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■ダークファンタジーTRPGスレ 6 【第二期】■

1 : ◆7zZan2bB7s :2010/10/01(金) 14:37:24 0
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■ダークファンタジーTRPGスレ 5 【第二期】■
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http://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1263225913/
■ダークファンタジーTRPGスレ 3■
ttp://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1256908002/
■ダークファンタジーTRPGスレ 2■
ttp://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1252208621/
■ダークファンタジーTRPGスレ■
ttp://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1245076225/


避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/study/10454/

千夜万夜まとめ
ttp://verger.sakura.ne.jp/top/genkousure/daaku2/sentaku.htm


※ダーク避難所は外部です。なな板の同名スレについては使用せず、またその内容は単に拘束力の無い雑談として理解して下さい



2 :名無しになりきれ:2010/10/01(金) 16:19:30 0
ジャスコで売ってるトップバリュの
スペシャルティコーヒーが美味しい。
ブラジルの農園のを買ったけど
150gで400円しない。

すごく美味しいよ。

3 :セシリア ◇N/wTSkX0q6:2010/10/02(土) 22:07:55 0
>「……やはり、貴女は素晴らしいわ。そりゃあそうよね……貴女は文字通り、『地獄』を味わったんだものねぇ?」

(……っ!)

無遠慮に精神の深奥を抉る師の言葉。
やはりミカエラは、セシリアの心を折りにかかっている。制圧し、取り込む為に。
分かりやすいまでのあからさまな言動は、しかし確実に彼女の意識に楔を穿っていた。

>「く、ふふっ……あっはっはっははははははっ! さぁおいでセシリア! 貴女が向かってくると言うのなら!
  私はその手をしかと掴んで地獄へと誘ってあげる! 再び! 今度は二度と戻ってこれない地獄にねぇ!」

懐から取り出した瓶を煽り、飲み干したミカエラの周囲に術式の気配。
それは正しくセシリアの攻性魔術と同数の、『同じ威力かつ逆位相の術式』。
相殺以上でも以下でもない、正確無比の術式展開だった。これもまた、ミカエラ=マルブランケの真骨頂。

>「『離散』『鎮火』『霧散』『同調』『脱却』『活性』『断割』『包括』『突破』『拡散』『冷却』『氷結』『封殺』
  『熱波』『緩衝』『斬撃』『透過』『相殺』『分断』『隔絶』『浸透』『絶縁』『衝突』『逆転』『逆波』『灰化』……!!」

セシリアが演算能力を限界まで行使して捻出した術式の包囲網を、白痴でも相手にするかのように容易く撃墜した。
膨大な魔力に加え、魔術発動の技能すら上回ること適わない。踏んできた場数が違う、そもそもの地力が違う。

(これが教導院創始以来の才媛と呼ばれる所以……!常に誰よりも高みに立つ才の極み……!!)

ミカエラの能力においてもっとも厄介なのは、『抜きん出た才が特にない』ということ。
裏をかえせばそれは即ち全ての能力値が極めて高水準に纏まっているということである。
彼女は正しくなんでもできる。才あるものが努力して至る高みを、ミカエラは万人分持ち合わせているのだ。

そしてミカエラは能力を傾重しないが故に、平行して複数の技能を発揮することができた。
術式の並列展開など及びもつかない新領域。正真正銘のマルチタスク。

>「――『天地創造“眠りの森”』」

魔術を行使しながらの錬金術式。
セシリアですら及びもつかない鬼才の極みは、彼女のゴーレムをインターセプトし返すという離れ業までやってのけた。
忠実な兵として刃を連ねるはずのゴーレム『レギオン』が、今度は禍々しい植物に侵食されていく。

>「眠れなくなるような絶望の中で、眠りなさい」

「瘴気――!?」

思い出すのも頭痛がする『地獄』の大気。幻惑と蠱惑の毒霧が錬金術によって精製され、部屋を満たし始めていた。

「やば――セルピエロ君!」

アインも纏めて大気結界を張るが、瘴気は触れずとも幻を創りだす。ミカエラが指向性術式を仕込んでいるのか、最悪の幻覚だった。

4 :セシリア ◇N/wTSkX0q6:2010/10/02(土) 22:08:37 0
「う、あ、ああああ、ああああああああ……!!」

必死に抑え込んでいた記憶が紐解かれる。

未完の王国。果て無き荒野。旅の途中で出会った魔族。取り残された人々の末裔。侵された地に無数の墓標。
殺戮の宴。黒の聖別。幸福品評会。眼球の骸。爪割り賊。怪物の口腔。指差し組。被支配の環。百八の年代記。
耳の穴からゆっくりと錐を挿入される光景。鼓膜を破られ頭骨を貫かれ脳を穿たれ絶叫の断末魔。鍋の中の人肉。人肉。人肉。

死。
黒の獣。
ヒトの眼と歯を持つ獣。

焦点が定まらない。全身の毛穴が開く。膝から力が抜けて立てない。口の端から唾液が一筋。拭うことすらままならない。
引きずり込まれる。胸から下が不可視の泥に埋もれ、しばらくして泥は可視となった。汚泥だ。腐臭がする。死臭もする。
やがて背伸びしても泥から顔を出せなくなり、ゆっくりと、ゆっくりとゆっくりとゆっくりと大気に別れを告げる。

反射的に伸ばした指先に、何かを掠めた。

>「……セシリア、だったか。まだいけるか?……聞け。相手の魔力量は、恐らく俺達より上だろう。
  このまま持久戦を続けていたら、こちらが持たなくなる。"これ"は俺が防ぐ。その内に奴を倒せ……いや、越えて見せろ。」

感触を確かめるようにもう一度。今度は掌に、確かな手応えがあった。

>「瘴気を使ったのが間違いだったな。──四凶"瘴血凶槍"」

瞬間、熱と光と風が渦を巻いた。精巧な幻を構築していた瘴気が更に別の何かに侵食され、透き通っていく。
世界が澄み渡る。晴れた視界の先で、赤い槍を抱えたハスタがセシリアの前を護っていた。
原理は分からないが、瘴気を浄化する手段を持っているらしいハスタの手から放たれた符術が、議会を満たす瘴気を晴らす。

>「あいつは病気だ。セシリア、お前が薬だ。」

赤の閃光が迸り、錬金植物達が寸断される。そうして出来上がるのは、ハスタが拓いたミカエラへ至る道。血道だ。
信用されていないというのに無条件に命を張ってくれるこの男は、髪の色を白に変えながら進撃を促した。

言葉は最早必要ない。強く頷いて、踏み出した。

「ああもう、どいつもこいつも! 人のトラウマ抉りくさって――!!」

意識して荒い言葉を吐き、精神を無理やり叩き上げる。
放った台詞が昔に戻った気がして、ほんの少しだけ高揚した。

5 :セシリア ◇N/wTSkX0q6:2010/10/02(土) 22:09:38 0
「ミカエラ先生、これで最後です。最早私と貴女の間を隔てるものは何もありません。結界も、この距離なら穿ち切れる」

アインの知識とハスタの能力を総動員して、ようやく同じ土俵に立てる。
ミカエラ=マルブランケの出鱈目な強さは、故に孤独を生んだ。人は補い合えるから群れるのだ。
なんでもできる人間に、仲間など必要ない。孤高とはすなわち頂点ただ一つのことなのだから。

「世界の総和は等量です。それは確かに同じです。己の尾を喰む蛇の如く、世界は偽りの無限に満ちています。
 今ある以上を求めて口を開けば開く程、自分を呑み込むウロボロスのように。――自壊する円環のように」

だけど。
魔導杖を構え、ゆっくりと弧をいくつも描くように空中へ術式を描く。
通常の術式陣ではない。三次元上に重複敷陣することで膨大な術式情報を仕込むことができる立体魔法陣だ。

「有限だからこそ、誰かと何かを持ち寄って、大きな財産に変えることも出来るんです。
 互いの尾を噛んだ蛇たちが、一繋がりの大きな環となるように!分かち合うことができるんです。だから――」

少しだけ微笑んだ。わからず屋を諭すような、抱擁の笑みだった。

――『進めばどっかに辿り着く以上、間違った道なんてこの世にはねえんだ。間違ってるみたいで不安になる道ばっかだけどな』

(馬鹿みたいな理屈だけど、今は借りるよ)

どこまでも耳障りの良い理想論を、それでも言ってのける。
レクストの影を追い続けるミカエラ=マルブランケにとって、最も必要とする言葉だから。
そんな、師にとっての精神の礎を、自分が担えなかったことにほんの少し心を抉られながら、言い放った。

6 :セシリア ◇N/wTSkX0q6:2010/10/02(土) 22:10:43 0
「貴女が道を間違うのなら、私たちも混ぜてくださいよ。――その道を、正しく変えて見せますから」

セシリアの眼前には、内部で魔力渦巻く球体が完成していた。
ありったけの知慧と有らん限りの魔力をつぎ込んだ立体魔法陣。


「攻性結界――『未完の王国』」


バシッと快音を奏でながら球体が弾け飛ぶ。
それは破裂ではなく膨張だった。帝政議会の部屋全体を覆うような中規模結界が展開される。

錬金植物を食い止めていたハスタは対峙する蔦が消滅するのを見るだろう。傍観するアインは不可視の圧力をその身に感じるだろう。
超高密度に満たされたセシリアの魔力は、結界内に一つの現象を生み出した。

ミカエラの生み出した錬金植物がセシリアのゴーレムの姿へ巻き戻り、
さらにゴーレムがその形を崩していき、やがて大量の鎖や刃物へと回帰し、
最後にミカエラが錬金瀑布を生み出す際に使った媒体だけが残った。

『未完の王国』の結界内では物理法則に則らないあらゆるものが未完に終わる。
術式で何かを産み出そうとすればそれは達成できず、結界内に練成物があれば再構成前の状態へと強制的に回帰する。

錬金術師・ミカエラ=マルブランケを超える為に練り上げ編み出した錬金封じの結界。
扱いが至難極むる立体魔法陣を用い、戦場では致命的な無防備故にまともに運用できない術式だが、今はハスタが護ってくれる。
だから使った。だからこそ発動できた。そして、ここから先はもう一人の役目だ。

「セルピエロ君、『手砲』を!」

物理法則から逸脱せずに火力を叩き出せるアインならば、この状況下でも優位に立てる。
逆説、これでもミカエラを拘束しきれないならば、今度こそ彼女たちに勝つ目はない。

『未完の王国』はセシリア=エクステリアの切り札であると同時に、最後の砦でもあるのだった。


【錬金術封じの攻性結界発動。アインに『手砲』でミカエラを狙うよう指示】


7 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 :2010/10/02(土) 22:17:08 0
>「……やはり、貴女は素晴らしいわ。そりゃあそうよね……貴女は文字通り、『地獄』を味わったんだものねぇ?」

(……っ!)

無遠慮に精神の深奥を抉る師の言葉。
やはりミカエラは、セシリアの心を折りにかかっている。制圧し、取り込む為に。
分かりやすいまでのあからさまな言動は、しかし確実に彼女の意識に楔を穿っていた。

>「く、ふふっ……あっはっはっははははははっ! さぁおいでセシリア! 貴女が向かってくると言うのなら!
  私はその手をしかと掴んで地獄へと誘ってあげる! 再び! 今度は二度と戻ってこれない地獄にねぇ!」

懐から取り出した瓶を煽り、飲み干したミカエラの周囲に術式の気配。
それは正しくセシリアの攻性魔術と同数の、『同じ威力かつ逆位相の術式』。
相殺以上でも以下でもない、正確無比の術式展開だった。これもまた、ミカエラ=マルブランケの真骨頂。

>「『離散』『鎮火』『霧散』『同調』『脱却』『活性』『断割』『包括』『突破』『拡散』『冷却』『氷結』『封殺』
  『熱波』『緩衝』『斬撃』『透過』『相殺』『分断』『隔絶』『浸透』『絶縁』『衝突』『逆転』『逆波』『灰化』……!!」

セシリアが演算能力を限界まで行使して捻出した術式の包囲網を、白痴でも相手にするかのように容易く撃墜した。
膨大な魔力に加え、魔術発動の技能すら上回ること適わない。踏んできた場数が違う、そもそもの地力が違う。

(これが教導院創始以来の才媛と呼ばれる所以……!常に誰よりも高みに立つ才の極み……!!)

ミカエラの能力においてもっとも厄介なのは、『抜きん出た才が特にない』ということ。
裏をかえせばそれは即ち全ての能力値が極めて高水準に纏まっているということである。
彼女は正しくなんでもできる。才あるものが努力して至る高みを、ミカエラは万人分持ち合わせているのだ。

そしてミカエラは能力を傾重しないが故に、平行して複数の技能を発揮することができた。
術式の並列展開など及びもつかない新領域。正真正銘のマルチタスク。

>「――『天地創造“眠りの森”』」

魔術を行使しながらの錬金術式。
セシリアですら及びもつかない鬼才の極みは、彼女のゴーレムをインターセプトし返すという離れ業までやってのけた。
忠実な兵として刃を連ねるはずのゴーレム『レギオン』が、今度は禍々しい植物に侵食されていく。

>「眠れなくなるような絶望の中で、眠りなさい」

「瘴気――!?」

思い出すのも頭痛がする『地獄』の大気。幻惑と蠱惑の毒霧が錬金術によって精製され、部屋を満たし始めていた。

「やば――セルピエロ君!」

アインも纏めて大気結界を張るが、瘴気は触れずとも幻を創りだす。ミカエラが指向性術式を仕込んでいるのか、最悪の幻覚だった。

「う、あ、ああああ、ああああああああ……!!」

必死に抑え込んでいた記憶が紐解かれる。

未完の王国。果て無き荒野。旅の途中で出会った魔族。取り残された人々の末裔。侵された地に無数の墓標。
殺戮の宴。黒の聖別。幸福品評会。眼球の骸。爪割り賊。怪物の口腔。指差し組。被支配の環。百八の年代記。
耳の穴からゆっくりと錐を挿入される光景。鼓膜を破られ頭骨を貫かれ脳を穿たれ絶叫の断末魔。鍋の中の人肉。人肉。人肉。

死。
黒の獣。
ヒトの眼と歯を持つ獣。

8 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 :2010/10/02(土) 22:21:52 0
レス移植被り失礼しました。>>7は無視でお願いします


9 :アイン ◆mSiyXEjAgk :2010/10/02(土) 23:09:37 0
>「瘴気――!?」
>「やば――セルピエロ君!」

大気を席巻していく瘴気を眼鏡越しに認めて、アインは即座に机の下から飛び出した。
そうしてセシリアの展開する結界に身を滑り込ませる。
一息吐き、だが直後に脳髄が疼き視界が揺らぐ。
吸い込んでしまった。侵されてしまった。
魔力を有さないアインは術式に対する耐性も酷く低い。
ただの一呼吸、ほんの微かに皮膚に付着した瘴気でも、彼の悪夢を見せるには十分過ぎた。

「……っ! う……ぁ……」

見えたものは、『先生』だった。
アインが息を呑み、まるでそれを契機としたかのように、『先生』の姿が揺らいだ。
溶解し、崩落していく。彼が最も恐れる未来を暗示する。

「先生……!」

溶け落ちていく『先生』へとアインは手を伸ばす。
ぐずぐずに形の崩れた彼女に彼の指先が迫り、

『――貴方、だぁれ?』

その一言を受けて一瞬の内に、勢いを喪失して静止した。
彼の指先は『先生』に届かず、彼女は崩れ落ちて完全に形を失った。
脂汗が滲む。双眸が見開かれ不規則に揺れる。呼吸が荒ぐ。
虚空へ伸ばしたまま震える右手が、緩慢に動いた。
白衣の袖に潜り、仕込んだ『手砲』が取り出される。

歯の根が合わず震えながら、彼はそれを自らの側頭部へ突き付けた。
人差し指が発射用の突起に触れて、ゆっくりと押し込んでいく。
そして――光が弾けた。

>「まだだ……!──四霊"二王仙胎"」

一瞬視界が白光に占拠され、それらが去っていくと同時にアインの正気が舞い戻る。
『手砲』を取り落とし、小刻みに顔を横に振って、彼は瞬きを数回繰り返す。
それから深呼吸をして、ようやく彼は一応の落ち着きを取り戻した。

直後、理性の灯火を取り戻した彼の瞳に、薙ぎ払われる植物群が映った。
道が切り開かれる。
セシリアがミカエラへと肉薄する為の道が。

アインは未だ、万全の状態ではなかった。
覚醒した意識に、受容器官が付いて来れていない。
視界は明滅が止まず、耳孔に滑り込む音は途切れ途切れで。

>「セルピエロ君、『手砲』を!」

それでも肝心要の一声だけは、彼は確かに聞き取った。

「……っ! 無茶を言う! 僕は魔術が使えない、戦えない人間だと言っただろうに!」

憎まれ口を叩きながらも、彼は動く。
落とした『手砲』に視線を落とし、だが拾わない。
白衣に仕込んだ『手砲』は一つではなく、一種ではないのだ。

10 :アイン ◆mSiyXEjAgk :2010/10/02(土) 23:10:22 0
「普通この局面で僕を最後に据えるか!? 馬鹿馬鹿しい!」

新たに取り出した『手砲』を構え、ミカエラへ向ける。
震えを帯びた手では狙いも覚束無い。
だが外せない。外す訳にはいかない。
それは『未完の王国』がセシリアにとっての最後の手段だから――ではない。

「これで外したら僕は大馬鹿野郎だ! やってやろうじゃないか!」

彼自身の矜持がそれを許さない。
手の震えは収まらず、それでも双眸を頑と見開いて、彼は『手砲』を撃ち放った。
爆音が響き――

「くっ……ふふ……残念だったわねぇ?」

弾丸はミカエラの肩口を穿っていた。
流れる血は微かで、ミカエラの眼は凛然と、意志の輝きを失っていない。
彼女は獰猛な笑みを浮かべる。

「……ふん、そっくりそのまま返すぞ、その台詞」

そして、アインも笑った。
ミカエラが表情を怪訝に歪め、直後に身体ごと揺らぐ。
直立が儘ならず、彼女は頭に右手を添えて膝を突く。

「今さっきお前に撃ち込んだ弾丸はな、中が空洞になっていて……その中に薬物を注入してあった。
 弾丸は物に命中するとその衝撃でひしゃげ、中の薬物が漏れ出す仕組みだ。
 ……ただ、貫通するより殺傷力が強くてな。お前を殺さない位置を狙うのは面倒だったが」

言い終えて、アインは安堵の息を零した。
ミカエラの呼吸が浅く、頻度を増し、瞳に宿る意志が混濁する。

「まぁ、そう言う事だ。事が終わるまで寝てるんだな」

11 : ◆mSiyXEjAgk :2010/10/02(土) 23:11:08 0
 


>「瘴気を使ったのが間違いだったな。──四凶"瘴血凶槍"」

奪い取った筈の属性、術式を更に強奪された。
違う。毒蛇が自らの毒で死ぬ事が無いように、ハスタには元より瘴気の類が通用しないのだ。
両の眼を研ぎ澄まして、ミカエラは現状を見極める。

多少面倒な事になった、と彼女は冷静に判断した。
だが所詮、面倒の域を逸脱はしないとも。

植物の群れが一纏めに四散させられる。
道が開かれてしまった。
セシリアは距離を詰めてくるだろう。

――それが何だと言うのだ。
結界を再展開する時間は十分にある。
破られたとしても、薬物を用い感覚を先鋭に収斂させた
彼女ならば、迫る術式を見てからでも相殺出来る。

「さぁ……おいでなさいな」

所詮、セシリアの手はミカエラに届かない。
彼女は自分の直前で止まるセシリアの手を掴み、『地獄』へ引き摺り落としてやればいい。

>「ミカエラ先生、これで最後です。最早私と貴女の間を隔てるものは何もありません。結界も、この距離なら穿ち切れる」

「壁に触れる事と、壁を砕く事は違うわよ? それが分からない貴女ではないでしょうに」

くすくすと、ミカエラは口腔内で笑声を燻らせる。
自分から動こうとはしない。
セシリアを受け止めた上で叩き潰す事に、意味があるのだ。
それはアインのような矜持の上での問題ではなく――もっと即物的な意味合いを有していた。

>「世界の総和は等量です。それは確かに同じです。己の尾を喰む蛇の如く、世界は偽りの無限に満ちています。
> 今ある以上を求めて口を開けば開く程、自分を呑み込むウロボロスのように。――自壊する円環のように」

「その自壊する過程にこそ、得る物があるのよ。果実の皮を剥くように、卵の殻を割るように。
 何処かで何かが壊れる事を甘受しなければ、何かを得る事は出来ないの。……だから、私の為に壊れなさい、セシリア」

>「有限だからこそ、誰かと何かを持ち寄って、大きな財産に変えることも出来るんです。
> 互いの尾を噛んだ蛇たちが、一繋がりの大きな環となるように!分かち合うことができるんです。だから――」

>――『進めばどっかに辿り着く以上、間違った道なんてこの世にはねえんだ。間違ってるみたいで不安になる道ばっかだけどな』

ミカエラの表情がほんの少しだが、歪んだ。
心が痒痛を訴え、しかし黙殺する。
今更後戻りなど、出来ないのだ。

――下らない綺麗事が入り込む隙間など無い程に、彼女の心は汚れ歪んでいる。
理知の体現たる彼女は狂気に身を鬻いで尚、その事を自覚していた。

>「貴女が道を間違うのなら、私たちも混ぜてくださいよ。――その道を、正しく変えて見せますから」

「……無理よ。私が望むのは理に逆らう事、貴女が……レックが言う『道』を何処までも何処までも、遡上していく事だもの。
 『道』を同じくした所で、貴方達は進んでいく。私は遡る。決して相容れないのよ」

だから、と彼女は言葉を繋ぐ。
終りへの架け橋を。

12 : ◆mSiyXEjAgk :2010/10/02(土) 23:12:05 0
「もう、いいでしょう? ……終わらせましょう」

ミカエラはただ、待ち構える。
セシリアの次なる――恐らくは最後の一撃を。
そして展開されるは、錬金封じの攻性結界。

ミカエラがやってのけた術式の相殺を形式化して、自動化した。
鬼才の業全てを内包する、至上の相殺術式――『未完の王国』。

(これよ――! 貴女は時間と努力を重ねれば、何処まででも高みへ昇り詰める事が出来る!
 そう、貴女の才には……『際限』と言うものが存在しない!)

『才鬼』の血、エクステリアの姓を冠しながら、彼女は努力を怠らなかった。
周囲からの期待に応えるべく、地獄を経た体験を乗り越えるべく。
そしてその努力は総じて例外なく、彼女の能力へと昇華している。

時と努力を積み重ねれば、きっと彼女は何処までも成長出来る。

「その頭脳が私には必要なのよ! だから! ここで死になさい! セシリア・エクステリア――!!」

セシリアがもしも、あと数年早く生まれていたら――恐らく彼女はミカエラより更に高次の術士になっていただろう。
だが、それはあくまでも「もしも」だ。
『未完の王国』は文字通り、未完成だった。

球体状の術式陣はその性質上、内側からの圧力に弱い。
ミカエラならその弱点を補うべく、内部で発生した魔力を逃し、いなす為の術式を付加する。
セシリアの術式にはそれがない。

よって錬金術ではない単純な魔力を結界内部に放出し続けてやれば、

「――この結界は、自壊する! 貴女の負けよ!!」

勝利の宣言に、しかしセシリアは動じない。
代わりに声を張り上げる。

>「セルピエロ君、『手砲』を!」

ミカエラが息を呑んだ。
ここに来て、まさか最後の一手を他人に託すとは。
彼女にはよもや、予想出来なかった。
全てを一人で成し遂げてきた彼女では、他人を頼ると言う発想に至れなかった。

間に合わない。
『未完の王国』を砕き切る前に、アインの『手砲』がミカエラを睨む。
直後に、爆音が響いた。

「くっ……ふふ……残念だったわねぇ?」

だが、ミカエラは笑った。
アインの放った弾丸は彼女の肩口に命中した。
鋭い痛みが全身を駆け巡り、血が滴る。

ただ、それだけだ。
痛みは耐えられる。出血も大した量ではない。

――けれども不意に、彼女の思考に靄が掛かる。
アインが弾丸に仕込んだ、薬物によって。
屹立の姿勢を維持出来ず、彼女はその場で膝を折った。

13 : ◆mSiyXEjAgk :2010/10/02(土) 23:13:17 0
そのまま彼女は上体をふらりと崩して、床に倒れる。







「――まだよッ! まだ終わってないわッ!!」

上体を起こし目を血走らせて、ミカエラが叫んだ。
瞬時に魔力を大放出し、硬質な破壊音と共に『未完の王国』を粉砕する。
同時に掌で床を押し、脚で床を蹴り、野猫の跳躍でセシリアへ肉薄した。

アインの弾丸を受けて何故、尚も彼女は活動が出来るのか。
その理由は彼女が先に嚥下した薬――『覚醒《めざめ》の秘薬』。
感覚を、意識を研ぎ澄ます魔性の薬が、彼女が昏睡の淵に沈む事を阻んだのだ。

肩から伝った血に濡れた右手で、ミカエラはセシリアの頭部を掴む。

「私は貴女を『掌握』する! その頭脳を我が物とする為に!!」

彼女がせんとする事は、先日レクストに仕掛けた精神誘導術式の同系統。
同系統にして、別次元の術式。
意識に指向性を与え思考を傾倒させるのではなく、相手の全てを『理解』して『掌握』する。

ありとあらゆる思考を、思想を、経験を、体験を、足跡を、人生を。
何もかもを追体験して対象の存在の中核へ迫り、掴み取る術式。
人の身では、人の心では、到底堪え切れない机上の空論に、ミカエラは挑む。

「あぁあああああああああああああああああああああああああッ!!」

膨大な情報量が、彼女の精神を圧殺せんと押し寄せる。
眼球内の細い細い血管が破れ、眼が赤く染まっていく。
押し潰されまいと食い縛る奥歯が悲鳴を上げて砕けた。
臓腑が襤褸切れのように成り果てて、口元から赤黒い血が溢れる。

「これしきの……地獄で! 折れてなるものですかああああああ! 」

それでも、彼女は進んでいく。
圧殺され、捻り潰されてしまいそうな情報の中を。
セシリアの『地獄』さえもを踏み越える。

「『彼』を取り戻す為に! 私は全てを地獄に投げ棄ててきた! だけど足りないのよ!
 私の持っていた全てを擲っても『彼』には届かなかったッ! だから貴女の『頭脳』が必要なの!
 限界なき貴女の『頭脳』なら! 『彼』に届く! 全てを取り戻せる!」

ミカエラがセシリアへ深く踏み入る過程で、彼女の思考が逆流する。

ミカエラが持つ真理を追求する錬金術の才覚と、セシリアの際限なき頭脳があれば。
この世に再現出来ない物など、存在しなくなる。
最愛の人も、この戦いで殺されてしまうだろうレクストも、今まさに殺さんとしているセシリアさえも。
何もかもを再現出来る。

全てを失ったミカエラが見出した、全てを得る為の術だ。

逆説、これが成せなければ、彼女は失ったままで終わる事になる。
彼女自身の持ち物は勿論、ルキフェルに敵う筈もないレクストやセシリアも。


14 : ◆mSiyXEjAgk :2010/10/02(土) 23:13:58 0
「その為に! 私は負けられないのよ!!」

咆哮と共に、ミカエラは垣間見た。
セシリアと言う存在の中核を。
後一歩、踏み込んで、腕を伸ばせば、掴み取れる。

苦悶に塗り潰されていた彼女の表情に笑みが宿り――しかし直後に、何かが彼女の行く手を阻む。

「邪魔――!!」

全てを取り戻す為の鍵は、目前なのだ。
払い退けるべく腕を振り上げて――彼女は硬直する。

レクスト・リフレクティアが、彼女の目の前にいた。
無論本人ではなく、あくまでもセシリアの中にある彼の存在だ。
逡巡し、ミカエラは振り上げた腕に力を籠める。

だが、振り下ろせない。これ以上、踏み入れない。

それくらいに、レクスト・リフレクティアの存在は大き過ぎた。
ミカエラにとっても――恐らくは、セシリアにとっても。

「どうして……どうして貴女はそんなにも恵まれているの?
 人よりも優れた才を持ちながら、尚も人と共に歩み、頼る事が出来るの?」

万策尽きて、彼女は呆然と呟く事しか出来なかった。

「父は初めからいなかった。母も彼も死んでしまった。貴女もレックも、いなくなってしまった」

瞳に宿る嫉妬と羨望の境界線から、一筋の涙が零れる。

「私は……一体どうすれば、誰に頼れば良かったって言うの……?」


【ミカエラ敗北。質問したり尋問したり、あと何か諭してやって下さい】


15 :ルーリエ・クトゥルヴ ◆OPp67eYivY :2010/10/03(日) 22:13:54 O
「……ルキフェルは私たちが倒します。それまで弟を預け置くから丁重に扱いなさい」
暗闇と明かりの分水嶺。幾匹もの、幾柱もの存在を乗せた石畳の上に、その雌の家畜は立っていた。金の髪を揺
らし、白い肌を上気させ、赤い唇は怒りに震えている。
意味のあるものは僅かしかない。
この場合は、ランプの灯りを反射した目のみが、その家畜の本質を表していた。その長い髪も、白い肌も、赤い
口も、結局は付属品でしかない。自制とその解放。抑圧。それに伴う混乱。それを覆う更なる自制。何度も見た
感情だ。追い詰められた騎士。本を焼かれた魔術師。足を切られた盗賊。その度に、家畜に個性などと言うもの
が殆ど無いと気付かされる。幾ら速くとも、強くとも、聡くとも。彼等は何時までも、絶望的に変わらない。
「驚いたな。その速さと、そこで踏みとどまった事。両方に。」
「止めろ、ガタス」
背後に豚の声を聞く。同時に短剣を抜く音も。虚淵を反射した俺の声が、子供達の吐息に音を載せた。
見えなかった。けして目が良い方ではないが、素振りも追えなかったのは、余りに可笑しい。レイピアに気を取
られて、その隙にか。違う、と経験が否定する。無意識が手繰り寄せた記憶は、今朝渡されたとある資料の内容。
つまりは、ルキフェルの。
時を止めたか。
“偉大なる者”の深淵に触れたということだ。
「いろいろ予定とは違うがまあ、かえって落ち着いて話せていいな。
では用件を言おう。
俺は約束を果たすために帰ってきた。
200年の時が過ぎ、世代は変わろうとも誓いは果たす。」
豚が脇を通り過ぎながらレイピアをバトンの様に回す。直ぐに耳障りな風鳴りは止み、柄を雌の家畜に向け、そ
して手渡した。全てが芝居がかっている。嘘臭さも、作り物としか思えないその挙動も、全てはその場に内包さ
れている。ここは劇場であり、豚はただ台本を読んでいるのだ。豚が七歩歩いて、七十五度を回る。目線は此方
に向く。左手を緩やかに曲げ、右手は腹の上に乗る。全てに意図が含まれているように感じられる。それは常に
嫌らしい、湾に溜まる泥の様な臭いを発している。
『お前たちの渇望するモノをくれてやる為に。
屠殺ではない、戦いを!闘争を!お前たちに与える為に。
与えられた黒き鎧に相応しい戦いを!』
「戦いの後、近くにこの都市の管理者は変わる。
新たなる管理者は人外の力を欲せず、契約は受け継ぐつもりはない。……案外そちらもその気で待っていたの
かな?
若い者同士随分と仲良くさせてもらっているようじゃないか。」
「共同戦線を張る事に対し、俺に異論は無い。だが、あまり時間が残されていない。
此処は下水。つまり地下だ。帝都民の魔族化、天帝城の階層を考慮すると、悠長に構えている暇は無いぞ。」
俄に家畜達が語り合う。目的と理由。信念に義憤。分からないのかもしれない。彼等は、分からないのだ。
己の矮小さ、皇帝の思考、この都の存在理由、地獄、門、鍵、神、支配者、偉大なる者、人間、家畜、運命。
そして歴史。
どれほど黙っていただろう。いつの間にか、辺りは静けさを取り戻していた。吊り下げられた家畜すら、今は息
を殺している。否、耳を澄ませている。壁の中を這いずり回る想像上の怪物が、飛び出す気配を伺っている。
「……家畜の欲望は、その意味を他者の欲望のうちに見出す。
それは、欲望される対象の鍵を他者が握っているからというよりは、むしろ、欲望の第一の対象は、他者によっ
て認められる事だからだ。
家畜の欲望が形作られるのは、他者の欲望としてでしかない」
お前達の事だ。怪訝な顔をした家畜達に呟いた。分からないだろう。分かろうはずもない。
「少し、遅かったな。あと少し早ければ、その提案を受けていたかもしれない」勘違いをするな。と顔を上げる。
彼等は丁度、銘々の武器を構えた所だった。「手伝わない、とは言っていない。皇帝に従う義理は無いが、従わ
なければならない理由はある。皇帝は貴様らを疎んじてはいない。より正確に言うならば、リフレクティアを、
なのだが。お前達は単なる付録だ」
先ずは、話を聞こう。何が貴様らの欲望だ。ルキフェルに関して、俺に何を求める。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵


16 :ルーリエ ◆OPp67eYivY :2010/10/03(日) 22:15:20 O
『水面に変化はない』
水面に変化はない。クラウチは木炭を片手に遊ばせながら、つい先程ンカイの潜った位置を眺めていた。起こっ
た波紋は緩やかな流れに押し流され、幽かな明かりの中、振動を伴う反射がきらめき、停止した空間に不確かな
時間をもたらしていた。
クラウチは荒く編まれた紙をきらめきに透かして、隅に潜む不安を紛らした。意識は移ろい、視界に有るものを
全て確かめた後、ふと再び紙を見つめる。
『水面に変化はない』
と彼の字で書かれた紙は、彼の意識を過去へと移行させ、今を通りすぎ、やがて未来へとたどり着かせた。
展望。今、彼ら血族を支配するのは、ただこの言葉だった。彼らの“神”が甦るまで、つまり星辰が揃うまで、
気の遠くなるような時間をこの都で生きる事を強いられた彼ら血族は、ようやくこの都から逃れる算段を見繕っ
たのだ。
彼は紙を透かすのを止め、今日記述したメモの束を懐から取りだし、その内の一枚を抜き取った。
これも無意味な物になると気付き、寂しく思う。
『皇帝曰く、運命から逃れるには分かれた因果を一つに戻すしかないと。
それが完璧なものでない以上、世界を二つに分けるのは誤り。なぜなら不完全であるから、どうしても魔はこち
ら側に漏れてしまう――つまりかの大魔導師の判断は誤りだったという訳で――そして、神に操られている家畜
ではその因果を変えることはできない。皇帝自身も例外ではないようだ。
できるのは神に仕えし天使か、悪魔か、本物の人間か。或いは、神をも超える支配者か。
私見:どちらにせよ、我々には関係の無いことだ。干渉は不確定であるし、我々には干渉する理由がない。』
「何だ、悠長に遊んでら」
大きな水音に、クラウチははっと顔を上げた。丁度ンカイが水から半身を出して岸に手を掛け、肩に担いだ男を
陸に投げ出した所だった。
「殺したのですか?」
「見りゃわかるだろ」
唸りながらンカイは水から揚がる。注意してみれば、汚れた水が赤く染まっている。煙のように水中に留まり、
直ぐに流れに掻き消される。
「さっさと水を吐かせろ」
四つん這いになり、荒く息を吐いていたンカイは、クラウチの視線に気付くなりそう吐き捨てた。クラウチは副
隊長の傷を気にしながら、何があったのかを気にしながら、直ぐにリフレクティアの蘇生に取りかかった。籠手
を外し、仰向けに寝かせたリフレクティアの髪を掴んで顔を横向きにし、口の中、喉の奥に容赦なく人差し指を
捩じ込み、内部の皮を巻き込むようにして掻き出す。数度繰り返すと、リフレクティアは籠ったような湿った音
と共に、咳き込みながら水を吐き出した。
「おら糞野郎。やってくれたなぁおい。胸と腹が轍に埋もれた蛙みたいになったぞ、ぇえ?」
ンカイはぎこちなく胡座を掻き、リフレクティアを睨み付けながら、しかしどこか嬉しそうにそう言った。腹か
ら左胸にかけて、濡れた服に血が滲んでいる。中身はどうなっているかは解らないが、この奇妙な上司は無理に
捻った表現をしない。つまりは、轍に埋もれた蛙みたいになっているのだろう。クラウチはそう思った。恐らく、
暫く動けまい。
「ん?何だ、自分のゲロに溺れたか?……まあいいや。
どうだ、勝負はあたしが負けたが、お前は結局這いつくばったままだ。
悔しいか?死に物狂いになって、でも情けを掛けられなきゃ生き延びることも出来なかったってよ。掌で転がさ
れたって。
なら望む事だな、ルクスト。あたしともう一度殺し合うことを望むんだ。そうすりゃ、そいつはきっと叶う」
ンカイは胡座を掻いたまま、だらしなく頭を地面に付け、リフレクティアの目を覗き込んだ。
「いい目だ」
その言葉を皮切りに、クラウチはレクストを持ち上げた。ふとクラウチが見下ろせば、ンカイは既に息をしてい
なかった。目を薄く開いたまま、頬を地面に付け、気持ち良さそうに死んでいた。心臓を潰されていたらしい。
まあ、放っておけば、その内蘇るだろう。
クラウチ奇妙な上司の奇妙な死に様をしばらく眺め、肩に担いだ死に体のリフレクティアを担ぎ直し、器用に片
手でメモを取った。

『水面に変化なし。首を刈られて尚、鶏一羽が意地を見せる。
楽しき事は幸いなり。』

クラウチ・E・ソトスは記述する。


【ルーリエ:案には乗らないが協力はするつもり。極めて不気味、不審。
ンカイ:死亡
クラウチ:レクストを詰め所まで連れていく】

17 :青年 ◆7zZan2bB7s :2010/10/04(月) 21:56:52 0
――フィオナ・アレリィ。貴方に、彼からの伝言です。

ルーリエ達と戦っていたフィオナの背後で、声がする。
そこに立っていたのは、白い服を着た青年。
銀髪の、美しい青年であった。その姿、声は正しく――

あの男、ルキフェルに他ならない。
しかし、その顔は慈愛に満ちた微笑に満ちていた。
しかしその笑みは、悲しげな顔へと移る。
彼は、人々が呼ぶ”神”。云わば力の根源である。
かつて、ルキフェルと争いそして勝利しながらもその力のほとんどを失い
神殿の奥で眠っていた。
こうして、僅かな力を使い神殿騎士である彼女へとコンタクトを取ったのだ。

