマリーの予想を超えたものだった。
どうやら、マリーの案が閃くきっかけになったのだろう。
あかねとフェイは直様術の準備を始める。
こういうことになってくると、マリーは手を出すことが出来ないので
適当なところにもたれながら、事が済むまでその様子を眺める。

暫くして、マリーは自身の体温が驚くほど低くなっていたことに気がついた。
先ほどの壮絶な修羅場に身を置いていて気がつかなかっただけではなく
自身の体温の低下にさえ気がつけないほどに疲弊していたからだ。
そこへ鳥居の魂が循環したことで、そのことに気が付けるほどまで回復出来たのだ。
その時、マリーは安堵のため息をした。
もしも、何らかしらの方法で自分の案が実行されていたのならば
今よりもひどい状態でここにいることになっていただろう。
そうなっていたならば、寺子屋の子供たちを守りつつ移動するどころか
自身が屍人になっていた可能性だってあるだろう。
「まさか助けられるとはな」
あかねに視線を向けつつ、マリーはそう呟いた。

それから間もなく、あかねとフェイによる施術が終わった。
だが、子供達は一向に目を覚まさない。
自身が回復出来ている以上、術に問題があったようには思えない
問題があるとするならば…一瞬、嫌な予感が頭を過ぎる。
その緊張に耐えかね、真っ先にフェイが動き、子供のほほに触れ、そして、止まった。
次の瞬間、フェイは感嘆の声を漏らし、目覚めた子供を抱き寄せる。
術は成功した。冷気にやられたフェイの門弟達は全員息を吹き返したのだ。
「お互い必死だったんだ。謝ることはない
 それより、これからのことを考えるべきじゃないのか」
頭を下げるフェイに対して、そう返した次の瞬間、
生還屋が下衆な笑みを浮かべて話しかけてくる。

「…そうだな」
蔑みの眼差しを生還屋に向けつつ、マリーは淡々と返事をした。
こんな下衆な男に自身の信念など話しても分かる訳がないと判断し
敵意を向けて反論するよりも、適当に返事をしてあしらうことを選んだからだ。

「返答の順番はあなたに任せるが、私も聞きたいことが2、3ある
 1つ、この近くに遺跡があると聞いて来たんだが、近くにそれらしいものはあるか
 2つ、今回の災害を暗示するような話、もしくは、それに似たような言い伝えがあるなら教えて欲しい」
明らかに様子のおかしい鳥居を放っておいて、質問を続ける。
「そして、3つ、あなたの知るフー・リュウの特徴を教えて欲しい
 …確かに私たちはフーと名乗る人物の依頼で来たが、あなたの陣について何も言われなかった
 それが妙に引っかかってしまってね。もしかしたら、フーを名乗る別人があなたに何かする為に我々を送ってきたなら
 そのことについて言わなかったのも頷ける。
 あと、これは質問ではなく、もしも、今の話が私の杞憂だった場合、門弟も同行する形で来ることは出来ますか」


59 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/12/14 12:43:59 ID:???
>>50 
ジンが自らの命を以って救おうとしたのは、妻と娘だけではない。
浅ましい非道に堕ちた自分を恥じ入る心。
清軍の兵士として、命をかけて守ってきた民衆に裏切られた虚しさ。
半生をかけて信じてきたものへの喪失感。そんな自分への哀れみ。
本当は、自分を救うために、死を選ぼうとしたのではないか?
妻子を守りたい―― 一心な、まっさらな、想いの中に、僅かに混じった濁りの如き感情。
それがどうにも許せずに、冬宇子は苛立ちに任せて、ジンを罵った。

>「……君の、言う通りだ」

ジンの唇から言葉が漏れる。
俯く男の視線が、ほんの刹那の間、冬宇子へと向けられた。
無精髭を生やし、少しやつれた、精悍な顔。
乱れた長髪の合間から覗く瞳は、思いのほか静かで力強く、冬宇子はどきりとした。
男の手の中、懐剣が鞘を抜かれ、白い刀身を滑り出させていく。

>「あのまま死んでいれば……私はせめてもの名誉を守って、逝けた。
>悪くない、死に方が出来ただろう……」

>「だが、私をそう、見くびってもらっては困るな。私はね、捨てる事には慣れているんだよ。
>『埋伏拳』があれば……私はありとあらゆるものを、戦場に埋めて、捨ててしまう事が出来たのだからね」

抜きさしの刀をに目を落としたまま、男は微かに笑う。
その厳しい横顔を見つめて、冬宇子は思った。
この男は嘘を吐いている。
『想い』を捨てることが平気な人間なんていない。
痛みが麻痺していたところで、皮膚を裂き、肉を切って捨てれば、血が噴き出し、深い傷が残るように、
切り捨てた筈の感情も、知らぬ間に心を切り刻み、癒えぬ傷跡を増やしているのだ。
孤独を諦めて受け入れたつもりでいても、時折、割り切れぬ想いが胸を刺すように。

>「そして……買い被ってもらっても、困る。
>英傑だなんだと呼ばれてはいたがね、所詮、私は暗殺者さ。
>だからこそ、目的の為なら手段を選んだりしない」

やはり、この男は森岡草汰とは違う、とも思った。
ジンは、冬宇子の投げつけた『罪』の意味を正しく理解している。
『罪』とは、苛む者、若しくは、自覚する者がいる所に、初めて生まれるものだ。
罪を苛むのは、法や道徳の場合もあるし、感情的に許せぬ人の想いが、そうさせることもあるだろう。
犯した者がまるで無自覚であろうと、それを責める者がいれば、
――裁かれるべきか否かは別にしても――そこに『罪』の概念は存在するし、
誰も罪とは呼ばぬような些細なものでも、当の本人は深くそれを悔いて自責の念に駆られていることもある。
何を罪と見なすかは、社会の位相や個々人の想いによって変化する、ある種恣意的なものだ。
それでも、罪を犯した者は、裁きと償いを経なければ、決してそれを濯ぐことは出来ない。

償いようのない罪を犯した時、その罪にどう向き合うか。
それは、自分自身にとって最も大切なものを理解していれば、自ずと決まるものだ。
正義を標榜する者なら、懺悔と贖罪の道を選ぶだろう。命を以って贖うのも、その一つの手段だ。
『いとしい者』の側にいて、その者を守りたいのなら、罪人の謗りを受けようとも、生き長らえる道を選ぶ筈だ。
冬宇子のように、我が身以上に大切なものを持たぬ者なら、
罪など知ったことか、責める者は責めよ、裁く者を返り討ちにしてでも生き抜いてやる、と、開き直るであろう。

しかし、森岡草汰は、最期まで、答えを出さなかった。
何をも選ばず、もう一人の自分に全ての罪を押し着せて、誰も罪を鳴らせぬ場所に引っ込んでしまった。
冬宇子が、森岡草汰にもう一度遭いたいと望むのは、問いの答えを――彼にとって『最も大切なもの』を、
あの男の口から聞かずにはいられなかったからなのかもしれない。

60 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/12/14 12:47:53 ID:???
>「誇りも武勲も、この命も、私にとっては等しく……二人を助ける為、捨て去るべきものだったに過ぎない」

言い置いて、ジンは、心を決めたかのように、刃を鞘に収めた。
この瞬間、彼は答えを出していた。

ジンは、高潔な気性ゆえに、自らの罪がどれ程浅ましいものか、よく知っている。
彼が軍の校官として行った行為は、それが如何に、卑劣で残忍なものであろうと、国是であり使命だった。
軍人としての義を完遂したに過ぎない。
けれども、彼が妻子の為に犯した殺人は、我欲によるものだ。
妻子を生かしたいという、身勝手な欲望の為に、他者の命を奪い、氣を盗む。
金欲しさに行きずりの人間を殺して金品を奪う強盗と、大筋において、なんら変わりはしない。
ジンは、それを承知の上で、卑しい罪人としての自分を認めて尚、妻子の側で生きる道を選んだのだ。
心の中に滓のように残っていた、軍人の矜持を捨てて。
浅ましい罪を恥じ入る、義士としての誇りも捨てて。
彼にとって『最も大切なもの』は、妻と娘だと。

ジンの手から投げ返された懐剣を、冬宇子は黙って受け取った。

>「なぁ、フー。……彼らの手を借りて、二人を助ける事は、可能だろうか」

ジンの声が、束の間の静寂を破り、
虚空に浮かぶ紙人形が、ためらいながらも蘇生の可能性を告げる。
ジンの屋敷へと向かう道中、
冬宇子は、泥まみれの獣人の背に視線を当てたまま、隣を歩くブルーへと語りかけた。

「……『あれ』は、神なんて上等なモノじゃないさ。
 神ってのは、常世にいて、寄り代か御霊代を通してしか、この現し世に力を顕現しない。
 あっち側のモンがこっち側に『形』を持っちまったら、それはもう漏れなく『妖』だ。
 ただ人に好意的な妖獣を、『霊獣』と呼び分けているだけさ。」

そうして、少々気だるそうにブルーの顔を見遣って、付け足した。

「それより、あんた。あの男との勝負に、相当入れ込んでいたようだったが、
 こんな形でお流れになって、悔しかないのかい?
 私にゃ、強敵と拳を交える武人の喜びなんざ、これっぽっちも分かりゃしないが、
 あの男が目潰しなんて卑怯な手を使ったから、不運な負け方をするのも当然の報いなんぞ思っているなら、
 タマの取り合いの真剣勝負を、随分と甘く考えてるもんさね。」

61 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/12/14 12:51:00 ID:???
*    *    *

飾り気無く質朴剛健を絵に描いたようなジンの屋敷は、主の佇まいに良く似ていた。
暴徒に押し入られた家内は酷く荒らされていたが、寝室と思しき一室だけは、扉に封が成されている。
ジンの妻子が安置されている寝台を前に、フーの映し身が施術の指示を出す。
冷気の呪いを相殺する獣人の術が終わり、
四方の壁中に樹木の葉枝が絡みつき、桃花の甘い香りが漂っていた。
外部の禍々しい冷気と隔絶された室内は、清浄な空気に満たされ、春の日溜りの如く、ほんのりと暖かい。
呪いの影響を受けぬこの場所ならば、祝詞が効力を損なうことなく治癒効果を発揮できそうだ。

>「で……手を貸すって言ったからには、アンタ治癒の術が使えるんだロ?
>正直アンタからは治癒なんて印象、これっぽっちも……いや、なんでもなイ。期待してるヨ」

フーの映し身が、冬宇子に念を押す。
皮肉な口調が気に障らないでもなかったが、力を貸すと大口を叩いた手前、後にも引けぬ。
何よりも、この件においてはジンのために骨を折ってやってもいい、そんな気持ちになっていた。
冬宇子は、手荷物の中から簡易筆入れを取り出し、二枚の白符に独特の書体で文字を書き連ねていった。
それをジンとブルーへと投げ渡し、

「治百疵符…簡易式の治癒符だよ。
 頑丈なあんたらなら それを貼って一時(二時間)も経てば、傷は癒えるだろうさ。」

続けて、寝台に並んで眠る女と幼子の上に屈み込み、手をとって脈を診た。
経絡への氣の注入と、冷気の相殺が功を奏し、身体は体温を取り戻し、顔には血の気が蘇りつつあったが、
脈は、極めて弱い徐脈。時折指先に微かな脈動が感じられるだけだった。
呼吸も未だ止まったままだ。

「これは中々手が掛かりそうだねぇ。何しろ、一度死んじまったようなものだからね…。
 ともかく、やるだけのことはやってみるから、今から言うものを用意しておくれ。
 鏡を二枚と剣を一振り、勾玉四つに、比礼(ひれ・スカーフ上の飾り布)三枚。
 あわせて十品だ。」

それらは、物部氏の祖、ニギハヤヒノ命が、天つ御祖の神から授けられ、常世に齎したとされる
十種瑞宝(とくさみずのたから)に擬えた品々だった。
すなわち、―――沖津鏡(おきつかがみ) 辺津鏡(へつかがみ) 八握剣(やつかのつるぎ)
生玉(いくたま) 足玉(たるたま) 死返玉(まかるかへしのたま)道返玉(ちかへしのたま)
蛇比礼(おろちのひれ)蜂比礼(はちのひれ)品物之比礼(くさぐさのもののひれ)――――
本物ならば、額の上で振り動かすだけで、死者をも蘇る治癒力を発揮すると言われる、国宝級の呪物である。

常世の神の力を引き出すには、五行の術式と同じく、形式と手順が大切だ。
たとえ擬物であろうとも、神式に乗っ取った手順を守れば、それなりの効果を得ることは出来るのだ。
問題は、神の力を仲介する巫女の能力だが、冬宇子は、腐っても斎宮に仕えた神和(かんなぎ)の血筋。
神氣に通じやすい体質、巫女としての最低限の資質は備えていた。

用意した品々を枕元に据え置き、塩水で口を注いだ後、冬宇子は祝詞を唱え始める。

「高天原に神留り坐す 皇親神漏岐神漏美の命以ちて 
 皇神等の鋳顕はし給ふ 十種の瑞宝を饒速日命に授け給ひ
 天つ御祖神は言おしへ詔り給はく 汝命この瑞宝を以ちて 
 豊葦原の中国に天降り坐して 御倉棚に鎮め置きて 蒼生の病疾の事あらば 
 この十種の瑞宝を以ちて
 一二三四五六七八九十(ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり)と唱へつつ 
 布瑠部由良由良布瑠部(ふるべ ゆらゆらと ふるべ)
 かく為しては死人も生反らむと 言おしへ給ひしまにまに……」

長い祝詞が終わり、寝台の女の口元に鏡を近づけると微かな曇りが生じ、生命を取り留めたことを示した。

62 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/12/14 12:54:52 ID:???
妻子の頬に触れ、安堵の溜め息を漏らすジンの顔を見つめて、冬宇子はしみじみと思わずにはいられなかった。
道義よりも誇りよりも、何より価値のある存在として愛される、この男の妻は、どれほど幸福か。
そして、ジン自身もまた、幸福な男なのかもしれない。
意地も誇りも矜持も、どうでも良いと思えるほどに、
我が身よりも、ずっと大切な者が出来れば、世界は違って見えるのだろうか?

その手は、無意識に帯に刺した懐剣を柄を包んでいた。
数百年、母から娘の手へと受け継がれてきた霊刀。
母は父と出遭って、結ばれて、幸福だったのだろうか。
いずれ自分の命を食らう宿命の娘を、それと知りながら、慈しみ育ることが出来たのは何故だろう。
母の母、そのまた母…外法憑きの女たちが、代々子を成して、命を次代に繋いだのは何故だろう。
我が身の裡に、汚らわしい宿命を終わらせようとは思わなかったのだろうか―――?

>>56-57
と、物思いに浸る冬宇子の顔に、注がれる視線があった。
ふと気づいて顔を上げると、そこには頭上に蕾を咲かせた、長い鬣の獣人がいた。
その顔面には厚く泥がこびり付き、表情は読めない。

>「聞け、舘花の歴史を、この男の行く末を」

獣人は、花師立花家の末裔―――『苗床』としての頼光の運命を語った。
霊樹の種を植えつけられ、一度花を開花させてしまった頼光は、百花百獣の王の力を得たものの、
その力を使うほどに養分を吸い取られ、人としての意識を無くしてゆく。
見事な花を咲かせた牡丹の苗床が二度と使い物にならぬように、
いずれ頼光は存在を失い、百花の王唐獅子に、成り代わられてしまう宿命なのだと。
それは、血に染み付いた呪いによって、代々外法神の力を受け継ぐ、冬宇子の母系の宿命に良く似ていた。
三輪の外法を宿した女は、次代の寄り代たる娘を産み、その娘が子を産める身体となると、急速に消耗して命を失う。
しかも、頼光が、仕込まれた緋牡丹を開花させたのは、
鵺と対峙した洞窟で、冬宇子を庇って銃弾を受けたことが原因なのだ。

押し黙る冬宇子の目の前で、獣人の身体から光が溢れ出し、乾いた泥が剥がれ始めた。
床の上に崩れ落ちた獣人の顔は、何時の間にか頼光のそれに変わっていた。
身体の傷は、跡形も無く治っている。

「だからって、私にこいつをどうしろってのさ……?」

溜め息交じりに呟く冬宇子をよそに、起き上がった頼光は、いつも通りに暢気なものだ。

63 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/12/14 13:05:54 ID:???
>「私に出来る事ならなんだってしよう。……そう言えば、君はこの呪災の原因を知りたがっていたね」

はしゃぐ頼光を放置して、ジンはブルーの問いに答えていた。
そう、既に問題は、冒険者としての依頼――遺跡の保護から、清国を襲う呪災に変わっている。

依頼の内容にそぐわぬ緊急招聘。
そして、依頼と同時期に、清国軍人の手で日本に届けられたという書簡。
これらを考え合わせると、呪災の発生と冒険者の招聘が関連している可能性は否定できない。
仮に、冬宇子達が呪災に遭遇したのが、全くの偶然だったとしても、
事態が収まらねば遺跡の探索どころではないし、帰国もままならないだろう。
第一、この呪災に巻き込まれたせいで、死ぬような目に遭ったのだ。
何が起こっているのか、徹底的に調べ上げて『納得』しなければ、どうにも腹の虫が収まらない。

そもそも、冬宇子達がジンの元を訪れたのは、
フーの旧友たるジンの安否を確かめ、避難所に呼び寄せる為であった。
交換条件は、宮廷道士フーの伝手で清国の要人に引き合わせてもらい、依頼の取次ぎと報酬の保証を得ること。

この後、約束通り、フーを伴って王宮に足を運ぶべきか。
或いは、ジンの言う『呪災の心当たりの心当たり』を探るべく、首都警備隊の詰所に向かうべきか。

フーの仲立ちで政府高官に面会したとしても、おそらく呪災に関する情報は、多くは得られないだろう。
フーは、呪災に関係すると思しき『実験』を知る立場にあるが、
その内容については、『口外すれば処刑される』と口を噤んだ。
そんな極秘実験の情報を、政府の要人たる立場にある者が、おいそれと明かすとも思えない。
逆に、要人の前で『実験』の存在を知ったことを匂わせれば、
外国人である冬宇子達は、不穏分子と看做されて拘束されてしまう危険すらある。
呪災の情報を得るには、きっと、中枢より末端からの方が効果的だ。
『依頼』については、フーさえ同行してくれれば、取次ぎはいつでも可能だ。当座は後回しにしてもいい。
冬宇子はそう判断した。

フーの映し身へと視線を移し、冬宇子は尋ねる。

「あんたにもう一つだけ、聞いておきたいことがある。
 答えたくなきゃ黙っててくれてもいいが、沈黙は肯定と看做すよ。
 例の『実験』だがね……趣旨は『殺す』ことではなく『生かす』ことにあるんじゃないのかい?
 違うかい?」

答えを待ち、次いでジンに向き直った。
この男に同行を求めるのは無理だろう。安全が確保されるまでは、何があっても妻子の元を離れまい。

「欲しいものねえ……?
 まずはその詰所までの地図をこさえてくれないかい?
 あとは、いい酒があったら少し分けて貰えないかねえ?
 ……しょうのない獣の餌にするのは勿体無いが、連れ戻さないわけにはいかないんでね。」

僅かな間を置いて、ちょっと言い難そうに付け加えた。

「それと…だね……!見りゃ分かるだろう?
 こんな格好の女に外を歩かせようってのかい?」

片腕を上げ、下着の襦袢まで破れた片袖を示して言うのだった。


【ジンへの要求:詰所への地図、酒、衣服】

64 : ◆u0B9N1GAnE :12/12/15 23:35:17 ID:???
>「…ぁあっ、その男は…、うそつきででたらめで悪い男です。そんな人の質問に答えちゃダメです。
 フェイさんは最初にぼくの質問に答えてください。こどもたちにこんな悪いことをしたのは誰ですか?
 できることならば、僕たちがその災いを祓ってみせましょう。
 ……もちろんあかねさんも、手伝ってくれますよね?そうしたらみんな幸せになれるから!」

「なれるから!じゃねーよ、ガキンチョ」

鳥居が問いを放つや否や、生還屋はフェイの答えを待とうともせずに口を挟んだ。
彼の右手が鳥居の頭を押さえつけて、髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。

「俺達にゃ先にこなさなきゃならねえ仕事があんだろ。このジジイとガキ共を助けたのは、ただの成り行きだぜ。
 それともなんだ。一度引き受けた仕事をほっぽって、僕は僕のしたい事をします〜ってか?
 それこそ嘘つきで、でたらめってモンだろ?」

所詮子供か、という見くびりが滲み出た口調と視線だった。
とは言え彼自身も、責任感や義務感といった真面目ぶった感情は持っていない。
仕事をこなすのは食い扶持を得る為でしかないし、
鳥居に説教を垂れているのは余計な面倒事を抱えたくないからに過ぎなかった。

「別に聞くのは自由だし、やるのも自由だけどよ。
 それはこっちの仕事が終わってからにしな」

生還屋は放り捨てるように鳥居の頭を解放する。

>「返答の順番はあなたに任せるが、私も聞きたいことが2、3ある

そうしている間に、マリーはマリーで質問をまとめていたようだ。
鳥居と生還屋の様子に戸惑い気味だったフェイが、そちらへ視線を移す。

> 1つ、この近くに遺跡があると聞いて来たんだが、近くにそれらしいものはあるか
  2つ、今回の災害を暗示するような話、もしくは、それに似たような言い伝えがあるなら教えて欲しい」
>「そして、3つ、あなたの知るフー・リュウの特徴を教えて欲しい
 …確かに私たちはフーと名乗る人物の依頼で来たが、あなたの陣について何も言われなかった
 それが妙に引っかかってしまってね。もしかしたら、フーを名乗る別人があなたに何かする為に我々を送ってきたなら
 そのことについて言わなかったのも頷ける。
 あと、これは質問ではなく、もしも、今の話が私の杞憂だった場合、門弟も同行する形で来ることは出来ますか」

君達が一通りの疑問を述べ終えると、フェイは暫く沈黙した。
俯き、眉間に皺を寄せ、右手を顎の下に運んで考え込む。
それから顔を上げると、まずは鳥居に目を向けた。

「……この国は未だ、戦争の最中じゃ。
 となれば呪災を起こしたのは、やはり敵国のいずれかと考えるのが筋じゃろう。
 あるいは……この国の人間が原因かもしれぬが……それについては、詳しい事は言えぬ」

フェイもジンと同じく、フーの実験について知っている。
だがそれを君達に語りはしなかった。
いかに恩人と言えど、軽々しく口外していい事ではないから――だけではない。

「じゃが、いずれにせよ……ぬしらには突き止めようがあるまい。
 下手に藪をつつけば、蛇どころか鬼を招きかねん。やめておく事じゃよ。
 ……儂は、ぬしらには死んで欲しくない。この呪災は、国の兵士や術士に任せておけばよい」

事の元凶はどこぞの敵国、あるいは王宮に近しい術士。
どちらであっても、その真相を暴く事は困難で――なにより危険だ。
一歩間違えば命を落とす事になる。君達に何一つとして否がなくともだ。
君達がそんな危険な試みにむざむざ飛び込んでいくのを、フェイが勧める理由はなかった。

65 : ◆u0B9N1GAnE :12/12/15 23:36:18 ID:???
意地の悪い言い方をすれば――彼はこの呪災によって失われる無数の命よりも、たった数人の命を選んだのだ。
君達には死んで欲しくないという事は逆説、君達以外のその他大勢には、興味がないという事だ。
顔も名前も知らない数千人の死は、たった一人の親しい人間の死よりも、軽い。
それは大抵の人間にとって――ただ常日頃から意識していないだけで、当然の事だ。

ともあれフェイが紡いだ言葉は確かに、鳥居が望んだ通りのものだっただろう。
君は文句のつけようもなく、彼にとって特別な人間だった。

「次は……この辺りに遺跡があるか、じゃったかの」

次にフェイはマリーの方に向き直り、

「そりゃあ、あるとも」

それから、いたくあっさりと、そう答えた。

「かつての王朝の都や、王族の墓、この大陸には数え切れぬほどの遺跡がある。
 この国の周りにも……二、三……いや、もう少しあったかのう」

けれどもそれは、君達の望んだ答えとは少し違うだろう。
候補が複数あるからと言って、その全てをとりあえず掘り返していたのでは、ただの遺跡荒らしだ。
彼の答えから、依頼の対象である遺跡だけを割り出す事は出来そうになかった。

「それに……この呪災を暗示するような話……のう。
 ううむ、ちょっと待ってくれるかの」

フェイは立ち上がると、部屋の隅にあった棚に向かった。
そこから書物を取り出して、少し目を通しては戻し、また次の書に手を伸ばす。
それを何度か繰り返してから、フェイは君達の元に戻ってきた。
彼の手には一冊の書物があった。

「強いて挙げるとすれば、これじゃな。
 これは歴史書じゃ。……五千年前の事について記された、の。
 正直なところ、内容は歴史と言うより神話と言った方が正しいかもしれぬ」

君達は会話と同じように、その書物に記された内容を理解する事が出来るだろう。

フェイが頁をすらすらと捲り、一つの章を開いて君達に見せる。
書かれているのは、寓話めいた話だった。

66 : ◆u0B9N1GAnE :12/12/15 23:36:55 ID:???
五千年前、一人の王がいた。
王は政に長け、優れた将軍にも恵まれ、天下を制した。
大陸を手中に収めた王が次に望んだのは、不老不死だった。
一世紀にも満たない人の命。
政治に付き纏う権謀と、敵国との戦争に必死になって、気付けば若さは失われ、力は衰え始めていた。
自分はあと何年生きられるのか。
半生を、それ以上の時間を辛い戦いに捧げてきて、残る余命でそれに釣り合うだけの幸福が得られるだろうか。
王はそう考えたのだ。

故に王は部下に、国中に、不老不死を成す術を探し出すように命じた。

それから暫くして、不老不死の法は見つかった。
見つけたのはまだ若い、幼いとすら言える少年だったそうだ。

晴れて不老不死の身を手に入れた王は、それはもう喜んだ。
これでもう、何人たりとも自分の永遠の栄光を崩す事は出来ないと。

たった一人、不死の法を見つけ出した少年さえ始末してしまえば。
故に、王は少年を王宮の地下深くに幽閉して、二度と出て来られないようにしてしまった。

しかし王の栄光は、彼が思っていたほどには、長く続かなかった。
死ぬ事のなくなった王は形の残り続ける富や宝を好むようになり、政治は商業に大きく傾倒して、飢饉や水害を招いた。
結果として王は叛逆に遭い、けれども決して死ぬ事はないから、永遠の禁固刑に処せられる事になった。
かつて少年を幽閉した、王宮の地下深くに。
そこには王の望んだ栄光などなく、ただ永劫の孤独と闇があるのだろう。

「……この話は、歴史よりもむしろ、読み書きを学ぶ時の教材によく使われる。
 因果応報や、欲をかいた者が辿る運命と言った、それらしい教訓を含ませられるからの。
 稀に、その地下には忌まわしい宝や呪具が王と共に封じられている……なんて脚色が為されている場合もあるのう」

フェイはそう付け加えると、君達に書物を手渡した。
それ自体は、別に大した価値のあるものでもないようだ。

「それで、一つ気になったんじゃがの。この話に出てくる『王宮』は、言うまでもないが五千年前の物じゃ。
 具体的な場所は名称は、記されておらぬ故分からぬが……
 もしかしたらこの王宮は既に、どこかの『遺跡』として発見されておるのではないかのう」

「そう、上辺だけが発見されて、王の幽閉された地下までは誰も気付かぬままだったとしたら。
 それが今になって、誰かが掘り返したか、何かの拍子に封が解かれたのだとしたら……」

「……所詮は推論にも満たぬ、妄想に過ぎぬがの。
 ぬしらが何故、ここいらの遺跡について知りたがっているのか、聞くつもりはない。
 じゃが、用心する事じゃよ。
 この呪災と、不死の法と、ぬしらが探す遺跡……この三つには、どうも繋がりがあるように思えてならぬ」

「きな臭えな」と生還屋が呟いた。
そうだ。君達は既に、この一件が偶然で片付けるには出来過ぎていると知っている。
戦争は今に始まった訳ではないだろうに、急遽保護が必要になった遺跡。
呪災の発生とほとんど同時に国を発った、冒険者招致の軍使。
更にフェイの語った伝承と、既存の情報との繋がり。
その裏に何があるのかは分からぬまでも、何かがあると疑うには十分過ぎた。

67 : ◆u0B9N1GAnE :12/12/15 23:38:37 ID:???
「最後は……ふむ、フーを名乗る別人のう。
 じゃったら、あ奴の術を見た事はあるかの?あ奴の家名、フーは『祓』と書く。
 こちらの大陸では、姓はその家の者の仕事や生まれの地が由来となるんじゃがの」

「その名の通り、フーの家は代々、何かを祓う事に長けてきた家系じゃ。
 あ奴は特に水と風を操り、何かを流す事が得意じゃった。
 呪いや怪我の治療だけでなく、軍事活動にも重宝されておったよ。
 情報伝達や流言……あ奴は、そういう事はあまりやりたくはなかったそうじゃがの」

「もしその術を見た事があるのなら、ぬしらの会ったフーが偽者という事はあるまい。
 それに……あ奴もまさか、儂がぬしらを殺そうとするとは思わなんだのじゃろう。
 だから儂の術を教える必要も感じなかった……そういう事ではないかのう」

どうやらフェイは、「フーが自分に何かをするつもりだった」というマリーの予想は、あまり信じていないようだった。
「あ奴は自分の知る者に悪意を向けたり出来る奴ではないよ」とフェイが語る。
知人故の贔屓目がある可能性も否めない為、手放しに信じるのは良くないが、フェイにとってフーはそういう人間らしい。

「これで全てかの。……それと、すまぬが、ぬしらに付いていく事は難しいじゃろう。
 この子ら全員を連れて移動するのは、流石に不安が残る」

「代わりに、フーへ宛てた文を書こう。儂は確かに、ぬしらに助けられたとな。
 先の術で儂の疲労と傷も癒えた。もう一度陣を張って大人しくしておれば、最早危険はあるまい」

彼の風水陣は一つの世界だ。
火も水も、食糧――木行にも困る事はない。
無理に獲物を探そうとさえしなければ、籠城し続ける事は容易い。
別に君達は一度帰って、子供達を十分守れるだけの人手を集めてから再びここに来てもいいのだ。

「……ま、こんなモンか。遺跡の場所は結局分かんなかったけどよ、問題はねえさ。
 あのアホ面達がしくじってなけりゃ、依頼主に直接聞き出せるんだからな。
 それよか……王宮だの不死の法だの……正直頭ん中ごちゃごちゃでよく分かんねえけど、またヤバそうな臭いがしやがるぜ」

生還屋が立ち上がった。
彼は元々自分の頭がそう回らない事を自覚している。
故に自分から何か質問をするつもりはないようだ。

君達は問いかけに対する答えを得手、フェイの無事を示す文も手に入れた。
彼に頼めば、風水陣に火を奪われた松明の代わりも用意してくれるだろう。
これ以上ここに長居しても、得られるものは何もない。



「……そう言えばよぉ、ガキンチョ」

フーの待つ寺院に向かう途中、思い出したように生還屋が鳥居に声をかけた。

「軽く流してたけどオメー今、吸血鬼……ようは不死身なんだろ?
 アイツ確か結界張ってるとか言ってたよな。寺ん中、入れんのか?」

寺院には冷気が流れ込まないだけではなく、動死体も寄り付いていないようだった。
中から物音や話し声がすれば、それを聞きつけて群がる動死体がいてもおかしくないのにだ。
恐らくは冷気と共に、動死体そのものも祓い退けるように結界が出来ているのだろう。
だとしたら鳥居がその中に踏み入れるのかは、少々怪しいところだった。

とは言え、それは生還屋にとってどうでもいい事だった。
あくまで思いついた事をそのまま口にしたにすぎない。
どの道、寺院はもうすぐそこだ。試してみれば分かる事だと、彼は街路の角を曲がり――

68 : ◆u0B9N1GAnE :12/12/15 23:40:18 ID:???
「……あー、いや、その心配は無さそうだ」

そこで立ち止まると、苦々しげにそう呟いた。
彼の前方ではまさに今、動死体の大群が寺院の門に群がっていた。
木製の門は何度も動死体に叩かれて、微かにだが歪み始めている。
破られるのは時間の問題だった。

寺院の中からは悲鳴が聞こえる。
門ではなく塀の上から動死体に侵入されたのだろうか。
あるいは――冷気が流れ込み、中にいた人間が動死体と化したのだろうか。
いずれにせよ、中には既に動死体がいるようだ。

更に、寺院には所々で火の手が上がっていた。
状況は端的に言って壊滅的だ。

「どうすんだ、これ……つっても、オメーらの事だ。腹なんざとうに決まってんだろうけどよ」

君達はその場から逃げてもいいし、せめて残った人達を助けようとしてもいい。
寺院の中へは、塀を乗り越えれば入り込めるだろう。
塀は決して低くないが、そこそこの身体能力があれば、またはやり方次第で越えられる。

ただし逃げるにしても、その逃げ道は安易な物ではないだろう。
人々の悲鳴や燃え盛る炎に釣られ、動死体は続々と集まってきている。
生還屋の勘に頼ったとしても、そもそも安全な道など無いだろう。
動死体の大群に挟み撃ちにされる事を覚悟しなくてはならない。
君達はまだ知らぬ事だが、奴らは真の生を求めるが故か、人を襲い、その血肉――温もりを求める習性がある。
もし逃げ遅れたら、君達は八つ裂きにされてしまう事だろう。

あるいは、君達が残った人達を助ける事を選ぶのなら、急いだ方がいい。
門が破られたのなら更に大勢の人が死ぬだろう。
なんとかして門を補強するなり、動死体共を取り除かなくてはならない。

寺院の中では一人の若い男が刀剣を振り回して、動死体共の気を引こうとしていた。
どうやら男は怪我を負っているようで、動きが鈍い。
自分は逃げ切れぬと悟り、せめて女子供を逃がそうとしているのだろう。
男は十を超える動死体にぐるりと囲まれていた。庇い、助けるのは困難だ。
なにより、そこまでしても、彼を助けて君達に何か得があるとは限らないのだ。

また、寺院の中に入ったのなら、君達は周囲にフーの姿が見えない事に気付くかもしれない。
彼がいなくては、君達は依頼と呪災、両方の手がかりを失う事になるだろう。


【:質問への回答
  元凶は誰?→分からんし、突き止めようがない。やめておこうよ
  遺跡はある?→あるよ。たくさんあるよ
  呪災を暗示する話は?→伝承にそんな感じの話があるよ。遺跡と何か関係あるかも?
  フーの特徴は?→術の性質から本人確認が出来るよ。本人だよ。
          フーは自分の知人に害意を向けたり出来る奴じゃないよ
  ついてこれる?→流石に危ないと思うよ。万全の状態だから、ここで籠城し続けられるよ。後でまた来る事だって出来るよ

 :寺院に到着すると
  結界が何故か機能停止していて、動死体達が集まってきています。
  既に中にも動死体がいて、避難民達に危険が迫っています。
  門を何らかの手段で防衛し、また中にいる動死体達を始末しないと、犠牲者はどんどん増えます。
  ついでにフーがどこにいるのかも、冒険者達には分かりません
  多分今回は行動判定とかあります】


69 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/12/18 19:49:36 ID:???
>「なれるから!じゃねーよ、ガキンチョ」

「きぃー!また餓鬼って言った。こう見えても僕はあなたのおじいちゃんよりも長生きしてるんですからっ!」
鳥居は金切り声あげて暴れ狂う。
なぜなら生還屋の右手が、鳥居の髪をぐちゃぐちゃにして掴んでいるから怒り心頭なのだ。
そんなぷんすかちゃんな状態の少年の言葉を聞いてか聞かずか生還屋はこうも続ける。

>「俺達にゃ先にこなさなきゃならねえ仕事があんだろ。このジジイとガキ共を助けたのは、ただの成り行きだぜ。
 それともなんだ。一度引き受けた仕事をほっぽって、僕は僕のしたい事をします〜ってか?
 それこそ嘘つきで、でたらめってモンだろ?」

>「別に聞くのは自由だし、やるのも自由だけどよ。
 それはこっちの仕事が終わってからにしな」

「ブーッ!」
とうとう鳥居は苦虫を噛んだような顔でむくれてしまった。
生還屋に痛いところを突かれて自分のわがままに気付いてしまったのだ。
しかし納得できないのが業というもの。鳥居はフェイに視線を移す。
自分が求める答えを言ってくれるものと信じて。

>「じゃが、いずれにせよ……ぬしらには突き止めようがあるまい。
 下手に藪をつつけば、蛇どころか鬼を招きかねん。やめておく事じゃよ。
 ……儂は、ぬしらには死んで欲しくない。この呪災は、国の兵士や術士に任せておけばよい」

「ふむむ…」
もう、唸るだけの少年。フェイの顔はけわしい。
呪災そのものを振り払うという提案に、喜ぶこともなく、
それどころか心配してしまっている。

――そしてフェイはマリーの質問にも答え、鳥居も幾つかの情報を得た。
まさにマリーさまさま。あとはフェイの無事をフーに伝えて対処してもらうだけ。
となれば長居は無用。冒険者たちは寺院へと足を運ぶ。

>「……そう言えばよぉ、ガキンチョ」
>フーの待つ寺院に向かう途中、思い出したように生還屋が鳥居に声をかけた。
>「軽く流してたけどオメー今、吸血鬼……ようは不死身なんだろ?
 アイツ確か結界張ってるとか言ってたよな。寺ん中、入れんのか?」

「しりません。入れなかったら入れなかったでそれまでのことです」
ツンと顔をそらす。頬はプーと膨らんでいる。
いやなこといいます。と鳥居は思っていた。

70 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :12/12/18 19:52:57 ID:???
>「……あー、いや、その心配は無さそうだ」

飛び交う悲鳴。寺院の門に群がる動死体。

>「どうすんだ、これ……つっても、オメーらの事だ。腹なんざとうに決まってんだろうけどよ」

「たすけるに決まってます!」
鳥居は跳躍して塀の縁に飛び乗る。すると目の前に広がる絶望の風景。
方々からあがる火の手。今にも破られそうな正門。
動死体に囲まれている手傷を負った男。

(たすけなきゃ!)
動死体と戦っている男に鳥居は自分を重ねた。
自分の中の何かを守るために彼は戦っているのだろう。
そう、たった一人で雨のように降り注ぐ不幸に抗っているのだ。

「マリーさん、ごめんなさい!」
こんどは鳥居がマリーを投げた。動死体の群がる男の方角に。

「あかねさん、結界の再起動はできますか!?僕は門を何とかしてみせます!」
鳥居は寺院の建物の中に入ると巨大な物体を押して出てきた。
それは仏像だった。門まで押して重石の代わりにするのだ。
しかし肩や頭に齧り付く動死体たち。それでも鳥居は押し続けている。

(今までみんなに迷惑をかけ過ぎてしまいました。
ここを守りきれなかったら、ぼくたちも帰ってきた頼光たちもみんなしんじゃいます。
それは絶対に阻止しないと…)

他の冒険者たちの嫌悪感、それよりも通り越してただ繋がっていたい。
もしかしたら繋がってくれるかも知れないという淡い希望を抱いて、鳥居は仏像を押し続けていた。

【寺院の中から仏像を押し出してきて、門の鎹代わりにしようとしています】

71 : ◆u0B9N1GAnE :12/12/19 23:14:11 ID:???
ジンに対して最も早く問いを放ったのは、ブルーだった。

>「…なぁ、ジンさん、だっけ?
 あんたって、人を指揮したことある?」

ジンが目を細める。
答える事は簡単だが、質問の意図が読めなかったのだ。

>「……俺ってさ、正直、さっきから言ってること的外れなことばっかり言ってたろ?
 アンタに対して…」

続く言葉にも脈絡はない。

>「…俺ってさ、アンタからみてさ…どう思った?」
>「本心から言ってくれ、俺のダメな点とかそういうのをさ」

そこでようやく得心が行った。
彼は彼なりに、自分のあり方に疑問を抱き始めているのだ。

正直な所――ブルーに対するジンの心象は良くなかった。
冬宇子達を仲間と呼び、傷つけられた事に怒る素振りを見せながら、
戦いに興奮して軽率に二人の傍から離れた時も。

船長という己が統べる者達を守るべき立場にありながら、
他者への干渉はしないなどと寝言をのたまった時も。

大切な物、守りたい物が無事に己の手の中にありながら、それを軽々と手放す様が、
妻子を失いかけていたジンには酷く憎らしく見えた。

「……君は、まだ若い。大切な物、欲する物が沢山あるのだろう。
 理想とする自分の姿すら、きっと一つではあるまい」

だが、だからと言って、彼はブルーになおざりな答えを返すつもりはなかった。
ブルーが真に自分の事を知りたい、変わりたいと願っているのなら、その思いを粗末に扱うのは卑劣な行為だ。
いかに矜持を捨てたと言えども、無理に卑しく振る舞う必要もない。

「別にそれ自体が悪い事とは言わないさ。
 若く、夢や希望を抱いていられるのなら、そうであるに越した事はない。
 だが……君はそうではないだろう?」

「戦いの中に、船長という立場に身を置く君は、君の欲する物全てを掴む事は決して出来ない。
 ならば君は自覚すべきだ。自分の『最も大切なもの』を。
 それを軽々しく手放してしまわぬようにね」

「……私に、人を指揮した事はあるかと聞いたね。……一度だけ、あったよ」

ジンの目が、遠い過去を見つめるように微かに細まった。

「詳しく話すつもりはないが……清がまだ小国だった頃の事だ。
 あの時私は八人の部隊を与えられた。そして彼らに陽動を命じたんだ。
 わざと敵に見つかって、気を引けと。その隙に私が標的を暗殺する作戦だった」

「作戦は成功したよ。だが、彼らが生きて国に帰る事はなかった。
 そうなる事は、初めから分かっていた。私も、彼らも。
 それでも私は命じ、彼らはやり遂げたんだ。国や、親しい人達の為に」

過去を見据えていた視線が、再びマーリンを捉える。

72 : ◆u0B9N1GAnE :12/12/19 23:14:36 ID:???
「君に同じ事が出来るかな?より大きなものを守る為に、小さなものを切り捨てる事が。
 君にもいつか、船という集団の為に、仲間を切り捨てねばならぬ時が来るかもしれない」

「君の最も大切なものはなんだ?仲間か?自分の船か?船長という立場か?
 誰にも干渉しないという孤高さか?それとも……戦いの中で得られる高揚かね?」

「今はまだ、分からないかもしれない。どれが正解で、どれが悪だという事もない。
 ただ、間違えない事だ。そして忘れてはいけない。
 失ってしまっては、もう二度と取り戻せないものもあるという事を」

語り終えると、ジンは目を閉じて、深く息を吐いた。
そうする事で、後悔とも罪悪感とも違う、ただやり切れない思いを、吐き出そうとしているようだった。
それもまた、埋伏拳頼りで捨ててしまってはいけないものだった。

>「あんたにもう一つだけ、聞いておきたいことがある。
  答えたくなきゃ黙っててくれてもいいが、沈黙は肯定と看做すよ。
  例の『実験』だがね……趣旨は『殺す』ことではなく『生かす』ことにあるんじゃないのかい?
  違うかい?」

ふと、冬宇子がフーに向けて問いかけた。
ジンも目を開いて、そちらを見やる。
フーは表情を苦め、右手を額に当てて項垂れていた。
それだけでもう、答えは出ているようなものだった。

「……勘弁しておくれヨ、ホント」

彼の言葉は肯定と取って問題ないだろう。
それから冬宇子はジンへと向き直った。

>「欲しいものねえ……?
 まずはその詰所までの地図をこさえてくれないかい?
 あとは、いい酒があったら少し分けて貰えないかねえ?
 ……しょうのない獣の餌にするのは勿体無いが、連れ戻さないわけにはいかないんでね。」

「地図と酒か、任せてくれ。すぐに……」

>「それと…だね……!見りゃ分かるだろう?
 こんな格好の女に外を歩かせようってのかい?」

と、ジンが固まった。
それから決まりが悪そうに目を逸らす。

埋伏拳はジンの感情を分け与えられる事で擬似の人格を得る。
そしてその与える感情は大抵の場合、慢心や油断などの、卑しいとも言えるものになる。
それ故か埋伏拳はどうにも、口が悪く、下品な振る舞いをしがちだった。


73 : ◆u0B9N1GAnE :12/12/19 23:15:12 ID:???
「……早急に、用意しよう」

言葉と同時にジンは両拳を打ち合わせた。

「そら、行け。今すぐにだ」

「……ナーンカ扱イ悪クネー?ヤッタノハ俺達トハ別ノ埋伏拳ダロー」

生み出された子鬼達はやや不服そうだった。
が、このまま下らない事でごねていては、ジンはもとより倉橋が怖いと察したらしい。
すぐに散り散りになると、屋敷の中から倉橋の要求した物を掻き集めてきた。
とは言え酒も衣服も、生憎な事に日本と同じものはなかった。
酒は黄酒や白酒。
衣服は華服や旗袍――カフェーで着ていれば新手の客引きにでもなりそうな服しかないようだ。

「好きな物を選んでいってくれ。衣服の方は、女中の物だが……そう悪い物ではない筈だ。
 それと、これが地図だ。少し遠いが、君達ならば問題あるまい」

子鬼達が使い走りをしている間に、ジンは詰所への地図を描き終えていた。
やはり道順は最低限しか記されていない。
君達がそれを悪用するかどうかは関係ない。
例え理由など無くとも、それは語ってはいけない事なのだ。
かつて軍に身を置き、今もこの国に生きる者として。

「もう一つ……これも持って行くといい」

そう言うと、ジンは勾玉を三つ、君達に差し出した。

「それには埋伏拳を打ち込んである。何かの役に立つだろう。
 それでは……くれぐれも気をつける事だよ」



ジンの屋敷を出てしばらくすると、君達はちょっとした異変に気付くだろう。
フーの映し身が突然ただの符に戻って、ひらひらと地面に落ちたのだ。
それが何故かは君達には分からないが、想像する事は出来る。
君達はその符を最早役には立つまいと捨ててもいいし、取っておいてもいい。

道中には何故だか、動死体の姿がまるで見られなかった。

更に道を進んでいくと、不意に君達の前方から激しい破壊音が聞こえた。
壁や地面からは震動も感じられただろう。
ちょうど、曲がり角に差し掛かる直前での事だった。

地図を見る限り、その先に何か特別な場所がある訳ではないようだ。
今までと同じように狭く短い通路が続いている筈だった。

だが歩を進めた君達が目にするのは、荒れ果てた空間だった。
商店街のように略奪の後で物が散乱しているだとか、そんな次元ではない。
塀も建物もめちゃくちゃに破壊されていて、所々で地面が深く抉れてさえいた。

そして瓦礫や窪地の下には動死体共が、地面を覆い隠すほどに転がっていた。
どれも四肢が不満足で、腰から上と下が離れ離れになっているものも少なくなかった。
いかに動死体が不死とは言え、ここまで破壊されては、再生も儘ならないだろう。

また傍の塀には何やら、大きく血文字が残されていた。
『もし俺が死んだら、祖国の復興、どうかよろしく。学がないので手短で失礼』とだけ。
その下にはやや小さく『亡国士団』『砲鮮華』と記されていた。
後者は人名、前者は――恐らく所属なのだろうが、君達の知る名ではなかった。

74 : ◆u0B9N1GAnE :12/12/19 23:15:48 ID:???
『オット、コリャ早速、俺達ノ出番ナンジャネーノ』

と、突然、君達の懐から声が聞こえた。
ジンに渡された勾玉から出てきた子鬼共の声だった。

彼ら曰く、亡国士団とは『清が滅ぼした国に、滅ぼされた国の者を集めた兵団』との事だった。
国王は彼らに一つ約束をしているらしい。
清の為に働き成果を上げれば、清が大陸を統一した後、その者の祖国を復興して自治を認めると。
祖国――亡国の復興の為に、彼らは皆死に物狂いで戦に臨んだそうだ。
元々、清は祖国の仇を討った国だ。彼らが清の為に働く事に、さほどの抵抗はなかった。

『……ト、マァソンナ感ジダ。チナミニ亡国士団ノ成立ニモ、ジンハ関ワッテンダゼ。
 テイウカ、アル意味デハ根幹トモ言エルナ』

ジンという暗殺者がいたからこそ清は、他国を吸収して軍力の増した敵国を切り崩す事が出来た。
もっと言えば、敵国が他国を滅ぼすのを『待っていられた』。
埋伏拳もそこまでは語らなかったが、想像出来ない話ではないだろう。

ともあれこの『砲鮮華』(パオ・シェンファ)は亡者共を一手に引き受け、
清の民が逃げ延びる時間を稼ごうとしていたようだ。
命をかけて。そうする事で清に尽くし、亡国を復興してもらえるように。

『シカシ……コリャヤリ過ギダゼ。
 塀マデブッ壊シチマッテ、コレジャ通リ道ヲ作ッタヨウナモンジャネーカ。
 自分ガオッチンダ後ノ事、考エテネーンジャネーノカ』

子鬼がそう呟いた直後、再び破壊音が響いた。

『オイオイ、チョット止メテヤレヨ。アンタラダッテ困ルダロ。
 ソノ地図ト実際ノ地形ガ、マルデ食イ違ッテキチマッタラヨォ』

音は君達の傍にある、倒壊した民家の向こう側から聞こえた。
回り込んでみると、そこには一人の男がいた。
後ろ姿だ。見えるのはあちらこちらに跳ねた頭髪と、まさに今振り下ろされたばかりであろう鉄槌。
そしてその下から漏れ出てくる血液だけだった。

君達はパオに声をかけるだろうか。
それとも構っていられるかと、そそくさと先へ進もうとするだろうか。
しかし辺りには瓦礫が散らばっていて、足音を立てずに通り抜ける事は出来ない。
どの道、彼には気付かれてしまうだろう。

75 : ◆u0B9N1GAnE :12/12/19 23:17:11 ID:???
そしてパオは君達を振り返る。
その顔は蒼白だった。紛う事なき死者の顔色だ。
彼はとうに死んで、動死体と化していた。

パオは今までに見た大半の動死体とは少し違った様相を示していた。
彼は明らかに目的を持って行動しているのだ。
他の動死体のように音や動体に釣られてただ徘徊するのではなく、
この場に留まり武器を用い、動死体を倒す事に専念している。

「また……お出ましか……いいぜ……やってやるよ……国の……為に……」

パオが鉄槌を構え直し、君達を睨む。

「畜生……死んで、たまるか……ぶちのめしてやる……どいつもこいつも、ぶちのめしてやる……!」

彼は自分が死んだ事に気付いていなかった。
ただ祖国の為に、この場に現れた者を叩き潰す。
その執念のみを抱いて彷徨う亡者と化していた。

直後に、パオの鉄槌が火を噴いた。
赤、青、黄、彩り豊かな『花火』だ。
君達を撃ち落とした砲撃の主は、彼だった。

彼は猛然と君達へ迫る。
花火の噴射が動力となって、動死体特有の緩慢な動きを補っていた。

鉄槌は君達三人をまとめて薙ぎ払う軌道で襲い来る。
辺りは瓦礫ばかりで、咄嗟に避けるにはそれなりの身体能力がいるだろう。

君達は彼を死なせてやってもいいし、何とかして逃げ出してもいい。
もし逃げられたのなら、彼はこのままずっと、ここで動死体達と戦い続けるだろう。
それはそれで、清の為の働きになるかもしれない。
勿論助けようとするのも一つの選択肢だ。無論、それが叶うとは限らないが。

76 : ◆u0B9N1GAnE :12/12/19 23:47:55 ID:???
>>70

【行動判定:→マリー】

「うわっ!?あ、あんた一体どこから来た!?」

君は動死体共の真っ只中に放り込まれた。
おかげで切り込む手間が省けただろう。
確かにその位置なら男を守る事が出来る。

「……いや、そうじゃない!なんでこんな所に来たんだ!」

ただしそれは、全方位から迫る十数体の動死体に殺されなければの話だ。
そして君は――それを為すだけの技量がある筈だ。

君は暗殺者の末裔だ。
多勢に無勢、敵陣のど真ん中こそが、君の先祖の主戦場だった筈だ。

「くそっ……!いいか、落ち着いてよく聞くんだ!
 ここは俺が囮になる。その隙にあんたはなんとか逃げるんだ!いいな!?」

ひとまず、今にも動死体の群れに飛び込んでいきそうな男を止めてやろう。
きっと君よりも遥かに、彼の方が落ち着くべきだ。
しかし言葉で言い聞かせている暇はない。
いっそ思い切り驚かせてやるのがいいだろう。