――彼は、マンモンは。既に、息絶えようとしています。ルキフェルに、
幾ら拷問を受けようと決して、彼はアルテミシアの魂の場所を教えませんでした。
それは、何故か。彼が、まだ信じているからです。人を、そしてこの世界の明日を。――

天帝城のミアが安置されているクリスタルの前。そこに四股を切断され吊るし上げられたマンモンの姿があった。呻き声も出せない中で何度も呟く。
「フィオナ、フィオナ――頼む。私の果たせなかった夢を、希望を。」

青年はマンモンの姿をフィオナへと”可視”を通して彼女の意識へと送る。
彼が、何故ルキフェルに仕えたのか。そして、彼の正体を探る為に
汚名を着た事を。最後の鍵であるミアを守る為に、あえてその魂を抜き取った事を。
今でも、彼はフィオナの教師であった頃の聖職者のままだった。
その真実だけが、確かに脈を打って伝わる。

――行きなさい。貴方達は、たとえ彼が作り出した命であったとしても
私の子達なのです。必ず、彼を。ルキフェルを、封印するのです。
彼は、”空から来たりし者”。彼の真の正体はこの地上が生まれる前から存在した
――

青年の全身が霧に包まれたように消えていく。
全てをいい終えるまでもなく、それはゆっくりとフィオナ達の前から無くなった。

18 : ◆NIX5bttrtc :2010/10/05(火) 22:16:43 0
迫り来る憎悪を内包した植物を刈り取るハスタ。セシリアとミカエラの間に道が拓け、障害となるものは無かった
ハスタの背を視界に映らせたセシリアは強く頷き、そして踏み出した

>「ああもう、どいつもこいつも! 人のトラウマ抉りくさって――!!」

荒い口調と共に声を張り上げる
"眠りの森"の影響による過去の採掘。いや、瘴気とは人の心、弱い部分を抉り出す幻術のようなものだ
人が体験してきたものは、時と共に薄れてゆく。しかし、完全に消去することは不可能だ
深層意識化ではしっかりと刻まれている。事実を、己の体感したものを――

>「ミカエラ先生、これで最後です。最早私と貴女の間を隔てるものは何もありません。結界も、この距離なら穿ち切れる」

意志を強く秘めた瞳で、ミカエラに言葉を放つ
セシリアに背を向けたハスタに彼女の表情は知り得ないものだが、言葉を通してそれらは伝わってくる

>「世界の総和は等量です。それは確かに同じです。己の尾を喰む蛇の如く、世界は偽りの無限に満ちています。
 今ある以上を求めて口を開けば開く程、自分を呑み込むウロボロスのように。――自壊する円環のように」

手にした杖で空中に弧を描くように術式を、魔方陣を刻み始める
そして、膨大な魔力が渦巻く巨大な球体が生成される。並の術士では到底成し得ない極大の魔術

>「攻性結界――『未完の王国』」

快音と共に弾ける球体
帝政議会内を覆い尽くす結界が展開される
それと同時にハスタが薙ぎ払っていた蔦は消滅し、植物によって侵食されたゴーレムは崩れ落ちる
ミカエラが錬金術を生成するために使用した媒体へと、全て回帰した

しかし、ミカエラに決定打を与えるまでには至らなかった
それらを計算し、把握していたセシリアが叫んだ

>「セルピエロ君、『手砲』を!」

瘴気によりアインの目は虚ろに、正常な意識を未だ持てない彼向け放たれた言葉
しかし、その声にぴくりと身体が反応し、目に意識の光が戻った

>「普通この局面で僕を最後に据えるか!? 馬鹿馬鹿しい!」

予想だにしなかったのか、声を荒げながら手砲を弄るアイン
手に収め、狙いを定めるも覚束ない手は小刻みに震えている
この一撃は外せない。確実に成功させなければならない局面だ。手砲を構え、アインは撃ち放った
爆音が鳴動し、弾丸が空を裂き、勢いを増す。だが、ミカエラの肩を掠めるに終わる

>「くっ……ふふ……残念だったわねぇ?」

>「……ふん、そっくりそのまま返すぞ、その台詞」

押し殺すように笑う彼女に、アインは口端を吊り上げながら言葉を返した
弾丸の内部に注入された薬物がミカエラを襲い──彼女は、地へと膝を付いた

「……。」

19 : ◆NIX5bttrtc :2010/10/05(火) 22:18:49 0
羨望と嫉妬に染まっていたミカエラのが僅かに晴れてゆく
魂が抜けたように呆然としている彼女に、もはや戦意などは残っていなかった
頬を伝う一筋の涙。持たざる者であると言うことを吐露するミカエラ

>「私は……一体どうすれば、誰に頼れば良かったって言うの……?」

「人間て言うのは、本当に脆弱だな。」

いつの間にかミカエラの正面に立っていたハスタが、口元を歪めながら吐き捨てた
彼女を哀れな物を見るような瞳で見下すと、脚を顎先目掛けて振り上げる
快音と共に衝撃で仰け反る彼女を見る事無く、アイン、セシリアへ顔を向ける

「……なかなか面白い劇だったよ。学者君の方は薄々気付いていたようだけどね。
なぜこんな回りくどい事をしたんだ、というような顔をしているね。
……これはゲームさ。人間を使った、愉快で、激しくて、壮大なゲームなんだよ。」

アインとセシリアには、ハスタの顔が黒髪黒瞳の幼さを残す少年と重なって見えているだろう
しかしそれは一瞬で、再び瞬きをする頃にはハスタの姿に戻っていた

「……さあ、始めようか。」

鮮血の狂槍から、瘴気が漂い始めた

【ミカエラを攻撃。アインとセシリアに正体を明かす。空気ブチ壊してすみません。】

20 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/10/07(木) 02:27:14 0
『どうだ、勝負はあたしが負けたが、お前は結局這いつくばったままだ』

最初に感覚が戻ったのは、やはり頬の皮膚だった。
冷たい、ごつごつとした石畳の感触。温くぬるりとした水底の苔とは違う、確かな陸上の肌触り。

『悔しいか?死に物狂いになって、でも情けを掛けられなきゃ生き延びることも出来なかったってよ』

やがて光が回帰する。
汚水に侵された鼓膜が外気と再会し、あの独特の訛りが効いた喋りが耳朶を打つ。

『なら望む事だな、ルクスト。あたしともう一度殺し合うことを望むんだ。そうすりゃ、そいつはきっと叶う』

息が吸える。しこたま水を飲んだ筈の肺が、若干の噎せっ気はあるものの、ちゃんと機能を回復している。
下水の大気はそれは酷い臭いだったが、それでも汚水の底に比べると山頂を思わせる涼感があった。

目が見える。下水道の陸の上で、元・鳥兜の女が浅く呼吸しているのが見えた。

(生きてる……)

生きている。レクストも、鳥兜も。
死にもの狂いでバイアネットを振るい、その衝撃で自らも気絶したレクストは、そこからの記憶がない。
そして今陸に上げられ水を吐かされ命を保っているということは、とどのつまり彼女によって生かされたのだ。

始めから、本気の殺意などなかった。
腕が動く。指も動く。回復した手首から先が最初に行ったのは、悔しさを握りしめて堪える作業だった。

(二回目だ……!二度も同じ奴に!命のやりとりをしておいてまた助けられた……!!)

屈辱とはまた違う、純粋な自尊心の跳ね返り。
挫折はそれこそ星の数ほど経験してきたが、生存ではなく『勝利』を渇望したのは初めてだった。

声が出ない。呼吸することはできても、喉を震わせ言葉を作る機能まではまだ戻っていなかった。
だから、せめて視線に想いを乗せる。殺意でも害意でも敵意でもなく、純然たる『戦意』の双眸。

(俺の名前、覚えとけよXXX・XXXXX。その時までに、俺もお前を呼べるようになるから)

――『いい目だ』

それっきり、鳥兜は何も言わなくなった。
レクストはもう一人の猟犬に担がれ、ズタ袋のように運ばれてその場から去った。


【ティンダロスの猟犬詰め所】

>「手伝わない、とは言っていない。皇帝に従う義理は無いが、従わなければならない理由はある。
 皇帝は貴様らを疎んじてはいない。より正確に言うならば、リフレクティアを、なのだが。お前達は単なる付録だ」

「つまり、俺の頼みなら聞いてくれるってことか?親父の七光りってのもぞっとしねえけどよ」

連れていかれた先は妙な生活感に溢れた一室だった。
そこへ至る頃には既にレクストの身体も立って歩ける程には回復し、黒甲冑の肩を借りずとも地に足着けてそこに居た。
汚水浸しになった装甲服は自浄作用を持ってはいるものの暫くは着れそうにもないので、脱いで小脇に抱えてある。

「……よう、駄犬、騎士嬢、剣士。どうにかまた会えたな。ああいや、俺はもちろん俺を信じてたけどな?」

ただ装甲服の中に着込んでいた肌着だけはどうしようもないので防水加工されたバックパックから予備を出して着替えていた。
よって、下半身の泥塗れと上半身の不自然な白さが奇妙なコントラストを映えさせている。
『手砲』が火を扱う以上濡れたままでは使えないだろうから、服が乾くまで戦闘行動は自重した方が賢明だろう。


21 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/10/07(木) 02:28:50 0
そして、

(ジェイド――)

そして部屋の隅に屠殺台があった。戒められ、皮を剥がれ、何らかの術式を刻まれた姿。
頭皮がざわつき、筋肉が硬直し、背筋から後頭部に駆けて熱いものが駆け抜けていくのがわかった。
それは怒りであり、畏れであり、哀れみであり、諦観。元同僚にして英雄の無残な風体を見て感慨がないわけではないが、

(『猟犬』は意味のないことをしない……何かしらの思惑があるんだろうな)

それにこの状況に対して怒りを示すのは、きっとフィオナが既にやっているだろうから。
姉である彼女が黙っている以上、後から来た自分がもう一度収まった場を掻き乱すのは下策。
かと言って割り切れないものもあり、レクストは片手で額を掴み押さえることで自分を抑制した。熱い息を吐く。吸う。

「犬兜。お前のお仲間とは話をつけてきた。『そういう取り決め』になってんだろ?回りくどい真似しくさって」

腰に挟んだ剣を抜いた。光の一切を反射しない刀身は感情を吸って低く嘶く。
柄を逆手に持ち、腕を伸ばして犬兜――ティンダロスの首魁へ向けて構え、打ち下ろす。
下方を指していた剣先は容易く石畳に突き立ち、刺さり、少しだけ沈み、墓標の如く屹立した。

「――協力してくれ。俺たちはここから天帝城に侵入し、幽閉された『門』……ミアを取り戻す。
 『門』ってのがどういう代物かは知ってるよな。あいつが持ってる凄い魔力で凄い術式を動かし、ルキフェルを倒す。ジェイドも救う」

肝心なところが曖昧なのは、レクストに詳細な情報が伝えられていないからだった。
ルキフェル討伐隊にとってレクストの存在はあくまで雑用係の便利屋でしかない。
レクスト本人もまた、『リフレクティア』の銘についてきた正しく付録なのだ。

「ただこれが一筋縄じゃあいかねえ。ルキフェルは傘下の魔族をいくつか飼ってる」

彼の母の亡骸もまた然り。『ルキフェルの仲間』として計上するのに、それでも躊躇わなかった。

「そして性質の悪いことにルキフェルはこの国の中枢にまで入り込んでやがる。
 城の中やミアの見張りにも魔族やルキフェルの息のかかった連中が任されてるはずだ。だから、」

今のままじゃ、抗えないから。
中枢まで侵されたこの帝都において、満足に動けるのは個人か、皇帝直下の『猟犬』しかいない。

「力を貸してくれ。一緒に戦ってくれ。……リフレクティアの名がどこで効くのかわからねえけど」

惜しむらくは彼に、利害の計算をする能がなかったことである。


【ンカイの遺言を胸に再戦を誓う】
【詰め所到着。ルーリエにミア奪還における力添えを要請。利害が一致するかどうかは思慮の外】
【『リフレクティア』がどのような意味を持つか正しく把握していない】


22 :名無しになりきれ:2010/10/07(木) 12:22:51 0
ちんたまほうかい

23 :フィオナ ◆tPyzcD89bA :2010/10/08(金) 02:53:51 0
『驚いたな。その速さと、そこで踏みとどまった事。両方に。』

驚いた。ギルバートはそう口にしたが、それはフィオナとて同じだった。

「それはこちらの台詞ですよ。目にも追えない、なんて表現じゃそれこそ追いつきませんでした。」

ギルバートの掌の上でくるり、と旋回し柄を向けられたレイピアを受け取りながらフィオナは応じる。

目も眩むような怒りに支配されながら、同時に針の穴すら貫き通せそうなほどの頭の冴え。
先程まで自身が至っていた状態をまとめるとまさにそんな感じだった。

伸び行く剣の切っ先が、抉れ爆ぜる壁の破片が、まるで絵本を一ページ一ページ捲るような速度ではっきりと視えた。
にも関わらず最後の瞬間、まさにその時だけ、ギルバートは居たのだ。
フィオナ自身の前、そして椅子に座るティンダロスの猟犬の後ろに。

(もっとも。貴方が何をしてみせようとも、もう驚かないって決めましたけどね。)

当のギルバートはフィオナとオリンに背を向け、猟犬との交渉を進めていた。
曰く、200年前に交わされた約束。その誓いを果たしに来たとのことだが、無論それが何を示すのかは知る由も無い。

『戦いの後、近くにこの都市の管理者は変わる。
新たなる管理者は人外の力を欲せず、契約は受け継ぐつもりはない。』

(――え?)

だが続けて紡がれる言葉は、到底聞き流すことの出来ない内容を過分に含んでいた。
都市の管理者が変わる。それは即ち皇帝の血筋が途絶えることを意味しているのではなかろうか。
そして、次に台頭する者が既に決まっていることも言外に伝えていた。

『共同戦線を張る事に対し、俺に異論は無い。だが、あまり時間が残されていない。
此処は下水。つまり地下だ。帝都民の魔族化、天帝城の階層を考慮すると、悠長に構えている暇は無いぞ。』

流れの剣士であるオリンはそのことに余り頓着を見せる様子はないらしい。
目下の行動を見据え、実に現実的な提案をするのみだ。

確かにオリンの言うことは正しい。
しかし、フィオナ=アレリィは地方在住とはいえ帝国人である。
その屋台骨たる現皇家の根絶を仄めかす言葉は流石に看過出来ない。それが此度の元凶の一角であるといってもだ。

「いやいや、ちょっと待って下さい――」

前言撤回とばかりに慌てふためきながら、ギルバートへと声をかけるがその声は届かない。
無視されているのかと、オリンに声をかけても結果は同様。

(どういうことですか……?)

その場に居合わせながら、ただ一人別の場所にいるかのような錯覚に陥る。
そしてそれを肯定するように、声が響いた。

24 :フィオナ ◆tPyzcD89bA :2010/10/08(金) 02:55:37 0
――フィオナ・アレリィ。貴方に、彼からの伝言です。

背後から響く声に振り返る。

「なっ、貴方はっ!!」

思いのほか近く、余りにも無造作に立つのは、白い衣に身を包んだ銀髪の美丈夫。
ルキフェル。ジェイドを殺した仇敵。

(此処まで接近されて誰も気づかないなんて……)

後方へ飛び退り、距離を取る。
だがこの行為もどれ程の効果があるだろうか。
ルキフェルは生粋の魔族。
四方一里を灰燼に帰さしめる腕を持ってすれば、間合いなどは無きに等しい。

「我慢しきれず自ら邪魔者を消し去りに来た。そういうことでしょうか?」

フィオナの問いかけに返ってくるのは微笑のみ。
だが此処ではたと気づく。目の前のルキフェルが浮かべる笑みには全てを見下すような感じが一切無いのだ。
代わりにあるのは何処までも深い慈愛。

「……貴方は、ルキフェルなのですか?」

フィオナは問いかけながらも、その考えを即座に否定する。
感じるのだ。奇跡を希う時に身を通して顕現する力。それと同質のものをルキフェルそっくりなこの男から。

――彼は、マンモンは。既に、息絶えようとしています。ルキフェルに、
幾ら拷問を受けようと決して、彼はアルテミシアの魂の場所を教えませんでした。
それは、何故か。彼が、まだ信じているからです。人を、そしてこの世界の明日を。――

悲しげに翳る男の表情と、頭の中に浮かび上がる無残に吊るされた師の姿。
そしてフィオナは知る。マンモンがルキフェルに仕えた理由を。
敵の正体を探るために汚名を被り、ミアを守るために"神の箱庭"と渾名された技を振るったのだと。

「あの方は……マンモン様は、やっぱり神の使途だったのですね……。」

フィオナの頬を涙が伝う。
最も敬虔な聖騎士と謳われた彼の魂は、どこまでも高潔なままだったのだ。

――行きなさい。貴方達は、たとえ彼が作り出した命であったとしても
私の子達なのです。必ず、彼を。ルキフェルを、封印するのです。
彼は、”空から来たりし者”。彼の真の正体はこの地上が生まれる前から存在した
――

「お待ちください!マンモン様が守り通したミアちゃんの魂は何処へ?
 敵の、ルキフェルの正体は地上が生まれる前から存在した何なのですか!?」

霧の如く消え失せていく青年の姿に、フィオナは腕を伸ばし必死に問いかける。
だが答えは無い。残ったのは虚しく突き出された己の腕と、霞がかった世界。
それは次第に晴れて行き、視界が段々と元居た部屋に繋がって行く――

『……よう、駄犬、騎士嬢、剣士。どうにかまた会えたな。ああいや、俺はもちろん俺を信じてたけどな?』

「え?ああ、あれ?…………お帰りなさい。」

――そして完全に元の場所へ戻った時、目の前に居たのはどういう訳だか濡れ鼠なレクストだった。

25 :フィオナ ◆tPyzcD89bA :2010/10/08(金) 02:57:39 0
『――協力してくれ。俺たちはここから天帝城に侵入し、幽閉された『門』……ミアを取り戻す。
 『門』ってのがどういう代物かは知ってるよな。あいつが持ってる凄い魔力で凄い術式を動かし、ルキフェルを倒す。ジェイドも救う』

黒刃を突き立て、レクストが猟犬へ話しかける。
その内容は協力の要請。どうやらフィオナが銀髪の青年と邂逅を果たしている間に話は大分進んでいるようだった。
まず違うのはティンダロスが一応なりとも話を聞く態度を見せていること。それに尽きる。

レクストの言う凄い術式というのは、ギルバートが口にした"神戒円環"のことだろう。
もっともフィオナにしてみても、ミアの魔力を用いることで作動するルキフェル打倒の切り札。程度のことしか把握していない。

『ただこれが一筋縄じゃあいかねえ。ルキフェルは傘下の魔族をいくつか飼ってる』

レクストの顔が険しくなる。

(そうだ……レクストさんのお母さんも……)

そう。レクストの母もまたジェイド同様に仮初の生を植え付けられ、ルキフェルの手駒として操られているのだ。

『力を貸してくれ。一緒に戦ってくれ。……リフレクティアの名がどこで効くのかわからねえけど』

「私からもお願いします。私達をミアちゃんの下まで連れて行ってください。
 皇帝直属の部隊である貴方達なら城の内部は詳しいでしょう?
 それに、先に言ったルキフェルを倒す。という言葉に嘘はありません。」

そこまで言い終えてフィオナは頭を下げる。
過程はどうあれ、協力を願う相手に剣を向けたのだから。

皇帝直属。その名に偽りが無ければ広大な天帝城を導いてもらう相手として不足はあるまい。
それに猟犬達の強さは身に滲みて判っている。魔族が跋扈する敵地へ乗り込むには戦力はあるに越したことは無いのだ。

「ミアちゃんの捕らえられている場所ですが――」

フィオナはその場所を見てきたかのように説明する。
否、実際に視たのだ。
頭の中に残った情報をかき集め、それを伝える。

柱が連なる広大な楕円の間。その中央には内にミアを取り込んだ巨大な水晶。
該当する場所がいくつあるかは判らないが、それでもある程度絞り込むことは可能だろう。

「――判るのはこれだけです。
 後は……そうだ。貴方達は古の伝承に詳しいようですが、”空から来たりし者”という言葉に心当たりはありませんか?」

神気を纏った銀髪の青年が最後に伝えようとして、それでも適わなかった言葉。
それを知ることがルキフェル打倒の糸口になる。フィオナはそう思えて仕方が無かった。

26 :ギルバート ◆tPyzcD89bA :2010/10/08(金) 04:00:20 0
「……何を視てきた?」

唐突に。まるで見てきたように『門』の居場所を口にするフィオナに偽ギルバートは驚きを隠せなかった。
ルーリエとの会話の間、気配が希薄になったのまでは感じ取っていたが、その間に何かあったということか。

まあ、良い。と偽ギルバートは結論づける。
なぜならフィオナが伝えた場所は、『門』に渡した名刺に仕込んだ追跡符が効力を終えた場所からそう離れて居ないからだ。
ゆえに気が触れただとかそういった類の世迷言ではあるまい。
ならばかなりの信憑性を持った情報ということになる。

「こっちが独自に掴んでいる場所もおおよそ変わらん。これで『門』の居場所に大体の目星は付いたか。」

あとはこれを奪還すれば当初の目的通り、最小限の犠牲で神戒円環を発動させ頭を挿げ替えることが出来る。

「なら後はこいつが言ったルキフェルを倒す方法を説明しようか。
 帝都交通の要諦でもあるSPIN。それと『門』の持つ莫大な魔力。
 その二つを使って"神戒円環"を発動させ、ルキフェルをもう一度地獄に叩き返す。
 簡単にいうとそういう手だ。勿論賭けの要素なんぞ微塵も無い。
 発動すれば最後、間違いなくヤツを再封印出来る代物だ。」

『門』が確保できなかった場合の保険である『魔術』『聖術』『錬金術』、それぞれを修めた三人の生贄の話は省く。
ここで話したところで益にならないと判断したからだ。

「剣や魔術を何十年学んだところで常命の者がルキフェルを退けるなど無理な話だがな。
 たった一人の天才の閃きがそれを可能にしたってわけだ。」

偽ギルバートは皮肉気な笑みをルーリエへ向ける。
道具を作る。唯その一点に特化した種族が、遂には神に等しい、あるいはそれ以上の存在にまでその手にかけようとしているのだから。

「ただ、こいつは発動するまでにそれなりの時間が必要だ。
 その間ルキフェルの相手をする者が必要ってわけだ。
 そこで問題になるのがヤツの得意とする時間停止。まともに喰らおうものならそれこそ秒殺だが……
 それの対抗手段はさっき見せただろう?」

そう言って偽ギルバートは今まで浮かべた笑みを、獰猛なそれへと変化させ、ルーリエに叩きつけた。

27 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 :2010/10/10(日) 23:08:43 0
やれるだけのことはやった。
死力を尽くしたとはまだまだ言い難いが、彼我の戦力、状況と戦況、師の性向志向を全て織り込んだ上での作戦。
決定打を敢えてセシリアでなくアインに委ねることで、セシリア達は闘いを制した。その時確かに制していた。

>「――まだよッ! まだ終わってないわッ!!」

薬物入りの『手砲』によって制圧されたはずのミカエラ=マルブランケは、しかしそれでも尚猛る。
決して油断があったわけではない。相応の準備を『ただ上回る』というそれだけの動作で師は弟子を制した。

(う――!?)

正面からの肉迫。その余りの緩急にセシリアは反応できない。
ようやく思考が回り始める頃には、ミカエラの掌がセシリアの額を万力の如き気迫で掴んでいた。

>「私は貴女を『掌握』する! その頭脳を我が物とする為に!!」

「まさか――」

脳髄を直接握られたような拘束感。
そして何かが頭の中に降ってきた。盥一杯の水に溶き煤を撒いたかの如き感覚。

「あ、あ、が、」

首を括り取られ、大釜で煮出し抽出される錯覚。

>「あぁあああああああああああああああああああああああああッ!!」

同調するように、ミカエラもまた呻いていた。
『持っていかれる』。知識も、経験も、思い出も、思想も、心も、記憶も、――大切なものを全部。

>「『彼』を取り戻す為に! 私は全てを地獄に投げ棄ててきた! だけど足りないのよ!
  私の持っていた全てを擲っても『彼』には届かなかったッ! だから貴女の『頭脳』が必要なの!
  限界なき貴女の『頭脳』なら! 『彼』に届く! 全てを取り戻せる!」

(違う……っ! 『知慧』は足し算じゃない……一人の頭に二人分の『頭脳』を無理やり押しこめば……!)

根本的にミカエラは錯誤していた。壊滅的に師は倒錯していた。
手の届かない場所にあるものを手中に収めるのに、頭を巨大にするようなものだ。
足りないのは身長なのだから踏み台を使えばいいだけなのに、結果頭でっかちは自重に耐えきれず破綻する。

誰かが傍にいるのなら、肩車でもすれば良い。首を奪って頭の上に付け変えたって、届く範囲は変わらない。
だから、共に歩もうと言ったのに。

(一人でなんでもできる時代はもう終わったんだから――!)

同じように錯誤した男を知っていた。
かつて彼女の隣に居て、そして共に歩いていた『下辺の頂点(マルチワースト)』。
愉快な男だった。痛快な男だった。更に言えば愚かな男だったが、それを自分が補っていけると信じていた。

――代わりに、前へ進む原動力をくれたから。

28 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 :2010/10/10(日) 23:10:29 0
>「邪魔――!!」

いつの間にか掌握感が消えていた。

目を開けたセシリアの眼前には見知った背中の気配。
ミカエラとセシリアを隔てるのはレクスト=リフレクティアの幻影だった。

師は教え子の影に苦しみ、掻き消そうと腕を振り上げ、しかし降ろせなかった。

>「どうして……どうして貴女はそんなにも恵まれているの?
  人よりも優れた才を持ちながら、尚も人と共に歩み、頼る事が出来るの?」

「……私も彼に負けず劣らず理想家ですからね。きっと何もかもに貪欲で無節操なんです。
 だって、理想を追わなきゃ妥協すらできないじゃないですか」

>「私は……一体どうすれば、誰に頼れば良かったって言うの……?」

「もう分かってるでしょう先生。誰にも頼れないのなら、いつか誰かに頼れるようにいくらでもやり方はあります。
 ――例えば、たくさんの人を救うとか。正義の味方に、彼はきっと協力を惜しみませんよ。そういう男です」

眼下で涙をとうと流す師に、どれだけ言葉を弄したって啓しきることはできないだろう。
だから、あくまでセシリアは選択肢を提示するのみだ。ミカエラは自分で歩みを止めたのだから。再び足を動かすのも自分だ。

(少しだけ妬けるね、リフレクティア君――)

こういうとき彼なら、きっと言葉も要らず前へ一歩進むだけなのだろう。
向かい風は強ければ強いほど高く舞い上がる凧のような男だ。彼は正しくないが、誰よりも突き進む力を持っていた。

逆境への突破力。

それがセシリアの分析するレクスト=リフレクティアの真骨頂であり、求心力の正体だ。
どんなときでも歩みを止めず、進めば必ず何かしらやらかしてくれる。結果の善し悪しはともかく、気付けば誰もが彼を追う。

すなわち今のミカエラ=マルブランケにとって、特効薬みたいなものなのであった。
このまま城に留まれば潜入班の彼らと合流できるかもしれない。ミカエラに合わせれば何か良い影響があるはずだ。

「先せ――
>「人間て言うのは、本当に脆弱だな。」」


提案しようとして、目の前の先生の顔に誰かの爪先が直撃した。

何も言わず、何も言えず、ミカエラは仰け反り倒れこむ。一瞬で意識を刈り取る手腕は誰のものか。

29 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 :2010/10/10(日) 23:11:32 0
「何を、」

>「……なかなか面白い劇だったよ。学者君の方は薄々気付いていたようだけどね。
  なぜこんな回りくどい事をしたんだ、というような顔をしているね。
  ……これはゲームさ。人間を使った、愉快で、激しくて、壮大なゲームなんだよ」

そこにいたのはハスタではなかった。
否、『一瞬だけハスタでなかった』。既に元の白髪の青年へと戻っている。

>「……さあ、始めようか」

その手に握る赤の槍から萌え出るのは瘴気。
それとは別に彼から漂るのは、紛れもなく臨戦の気配。

セシリアは迷わなかった。

「『雷撃』!」

瞬間的に組み上げた雷撃術式でハスタを打ち据え、同時にアインの白衣の襟を握る。
平行して組んでいた『跳躍』の術式が発動し、アインごとセシリアは大きく20歩ほどバックステップして距離をとる。

「どういうつもりか、とは訊かないよ。セルピエロ君の指摘が現実になったというただそれだけのことだからね」

跳ぶ直前にミカエラには最低限の結界を張ってある。ミカエラ自身が張っている常時発動型と合わせればひとまずの安全は確保できる。
従って、今は突如裏切りを宣言したハスタ『を名乗る』この男を全力全霊でぶちのめせばいいだけの話。実にシンプルな話だ。

魔導杖を振りかぶる。

「容赦なく押し通るよ。――邪魔だからっ!」

振り下ろした。『炎熱』の魔力投射が三つの火の玉となってハスタへと飛来する。


【ミカエラを保護しハスタとの戦闘を開始】

【せっかくのいいシーンを邪魔されてイラっときている為容赦なし】


30 :オリン ◆NIX5bttrtc :2010/10/11(月) 18:28:58 0
どれほどの刻が流れたのだろうか。恐らく、数分と経ってはいないだろう
ギルバートが言葉を発していてから、この空間は沈黙に支配されていた。誰も口を開こうとはせず
そして此処にいる全員が、微動だにせず、視線を逸らす事も無く。ただ、緊迫した空気が場を満たしていた

>「少し、遅かったな。あと少し早ければ、その提案を受けていたかもしれない」

沈黙を破ったのは猟犬の隊長格と思われる者。そして、

「手伝わない、とは言っていない。皇帝に従う義理は無いが、従わなければならない理由はある。
皇帝は貴様らを疎んじてはいない。より正確に言うならば、リフレクティアを、なのだが。お前達は単なる付録だ」

つまりは、支配者である皇帝がルキフェルを討伐するという命を下せば、こちらの戦力になり得るということだ
現時点で利害は一致していたとしても、最終的にはどちらかが手を切るとも考えられる
支配者同士の共同線など、一時的なものでしかない。何故なら両方とも支配者だからだ

>「つまり、俺の頼みなら聞いてくれるってことか?親父の七光りってのもぞっとしねえけどよ」

猟犬の言葉に返答をしたのは、汚水に塗れたレクストだった
歩いてこそいるが、身体に受けたダメージは軽いものではないようだ
下水にて分かれた際、恐らくはあの女戦士と戦闘を行ったのだろう。そして生きて此処にいるということは、どういう形であれ勝利を得たのだろう

そして、レクストの視線は猟犬から、鎖に吊るされたジェイドへと移っていた
表情に然程の変化は見受けられないが、鼓動が早まってゆくのをオリンは感じた
彼らの経緯、関係などは知りはしないが、少なくともこの反応を見る限りは仲間──だったのだろう

レクストは無言のまま、腰に収めた漆黒の刀身の魔剣を石畳へと突き刺した
先ほどのジェイドを見る表情はすでに消え、強い意志の宿る瞳へと変わっていた

>「――協力してくれ。俺たちはここから天帝城に侵入し、幽閉された『門』……ミアを取り戻す。
 『門』ってのがどういう代物かは知ってるよな。あいつが持ってる凄い魔力で凄い術式を動かし、ルキフェルを倒す。ジェイドも救う」

そして、更に言葉を続ける

>「力を貸してくれ。一緒に戦ってくれ。……リフレクティアの名がどこで効くのかわからねえけど」

>「私からもお願いします。私達をミアちゃんの下まで連れて行ってください。
 皇帝直属の部隊である貴方達なら城の内部は詳しいでしょう?
 それに、先に言ったルキフェルを倒す。という言葉に嘘はありません。」

レクストに習い、フィオナも猟犬らに深々と頭を下げた
何処で情報を知り得たのか、門の捕らえられていると思しき場所の説明をするフィオナ
彼女の言った場所と、自分の持つ地図に記された場所は、どうやら違うようだ

(この先は別行動だな。この人数で固まって行動するのは愚考でしかない。)

オリンがそう思考したところで、ギルバートが言葉を放った

31 :オリン ◆NIX5bttrtc :2010/10/11(月) 18:30:39 0
>「……何を視てきた?」

フィオナに向けて放たれたその言葉
それが何を意味するのか自身に理解は出来ないが、門の居場所を今し方どこかで得たような口ぶりだ
今は詮索をするべきでないと思考を切り替えたギルバートは、神戒円環についての説明をする

帝都交通のSPIN。"門"が持つ膨大な魔力。
それらを語るギルバート。だが、神戒円環にとって最も重要なもの、3人の生贄は含まれていなかった
敢えてか、それとも必要が無いから省いたのか
概要を語る上ではわざわざ言う必要もない、との判断をしたのだろう

>「ただ、こいつは発動するまでにそれなりの時間が必要だ。
 その間ルキフェルの相手をする者が必要ってわけだ。
 そこで問題になるのがヤツの得意とする時間停止。まともに喰らおうものならそれこそ秒殺だが……
 それの対抗手段はさっき見せただろう?」

不敵に口端を吊り上げ、ギルバートは視線を猟犬へと向けた
猟犬の反応を待つことなく、オリンは自身の考えを伝える

「一つ気になることがある。進入経路についてはどうするつもりだ。そして、この大所帯で行動するには目立ち過ぎる。
メンバーを選別して、分かれて行動した方が賢明だろう。それに──」

軽く俯き、一つ間を置いてから

「先刻調べた情報で、気になるところがある。俺はそれを単独で調査したい。」

32 :アイン ◆mSiyXEjAgk :2010/10/13(水) 16:07:59 0
>「もう分かってるでしょう先生。誰にも頼れないのなら、いつか誰かに頼れるようにいくらでもやり方はあります。
> ――例えば、たくさんの人を救うとか。正義の味方に、彼はきっと協力を惜しみませんよ。そういう男です」

「……臆面も無く小恥ずかしい台詞を吐くな。その内思い出して恥ずかしい思いをするぞ」

目を瞑り溜息を零して、アインは二人が発する淡い灯火の雰囲気を吹き飛ばす。
水を差すのは無粋だと流石の彼も理解していたが、状況が状況なのだ。
明るい話は窮地を脱してからでいい。

「何より、事が終わる前から明るい話をする奴は大抵の場合、最後の最後で死ぬのがお決まりと言うものだ。
 やめておけ。……ともあれ、だ。ソイツには聞くべき事がある。それは白髪も同じ事……」

>「先せ――
>「人間て言うのは、本当に脆弱だな。」

状況の打破に関る話を始めようとした、矢先の出来事だった。
瞬きの内に、ミカエラの頭が仰け反った。
不可視の鎚に殴打されたかの如く。

何が起きたのか分からず、ただアインは目を見開き、反射的に身構える。

ミカエラが床に倒れ落ち、一度小さく跳ねて動かなくなる。
そこで初めてアインは、何が起きたのかを認識した。
つい一瞬前までミカエラがいた場所に立つ、ハスタの姿を。

「……まあ、さもありなん、だな」

警戒心を露にするが、動じはしない。
元々、ハスタ――より正しくはハスタの姿をした何者かは、怪し過ぎた。
わざわざ姿を偽り、ろくな情報も明かさず、これで『信頼』出来る筈もない。
ミカエラと相対するに当たっては戦力として一応の『信用』をしたが、それも終わりだ。
アインの方から仮初の信用の終わりを突きつけるか、ハスタの方から本性を表すか。
元々、その程度の違いだったのだ。


33 :アイン ◆mSiyXEjAgk :2010/10/13(水) 16:08:42 0
「だが……分からんな。何故わざわざ、ミカエラ・マルブランケとの戦いに力を貸した?
 こんな真似をするなら、端(はな)から僕らに手を貸さなければ良かった。それを一度助けた上で、何故だ?」

>「……なかなか面白い劇だったよ。学者君の方は薄々気付いていたようだけどね。
> なぜこんな回りくどい事をしたんだ、というような顔をしているね。
> ……これはゲームさ。人間を使った、愉快で、激しくて、壮大なゲームなんだよ」

一瞬、ハスタではない姿を垣間見せた相手の言葉に、アインは沈黙。
両眼を細く研磨して、白髪の男を睨め付ける。

「ゲーム、か。……馬鹿馬鹿しい。ついさっき人間は脆弱で、如何にも劣る存在と嘯いた奴が人間に娯楽を求めるか?
 まあ、作り物の……用途に沿って完璧に作られたお前には分からないんだろうな。目的や、楽しみと言うものが。
 人は脆弱だからその人生に目的を見出し、楽しめるんだ。それが出来ないから、お前は人間に娯楽を求めざるを得ない」

そして痛烈に、苛烈に皮肉を吐き掛けた。
直後に、彼はセシリアの手によってハスタの殺傷範囲から離脱する。

「悪いがな、僕達は忙しいんだよ。為すべき事しかないお前と違って、成し遂げたい事があるんだ」

更に毒舌を振るい、同時に咄嗟の事態にも手放さずにいた鞄を開く。
鞄そのものに内臓された魔力と術式を起動して、浮遊させた。
いちいち床に鞄を置いて中を漁る暇は、これから先は無いと予想してだ。

そして彼が手に取ったのは、『手砲』と『爆薬』の詰められた小瓶。

>「容赦なく押し通るよ。――邪魔だからっ!」

「そう言う事だな。娯楽に乏しいなら絵本でも読んでいれば良かったんだ。僕の道を阻むんじゃない」

『爆薬』入りの小瓶をハスタ目掛けて放り、アインはそれを『手砲』で打ち抜いた。


【忙しいので、或いはハスタが目的に関連しない完全な邪魔なので容赦なし。爆発攻撃です】

34 :クラウチ・E・ソトスの手記 ◆OPp67eYivY :2010/10/13(水) 23:10:07 O
“C・E・Sの手記.CES2A000230”

「知らないな」
隊長はその家畜の質問に答えた。
「元より、全てのものは空より来た。ルキフェルもまた、例外ではない……。
貴様の言う場所には心当たりがある。案内しよう」
隊長はガタス副隊長に「ンカイを連れて他の奴等と合流しろ」と命令した。
私は隊長に同行を願い出て、そして喜ばしい事に、それは受け入れられた。
イグザム修道院跡は、今の家畜達の生まれた場所だ。ここから遥か地下に有る、“古
きものども”の信仰していた宗教の成れの果てだ。
その聖域へは滅多な事では足を踏み入れられない。私も初めての経験だ。
心が踊る。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵

“C・E・Sの手記.CES2A000233”

『あの悪魔のような鼠どもがやったのだ。学者たちには足音の聞き取れない鼠どもの仕業なのだ。
鼠どもだ、壁のなかの鼠どもの仕業なのだ。』

小さな気配が、意識の外側を擦る。
鼠。
壁の中を、一匹の鼠が駆けた。家畜の耳にも聞こえただろう。己の内に僅かに眠る彼らと同じ血がそれを教える。
深淵を歩く。深い闇の中、隊長の持つランプの頼りない明かりは、両脇の岩肌に触れる事すら叶わない。
広い通路だった。声はよく響き、後ろに続く足音は反射を繰り返して喧しい。だが、その喧しさすら、その空間
の広大さを語る物でしかない。少しずつ、その通路は下に傾いていて、ある箇所で、不吉なものを避けるかの様
に急激に折れ曲がり、更に下へ、下へと。
イグザム修道院跡への道程は、大体がこの様な物だった。
「貴様らは自分達を何者だと考える?」
隊長の不意の質問に、その家畜達は“ヒト”だと答えた。勿論、そこには様々な言葉が付け加えられていたが、
結局のところ、要約するとその五文字になる。
「そうか、それではその前提が間違っていたら、どうする?」
壁の中を鼠が駆ける。
その音がする。


【クラウチ・エンド・ソトス『B.C.765(743?)〜』
今では正当な教科書にも名前が載るが、長い間伝説としてしか語られなかった存在である。
その理由は、彼には洗礼名が存在する事で、しかし、彼は明らかに異教を信仰していたため、それは甚だ不自然
な所であった。彼を巡る幾つかの伝説とも合わさり、彼は歴史学者達に長い間正当な歴史家であることを疑われ
続けた。
この手記にある「イグザム修道院跡」や異教神話の一部である「壁の中の鼠」の引用から、HPLによってその信憑
性が認められ、紀元前800〜400頃の資料の最も価値のある物の書き手として今にその名を残している。
彼のその不自然な名前の理由は、一説には正教(当時最大の規模を誇ったを主神とする一神教)の弾圧から逃れ
るために、仮の名前として付けたのではないかと考えられているが、一風変わった地域名であるとの考え方も持
たれている。結局の所その理由は明かされていない。
彼の書く手記には魔法や竜などの架空の存在が多分に登場し、また彼自身も時折そのような存在であることを示
唆するため、正確な読解は困難を極める。当時の正教の弾圧から逃れるために、隠語としてそのような物を用い
たと推測されている】


35 :ルーリエ ◆OPp67eYivY :2010/10/13(水) 23:12:16 O
従士隊第三騎竜部隊の騎竜宿舎に三人の騎士達が押し掛けたのは、丁度避難民を地下倉庫に誘導し終え、魔物の
侵攻に備えてバリケードを築いている最中だった。
「騎竜を上げろ?」
何を馬鹿なことを、と取り繕うことなく第三騎竜部隊の隊長は吐き捨てた。周りの隊員もバイザー越しに騎士達
を睨む。とはいえ、それは怯えを含んだ、酷く追い詰められた睨み方だったが。
「糞が、おら、空を見てみろ騎士様よ。何が見えるか言ってみろ畜生めが」
「空が暗い。厚い雲だ。雨が降りそうですな」
「雨?それは下らねえ詩的な表現って奴か?糞が」
「貴公の貧相な語彙の話なぞしておらん。問題なのは、あの厚い雲のせいで軍に対して救難信号が届かないとい
うことでありましてな」
騎士の言葉に残飯を守る犬のような表情を見せた第三騎竜隊隊長は、窓の外、空に溢れ帰った魔物の群れを睨み
付け。絞り出すように呟いた。
「死ねって言ってんのか?」
「或いは、何かを救うためには何かを犠牲にしなくてはならない事もございます」
「……あんたらをここで始末すれば、そんな命令は無かったことになる。ありがてえ事に外には魔物がうじゃう
じゃいる。
ここに来る途中であんたらが死んだことにすれば……」
じりり、と第三騎竜隊隊長の言葉に周りの隊員が短刀を抜く。その目はバイザーに隠れて伺い知る事はできない。
それを一瞥した騎士は酷く落ち着いた口調で彼らに話しかけた。
「これはそんな内々で済む話ではないのです。残念ながら。
私はこの第五騎士団の装備部の書記です。ええ、詩的、と言うのはそのせいかもわかりません」
「大した役職だな、俺たちの格はその程度ってか」
「いいえ、ここにたどり着くまでに私以上の役職が亡くなってしまった次第で……わかりますかな?第一ハード
ルから第四ハードルまで来るだけで、たったそれだけで三十人の部隊が三人になってしまいました。
まるでもう、地獄です。終末です。天使がラッパを吹きに来ても可笑しくない。
わかりますかな?軍を動かさなければ、この都はお仕舞いです。私は貴公に頭を下げているのです。騎士として、
一人の人として」
その騎士は兜を外し、彼らに跪いた。他の二人もそれに習う。
「頭を上げろよ糞野郎」
「大切な仲間を亡くしました。貴公らに同じことを強いるのは、酷な事かと思います。ですが、こればかりは譲
れません、喩え神が外道だと罵ろうが」
「おい、宿舎の連中に騎竜を暖めてこいと言っておけ。俺が上がる」
ゆっくりと顔を上げた騎士に向けて、従士隊第三騎竜部隊隊長は吐き捨てた。
「信号弾の色は何だ、人でなし」



36 : ◆NIX5bttrtc :2010/10/15(金) 19:42:11 0
蹴り上げられ、宙に浮くミカエラを視認したセシリアに一切の迷いは無かった
術式を紡ぎ、後方へと跳躍──。ハスタとの距離を取った彼女は、憤りを瞳に宿し、振り下ろした魔導杖から三つの火球を放った

>「どういうつもりか、とは訊かないよ。セルピエロ君の指摘が現実になったというただそれだけのことだからね」

>「ゲーム、か。……馬鹿馬鹿しい。ついさっき人間は脆弱で、如何にも劣る存在と嘯いた奴が人間に娯楽を求めるか?
 まあ、作り物の……用途に沿って完璧に作られたお前には分からないんだろうな。目的や、楽しみと言うものが。
 人は脆弱だからその人生に目的を見出し、楽しめるんだ。それが出来ないから、お前は人間に娯楽を求めざるを得ない」

「脆弱で下等だからこそ、遊び道具になるんだよ。君の言う娯楽にね。
人間の弱さや脆さを語るの勝手だけど、そんなことはどうでも良いんだよ。」

魔力を帯びた右腕で飛来する火球を、横一線に薙ぎ払った
ハスタの右手には、無色の片手サイズの戦槌が握られていた。形状を小型化することにより、形成させる時間を短縮させたのだ

更に追撃するようにして投げつけられた小瓶
そして、アインが放った手砲の弾丸がそれを打ち貫いた

「……そう急くことはない。これでも一応、皇帝陛下の命でここまで出向いているんだ。
簡単にここから出す訳にはいかない。ましてや、その程度で殺れるとでも思っているのか?」

ハスタ目掛けて投擲された位置には、すでに彼の姿は無い
一瞬にしてアインの背後付近へと移動し、嘲笑するような笑みを浮かべていた
手にした槍で刺せる距離にもかかわらず、ハスタは行動を起こさない。なぜならば、アインの発した皮肉通りだから
与えられた命令をこなすだけの人形。"成すべき事しか成さない"。意志を持たない忠実な人形だからだ
皇帝から与えられた命令。彼は"人間と戯れて来い"という言葉を実行しているに過ぎない

「もう一度、夢でも見てきたらどうだ?悪夢をな。」

そして、左手に持った紅槍を石畳へ向けて振り下ろす。深々と突き刺さった鮮血の槍は怪しげな光を放つ
柄に刻まれた魔界の刻印が赤黒く染まると、瘴気が煙のように噴射する
ミカエラの"眠りの森"を吸収したそれは高濃度の瘴気となり、強烈な邪気を内包している

「足掻いて見せろ。脆弱な人間らしく……な。」

【火球を弾き、砲撃を回避。四凶から瘴気を発生させる】

37 : ◆N/wTSkX0q6 :2010/10/17(日) 03:43:33 0
【燃え盛る帝都にて・その3】

「なんだよ……なんなんだよっあの化物はっ!」

とある従士は使い物にならなくなった探査針を壁に叩きつけ吐き捨てる。
2番ハードルで生き残った従士達をかき集めて編成された遊撃班は、市街地での作戦行動中に魔物の襲撃を受けた。

家一つ丸呑みにする鈍竜型の魔獣。短い手足と、寸詰まりな胴体と、同僚の血に染まった巨大な口腔。
軍も用いる陸戦ゴーレムでなければ対抗できない第一種大型魔獣に従士達の携行装備ではまるで歯が立たなかった。
放棄された貴族邸に逃げ込みどうにか全滅は免れたが、部隊としての機能は最早崩壊し、ただの死にぞこないの集まりと化していた。

「何人死んだ、今のでっ!」

「損耗率は6割です、班長」

「人数で言え。元が何人だったかもわからねえ」

「死亡が13名、『身体の2割残った者』が2名、4割が5名、8割が7名です」

「……生きてるのは」

「15名、そのうち軽傷なのは班長と自分だけです」

「もう助からねえ奴に、止めが必要なら刺してやれ。動ける奴はそのあと集合」

邸宅は結界がまだ生きていたが、そもそも帝都の設計は魔物が中枢まで入り込むことを想定していない。
外周結界と上空を哨戒する箒隊だけで、街の平和は保たれていた。それゆえの、不意。

「ハードル毎の隔壁結界はなんで発動しねえ。こういうときの為の路面呪詛だろ」

「起動施設を抑えられているんでしょう。あそこは高純度魔力が集中してますからね、真っ先に魔物の標的ですよ」

「他の遊撃班との連絡は?」

「第3、第7とだけ繋がりました。6班はついさっきまで繋がってたんですが――」

「あれか」

邸宅の二階から、街の様子が一望できた。
市街の一角で従士隊の一班が大型魔獣と交戦している。
魔導砲や魔導杖による中距離からの射撃をこれでもかとばかりに浴びせるが、弾幕を突破してきた魔獣の牙の餌食となる。

「……第6班の全滅を目視」

「クソが。あんなのが侵入してきてるなんて聞いてねえぞ。完全に軍部の管轄じゃねえか」

多くの同僚が果敢に向かっていき、そして死んでいった。
アルフレッドは首から上を食われ、マックは薙ぎ払われた尻尾の巻き添えになって死んだ。
ジルバは頭から股まで牙を通され、ソニは腕をもがれ狂いながら自決し、ニッパは魔獣の足跡から潰れた柘榴のようになって出てきた。

「大砲でもありゃ、奴の顔面に一撃くれてやれるんだがな」

「一撃くれてやってどうするんです?」

「そりゃお前、――スカっとするだろ」

「ご尤もですね」


38 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 :2010/10/17(日) 03:45:09 0
破滅的な会話を垂れ流す班長と副官の元へ、伝令の従士が走ってきた。片目が血染めの包帯で隠れている。

「班長!屋敷内に入り込んだ魔物の掃討が完了しました!」

「ご苦労。さてどうするよ、これから」

班長は生き残った15人を俯瞰する。

誰も彼もが身体の随所に包帯を巻き、手当ての足りない箇所からは今も赤々とした血を浮かべている。
打ち捨てられた邸宅内には満足な補給物資もなく、各自が携行する最低限の治療具だけが頼りだった。

「おおまかに言って二つ、生き残る為の手段がありますな、班長」

「聞こうか」

「一つはこのまま篭城し、軍が到着するのを待つ。最も安全で、確実なやり方です」

血の臭いを嗅ぎ、吸い、吐く。

「もう一つはあのクソったれ魔獣をぶち殺し、隔壁結界の起動施設を奪還する。少なくともイタチごっこの現状は打破できるでしょう」

「軍の到着を待ってデカブツが死んでから施設奪還ってのは?」

「その頃には結界なんて意味ないぐらい中も外も壊滅でしょうな」

「…………」



39 : ◆N/wTSkX0q6 :2010/10/17(日) 03:46:01 0
屋敷の外から大気が震えた。
大型魔獣の咆哮。それは勝鬨の雄叫びであり、すなわち外の部隊が全滅したことを宣言していた。

「野郎、庭まで入り込んでやがる……!」

「総員、得物の確認。屋敷からありったけの物資をかき集めろ。金庫も全部ぶち壊せ」

躊躇のない指示に班員の一人が跳ね返る。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ班長!まさか、本気であのデカブツとやり合うつもりなんですかい?」

「俺は常日頃から自分には正直でありたいと思ってる。腹ん中煮えたぎってたら、迷わねえよ、もう……!」

「魔獣が鼻先まで来てる状況からここを出て?更に魔物溢れる市街を抜けて施設を奪い返す?15人で!」

「無理だと思うか?」

「当たり前でしょうよ、逃げるだけで何人死んだと思ってんです?こんな状況から生還できたら、そいつは、」

「そいつは?」

班長は班員を見る。その眼は、子供の作る不細工で不揃いな落書きの英雄に似ていた。

「――そいつは最高にスカっとするじゃねえですか」

屋敷内を駈けずり回っていた連中が両腕に物資を抱えて帰ってきた。

「『箒』がありましたよ班長。貴族の道楽用らしくて、すげえ高性能です」

「ばっかお前、空見てみろ。わざわざ喰われに飛ぶつもりか」

「変わらねえだろ、どっちにしろ死ににいくようなもんだからな」

四面楚歌。孤立無援。閉塞戦況。多勢に無勢。
孤軍奮闘する15人の戦士達は、最底辺の戦場で、最低勝率の作戦に身を投じる。

「それでも誰かが生き残って、このくそったれな状況に一矢報いてやれたなら」

「――そうなったら人類、最強だろ」

40 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/10/17(日) 03:46:54 0
【胎動する闇の中で】


ティンダロスの猟犬の隊長格が誘うのは、深い深い闇の深奥。
空間を埋め尽くす黒はランプの灯りに裂かれても尚、果てを見せることがない。

(一体どこまで潜るんだ……もう服が乾いちまったぞ)

装甲服を羽織り直した途端、身体がじんわりと暖かくなった。知らないうちに冷えていたらしい。
日の光も届かない石に囲まれた通路は、体温を根こそぎ奪い取るように寒気の舌を伸ばす。
ときおり壁の中を何かが駆け抜ける音が、辛うじてここが生き物の存在できる場所であることの証左だった。

>「貴様らは自分達を何者だと考える?」

先行し先導する犬兜が、不意に言葉を投げた。
受け取ったレクストは、意味をよく吟味して、返す答えなど一つしかないと結論を出す。

「そりゃお前、人間だろ。ヒトだよヒト。それ以外にあるかよ」

実際のところその言葉は『レクストにとって』真実ではなかったが、質問の本質はあくまで最大公約数的な『貴様ら』だ。
レクスト個人の出自を問うものではなく、また意味のある問いでもなかった。くだらない禅問答だ。
犬兜はレクスト達全員の答えを聞き、少しだけ黙り、そして更に質問を追加した。

>「そうか、それではその前提が間違っていたら、どうする?」

「――ああ?」

言ってる意味がわからなかった。質問の意図がつかめなかった。

「それってつまり、俺達がヒトじゃなかったらどうするかってことか?」

この場でそれを問うということ。
鉄火場で仮定をこね回すことに何か意味があるのかと考え、しかしレクストには皆目見当もつかない。

「どうするもこうするもあるかよ。俺達は別に『ヒトだから』ここにいるってわけじゃねえんだ。
 護りたい何かがあって、護れるだけの力があるなら、それがヒトである必要なんかねえだろ。それはお前らの方が知ってるはずだ」

それに、と言葉を繋げ。

「このご時世、人間であることがそこまで良いってわけでもねえしな」

いつの間にか彼らは果て無き闇の道程を歩き切り、目的地と覚しき場所が見えていた。

「で、一体どこで何をする所なんだよ、ここはっ」


【ルーリエの質問に返答。意味は殆ど分かってない】



41 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/10/17(日) 22:53:28 0
すいません! >>39>>40の間に挿入すべきシーンをコピペし忘れました

↓は>>40より前の時系列です


  *  *  *  *  *  *  *


>「ミアちゃんの捕らえられている場所ですが――」

フィオナが口にするのは、『これから得ようとしていた情報の先取り』。
『神託』や『天啓』に代表される聖術の情報予見であるだろうとレクストは仮定付ける。別行動を取っている間に行使したのだろう。

>「……何を視てきた?」

(……?)

行動を共にしていたはずのギルバートが驚愕していることだけが引っかかったが、すぐに頭を振った。
この男が見通せない程の先であるならば、正しく『神のみぞ知る』領域なのだろうから。

>「こっちが独自に掴んでいる場所もおおよそ変わらん。これで『門』の居場所に大体の目星は付いたか」
>「なら後はこいつが言ったルキフェルを倒す方法を説明しようか。帝都交通の要諦でもあるSPIN。それと『門』の持つ莫大な魔力。
  その二つを使って"神戒円環"を発動させ、ルキフェルをもう一度地獄に叩き返す。簡単にいうとそういう手だ。
  勿論賭けの要素なんぞ微塵も無い。発動すれば最後、間違いなくヤツを再封印出来る代物だ」

「転移術式を直接ぶつける……?よくわかんねえけど、そいつを使えばルキフェルを倒せるわけか」

そんなものがあるなら魔力に自身のある連中を見繕ってさっさと発動すればいいのに。
膨大な魔力が必要とは言うが、それこそ帝都には実力全盛の魔法使いがごまんと集まっているのだから。
あくまで大局を捉えないレクストは、朧気にそんな感想を抱く。

>「ただ、こいつは発動するまでにそれなりの時間が必要だ。その間ルキフェルの相手をする者が必要ってわけだ。
  そこで問題になるのがヤツの得意とする時間停止。まともに喰らおうものならそれこそ秒殺だが……
  それの対抗手段はさっき見せただろう?」

(やべえ、知らないうちにまたしても置いてきぼり喰らってないか俺)

>「一つ気になることがある。進入経路についてはどうするつもりだ。そして、この大所帯で行動するには目立ち過ぎる。
  メンバーを選別して、分かれて行動した方が賢明だろう。それに──」

レクストの憂慮を切って、オリンが言葉を繋ぐ。

>「先刻調べた情報で、気になるところがある。俺はそれを単独で調査したい」

「マジで言ってんのかそれはよ」

こんな得体の知れない場所で一人になるなどそれこそ自殺行為。
このオリンという剣士は出会って日こそ浅いものの強力な魔法と卓越した剣技を持つ優秀なアタッカーだ。
ここで分かれるのは正味の戦力で言ってガタ落ちしかねないので、レクストとしてはあまり賛成はできなかった。

(でも、こいつのいうことも確かだ)

このまま全員で赴いて、『やっぱり罠だった』なんてことになれば目も当てられない。
リスクを分散する意味でも、ここはオリンを行かせるべきだろう。

「わかった。俺はこのまま先へ進むから、アンタとはここで別行動だ。死ぬなよ、必ず日の下でまた会おうぜ」

仄暗い闇に紛れて、オリンの顔はよく見えなかった。


42 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 :2010/10/18(月) 00:47:50 0
【折衝】


偏差軌道で放った三発の火炎弾は、一発を躱しても二発目が迫り、二発目を防いでも虎の子の三発目が穿つ寸法。
対人戦闘でこれを受けて生き残るには、圧倒的な防御力か、殺傷圏外への脱出の他に道はない。

>「脆弱で下等だからこそ、遊び道具になるんだよ。君の言う娯楽にね。
 人間の弱さや脆さを語るの勝手だけど、そんなことはどうでも良いんだよ。」

果たしてハスタは、そのどちらでもない第三の活路を拓いた。
高密度の魔力で一閃し、針の穴通す精密さで三つ全ての火炎弾を同時に抉り抜いたのだ。

(疾い――それに、場慣れしてる!)

当然といえば当然だがハスタはハンター、純然たる戦闘職だ。
技術ばかり達者で戦闘経験に乏しいセシリアや、戦闘技術とはそもそも縁遠いアインとでは深く志向を異にしている。

>「……そう急くことはない。これでも一応、皇帝陛下の命でここまで出向いているんだ。
  簡単にここから出す訳にはいかない。ましてや、その程度で殺れるとでも思っているのか?」

「皇帝陛下が……?そんな、私たちの作戦行動が漏れてた?どこから!」

アインの放った瓶が炸裂し、閃光と爆風が駆け抜ける。
既にそこにハスタはいなかった。疾風の如き速さでアインの背後をとり、しかし刃を振るわない。

「もう一度、夢でも見てきたらどうだ?悪夢をな。」

(――来る!)

ハスタが槍を地面に突き立て、それを起点に術式が発動する。
セシリアは反応できた。土壇場でハスタが何をしようとしているか予見し、それは見事に的中した。

瘴気。
天地創造"眠りの森"――ミカエラの錬金術式をこの槍が吸収していたのを覚えている。
覚えているから分かった。分かったから動けた。槍が瘴気を放つ一瞬前に、セシリアは術式を組み上げきった。

「『烈風』――!」

杖先から術式が迸り、それは大気を揺り起こした。
喚起するのは逆巻くつむじ風。捻れた風は竜巻となり、瘴気を取り込み巻き上げる。
ミカエラの術式は完全なる不意打ちだったが、来ることさえ分かっていれば瘴気にも打つ手がある。

あくまで『気体』なのだから、周囲の大気ごと封じ込めれば良いだけだ。
それが不可能なら単に吹き飛ばすだけでも瘴気濃度は降下し幻覚作用も薄くなる。


43 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 :2010/10/18(月) 00:50:02 0
「――価値観が安いね。人間を弄んで上に立った気でいるの?
 そんな薄っぺらな全能感で満足できるなら、人形遊びでもしてれば良い。人間より脆くて弱いよ」

挑発返しである。
弁舌豊かに理屈の脆さを突付く傍で、並行して床に魔法陣を書き終わっていた。

「天地創造――『ファランクス』」

床材が隆起し顕現するのは大男二人分の巨躯を持ったゴーレム。

陸戦型に代表されるタイタン級とは比べるべくもないサイズだが、小さい分室内戦に特化した能力を持つ重装歩兵である。
搭乗式の『ミドルファイト』や撹乱目的の『レギオン』と違い、術者の傍に置いて戦うタイプの白兵型ゴーレムだ。

「――人間より重くて硬いけどね」

『ファランクス』が腰の大剣を抜いた。

同じく床材で作ったそれは、叩き潰すことだけを目的とした白亜の剣。
書き込まれた命令通りに、『目の前の敵を叩き潰す』。

《セルピエロ君、ミカエラ先生の保護をお願い――》

魔力伝心をアインに繋ぎ、秘密裏の言葉をやりとりする。

《皇帝陛下が動いたというのが気になる。もしかしたら私達は既に誰かの術中にあるのかもしれないよ。
 とにかくこれだけ派手にやらかしたらいつ人が来てもおかしくないし、一時撤退した方が良いんじゃないかな――》

それは有り体に言って、逃げる算段だった。


【ハスタ(?)相手に苦戦。ゴーレムを練成し3対1の状況へ持ち込む】
【勝つ目がないので撤退をアインに提案】
【『ファランクス』はNPC扱いで適当に料理しちゃって下さい】

44 :フィオナ ◆tPyzcD89bA :2010/10/18(月) 22:07:21 0
『元より、全てのものは空より来た。ルキフェルもまた、例外ではない……。
貴様の言う場所には心当たりがある。案内しよう』

異装の魔人に誘われた先は更なる深淵。
地下水道から外れ、地下へと延々に続く通路を歩いていく。

(本当に此方で良いのでしょうか……)

道案内を頼んだ手前、そうは思っても口には出せない。
神託の中で視たミアが囚われている場所。そこはてっきり天帝城の中だと思っていたのだが。

同行する猟犬は二頭。
一人はティンダロスの首魁。もう一人は不意打ちの際に弓を構えていた者だろう。
先頭を行く猟犬が持つランプの光も通路の両端を顕にすることは適わない。
話に聞く"地獄"に通じる道がこのような物なのかもしれないと錯覚しそうになるが、時折聞こえる鼠の駆ける音がそれは杞憂だと告げている様でさえあった。

『貴様らは自分達を何者だと考える?』

『そりゃお前、人間だろ。ヒトだよヒト。それ以外にあるかよ』

唐突に投げかけられる猟犬の問いかけと、それに応じるレクストの返答。
フィオナもやはり同様の答えを口にする。
帝国人。ヴァフティア生まれ。ルグスの神殿騎士。自身を表す呼び名は数あれど、そんな肩書きを聞いているわけではあるまい。
ならば結局"人間"ということに尽きてしまう。

『そうか、それではその前提が間違っていたら、どうする?』

しばしの沈黙の後、再び猟犬の口から紡がれる問い。
先の質問もそうだがこの男が伝えたいことはどういった意味を持つのだろうか。

『それってつまり、俺達がヒトじゃなかったらどうするかってことか?』

前提が違う。ということはつまりレクストの言葉通りの意味を指すのだろう。
人間で無いのならば一体何だというのだろうか。

『どうするもこうするもあるかよ。俺達は別に『ヒトだから』ここにいるってわけじゃねえんだ――』

護りたい何かがあって、護れるだけの力がある。ならばそこに種族は関係ない。
そうレクストは締めくくった。
当たり前のことを当たり前に口に出来る。だからこそ同じ目的の下集った者達の誰もが、レクストをこそリーダーとして認めているのだろう。
そこに技量や知識は関係ないのだ。

「そうですね。かつての私達が何と呼ばれていたのかは知りませんが、だからといって姿や在り方が変わる訳ではありません。
 ならばそれは、やはり「ヒト」なのではないですか?
 もっともそれは傲慢な考えだと言われればそれまでですけどね。」

フィオナも自身の考えを猟犬に伝える。
だが、これだけでは質問に答えただけだ。その裏にある意図まで汲み取ったわけではない。
ゆえに続けて問いかける。その意図を探るために。

「ですが……此処に来てそれを聞くということは、この先にあるのですか?その答えとなるものが。」

45 :フィオナ ◆tPyzcD89bA :2010/10/18(月) 22:11:44 0
『で、一体どこで何をする所なんだよ、ここはっ』

深い闇に包まれた通路を踏破し、目的の場所に着く。
第一声を切ったのはレクスト。
最後尾ではギルバートが「ほう……」と感慨深そうに呟いている。

ティンダロウスの猟犬が掲げる光に照らされたそこには、すでに朽ちて久しい建造物があった。
フィオナも短剣に灯した明かりを頼りに外壁の細部を見る。

(え?これって)

帝国でも見られるものから、僻地にでも赴かないことには残っていないもの、書物の中にのみ存在するもの。
果てはまるで見たことの無いものまで、様々な様式が入り混じった折衷様式の建造物。

現在の建築様式からは酷く逸脱したものではあるのだが、この建物の持つ存在理由はフィオナにとって身近な物の様に思えるのだ。

「これは……もしかして修道院跡、ではないですか?」

放つ雰囲気こそ眉を顰める物ではあるのだが、それはたしかにフィオナの人生に於いて大多数を占めるであろう物に酷似していた。
刻まれる奇怪な紋様は祀られる神を讃えた聖句なのだろうし、朽ち果てているためはっきりとはしないが聖堂や修室らしきものも見てとれる。

(だけど……だとしたら一体何を……)

自身の宗派だけでなく他宗派の聖印も神官の端くれとして覚えているフィオナだが、この建物に刻印されるそれは見たことすらない。
太古に栄えた宗派の一柱を模したものなのだろうか。
いくら頭を捻ったところで無から有は生まれない。ならば聞いてみるしかないだろう。

「此処は一体……何と言う神を信奉する場所なのです?」

何処か歪つな、その修道院の放つ雰囲気に気圧されながら、フィオナは猟犬へ問いかけた。

46 :アイン ◆mSiyXEjAgk :2010/10/21(木) 23:07:37 0
>「脆弱で下等だからこそ、遊び道具になるんだよ。君の言う娯楽にね。
 人間の弱さや脆さを語るの勝手だけど、そんなことはどうでも良いんだよ。」

ハスタの言葉に、アインは両眼を険で研ぎ、眉を顰める。
再び皮肉の毒を塗りたくった口舌の刃を振るおうとして、しかしそれは叶わなかった。

>「……そう急くことはない。これでも一応、皇帝陛下の命でここまで出向いているんだ。
  簡単にここから出す訳にはいかない。ましてや、その程度で殺れるとでも思っているのか?」

ハスタが視界から消えて一瞬、背後から不遜な声色が響いた。
息を呑む切迫に弾かれてアインが振り返る。
振り返りざま二本目の手砲を構え、突き付け、ハスタはただ嘲笑を面に貼り付けていた。

全てが、文字通り致命的に遅かった。
アインは戦士や格闘家ではない。
戦闘に対する信念など持ち合わせていないからこそ、この現状にただ戦慄を覚える。
相手がその気であれば自分は命を落としていたと言う現状に。

そして、しかし――戦闘への思い入れがないからこそ、彼の思考は心から滲む焦燥に侵されず、冷静だった。

>「皇帝陛下が……?そんな、私たちの作戦行動が漏れてた?どこから!」

「……銀貨の連中がいたんだ。似たような奴らが僕らを見ていたとしても、不思議じゃない」

或いは目の前の男こそがそうだったのかもしれない。
如何なる術式かは分からないが変装の技能を持つこの男なら、容易い事だろう。
酒場でも、城外の駅や門でも、何処であろうと監視が出来た筈だ。
だがアインの思考はそこまでで中断を余儀なくされる。

>「もう一度、夢でも見てきたらどうだ?悪夢をな。」

床に槍が突き立てられた。
何かが来る。アインに分かったのはそこまでだ。
魔力の流れが読めないアインには予想は出来ても、予測が出来ない。
何よりも、対処が出来ない。
それでも出来る事は、ある。

「エクステリア、頼んだぞ」

頼る事だ。不完全で未完成だからこそ、出来ない事を他人に委ねられる。
そしてセシリアはアインには出来ない事を、魔力の風を以って瘴気を払い除けた。
更に彼には担えない攻め手をも彼女は創造する。
ならば次は、アインが出来る事を、すべき事をする時だ。

>《セルピエロ君、ミカエラ先生の保護をお願い――》

頼まれた、とアインは返す。
同時に鞄からフラスコ瓶と小瓶をそれぞれ二本取り出した。
内容物は『酔いどれガマの吐瀉物』と『爆薬』。

「眠るのは……お前の方だ!」

挑発的な言葉の後を追わせて、瓶をハスタの足元付近に叩き付ける。
事と場合によっては、彼の行為は敵に武器を与える事に他ならない。
しかし、試しておきたい事があったのだ。

試行すべきは二つ。
第一に、『ハスタは魔力を有さないが毒性である気体を吸引出来るのか』。
次に『もしも出来るのならば、その際に同時に散布した爆薬はどうなるのか』。

47 :アイン ◆mSiyXEjAgk :2010/10/21(木) 23:08:20 0
(真っ向勝負の正攻法では、奴には到底叶わない。なら何か他の手が必要だ。
 第三の戦力を期待するか……或いは)

絡め手を用い、戦局に毒を仕込むか。
相手に悟られぬままに致命的な何かを忍ばせて、命を奪う。
彼が撒いた気体と爆薬はその何かを見極める為の判断基準だ。

>《皇帝陛下が動いたというのが気になる。もしかしたら私達は既に誰かの術中にあるのかもしれないよ。
> とにかくこれだけ派手にやらかしたらいつ人が来てもおかしくないし、一時撤退した方が良いんじゃないかな――》

仮にそれらが通用しなかったとしても最低限、今この場において牽制にはなる。
『酔いどれガマの吐瀉物』を返されたとしても、セシリアならば対処出来る。

故に彼は床を蹴った。
卓越したとは言い難い脚力を最大限用い、ミカエラの元へ跳ぶ。
そして浮遊する鞄を手繰り寄せ、彼女に勢い良く被せた。
内部拡張の術式を秘めた鞄は、抵抗なくミカエラの全身を飲み込み、隠す。

矢継ぎ早に、アインは鞄のダイヤルを指で弾く。
ダイヤルの役目は、錠ではない。主の登録ならば魔術が担った方が効率的だ。
三桁の自在な数字が担うのは、鞄の中の位相変更。取得物の選択。
取り出されたのは、薄い椀型の陶器を二つ貼り付けて出来た球体だった。

「こいつもオマケだ。くれてやる」

アインはそれを先程を再現する動きで床に落とす。
内容物は炭と爆薬、黒煙を生み出す為の混合物。

陶器が割れて、陶器自体に練り込まれた鉱物が火花を生み、爆薬に着火した。
くぐもった破裂音と共に、暗幕が広げられる。

生じた黒煙をハスタがどう処理するのかも見ておきたいが、欲張れない。
彼我の実力差は絶大だ。逃げ切れなければ、終わりもあり得る。
一度は見逃されたが、次もそうしてもらえる確証はない。
次を得る事に全力を注ぐべきだからこそ、アインは余所見をしない。

「行けるぞエクステリア」

先んじてセシリアの隣を駆け抜け、アインはすれ違いざまに声を残す。
待つ必要はない筈だ。
彼女ならばものの一息で彼に追いつき、襟首を引っ掴んでくれるだろう。

「だが……僕らはまだ何も肝心な物を手にしていない。
 それを踏まえた上で、何処へ、どうやって逃げる?」

【魔力の無い毒性気体と、同時に散布された爆薬がどう処理されるかを検証
 撤退に賛同しつつ、まだ必要な物がある筈だと提示】


48 :オリン ◆NIX5bttrtc :2010/10/23(土) 22:48:27 O
猟犬の駐屯地から天帝城へと駆け上がり、地図に刻まれた印を目指して突き進む
場内は不自然なほどの静けさに満ちており、何者の気配も感じることは無かった
目指す、というより半ば導かれるように足が自然と複雑な城内部を進み、石畳に足音を反響させる


窓の外からは悲鳴、怒声、打撃・斬撃音などの喧騒が聞こえてくる
配布された赤眼の降魔に抗える者はいないだろう。手にした者の大半は戦闘能力の無い一般市民だ
それらを計算した上での策。人間側が数で勝るとしても、魔族一体に幾つの人員が必要か


「……。」


思考とは裏腹に一切の感情が沸くことは無く、機械的に状況を整理していた
床を踏み拉く足は歩みを止め、辺りは静けさを取り戻した。正面には一見、他と変わらない装飾が施された壁
どうやら此処が地図に記された場所のようだ。罠である事は十分に考えられたが、何も起きる気配は無い


──突如、ペンダントに淡い光が灯る
正面の壁に刻印が浮かび上がり、鳴動と共に亀裂が走る。人間一人分ほどの正方形を形作ると、隠し扉が現れる
掌に持っているペンダントが浮遊し、中央の窪みに填め込まれた
塵や埃を四散しながら、徐々に開かれてゆく扉
その先には闇が広がり、奥まで視認することは出来ない


(……この先に俺の過去が、記憶が全てある。解る、この身体がそう訴えている。)


深淵から風が靡く。何処か懐かしい匂いを嗅覚が捉えた
形容し難いものだったが、心に一つの光景が浮かぶ。宿で倒れた際に見た、林立した自然に囲まれた村
五感が、本能が、深層意識が、その一枚絵の様な風景を知っている。いや、覚えている


何故此処まで来たのか。これは自分の意志か。それとも、何者かの意に依るものか
目覚めてから現在に至るまでの軌跡は、"自分"であったのか
過去の自分か。記憶を失ってからの自分か


(……覚悟を決めろ。受け入れろ……自分を。本当の俺を。)


ペンダントを窪みから取り外し、目を瞑った
宿で見た幻視、現実世界へと引き戻されたときに、自身の手に握られていた血塗られたペンダント
ヴェイトとの会合。戦闘後に床に置かれていた、この天帝城の地図──
あまりにも出来過ぎている。都合良く。誰かの掌で踊らされていると感じるほどに
軽く頭を左右に振ると、迷いを断ち切るように前を見つめ、深淵の奥へと足を踏み入れた


奥へと歩む彼の後姿を、鋭利な視線で捉える一つの人影がいた
完全に闇に溶け込み姿を消したオリンを確認すると、その人影は扉の前へと姿を現した


「やっぱり何かありましたね、あの人。水中花の勘は伊達じゃないわね。」


そう呟いたのは、皇帝直下独立隠密衆"30枚の銀貨"の一人、傀儡椿だった
彼女は周囲に気配が無いことを確認すると、眼前に広がる闇へと音も無く駆けていった

49 :オリン ◆NIX5bttrtc :2010/10/23(土) 22:50:53 O
到達したところは、中庭を連想させるような小さな空間だった
優美で荘厳。王族の様な気品に満ちたその空間は、重苦しい天帝城に在るとは創造し難いほど、暖かな場所だった
目に付いたのは、中央に佇む巨大な円形の檻。バラが格子に絡み付き、天から注ぐ魔力の陽に照らされていた
その光景は、一枚の絵画のようだった
そして檻の周囲には棺の様な台座が三つ、それぞれの上には目を閉じた男が横たわっていた

視線を戻し檻へと近づくと、鈍い音を立てて格子の扉がゆっくりと開いた
床一面に敷き詰められた花。中央には目を閉じた女性。栗色の髪だ
それを目にした瞬間──心の臓は動きを早め、口は渇き、黒く熱い衝動が身体中を巡った

──村で栗色の髪の女性との談笑する光景

──幽かな煙が立ち昇る、焼失した村

──物と化した骸の山

──磔に括られ、串刺しにされた女達

「──……。」

過去になにがあったのか。瞳の裏に映る記憶。紡がれる事実
何をしてきたか、どんな選択をしてきたのか。数多く甦る過去に、自身の思考が追い付かない
そんな状況下に、此処にたどり着くまで幾度か聞いた声が、再びオリンの脳へと響いてきた。今までよりも鮮明に