【→あかね】

結界の再起動は出来そうになかった。
君の力や才能の問題ではない。
どうも結界は、強い力で完全に破られてしまっているのだ。
君はそれらの事に気付くかもしれないし、気付かないかもしれない。


77 :双篠マリー ◆Fg9X4/q2G. :12/12/24 21:28:48 ID:???
フェイは要求通り鳥居の質問から回答を始める。
鳥居の質問に対する返答内容は寺院でのフーの返答と変わりないものだった。
仮にフェイがこの災害に関する情報を前もって知っていたのならば、このような事態にもならなかったはずだ。
そう考えると、この返答は当然のものなのかもしれない。

鳥居への返答を終えたフェイはマリーの質問へ回答を始める
遺跡の有無に関しての答えは「YES」ではあるが、遺跡は点在しており
この質問だけでは依頼の遺跡を絞り込むことは難しいようだ。
そして、フェイは棚から書物を取り出すと回答を続ける。
「実際に被害で出ている以上、妄想で済ますわけにもいかないか」
そうつぶやくと、マリーは受け取った歴史書を確認する。
もしも、この話が事実ならば、その年代に同じような事象が起こっているはずだ。
話の中にあった事象は
・戦争の集結
・不死と化した王が引き起こした災害
・大規模な叛逆
目星を立てるには十分すぎるほどの情報だ。
だが、この場で容易に特定できるほど、この国の歴史は浅くはないし
人が書き記しているものである以上、抜けているところや
改竄されている可能性も少なくはないはずだ。
いずれにせよ、しばらくはこの歴史書とにらめっこすることになるだろう。

最後にフェイはフーに関する質問に答えた。
フェイが話したフーの特徴は、寺院で会ったフーと合致していた。
「やはり、私の杞憂だったか、身内を疑わせるようなことをしてしまって申し訳ない」
とフェイに頭を下げたが、マリーは別の可能性について考えていた。
もしも、フーがフェイの言ったような人間だったとしら
見ず知らずの自分たちはどうだろうか
…自分もフェイのように手放しで信用はしたいが、人の汚い部分も熟知している以上
クドいようだが、フーに対する疑いはまだ残していいのかも知れない。
「確かに我々と一緒に行動するよりも結界の中のほうが安全かも知れないな」
フェイは陣の中にとどまることを選択した。
マリーもその選択に異論は無かった。事情を書いたフェイの手紙を持っていけばフーも納得するだろう。
さり際にマリーは何か明かりになるようなものを要求して、寺院へ向かった。

寺院へ戻る道中、マリーはこの間の依頼について思い返していた。
…祟り神の力を利用し、軍の増強を図ろうとした恐ろしい計画は自分らの手でなんとか食い止めることに成功し
それに携わった人間は闇の中で全て葬ることが出来たはず…
今回の依頼、そして、この災害、極めつけは不死の伝説
軍事に利用出来たならば、死なずにひたすら殺戮を繰り返す兵ができるのではないだろうか
思いたくはないが、第二の計画が裏で進んでいるのではないかと錯覚してしまうような気分だ。

78 :双篠マリー ◆Fg9X4/q2G. :12/12/24 21:29:11 ID:???
そんなことを考えている合間に、寺院に到着したが、状況は最悪だった。
「なんだこれは!」
マリーは目の前にある光景を疑った。
押し寄せる屍人、門の向こう側から聞こえる悲鳴、明らかに何かが起こってしまったあとだ。
「とりあえず、塀の上に上がろう。中の様子も気になるし、ここも危ない」
身体能力の高い鳥居は一人で先に上がったが、あかねにはそれが難しいだろう。
そこでマリーは先に塀の上に上がり、自分のコートの裾を掴ませあかねを引き上げた。
その瞬間だった。何か強い力に引かれ、いつの間にか投げ飛ばされたのは、それが鳥居によるものだと気づくには
そう時間はかからなかった。
「全く女性の使い方がなってないな」
屍人を蹴り飛ばしてなんとか着地をし、すぐさま辺りを見回す。
辺り一面屍人だらけの中、剣を持った男がこちらへ気がつく
興奮状態の男はマリーに逃げるよう促すが、怪我を負っている男にそこまでの余力が無いことは
ひと目で分かる。
「わかった。よろしく頼む」
引き止めて止まるような男では無い以上、無理に引き止めず男を行かせる。
だが、それは、自身が助かるための非情な判断ではない。

次の瞬間、男に気取られることなく、篭手に仕込んである短剣を露わにする。
男の動きに合わせるように動き、屍人に刃を向ける。
耳から、鼻から、口から、目から短剣を突き刺し、仕留め
膝を蹴り、踏み砕いて動きを止める。
男からしてみれば不思議な光景だろう。先程まであんなに追い詰められていたはずなのに
次々と周りの屍人が倒れていくのだから

79 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/12/25 23:03:10 ID:???
ブルーが己に足りないものを戦士としてのジンに尋ねる。
冬宇子がフーをも巻き込み、事件の真相に至るべき質問を。
そしてそのために必要なものを要求していた。
そんな中、頼光は自分の変化の確認に余念がなく、周囲の状況や目的達成に必要な情報収集を全くしていない。
とはいえ、思考能力が足りない男であり、情報収集の手段もその意識すらありはしないのだ。
たとえ話に入ったとて全くついてはいけないだろう。

だがそんな事すらも自覚できない頼光はずかずかと話に入り込んでいく。
小鬼が持ってきた酒を勝手に盃になみなみと注ぎ、口をつけながらブルーとジンの間に入るのだ。
「大陸の酒もいけるじゃねえか。
おめーらも辛気臭せー顔して小難しい事話してないでよ、一杯飲めよ。
なぁに、心配はねぇ。見てろよ?」
残った酒を飲み干すとブルーとジンに見せつけるように盃を握り潰しすのだ。
バキバキと砕ける音と共に握った拳が一瞬火を噴いた。
そっと開かれた手には砕け潰れ、それでいて半ば溶けてくっつき一つの塊になった盃だったものが転がり落ちる。

「うぇっへっへ、どうよ?さっきの戦いで開眼したってかよ、覚醒ての?
すげーだろ?
動死体だろうがなんだろうが俺様が叩き潰して救国の英雄になってやるから安心しろよ」
まるで子供が新しい発見をしてそれを自慢するかのように。
無邪気に喜び有頂天となっているのだ。
ジンが勾玉を差し出した際も、そんなものに頼るほど弱くねえ、と無下に断りブルーに持ってろと言い放つほどに。
肝心な事よりも、物珍しい華服や旗袍を冬宇子にあれやこれやと進めることの方に忙しいのだ。

結局自分の新たなる力に酔い、情報収集もせず助力を考えもなく断る。
そんな頼光を戦士たる二人にはどんな風に映っただろうか?
たとえどれだけの力が使えようとも、それが使いこなせる事とは隔絶たる差がある事も理解できていない頼光を。

###########################################

屋敷を出た後、フーの映し身が符に戻ってしまったが、頼光は全く気にもしていなかった。
術の効果が切れただけなのか、フー本体に何らかの異常が起こったのか。
それによってはこれからの行動、戻ってからの立ち位置などに大きな影響を与えるであろうというのに。

それよりも頼光が気になっていたことは、先ほどから全く動死体の姿が見えない事なのだ。
もともと武勲に飢えた男である。
新たなる、しかも強力な力を得れば振るってみたいと逸る気持ちばかりが先行しているのに。
本来ならばありがたいはずのこの状況も今の頼光にとっては不満でしかない。
「早くいくぞ!お前ら、俺様について来い!」
進めば遭遇するだろうと速度を速めると、突如として激しい破壊音と振動が響き渡る。

すわ敵か!と角を曲がればそこは驚くべき空間が広がっていた。
暴動の跡、などという言葉では追い付かない。
爆撃でもあったかと言わんばかりの破壊された空間。
建物も地面も区別なく破壊されているのだ。
そして動死体と遭遇しなかったわけも、そこかしらに転がる破壊された動死体が物語っていた。
「こんなにいたのかよ、動死体……
それでこんなにの動死体を街ごと潰したのはどんな化けモノだ?」
怪訝そうにあたりを見回せば、大きな血文字が目に付いた。

それが何を意味するのか頼光は理解できなかった。
もちろん、勾玉から出てきた子鬼どもの解説を聞いても、だ。
自国の歴史すらおぼつかない頼光が、大陸は清国の歴史や軍の構造など理解できようはずもない。
本来華族を目指すのであればこういった教養も必要不可欠であり、こと武勲の誉れをというのであれば尚更なのであるのに。

理解はできなくとも動死体を潰して回っている者がいる。
それは同じ敵と戦う=味方、という単純な思考は頼光にも持てた。
この単純さゆえにこの先の不用意な行動を何の疑いもとってしまうのだった。

80 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :12/12/25 23:04:02 ID:???
見つけたのは男の後ろ姿。
振り下ろしたばかりであろう鉄槌。
その下は……動死体であろう。

それを見た頼光は少し値踏みをするようにその背中を見て、瓦礫を蹴飛ばしながら近寄っていった。
「おー!動死体掃除ごくろう!
俺はフーとジンに頼まれてこの国を救っている日本国華族の武者小路頼光様だ!
これ全部お前がやったのか?俺様ほどじゃねーにしてもなかなかやるじゃねえか!」
宮仕えの道士のフーと歴戦の将軍のジン。
その二人と知遇を得ている自分は当然パオより格上。
そんな優越意識を持ちながら上官気取りでパオに声をかけたのだ、が……

振り向いたパオの顔を見て頼光の顔が引きつった。
その顔は明らかに生者のそれではない。
>「また……お出ましか……いいぜ……やってやるよ……国の……為に……」
だが、ただ徘徊していた動死体とは異なり、活動的だし何より動死体を倒しているのだ。
しかも、かなり怪しげではあるが言葉を発している。
「あ、え?お、お前、死んでいる、のか?」
判別付かない頼光が恐る恐る尋ねるが、その答えは
>「畜生……死んで、たまるか……ぶちのめしてやる……どいつもこいつも、ぶちのめしてやる……!」
「う、うああああああ!話が通じねえ!!こいつっ!死んでるのか!?やっぱり動死体なのかっ!?」
混乱気味に叫ぶ頼光にパオの鉄槌が火を噴いた。

色とりどりの花火を尾の様に引き連れ、猛烈な勢いで間合いを縮める。
まるでロケットを思わせるようなその勢いはその威力を容易に想像させる。
爆撃を思わせる破壊された建物や地面を穿った窪みは間違いなくこの鉄槌から繰り出されたのだ。

三人まとめて薙ぎ払う軌道で繰り出された鉄槌に、混乱から何とか立ち直った頼光に既に避ける間は残されていなかった。
だがだからこそ、頼光はできたのだ。
目の当たりにした破壊跡とそれを作り出した鉄槌が迫る刹那。
頼光は躱すことも防ぐこともせず、両手を突出しその鉄槌を受け止めたのだ!
鉄槌を受け止めた瞬間、頼光の腕と足は野太く剛毛の生えた獣人のものとなり、背中とふくらはぎからは根が生え地面を穿ち身体を支える。
バチンという大きな激突音を響かせ、頼光はパオの繰り出した鉄槌を受け止めたのだ。
「うごがああああああ〜〜〜おらあああ!どうだ!見たか俺様の力あああ!!!
スゲーぞ!俺様の力!
ん?なんだこりゃ?痺れが全身をはしるぅぅぅ〜〜」
鉄槌を受け止めた後、全身を駆け巡る衝撃波に痺れてしまい、動けなくなっていた。
痺れはしばらくすれば収まるだろうが、鉄槌を受け止め握ったまま頼光には二の手はなかった。

見事強烈な一撃を受け止めた頼光であったが、一つ変化が起きていた。
つむじから生えた牡丹の蕾。
蕾の根元に今までなかった葉っぱが二枚、ふわりと生えていた。

81 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/12/30 21:56:14 ID:???
>>71-75 >>79-80
「覗くんじゃないよ」
と、言い置いて入った寝室隣の化粧部屋で、倉橋冬宇子は鏡台に向かい、
腕に引っ掛けた衣服を、かわるがわる肩に当てがって品定めをしていた。
小鬼に引き破られた着物の代わりにと用意された衣服。
ジンは女中の物だと言っていたが、なかなかどうして、決して粗末なものではなく、
中には絹地を使った上等な品も見られた。おそらくは若い女中の晴れ着か外出着であろう。
鏡に映るのは、桃色の華服。
和服に似た合わせ襟の、長い袖のその服には、牡丹の花と蝶の柄が鮮やかに染め付けられている。
あの馬鹿――…武者小路頼光が、やたらと冬宇子に勧めていた品だ。
そう気づくと同時に、不意に、頼光の守護霊獣――唐獅子の言葉が頭の中を過ぎった。

―――霊樹の『苗床』である頼光は、呪力を行使するほどに人の部分を無くし、やがて存在を失う―――
『開眼だ』『覚醒だ』と、大はしゃぎで、その意味も知らぬままに、力を振るう頼光の姿を思い返して、
冬宇子は、切ないような、腹立たしいような、何とも言い難い気持ちになった。
呪力の乱用は、霊樹の生長を促進するが、たとえ頼光自身が、その力を制しようとも、
いずれ来る破滅は止められぬ、そう唐獅子は語った。
果たして、この事実を、あの男自身に伝えるべきだろうか。
話したところで、あの能天気な、幼すぎる男が、己の宿命を受け入れる覚悟を持つことができるだろうか?
ふっと、冬宇子の脳裏に、美しかった母の、干乾びたように衰えた最期の姿が浮かんだ。
あの顔があんなにも怖ろしいのは、冬宇子自身の末路をも明示しているからなのだ。
怖れることしかできないのならば、抗えぬ運命など、知らぬままでいる方が、幸福ではないのか――?

足元に布が落ちてきた感触に、冬宇子は我に返った。
何時の間にか、胸に当てていた服を取り落としてしまっていたのだ。
拾い上げようと屈みかけて、やっぱり手を止めた。
何故あんな男の為に、あれこれと思いつめていたのか。
やるせない気持ちを振り捨てるように、落ちた服を足で押しやって、冬宇子は再び衣装選びに没頭した。
この華服、悪くはないが、小娘じみているし、華やか過ぎて野暮ったい。
第一、踝まで隠れる長い裳を着ては、動き難いではないか。

結局、最後に選んだのは、清の民族服――旗袍だった。
旗袍は詰襟の騎馬服から派生した衣服であるが、女性用により装飾的に発展したそれは、
身体にぴったりと添い、胸のふくらみから腰の括れまで、女性らしい稜線がくっきりと出る。
裾の左右に深い切れ込みがあり、和服のように脚の動きを制限しない、なまめかしさと機動性の同居した衣類だ。
冬宇子は、青碧色の旗袍を着込み、その下にスラックス状の白いズボン、
防寒の為に、地味な茶褐色の外套をゆったりと纏った。
化粧を直し、改めて姿見の中の自分を眺める。
光沢のある絹の旗袍をすらりと着こなした身体の上に、肩で切り揃えたモダンな断髪が乗っている。
まるで、舞台裏の京劇女優のようではないか。
冬宇子は、鏡に向かってしなを作り、一人悦に入って部屋を後にした。

82 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/12/30 22:00:58 ID:???
女の長支度にたっぷりと時間をとられた後、
一行が用意を整え、ジンの屋敷を出たのは、午後九時を回った頃だろうか。
手荷物の中に、ジンに手渡された酒瓶と勾玉を加え、カンテラの灯りを頼りに、地図を片手に夜道を歩いた。

次の目的地は、首都警備団の詰め所だ。
呪災が起こる直前、彼らはジンに警邏の手伝いを依頼をしたという。
『他にしなければならない事があって、兵力が不足するかもしれない』とジンに伝えて。
随分と意味ありげな言葉を残したものだ。
首都警備団が、都の警備よりも優先させなければならない事柄とは、何だったのか?
なんにせよ、呪災の情報を得るには、頼りない手蔓だった。
わざわざ足を運んだ所で、『近代化を阻む国民の悪習、立小便を取り締まる為に人手が必要だった』
なんて、盛大な空振りの可能性も大きい。
それでも、ともかく現場に行って手掛かりを追う他はなかった。

呪災に関して、冬宇子達が手に入れた情報は、ごく僅かだ。
しかも、何一つ確かなものはない。

宮廷道士フーの手掛ける『実験』が、今回の呪災と原理を同じくしていることは、フー自身も認めている。
『実験』の目的は、『経絡の永久循環による長命』――ありていに言えば『不老不死』だ。

『実験』が『呪災』の発生に関わっていると仮定して、動死体が徘徊する街の在り様を見れば、
本来の企図とは掛け離れた形で、術式が発動していることだけは確かである。
それが首謀者の意図によるものか、或いは、功を焦る者の『失敗・事故』という類のものなのか、
故意に起されたものだとして、誰が何の為に呪災を要したのか。
推測の材料すらないのが現状である。
やはり『実験』の実情を知る中枢に、伝手を作る意味でも、足を運んでおくべきだろうか。

警備団からの情報収集を終えたら、王宮に向かおう。
そう心に決めて、冬宇子は、頭二つ分ほど上空を漂うフーの映し身を仰いで、

「道士の兄さん!
 私らを清国のお偉いさんに紹介してくれるって約束、忘れちゃいないだろうね?
 そらっ惚けて反故にしようったって、そうはいかないからね。」

彼が拒否出来ぬことを見越して、強気で迫った。
なにしろ、冬宇子達が『実験』の存在を知っていること自体が、
取りも直さず、緘口を破ったフーの弱味を握ったも同然なのだから。
虚空に浮かぶ幻影は、淡い光を纏ったまま、黙って静止していた。
と、次の瞬間、音も無く幻影は消え去り、闇の中、人型の紙切れが、ひらひらと落下していく。
冬宇子は呆気に取られて、それでも落ちてくる紙人形を、掌で受け止めた。

映し身の消失は、二つの可能性を示していた。
即ち、術式に不備が生じての、いわゆる通信障害。
或いは、術士であるフーの身に異変が起こったか。
フーが冬宇子の要請を拒否して逃亡したとは考え難い。彼が映し身となって同行していたのは、
自身にとって都合の悪いことを知った、冬宇子達を監視する目的もあった筈なのだから。
どちらにせよ、今すぐにフーの安否は確かめる術はない。
術式の不備ならば、じきに回復するやも知れぬと、薄い望みを繋いで、旗袍の刺繍帯に紙人形を挟んでおいた。


賑やかな街ならば、漸く酒場に灯りが点り始める宵の口だというのに、辺りは暗闇に包まれている。
街区ごとに高塀を巡らせた見通しの悪い街路を、目的地までの道順を示しただけの、
地図ともいい難い紙切れを頼りに歩くのは、いかにも心許無い気持ちになるのだった。
陰鬱な空気を振り払おうと、冬宇子は、連れ立って歩くブルー・マーリンに、勤めて明るく声を掛けた。

「ねえ、兄さん。
 あの男、あんたの事を『船長』…なんて呼んでたが、国じゃあ船主の家系なのかい?
 船主の息子が、異国で冒険者なんぞやってるってこたァ、
 何かポカやらかして、武者修行にでも出されたか…?」

そう言って、からかうように笑った後で、

「まァ、あんたが国で何をやっていようが、私にゃ関係の無いことだがね。」

83 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/12/30 22:05:23 ID:???
冬宇子は、にわかに真顔になって、ブルーの顔に視線を注いだ。

「ところで…あんた。前に私のことを『仲間』だって言ったね…?
 まァ確かに、仕事仲間であることは間違いないがね。
 あんたにとって『仲間』ってなァ、それ以上の特別な意味のあるもんなのかい?」

そこまで言い置いて視線を逸らし、残りは、取りとめのない呟きに変わった。

「『仕事仲間』に『軍隊仲間』…『遊び仲間』……
 『運動競技のチーム仲間』…なんてものもあらァね。
 私は思うんだがね、
 そもそも『仲間』ってモノは、『目的』ありきで集まった人間のことを言うんじゃないのかね。
 つまり、絆、なんてものがあるとすれば、『共通の目的』がそれさ。
 たとえばさ、軍人が任務を放り出して戦友の救出に走り、結果、作戦失敗、部隊が全滅、
 なんてことになったとしたら、戦友が生きて帰ったとしても、
 そりゃとてつもなく本末転倒なことだとは思わないかい?
 私にゃ、仲間なんてものが、『目的』以上に価値があるものだとは、到底思えないんだがね……」


と、その時、
一行が歩く細い路地の奥から、静寂を破る破壊音が轟いた。
まるで何かが墜落したかのような、轟音と振動だ。
細い一本道、引き返すつもりがなければ、進むより他にない。

意を決して、曲がり角を進むと、そこに拡がっていたのは、破壊しつくされた空間だった。
鉄壁都市の象徴たる高塀は、半ば崩れ落ち、剥き出しの鉄筋がぐにゃぐにゃと突き出している。
一帯の家屋は壁も天井も吹っ飛ばされ、地面には、抉るような大穴が幾つも穿たれていた。
まるで砲弾を浴びた戦場のような有り様だ。
そして散乱する瓦礫と共に、折り重なる無数の動死体。
ランタンの灯りに浮かび上がる灰色の塀には、乾いてどす黒く変色した血文字が残されていた。
漢語ではあったが、『我』『死』『祖国』『復興』という文字から、文意はどうやら読み取れる。
『亡国士団』『砲鮮華』と名乗る人物からの、まさに命がけの伝言だった。

と、ネックレス代わりに革紐に通し、首にかけていた勾玉の中から、
ぽん、と小さな音を立てて、小鬼が飛び出した。ジンの埋伏拳の化身だ。
小鬼は、『亡国士団』の成立と陣容について語る。

「国を失った連中を集めて、祖国復興と自治権を餌に、汚れ仕事をやらせてるて訳かい。
 流石は外交上手の清国だ。アコギなことをするねえ。」

冬宇子が、皮肉と口先ばかりの同情を示したあと、

「で、この先で、動死体の山をこしらえているのが、砲鮮華(パオ・シェンカ)って奴かい。
 しかし、妙だねえ。
 ここいらには、私ら以外に生きてる人間なんか、人っ子一人いなかったじゃないか。
 避難民の為の陽動って風には、とても見えないし、
 パオって奴は、何のためにここで戦ってるのか…?」

不審を口にしながら歩を進めると、倒壊した家屋の影に、男の背が垣間見えた。
間髪入れずに、武者小路頼光が、男に声を掛ける。

>「おー!動死体掃除ごくろう!
>俺はフーとジンに頼まれてこの国を救っている日本国華族の武者小路頼光様だ!
>これ全部お前がやったのか?俺様ほどじゃねーにしてもなかなかやるじゃねえか!」

「ちょいとお待ちったら…!その男……!!」

冬宇子は、男に歩み寄ろうとする頼光の着物を掴み、引き止めようとした。
瓦礫の中に佇む男には、生者の気配がまるで無く、
それどころか、動死体と同質の禍々しい冷氣を纏っていることに気付いたのだ。

84 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :12/12/30 22:19:21 ID:???
>「また……お出ましか……いいぜ……やってやるよ……国の……為に……」

振り返った男――パオは、構えた鉄槌を振り抜く。
瞬間、鉄槌の片面が鮮烈な火花を吹き、二間(4m)はあろうかという間合いを飛び越えて、頼光の眼前に迫った。
冬宇子は、頼光の背後で、呆然と鮮やかな花火の尾を見つめているしかなかった。
激突音が響き、ハッと我に返ると、半ば獣人化した頼光が、素手で鉄槌を受け止めている。

>「うごがああああああ〜〜〜おらあああ!どうだ!見たか俺様の力あああ!!!
>スゲーぞ!俺様の力!
>ん?なんだこりゃ?痺れが全身をはしるぅぅぅ〜〜」

「もう!肝心な所でだらしがないね!
 ともかく絶対に、その手を離すんじゃないよ!!」

動けぬ頼光を叱り飛ばす最中、頭頂の蕾に、二枚の葉が生えていくのを見た。
牡丹の蕾が完璧な花を咲かせた時、この男はどうなってしまうのだろう?
嫌な憶測を振り切り、冬宇子は外套の内ポケットから一枚の紙を取り出した。
黄札に黄色の地に赤い文字が書き付けられた符札だ。
腰帯に挟んだ懐剣を抜いて、指先に小さな傷をつけ、黄札に血印を押す。

「あの男の屋敷で、"これ"を作っておいてよかったよ。
 兄さん、悪いが、鉄槌を振り回してる男の額に、これを貼ってきておくれ。」

言って、ブルーに向けて符札を放って寄越した。 

「?屍を操る道士の札……効くか効かぬか……試すにはもってこいの機会さね。」

大陸に古くから伝わる、活ける死体――?屍(キョンシー)と
呪災で動死体と化した死人は、共通する要素を数多く持っている。
殊に、死していながら、肉体を動かすための氣――『魄(はく)』だけを強制的に与えられている点は、
ほぼ同質と言ってよい。
動死体は、冷気を利用して生成した、野良?屍と言えなくも無いのである。
とすれば、?屍と同じく、道士による『氣』の統御で、動死体を制御することも可能なのではないか。
冬宇子はそう考えたのだ。

道術、そして道術と基本原理を共通する陰陽術において、
自らの氣を他者と同調させ、自在に操る呪法を『營目(えいもく)』と呼ぶ。
高位の術者ならば、視線一つで複数の人間を金縛りにすることも出来るのだ。
無論、冬宇子にそんな才は無かったが、呪符の力を借りれば、
動死体を一人制御するくらいのことなら、不可能ではないだろう。

とはいえ、たとえ呪符でパオを制御できたとしても、使い魔の如く従えようとは考えていなかった。
動死体に成り果てながらも、自我を残しているパオならば、会話が可能かもしれぬ。
『亡国士団』という特殊な組織に属する者から、呪災発生時の状況を聞くことが出来れば、
何か手掛かりを得られるのではないか、という期待。
そうして、願わくば、自らの死を理解させ、安らかに眠らせてやりたい、という気持ちもあった。
幼い日、冬宇子に憑童(※よりまし)の役割をさせる時に、母はいつも、言い含めるように繰り返していた。
「あのひと達の願いを聞いてあげられるのは、私たちのような者だけなんだからね。」と。
あの、執念に憑り付かれた哀れな死者を開放してやれるのは、この場には、自分しかいないのだ。

冬宇子は手印を組み、パオの顔を見据えて、繰り返し呪言を唱えた。

「在我的血命令!(我が血において命じる) 勅令、随身保命!!」

その頃、瓦礫の中から、損傷の少ない動死体が起き上がり始めていた。
まず、ブルーの足元に転がっていた下半身の千切れた死体が、彼の足を掴み、万力のような握力で締め上げる。
更に、呪言の為の精神集中で動けぬ冬宇子の背後にも、数体の動死体が迫っていた。

潰れた四肢を引き摺り、緩慢な動作ながらも、格好の生餌を見つけたとばかりに、
犬歯をむき出しにして近寄ってくる様子は、身の毛もよだつほど悍ましい光景だった。


【フーの映し身用紙人形:ベルトに挟み。小鬼の勾玉:革紐に通してネックレスに。】
【キョンシー用のお札をパオの額に貼るようにブルーに依頼→パオと話がしたい】
【しつこい動死体がブルーさんの足を掴んでます。あと何体か襲ってくる!】
※憑童(よりまし)…霊を憑依させ、死者の言葉を語る子供。

85 :ブルー・マーリン ◆Iny/TRXDyU :12/12/31 23:09:21 ID:???
ブルーは知った。
自分がどれだけ愚かだったことを…。
ブルーは知った。
ジンが自分へ問いかけた言葉の意味を。


>「大陸の酒もいけるじゃねえか。
おめーらも辛気臭せー顔して小難しい事話してないでよ、一杯飲めよ。
なぁに、心配はねぇ。見てろよ?」
>「うぇっへっへ、どうよ?さっきの戦いで開眼したってかよ、覚醒ての?
すげーだろ?
動死体だろうがなんだろうが俺様が叩き潰して救国の英雄になってやるから安心しろよ」

(なんというか…フリーダムな奴だなこいつは…)
ブルーの武者小路に対しての思いはこうだった

能天気のうつけもの

これだけみれば侮辱だと思えるだろうがブルーは正直、彼を『ある意味』羨ましんでいた

(…こうも深く考えないでずっと前に進みまくってるバカ…そんくらいのバカが俺には必要なのかもな…いや、ありえないか)

そして勾玉を渡された…正直、バカ以外の何物でもないと彼は思った
####################################################
そして道中、ブルーはずっっっっっっっっっっっと考え事をしながら歩いていた

(俺の大切なもの…か)

と、そこで先ほど『勝負』ということに分かっていそうな女性が話しかけてきた

>「ねえ、兄さん。
 あの男、あんたの事を『船長』…なんて呼んでたが、国じゃあ船主の家系なのかい?
 船主の息子が、異国で冒険者なんぞやってるってこたァ、
 何かポカやらかして、武者修行にでも出されたか…?」

ビクゥ!、と肩が震えた

「ままままままま、まぁ、そそそそそそういう、そういうことととだななな…」

てんぱりすぎて言語がおかしくなっている

>「『仕事仲間』に『軍隊仲間』…『遊び仲間』……
 『運動競技のチーム仲間』…なんてものもあらァね。
 私は思うんだがね、
 そもそも『仲間』ってモノは、『目的』ありきで集まった人間のことを言うんじゃないのかね。
 つまり、絆、なんてものがあるとすれば、『共通の目的』がそれさ。
 たとえばさ、軍人が任務を放り出して戦友の救出に走り、結果、作戦失敗、部隊が全滅、
 なんてことになったとしたら、戦友が生きて帰ったとしても、
 そりゃとてつもなく本末転倒なことだとは思わないかい?
 私にゃ、仲間なんてものが、『目的』以上に価値があるものだとは、到底思えないんだがね……」

この言葉にブルーは即答した

「いやそれは絆とは言わない、『繋がりだ』。
繋がりと絆は似ているようで違う、絆はたとえどんなことがあろうとも断ち切れないものだ、俺はそう思っている。
一度できた絆は絶対に断ち切れない、切れたとすればそれは絆と呼べるものじゃない
ともかく絆と本当に言えるならばそれは宝物にするべきだ、…例え自分が断ち切ったと持っても、本当は断ち切れないものなのだから」

と、ブルーは真剣な眼差しでいった後、口を紡ぎ、また考え事をする

86 :ブルー・マーリン ◆Iny/TRXDyU :12/12/31 23:47:06 ID:???
そこで違和感にようやく気付く

(…やけにゾンビ共の姿が見えないどころか声も聞こえねェな、どういうことだ?)

と、そこで大きな破壊音が聞こえてきた

(っ、なんだ?)

曲がり角を進むと、数多くの肉塊が散らばっていた

(…こいつぁひでぇ)

と、考えると血文字を発見、勾玉から声が聞こえる

(二つもあるせいで気持ち悪いなちくしょう、あの野郎…)

武者小路への恨みが増えるのであったが

(…国の為…か…俺は何のために戦ってるんだろうな)

>「また……お出ましか……いいぜ……やってやるよ……国の……為に……」
「畜生……死んで、たまるか……ぶちのめしてやる……どいつもこいつも、ぶちのめしてやる……!」

と、聞こえて振り向く

「……哀れ…というべきなんだろうな」

>「あの男の屋敷で、"これ"を作っておいてよかったよ。
 兄さん、悪いが、鉄槌を振り回してる男の額に、これを貼ってきておくれ。」

「えぇ!!?、ちょっ!」

と、抗議しようとするが足を掴まれる

「うぜぇよ!!」

と、掴んだものが何かを確認せずにソレの頭を踏み潰す、いとも簡単に

「あぁもうやってやらぁ!!、バカになってやる!」

と、考えるとおもむろに二丁の拳銃を取り出す
…一丁だけじゃなかったのか

87 :倉橋 ◆FGI50rQnho :13/01/06 00:45:54 ID:???
>>85-86
まるで砲撃に晒された後のように、破壊された街の一角。
散乱する瓦礫の中には、半ば肉塊と化した無数の遺体が転がっている。
ある者は轢死体の如く潰れ、ある者は爆発に巻き込まれでもしたかのように半身が吹っ飛んで。
戦場さながらの酸鼻な光景が、ランタンの灯りより鮮烈な、五色花火の閃光に浮かび上がる。
一層おぞましいのは、どう見ても生きているとは思えぬそれらが、次々と蠢き、
血塗れの不具な身体をぎこちなく引き摺って、一斉に冒険者達に向かって近付き始めたことだ。

>「うぜぇよ!!」

這い寄る動死体に足首を掴まれたブルー・マーリンが、足下に目を落とすこともなく、
屍の頭部へとブーツの踵を振り下ろす。
ぐしゃ、と小気味良い破裂音を響かせ、潰れた西瓜の如く頭蓋を砕かれたそれは、短い痙攣を経て動かなくなった。
体表が石のように硬く凍りついた動死体も、人間離れしたブルーの脚力には敵わなかったものと見える。
ブーツの滑り止めの溝に、灰色の脳片と脳漿交じりの挽肉が、みっしりとこびり付いたのと引き換えに、
ブルー・マーリンは身体の自由を得た。

生者の気配に引き寄せられて、起き上がった動死体は、あわせて五体。
三体は、パオの鉄槌を受け止めた頼光と、呪言を唱える冬宇子の背後へ。
二体は、そこから一間(2m)ほど離れた位置にいるブルーへと向かって来る。

二挺の拳銃を取り出したブルー、彼は銃撃で応戦するつもりだろうか?
彼は忘れてはいまいか。
清国に不時着して初めて遭遇した動死体―――操縦士の頭部に発砲した時のことを。
操縦士の額に着弾した弾丸は、皮膚の浅い位置で留まり、脳を破壊するには到らなかった。
動死体の体表は、冷気の呪いによって、石のように硬く凍り付いている。
大口径のショット・ガンかライフル銃ならばともかく、拳銃で動死体の動きを止めるのは困難だ。
記憶を辿れば思い出せるだろう。
動死体に対して有効だったのは、火炎、氣の集まる臍下――丹田への攻撃。そして格闘術による関節破壊だ。

とはいえ、拳銃でダメージを与える方法は皆無ではない。
動死体の体表には、完全に凍結していない部位も存在する。
彼らに不完全ながら視力、聴覚が残っているのはその証明だ。
瞳の水晶体、内耳の三半規管が凍ってしまっていては、役割を果たすことはないからである。
ブルーがそのことに気付き、体表の『窓』から、未凍結の体内に弾丸を届かせることが出来れば、
動死体を斃せるやもしれない。

さて、動死体はいよいよ冒険者達に迫っている。
足枷を脱したブルー・マーリンを、左右から挟み込むように二体の動死体が襲う。
そのうちの一体は、元は料理人だったのだろう。
マオカラーの白い料理着を身につけた男が、丸々と太った右手に握ったままの肉切り包丁をブルー目掛けて振りかぶった。

ほぼ同時に、倉橋冬宇子の悲鳴が響く。
冬宇子と頼光に近寄ってきていた三体のうち、一体が、冬宇子の肩を掴み、首に犬歯を突き立てようとしている。

ブルー・マーリンは、自身に迫る危機を撃退し、同行者を守り、
更に、頼光と力比べを繰り広げているパオの額に、呪符を貼ることが出来るだろうか?

88 :ブルー・マーリン ◆Iny/TRXDyU :13/01/06 17:59:48 ID:???
(…敵は二体、…よし)
と、考えた矢先にコックだったと思われる動死体の包丁が振り下ろされる

「…」
すぅっと右腕の拳銃を包丁を受け流し、滑るようにその拳銃を頭部にまで持っていく

「…ヘッ!」
ニヤリと笑うと同時にその脳天にほぼゼロ距離に発砲する、しかし深くはめり込んだが貫通まではいっていない
しかしある程度のけぞる

「…セイッ!」
その間にその動死体の頭部を両足に挟み、そのバク転をする、同時にその動死体が持ち上がり
眼前のもう一つの動死体とぶつかる

「フンッ!」
そして足をそのままひねると挟んだ首がペキャリと軽い音をたてて胴体と分離する
その間にもう一体の動死体が起き上がろうとするが

「させねぇよ」
と、言うと同時に起き上がろうとしたところを蹴り倒し、そのまま背中に馬乗りになる

「一生寝てな」
と、言うと同時にそのまま拳銃を脳天にほんとのゼロ距離発砲を起こす、もちろんさっきと同じように深くめり込んだだけで脳まで達していない

「もう一発!」
さらに同じ場所に発砲する、先に入った弾丸に後ろから弾丸が入り、先に入った弾丸が今度は脳に達し、脳を破壊する

「フゥッ!」
そして煙をあげる拳銃の銃口に息を吹きかけるが

「っと、美人な姉ちゃんがピンチか!」
倉橋の悲鳴を聞くと同時にそういうと倉橋のほうに走る

既にその葉を突き立てかけている!、走っただけでは間に合わない!
ブルーはその両手の拳銃を両方とも二発ずつ撃つ!、狙いは動死体だが…
部位が違った

当てたのはその歯に向けて!
もちろん歯はなくなり、突き立てることはできなくなる

「女性に手を出すなんざまだ俺もやったことねぇのに目の前にやるとは…分離の刑だぜ!」
と、怒りの炎を目に灯す

「飛びつま先蹴り!」
そう叫ぶと同時に勢いのまま飛びあがり、その動死体の頭部につま先の蹴りを入れる!
その威力!、もはやギロチンと呼ぶに等しい!、そのまま動死体の当たった部分を貫通して頭をスライスする

「大丈夫か?…、その様子だと大丈夫か…んじゃ言われたことやってくる」
と、様子を見て無事なのを確認して走り出す

ついでに走りながら拳銃に弾を込める

「無事かバカ!!」
バカとは頼光のことである
そして頼光の周りに近づく動死体を確認する

「シッ!」
と、言うとともに飛びあがり、宙返りをしながらその両腕の拳銃を真上から動死体の脳天に向けて放つ!、そして間髪いれずにもう2発!

「…」
着地すると同時にその動死体が二体とも倒れる

「フッ」
拳銃からあがる煙に息を吹きかける、何があったと言えば簡単、同じ場所に弾丸を三回放っただけである
寸分もなく同じ場所に…

「さぁて、次はバカの救出か」
と、言うと同時に頼光に向けて走り出し
お札を取り出す

「あのお嬢さんからのプレゼントを受け取りな!」
また宙返りしながらバオのその額にお札を貼りつけようとする

89 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :13/01/06 22:35:13 ID:???
パオの一撃を無事受け止めたはいいが、そこからが続かないのが頼光である。
受け止めた緊張感と、受け止めるために張った根の為ににっちもさっちも動けない。
ここで手を離せば問答無用で更なる一撃が加えられるであろうことはいくら頼光でもわかる。
そうなればもう一度受け止められるかどうかなどわかりはしないし、根が張ったこの状態では避ける事すらもできないのだから。
救いと言えば鉄槌の柄が長く、動死体であるパオとそれほど肉薄していない事か。
そうでなければこの引き合いの中、パオに噛みつかれていたかもしれない。

頼光にはわからぬことだが、その可能性は少ないかもしれない
今のこの力比べの最中でもパオは鉄槌を離して頼光を襲えるはずだ。
だがそれをしないのは生前の動死体を倒すということに執着するように、この鉄槌にも執着があったからだろう。

そんな中、鉄槌を中心にパオと頼光の押したり引いたりの力比べは続く。
「うおおおい毛唐!なにやってんだ!はやくこっちを何とかしろおお!!」
そろそろ疲れてきた頼光の悲鳴にも似た叫び声が響く。

夜闇の中、カンテラも持たずに先行してパオの顔色が判別できたように。
今の頼光は苗床として蝕まれる一方で霊獣霊木の力の恵みを受けている。
それゆえ夜目も利くし、耳も敏くなっており、冬宇子の札をブルーに張るようにという指示も聞こえていた。
にもかかわらずなかなか来ないブルーに不安といら立ちが限界まで達した叫びだった。
まあ、頼光と沸点が異常なほど低い事もあるのだが……。

宙返りしながら札を突き出すブルーの姿が見えた時、安堵と共に、いや、安心したからこそ言葉は流れ出るのだった。
「ごらあああ!てめえ、二度もバカっていったな!?
この俺様がこいつを止めておいたから活躍できるって忘れるんじゃねーぞ!」
この期に及んでパオに札を貼り動きを止めるという手柄をたてられたことが気に入らない様子だった。

90 : ◆u0B9N1GAnE :13/01/12 00:38:59 ID:???
>「わかった。よろしく頼む」

「よ、よし、任せとけ!行くぞ……!ほらこっちだ亡者共!かかってきやがれ!」

男は大声と共に剣を振り回した。
動死体共の興味が彼に集中する。

目の前に迫ってきた動死体へ、横薙ぎに剣を払う。
男は奴らに斬撃が通じない事を既に知っていた。
それでも思い切りぶん殴ってやれば体勢を崩して、逃げ道を作るくらいの事は出来る筈だ。
彼が自分の剣にかけていた望みは、その程度のものだった。

男の剣が動死体の頭を捉えた。
鋭い金属音が響く。刃が通らなかった証左だ。
更に怪我のせいか、男は剣を振り抜いた後でよろめいてしまった。
その不自由な体勢では動死体からの反撃を避けられない。
冷気を帯びた手が男の肩を掴んだ。
ここまでか、と男は身を強ばらせ――しかしその手はずるりと肩から滑り落ちた。

「……あれ?」

動死体はそのまま前のめりに倒れて、動かなくなった。
頭部の下に小さな血溜まりが出来ている。

(斬撃が……効いたのか?いや、刃は確かに弾かれていた筈……)

男の脳裏に疑念が生じる。
だがおちおちと困惑している暇はない。
視界の外で呻き声――他の動死体が接近してきたのだ。

咄嗟に振り返り、剣を薙いだ。
やはり響くのは金属音。刃から伝わるのは硬質な手応え。
そして――またも動死体は倒れ、二度とは起き上がってこなかった。

「ど、どうなってんだ……?」

男が不可解そうに呟く。
彼は気付いていなかった。
自分が剣を振るう時に、風切り音が二つ響いている事にも。
剣を振るう腕が生み出す僅かな死角、そこを寸分違わずになぞる刺突が存在した事にも。

動死体だけがそれを見ていた。
表面が僅かに凍結し曇った視界の中に、ほんの一瞬だけ姿を見せる暗殺者の姿を。
半ばがむしゃらに暴れる男の死角を的確に見抜く観察力、驚異的な速度、恐ろしく精緻な身体制御。
どれが欠けても決して成し得ない絶技を前に、動死体共は次々に倒れていく。

「……な、なんか、勝っちまったみたいだわ。はは……」

最後の動死体が倒れると、男は複雑そうな苦笑いを浮かべてマリーを振り返った。

「あんたは……どっかに隠れてろ。ここから逃げてもフーの結界がなきゃ、いずれ呪いで皆死んじまう」

男は君にそう言うと、今もなお燃え広がり続けている建物――僧房に向かって歩き出した。

「俺が彼を連れ戻してくる……っ、いてて……あぁ、畜生め」

けれども彼は怪我をしている。
剣を振った後によろけていたのを見る限り、足を痛めているのだろう。
そんな状態で燃え盛る建物の中に入っていくのは、自殺行為だ。

91 : ◆u0B9N1GAnE :13/01/12 00:39:24 ID:???
「ちょちょ、そりゃ無茶や!ちょい待ち兄ちゃん!」

男を制止する声――尾崎あかねの声だ。
彼女は未だに塀の上にいた。動死体のあまりの数に臆したからか――いや、違う。

「せめて!行くならせめてウチを降ろしてからにしてや!
 上げてもらったのはいいけど降りられへんねん!
 こんな事マリーはんに言ったところで「はっ、しょーもな」みたいな反応されて仕舞いに決まっとるし!」

「……うっわ、本当にしょーもないな」

男が思わずそう呟いた。
とは言え、塀の向こうには今もまだ動死体の群れがいる。
となると、あかねをこのまま放っておく訳にもいかない。
男は一度踵を返してあかねの下に向かう。
飛び降りてきたところを受け止めるつもりなのだろう。
彼は足を怪我しているが、小柄なあかねならなんとかなると判断したらしい。
もっとも――あかねの術なら子鼠の大きさにまで変化して、男に負担をかけず飛び降りる事も出来た筈なのだが。

「はぁー、ようやく人心地付いたって感じやわ。おおきにな、兄ちゃん」

無事に地面に足をつける事の出来たあかねが胸を撫で下ろした。

「あ、せや!助けてもろたんやから、何かお礼をせなあかんな。んー、何がええやろ……」

それから腕を組み、首を傾げて、やや一人芝居めいた独白をする。
そして数秒の間を置いてから不敵な笑みを浮かべ、

「そうやなぁ。……兄ちゃんの代わりに、ウチらがフーはんを助けてくるとか、なかなかええ感じとちゃう?」

人差し指を悪戯っぽく男に突きつけて、そう言った。

「馬鹿言え!そんなの無茶――」

男が声を荒げ――しかしその言葉が終わるのを待たずに、あかねは彼の脚を軽く蹴飛ばした。

「いってえ!?」

「なっ?そんな脚であん中飛び込もうって方がよっぽど無茶やろ。まぁ見ときって」

あかねが懐からフーに貰った小瓶を取り出す。
中身は勿論、術の媒体である水――フェイの手習所を去る時に用意してくれないかと頼んでいたのだ。
彼女はそれを用いて大量の水を召喚――僧房の入り口に上がった火の手を瞬く間に消し去ってみせた。

「どやっ!ここはウチらに任せといた方がよさそうやろ?
 フーはん、あん中におるんやね?……よっしゃ、急ご!マリーはん!鳥居はん!
 生還屋はんは……」

「あー、俺ぁ生き残りを探してくるとするぜ。オメーらに付いていくよか、その方が安全そうだしよ」

生還屋はぶっきらぼうな口調で、あかねの言葉を断ち切った。
だが実際の所、彼が君達に付いていった所で役に立てるかと言えば、際どい所だ。
彼は回避可能な危機にはめっぽう強いが、自ら火の中に飛び込んでいくとなるとそうはいかない。
もし力仕事が必要になっても、それは鳥居の方が適任だ。

「まっ、安心しろよ。ヤバそうな気がしたら、そんときゃ連れ戻しに行ってやっから」

92 : ◆u0B9N1GAnE :13/01/12 00:40:22 ID:???
 
 
 
――フーが取り残された建物は僧房と言って、僧達の居住や睡眠の為の場所だった。
入り口付近の火は消えていたが、内部は未だに燃え続けている。
逐一火を消していては、恐らくあかねの体力がもたない。

僧房は本来、複数人で使用するものだが、高位の僧は一人で専有する事もある。
フーは後者の使い方をしていたのだろう。
一つ一つの部屋が大きく、中にはちょっとした書庫のようになった部屋もあった。

そして、フーはそこにいた。
燃えて形が歪み、倒れてきた書棚の下敷きになっていた。
なんとか生きているようだが、このまま放っておけば彼は間違いなく死んでしまうだろう。

【僧房の書庫で、フーが燃えた書棚の下敷きになっています
 どうにか助けないと色々と手がかりが失われてしまいます
 多分今回も行動判定っていうか、追加レスがあります】


93 : ◆u0B9N1GAnE :13/01/12 20:30:00 ID:???
何かがおかしい。
動死体と化したパオは漠然と考えていた。
自分の体はこうも鈍かっただろうか。
振り抜いた鉄槌はイメージしていたよりもずっと遅かった。
それに視界もなんだか変だ。いくら今が夜だとは言え、ひどくぼやけて見える。
疲れているから――ではない。そう言えばもう随分長い事戦っているのに、全然疲れを感じない。
もしかして、もしかしたら自分はもう――

「いや、違う……そんな事はどうでもいいんだ……
 ぶっ潰せ……とにかくぶっ潰すんだ……ここに来た奴はみんな……」

うわ言のようにパオが呟いた。
けれども鉄槌は動かせない。拮抗している。

>「あのお嬢さんからのプレゼントを受け取りな!」

声が聞こえた。頭上からだ。
何かが迫ってきているが、視界が悪くてよく見えない。
直後に衝撃。だが軽い――筈なのに、踏み留まれない。
仰け反り、そのまま後ろによろめいて、頼光との距離が離れた。
辛うじて鉄槌は手放さずにいられたようだ。

パオの額には倉橋の用意した札が貼り付けられていた。
呪力が彼の体を巡る。

「う……俺、一体何して……っ、アンタ達、何やってんだ……こんなトコにいねえで、さっさと逃げろ……」

術者である倉橋の意図に従い、パオの眼に正気の色が戻った。
彼は君達を気遣うような言葉を発し、

「……いや、違う……逃げんなよ……ここに寄ってきた奴らは、みんなぶっ潰してやるんだ……」

けれどもすぐにまた鉄槌を構えると、君達を生気のない眼で睨みつけた。
屍体制御の札を貼り付けた倉橋には、パオの今の状態が理解出来るかもしれない。
彼は肉体だけでなく、魂――意志と言い換えてもいいが、それすらも凍り付いているようだ。
彼の魂は冷気によって肉体に定着し、同時に思考の固体化が起きているのだ。

「あぁ、クソ……俺、どうしちまったんだ……落ち着け……
 落ち着いて……まずはこいつらを叩き潰せ……違う、違うだろ……何考えてんだよ……!」

このままではパオと対話する事は叶わない。
彼を正気に戻すには、冷気の呪いを解く必要があるだろう。
呪いによる氣の循環が損なわれても、それまでに蓄積されていた陽の氣は体内に残る。
無論、彼は肉体的には既に死んでいる。
その為、陽の氣は急速に体から抜け出し、失われていくだろうが――その暫しの間は対話が可能になるだろう。

94 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :13/01/12 20:30:28 ID:???
芸事を観客に見せることによって、鳥居は拍手喝采を浴びる。
人を助けることによって、感謝される。
誰かの記憶に残ることによって、人との繋がりを手に入れる。
それが鳥居の存在の証であり心地よいこと。

今まではそう思って生きてきた。
でも鳥居は、フェイと接触することで、自分の内側に眠る何か恐ろしいものに気付きはじめていた。
あの老人は鏡だったのだ。彼は大切な絆を守るために他人の命を奪おうとした。
何かほの暗いものが心の奥底で蠢動しているのを感じる。それはいったいなんなのだろう。

心の奥底に眠る狂気のようなもの。
こんなものがある限り、神気など、戦いで消耗する以前に自然消滅してしまったかも知れない。
そう、あんな大層なもの、この愚かな道化師には不釣合いだったのだ。

門を塞ぎ終えると、鳥居は肩で息をしながら足早にマリーたちを追う。
すぐに目に飛び込んだものはマリーに倒された動死体の山。

「すごいですね。マリーさんって…」
動死体の脳幹を一突き。見事な剣さばきだ。
これほどのことを、彼女は誰にも褒められるわけでもなくやってのけた。
過去にも影に隠れてやってきたのだ。命を懸け、自らの体を汚しながら。
鳥居には、そんなにまでして、なぜ、どうして。と疑問が沸く。

そして、すでに動かなくなった動死体を見ながら逡巡する。
動死体と不死の王は何か繋がりがあるはず。その王が存在しているという王宮の地下。
彼は不死となってから、形の残る財や宝を好んだという。
少し自分と似ていると思う。卵細工を好む自分と。そう思うと怖かった。

――鳥居はあかねの黄色い声にふと我に返る。
気が付けば、あかねがあの動死体と戦っていた男に抱きついてる。
否、正確には塀から飛び降りたあかねを男が受け止めていただけなのだが。
(ぐぎぎぎ)奥歯をかみ締めて嫉妬している鳥居。
かぶり振ってもうどうでもいいと思う。自分は吸血鬼、あかねは人間。
いったい何を求めていたのだろう。ただ不快な感じがする。
胸の奥にあの暗い蠢動を感じる。

>「どやっ!ここはウチらに任せといた方がよさそうやろ?
 フーはん、あん中におるんやね?……よっしゃ、急ご!マリーはん!鳥居はん!
 生還屋はんは……」

ただ彼女は変わらない。そんないつも明るい彼女を羨ましくも思う。
鳥居を吸血鬼と知り、先ほど見せた怪訝な顔はすでになかった。

>「あー、俺ぁ生き残りを探してくるとするぜ。オメーらに付いていくよか、その方が安全そうだしよ」
生還屋はぶっきらぼうな口調で、あかねの言葉を断ち切った。
生き残りを探すという生還屋らしい言葉。そのほうが安全という彼らしい言葉。
どちらも彼なのだ。

>「まっ、安心しろよ。ヤバそうな気がしたら、そんときゃ連れ戻しに行ってやっから」

「ハイ、シンジテマス」
少し釘をさし、生還屋を見送ったあと鳥居はマリーに視線を移す。
フーを救出するまえに、彼女に聞きたいことがあったのだ。

「マリーさんってどうしてこんな仕事をやってるんですか?
いざとなったら生身の人間も殺しちゃうんですよね。女の人なのに…」
すこし語尾がかすれる。緊張で喉はカラカラ。マリーには何か目的があるのだろう。
そう思う。それが何かを知りたいと思う。鳥居とは違う何か。強い意志を生み出す力の源を。

95 : ◆u0B9N1GAnE :13/01/12 20:31:25 ID:???
パオが鉄槌を振り上げた。
そしてそのまま足元へと打ち下ろす。
地を震わせる轟音――直後に打撃面から極彩色の炸裂が弾けた。
地面に亀裂と震動が走り、その不安定さが急速に増した。

「そうだ……何考えてんだ……ぶっ潰せねえなら……吹っ飛ばしちまえばいいじゃねえか……」

言葉と同時、鉄槌が再び色彩鮮やかな火炎を噴いた。
今度は先ほどとは反対――天に向けられた面からだ。
爆音が二度響く。花火の星が二つ、夜空めがけて打ち上げられた。

一つ目の星は打ち上げられてから数秒で炸裂した。
超高温の炎が小さく無数の粒となって飛散し、君達へと降り注ぐ。

そして二つ目の星は弾ける事なく山なりの軌道を描いた。
その落下地点は――言わずとも察せるだろうが、君達三人のど真ん中だ。

一の星が閃光と火炎で視界と自由を奪い、二の星が動きの止まった敵を爆散させる。
それは戦場におけるパオの対集団戦の常套手だった。
動死体と化した今でも、その戦術は体に染み付いていたのだろう。

なんとか二つの星を凌がなくては、君達は最低でも無数の火傷を置う羽目になる。
最悪の場合はそこらに転がってる動死体と見分けの付かない姿になってしまうだろう。


【札は貼り付けられましたが、冷気の呪いが干渉して上手く機能していないようです
 
 パオは地面に亀裂を走らせる事で冒険者達の動きを封じようとしました
 更に、彼は花火の星を二つ打ち上げました
 一つは閃光と火炎の粒を降らせ、もう一つはそのまま冒険者達の元へ落ちてきます

 打ち上げ中のパオはわりと隙だらけです】

96 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :13/01/12 20:32:00 ID:???
僧房の内部は未だに燃え続けていた。
フーは書庫の中、書棚の下敷きになっていた。
鳥居はフーと書棚の間に出来た隙間に手を入れて、書棚をドタンとひっくり返す。
続けてポケットから小瓶を取り出してフーに水を飲ます。
彼が書庫にいるということは、大切な書物を火災から守ろうとでもしたのだろうか。

「しっかりしてくださいフーさん!大丈夫ですか?あ、ちょっと待ってて」

一旦書庫から出で行く鳥居。
寝室から持ってきた布団を書棚に覆い被せ、
酸素の供給を断ち切り消化する。

「もしかして本を探していたのですか?
それってどれですか?マリーさん、持っていきましょう!」
布団を剥ぎ、焦げた本を指差し問う。

「あ、そうだ、あかねさん。この寺院がこんなになっちゃったこと
倉橋さんに伝えたほうがいいのでしょうか?
もしも僕たちが寺院から動かなくっちゃダメになったら
お互いに場所がわかんなくなっちゃいますよ。危ないから来るなとか、進行状況とか。
フーさんの人形で連絡と確認できませんか?
交信が繋がったらあとはマリーさんに話してもらいましょう」

そう言ってフーの体の下に頭を入れて抱き起こす。
だが、鳥居が小さいために、フーの膝から下が床に着いている。

「あなたには死んでもらっちゃ困ります。だって僕、この嘆願をやり遂げるって決めたんです。
もしも王宮の地下に不死の王がいるのなら会ってみたい。だから生きてください。
そして足を上げてください。脛が傷だらけになちゃうと悪いから!」
鳥居はフェイを背に乗せて、前かがみになった。
脱出する準備万全だった。指示されるがままにフェイを安全な場所に運ぶだろう。
その胸中には、もしかしたら不死の王に会えるかも知れないという期待。
自分の孤独な魂が、救われるかも知れないという微かな希望を宿しながら。

97 : ◆u0B9N1GAnE :13/01/13 07:53:42 ID:???
>>96

【行動判定】

>「あ、そうだ、あかねさん。この寺院がこんなになっちゃったこと
 倉橋さんに伝えたほうがいいのでしょうか?

「確かにその方がよさそうや……けど、それは後や!後!
 ここを脱出してからや!この状況でフーはんの懐弄っとる暇はないで!」

「にしても本を探してたって言われても……こんなにあったら検討つかへんで!
 この棚にあるのかも分からへん。こんだけびっしりある棚を虱潰しに探すのは流石に無茶や!
 そもそもこの寺院、ちゃんと宝蔵があったやろ!?」

あかねが右手を口元に当ててつぶやく。
そう、恐らくではあるが――鳥居が消火した書棚の中には、重要な書物などはないだろう。
そんなものは君達が今いる書庫を隅から隅まで探したとしても、見つからない。
何故ならこの寺院には宝蔵があるのだ。
あかねを釣る口実に使われた、祓家の秘伝が眠る宝蔵が。
大切な書物などは全てそちらに収められていなくてはおかしい。

この書庫にあるのは、そこそこの頻度で使用するから手近に置いておきたくて、
なおかつもし他人が眼にしてしまっても困らない程度の物だけなのだ。

「……違う……それじゃ……ない……書棚の……」

ふと、鳥居に背負われたフーが小さく声を漏らした。
彼は人差し指をマリーの方へ向ける。
けれども最後まで言葉を紡ぎ切る事なく、彼は意識を失ってしまった。

どうやら彼の目的の物は、鳥居がひっくり返した書棚にはないようだ。
では一体どこにあるのか――闇雲に探している時間はない。
時折、建物全体が軋むような音が聞こえる。
僧房が燃えて崩れるのは時間の問題だ。

このままフーを連れて脱出する事は容易い。
が、それでは彼が回収しようとした物を置いていく事になる。
彼はさっき、何を言おうとしたのか。

「……どないする?兎にも角にも急がなあかんで。
 この建物、いつ崩れても不思議やない。
 それに煙を吸って知らん間に立てんくなってて、じわじわ燻製にされるなんて落ちは絶対御免や」

あかねが姿勢を低くして、袖で口元を抑えながら言った。
室内には煙と熱が充満しつつある。

と――その煙が不意に、小さく揺らいだ。
それはつまり、気流があったという事だ。
だが屋内の書庫に一体何故、風が吹くと言うのだろうか。


【フーの探し物は、書棚にはないようです。
 彼は気絶する前にマリーの方を指差しました。
 けれどもマリーを指し示したとは限りません。
 室内に満ちた煙が微妙に揺れ動きました。書庫内に何故か気流があるのかもしれません】

98 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :13/01/14 21:43:57 ID:???
ブルーの軽業師とも言わんという技によってパオの額に札を貼る事に成功した。
結果、パオから力が抜けたようによろめいたその隙を頼光は見逃しはしなかった。
札を貼るという台一級の手柄を上回る、パオを倒すという武勲を手に入れるために!
「よぉおしゃ、よくやった!あとは俺に任せろ!」
当初の目的も忘れて頼光は鉄槌を手放し、パオにとどめを食らわせようと力を込めて大きく振りかぶる!
力いっぱい繰り出された頼光の拳は、そこから迸る神気の炎がかろうじてパオの頬を撫でた程度で遠く届かなかった。
なぜならば、鉄槌を受け止めるために張った根が頼光の身体を地面に縫い付けていたのだから。

「はぁああ?なんだよこれ!誰だこんな根生やした奴わあ!!」
戦災一隅のチャンスを棒に振った頼光の慟哭が闇夜に消えていく。
喚いてもあがいても根が外れる気配もなく、ただただ歯ぎしりと共に力を込めて引っ張るしかできないでいた。

何とか貼り付け状態から脱しようとしている中、急に頼光の身体が動き出す。
パオが足元に撃ち落した鉄槌は地面に亀裂と振動を起こしたが為に根が外れたのだ。
ようやく自由を取り戻した頼光だが、パオの攻撃は既に次の段階に移っていた。
天を向く面の鉄槌から二つの爆音。
一つはすぐに爆発し、閃光と共に超高温の火の子となって降り注ぐ。
もう一つは……頼光にそれを知る術はない。

自由になったとたんパオの鉄槌からの爆音とともに回れ右をして逃げ出していたのだから。
だがしかし、頼光が根を断ち切って自由になっていたのならばもう少し違っていたかもしれない。
が、頼光は根を『引き抜いて』自由になったのだ。
つまりは頼光が太ももや背中から生やした根はどうしようもなく長く幅を取って密集しながら広がっており、歩くのにも方向転換するにも邪魔でしかない。

もちろん器用にかけることなどできぬ頼光は盛大のころび宙を舞う事になる。
頼光にとっては悲劇であっても自業自得なのだが、同行者たるブルーや冬宇子にとっては迷惑以外の何物になるのであろうか?


99 :双篠マリー ◆Fg9X4/q2G. :13/01/17 14:24:44 ID:Cq26avmb
「そのようだな、ありがとう助かった」
わざとらしくそう言うとマリーは辺りを見回しあることに気がつく
フーの姿が全く見当たらない。
そのことについて男に訪ねようとした所、それより先に男は答えた。
どうやら、フーは燃え盛っている建物から出てきていないらしい。
とここで一つ問題が生じた。
この男、相当人がいいらしく、屍人を倒した次は、足の怪我をおしてまでもフーを助けにいくつもりらしい
この場合だと、先ほどのように男に任せた振りをする訳にはいかない。
なんとかして引き止めなければと、考えた瞬間、塀の上のあかねが声をかけてきた。
「?」
マリーは思わず首を傾げた。
それなりの術者であるあかねなら、なんらかの方法で楽に降りられると思っていたからだ。
それとも自分の見当違いだったのかとそんなことを考えていたら、あかねはお礼と称して
あっさりと男を引き止めてしまった。
そして、あかねがフー救出の為の準備をしている最中、マリーもまた火中に飛び込む為の準備を始める。
コートを脱ぎ、それを近くにあった水瓶の中へつっこみ濡らした。
気休め程度ではあるが、ある程度の熱には耐えることができるはずだ。
そうして、ビチョビチョになったコートを着ようとした時、鳥居が質問してきた。
「質問に答える前に2つ言わせてもらうぞ
 一つは、私は人殺しをする前提で仕事をしているつもりだよ。
 この間の一件もそうだし、その前もそうだ。君の知らない所ではもっと殺してる
 本来なら怪物やら祟り神を殺すなんてことは業務外なにものでもない訳だ。
 そして、二つ目、これは今後の君の人生において大事なことだから肝に銘じろ
 君は女性に幻想を抱いているようだが、それを押し付けるのはやめろ
 君はそのつもりは無いだろうが、それは偏見以外のなにものでもない
 私は別に気にしてないが、さっきみたいな発言で「何見下してんだよクソガキが」なんてヒスを起こす女性も少なくは無いわけだし
 この仕事を続けていくにしろ、サーカスだけに専念するにしろ、その価値観はきっと問題の引き金になるぞ

 さて質問の答えだな。私がこの仕事をやっている理由だな
 話すと長くなるから、手短に答えると、私は悪い奴がのさばっているのが堪らなく許せなくてね
 特に真面目に生きている人間を見下してる輩などは特にだ
 まぁ、その怒りを腹に溜め込んで生きていくことは出来たんだが、そうやってそいつらから視線を背けた場合
 傷つくのは自分じゃなく、近しい人間なんだってことを思い知らされてね
 だから、この仕事をやっているわけだ。…よし!じゃあ行こう早くしないと建物が崩れかねない」
鳥居の肩を叩き、マリーは僧房の中へ駆け込んでいった。

燃え盛る僧房の内部、フーは書庫で倒れた書棚の下敷きになっていた。
すぐさま鳥居が書棚の火を消し、フーを助け出す。
その間、書棚近辺を調べていた。
術を再起動するよりも先に、燃え盛る僧房へ入った理由
それは、この場に避難している人間よりも優先すべきものが僧房内に隠されているのではないかと考えたからだ。
セキュリティーから見て恐らく書棚にある書物は違う気がする。
その時だった。フー息も絶え絶えに声を上げがマリーの方を指し、気絶した。
「書棚の…」
フーの次の言葉を長考している暇はない。
こうしている間にも、火の手はどんどん増し、熱と煙が充満していく
「待った…もう少し、もう少しなんだ」
その瞬間だった。マリーの目の前を漂っていた煙が揺らぐ
「まさか…そういうことなのか、そういうことでいいのか」
マリーは振り向き、フーの指し示した方を調べ始める。
フーの最後の言葉「書棚の…」そして、煙の揺らぎ
そこから考えられる仮説は、書棚の奥に隠し部屋、もしくは何かしらの通路が存在するということ
それを開ける為の仕掛けはあるのだろうが…仮に分からずとも、鳥居の腕力もしくはあかねの術でなんとかなる可能性もある。
「あかね!その水の術はあと何度使える?もう少し時間が欲しいんだ
 余裕があるのなら一度だけでいいから、この周りに頼む!」

100 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/01/17 20:34:36 ID:???
>>88 >>93 >>95
動死体に肩を掴まれた冬宇子の頬を、烈風が掠めた。
女に喰い付こうとする屍の口腔を、弾丸が横切り、剥き出しの歯を続々と砕いていく。
弾丸の主ブルー・マーリンの足蹴が、仰け反った動死体の頭部を破砕。
飛び散る脳漿交じりの血肉が、冬宇子の白い頬に、点々と赤い染みを落とした。
暫しの沈黙の後、冬宇子が狂気のような悲鳴を上げて、おぞましい汚れを払い落とそうと悪戦苦闘している間、
それは時間にしてほんの数秒であったが、その刹那の間に、ブルーは襲い来る動死体の全てを撃退し、
鉄鎚を挟んで頼光と力比べを繰り広げているパオの額に、呪符を貼り付けていた。

「在我的血命令!勅令、随身保命!!」

どうにか冷静さを取り戻した冬宇子が、屍体制御の呪言を発し、呪縛を附与する。

>「う……俺、一体何して……っ、アンタ達、何やってんだ……こんなトコにいねえで、さっさと逃げろ……」

鉄鎚の長柄を握った両手をだらりと垂らし、立ち竦むパオの瞳に、一瞬、光が宿った。
冬宇子は、良し、と頷く。
やはり、パオの屍は虚ろな抜け殻ではない。彼の身体には、死して尚、魂―――魄霊が残っている。
本来なら臨終に際して体内から抜け出ているはずの、魄霊を身体に固着させているのは、
清の民を守らねばならぬ、という意思の固執。
それによって清王に義を尽くし、故国復興を志す、狂おしいまでの執念なのだろうか。

冬宇子は、ランタンをすぐ側の崩れた壁の上に置き、深く息を吸って、氣の練成に取り掛かった。
パオの魄霊と対話するには、屍を動かす『氣』を冬宇子自身と同調させ、従わせねばならない。
身体の『筋』を表す薬指を曲げ、舌口を表す中指と薬指を真っ直ぐに伸ばして両手をつき合わせ、印を結んだ。

「令!停止走弃口!!」

動きを止めて口を利け―――と命じたものの、

>「……いや、違う……逃げんなよ……ここに寄ってきた奴らは、みんなぶっ潰してやるんだ……」

パオの表情は再び亡者の虚ろへと変貌し、緊縛の令に反撥して、鉄鎚を振り上げる。
冷気の呪いが、氣の同調を阻害しているのだ。
陰の氣を帯びた冷気に憑り付かれた動死体は、陰陽の流動により、外部から陽の氣を取り込んで永続的に活動する。
呪いを解き、屍に流入する陽氣を遮断しない限り、冬宇子がパオの肉体を支配することは不可能だ。

振り下ろされた鉄槌が、地面を打った。
轟く爆発音と振動。打撃面から冬宇子達の足元へ、稲妻型の亀裂が走る。
揺らぐ足場によろめきながらも、冬宇子は断層に足を取られる寸前に横に身を投げて逃れた。
着替えたばかりの旗袍と外套が土埃にまみれ、掌の擦り傷に血が滲む。
瓦礫の中に倒れこんだ冬宇子は、それでもどうにか顔を上げて、ブルー・マーリンへと叫んだ。

「兄さん!
 『丹田』って分かるかい?身体の中心…ちょうど臍の一寸ほど下だ!
 そこが屍人に活力を送り込む外燃機関みたいなもんでね。
 もう一働き頼むよ!あの屍人の丹田に風穴を開けておくれ!!
 どうやって、ってそんなこと知りゃしないよ!あんたなら何とかできるだろう?!」

101 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/01/17 20:46:12 ID:???
冬宇子は外套をまさぐり、ポケットから小瓶を取り出した。
宮廷道士フー・リュウによって精製された、冷気の呪いを祓う『霊水』だ。
フーは、道教寺院に冒険者を招き入れる前に、この水で冬宇子達の体表に纏わりついた呪いを流したが、
体内の深層まで呪いに蝕まれた動死体のパオに、同じ効果を発揮できるとは考え難い。
この水を動死体の解呪に使うには、まずは、呪いによる氣の流入を、完全に断たねばならない。
動死体の活動源である陽の氣は、丹田から体内に取り込まれて、全身を巡っている。
循環の要の丹田を破壊すれば、外部からの氣の流入は止まる筈だ。

その時、パオの鉄鎚から火箭が上がった。
打ち上げ音が続けざまに二発。
一発は鉄鎚から放たれた直後に炸裂、もう一発は闇夜の空へと吸い込まれていく。
間近で破裂した火薬球から、色鮮やかに燃焼する鉱物の粉塵が、輝く驟雨の如く枝垂れて、冬宇子達の上に降り注いだ。
冒険者の搭乗する小型旅客機を、花火の砲弾で撃ち落したのは、この男だったのだ。
出遭い頭に冬宇子達を襲ったのと同じように、偶然上空に差し掛かった旅客機を、反射的に攻撃したのだろう。

花火の雨は降り注ぐ。
結界を張る余裕は無かった。
閃光に視界を奪われ、かろうじて屋根を残す建物の残骸に駆け込むことも出来ない。
冬宇子は、咄嗟に外套を頭から引っかぶった。
が、そんなもので、超高温の炎は防ぎきれるものではない。
毛織物の外套など直ぐに焼け焦げ、全身に重度の火傷を負うことになるだろう。
ともかく、何としても顔だけは守らねばならぬ。冬宇子は外套の中で、懸命に下を向いて蹲っていた。

>>98
けれども、背中を焼くはずの痛みは、いつまで待っても襲ってこない。
せいぜい小さな火の粉が時折舞い降り、分厚い毛織物の表面をチリチリと炙るだけだ。
冬宇子は、伏せていた顔を上げ、外套の隙間からそっと周囲を伺った。
すぐ頭上、冬宇子に覆い被さるように、ムササビさながらの格好をした人影が見える。
ムササビの皮膜のように見えるのは、互いに絡み付いて一枚の壁のようになった木の根だった。
爆発音に臆して駆け出した頼光が、瓦礫に足を取られて転倒、
勢いに任せて宙に放り出されたまま、自身から伸びる呪根に引き戻されて空中に静止していたものが、
幸運にも、冬宇子を火花から守る傘となっていたのだ。

冬宇子は、溜め息を吐きかけて、はっと息を呑んだ。
パオの鉄槌が発した打ち上げ音は二発。
もう一発が何処を狙って発射されたのか、想像に難くない。
火傷に苛まれているであろうムササビ男の下で、冬宇子は呼吸を整えて新たな手印を組み、

「鎮大災伏!!!」

緩衝結界の呪言を発した。
術者を中心に、周囲一間(2m)ほどの目に見えぬ円蓋が出来上がり、火花を弾いていく。
上で傘になっている頼光にも、結界の効果は及んでいるはずだ。
しかし、印を解けば効果は消滅し、移動もままならない。
冬宇子は、閃く火花の中、何処にいるとも知れぬブルー・マーリンのために、声を張り上げた。

「西洋人の兄さん!早く逃げて!!
 出来るだけここから離れるんだ! もう一発、ここに向かって花火が落ちてくるんだよ!!」



【パオを正気に戻す作戦:
 動死体の氣の循環の中心である丹田を破壊して、冷気を利用した氣の流れを遮断。
 パオの動きが止まったら、フーにもらった霊水を掛けて呪いを解除】
 ↓
【ブルーにパオの丹田を破壊するように依頼】
 ↓
【パオの花火攻撃で、作戦は一時中断。
 頼光君が傘になってくれて無事だけど、もう一発花火が落ちてくる!
 冬宇子と頼光は結界の中】

102 :ブルー・マーリン ◆Iny/TRXDyU :13/01/20 20:15:34 ID:???
なんとか札を張り付け、同時に着地するブルー、しかし
その効果は微妙だったようだ、いや、効果があった分だけかなり良いか

>「兄さん!
 『丹田』って分かるかい?身体の中心…ちょうど臍の一寸ほど下だ!
 そこが屍人に活力を送り込む外燃機関みたいなもんでね。
 もう一働き頼むよ!あの屍人の丹田に風穴を開けておくれ!!
 どうやって、ってそんなこと知りゃしないよ!あんたなら何とかできるだろう?!」

「OK!!、やってみる!」
と、倉橋の指示と共にまた駆け出す

>「……いや、違う……逃げんなよ……ここに寄ってきた奴らは、みんなぶっ潰してやるんだ……」

「おいおっさん!!、よくききやがれ!!」
走りながら叫ぶ

「お前がいまぶっ潰そうとしてるやつは!!」
そして跳びながら叫ぶ

「今アンタが守ろうとしている存在なんだよぉおおおお!!!」
と、花火を放っているバオの隙だらけの丹田に右足に力を込めた渾身の一撃を入れる

「もういっぱぁああつ!!」
さらに空中で一回転して左足から花火を放っている鉄槌を持つ腕に左足から放つ蹴りを入れる

そして蹴りの反動を利用して距離を離す

「…ッ!」
が、突然両足から激痛が走った
忘れていなかっただろうか?、いや忘れていただろう、彼、ブルーはついさっき小鬼に襲われたときに両足の幾つかに打撲という軽傷を負っていたのだ
しかしまったく治療などをしていなかったため、今まで酷使してきたため、今になってその痛みが出てきたのだった

>「西洋人の兄さん!早く逃げて!!
 出来るだけここから離れるんだ! もう一発、ここに向かって花火が落ちてくるんだよ!!」

「ッツゥ〜!」
なんとか走ろうとするが足がうまく動かない、このままでは…

「ちくしょう、まだだ、ここで死ねない!」
と、叫び痛みに耐えて走る

「うぉおおお!!」
花火をジグザグによけながら走る

【バオの凡打と鉄槌を持つ手に全力の蹴りを入れる】

【花火から逃げようとするが足に激痛、根性で避けているがさっきまでと比べてかなり動きが遅い】

103 : ◆u0B9N1GAnE :13/01/21 00:13:15 ID:???
>「まさか…そういうことなのか、そういうことでいいのか」

「マリーはん、さっきからヤバげな音が聞こえてるで。もうこれ以上は……」

>「あかね!その水の術はあと何度使える?もう少し時間が欲しいんだ
  余裕があるのなら一度だけでいいから、この周りに頼む!」

警告を遮られて、あかねは一瞬面を喰らう。

「……っ、よっしゃ!任せといて!」

が、マリーが何の当てもなしにこの場に留まり、危険に身を晒す事を選ぶとは思えない。
彼女には何か考えがあるのだ。
そう判断すると、すぐに懐から水の小瓶を取り出した。

瓶の栓を抜き、その口をマリーが示した範囲に向ける。
しかし――水は瓶の中で小さく揺れるだけだった。
熱と煙で呼吸が乱れ、術が安定しないのだ。
何度試しても上手くいかない。成功するどころか、熱と煙でかえって咳き込んでしまう。

(これじゃ、あかん……空気が……満足な酸素が必要や……でもこの状況で、そんなもん……)

と、あかねの体が不意によろめいた。
強引に呼吸を整えようとして、熱と煙を吸い過ぎたせいだ。
膝が折れる。そのまま倒れそうになるのを、床に手をついて堪えた。
息が苦しい。酸素を求めて彼女はあえぐ。
そして――すっと、呼吸が楽になった。
床の間際、壁の傍、そこにはまだ酸素が残っていた。
燃焼の際に生じる気体に押しのけられた、正常な空気が溜まっていたのだ。

(これなら……行けるか……!?)

深く息を吸い込んで、立ち上がる。
そしてイメージ――巻き物に封じられた白蛇いぐなに手を伸ばすような感覚。
彼女の全てを解き放つ事は出来ずとも、封の僅かな隙間からその力の片鱗だけを手繰り寄せる。
あかねはそういう事が得意なのだ。術や霊体の構造を直感的に把握し、掌握する事が。

小瓶の水が瞬く間に質量を増し、指向性を帯びて溢れ返る。
書棚の火が音を立てて消えた。

「これで……どうなるん?え?棚の裏?ほな……ちょい待ってな。ていっ!」

あかねが書物を掻き出してから、棚を爪先で蹴りつける。
燃えて脆くなった棚の奥面に小さな穴が空いた。
彼女は犬神を自身に憑依させて小型化――その穴の奥に潜り込む。

「うわっ、暗っ……えっと……あ、あったでマリーはん!
 なんかここ、床板が外せそうや……元の体に戻れば……痛っ!狭っ!
 あかん!ごめん!一旦この棚どけてや!」

君達が書棚をどけると、もう一度小型化したあかねが這い出してきた。
彼女は君達から身を隠すように別の棚の陰に入っていった。
恐らく、小型化したせいで脱げてしまった着衣を身につけたいのだろう。

さておき書棚の奥には小さな空間があった。
床にはあかねが言ったように切れ目が入っている。その下には階段があった。

「……フーはんが向かおうとしてたんは、そこで間違いなさそうやね」

書棚の陰から顔だけを覗かせて、あかねが言った。

104 : ◆u0B9N1GAnE :13/01/21 00:13:43 ID:???
 


地下にはそれなりに広い部屋があった。
空気の循環は保たれているようだ。フーの術――流れを操る力によるものだろう。

「ほい、これ。暗いやろ?」

最後尾にいたあかねが燃えた板きれをエプロンで掴んで持ってきた。
それを使って燭台に火を点けると、部屋の全体に明かりが行き渡る。

地下室にある物の殆どは、君達には用途が分からないだろう。。
五芒星の刻み込まれた金属の円盤や、木の棒を組み立てて作られた四角錐、
様々な宝石、注連縄、杯、人形、瓶詰めの蛇、大鍋とガラスの容器――それらはどれも魔術的な意味を持つ物品だった。

部屋の隅に机がある。机の上には丁寧に編纂された書物が幾つかあった。
書いてある内容は、黒免許に仕込まれた術符の力があっても読めない。
他人に読まれぬよう暗号化してあるのだろう。

「んー……あかん!全然読まれへん!けど、多分これがフーはんの探しもので正解やろ。
 ここもいつまで持つか分からへん。さっさとおさらば……ん?」

ふと、あかねが部屋の隅に目を向けた。
彼女の視線の先には巻き物があった。
上等できらびやかな布が使われている。
これも貴重な物なのではないかと、あかねは巻き物を手に取り、広げる。

「これって……」

そこに記されていたのは字ではなく、絵だった。
写真のような精緻さで、一人の女性が描かれている。
朗らかに笑う、快活そうな女性だ。
隅の方に『釘・留』(ディン・リウ)と記されている。
恐らくは彼女の名前だろう。

「……これも、大事なモン……なんかな。
 でも、だったらなんでこんなとこに置いてあったんやろ……。
 こういうのって、飾ってこそのモンとちゃうの?」

「どうする?これ。そう大した荷物にはならへんけど……」

君達はそれを持っていっても、置いていってもいい。

「――おい、何やってんだ?いい加減この建物、ヤバそうだぜ。
 時間切れだ。さっさと脱出しろ」

君達の背後から生還屋の声が聞こえた。
それはつまり、いよいよ僧房が崩れ落ちそうだという事だ。
自殺願望でも無い限り、君達はそこから脱出する事になる。


105 : ◆u0B9N1GAnE :13/01/21 00:14:10 ID:???
 


僧房を脱出した後、君達はフーを起こさなくてはならない。

「……ちょっと、試してみてええかな」

あかねが水行の術を発動する。
質量を増やすのではない。
水が有する性質――鎮静と充足を増幅する事で、フーの治癒と回復を早めているのだ。

「あ……えっと、出来た……?」

術はどうやら成功したらしい。が、その事にあかね本人すら驚いていた。
彼女は口に出さないが――彼女が水の性質を増幅する術法を知ったのは、ほんのついさっきなのだ。
フーの編纂していた書物。
その殆どは意味を読み取る事が出来なかったが――部分的に、単純な内容が記されている部分を、彼女は読解出来ていたのだ。
それが何故なのか、彼女自身分からなかった。

「う……」

フーが目を覚ます。

「ここは……」

意識がまだはっきりしていないのか、彼は何度か瞬きをして、周囲を見回し、

「そうだ!君達!俺の……地下室は見つけられたのカ?そこにあった物ハ?どうなったんダ!?」

はたと上体を起こすと、これまでにない剣幕で君達を問い詰めた。

「心配せんと大丈夫。ちゃーんとウチらが回収したで。
 それよりフーはん、出来れば早いとこ結界、張り直してや」

「……あぁ、分かったヨ」

フーが焦れったそうに表情を苦める。
が、後回しだと言う訳にもいかない。
彼は懐から何枚かの符を取り出し、宙に放る。
それから呪言を一言二言――生み出された風が符を四方へと運んでいった。

建物は殆どが燃えてしまった為、避難民達は屋外で過ごす事を余儀なくされている。
それでも結界が再展開されると初夏本来の暖気が寺院の中に帰って来た。
そう長く過ごせる環境ではないが、最低限の当座凌ぎは出来るようになった。

「それにしても……一体何があったん?結界、ズダボロやったけど……」

「待っタ。その前に、回収した物を返してくれないカ」

よほど大事な物なのだろう。フーは、やや早口にそう言った。
地下室で回収した書物は暗号化されていて、君達には読めない。
故にそれを君達が隠し持っていたところで大した意味はないだろう。
返してしまっても何ら損はない。

女性の絵が描かれた巻き物も、返した所で何も問題はないだろうが――逆に、返さなくても損はしない。
もし君達がそれを返さなかったとしても、目につかなかったで説明がつく。

ともあれ君達が書物を返すと、フーは深く安堵の息を吐いた。

106 : ◆u0B9N1GAnE :13/01/21 00:17:07 ID:???
「……や、助かったヨ、ホント。……って、君ら、フェイはどうしたんダ?まさか……」

「あー……それについては、ホラこれ」

あかねがフェイの手紙を手渡す。
フーは暫しの時間、それに目を通していた。

「……そういう事カ。君達には……大変な役目を押し付けちゃったみたいだナ。疑って悪かったヨ」

「ええってええって。それより、今度こそ聞かせてや。結界、なんで破れてたのん?」

再度の問いかけに、フーはやや、ばつが悪そうだった。
一度君達から目を逸らして、何か良い弁明はないか探すように泳がせる。
が、結局何も思いつかなかったのだろう。苦い表情のまま彼は答えた。

「……破られたんだヨ、誰かニ」

あかねが息を呑む。
言葉を失って、代わりに信じられないと言いたげに、首を小さく左右に振った。
そんな事をすれば大勢の人が死ぬ。分かりきった事だ――なのに一体何故。
彼女には理解が出来なかった。

「別に……あり得ない話じゃなイ。俺は宮仕えの身だって、そう言ったロ。
 狙われる心当たりなら……それなりにあるんダ」

「……今回はなんとかなったけど、俺が生きてると知ったら、
 相手はまた仕掛けてくるかもしれなイ。
 もしそうなったら……その時は君達に対処を頼みたいんダ」

「対処ってのはつまり……二度と同じ事が出来ないようにしてやって欲しいって事だヨ。
 君らだって、そう何度も結界を破られちゃ困るだロ」



それからフーは慌ただしそうに動き回っていた。
気がけるべきは結界を破った襲撃者の事だけではないのだ。
まずは生き残った者達の解呪を行い、それから食料庫の状態を確認――僅かにだが燃え残りがあった。
それでも切り詰めれば暫くは持つだろう――随分と人数が減ってしまったからだ。

「――鳥居はん」

そんな中、あかねが鳥居に話しかけた。
彼女は何やら鉢と布切れを持っていた。

「さっき燃えた棚、素手で棚触っとったやろ。これ、薬草の軟膏と包帯や。
 ホントは術使ってちゃんと治してあげたいんやけど……鳥居はん、吸血鬼やん?
 多分、水の術とは相性悪いと思うから……」

あかねは少し言い難そうだった。
欧州では、吸血鬼は疫病の象徴だ。
それ故彼らは水が持つ清めの力に弱いとされている。
実際のところ鳥居が水に弱いのかは分からないが、英国育ちのあかねは、そう思っているようだ。

薬草はフーに頼んで用意した物だった。
術の行使には時に触媒として、そういった物を使う事もある。
それも、少量だが燃え残っていたそうだ。

107 : ◆u0B9N1GAnE :13/01/21 00:17:42 ID:???
 


暫く、静かな時間が流れた。
平穏とは言い難い、張り詰めた弓のように不穏さを秘めた静けさだった。
もし君達に、何かフーに尋ねたい事があったのなら、簡単な内容ならば聞いておく事が出来ただろう。

しかし不意に、フーが動きを止めた。
それから小さく呟く。

「……今、誰かがこちらを見ていタ。結界を切り裂いて、誰かガ。
 僕から見て三時の方向……距離は、およそ十間(二十メートル弱)ダ」

観察者に悟られぬよう身振りは交えず、フーは君達に情報を伝えた。

君達はその観察者を突き止め、必要なら排除しなくてはならない。
さもなくばまたいつ結界を破壊されるか分からないのだ。
しかし、迷宮のような街路を迂回していては、観察者を逃してしまうのは明白だろう。

「今から、相手の術を受け流ス。短い間だけど、見当違いの方向を覗き見させてやル。
 少し遠いけど……もし行けるなら、それに合わせて動き出してくレ。それじゃあ……行くヨ」

――フーが口頭で示した先には、男が一人立っていた。
短く刈り上げられた黒髪、両刃の剣のように近寄りがたい剣呑な表情。
男は軽鎧を着込んでいた。右手には刃を――その刀身を覗き込むようにしている。
刀とは己を、敵を、邪を――万象を映す鏡だ。
それを媒体に遠見の術を使っているのだ。

しかし前触れもなく、その刃が曇る。
同時にまるで関係のない位置の映像が男の脳裏に流れ込んだ。
術を乱されたのだと悟れば、男はその場所に長居しようとはしないだろう。



【避難所はとりあえず安全を取り戻しました
 フーは回収した物を返して欲しいそうです。でも全部を返す必要はないかもしれません
 結界は何者かによって破られたそうです
 
 外から誰かが覗き見してきているようです。
 そこそこ遠くにいますが、すぐに接近出来なければ逃がしてしまうかもしれません
 
 少し空白の時間がありますので、その間にちょっとした事なら質問出来た筈です】


108 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :13/01/21 23:31:11 ID:???
フーを背負ったまま鳥居は無言。その顔に焦燥の色を隠せない。
さらにマリーは、術で時間稼ぎをして欲しいとあかねに催促している。
それを聞いていた鳥居の喉がひくりと動く。もう遅疑逡巡は許せない。
火災によって、僧房が崩れるのも時間の問題だ。

でも今はマリーとあかねを信じるしかない。
>傷つくのは自分じゃなく、近しい人間なんだってことを思い知らされてね
そう、マリーは自分よりも、近しい人間が傷つくことを恐れている。
鳥居にはその言動が、何故か信じるに値することに思えたのだ。

>「これで……どうなるん?え?棚の裏?ほな……ちょい待ってな。ていっ!」

あかねが何かに気付き棚の裏を蹴飛ばすと小さな穴が出来た。
気流が変化しているということは他に空間があるということだった。
彼女は術で小さくなると内側に潜り込み…

>「うわっ、暗っ……えっと……あ、あったでマリーはん!
 なんかここ、床板が外せそうや……元の体に戻れば……痛っ!狭っ!
 あかん!ごめん!一旦この棚どけてや!」

「はい、任せてください!」
鳥居はフーを一旦床に寝かせ、棚を両手で動かす。
すると、書棚の奥には小さな空間があった。
床にはあかねが言ったように切れ目が入っており、その下には階段が見える。

>「……フーはんが向かおうとしてたんは、そこで間違いなさそうやね」
書棚の陰から顔だけを覗かせて、あかねが言う。あかねは着替えているようだ。
それに気が付いた鳥居はパッと顔を背け、その頬を朱で染めあげるのだった。

――地下にはそれなりに広い部屋があった。
空気の循環は保たれているようだ。フーの術――流れを操る力によるものだろう。

>「ほい、これ。暗いやろ?」
最後尾にいたあかねが燃えた板きれをエプロンで掴んで持ってきた。
それを使って燭台に火を点けると、部屋の全体に明かりが行き渡る。

「あ。ありがとうございます。これなら物の色もはっきりと見えます」
吸血鬼の鳥居は、闇の中でも物の輪郭は見えているらしい。
見えてはいるらしいが、如何せん、地下に隠された道具の価値まではわからない。
ただ子どものころに、鳥居の母親も同じようなものを持っていたような懐かしい感じがする。
それは押入れに仕舞われていたおもちゃ箱を開いたような感覚と似ていた。

鳥居が不思議な感覚に襲われていると、あかねはフーの回収したいものを見つけたらしく声をあげる。
おまけに部屋の隅に快活そうに笑う女の描かれている巻物を見つける。

>「どうする?これ。そう大した荷物にはならへんけど……」

「持っていきましょう。これって誰かの思い出なのかもしれないです。
誰が描いたのかはわかりませんが、こんなに緻密に描いているってことは
その人を大切に思っていて、永遠にその姿をとどめておきたいっていう、
そんな祈りのようなものを感じます」
鳥居は袋に巻物を入れて腰に捲きつける。
ついでに金刺繍の施されている黒の中国式マントを羽織っていい気分。

>「――おい、何やってんだ?いい加減この建物、ヤバそうだぜ。
 時間切れだ。さっさと脱出しろ」

「あ、いけない。こんなところに閉じ込められて燻製になるなんてまっぴらごめんです。
はやく逃げましょう!マリーさん、あかねさん!」

109 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :13/01/21 23:33:50 ID:???
フーはあかねの術によって目をさましたあと結界を再起動。
その後、地下室で回収したものの返却を求めてきた。
目を瞠らせたのは彼のものすごい剣幕だった。

「はい、これ」
鳥居は女の描かれていた巻物をフーに手渡す。

「あの、この絵の女性は誰ですか?」
おそるおそるではあるが、好奇心で問いかけてみる鳥居。
彼女はフーの昔の恋人なのだろうか。
それとも写真ではないということは過去に生きた大切な人なのだろうか。
いずれにしろ憎い相手の絵を好き好んで保管している人間などいないだろう。
きっと何か思い入れのある女なのだ。

フーはフェイの手紙を受け取り、
二度と結界が破れられないように守って欲しいと鳥居たちに頼んできた。
鳥居もそれには賛成だった。
倉橋や頼光、ブルーたちが帰って来れる場所を守る。
彼らが帰ってくることを信じて。

>「――鳥居はん」

そんな中、あかねが鳥居に話しかけてきた。
彼女は何やら鉢と布切れを持っていた。

>「さっき燃えた棚、素手で棚触っとったやろ。これ、薬草の軟膏と包帯や。
 ホントは術使ってちゃんと治してあげたいんやけど……鳥居はん、吸血鬼やん?
 多分、水の術とは相性悪いと思うから……」
あかねは少し言い難そうだった。

「……ありがとうございます。はい、たぶん僕、水の術には弱いのかもしれないです。
聖水とか聖なるものとか。もしかしたらこの結界も、ぼくの体に悪影響を与えているのかも」
そうは言ったものの、鳥居にも自身の体の秘密はよくわからなかった。
もしかしたら鳥居を吸血鬼に変えた母親本人も予期せぬことが起きているのかも知れない。
ただ鵺との戦いで死にかけた鳥居は、唐獅子の生み出した神気を一度はその肉体に受け入れることが出来た。
だとしたら自分はいったいなんなのだろう。
何時ぞや倉橋が「生成り小僧」と彼を呼んだことは的を射ていたのか。
和装から洋装、土と木から煉瓦と混凝へ。まさに大正の狭間に寄生する「虫」が如し存在の鳥居呪音。

110 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :13/01/21 23:36:05 ID:???
沈黙が落ちる。

自分は人に戻れるのだろうか。
戻る必要があるのか。

張り詰めたような静かな時間の中で、少年はずっと考えていた。
倉橋たちは無事にフーの代わりの人間を連れてくることが出来るのだろうか。
頼光が足をひっぱっているのではないか。いやブルーがついているから大丈夫なのではないか。
こちらはフェイ老人との約束は叶っている。あとは使いを出して後日ということになるのだろう。
すでにフェイからは不死の王について古い言い伝えを聞くことが出来ている。
フーにこのことについて問いてはみたいが、彼は古い言い伝えのことはわからないと初見の時に言っていた。

兎にも角にも今はこの結界を守ることに専念しよう。
そう考えたら鳥居から雑念が消えた。

その時だった。

>「……今、誰かがこちらを見ていタ。結界を切り裂いて、誰かガ。
 僕から見て三時の方向……距離は、およそ十間(二十メートル弱)ダ」

(きた!)
鳥居はすぐ隣にいたマリーたちの耳元で囁く。

「生け捕りにしましょう。フーさんの言葉だけじゃ真相がよくわかんないです。
あかねさんは、フーさんが相手に見せている場所を思いっきり術で光らせてください。
覗き見してるってことは強い光で目くらましが出来るはずですから。
そこへマリーさんが行って捕まえる。迷路のような狭い道なら目が眩んでる状態で走るのは
かなり不利だと思います。あとは尋問たいむです。相手が何者か知りたいです」
不審者のことを、鳥居は呪災を起こした人たちと考えていた。
複数の術者か、それか個人と仮定したのなら遺跡の宝を使って呪災を起こしている者に違いない。
嘆願を達成するためには謎を突き止めなくてはならない。鳥居は固唾を飲み込んでいる。

111 : ◆u0B9N1GAnE :13/01/22 20:44:52 ID:???
【行動判定】

>「あの、この絵の女性は誰ですか?」

鳥居から返却された絵を目にすると、フーの表情が一瞬揺れる。
ほんの僅かな揺らぎ――その中に幾つもの感情が見えた。

「……それは」

彼は絵が無事だった事に、確かに安堵していた。
しかしその一方でどこか口惜しげに――絵が手元に帰って来てしまった事を厭うようでもあった。

「それは……俺の、幼馴染だヨ。俺が描いたんダ。なかなか上手く描けてるだロ?
 ……まぁ、ちょっと術を使ってズルしたんだけどネ」

フーは笑いながら答える。聞かれてもいない事まで語る。
倉橋の問いに答えた時と同じだ。
些末な情報をちりばめて、鳥居が本当に知りたがっているであろう事を
――その絵の女性がフーにとって何者なのかを、彼は覆い隠そうとしていた。



>「生け捕りにしましょう。フーさんの言葉だけじゃ真相がよくわかんないです。
 あかねさんは、フーさんが相手に見せている場所を思いっきり術で光らせてください。
 覗き見してるってことは強い光で目くらましが出来るはずですから。

「ひ、ひか……ごめん!光らせんのはウチじゃ無理や!倉橋はんの連れてた妖獣がおらへんと……。
 でも、足止めするんはいいアイデアや!任せといて!」

あかねは懐から小瓶を取り出し、フーの示した方向を振り向いて、

「えっと……三時の方向ゆーたらこっち……であってるよね?で、二十間は…………」

それから数秒の間、硬直。

「ごめんマリーはん、少し手伝ったって……。これ、フーはんが言った所に投げ込んだってや。
 そしたらウチが術を使って大水降らせたる。その隙にマリーはんが近づいてズバンや!
 さっきの身のこなしやったら行けるやろ?」

112 : ◆u0B9N1GAnE :13/01/23 22:58:21 ID:???
砲家は読んで字の如く、代々砲術に長けた家系だった。
そして鮮華の名は彼が生まれながらに持った才、鮮やかで華のような火行を生み出す資質を示している。
砲術手の血と彩火の才は、彼に『花火』を操る術をもたらした。

千変万化の爆炎は鮮烈なまでに美しく、また凶悪だった。
広範囲に飛散する火の粉や炸裂は単純に火力で優れ、
着弾までに時間差のある星や仕掛け花火を用いれば、敵の行動を著しく制限する事も出来る。
相手がいかに素早くとも、炎はその逃げ道を奪う。
そうして懐に飛び込んできた敵を叩き潰す。
すなわち、進めど退けどそこは必殺の間合い――対個人における、パオの必勝の戦術だ。

――来た。飛び込んできた。
敵は素早く、反対に自分の動きは何故だか鈍い。
だが花火の炸裂を推進力にすれば鉄槌を鋭く振りぬく事は出来る。

>「おいおっさん!!、よくききやがれ!!」

「誰が……おっさんだ……まだ……三十にもなってねえよ……ナメた口……利きやがって……」

敵はまっすぐに駆け寄ってくる。いい的だ。

>「お前がいまぶっ潰そうとしてるやつは!!」

跳んだ。もう軌道は変えられない。
この状況なら外しようがない。確実に叩き落とせる――

>「今アンタが守ろうとしている存在なんだよぉおおおお!!!」

一瞬、パオの動きが固まった。逡巡したのだ。

彼を侵す呪いによって、倉橋の術は正しく作用しなかった。
だがそれは逆も然りだ。
呪いの冷気がもたらす意志の固体化は、彼女の霊力によって不完全になっていた。
故に生じた寸毫ほどの迷い、隙――振り遅れた鉄槌は空を掻く。

同時にブルーの蹴りが丹田を直撃。
激しい打撃音が響き、一瞬遅れて亀裂の走る音が続く。
硬化した皮膚が強烈な打撃に堪えられず、ひび割れたのだ。

>「もういっぱぁああつ!!」

ブルーが空中で一回転――間隙のない流れるような動作。
遠心力を乗せた回し蹴りが右腕を捉える。
衝撃は皮膚を突き抜け、骨を砕いた。パオが鉄槌を取り落とす。

113 : ◆u0B9N1GAnE :13/01/23 22:58:51 ID:???
パオの動きが止まった。
丹田が破壊された事で氣の流入が止まり、また既に体内にある氣の巡りも不全を起こしている。
冷気による凍結のおかげで氣の流出はまだ始まっていないが、最早戦闘の継続は不可能だろう。

だが――彼が先ほど放った花火の星はまだ生きている。
蹴りの反動でパオから距離を取ったが故に、ブルーはその着弾点の間近にいた。

>「ちくしょう、まだだ、ここで死ねない!」

鬼気迫る叫び――しかし彼の走りは先ほどまでと打って変わってぎこちなく、遅い。
今もなお降り注ぐ火の粉を避けながらでは、爆心地からは逃れられない。

『――アァモウ、世話ガ焼ケルゼ』

ブルーの懐から漏れる小さな声――埋伏拳が一匹姿を現して、ブルーの背中を蹴っ飛ばした。
埋伏拳はジンの打撃力の化身。故にブルーを爆心から逃すに威力は十分。

直後に花火が爆ぜる。
だがその炸裂が君達にもたらすのは精々、強い光と僅かな熱風、それと火薬の臭いくらいだろう。

「体が……動かねえ……なんでだ……なんでだよ……クソ……まさか俺……本当に……」

最早パオに君達を害するだけの力は残っていない。
解呪の霊水を浴びせれば、本来訪れるべきだった死――それを迎えるまでの僅かな時間だが、彼は正気を取り戻すだろう。

114 :ブルー・マーリン ◆Iny/TRXDyU :13/01/27 20:40:19 ID:???
>『――アァモウ、世話ガ焼ケルゼ』

「えっ?、うおっ!」
悲鳴を上げながら吹き飛ばされるがなんとか逃げ切れた

「いちち…」
背中をさすりながら立ち上がる

「おいオッサン、喋れるか?」
バオに近づいて顔に2、3発ビンタを入れる

「よし、喋れはするみたいだな…」
そういうと霊水を取り出す

「…飲ませるとどうなるんだろ?まぁいいや、ほい」
フタを開けて浴びさせる

「正気に戻ったかー?
だとしたら質問だ、ここで何があった?、この異変についてなんか知ってるのか?」

115 :双篠マリー ◆Fg9X4/q2G. :13/01/27 20:52:53 ID:???
熱と煙のせいでよろめいたあかねの姿を見て、一瞬マリーの背筋が凍った。
だが、すぐさま茜は立ち直り、術で書棚の火を消し飛ばした。
「おそらくだが、棚の裏に何か有るはずなんだ。一緒に探してくれ」
急いで棚の中の書物を書き出しては見たが、それらしいものは見当たらなかったが
茜が棚を蹴ったお陰で小さな穴が空いた。
穴から気流が流れているのを確認し、マリーは確証を得た。
すぐさま、変化した茜が中に入り裏から階段があることを確認し、すぐさま鳥居が棚をどかし
そこへ向かうことが出来た。

地下には思った以上に広い部屋が存在した。
ある程度夜目が効くほうではあるが、それでも部屋に何があるかはボンヤリとしか見えない
それを読んでいたのか、最後にやってきた茜は燃えた板切れを持ってきて燭台に火をつけた。
明かりに照らされて部屋の内容が顕になる。
恐くここはフーの研究室だったらしく、そういう類の品々が置いてあった。
「茜、悪いが何を持ってけばいいか指示してくれ、私だと見当違いな物も持って行きかねない」
と持ち出すものを纏めている最中、茜が妙な巻物を見つけた。
「…もしかしたら、別の意味があるのかも知れないな持っていこう」
妙な巻物を鳥居に渡したとき、地下室にも煙が充満し始めているのを感じ取った。
そして、丁度いいタイミングで生還屋の声が聞こえてくる。
大事そうなものは粗方回収できたと思うので、すぐさま僧房から脱出することになる。

僧房を脱出すると、すぐさま助け出したフーの首に手をあて脈を確認した。
「…よかった気絶しているだけか」
とりあえず、フーが生存していることを確認し、胸を投げ下ろす。
茜に気付けの策があるようなので、任せると、直様術を発動した。
様子を見る限り上手くいっているらしいが、茜の発言からしてぶっつけ本番でやったようだ。
そうしている間に、フーは無事に目が覚めたようだ。

目覚めたフーに地下から持ってきた物を渡すとフーはフェイについて訪ねてきた。
すぐさま、茜はフェイからの手紙を渡し、フーはバツが悪そうにする。
そこへ茜が直様結界について尋ねる。案の定、結界は何者かに破られたらしい。
そして、フーは敵対者への対処の手伝いを頼んできた。
断り理由もなく満場一致でそれに取り掛かることになった。

「あの火事もその破った連中の仕業か?」
なんとなくマリーはフーにそう尋ねる。
「多方狙いはあの地下にあった何かで、あの隠し階段が見つからなかったから
 あとかたもなく燃やそうとしたように私には見えたが…私の妄想かな」
自分の仮説を真っ直ぐフーにぶつける。
恐く一番欲しい回答はまだ返ってこないだろう。
屍人が燭台を倒したと言われれば、追求の余地さえも無いことも重々承知だ。
だが、フーにある程度の揺さぶりをかけることぐらいは出来るはずだ。

そうしている間にフーが不審者に気がつく
その瞬間、鳥居は耳打ちで事を真相を知るためにも生け捕りにすることを提案する
マリーは何も言わず了承の意味を込めて、鳥居の肩を三度叩く
足止めには光ではなく水の術を使用するらしく、茜からはそれを実行する為の小瓶の受け取る
「任せろ(距離は20m、不可能な距離じゃない)」
直様マリーは剣を持った男に向かって疾走する。
茜から受け取った小瓶はまだ投げない、男がこちらに気づくギリギリまで待つ
その瞬間は、間もなくやってきた。
「援護を頼む!」
ちょうど男の真上に行くよう狙いを付け小瓶を投げ込む。
茜の足止めに男の注意が向く中、マリーは一気に間合いを詰めると
剣を握る男の手にナイフを突き立る。

116 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :13/01/29 23:23:21 ID:???
パオの行動に本能的に危険を感じ踵を返す頼光。
普段武勲だのなんだの言っていても、目の前に迫る危機に対し本能は正直である。
だが、本能に忠実だからと言って相応の行動がとれるかはまた別問題。

鉄槌を受け止めるための根は動く段に至ってはそれを阻害するものでしかない。
振り返ったところで引っかかり、倒れ込んでしまうのだ。
ただ倒れ込むだけでなく、根が引っ掛かり起き上がる事も動くこともできなくなってしまっているのだ。
もはや頼光になす術なし。
ただ降り注ぐ花火に身を晒すしかないのだから。
「あぢぢぢぢ!なんで俺様がこんな目にいい!」
大半は自業自得なのだが、そんなもの頼光には通用しない。
喚く頼光はここに至ってようやく自分の眼下に蹲る冬宇子に気づき、当然のように矛先はそちらに流れていくのだ。

「冬宇子!おま、なに人の下で蹲ってんだ!
俺様を傘にしやがって!お前は修羅か!?」
八つ当たり同然なのだが、こうでも言わなければやっていられない。
降り注いだ火の粉は根を焼き頼光の頭も焦がしているのだから。

>「西洋人の兄さん!早く逃げて!!
> 出来るだけここから離れるんだ! もう一発、ここに向かって花火が落ちてくるんだよ!!」
「ごらああ!毛唐の事より目の前の俺様を何とかしろおぉ!」
その時既に冬宇子は結界を張り、動くに動けぬ状態なのだが、そうとも知らぬ頼光は半狂乱で叫ぶのだ。

結局のところ、頼光の知らぬところで事態は進んでいく。
パオが放った二発の星。
本命の方が落ちて来たことも。
ブルーがパオの丹田を蹴りぬき、小鬼によって救われたことも。
自身が冬宇子の結界によって守られていたことも。

ただ、全てが終わった後、体を支えていた根が焼切れて、冬宇子を潰すような状態になってしまった。
それが頼光によってのこの戦いの終焉であった。

117 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :13/01/29 23:24:09 ID:???
下敷きにしたとはいえ、まあ、絵面的には抱き合う男と女である。
どさくさに紛れてでも久しぶりの女の感触を味わおうとしてしまうのは下種ではあるが男のサガ。
が、碌に味わう前に頼光は冬宇子から飛び退き、叫ぶのだ。
「ぬひっ、久しぶりの……おぉお!?冬宇子!お前死んじまったのか!
動死体になったのかよ!俺様が身を挺して守ってやったのによぉ!」
思い出は美しい。
いつの間にか身を挺して守っていることになっている。
が、問題はそんな事ではない。

頼光は冬宇子を見て動死体と言い放ち、手をかざして距離を取っているのだ。
だがそのかざした自身の手を見て頼光はさらに驚愕の声を上げることになる。
「なんだこりゃ!俺の腕まで死人みてーに茶色くなっちまってるじゃねえか!」
目をパニクリさせながら頭を振ったり目をこする。
「お、おろ?元に戻った。あ、冬宇子も!
いやーおでれーたわ。さっき全部茶色くなっちまってッてよー。
動死体になってなくってよかったわー、あーおでれーた」
一人で喚き、一人で落ち着き、一人で納得する。
どこまでも空回りの頼光。
だが、自分が一番わかっていなかったりすることもやはり気づいていない。

「おーい、毛唐、そんなのに話しかけてねえで、ちょっと背中の根を折ってくれや。
着物破っちまってるし、動くのに邪魔で仕方がねえ。
腕は元に戻ったけど、根っこは元に戻らねえんだよ。
しっかしなんだこりゃ。急に火薬臭くなったな!」
足から生えた根を折って捨てながら、背中の焼け折れた根をブルーに見せながら呼びかける。
頼光にとって闘いとは敵との戦いのみであり、その付随する価値は見いだせないのだ。
故にパオから情報収集するという事すらも思いつかず、ブルーの邪魔をしてしまうのだった。

見た目自体かなり人間離れしているのだが、真なる変化はその内側にある。
先ほど視界が茶色に染まったのは、色を一時的に失っていたのだ。
そして火薬の臭いも先ほどまで気付かずにいた。
人として大切なものを徐々に欠落していく頼光。
それに気づくのはいつになるのだろうか?