下らない情は必要無い。お前は、ただ"修羅"で在ればいい──

「……修羅。」

──思い出せ。忘れることは許されない。宿せ、憎しみを──

「……俺の、憎しみ……。」

"剣帝"の力を持つものは貴方だけじゃない。私以外にも同様に持つものが存在する。

「……そうだ、俺は──。」

オリンの双眸に暗い光が宿り、殺意と憎悪が侵食してゆく
同時に毛先が白金へと変色し、髪色は完全な白金に染まった
負の全てを背負ったかのようなその瞳で、眼前の女性に視線を向けた。瞳には僅かに悲愴の色が混じる

何故、ジェイド・アレリイを始めて視認したときに、彼が"反魂の術"を受けた者だと理解したのか
そう、いま目の前に居るこの女性が、"反魂の術"の被験者だったからだ

約10年前に起きた、小さな村が滅ぼされた事件。自分は、その当事者だ
駆け付けたときは既に遅く、何もかもが蹂躙された後だった。彼女を弔っていたとき、自分の前に現れたのが、ルキフェルだった
以降、男は人を憎み、魔道へと堕ちた。ただ、生命を破壊するだけの"修羅"と化し、ルキフェルの"剣"として名を馳せた
それが彼女のためであり、剣である自分のためであり、この世への生きる意志そのものであった
魔族側に付いたこの男は"剣帝"としての力を揮い、圧倒的な強さを見せ付けた
だが、7年前のゲート争奪戦において重傷を負った。剣を握るの事すら出来ず、遠のいてゆく意識
そして彼が目覚めた場所は戦場ではなく、何処かの研究施設のようだった

50 :オリン ◆NIX5bttrtc :2010/10/23(土) 22:53:02 O
ある錬金術師の実験……いや、趣味か娯楽か性癖か、研究の結果として与えられた力。それがこの波動の力だ
例の黒甲冑を元に魔法を無力化し、打ち砕く力を植え付けられた。身体の修復は、そのついでだったのだろう
闘気をベースに作られた波動は、肉体強化に特化した補助能力
未だ完成形では無いにしろ、実戦で扱うには十分なものと言えるだろう

その錬金術師は、人格こそ常軌を逸したものではあったが、頭脳は常人を超越するほどのものだった
皇帝管下の元、"執行者"計画にも携わり、気紛れで人狼の生体実験を行っていたとも言われている

──過去を知るべきだったか。それとも知らない方が良かったか
誰の声か、数刻前の自分の声か。不意に過ぎる問いかけは、すでに何の意味も成さないものだ

「……人は愚にも付かない存在であり、抹消すべき生き物だ。"あの日"から俺は……それだけを糧にして此処まで辿り着いた。
オリンで在ったのは、何も持たない中身の無い人形だ。今の俺が、本当の自分自身だ。」

>「随分遅い目覚めだったな、"オリアス"。」

背後に響く声。振り返ると、空間が歪み亀裂が入る。闇が溢れ、人を形成した
姿を晒したのは深紅のドレスを纏った長身の美しい女性。ルキフェルと肩を並べる力を持つ魔族──バルバだ

「……やり方が回りくどい。執行者を当て付ける必要はあったのか?」

>「……ヴェイトの件か。ナヘルも一応は、我らの仲間だ。私は反対したのだがな。だが、結果は得られた。」

「……此処に眠る彼女、そして棺に眠る男。神の影──"ファルヴァルシ"は失敗に終わったのか。」

>「お前がいる。すでに必要は無くなった。長居は無用だ、ルキフェルが待っている。」

彼らの会話を庭園の入り口付近で影に身を潜め、探る者が一人
傀儡椿と名乗った少女──チタンだ。帝都での一件から、オリンに位置探知の術式を仕込ませていたのだ

「ああ。だが、その前に──。」

チタンが一つ瞬きをすると、オリンの姿は在らず
気配を察知したときには、すでに遅かった。背後から振り下ろされた当身により、彼女の意識は現実世界から乖離した
オリンがそれを肩に担ぎ上げると、バルバの創り出した闇へと姿を消していった

【記憶を取り戻し、尾行していたチタンを気絶させる。バルバと共にルキフェルの所へ移動。】

51 :名無しになりきれ:2010/10/24(日) 22:19:58 0
保守

52 : ◆NIX5bttrtc :2010/10/26(火) 19:09:44 O
ハスタが突き立てた深紅の槍
瘴気が迸る寸前──此方の行動を予見したかの如くセシリアが術式を紡いだ

>「『烈風』――!」

巻き起こる風。それは徐々に荒々しさを増し、議会内を覆う竜巻へと姿を変えた
槍から噴射する瘴気をセシリアの竜巻が取り込み、四散し、掻き消した

>「――価値観が安いね。人間を弄んで上に立った気でいるの?
 そんな薄っぺらな全能感で満足できるなら、人形遊びでもしてれば良い。人間より脆くて弱いよ」

先程ハスタが言い放った挑発を返しながら、床に魔方陣を描く
現れたのは巨大なゴーレム。錬金術士であれば、誰もが扱えてしかるべき術の一つ
しかし、セシリアの卓越した才と魔力を以ってして創造されたそれは、常人の物とは比べるべくも無い
ゴーレムが腰に下げた大剣を抜き放つと、ハスタ目掛けて振り下ろした──

「……"六氣封殺"──!」

無骨な鉄塊がハスタに触れる寸前──六枚の符が眼前で障壁を創り出す
迫る大剣の重量全てを受け、火花が散り両者は拮抗する

「……なかなかやるね……!」

符術の結界は砕け、直撃を受ける
衝撃で後方まで一気に吹き飛び、背後の壁に背を打ちつけた
ハスタは服に付いた汚れを軽く払いながら立ち上がると、僅かに口端を吊り上げながら言った

「先程の問いに答えてあげようか。こういうことさ。」

ハスタの姿が徐々に変化してゆく
それは、セシリアが魔族化しつつあった人間の治療に当たっていた際、彼女の側に居た神殿騎士だった
無邪気に悪意在る笑みを浮かべると、元のハスタの姿へと戻る
この事実を聞いたところで、彼らに然程の驚きは無いだろう。すでに些細な事なのだから

>「眠るのは……お前の方だ!」

変化の一瞬の隙を狙ったのか、それとも偶然かは解らないが、アインが手にした瓶をハスタの足元へと叩き付けた
僅かに反応が遅れ、割れた瓶から悪臭が漂い、爆風が巻き起こった
更に追撃された炭と爆薬により、黒煙が迸る
立ち上る黒煙から突き破るように複数の純白の板が飛び出した
それぞれが議会内を囲むようにして石畳に突き刺さると、天井に巨大な魔方陣が出現
刻印が魔力の軌跡を描くと、結界の術式が発動する。それは凶悪な囚人などを収容する際に用いる監獄結界だった

53 : ◆NIX5bttrtc :2010/10/26(火) 19:12:02 O
大剣の一撃により身体には血が流れ、爆発による被弾で服は所々破けていた
執行者は身体の異常、つまり毒や麻痺などに対する耐性が極めて高く設定されている
しかし、アインの役学は魔力を有さない者による知識と技量により生成されたため、彼の耐性を上回る威力が在った

「……非戦闘員だと思って手を抜いていたのが、間違いだったみたいだな。」

口元に垂れた血を右腕で拭うと、両の掌を天井へ向け何やら呟いた
掌に浮かび上がった魔法文字が淡く光を放つと、右手に太刀、左手に脇差が現れる

「──貰って置いて良かったよ。"神の影"の力をね。」

全身を禍々しい闇が覆い、人の姿を形成する。その黒き光は粒子と成り、四散した
深淵の中から姿を晒したのは、白を基調とした戦闘服を纏った白金の女性だった
ヴェイトとなった彼女──ナヘルは、鋭利な視線をファランクスへ向け、魔力を破壊する力──魔光波動を身体に纏わせる
脚で床を軽く弾くとファランクスの頭上まで跳躍し、両の手の刀で無数に斬り付けた

【議会に結界を張り閉じ込める。セシリアとアインのコンボでダメージを受ける。
また瘴気の散布、六氣封殺の使用により魔力が底を尽きたため、ヴェイトに変身。
ダメージは残っています。やられるつもりなので、遠慮なくボコして下さい。】

54 :ルーリエ・クトゥルヴ ◆OPp67eYivY :2010/10/26(火) 19:40:09 O
幾万もの年月、月の光から隠された坂を下る。かつてこの土地は全ての要であり、神を祀り、空より来た不可思
議な物を讃えた。まだ我々の血族が他の支配者の下僕と争っていた頃の、古く拙い崇拝。今ある正教という物の
原初。“古きものども”は理解できないものを大いなる力を持つ圧倒的な他者、“神”に置き換えた。そうでも
しなければ、彼らの弱い魂は蝕まれたから。己を蝕む瘴気に耐えられなかったから。彼らは弱さを嫌った。瘴気
を振り払う強さを、瘴気を操る器用さを、或いは、知恵を。“古きものども”は力を求めた。この奥で、得体の
知れない神に願ったのだ。
彼らは得た。未来を捨てて、“魔”を操る力を。己を縛り上げる運命を得た。
ランタンの火が震える。足音は深く、深淵に響く。空気は停止し、何かの気配は物陰に身を潜め、こちらを凝視
している。その目は妄執に血走り、ひどく乾いて、澱んでいる。
鼠が駆ける。その、音がする。
『ヒトであろうが無かろうが、関係がない』という家畜達の答えに、俺は「そうか」とだけ答えた。彼らは覚悟
をしているのだろうか?彼らを形作る肉は決して土塊から出来たのではない。綻びを埋め合わせるように他の肉
を喰らい、貶め、汚して出来た望まれないものでしかない。
「ですが……此処に来てそれを聞くということは、この先にあるのですか?その答えとなるものが。」
「貴様らに、家畜が家畜たる由縁を教える必要があると皇帝はお考えになっている。
そうでなければしがらみは払えないと」
少しばかり、遅すぎたようだが。言葉を飲み込み、ただ黙々と下を目指す。時は迫っていた。因果は収束へ向か
い、全てが“偉大なるもの”の記した未来へと追いたてられる。
「ヒトは、自らの運命を切り開く力を持っていたそうだ」
そんな物は露と消えた。皇帝はそれを知り、全てに飽き、未来を諦め、ただじっと自らに降りかかる“死”と
“運命”を怠惰に待ち構えていた。そう、その筈だった。
数十年前開かれた、つまらない催し物。当時力をつけていた、メニアーチャと言う商人に対する他の商人の嫌が
らせの一部。社会に有りがちな、微かな揺らぎの一つ。“偉大なるもの”の書にも書かれた規定の運命。始まる
前から結果の決まった武道大会。

その決勝で、俺とリフレクティアが戦う迄は。


55 :ルーリエ・クトゥルヴ ◆OPp67eYivY :2010/10/26(火) 19:45:29 O
朽ち果てた寺院が、そこにあった。一部は土台がむき出しになり、上等な漆喰は剥がれ、壁は崩落している。ラ
ンタンに照らされるのは掠れた祈りの文句。今は只の染みと変わらない。価値は殆ど失われ、形骸しか残らない。
だが、確かにこれは寺院だった。時代が変わるたびに名を変え、一部を移築し、時に国を賭けてこれを守り、こ
れの為に幾つもの戦争が起きた。英雄が生まれ、罪人が死んだ。積み重ねた歴史は重く、真実は醜い。だが、記
されなかった過去は直ぐに風化し、空虚な意味は永遠に失われる。
今は、これは単なる寺院だった。崩れかけた寺院。それ以上でも、以下でもない。
「此処は一体……何と言う神を信奉する場所なのです?」

“……永遠の憩いにやすらぐを見て、死せるものと呼ぶなかれ……果てを知らぬ時の後には死もまた死ぬる定めなれば”

質問には答えず、ただ壁に書かれた、掠れた文句を読み取る。聞きなれた、強く胸を突く言葉。血族の希望。込
められた意図は違えど、辿った思考は同じだ。“古きものども”も我らと同じく待っていた。幾万も幾億も幾兆
もの昼と夜、恋い焦がれるように、憎むように深く、彼らの神を待ち、待ち、待ちくたびれて、そして絶えた。
或いは、彼らは償うつもりだったのかもしれない。不完全な家畜を産み出した事を、償う為に待ち続けていたの
かもしれない。
「……信仰していたのは神ではない。言うなれば、力そのものだ。
本当はそうではないが、そうとしか思えないほど巨大な存在だ」
蝿から見た我々のようなものだ、と付け加えて、一心不乱にメモを取るクラウチの肩を叩き、崩落した壁の隙間
を潜り抜けて、寺院の内部に足を踏み入れる。
一歩踏み込むと、くしゃり、と乾いた音が響き、足元で何かが砕けた。干からびた死体、家畜の死体だった。
ランタンを高く掲げれば、寺院の内部の様相が濃い影と共に浮かび上がった。山のように積まれた死体、死体、
死体。互いに噛み合い、喰らい合うままの形で止まった死体。他の頭蓋を抉り、啜ろうとしゃがむ形の死体。小
さな死体を抱えて踞るのは、母親だろうか?必死に食い物を守る獣だろうか?積み重ねられた死体は、争いと醜
悪に満ちていた。どれも今の家畜の姿とは程遠い、発達した顎と膨れ上がった頭蓋を持ち、足は異様に短く、手
はそれに反して極めて長い。
「ここは、イグザム修道院は、収容所の意味合いがあった。“古きものども”は産み出した怪物に恐れをなして、
ここに長い間封印していた。だが、彼等の滅びと共にそれら逃げ出した……。
敬えよ、これが貴様にとっての、直系の先祖だ」


56 :クラウチ・エンド・ソトスの手記 ◆OPp67eYivY :2010/10/26(火) 19:47:15 O
“C・E・Sの手記.CES2A000239”

隊長はイグザム修道院跡に入り、家畜達をとある場所へと導いた。岩肌に面し、修道院に「コ」の字に囲まれた場
所。恐らく、修道院の裏庭であった場所だ。
その岩肌には巨大な一枚岩で出来た扉があって、隊長はその扉を籠手で殴り、“魔”払った。
扉は開いた。隙間からは眩い光が漏れ、暗闇に慣れた我々の眼を焼いた。
「貴様の視た景色はこの先にある」
光を背にして、隊長は雌の家畜に言った。
「進む前に一つ忠告するならば。
そう、決して神を心を許すな」


57 :ルキフェル ◆7zZan2bB7s :2010/10/26(火) 20:28:07 0
>>50
バルバに連れられ、ルキフェルの元へ辿り着いたオリン。
そこに待っていたのは、巨大な「空」を展示した部屋に佇む金髪の青年だった。
彼を、今の時代の人々はルキフェルと呼ぶ。
それは正しいのだが、間違いでもある。
彼が何者で、いつからいるのか。それは、バルバでさえ知らない事だった。
いや、それは神さえも知らない。

「待っていましたよ。久しぶりですね……剣帝。」

含みのある笑みを浮かべ、ルキフェルは空の模型を見つめた。
1つの球体の周りを、幾つもの球体が囲んでいる。
そして、その先に広がるのは無限の世界。
未来の人が見たならば、それを恐らくは「宇宙」と言うだろう。

「どうです。素晴らしいでしょう、これの比べればこんな世界はまるで箱庭だ。
しかし、箱庭にいても退屈はしませんね。これは不思議な事ですが――事実だ。
彼らはまだ希望があると信じている。そして、「門」を助ければ全て上手くいくと
信じている。」

オリンとバルバの手に、極小に飾られた「黒い石」を手渡す。
それは鮮やかに輝き、2人の手の中へ消えていく。
やがて感じるだろう。己の中で増幅する”力の根源”を。

「全て上手くいく。それじゃ、つまらないんですよ。
もっと、喚き叫びそして狂ってくれないとつまらない。
どうしてかって?それは、その方がより”愉快”だからに違いない。
この世界の終わりは、絶望こそが相応しい。貴方も、そう思いませんか?」

オリンの目を、ルキフェルの赤く輝く目が見据える。
そして、オリンの脳裏に刻まれる光景。
それはこの世界が、地上が生まれる前より以前。
空を突き破り、巨大な石が飛来する情景だった。

「剣帝、貴方には彼ら。あぁ、レクストと愉快な仲間達とでも
言うべきでしょうか。
彼らのうちの1人でもいいです、抹殺して頂きたい。
出来ないのならば、致命傷でも構いません。
まだ彼らにとっては――”味方”で貴方なら可能なはずです。」

【オリンにこの世界の誕生の光景を見せる、レクスト達の信頼を利用し
オリンに抹殺を依頼】

58 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/10/28(木) 03:24:43 0
>「これは……もしかして修道院跡、ではないですか?」

「分かるのか?騎士嬢」

帝国史の単位が常に赤点だったレクストでなくとも、普通人にはこの暗がりに広がる光景に覚えはないだろう。
そこはまさしく神殿騎士の面目躍如といったところで、フィオナの呈した回答はなるほど正鵠を射ていた。
乱雑に保存された聖櫃、壁画、様式建築。触れるだけで崩れそうなぐらい脆く風化した柱の残骸。

>「此処は一体……何と言う神を信奉する場所なのです?」

続けて放たれたフィオナの問いに、ティンダロスの隊長は少しだけ黙り、やがてこちらを見ずに口を開いた。
その目は、否、鎧に隠れて見えなかったが、確かに壁を注視していた。そこに書かれた『読めない文字』を見ていた。

>「……信仰していたのは神ではない。言うなれば、力そのものだ。本当はそうではないが、そうとしか思えないほど巨大な存在だ」

(なんだそりゃ……?)

ここへ来てからどうにもこの怪物は韜晦的な呟きが多い。
間怠っこしいやりとりが苦手なレクストにとって、本題以外の回り道というものにはどうにも寛容になれなかった。
招かれた客分としては穏便にことを済ませたいところなのだが、いい加減苛立ちに腰の魔剣が歓喜している。

(魔族、とかとはまた違う別の上位存在……聖術の『神の力』とかと同系統か?)

自分なりに推測してみるが、きっと犬兜と自分とでは見えている世界が違うのだろうということは朧気に理解できる。
恐らくは、この修道院が現役であった時代から連綿と受け継がれてきた価値観を、化物だけの価値観の上に立っているのだ。
土俵が違う。分が違う。そして犬兜がランタンを掲げ、彼らの足元にあった物を照らし出した。

「――ッ!!」

声が出なかった。横隔膜が停止し、喉を震わす吐息が途絶える。眼球の内側を虫酸が縦断し、背中が熱を持った。
そこにあるのは人の死体だった。完全に乾き、干物のようになった死体。生きていたときのまま時間を止めた、彫像のような死体。
同胞を殺し、その肉を食らう姿のまま死体となった者。子供を庇うように覆いかぶさった母親。どれもこれも、人であり、異形だった。

「なん……だよ、これ、」

吐きそうだった。
現代に生きるヒトとは随分と身体のつくりが違う。ヒトよりも猿に近い、あるいは小鬼や小人を彷彿とさせた。

>「ここは、イグザム修道院は、収容所の意味合いがあった。“古きものども”は産み出した怪物に恐れをなして、
  ここに長い間封印していた。だが、彼等の滅びと共にそれら逃げ出した……。敬えよ、これが貴様にとっての、直系の先祖だ」

「大昔の人間……?」

生態学の授業も真面目に受けた覚えがないが、教本に載っていた推測図にここの『先祖』と似た姿を見たことがあった。
だが"古きものども"などという言葉は後にも先にも聞いたことがない。ティンダロスの祖先か何かだろうか。

犬兜はその後、レクストたちをその先へ促した。
誘われるままについていくと、修道院の建物に囲まれた小さな庭があった。
ひんやりとした岩肌に不相応な施錠術式が展開されていて、犬兜はためらわず黒甲冑の術式祓いでそれを解除する。

>「貴様の視た景色はこの先にある」

ゆっくりと封印されていた扉が開きながら、犬兜がこちらを振り返り、フィオナにそう言った。
光が漏れる。随分と久しかった松明以外の光に、開いていた瞳孔を撃ちぬかれてレクストは眼を眇める。

(……? ミアは天帝城にいるんじゃなかったのか?)

浮上した疑問を形にする前に、扉が開ききった。
そこは崩壊寸前の遺跡と地続きとは思えないほどに、瀟洒で清楚な空間だった。

59 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/10/28(木) 03:28:47 0
>「進む前に一つ忠告するならば。そう、決して神を心を許すな」

神殿の一部のような場所だった。
広く、高い天井。楕円の間に柱が連なり、燈台からは蒼の炎が煌々と燃え上がっている。
空間そのものが一つの大きな浄化術式を構成しているらしく、大気は清らかに外の埃っぽさを全て洗い流していた。
泥と汚泥に塗れていた装甲服がいつの間にか綺麗になっている。もうとれないだろうと諦めていた汚臭も、名残なく消え去っている。

そして。

部屋の中心には、巨大な水晶。

「――、」

何も言わず、何も言えず、レクストは駆け出していた。
水晶の表面に掌を打ち付け、その硬さを知る。透明度の高い水晶は玻璃の如く透き通っていて、中に何があるのかを微塵も隠さない。

ミアだ。

水晶の中心に浮かぶようにして、帝都に入った時と同じ服装のまま、ミアがそこにいた。
頭皮が乾いてひび割れていく錯覚を得た。口の中が乾ききっている。水晶に映り込む自分は、泣きそうな顔をしていた。

腰の魔剣が嘶く。
高く高く、嘶く。

「どう、いう、こと、だよ」

ゆっくりと、一音節ずつ、噛み締めるように、噛み砕くように、自分自身に朗読するように。
奥歯が砕けそうだった。舌が乾いて乾いて、上手く言葉が作れなかった。

「おい……駄犬、ミアは無事なんじゃなかったのかよ」

水晶に押し付けすぎて、指先が白くなっていた。
ひんやりとした表面は掌から熱を奪って、血流を通して心臓まで冷たさを伝える。


『神に祈るな。神に願うな。心挫けたとき、傍に在るのは神ではない』


「なんで黙ってる?なあ、おい、なんか言えよ駄犬……っ!」

透き通った水晶は、中がどのような状態にあるかを明白に、明確に、明実に知らせてくれる。
水晶の中で眠るミアは、本当に眠っているだけに見えるミアは、白い肌を更に白んじさせたミアは。

――息をしていなかった。

生者の気が完全に失せたミアは、水晶の中で今も眠り続ける。
不安定な台座が衝撃に揺れた。レクストの額がぶつかり、そしてゆっくりと膝を折って俯いた。
防刃帽が床に落ちる乾いた音が、いやに酷く響いた。

60 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 :2010/10/28(木) 03:31:00 0
「『門』は魂と身体とを分けられて幽閉されてる」

アインの問いかけに、セシリアは短く返した。
『どこへ逃げる?』という問いに対して呈する答えである。

「その両方を集める為に情報が必要なのだけど、元老院の連中が知らないってことは、もっと深く潜る必要があるね」

アインの白衣の襟を掴み、『飛翔』を用いて帝政議会第二議事堂の二階席へ飛ぶ。
元老院を眠らせてきた第一の方は既に騎士団に踏み込まれているだろう。非常に不味い。彼らの戦闘力、捜査力は優秀だ。
ここにまで踏み込まれればハスタ共々お縄にかけられかねない。暫くは実況見分で出てこれないだろうが、短期決着は望むところだ。

(だけど……予想以上にタフだね『コードレス君』は。ファランクスの一撃と爆破を同時に叩き込んでこれとは)

流石人間を玩具扱いするだけのことはある、とほんの少し皮肉。
爆煙の向こうで立ち上がるハスタは、ところどころ出血し服も破損しているが概ね五体とヒトの姿を保っていた。

>「……非戦闘員だと思って手を抜いていたのが、間違いだったみたいだな」

虚空に腕を掲げ、ハスタは術式を発動する。
分析しようと注視していたセシリアは、そこに魔法陣と武装顕現の輝きを見た。

>「──貰って置いて良かったよ。"神の影"の力をね」

そしてハスタは『変わった』。闇が彼を覆い、霧散した頃には、彼は『彼』ではなくなっていた。
現れたのは、女性。白い戦服、白金の長髪、白磁の如き肌。両手には片刃の剣が一振りずつ握られ、両方とも禍々しい気配を纏っていた。

「何を――ファランクスッ!」

直感がヤバいと告げる鼓動にして一つの刹那、ハスタだった女は再び跳んだ。
そこへファランクスの大剣が床を抉る。既に上空へと跳び上がった女は無数の剣戟をファランクスへ落とす。

「その程度、……ッ!?」

返す刃で剣撃を受け止めたはずのファランクス。その超硬度を誇る白磁の剣が、まるで紙でも裂くかの如く容易く瓦解した。
否、壊されたというよりも、元の大理石へと強制的に還されているのだ。

(術式崩し――?)

魔力そのものを破壊すると言い換えても良い。
この攻防と挙動からセシリアが得た状況の真相は、魔術師であるセシリアにとって絶望的な宣告。

61 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 :2010/10/28(木) 03:33:15 0
「こんなところで……立ち止まってる暇はないのにっ!!」

城内での情報収集と潜入班への工作ならば、直接戦闘になることはないと踏んでいた。
甘い判断だったが、そうでなければ非戦闘員であるセシリアは動けない。言わば自身を『動かすために偽っていた』。
ルキフェル討伐隊は少数精鋭だ。純戦闘員などレクストを含めた数人でしかない。随分な見切り発車だったが、ここまでは順調だったのだ。

ミアを助けねばならない。助けて、その力でルキフェルを封じる。

極端な話、神戒円環を発動させるだけならばミアの『魂』だけがあればそれで事足りるのだ。
アルテミシアの魂が内包する魔力さえ自由にできれば良いのだから。だがそれは、ミアの魂そのものを炉にくべて魔力を抽出することを意味する。
神戒円環は発動できても、それで終わりだ。二度目はない。還るべき『器』のない魂は霧散し、永遠に失われる。

(それじゃ駄目なんだっ……!それでおしまいじゃ、誰も納得しない。『結末は終わらない』――)

ミアという少女の戦略的価値などどうでも良い。
彼女が、自分が救った世界を見ること適わず人事不省のまま終わりを迎えるなど、到底許されないとセシリアは考える。

――自分のあずかり知らぬ所で話が進み、勝手に犠牲にされる苦しみを、彼女は知っていたから。

「セルピエロ君、私の案に乗って。あいつを叩きのめして、『門』の情報を吐かせる。洗いざらいっ!」

ファランクスの腕が落とされた。もう片方もボロボロだ。得物も失せ、殴れば殴るほど己の身体が傷ついていく。
魔力で形を保つゴーレムにとって、魔力を破壊する女の能力はまさしく天敵だ。

「実を言うと、『こんなこともあろうかと』ファランクスに術式を仕込んであるんだ。
 出来れば、なんとか、絶対に、使いたくなかったけど……威力、範囲、発動規模を極限まで抑えた――『自壊円環』を」

もともと自壊円環はゴーレムに運ばせて敵地で発動する仕掛けである。
ウルタールを滅ぼした龍がそうだったように、内部に仕込んでおいて保有者の破壊と共に術式が起動する寸法なのだ。

「あいつの戦闘能力は魔族並み……私たちの戦力で、かつ個人戦闘で倒すには、もうこれしかない」

力加減を誤れば天帝城ごと消し飛びかねない作戦である。
それでもセシリアは即断した。『後悔するのが嫌なら後腐れないよう全てを賭ければ良い』――破滅的な考えだが、今は酷く気に入った。

「あいつに通常の術式攻撃は効かない。最も効果的な状況で自壊円環を発動できるように、できるだけあいつを追い込んで」

圧倒的力量差のある相手に対して、それはかなり絶望的な依頼だった。


【レクスト:修道院の奥でミアの身体を発見。魂が分離されていることを知らず死んだと思っている】
【セシリア:ミアの魂の在処を元ハスタの身体に聞くことを決意。自壊円環に誘い込もうとアインに支援を要請】

62 :オリン ◆NIX5bttrtc :2010/10/29(金) 20:00:54 0
転移術式特有の、五感を刺激する感覚。水中に、流れに身を任せるような形容し難い感覚
闇に身体の全てを預け、現界から隔離された異空間を伝い、術者の意識する場所へと向かう
──不意に、ある記憶が過ぎった。魔道へ堕ちた、あの日の事が
今でも鮮明に刻まれている自分の歩んできた道の分岐点。その、剣帝としての道を選択した日を



降り頻る灰色の雨。村と、唯一の生存者である青年の心を映す様な、絶望の色
隣国の兵に蹂躙された、全てを失った忌まわしき日にして、生きる糧を手にした"あの日"

黒墨になった遺体が周辺に乱雑に捨てられていた。男の住民は剣や槍などが身体中に突き刺さり、顔は拉げ、凌遅刑の如く四肢はもがれている
女は犯され、まわされ、磔にされた挙句、カカシのように串刺しにされ、辺りに突き立っていた

村の広場に佇む白金の髪の青年。視線の先は血に塗れた少女の遺体
青年は片膝をつき、少女の顔へ手を伸ばす。そっと撫でると、彼女の手に握られたペンダントを、手に取った

──突如、背後から感じる悪寒。鋭利な刃を首筋に当てられているかの如く
金縛りのように硬直する身体。押し潰されるほどの威圧に抗い、彼は振り向いた
そこには穏やかだが、何処か得体の知れない笑みを携えた金髪の少年が居た
視線を此方へと向けると、彼は言った

"──君の憎しみが欲しい"

そして、言葉を続けた

"──もう少しで、完全な憎しみに染まる"

彼は微笑を浮かべながら手を虚空へと翳すと、周囲に闇が現れた
中から出てきたのは、友であり戦友でもある三人の男。この時点で彼が何を求めているのか、解った。いや……解ってしまった
自身の眼前に突き立てられた剣。笑みを絶やさず、彼は言った

"──殺せ"

彼女を失ったショックで、正常な判断が成し得なかったのか。それとも、操られていたのか
しかし、剣を手に取り──殺した。抉る様に心臓を突き刺して
もがく間も与えず、戸惑いも躊躇もせず、彼らの眼を見ながら、命を刈り取った
そして遺体は、彼──ルキフェルと名乗った少年が創り出した闇へと消えていった
安らかに眠れる場所へ。身体を修復し、安全な場所へ移した、と

現在でも当時の思考は曖昧だ。自身の意か、他者の意か
だが、決して間違った選択では無かったと言える。いや、違う。正しい選択だった

63 :オリン ◆NIX5bttrtc :2010/10/29(金) 20:02:58 0
闇が晴れ、光が溢れた。転移が完了し、ルキフェルの元へ到達した二人
そこは空に囲まれた空間。浮遊するかのような錯覚に見舞われるほどに、空を模していた
その中央に佇む金髪の男。口端を僅かに吊り上げ、含み在る笑みを浮かべながら此方へ視線を向けた

>「待っていましたよ。久しぶりですね……剣帝。」

「……ああ。しかし相変わらずだな。これも計算の内か。」

オリンとしての行動から今に至るまでの経緯。多少の誤差は在れど、再び彼の"剣"として前に現れたことを
計り知れない知識と知略に依る、常人では到底成しえないほど"先"を見据えた計算
それは恐ろしいと言うよりも、自身にとって彼の"剣"として共闘するに値する、いや捧げる相応しい存在といえるだろう

>「どうです。素晴らしいでしょう、これに比べればこんな世界はまるで箱庭だ。
しかし、箱庭にいても退屈はしませんね。これは不思議な事ですが――事実だ。
彼らはまだ希望があると信じている。そして、「門」を助ければ全て上手くいくと
信じている。」

ルキフェルは何処か遠い目でそう言い放つと、オリンとバルバに黒い石を手渡した
掌で禍々しくも煌々と光る石は、しばらくすると掌の中へと消えていった

──突如、身体中を電流の様な刺激が走る
全身が熱く迸り、全身の経脈が浮き立ち、激しく脈打ち鼓動する
やがてそれは徐々に治まると、身体全身に魔の呪印が刻まれていた

>「全て上手くいく。それじゃ、つまらないんですよ。
もっと、喚き叫びそして狂ってくれないとつまらない。
どうしてかって?それは、その方がより”愉快”だからに違いない。
この世界の終わりは、絶望こそが相応しい。貴方も、そう思いませんか?」

「……狂気や嘆きに興味は無い。俺はあの日から、快楽などの感情は消え去っている。
ただ求めるは修羅。他者を破壊し、殺戮し、絶望を与えることが、俺の糧であり、役目だ。
……10年前に俺に言った、お前の言葉だ。」

オリンの正面に立つルキフェルが、不気味に輝く赤き瞳を、視線を、此方へと向けた
脳裏に浮かぶ太古の地上。いや、それよりも以前の世界の姿。摂理、理が創造される以前の形
虚空に亀裂が走り、硝子の様に空が割れる。そこから飛来する巨大な隕石。そして──

>「剣帝、貴方には彼ら。あぁ、レクストと愉快な仲間達とでも
言うべきでしょうか。
彼らのうちの1人でもいいです、抹殺して頂きたい。
出来ないのならば、致命傷でも構いません。
まだ彼らにとっては――”味方”で貴方なら可能なはずです。」

「……それもお前の言うゲーム、か。しかし、会合して間もない俺を、彼らが心許すと思うか?
特にギルバート……いや、銀貨の女と、猟犬どもには通用しないだろう。」

抑揚の無い声で言葉を紡ぎながら、肩で担いでいたチタンをルキフェルの眼前へと降ろした

「"銀貨"の一人だ。ルキフェル、お前に預けておく。」

そう告げると背を向け、天を見上げた

「……"虚空の間"にて彼らを待ち受ける。勝敗はどう在れ、これが"剣帝"として最後の仕事になるだろう。
ルキフェル、礼だけは言っておこう。"彼女"と"友"を完全に隔離された場に安置し、穏やかで静寂な空間で眠らせてくれたことを。」

【天帝城の中枢部にある"虚空の間"にて、レクスト一行を待ち受ける。】

64 :フィオナ ◆tPyzcD89bA :2010/10/31(日) 02:27:25 0
暗闇を照らす淡い光の中、朗々と響く文言。
フィオナにとってそれは初めて耳にする言語であり、当然意味を図ることは出来ない。
おそらく此処に祀られる"何か"へ捧げられた聖句の一小節なのだろう。

『……信仰していたのは神ではない。言うなれば、力そのものだ。
本当はそうではないが、そうとしか思えないほど巨大な存在だ』

(竜信仰のようなもの……でしょうか?)