とりあえず背中を見せられたブルーはその後頭部の髪が焼け焦げて焼失していることに気付くだろう。

118 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/01 01:37:58 ID:???
>「あの火事もその破った連中の仕業か?」
>「多方狙いはあの地下にあった何かで、あの隠し階段が見つからなかったから
  あとかたもなく燃やそうとしたように私には見えたが…私の妄想かな」

マリーの推論を聞くと、フーはややうなだれ、右手で顔を覆った。
細く長い溜息を零してから、彼は口を開く。

「……君らは本当に勘がいい、とだけ言っておくヨ」

苦い口調と、答えとはまるで言えないような回答。

フーは十分な説明をしなかったからと言って、君達が協力を拒む事はないだろうと踏んでいた。
彼は現時点では、君達が依頼を達成する為の鍵となる存在だ。
加えて結界の防衛を拒否すれば、つまり罪もない避難民達を危険に晒す事になる。
自身を顧みずフーを助けに来たマリー達が、そんな事を出来るとは思わない。
だからこそフーは最低限の言葉のみを発した。

フーは王の為に不老不死の法を研究している。
だがそれは彼に限った事ではない。
王への忠誠の為、富や名誉の為、不死の法を求める術士は大勢いる。
その内の誰かが、この呪災を期に彼を潰して優位に立とうとした。
十分にあり得る事だ。

しかしそれをマリー達に告げる訳にはいかない。
不死の研究をこれ以上部外者に――それも異国の者に教える訳にはいかないし、
それ以上の理由が彼にはあった。

僧房にフーを助けに来た時、鳥居は「不死の王に会ってみたい」と言っていた。
フーはあの時まだ、意識があった――そしてそれ故に勘付いていた。
君達はフェイを通じて、君達なりに呪災の原因を調べてしまったのだと。

それは彼にとって不味い事だった。
君達が不死の伝承を知っているだけならば問題ない。
倉橋達に自身の研究概要を知られただけでも、まだいい。
だが君達が合流して、得た情報を共有してしまったら、それは非常に良くない。
その時はフーの抱える秘密が暴かれてしまうかもしれない。

「……そう、本当に勘がいい……それにその勘を、事実として明らかにするだけの力もあるんだろウ。だけど……それじゃ困るんダ」

君達が寺院から離れた後で、フーは小さく呟いた。
それから僧房から君達が回収した研究結果に視線を落とし、目を細める。

「王の為に。そして何よりも、彼女の為に……この研究は僕の手で完成させてみせル」

フーの懐から一枚の符が取り出された。
倉橋達に渡した映し身に、念を送る為の符だった。



119 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/01 01:39:29 ID:???



「任せろ」と一言残して、マリーは寺院を飛び出した。
観察者との距離はおよそ十間――だがそれは直線距離での話だ。
複雑に入り組んだ街路を経由していては、いつ辿り着くのか――そもそも辿り着けるのかすら分からない。
だからこそフーも「もし行けるなら」と言葉を加えたのだ。

しかし、彼の心配はまったくの杞憂だった。

双篠マリー。彼女は暗殺者だ。
正確な始まりは分からないほどに古い、暗殺者の血脈を継ぐ者だ。
群衆に紛れ、闇を纏い――道なき道を行き獲物を仕留める。それは紛れもなく彼女の領分。

道はいくらでもあった。
塀の上、家屋の屋根、窓枠のほんの僅かな取っ掛かり。
それらを繋いでいけば、道なき中空に道が出来る。

点から点へと飛び移る為の脚力は何よりもまず不可欠で。
加えて全力疾走の中で、どこへ向かえばいいのか、どこへ向かえるのか。
それを見極めるだけの眼力と判断力がなければ通り得ない道。

双篠マリーにはその空論のごとき道を飛び越える資質があった。
観察者との距離は見る間に埋まっていく。

>「援護を頼む!」

あかねの手渡した小瓶が観察者の頭上へ――直後に小瓶の封が独りでに外れた。
術によって増幅された水の圧力に耐えかねたのだ。
瀑布さながらの大水が降り注ぐ。

水は人の感覚を奪う。
さほど強くない雨の中でも、人の五感は大きな制限を受ける。
ましてや嵐をも凌ぐほどの降水の中では、双篠マリーの接近など察知出来る筈がない――

「――来たか、神殺し」

だが彼は言葉と同時に二度、剣を振るった。
一振り目は天上へ向けて――降り注ぐ大水が一瞬にして左右へ割れた。
間髪入れず二振り目を袈裟懸けに――マリーの放った刺突を切り払った。

「……いまいち温い剣筋だな。その程度の腕で本当に鵺を狩り、神を仕留められたのか?」

男は――どうやら君の事を知っているようだった。
それも暗殺者として名の知れた君ではない。
鵺や祟り神を殺した者として、男は君を認識している。

男はどうも、君に対して敵意よりも疑問にも似た興味を強く抱いているようだ。
故に当面は、彼が先手を取って君達に襲いかかるという事はなさそうだ。
君達は機先を制して戦闘を始めてもいいし、それ以外の事をしてもいい。

120 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/01 01:42:42 ID:???



「――鳥居はん、ウチらも行こや。マリーはんほど滑らかには無理やろうけど、
 吸血鬼の力なら塀を越えて追っかけられるんちゃう?」

援護の術を行った後で、あかねは鳥居にそう提案する。

「あと……出来ればその、おぶってって……欲しいんよね。
 ウチじゃマリーはんの真似は無理やし……。自分で言うのもなんやけど、ウチそんな重ないから……ねっ?」

それから若干申し訳なさそうな苦笑と共に片目を瞑って、両手を合わせた。

【質問への回答→明言はしないものの肯定的な態度を取りました。
 観察者はマリーの事を部分的に知っているようです
 即座に襲い掛かってくるような気配はありませんが、敵対心のようなものは感じられます】

121 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :13/02/02 22:25:39 ID:???
鳥居の「目くらまししたい」という言葉に、
あかねは「それは無理、でも足止めはよい提案」と言ってくれた。
マリーも肩をぽんぽんしてくれる。
鳥居は心の中で「やった!」と小さなガッツポーズ。
あとは尋問時間の始まりを待つだけ、と暢気。

鳥居の想像では、観察者とその一味が不死の王に関係する遺物を盗んで呪災を起こし、
その災害から人々を守ろうとしているフーをいけ好かないからやっつけにきた。そう思っていた。
でもマリーは、観察者が僧房に隠されているものを狙っていたという。
そしてそれをフーは否定しない。それはつまり、観察者たちに足りないものがあったということだ。
その証拠はお粗末な動死体。観察者たちが生み出した不死の王の失敗作と鳥居は仮定する。

>「――鳥居はん、ウチらも行こや。マリーはんほど滑らかには無理やろうけど、
 吸血鬼の力なら塀を越えて追っかけられるんちゃう?」
>「あと……出来ればその、おぶってって……欲しいんよね。
 ウチじゃマリーはんの真似は無理やし……。自分で言うのもなんやけど、ウチそんな重ないから……ねっ?」

「うん。いいですよ。あかねさんにはいっぱい助けてもらいましたから。
あ、そのお礼と言ってはなんですけど、日本に無事に帰れたら、
僕のサーカスを観に来て欲しいです。一緒に頼光も働いていますから」

あかねを背にした鳥居は薄闇を跳躍。とりあえずマリーの向かった方角に向かう。
その距離はおよそ十間。猫のように屋根や塀の上を走ると視線の先には観察者とマリー。
でも、その様子はおかしかった。
鳥居の想像では観察者に馬乗りになったマリーが短剣片手に「ぜんぶはけ」と鬼の顔で言っているはずだった。
しかし現実は思ってたのとちがう。

(そっか…。僕は何にもわかってなかったです。生け捕りにする作戦なんて、
本来のマリーさんの剣捌きを鈍らせるものだって、とっても危険なものだって
最初に気付くべきでした……)
遅れて到着した鳥居はそのような認識だった。マリーが体験した摩訶不思議な出来事は知らない。
おまけに鬼に出会えば鬼を斬る。神に出会えば神を斬る。マリーに対しての歪んだ評価。
鳥居は大きく息を吸い込むと屋根を跳躍。観察者から二間ほどはなれた背後に着地。
結界を破ったと思われる彼に対し、嫌悪はあったが敵意はなかった。
それ故に攻撃は仕掛けない。仕掛けたとしても鳥居の能力では避けられてしまうだろう。
だがそれ以前に、鳥居はあかねを背負ったまま体勢を崩して無様に尻餅をついてしまう。

「いてて…。あの、すみません。あかねさん」
よれよれと立ち上がり謝罪する。でも観察者をマリーと自分で挟んでいる状況は作れた。
鳥居は面を観察者に向け

「すみません。僕が貴方を生け捕りにしたいって言ったんです。
なぜならフーさんに結界を守るって約束したからです。結界の中にはまだ生きてる人が沢山いるんですよ。
それなのに結界を破壊してしまうなんて貴方は一体なんですか?きっと薄汚い泥棒さんでしょう?
たぶん盗んだ遺宝で誰かを不死にしようとして失敗したんでしょうね。だからフーさんの隠していた大切なものを探していた。
そうでしょ?」
あかねをその場に下ろして鳥居は問い詰める。

「僕たちは遺跡を守れって嘆願を受けたんです。だから遺宝は返してください。
……そう、僕はこの土地で、皆、何かの欲求があって行動しているってことを理解しました。
では貴方の望んでいることはなんですか?
僕たちは罪もない人たちの命を守るためにフーさんに力を貸していますが、
べつに彼に嘆願を受けたわけではありません。
何かの交換条件で、遺宝を返していただくことはできませんか?」
一方的に自分の想像で語る鳥居。

「もしもダメでしたら、申し訳ないですが、これからの貴方の未来がどうなるかは保障できませんね。
ただの結界を破壊した者として、泥濘の上で眠ることになるかもしれませんよ」
闇を湛え、なお爛々と光を宿す嚇灼の瞳。鳥居は漆黒のマントをなびかせながら観察者をねめつける。

122 :双篠マリー ◆Fg9X4/q2G. :13/02/05 03:22:07 ID:???
タイミングは完璧、一部の躊躇いもなくマリーはナイフを振り下ろした
その瞬間だった。まるで、男はまるでマリーがここに来ることを知っていたかのように言葉を漏らし
マリーの握っていたナイフを弾き飛ばす。
即座に、マリーは後ろへ飛び退いた。
突然降り注いで来た大水にも動じず、その中で自身のナイフを弾いた男の実力を警戒しただけではなく
少なくとも嘆願所の人間と依頼の関係者しか知っていることのない情報をこの男が知っていることに不気味さを感じ取っているからだ。
「…同業者なのか」
恐る恐るマリーは懐に締まってある自身の黒免許に手を伸ばしながら訪ねた。
依頼が被ることはよくあることだ。
そして、その依頼がまるで正反対の内容であることも稀ではない。
もしそうならば、ここでぶつかり合うよりも、お互いの依頼内容を確認する必要もある。
だが、男の回答を待たず、そこへ鳥居が割り込んでくる。
状況のわからない鳥居はすぐ様男へ食ってかかる。
「鳥居!それ以上近づくんじゃない。吸血鬼の君でも無事には済まないぞ」
今にも飛びつきそうな鳥居を止めつつ、マリーは続ける。
「鵺と神の件について知っているようだが、お前は同じ冒険者なのか?
 同業者なら、さっきのアレはいただけないな、あそこは今避難所になっている
 お前が結界を破ったせいで、あそこに居た人間が全員死ぬとこだったんだぞ
 …それとも別の組織の人間か?なら、何故あの件について知っている!?
 返答しだいによっては…神殺しの殺技を味わうことになるぞ」
少しばかり狼狽えが見え隠れさせつつ、マリーは男を睨みながら言い放った。

123 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/02/06 19:52:50 ID:???
東京駅、丸の内停車場前の広い公道を、黒塗りの高級車が土埃を上げて走る。
助手席の倉橋晴臣は、車窓ごしに、アーク燈の灯りに浮かび上がる豪華壮麗な赤煉瓦の威容を眺めた。

宮城(きゅうじょう)の正面に位置する皇室専用貴賓出入口を挟んで、南北に聳えるドーム型の屋根。
円蓋内部の天井は、八卦盤を模した八角形に成型されており、
北側には四方角を守護する四門獣――青龍・朱雀・白虎・玄武が、
南側には方位神・歳神である干支のレリーフが彫まれている。
東京駅駅舎は、帝都の玄関口であると共に、霊的守護の要衝でもある。

時の首相が、この駅の南乗車口で暗殺されたのは、震災の三年前…もう十年近く前になるだろうか。
あの頃、晴臣は、まだほんの子供だったが、京都の自邸も何かと慌しかったことを覚えている。
陰陽寮の分館――旧都霊護府の次長だった父も、何度となく帝都へ出張し、家を空けていた。
そういえば、自邸に引取られた従姉と初めて顔を合わせたのも、丁度その頃だったっけ―――
行幸通りを繋ぐ中央口交差点を過ぎる間に、晴臣は、ぼんやりとそんなことを思った。

車は麹町を出て西に向かう。
陰陽寮に招請した要人を迎えに上がった帰りの車内だ。
昨日から、どうも庁舎内の様子が慌しい。
占筮を司る天文部の幹部が、伝令のように帝都を走り回っている。
天文部が何らかの霊的異変を捕捉したのだろうが、
自分のような下級方技に下知が下るのは、もう少し先になりそうだ。

庁舎前の車寄せの脇に立ち、最敬礼で洋装の要人を迎える。
護衛に付き添われた要人の背が、電燈の灯るホールに吸い込まれ、扉が閉ざされてから暫し後、
中庭を横切って近づいてくる人影がある。
晴臣と同じく、白色無紋の狩衣に濃紫の袴という、方技の正装姿の青年だ。
顔を微かに紅潮させ、興奮抑え難しといった様子で口を開いた。

「今日は何があったんだ?すげえ面々がご来庁だぜ。
 晴臣…お前何か聞いてないか?」

静かに首を振る晴臣の顔を探るような目つきで見据え、彼は舌打ちした。

「フン…本当はどうだか?
 名門の秀才と上からの覚えめでたいお前なら、何か知らされてるかと思ったんだがな。
 しっかし嫌になるぜ。俺達みたいな下っ端へのお達しはいつも後回しだ。
 事が起こってから真っ先に現場に遣らされるのは俺らだってのによ。」

と、不満をこぼす青年は、不意に思い出したように喜色を浮かべて、

「ああっと!それはそうと!
 お前知ってるか?!
 今日は、あの御方……長官がお出でになってるんだ!
 ここで十年勤め上げた少允(事務官)ですら、ご尊顔を拝する機会は一度もなかったって話なのに、
 俺は今日お声まで掛けて頂いたんだぜ。
 やはりあの方は只者じゃねえよ。軍の大将も裸足で逃げ出す程の堂々たる体躯でいらしてよ!」
 
目を輝かして語る同僚を見遣って、晴臣は思った。彼にはとても話せそうにはない。
―――あの御方――降魔鎮魂府の長官に、晴臣は一度、内謁している。
それも、かなり私的な用件で。
遠目に従姉の姿を眺めた、かの傑物は、
「来世での縁を楽しみにするさ」と言って鷹揚に笑った。
それっきりこの話は、進展することなく立ち消えになっている。
やれやれ、先方から切り出した縁談なのに体よく断られてしまった、と晴臣は思い返して苦笑した。

124 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/02/06 19:57:09 ID:???
――――――陰陽寮庁舎たる洋館、地下の一室。

四方の壁と床に大理石の化粧材が張り巡らされた広い室内の中央には、浅い窪みのある巨石が置かれている。
長方形に切り出された巨石の窪みは、湧き出す清水で満たされ、
溢れ出た水が小さく音を立てて、床盤に模様のように掘り込まれた排水溝を流れていく。

天文博士――幸徳井友滋は、巨石の横の八卦盤に手を翳した。
中央の鏡に陰陽大極図が顕れ、薄青い光を放つ。
と、鏡の如く静かに湛えられていた盤上の清水に、幾つかの波紋が起こった。

数人の男が溜水を覗き込む。
巨石の窪みには、およそ一畳はあろうかという広い水晶板に浮き彫りされた世界地図が沈められていた。
一際大きい波紋が渦を成して水面を擾(みだ)す。
地図中央は豊葦原の瑞穂の国、秋津島――日本列島。
渦流は、半島を挟んでその左下、大陸北東部の上に留まっている。
博士は、一同の顔を見渡して口を開いた。

「ご覧の通り、清国首都北京上空に、広大な氣の擾れが発生しています。
 上海駐在中の某社特派員に、海底電信を通じて連絡を取らせましたが、
 北京への電信は、三日前から不通になっているとのこと。
 北京が、何らかの奇禍に見舞われているのは確かです。」

難しい顔をする紳士たちの一団から離れて、一人泰然と佇む人影がある。
軍服を着込んだ逞しい体格の男だ。

「例の術士が仕込んだ『苗床』をもってしても霊視は不可能だと。
 同行する冒険者数名の安否も不明です。」

博士は軍服の男に視線を送り、皮肉めいた口調で付け足した。

「その冒険者数名の中に、閣下ご執心の『獣憑き』も含まれるようですな。」

*    *    *

125 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/02/06 20:00:54 ID:???
>>112-113 >>116-117 >>114

打ち上げられた花火の星は、闇空に開花することなく、導火線を消化しながら放物線を描いて落下。
蹲る冬宇子の足元から、ほんの一間ほど離れた地面に叩きつけられて炸裂した。
耳をつんざく爆発音。
同時に閃光。
五色の火花が織り成す目眩く閃光の中で、冬宇子は、自身と頼光を護る結界の壁がビリビリと軋むのを感じた。
呪力による緩衝結界とて万能ではない。
術者の注ぐ呪力によって強度が制限されるため、物理的衝撃の度合いによっては結界が破られることもある。
印を結ぶ手にも振動が伝わり、指先に痺れが起きている。
冬宇子は、一層強く手印を結び、身を固くして衝撃を堪えた。
色づく炎の滴りが、さながら滝のように不可視の円蓋の周囲を滑り落ちていく。

火花の雫が、ようやく小雨程度に落ち着いた頃、冬宇子は、止めていた息を吐き出して印を解いた。
しばし火薬臭い煙の立ち込める廃墟に座り込む。
そうして、外套の火の粉を払い除けながら立ち上がりかけた瞬間、
突然、身体の上に降って来たものの重みに体勢を崩して引っくり返った。
仰向けに倒れた冬宇子の上に、武者小路頼光の身体が重なっている。
頼光を空中に固定していた呪根が、引火した火花で焼き切れたのだろう。

>「ぬひっ、久しぶりの……

「ちょ…ちょっと何やってんのさ!さっさとそこをお退きったら…!」

胸の膨らみに顔を埋める頼光の後頭部を狙って、拳を振り上げたその時、

>おぉお!?冬宇子!お前死んじまったのか!
>動死体になったのかよ!俺様が身を挺して守ってやったのによぉ!」

冬宇子は握り拳を上げたまま、目を見張った。
素っ頓狂な声を上げて飛び退いた頼光の顔や腕、掌、胸元――衣服に覆われぬ剥き出しの皮膚全体が、
オーク材の如き茶褐色に変色し、木目模様までもが鮮明に浮かび上がっていたのである。

>「お、おろ?元に戻った。あ、冬宇子も!
>いやーおでれーたわ。さっき全部茶色くなっちまってッてよー。
>動死体になってなくってよかったわー、あーおでれーた」

何時の間にか、男の肌は色を取り戻し、木目も消えていた。
結界が貼られるまでの間、火花を雨を浴び続けていたはずなのに、焦げた髪の他は火傷の跡さえ無い。
ジンとの闘いに続き、またも頼光は、防御と治癒に、霊樹の呪力を行使してしまったことになる。
呪力の乱用は『苗床』に注ぐ水と堆肥。
苗床が成長するほどに、『頼光』という存在は消費されてしまうというのに。

さしたる疑問も持たずに、せっせと焦げた呪根を折り取っている頼光の背中を見つめているうち、
冬宇子は、やり切れぬ気持ちになった。
自身の変成に気づきもしない。その兆しに留意することもない。この男はなんという愚か者だろう。
頼光の愚かしいほどの無邪気さが、冬宇子はどうにも苦手だった。
まるで、道理のわからぬ子供が、
浅瀬から沼に足を踏み入れていくのを黙って眺めているかのような、罪悪感に苛まれてしまう。

物思いに沈みかけた冬宇子は、あることに気が付いて、あっと声を上げた。
ブルー・マーリンの存在を失念していたのだ。

「そうだ…!異人の兄さんは…!…ええと、そういや名前を聞いてないね……
 ええい船長!何処にいる?生きてるかい?!」

煙に曇る視界、首を回してブルーの姿を探す。

126 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/02/06 20:04:18 ID:???
ブルーは足を引き摺りながら、佇む動死体――パオに歩み寄っていた。
パオは微動だにしない。
その腹部には凍りついた衣服ごと斜めに亀裂が入り、滲み出した血液が赤く凝結している。

「良かった…無事だったようだね。
 丁度いい。この水をその男の身体に降り掛けとくれ。」

冬宇子は安堵の溜め息を漏らし、呪いを解く『霊水』の入った小瓶をブルーの手元へと投げ渡した。
霊水を浴びたパオの瞳に、生者の如き光が宿る。

>「おいオッサン、喋れるか?」
>「正気に戻ったかー?
>だとしたら質問だ、ここで何があった?、この異変についてなんか知ってるのか?」

冬宇子が彼らに近づく間、ブルーはパオにあれこれと語りかけていた。
彼がパオを"オッサン"と呼ぶのが妙に可笑しかった。
小柄な体格と無造作に跳ねた髪も相まって、冬宇子の目に、パオは未だ少年のように映る。
傍から見れば、長身で彫りの深いブルーの方が、幼い外見のパオよりもずっと年長に見える筈なのに。
この未熟な青年は、頭の中もまだほんの子供なのだなと、微笑ましくすらあった。

「そんな聞き方じゃあ駄目だよ。私に任せて。」

ブルーの前に腕を差し出して言葉を制し、矗立するパオの正面に立つ。

「汝『砲鮮華』、我が名において従え。我が名は『倉橋冬宇子』。 令!停止走弃口!!」

改めて、印を組みなおして氣を練成し、発言を命じた。

>「体が……動かねえ……なんでだ……なんでだよ……クソ……まさか俺……本当に……」

うわ言のようにパオは繰り返す。
意思の固執は解けたものの、彼の精神は未だ戸惑いの中にある。

「そう、あんたのお察し通りさ。あんたの肉体は死んでいる。
 ほら、もう肌の温みも感じないだろう?」
 
冬宇子は、パオの腕を取って自身の手を握らせた。
氷のように冷たい手。しかしもはや凍結してはいなかった。
死体に憑り付いていた冷気ごと、呪いにより貯えられた体内の氣が、急速に大気へと放出されている。

「蘇生は不可能だ。死んでから時間が経ち過ぎている。
 あんたの無念はよぉく分かるがね、もう、どうしようもないことなのさ。
 口寄せが生業の梓巫女の端くれとしちゃ、
 亡者を呼び止めて話をしたからには、願いを聞いてやるのが務めってもんだ。
 まァ、内容によっちゃ叶えてやれるとも限らないがねえ。」

屍に預けていた手を戻し、

「さて、どうするね?
 迷わず"あちら側"に往きたいなら手を貸すよ。極楽往生までは約束できないがね。
 それとも、寂滅の前に故郷の土を踏みたいか。
 『亡国士団』とやらのお仲間に、遺言の一つも残すかい?」

志半ばにして斃れた若き志士へ、いささか同情に欠ける口調だったが、
かといって突き放すような調子でもない。

127 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/02/06 20:06:13 ID:???
「それはそうと、あんたを呼び止めたのはね、力を借りたかったからなのさ。
 私らは、はるばる日本から、清国に仕事を頼まれて、この街に来たんだが、
 着いてみたら、街はこの有り様だろ?
 あんたのお陰で、私らの"アシ"は大破。操縦士も死んじまうし…。
 ともかく、この呪災が収まらない限り、仕事も報酬もフイになるし、国にだって帰れやしない。」

肩をすくめ、鬱憤を吐き出すように溜め息を吐く。

「このままこの国に長居してたんじゃ、私らだって、いずれはあんたみたいになっちまう。
 で、役立たずの官職術士に任せてボサっと待ってても仕方が無いってんで、呪災の淵源を探ってんのさ。」

そこで一旦言葉を区切り、パオの目を真っ直ぐに見つめて、続けた。

「要するに、呪災についてなら何でもいい。手掛かりになりそうことを聞きたいんだよ。
 あんた、異変の起こった当初からこの街にいたのかい?
 だったら、出来るだけ詳しく当時の状況を話して聞かせておくれ。」

「ああ…それと、巷間の流言飛語の類でもいい。最近『不老不死』って言葉を何処かで耳にしなかったかい?」

「…最後に、これは単なる好奇心ってヤツなんだが、
 亡国士団ってなァ戦場が仕事場って訳じゃないのかい?
 こんな街中で、あんたは何をしていたんだい?」


【パオに質問
 1.呪災発生当時の状況
 2.噂とかで『不老不死』という言葉を耳にしたことがないか
 3.パオ君はなにをしていたの?
 4.してほしいことはない?(例:遺言の伝達とか)】

128 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/11 00:00:57 ID:???
マリーと対峙する男の視界、その上方に影がよぎった。
直後に響く、背後からの着地音――何者かが自分の頭上を飛び越えたと彼は察する。
だが動じはしない。右手の剣を逆手に持ち替え、体の前へ。
刀身に背後の鳥居を映しつつ、マリーへの警戒も怠らない。

>「すみません。僕が貴方を生け捕りにしたいって言ったんです。
  なぜならフーさんに結界を守るって約束したからです。結界の中にはまだ生きてる人が沢山いるんですよ。
  それなのに結界を破壊してしまうなんて貴方は一体なんですか?きっと薄汚い泥棒さんでしょう?

背中に投げかけられる声――男は目を細める。

>「僕たちは遺跡を守れって嘆願を受けたんです。だから遺宝は返してください。
 ……そう、僕はこの土地で、皆、何かの欲求があって行動しているってことを理解しました。
 では貴方の望んでいることはなんですか?
 僕たちは罪もない人たちの命を守るためにフーさんに力を貸していますが、
 べつに彼に嘆願を受けたわけではありません。
 何かの交換条件で、遺宝を返していただくことはできませんか?」

それは核心を突かれたと言った表情ではない。
どちらかと言えば、不可解―― 一方的に語られる鳥居の言葉を理解しかねているようだった。

「……交換条件か。なるほど、それも悪くないな」

しかし――それでも理解出来る事はある。
鳥居は今、自分に対して譲歩の姿勢を取っている。
結界を破り、多くの人間を危険に晒し、決して少なくない人数を死に追いやった自分に対して。
まだ歩み寄れる余地があると思っている。
それは隙だ。不死者故の甘さなのか、生来の気質なのかは知らないが――あえて見逃してやる理由もない。

男は微かにほくそ笑むと、密やかに重心を落とし、剣を握る右手を脱力。
そして振り向きざまに地を蹴り、刃を薙ぎ払う――

>「鳥居!それ以上近づくんじゃない。吸血鬼の君でも無事には済まないぞ」

その直前に、マリーが鳥居へ警告を叫んだ。
男は小さく舌を鳴らし、構えを戻す。

>「鵺と神の件について知っているようだが、お前は同じ冒険者なのか?
  同業者なら、さっきのアレはいただけないな、あそこは今避難所になっている
  お前が結界を破ったせいで、あそこに居た人間が全員死ぬとこだったんだぞ
  …それとも別の組織の人間か?なら、何故あの件について知っている!?
  返答しだいによっては…神殺しの殺技を味わうことになるぞ」

迸る脅威と殺意、仄かに覗く狼狽――人間味。
怜悧な美貌に似つかわしくない、生々しい殺意が男の頬を打つ。
男の表情が緩やかに笑みへと変わっていった。
口元は歪に釣り上がり、けれども眼の奥は笑っていない。
先ほど垣間見せた不機嫌な素振りは、もうその残滓すら見えない。
男はどこか精神の安定を欠いているようだった。

「……お前達の問いに答える義理はないが……神殺しの殺技か。それは、面白そうだ」

舌なめずりをしながら、男が小さく呟いた。

「答えてやるよ。冒険者とやらが何なのかは知らんが……俺はこの国の人間じゃない。
 亡国士団と言ってな。国を亡くした奴らの寄せ集めの一人だ。
 この国の王は、俺達が功を積めば、祖国を復興してやると言っているそうだ」

語りながら、弧を描くように脚を捌き、マリーの右側へと回り込んでいく。

129 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/11 00:02:27 ID:???
「いい話だろう?魅力的な見返りだ。……だがその話を初めて聞いた時、
 何故だかな、俺の心には驚くほど何も響かなかったんだ」

隙を伺うような視線――ちょっとした小手調べだ。

「それでもいざ恩賞が近づけば、何か感慨があるだろうかと亡国士団に身を置いた。
 そして戦場に立ち、武功を立てたが……やはり何の充足感も感じなかった」

間合いは常に必殺の距離から半歩外。

「……ある時、俺は他国の小さな村に攻め込んだ。その国の首都に至る道中にあった、名も知らぬ村だ。
 相手は寡兵だった。そこで起きたのは戦闘ではなく虐殺だ。
 あの時は国の為と、気の立っている奴らが多かったからな」

焦らすような距離感――自分が焦れるのを楽しんでいるようでもあった。

「そこで俺は……一人の女を殺した」

ほんの一瞬、男の視線が眼前のマリーから、遠い過去へと逸れる。

「目的はなかった。ただ戦場の空気に当てられたんだろう。だが……」

男の口元が歪に吊り上がる。
深い深い愉悦が、彼の表情を一色に染めた。

「動かなくなったその女にしがみついて喚く、小さな娘を見た時……俺は堪らなく満ち足りた気持ちになったんだ。
 そして理解した。俺が何故、祖国の復興がどれほど近づこうとも喜べなかったのか」

男の眼が、今度は刃に映した鳥居を見据え、喜色を滲ませる。
幼いその姿に、かつての小娘が重なって見えたのだろう。

「例え国が蘇ろうとも、俺の大切だったものはもう戻りはしないのだと、俺は気付いていたんだ。
 親父は甘粛との戦いで死んだ。兄貴も友も、皆、骸がどこにあるのかすら分からん。
 国が元通りになっても、決して取り戻せない。俺だけが」

一瞬だけ、男の全身から激しい怒りが滲んだ。
家族を奪ったのは戦争だ――命も形も持たないそれに、復讐などしようがない。
ならば敵国は――それも既に滅んでしまっている。

「そんなの不公平だ。だろう?だから殺し、だから奪うんだ」

彼は、自分の怒りを誰にもぶつけられず、誰にぶつければいいのかも分からなかった。
だからこそ、その矛先は己よりも弱く、幸せな者達に向けられた。

「お前達の事は……女が教えてくれた。お前達と同じ日本人だったか。
 この呪災を鎮め、清を救おうとしている者達がいると。そんな事、させてなるものかよ」

そして此度の呪災を受け、死に行く人々を見て、男の箍は完全に外れてしまった。

「結界の中に人がいた?知っていたさ。だからこそ破ったんだ。
 ……不死の遺宝だったか。そんな物があるのなら、それも俺が破壊してやろう」

彼は哀れではあるかもしれないが――恐らくは、最早救いようのない人間だ。
罪なき人々を殺めてきた過去を、彼は嬉々として、君達を挑発する為だけに語った。
人が人の中で生きる為に必要な感情を、既に失ってしまっているのだ。


130 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/11 00:05:24 ID:???
「話は終わりだ。殺技の見物料としては、もう十分だろう?
 さあ怒れよ。俺を憎み、軽蔑しろ。それすらも、俺はお前達から奪ってやろう」

男が構えを取った。
距離は未だ、必殺の間合いではないにも関わらず。
刀身が僅かな氣を帯び――直後に男の周囲を緩やかに一薙ぎ。

瞬間、君達は見えない力によって男の方へと引き寄せられる。
彼の名は刃・斬(レン・ジャン)。
刀鍛冶の家に生まれた彼は、刃を用い、万象を斬る術才に恵まれた。
彼は『斬る』という概念が通じるものならば、なんだって斬る事が出来る。
例えば君達との距離だって一刀のもとに『斬り詰められる』のだ。

彼我の距離は埋まり、ジャンが剣を順手に持ち替え、返す刃を振るう。
半月の軌跡を描く刃は、正しく凌がなければ君達二人をまとめて切り裂く事だろう。



【何者?→亡国士団の一員だよ
 何で自分たちの事知ってるの?→日本人の女から聞いたよ
 何で結界破った訳?→自分だけ不幸だなんて不公平だし、皆死んじゃえばいいと思ったの
 交換条件で何とかならない?→不死の遺宝とかあるの?じゃあそれもついでにぶち壊すわ

 ジャンは彼我の距離を『斬り詰める』事で二人を引き寄せ、まとめて一撃で斬り伏せるつもりです】


131 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :13/02/11 23:30:33 ID:???
鳥居呪音は、レン・ジャンのことを自分と似てると思った。
戦争ですべてを失ったレン。時の流れによってすべてを失ってゆく鳥居。
まるで同じものの表と裏。ただ問題は、何を奪うかだけの話なのだろう。
命まるごとすべてを奪いたいレンに、芸事で他人を魅了し、その心を奪いたい鳥居。
どちらも己の孤独に対する復讐ともいえる。
ただ鳥居が気にかかったのは、レンの失ったものがあまりにも大きすぎたのだということ。
そう、彼の心が粉々に破壊されてしまうほどに、思いでは切なく、その心を深く傷つけたのだ。
でもそうだとしたなら、レン・ジャンは己の行為に恥じるべきだ。
父や母や友にたいして贖罪するべきなのだ。
なぜなら彼は、自分で自分を破壊してしまっているのだから。
心に狂わしいほどの愛を抱いたまま、愛する者の思い出ごと自分を。
だから鳥居は問うてみたかった。
はたして彼らが、ジャンにそうなって欲しいと望んだのかと。

(……くっ、なんだかやり場のない怒りが込み上げてきます。
にしても日本人の女ってやっぱり倉橋さんなのでしょうか。
…亡国士団っていったい。それに彼は不死の遺宝なんて知ってませんでした!)
鳥居は、キーと地団駄を踏みたい気分になる。べつに分からなくてもよいことなのかもしれないが
やっぱりわからないと気持ち悪い。裏で何かが起きている、もしくはすべての謎は一つに繋がっている
と勘繰ってしまうのは人間の悪い癖なのだろう。
まるで、神様がいると信じ込んでいる人間のご都合主義のようなもの。

>「話は終わりだ。殺技の見物料としては、もう十分だろう?
 さあ怒れよ。俺を憎み、軽蔑しろ。それすらも、俺はお前達から奪ってやろう」

「奪う?」
鳥居は小さく聞き返した。すると男が構えを取った。
鳥居も身構える。その瞳は零下の怒りを湛えている。
だが怒りだけではなかった。声にならぬ慟哭が響く。
殺気が空気を染め上げてゆく。
しかし次の瞬間、鳥居は男に吸い寄せられた。その前に閃いたのは銀光。
なんと彼は距離を斬り詰めたのだ。

「マリーさん、蹴ってぇ!!」
咄嗟の出来事に鳥居は、マリー側に二本の足を思いっきり突き出す。
マリーが足をだしてくれたら二人はお互いにジャンを弧の中心として飛び逃げることが出来るはず。
それが叶わなくても鳥居の蹴りがマリーの尻にでも当たれば、お互いに反発して間合いをあけることが出来るはずだ。

そして鳥居は少し離れた地面にころりと転がり、ぺぺっと砂を吐いたあと

「そんなに奪いたい気持ちが強いんでしたら、あなたにとってもっとも大切なものを、
お父さんとかお友達の代わりになるものを、どこからか奪ってきたらいいじゃないですかっ!!
それすらもできない臆病者が、僕の心から怒りを奪うことは出来ません!」
そう言ってねめつける。その大切なものは自分にとって何なのだろうと失念するのはあとのこと。
怒りに身を任せ屋根に跳躍すると、移動しながら瓦をジャンに投げつける。つかず離れず次々と。

132 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/14 20:51:57 ID:???
>「おいオッサン、喋れるか?」

「だから……オッサンって歳じゃねえって言ってんだろ……マジで叩き潰……ぶっ……てめっ……クソ……やめやがれ……」

ろくに身動きも取れないまま頬を張られ、パオはブルーを睨みつける。
だがそれだけだ。抵抗も、ただ顔を背ける事すら出来ない。
一体何故――いよいよ凍りついた魂に、認めがたい事実が刻み込まれていく。

>「よし、喋れはするみたいだな…」
 「…飲ませるとどうなるんだろ?まぁいいや、ほい」

霊水が口に注がれた。
秘められた水氣――『祓い』の力が呪いを濯ぐ。
同時に皮膚の凍結も溶けて、破壊された丹田から氣の流出が始まった。

>「正気に戻ったかー?
> だとしたら質問だ、ここで何があった?、この異変についてなんか知ってるのか?」

>「汝『砲鮮華』、我が名において従え。我が名は『倉橋冬宇子』。 令!停止走弃口!!」

倉橋が再び印を結び、命令を下す。
冷気の呪いが解けた今、彼女の術は正常にパオに働きかける。
体内で乱れていた氣が調律されて、彼はとうとう正気を取り戻した。

>「そう、あんたのお察し通りさ。あんたの肉体は死んでいる。 
  ほら、もう肌の温みも感じないだろう?」

パオは言葉を返さない。
代わりに倉橋の手を僅かに握り返した。
瞬間、パオの表情が揺らぐ。

「……マジ、なんだな」

>「蘇生は不可能だ。死んでから時間が経ち過ぎている。
  あんたの無念はよぉく分かるがね、もう、どうしようもないことなのさ。

あまりにも呆気ない現実を前に失望すら出来ず、彼はただ呆然としていた。

>口寄せが生業の梓巫女の端くれとしちゃ、
 亡者を呼び止めて話をしたからには、願いを聞いてやるのが務めってもんだ。
 まァ、内容によっちゃ叶えてやれるとも限らないがねえ。」

けれども倉橋がそう続けると、パオの眼に僅かにだが希望の色が浮かんだ。

>「さて、どうするね? 
  迷わず"あちら側"に往きたいなら手を貸すよ。極楽往生までは約束できないがね。
  それとも、寂滅の前に故郷の土を踏みたいか。
  『亡国士団』とやらのお仲間に、遺言の一つも残すかい?」

「……っ! だったら――」

彼は逡巡する素振りなど微塵も見せず、口を開き――

>「それはそうと、あんたを呼び止めたのはね、力を借りたかったからなのさ。
  私らは、はるばる日本から、清国に仕事を頼まれて、この街に来たんだが、
  着いてみたら、街はこの有り様だろ?
  あんたのお陰で、私らの"アシ"は大破。操縦士も死んじまうし…。
  ともかく、この呪災が収まらない限り、仕事も報酬もフイになるし、国にだって帰れやしない。」

しかし更に続く倉橋の言葉に出鼻をくじかれて、口を噤む。

133 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/14 20:54:18 ID:???
なんとなくだが覚えがあった。
動死体と化していた時に、大きな音――飛行音を聞いて、それに向けて花火を打ち上げた記憶が。
本当なら詫びても詫び切れぬ事だ。
だが今はそれ以上に、自分の死に対するショックが大きすぎて、パオはろくに謝る事も出来ないでいた。

>「このままこの国に長居してたんじゃ、私らだって、いずれはあんたみたいになっちまう。
  で、役立たずの官職術士に任せてボサっと待ってても仕方が無いってんで、呪災の淵源を探ってんのさ。」

>「要するに、呪災についてなら何でもいい。手掛かりになりそうことを聞きたいんだよ。
  あんた、異変の起こった当初からこの街にいたのかい?
  だったら、出来るだけ詳しく当時の状況を話して聞かせておくれ。」

>「ああ…それと、巷間の流言飛語の類でもいい。最近『不老不死』って言葉を何処かで耳にしなかったかい?」

>「…最後に、これは単なる好奇心ってヤツなんだが、
  亡国士団ってなァ戦場が仕事場って訳じゃないのかい?
  こんな街中で、あんたは何をしていたんだい?」

パオはやや時間を置いてから、冬宇子の問いに答え始めた。

「……呼び戻されたんだ。少し前に。それまでは、俺は北の戦線にいたんだよ。
 連中は露西亜の方から武器を買ってたから……抵抗が激しかったんだ」

相手が銃火器を使ってくれば、必然死傷者は増える。
彼ら亡国士団は知らぬ事だが――清国の王は戦勝後の領土の扱いについて、既に先進諸国と約束を交わしている。
功を立てた者全員の祖国を復興し、復権させる事は、不可能だ。
彼らは二重の意味で――戦力的にも政治的にも、北方戦線が適任だったのだ。

「最近じゃ、なんでか武器の回りが悪いみたいで……ひーこら言ってやがったけどな。へへ……」

武器の回りが悪い――その理由を知らぬパオは、ざまあないと言いたげに笑っていた。

「呼び戻されたのは俺以外にもいた……。皆、主戦力級の奴らばかりだった。
 もう十分働いたって事だろ、抜け駆けしやがって、なんて……
 残る連中からは散々どつかれたなぁ……。アイツら、今どうしてんだろうな……」

パオが緩慢な動きで首を回して、遥か遠く――北の戦場へと視線を遣る。

「……悪い。アンタにゃ関係ない事だったな。呪災が起きた時、俺はこの街にいたよ。
 あの時の状況は……どうだったかな。急に、周りの空気が変わったのは覚えてるけど……。
 言われてみりゃ、この呪いはどっから来たんだ……?悪い、分かんねえや……」

彼は呪災が起きた瞬間を知覚していなかったようだ。
術が行使されれば、それに伴う氣や呪力の動きが必ずある。
それは術者の技量次第で多少は隠蔽出来るものだが、この呪災は恐ろしく大規模なものだ。
その起こりを全て隠し切る事は到底不可能な筈なのだが―― 一体何故だろうか。

「不老不死だったっけ。それも、特に心当たりはねえな……。悪いな、あまり力になれなくて……」

君達がパオから得られた情報は結局、彼を含めた亡国士団の主戦力が数日前に、撤収を命じられた事。
それと、パオはこの大規模呪災が発生する瞬間を認識出来なかったという事だけだ。
君達はその二つを有用なものだと覚えておいてもいいし、下らないと忘れてしまってもいい。

134 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/14 20:55:28 ID:???
「……さっき、言ったよな。願いを聞いてくれるって。
 もし出来るなら、この腹に空いちまった穴、塞いでくれねえか。
 最後にもう一発、花火が上げてえんだ」

パオの願いを叶える事は、そう難しい事ではないだろう。
ようは霊的な力を帯びた物を亀裂に被せてやれば、
水道管の亀裂を粘着テープで塞ぐようにして、応急的にだが氣の流出は止められる。
手頃な符を何枚か使ってやれば、処置は完了する。

『……ヨウ、ソロソロ行カネートマズイカモナ。サッキノ戦イデ、マタ動死体共ノ気ヲ引イチマッタダロ』

ジンの勾玉から子鬼が現れて、そう言った。
君達がその場に長居する理由はもうない。
子鬼の言う通り、早々に立ち去った方がいいだろう。



君達が去った後で、パオは折れていない左腕で鉄槌を拾い上げる。

「……悪いな。お前らがお目当てのものは、もう行っちまったよ」

周囲には戦闘音に釣られて動死体共が群がってきた。
パオが鉄槌を振り上げ、渾身の力で地面へと打ち下ろす。
着弾、同時に氣を用いて花火を生成――地中深くへと打ち込み、炸裂させる。
辺りの地盤が爆破されて、崩れ落ちる。
そうしておけば、今後この場に集まってきた動死体が、そのままどこかへと、ほっつき歩いていく事はなくなる。

「だけど、代わりにいいモン見せてやるよ」

パオは一度夜空を見上げ、それから鉄槌に氣を注ぎ込んだ。
体内に残る全ての生命力を花火に変えていく。
そして――破裂音が轟く。

花火は数秒かけて夜空へと昇り、弾けた。
星々も月も霞むくらいに鮮烈で、華やかな炎が宵闇を舞台に踊り回る。

「へ、へへ……どうよ……砲・鮮華、一世一代の……大花火だぜ……大したもんだろ……」

打ち上げによる風圧と熱の余波によって、丹田を塞ぐ符が剥がれた。
パオの体内から完全に陽氣が失われる。
彼は体の制御を失って、鉄槌に寄りかかるように倒れ込んだ。

「国の皆に……見えてっかなぁ……」

最後に一言そう呟いて、それきりパオは動かなくなった。

135 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/14 20:56:10 ID:???



パオと別れた後、君達は動死体に出会う事もなく街路を進んでいけるだろう。
だが目的地――警備団の詰所の寸前で、その歩みは一度止めなくてはならない。
詰所の鉄門の前に、多数の動死体が群がっているのだ。
呪災を受けて進退窮まり、警備団に助けを乞うたが、そのまま死んでしまった者達だ。
彼らはパオの花火に引き寄せられる事もなく、詰所に執着し続けていたようだ。

『……アリャ、ヤルシカネーゼ。ケド手早クヤンネート、次カラ次ニ集ッテキチマウカモナ』

動死体は単体ならば、そう手強い相手ではない。
が、奴らの強みはその数だ。
多勢の動死体に一度に接近され、包囲された場合、
よほど身体能力に優れていても接触を完全に避ける事は難しい。
また灯りの届きにくい地面や物陰に、動死体が倒れている事だってあり得る。

そして一度捕まってしまったら、奴らが体から発する冷気や噛み付きによって、
体温や陽の氣、血液など――とにかく生命力を摩耗させられる事になる。
その疲弊は注意力や対応力の低下を招き、また動死体に捕まるという泥沼を招く。

故に奴らを安全に始末したいのなら素早く、静かに行わなくてはならない。
だがそうするにはどうにも、相手の数が多い。
君達は、すぐには動き出す事が出来ないだろう。

と――不意に音もなく、倉橋冬宇子――君の肩が背後から叩かれた。
もし君が咄嗟に声を上げてしまいそうになったとしたら、すぐさま大きな手が君の口を塞ぐだろう。

「驚かせてすまないが……お静かに頼むよ、お嬢さん。私は、まだ生きた人間だ」

君達の背後には男が立っていた。
僅かにしわがれた声、灯りで照らし出される目尻の皺や白髪、落ち着いた表情――年の頃は初老といった所。
通常よりも袖下の広い、黒い道士服に身を包んでいる――何らかの術に長けているように見える。
袖下の不自然な揺れ方や、歳のわりに頑健な体躯から、ただの民間人ではないとも推察出来るだろう。

「君達も、あそこに用があるのかな?見たところ、この国の人間ではなさそうだが……」

男は訝しむように目を細め、

「……ま、怪しい人間でも、なさそうだ。それに実を言えば私も……この国の人間ではない訳だしね」

しかしすぐに口角を上げて、再び柔らかな物腰でそう続けた。

「彼らは私に任せてくれ」

男が君達の前へ出る。
そして両腕を素早く、かつ静かに振り上げた。
暗闇の中に微かな閃きが四つ。細い鉄杭が四本投擲されていた。
石壁や地面に鉄杭が刺さる。

「君達に罪はない……が、私にしてやれる事は……これくらいしかないんだ」

峻厳な氣が男から迸り、鉄杭へと収束――動死体共を包囲する結界が構築された。

「君達がこの世に留まる事を――『禁じ』よう」

男が右手の人差し指と中指を重ね、結界へ向ける。
瞬間、動死体共の氷結した魂が体外へと弾き出され、そのまま消えていった。
強制的に現世からあの世へと追いやられたようだった。

136 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/14 20:58:28 ID:???
「さあ、これでいいだろう。……おっと、そう言えば挨拶がまだだったか」

男は微笑みながら君達に右手を差し出した。

「私は裁・禁(ツァイ・ジン)。かつては、ここではない国で法務官をしていたんだが……
 今は色々と訳があって、亡国士団という部隊に身を置いている。決して怪しい者ではないから、よろしく頼むよ」



詰所に入ると、ツァイは思い出したように君達を振り返った。

「そう言えば……君達はこの詰所に何の用があったんだ?
 実は私には捜し物があってね……。ここに来るまでに民間人を助けたのだが、
 私が見つけた時にはもう、衰弱し切っていたんだ」

「呪いを解く事は出来たが、あのままでは長くは持たないだろう……。
 私では解呪は出来ても、失われた体力を戻してやる事は出来ない」

「だがこの詰所になら、何か使える物がある筈なんだ。
 生薬や霊水……それらを保管している蔵を私は探そうと思っている。
 目的が違うのなら、君達とは暫し別行動を取る事になるな」

詰所の中には様々な部屋がある。
武器や物資の保管庫や待機用の休憩室、作戦会議室、警備団長室――探し回ってみれば他にも色々とあるだろう。
冒険者免許に仕込まれた符の力があれば、単純な内容の文書であれば読解出来る。
君達は各々、詰所の中を動きまわってみてもいい。

【なんでこんなトコいんの?→帰投命令があったんよ。元々は戦闘が苛烈な北の戦線にいたよ
              帰投したのは主戦力級の奴らばっかだったよ
 
 不老不死とか聞いた事ない?呪災発生時、おかしな事とかは?→ごめん、心当たりがないよ

 探しものタイムです
 上述の部屋以外にも、ありそうな部屋は大抵あるという事でOKです
 今回は行動判定があります】



137 :双篠マリー ◆Fg9X4/q2G. :13/02/15 15:09:19 ID:???
「亡国士団…傭兵部隊ということか」
祖国復興を報酬として、王と契約を結んだそうではあるが…
「確かに魅力的ではあるが…現実味が無いな、内乱も満足に収められない程度の治政者に
 その契約を履行出来るとは考え難いものがあるからな」
期待していないから何も響かないのだとマリーは考えたが
それでも、男の挙動不審さの説明がつかない。そして、男は更に話を続けた。

「…」
男の話を聞いて合点がついた。
この男は自身の信念の拠り所を失い、殺戮に溺れることでそれを紛らわせることを選んだのだ。
「…」
マリーの表情が険しいものに変わった。
この男は宿世の敵だ。逃がすことも殺されることも許されない
ここで息の根を止める。
そう決意し、マリーは有情を捨てる。
自分らのことを教えた日本人の女のことについては今は二の次だ。
思考を全て目の前の敵を殺すことだけに向ける。

男が構えを取る。
だが、間合いにはマリーも鳥居も入っていない。
後の先の剣術の使い手なのかと思った瞬間、男は刀を振るう。
その瞬間だった。間合いが一気に縮まってくる。否、自身が引き付けられてしまっていた。
「しまった!」
完全に不意を突かれた形になった。
レンは既に次の一撃の準備が整っている。
攻撃を受けるのは得策ではない、下手をすれば、守りごと切り裂かれる可能性もなくはない
その時、鳥居の声に反応し、視線を向けると両足を蹴り出していた。
マリーはその脚を蹴り返すのではなく、両腕でその蹴りを受け、鳥居が飛び退く反動で蹴り飛ばされた。
これでなんとか間合いを空けることが出来た。
すぐに体勢を整え、身構える。
先ほど何が起こったか考えをまとめる。
剣を振るった瞬間、距離が縮まった…恐らくこれも何かの術なのだろう。
剣を振るうのが術を発動する為の動作なのかも知れない。
「鳥居ッ!それでは大切な人を奪われた人間はどうなる!
 大切な人から引き剥がされた人間の意思はどうなる!そんな卑しい理屈は投げ捨てろ!」
思わず、マリーは鳥居を怒鳴りつける。
今ここで言わないといけないような気がした。もし、鳥居がレンと同じような状態になった時に
自身が言った蛮行を行ってしまうのではないかと思ってしまったからなのかもしれない。

鳥居が瓦を投げつけ牽制している中、マリーは隙を伺いつつ、ジリジリと間合いを詰めていく
レンの警戒すべきところは、自在に間合いを詰める術だけではなく、達人並の剣術にも気をつけなければならない
加えてマリーとレンの間合いの差も問題だ。
こちらにも一気に間合いを詰めることが出来る何かがあれば、一気に勝負をつけることも出来るが…
マリーはその術を持ち合わせてはいない。
「あかね!何かサポートをしてくれ、私と鳥居だけじゃ無理だ」
距離を置いたところにいる茜に声をかけた。
茜ならば何かの術で煙幕を出したり、レンに隙を生じさせる何かを出せる可能性があるかもしれない

【攻めあぐねる】

138 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/02/18 20:09:00 ID:???
>>123-124の続き

大理石の壁床に覆われた地下室は、何処となく天然の岩室を思わせる。
一人、離れた場所に立つ軍服の男は、急に水を向けられても飄然としたまま、片手を顎に添え、
黙って水面の渦流を見つめていた。
零れる清水の涼やかな水音に満たされた室内に、釣り込まれたように沈黙が落ちる。
と、一人の老紳士が、存在を知らしめすように軽く手を上げて、幸徳井博士へと尋ねた。

「して、その異変の規模は?清の国状に影響するほどのものなのかね?」

博士は、軍服の男に向けていた視線を水盤の上に戻し、ひとつ咳払いをして、

「氣の乱脈から鑑みて、首都全域が異変に呑み込まれている可能性も否定できませんな。
 "呪災"――と呼んで差し支えない規模の、激甚な被害が予測されます。」

場に集った紳士――それぞれ国の要職たる男たちの眉間に、憂慮の皺が刻まれる。
大陸――殊に時期覇者の最有力である清国の趨勢は、
日本の、いや欧米列強にとっても外交戦略上、一つの『鍵』と言って良いほどの意味合いを持っていた。

明治二十八年、半島の支配権をかけて争った日明戦争後、大明は急速に衰退。
属国属州の一斉反乱によって十年の時を待たずに明朝は瓦解、滅亡を迎える。
混乱に乗じ、欧米列強が大陸に触手を伸ばす中、露西亜は不凍港獲得を狙い旅順を占領。
露西亜の南下政策を懸念する日本との間に、日露戦争が勃発する。

「残念ながら、呪災の内容までは特定できかねます。」

博士は一同の疑問に先んじて、首を振る。

明治三十七年、日本に敗北した露西亜は満洲から撤退。
条約締結に際し、露・独・仏・英・米・日は、小国勃興、群雄割拠の大陸の騒乱に干渉しない内約を交した。
以降、支那大陸は欧米列強も手を出せぬ不干渉地帯となっている。
無論それは表向きのこと。
列強諸国は、各々目星をつけた大陸内の小国に資金提供・武器供与を行い、統一後の利権獲得に動いていた。
大陸統一が目前に迫ったこの時期において、清国の衰亡は、密約を交す国々にとっても大きな痛手となりうる。

「露西亜は、この件を察知していると思うかね?」

再び老紳士が問う。

「かの国は大陸北方と国境を接し、わが国と同等の霊的機関を有しております。おそらくは…」

露西亜帝国は、古き伝統のロシア正教会を有し、
心霊特殊部隊の総長――第四皇女アナスタシアは優秀な術者である。
そう長く隣国の異変を感知出来ぬとは考え難い。
いずれは呪災による混乱を口実に、内約を反故にして東方侵攻を再開せぬとも限らない。

139 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/02/18 20:21:20 ID:???
「大事を控えた機に大陸内の勢力が激変するのは由々しきことだ。
 密偵の手により保護した、『前帝皇子』の身柄は、既に半島に移しているというのに!
 露西亜の南下を防ぐ為にも、必ずや満洲の地は、わが国の支配下に置かなければならぬ!」
 
ずんぐりとした軍人タイプの紳士が、大仰な身振りを交えて口を挟む。
博士は、水干の襟を正しながらそれに応えた。

「何より優先すべきは、実態の把握です。
 先日清国に向けて出国した冒険者は、いずれも優秀で、術の心得のある者も数名おります。
 呪災に遭遇しても自衛が可能であり、まず間違いなく生存しているものと思われます。
 清国政府からの依頼で北京入りした彼らの齎す情報は、必定、有用たり得るでしょう。
 目下、我々の職務は、早急に彼らの消息をつき止め、安全な帰国経路を用意することであると…」
 
そこに、場違いな程に飄々とした、されど力強い声音が割って入った。

「つまり、清国の内情視察は、"彼ら"の裁量に任せる――と?
 残念だな…。
 直ぐにでも大陸に乗り込んで、呪災の元凶と渡り合ってみたかったんだがね。」

博士が顔を振り向けると、軍服の男が悪戯っぽく微笑んでいた。
「閣下!」と一喝する博士に、「冗談だよ」と軽く肩をすくめる。
男は、中央の石盤に歩み寄り、

「ともかく今は、"彼ら"の無事を祈ることにするよ。」

言って、指先で水面を擾す渦を弾いた。
暫し大きく揺らいでいた水面は、やがて磨き込まれた鏡のように、静かに凪いだ。


*     *     *

140 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/02/18 20:28:22 ID:???
>>132-136
赤く燃える焚き木に芥子の実を焼(く)べた。
火の粉が、ぱっ、と舞い上がり、独特の香気を湛えた煙が立ち昇る。
芥子の香は、魔物の退散・調伏に使われ、魔除けの効能を持つ。
気休め程度に施した動死体避けのまじないだったが、屍は火氣を嫌う。まるきり効果がないとも言えまい。
倉橋冬宇子は、煙に咽せ込みつつ、厚雲の垂れ込めた漆黒の夜空に消えていく火の粉の行方を目で追った。
煌めく粉塵が空中で細かく爆ぜる様は、まるで小さな花火のようだ。
あの男が最期に打ち上げた、大輪の八重牡丹には比べようもないけれども。
あの男―――砲鮮華が、別れ際に残した言葉を、冬宇子は思い返した。


>もし出来るなら、この腹に空いちまった穴、塞いでくれねえか。
>最後にもう一発、花火が上げてえんだ」――――

故国復興のため、命を賭して清の民を呪災から守らねばならぬ。
その一念で、死して尚、魄霊となって屍に固執していたパオ。
彼の最期の願いは、同志に宿願を託すことでもなく、愛する故郷に帰ることでもない。
『花火を上げる』という、彼にとって、あまりにもささやかな願いに、冬宇子は面食らって二の句が継げなかった。

けれども、彼の真意は、直ぐに知れた。
瓦礫の中の動死体が、花火に焼かれても尚、しぶとく起き上がり始めている。
加えて、近辺を徘徊していた屍までもが、戦闘の騒音に引き寄せられて集まり、冒険者の周辺を取り囲んでいた。
歴戦の兵士たる彼の視線が、それらの動きを伺っている。
鮮烈な花火は、火薬使い且つ火行の術士である、砲鮮華一流の武器。
冬宇子に向けたパオの目は、動死体どもを足止めしているうちに逃げろ――そう語っていた。

願いを伝える男の正面に立ち、冬宇子は答える。

「花火ねえ…そんなものでいいのかい?
 だったら造作も無いことさ。
 呪いが解けた今、あんたの肉体の氣を繰っているのは私の術だ。」

言って、彼の額から呪符を剥がし、腹部――丹田の傷口の上に貼った。

「花火が上がったら、私は術を解く。あんたは"あの世"に旅立つんだ。それでいいんだね?」

男の顔を見据えて念を押す。
その目に同意を読み取ると、冬宇子は笑って言った。

「あんたとは妙な縁だねえ。二度も襲われて、最後には助けられることになるとはね。
 この世との惜別が『花火』だなんて、洒落てはいるが、それだけじゃ少々味気なくはないかい?」

一歩。さらに近づいて片手を伸ばし、佇むパオの肩に腕を回した。
耳に唇を近づけて囁く。

「どうだい?あの世への旅路を、いい女の接吻で飾るってのは…?」

死灰のように蒼白な男の顔に唇を寄せて―――にわかに身を翻した。
からからと笑う女の手には、パオの身に着けていた額金が、鉢巻の布ごと握られている。

「やっぱり止めとくよ。あんたに言い交わした女がいたら恨まれちまうからねぇ。
 いないんなら、来世でのお楽しみに取っておくんだね。
 『女の甘い言葉には気をつけろ』これも来世への教訓だ。」

右手に握る、花火の刻印を施した額金を示して見せ、

「"これ"は預かっとくよ。
 あの壁の書置きがあんたの遺言だろ?
 亡国士団だっけ?その部隊の奴に縁があったら、遺言と一緒に渡しておくさ。」

141 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/02/18 20:33:15 ID:???
――――再見(ツァイツェン)!
言い置いて、冬宇子は冒険者達と共に、廃墟を後にした。
動死体の輪を抜けて、街路の角を曲がった時、爆音と地響きが轟いた。
数瞬後に打ち上げ音。光の尾を棚引いて花火の星が闇夜を昇る。
咄嗟に見上げると、胸のすくような破裂音と共に、夜空に大輪の八重牡丹が花開いていた――――



こうして今、パオの額金は、冬宇子の腰に下げた雑嚢の中に収まっている。
首都警備隊の詰め所に向かう道中、
パオと別れた廃墟からそう遠くない場所で、冒険者達は束の間の休息を取っていた。
花火の破裂音は邪気を祓う呪い(まじない)でもある。
その為だろう。あの廃墟を中心に、大気に満ちていた不吉な冷気が希釈されている。
無論、それは僅かの間のことで、気体の密度が流動によって均されるように、再び呪いの氣は充満する。
それでも、負傷と冷気の呪いにより奪われた体力を回復するには、またとない好機だった。

「兄さん、傷の具合はどうだい?腫れは引いたかい?
 ただの打ち身だからって符も貼らずに放って置くからだよ。」

冬宇子は、傍らに座るブルー・マーリンに声を掛けた。
彼はジンの埋伏拳と交戦した折に大腿部を負傷している。

「全く…頑丈な男ほど自分の丈夫さを過信しちまうんだからねえ…。
 本当なら、一日は脚を冷やして動かさない方がいいんだが。
 治癒術ってなァ、本人の傷や病を直す力を高めているだけなんだよ。
 それこそ蝦蟇の油の手品みたいに、一撫でで元の通り!ご喝采!…なんて風にはいかないんだからね。」

傷の様子を診ようと、男の膝上に半身を乗り出すようにして、治癒符を貼った太股に手を添えた。
この年若い青年は、こうした女の扱いに不慣れなのだろう。
感情を正直に表す顔に、動揺が透けて見える。
冬宇子の勤めるカフェーは、とある大学街に程近く、文化人や小金持ちに混じって、学生の客も珍しくはない。
彼の表情は、初めてカフェーを訪れた地方出の大学生を思わせて、可笑しく、
冬宇子は、つい、からかってやりたくなった。

「あんまり無茶をしないでおくれねえ。
 私は、か弱い女の身。無事に国に帰れるかどうかは、兄さんの腕にかかってるんだから。」

うぶな青年の反応を愉しむように胸板にしなだれかかり、挑発的な微笑みを浮かべて、下から顔を覗き込む。 
芝居はおしまい、とばかりに、軽く笑って男から離れ、
ふと思い出したように尋ねた。

「ああ、そういや兄さんの名前、まだ聞いてなかったね。
 偶然に寄せ集まった同僚とはいえ、一蓮托生の間柄で名前を知らないってのも不便な話さね。
 良かったら、名前と生国を教えちゃくれないかい?」

142 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/02/18 20:39:52 ID:???
そうやって取りとめのない会話を交しながら、冬宇子は焚き木に手を翳していた。
冷気の呪いに抵抗する術を身体に施してはいたが、やはり連戦の疲労は体力を奪っていたのだろう。
こうして落ち着いて腰を下ろしていると、冷えた手足が棒のように重く感じる。
再び咳気が込み上げてきて、冬宇子は、外套の袖で口を覆った。
咽こんでしまうのは、煙のせいばかりではない。しばらく前から胸の奥に鈍痛があった。
原因として思い当たるのは、埋伏拳の攻撃。
ジンに頬を殴られ、打撃面から侵入した土精の化身――埋伏拳に、僅かの間ではあるが肺腑を侵された。
顔に傷こそ残らなかったが、肺の損傷は軽くはないのかもしれない。

内臓の損傷は、外傷よりもずっと厄介だ。
回復の為にと急激に氣を送ると、弱った臓器をさらに傷めてしまう。
経絡の循環を崩さぬように、各々の臓器の氣の調和を図り、
体力の回復に合わせて、少しずつ氣を送り込まねばならない。病の治療と同じで、治癒に時間が掛かるのだ。

映し身となって冬宇子達に同行していた宮廷道士フー・リュウは、王付きの呪医だった。
こんな時に彼が居れば、効果的な治療法を教示してくれたかもしれないのに。
通信は途絶えたきり一向に復旧する気配が無い。
映し身の媒介となる紙人形は、相変わらず、腰帯に挟まったまま、ぴくりとも動かない。
やはり、フーの身に何かが起こっただろうか。
色々と"訳あり"な風情のフーに信頼を寄せているわけではなかったが、
彼は、冬宇子達がこの国で身分保障を得るための、唯一の手蔓だ。

不吉な胸騒ぎがした。
一刻も早く道教寺院に戻った方がよさそうだ。
しかし、警備隊の詰所までの道のりは、あと僅かだ。ここまでの旅路が無駄足になるのも惜しい。
さっさと用事を済ませてフーの元に戻ろう。そう心に決めて、
冬宇子は、頼光とブルー、二人を促して出発の準備を始めた。

立ち上がり際に、頼光と目が合った。
暢気そうなその顔を見た途端、急に苛立ちが込み上げてきて、箍が外れたように口から言葉が迸り出た。

「ちょいとあんた!
 これからは、無闇やたらと木行の力を使うんじゃないよ!!
 なんでって!そんなこと、なんで私がいちいち教えてやらなきゃらならないんだよ!
 自分で考えな!
 大体、力を使う度に、身体から根っこやら枝を生やされちゃあ、見てるこっちの肝が潰れちまう!
 なァにが開眼だよ!馬鹿馬鹿しい!
 どうして、まともな修行もしてないあんたに、あんな大層な術が使いこなせるのか、
 取り返しのつかないことになる前に、よく考えてみるんだね!!」

プイと顔を逸らして、後は言葉も交さずに黙々と歩いた。
何故、あんなふうに怒鳴ってしまったのか、冬宇子自身もよく判らない。
身体の不調に募った苛立ちで、つい口を滑らせてしまったのだろうか。
唐獅子の語った『苗床』としての宿命を、頼光に話して聞かせるつもりはなかった。
頼光にとっては知らぬ方が幸福かもしれないし、第一、そんな面倒な役割を引き受ける義理もない。
けれど、咄嗟に投げつけた暴言には、語句の端々に、彼の身に起こる異変を匂わせる手掛かりがあった。
彼に人並みの勘が備わっているならば、気付くかもしれない手掛かりが。
それを察知するか否かは頼光次第だ。


【ブルー君を治療。名前と出身地を教えて!】
【なんかイライラして頼光君に八つ当たり】
【警備隊詰め所に着く手前でレス終了】

143 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/19 21:04:17 ID:???
>「そんなに奪いたい気持ちが強いんでしたら、あなたにとってもっとも大切なものを、
  お父さんとかお友達の代わりになるものを、どこからか奪ってきたらいいじゃないですかっ!!
  それすらもできない臆病者が、僕の心から怒りを奪うことは出来ません!」

鳥居は激昂する。
反して、ジャンはそれを一笑に付した。

>「鳥居ッ!それでは大切な人を奪われた人間はどうなる!
  大切な人から引き剥がされた人間の意思はどうなる!そんな卑しい理屈は投げ捨てろ!」

マリーの一喝――そう、鳥居の言葉は略奪者の発想に他ならなかった。
意図せずも奪ってしまう結果になる事と、奪うと決めて奪い取る事は、似ているようで全く違うものだ。
それに何より――

「代わり……代わりか!面白い事を言うな吸血鬼!
 お前には親の代わりが、友の代わりがあると言うのか!」

嘲笑うように叫ぶ。
大切な人の代わり――そんなもの、ある筈がない。
だからこそジャンは奪うのだ。
誰かを自分と同じ、失意の底に引きずり下ろす事でしか、己の喪失を紛らわす事は出来ないと知っているからだ。

「俺にはそんなものはいない。皆の代わりなど、この世のどこにもな。
 ……あぁ、そうか。お前達は確か、血を吸えば誰もかもを血族に出来るんだったな。
 なるほどな、流石は吸血鬼。たかが殺人鬼の俺では、到底及ばぬ思考を持っている」

逆手に構えた刃に映る瓦を躱し、切り払いながら、ジャンは鳥居を誹る。
口舌の刃で、鳥居の心を刻み付けるように。

そうしている間も足は止めず、ジャンは常にマリーの側方へ回るように動き続けた。
鳥居の投擲に対して、マリーを盾にする形を取ろうとしているのだ。
もちろんマリーを相手にその狙いが成功する訳はないだろう。

だが、少し間違えばマリーにも瓦を当てかねない状況を作ってやれば、鳥居も投擲の手を鈍らせざるを得ない。
また飛来する瓦が自分とマリーの間を突き抜けるよう動けば、鳥居の攻撃をマリーへの牽制に変える事も出来る。
相手が互いに互いの邪魔になるよう位置取りする――多対一における基本の立ち回りだ。

そしてジャンは――それ以上の動きを見せなかった。

(……やり辛いな)

彼もまたマリーと同じく、攻めの起点を見出しかねているのだ。

ジャンは熟練した戦士だ。
相手の構えや目線から、狙いや戦い方を読む事が、体に染み付いている。

ジャンの構えは剣を逆手に持ち、姿勢は敵に対して半身を維持、左手は腰の鞘に軽く添えている。
剣はさほど大きくない。
急所を隠し、振りは鋭利に、鞘と左手で咄嗟の格闘も行える。
刀身に背後を映すという離れ業で警戒可能な範囲も広い。
気を違えたような態度とは裏腹に隙のない構えだ。

対して――ジャンはマリーの構えを注視する。
武器は短剣、姿勢は自分と向き合う形、重心は低め、左手も隠していない。
本来前に出していては的になるだけの左手には篭手が装着されている。
前進も後退も素早く行え、打撃や投げにもすぐに移行出来る。
よく言えば汎用的だが――生半可な腕ではただ隙を晒すばかりの構え。
その構えをマリーは見事に隙のないものに仕上げている。

144 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/19 21:14:24 ID:???
短剣という武器も間合いは短いが、懐に潜り込めば剣より遥かに取り回しが利く。
一度その形に持ち込まれたら、恐らくは逃れられない。

迂闊には斬り込めなかった。
距離を斬り詰める事による奇襲も、そう何度も使えるものではない。
マリーの推察通り、術の発動には剣を振るう必要がある。
つまり距離を斬った直後、ジャンは無防備な状態にあるのだ。
マリーならばその一瞬の隙を突いて、彼を殺す事は十分に可能だろう。

>「あかね!何かサポートをしてくれ、私と鳥居だけじゃ無理だ」

マリーがあかねに呼びかける。
あかねは、返答する余裕もないのだろう。浅く何度か頷いた。
とは言え彼女は戦闘経験の浅い術士だ。
手持ちの術でどのように援護をすればいいか、決めかねているようだった。

張り詰めた時間が流れる。
達人同士の戦いは、時に長い膠着状態に陥るものだ。
互いに攻めあぐね、故に一瞬の隙を伺い合う。
ジャンとマリーの戦いもそうなる――筈だった。

「……確かに隙はない。が、つまらんな」

ジャンが構えを変える。
剣を順手に持ち直し、刃が背後に隠れるように振り上げる。
一体何の為か。順当に考えれば、刃の間合いを隠し、かつ鋭い振り下ろしを行う為だが――。

「祟り神とやらを殺した時も、お前はそうしていたのか?違うだろう」

ジャンは更に動きを変える。
屋根の上に立つ鳥居に――背を晒すように足を捌いた。

「お前の考えている事は、なんとなくだが察しがつくぞ。
 万が一にも負けられない。こいつはここで始末しなければ……だろう?だが……それじゃあ駄目だ。
 殺さなくてはならない、じゃつまらないんだよ。殺してやる、でなくてはな」

優れた戦士は怒りや憎しみといった感情を深く飲み込む事が出来る。
暗殺者であるマリーは、尚更だろう。
だがそれでは面白味がないのだ。だからジャンは――

「見物料が、まだ足りないか。だったら……こうしてやろう」

振り上げた剣を正面に戻す。
そしてその過程で、後方の距離を斬り詰めた。
鳥居を引き寄せ、一呼吸置いて、背後へ刃を更に一振り。
再び距離を斬り詰め、今度は自分自身が移動――マリーとの間合いを一気に離し、鳥居に接近。

「さあ、今度はどう躱すつもりだ?」

屋根の上にいた鳥居は必然、空中に投げ出された状態にある。
ジャンが嬉々とした表情で鳥居を見上げた。
落下してくる鳥居へと刃を払い、間髪入れず次の動作へ。
鎧の背に差した短刀を抜きざまに、あかねへと放つ。

あかねには一連の動作が、まるで見えていなかった。
見えたのは辛うじて、ジャンの左腕の揺らぎと、自分へと迫る鈍色の閃きだけ。
次の瞬間には彼女の胸に、短刀が突き刺さっていた。

145 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/19 21:15:53 ID:???
「あ……」

あかねは声も上げられないまま、崩れ落ちた。
それからゆっくりと、彼女を中心に血溜まりが広がっていく。

ジャンは無言でマリーを振り返った。
今度こそ君が、奪うに足るだけの激情を見せてくれるだろうと、期待の滲んだ笑みを浮かべて。



双篠マリー、君はこれまでに四度、ジャンの術を眼にしている。
もし君の眼が激昂に曇っていなければ、君はある事に気付くだろう。
ジャンが術を使うと、その前兆として、彼の持つ剣の刀身が鏡のように澄み渡るのだ。
それは術の媒体である刃に己の氣を通しているが故の現象だった。

加えて彼の『万象を斬る』術は、連続しては使えないようだ。
最初に大水を斬り裂いた後も、マリーの刺突を『斬る』のではなく、弾いていた。
それに鳥居を引き寄せてからもう一度距離を斬るまでに、彼は一呼吸置いていた。
たった一呼吸――ではない。
互いが相手を一撃の下に屠り得る高度な戦闘の中では、その一呼吸が生死を分かつ事を君は知っている筈だ。





あかねは――まだ、生きているようだった。
首から上だけを僅かに動かして、マリーに縋るような視線を向けている。
血溜まりの広がり方も収まっていた。
彼女はいぐなの力を借りる事で、水を操る術が使える。
その力で自分の出血を最小限に抑えているのだ。

「……げほっ……がっ……あ……かん……援護……頼まれ……ちゃんと……せな……」

彼女が微かに右手を持ち上げる。
酷く緩慢で、震えも伴っているが、挫けずに。
援護をしてくれというマリーの頼みを、何とか成し遂げようと必死なのだ。



【鳥居を引き寄せ、空中に投げ出されたところに接近+斬撃→あかねに短刀を投擲。
 あかねは何とか生きてるけど、いつまで持つかは分からない。援護にはもう少し時間がかかりそう
 ジャンはどうあってもマリーを怒らせたいようです】

146 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :13/02/20 19:18:52 ID:???
>「鳥居ッ!それでは大切な人を奪われた人間はどうなる!
  大切な人から引き剥がされた人間の意思はどうなる!そんな卑しい理屈は投げ捨てろ!」

マリーは鳥居を一喝する。そんな卑しい理屈は投げ捨てろ、と言う。
それゆえに、鳥居にはわからなくなる。
フェイ老人は愛する子どもたちを守るために自分たちの命を奪おうとした。
マリーも苦しむ人を守るために命を奪う。
皆、奪うことによって満たされようとしている。

>「代わり……代わりか!面白い事を言うな吸血鬼!
 お前には親の代わりが、友の代わりがあると言うのか!」

嘲笑するかのように叫ぶジャン。彼の言うことにも一理ある。大切なものに代わりなんてない。
しかし、それでは孤独な者は死ぬまで不幸であるということを認めてしまうことになる。
それでは悲しすぎるのだ。自分自身が。鳥居は見つけてみたいのだ。孤独から救われる方法を。
瓦を投げつける腕に自然と力がこもる。
だが無情にも、ジャン目掛け飛んでゆく瓦は硬質な音を立てて白壁に散華するのみ。

>「俺にはそんなものはいない。皆の代わりなど、この世のどこにもな。
 ……あぁ、そうか。お前達は確か、血を吸えば誰もかもを血族に出来るんだったな。
 なるほどな、流石は吸血鬼。たかが殺人鬼の俺では、到底及ばぬ思考を持っている」

「バカにして。僕にとって血族はそんなにはしたないものじゃないんです!」
鳥居はジャンの引き寄せる力を警戒しながら距離をとり続けている。
おまけに瓦の投擲。しかし、ジャンの動きに手抜かりはなかった。
軽妙な動きでマリーを遮断物と変えてしまっていた。

「…くく!」
これでは拉致があかない。鳥居にはこれと言った決め手もない。
勝敗を決するにはやはり双條マリーによる必殺の一撃しかないようだ。
ならばどうするか。鳥居はあかねに視線を移す。

>「あかね!何かサポートをしてくれ、私と鳥居だけじゃ無理だ」
それはマリーも察していたらしい。あかねに援護を要請。
だが彼女は完全に浮き足立っている様子。何か具体的に指示をしないと…。
そう思った次の瞬間、鳥居は宙に浮いていた。

(しまりました!)
何もない空中。距離は多めにとっていたつもりが、
ジャンは二つの距離を斬り詰め、その刃圏に鳥居をおさめていた。

147 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :13/02/20 19:20:19 ID:???
>「さあ、今度はどう躱すつもりだ?」
眼下で嬉々とした表情を見せるジャンはまるで鯱。
鳥居はというとまるで海上に跳ね上げられたペンギンだ。

この男は本当に殺戮を楽しんでいる。鳥居は歯噛みしながらその場で回転。
僧房に隠されていた部屋からいただいてきた中国風の黒マントを脱ぎ捨てると
それを彼の視界に被せ思いっきり両の手で張り手。
視界の遮断と空気抵抗による落下速度の軽減で、
ジャンの剣撃の確実性を奪い、深く自分の肉体を切断することを防いでみせる。

「うくく…」
だがジャンの剣は完全に避けきれていなかった。鳥居は地面に転がった。
脇腹を抉られたために大量の血が流れ出してしまっている。
再生するまでには数分時間がかかってしまうようだ。

しかしそれよりもなによりも、鳥居の視界に飛び込んだものは胸に短刀を受けたアカネの姿。

「…あかねさん」
脇腹を押さえながら力なく立ち上がる。鳥居は今ごろになって気付く。
あかねも奪われてはいけないものの一つということに。

「動いちゃ、ダメです」
あかねの状態は普通ではない。もちろんあれだけの出血で術を使うのは自殺行為。
それは素人の鳥居でもわかること。……胸がしめつけられる。
いつもこんなふうに、鳥居は人が死んでゆくのをみてきた。
ふたたび失われてしまうことへの恐怖。苛立ちが蘇る。

(おかあさん…たすけてよ…。ぼく、くるしいよ。
だって、みんなぼくをひとりぼっちにしていなくなっちゃうんだから……)
すでにこの世にはいない母に哀願する。当然、返答などなかった。
この世では与えられたものは必ず何かに奪われてしまう。
だがそれに逆らい、鳥居を病魔からまもるため、彼を不死に変えたのが鳥居の母親だった。
つまり鳥居の永遠の孤独の元凶は母親の愛。それなのに今だ鳥居は母親を慕っているのだ。

鳥居はジャンを見据える。先ほどジャンは、鳥居に代わりのものなどあるのかと問うた。
鳥居もそんなものはない、探している途中。と思っていた。
だが、それは近くにあったのだ。ただ近すぎて気付かなかっただけ。
そう絆だ。今まわりにいる人たちとの絆。
それに日本にいるサーカスの団員たち。それとお客さま。たくさんの笑顔。
鳥居は今頃になってマリーの言っていることがわかったのだ。

「……ジャン。あなたのその笑顔は醜いです。惨めになりませんか?人を傷つけて笑っている自分を。
それに思い起こしてみてください。あなたが大切に思っていた人たちを。彼らは笑ってますか?あなたの心のなかで」
ふと見ると、鳥居の体から蒸気が噴出している。血の蒸気が傷口から。 そう、炎の神気がよみがえりつつあったのだ。
神気は万物の元となる気。鳥居は神の気と魔の気の二つを一つの体に内在させていたのだ。
(これって…)自身から立ち上る蒸気に鳥居はあることを思いつく。
だから自分の体を爪で撫でるように引き裂いた。とともに内側から湧き出る神気が血液を蒸発させる。
それは血臭とともに霧状となって鳥居の周囲、ジャンの周囲を包み込んでゆくことだろう。
鳥居はジャンの視界を奪うつもりだった。

「マリーさん、僕、わかりました…。僕はずっと見ていたいんです。みんなの笑顔を…」
【周辺に血の霧を発生させつつあります】

148 :ブルー・マーリン ◆Iny/TRXDyU :13/02/22 21:54:36 ID:???
>「不老不死だったっけ。それも、特に心当たりはねえな……。悪いな、あまり力になれなくて……」

「そっかぁ、悪いな、オッサンオッサン言って、実際に人間の魂がどれ位転生してるかなんてわからんものだしな。
もしかしたらアンタの方が転生を多く繰り返しているのかもしれないし」

突然、ブルーは謝ったあと、妙なことを言うが
座っていたじょうたいから立ち上がる

「んまっ、来世が来るのは何時かわからんが、早めに呼ばれるといいな」

と、言うとニィッ、と笑う。

「あばよ、俺が生きているうちに生まれるといいな、そんときゃ俺がオッサンになってるけどよ。
………あばよ」

笑いながら言うと、その場から立ち去る。
後ろからは大きな花火が咲いていた…。

>「兄さん、傷の具合はどうだい?腫れは引いたかい?
 ただの打ち身だからって符も貼らずに放って置くからだよ。」

「悪いな姉ちゃん、俺、自信家でよ!」

と、笑いながら言う、顔をジッとみると微妙に赤くなってる

>「あんまり無茶をしないでおくれねえ。
 私は、か弱い女の身。無事に国に帰れるかどうかは、兄さんの腕にかかってるんだから。」

(どの口がか弱い女というか…)
「まぁ任せておきなよ、…と言い辛い現状なんだなこれが…」

脳内では少し苦笑しながら言う。

>「ああ、そういや兄さんの名前、まだ聞いてなかったね。
 偶然に寄せ集まった同僚とはいえ、一蓮托生の間柄で名前を知らないってのも不便な話さね。
 良かったら、名前と生国を教えちゃくれないかい?」

「んー、名前はアレクサンダー・アシュフォード。
覚え切れるかな?、アレクでいいさ、噛みやすいし」

と、陽気に笑いながら自己紹介する。
抱きついてきたのには全然反応していない…。
と、表面上にはそう見えるが内心ドキドキであった

「…そうさな、天国からの落とし子…なんちって、しがない船乗りの息子さね。
そういう姉ちゃんの名は?」

少しおどけながら言うと、今度はこちらから質問する。

そして…

>「彼らは私に任せてくれ」
「君達に罪はない……が、私にしてやれる事は……これくらいしかないんだ」
「君達がこの世に留まる事を――『禁じ』よう」

「ほうほう、妖術とかそういったものはいいねぇ、こんな芸当を成せるんだから…」

と、感心しながら、男の技を見る。
全然警戒している様子はない。

>「私は裁・禁(ツァイ・ジン)。かつては、ここではない国で法務官をしていたんだが……
 今は色々と訳があって、亡国士団という部隊に身を置いている。決して怪しい者ではないから、よろしく頼むよ」

(…決して怪しいものではないって…、まぁいいか)

「俺の名は…、あぁ、もういいや、アレクだ」

149 :ブルー・マーリン ◆Iny/TRXDyU :13/02/22 21:55:24 ID:???
>「そう言えば……君達はこの詰所に何の用があったんだ?
 実は私には捜し物があってね……。ここに来るまでに民間人を助けたのだが、
 私が見つけた時にはもう、衰弱し切っていたんだ」
「呪いを解く事は出来たが、あのままでは長くは持たないだろう……。
 私では解呪は出来ても、失われた体力を戻してやる事は出来ない」
「だがこの詰所になら、何か使える物がある筈なんだ。
 生薬や霊水……それらを保管している蔵を私は探そうと思っている。
 目的が違うのなら、君達とは暫し別行動を取る事になるな」

入るや否やブルーは中の物を物色しはじめる。

「んー、銃弾、銃弾、…俺の弾タマ〜」

…どことなく下品に聞こえるのは気のせいだろう。

「ないかなないかな弾袋〜♪」

口笛を吹きながら棚等を探す。

「弾がないなら火薬でドカン、火薬もないなら酒で燃やせ〜っと」

…、変な歌ばっか言ってる。
気にしないほうがいいだろう。

「…ん〜、弾はあるにはあるが俺の銃の型に合わんな」

一応、弾を見つけることは出来たようだ。

「…しかないな、袋、袋…俺の火薬袋〜」

と、歌いながら銃弾を分解し始め、中の火薬を取り出す。

「フンフンフ〜ン」

なんとものんきな物である。
雰囲気が台無しだ。
先ほどまで怪我人だったとは思えない。

「ん?」

ふと目にとまったのは資料室。

「…、そういやこの国に来たのは遺跡の為だったな。
ちょうどいいや、地図とかあるといいな」

と、呟きながら中に入っていろいろな資料を見ていく

【ツァイに関してはほとんど警戒していないもよう】
【絶賛単独行動中】
【火薬500gゲット&資料室で地図等探し…?】

150 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :13/02/22 23:44:47 ID:???
冬宇子がパオにしだれかかり耳元で何かを囁いたと思えば、身を翻しからからと笑い別れの言葉。
そんな姿をただただ呆然と見るしかない頼光。
この国に来てから様々な困難の連続で、疲労も不満も溜まっているであろうに。
にも拘らず、これまでになく生き生きとする冬宇子の表情に驚いてしまったのだ。
「う〜ん、女って恐ろしい生き物だな」
そんなつぶやきが漏れ出てしまったところで、その考えを訂正する必要があると気が付いた。
ブルーがさわやかに来世をと、パオに別れを告げているのだから。

結局のところ、頼光はこの戦いでパオの鉄槌を受け止めただけで何もしていない。
それが故に感じた疎外感なのかもしれない。
パオには同情するところもあるが、頼光はこれと言って別れの言葉も見つけられずその場を去るのであった。

#########################################

道中、たき火を囲み休憩を取る三人ではあるが、そこでも頼光は疎外感を感じていた。
自覚することはないが、体内に巣食う霊獣と霊木のおかげで冷気の呪いによる体力消耗を免れている。
それどころか、こうして座り込めば接地面から細やかな根が出て養分を吸収しているのだから。

体調面では万全に近い頼光ではあるが、どうにも面白くない。
それは目の前で冬宇子とブルーが楽しげに談笑しているからである。
挑発するような言葉に満更でもないような受けごたえ。

パオとのやり取りと言い、このブルーとのやり取りと言い、この如何とも形容しがたい……
いや、本当は理由なんて簡単なのである。
頼光は自分が中心であり一番でなければ気が済まないのだ。
女をはべらせ、男を傅かせ、己がその場の主人でなければ。

しかしそれを主張できないにも理由がある。
パオとの戦いで自分は何もできなかったからだ。
結果的にはパオの攻撃を防ぎ、冬宇子を身を挺して守った、と言えなくもない。
だが頼光のいう戦功とは敵を倒すという事に集中してしまっているので、自分は何もできなかったという自責の念に囚われてしまっているのだ。

複雑な面持ちで焚火越しに二人を見ていると、ふと冬宇子と目が合ってしまった。
そして繰り出される機関銃のごとき罵詈雑言の数々。
「なんだとこの!女の分際で!
さっきの死体野郎やこの毛唐と態度が違いすぎるだろ!」
立ち上がり怒鳴り返すのだが、当の相手はプイと顔を逸らして黙々と歩きだしてしまうのでこれ以上言葉を続けることもできなかった。

>「ちょいとあんた!
> これからは、無闇やたらと木行の力を使うんじゃないよ!!
> なんでって!そんなこと、なんで私がいちいち教えてやらなきゃらならないんだよ!
> 自分で考えな!
> 大体、力を使う度に、身体から根っこやら枝を生やされちゃあ、見てるこっちの肝が潰れちまう!
> なァにが開眼だよ!馬鹿馬鹿しい!
> どうして、まともな修行もしてないあんたに、あんな大層な術が使いこなせるのか、
> 取り返しのつかないことになる前に、よく考えてみるんだね!!」

道中、流石の頼光も冬宇子の言葉に答えたか、珍しく冬宇子の言葉を思い起こしていた。
(ったくなんだあの女は!いきなり喚き散らしやがって!あの日か?まったくよー。この俺様が……!)
ぶつぶつ文句を言いながら言われた言葉を丁寧になぞり返す。

言葉自体は乱暴ではあるが、その端々からは、いや後半になればもはや隠していないも同然の言葉である。
頼光の先ほどの視覚や嗅覚の異変を鑑みれば気付かないはずはない。
が、頼光はどうしようもなく愚鈍であり、そして自分に都合の良い解釈しかできない、してこなかった男であった。
もちろん術を仕込んでおきながら「術を行使することによる力の流れや代償」というものを意図的に教えなかった祖父にも原因があるのだが。
もろもろの理由により、冬宇子の重大なヒントは間違った解釈をされるのだ。
(あ、は〜〜〜〜ん、なるほど。術を使うな、か。
冬宇子は術者だが、俺様の開眼による超越的な術に嫉妬している訳か。
なるほど確かに肝が潰れちまうわけだ。ぬははははは)
詰所の前に到達するころには頼光はすっかり機嫌がよくなっているのだった。

151 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :13/02/22 23:50:24 ID:???
詰所前にたどり着いたはいいが、そこまで来ておきながら三人は物陰に身を隠していた。
鉄門前に無数に群がる動死体。
小鬼が手早く片付けないと、という言葉に頼光はここが出番と大きく笑みを浮かべていた。
冬宇子の心配をよそに、尚更自分の力を振るう気満々なのだ。

動死体を一網打尽にしようと一歩前に出ようとした時、冬宇子の後ろに立っていた初老の男が声をかけてきて、ようやくその存在に気が付いた。。
あまりの突然に声も出なかった頼光だが、話が通じとりあえずは敵ではないという事がわかるとさっそく体裁と繕い始める。
「この俺様に気取られずにこんなに近くまで来れるとはただ者じゃねえな……」
こんなことを言っているが、頼光は気配を察知するというような芸当などできはしない。
相手を持ち上げることによって自分を持ち上げて見せるのが如何にもらしい、というものだ。

そんな頼光をよそに、ツァイは流れるような動きで結界を形成し、禁呪によって動死体を禁じたのだ。
ここまで鮮やかな手並みを見せられては頼光もただただ見ている他はない。
>「私は裁・禁(ツァイ・ジン)。かつては、ここではない国で法務官をしていたんだが……
> 今は色々と訳があって、亡国士団という部隊に身を置いている。決して怪しい者ではないから、よろしく頼むよ」
間の抜けたように口が半開きになっていた頼光だったが、ツァイの自己紹介に思い出したように
「亡国士団?あの花火野郎と同じ!?」
と声をあげてしまった。

ツァイに先ほどパオと出会い、既に動死体になっており、それでも妄執だけで動死体を倒し続けており、そして戦いになった。
そのけっか、パオは正気に戻り成仏したことを告げる。
もっとも詳細は話そうにも訳の分からぬまま終わったがゆえに頼光にはななせない。
それでなくとも自分が何もできなかった戦いの詳細など話せはしないのだが。

ブルーと同様に頼光もまたツァイに警戒感を持っていなかった。
この動死体に囲まれる中、【生きている人間】というだけで既に仲間という意識が生まれてしまっているのかもしれない。

「それにしてもあんたらもついてねえな。
せっかく戦場から引き揚げてもらえたってのに、帰ってきたらこの有様たぁよ。
遺跡保護に来てこんなののど真ん中に落ちちまった俺たちも大概だがよお」
詰所に入ったところで安心したのか、饒舌である。

しかし、ツァイに詰所に何の用があったかと尋ねられ、その口が止まってしまった。
「……あれ?そういやどうしてここに来たんだったか?
確かパオってのに救国英雄として王に合わせるからジンを連れてきてくれって言われて……おろ?なんかはっきりしねえな。
まああれだ!成り行きだ!
それより酒か食い物ねえのか?
詰所なら夜勤の連中が夜酒盛りとかやるように隠してるのがありそうなもんだが」
ブルーが武器弾薬を探したり、地図など情報を集めるのに対し、頼光はどこまでも役立たずぶりを発揮する。
様々重要なものがあるであろうし、探すべきものがあるはずであるのに、その目的すら忘れて酒や食料を探し始めたのだ。
しかもまっとうな戸棚などにはないだろうと、隠し扉がないかと床や壁を叩いたり引っ張ってみたり。

だが頼光は自覚できていない。
幾らなんでも詰所に来た目的すら忘れてしまうのはおかしい事に。
記憶が霞んでいるのがジンとの戦い以降であることの意味に。


【パオやブルーと生き生き仲良しな冬宇子にやきもき】
【冬宇子の忠告を斜め上に解釈】
【ツァイに警戒心無、パオの事やこれまでの成り行きをうっすらとうろ覚え的に話す】
【詰所では酒や食料目当てに隠し扉などを探す】

152 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/24 00:01:54 ID:???
【行動判定】

>>149


物資保管庫には先客、ツァイがいた。

「おや、君も何か捜し物か?……銃か。ここはただの警備団だ。
 あまり期待は出来んかもしれんが……まぁ探してみるといい。
 私も、もし見かけたら君に声をかけよう」

>「…ん〜、弾はあるにはあるが俺の銃の型に合わんな」
 「…しかないな、袋、袋…俺の火薬袋〜」

「……弾が見つかったのか。だったら、どこかに銃もあるんじゃないのか?
 分解した薬莢や弾頭は、取っておいてもいいかもしれないぞ」

「それはそうと……どうやら私の探している物は、ここにはないようだ。
 霊薬や符の類は全て持ち出された後らしい……。少し、来るのが遅かったか」

そう言うとツァイは保管庫から出て行った。



資料室の扉の前に立つと、君は中から何か物音がしている事に気付くだろう。
呻くような人の声も聞こえてくる。

扉を開けると、そこには動死体がいた。
機動性を重視した軽めの鎧を着込んでいる。
恐らくは警備団の一員だろう。

「俺の……銃……どこにあんだよぉー……」

男は動死体と化して尚――どうやら自分の『銃』を探しているようだった。
と、彼が君に気がついたようだ。

「なぁ……あんたぁ……俺の銃……知らないか……?」

男は君を振り返ると、そう問いかけ――しかしそれ以上の事は何もしなかった。

「……知る訳ねえよなぁー……あーあー……せっかくちょろまかしてきたってのによぉー……
 団長の奴……隠しちまうんだもんなぁー……」

男は君に襲いかかるでもなく、また辺りを探り始めた。
とは言え――どうやら彼は自分がどこを探したのかを、長く覚えていられないようだ。
何度も何度も同じ所ばかりを探している。

「俺の銃……俺の銃……へへ……あれさえあれば……もう何も怖くないぜ……」

男は言うまでもなく、既に死んでいるが――楽しげに笑っていた。
彼の中では、彼は今、動死体共に立ち向かう為の希望を探している最中なのだ。
あの銃さえあれば――そう思いながら、彼は希望を抱いたまま凍りついていた。

ともあれ――彼にはあまり近寄らない方がいいだろう。
君は先ほどから何度も銃撃を行なっているし、銃弾の分解もしている。
きっと随分と火薬臭い筈だ。銃を探す動死体にあらぬ誤解をされてしまうかもしれない。
無駄な戦いは避けるべきだ。

また残念な事に、資料室では遺跡に関する情報は見つけられないだろう。
警備団が行うのはあくまでも『警備』であり『国防』ではない。
保護の名目が戦火が及ばぬようにと言うからには、目的の遺跡は国境付近にある筈だ。
そんな遠く離れた場所の地図など、必要ないのだ。

棚には一部、資料が抜けている部分があったが、そこに何があったのかは分かりそうにない。

【弾があるんだし銃もどっかにあるっぽいよ?
 地図とかは、どうやらなさそうです】

153 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/24 00:02:24 ID:???
>>151

結論から言えば、頼光が目当てとする物は休憩室にあった。
空間を節約する為に何段かに重ねられた寝床の手前に、床板の色が僅かに違う所があった。
その違いに君が気づけるかはともかく、そこを叩いてみると他とは違う音がするだろう。

「……なんだ、君か」

と、前触れもなく君の後ろで声がする。
振り返れば君の背後には、鉄杭を握った右手を振りかぶるツァイがいた。
やたらと床や壁を叩く音が聞こえた為、動死体がいるのかと勘違いしたようだ。

「それは……隠し収納か。大したものだ。作った方も、見つけた方も。
 ……しかし、それを探すくらいなら食料庫を探した方が早かったんじゃないのか?」

ツァイが何気ない疑問を口にした。
と、同時に君の頭上から何かが落ちてきた。
軽い感触――小さな紙の冊子が君の頭を軽く叩いてから、床に落ちた。
元は寝床の上にあったものが、君が床を叩いた衝撃で落ちてきたのだろう。

「……何か書いてあるみたいだが、字が細かくて私には読み辛いな」

ツァイは目を細めながら、ぼやいた。

「まぁ、ここに私の捜し物はありそうにない。失礼するよ」

ツァイはそう言うと、また別の部屋を探しに向かった。

落ちてきた冊子はどうやら団員の日記のようだ。
落ちた衝撃で、数日前に記された頁が開かれている。

『最近ショウの奴が俺の銃を見なかったかとうるさい。
 北方戦線からの鹵獲品から盗んできた銃なんて、関わり合いにもなりたくないぜ。
 団長としても扱いに困ってんだろう。今更返したところで、監督不行届でお叱りを受けるに決まってる。
 俺がアイツなら、誰の目にも届かない所に隠して、ほとぼりが冷めた頃にこっそり始末するが……
 ショウの奴にそれほど頭が回るとは思えない。
 仮に回ったとしても、隠し場所を見つけるのはまず無理だろうな』

『北の方に送られていた亡国士団の連中がこっちに戻ってきたらしい。
 代わりに俺達の中から補充が送られる事になった。一体なんでだ?
 そりゃ奴らはよく働いただろうけど、俺達を削ってまで戻すこたあなかっただろうに。
 それもすげえ急な話だ。
 なんか事情があったのか知らねえけど、まぁ俺は行かずに済んで良かったぜ。
 テイの奴はご愁傷様って感じだけどな』

君はそれを読んだり回収してもいいし、放っておいてもいい。

154 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/24 00:10:15 ID:???
【→倉橋】

詰所に入ってすぐに、君は腰帯に小さな違和感を覚えるだろう。
ほんの一瞬――何かが擦れたような、微かな感触。
だが君が帯を見てみたとしても、『おかしな物』は何も見当たらないだろう。
何も見当たらない、何もない――それ自体が『おかしな事』であると、君は気付くかもしれないし、気付かないかもしれない。

155 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/02/24 21:56:21 ID:???
>>135-136
王都警護の本営たる兵詰所は、その職能に相応しく、厳めしい佇まいの建物だった。
動死体の群がっていた鉄門扉を開いて中に進むと、
兵の招集に使われていたであろう殺風景な前庭の向こうに、国旗を掲揚した正面入口が見える。
本館は、その入口を挟んで両翼に長い木造平屋建ての家屋であった。
凹の字を逆さにひっくり返したように、正面の家屋の左右に突き出した別棟は、造作からして、
兵の待機所と物資の倉庫であろうか。

正面入口を経て直ぐの広間。
倉橋冬宇子は、ランタンの照らし出す薄明かりの中心で、一人佇んでいた。
詰め所前で出会った壮年の男――ツァイは、早々に建物の奥に消えてしまったし、
頼光と、アレク――と名乗った青年も、冬宇子を置いて、各々の目当てとする物資を探しに駆け出して行った。

「まったく、子供みたいな男らだよ。」

冬宇子は、溜め息を零した。

呪災に巻き込まれて足止めを食っている外国人――という自らの立場を、彼らは把握しているのだろうか。
身分保障も無ければ、帰国の方策もない。特別旅券ゆえに清国政府の承認を得なければ出国もままならない。
そして、呪いは知らぬ間に、刻々と、冒険者達の生命力を削っているというのに。
そうした生命の危機に瀕した状況を、少しも理解していないかのような能天気さ。気ままな行動。
まるで、図体の大きな子供を二人も連れて歩いているような気にすらなってくる。
とはいえ、戦闘や力仕事に於いては、この上なく頼りになる人材でもあったのだが。

黒髪碧眼の西欧人冒険者が名乗った、アレク――という名は、おそらく偽名だろう。
明確な根拠は無かったが、名前を口にする寸前に見せた一瞬の戸惑い。
生国を聞かれて、憎めない冗談に紛らせて口を濁したこと。
さらに埋伏拳に着物を破られた折、着せ掛けてくれた上着の裏に刺繍されていた『B・M』の文字。
この三つの出来事から本名を疑ったまでのことだ。
別に真実を確かめるつもりはない。冒険者が偽名や通り名を用いるのはありふれたことだ。
現に、行動を共にしている木行使いも、『武者小路頼光』という、如何にも出鱈目な通名を使っている。
彼――アレクが身元を隠したがる理由には、多少、興味を惹かれぬでもなかったが。

一人、広間に取り残された冬宇子は、煤だらけになったランタンの硝子を布切れで拭った。
花火の降り注ぐ瓦礫の上に放置していたため、握り手は歪み、硝子の表面は煤で真っ黒だ。
暗闇に視界を開く照明としての用途を、十全に果たしているとは言い難い。

ふと、双篠マリーの顔が頭に浮かんだ。彼女はどうしているだろう。
少々頭の緩いところがある、英吉利(イギリス)かぶれの術士、尾崎あかね。
齢数百歳という、吸血鬼の鳥居呪音。
彼の肉体の年齢は十歳で止まっているらしいが、その言動は甘やかされて育った子供のように幼い所があって、
そこらの下町いる、こましゃくれた十歳児の方が、よほど大人びて見えるくらいだ。
あの二人を連れて出かけたマリーも、定めし苦労していることだろう。
彼女らは、既に、フーの恩師――フェイ老師を伴って、道教寺院に戻っているだろうか。

ランタンを汚す煤は、硝子に焼き付いていて、少々擦ったところで取れやしない。
冬宇子は不機嫌そうに鼻を鳴らして、布切れを投げ捨てた。

「あの馬鹿鼬……提灯代わりに連れて来たってのに、肝心な時に居ないんだから。
 何処をほっつき歩いてるんだか…。」

道士フーに使いを頼まれ、道教寺院を出た道すがら、喧嘩別れした光獣――"燐狐"は、未だ戻って来てはいない。
国家陰陽師の従弟から借り受けた使い魔だ。
清国の荒野に放り出したまま、放っておくわけにもいかない。無事に返さねばこちらの面子に関わる。
現世を生きるものには現世の、弱肉強食の掟があるように、妖(あやかし)には妖同士の捕食関係がある。
小型の妖は、闇の中に湧き出す瘴気を吸って身を養い、比較的大きな妖は、下級の妖どもを喰らって妖力を膨らます。
呪いの冷気が渦巻く大気、その魔性に引き寄せられて、百鬼夜行が闇空を跋扈しているだろうに。
あの、ちっぽけな妖獣は、何処でどうしているのやら。
流石に冬宇子も気がかりだった。

156 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/02/24 22:10:11 ID:???
冬宇子は、腰に下げていた皮製の雑嚢を開けて、荷物の中から素焼きの小瓶を取り出した。
コルク栓を外すと、芳しい酒の香りが立ち昇る。ジンの屋敷を出る時に分けて貰った黄酒――紹興酒だ。
少しだけ口に含む。
独特の苦味と甘味を交えた芳醇な酒が、喉を焼いて空きっ腹に落ちていく。
冷えた体が、胃の中からじんわりと温まるの感じた。
けれど、酔いつぶれてしまうほど、味を堪能してはいられない。
冬宇子は、掌の上に酒瓶を傾けて、窪みに小さな水溜りを作り、
跪いて瓶を床に置き、指先で掬い取った酒を、香水のように耳の後ろに塗布した。
光獣――燐狐は、良酒に目が無く、ずば抜けた嗅覚を備えている。
極上の美酒に、一応の主である冬宇子の体臭を混ぜておけば、こちらの居場所を知らせる信号になるだろう。

>>153
栓をして酒瓶を仕舞いかけた時、腰帯の辺りに、妙な感覚があった。
何かか横腹を擦った―――或いは、腰帯の中で蠢いたかのような、微かな、しかし、確かな感触が。

「いい加減にしなよ!この腐れ小鬼が!踏み潰されたいのかい?!」

埋伏拳の小鬼が、勾玉から抜け出して悪戯しているに違いない。
そう決め付けて怒鳴りつけた。
煩悩の化身とも言える小鬼は、少々下衆なところがあって、如何にもこんな悪ふざけを仕掛けそうに思えたのだ
しかし、外套をまくって腰帯を検めても、小鬼の姿は無く、何らの変化も見られない。
懐剣は差し込まれているし、白い紙人形は、相変わらず腰帯に挟まって項垂れている。
あの、奇妙な感触は何だったのだろう――?