姿を持たない神々とは違い、今なお世界に生息する強大な力を持った種族。
それらを信仰する者達は決して多くはないが存在する。
竜であったり、巨人であったり、獅子であったり、果ては魔物であったりと
対象は様々だが、実際的な強さに対する畏敬として信仰するのだ。

とはいえ、いくら考えたところで答えは得ない。
結果フィオナは猶も頭を捻りながら、猟犬が歩むのに倣い寺院内部へと足を運ぶ形となった。

『――ッ!!』

猟犬達に続き、足を踏み入れたレクストが息を飲む。

「どうしたんで……!」

訝しげに脇から覗き込んだフィオナも問いかけた声を、最後まで紡ぐことは出来なかった。

『なん……だよ、これ、』

レクストが問うのも無理は無い。
眼前に広がるのは折り重なり、散乱する死体の群れ。
殺し、殺され、喰らい、喰われ、互いの骨肉を啜ることのみを目的とした純粋なまでの欲望の山。

悲しいわけではない。だというのに両の眼は歪み、全身が泡立つ。
胃の腑が捩れ熱いものが込み上げる。

『ここは、イグザム修道院は、収容所の意味合いがあった。“古きものども”は産み出した怪物に恐れをなして、
ここに長い間封印していた。だが、彼等の滅びと共にそれら逃げ出した……。
敬えよ、これが貴様にとっての、直系の先祖だ』

「……っ。事前に言われていたので、ある程度覚悟はしてましたが、予想以上の不意打ちですね。」

乱暴に涙を拭い、無理やり胃液を嚥下し、例え見透かされていようと表面上は取り繕う。
強がっているだけ。本当ならば目を背け嘔吐してしまいたい。
だがジェイドのことで大見得を切った手前、弟を虐げた者の前で醜態を晒すわけにはいかない。
戦士として、否、姉としての矜持。ただその一点のみがフィオナに虚勢を張らせていた。

「……それで、次は何処へ連れて行って貰えるのですか?」

地獄さながらの光景と、自分達の祖がおよそ人とは程遠い獣だったという証拠を見せ付けられた後。
連れて来られたのは修道院の裏庭、であったのだろう場所。
まず目に入るのは殺風景な剥き出しの岩肌と、その中にいわく有りそうに納まった巨大な一枚岩。

『貴様の視た景色はこの先にある』

フィオナに対しそう猟犬の長は告げた後、魔払いの篭手で岩を殴りつけ――そして光が溢れる。
光に灼かれた視界が戻った時、目に映るのは確かにフィオナが"視た"場所だった。

65 :フィオナ ◆tPyzcD89bA :2010/10/31(日) 02:29:04 0
長大な楕円の間、その中に真円を描くよう等間隔にそびえる柱。
床から立ち上る光は一切の穢れを削ぎ落とし、室内は畏怖を感じる程の静謐さで満たされている。

そしてその中心に、ミアを内包した巨大な水晶が在った。

言葉もなく駆け出すレクスト。
その後ろに歩きながら続くギルバート。
だがフィオナの脚は二人とは別の方へと進む。

「長い間――」

連なる柱の一本を前にして。

「気の休まる時も無かったでしょう――」

万感の思いを込めて呟く。

「でもそのお陰で、彼女は守られました――」

偉大な聖騎士を仰ぎ見ながら。

「ありがとうございます。マンモン先生。」

四肢をもぎ取られ柱に吊るされながらも、ミアの魂を守り抜いた恩師の頬へ、フィオナは手をさし伸ばす。
血を絞り尽くされたせいだろう皮膚は枯れ、微塵も熱を返さない。

フィオナは短剣を引き抜き、マンモンを吊るす戒めを切り裂く。
支える腕も脚も失い大地に引かれるままに落下するマンモンを抱きとめ、その胸に額を押し当てる。

(先生……教えてください)

微弱ながら鼓動を打つ心臓。
しかしそれは今すぐにでも止まってしまうほどに弱々しい。

神聖魔術とて万能では無い。
ここまで衰弱した体を治すのは例え聖女が命を賭したとしてもほぼ不可能。
ゆえに必死に願うのだ。マンモンの命を無駄にしないために。

(貴方が守り通したミアちゃんの魂。その在り処を……っ)

66 :"偽"ギルバート ◆tPyzcD89bA :2010/10/31(日) 02:31:18 0
『どう、いう、こと、だよ』

浴びせられるのは当然の怒り。

『おい……駄犬、ミアは無事なんじゃなかったのかよ』

胸倉を掴みあげるレクストの指先は怜悧な水晶に押し当てすぎたのだろう白くなっている。

『なんで黙ってる?なあ、おい、なんか言えよ駄犬……っ!』

一片の濁りも無い水晶は鮮明に内包された『門』の状態を露にしていた。
蒼白の肌、微動だにしない体。呼吸すらも止めている。
絶望に飽いたのかレクストが膝を付く。

「その程度か?」

その様をにべもなく見下し、ギルバートは初めて口を開いた。

「その程度か、と言ったんだ。『門』を救うと言ったお前の決意は。」

項垂れる頭を髪ごと掴み、無理やり引き摺り上げる。

「あれを見ろ。
 命を賭して『門』を守り抜いた男の姿だ。お前に同じことが出来るか?
 実力や能力の事を言ってるんじゃ無いことくらいは理解してるんだろうな?」

そこまでを口にして手を放す。
解放されたレクストを、今度は見下ろしながら、言い聞かせるように続きを紡いだ。

「膝を折るのは全てを為してからにしろ。
『門』の魂はあの男の手によって分離されている。
 ルキフェルに破壊されないよう守るためにな。だから今、こいつに収まってるのは器だけだ。」


【フィオナ、マンモンに念じて分離したミアの魂の在り処を質問】

67 :アイン ◆mSiyXEjAgk :2010/11/02(火) 12:41:36 0
「ぐえっ……!」

駆け出して数秒、後ろから襟首を引っ掴まれたアインは蛙のような声を上げる。
息の詰まったまま足が床から離れ、宙に浮いた。

>「『門』は魂と身体とを分けられて幽閉されてる」

問いに対する答えが返ってきたが、反応を示す術はない。
延々足をばたつかせていた彼は、着地も上手くいかず膝がかくりと折れて床に転がった。

>「その両方を集める為に情報が必要なのだけど、元老院の連中が知らないってことは、もっと深く潜る必要があるね」

「げほっ、その前に僕に言う事が……あぁいや、やっぱりいい。非常時だしな。
 それで……肉体と魂の分離だったか。ならそれをした奴は、反ルキフェルと考えるのが打倒か」

最後の希望であり、最悪の破壊兵器にもなり得る『門』の魂を隠す。
それは順当に考えれば、ルキフェルに相対する者の仕業だ。

「だとすれば……確かアイツは皇帝の命で動いてると言っていたな。
 奴が『門』の魂の在処を知っていたなら、それは皇帝がどこに立っているのかを判断する基準にもなる」

アインは呟き、しかしそれ以上の思案は許されない。
床を擦る足音が聞こえた。

>「……非戦闘員だと思って手を抜いていたのが、間違いだったみたいだな。」

「……そう長くは、休ませてもらえないか」

追い付いてきたハスタは血に塗れた両腕を頭上へ掲げ、掌を広げて何かを呟く。
文字を模った微光が掌から漏れ出した。
直後、二振りの長短の異なる片刃の剣が出現する。

>「──貰って置いて良かったよ。"神の影"の力をね。」

独白と共に、ハスタの姿を渦巻く闇が覆い隠す。
深い闇だった。見ているだけで鼓動に不穏の調べを孕み始める程に。
そして闇は白化しながら霧散していく。暗幕が取り払われ、そこにいたのはハスタではなかった。

ハスタだったそれは、女になっていた。
白い服に、白金の髪。煌く刃。そして漆黒の気配。

女が跳んだ。両手の刃を振りかざし、ファランクスの頭上を取る。
ファランクスが迎え打ち――剣戟は一瞬だった。
ただの一合すら打ち合う事なく、錬金術で生み出された剣が瓦解する。

剣を破壊した術が如何なる物か、アインには理解出来ない。
魔力を感知出来ない彼には、剣を形作る魔力そのものが破壊されたとは分からない。
だがいとも簡単に剣を破壊されたと言う結果がどれほど厄介かは、嫌でも理解出来た。

「……気体と共に、爆薬をたらふく吸い込ませてやれば良かったな」

命中させられると踏んで散布した爆薬の起爆を早めたが、下手に追い詰めるべきではなかった。
遊ばれている間に、完膚なきまでに決着をつけておくべきだったのだ。

変身前の、複雑な機能や技術を持っている時の方がまだ、付け入る隙があった。
今度はそうはいかない。単純に強いからこそ、上回るには多大な労力が必要となる。

68 :アイン ◆mSiyXEjAgk :2010/11/02(火) 12:42:18 0
>「セルピエロ君、私の案に乗って。あいつを叩きのめして、『門』の情報を吐かせる。洗いざらいっ!」
>「実を言うと、『こんなこともあろうかと』ファランクスに術式を仕込んであるんだ。
> 出来れば、なんとか、絶対に、使いたくなかったけど……威力、範囲、発動規模を極限まで抑えた――『自壊円環』を」

場合によっては労力以上の消耗や、犠牲が。

「危なっかしいが……やむ無しか。で、僕に何をしろって言うんだ?案に乗れって事は、何かがあるんだろう」

>「あいつに通常の術式攻撃は効かない。最も効果的な状況で自壊円環を発動できるように、できるだけあいつを追い込んで」

セシリアの返答に、アインが凍った。
目を見開き、呆れと怒りの入り交じった表情で彼女へ振り向く。

「おいちょっと待て。それを僕にやれって言うのか?アレの相手を?……冗談だろう!」

悪態を吐きながらも、アインは手砲を鞄から取り出した。
術式が通用しないのであればセシリアは戦えず、その代役は彼となる。それは当然の道理なのだから。

狙いを定め、弾丸を発射する。
命中すれば相手を昏睡へ誘う、ミカエラに使った物と同じだ。
眠らないまでも行動力の著しい低下はほぼ確実だろう――命中すれば。

女がまだハスタだった時、彼は遊び半分のまま手砲を回避してみせた。
あまつさえ、爆薬の巻き起こした衝撃波さえも。
一度は奇しくも油断を突く形になって命中させられたが、最早それは望めない。
幾らダメージがあるとは言え、当たりはしない。
故に彼は考える。この白金の女を下す術を。牽制の弾丸は絶やさないまま。考えて、考えて、思索を重ね――

「……無理だな」

何十発目かの手砲を外した時、突然アインが呟いた。

「これは無理だ。幾つか手は考えたが、どう足掻いても僕が死ぬ。だからな……」

撃った後の空の手砲をおざなりに投げ捨て、彼は続ける。

「僕は逃げる事にした。さっき何やら結界を張っていたみたいだが、実は僕には関係なくてな」

あっけらかんと、彼は告白する。

「知っているか?僕らの周りの何も無い空間には、実は眼に見えない歪みがあるんだ。
 それは意図的に作る事も可能だ。それを利用すればSPINや魔力など使わなくても、
 何処かへ転移する事が出来る。僕はこれを……『ワープ』と名付けた」

傍らに浮く鞄に腕を潜らせ、中を漁る。
取り出したのは、先程も使った煙幕だ。

「元々、僕の役目は神戒円環の開発だ。少なくとも戦場で命を張る事じゃない。
 ここまでは義理で付いて来たが……これ以上は御免だ。僕はまだ死にたくないんでな」

床に煙幕を放る。白金の女の足元に。
生じた黒煙は暫しの間残留して、彼女の視界を奪うだろう。
そして煙が晴れ彼女が視野を取り戻した時には、既にアインの姿はそこにはない。

69 :アイン ◆mSiyXEjAgk :2010/11/02(火) 12:44:34 0
だが注視してみれば、白金の女は自らの足下にアインの鞄がある事に気が付けるだろう。
鞄には拡張術式が施されており人が入れる事も、それが煙に紛れて投げ込まれたのだと言う事にも。
鞄は錠が外れて、半開きだった。

「……それはフェイクだ。こっちだぞ、間抜けめ。空間の歪みだのワープだの、そんな物ある訳ないだろう」

当て付けるようなアインの台詞と手砲の動作音が、背後から響く。
彼が白金の女の背後を取った術は、これまでにばら撒いた弾丸。
それらに刻んだ異なる魔法陣の組み合わせと配置で、彼はSPINを再現したのだ。

――しかし、彼一人ではそれを発動させる事は叶わない。
陣を暗記して描く事は出来たとしても、発動に至らせる魔力がないのだから。
ならば彼はどうやって、女の背後を取ったのか。

それは彼がわざわざ背後を取った後で声をかけ、動作音を響かせた事に繋がる。
本来なら馬鹿馬鹿しいほどに無意味なその行為は、だからこそ意味があった。
背後を取られたと知れば、白金の女は必ず振り向く。アインを止めに、仕留めんとする。

「……まあ、これもフェイクなんだがな」

言葉と同時、鞄から飛び出すものがあった。ミカエラ・マルブランケだ。
煙幕が機能している間に、アインがいつぞやセシリアに使ったハーブエキスを浴びせて気付けしたのだ。
そして現状を語り、SPINの発動を含めた協力を頼んだ。

自分が囮になるから、女を止めろ。
昏睡の毒薬を爪に塗り、引っ掻き傷を一つくれてやればいい。
魔力殺しの光は接触によって効果を及ぼすもので、身体強化の術式を使えば接近は可能。
消される傍から新たに魔力を充填すれば、術式の延命も出来る筈だと。

「あぁ、そうだ。頼みごとは忘れるなよ」

頼み事とは、囮である自分がもしも死んだ時。
『先生』の治療をミカエラとセシリアに任せたいと言う物だった。

アインの弾丸、ミカエラの毒爪。
どちらかが成功すればいい。所詮どちらも、布石だ。
白金の女の動きを阻害して、自壊円環を喰らわせる為の。


【煙幕→鞄を足元に→フェイクだとSPINで背後を取る→それも囮で本命は先程鞄に仕舞ったミカエラ。アインも射撃はするがやられるの覚悟
 分かりにくかったらすいません。ワープに関しちゃぜーんぶ口から出任せです】

70 :皇帝 ◆OPp67eYivY :2010/11/05(金) 00:00:57 O
王は孤高だった。
全てを手にして、知るべきでない事象を知り、己が後に何も残せず、何も伝えられないと知ったとき、彼は全て
を諦めた。不屈の闘志は燻り、空ばかり見ていた眼は何時しか過去にしか向かなくなっていた。
例外を探す日々は続いた。それはいつの間にか、単なる証明に過ぎなくなった。運命は変えられない、因果は揺
るがない。その証明は永遠に続くと言う予感が頭を支配し、それでも王は逃げ続けた。
世界は巨大に過ぎた。
“例外”を見つけたとき、リフレクティアに出会った時には、何もかもは遅すぎた。

今、王は再び空を眺めている。魔族の犇めく空を、天帝城の屋上で。
そうして、王は空に舞い上がった騎竜の姿を認めた。
騎竜は何かに押し上げられるように奇跡的な軌道を描き、魔族を避け、踏み、蹴散らし、空高く昇って行く。甚
だ、不自然としか言い様のない奇跡。
王は知っていた。奇跡などありはしない。全ては運命に描かれ、因果に収束する。事象はその過程でしかない。
我々は無力だ。どのような感情も、意地も、結局のところ神に操られた結果でしかない。我々に意思などない。
それでも王は抗わずにはいられなかった。例え無意味だとしても、己を納得させなければならなかった。
「鏖の雄叫びを上げ――」
詠唱。最小限の魔力を練り、形を思い描く。
ささやき。丁寧に、己の魂をなぞるように。
祈り。己の過去を、死んでいった妻子を、友人を。
念じろ。
「――闘いの狗を野に放て」
刹那、王の握るナイフの鋭角から黒い霧が漏れた。それは嫌な臭いを辺りに撒き散らし、力を溜めるように漂い、
そして猛然と駆けた。騎竜の元へと、そう、軍を呼び寄せんとするあの騎竜だ。騎竜は瞬く間に黒い霧に覆われ、
乗り手と共に生きたまま溶かされ……。突如として、目も眩むような赤色の光が瞬いた。騎竜兵が死に間際に放
った信号弾は魔族の間をすり抜け、天の大気を赤く染め上げた。
歓声が城の真下で上がる。勝利の叫びではない、生への感謝の叫びだ。未来への歓びだ。
知っている。王は知っていた。この後どうなるのかを、確かに記憶していた。
今はただぼんやりと、暗い地平の先を眺める。夜はまだ明けない。朝日は地の底で胎動している。

「終わり、だな」

そうして、王は決断した。

71 :ルーリエ・クトゥルヴ ◆OPp67eYivY :2010/11/05(金) 00:02:22 O
「隊長」
家畜達の入った空間を背に、俺とクラウチは乾いた空気を吸っていた。ここの空気はいつでも奇妙な味がする。
古い、余りにも古い空気。
「そろそろ時間です」
俺の持つカンテラを眺めて、クラウチは呟いた。油の量で時間を計るのは、基本的に観測手の仕事だ。
「間に合わなかったか」
俺の言葉に、クラウチの顔の陰影が濃くなる。驚きは無い。ただ最良の結果が失われたことを淡々と確認する。
ルキフェルと家畜達の争いが起こした変化は、結局のところヴァフティア事変だけだったらしい。二度目の奇跡
は起こらなかった。運命は変わらなかったのだ。
「上手くやれるでしょうか、あいつらは」
クラウチが上を見上げながら手を持ち上げた。ガタスの、対象への距離を測る時の癖だ。こんな所まで師匠に似
るのかと笑い、釣られて天井を見上げる。天井は遥かに上だ。暗く、闇に染まっている。その天井の裏側で、
“ティンダロスの猟犬”の残りの部隊は最後の仕事を始めている事だろう。
皇帝の“保険”が、一族総出で書き換えた呪いの文句がここで意味を成す。
結界を張れば、そこで世界は変わる。
この都を抜け出す最後の機会だ。
「間に合うでしょうか?」
クラウチは不安そうに言った。その言葉を何よりも俺を揺るがせた。クラウチは外へ出るつもりなのだ。そして
俺も当然その通りなのだと思い込んでいる。
「さあな」
俺は心の内を隠して、そう言った。
皇帝の目論見に気付いたとき、必ず、ありとあらゆる家畜は皇帝を殺そうとするだろう。だからこそ、誰かが皇
帝を守らなければならない。少なくとも、血族が都を脱出するまでは。
その役目は、闘いに狂ったものでしか果たせない。

72 :マンモン ◆7zZan2bB7s :2010/11/05(金) 11:41:10 0
>>65
>(貴方が守り通したミアちゃんの魂。その在り処を……っ)

マンモンは刳り貫かれ空洞になった双眼を向けながら、愛弟子の言葉に
小さく頷く。
そして、最後の力を振り絞り彼女の心の中へ言葉を送った。
(やはり私の教え子は優秀だ……必ず来ると信じていた。
ミアの、彼女の魂は――この城の私の自室の聖書の中だ。
虚空の間の先に私の部屋がある。
聖騎士のみが、開ける”解除の奇跡”によってのみ開ける……フィオナ。
君が、救うのだ。まだ、希望はある。)

「ウ……フィ、フィオナ……ア!?ガァアアアア!!」

突然、マンモンが苦しみ出し地面にのた打ち回り始める。
四股を失った彼の全身のありとあらゆる場所から血が吹き出し
そしてマンモンは真っ赤な達磨と化していく。
ルキフェルは彼に、魂の在り処を伝えた時に発動するような
術式を施していたのだった。
それも、一番彼が苦しみ死ぬ方法でだ。
それでも、マンモンは尚――フィオナへ何かを伝えようと口を動かす。

(フィオナ……ルキフェルは強大だ。だが、この帝都を、帝都をぉ……
脅かすのはヤツだけではないっ!!皇帝と、猟犬に決して油断するなっ!!
奴らは……この帝都を…フィオナ、そしてレクスト……君達ならば……)

その瞬間、マンモンの体に亀裂が走り飛沫を上げながら粉々に吹き飛ぶ。
その死体の中から、ルキフェルの姿が現われあの腹立たしい程の笑みを浮かべ
フィオナやレクスト達へ向け一礼してみせた。
おそらくそれは術式の中に仕込んでおいた幻像であろう。

「やはり、貴女が来ましたか。それに、レクスト君。
魂の在り処を教えてくれたようですね。
私からも感謝の言葉を。彼の働きには感謝していますからねぇ。
レクスト君、貴女の母親は今帝都を破壊して回っているところですよ。
その身に、人の血と肉を浴びてより強固な力を得たはずです。
そろそろ、戻って来るはずではないでしょうかねぇ。」

――虚空の間

オリンの元へ1体の魔獣が降り立つ。
全身に術式を施されたそれは、かろうじて人の形を残しただけの存在。
かつてはレクストの母親だった魂の成れの果てである。
背中に禍々しい翼を持ち、オリンの隣で巨大な叫び声を上げた。
そして、もう1人。ルキフェルの側近であるバルバだ。

「剣帝、貴方に協力者を差し上げます。バルバと、レクストの母親です。
彼女達は貴方の思うがまま、自由に使ってくださって結構ですよ。
特に、レクストの母親は彼の”悪夢”のようなもの。
心を揺さぶるには、一番ですから。」

ルキフェルの抑揚のない声が虚空の間に響く。
月は雲に隠れ、空は真っ黒な闇へ落ちていった――


73 : ◆NIX5bttrtc :2010/11/05(金) 20:37:25 0
眼前に立ち塞がるゴーレム。ヴェイトの剣戟を受けるも、脆く崩れ術式が乖離する
いくら硬度な装甲を誇ろうとも、所詮は魔力を源とした構成、構造。魔を破壊する力の前には、すでに何の意味も、役にも、立つはずが無かった

>「こんなところで……立ち止まってる暇はないのにっ!!」

ナヘルの性質が変化したのを察知したセシリアが、距離を取る
術者である彼女には自分を倒す統べはすでに無いであろう。例え在ったとしても、取るに足らない矮小な力
アインの小道具も所詮は学者が創り上げた産物。戦闘を想定して造られていたとしても、意味は無い
何故なら、この"神の影"──ファルヴァルシの"力"は強大にして神に近き存在だからだ

「……何処へ逃げても無駄だ。貴方達に勝ち目は無い。」

ナヘルがヴェイトの声色で言葉を放つ
想像以上の力を得て慢心したのか、虫でも相手にするかのような視線を向ける

>「おいちょっと待て。それを僕にやれって言うのか?アレの相手を?……冗談だろう!」

何やら呟いたセシリアの返答に対し、アインは声を荒げる
やはり。と、ヴェイトは確信する。術式が無力であるなら、頼る統べはアインの所持する道具しか残されていない
非戦闘員であるが、この現状では彼しか相手にならないだろう

アインは手砲を此方へと向け、弾丸を連続で射出した
研ぎ澄まされた五感と、それに順応する事が可能な身体で、飛来する銃弾を容易く回避してみせた

>「……無理だな」

勝てる見込みが無いと判断したのか、彼が小さく呟くと手砲を放り投げ──

>「知っているか?僕らの周りの何も無い空間には、実は眼に見えない歪みがあるんだ。
 それは意図的に作る事も可能だ。それを利用すればSPINや魔力など使わなくても、
 何処かへ転移する事が出来る。僕はこれを……『ワープ』と名付けた」

そう言いながら鞄の中へ腕を潜らせた
先ほど自身へ投擲した煙幕と同一のものだ
彼はそれをヴェイトの元へ投げつけると辺り一面、白で覆われた
視界が晴れると足元にはアインが所持していた鞄が、口が半開きのまま置かれていた

>「……それはフェイクだ。こっちだぞ、間抜けめ。空間の歪みだのワープだの、そんな物ある訳ないだろう」

気配を辿れば誰が何処に居ようが感知することは容易い。そう、設定を施されているから
しかし、一瞬。あの煙幕で視界が覆われたとき。ほんの一瞬だが、アインとは別の気配を感じ取った
セシリアでは無い。ならば誰だ。議会の連中は、今やただの置きもの同然だ。だとしたら──

(……何をした?……まさか──)

思考はそこで中断した。背後から響く手砲の動作音に無意識的に振り返る
本人の意志とは関係なく。熟練された戦士が、無意識化でダメージを最小限に抑えるよう身体が反応するのと──同じだ
そこには此方へ銃口を向けるアインが、居た。その表情は絶望ではなく、不適なものだった

74 : ◆NIX5bttrtc :2010/11/05(金) 20:38:49 0
>「……まあ、これもフェイクなんだがな」

視界の下方から大きな影が動いたのを捉えた。それは、ミカエラ=マルブランケだった
足元に置かれた鞄から現れたのだ。何時の間に施したのか、鞄には術式らしきものが刻まれていた
人間一人分が入れるほどの空間を、錬金術か何かで創造したのだろう
二人の強襲。前後を挟まれたヴェイトは攻撃を交わせる体勢ではなかった。動作音に振り向いてしまったから

「──!」

身体の周囲に纏う波動を増幅させるヴェイト
現状で防げる攻撃は、一つしかない。判断したのは──手砲だった
ミカエラの鋭利な爪に何が仕込まれているか事実を知るには至らないが、毒性系の一種だろう
自身の耐性を考慮するならば、優先すべきは魔力を持たない超速度で迫る弾丸だ

寸での距離まで加速した弾丸に、左手の脇差で縦に一閃下段から振り上げた
二つに裂かれた弾丸はヴェイトの両頬を掠める。刃の後に走る漆黒の軌跡。同時にアインを襲う魔光波動の衝撃波
それを正視する事無く、ミカエラへ顔を向けると同時に身体に衝撃が走った

「……ッ!!」

純白の戦闘服は鋭利な毒爪によって切り裂かれ、青い血が流れ落ちる
気に留める事無く、右手に握る太刀を振りかぶった瞬間──ミカエラを捉えていた視界が揺れる
昏睡の成分を多量に混在したその爪が、執行者ナヘルの毒素耐性を上回ったのだ
渾身の力で床を蹴り、後方へと跳躍する。しかし、徐々に侵食する身体への異常が、彼女を蝕み、自由を奪ってゆく
着地と同時に膝を付き、太刀を支え代わりに床に突き立てた

(どうなってる……?この"力"は……完全なはず。そう、完全な……──!?)

刀に纏う超濃度の波動が、少しずつ霧散している。そして、突き立てた刃に亀裂が走った
──瞬間。ヴェイトは、いやナヘルは理解した。波動の力。"神の影"の源は、紛い物だったのだと

【アインの弾丸を刀で交す。変わりにミカエラの攻撃により毒が身体を侵食し、その影響で足元はふら付いている。
紛い物を渡された事を知り、ショックを受ける。今がチャンス──!】

75 :名無しになりきれ:2010/11/07(日) 23:23:06 0
三浦の特徴
・ドイツ語読みを名前に付けることが多い
・白衣など学者っぽい設定を好む
・文末に句読点をつける

三浦がしたこと
・管理者権限を委譲後、管理者権限がないにもかかわらず管理者として管理者ページにログインした
・そこからIPを抜きだし、貼り付けた



76 :名無しになりきれ:2010/11/07(日) 23:25:48 0
アインの設定は学者。文体も三浦のそれと同じ。句読点を文末に付ける癖も三浦のそれと一致している
アインに譲る際は気を付けたほうがいい
IPアドレスをここに貼り付けられるぞ

77 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/11/09(火) 01:28:47 0
【芽生えゆく萌動】


ミアが死んでいた。死んでしまった。間に合わなかった。守れなかった。
膝をつき、黒刃でも喰いきれない感情の波濤を体ごと丸くなって抑えこむ。
そうでもしないと、どこにぶつけたらいいかわからない絶望を抱え切れずに、心が破綻してしまうと思った。

>「その程度か?」

天から声が降ってきた。蹲るレクストの直上で、ギルバートが静かに声を落とした。
誰よりもミアを望み、求め、守り、護ってきたはずの男は、目の前の惨状に寸毫程も心を揺らしていなかった。

「……なんだと?」

レクストは顔を上げず、首だけを曲げてギルバートを見る。
確かな赫怒をその眼に宿し、限界まで開いた瞼と瞳孔が背後の人狼を真芯に捉える。

>「その程度か、と言ったんだ。『門』を救うと言ったお前の決意は。」

声に続くように、今度は掌が降ってくる。
帽子を落としたレクストの頭髪を無遠慮に掴み、引き上げて面を構えた。目が合う。熱のある視線は逸らせなかった。

>「あれを見ろ。命を賭して『門』を守り抜いた男の姿だ。お前に同じことが出来るか?
  実力や能力の事を言ってるんじゃ無いことくらいは理解してるんだろうな?」

ギルバートが指すのは部屋の隅で襤褸切れのようになって横たわる一人の聖騎士。
辛うじて命を繋いでいるだけの、ほぼ死に体の男。酒場でフィオナの言及したマンモン某だろうか。

「…………」

レクストは答えなかった。
事態の表層しか知らされず、また深部に目を向けるほど広大な視野を持たない彼は、ただ怒涛と押し寄せる現実に目眩を覚える。
何がなんだか分からない。ここで何があったのか、何故この男はこの期に及んで毅然としていられるのか、何一つ徳心できない。

>「膝を折るのは全てを為してからにしろ。『門』の魂はあの男の手によって分離されている。
  ルキフェルに破壊されないよう守るためにな。だから今、こいつに収まってるのは器だけだ。」

「!!……それって、」

生きてる。まだミアは生きている。ここにあるのは魂を抜き取った肉体のみであり、存在の根本は隔離されている。
つまり、救える。まだ終わりじゃない。取り返しがつく。――逆転できるのだ。
狭窄した視野全てを覆うように横たわっていた絶望の、土手っ腹に罅が入る。透けた向こう側の確かな光が、前途を微かに照らした。

「は、はは、は……」

全身の強ばっていた筋肉が弛緩し、上手く呼吸を取り戻せない肺から断続的に息を吐く。
溶け合わさり、煮えたぎっていた臓腑が笑う。垂れ下がった腕の末端の、指先から拳にかけてを何度か握り、開き、握り締め。

「――ふざけんじゃねえッ!!」

渾身の膂力でギルバートの顔面を殴りつけた。
拳を叩き込んだ途端に拳から力が抜け、笑っていた膝が体重をささえきれなくなってその場にへたり込む。
それでも心と貌だけには、赫怒と烈火を消さなかった。

「てめえはいつもいつも説明不足なんだよ駄犬!『出来る出来ない』の大前提の話だろうが!!
 持って回ったようなこと抜かしてんじゃねえぞ。お前にとっちゃ俺はただのカードかもしれねえけどな、俺はお前を信頼してここへ来てんだ!」

『俺の信頼に応えろ』とは言えなかった。
それはあくまで一方通行であり、ギルバートはもうずっと前から真意が見えない。暗澹たる実情。魔剣の餌。
感情は爆発し、炸裂し、そして急速に萎んでいく。下水道に入ってからずっと抱えてきたわだかまりの全てをぶち撒ける。

78 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/11/09(火) 01:30:19 0
「言っとくがな、俺はお前が思うよりずっと出来が悪ぃんだ。わからねえことを割りきって話が進められるほど賢くねえぞ。
 俺は『助けたい』からここに居る。『護りたい』から戦ってる。俺もいい加減『そっち』に混ぜろよ。自分の眼で見て、選ばせろよ!」

埃一つ落ちていない床の上で沈黙する防刃帽を拾い上げ、まなじりを隠すように目深に被る。

「生きてるなら、そう言えよ……!!」

一筋二筋、目尻から雫の筋が頬を伝った。
それは安堵と、興奮の反動で、意図せず流れた涙だった。


瀕死のマンモンは言葉すら失い、字面通りの意味で虫の息だった。
恩師の惨状にフィオナは気丈にも向き合い、治癒術式を行使するがそれも最早焼け石に水だった。
枯れ枝のように衰弱したマンモンはそれを掻き抱くフィオナに何かを伝えようとするが、声にならずレクストはそれを知れない。

>「ウ……フィ、フィオナ……ア!?ガァアアアア!!」

突如発作の如くマンモンはのたうち回り、傷と表皮の区別もつかない体中の各所から出血し始める。
何かを掴むように空を掻き、はたして何も掴めず藻掻くのみ。

「お、おい!ヤベぇぞ!」

既に出血は致死量を超えていた。干物のように体躯の殆どを枯れさせたマンモンは、最期に口を小さく動かして、それきり停止した。
二にも三にもとにかく延命措置をとバックパックを漁るレクストを尻目に、受難の聖騎士の体は、無常さを体現するように四散。
爆発したのである。咄嗟にフィオナとマンモンとの間に割って入り、至近距離から無防備な状態で直接爆風を受けるのを防ぐ。

爆塵で目が開かない。バイザーで眼を保護しつつどうにか視界を確保すると、そこにはマンモンと入れ替わるように人影があった。
白い服に白い肌、燃え上がるような金髪に彫りの深い整った相貌。忘れもしない、ヴァフティアで二度見た仇敵の姿。

「ルキフェル……ッ!!」

体は既に状況に順応していた。反射的に剣を抜き、敵意を喰わせて黒刃を発動する。
大気を抉る不可視の牙が剣閃の軌跡を追うように顕現し、空間ごとルキフェルを穿った。

79 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/11/09(火) 01:35:34 0
果たして攻撃は成立しない。

(幻術――!)

ルキフェルは実体ではなかった。おそらくはマンモンを介して何かを伝える念信術式だ。

>『やはり、貴女が来ましたか。それに、レクスト君。魂の在り処を教えてくれたようですね。私からも感謝の言葉を。
  彼の働きには感謝していますからねぇ。レクスト君、貴女の母親は今帝都を破壊して回っているところですよ。
  その身に、人の血と肉を浴びてより強固な力を得たはずです。そろそろ、戻って来るはずではないでしょうかねぇ』

「まさか――」

帝都を襲う降魔、魔族化、大災厄。その一端を担っているのは、他でもないレクストの母親か。

「ってめぇぇぇえええええええええ!!!!」

今すぐルキフェルの身を八つに引き裂いてやりたかったが、レクストはここがどこかも分からない。
ルキフェルがどうやって、ここに念心を送ってきているかも判断はつかない。

髪は逆立ち、瞳孔は開ききり、目の前は真っ赤に染まって何も見えない。噛み締めた奥歯が砕けそうになり、血の味が口に広がる。
手を出せない歯がゆさと、外道に対する閾値を越えた怒り。戦うに足りない己の力量に対する焦燥感、そして悔しさ。
黒刃が腰で暴れるのを無理やり握りしめて抑えこむ。体中に満ちた怒気が、決して大きい方ではないレクストの体躯を巨大に錯覚させる。

極度の怒りで研ぎ澄まされた感覚。
下水道でギルバートと対立したときや、水底で鳥兜に殺されかけたときに芽生えた、意識の確かな萌動。

魔剣による攻撃は無駄のように思われたが、一つだけ確かな成果を挙げた。
穿ち抜かれたルキフェルの虚像が乱れ、回復するほんの少しの刹那、念心映像に『ルキフェルの居る背景』が映り込んだのだ。
すなわちそれは『ルキフェルの現在地』を知る唯一の手がかり。堅実でありながら瀟洒さを備えるその背景は、確かに天帝城の一室だった。

「駄犬ッ!今の見えたよな?『昔から天帝城と関わってるお前なら』分かるはずだ。あそこは何だ?――ルキフェルは、どこに居る」
(あれ?なんで俺――)

意識とは別のところでギルバートの核心を突く言葉を混ぜながら、レクストは鋭く推何した。


【一瞬垣間見えた映像の背景から部屋の手がかりを入手。ギルバートに心当たりを問う】

80 :名無しになりきれ:2010/11/09(火) 20:51:41 0
ダークも劣化したな

81 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 :2010/11/10(水) 04:08:46 0
アイン=セルピエロはセシリアの委託した行動を完璧にやり果たし、結果を出した。
知略に次ぐ知略、ブラフにブラフを重ね、お得意の衒学さえも伏線に変える卓越した欺瞞と詐称の話術。
終いには自らすら陽動とし虎の子にミカエラまで起用する予想の範疇外を行く戦術は、確かにその時元ハスタを上回った。

「『緩衝』!」

ハスタの衝撃波によって吹っ飛ばされたアインを術式で受け止め、セシリアは前へ出る。
ミカエラの毒爪は確実にハスタを蝕み、『彼女』は直立すらままならない風で膝をついた。

(今なら――殺れる!)

ファランクスは健在とは言い難いが、まだ動く。隻腕となり頭部も吹っ飛んでいるが胴体の駆動中枢は無事で、
更に言えばそこに仕込んだ虎の子の術式も生きていた。空間を重ね、集中させることで処理落ちを起こし自壊させる絶対破壊の術式。

「セルピエロ君!ミカエラ先生!地面に伏せて頭を抱えて!」

耐衝撃体勢だ。
今のセシリアの制御技術ならばアイン、セシリア・ミカエラだけを術式範囲から外すことは可能だが、屋内である以上無理は付く。
術式の発動で飛来する瓦礫や建材まで防御するリソースは持ちあわせていない。ありったけの魔力に指向性を与え、ファランクスに注ぐ。

実際、この術式はSPIN理論を使って魔術効果の増幅をしているので効用に対するコストは驚くほど小さい。
それでも『キング・ローズ』の魔力で以ても不完全な発動だったのは、一重にコントロールの困難さが群を抜いているからだ。
人類が扱うにはあまりに早すぎて、そして『遅すぎた』代物。それが、

「――『自壊円環』」

この術式なのである。
ファランクスが跳躍し、最期の腕でハスタを拘束する。例の術式祓いで触れる傍から崩れていくが、ここまで近づけば結果は同じだ。
内包された特殊なオーブが砕け、一軒家を飲み込む巨大な魔法陣がファランクスとハスタを中心に展開する。

「照準設定。敷陣開始――完了。演算転写。術式第三深度開放。魔圧排出式――甲・乙・丙」

制御困難な『自壊円環』だが、それは戦術魔導兵器としての側面での能力値だ。
術者が傍で直接制御するオールドスタイルな行使ならばその限りではない。況や術式制御に長けた魔術師であるならば、だ。
千に及ぶ群体ゴーレムを手足の如く操れるセシリア=エクステリアの真骨頂は、彼女を高みへ押し上げた。

「魔力を破壊できても!術式を無効化できても!『降ってくる空間そのもの』は弾けない――!」

不可視の奔流が旋回し、蠕動し、全てを渦中へ巻き込んで、元ハスタの存在する空間へ焼き付けた。
極小規模に重複した空間を世界が処理しきれなくなり、自壊していく。ハスタごと悠久の奈落へと墜ちていく。
セシリアの全力で極限に『威力を抑えた』術式。魔族並みの戦闘能力を持つ者すら喰らい尽くす地獄の戦禍。

音もなく、全ては終わった。
跡に残ったのは空間歪曲の影響であちこち瓦礫に変わった第二議事堂の背景と、セシリアと、アイン、ミカエラ。

そしてハスタの首から上。

セシリアは自身と仲間の他に、もう一つだけ術式範囲から外していた。
ハスタの頭部。空間として連続しない場所に縫い止められた首から上は、あたかも生首のようで命は保っている。
砂浜で首だけ出して埋められた者のように首から下だけが空間の奈落に落ちている状態なので、当然動けないが息はある。

「一生そこで置物になってたくないなら答えて。『門』の魂――分離された片割れの行方は?」

魔力の著しい消耗に覚束ない足取りで、しかし毅然と魔導杖をハスタに突きつけ、セシリアは尋問を開始した。


【『自壊円環』発動。ハスタの首から下は処理落ちした異空間へ。マンモンが隠したミアの魂の行方を尋問】

82 :名無しになりきれ:2010/11/10(水) 07:14:23 0
一人で場面動かして楽しいの?

83 :名無しになりきれ:2010/11/10(水) 08:36:49 O
誰かが動かさなきゃ話進まないだろ

84 :名無しになりきれ:2010/11/10(水) 20:42:30 0
そういう問題じゃないんだけどなw

85 :フィオナ ◆tPyzcD89bA :2010/11/12(金) 01:35:39 0
幾度かの呼びかけの後、抱きしめたままの恩師の体が微かに震える。
むずがるように、身じろぐように、言葉を持たぬ者が何かを伝えるように、己の意思を誰かに知らせるために。

「先生っ!?」

フィオナを見据える二つの空洞。
かつて向けられた慈愛に満ちた双眸は失われ、しかしその眼差しには確かな意思が宿っている。

それが伝えるのはミアの魂の在り処。
残された命の全てを代価に、フィオナが知るべきこと、為すべきことが、心の中に直接響く。

――虚空の間。
――その先にある自室に隠された聖書。
――魂を取り出すための"解除"の奇跡。

(確かに、……確かに承りました。先生)

フィオナの頷きに眉根を寄せ口の端を上げるマンモン。
知らぬ者が見たら、まるで困っているように見えるだろう。だがフィオナは知っている。
それが満足した時に浮かべる、恩師の本当の笑顔なのだと。

『ウ……フィ、フィオナ……ア!?ガァアアアア!!』

懐かしさに浸るのも束の間、マンモンの表情が苦悶に歪む。
欠損した四肢から、体の至る箇所から、血を撒き散らせたマンモンがフィオナの手から離れ床を転がる。

(フィオナ……ルキフェルは強大だ。だが、この帝都を、帝都をぉ……
脅かすのはヤツだけではないっ!!皇帝と、猟犬に決して油断するなっ!!
奴らは……この帝都を…フィオナ、そしてレクスト……君達ならば……)

その言葉を最期にマンモンの体に無数の亀裂が奔り、四散した。

「っ!――あ……れ……?」

至近距離で、ヒト一人が微塵となる程の爆発を受けたはずなのに、思いのほか衝撃は少ない。
どういうことかと薄く目を開き確認すると、血風で咽る空間にフィオナを庇い立つレクストの姿があった。

「レクストさん!大丈夫ですか!?」

しかしてレクストからの返答は無かった。
だがそれは爆風の余波で耳をやられたからでも無ければ、意識を失っている訳でも無かった。

「……レクスト……さん?」

訝るフィオナを他所に、レクストは体を震わせながら眼前のみを見据えていた。
部屋に施された浄化術式が、大気中に漂うマンモンの血粒を無へと溶かしていく。
そして、周囲を朱に染めていた霧が晴れた時、フィオナもレクストが微動だにしない理由を知る。

『ルキフェル……ッ!!』

故郷に災禍を撒き、弟と恩師を殺した男の姿がそこにあった。

86 :フィオナ ◆tPyzcD89bA :2010/11/12(金) 01:39:10 0
大気が歪み、空気が爆ぜる。
棒立ちのルキフェルに襲い掛かる暴虐無比な不可視の剣撃。
レクストが魔剣を機動させたのだ。

『やはり、貴女が来ましたか。それに、レクスト君。 ――』

しかし周囲の空間ごと爆砕させる一撃を受けてなお、ルキフェルの体はおろか衣服にさえ傷一つ付いていない。
慇懃に一礼を返す姿が、千切れ歪んでまた元通りになるのみ。
幻像。あらかじめ施した術式を通して遠方に居る姿を投影しているに過ぎない。

『ってめぇぇぇえええええええええ!!!!』

ルキフェルの挑発を受け、レクストが吼える。
亡き母親が、殺戮の手駒として使われているとなれば当然だろう。
フィオナにとっても他人事では無いのだ。猟犬が留めていなければジェイドもそうなっていたのだから。

「………………きます――」

レクストの怒りに触発されたように、今まで膝を折っていたフィオナがゆらりと立ち上がる。

「……もうすぐ……きます――」

白い神官衣を恩師の血で朱に染め、項垂れた頭は呟きを繰り返す。
髪の先から、指の先から、服の裾から、床へと零れ落ちていく血が術式の光を浴び煙となって蒸発する。

「私の刃がもうすぐ貴方に喉下に届きます。」

顔を上げ、眦を吊り上げ、フィオナは敢然とルキフェルを睨みつける。
目には怒り。だがそれは暗い炎を灯したものではない。
文字通り命を賭した師の意思と願いを次いだのだから。

「それまで精々、この世界の名残を惜しんでいなさい。」

突き付けた指先を振り払い、消え行くルキフェルの虚像を見届けると踵を返した。

87 :"偽"ギルバート ◆tPyzcD89bA :2010/11/12(金) 01:40:08 0
『駄犬ッ!今の見えたよな?『昔から天帝城と関わってるお前なら』分かるはずだ。あそこは何だ?――ルキフェルは、どこに居る』

歯を剥いて詰め寄ってくるレクストに対し、ギルバートは顔を擦りながら眼だけを向ける。
魔剣の一撃によって歪んだ幻像。その背後に確かに映った場所のことを問い詰めているのだろう。

「昔から天帝城と関わってる、な。
 フンッ……良い質問だ。さっきまでの腑抜け面とは大違いじゃねえか。」

先刻レクストに殴られた際に僅かに歪んだ顔を、撫でつけ修復し、満足気に頷く。
大局を制すために必要不可欠な"駒"は、己の足で立ち上がった。

「王理の間――。虚空の間を抜け、拝謁の間のさらに奥。
 天帝城の最奥に位置し、選帝の儀式を執り行う場所。そこでヤツは待っている。」

見下しも見下ろしもしない。
ギルバートは同じ目線でレクストを見据え、問いかけに答える。

「なら丁度良いですね。
 ミアちゃんの魂は、虚空の間の先にある先生の自室に隠されています。」

歩み寄ってきたフィオナが話に加わる。これで鍵は全て揃った。

「あとは『門』の器を其処まで運ぶ必要があるが……結論から言うと今こいつから出すのは不可能だ。」

ミアを内包する巨大な水晶に手を触れながら、ギルバートはそう口にする。
この水晶は死体を腐敗から保護するための一種の結界。
現代では失われて久しい禁術の一つなのだ。

「だが逆を言えばこの中には死者しか入れて置けない。魂を解放すれば自然と溶け崩れる。」

説明を終えると、ギルバートは懐から革袋を取り出す。
以前フィオナに渡したSPINの特殊回廊を開くための魔石が入っていたそれと同じ物だ。

口紐を解き、逆さに振る。
中から零れ落ちるのは同じ形、同じ大きさをした複数の漆黒の石。
ギルバートはそれら全てを水晶の周りに配置する。

「これで良い。……そう睨むな。説明してやるから。
 帝都のSPINが地下遺跡を使って出来ているのは知っているな。そいつを利用する。
 今置いた黒石は"鬼門"を意味し、これと対になる白石は"生門"になる。
 そいつを聖騎士の自室に配置すれば二つの門の間に通り道が出来るのさ。
 あとはSPINが発生させる魔力を吸い上げ、水晶が転移してくるって寸法だ。」

しかしそれは人の身では到底通ることは出来ない純粋な魔力の渦。
だがミアを包む水晶は、如何なる術を持ってしても破壊不可能な絶対の防壁となる。

「……まあ、そんなもんなのだと理解しろ。」

急ぐぞ。と付け加え、ギルバートは歩き始める。
ルキフェルの待つ決戦の地へと。

88 :名無しになりきれ:2010/11/13(土) 11:02:11 0
ダークって終わらないで終わると思う

89 :アイン ◆mSiyXEjAgk :2010/11/13(土) 15:18:34 0
弾丸は防がれた。直後に閃光がアインの視界を塗り潰す。
せめてもの防御で頭を守り体を丸めるが、およそ無意味だ。
皮膚が一瞬爛れるような熱を帯び、直後に体が後方へ吹き飛ばされる。
白光に染め上げられた視界の中で、しかしアインは見た。
確かにミカエラが白金の女に一撃を加え、膝を突かせた様を。
頼まれた事は完遂された。アインの口元に笑みが浮かび――だが壁への激突に抗えない。
それでも良かった。『先生』の治療は任せてある。今のミカエラと、何だかんだで甘いセシリアなら聞き入れてくれる筈だと。
とは言え、五体を駆け抜けるだろう痛みには気が滅入る。鮮烈な光の中でアインはせめてと目を瞑り、

>「『緩衝』!」

だが背中が得たのは覚悟した物とは裏腹に、何処までも緩い柔らかな感触。
助けられた。しかし安堵するのも束の間、次の瞬間にはアインは重力に従って床に無様に落ちて這い蹲っていた。
胸や頬に重い衝撃が走り、彼は咳き込む。壁への激突は免れたが魔光波動による痛みもまだ全身に残留している。

>「セルピエロ君!ミカエラ先生!地面に伏せて頭を抱えて!」

「……言われなくても、立てるかこんな状態で」

憎まれ口を叩くが、それでも頭は守らなければとアインは緩慢な動きで頭を抱える。
意識が朦朧とする。視界が朧気になっていき、床の冷たさが気分を害す。
頭が鈍く痛み続けていた。痛みは頭だけに限らず、魔光波動の痛みは未だ体から抜け切らない。

>「――『自壊円環』」

セシリアの声が、アインには随分と遠くに聞こえた。
空間そのものが発する震動も、床から伝う崩壊の揺れも、体感が薄い。
どれ程の時間、アインは身を縮こめていただろうか。ふと震動が止んだ。
起き上がるのが億劫で、倒れたまま彼は顔を上げる。自分と同じ高さに、白金の女の生首があった。
よくよく考えてみれば悍ましい光景だが、どうやら生きてはいるらしい。

>「一生そこで置物になってたくないなら答えて。『門』の魂――分離された片割れの行方は?」

セシリアの声が、やはり何処か遠くから響くような形で耳に届く。
顔を上げた状態から、アインは更に首を捻った。単純な動作が随分と億劫に感じられる。
だが白金の女に魔導杖を突き付けるセシリアの姿を認めると、彼は小さく安堵の息を零した。

(……これでよし、エクステリアは生きてる。ミカエラ・マルブランケも。
 あの二人はルキフェル討伐に不可欠だ。神戒円環を発動させるエクステリアは勿論、
 ミカエラ・マルブランケにもまだ、してもらう事がある。ルキフェルの反則的な無敵を切り崩す為に)

深呼吸を繰り返しながら、漸くアインは体を起こしていく。
完全に立ち上がるのはまだ辛い為、片膝と右手を床に突いて床に座る形になった。
左手は、未だ五感に靄を掛ける頭に添えられている。

(あぁ、クソ……それにしても頭がまだ痛むぞ。帰り際、あの頭に蹴りの一つでもくれてやらんと気が済まん)

90 :名無しになりきれ:2010/11/14(日) 03:34:11 O
アインの世界観破壊

91 :ルーリエ ◆OPp67eYivY :2010/11/16(火) 01:39:41 O
「ここからは別行動だな」
門から出てきた家畜達に言う。彼らは、入ったときとは、確かに違う目をしていた。一目見たときに、それは解
った。彼らは真実など気にしない。ただ家畜の如く、己の望む事に猛進するだろうと。
笑う。
これを操作するなど、土台無理な話だったのだ。
「そこの雌豚なら、貴様らの望む所へ案内できる」
俺たちはもう必要ない。
己の言葉が、他人の話したものであるかのような感覚を覚える。クラウチの記述する音が、伽藍洞の中を反射す
る。遠くの虫の羽音すら聞き取れる、深い集中。沈黙の細分化。
すべては、今までになく、単純に進行していた。その単純な構造の中で、ただ確信する。
彼らと再び出会うときは、恐らく……。
「貴様らの未来は暗い」
言っておくべきだ、と判断して、俺は予定にない言葉を話した。この機会が、恐らく最後だ。交わる筈の無い何
かが、奇跡的に再び交差した。この瞬間しかあり得ないと。
「貴様らは英雄にはなれない。
貴様らは、ただ、己の意志を突き詰めるだけになる……巨大な歴史の渦に巻き込まれ、貴様らの行いは、ほんの
ちっぽけな、未来にすら伝えられない、ある種の価値すら無い行いになるだろう」
例えそれがどれほど偉大な行為だったとしても、と俺は続けた。
「貴様らは、何も伝えられない。
全ては誤解される。言葉は歪み、理は崩れる」
それは、死ぬよりも辛いことだと、皇帝は語った。

何も伝えられないと言うことは、生きた意味を剥奪されるということだから。

俺は彼らに背を向けた。クラウチが筆を止める。ランタンの炎が揺らぐ。
一度街に出なければならない。分隊と合流し、隊を編成し直さなければならない。彼らと同じように、来た道を
引き返すのでは遅すぎる。別の道を使う必要がある。つまり、ここが最後だ。
次に会うときは、この家畜達は敵になる。

「……街中で犬達が吠えるとすれば、それは辻に女神が立つから、だそうだ」

せめてもの手向けに、つまらない示唆を渡して、クラウチと共に歩き出す。

「また会おう」


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵


そして、闘いの狗は野に放たれた。




92 :名無しになりきれ:2010/11/16(火) 07:39:26 0
犬達がまるで精子のような勢いで放たれていく・・・

93 : ◆NIX5bttrtc :2010/11/16(火) 20:12:41 0
呆然とするナヘルに、容赦無く襲い掛かる追撃の術式
彼の眼には、砕けた"神の影"しか映っていない。そして、発動された"自壊円環"も彼の耳には届いては来なかった

>「魔力を破壊できても!術式を無効化できても!『降ってくる空間そのもの』は弾けない――!」

足元に現れた異空間。奈落への誘い。自身の周辺に魔力が漂っている
深淵の底は暗く、不気味な闇が広がっている。術の対象者であるナヘルの身体を、その全てを引き摺り、飲み込んだ
しかし、"首から上"だけは議会に残された。眼や口など、頭部にある器官は問題なく動く

>「一生そこで置物になってたくないなら答えて。『門』の魂――分離された片割れの行方は?」

覚束ない足取りで、此方へと歩み寄るセシリア
彼女の発言はただの脅しでは無いだろう。情報を得られなくとも、大した支障は無い
何故ならば、彼らとは別に潜入班であるレクストらがいるからだ

「……いきなり答えを教えても面白くないんだけどね。
まあいいや。"彼女"の魂は、ある男が取り込んだ。そして、その男はこの城の最下層にある"地下神殿"にいる。」

ヴェイトの姿をした彼がそう言うと、頭部の周囲に魔力の粒子が霧散する
ナヘルである本来の姿、黒髪の少年へと彼は形を変えた
すでに他者に擬態できるほどの力は、残っては居なかった。魔力が底を尽きれば擬態した姿を留めてはいられない

──だが、身動きの取れない状況下においても、彼は笑みを絶やす事は無い
恐怖や怒りの感情は、排除されている。拷問を受けたとしても、何も感じはしないだろう

「……君たちの勝ちだ。楽しいゲームだったよ。」

そう言うと、ナヘルはセシリア達に屈託の無い笑顔を向けた
敗者であるはずの彼は死が直前に置かれているにも関わらず、この状況を楽しんでいた

「──これは、ほんのお礼さ。僕を楽しませてくれた、お礼。」

笑顔が嘲笑に変化する。そして同時にセシリアの造り出したゴーレム──ファランクスの装甲に魔法文字が刻まれていた
一瞬、刻印から眼が眩むほどの光を放つと、ファランクスは音も無く崩れ灰となった
ナヘルの双眸が薄っすらと藍色に輝くと、魔力の渦が議会内を荒れ狂うように舞い始めた
奔流する魔力はやがて赤黒い血のような色となり、瘴気へと変化した

「──"四方色滅"」

言葉と同時にナヘルの眼から、耳から、血が流れ落ちる
自分の命を糧に"四凶"最後の符術を発現したナヘルは、ゆっくりと眼を閉じた
そして、振動する天帝城。激しい揺れと共に議会の壁がセシリアたちを押し潰さんとばかりに迫ってきた

「……君たちの足掻く姿を見れないのは名残惜しいけど──先に逝ってるよ。」

笑みを浮かべながらナヘルの頭部は光の粒子となり、消え去った

【ナヘル死亡。セシリア達にファイナルアタック(迫る瘴気と壁)をかます。】

94 : ◆N/wTSkX0q6 :2010/11/18(木) 03:06:02 0
【燃えさかる帝都にて・その4】


「――進め!進め!前に出ろっ!無様に死にたくなけりゃケツから先を切り落とせ!」

2番ハードルを蹂躙する鈍竜型の第一種大型魔獣。
生身じゃどう足掻いても匹敵し得ない被捕食者たる人類の尖兵・従士隊遊撃班の面々は、決死の強襲攻勢をかける。
術式を弾き刃もろくに通らない鉄壁の装甲竜鱗と、硬軟問わず人を赤い肉塊に変える大顎は彼らを無慈悲に消していく。

文字通り、爪の先一つ残さず呑んでいく。

「くそ、チャックが殺られた!」
「こっち向きやがれデカブツっ!その目玉にぶち込んでやる」
「吐き出せ、吐き出せ、吐き出せ、吐き出せっ……!返せよ、おれの腕っ!」
「魔導機雷もっとこっちに回せ、全然足らねえぞ!」
「第三防衛線限界です!輝縛術だけじゃまるで止まりません!」

血肉の匂い濃厚な街角で、遊撃班長は肩で息をしていた。
傍に転がるのはさっきまで一緒に鈍竜の相手をしていた同僚、その肉片。彼が命からがら、『辛うじて守りきった』ただの肉。
石でできた家屋の壁、背を預ければじわりと石が血を吸った。額は割れ、顔の半分が赤黒く染まっている。
片目は見えているのか見えないのか、確かめるように撫ぜる指先に透き通った液体が付着した。潰れた眼球の中身だ。

「……こりゃ参った。こんなグロキモいツラ親にゃ見せらんねえ。会う前にあの世で眼帯を買わなきゃな」

ひとりごちる。足が動かなかった。右足の、腿から先が捻り切られ、骨の見える先端から脈打つように今も血が流れている。
止血すらままならなかった。最早この場から動くことも適わず、ただゆっくりと冷えていくのが先か、食われるのが先か。

「喰われるぐらいなら……か」

懐にあるのは拳ほどの大きさの魔導機雷。魔力によって起動し、圧縮された魔力圧を解き放つことで周囲を吹き飛ばす武装。
至近距離で喰らえば人など容易く肉片となり、地面に埋めておけば対魔獣用の主動迎撃兵器としても活用できる。
そんな破壊の象徴も、あの鈍竜相手では気を逸らす程度の効果しか期待できない。それでも効くのはこれだけだ。

そう、これだけは効く。
鈍竜に対して損害を出せる。ここで自爆すれば、奴の『食料』がほんの少しだけ減るのだから。

「俺達にできるのは所詮その程度。つくづく人類って奴は、食物連鎖の、最底辺だな……」

体も小さい、力も弱い、数が多いだけの矮小な生き物。
挽肉になるのが早いか遅いかというだけの違いに優劣を見出し、今日を生きられることに涙を流して感謝する。

世界を形づくるのは希望の光と、それを色濃く覆い続ける分厚く暗澹たる失望。
昨日よりも今日は暗く、今日より明日は尚暗い。人々は日々に絶望を抱きながら、只、惰性で日常をすごしていた。
道行く同胞の亡骸を一顧だにせず、誰もが生きる為に必死な世界。

その眼に見るのは未来ではなく、ただ明日へ繋がる今日、今日へ繋いだ昨日の足跡。

『明日が欲しいなんて思ったことはないですよ。今日を生きられればそんなもん、要りません』
『子供の頃目が覚める度窓の外を見て、まだ世界が存在してることに絶望していました』
『今日より悪い明日が怖い。だって今日は、昨日より悪い日だったよ。これ以上悪くなるぐらいなら、今日のままでいい』

死んでいった者達と、これから死にゆく者達は、口を揃えてそう言った。
綺麗なままの今日を生きたいから。何も見えない明日なんていらない。

「好き勝手言い腐って馬鹿野郎共が……俺達がここに居るのは、明日を不安なく迎えさせてやる為だろうが」

魔導機雷の取っ手を噛み、咥える。
自由になった指先で石畳を掴み、自由にならなくなった足を引き摺るようにして少しずつ前へ。

「――『明日が欲しい』と、そう思わせる為だろうが……っ!!」

95 : ◆N/wTSkX0q6 :2010/11/18(木) 03:08:19 0
同僚の肉塊の、更にその先。
班長が片目と足を犠牲にしてまで守り抜いたのはもう動かない屍肉の欠片ではなく、『それが抱いていたもの』。
肉塊に埋もれるようにして、一機の『箒』があった。貴族の屋敷で鹵獲した飛翔箒だ。
喰われた同僚が冥府に持って行こうとしたのを強奪した、最初で最後の戦利品。

「へへ……悪いな。俺はお前よりもこいつを助けちまったよ。薄情な班長だと謗るか?いいぜ、そういうのはあの世で聞いてやる」

高級な黒檀で加工された柄は滑らかで、握れば魔力に反応して小さく唸りの返事を返した。
まだ生きてる。まだ翔べる。足を失った班長は、代わりに翼を手に入れた。

「あの世には明日なんかねえっ……!ここに生きる全ての命が、それだけが!いつか『明日』を迎えられるんだ!」

片手には魔導機雷。もう片手には箒の柄。飛翔オーブにありったけの魔力を叩き込み、強引に始動させた。
引き摺られるように空を走る。片手だけでしがみつくように飛翔する。最早跨る脚は無く、重心の制御もできないのでただ前に進むだけ。

それでよかった。
それだけでよかった。
高速で後ろにぶっ飛ばされる景色と意識と、崩れた血肉。加速度に耐えきれない細切れの脚肉が血色の尾を曳いていく。

「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

――“昨日よりも今日は暗く”

舳先は魔獣へ向いていた。

――“今日より明日は尚暗い”

魔獣の鼻先もこちらを見ていた。

――“人々は日々に絶望を抱きながら”

竜の眼がこちらを捉え、その顎をゆっくり開く。

――“只、惰性で日常をすごしていた”

それより速く到達。同時に地上で光芒。班員達がその死を以て仕込んだ機雷と縛術の枷が竜を刹那に戒める。

――“道行く同胞の亡骸を一顧だにせず”

邂逅は一瞬。

――“誰もが生きる為に必死な世界”

鈍竜の巨大な顔面とすれ違った刹那、班長は封を切った魔導機雷を握り締め、渾身の力で突き込んだ。

「地獄の夜が終わっても、死体の山を築いても!それでもいつか、誰かが明日を願えたのなら!!」

肘まで入ったその先は、鈍竜の水晶のような右眼球。
無数の死を見、作り出してきた魔獣の目玉は今や赤黒い体液を流すただの空洞となり、班長は潰れた眼球の内部に機雷を置いてきた。
腕を抜く。すれ違う。通り過ぎる。背の高い建物の窓にぶち当たり、箒は砕け、班長は部屋の中へと転がり入る。

天地逆さの格好で、窓の外を見た。
奇しくも意趣返しとなった隻眼で、鈍竜の末路を見届ける。

「――そうなったら人類、最強だぜ!!」

炸裂する。爆裂する。弾け破裂し爆ぜて散る。
鈍竜の右目から爆閃と劫火が火山のように噴火し、赤黒い、人ではない血の雨を降らす。
夥しい死を賭した一撃だった。度重なる機雷と縛鎖術式で動きをどうにか止め、結果不意をついた空の一撃が頭部に届いた。
『そのためだけに』、己の犠牲を是とした者達がいた。

96 : ◆N/wTSkX0q6 :2010/11/18(木) 03:09:40 0
そして、一矢報いた。

報いたのだ。

鈍竜が咆哮する。地響きの如き大喝声は、痛みが故か、屈辱か。
そして班長と鈍竜は、今一度視線を邂逅させる。目玉の片方を深く吹き飛ばしたにもかかわらず、残った目と目が再び合った。
ゆっくりと、竜はこちらを向く。

「へ、へへ……んだよ、片脳吹っ飛んでんだぞ。まだやるってのかよ」

対してこちらは全身が不随。窓に叩きつけられた衝撃で呼吸すら上手くいかない。
箒は粉砕し、武器も残っていない。仲間も死んだ。使命を完遂した班長は、それ以上の抗戦手段も、それを振るう意志も持っていなかった。

「祈らねえぞ……神になんか」

鈍竜の真っ赤な口腔が、窓の外の景色を塗り潰した。
遍く全ての生物の、その口中が赤いのは、そこが命を喰らう通り道だからだ。
数えきれない命を糧に彼らは今日を生きている。生きることこれ罪。故に今日の糧に感謝し、神に祈って手を合わせる。

「ここまで足掻き切ったのは、誰でもない俺達自身の力だ……!勿体無くて、神様なんかに捧げられっかよ……っ!!」

倒れこむ部屋の基礎がピシピシと破砕の音を立てながら歪んでいく。建物ごと齧り付こうとしているのだ。
班長はそっと眼を閉じ、熱の消えていく体に意識を預けた。濃厚な獣臭が鼻先を掠め、ゆっくりと目の前が暗くなる。
最後に、溜めていた息を吐き出すように、ひっそりと呟いた。

「……死んだ甲斐は、あったか」

不意に瞼の向こうが明るくなった。
突然と、漫然と、冗然と、目の前に迫る竜の牙が視界から消失した。
瓦礫を踏む音、空を切る音、肉を打つ音――鬼神の咆哮と鈍き竜の呻き声。異質の影が再び兆す。

どこからともなく現れた巨大な拳が、鈍竜の頬を打ち据え殴り飛ばしていた。
拳の主は巨人だった。巨人は石で出来ていた。寸胴な体型に、丸太ほどもある剛腕、魔導機関の低い駆動音。
鈍竜と肩を並べるサイズを誇るその偉丈夫に班長は見覚えがあった。陸戦型タイタン級ゴーレム『インファイト』――

「――帝国軍の陸戦機兵隊」

『いかにもッ!』

鈍竜を殴り倒したゴーレムから拡声術式を通した声が響く。
頭部に灯る二つの魔導灯がこちらをゆっくりと照らし、その奥に搭乗するゴーレム乗りの姿を見せた。

「っへ、随分と早いご到着だな」

『皮肉は後で訊こう。貴殿らにはそれを語る資格がある。直上の空を覆う魔獣の群れの遮蔽故に我らは都の危機を知り得なかった!
 勇敢なる一人の騎竜士により信号を受け、こうして今ここに参じた次第である。尊き彼の所属は貴殿と同じ!代えて礼を申したい!』

届いたのか、と班長は零した。
戦闘中に西の空が赤く染まったのは見たが、こんな街の中心ではと増援も諦めていた。

『感謝する。貴殿らの奮戦がなければ我らは間に合わず、この2番ハードルは、我らの懐は獣の思う様蹂躙されていただろう』

鈍竜が立ち上がる。脳を揺さぶられて覚束ない足取りながらも、まだまだ戦えるとばかりに牙を見せる。
ゴーレムは動かず、代わりに音が連続して増えた。対峙するゴーレムの後ろに二機三機と街並みを飛び越えて駆けつけた。

『神に祈るな。神に願うな。心挫けたとき、傍に在るのは神ではない。人と轡を並べるのは、どんなときも人だけだ』

一気に六機編成となったゴーレム部隊は一様に刃を並べ、石の拳を竜へと向ける。

『帝国正規軍ディムズロッド一等帝尉以下第七陸戦機兵隊。――貴殿の願い、神に代わって我らが担おう!』

97 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 :2010/11/18(木) 03:12:42 0
【巡逢する邂逅者達】


致死の術式を灯した杖を突き付けられて、首だけのハスタは観念したようにそれに応える。

>「……いきなり答えを教えても面白くないんだけどね。まあいいや。"彼女"の魂は、ある男が取り込んだ。そして、その男はこの城の最下層にある"地下神殿"にいる。」

先程まで女の姿だった生首が、化粧を落とすように粒子が動き、また知らない少年の顔になった。
これでこの男だか女だかは通算4つの顔をセシリア達に披露したことになる。掴みどころのない生物だった。

(地下神殿――城内にそんな施設はなかったはずだから、遷都以前の古代遺跡がこの地下に眠っているということ……?)

此処へ来てまたしても話が広がり始めている。元より単純な事態でないことは把握しているが、まさか遺跡まで絡んでこようとは。
だが地下ならまだ動きようがある。そのための潜入班だ。あの『銀貨』の手引きなら、恐らくセシリア達と同じ解を得ているだろう。

>「……君たちの勝ちだ。楽しいゲームだったよ。」

「……いつまでニヤニヤしているの?」

杖先の術式を破壊用から拷問用に切り替えて一撃。
紫電が疾り、ハスタの生首は焦げ付いた臭気と音を立てながら吹っ飛び、転がっていく。
空間歪曲によって歪んだ首の接合面が仄暗い闇への入り口をぽっかりと開けていた。

「聞きたいことはまだまだある。だけど時間がないんだよ、これ以上ふざけたことを抜かすなら、『残り』も全部叩き堕とす」

その『残り』――ハスタの残滓たる生首は、未だニヤニヤこちらを見ていた。
敗者の余裕。どう転んでも事態が好転しなくなった者は、時に酷く気楽になる。頑張らなくて良いから。諦観の、安寧。
その表情が『かつて』袂を別にした男の一番見たくなかった表情とリフレインし、セシリアは必要以上にイラついていた。

>「──これは、ほんのお礼さ。僕を楽しませてくれた、お礼。」

かくしてハスタはこう言った。ニヤつきは悪魔の笑みにとって変わり、視線はセシリアでなく傍の瓦礫に向いていた。
そこには『自壊円環』を発動し終わったファランクス――その残骸が積まれており、形を残す装甲に術式の光が灯っていた。
瞬間、閃光。ハスタの相貌に藍色が宿り、議事堂を揺るがすような魔力の奔流が渦巻き始める。

>「──"四方色滅"」

壁が降ってくる。

(な――っ! こんな状態で術式が発動できるの!?)

どこまでも人智を超越した人外の所業。
最悪の形で顕現した力の証明は、堅牢を誇る天帝城の基礎をズタズタにする威力で発動する。

>「……君たちの足掻く姿を見れないのは名残惜しいけど──先に逝ってるよ。」

「こ……の……!」

崩れ行くハスタの生首にセシリアは歯噛みする。
語彙の許す限り罵倒を繰り広げてやりたかったが、とてもそんな状況じゃないことにまた歯噛み。

「ミカエラ先生!セルピエロ君!鞄の中に隠れていて!私一人ならこの程度の崩壊――」

差し迫る瘴気と倒壊の危機にセシリアは対抗術式を組み上げようとするが、何度やっても不全。上手く力が入らない。
度重なる大規模な術式の行使と、ぶっ続けの臨戦態勢、とどめの『自壊円環』とくればさしものセシリア=エクステリアとて限界が訪れる。

「よりによって今――!? ……こうなったら命に代えてでも、」

先生は護る。そう思考しようとして、しかしそれはぷつりと途絶えた。
首筋に押し当てられた指先、そこから走った術式が彼女の思考力を奪い、意識を闇へと誘った。

98 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 :2010/11/18(木) 03:15:18 0
「……まったく、最後の最後で詰めが甘いわねえセシリア。貴女も貴女でその向こう見ずなところはレックと同じ」

だから嫌いになれなかったのだけど。
そう呟く後ろ姿を、倒れこむセシリアは見る。床にはアインの術式鞄が開いてあり、セシリアはそこに落ちていく。

「せ……ん、せ……」

「やあね。こんな魔道に堕ちた身を今でもそう呼ぶのは貴女だけよ。貴女ってばいつもそう。
 これだけのことをやらかしておいて、私が元の日常に戻れるわけがないじゃない。――いえ、きっと『あの時』から、もう」

霞がかった視界の中で、狭窄していく視野の中で、彼女は師の声を聞く。
術式空間の中にはアインも放りこまれており、傍で気絶していた。こういうときにはつくづく役に立たない男だ。

「迷惑だったわ。二度と人の道には戻るまいと決めた私の覚悟に土足で入ってきて、有無を言わさず掴んできて。
 レックと二人で私の後ろを犬みたいに付いてくるのが鬱陶しくて、煩わしくて、この上なく足手まといで」

ゆっくりと、鞄が閉じられる。
それだけで何も見えなくなり、何も聞こえなくなった。鞄の中と外は因果を切り離され、隔離された空間となる。

「無条件に好意を押し付けてきて、何かしてあげなきゃいけない気がして。ああやだやだ、本っ当、出来の悪い生徒を持つのって、」

ミカエラ=マルブランケは一人、迫り来る威力の波濤に向い立つ。
自分の為にすべてを犠牲にしてきた女が、両肩に提げた二つの重荷を『護る為に』、対峙する。

「――最高の気分だわ」

その身に秘めた最後の術式を解放する。

最上の錬金術師としての真骨頂にして面目躍如。セシリアを置いて尚容易く上回る膨大な魔力と才覚の結晶。
錬金術の最終目的は『なにもないところから、なにかをつくりだす』こと。現世の法則を書き換えること。

「錬金術式。――天地創造『賢者の石』」

そして世界が上書きされた。

  *  *  *  *  *  *  *

セシリアが目を覚まし、鞄の亜空間内から顔を出した時、既に地鳴りも崩壊も鎮静し水を打ったように静謐だけがあった。
どれほど時間がたったか定かではないが、アインが未だに目を回しているのを見るに五分と経っていないだろう。

「これは……」

鞄の外に這い出て、そこには誰もいなかった。
本当にセシリア以外の人影はなく、そして驚愕なことに――『何事もなかったかのように』。全てが元通りになっていた。
元通りどころかこれは新築と言われても疑いの持ちようもない整然さで、事実床には埃一つ落ちていない。

「先生は、」

案の定、居なかった。本当に案の定だったので、セシリアは驚かなかった。
この状況を作り出したのが彼女であるのは間違いないが、そこはどうであれ今後ミカエラがセシリア達の前に現れることはないだろう。
それだけの所業をして。それだけの間違いをして。合わせる顔も差し伸べる手も、彼女にはないのだと理解する。

――結果としてそこにあるのが死であれ生であれ、最早再会は叶うまいと。
セシリアは納得し、覚悟し、受け入れた。救われた事実だけを胸に秘め、今はそれだけで十分だ。

(それにしても……改めて目の当たりにすると凄いなあ、先生の力)

この場に喚び起こした現象が如何なるものか、セシリアは知識として知っていた。逆説、文献の中でしか詳細を見たことがない。
ハスタの最期の大規模破壊術式すら抑えこみ、侵食し、塗り替えた究極の術式。全ての錬金術が一様に目指す場所。

99 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 :2010/11/18(木) 03:17:36 0
――天地創造『賢者の石』。

それは有り体に言って、端的に言って、身も蓋もない言葉を弄するなら――『世界の上書き』だ。
限定空間内における因果律を掌握し、恣意による全ての現象を再現し、構築する。言わば世界そのものを練成する術式。
神の領域に指先一つ到る禁忌であり、錬金術の頂点。聖術すら凌駕する神の奇跡の一部。

ミカエラ=マルブランケは人を捨て世を捨て全てを捨てて、その極致に到ったのである。

セシリアは己の両頬を平手で叩き、思考を切り替えた。
終わったことを蒸し返すのは終わった後でも十分できる。終わる前にすべきことは片付けなければ、きっと後悔するから。
徹底的に静まり返った議事堂の中をうろうろと歩きまわり、手に入れた情報を整理する。

(『地下神殿』――『門』の魂を手に入れる為にはまずここへ行かないと。……どうやって?)