「もしかして、フー・リュウ……?あんたかい…?」

紙人形に触れて尋ねてみたが、返答は得られなかった。

なんだか嫌な予感がした。
そもそも、この詰所は、何故こんなに暗いのだろう。
外から建物を見た時も、灯りは一つも点いていなかった。
王都が呪災に見舞われるという非常時に、夜警の兵士の姿すら見当たらないのは何故だろう。
まさか――いや、全滅してしまう筈はない。
仮にも王都警護の本営だ。呪力の攻撃に対する備えくらい有りそうなものなのに。
たったの三日で、屈強な兵士が死に絶えて動死体と化してしまう、ということがあり得ようか?
きっと、警備兵達は、結界を施した避難所に屯所を移して、待機しているに違いない。

詰所は無人。警備兵から話を聞くことは出来ない。
どうやって呪災の手掛かりを得たら良いのだろう。
呪災発生の直前、警備団員がジンの元を訪れ、警邏の手伝いを依頼したという。
『他にしなければならない事があって、兵力が不足するかもしれない』―――と語って。
警備兵が、警邏の他に『しなければならぬ事』とは、何だったのか――?
ジンに話を持ちかけた警備団員は、王都に何らかの混乱が訪れることを予期していたのではないか――?
だとしたら、彼らは混乱を『防ごうとする側』だったのか、或いは―――?

折角ここまで足を運んだのだ。手ぶらで帰るのもシャクに触る。
室内に残された文書を漁ってみれば、手掛かりの断片ぐらいは見つかるやもしれない。
まずは、司令官が出入りする部屋――作戦会議室と団長室に目星をつけて探してみよう。
日誌や議事録に、呪災の痕跡が記されてはいまいか。
しかし、その前に――…
冬宇子は、ツァイという男と話をしてみたかった。
亡国士団の裁・禁(ツァイ・ジン)と名乗った男は、生薬や霊符を探すと言っていた。
薬草類が保管されていそうな場所といえば……

157 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/02/24 22:18:35 ID:???
広い建物内。何処に動死体が潜んでいるとも知れず、
冬宇子は、時折込み上げてくる咳気を抑えつつ、薄暗い廊下を、足音を忍ばせて歩いた。
ツァイの姿は、物資を詰め込んだ棚の並ぶ倉庫の中にあった。

「ツァイさん――だっけ?お目当てのものは見つかったかい?」

入口に佇んで、室内で何かを探している様子のツァイに声を掛ける。
振り返った彼に、朗らかに微笑んで見せた。
数十体もの動死体の魂を、一度に強制冥還させてしまう凄腕の術士だ。
只者ではない佇まいも相まって、こちらはどうしても下手に出ざるを得ない。

「いえね、滋養強壮の生薬か薬酒があれば、私にも少しばかり分けて欲しいと思ってね。
 この寒さが、どうしても体に堪えてねえ。冷えは女の敵ですもの。」

冗談めかして笑おうとして、意図せずに咳き込んでしまった。胸の鈍痛は一向に治まらない。
口元を掌で押さえて取り繕い、ツァイの顔を伺った。
『亡国士団に身を置いている』と語る彼が、初対面の冬宇子達に嘘を吐いているとも思えない。
いささか奇遇すぎる縁ではあったが、
数日前に帰投命令を受けたという亡国士団の精鋭が、王都に集っていても、何ら不思議はないのだ。
ところで――と、冬宇子は、彼に本題を持ち掛けた。

「表で、私の連れが、砲鮮華って男のことを話したでしょう?
 あの坊やから遺言を預かってるんだよ。『祖国の復興、どうぞ宜しく』――ってさ。」

パオの最期の様子と、自分達の身の上――日本から清国を訪れ、呪災に遭遇して難儀している由のみを簡潔に話した。
何故だろう、パオの形見をツァイに手渡すことには、ためらいがあった。未だ額金は雑嚢に収めたままだ。
いま少し、ツァイの人柄を見極めたいという気持ちがあったのかもしれない。
この男にどれ程の欺瞞が通じるものか分からぬが、世間話でも持ちかけるように、のんびりと尋ねた。

「あなたも北方戦線から戻されたクチかい?
 あっちは激戦地だって話だったのに、また急な任地変えだったねえ。
 あの坊やは何にも知らなかったみたいだが、王都で、何か新しい任務でも?」

亡国士団が、何のために中央に呼び戻されたのか。冬宇子はそれが知りたかった。
警備団員が予測した『王都の混乱』と、亡国士団主戦力の『王都への帰投』。
時期を同じくする二つの事象が、満更無関係にも思えなかったのだ。
冬宇子は内心を読み取られぬよう、棚の品々を物色しながら、問いを重ねた。

「そうそう、あの坊や。妙なことを言っていたねえ。
 何でも、呪災が起こった瞬間のことを覚えていないんだとか。
 ツァイさん、あなたも同じかい?
 私も術士の端くれだが、
 あの坊やほどの火行の使い手が、呪災の氣の乱れを感知できないとは思えないんだよ。
 どうにも不可解な話だと思わないかい?」

パオのような血気盛んな若者ならばともかく、ツァイの如き老成した人物が
『亡国士団』という、いわば使い捨てに等しい部隊に属しているというのが、実に意外だった。
たとえ故国復興の保証を文書で取り付ていたとしても、そんなものは清王の胸三寸で反故にしてしまえる。
その筋書きを読み取る分別はあるだろうに。

ツァイが何を答え、何に興味を持ち、何を答えることを躊躇うのか。
あくまで好奇心旺盛な話し好きな女の顔を装って――それも別に事実に反してはいなかったが――
冬宇子は、彼の口調や眼差しの変化に注意を傾けた。


【倉庫か蔵みたいなところでツァイに話しかける】
【話が終わったら、作戦会議室か団長室に行く予定です】

158 :双篠マリー ◆Fg9X4/q2G. :13/02/26 19:23:56 ID:???
茜の返事はひどく頼りないものだった。
それは仕方ないことだろう。
実績、経験から言って茜はここにいれるはずのない人間だ。
むしろ、ここまでこれたのは奇跡といっていいぐらいだ。
マリーはそれを目の当たりにして、背筋に悪寒が走った。
それは、茜に対する絶望ではなく、茜がこの状況についてこれなくなっているのを
ジャンに知られてしまったことに対してのものだ。

先に動いたのはジャンだった。
その瞬間、マリーは先ほどの技がくると読み、身構えた。
マリーの読みは当たっていた、しかし、ひとつだけ大きな間違いをしていた。
それは、ジャンの矛先が、マリーではなく屋根の上にいた鳥居であったこと
「…とり」
思わず斬られた鳥居に声をかけようとした瞬間、マリーの視界の端で何かが飛ぶのが見えた
視線を向けたが、もう遅い。
ジャンの投げた短刀があかねの胸に突き刺さっていた。
「……」
それを目の当たりにした瞬間、マリーは呆然とそこに立っていた。
あまりの出来事に思考が硬直してしまったのだ。
「…」
未だ頭の中が真っ白になっている中、マリーは静かにジャンへと視線を移す。
ジャンは変わらず狂気じみた笑みを浮かべる。
「…き」
その顔を見た瞬間、ドス黒い感情が一気に溢れかえる。
「さッ」
許容量を超えた感情を吐き出さんがために、声が出る。
「まぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
マリーはブチ切れた。
「このクソカスがぁぁぁ許さん絶対に許さん!!!」
しかし、激怒する様を見せておいて、そのまま、激情に任せて動こうとはしない。
やがて、叫び狂うマリーの動きが止まり、そのまま項垂れる。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「…」
先ほどまで激情に狂っていた人間とは思えないほどの無表情でジャンを睨む
「満足か…満足したか」
ゆっくりとマリーは鳥居が発した血霧と共に歩きだす。
「最近、自分の要領を超えるような相手を殺したせいか、
 私は無意識のうちに手加減していたのかもしれない…そのせいでお前にここまでさせた」
ジャンの間合いに入らぬよう、マリーはジャンの周りを歩きながら話を続ける。
ただ歩くだけではない、ランダムに歩調、幅を変え、ジャンの視界を揺らす
加えて鳥居の霧が辺りを包む。
「喜べ、こう見えて私はまだ先ほどのようにブチ切れている」
お互いの姿が霧によって見え隠れするぐらい立ち込めたのを確認した瞬間
マリーは動いた。
コートを脱ぎ、目くらましとしてジャンに投げつける。
ジャンがそれだけで隙を見せるほどの人間ではないことは重々承知している。
マリーは体制を低くし、先ほど弾き飛ばされたナイフを拾い上げ、そのまま、投げつける。
これで仮に、コートを切り裂いたとしても、即座にナイフが眼前に迫るという構図は出来上がった。
そして、それを追うようにマリーが向かう。
「楽に死ねると思うなよ!」
ジャンの胸元を狙い、短剣を振り上げた。

159 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/28 22:43:55 ID:???
>>157

君が物資の保管庫を見つけ扉を開けると、ツァイは既に君の方を振り返っていた。
やや長い袖の口から覗いていた鉄杭が、すっと消える。

>「ツァイさん――だっけ?お目当てのものは見つかったかい?」
>「いえね、滋養強壮の生薬か薬酒があれば、私にも少しばかり分けて欲しいと思ってね。
 この寒さが、どうしても体に堪えてねえ。冷えは女の敵ですもの。」

咳を誤魔化すように笑う冬宇子の様子に、ツァイの眼が細る。

>「表で、私の連れが、砲鮮華って男のことを話したでしょう?
  あの坊やから遺言を預かってるんだよ。『祖国の復興、どうぞ宜しく』――ってさ。」

>「あなたも北方戦線から戻されたクチかい?
  あっちは激戦地だって話だったのに、また急な任地変えだったねえ。
  あの坊やは何にも知らなかったみたいだが、王都で、何か新しい任務でも?」

>「そうそう、あの坊や。妙なことを言っていたねえ。
  何でも、呪災が起こった瞬間のことを覚えていないんだとか。
  ツァイさん、あなたも同じかい?
  私も術士の端くれだが、
  あの坊やほどの火行の使い手が、呪災の氣の乱れを感知できないとは思えないんだよ。
  どうにも不可解な話だと思わないかい?」

「……咳が止まらないのかね。だったら……ちょっと待ってくれ」

ツァイは君に背を向けると、棚から幾つかの薬包を取り出した。
咳止めの効能を持つ麦門冬や半夏、補陽の働きがある附子、肉桂、人参、甘草などだ。

「咳止めと、補陽の効果がある物を選んだ。水に溶いて飲むといい。
 ただの生薬だが、無いよりはマシだろう。
 効能を強めた霊薬などはもう、全て持ち出されてしまった後のようでね……」

「あぁ、私の事なら気にしなくていい。私が助けた男は……もう衰弱が酷かった。
 ここにある生薬程度では、回復は望めないだろう。どこかに、まだ霊薬が残っていればいいのだが……」

「……君達は、パオの最期に立ち会ったそうだね。あの花火はやはり、彼のものだったか。
 彼のような若者が死んでいき、年老いた私がまだこうして生きている……悲しい事だ。
 ……彼の遺言は、すまないが君達が預っていてくれないか」

「彼は良い青年だったが……私はもう、そんなに多くのものを背負えないんだよ。
 無理に背負おうとして、それを落としてしまうのも、嫌なんだ」

「……すまないね」

ツァイは目を伏せて、暫し沈黙する。

「彼は……きっと焦っていたんだろう。北方戦線から呼び戻されてから、私達は待機を命じられた。
 何の通達もなく、ただ待機しろと……。
 これ以上の仕事を与えず、約定を有耶無耶にするつもりではないかと……正直、私も疑ったよ」

「だとしても……私達に選択の余地はなかったがね」

この呪災は彼らにとって、ある意味では好機だった。
命を懸けて清の民を守る事で、彼らは清王の温情を求めたのだ。
ここまでしたのだから、と――それ以外に、彼らが王に意思を示す術はなかった。

160 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/28 22:45:44 ID:???
「……呪災が起きた時の事は、私には話せないな。
 人は見たいものを見て、知りたい事を知り、認めたいものを認める生き物だ」

「彼が答えなかった事を、私が代わりに語ってしまうのは……なんて言うのかな。あまり、良くない」

「……私は他所を探すとしよう。君は何か、他に目当ての物はあるのかね?」

ツァイが問いを発する――双眸の奥で揺れていた眼光が、ほんの一瞬、刃のような鋭さを帯びた。
君が何を求め、何を答えるのか、見極めんとするかのように。



【作戦会議室】

作戦会議室には講壇と、長机が幾つも並んでいた。
講壇の上には一冊の冊子が置いてある。どうやらそれが議事録のようだ。
ちょうど最新の頁、五日前に行われた会議のまとめが開かれている。

『北京警備団、臨時作戦会議

 参加者:集合可能な団員全員
     やむを得ず参加出来なかった者には後ほど改めて決定事項を通達
 会議概要:有事の際の都市防衛、及び都民の安全確保や誘導の指針確認、再確立

 審議事項:都市全域に渡る災害発生時、部隊はどう展開すべきか

 決定事項:北京は都の防衛の為、街路が細く、また入り組んでいる為、大勢での移動が難しい
    また都民はその街並みをよく理解してはいるが、有事の混乱の中では、平常通りに動く事は困難だと予想される
      その為、団員は結界機構の備わっている都内全十七カ所の建物へ分散して展開し、
  それぞれの区域にて救助活動を行う事

 留意事項:防衛拠点となり得る建物は、必ずしも必要な物資があるとは限らない
      有事の場合には、各団員の即応的な判断が必要になるだろう』

また長机の上には団員のものであろうメモがあった。
異なる二つの筆跡で記されている。雑談用に使用したのだろう。

『なあ
 なんだよ
 なんで今更になってこんな会議やってんだ?
 俺が知るかよ
 実はここ、ヤバいんじゃね?近々どこかの国が攻めてくるとか
 どこかってどこだよ
 知らんけど
 あり得ねー それこそ今更だろ 一体どこの国がウチの首都に攻め込んでこれるってんだ?
 そりゃ思いつかないけどよ じゃあなんで
 堂々巡りになってんぞ とりあえず そろそろ団長がこっちに勘付き始めてる もうやめとこう』

161 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/28 22:49:12 ID:???



【団長室】

団長室の執務机の上には団長の日記があった。
君はそれを開いて、ここ最近の記録を見てみてもいい。

『北方戦線に派兵していた亡国師団の一部を都へ帰投させる為、
 警備団員から一個小隊ほど補充員を選出してくれとのお達しがあった
 別にここのロクデナシ共がどこで死んだところで構いはしないが、一体何故なのか気にはなるところだ』

『ショウのド阿呆め!アイツは一体何を考えとるんだ!
 ウチの団員があんな物を盗んできたとお上に知られたら、私にまで処罰が及びかねん!
 そんな事も考えずによくもずけずけと「返してくれ」だなどと言えるものだ。
 もう少し早くこの事が分かっていれば、アイツを北方戦線に放り込んでやったと言うのに
 最近は勝手に詰所の中を探り回っているようだが、見つけられるものか
 私は知っているんだぞ。貴様らが休憩室の床下に隠し倉庫を作っている事くらいな
 仮にあの馬鹿がその事に思い至ったとしても、
 私の部屋に入り込んで、隅から隅まで探るような真似が出来る訳がない』

『有事の際の部隊展開と防衛拠点の選定を行なっておくよう通達があった
 戦局はもう決まったも同然だろうに、何故なのか
 霊薬などの物資も備蓄の点検をしておけと、いやに厳重に命令された
 最近は不可解な事が多すぎる
 とにかく、今の立場を失うような失敗だけはしないように心がけねば』

『また通達があった。明日、団員達と、詰所に備蓄してある物資を、都市の各防衛拠点へ配備せよとの事だ
 一体何が起きるのか。何か起こるのか。まるで分からない
 とにかく私は言う通りにするだけだ
 何故一部、兵の配備されない区域があるのかなんて、そんな事もどうでもいい
 どうせこの前、北方戦線に補充員を送ったせいで人手も足りていないしな
 あの辺りなら、わざわざウチのボンクラ共を送るまでもなく、問題ないだろう
 ……一応、彼には一声かけておいた方がいいかもしれないな』


162 : ◆u0B9N1GAnE :13/02/28 22:51:58 ID:???



――君達は合流後、情報を交換しあったり、またそれを元に再び探索をしてもいい。
どうやら団長室には北方戦線で鹵獲された小銃が隠されているらしい。
それを探し出すだけなら、そう大して時間はかからないだろう。

ともあれ探索を終えた君達が詰所の出口へ向かうと、

「……捜し物は、見つかったかね」

鉄門の前にツァイが待っていた。
だが、何やら様子がおかしい。
出会ってから詰所の中で会話を交わす間、常に纏っていた和やかな雰囲気が消えている。

「団長室と、作戦会議室か……君はそこで何を探していた?
 この国の人間ではない君達が、一体何を……」

ツァイが右手で剣印を握る。

「……いや、何も答えなくていい。どの道、私がする事は……出来る事は、変わらない」

彼は小さく呟き、

「――君達がここから逃れる事を、『禁じ』よう」

呪力が迸る。
彼は法務官の家系――裁家の生まれ。
複数の鉄杭で線や面を作り、それを檻に見立てる事で、『禁じ』『裁く』術を扱う事が出来る。
君達が詰所内を探索している内に配置されていた鉄杭に呪力が宿り――詰所を取り囲むようにして結界が展開された。

「すまないが、君達にはここで死んでもらう」

ツァイが両腕を振るう。
袖が棚引き、裡から二本の鉄杭が放たれた。
狙いは君達ではない。二本の鉄杭――点と点、その間に線状の結界が描かれる。

結界とは基本的に、外側への脱出を禁じるもの。
あるいは――『内側への侵入を禁じる』ものだ。
もしそんなものが君達の体内を通り抜けたら、一体何が起きるだろう。
試してみるのは――きっと、あまり得策ではない筈だ。



【団長室、作戦会議室にはなんか色々と転がっていました
 ツァイに結界を張られ、詰所の敷地外へ出られなくなりました
 ツァイは冒険者達に攻撃を仕掛けてきました
 氣によって構成されたワイヤーが冒険者達めがけて迫ってきます】


163 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :13/03/03 22:08:08 ID:???
生来というか、「こういう事」には鼻が利く頼光はほどなくして目当てのものを見つけることができた。
やはり同じような思考をもつ者同士通じるところがあるのだろうか?
大まかなあたりをつけたら思った通り。
床板の僅かな違いを目ざとく見つけ、叩いたり引っ張ったりしてそれを露わにすることに成功したのだ。

「へっへっへっへ。やっぱり思った通りだぜ。これでようやく落ち着けるってもんだ」
酒瓶を取り出して抱え満足げに呟いたところ背後からの声に振り返ると鉄杭を握り振りかぶったツァイがいた。
驚きのあまり無様にも尻もちをつきながら飛び退いた際にも抱えた酒瓶を落さなかったのは流石と言えるだろう。
そんな様子と外された床板を見ながらツァイは呆れたかもしれない。

その口からこぼれ出た何気ない疑問に頼光は座り直し
「はんっ、どの国でもこんな詰所の食糧庫なんて碌なもんがありゃしねぇんだ。
本当に旨いものはこうやって隠してあるものさ!ウヒェヘヘッいてっ」
頼光なりの美学なのだろうが、一般的には、ましてや法務官を務めるツァイに通じるはずもないだろう。

嬉しそうに、そして何よりも胸を張り堂々と言ってのける。
そんな頼光の頭に一冊の察しが落ちてきた。
先ほど飛び退いた時に棚にぶつかった衝撃で落ちてきたのだろう。
「なんだよ爺さん老眼か?」
読もうとして挫折したツァイから冊子を受け取り、探し物がないと言い部屋を後にした背中を見送った。
そのあとで冊子を見てみると、それは日記だった。

人の日記など興味もないし、どうでもいいと捨ててしまうところだが、一つの単語が頼光の気を引きとめた。
それは【銃】だった。

頼光は読解力は脆弱ではあるが、隠したものを探し秘密を暴いたり、悪だくみを思いつく、人の弱みに付け込む。
そういった事には鼻が利くのだ。
今までの人生で家の威光を笠に着て暴虐を尽くし、お山の大将をやってきたがゆえに。

今頼光の脳裏には一枚の絵図が瞬く間に完成していた。
ブルーが銃を探している。
この日記には銃があると書いてある。
ショウが俺の銃がないと騒いでいて、団長が扱いに困っているというのならば!
銃は団長が持っているという事だ。
しかも扱いに困っているという事は団長自身が持っているのではなく、どこかに隠してあるはずだ。
隠し場所を見つけると書いてあるのも頼光の推測を裏付けるものである。

こういった事だけにやたらと頭の回転が良くなる頼光は、さっそく団長室へと向かう。
ブルーより先に銃を見つけ、くれてやることで貸を作り立場的に上になろうという皮算用なのだ。

164 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :13/03/03 22:08:38 ID:???
団長室を探してうろうろしていたところ、冬宇子の姿を見つけ、ともに作戦会議室へ。
目的地を変更したのは冬宇子を見つけたのが作戦会議室前だったこと。
そして何より
「狭い場所でちまちま飲んでたら酒もまずいからな。
俺様みたいな大人物は広々とした部屋のど真ん中で酒を煽るのが似合うってもんだ!」
とのたまわり、銃を後回しにして冬宇子と共に作戦会議室へ入っていったのだった。

もちろん下心も万全。
ブルーがまだ来ないので冬宇子に酌をさせようというわけだ。
が、「酌をせい!」などと言っても酒瓶はあっても盃はなし。
もとよりこの情報収集の貴重な時間に頼光の戯言に付き合うものはいないだろう。
「っち、まあいい。男は豪快に瓶で呑む!」
取りつく島もない冬宇子を尻目に酒瓶を傾け酒を流し込む頼光だが、すぐに盛大に咳き込み吐き出すのだ。

「がはっ!げほ!なんだこりゃ!水じゃねえか!!!」
盛大に吐き出し、瓶に半分ほどになった酒を見つめて吠える頼光。
それを見ていた冬宇子は頼光の異変に気づくだろう。
なぜならば、頼光が吐き出した【水】は口に含める分程度にも関わらず作戦会議室にその強烈な酒の匂いが充満してしまうほどなのだから。
それほどの強烈な酒を水と言うのは、味覚と嗅覚が失われているからに他ならない。
これほどまでに異変が起きているというのに、冬宇子から十分すぎるヒントを告げられているというのに、頼光は自身の変化に気づいていなかった。

「ったくよお。思わせぶりな瓶で思わせぶりなところに隠して置きやがってよぉ!面白くねえ」
期待はずれだったことへの不満顔でぶつぶつ言いながら、瓶を片手に作戦会議室から団長室へ。
本来の目的を果たすために。
酒瓶を捨てなかったのは中身が水だとしても十分貴重で必要なものだからか、酒瓶があるというのは落ち着くからか。
おそらくは後者であろう。

団長室へ入った頼光は室内をぐるっと見回すと、酒瓶を探した時の様に部屋のあちらこちらを探し始める。
肝心の執務机には目もくれず、棚の裏側や床板の色など。
「へっへっへっへ、昔はこうやって親父殿の書斎から金をくすねたもんだ。大体隠しどころってのはよぉ」
探す様も慣れたもので、隠し場所らしきところを探っていく。
銃を見つけるのもそう時間がかかる事はないだろう。

165 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/04 19:24:16 ID:???
手応えあり――ジャンの口元に喜色が宿る。
外套を使って剣筋を乱されはしたが、それでも十分深く斬り裂いた。
不死の化け物を斬ったのは初めてだが、
体の半ばにまで切れ込みが入っていて、まともに動けるような生き物はまずいまい。
目線を横へ――あかねの胸にも、深く短刀が刺さっている。崩れ落ちた。

>「……ジャン。あなたのその笑顔は醜いです。惨めになりませんか?人を傷つけて笑っている自分を。
  それに思い起こしてみてください。あなたが大切に思っていた人たちを。彼らは笑ってますか?あなたの心のなかで」

「笑っているか、だと?『笑っていた』さ。俺のすぐ傍でな。そして今は、どこにもいない」

心の中――そこにあるのは過去だけだ。誰も住んでなどいない。
戻れない、故に思い出したくもない過去――ジャンは苛立ちに任せ、鳥居の頭を蹴りつける。
さあ、マリーはどんな反応を示すだろうか。唇が薄く、歪に吊り上がる。
期待に胸を高鳴らせながら、彼女を振り返った。

>「…き」

マリーの顔は怒りに歪んでいた。
対してジャンは、一層色濃い笑みを浮かべる。

>「さッ」

迸る烈火のごとき怒気と殺意。
湧き起こる歓喜と畏怖に、体が芯から震える。

>「まぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

来るか――両足を広げ、迎え討つ姿勢を取る。
いつ飛び込んできても切り落とせるよう、構えは上段。
しかし――

>「このクソカスがぁぁぁ許さん絶対に許さん!!!」

マリーは、来ない。
猛り狂い、怒声を張り上げ――それでも動こうとしなかった。

(……これでもまだ、足りないか?)

ならば次は、傍に転がっている吸血鬼をいたぶってやろうか。
相手は不死者だ。爪先から順に寸切りにしていこう。
いつマリーの我慢が限界を迎えるか、楽しみだ。
そんな事を思考しながら、ジャンは鳥居へと視線を移し――

>「満足か…満足したか」

不意に感じた背筋が凍るほどの脅威――咄嗟に視線をマリーへ戻した。

>「最近、自分の要領を超えるような相手を殺したせいか、
  私は無意識のうちに手加減していたのかもしれない…そのせいでお前にここまでさせた」

マリーが歩み寄ってくる。
不規則な歩幅、歩調、構え――次の動きが見えない。
拍子や体捌きから次の一手を予測する――その能力が優れていればいるほど、
与えられる情報の多さに困惑する事になる。厄介な足捌きだ。


166 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/04 19:25:26 ID:???
見込み違いだった。
マリーは最早、我慢などしてはいない。

ジャンの口元から笑みが消え、表情に緊迫が満ちる。
周囲には鳥居の発した血煙が満ちつつあった。
不味い、鳥居にとどめを刺さなくては――だがそれをマリーが許す訳がない。
鳥居に意識を逸らせば、その瞬間、間違いなくマリーは仕掛けてくる。

>「喜べ、こう見えて私はまだ先ほどのようにブチ切れている」

そうだ。彼女は怒りを、押し殺すでもなく、飲み込むでもなく、
業火を凌ぐほどの憤怒をそのまま刃のように収斂させている。

(静と動の両立……その若さで、為し得るか――!)

そして――マリーが動いた。
コートを脱ぎ、それをジャンに向けて投げつける。

(――落ち着け。この煙の中で、相手が見えないのは奴も同じ)

コートに惑わされてはいけない。
マリーに見えているのは所詮、血煙が満ちる数秒前の自分だ。
ならば対策は単純―― 一歩退き、マリーの予測を空振りさせてやればいい。

一瞬の判断――ジャンは一歩、後ろに飛び退く。
同時に剣を振り下ろす。
コートを切り裂き、そこには予測を外されたマリーがいる。
即座に剣に氣を通し、防御も許さず斬り殺す――筈だった。

だが違った。
ジャンの視界に映ったのは銀閃――喉元めがけ迫る短刀だった。
咄嗟に身を逸らして躱す――体勢がひどく崩れてしまった。

まだナイフを隠し持っていたのか。
それともまさか――あの時弾いたナイフの行方が、それどころか俺の姿が、この女には見えていたのか。
一瞬の油断も出来ない戦いの中で、この血煙の中で――

思考が乱れる。空回りする。
無意味な動揺――それが原因で、血煙の中から飛び出してきたマリーへの反応が、一瞬遅れた。

>「楽に死ねると思うなよ!」

突き上げられる短剣――間合いは既にマリーのもの。
体勢も大きく仰け反った状態――十全に剣を振るう事も、強く地面を蹴り逃れる事も叶わない。


167 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/04 19:26:45 ID:???
(負けるのか、この俺が――)

死を前に、ジャンの思考だけが加速する。
転がり落ちるような加速――彼の意識は過去に辿り着く。
在りし日――まだ父も兄も生きていた頃に。



『――駄目だな!てんで駄目だ!そんなんじゃ兄ちゃんには一生かかっても勝てないぜ!』

『そもそもなぁ。使ってる剣からして合ってないんだよ。
 お前は力が弱いんだから、俺の真似はどう足掻いたって無理なんだって』

『――ほら見ろジャン!親父がお前の為に剣を打ってくれたぞ!お前だけの剣だ!』

『軽くて、なのに強靭。下手すりゃ俺のより気合入ってんじゃねえの?これ』

『とにかく、この剣ならお前の才能を十分に引き出してくれるさ』

『――おう、やってるな。……どうだジャン、兄ちゃんには勝てるようになったか?』

『……そうか。じゃあ……仕方ないな。一つ助け舟を出してやろう。
 剣ってのは普通、切っ先を相手の正中線に向けるよな。何でだ?』

『そう、切っ先を喉元に向けられていれば、相手はそれを払うか避けるかしなきゃならん。
 ……ところでその鞘、何でわざわざ鋼を使って作ったと思う?
 お前の剣を、右腕一本でも振るえるくらいに軽く作ったのは、何故だか分かるか?』

『うげえ、ズルいぜ親父!やっぱ俺のより気合入ってんじゃんそれ!』

『阿呆、お前は兄貴だろうが。それぐらいで情けない声を出すな。
 ……言っとくが、負けたら久しぶりに稽古をつけてやるからな』

『――だぁあ!負けた!あーあー、とうとうお前に一本取られる日が来たかぁ。
 嬉しいような、悔しいような……でもやっぱ嬉しいなぁ!』

『……なぁジャン。今のこの大陸の情勢は知ってるだろ。多分、そう遠くない内に戦が起こる。
 そうなったら……俺達がこの国の皆を、母さんを、守るんだぜ。俺達がやらなきゃ、誰がやるってんだ――』



――ジャンの眼に一瞬、光が宿った。
絶望と狂気に侵されていない、強い意志の光が。

「まだだ――ッ!」

剣は振るえない。地面も蹴れない。
ならばいっそ――ジャンは体勢を立て直そうとせず、そのまま後ろに倒れ込んだ。
短刀が胸に突き刺さるまで、ほんの僅かな猶予が生まれ――同時に左手で鞘を抜く。
とにかく素早く――それだけを考えて振り抜いた。

鞘がマリーの腕に触れる。
倒れながらの体勢では打撃にもならない。
だが、刺突の軌道を僅かに押し逸らす事は出来た。

短剣が皮の軽鎧を裂く、切っ先がジャンの胸に突き刺さる――しかし浅い。
皮膚と肉が抉られたが、内臓までは届いていない。

ジャンは倒れ込んだ勢いを利用し、地面を転がるようにしてマリーとの距離を取る。
そのまま更に後方へ数回跳び、血煙の中から離脱した。

168 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/04 19:27:12 ID:???
「……思い出したくもないものを、思い出させてくれたな」

ジャンがマリーを睨む。
その眼にはもう、先ほどの光はない。
代わりに澱み切った水底のような、暗澹とした闇があった。

光があるからこそ、闇が生まれる。
輝かしい過去、いっそ忘れていたかった過去――思い出してしまったら、
決してあの頃には戻れないという事まで、思い出してしまうから。

横溢する闇、失望と憎悪――静と動の混ざり合う境地。
ジャンもまた、そこに至った。

構えを取る。
左手には鞘を順手に、先端はマリーの正中線へ。
払うか避けるかしなければ接近出来ない――余計な一手を強いるように。
右手の剣は下段に――刀身が氣の輝きを帯びる。

刃物を用いた戦いというものは本来、先に手傷を負った者が圧倒的に不利になる。
失血は時間と共に進んでいくのだから、相手はただ待っているだけでいい。
結果、無茶な攻めをする羽目になり、また手傷を負わされる悪循環に陥るのだ。

だが――ジャンはその限りではない。
彼には距離を『斬り詰める』事で相手に接近を強制出来る。

下段に構えた剣を振り上げる事で距離を斬り詰め、左手の鞘で牽制。
そして振り上げた刃で雷閃のごとく敵を断つ。
必殺の構えを以って、ジャンはマリーを討つつもりだ。

「奪ってやるぞ、神殺し……。俺だけが奪われたままでなど、いられるか……。
 仲間も、命も、正義も、全て失って……お前も俺になってしまえ――!」

最後の交錯が――始まる。


169 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/04 19:28:38 ID:???
 


「……鳥居はん……あかん……そんな事したら……」

吸血鬼の命の源である血液を、そんな風に流し続けたら。
いかに不死者と言えど死んでしまう。
例えそうでなくとも、傷の回復が遅れるのは間違いないだろう。

「自分がそんなになってもうたら……誰が……マリーはんを……守るんや……」

自分では、もうマリーの援護は出来ない。
今、マリーを守れるのは、鳥居しかいないのだ。

あかねには敵の実力や戦術を読む能力はない。
が、それでも分かる。
マリーもジャンも、凄絶なまでの――方向性はまるで逆でも、決意を以って戦いに望んでいる。
どちらが勝つにしても――無傷では済まないだろうと。

右手の人差し指を傷口に添える。
巻き物に封じられたいぐなの力を引き出す――流れ出た血液を操作。
最早体内に戻す事は出来なくとも――鳥居の力にする事は出来る筈。

血液が回転しながら球状に収束していく。
人差し指の先に、血の弾丸が出来上がった。

「鳥居はん……マリーはんを……助けたげてや……」

あかねの血液が鳥居の体内に撃ち込まれる。
彼女の血は君に強い力を与えるだろう。



【→マリー:刺突を辛うじて凌ぐ。一度距離を取り、鞘による牽制+引き寄せからの斬撃
 →鳥居:あかねによる血液供給。マリーを助けてあげて】

170 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/03/04 22:18:14 ID:IHxE9pXx
>>159-161【物資の保管庫にて】

本館西側の別棟は、物資を貯蔵する倉庫になっていた。
武具・戎器、糧食、医薬品…。
一本の長い廊下に面した幾つかの扉は、物資の種類ごとに部屋を分けた貯蔵室に繋がっている。
そのうちの一室――薬草類が収められた棚の前で、倉橋冬宇子とツァイ・ジンは言葉を交していた。
物資はあらかた持ち去られた後なのか、空になっている棚も多い。
ランタンと蝋燭、二つの灯火の光が交差して、空洞だらけの棚に、揺らぐ人影を落とした。

>「……私は他所を探すとしよう。君は何か、他に目当ての物はあるのかね?」

冬宇子に生薬の包みを手渡し、戸口へと歩き始めたツァイが、ふいに振り返って言った。
言葉つきは穏やかだが、その目は射るような剣呑な光を湛えている。

「目当ての物…?…あなたと同じで、ここには物資を漁りに来ただけですもの。
 …食料やら、灯りに毛布…この呪災を凌ぐために必要なものをねえ…」

一瞬、目を逸らして口篭った冬宇子の顔を、ツァイは目尻に皺を刻んだ深い色の瞳で、じっと見つめていた。
かつて彼は故国で軍事司法権を行使する武官――法務官を務めていたのだいう。
欺瞞を見抜き真実を射抜くが如きその目が、彼の職歴を語っている。
冷徹と厳格を包み隠す老成円熟の佇まいの裡に、隠し持つ、研ぎ澄まされた刃。
その切っ先が、今まさに自分に向けられている、と、冬宇子は感じていた。
この男に生半可な嘘や誤魔化しは通用しない。
冬宇子は、開き直るように小さく溜め息を吐いて、言葉を続けた。

「…呪災の淵源を探ってるんだよ。
 ここに来れば、何か手掛かりが見つかるんじゃないかと思ってね。」

それだけ言って、黙ってツァイの顔を見返した。
たとえ本心を知られたところで、後ろめたいことは何もなかったが、さりとてこれ以上語る言葉も無い。
何故、異国人の女が、敢えて危険を冒して、王都を襲う呪災の発生源を突き止めねばならないのか――?
仮に問われたとしても、ただ「知りたい」ということの他に、理由など持たなかったのだから。

呪災に対して、冒険者達の取るべき方策は、一つとは限らない。
この国の兵や道士に解決を任せ、結界を張った避難所に籠もって事態の沈静化を待っていてもいいし、
呪いの影響の届かぬ土地を目指して、王都を脱出するという道もある。
南東に逃れ、天津港まで辿り着ければ、半島か日本に向けて出航する船もあるだろう。
成り行きで"黒免許"なんてものを賜りはしたが、元はといえば食い扶持を稼ぐための副業だ。
冒険者家業なんぞに命を賭けていられない。依頼を放り出して帰国したとて、誰に文句を言わせようか。
詰まるところ、自ら火中に飛び込んで、呪災の淵源を探る必要など何処にも無いのだ。

けれども、何故だろう。
冬宇子は、真実を暴くために動かずにはいられなかった。
何故呪災は起こったのか、誰が呪災を起したのか―――?
自らを巻き込み、苛立たせ、怒らせるものの正体を、どうしても見極めてやりたかった。
たとえ真相を知ったところで、どうにも出来ずとも、この酷悪な災害を齎した者の浅ましさを嘲笑ってやれる。
それが肝要だ。『何が出来るか』ではなく、『何を知るか』が大事なのだ。
知らぬことの不安は、精神的な敗北だ。
正体の分からぬものの為に、訳も分からず翻弄されて堪るものか―――!
北京に到着して以来、息つく間も無く訪れた幾多の出来事が、冬宇子のそんな気性に火を点けていた。

171 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/03/04 22:20:46 ID:IHxE9pXx
ツァイは、物思わしげな目で、冬宇子の顔を見つめていた。
重苦しい沈黙に耐えかねて、冬宇子は、「そうだ――」と、思いついたように声を上げた。
外套の内ポケットに手を差し込み、ジンの屋敷で作り溜めてきた治癒符の一枚を取り出して差し出す。

「あんたが助けたって男にこれを使いなよ。
 傷の治りを速める治癒符だが、体力回復の効能もある。
 まァ、効果のほどは期待しないでほしいけど、無いよりマシってね。
 "あぁ、私の事なら気にしなくていい"――私の作った符は、私にゃ効かないからね。」

ツァイの口調を真似て、笑って言った。
神道式の治癒術において、術者の祈念は、対象の生命力を奮い起こし向上させるための『触媒』だ。
化学反応を促進する触媒が、それ自身は反応の前後で何らの変化も見せないように、
術者の精製した符や唱えた祝詞が、術者本人に対して効果を及ぼすことはないのだ。

ツァイが去った薬草庫の中で、あれこれと考え込んでいた冬宇子は、自分の咳に驚いて我に返った。
今しがた貰った薬包に目を落とす。生憎と荷物の中に、酒はあれども水は無い。
荷物入れの雑嚢に手を添えたところで、パオの形見の額金を渡しそびれてしまったことに気付いた。

「……遺言、預ってくれ――なんて言われてもねえ。
 大陸の何処かの国の復興なんて、私にゃなんの関わりも無いってのに…」

ツァイの発言の意図を量りかねて、冬宇子は、ぽつりと呟いた。

咳き込む冬宇子の様子を見て、あり合わせの薬剤の中から、咳止めと補陽の生薬を処方してくれた彼は、
親切で、包容力があり、知性と品格を兼ね備えた、まず文句の付けようがない紳士だ。
年の割りに頑健な体躯と落ち着いた風貌も、ある種の魅力を醸し出している。
砂上の楼閣と知りながら、それでも清王との約定に希望を繋ぐより他に方法のない亡国士団の志士たち。
それらを年長者として束ねる立場にある彼の懊悩も、それなりに推し量ることは出来る。
要するに、ツァイの風貌や人柄に、胡乱な点など何処にも見当たらない。
しかし一方では、彼の残した謎めいた言葉に、引っ掛かりを感じずにはいられなかった。

>「……呪災が起きた時の事は、私には話せないな。
>人は見たいものを見て、知りたい事を知り、認めたいものを認める生き物だ」

―――人は見たいものを見て、知りたい事を知り、認めたいものを認める―――
まるで、『呪災の発生を感知できなかった』というパオの証言が、偽り――『誤認』であるかのような物言いではないか。

ツァイ自身は、呪災が起こった時に何を見たのだろう。
真実を知らねば、偽りを偽りと見抜くことは出来ない。
彼は真実を知っているというのか――?
『これ以上重荷を背負えない』という彼は、故国復興の宿願の他に、何か特別なものを背負っているというのか――?

ともあれ、今は、詰所内を調べて呪災の手掛かりを得なくてはならない。
薬包を外套のポケットに突っ込むと、冬宇子は薬草庫を後にした。

172 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/03/04 22:24:42 ID:IHxE9pXx
>>163-164【廊下〜作戦会議室】

別館と本館を繋ぐ回廊を出ると、長い廊下が続いていた。
ランタンの頼りない灯りが照らし出す丸い光の外側は、黒々とした闇に覆われ、あたりは静まり返っている。
聞こえるのは、年季の入った床板を微かに軋ませる、自分の足音だけ。
アレクは、頼光は、ツァイは…この建物の何処にいるのだろう?

「女一人を放ったらかして、あいつらは何をしてんだかねぇ…」

一人歩きの心細さに、つい愚痴が零れた。
そういえば、ジンの屋敷を出て、王都警備団の詰所に向かう時、
冬宇子は、その可否について、同行者――アレクと頼光に意思を問うことはなかった。
あの瞬間、目的の主軸が、依頼の完遂から呪災の原因解明にすり替わったことに、彼らは気付いているだろうか。
彼らは、否応無しに冬宇子の行動に付き合わされているのかもしれない。
とはいえ、そのことに関して、罪の意識を感じる必要はないと割り切っていた。
冬宇子は、呪災に対して取るべき道が一つではないことを提示しなかっただけで、何も隠してはいないのだ。
彼らが自らの取り得べき道を考えることを怠って、判断を誤ったとて、知ったことではない。

と、その時……冬宇子の耳は奇妙な物音を聞きつけた。

ミシッ、ミシッ、ミシリ、ミシリ―――
自分のものとは違う乱暴な足音が、長い廊下の壁を反響している。
廊下は、もうすぐ角に差し掛かる。
もしや角の向こうには動死体が…?冬宇子は腰帯に刺した懐剣を握り締めた。
交差する廊下から飛び出してきたのは武者小路頼光だ。

「もう!びっくりさせるんじゃないよ!なんだい?!灯りも持たないで!!」

思わぬ鉢合わせに、冬宇子は、乱れた呼吸を抑えながら頼光を怒鳴りつけた。
取り落としそうになったランタンを掲げ持つと、眼前の扉に『作戦会議室』の文字が刻まれているのが見て取れる。

>「狭い場所でちまちま飲んでたら酒もまずいからな。
>俺様みたいな大人物は広々とした部屋のど真ん中で酒を煽るのが似合うってもんだ!」

馴れ馴れしく肩を抱こうとする頼光の手を叩きつつ、二人は件の扉を開けて室内に足を踏み入れた。
作戦会議室は、大学生が講義を受ける教室のような、だだっ広い部屋だ。
片側には、黒板に講壇。向かってずらりと長机が並んでいる。
冬宇子は講壇の上の議事録に目を留め、頼光は長机の一つに腰掛けて、いそいそと酒瓶の封を切っていた。

>「酌をせい!」
威勢よく声を張り上げる男を一睨み。五日前の会議の記録を読み進んでいく。
>「っち、まあいい。男は豪快に瓶で呑む!」
頼光は、冬宇子の態度など気にも留めず、機嫌よく酒を煽っている……かと思えば、
含んだ酒を盛大に吐き出して咽せ返り始めた。

「煩い!!集中できないだろ!これ以上騒いだら、口の利けない人形にしてやるからね!!」

呪符の入った懐に手を差し込み、声を荒げる冬宇子の耳に、頼光の声が届く。

>「がはっ!げほ!なんだこりゃ!水じゃねえか!!!」

その言葉の異様さに慄然とした。"水―――?"そんな筈はない。
酒瓶から立ち昇る蒸留酒の強い匂いが、机三つ分も離れた場所に立つ冬宇子の鼻を刺激しているというのに。
冬宇子は講壇を駆け下りて、長机に座る頼光に詰め寄った。

「口を開けて!舌を見せてみな!!ほら、早く!!」

唇の間に指を突っ込んで半ば強引に口を開かせ、ランタンを翳して口腔を検めた。
奇妙な木目は浮き上がってはいない。
しかし、見た目に異常が見られずとも、彼の体は確実に"異質なもの"へ変生しつつあるのだ。

173 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/03/04 22:30:14 ID:IHxE9pXx
>「ったくよお。思わせぶりな瓶で思わせぶりなところに隠して置きやがってよぉ!面白くねえ」

「この馬鹿男……」

作戦会議室を出て、団長室へと向かう途中、
彼にとっては水でしかない液体の入った瓶を抱える男の横顔を見遣って、冬宇子は小さく呟いた。
ちらりと視線を向ける男を睨み返し、

「だからお前は底抜けの馬鹿だってんだよ!
 お前みたいな馬鹿を引っ掛けるためだけに、そんな思わせぶりな瓶を用意する奴がいるってのかい?!」

ぶっきらぼうに言い捨てた言葉に胸が苦しくなって、また咳き込んでしまった。
頼光は、たまたま仕事を共にしているだけの同僚だ。仕事が終われば各々の違う世界の生活が待っている。
街中で顔を合わせれば挨拶くらいは交すだろうが、所詮はその程度の関係でしかない。
そんな男の身に起きている異変が、何故こんなにも自分を苛立たせ、憂鬱にさせるのか。
冬宇子自身にもよく分からなかった。
いや、分からないのではなく、気付かない振りをしているだけなのかもしれない。
気付いてしまえば、獏とした胸の空洞に"不安"という名を与えてしまいそうで。


【団長室】

重厚な文机に備え付けられていた燭台にランタンの火を移し、冬宇子は日誌の頁を繰っていった。
団長の日誌は呪災の起こった前日――四日前を最後に白紙が続いている。
冬宇子は、文机の上に開かれたそれに目を落としたまま、しばし考えを巡らせていた。

「災害対策の緊急配備で人手不足…それで団長がジンに助っ人を頼んだって訳か。」

日誌の最後の記述を指先でなぞり、一人ごちる。
作戦会議室で議事録、団長室で日誌――と、いくつかの記録に目を通してきた結果、
この詰所の団員と団長が揃ってボンクラであるということ以外にも、幾つかの情報を得た。
記述と呪災を関連付けて列挙すると、

・呪災発生の数日前、王都警備団に対し、有事…殊に大規模災害への備えを強化するように通達があった。

・呪災の前日、物資と兵を王都の各防衛拠点に配備。

・上記の点から、王都警備団を管轄下に置く清軍上層部は、 近々王都が何らかの災害に見舞われることを
 予測していたものと思われる。

・現在、団員達は、結界機構の備わっている都内全十七カ所の防衛拠点に分散して対処に当たっている。

・防衛拠点の一部に、兵の配置されない場所があった。

詰所内で得た情報から推察できるのは、
『清国政府――少なくとも清軍上層部は、数日前から何らかの災害を予測していた』ということだ。
これをどう考えればよいのだろう。

それに、いくら人手が足りぬとはいえ、
上層部からの指示内容に『兵の配備を外す拠点』があるというのは、いささか奇妙に思える。
単に拠点としての重要度が低いのか、或いは、別に何か意味があるのか――?
室内を物色している頼光を尻目に、冬宇子は、書類入れや文机の引き出しを漁り、
『都内十七カ所の防衛拠点が記された図面』の在り処を探した。


【ツァイに、呪災の原因を探ろうとしていることを暴露】
【団長室にて、都内十七箇所の防衛拠点を記した図面を探す】

174 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :13/03/05 20:32:19 ID:???
>「笑っているか、だと?『笑っていた』さ。俺のすぐ傍でな。そして今は、どこにもいない」

苛立ちの色を隠せないジャン。彼は鳥居の頭を蹴り飛ばし、マリーに視線を移す。
そう、まるで、わざと悪いことをして自分に興味をむけさせる駄々っ子のように。

だから鳥居は思った。彼には自分しかいないのだと。本当に孤独なのだと。
それもそうなのかもしれない。ジャンは自分の心を癒すためだけに人の命を奪う。
そんな者を誰が好きになるというのか。それ故に自ら堕ちてゆく永遠の闇と孤独の螺旋。

アア、ヌケダセヤシナイ

ジャンと自分の心を照らし合わせ、鳥居の心はまたもや揺らいだ。
が、その時、マリーが歩み寄んでくる。その動きは怒りを孕んだ無拍子。
鬼気迫るマリーの眼光に、鳥居は孤独に喰われそうになった自分を取り戻す。
そして血煙の中で交差する二つの影。横溢し、ぶつかり合う二つの剣気。
それに伴い、周囲を埋め尽くしてゆく夥しい殺気。

そんな中、ふと鳥居の耳朶に響いたのは優しい声だった。

>「自分がそんなになってもうたら……誰が……マリーはんを……守るんや……」

「そんなことを言ったって、今の僕たちに出来ることは、これくらいしかないんです。
あとはマリーさんを信じて、待つしかないのです。
いいからアカネさんは安静にしていてください!おねがいですから!」
マリーなら僕たちを笑顔に変えてくれる。鳥居はそう信じていた。
この戦いはもうすぐ終わって、あかねも助かる。
重傷をおってもなお、人のことを気遣っているこんな優しい少女が助からないわけがない。

気がつけば、血煙の中から出ているジャン。
構える刀の切っ先はマリーの正中線を捉えて離さないでいた。
どうやらマリーは、ジャンを仕留め切れなかったらしい。鳥居は祈る気持ちで目を閉じる。

>「鳥居はん……マリーはんを……助けたげてや……」
でもアカネはさらに言葉を続けてきた。小さく弱弱しい彼女の声。
でもその言葉は純粋で、真っ直ぐ鳥居の心に響くのだった。
と同時に体のなかが暖かくなる。とてもあたたかく、熱いくらいに。
ああ、なんということだろう。あかねは己の術で血液を操作し、
鳥居にその血液を供給してくれたのだ!

175 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :13/03/05 20:35:26 ID:???
「なんてことを!なんてことをしたんですかアカネさんっ!!」
悲しみが胸を押しつぶしてくる。アカネは死んでしまうかもしれない。
そんなことは耐えられない。それなら、こんなにも悲しい気持ちになるのなら心なんていらない。
それなのに自分は冷酷な怪物にもなりきれない、まして人間の子どもとしての幸せもありはしない。
中途半端な生成り小僧。つらいことを忘れたいから、因果さえも笑い飛ばしたい。
それゆえにサーカスで繰り広げてきたのは永遠の宴。道化芝居。
それなのにこんなことが起きてしまうなんて……。

だから鳥居は思いっきり叫びたかった。

かなしみよ、溢れるな!この胸の奥深くに閉じ込められてしまえ!と。

だが、溢れ出して来る感情は止められない。つらい。くるしい。こんな現実はいやだった。
鳥居はまだ息のあるアカネの姿をみて震えながら、絶望でその心を萎縮させていた。

>「鳥居はん……マリーはんを……助けたげてや……」

しかしアカネの言葉が頭に響く。鳥居はマリーに視線を移す。
そこには一人ジャンに立ち向かうマリーの姿。
彼女は怒気で揺らいで見えた。その姿に鳥居はふと思う。

(悲しみや怒り。それは忘れたり押し殺したりしてしまうものじゃないのかも知れません。
立ち上がる気持ちや、戦う気持ちに変えるべきものなのかもしれない。そう、マリーさんのように。
そうじゃなきゃ、この心はなんのためにあるというんですか!)

鳥居の瞳に灼熱の炎が宿り初める。

(僕は幸せでした。アカネさんの優しい気持ちに触れることができて…。
それに、目の前にはマリーさんが立っています。彼女は背中で僕に語りかけてくれました。
そして教えてくれました。絶対に揺らぐことのない、正義の心というものを!!)

「助太刀します!マリーさん!」

ドクンと心臓が脈打つ。
鳥居はジャンに向かって一歩踏み出し、次に駆けた。
この体に宿るのはアカネの命。そしてこの拳に宿るものはマリーの意志。
猪突してある程度の間合いに入った時、ジャンはあの絶対的な勝利の間合いに鳥居を引きずり込むはず。
それならば鳥居は逃げない。さらにもう一歩踏み出して刀よりも深い間合いに潜り込む。
そこへ炎の神気をこめた拳で一突き。狙うはがら空きになるであろう左わき腹。
鳥居の身長なら低姿勢で踏み込めば剣撃より先に踏み込むことができるはず。
例え防御されたとしてもそのまま拳を捻りこむ。追いかけて焼き尽くす。

>「奪ってやるぞ、神殺し……。俺だけが奪われたままでなど、いられるか……。
 仲間も、命も、正義も、全て失って……お前も俺になってしまえ――!」

「マリーさんが、お前になんかなるわけないです!僕が、守ってみせるからぁ!!」
咆哮し、疾駆する鳥居。その右手に凝縮されるは炎の神気。
間合いを詰められたと同時にそれは発火し、ジャンの左脇腹を狙うことだろう。

【鳥居はジャンに走っていって、彼の左脇腹に炎の神気を宿したパンチをします】

176 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/05 20:37:37 ID:???
【行動判定】
>>164
団長室の部屋の隅、そこには書棚が置いてある。
妙に収めされている書物の数が少ない。
よく見るとその横に、棚を何度も引きずったような跡が見えた。

棚を動かしてみると、その下にある床の色が他とは違っていた。
どうやらそこが団長の隠し収納のようだ。
収納の中にはこれまた酒や肴が、そして団員の日記に記されていた物であろう銃があった。
その脇には先端に取り付ける為の銃剣もある。

そして、どうやらその銃は――

【→小銃のようだ】

小銃は後装式の物で、銃の左側面にはボルトが、右側面に装弾用のハッチがある。
そこから最大で五発の銃弾を装填出来る。
クリップ式ではない為、再装填にはやや時間を要するだろう。

弾丸を分解したブルーになら分かるだろうが、弾薬には無煙火薬が使用されている。
その威力は拳銃弾とは比べ物にならない。
弾をもう一度作り直す際に装薬量を増やせば、より威力を増した強装弾を作る事も出来るだろう。


【→散弾銃のようだ】

散弾銃は一般的なポンプアクション仕様の物だった。
決して新しい物ではないが、弾薬には無煙火薬が使用されている。威力は十二分だ。
生身の人間ならどこに撃ち込まれても、その部位が出来損ないの挽肉もどきになっているだろう。
動死体が相手でも、十分な破壊力を示してくれるに違いない。



【見つかった銃がどちらなのかは、ブルー君のお好みで】

177 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/05 21:27:07 ID:???
【行動判定】
 
>>173

都の防衛拠点を記した図面は、執務机の引き出しの中にあった。
首都の複雑な構造を事細かに写した大きな地図だ。
手に取ってみると、微かに埃臭い。
つい最近まで、どこかに放置されて埃を被っていたようだった。

都市の各部に朱墨で円が描かれている。
合計で十七箇所――それらが防衛拠点なのだろう。

そして、その内の四ヶ所に黒墨で罰点が引かれている。
恐らくは日誌に記述されていた『派兵を外す拠点』なのだが――
注意深く見てみると、君はとある事に気付くだろう。

フーやジンから貰った、都のごく一部を記した地図。
それらと、兵の配備されない区域の道の形状が、一致しているのだ。
それが一体何故なのかは――まだ分かりそうにない。

178 :双篠マリー ◆Fg9X4/q2G. :13/03/10 02:48:01 ID:???
どんな剣の達人も、自身の間合いの奥にある死角に入られては手も足も出ない。
暗殺者であるマリーの必殺の間合いはその死角と同程度の範囲である。
必殺の間合いにジャンを入れ、マリーは短刀を振るう。
アッパーカット気味に放たれたソレは、腹、胸、首を狙える軌道にのりながらジャンへ迫る。
その時だった。
一瞬、ジャンの形相が変わったかと思うと、何かに短刀を横凪にされ短刀の狙いがずれる。
仕留めそこねた瞬間、取り押さえようとしたが、ジャンはそのまま後方へ飛びのき間合いを開けた。
「(なんだ…今の)」
マリーは一瞬困惑した。
先ほどの表情は明らかに、見境のない殺人鬼の顔ではなく武人の表情のように見えたからだ。
だが、此方を睨みつけるジャンの姿を見て、目の錯覚か何かだと結論付けた。
迷い躊躇してしまうなら、いっそそんな可能性を捨てて「殺し」にかかろうとしている。

ジャンが構える。
鞘を防御に回し、剣での攻撃に専念する型…恐くこれがジャン本来の戦い方なのだろう
マリーもそれに呼応するように構える。

また先ほどのような膠着状態になると思ったがそれは違った。
思いもよらぬ所から乱入者が割り込んでくる。
鳥居だ。鳥居の炎をまとった拳が、ジャンの脇腹を狙う。
間髪を入れずにマリーも一気にジャンへと近づいく
ジャンは今鳥居の攻撃を受け、意識が鳥居へと向かっている。
ならば、ここで一気にケリをつけてしまおうという魂胆なのだ。
鳥居に間合いに入られた以上、ジャンの能力はもはや意味をなさない。
「…お前にはもう何も…奪わせるか!!!」
もう一度、マリーは刺突を放つ…だが、狙いは先ほどとは違い
急所ではなく、剣を握る腕だ。
筋を断ち、無力化させるつもりだからだ。
何故、ここで殺しにかからなかったのか?
それは先ほどのジャンの姿が、この前の依頼の森岡と被って見えてしまったからなのかもしれない。


179 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/11 22:51:51 ID:???
マリーが構えを取る。
ジャンは不意打ちを仕掛けたりはしなかった。
全身全霊だ。それを斬り伏せてこそ、マリーの全てを奪ったと言える。

頃合いだ。
下段に構えた剣を振り上げ、距離を斬り詰める――

>「マリーさんが、お前になんかなるわけないです!僕が、守ってみせるからぁ!!」

その瞬間、ジャンとマリーの間に、鳥居が割り込んできた。
斬り詰める筈だった距離が変わる。
マリーとの距離は変わらず、代わりに引き寄せられるのは鳥居。
鳥居が急速に迫り、更に踏み込んでくる。

小柄な鳥居ならば最小限の動きで鞘の牽制をすり抜けられる。
ジャンは咄嗟に動かざるを得なかった。
左足を半歩退き、同時に鞘を振り下ろす――鳥居の拳を左へ逸らした。
だが峻烈なまでの炎までは逸らし切れない。

「くっ……!」

熱気と光に眼が眩む。
ほんの僅かに脇腹を掠めただけで、痛覚が焼け焦げる。

――駄目だ。怯んでいる暇などない。
元よりこんな小僧に自分を仕留められる訳はない。
だが、まだ奴がいるのだ。あの女が、この隙を見逃す訳も、見過ごす訳もない――!

地を這うような突進――マリーが肉薄してきた。
体勢はまたも不十分、今度は鞘も使えない。
ならば手は一つしかない――

「――うぉおおおおおおおおおおおおッ!!」

大上段に振り上げた刃を、稲妻のごとく振り下ろす。
そして――

>「…お前にはもう何も…奪わせるか!!!」

地から天へと逆昇る閃きが、ジャンの視界を通り抜けた。
一瞬遅れて飛散する鮮血。
訪れる鮮烈な痛み――命の終わりを感じさせない、腕を焼くような痛み。

生かされたのだと、ジャンは瞬時に悟った。

「――何のつもりだ」

ジャンが怒りを顕にした。
見開いた眼の奥に、凄絶なまでの憤怒が燃えている。


180 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/11 22:53:40 ID:???
「情けをかけたつもりか……? ――ふざけるなよ。
 俺が下らない温情を受ける為に、あんな話をしたとでも思っているのか――!」

声を荒げ、叫ぶ。
同情や憐憫を受けたのは、これが初めてではない。
清の兵士や亡国士団の中にも、勝手に聞いて、勝手に憐れんで、勝手に謝ってくる奴はいた。
だがそういう奴らが、ジャンは心底嫌いだった。
お前は憐れむに相応しい不幸な奴だ、惨めな奴だと言われている気がして、ならなかった。
殊更に自分が後戻りの出来ない人間なのだと、再認識させられるのが嫌だった。

「俺は……これからも人を殺すぞ。右腕が治れば、また……。
 いや……治らなければ、左腕だけでも……。左腕を失えば、剣を咥えてでも殺してやる……!」

必死の形相で、ジャンは唸るようにそう言った。

だが彼は――何もそんな事を告白する必要などなかった筈だ。
本当に心の底から人を殺したいのなら、適当に改心したふりをして、この場を凌げばいい。
ならば何故そうしないのか――彼自身、既に自分が生きている意味などないと悟っているからだ。

人を殺し、奪うのは、ただの衝動だ。
幸せそうな者を見る事で初めて生じる受動の目的に過ぎない。
人生の指標――生き甲斐には、なり得ない。

この先どれほどの時を生きようとも、自分の心が満たされる事はもうないと、ジャンは分かっていた。

あるいは――彼は心のどこかで、剣士として死にたいと思っているのかもしれない。
戦いに敗れ、命を落としていった父や兄、友と同じように。

「殺せ……。さもなくば、後悔させてやるぞ……。いつか、必ずな……!」

彼の狂気は、それでも人を殺す事を望み続ける。
彼の理性は、これ以上の生を望んではいない。

だとすれば彼にとって、死に勝る救いがあるだろうか。
死よりも相応しい罰が、戒めが、あるだろうか。


【ジャンは戦闘不能となりました――が、それだけです。
 彼を生かす殺すも自由です。正解はなく、許されない事もありません】

181 :ブルー・マーリン ◆Iny/TRXDyU :13/03/14 22:21:13 ID:???
>「……弾が見つかったのか。だったら、どこかに銃もあるんじゃないのか?
 分解した薬莢や弾頭は、取っておいてもいいかもしれないぞ」
「それはそうと……どうやら私の探している物は、ここにはないようだ。
 霊薬や符の類は全て持ち出された後らしい……。少し、来るのが遅かったか」

「なるほどなるほど、サンキュー!」

と、礼を言うと、まだ分解していない薬莢や弾頭はそのままにして小袋に入れる

>「俺の銃……俺の銃……へへ……あれさえあれば……もう何も怖くないぜ……」

「Oh,こりゃ話さないほうがいいな」

と、言うと入らずにそそくさとその場から去る
(できればさまよわせるよりもさっさと殺してあげたいところだけどね…)

と、その場を去ると武者小路達を発見する

「おぉ、なんか見つかった…って…」
武者小路の手に握る銃を見る

>【→散弾銃のようだ】

「…ウィンチェスター M1897じゃねぇか。
随分とまた良い散弾銃が置いてあったなぁ〜おい」
と、言いながら武者小路から銃を受け取る

「へぇ〜、名前だけなら港町で聞いたことあるがこんな感じかぁ…。
おっ、中もフル装弾か、気前がいいなオイ!」
と、言って珍しそうにこの散弾銃を調べていると

「…って酒臭っ!」
武者小路から強烈な酒の匂いを感じ取る

「おまっ、こんな状況で酒なんか飲んでるじゃねぇよ…」
そう咎めた後

「あぁ、姉御もいたのか」
…いつの間にか姉御呼ばわりしてる

「どうだ?、なんか見つかった?、…そういやフーからの連絡は来たか?」

【言われた通りに分解していない薬莢とかはそのままにして入れる、数は四発くらい】
【倉橋さんを姉御と言って仕入れた情報があるか聞く、武者小路さんには情報を全然期待していないっぽい】

182 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :13/03/15 22:21:36 ID:???
団長室を漁り見事銃を探し当てた頼光に喜びの表情は浮かばない。
なぜならば、会議室での冬宇子の言葉が胸に引っかかっているからだ。

>「だからお前は底抜けの馬鹿だってんだよ!
> お前みたいな馬鹿を引っ掛けるためだけに、そんな思わせぶりな瓶を用意する奴がいるってのかい?!」
確かにその通りなのだ。
わざわざ酒瓶に入れて隠しておいたものが水?
それはあまりにも不自然であると今更ながらに気づかされた。
不自然さはそのまま頼光の異変に至るのだが、そこまで考えはいたらない。
いや、至っていないわけではない。
その不自然さからたどられ行き着く先が何か恐ろしい感じがし、至らないように思考が停止させている、というのが一番近いのかもしれない。

>「…ウィンチェスター M1897じゃねぇか。
>随分とまた良い散弾銃が置いてあったなぁ〜おい」
「お、おう。銃剣も一緒にあったぜ」
後からやってきたブルーに散弾銃と銃剣を渡すが、そこでも声は沈んでいた。
本来の頼光であれば、それはもう鬼の首を取ったように大騒ぎをして思いっきり恩を着せたであろうに。
思考がそれどころではないのだ。

が、その思考を強制的に動かし、事実を突き付けられるのだ。
>「…って酒臭っ!」
>「おまっ、こんな状況で酒なんか飲んでるじゃねぇよ…」
「……!」
ブルーの言葉に頼光は悟ってしまった。
悟らないように、気づかぬように、至らぬようにしていた「それ」に。

今自分の持つ酒瓶の中身は紛れもなく酒である。
しかもかなり強烈な酒だ。
だが自分はそれを口に含んでも何の味も感じられなかったし、今現在も臭いすら気づけていない。
そう、自分の身体に何かが起こっている。
何か恐ろしい事が!

ブルーと冬宇子が情報交換し、なにやら意見を出し合っているが頼光はそれどころではない。
脆弱な思考能力はすぐにホワイトアウトを起こし、ほとんど何も考えられない状態に。
ブルーと冬宇子の話も耳には入ってきてはいたのだが、頭には入ってはこなかった。

183 :武者小路 頼光 ◆Z/Qr/03/Jw :13/03/15 22:24:18 ID:???
フラフラとした足取りで出口に向かったところそこに待っていたツァイ。
彼の雰囲気の尋常ならざる物にようやく頼光の思考が戻る。
「爺さん何言ってんだ?」
>「……いや、何も答えなくていい。どの道、私がする事は……出来る事は、変わらない」
質問に答えるわけではないが不信を口にする頼光の言葉を遮る様なツァイの言葉。
そして詰所を囲む結界が展開される。

その光景に頼光はサーカスの檻を連想する。
獰猛な獅子として檻に入れられ観客の前に運ばれる演出の時と同じ感覚。
>「すまないが、君達にはここで死んでもらう」
更に続く言葉に頼光の感情が弾けた!

「はぁああああ!?いきなり何言ってんだ!おい!
爺!死んでもらう?おま、さっき詰所で後ろから俺を殴ろうとしたけど殴らなかったじゃねえか!
殺すつもりならあの時で気なのに、今更死んでもらうってどういうこった!
しかも最初に質問しておいて答えなくてもやる事できる事変わらないだぁ!?
おめーのその言いぐさ!俺の神経逆撫ですんだよ!
サーカスで火の輪くぐりやらされてた時みたいによおお!
意味は判らねえし意味自体ねえけど客が喜ぶからってだけで俺様を火の輪くぐらせるあの餓鬼いいいい!」

半狂乱に近い言葉は支離滅裂でツァイにどれだけ意図が伝わるだろうか?
伝わったとしてもそれが影響を与えるのだろうか?

自分の身に起こる異変。
それは「開眼」や「覚醒」などと喜ぶ力ではなく、得体のしれない異変。
自覚できぬ不安とサーカスでの愚痴も混じりあい吐き出されているのだ。

そういっている間にもツァイは両腕を振るい二本の鉄杭が投げ出された。
「はん!どこ投げてやがんだボケ爺があ!そんな鉄杭当たらなけりゃどうってことねえんだ!
これでも喰らいやがれ!」
あさっての方向に飛んでいく二本の鉄杭を笑いながらツァイに向けてまっすぐに酒瓶を投げつけた。
投げられた鉄杭にさえ当たらなければ大丈夫、という思い込みがあったのだ。
が、期せずしてその思い込みが間違い出ることを証明することができた。

ツァイに向かいまっすぐ投げつけられた酒瓶は鉄杭の間に差し掛かったところで真っ二つに割れてしまったのだから。
中から飛び散る酒が鉄杭の間に展開される線状の結界を露わにしながらツァイに降り注ぐだろう。
「う、うぉおおおい!真っ二つだあ!?」
ここに至りでツァイの恐るべき攻撃を認識し、大きな声を上げた。

【自分の異変にうっすら気づいて漠然と不安】
【ツァイの豹変に不安と不満が爆発】
【どう答えても殺すしかないってドユコトー】
【結界ワイヤーの恐怖を映像化?】

184 :双篠マリー ◆Fg9X4/q2G. :13/03/16 00:42:32 ID:???
確かな手応えを感じた。
力の入らなくなったジャンの腕から剣がゆっくりと落ちた瞬間
マリーはゆっくりと長い息を吐き、ジャンを見やる。
「…」
ジャンが叫ぶ。
何故情けをかけたと、そして、まだ人殺しをやめない意思を表す。
「ならば何故、まだ動く手で剣を取らない?
 そういう発言をした時点でお前はもう負けを認めているということだ」
ジャンに一言そういうとマリーは茜に視線を移す。
重傷を負った状態で術を行使したようで殆ど虫の息に近い。
「鳥居、茜をつれて急いで寺院へ戻れ…もしかしたら、まだ何とかなるかもしれない
 …万が一間に合わなかった時は分かってるな」
この異変の最中「死ぬ」ということは詰まり「屍人」になるのと同意義だ。
仮に助からず、屍人になってしまうのなら、被害が出る前に介錯する必要があるだろう。
「私は少し遅れる…すぐに追いつくはずだから心配しないでくれ」
そう鳥居に告げるとマリーはジャンの方へ視線を戻す。
その視線は、恐ろしいほど冷たいものだった。

「…何を勘違いしている」
鳥居が寺院へ向かった瞬間、明らかに先ほどとはトーンでジャンに話しかける。
「お前を哀れんだのは確かだ。だが、それとお前を生かしているのは別の話だ」
ジャンが逃げ出さないよう視線を外さずに続ける。
「お前からは幾つか聞き出さなきゃいけないことがあるからな
 その為だけに生かした。素直に全部いえば、楽に殺してやる
 だが、言わないつもりなら、私にも考えがある。
 お前はさっき左手が駄目なら右手で、それも駄目なら剣を加えてでも人を殺すといったな
 だから、お前の可能性を一切合切奪う。手も足も目も鼻も奪えるものは全て奪った上でお前を生かす
 少しでも人間の姿でいたいのなら、全部吐け」
その後、マリーはジャンに問う。
・初めから私(冒険者)を狙っていたのか?
・それは誰の差金か?
・あと知ってること全部
以上の問いに例えジャンが素直に全部話したとしてもマリーは先ほど自身がいった仕打ちをするつもりだ。
殺すことは一瞬で終わる苦痛だ。
ジャンの場合、その死は救いに近い。
だからこそ、全て奪って生かす。そうして苦痛を噛み締めながらいつ終わるか分からない人生を苦しませることにした。
鳥居を先に行かせたのはその為でもある。
もし居た場合、きっとそれを阻んでくるだろう。
きっと払いのけられずにこれで終わりになってしまう。
それでは駄目だ。ジャンが言ったとおりになってしまうからだ

185 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :13/03/16 14:19:09 ID:???
>「殺せ……。さもなくば、後悔させてやるぞ……。いつか、必ずな……!」

ジャンの形相に鳥居は悟った。彼はマリーに殺してもらいたかったのだろうと。
あのフェイ老人と同じく、わりきれないまま運命の裁定を待っているか弱い人間なのだと。
それならばマリーが殺さなかった理由も頷ける。
しかし、このままジャンを放って置けば、これからも沢山の罪もない人が殺されてしまうことだろう。
でも今ここでジャンを殺してしまえば、これから先は誰も殺されることはない。彼もこれ以上殺さずにすむ。
そう考えると鳥居の頭はわけがわからなくなってしまう。
ただ鳥居がジャンを殺せない理由は、死んで彼が救われるというのなら
自分もこのまま生きていては救われないということを認めてしまうことになってしまいそうだからだ。
何か良い方法はないものだろうかと、あれやこれやと思案するものの良い考えは浮かばない。
マリーを守るために振り上げた拳も、ただ行き場を失ったまま、
やけに冷たい大陸の風に、怒りの炎を冷ましてゆくだけ……。

怨念を孕んだジャンの言葉は、この場で殺されることを強く願っている証。
しかしその言葉は少年の心にやけに虚しく響く。
自分が救われる答えなんてない。ありやしないと彼は叫び、まるで死を望んでいるかのようだった。

そう、確かにこうすれば救われるという答えなどない。
でも諦めて止まってしまった人間と、探し求め続ける人間では何かが違うと鳥居は信じてみたい。
信じる心を失わないでいたい。
鳥居は思い出す。かつて、そんな男と出会っていたことを。
一突きによって殺された人たちの魂を救ってみせると誓ったあの男の姿を忘れない。
はっきり言えば馬鹿。世界のすべてを飲み込もうとして海のものとも山のものともつかなくなってしまった愚かな男の大きな背中。
でも彼は今も探し求め続けているのだろう。この世のどこかで。

つと少年の顔から悲しい笑みがこぼれる。

諦めて捨ててしまったものは二度とは戻ってこないかもしれない。それは自分で捨ててしまったから。
だが失ったものは求めれば見つけられるのではないか。形は違えど再び新しい花は咲くのではないか。
ただそう信じていたいだけだった。心のなかに眠るあの男の愚直な笑顔とともに。

>「鳥居、茜をつれて急いで寺院へ戻れ…もしかしたら、まだ何とかなるかもしれない
 …万が一間に合わなかった時は分かってるな」

「…はい」
マリーの言葉に真剣な顔の鳥居。

>「私は少し遅れる…すぐに追いつくはずだから心配しないでくれ」
彼女の顔は恐ろしいほどに冷たい顔だった。
以前の鳥居ならどうしてそんな怖い顔しちゃうのだろうと不思議に思う顔。
でも今はわかる。この世で生きるということは真剣なことなのだ。
続けて鳥居もジャンを見つめる。でもその顔はマリーとは対照的に哀れみの顔を隠せないでいた。
そう、ジャンがもっとも嫌う表情で少年は言葉を紡ぐのだ。

「あなたは今までどうして生きてきたのですか?死ぬのが怖かったからですか?
いえ、それなら今こうして死を望むことはないと思います。
たぶん神殺しのマリーさんに決闘を挑んで、剣士としての最期を迎えるつもりだったのでしょう?
それを僕はとても残念に思います。剣士としての誇りは貴方を生かすとともに貴方を痛切なまでに苦しめた。
つまりその苦しみはあなたの愛の形だったのではないでしょうか?
ですが死にたいのなら一人で勝手にどうぞです。
マリーさんは貴方のように弱い人間を殺すことは出来ませんから…」

そういい残してアカネを背負う。鳥居は彼女の治療のために寺院に戻るつもりだ。
もう後のことは関係ない。今はアカネを救いたいだけ。
これから何が起ころうともただ自分の人生を真っ当するだけ。ただそれだけのこと。

【鳥居:アカネを背負い寺院へ帰る予定です】

186 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/03/17 00:03:03 ID:???
>>176-177
目当ての物は、文机の引き出しにあった。
城砦都市・北京の構造を詳細に描いた地図中に、朱色の円が全部で十七箇所、記されている。
都内十七箇所に設置されているという『有事の際の防衛拠点』を示しているのだろう。
そして、朱円の上に重ねられた×印が四箇所――これが日誌に記述のあった『派兵を外す拠点』なのだろうか。
倉橋冬宇子は、文机の上に開いたそれを、しばし眺めていた。
長らく使われていなかったと見えて、図面はいささか埃臭い。
拠点を示す朱墨の色も褪せていたが、黒墨の×印だけは描かれて間もないことが判る。

拠点は、王都全域に散開して配置されている。
しかし、冬宇子達が道教寺院を出て、ジンの屋敷を経由し、この詰所に辿り着くまでの決して短くはなかった道程に、
そうした拠点を一つも経由することがなかったのも、不思議といえば不思議だ。
冬宇子は、外套のポケットから、二枚の紙片を取り出して広げた。
詰所に到るまでの道順を描き記してくれたのは、宮廷道士フーと軍元校官ジンだ。
二人に手渡された地図は、目的地までの道順を記しただけの、ごく簡素なものであるが、
こうして王都の構造図と見比べてみると、兵の詰めている拠点を意図的に避けて描かれているようにも見える。
もっとも、団長に警邏の助っ人を依頼されたジンが、王都の防衛拠点を把握していてもおかしくはない。
呪いの浸入を防ぐための街路封鎖や検問に煩わされないように、との配慮なのかもしれないが――?

部屋の隅で、ガタガタと音を立てて棚を引き摺っている頼光に目を遣った。
どこでどうして知ったのやら、手癖の悪い団員が盗んできた銃を探しているのだと言う。
団長の日誌に書かれていた、『団員があんな物を盗んできたとお上に知られたら――』という一文。
『あんな物』とは銃だったのか。
手際よく床をこじ開ける頼光に呆れつつ、冬宇子は再び図面に目を落とした。

詰所内で得た情報から推察できるのは、
『清国政府――少なくとも清軍上層部は、数日前から呪災の発生を予期していた』ということだ。
加えて、道士フー、及び、元清軍校官ジンから得た情報。
王の呪医であるフー・リュウは『経絡の永久循環――不老不死の実現を目論む実験』に携わっていた。
フーは、呪災と彼の手掛ける実験が原理を同じくしていることを認めている。

二つの情報を線で繋ぎ、関連を想像力によって補足してゆくと、
実験用の呪具・装置の暴走――という一つの筋書きが浮かび上がる。
王命を受けて密かに続けられてきた実験の失敗。
呪具の暴走を止められぬことを知った政府が、急遽、王都の災害対策を進めていた―――

しかし、この筋書きでは説明の付かぬ事象も数点残っている。
清国政府が呪具の暴走による惨禍を予測していたのであれば、呪災を目前にして、
異国の便利屋斡旋機関である嘆願所に、『遺跡の保護』などという瑣末な依頼を持ち込むだろうか?
数日前、北方戦線から呼び戻された亡国士団の精鋭が、何の指令も受けず『待機』を命じられているのも解せない。

187 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/03/17 00:08:27 ID:DKeNFVHi
>>181 >>182-183
頼光が、床の隠し収納から猟銃を取り出したのとほぼ同時に、
部屋の扉が開いて、長身の男が顔を覗かせた。
咄嗟に向けたランタンの光に、眩しげに眼を細めているのは西洋人冒険者――アレクだ。
物音を聞きつけて様子を見に来たのであろうか。

>「…ウィンチェスター M1897じゃねぇか。
>随分とまた良い散弾銃が置いてあったなぁ〜おい」

無骨な猟銃に目を留めるや、頼光に駆け寄るアレク。
手渡されたそれを撫でては構え、着剣具を検めたり、円筒形の弾倉を外して中の弾薬を数えたりしている。
喜色満面、銃の品定めをしている青年は、まるで新しい玩具を手に入れた子供のようだ。
こちらの視線に気付いたか、ふいに冬宇子に顔を向けて、

>「あぁ、姉御もいたのか」
>「どうだ?、なんか見つかった?、…そういやフーからの連絡は来たか?」

「姉御ってなァ、また色気のない呼び方だねえ…。あんたと私じゃ、そう歳も変わらないってのに。」

冬宇子は苦笑する。
海賊船の女船長でも仰ぐような呼び名は、故国で船乗りをしているという彼なりの親愛の証しなのだろうか。
外套の前を開き、腰帯に挟んだ紙人形を示して見せた。

「この通り、"だんまり"さ。
 見つかったものねえ…?あんたは、いい玩具を見つけたみたいじゃないかい、坊や?」

冬宇子を一人、放ったらかしにして銃を探し回っていた青年に、皮肉半分の微笑を向けた。
広げた図面の下から日誌を取り上げる。

「判ったことといやァ、
 この呪災が突発的なものじゃあ無かったって事と、
 詰所の連中が、王都のあちこちに屯所を張って番をしてるって事くらいさ。
 まァこっちに来て、これを読んでごらんよ。」

数日前の記述まで頁を繰って、閲覧を勧めた。
団長の日誌と王都防衛拠点の図面に目を通せば、冬宇子と同等の情報を得ることが出来るだろう。
しばしの間を置き、あらかた読み終わった様子のアレクに声を掛けて促す。

「そろそろ行こう。早いとこあの寺に戻った方がよさそうだ。
 嫌な予感がするんだよ。ただの通信障害にしちゃ、どうも様子がおかしい。
 あのスカした道士の身に何かあったのかもしれないよ。」

冬宇子は、王都防衛拠点配置図を手に取り、折り畳んだそれを荷物入れの雑嚢に押し込んだ。
いずれ、防衛拠点には足を運ぶことになるかもしれない。
それに、フーとジンが示した地図との関連―――
兵のいる拠点を避けて、回り込むように描かれた道順が、妙に気に掛かっていたせいもあった。
折を見て、もう一度、三つの地図を見比べてみなければならない。

卓上の蝋燭を吹き消して、冬宇子とアレクは扉へと歩き始めた。
だのに武者小路頼光は、部屋の隅に、茫と突っ立ったまま動こうとしない。
薄暗がりに佇むその顔は、つい数分前、酒を煽っていたときの元気が嘘のように表情が冴えない。
もしや、自らの異変に勘付いてしまったのだろうか。

「ほら、なにボサっとしてんだい?帰るよ!」

そう急き立てて共に部屋を出たものの、彼に心中を問いただす勇気もなく、
苛立ち紛れに真実を気付かせるようなことを怒鳴り散らしてしまった手前、どうにも決まりが悪い。
黙りこくって廊下を歩き、正面入口に続く広間に到った時、
開け放たれた扉の先に、前庭を歩くツァイの背が、彼の持つ灯火の光にちらりと垣間見えた。
彼には是非にも聞かねばならぬことがある。冬宇子は足を早めた。

188 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/03/17 00:10:42 ID:DKeNFVHi
けれど、その必要もなかった。
ツァイは敷地の最端である鉄門の側で、冬宇子達を待ち構えているかのように背を向けて立っている。

>「……捜し物は、見つかったかね」

背中越し、そう尋ねる彼の声音には、応えることを躊躇わせるような不穏な響きがあった。
俯く顔に黒々とした影が差している。

>「団長室と、作戦会議室か……君はそこで何を探していた?
>この国の人間ではない君達が、一体何を……」

ゆっくりと振り返るその顔…身体に纏う気配に、冬宇子は息を呑んだ。
眼光に滲む警戒と脅威。皺を刻んだ顔に、露わな猜疑。
厳格にして温良恭倹、人柄に瑕瑾なき老紳士―――それがツァイ・ジンに抱く印象だった。
それが今や、冒険者達への不信を隠そうともせず、明確な敵意を以って眼前に立ち塞がっている。

>「……いや、何も答えなくていい。どの道、私がする事は……出来る事は、変わらない」
>「――君達がここから逃れる事を、『禁じ』よう」

男の右手が静かに印形を結ぶ。
冬宇子は、敷地の四方角に、漲る呪力を感じた。
東西南北――四点を柱に結界が展開され、術士としての直感が俘虜となった我が身を告げている。

>「すまないが、君達にはここで死んでもらう」

振りかぶるツァイの両手から鉛色の閃きがニ箭。
平行に奔る二本の鉄杭の間に霊咒の直線が描かれる。
それが肉体を両断する不可視の刃であることを証明したのは頼光だ。

>「はん!どこ投げてやがんだボケ爺があ!そんな鉄杭当たらなけりゃどうってことねえんだ!
>これでも喰らいやがれ!」

ツァイ目掛けて頼光が放った酒瓶は、鉄杭の間に差し掛かるや真っ二つに砕け、
線形の凶刃が琥珀色の酒を纏わらせながら、並び立つ三人の胴体に迫る。
最早、避けることも、しゃがみ込む暇さえなく、冬宇子は目を見張ってただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

けれども、並外れた動体視力と反射神経を持つアレク――ブルー・マーリンならば、
この窮地を救うことができるやもしれない。
ツァイの結界は、二本の鉄杭の先端を結ぶ『線』、若しくは、三本以上の鉄杭が構成する『面』により構成される。
物理的に鉄杭の位置を変えてやれば、結界の軌道や形状も変化する。
飛来する鉄杭のうち、一本を弾き飛ばすことさえ出来れば、結界の軌道は逸れる筈だ。

【結界ワイヤーを前に呆然。ブルーさん助けて!】

189 :ブルー・マーリン ◆Iny/TRXDyU :13/03/20 00:59:35 ID:???
>「姉御ってなァ、また色気のない呼び方だねえ…。あんたと私じゃ、そう歳も変わらないってのに。」
「…」

なんか驚いたような表情で倉橋を見る

「…姉御、女子に聞いちゃいけないことだが…年幾つだ?、俺は23だが…」
そして年齢を聞いた瞬間、信じられないといった表情をするだろう

>「この通り、"だんまり"さ。
 見つかったものねえ…?あんたは、いい玩具を見つけたみたいじゃないかい、坊や?」
「そうかぁ…むぅ…」

と、考え込む動作をする
実際は彼は考えてなかった、ただ一応の恩人である彼が今現在、どうしているのか、それは当然気になるものだろう

>「判ったことといやァ、
 この呪災が突発的なものじゃあ無かったって事と、
 詰所の連中が、王都のあちこちに屯所を張って番をしてるって事くらいさ。
 まァこっちに来て、これを読んでごらんよ。」

「…っちゅう事は事前から予兆はあったわけだ…。
お、ありがとう」

と、言うと一通りの物を読む

「…一応、持って行ったほうがいいかもしれんな」
そう言って両方の本をコートの中のやけに大きなポケットの中に入れる
ほかにもやけに大きなポケットがよく見るとコートの中にいっぱいあるのが見える

>「そろそろ行こう。早いとこあの寺に戻った方がよさそうだ。
 嫌な予感がするんだよ。ただの通信障害にしちゃ、どうも様子がおかしい。
 あのスカした道士の身に何かあったのかもしれないよ。」

「了解、っと、おい坊主!」
と、呼びかける
「おめぇに何かあったか知らんがよ、考え込んだって何も始まらねぇぞ。
んなよくわからないようなことを考えて立って無駄無駄無駄」
手を左右に振りながら言う

「今はただ行動あるのみだぜ?」
そう声をかけて行く

>「……捜し物は、見つかったかね」

「あぁ、それなりにな」
と、声を聞いた瞬間、少し表情を険しくさせて言う

>「――君達がここから逃れる事を、『禁じ』よう」
>「すまないが、君達にはここで死んでもらう」

「すまないって思うんならこんなことするんじゃねぇよダボ!」
戦闘態勢に入りながら応える

「どうしてさっきから俺達の会う人達は片っ端から敵になるのかねぇ!」
少々イラつきながらそう呟く

先ほどからチラチラと見えるなにか
ブルーは見た、それは細い、とてもとても細い『糸』であることを

「…海上育ちの目を舐めるな」

その糸は触れた瞬間におそらく肌をたやすく切るだろう
むやみに突っ込めば人肉のサイコロができそうだ

>「う、うぉおおおい!真っ二つだあ!?」
事実酒瓶がその餌食にさっそくなっている
ブルーはそれに対し…突っ込んでいった

糸が目の前に着た瞬間、ブルーは両手に拳銃を持ちながら跳んだ
そして糸とすれ違う瞬間

「せぇいっ!」
その無駄に長い脚が杭を蹴る、同時に軌道を変えてこちらにも、味方にも当てない軌道にする

同時に拳銃を跳びながらツァイと刺さっている鉄杭に向けて放つ
普通に跳んでいる状態からならまだ銃の照準が見えていただろう
だが彼はきりもみし、銃の照準が見えづらい状態から弾丸を放つ
12発全て撃ち、さらにブルーもこの状態からも狙って撃てる動体視力もあるため、全弾外す、ということもないだろう
まぁ、それでも狙った部分とは微妙に違う場所に行っているのもあるが
ただし、そのうちのツァイを狙った弾丸の内の一発は頬をギリギリ掠める
その他五発は手足に向けて撃っている

【鉄杭を蹴り飛ばして軌道変更】
【同時にきりもみ回転しながら拳銃の弾丸12発を撃つ、命中率は悪くない、だが狙った場所にはあまりいってない】

190 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/21 20:14:59 ID:???
>「ならば何故、まだ動く手で剣を取らない?
  そういう発言をした時点でお前はもう負けを認めているということだ」
 
マリーの言葉に、ジャンの心が揺れる事はなかった。
彼は負けた。その通りなのだ。
そして、その負けを拒むだけの理由が――最後の最後まで敵に喰らい付くほどの強い動機が、彼の中にはなかった。

>「あなたは今までどうして生きてきたのですか?死ぬのが怖かったからですか?

去り際に鳥居が、ジャンに問いかけた。

>いえ、それなら今こうして死を望むことはないと思います。
 たぶん神殺しのマリーさんに決闘を挑んで、剣士としての最期を迎えるつもりだったのでしょう?
 それを僕はとても残念に思います。剣士としての誇りは貴方を生かすとともに貴方を痛切なまでに苦しめた。
 つまりその苦しみはあなたの愛の形だったのではないでしょうか?
 ですが死にたいのなら一人で勝手にどうぞです。
 マリーさんは貴方のように弱い人間を殺すことは出来ませんから…」

「……浅はかだな。俺の苦しみが愛だと?この女が俺を殺せない?
 夢見がちなガキの戯言だ。そんな妄想よりもずっと確かな事を一つ、教えてやる。
 俺も、この女も、人殺しには違いないんだよ」

ジャンは鳥居の言葉を嘲笑うと、そう吐き捨てた。

>「…何を勘違いしている」

そしてマリーを振り返る。
鳥居が去り、明らかに雰囲気の変わったマリーを。

>「お前を哀れんだのは確かだ。だが、それとお前を生かしているのは別の話だ」

>「お前からは幾つか聞き出さなきゃいけないことがあるからな
  その為だけに生かした。素直に全部いえば、楽に殺してやる
  だが、言わないつもりなら、私にも考えがある。
  お前はさっき左手が駄目なら右手で、それも駄目なら剣を加えてでも人を殺すといったな
  だから、お前の可能性を一切合切奪う。手も足も目も鼻も奪えるものは全て奪った上でお前を生かす
  少しでも人間の姿でいたいのなら、全部吐け」

冷ややかな尋問口調。
対してジャンは――

「――くっ、はは……。その眼、相手に情けを与える気でいる人間の眼じゃないな」

鳥居の時と同じように、むしろ一層色濃く、君を愚弄してのけた。
彼は自分が狂人だと自覚している。
自分のような殺人鬼に情けが与えられるなどと、そんなうまい話がある訳ないという事も。

だからこそ彼は、自分を殺さねば、この先もまた人を殺すと言ったのだろう。
彼らが自分を殺さざるを得なくなるように。
結果として、その目論見は叶う事なく終わってしまったが。

「答えようが答えまいが、どの道お前は俺を甚振るつもりでいるんだろう。
 ……だが、それでもいいさ。答えてやるよ」

ジャンは自分が何を答えようとも、我が身に無慈悲な破壊が訪れる事を察していた。
それでも、彼は君の問いに答えるつもりらしい。


191 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/21 20:26:52 ID:???
「俺は……別に誰でも良かったんだ。
 ただ呪災が起きて、必死に生きようとする奴らを殺すのが楽しかった。
 そうしていたら……日本人の女が、俺に声をかけた」

日本人の女――戦闘が始まる前にも似たような事を言っていた。

「ソイツは俺に幾つかの事を告げていった。
 この都市に今、冒険者……お前達がいる事。
 そしてお前達が――『不死の法』とやらを見つけ得る存在なんだとな」

「それからあの女はこう言ったんだ。
 お前達が不死の法を見つけ出すのを阻止すれば、
 自分達が親父や兄貴を生き返らせてやると」

「――そんな事、させられる訳がないだろう」

「今更どんな顔をして皆に会えると言うんだ。
 散々奪い、殺してきたこの俺を……皆に見せられる訳がない」

「だからだ。だからお前達を狙った。
 不死の法など、決して見つけさせる訳にはいかなかった」

君の問いに対する答えは、それで終わりなのだろう。
ジャンは一度言葉を切って――それから歪な笑みを浮かべると、再び口を開いた。

「――そう、お前と同じだ」

「さっき……お前は何故あのガキを先に帰らせた?
 動死体共が蔓延る夜の街を、守らねばならない荷物を背負わせて、一人で。
 それがどれだけ危険な事か……分からんお前ではないだろうに」

「今から自分がする事を、見せたくなかったからか?
 それとも……止められたくなかったからか?
 それはいけない事だと言われるのが――怖かったんじゃないのか?え?」

「本当に自分が正しい事をしていると思えているのなら、
 あのガキが傍に居ようと居まいと、関係無かった筈だよなぁ」

「それが全てだ。あのガキは随分とお前を買い被っているらしいが――
 お前もまた、あのガキに夢を見ていてもらいたいんだ。夢の中の、綺麗な自分をな。
 自分のする事が――あのガキに見せられたモンじゃないと、自分で分かっているんだろう?」

ジャンが笑みを浮かべる。
邪悪で、しかし喜色に満ちた笑みを。

「俺が奪ってやるまでもなかったようだな!お前はとうの昔に――『俺』だったらしい!
 卑しい自分の姿を見られたくないだけの!私情で人を苦しめる!ただの人殺しだ!
 ――さぁ話は終わりだ!やれよ!次は何を奪う?腕か?目か?それともこの煩わしい舌から奪うか?
 全部持って行くがいいさ!俺から何もかもを奪っていけ!
 俺から一つ奪う度に、お前はまた一つ俺に近づくんだ!」

ジャンは腹の底から哄笑した。
最早彼にとって、腕を奪われる事も、眼を奪われる事も、罰にはなり得なかった。
自分から何かを奪う度に、マリーは自分に近づいていく。
それはつまり、マリーの存在そのものを奪う事に等しかった。
――少なくとも、彼にとっては。


192 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/21 20:43:41 ID:???
 


尾崎あかねは――死の淵に貧していた。
それは当然の現象だった。
胸に刃物が突き刺さって生きていられる人間など、そうそういない。

背中に伝わる彼女の体温が徐々に失われていくのを、鳥居は感じられるだろう。
そして代わりに濃くなっていくのは――血の臭い。
溢れ、喪失されていく命の気配――即ち動死体共が最も求める物の気配。

地面に血が滴る。
倒れ伏していた一体の動死体が、その匂いを嗅ぎつけた。
そして立ち上がる。

鳥居は夜闇に沈んでいた動死体の、突然の復活を察知出来るだろうか。
だが仮に出来たとしても、対処する事は不可能だろう。
自分よりもずっと体躯の大きなあかねを背負った状態で、
彼女を庇ったまま、咄嗟に振り返り動死体を排除する。
そんな事、出来る訳がない。

動死体の腕が鳥居の背、あかねへと伸び――周囲に鮮血が飛び散った。

「――オイオイ、あのおっかねえ殺し屋さんは何やってんだ?
 オメーみてーなガキンチョを一人にしちまいやがって」

鳥居が振り返れば、そこには生還屋がいた。
塀や屋根の上を移動する身のこなしを持たない彼は、
勘を頼りにようやく君に合流出来たところらしい。
動死体は彼の更に後ろで、頭を塀に叩き付けられて絶命していた。

「……それに、ソイツは――」

生還屋があかねを見る。
それから暫く黙り込むと、

「……オイ、ソイツを降ろしな」

あかねに手を伸ばし、鳥居の背から強引に引きずり下ろす。
彼女の体が乱暴に地面に落とされた。

「コイツはもう助かんねえよ。……ここで完膚なきにとどめを刺すか。
 それとも、このまま置いていくか……お前が選べ」

生還屋の勘は、あかねが既に『ヤバい』の限界を超えている事を感じ取っていた。
ろくな医療施設も輸血の準備もないこの状況では、彼女はもう助からない。
だからここで置いていくか、完全な死体にしてでも持って帰るのか――ここで選べと、彼は言った。

193 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/21 20:53:29 ID:???
――尾崎あかねは、その会話が聞こえていた。
彼女はまだ辛うじて意識を保っていたのだ。

(……なんや。ウチ……死んでまうんか……?)

まず心に訪れたのは――奇妙な納得だった。
それはそうか、と。
薄れた意識の中でも鮮明に思い出せる、自分の胸に刺さった短刀。
溢れ出た血液。徐々に失われていく指先の感覚。
代わりに身を包む寒さと喪失感。
それだけの要因が揃っていて、死なない方がおかしい。
だが、それでも――

(いやや……!ウチ、まだ死にとうない……!)

自分の死を素直に受け入れる事など出来る筈がない。
どこか冷静な納得は、すぐに死への恐怖に塗り潰されていく。

(……違う!“まだ”やない!“もう二度と”ウチは死にたくなんかない――!)

あかねが顔を上げる。
――目の前に、命が見えた。
それに向かって腕を伸ばす――そして、掴み取った。

194 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/21 20:56:48 ID:???
――尾崎あかねは、その会話が聞こえていた。
彼女はまだ辛うじて意識を保っていたのだ。

(……なんや。ウチ……死んでまうんか……?)

まず心に訪れたのは――奇妙な納得だった。
それはそうか、と。
薄れた意識の中でも鮮明に思い出せる、自分の胸に刺さった短刀。
溢れ出た血液。徐々に失われていく指先の感覚。
代わりに身を包む寒さと喪失感。
それだけの要因が揃っていて、死なない方がおかしい。
だが、それでも――

(いやや……!ウチ、まだ死にとうない……!)

自分の死を素直に受け入れる事など出来る筈がない。
どこか冷静な納得は、すぐに死への恐怖に塗り潰されていく。

(……違う!“まだ”やない!“もう二度と”ウチは死にたくなんかない――!)

あかねが顔を上げる。
――目の前に、命が見えた。
それに向かって腕を伸ばす――そして、掴み取った。

195 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/21 20:58:55 ID:???
――尾崎あかねは、その会話が聞こえていた。
彼女はまだ辛うじて意識を保っていたのだ。

(……なんや。ウチ……死んでまうんか……?)