天帝城の地下には地下階と、その下には下水道が通っているから、更に地下となると相当な深さにあると思しい。
下水道と天帝城の地下は連続していないから、地下神殿が下水道から繋がっているならそれこそ工作班の出番はない。

(でも、そんな利便性の悪いところにわざわざ運んだりするのかな)

下水道をいちいち通るのであれば常駐する監査員に見咎められてもおかしくはないし、
なによりレクスト達潜入班は――下水道に『棲む』連中と話をつけに行ったはずである。
その連中がルキフェル陣営でないのならば、わざわざ敵の懐を通ってまで『門』の身体を運んだとは考えにくい。

すなわち、導きだされる回答は二つ。
ハスタの語った内容が情報の撹乱を狙った嘘っぱちであるか、でなければ天帝城から直通で地下神殿へと至る道があるかだ。
前者であった場合いよいよセシリア達の道程が完全な無駄足になりかねないので後者を基準に考える。

「地下神殿が古代の遺跡で、その上に故意を以て天帝城を建立したのなら、なんらかの呪詛効果を期待してだろうから、
 その恩恵効果を余すとこなく受けるために地下神殿の位置を中心に設計したはず」

つまり抜け道があるとするなら天帝城の中心部に作られている公算が高い。
セシリアの居る第二議事堂は中心から見て東側なので、少し移動する必要がある。
アインを連れて。

「……………………」
爆心地で倒れた稲のような同行者は、一向に起きてくる気配がなかった。

「くっ……重い……! ああもう! 肝心なときに……!!」

ぶつくさと悪態をつきながらセシリアは鞄を引き摺って歩く。
アインが常にこれを持ち歩いている以上、重量を減じる機能や浮遊術式も組み込まれているのだろうが、
この手の魔力欠乏者用の道具を初めて触るセシリアには勝手が分からず、また自前の魔力も回復しきっていなかったので。

「なんなんだこの体たらく」

本当に、心から、文句を垂れた。
実に遅々とした足取りで進み、手薄になった城内を堂々と歩き、そして中心部の部屋へと辿りついた。
そこは城内の食料事情を一手に担う台所、中央厨房であり、今夜の緊急事態に調理師は全員炊き出しへと回っていた。
鍋も釜も消え火も入っていない、がらんどうで静かな厨房。セシリアは正確に地理を読み、中心点を割り出した。

「えっと……」

巨大な暖炉釜。人一人ぐらい楽に出入りできそうな設備は、もう何年も火の入った形跡がない。
おそらくまだ術式が生活に浸透していなかった前時代の遺物なのだろう。厨房の守護神として崇められていそうな感じ。
セシリアは静かにその中へ足を踏み入れ、煤の中に灯りを煌々と反射する何かを見つけた。

「SPINの敷設に使われるオーブ――ビンゴ!」

つい最近起動した跡の見られる転移術オーブだった。
煤の中から現れた正答が反射する憔悴しきった彼女の顔に、ひとしおの活が芽生えた。

100 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/11/18(木) 03:19:57 0
【イグザム修道院跡】

>「昔から天帝城と関わってる、な。フンッ……良い質問だ。さっきまでの腑抜け面とは大違いじゃねえか。」

レクストとフィオナ、静と動、二者二様の激昂を受け、ギルバートは静かに頷いた。
先程強かに殴りつけたはずの頬傷は大した傷にもなっておらず、改めて力量の差を絶対的なものにする。

>「王理の間――。虚空の間を抜け、拝謁の間のさらに奥。
  天帝城の最奥に位置し、選帝の儀式を執り行う場所。そこでヤツは待っている。」

それはギルバートにしては――それはもう意外なほどに、実直な回答だった。
これまでのような必要最低限の情報でもなく、本当に、全てを共有する姿勢。ありえないほど真摯。
それを求めたのがレクストとは言え、求めた本人すらも面食らうほどにギルバートは態度を改めていた。

>「なら丁度良いですね。ミアちゃんの魂は、虚空の間の先にある先生の自室に隠されています。」

「するってえとあわよくばミアを取り返して『神戒円環』に回しつつ、俺たちはルキフェルをぶん殴れるってわけか」

必要な要素はこれで全て満たされる。
ルキフェル打倒には『神戒円環』が不可欠で、それを十全に発動させるには時間が必要だ。
ルキフェル陣営が簡単に撤退を許してくれるとも思えない。すなわちレクスト達はミア回収・撤退までの時間稼ぎ要員だ。

>「あとは『門』の器を其処まで運ぶ必要があるが……結論から言うと今こいつから出すのは不可能だ。」
>「だが逆を言えばこの中には死者しか入れて置けない。魂を解放すれば自然と溶け崩れる。」

「つまりアレか、この結晶ごと運んじまえばいいわけか?ちょっと骨だけど……うん、まあ、やるぜ俺は!?」

首を振られた。違ったらしい。
ギルバートは懐から袋に入ったいくつかの黒い石を水晶に回りに均等に並べ始める。
視線で説明を求めると、ギルバートは憑き物の落ちたような顔をして肩を竦めた。

>「これで良い。……そう睨むな。説明してやるから。帝都のSPINが地下遺跡を使って出来ているのは知っているな。
  そいつを利用する。今置いた黒石は"鬼門"を意味し、これと対になる白石は"生門"になる。
  そいつを聖騎士の自室に配置すれば二つの門の間に通り道が出来るのさ。
  あとはSPINが発生させる魔力を吸い上げ、水晶が転移してくるって寸法だ。」

「んー……よくわかんねえけど、とりあえず水晶背負わなくて良いってことか?」

>「……まあ、そんなもんなのだと理解しろ。」

持ち前の理解力の低さを余すとこなく発揮しつつ、これで準備は完了。
あとは今再び地上へ上がり、天帝城へ。

「えっ」

地上へ上がり。

「えっ」

天帝城へ。

「待て待て待て、こっからまた昇って天帝城に入んの!? いや、いいんだ、昇るのは良い。
 問題はどうやって城に入るかだぜ駄犬。いつのまにかこんな地下まで来てたけど、本来俺たち地下から城に入ろうぜって……」

そう。お尋ね者状態のレクスト達は正面からの登城ができない。
ティンダロスの猟犬の手引きで城に潜入しようとしたは良いが、ルキフェルの横槍でこんな深奥まで下ってしまっている。
潜入手段以上に、ここから地上に戻ったのでは時間がかかり過ぎる。チャンスは今夜しかないのだ。由々しい。実に由々しい問題だった。

101 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/11/18(木) 03:22:04 0
「お前な……」

ギルバートが本気の頭痛を訴えるようにこめかみを抑えた。
なんだか哀れまれているような気がして大いに憤懣やる方ないが、ややこしくなるので黙っておく。

「何のために俺達が二手に別れたと思う。あの学者馬鹿と、お前のお友達は、何をしに城へ入った?」

「工作しにだろ!馬鹿にすんなよわかってんだぜそのぐらい」

「ああすまん。お前の知力を見くびっていた。――まさか言葉が通じるなんてな」

「馬鹿にしてすらねえ!この野郎……俺が今まで何でコミュニケーションとってたと思ってやがる」

「アイコンタクト」

「無言かよ!」

「おいおい気付かないのか?さっきからフィオナがお前を――白い目で見ていることに」

「上手いこと言ってんじゃねえよ」

「むしろ白目だ」

「白目!? 何のメッセージだそれ!?」

この期に及んで愉快な会話だった。
ギルバートは咳払いを一つ。懐中時計を取り出し、

「まあいい。話を戻すぞ。工作班はたった今その為に行動している。俺の『予測』が正しければそろそろ――」

ギルバートが言葉を切った刹那。
まるでタイミングを測ったみたいに、部屋の隅の――巨大な暖炉に光が満ちた。
閃光が炸裂し、魔力の発動が感知される。ズドン、と何か重い物が落ちてくる音と共に煤煙が舞い上がった。

「けっほ!けっほ!な、なんでこんな煤だらけな……」

もうもうと巻き起こる煙の向こうで既知の声がする。
やがて煙が晴れ、上等なローブも手入れされた髪も煤だらけの煤まみれにした女が一人這い出てきた。
涙目になりながら清浄な空気を求めて彷徨わせるその顔は、なるほど見知ったものであり、向こうもこちらに気付いて眼を開けた。

「……女史」

「……や。元気そうでなによりだねリフレクティア君」

元気は元気に偽りないが。
お互いなんとも微妙な顔での再会だった。

102 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/11/18(木) 03:24:09 0
  *  *  *  *  *  *  *


>「ここからは別行動だな」

門から出ると外で待っていた黒甲冑達が唐突に宣言した。
別行動。その意味を噛み締め、すなわち彼らは彼らの戦いに出るのだと理解する。

>「そこの雌豚なら、貴様らの望む所へ案内できる」

だから、別行動。レクスト達は天帝城までの道を手に入れ、道案内は必要なくなった。
神経質に墨を走らせる副官らしき人物の筆記音がやけに響き、別離の情念をそこに介在させる。
短い付き合いではあったが、それはもう色んなことがありすぎて、レクストとしては感無量というか感慨深いというか。

>「貴様らの未来は暗い」

「……?」

猟犬の化物は述懐する。
それは予め用意してあるものとは違う結論を導いたらしく、一句一句をさまよいながら紡ぐ言葉。

>「貴様らは英雄にはなれない。貴様らは、ただ、己の意志を突き詰めるだけになる……
 巨大な歴史の渦に巻き込まれ、貴様らの行いは、ほんのちっぽけな、未来にすら伝えられない、ある種の価値すら無い行いになるだろう」

例えそれがどれほど偉大な行為だったとしても。と彼は続けた。

>「貴様らは、何も伝えられない。全ては誤解される。言葉は歪み、理は崩れる」

それは哀れみだったのかもしれない。あるいは彼らなりの忠告だったとも言える。
出会って以来彼らに前向きな感情を抱いていなかったレクストだが、ここへ来て何故だか妙に、彼らに心を漸近させていた。

「……俺は刹那主義だからな」

決して交じりはしないけど、限りなく近くに。

「未来永劫残るような名前なんていらねえ。俺たちが作ろうとしてんのは、誰かに伝えなきゃ噛み締められない迂遠な幸せなんかじゃない。
 もっと刹那的に!何十年も後とか、ましてや死んだあとのことなんで考えてられっか!俺は若いからな、こういうことも言えちゃうぜ?」

咳払いし、溜めて言う。

「――今が良ければそれで良い。その為に、その為だけに!俺たちは死なない!」

酷く見当はずれでとんちんかんな論理展開だった。
この問答は、各々の価値観を試すかのように。ティンダロスの隊長は背を向けると、手向けのように言った。

>「……街中で犬達が吠えるとすれば、それは辻に女神が立つから、だそうだ」

「最後の最後までわけわからんこと言いくさって。でもいいぜ、アンタのそういうところは大歓迎だ。だから、」

だから。

「「――また会おう」」

向こうの言葉に重ねるようにして、レクストは再会を確約した。


【ルーリエ達と分かれる。水晶の間の暖炉から天帝城中心部へ。このまま虚空の間へ進んで下さい】
【セシリアと合流。魔力がガス欠、アインも気絶なのでミア回収までパーティからは外れます。】

103 :名無しになりきれ:2010/11/18(木) 07:04:18 0
セシリア(笑)女史(笑)

104 :フィオナ ◆tPyzcD89bA :2010/11/21(日) 03:20:36 0
『また会おう』

(次に会う時は敵同士。なのでしょうね……)

二頭の猟犬との別れ。そして交わされた再開の約束。
そう遠くない未来、彼らは再び敵として立ちはだかるのだろう。
皇帝直属の、最凶の近衛兵として、だ。

「……では、私達もそろそろ向かいましょうか。この災厄を終わらせるために。」

そのための道は二手に別れたもう一方、今や合流を果たしたセシリアとアインが開いてくれた。
水晶の間の片隅に届けられた移動装置がそれだ。

(――そして望む明日を手にするために)

意識するわけでもなく、フィオナは何処へと去っていった猟犬の姿を追っていた。
だがそれは適わない。野に放たれた獣をヒトが追うことは不可能だ。
互いに背負う願いがあり、掴み取りたい未来がある。
そしてそのどちらも譲るつもりは毛頭ない。

「――っ!!」

ぴしゃりと両の頬を叩き、気持ちを切り替え、フィオナは踵を返す。
石造りの扉を抜けて再び水晶の間へ。

「……セシリアさんが届けてくれた時は正直なところ乗るのに躊躇しましたけど、……杞憂でしたね。」

「まったくだな」と同調するのはギルバート。
そこには煤だらけだった装置が、造られたばかりかと見紛う状態で口を開いて鎮座していた。
部屋の浄化術式が作用した結果だろう。

とにかく初の登城を煤だらけで迎える、という状況は回避できた。
こんな時に身繕いの心配か、と唾棄すべきものではない。
これから先どんな敵が待ち受けているかも知れない以上、万全の状態で辿りつけるならそれに越したことはないのだ。
埃が目に入って隙が出来た。汚れで滑って攻撃の手が緩んだ。ではそれこそ目も当てられないではないか。

「まあっ。と、ともかく参りましょうか。」

言い訳よろしく、つらつらと自己正当化を計っていた事を見透かされぬよう足早に、装置の中へ入り込む。
そして全員が納まったのを確認し、セシリアがオーブを起動させ。
――フィオナは生まれて初めて天帝城へ足を踏み入れた。

105 :フィオナ ◆tPyzcD89bA :2010/11/21(日) 03:21:35 0
最初に降り立った場所は台所だった。
城の規模から考えれば本来なら戦場の如き喧騒に包まれてもおかしくない筈だが、火の気はおろか人の姿も一切無い。

其処から、先の戦闘での疲労により休息を必要としていた工作班に先行して、フィオナ達潜入班は城内を駆けていた。
厨房から斬り込み、通路を貫いて、階段を駆け上がり、いくつかの広間を突破する。

「おい!お前達っ!?」

「申し訳ありませんっ!」

道中何人か城詰めの衛士に呼び止められはしたが、その都度無力化。
不意打ち、急襲、騙し打ち――。
止めこそ刺していないものの、おおよそ帝都を混乱から救おうとしている者達の所業とは程遠い。むしろ暗殺者のそれだ。
しかし説明すれば判って貰えるかと言えば、答えは否。
取り調べと称して連行されるのが関の山である。

「もう……そろそろっ、着きますかっ!?」

フィオナは足を止める事無く先導するギルバートに声をかけた。

「ああ。この先だっ!」

扉を蹴破りながらギルバートが質問に答えを返す。
天帝城の歴史において、最も粗暴な扱いを受けただろう扉の開いた先。
そこは調度品の類が全く配されていない伽藍堂。
吹き抜けになっている遥か天井、硝子の填まった先に見えるのは真紅に染まった帝都の空。

――虚空の間。
何にも無い。一切が空の。これ程この場所を表すのに適した名前はありはしまい。

「あそこに居るのは……もしかして」

その空間に佇む既知の姿。
大剣を背負い、波動と呼ばれる技を操る凄腕の剣士。別行動を取ると言って別れたきりのユスト=オリン。

「やっぱりそうですよ。無事だったんで――。」

駆け寄ろうとして脚を止める。
不意に、フィオナの内から湧き上がる危険信号。帝都に来てから幾度と無く命を救われた"神託"による危機感知。
それが伝えているのだ。近づくのは拙いと。

(――何故!?)

其処に居るのは、確かに供にルキフェルの打倒を目指した仲間。

「……オリンさんの他にも、何か居る……かもしれません。」

確信は持てない。しかしそれでもフィオナは仲間へ呟いた。

106 :名無しになりきれ:2010/11/21(日) 22:16:04 0
クズスレすぎる・・

107 :名無しになりきれ:2010/11/22(月) 05:26:47 O
ハリテヤマ流出画像
http://imepita.jp/20101121/154560


108 :オリン ◇NIX5bttrtc:2010/11/27(土) 21:53:11 0
灰色の空に覆われた空間に佇む一人の男。そこは一切無音の静寂に包まれた世界
──"虚空の間"。かつて自分の故郷だった廃村の空を模した場所
沈黙の中、いくつかの気配が近づくのを感じ取った。それらは真っ直ぐに、此方へと向かっている
何者なのかは解っている。……そして、重々しく扉が開かれた

姿を現したのは、装甲服に身を包んだ少年。神殿の意匠が刺繍された外套を纏った女騎士
そして、銀の長髪に黒衣を着た長身痩躯の男だった。辺りを見回している女騎士──フィオナが口を開いた

>「あそこに居るのは……もしかして」

自分の姿を視認したフィオナが此方へと歩み寄る
しかし、一歩近づいたところでその足は歩みを止めた

>「……オリンさんの他にも、何か居る……かもしれません。」

仲間へと警戒を促したフィオナ。聖騎士の洗礼にして奇跡の力。"神託"による危険を予知する能力
先刻、別行動を取る前の自分自身と"何か"が違うと、神の声が下ったのだろう
今この空間には、全て合わせ6人存在している。姿を晒していないバルバと、レクストの母だった者
正確に予知した"神託"は、警戒せねばならない能力だ。確実に潰しておく必要がある

「……来たか。」

彼らへ視線を向けるオリン。背に収めたシュナイムに手を掛け、ゆっくりと抜き放った

「……悪いが、俺はお前達と共にルキフェルを討伐することは叶わない。
先刻、自分を失った虚ろな人形はすでにいない。俺は取り戻した……自分を。"剣帝"である自分自身をな。」

腕から剣へと波動を伝達させると、シュナイムは小刻みに振動する
全身から黒き波動を漂わせると、血のように赤い相貌はより一層輝きを失った
冷徹なまでに無情な瞳を、レクストらに向けた

「……この先に行きたければ、押し通れ。」

その言葉と共に、オリンの周囲から何者かが現れた

【オリン、レクスト達と対面。ルキフェルさん、バルバとママンの描写お願いします。】

109 :バルバ ◆7zZan2bB7s :2010/11/27(土) 23:10:00 0
「やはり、人は我々と等しくなったようだな」

無表情の美女、バルバが闇から姿を現す。
その横には最早獣と化したレクストの母がいる。
切り裂かれた口から涎を滴らせ、鋭い双目がレクストを睨み付ける。
「エモノダ、エモノダ……モット、クワセロ」

迫ろうとするレクスト母をバルバが制する。
オリンと共にレクスト達を見つめ、そして言葉を放つ。
これまでの出来事、そしてルキフェルと対峙せんとする彼らの
意志を嘲笑うかのような無機質な笑みを口元に浮かべ。

「私が、イブと呼ばれた頃より人は変わった。
お前達が武器を持ち、最早魔族と何ら変わりない力と
知恵を得た今――ルキフェルの思う世界も近いのかもしれないな。」

バルバの右腕がバラの蔦のような物に変化する。
それは周囲の地面を覆い、やがて虚空の間一体を侵食し始める。

「最後の忠告をやろう。ルキフェルはお前達の想像を遥かに超える相手だ。
云うならば不死身の道化、無類の蛇。力を与えれば、あいつはそれを
糧とし更なる強さを得る。」

【虚空の間の地面を切り裂き、バルバの蔦がレクスト達へ迫る】

110 :ルーリエ ◆OPp67eYivY :2010/11/30(火) 01:06:58 O
【すべては薄明かりの中で】


帝国正規軍が現れたのは、信号弾が打ち出された直ぐ後だった。彼らはその力をもって魔族を蹂躙し。微かな抵
抗も、数と練度で圧し殺した。
彼らは強く。容赦は無く。濃い血の匂いに酔う。
帝国正規軍、帝国を作り上げた、最強の『力』。
だからこそ、その『力』は内外から恐れられ、幾つものルールにより枷を付けられた。彼らは愚鈍である筈だっ
たのだ。
だから
展開が速すぎるとは、思っていた。

∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵

なぜだ、と言う声は、音にならない。胸に突き立った刃は、俺自身から急速に体力を奪ってゆく。たった今殺し
た魔族の死体にもたれかかり、俺を貫く刃の根本を追う。
先程まで、魔族を共に倒すまで、あれほど頼もしく見えていた帝国正規軍の兜が、今はただ冷たい。寒い。虚し
い。掠れて、綻びて。
「な……ぜ……?」
「……こちら第二歩兵隊“リスクブレイク”。クーデター犯の処理を完了した、オクレ」
『こちら“ギルガメッシュの酒場”、了解した。そのまま第六エリアに移動し、ディムズロッド一等帝尉を捕縛
せよ。
彼は作戦を誤認している可能性が極めて高い』
「了解。……ディムズロッド氏は帝都に家族が?」
『だから彼らは先走った。……“捕縛”そのものは失敗しても構わない、以上通信終わり』
彼らは、何の、話をしている?全身を包み込む震えを押さえつけ、永久に失われそうな意識を、必死に繋ぎ止め
る。
クーデター犯?俺達が?
「何を……言って……俺は、従士隊の……救護班を……」
無様だった。俺を刺した相手に、俺は助けを求めていた。わからない。何もかもが、理解できない。幾つもの記
憶が蘇り、最後に、ただ、疑問だけが残った。
「……な……ぜ?」
「帝国正規軍は都内における急事の処理を行いに来た」
リスクブレイク、と名乗った軍人は、俺から剣を引き抜いた。奇妙な喪失感が己を支配する。血は、流れている
のだろうか、それすら、わからない。
わからない。
「明日行われる筈だった、行事で、本来なら藩国と連邦が」
「いいわけ……か?」
俺は、ようやく理解した。なぜ彼が死にゆくものに話しかけるのか。
これは懺悔だ。
「……悪く思うな、歴史の犠牲になれ」
最早、何も見えない、ただ軍人が、剣を振り上げた気配は感じられる。
クソッタレ、何とか、何とかして他の仲間たちに伝えないと。

軍が、俺達がクーデターを起こしたと、情報を改竄、逆にクーデターを、裏切――


111 :オリン ◇NIX5bttrtc:2010/11/30(火) 21:53:07 O


──帝都内のある一角にて

人と魔物が犇き合う地獄。最早帝都の姿は其処には無く、只々殺戮が繰り返される世界しか無かった
空には闇が広がり、陽の光は届かない。魔が無数に、本能のままに人を喰らい続けていた
無力な人間は抗う事叶わず、生命を刈り取られる。咀嚼音と悲鳴だけが、辺りに響いていた

しかし、絶望に染まった中、希望を捨てない人間もまた、居た
武器を手に、魔に抵抗する者達。彼らは団結し、連携し、確実に魔を屠っていた
傭兵である彼らは、終わりの見えない戦いに身を投じていた
だがそれでも、傍から見れば無意味な抵抗。時間稼ぎにもならない絶望的な戦だった
傭兵仲間の一人。巨躯の男が魔力を込めた手甲で、眼前の魔物を打ち砕く。しかし、同時に魔物の腕が腹部を貫通していた
吐血し、魔物と共に崩れ落ちる男。一人、また一人と此方の戦力は確実に減っていた

どれほどの刻が経ったのだろうか。一瞬が、途方も無く長く感じる
切迫した緊張の中、一人の傭兵が心の中で呟いた。いつまで続くのだろうか、と
幾千もの魔を切り倒した武器は血に染まり、贓物の異臭が付着していた

「……クソッ!何処から湧いてきやがる。いい加減、キリがねぇぞ……。」

黒の短髪を逆立てた体格の良い傭兵が、吐き捨てるように言った
台詞とは裏腹に、魔物へと向けた双眸からは闘志の光が宿っている

「……全くだ。しかも、結界術式のせいで帝都からは出られないと来た。
騎士連中も、住民の避難と魔物の応戦で手が足りていない。
僕ら傭兵は、自分達だけで何とかするしかない。……救援を当てには出来ないな。」

金髪の優男然とした傭兵が、それに答えた
返した言葉は冷徹な現状。この状況下で、在りもしない希望を言っても無駄だ
ならば、僅かでも抗える道を模索するのが懸命である。絶望的な現実を見据えた上で

「死ぬための戦、か。解ってはいたがな。……どうせなら、一匹でも多く道連れにしてやる。
そして見せ付けてやる。俺たちの命を奪おうが、自由までは奪えねぇってな……!!」

そう言い放った黒の短髪を逆立てた傭兵は、身の丈を越す両手剣を力強く握り締めた
眼前に迫る魔物の腕を鉄塊で受け止め、押し返す。態勢を崩した魔物の隙に合わせるように、両手剣を振り下ろした
使い手の腕力と大剣の重量によって、拉げる魔物。歪に胴体を縦真っ二つに裂かれた肉塊は、音を立てて崩れ落ちた

恐怖を持たない魔物は怯む事無く、大剣使いの傭兵へと猛然と迫る
涎が滴る鋭利な牙が、大木のような腕から伸びる爪が、眼前にいる彼を捉えた
それらが身体へと触れる寸前──もう一人の傭兵、金髪の男のサーベルが魔物の頭部を貫いていた
一瞬の間を置き、貫通した穴から血が滝のように流れる。小刻みに痙攣しながら、魔物は地に平伏した

「……まだ、行けるか?」

肩で息をする金髪の男が呼吸を整えながら、短髪の男へと問いかけた

「……。」

返答が無い。何処に魔物が潜んでいるのか解らない状況で、視線を外すのは自殺行為に等しい
一瞬の間が生命に関わる。ましてや、周囲は建物や瓦礫が散乱している。隠れるのには打って付けだ
しかし、金髪の男の脳裏に不安が過ぎる。常に最悪の状況を想定して行動している彼は、確かめずにはいられなかった

背を預けた短髪の男へと視線を向けると、眼は充血し、身体中の経脈が浮き立っていた
予感は当たっていた。すでに、この男は魔に蝕まれていたのだ

112 :オリン ◇NIX5bttrtc:2010/11/30(火) 21:54:23 O


気が付いたとき、全てが遅かった。魔と化した男は片手で鉄塊を振り上げていた
間に合わない。自身の回避動作に移る速度と、眼前に迫る鉄塊の距離では
死を覚悟した金髪の傭兵は、ゆっくりと眼を閉じた。だが、その刃は彼に届くことは無かった

空を切る音と共に巨大な"何か"が、自身の真上を通り過ぎた
眼を開けると、魔に侵食された嘗ての仲間は下半身のみを残し、その場に佇んでいた
そして、背後から重々しい金属音が帝都の石畳を叩く音が聞こえてきた
振り返ると、胴鎧に外套を羽織った巨躯の初老の男が立っていた
肩に担いだ剣は男の倍以上はあろうかというほどの、神殿の柱の如き巨大な剣

「……貴方は、"剛剣のグラン"……?」

そう問いかけながら、金髪の傭兵は初老の男を見上げた
その男は、帝都ハンターズギルドの幹部。グランディール=F=ゼイラムだった
彼は視線を此方に向けると、肩を軽く叩いた

「今はまだ、悲しみに浸る時じゃねぇ……。仲間の弔いは、全てを清算してからだ。」

自身の前に立ち塞がるように、仁王立ちするグラン。彼がいれば、まだ先を生きる事が出来る
それが例え無駄だとしても、己の全てを賭けて生に縋りつくことは、決して無意味ではない
人間の意地。自由への抗い。亡き"戦友(とも)"のために。まだ、膝を突くときではない

「……。」

下半身だけの肉塊となった、仲間だった男へ視線を向ける金髪の傭兵

「……まだ、行けるな?──来るぞ。」

グランの言葉に、金髪の傭兵は小さく頷いた
今はただ、一体でも多く魔物を葬れれば良い。それが、今の自分に出来る最良の選択だから

圧倒的な数と力の前に彼らは、人間は、抗い続ける。希望が絶望を打ち砕く、その刻まで──

113 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/12/02(木) 00:07:08 0
【天帝城・厨房】

「ここで別れよう」

人気の出払った厨房の、中心に据えられた暖炉からSPINを用いて天帝城への潜入を果たしたレクスト達。
一番最後に起動の痕跡を消しながら出てきたセシリアは、勇む潜入班に後ろから宣じた。

「これで私たち工作班の任務は完遂。セルピエロ君は鞄の中で伸びてるし、ここから先は頭脳派の出番もなさそうだよ」

「ああ。おかげでいろいろと捗ったぜ、助かった。あとは俺達に任せとけ」

「『門』の魂を奪還したらまたここに集合。それまでにここのSPINを弄って脱出経路を確保しておくから」

セシリアは今しがた自分たちを吐き出した暖炉に目を遣る。
煤は『下』の浄化術式であらかた綺麗になってしまったので、カモフラージュの為に新しく火を入れる必要があるだろう。

「じゃあね。……次会う時には敵同士だろうけど」

「えっ、そうなの?」

「いや、流れ的にそうじゃないかなーと」

「雰囲気でものを言うなよ!どこにそんな伏線があったかビビったじゃねえか」

「初登場時はそういう設定だったんだけどねー」

「プロットに何があったんだ」

「リフレクティア君も当初の名伏し難き相貌をもち冒涜的な音を立てながら這いよるって設定は忘れ去られたね」

「そんな不気味なキャラだったことなんてねえよ!」

「あれ、見つめ合うと素直にお喋りできなくて目配せだけで感情表現する設定は?」

「ただの引込み思案な奴じゃねえか」

「気付いたら白目剥いてる」

「だから何のメッセージなんだよそりゃあよ!」

これ以上問答しても時間の無駄というか、いい加減本当にフィオナから白眼視されかねないのでレクストは突っ込みを打ち切った。
ギルバートなどは露骨に眉を並行にしてこちらを睥睨している。

「じゃあな女史。……久し振りに楽しくお話できて楽しかったぜ」

セシリアは答えず、言葉を手で払い除けるように進行を促した。
そうして一行は再び二手に別れる。潜入班はこのまま『天理の間』へ、人気もまばらな天帝城を突き進む。
城内の構造を深く知るギルバートを先頭に、衛兵と出会ってしまった場合の対処にフィオナ、殿軍と言う名の金魚のフンをレクストが担当する。

114 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/12/02(木) 00:07:51 0
(人が少ない……やっぱ街の方が酷いことになってんのかな)

『今夜、帝都が燃える。その隙に忍び込め』

マダム・ヴェロニカの予言は見事に的中し、彼らは容易く厳戒態勢の中をすり抜けて行ける。
そして、その裏側で幾千幾万もの命が今も炎に晒され続けていること。レクスト達は彼らの犠牲の上に道を築いているのだ。

(……出来もしないことに囚われて前も向けないんじゃ嘘だぜ、俺!)

少しでも早く、何もかもを終わらせる為に。
彼らは、虚空の間へと到達する。

>「あそこに居るのは……もしかして」

「剣士じゃねえか。どうやって俺達より先にここまで来たんだ? だけどアンタがいれば百人力だぜ!」

>「やっぱりそうですよ。無事だったんで――。」

「?」

喜色の声を上げ駆け寄ろうとしたフィオナがふと足を止める。

>「……オリンさんの他にも、何か居る……かもしれません。」

追走しようと足を踏み出していたレクストも含め後ろの同行者達に彼女は警告する。
言ってる意味がわからない。あそこに居るのは紛れもなくユスト=オリンであり、彼なりの『調査』をした結果がここでの合流ではないのかと。

>「……来たか。」

しかして言葉は実現する。
オリンは静かに呟くと、背に担う剣を滑るように抜き放った。その相貌に、先程別れた人間とは別の光を宿して。

>「……悪いが、俺はお前達と共にルキフェルを討伐することは叶わない。
  先刻、自分を失った虚ろな人形はすでにいない。俺は取り戻した……自分を。"剣帝"である自分自身をな。」

「……何、言って、」

否。分かっていた。分かってしまっていた。
呟いた問いは、最悪のケースを回避して欲しいレクストの我侭だ。もう無知ではいられない。彼は知ってしまっている。
『分からないことは、分からなきゃいけないから』――分かりたくないだけのことを、知らないままにはしておけない。

115 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/12/02(木) 00:09:17 0
>「……この先に行きたければ、押し通れ。」

交錯させた視線は彼の振るった刃によって割かれ、焦点を集中させることができない。
殺気を威圧に変えた精神の障壁。言葉の一つとして通ることはないという証明。

>「やはり、人は我々と等しくなったようだな」

オリンの背後の闇から妙齢の女性と、辛うじて人の原型を保った一匹の魔獣が凝固する水滴にように出現した。
己の身体中の毛が逆立っていくのがわかる。空気がやけに粘性を帯び、上手く呼吸ができなくなるあの感覚。
魔獣の顔を知っていた。魔剣が嘶く。激しく振動し、今にもベルトを鉢切らんとばかりに暴れる。

――感情は『記憶』から生まれた。
次いで意識が、身体が呼応し、臓腑を捻り上げるような痛みとつま先から頭髪までを駆け上る怒気の奔流。

>「最後の忠告をやろう。ルキフェルはお前達の想像を遥かに超える相手だ。
  云うならば不死身の道化、無類の蛇。力を与えれば、あいつはそれを糧とし更なる強さを得る。」

女の右腕が床と同化し、大理石の表面を疾走するようにして茨が迸る。

「――それがどうしたァァァッ!!」

レクストは魔剣を抜き、ありったけの怒りを喰わせて力任せに振り下ろした。
不可視の牙が幾重にも、幾重にも幾重にも幾重にも重なり巨大な槌をかたちづくり、迸る茨を迎え撃つ。
音はなかった。光もなかった。代わりに空間そのものが歪みきり自壊しかねない負荷が着弾点に集中し、大気が鳴動する。
茨は床ごとたたき潰され、犠牲になった大理石の床面は、瓦礫すら塵と化す高圧縮の一撃ですり鉢状に掻き消えていた。

「感情を喰らう魔剣――こんなもん使ってたらヤバいってことぐらい俺も知ってる。それでも今まで使い続けてきたのはなんでか分かるか?」

怒りを大量に喰わせたことによる一時的な感情の冷静化で、レクストはゆらりと心の制御を取り戻す。
土埃の中で一歩ずつ踏み出し、やがて再び魔剣が鳴動を始める。

「こうでもしなきゃよぉ、自分が分からなくなるぐらい次から次へと湧いてくるんだよ、怒りが。こいつは一体なんなんだろうな」

自分の顔面を片手で掴み、こめかみを抑えながらレクストは立つ。

「頼むからさ。頼むよ、土下座したって良い。一生のお願いだ。――骨も残さず死んでくれねえかな、お前ら」

本気で、死ぬほど、誰かの死を願うのは生まれて初めてだった。
レクストは黒刃を放り、バイアネットの砲門を展開する。

「騎士嬢!駄犬!! 今から俺、すげえ無謀な戦い方するからさ……俺のこと、よろしく頼む」

命を賭しても死にたくないから。
レクストは援護を頼りに前へ出て、バイアネットを振り翳した。視界の先で女と母とオリンが臨戦を身に纏う。

「二撃目が来るぞ! 散れーーっ!!」

砲身が焼けつくのも構わず、幕が張れるほどの魔導弾を、ありったけの『破壊』の術式をぶち撒ける。


【バルバの蔦に対処。前に出て魔導砲連射】

116 :名無しになりきれ:2010/12/02(木) 21:32:51 0
ルキフェル空気読め

117 :フィオナ ◆tPyzcD89bA :2010/12/03(金) 21:02:41 0
大理石の床がまるで皮紙のごとき容易さで削られる。
形を持った怒りが大気を喰らって激震する。
迸る茨と猛る魔剣。
オリンの傍らに現れた女魔族の攻撃を、レクストの黒刃が相殺したのだ。

(女性型の魔族?それに……もう一人は!!)

歩み寄ろうとしたフィオナの脚を止めた"神託"。
数々の窮地を回避せしめたそれは、またしても自身の仲間たちの危機を救った。
気づかずそのまま歩いて行ったら命の保証は無かっただろう。

敵対を宣言するオリンに応じるように、闇から現れ出でた二体の人型。
一人はルキフェル同様、純魔族の美女。
そしてもう一人。此方は辛うじて人型を保っているものの、最早魔獣と表現しても差し支えの無い様相の女性。
しかし僅かに残る面影は忘れもしない。レクストの母、その人である。

『頼むからさ。頼むよ、土下座したって良い。一生のお願いだ。――骨も残さず死んでくれねえかな、お前ら』

獣と化した母と、その原因たる魔族とを睨みつけ、レクストが昏い願いを吐き捨てた。
嘆願するのは相手の死滅。それを齎すバイアネットの銃身が突き出されて、死闘の火蓋が落とされる。

『騎士嬢!駄犬!! 今から俺、すげえ無謀な戦い方するからさ……俺のこと、よろしく頼む』

中折れ式の砲身が直結し、矢継ぎ早に発射される魔導弾が火線の幕を張る。
轟く破砕音と、立ち込める粉塵。

「是非も。存分にやって下さい!!主よ――」

フィオナはレクストの持つバイアネットの刀身に"聖剣"の奇跡を発動させる。
遥か昔、聖人が振るい魔を灼き尽くした聖剣、"ラグナ・フラタニティ"を模した神聖術式。
不死者や魔族が持っている復元能力を根こそぎ破壊する対魔術式である。

(後は……、分断する必要がありますね)

レクストへの付与を終えたフィオナは長剣を抜き放ち、走る。
彼我の戦力は相手が上。ならば相手の連携を断ち、その上で此方は全体を見渡せる立ち居地を取らねば敗北は必定。

展開される弾幕の渦を楯に、大外を走り抜ける。
弾幕が巻き起こす暴風を避け、敵が待ち構えるだろう只中へ回り込む。
煙越しに見える人影。うっすらと映るシルエットが持つ得物は同様に剣。

『……この先に行きたければ、押し通れ。』

その人物が口にした言葉と、大剣を抜き放った際に垣間見た鋭さを思い出して身震いする。
ユスト=オリン。紛れも無く剣士としての格はフィオナよりも上だろう。
だが、目的であるルキフェルは彼らを超えなくては辿り着けはしない。

「お言葉通り、押し通らせていただきます!」

剣を握る手に力を込め、床を蹴り飛ばし、フィオナは全身全霊を込めた一閃をオリンへと放った。

118 :"偽"ギルバート ◆tPyzcD89bA :2010/12/03(金) 21:06:10 0
「熱くなるのは構わんが、自分を見失うなよ。」

駆け出すフィオナと真逆に回りながら、レクストの連射に被せギルバートは六本のナイフを投げ放つ。
狙うのは弾幕が渦を巻くその外側。
放たれた銀光は六角形を形作るように、違うことなく突き立った。

「雷蛇地縛陣!」

床に手を打ち付けるのと同時に、六角の頂を基点として雷の蛇が六芒に迸る。
ティンダロスの猟犬と下水で戦った際に使用した術と同様のものである。

吹き抜けになっている虚空の間では立方の結界を作ることは出来ない。
ゆえに平面。
結界陣と違って床に脚を付けている者にしか効果は及ばないが、出力を分散しないので威力は高い。

「ふん。純粋種のお前にはこの程度足止めにもならんか。」

平然とした足取りで出てくるのは魔族の女。
人間とは天と地程の耐魔能力のある魔族、それも純粋種とあればおして知るべしだろう。

「流石に手を抜いてどうこう出来る手合いじゃないな……。」

左手の裾、そこから鉄扇を抜き出し構える。
打ち付ければ鉄棍、振るえば刃、投げ放てば飛刃となる本来の武器。

「剣帝にはフィオナが、となれば必然お前が俺の相手ってわけだ。」

犬歯を剥いて獰猛な笑みを形作る。

「男子たる者いつかは親離れ、特に母離れせんとならんからな。
 アイツには今してもらうさ!」

滑るような動作で間合いを詰め、ギルバートは開いた鉄扇を振りかざす。
真っ向からの斬撃、だがそれはフェイク。
鉄すら溶かす強酸のシャボン、死角に隠した片手で作り出したそれこそが本命。
鉄扇で視界を奪い、貫き手の形に揃えシャボンを纏った指先を首元目掛けて伸ばした。

119 :ルーリエ ◆OPp67eYivY :2010/12/05(日) 22:15:49 O
【オコンコレ・イ・トロンパ】


敵の質が変わった。
その猟犬は、たった今息の根を止めた魔族から無骨な……鉄ののべ棒のような槍を引き抜いた。捻り抜いた矛先
は細い筋を巻き込み、絡まり、その猟犬は魔族の死体を踏みつけ、それを引きちぎる。
傷口からは赤黒い血が噴き出し、彼のざらざらとした兜に、古代の光沢を蘇らせた。
「クンルンさん」
「わかってる、軍が動いた。だろう?」
たった今殺した魔族の腹に空いた、魔砲撃の痕を見る。気違いのようなその挙動を鈍らせた、虚ろな穴を。
少し遅かったかな。クンルンは思った。指定されたSPINを守護して早数時間。隊長の命令どおり、魔を喰らいに
くる魔族を退け続けた。流石に腕は震え、息は直ぐには整わない。けれど、明らかに近くの魔族の気配は消えた。
代わりに、石と金属の擦り合わされる……石畳を具足が蹴る音が無数に近づいてくる。芸術の欠片も無い、ただ
ひたすらに大きな喇叭の音が、無能な家畜に意志を通わせている。
軍だ。
「やれやれ、ツァン、少しくたびれたから、奴らの相手をしていてくれ」
「俺だって、耳を澄ませるのに飽きてた所です」
快活に答えた“若造”とすれ違い、重い鎧を外し、SPINの柱にもたれ掛かる。数時間ぶりに見る自身の体に目を
通し、ほっと息を吐いた。幸いなことに、大した傷は無さそうだ。ンカイのように血に恵まれているわけでもな
いクンルンにとって、傷はそれなりに恐ろしい物だった。この分なら、数分休めば、戦闘に復帰できるだろう。
といって、並みの家畜相手ではその休息すら必要ないのだが。
「貴様らは……」
街角から現れた、小隊を率いた男がツァンに所属を尋ねているのが見える。クンルンはこの後に起きる血なまぐ
さい状況を想像して、空を見上げた。
後二時間か……三時間か。まあ、遊べるだけ遊ぶとしよう。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵


街角で、狗が鳴き出した。


120 :バルバ ◆7zZan2bB7s :2010/12/06(月) 15:17:26 0
>>115
レクストは異形の怪物と化した母を見て逆上していた。
彼の中で黒い憎悪と怒りが渦巻きそれがバルバの放った茨を粉砕する。
バルバは破壊された右腕を見つめ満足そうなそれでいて冷徹な笑みを浮かべる。

>「感情を喰らう魔剣――こんなもん使ってたらヤバいってことぐらい俺も知ってる。>それでも今まで使い続けてきたのはなんでか分かるか?」

レクストの怒りを喰らう魔剣、黒刃。
その剣から放たれる「力」にバルバは見覚えがあった。
ルキフェルが自分自身に、かつてイブと呼ばれていた頃に手渡した
「黒い石」に。

>「こうでもしなきゃよぉ、自分が分からなくなるぐらい次から次へと湧いてくるんだ>よ、怒りが。こいつは一体なんなんだろうな」

「それでいい。お前は、いやお前達は――所詮我々と同じという事だ。
魔族も人間も最早ない。その境目は、お前によって破壊される。」

バルバを守るようにレクストの母、キメラが立つ。
背中から無数の触手を放ち魔道砲から身を挺して彼女を守ろうとする。
「「レクスト……助けておくれ。母さんは……ガハッ、ガァァァァ!!」」
鮮血を流しその身を濡らす。それでも尚、傷付いた触手は
再生しより巨大な物に代わりレクストの全身を貫かんと迫る。