まず心に訪れたのは――奇妙な納得だった。
それはそうか、と。
薄れた意識の中でも鮮明に思い出せる、自分の胸に刺さった短刀。
溢れ出た血液。徐々に失われていく指先の感覚。
代わりに身を包む寒さと喪失感。
それだけの要因が揃っていて、死なない方がおかしい。
だが、それでも――

(いやや……!ウチ、まだ死にとうない……!)

自分の死を素直に受け入れる事など出来る筈がない。
どこか冷静な納得は、すぐに死への恐怖に塗り潰されていく。

(……違う!“まだ”やない!“もう二度と”ウチは死にたくなんかない――!)

あかねが顔を上げる。
――目の前に、命が見えた。
それに向かって腕を伸ばす――そして、掴み取った。

196 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/21 21:02:12 ID:???



「――っ、が、ぁ……」

ジャンは己の体に刃物を刺されようと、筋を断たれようと、
眼を抉り出されようとも、高笑いをやめる事はなかった。

だが不意に呻き声を漏らしたかと思うと――彼はそのまま絶命した。
双篠マリーが彼に恐るべき略奪を施している最中に。
それは本来ならあり得ない事だ。
幾十幾百の殺人を重ねてきたマリーが、加減を間違えて人を殺してしまう事など。
彼が一体何故死んでしまったのか――恐らく誰にも分からないだろう。

197 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/21 21:09:01 ID:???



「――っ、が、ぁ……」

ジャンは己の体に刃物を刺されようと、筋を断たれようと、
眼を抉り出されようとも、高笑いをやめる事はなかった。

だが不意に呻き声を漏らしたかと思うと――彼はそのまま絶命した。
双篠マリーが彼に恐るべき略奪を施している最中に。
それは本来ならあり得ない事だ。
幾十幾百の殺人を重ねてきたマリーが、加減を間違えて人を殺してしまう事など。
彼が一体何故死んでしまったのか――恐らく誰にも分からないだろう。

198 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/21 21:19:08 ID:???



――ジャンは己の体に刃物を刺されようと、筋を断たれようと、
眼を抉り出されようとも、高笑いをやめる事はなかった。

「――っ、が、ぁ……」

だが不意に呻き声を漏らしたかと思うと――彼はそのまま絶命した。
双篠マリーが彼に恐るべき略奪を施している最中に。
それは本来ならあり得ない事だ。
幾十幾百の殺人を重ねてきたマリーが、加減を間違えて人を殺してしまう事など。
彼が一体何故死んでしまったのか――恐らく誰にも分からないだろう。

199 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/21 21:20:22 ID:???
 


「――勝手に、殺さんといてえな……。冗談キツいで、生還屋はん……」

あかねが顔を上げて、力なく微笑んだ。
生還屋の表情が驚愕に染まる。

「あっ!ちょっとなんやのその顔!人が九死に一生を得たのに幽霊でも見たような顔して!もう……」

あかねは生還屋の様子に頬を膨らませた。
それから立ち上がって、鳥居に向き直る。
もうそれほどまでに回復しているようだった。

「ごめんな、鳥居はん。心配かけてもうたかな。でも、もう大丈夫やから。
 なんでなのかは……ウチにもちょっと分からへんのやけど」

腕を組み、首を傾げるあかね。
どうやら本当に、回復の理由を自分でも分かっていないらしい。

「……まぁえっか。とにかく助かったんやし、それでええやんな!
 ほなフーはんのトコ、帰ろか。
 って、アレ?マリーはんは?どこなん?……無事なんよね?」

あかねは既に平時の調子を取り戻しつつある。
けれども生還屋は、未だに戦慄の感情を隠し切れずにいた。

(……俺の勘が、外れた?あり得ねえ。んなこたぁ今まで一度も無かった。
 コイツは確かにさっきまで……もう助からねえくらいにヤバかった。
 何か特殊な術でも隠し持ってやがんのか……?)

考えても答えは出ない。
出ないし――出す必要もなかった。
あかねが何を隠し持っていたとしても、生還屋からすれば自分の仕事が楽になるだけの事なのだ。

「ま……確かに無事だったならそれが一番だわな。
 んじゃ、とりあえず寺院に帰ろうや。あの糸目野郎に恩を売ってやろうぜ――」

生還屋はそう言って歩き出し――

「――ぬ、ぁああああああああああんで!なんでもう護られてんだよぉおおおおおおおお!!!」

――前触れもなく、野太い、恐らくは男のものであろう絶叫が夜闇に響き渡った。

「……なんだぁ?今の」

生還屋が怪訝そうに眉を顰める。
動死体の徘徊するこの街で、大声は禁物。
阿呆でも分かる事だ。

どう考えても関わり合いにならない方がいい事が、起きているようだった。
だが非常に残念な事に――

「今の声……フーはんの寺院の方から聞こえへんかった……?」

君達はどう転んでも、絶叫の主と関わらなければならないようだ。

200 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/21 21:21:10 ID:???
 


寺院の前にまで帰ってくると、君達は何やら異様な光景を目にする事になる。
門の前に一人の男が立っていた。
弁髪を結った、極度の肥満体型の男だ。

男は門に向かって何度も頭を打ち付けていた。
動死体共によって歪められていた門が悲鳴を上げる。

「……何やってんだあのデブ。まさかアレで門を破ろうとしてんじゃねえだろうな。
 だとしたらどうしようもねえ間抜け――」

「――ちゃうで!あのおデブはん、門だけじゃなくフーはんが張り直した結界にも攻撃しとる!
 けったいな絵面やけど一撃一撃に強い霊力を込めとる証拠や!あの人、タダモンやない……!」

生還屋の声を断って、あかねが驚愕に彩られた言葉を紡ぐ。

「畜生畜生!折角こんな訳の分かんねえ呪災が起きて、
 これで街の奴ら……特に女共を護ってやればそりゃもう感謝されまくりの俺様大人気だと思ったのによぉ!
 なんで!お前らは!もう!他の奴に護られてんだよぉおおおおおおおおおお!」

聞くにどうやら――彼はアホのようだ。
君達の知り合いにも、似たような奴がいるかもしれない。
強い名誉欲を持ち、それを隠そうともせず、また自分を満たす為なら物の道理など考えもしない人間が。

「でもまぁ!安心しろよ!この門と結界が破れたら!お前らもう絶体絶命だよな!
 そしたら改めて俺が護ってやるからよ!楽しみにしとけよな!っと!」

ただ厄介な事に、この肥満男には――血と才能があった。
彼の名は打・重(ダー・ジョン)。
『打』の血脈に、『重』の才を持つ男。

「……ん?なんだ?そこに誰かいるのか?」

その彼が、君達の存在に気付いた。
闇夜の向こう側を見る為に細めた視線が君達をなぞり――マリーとあかねの顔に留まった。

「おぉお!すっげー美人!そっちの子も可愛くて良い感じだ!
 ……ガキもまぁ、いかにも護るべき存在って感じだし良しとしよう!
 オイお前ら!女と子供だけで今まで心細かったろ!だがもう大丈夫だぜ!」

自信満々に、「決まった!」と心の声が滲み出てきそうな笑みを浮かべながら、ダーは言った。
生還屋が不愉快さを隠そうともせず舌を鳴らす。
あかねは苦笑いを更に引き攣らせて、何とも言い難そうにしていた。

と――不意にダーの足元で何かが動いた。
女だ。まだ生きている――が、様子がおかしい。
膝が砕かれていて、立ち上がれないようだ。


201 : ◆u0B9N1GAnE :13/03/21 21:22:24 ID:???
「ん?どうした?……あぁ、心配するなって!
 大丈夫だぞ。お前の事は俺がちゃーんと……」

「……寒い」

「寒い?おっ!それはもしかしてアレか!この俺に暖めてほしい的な――」

「寒いの……本当に……私……も……う……」

風が吹く。女の体に冷気が集い、流れ込んでいく。
それは陽の氣の流出――命の喪失を示す現象だ。
女の肌が蒼白く変色していく。

その様を見て、ダーは――

「あぁ――なんてこった!俺が護ってやるって、そう言ったのに!」

嘆き悲しんでいる――素振りを見せた。
だがそれは見るからに上っ面だけの言動だ。
彼は酔っているのだ。護ると誓った者を喪う事に。

「すまない――だが俺はお前に殺されてやる訳にはいかないんだ!
 俺にはまだまだ護らねばならぬ人達がいるんだ!」

より多くの者の為に、弱者を切り捨てる――苦渋の選択をする自分自身に。

ダーが右手の人差し指を、女の額に乗せた。
それだけで、ただそれだけで――女の頭部が音を立てて、人体の構造上あり得てはならない位置まで仰け反った。
頚椎が完全に損壊して、女は倒れ、もう二度と動く事はなくなった。

「これでよし……それじゃ!待たせてすまなかったな!
 えーっとどこまで言ったっけ?確か……あぁ、もう大丈夫だぜ!だったか!
 じゃ、これからは俺がお前らを護ってやるからな!」

ダーには決して譲れぬ思想などはなく、真に護るべき者もいない。
全ての行いはただ、自分の為。
自分の為だけに他人を踏み躙る事が出来る、彼はそんな人間だった。

君達は――この男を止めなくてはならないだろう。

202 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :13/03/25 19:34:06 ID:???
>「……浅はかだな。俺の苦しみが愛だと?この女が俺を殺せない?
 夢見がちなガキの戯言だ。そんな妄想よりもずっと確かな事を一つ、教えてやる。
 俺も、この女も、人殺しには違いないんだよ」

あかねを背負った鳥居は無言。
振り返ることもなくジャンの言葉を背中で聞くと、その場をあとにした。
ただジャンの投げかけた言葉が胸に、棘のように突き刺さっている。

(どちらも同じ、人殺し…。)

薄闇の街を鳥居は駆ける。
その表情は強張っていて、小さく固くなってしまったような感じだった。
流れるあかねの血は、命の砂時計。
道を点々と赤く染め上げてゆくと同時に徐々に失われてゆく体温。
今まさにあかねの命のろうそくは消えかけている。
だが鳥居はあかねの死を覚悟できないまま寺院へと急ぐしかなかった。
闇夜に沈んでいた動死体にも気付かないままに。

そんな中、現れたのは生還屋。

>「――オイオイ、あのおっかねえ殺し屋さんは何やってんだ?
 オメーみてーなガキンチョを一人にしちまいやがって」

気がつけば動死体が彼の後ろで絶命している。
その様相にどきりと肝を冷やした鳥居であったが、
次の瞬間、さらに痛切な選択に問われるのであった。

>「コイツはもう助かんねえよ。……ここで完膚なきにとどめを刺すか。
 それとも、このまま置いていくか……お前が選べ」

視線の先の地べたには、生還屋に引きむしるかのように降ろされたあかねが横たわっていた。
このままここに置いていって、あかねが動死体となって街を彷徨う姿など鳥居は想像したくない。
ジャンの凶刃に倒されたあかねが、さらに呪災によって陵辱されることなど絶対に許されない。

「生還屋さんは…、刃物は持ってますか?あったらそれを貸していただけませんか?
せめて彼女の身体に、出来るだけ傷はつけないように止めをさしたいので…」
マリーのように頚椎を一突き出来れば、あかねはほとんど無傷で完全な死体になれるはず。
鳥居は哀切な眼差しで生還屋を見つめる。しかし――

>「――勝手に、殺さんといてえな……。冗談キツいで、生還屋はん……」

「はわわっ、あかねさん!!」
一同は驚愕。なんとあかねが息を吹き返したのだ。

>「……まぁえっか。とにかく助かったんやし、それでええやんな!
 ほなフーはんのトコ、帰ろか。
 って、アレ?マリーはんは?どこなん?……無事なんよね?」

「え、えっと…、も、もう少し経ったら追いかけて来ると思いますよ」
そう言った鳥居の身体はがくがくと震えていた。
ここにきて人の生き死にを考えたり、自分の手で仲間の命を奪おうとしたりするその
自分自身の感情に自分が上手く追いついてこれないのだった。

203 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :13/03/25 19:45:49 ID:???
気がつけば、絶叫が夜闇に響き渡っている。どうやら寺院のほうからだ。
それに対して、堰を切ったかのように先を急ぐあかねと生還屋。
すると後ろからマリーが追いついて来た。
なので鳥居は、一呼吸おいたあと思い切って口を開いてみる。

「あの…マリーさん。ご苦労さまでした。ジャンはあんなことを言ってましたけど、
僕は誰にでもこの世界に報復したいって思う気持ちはあると思うんです。
上手く言えませんがこの世界にたいして溜まってしまった鬱憤の晴らし方って言うか表現方法っていうか…。
でもその形はジャンよりもずっとマリーさんのほうが僕に近いんだって思います」

なんとも上手く言えなかった鳥居だったが、話すことによって少し気が楽になれたような気がした。
続けて嬉しそうにあかねに指をさす。

「見てください。さっき奇跡のようなことが起きたんです。
死にかけていたあかねさんが突然息を吹き返したんですよ!」

鳥居は久しぶりに破顔した。
が、その笑みは次の瞬間に凍りついていた。目の前に現れたのは弁髪を結った極度の肥満男。
まるで日本の力士のようでもあるその男は、あろう事か寺院の門と結界を破ろうとしていた。
それも信じられないような動機で。

次に鳥居は、彼の行動に目を覆ってしまう。
あろうことか肥満男ことダーは、動死体に変化しようとしていた女の首を
指一本で折り曲げ殺害すると、苦渋の選択をした自分自身に陶酔していたのだ。

「……」
一通りの肥満男の行動を見て、鳥居が思ったことはただ一つ。
彼は「頼光以上」だということを。
否、比べることも失礼なほどイカレてしまっているということを。

204 :鳥居 呪音 ◆h3gKOJ1Y72 :13/03/25 19:56:51 ID:???
「んー…、なんかムカつきます。でもどうしてなのかなぁ?
彼が頼光よりもぜんぜん可愛げがないからかなぁ。っていうかマリーさん。
女の人って男の人に守られちゃったらコロっと惚れちゃったりするものなのでしょうか?」

鳥居はダーのことを生理的にムカついた。
アホゆえに生の感情をむき出しにしてしまっている彼は、男という生き物の敵なのかもしれない。
子どもの身体の鳥居は男としての本能的な感情が弱いのだろうが
子どもながらにも女性には優しくしなければならないなど変なプライドのようなものもあるのも事実。
その男の美学というものをダーはそのアホさで見事に地に貶めている。
結局は自己愛に尽きるのだとしても、鳥居は人を守るということに夢を見ていたいのだ。
だから鳥居はあの男を許せないのだろう。

「あなたになんて守ってもらわなくったって、ぜんっぜん平気ですから!
マリーさんもあかねさんも僕が守るって誓っているんだから余計なお世話しないでください!!」

怒る鳥居の拳に炎が宿る。その拳には吸血鬼の膂力も秘めている。
マリーやあかねに対しての絆は少年の心に軸を与え、神気を制御する術を与えていた。
山神やフェイと戦っていたころとは異質な力。昔の鳥居を爆薬と例えたら今は剣。

鳥居は炎の神気を指先に集めると地面に直径五メートルほどの炎の円を描く。

「でもどうしても守りたいっていうのでしたら、この僕を倒してみてください。
そうです。男らしく『力と力』の勝負です。この炎の輪の中から出たら負け。足の裏以外をついてしまっても負けです。
正々堂々と勝負して貴方が僕に勝てたら、美人のマリーさんも可愛いあかねさんも、 きっと貴方のことを素敵に思うことでしょう。
そうです。貴方は二人を守るに値する素晴らしい男となるのです」

果たしてダーは鳥居の誘いに乗ってくれるのだろうか。
疲労しているであろうマリーとあかねにはしばらく休んでいてもらいたい。
そんな気持ちもどこかにある鳥居は手をぱちぱち叩きながら土俵に入る。

そして――
「はっけよーい…」
土俵の中央で手をつくと前傾姿勢で構えた。
ダーが立ったら鳥居も立ち上がり腰にタックルをすることだろう。

205 :◇u0B9N1GAnE::13/03/26 00:39:09 ID:???
>「はん!どこ投げてやがんだボケ爺があ!そんな鉄杭当たらなけりゃどうってことねえんだ!
  これでも喰らいやがれ!」

投擲された酒瓶は結界線に両断された。

>「う、うぉおおおい!真っ二つだあ!?」

それによって結界の性質は看破されてしまっただろう。
しかし何の問題もない。
既に結界線は冒険者達の目前まで迫っている。
今更回避出来る筈が――

>「…海上育ちの目を舐めるな」

ブルーが咄嗟に地を蹴った。
拳銃を抜き、そして跳躍。

>「せぇいっ!」

疾駆の勢いを遠心力に変換――鋭く蹴りを放ち、鉄杭の一本を蹴り飛ばす。
点と点の位置関係が食い違い、結界線はそのまま消失してしまった。

ツァイが身構える。
そう、ブルーの行動は鉄杭の軌跡を逸らすだけではない。。
彼は――拳銃を抜いていた。
だが空中で、それも回転しながら、まともに照準を合わせられる筈が――
ツァイの予想を裏切るように銃声が響く。

弾丸が頬を掠めた。
反射的にツァイが動く。
袖から二本の鉄杭を抜き――そのまま地面へと落とした。
そして剣印を結び、再び唱える。

「――『禁』」

瞬間、彼の前に結界の壁が兆す。
四肢を狙う銃弾は全て――刹那の内に『裁断』され、ツァイに至る事なく地に落ちた。


206 :◇u0B9N1GAnE::13/03/26 00:39:33 ID:???
けれども詰所敷地の四方に設置された鉄杭――その内の二本を狙った銃弾は、見事に快音を響かせた。
鉄杭が夜空を舞う。
同時に詰所を覆う結界が揺らぎ、消え去った。

しかし――ツァイは動じなかった。

「見事な手前……だが、無駄だよ。檻から逃れんとした者の行く先は――更に窮屈な檻の中だ」

常人にはまるで捉えられぬほど素早い手捌き――鉄杭が二本、詰所の囲いに突き刺さる。
再び結界が展開された。

「それで……その銃。私はそういう物には疎いのだがね……さっき『何発』撃ったかな?
 次に弾を込めるまでには『何秒』かかる?」

ツァイは――すぐさま反撃に出る事をしなかった。
残弾数の指摘は挑発のようにも聞こえるが――再装填を促しているとも受け取れるだろう。

「それと……さっきは驚かせてすまなかったね。
 だが、あの時とは事情が変わったんだ。私が話せるのは……それだけだ」

更に彼は頼光へ視線を向けると、先程の詫びと、問いに対する返答さえ述べた。
もっとも、答えにもなっていないような答えだが――そもそも彼には答えないという選択肢だってあった筈なのだ。

「他に、何か聞きたい事はないかね?答えられる限り、答えよう。話せる事はなんでも話そう」

ツァイの声音に、表情に、侮りや嘲りの感情は微塵も含まれていなかった。
彼は心の底から、本気でそう言っているのだ。

――それはせめてもの精算だった。
君達への、ではない。
自分の中に募る『重荷』を少しでも軽くしたいが故の、独善だ。
彼はその事を自覚していて、それでも実行した。
それは同時に、それをしながらでも君達を始末出来るという自負の現れでもあった。

「……ところで、君。さっきの動きは本当に見事だったよ。
 だが……少し考えてみてくれ。
 君は確かに私の鉄杭を蹴り飛ばし、結界線を無力化したが……鉄杭は、点は、まだ残っているんだよ」

微かな袖の揺らぎ――鉄杭が周囲に数本、投擲された。

「本当に、そこにいて大丈夫かね?」

言葉と同時、冒険者達の足元に淡い光が走る。
呪力、氣の流れ――点から点へと繋がれていく線の軌跡。
計六本の鉄杭――線は君達三人の足元に一本ずつ。

彼は二つの点から線だけでなく、面を起こす事も出来る。
それは先の防御壁を見れば分かっただろう。
つまり君達は――今すぐに、その場から逃れなければならないという事だ。

加えて、周囲には既に何本もの鉄杭がばら撒かれている。
その内、結界の起点となっていない物は夜闇に紛れて視認は非常に困難だ。
無闇に接近を図ろうとすれば、後出しの結界が君達の自由か、あるいは命を奪うだろう。

しかし――ならば何故、ツァイは全ての点に線を通し、面を作らないのか。
そうすれば非常に広い範囲に結界を起こせる。
今よりも効率的に君達を殺傷を殺傷出来る筈なのに、だ。


【弾丸を結界壁で防御。三人の足元にそれぞれ『線』が一本ずつ。それが面になる前に躱さないと、エラい事になります】



207 :双篠マリー ◆Fg9X4/q2G. :13/03/29 19:18:56 ID:???
「…確かにお前のいう通りだ。
 私は彼にこの惨状を見せたくなかった故に先に行かせた。
 だが、それは彼に夢を見ていてほしいからじゃない…ただ単なるリスク回避さ
 このざまを見て変な正義心を奮い立たされては今後の活動に支障が出てしまいかねないからな」
笑みを浮かべるジャンに対し、マリーは無表情のまま続けた。
「そして、お前は大きな勘違いをしている。
 私とお前は別だ。これからお前の全てを奪ったとしてもそれだけは変わらない。
 それは私が狩る者でお前が狩られる者だからだ。狩人が家畜を狩らないように
 殺せれば誰でもいいだとか抜かすお前と違い、私が苦しめ、殺すのはお前のようなクズだけだ」
嘲笑するジャンにそう言った次の瞬間、マリーは先ほど自分が言った通り、ジャンから略奪を始めた。
「否定するために殺すと思ったか、生憎そんなことは言われ慣れているんでな」

ジャンが息絶えだのを確認し、すぐさま鳥居たちの元へ向かった。
その道中、ジャンから聞き出したことを思い返していた。
ジャンに自分らのことを教えた日本人の女は始らから自分らが来ることを知っていたかのようだった。
加えて、自分らが『不死の法』を探すことも知っていた。
そして、それを妨害するためにジャンを差し向けた訳だが、その女の目的、正体が未だに掴めない。
…ただ、それに繋がっている可能性のある人間を一人知っている。
だが、その人間からそれを聞き出すのは難しいだろう。
そうしている内に鳥居たちと合流することが出来た。
「…ありがとう」
鳥居のフォローに対し、マリーはただそう答えた。
そして、鳥居に促されるように茜に目をやると、そこには何もなかったかのように元気な茜の姿があった。
「…本当に、大丈夫なのか?」
恐る恐る近づき、様子を伺った後、ホッと胸をなで下ろした。

そして、寺院の前
目の前の肥満漢の男、ダーの所業をまのあたりにして 
「…なんでこうもクズに合うかな」
眉間に皺を寄せながらマリーは一人呟く
「あんな恩着せがましいのは論外だ!」
鳥居の質問に怒鳴るように答えた。
そして、鳥居はダーに一体一の戦いを申込み、構える中
マリーは茜の耳元で囁く
「とりあえず、あの男が鳥居との勝負に乗ろうが乗らまいが
 あの男の目を狙って術を使ってくれ、そのあとは鳥居が投げ飛ばすなり私が殺すなりする
 君は術を使ったあと、どこか隠れられる場所に隠れてくれ」
先ほどのジャンとの戦いとは違い、今回は茜に被害が及ぶことは無いだろうが
マリーは用心してそうするように告げ、ダーを睨む。
ジャンの時のように隙が無いという訳ではないのだが、その変わりダーには分厚い脂肪が存在する。
マリーの仕込み短剣では、内蔵を一突き…という訳にはいかず
確実に殺すとなれば、動死体と同じように目、耳、口、鼻に突っ込み
脳を貫かねばならないだろうが、仕損じれば先ほどダーに殺された女のようになってしまう。
恐らく機会は一瞬、その時を逃さないよう覚悟を決め、マリーはその時を待つ

208 :武者小路 頼光 ◇Z/Qr/03/Jw:13/03/30 18:48:15 ID:???
ツァイによって投擲された二本の鉄杭。
それ自体が攻撃になるのではなく、結界の支点としての役割を持つ。
故に脅威は鉄杭と鉄杭の間にあるのだ。

その性質を偶然ながらも看破したからと言ってそれに対処できるわけでもない。
判っていてもどうすることもできず、躱すにも既に間がない。
それは術者である冬宇子とて同じようで、このままであればそろいもそろって胴体が泣き別れ、となるところだった。
その危機を救ったのはアレクことブルー。
超人的な反射神経と動体視力、そして頼光と比べるまでもない長い足で鉄杭を蹴り飛ばし結界を無効化せしめたのだった。

「や、やるじゃねえか毛唐!助かったぜ!よっしゃ、くそじじいは俺が殴り倒してやる!」

そう一歩踏み出したが、それをするのは恐ろしく無謀であると知らしめられた。
ブルーは鉄杭を蹴り飛ばした後、錐もみ状態でありながらもツァイに向けて的確な銃撃を行ったのだから。
それも凄まじい行動であったが、だからこそ、ツァイの凄まじさいや、恐ろしさを垣間見てしまうのだ。

なんと12発もの銃撃に対し、鉄杭を地面におとして結界を構築。
結界に当たった銃弾は全て裁断されてしまったのだから。
すなわち、勢い任せて殴りかかっていたら頼光が裁断されていた、という事なのだ。
思わず頼光の足が止まってしまうのも仕方がない事だろう。

銃弾は冒険者たちを閉じ込める結界の支点である鉄杭を弾き飛ばしたのだが、ツァイによって新たに鉄杭を施されて結界は再構築される。
その後しばしの膠着。
ツァイは静かに語る。
事情が変わったのだ、と。そして答えられる限り答えよう、と。

その態度に動くに動けず頼光の中にたまった鬱憤が弾けた。

「ふっざけんなくそじじい!!どうせ肝心な事は答えないくせによおおお!!」

動けない鬱憤が言葉となって一気に吹き出ているのだ。
口汚い言葉は更に続く。

「大体よお!こっちとら遥々海を越えてお前らの国を助けに来た救国英雄だぞ!
それが来てみたら訳の分からねえ死体にまみれているわ!会う奴会う奴襲ってくるわでよぉ!
な ん で 助けに来た俺たちを襲うんだこの野郎!
悪いのはこの呪災起こした奴だろうがよ!
それとも何か!?俺たちを殺したらなんかいい事あんのか?ああ!?」

大陸から来てから目まぐるしく様々な事が起こり、戦いの連続の中で頼光のつたない思考力など擦り切れる寸前。
本来の依頼の事などすっかり忘れてフーに話した救国英雄になった気になっているのだった。

>「本当に、そこにいて大丈夫かね?」
思うぞん云吐き出したところでツァイは冒険者たちの足元に鉄杭を数本投擲。
そこから淡い光が走り……それが何を意味するか。
ツァイの言葉と合わせればいくら頼光でもわかるというものだ。

慌てて飛び退いた直後、気の壁が構築されていく。
触れれば容赦なく裁断される恐るべき結界が!

「物騒なことしやがって!どうしてもこの頼光様の武勇伝を増やしてぇようだなぁ!」

ツァイの行動に怒り心頭の頼光が不敵な笑いと共に言葉を吐き出した。
この状況で頼光が強気なのはいつもの虚勢ではない。
結界を打ち破り、ツァイを倒せるとう確信を持っているからだ。

209 :武者小路 頼光 ◇Z/Qr/03/Jw:13/03/30 18:49:40 ID:???
「このくそじじぃが!おめーの結界術は種を見せすぎだ!
どこにどれだけ仕込んでいるかは知らねえけどよぉお!虱潰しにして全部抜いてやっ……」

先ほどブルーが蹴り飛ばして消失させたワイヤーの結界。
そして銃撃で弾き飛ばし、結界自体を消失させたこと。
これすなわち、鉄杭さえ抜いてしまえば結界は消えるし、また内側からでも抜ける事を実証してくれたのだ。
それさえわかってしまえば何も恐れることもないのだ。
頼光には結界内を虱潰しにして杭を抜く術があるのだから。

術者であるツァイや冬宇子だけでなく、ブルーですらはっきりとわかるだろう。
頼光から強大な気が溢れ、蠢き始めるのが。

しかしそれは台詞と共に唐突に萎み、消えてしまう。
勢いに乗った頼光の視界の隅に冬宇子が映った瞬間、先ほど感じた自身の異変を思い出してしまったのだから。
強い酒の臭いも味も感じられぬ、嗅覚と味覚の喪失。
パオとの戦いの中、視界の色が落ちた事。
そして冬宇子の一連の言葉。
それらがこんな時にひとつに繋がりある結論を導き出そうとしてしまったのだから。

「あ、う……ぬ……」
言葉にならぬ言葉と共に冬宇子を一瞬見やるがすぐに顔を背ける。
おそらく冬宇子は自分の身に何が起きているのか知っている。
そしてそれは恐ろしく導き出したくないと拒否した結論を肯定するものだろうと直感で判ってしまったのだから。

この戦いの最中、頼光は初めて力の重みというものを知ってしまったのだ。
生まれてから家名に、蒸気甲冑に、木行術、唐獅子の力
全ての力は頼光が得たものではなく与えられたものでしかない。
それを得るためにいかなる代償が必要なのか、考えた事すらなかったものが今両肩にずっしりと伸し掛かってきているのだ。

その重さに思い浮かべるのはサーカスで世話になっている鳥居の顔だった。
今までは糞ガキだのうっとおしい存在だと思っていた。
だが鳥居は400年の時を生きた吸血鬼である。
400年、肉体は変わらずとも経験の蓄積は精神を成長させ、否が応でも変化をもたらしていく。
言い方を変えれば老化していくのだ。
人間60年も生きれば肉体的にも精神的にも朽ちていくというのに、400年という気も遠くなる時を生きている。
そんな鳥居はどれだけの孤独と精神の負いを抱え、サーカスで見せるあの屈託のない笑顔を作っているのだろうか?

鳥居だけでない、マリーも冬宇子もそれぞれに業を抱えているのだろう。
付き合いは短く知りもしないがブルーもあかねもそれぞれ若くともこの稼業で生きている以上、力の代償というものを払っているはずだ。

今までそれに触れてこなかった頼光にはあまりにも大きく、重い事だった。
ここで術を使えば何かを失う。
それを受け入れる覚悟など持ち合わせていないし、戦力的にと割り切れる様な戦闘機会でもなかった。

その重さ故に、頼光は力の行使を躊躇い、気を静めてしまったのだ。
が、だからと言ってここで棒立ちになっている訳にはいかないのだ。
身体をまさぐり取り出したのは試験管。
本来祖父の記した冊子がなければどのような効力を持つかすらも判らないはずであったが、今の頼光ならば接しただけでもわかるようになっていた。

「お、お、お前なんぞこれで十分よ!いけ!吸精蔓!」

ツァイの足元に試験管を投げつけると、爆発的な成長と共に蔓がツァイを絡め取ろうとあふれ出す。
が、この結果は判り切っていた事だった。
だがそれでも何かやらねばいられなかったという頼光の苦渋の表れでもあった。
ツァイの前に展開された結界に蔦は伸び続け、そして裁断され続ける。
ただただツァイの足元にウッドチップを散乱させるだけであった。

210 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/03/30 21:04:20 ID:???
もしもこの時、夜目にも視界の冴えた夜行性猛禽が上空を旋回していたならば、
警備隊詰所の敷地をぐるりと囲む塀の内側に、青白い弱光を放つ四角柱を俯瞰することが出来るだろう。
前庭と建物をすっぽりと覆う、巨大な光の檻の中に、人影が四人。
結界師ツァイ・ジン、そして、彼に対峙する三人の冒険者――アレク、武者小路頼光、倉橋冬宇子だ。

ツァイの投擲した鉄杭を蹴上げて、結界線を消滅させたアレク。
彼が着地を待たず空中で連射した弾丸を、ツァイは自らの足元に鉄杭を落として防ぐ。
鉄杭の落下点を基点に結界の幕が出現。すべての銃弾は、ツァイに届く前に裁断されて地に落ちた。
輪切りの弾丸が示すのは、結界の『禁』を冒すものの末路。
飛び道具と結界の攻防は千日手だ。
かといって、間合いを詰めることもままならない。
鉄杭数本で生成自在な結界。不用意に突っ込めば肉体を両断されかねない。

冒険者達は責めあぐね、老結界師は、未だ追撃を仕掛けない。
攻め手の不足は闘いに膠着を生む。
互いに睨み合い、肚の中で手の内を探っていた。

冬宇子は、鉄門の側に佇むツァイの顔を見据えた。
鋭い眼光には、獲物を屠ろうとする猟師の如き非情さがあったが、
どこか乾いた悲哀が潜んでいるようにも見える。
薬草庫で差し向かいに語り合った時の高潔な印象が、脳裏を去らない。

何故ツァイが、攻撃を仕掛けるのか。
彼にとっては自明な理由があろうとも、冬宇子達にそれを忖度する術は無い。
呪災の混乱の中で、謂れ無き敵意を向けられることには慣れっこになっていた筈だったが、
それでも、冬宇子の身体を気遣って薬剤を処方してくれた老紳士の豹変は、少なからず心を擾した。

この国に着いて以来、ずっと、正体の判らぬもののために翻弄され通しだ。
暗闇の中で、何処に行き着くとも知れぬ奔流に呑み込まれて、押し流されているような心地になる。
にわかに、冬宇子の心に怒りの火が灯った。
何としても、災いの正体を知らねばならぬ。
呪災に遭遇したのが、偶然だとて運命だとて、何も知らぬままに弄ばれてたまるものか。

疲労と身体の不調で霞みがちな頭に鞭を打って、冬宇子は思考を巡らせた。
ツァイが見せた技を思い起こし、戦術の礎となる結界の特性を整理する。
ツァイの結界は、鉄杭を基点に『線』或いは『面』を展開し、
結界内に封じられた者に、特定の事項を『禁ずる』呪縛を付与する。
呪縛は通常、結界内外への出入を禁ずるものであるが、
動死体の霊魂を強制冥還させた時のように、特殊な『禁』を与えることも可能であるらしい。

結界を破るのは簡単だ。
基点となる鉄杭を、たった一本、術士の示した定位置からずらすだけで、効果は消失する。
が、破壊が簡単な反面、生成も容易い。
ツァイは鉄杭と剣印一つで、いくらでも結界を作ることが出来るのだ。

―――三対一……人数ではこちらに分がある。
数を頼みにした撹乱戦法は有効だろうか。
複数の結界を並立展開させられるツァイの技量を以ってしても、
三者三様の攻撃を同時に捌くのには困難な筈だ。

しかし、戦況は圧倒的にツァイに有利だ。
彼は、詰所を囲む大結界の基点の他にも、敷地内に多数の鉄杭を仕込み、その位置を把握している筈である。
すなわちそれは、ツァイの意思に応じて、任意に発動する罠。
結界そのものが淡く発光している為、周囲は完全な暗闇ではなかったが、
不良な視界、地面に深く刺さった鉄杭を探すのは至難の業だ。

罠の張り巡らされた戦場で、一流の結界師を相手に、どう戦えば生き残れるのだろう。

211 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/03/30 21:04:50 ID:???
一つだけ、鉄杭の罠を一網打尽にする手立てがあった。
鍵は、木行の化身――武者小路頼光。
脚部と感覚を共有する呪根を縦横に張り巡らすことの出来る、頼光の力を以ってすれば
前庭にばら撒かれた鉄杭を回収するのは容易いことだ。
けれど冬宇子は、策を実行に移すことに抵抗があった。
木行術の行使は、頼光に巣食う霊樹の成長を促す。
霊樹の成長に伴い『苗床』である頼光は、存在を消費されていく。
視覚の異常、味覚の喪失――
彼の身に次々と起こっている異変が、頼光という存在の枯渇が近いことを告げている。


膠着の最中、ツァイが、ふいに頼光に視線を向けて口を開いた。

>「……さっきは驚かせてすまなかったね。
>だが、あの時とは事情が変わったんだ。私が話せるのは……それだけだ」

殺すつもりなら、いくらでも機会はあった筈だ。何故今更――?と、詰問した頼光への返答だ。

>「他に、何か聞きたい事はないかね?答えられる限り、答えよう。話せる事はなんでも話そう」

三人の顔を見渡し、語るツァイの声音は、どこまでも沈着で穏やかだった。
瞳の奥に覗く悲哀と倦怠―――何処かで、そんな目をした男を見たことがある。
冬宇子は直感した。彼は、ジンと同じ眼をしている。
自らの浅ましさを理解しながら、成すべきことの為に誇りを捨てた男。そんな男によく似た眼を。

>「ふっざけんなくそじじい!!どうせ肝心な事は答えないくせによおおお!!」

>な ん で 助けに来た俺たちを襲うんだこの野郎!
>悪いのはこの呪災起こした奴だろうがよ!
>それとも何か!?俺たちを殺したらなんかいい事あんのか?ああ!?」

声を荒げて喚く頼光。
ツァイの表情は変わらない。幅広の袖が棚引き、新たな鉄杭が投擲される。
計六本――二本ずつの鉄杭が、三人の前後の地面に突き刺さる。

>「本当に、そこにいて大丈夫かね?」

ツァイの声と共に、前後の鉄杭の間に青白い線が描かれた。
霊咒の直線が、幕を引き上げるように左右の脚の間にせり上がり、外套の裾が音も無く裂けていく。
冬宇子の顔から血の気が引いた。
ゴム飛びの要領で、結界線を跨いでどうにか跳び越えたものの、
着地に失敗してよろめき、地面に手を付いて倒れこんでしまった。
冬宇子は、二人の同業者に向けて叫んだ。

「あんたたち!迂闊に動くんじゃないよ! 
 あの喰えない御仁、私達が詰所の家捜しをしてる間に、空き地のそこらじゅうに鉄杭を仕込んでる筈だ。
 私達は罠だらけの檻の中に閉じ込められてるって事だよ!
 移動する時は、地面によく注意するんだ!
 結界の『線』を『面』に起こすまでには、数秒の誤差がある。気付けば避けられない間じゃない!」

さっきの攻撃は牽制だ。
仕留めるつもりならば、警告など与えはすまい。
ツァイは冬宇子達に猶予を与えているのだ。
『話せる事はなんでも話す』という言葉は、満更嘘ではないらしい。

212 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/03/30 21:05:24 ID:???
>「物騒なことしやがって!どうしてもこの頼光様の武勇伝を増やしてぇようだなぁ!」

冬宇子の声が耳に入ったのかどうか。
頼光は、口元に倣岸な笑みを浮かべて蛮声を張り上げている。

>「このくそじじぃが!おめーの結界術は種を見せすぎだ!
>どこにどれだけ仕込んでいるかは知らねえけどよぉお!虱潰しにして全部抜いてやっ……」

仁王立ちの身体に膨大な呪力が漲る。霊樹の力を開放する前触れだ。

「――――――いけない!!!」

それが自分の唇から零れた声であることに、冬宇子は驚いていた。
ツァイの術を破る最も的確な手段は、頼光の能力を使うことだと判っていた筈なのに。
頼光の顔が振り向けられ、視線が交錯する。

>「あ、う……ぬ……」

男の顔には、ありありと動揺が浮かんでいた。
怖ろしいものから逃れるように冬宇子から顔を背ける。
しばしの逡巡の後、頼光は懐をまさぐり、小さな硝子筒を取り出して地面に投げつけた。

>「お、お、お前なんぞこれで十分よ!いけ!吸精蔓!」

割れた筒から、葉を繁らせた蔦があふれ出す。
頼光は、体内に宿る霊樹の行使を避けて呪具を使った。彼は自らの異変に勘付いている。
そして、異変と頼光が会得した未知の呪力との関連を示唆したのは、他ならぬ冬宇子なのだ。

爆発的な成長力を以ってツァイの足元へと這う蔦は、結界の壁に遮られて細切れに裁断され、
たちまち、木っ端が地面を埋めていく。

その様を見て、冬宇子はゆっくりと立ち上がった。
俯いたまま口を開く。

「聞きたいことはないか――冥土の土産をくれるってのかい?
 冥土の土産ってなァ、殺される者に真実を伝えてやろうってぇ、せめてもの慈悲だろう?
 この期に及んで言えない事があるなんて、あんまりじゃないのかい?」

開き直ったような口調。木っ端を作り続けている頼光を、ちらと見遣って、

「その男も言っていたように、何故私らが殺されなきゃならないのか?
 それくらいは教えとくれよ!
 訳も判らずに死んだんじゃあ、成仏なんかできゃしない。」

覚悟を決めたかのように顔を上げた。

213 :倉橋冬宇子 ◆FGI50rQnho :13/03/30 21:05:55 ID:???
老結界師の顔に視線を留めて語り掛ける。

「ツァイ・ジン――!あんたは一流の術士だ。
 生憎と私は、補助符が無けりゃ五行の術も満足に使えない三流以下でね。
 敵いっこないってこたァ分かってる。
 あんたが、どうあっても私を殺すってなら、きっと死ぬことになるんだろうさ。
 それでも、私は知りたいんだよ!この国に何が起こっているのか。真実を。」

ツァイが、冬宇子達を殺さざるを得なくなった事情――――
彼の言う『事情の変化』は、いつ起こったのか。心当たりは一つしかなかった。
すなわち、薬草庫で交した会話。

「私らに呪災の淵源を探られちゃ、都合の悪いことでもあるってのかい?
 ええ?亡国士団の旦那?
 捨て駒だったあんたらが、何故中央に戻れたのかねえ?!それも呪災の直前に!」

亡国士団が呪災の発生に関与しているのではないか――?冬宇子の問いはその疑念を孕んでいた。

「ねえ!答えとくれよ!
 あんたは『私らが誰なのか。何のためのここに呼ばれたのか』知っているのかい?」

のめり込むようにツァイを見つめ、冬宇子は答えを促す。
敵を檻に追い込み退路を断って、自ら檻の中に入って敵を始末する――ツァイの周到な攻撃は、
確実に殲滅せしめねばならぬという、決意の表れ。
そこには、知られたくないことを探っている者を排除する――厄介事の芽を摘むという目的だけでは、
説明の付かぬ何かががあった。
ツァイが冬宇子達を殺さねばならぬ事情が呪災にあるのなら、
冒険者は、呪災を巡る状況を動かす重要な駒――という可能性も否定できない。

真実を知りたいという言葉も、求める問いも、すべてが本心からのものであった。
しかし、同時に、内容などどうでもよかった。
会話は、時間稼ぎの手段に過ぎなかったのだから。

冬宇子の足下には、伸びてきた吸精蔓が一枝、踏みつけられていた。
薄闇に紛れて視認は困難だが、蔦の上には木行の補助符が貼られている。
冬宇子は吸精蔓に術を重ね掛けしていたのだ。

狙いは地中。
蔦植物にも『根』は存在する。
呪力により成長を促進された蔦の根は、地中を掘り進んでツァイが佇む地面の真下へ。
十分に成長した蔦は、一気に地上へと芽を伸ばし、彼の身体を拘束することだろう。
指の一本一本にまで絡みつき、結界を発動するための手印すら組めなくなるほどに。


【質問している間に、吸精蔓の根を成長させる】
【術の完成のタイミングはGMさんにお任せします。今ターンでもいいし次以降でも】

214 :◇u0B9N1GAnE:13/04/03 01:30:04 ID:???
>「あなたになんて守ってもらわなくったって、ぜんっぜん平気ですから!
  マリーさんもあかねさんも僕が守るって誓っているんだから余計なお世話しないでください!!」

「ぬわんだとぉ!?このっ!生意気なクソ…………」

鳥居の拒絶に、ダーは目を剥き声を荒げ、

「いや、違うな。さてはアレだろ!
 今まで散々怖い目に遭ってきたせいでつい強がりが出ちゃったとか!そういう感じだろ!
 はっはっは!仕方ねえなぁまったく!でも俺は寛大だからな!全然気にしたりしないぜ!」

しかし、どうやら怒鳴り声を上げる前に都合のいい解釈が見つかったようだった。
鷹揚さを強調する為か、膨れた腹を平手で張りながら、高笑いしている。

と――余裕をかますダーを尻目に、鳥居が指を一振り。
ただそれだけの動作で周囲に炎が溢れ、鳥居とダーを囲む円を描き出した。

>「でもどうしても守りたいっていうのでしたら、この僕を倒してみてください。

「あん?何言ってんだ、んな面倒くせえ……」

>そうです。男らしく『力と力』の勝負です。

気怠げに眉をひそめていたダーの双眸に浮かぶ色が、分かりやすく変わった。
男らしく、力と力の勝負――それらの言葉はこれ以上なく的確に、彼の虚栄心をくすぐったのだ。

「よっしゃあ乗ったぞ!男らしく!力と力の勝負!
 いいよな、そう言うの!ガキのくせに分かってんじゃねえか!」

ダーはいたく乗り気だった。
相手が自分よりもずっと小さい子供である事など気にもしていないようだ。

彼は優れた武の血と術の才を持っている。
持っているが――だからと言って、より強い相手と戦いたいとか、技を研磨したいなどとは考えていない。
むしろ自分の強さを際立たせる為にも、相手は弱ければ弱いほどいいのだ。

「まっ!お前みたいなチビガキが何をしたところで俺に勝てる訳はないだろうけどな!うはははー!」

鳥居の提案は、彼にとってはお誂え向きの舞台と言えた。

「とは言えだ!子供を相手に本気を出したんじゃ流石に大人気ないからな!
 特別に俺は手加減してやるよ!そうだなぁ……三割、いや一割の力で――」

>「はっけよーい…」

しかし、ダーはまだ知らない。
鳥居呪音――彼は朱雀と吸血鬼、二対の力をその身に宿している。
朱雀の力は神気の炎。そして吸血鬼の力は――ただただ単純に、卓越した膂力。

>「とりあえず、あの男が鳥居との勝負に乗ろうが乗らまいが
  あの男の目を狙って術を使ってくれ、そのあとは鳥居が投げ飛ばすなり私が殺すなりする
  君は術を使ったあと、どこか隠れられる場所に隠れてくれ」

加えて炎の囲いの外ではマリーがあかねに援護の指示を出していた。

「……了解や。やってみるわ。殺すんはどうかと思うけど……ウチにとやかく言う資格はないもんな」

あかねは、やはり緊張した様子だった。
とは言え今回は指示も具体的で、相手もジャンほどには狂っていない。
何とか術を使うくらいの精神的余裕はあるようだった。

215 :◇u0B9N1GAnE:13/04/03 01:30:38 ID:???
左手に巻き物を持ち、右手で銃を模る。
いぐなの力を引き出し、指先に水球を生成。
そしてそれを炎の隙間からダーへと撃ち出した。
威力こそ無いが、猫騙しとしては十分すぎる。

「――ぬおっ!?な、なんだぁ!?」

瞬間、鳥居がダーに飛び掛かる。
小柄故に素早く、ふんぞり返っていたダーの腰を掬い上げる理想的な軌跡。
人外の身体能力によって放たれた、砲弾の如きその突進は――

「――オイオイ、まだ俺が喋ってただろうが。
 まったく、どいつもこいつも俺の台詞を途中で切りやがって……」

しかしダーの重心をほんの僅かにすら、揺るがす事は出来なかった。

「で?それで全力か?」

袖で顔を拭い終えると、ダーは鳥居を見下ろす。

君がどれほど力を込めたとしても、ダーを動かす事は出来ないだろう。
まるで地に根が張っているかのように、彼はびくともしなかった。

「だーから言ったろ?勝てる訳ないって。俺はまだ一割も力を出してないぜ?」

逆説――彼は『既に力を使っている』と言っていた。
例え一割未満だとしても、それはおかしな事だ。
彼は未だ、ただ立っているだけだと言うのに。
一体何の力を使っていると言うのだろうか。

「あー、そうだ。さっきの炎の術を使う気でいるなら、やめた方がいいぞ。
 お前は体内に二つの力……しかも相反する対極の力を宿しているようだが、
 それを同時に使用するには、二つが相殺し合わないように調整する必要がある筈だ」

ダーが鳥居から視線を外さず、語り出した。
彼は本当に、つくづく、どうしようもなく駄目な男だが、才能だけは確かだ。
鳥居の秘めた力を、それぞれ一度ずつ見ただけで見抜いてしまうくらいには。

「分かるか?つまり、お前が二つの力を同時に使ったり、
 後から別の力を上乗せする時には、一瞬の隙……無駄が生じる訳だ。
 その無駄がほんの僅かなものであっても……この距離だ。どんな結果を招くのか、分かるだろう?」

とは言え――正直な所、彼が本当にその全てを見抜けているかは怪しいところだった。
何故なら彼にとって最も大事なのは『若者の未熟な力の本質を見抜き、助言をする自分』に陶酔する事。
その助言の内容が正しいかどうかなど、どうでもいいのだ。

同じように一割しか力を使っていないと言うのも、眉唾物だ。
そもそも彼は自分が無敵の拳法家だと心から信じている。
自分の強さの上限を知らぬも同然なのだから、その一割がどれほどかも分かる訳がない。

「まっ、とにかく俺に勝つにはまだ百年は早かったってこった!そんじゃ……」

ダーの右手が鳥居の頭に触れる。
力は篭っていない。本当に、ただ乗せるだけといった具合だ。

「そろそろ勝たせてもらうかな」

だと言うのに、君は凄まじい圧力を感じる事だろう。
吸血鬼の膂力を以ってしても、気を抜けば押し潰されてしまいそうなほどの重圧を。
いや、違う――気を抜かなくとも、だ。

216 :◇u0B9N1GAnE:13/04/03 01:31:11 ID:???
ダーはまだ、腕に力を込める素振りすら見せていない。
棒立ちのまま、ただ君の頭に手を乗せているだけなのだ。

「おぉ!お前、ガキのくせに結構堪えるじゃねえか!
 しっかたねえなぁ!その頑張りに免じて、すこーしだけ本気を出してやろう!」

必死に喰らい付かんとする若者に敬意を払う。
それもまた、自分に酔うには十分過ぎる状況だ。

ダーが足幅を広げ、右腕に力を込める。
重心が移動する――以後の動作と体勢が決定付けられ、後戻りは利かなくなる。
それはつまり――紛れもない『隙』だ。

双篠マリーが仕掛けるとしたら、今しかない。

炎の揺らぎ、熱波に紛れた異質な疾風、閃く刃――ダーが君の接近に気付く。
だが遅い。重心の移動はもう止められない。
加えて彼は、鳥居が全力でかかっても持ち上げられないほどに重いのだ。
その重い体を、マリーの刺突から逃れられるほど素早く動かせる筈がない。

だと言うのに――彼は一瞬にして、マリーの視界から消えてしまった。
まるで木の葉が風に舞い上げられるような跳躍によって。
その刹那の出来事を、君達は視認する事が出来ただろうか。

そしてダーは――突き出されたマリーの短剣の上に着地した。

「あっ……ぶねえなぁ!こんなんで刺されたら流石の俺も死んじまうかもしれねえだろ!」

あり得ない光景だった。
どう控えめに見ても三十貫(約110kg)以上はあるだろう――
――何より人外である鳥居が持ち上げられなかった巨体を、マリーが片腕のみで支えられているのだ。

「まぁ、そう悪くない剣筋だったぞ。
 俺には届かないにしても、そこらの動死体くらいなら余裕だろう」

ダーは刀身の上でそり返り、冒険者達を見下ろしながらそう言うと――

「――だぁ!かぁ!ら!よぉ!それじゃ駄目なんだって何度言やあ分かるんだよぉおおおおおおおお!
 お前らは俺に守られる為にいるんだよ!なのにお前らが自分で自分の身を守れちゃ意味ねえじゃん!
 それじゃ俺守れねえじゃん!いいか、良く聞きやがれ――!」

突然、顔を真っ赤にして怒り狂い、喚き散らした。
それから人差し指をマリーに突きつけて、叫ぶ。

「俺は絶対にお前達を守ってやる!邪魔する奴は許さねえ!誰であろうと、めたくそにしてやるぜ!!」

いっそ薄ら寒い、英雄めいた台詞。
同時に宙返りでマリーの間合いから離脱。
冒険者達の真正面に着地――重い着地音と激しい震動が響く。

「とりあえず膝の一つや二つ砕いてやりゃ、お前らも守られざるを得なくなんだろ!」

ダーが構えを取る。
彼の姓は『打』――ただただ純粋な格闘の血脈。
単純な肉弾戦ならば、清国一の暗殺拳の使い手、ジンすらも上回るだろう。
その手練特有の気配は、君達にも感じられる筈だ。

502 KB [ 2ちゃんねるが使っている 完全帯域保証 レンタルサーバー ]

新着レスの表示

掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50
名前: E-mail (省略可) :