「ルキフェル、あの女の魂に意識を残しているとはな。何を考えているのか。」

バルバはキメラの中に、確かにレクストの母の「人間」を残していた。
それはレクストにとって未だ人である母を殺すことを意味する
のをバルバは残酷だと思った。

【レクストの砲撃をキメラが防御、触手攻撃を放つ】

121 :バルバ ◆7zZan2bB7s :2010/12/06(月) 15:33:44 0
>>118
>「雷蛇地縛陣!」

バルバの前に次に現われたのは人狼、ギルバートだった。
ルキフェルが言っていたオオカミとはこの男の事だったのか。
無表情の唇が、少しだけ歪む。
術式を受けても尚、バルバは平然とした足取りでギルバートへ向かう。

「ルキフェルから聞いているぞ。奴が”遊び”で人狼どもを対立させ
その中で女を失った哀れなオオカミの話だ。
貴様が、その哀れなオオカミ――いや、今は犬か。」

ルキフェルに、理由はないのだろう。
それはバルバも分かっていた。
彼は度々、人々の前に現われ時に殺戮を繰り広げ
時に人に力と知恵を与えた。
彼は退屈が故に、長い時の中で人を遊具にしていたまでに過ぎなかった。

>「男子たる者いつかは親離れ、特に母離れせんとならんからな。
>アイツには今してもらうさ!」

迫るギルバートに何かを感じバルバは身を構える。
迫る鉄扇を寸前で避け、顔に一筋の傷が浮かぶ。
血を流しながらバルバは反撃の構えを見せようとするが――

死角から鈍い痛みが走る。
バルバの首元を狙った一撃は一瞬で首元を溶かしてみせる。
流れ出る大量の血がバルバの顔を青に染めていく。

「貴様――ギルバート、ではないな。
その腹の中に、何を抱いている?」

首元がバラの花びらで覆われる。
応急処置を行ったバルバの顔に再び無機質な笑みが浮かんだ。

「その扇子、そうか。そういう事か。」

ギルバートの周囲に無数のバラが舞い散る。
その1つ1つが鋭利な刃となりギルバートへ襲い掛かる。

「私はここだ。」

花びらに対応するギルバートの虚を付き、バルバが
死角から反撃する。
掌から極大の火球を作り出し、ギルバートの腹目掛け散弾の様に放つ

【ギルバートへ応戦、バラの花で応急処置】

122 :オリン ◆vBarnu6u7k :2010/12/06(月) 19:20:20 0
周囲の空間が歪曲すると同時に走る亀裂。裂け目から闇が漂う
姿を晒したのは、魔族のバルバと、レクストの母だったもの。それを視認したレクストに湧き上がるは純粋な憤り
感傷に浸る時間を与えず、先制したのはバルバだった。両の腕を茨へと変え、地を伝う深紅の腕がレクスト達を襲う

>「――それがどうしたァァァッ!!」

レクストは素早く抜き放った魔剣に"怒り"の感情を乗せ、迫る茨に向けて振り下ろした
訥々と抑えきれない感情を吐き出しながら魔剣を放ると、バイアネットを構える

>「二撃目が来るぞ! 散れーーっ!!」

咆哮と共に、展開したの銃口から魔導弾を連射する
空を裂きながら、無数の魔力の弾丸がオリンらに迫ってくる

「……──温いな。」

バルバとレクストの母、二人の前へ立つと、右手に持つシュナイムを迫る弾丸へと構えた
刀身が昏い光を帯びると、黒の粒子が銃口に集約。──そして、放たれた。射出した魔光弾の軌跡が歪み、大気を焦がす
バイアネットの魔力弾を砕き、離散した弾は虚空の間の灰色の空へと直撃する

「……剣鬼の志を継ぐ者、か。未だ感情の抑制は不完全のようだな。
自身は怒りに身を任せ、他者に援護を求める。……戦は、独り善がりで勝てるものではない。」

自身の視界を虚空の間全体へと張り巡らせ、散開した敵の位置を追う
そして、背に収めた"小型飛行剣アハト"を所持数の半数を展開。刀身に魔光の力を纏わせ、オリンを囲むようにして浮遊する

>「お言葉通り、押し通らせていただきます!」

その言葉を発した主──聖騎士フィオナは、すでに自身の眼前に迫っていた
レクストが放った無数の砲弾を利用した、死角。巻き起こる煙幕から姿を晒し、その手に握り締めた剣を振り下ろした
フィオナの一撃をアハトが受け止め、軌道を逸らす。いかに姿を消そうとも、気配が在る限り位置の予測は可能だ

「……各々を一対一に誘導させる気だろうが、地の利は此方にある。」

視線はフィオナを捉えたまま、アハトをレクストとギルバートへと追尾させた
自身が所持する武器は、対複数戦を想定した武装。剣がある限り、それぞれが意思を持つのと道理である

オリンは態勢を崩した彼女を見据えると、ある人とのビジョンが重なる
その人と顔立ちや雰囲気は違うが、身に纏う白の衣装と勝気な瞳。王宮の中庭を模した、"静寂の間"にて眠る彼女に
本能がそれを判断すると同時に、双眸はより一層深く、昏く、虚ろなものへと変化する

「……散れ。」

無感情な言葉と共に、フィオナの首筋目掛けて、シュナイムを横一閃に薙ぎ払った

【レクスト&ギルバートに二本ずつ剣を飛ばす。フィオナの首に向けて、大型剣を横に薙ぎ払う。】

123 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/12/08(水) 01:21:53 0
>「是非も。存分にやって下さい!!主よ――」

打てば響くような答応で、後ろのフィオナが聖術の加護を唱えた。
灼熱の砲身に充てがわれたバイアネットのブレードが、かつて死者の蔓延る尖塔で魔を穿ったのと同じ輝きを得る。

『聖剣』。
死してなお現し世に縛られた不死者の、その戒めの鎖を断ち切る光。
そして瘴気を媒介にした魔族の再生能力に楔を打ち込む、必殺ならぬ決殺の術式。
礼の代わりに足を踏み出し、火線の生んだ埃の向こうへと自身を弾き出す。全ての膂力を前進に費やす。

>「熱くなるのは構わんが、自分を見失うなよ。」

ギルバートの忠告に。

「もう迷わねえ。――俺はいつだって『ここ』に居るんだ!!」

咆哮に似せた言葉で応える。
フィオナはオリンを。ギルバートはバルバを。そしてレクストは――再び魔獣と成り果てた母親と対峙する。
二重の意味で仇だった。あの日死んだ二人――母親と、その息子の。そうして死んだ自らの心の。

>「「レクスト……助けておくれ。母さんは……ガハッ、ガァァァァ!!」」

母親が咆哮した。先程魔族の女を護り、灼かれ、穿たれたはずの触手が再生している。
より太く、より強靭に再構成された触手は大樹となり、倒木のごとくレクストを薙ぎ倒し押し倒し押し潰しにかかる。
「おおお――ッ」

バイアネットで薙げば、丸太ほどもある触手の束が容易く寸断される。
『聖剣』の奇跡は刀身加護。斬撃そのものに瘴気を浄化する作用を付与し、しからば瘴気で構成された触手を濡れ紙の如く絶ち斬った。
強化術式で挙動速度を最大限に引き上げた、神速の斬撃。嵐のようなそれを縫うようにして、一条の触手が伸びる。

花弁に似た、しかし必殺の威力を携えた触手。生身で触れれば立ちどころに人体など細切れにしてしまうだろう。
レクストは咄嗟に左手を出し、バイザーの視覚加速でも追い切れない高速の触手を――掴んだ。手甲が削れ、摩擦で掌が焦げ付く。
それでもがっちりと掴み切り、掌握した。手甲越しにもざらりとした手触りと、脈打つ鼓動と。僅かな温もりを感じた。

「いい歳こいて――」

マダムヴェロニカの言葉。あらゆる挙動には予備動作……重心の調整が必要であり、それは人体に限ったことではない。
特に、『こんな大量の触手を操作するには』、相当精密な体重移動を強いられる。母親とて例外はなく、ましてや理性の殆どない状態である。
身体強化を全開にした膂力で掴んだ触手を引っ張ってやれば、狂わされた無意識の重心調整を修正できず、簡単にバランスを崩した。

両腕で巻き込むように、身体全体を回転させて触手を引く。渾身の力で手繰り寄せる。

「――色気付いてんじゃねえっ、くそババァーっ!!」

振り回すように、振り乱すように。レクストは慣性を無理やり捻出し、触手ごとその根本――母親を投げた。
紐に繋がった重りのように、慣性力と遠心力で加速した母親はレクストを中心にした半円を『虚空の間』に描き、壁へと激突する。
肉の衝突する音と、跳ね返ってきた衝撃でブチブチと触手の千切れるのは、ほぼ同時。

「今日の俺はちょっと強いぜ、母さん」

遠くの壁にへばり付いた母親へ、遠慮なく砲を向ける。
感情の昂ぶりは相反して感覚を研ぎ澄まし、業物のように磨き上げられた今の五感ならば、ここからだって降魔オーブを正確に撃ち抜ける。
それを即座にしないのは、露骨なほど剥き出しのオーブに対する警戒。そして、何よりも……失った時間と出来なかったことへの代償行為。

「――――7年遅れの反抗期だ」

引き金を引く。


【触手を掴み、そのまま引っ張って母親ごと壁に叩きつける】

124 :フィオナ ◆tPyzcD89bA :2010/12/10(金) 09:12:17 0
煙幕と爆音。
途切れる事無く立ち込める粉塵は視覚を濁らせ、暴風の如く撃ち込まれる弾雨の奏でる轟音が聴覚を遮る。

「なっ!?」

フィオナが驚愕を顕わにする。
如何な達人といえども、完全に見切ることは到底出来得ない状況下での強襲。
だというのに、鞘走った刃はオリンを捉えるに至らない。

ましてやオリンは一歩たりとも動いていない。
その身の周りに浮遊する小型の剣が意思持つかのように滑り、フィオナの斬撃を受け止めたのだ。

「遣い手の意のままに攻撃及び迎撃を行う魔剣。といったところでしょうか……。
 随分と便利そうですね。」

動揺を悟られまいと軽口を叩くものの、内心はその真逆。
使用するのが一本だけ、あるいは全ての浮遊剣が同じ動きをするのなら然程驚きはしない。
しかし実際は四本が四本とも全く別の軌動をとっているのだ。

『……各々を一対一に誘導させる気だろうが、地の利は此方にある。』

虚勢では無い。少なくともオリンに関してだけなら本人の言うとおりだろう。
複数の飛行剣を自在に操ってのける空間認識と演算能力は、こと乱戦ならこの上なく厄介な相手である。

前後左右さらには上から。
幾たびか飛来する剣に、ついには体を崩されフィオナは膝をつく。
それでもなお負けじと、オリンの目を真っ向から睨み上げた。

『……散れ。』

オリンの双眸が昏く沈み、それに呼応するように空気が凍る。
雷光もかくやと振るわれるのは大剣。横薙ぎの首討ち。

「聞けませんっ!!」

フィオナの左腕が跳ね上がり、刃の軌跡を真下から手にした丸盾でかち上げる。
"神託"でも捉えきれない絶影の剣閃を、剣士としての純粋な戦闘経験、所謂ところの勘だけで捩じ伏せる。

交差――。
鋼鉄同士が噛み合い、そして盾が爆ぜた。

125 :フィオナ ◆tPyzcD89bA :2010/12/10(金) 09:14:36 0
「かはっ――」

予期していた以上の衝撃に肺腑の中の空気が空になる。
辛うじてなのかどうなのか、とにかく首は落とされずにすんだらしい。

(今のは……、何が起こったの)

だが問題なのは左腕。
チカチカと点滅する視界に見える腕はいつも通りのそれだ。
しかし感覚が無い。力が込められないのだ。指先が拳を握る途中のような中途半端に曲がったまま動かない。
もっとも一瞬で盾を粉砕する程の衝撃を受け止めたのだ、腕ごと吹き飛ばなかったのは僥倖といえよう。

神聖魔術は神を模したとされる人の体の内で魔力を循環させ、奇跡を顕現しているとされている。
ゆえに四肢の欠損はそのまま魔力の精度や威力、制御に響くのだ。
もっとも、地下修道院跡でアレを見てしまった以上、別の理由に依るところが大きいのだろうが。

「……は……どう、此れが"波動"ですか……。」

それでも手放さなかった剣を杖代わりに床を突いて起き上がり、震える唇で衝撃の正体を紡ぐ。
なるほど確かに。此れならば猟犬の鎧に対しても有効足りえるに違いない。
己の体で受けとめ、その威力を確認するとは思ってもみなかった事ではあるが。

(何れにせよ、暫く動きそうもない……か)

数え切れない血を代価に鍛え上げられたのだろう至極の技。まさに"魔剣"。
剣鬼と謳われるリフレクティア翁に匹敵する剣士なのは最早疑うべくも無い。
降参できるのならどれ程楽だろうか。

手放した長剣が、からんと乾いた音を立てて床に落ちる。
代わりに抜き放つのはレイピア。
鍔に指をかけ、正中に構える。

「そういう訳にもいきませんけどねっ!」

そして再び床を蹴る。
間合いを詰め突きと同時に低くステップを踏む。
先の一突きは囮。オリンの側面に抜けるための布石。

「はあああああああ!」

振るう剣撃は二つ。
真横に払い抜ける一閃と、返す刃は刺突。
手首を返し、体軸を捻り、人体急所である心臓を貫き徹すべく腕を延ばした。

126 :"偽"ギルバート ◆tPyzcD89bA :2010/12/10(金) 09:22:05 0
『貴様――ギルバート、ではないな。
その腹の中に、何を抱いている?』

「さてな。"使命"とでも言っておこうか。」

クリシュ連邦に聳える霊峰内部に広がる大洞窟に生息する竜甲蟻。
その希少金属すら溶かす蟻酸を加工したシャボンは、確実に女魔族の首筋を捉えていた。

皮膚を焼き溶かし、骨すらこそげ取り、今にも首から上がもげ落ちそうになっている。
傷口からは大量の血を噴き出し、どう見ても致命打と呼ぶに足り得るだろう。

「ハッ、丈夫なものだな。」

だが即座に傷口を覆ったバラの花びらがそれを覆す。
一枚一枚が焼け爛れた皮膚に付着し、盛大に撒き散らしていた女魔族の血を止めていく。

「チッ。」

追撃に移ろうとしたギルバートだったが、周囲を舞うバラの花びらに足を止める。
浅手ではあるが、踏み込んだ際に首筋が切り裂かれていた。もう半歩踏み込めば膾にされていたことだろう。

だがどれ程の切れ味を秘めていようと所詮は花びら。手にした鉄扇で風を生みだし一閃して吹き散らす。

『その扇子、そうか。そういう事か。』

二閃、三閃と花びらを吹き飛ばし気配を探るギルバートだったが、その背後をオリンの投じた浮遊剣が襲った。
再び舌打ちし、寸手のところで身を捻る。しかしそこに隙が生まれた。

『私はここだ。』

全くの死角から放たれる煉獄の散弾。
回避直後の硬直を狙った一撃はとても避けられるものではない。

瞬間――時間停止。

「流石に全部は避けきれんか……クソっ、熱ぃじゃねえか。」

ブスブスと衣服の裾を焦げさせながらギルバートは毒吐く。
本来ならば必要の無い回避動作を大仰に取ってみせることで、あたかも超高速で回避したかのように見せたのだ。

とはいえ、僅かな時間の制御でも気力が根こそぎ奪われるような錯覚に陥る。
ルキフェルとの戦いまで温存しておく必要があるようだ。
無駄撃ちした結果、本番で満足に使用できなかったではお粗末過ぎる。

「借りは返させてもらうぞ!」

後方に飛び退きながら鉄扇を広げ投げ放つ。続けてもう一扇取り出し同様に投射。
あらぬ方向に投げられた二対の扇が、弧を描いてバルバへと襲い掛かる。

そしてさらに、真正面からは鉄扇を携えたギルバートが間合いを詰めていた。

【フィオナ:波動を喰らって左腕負傷。オリンへ斬り抜けと刺突の二連撃。盾はご臨終いたしました。
 ギルバート:時間停止ばれないように工作。空中から二本と正面からギルバートの連続攻撃。】

127 :バルバ ◆7zZan2bB7s :2010/12/10(金) 17:18:44 0
>>123
「ガァァァア!!」

>「いい歳こいて――」
再び母親としての自我を失い叫び声を上げるキメラ。
その腹部に目を瞑ったままのレクストの母親の顔が浮かび上がる。
そして、獣の姿の頭部からは憎き仇敵の声が聞こえ始めた。
>「――色気付いてんじゃねえっ、くそババァーっ!!」


「「おやおや、随分と頑張っていらっしゃいますね。
しかし、本当に迷わなくていいのですか?」」

レクストは構わずキメラの触手を遠心力を利用し
掴み上げ体ごと投げ付ける。
キメラの巨体が弧を描き壮絶な音と共に地面へ叩きつけられる。
引きちぎられた触手からは赤の血が流れ出る。
虫の息で地面を這うキメラがレクストの顔を見つめ――

>「――――7年遅れの反抗期だ」

キメラの体が撃ち抜かれる。
それが終わった時、レクストの目の前にいたのは
母親そのものだった。
血を流しながら地面を少しずつ、少しずつ這う。
レクストへ手を向け何かを叫ぼうとするが
叶わない。

「「親子が戦う。これ程に愉快な遊びはありませんよ。
それにしても、貴方の母親の中に何故”人”が残っていたのかは
理解できませんが――」」

虚空にルキフェルの声が響く。
同時に――バルバがキメラの前に立つ。


128 :バルバ ◆7zZan2bB7s :2010/12/10(金) 17:37:53 0
>>126
「戦えない魔族など必要ない。消えろ。」

バルバは地面を這う女性を踏み付け何度も地面を押し付ける。
その度に声にならない声を上げレクストへと手を伸ばす。
バルバはレクストへ視線を向け、手を翳す。
無数の凶刃と化したバラの花がレクストの周囲に音も
無く出現する。
同時にそれがレクストを切り裂かんと迫った瞬間――

≪レクスト、あんた強くなったねぇ。あたしはね、嬉しいよ……≫

レクストを守るように、母がその身で攻撃を防ぐ。
同時に、耳元で別れを告げる。
十文字に切り裂かれたレクストの母だったその体は
真っ赤に染まりながら、彼の目の前に散華した。

【レクスト母、最後に自我を取り戻しレクストを守り死亡】

>>126
再びギルバートへ向き直りバルバは右手を翳す。
しかし、予測した場所にギルバートはいなかった。
不測の事態に僅かだがバルバの表情が歪む。

>「流石に全部は避けきれんか……クソっ、熱ぃじゃねえか。」

「随分と大袈裟な動きだな。どうした?」

思案し返答を待つ間もなく反撃が入る。
弧を描く2対の扇がバルバへ向かう。
予測不可能の軌道を描き迫るそれをバラの花びらを散らし
防御しようとする。
しかし、目の前にはギルバートが迫っていた。

「チッ……」

扇子を蔦と化した右腕で防御する。
鍔迫り合いとなった両者の間に2対の内の1つが
降り注ぎバルバの右肩を切り裂く。
鮮血が噴出し再びバルバの顔が青醒める。
再びバラの花を傷口に当てようとするが迫るギルバートに
阻まれ叶わない。

「この痛み、貴様にも受けてもらおうか。”神魔術”―再生軌道―」

肩口に刺さっていた扇が浮かび上がり今度は
ギルバートの肩口へ向け射出された。

【ギルバートと鍔迫り合い、回復間に合わずダメージを受けながらも
反撃】

129 :オリン ◆NIX5bttrtc :2010/12/10(金) 19:57:21 0
"虚空の間"に広がる煙幕の中、フィオナの斬撃がオリンを捉えた
──しかし、

>「なっ!?」

フィオナが驚愕の声を口にする。宙に浮遊する小型の剣が、彼女が放った剣の軌道を逸らしたからだ
この状況下で、肉眼では正確に捉えられるはずが無い。それ程までに、視界は煙によって遮断されていたのだ
──だが。迎撃、防衛、気配察知に特化したアハトの前に、生半可な強襲は通用しない。先刻の下水道の件が、良い例だろう
長剣を受け流した二つの飛行剣アハトはオリンの周囲に戻り、左右に浮遊している

>「遣い手の意のままに攻撃及び迎撃を行う魔剣。といったところでしょうか……。
 随分と便利そうですね。」

床に膝を付き、此方を睥睨しながら強気に言葉を口にするフィオナ
これが、ただの虚勢だというのは見るまでも無く感じることが出来る。しかし、その表情に絶望はない

上半身を素早く捻り、膂力、遠心力、重量の全てを剣の軌道に乗せる
灼熱の如き高温度を纏ったシュナイムは、空気を燃焼させながらフィオナの首筋へと軌跡を描く

>「聞けませんっ!!」

光速で迫るシュナイムの動きに合わせ、フィオナは左腕に装着した盾で刀身を打ち上げた
それは此方の動作を見切った動きではなく、本能と勘により成し得たものだった
──瞬間、熱量と振動により盾が小爆発を起こし、左腕に直撃する

>「……は……どう、此れが"波動"ですか……。」

視線を此方へ向けたまま剣を床に突き立て、彼女は立ち上がった
左腕は破損を免れたようだが、現時点では使い物にならないだろう。現に指先が、僅かも動いてはいなかった

そして、未だその瞳は希望を捨て去ってはいなかった
彼女は右手に持った長剣を手放し、腰に下げた刺突剣──レイピアを鞘から抜き放った
片腕しか使えない状況において、刺突剣を選択したのは正しいだろう
長剣よりも軽量な上、動作の負荷も軽い。だが、突きは軸が要だ。僅かに崩れれば、隙が生まれ攻撃は潰える

フィオナはレイピアを正面に構えると、口を開いた

>「そういう訳にもいきませんけどねっ!」

言葉と同時に、床を蹴り低く跳躍した
先刻のダメージを物ともせず──否、より早い動作で、鋭利な切先がオリンへと迫る
最小限の動きで身体を逸らし、一撃目を回避する。これがフェイクだというのは理解していた

>「はあああああああ!」

オリンの側面を抜け心臓目掛け、フィオナは返しの突きを放った
全て予測していた攻撃だった。再び回避行動を行おうとした瞬間──身体の動きが僅かに鈍り、胸部に浅い一閃を浴びる
横一文字に裂けた部位から血が流れ、床へと滴り落ちる。血量は、彼女の放った一撃よりも多量だった

130 :オリン ◆NIX5bttrtc :2010/12/10(金) 19:59:45 0
突きによる動作の隙を利用し、フィオナの追撃範囲外へと跳躍
彼我との距離を取り、対面する彼女へと視線を向けた

(……今になって、響いてくるとはな。)

帝都居住区にて、ナヘル扮するヴェイトの太刀を受けた傷口が、今の一撃で再び広がり始めていたのだ
魔光波動。魔力を無力化し、破壊する能力。一見強力な特殊能力ではあるが、こと回復手段に関しては無きに等しい
地上に普及している回復薬の類は一般的な術式と違い、即効性において大分劣っている。戦闘能力に秀でた分、回復手段が限られている

「……"手負いの獣ほど油断はならない"とは、良く言ったものだな。」

胸部の負傷を気にする素振りも無く、床を足で弾く
刀身に帯びた核熱が大気を焦熱させる。昏く虚ろな双眸でフィオナを捉え、光速の如き推進力をもって彼我の間合いを詰める

本来ならば負傷した部位に負担を掛けないよう、極力最小限の動きで出血を抑えるべきだろう
それを行わない理由は二つ。一つは、フィオナの潜在能力。左腕を負傷したことで、全感覚が研ぎ澄まされているのだ
最小限の動きで対応できるほど、彼女は簡単な相手では無くなった
そして、もう一つは──

(……此処で敗北するのならば、俺の修羅道は所詮そこまでだったということだ。)

左腕に握ったシュナイムを彼女の側面に向けて抜き放った
身体を反転させ、右腕に持つシュナイムを、避けるフィオナへと再び側面目掛けて薙ぎ払う
一、二撃目はフェイク。本命は──先ほどの反動と遠心力を利用した、側頭部を狙った左足の上段蹴り

「──遅いな。」

ブーツの先端から左側面にかけて、光を帯びた鋭利な昏い刃が形成される
──"魔光脚剣クルイーク"。シュナイム同様の性質を持つ、波動の力が循環する"魔壊"の刃
大気を裂く音と共に、クルイークがフィオナの頭部へと肉迫する──

【突きを回避するが、胸部を横一線に掠め出血。二刀をフェイクに、上段蹴りをフィオナの側頭部に向けて繰り出す。】

131 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/12/12(日) 01:51:50 0
レクストの放った魔導弾は狙い過たず母親の構成体を穿ちぬき、その身を浄化していく。
ブレードに付与されていた『聖剣』の加護を砲撃にも適用されるよう流用・応用した一撃である。
天罰覿面もかくやの瘴気中和作用は母親を覆っていた魔族の体躯だけを削りとり、元の彷徨う死体の姿が顕になった。

>「「親子が戦う。これ程に愉快な遊びはありませんよ。それにしても、貴方の母親の中に何故”人”が残っていたのかは理解できませんが――」」

不意に、大気が震えて創りだす声。
どこからともなく聞こえるのは、レクストが求め焦がれた仇敵の言葉。

「――! ルキフェルッ!! どこだ、どこにいやがる!?」

かぶりを振って視線を走らせるが、『虚空の間』にその姿は認められず、ただ動くだけの亡骸となった母親が這いずるのみ。
その蛇蝎の如き前進は、しかし真っ直ぐにレクストを捉えていた。最早戦闘は愚か存在さえもままならぬ身体で、それでも。

「なん……だよ……!なんなんだよ畜生……!来るなよ、そんな顔見せんな!」

そんな顔。ゆっくりと這う母親の顔には、表情がなかった。死人の顔で、死んだ時のまま、能面のように光のない眼球でレクストを見る。
そこに意思はなく、まして意志などあるはずもなく。支配するのは本能か、反魂に刻まれた術者の命令か。
絶望しか生み出さない再会。どうしようもなく終わってしまった邂逅。何もかもは、7年前に破壊され尽くしてしまっていた。

「"こんなの"の、どこに『人』が残ってるってんだ、ルキフェル……勝手なこと抜かしてんじゃねえぞ」

既に母親ではなかった。ルキフェルがレクストを動揺させて愉悦を得る為だけの、ただそれだけの娯楽人形。陳腐な寸劇。
余す所なく悪意で構成された事象は、生み出した奈落に一片も這い上がる為の足がかりを残さない。
徹底された、どん底。最底辺。

そして次の刹那、ギルバートと対峙していたはずの魔族の女が母親の背後に立った。
何をする、と問うことすら間に合わず、女はその長い足を振り上げていた。

>「戦えない魔族など必要ない。消えろ。」

斧の如く振り下ろされる足。
伸ばした腕を、届かんとする意志を、踏みにじるように女は叩きつける。

「てめえっ!」

何度も。何度も何度も。
とうとうたまらず制しに入ったレクストはさながら灯に入る虫の如く、気付けば女の殺傷圏へと踏み入っていた。
女から無挙動で放たれた花弁の刃は、音も気配も影すらなく、認識外からレクストを切り裂かんと迫る。

そして。

>≪レクスト、あんた強くなったねぇ。あたしはね、嬉しいよ……≫

無数の凶刃からレクストを庇うようにして、飛び上がった母は空中で引き裂かれた。
まるでそうなることを覚悟していたかのように、最後の最期で微笑んで。その不器用に歪んだ、7年前までと同じ笑み。目が合った。
神罰とでも言わんばかりの十字裂傷は母を胴の中心から四分割し、バラバラに床に落ちた。夥しい鮮血を大理石が吸い、レクストは奥歯を噛み砕いた。

132 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/12/12(日) 01:53:07 0
「――――――――――!!!」

声は出なかった。言葉は散逸した。黒い意識の波濤に理性が押し流され、感情は潮の如く引いていく。
腰に吊っていた黒刃がけたたましい音を立てて暴れ、ひとりでに剣帯から抜け出て床に突き刺さる。
生きているかのような、あるいはまるで流体のように剣であった形を捨て、黒刃は変貌する。飴細工のように変形する。

《か、か、か、か、か、か、さ、さ、さ》

やがて黒刃は膝を着いた人の形をとり、口の部分にぽっかりと開いた穴から断続的な"音"を垂れ始めた。
"音"は声のようで、言葉のようで、意識のようで、感情。心砕かれたレクストを代弁するように、それは彼の声に酷似していた。
レクストの声で、魔剣は喋る。四つの肉片となった母の骸を抱くようにして、黒の人型は抑揚のない言葉を紡ぐ。

《――母さん》 「そうじゃない」

魔剣の声を抑えるように、レクストは言う。食いしばりすぎて砕けてしまった奥歯を血と共に吐き出し、それでも眉を立てて言う。
黒刃は首だけを動かして振り向き、色のない、穴があるだけの眼窩でレクストを見据えた。

「前から目を逸らすな。心でここから逃げ出すな。"俺たち"は誰の亡骸も振り返っちゃいけないんだ。
 母さんが死んでも!そこに血と肉を築かれても!――"俺"はここにしかいない。ここにいるのは、俺だけなんだ!」

レクストはレクスト=リフレクティアではなくなっていた。否、『戻った』。異なる一人は同じ二人へと回帰した。
7年前に死んだレクストと今ここにいるレクストは別人物で、同一人物。レクストは死に、レクストは生きた。現象であり事象だった。

「俺たちはもうずっと、同じ方を向いて生きていかなきゃならない。だったら前を向こうぜレクスト=リフレクティア!」

母親は母親のまま死んだ。死ぬことができた。最期の最後で魂を戒めから解かれた。
ならば、もう骸を省みる必要はない。レクストの魂に深く深く突き刺さっていた楔の一つが、音を立てて砕け散った。
開いた穴から溢れ出るのは、眼の奥に宿した気炎。

「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

一歩前に進めたのなら、次の壁を超えるだけだ。
人型の黒刃に掌をあて、沸き上がってくる感情の奔流を注ぎこむ。再び飴のように流動化した魔剣は、やがて一振りの槍と化した。
柄尻に石突はなく、代わりに封印帯を結った一条の投擲紐が付いている。ジャベリン。投げる為の槍。それをバイアネットの砲身に装填する。
砲口から黒刃の槍の先端が飛び出ている形だ。このまま引き金を引けば、内部で圧縮された術式が魔導弾の代わりに槍を射出する寸法。
――アイン=セルピエロの手砲から着想した即席の実体弾だ。

「俺以上の怒りがお前にあるのなら、黒刃――!お前の貫く敵は誰だ!お前の穿つ壁は何処だ!」

穂先がひとりでに指すのは、再びギルバートとの戦闘に戻った――魔族の女。
ルキフェルに与し、母の亡骸を魔族化させ、最後には用済みとばかりに踏みにじった女。
このまま魔剣の出力に聖剣の加護を上乗せして槍を放てば、いくら魔族と言えども大打撃は避け得ないだろう。
ただし、直撃すればの話だ。今のレクストなら狙いを外すことはないが、愚直な射線軌道で撃ったところで回避は容易い。
だから、呼んだ。『研ぎ澄まされている』からこそ分かる、下水道でギルバートに渡されたナイフに仕込まれた伝心術式の存在。

《駄犬!聞こえるか?――今からそっちに槍を寄越す。超高速でな。当たるわけねえから、当たるようどうにかしやがれ馬鹿野郎!》

その声が、届くと信じた。信じたからには、迷いなどない。
レクストは膝を付いて着座の狙撃姿勢をとり、魔剣の魔性の導く軌跡に大まかな当たりをつける。
ギルバートなら、この一撃を『どうにかしてくれる』。意を汲んで魔族の女を槍に当ててくれる。

「俺に応えろ!」

赫怒と覚悟と信頼とを穂先に乗せ、レクストは砲撃する。
漆黒の大槍は一条の黒き光となって虚空を切り裂き、ギルバートと魔族女との戦闘領域へと黒の橋をかけた。


【母死亡。絶望と怒りで黒刃に変化。黒刃を投擲槍に変えてバイアネットに装填し狙撃】
【狙撃はこのままだと簡単に避けられてしまうので、偽ギルバートの手腕を頼る】

133 :名無しになりきれ:2010/12/13(月) 01:33:03 P
一気に糞化したなダーク

134 :フィオナ ◆tPyzcD89bA :2010/12/15(水) 23:24:29 0
(浅い――)

剣先に残る手ごたえは皮一枚。
オリンの胸から零れる血はかなりの量だが、実際のところ表面を掠めたに過ぎない。

(――治りきっていない傷があるってこと?)

突きを避ける際オリンが僅かに見せた硬直もそれと無関係ではあるまい。
魔剣士と聖騎士。であるならば、即効性の回復手段こそが相手に唯一勝る此方の利。

(持久戦に持ち込めば……いや、それでは駄目)

手首の返しで切っ先を一振りし、返り血を飛ばす。
目の前の敵は剣帝と謳われる程の手合い。守りに徹したのではその殻ごと破壊してのけるだろう。

『……"手負いの獣ほど油断はならない"とは、良く言ったものだな。』

「その言葉……そっくりそのままお返しいたしますよ。」

言葉を置き去りにオリンが駆ける。
射抜く双眸は凍える程に昏く、一瞬で間合いを削り取る一足は影すらも追えない。
その破格の相手を、正中に引き戻したレイピアで迎え撃つ。

破壊のみに特化した相手の能力はまさに抜き身の妖刀。
借り物の刺突剣も逸品と言えるが、波動を乗せた大剣の一撃を受け止めるには荷が勝ちすぎている。

(おそらく狙いは左右の連撃……その直後こそ好機!)

横薙ぎの一閃に対し軸足を半歩下げ後退。寸前まで居た空間を颶風が撫でる。
払った剣の反動を体捌きで溜めへと転化し、二撃目が真逆から襲いかかる。大得物を間断無く操る技量には舌を巻く。
しかしそれは予想していた通りの軌道。尋常ならざる鋭さだが、回避し反撃に転じるのは可能だ。

(やはり――)

引き伸ばされた知覚の中、オリンの右剣が迫る。
思考したのは回避の後、反撃。だが、自身の中から湧きあがるもう一つの声が伝えている。踏み込め、と。
迫る刃に身を晒し、死地へ飛び込む。無謀の極み。それが神の声なのか、それとも自身の直感なのか判断はつかない。

「――っ!」

迷いは無かった。判っていたことだからだ。此方の唯一ある利点は回復手段、それを守りではなく攻めに使う。
引こうとしていた足を床に打ちつけ、放たれた矢のように前へと飛び出す。
大剣の刃の根元が脇腹に食い込み肋の折れる音が鈍く響く。

次いで側頭への衝撃。鋭い蹴り脚に皮膚が裂け、血の花が咲く。
だが靴に生えた昏く輝く刃は頭の後方、前へ出たことが効を奏し直撃は避けえた。

「この距離でしたら……外しませんよ。」

痛みを糧とし、意識を繋ぎとめ、オリンの耳朶へ囁きかける。
彼我の距離はほぼ零。互いの吐息さえ感じ取れる距離。フィオナはレイピアを握った腕を差し伸ばした。

135 :マダム・ヴェロニカ ◆tPyzcD89bA :2010/12/15(水) 23:25:15 0
手にした鉄扇は触手に阻まれたものの、弧を描き襲い掛かる二対の一つが魔族の肩口に深々と突き立つ。
噴出す鮮血。
バラの治療を施す暇を与えるつもりは無い。

『この痛み、貴様にも受けてもらおうか。”神魔術”―再生軌道―』

「何――だっ。」

腹を蹴りつけ鍔迫り合いを解く。どんな魔術かはわからないが至近距離で浴びるのは拙い。

だがそれは直接的な攻性を持つ魔術ではなかった。
不可視の力を受け、肩を穿つ扇が引き抜かれていき、それはやがて完全に抜けると空中へ投射された。
それはギルバートが投げ放った軌道と同じ弧を描き、遣い手の元へ戻ってくる。ただし刃を向けて、だ。

「ネタが割れればどうという程のモノでも無いな。」

魔族へと再度肉薄しながら、最小限の動作で扇を避ける。
目の前を鉄扇が過ぎ行き、床へと落ちていくのを確認。最早気に留める必要も無い。
女魔族の蔦腕を開いた片手で掴み取り、引き寄せ、携えた扇を振り上げると再び酸の泡を発生させる。

「ッ!?」

激痛が走る。避けた筈の鉄扇がギルバートの肩に突き立ったのだ。
創り上げた泡が制御を離れ落下し、腕を灼く。放っておけば直ぐにも侵食し根元から溶かすだろう。

(油断した……かねえ)

腕の擬装を解除。二の腕から先がずるりと滑り落ち、土くれへと還った。
下から現れるのは薄絹一枚を絡ませるのみのほっそりとした白い腕。

(魔術は効果が薄い。かといって生半な攻撃は即座に治療し、それなりのだと自分に跳ね返る、か。
 いやはや、思った以上に厄介な手合いだねい。純粋種)

単純に攻め手が無い。倒しきるには一撃で核ごと破壊できる大火力が必要となってくるのだ。
しかしその手段は、予期せぬところからもたらされた。

《駄犬!聞こえるか?――今からそっちに槍を寄越す。超高速でな。当たるわけねえから、当たるようどうにかしやがれ馬鹿野郎!》

背後からは突き刺すような殺気の塊。レクストが言うところの"槍"なのだろう。
自然と口元が綻ぶ。――まるで何処かの剣鬼の全盛期を彷彿とさせるじゃあないか。

「ならさ、答えるしかないさね。」

未だ手放さなかった魔族の触腕。それを茨が突き立つのも省みず、引き付ける。
次いで脚を絡めとり、間接を逆に極め、腕と首を同時に縛り上げ、己の四肢の全てを使い荷重移動の一切を制する。

戴いた二つ名は"水中花"。陸上に適応した全ての生命が、もがき苦しむ水の中でこそ美しく咲くのだ。

「狙いを外したら承知しないよ。」

憤怒の黒槍が、聖光の残滓を虚空に残しながら、復讐を果たすべく飛来する。

136 :バルバ ◆7zZan2bB7s :2010/12/16(木) 15:12:45 0
レクストの母だった骸を冷たい眼で喰らいながら
バルバは激情に震える「戦士」を見つめた。

>「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「それでいい。お前もやがて、我々と等しくなる。」

バルバの全身が総毛立ちゆらゆらと周囲を歪めながら
浮かび上がる。
その背後に無数の花の蕾を浮かべながら。

―私がリンゴを渡されたのは、思い出すの辛く苦しい。
遠い昔の話だ。まだ、世界は混沌に満ちる前で
全てが平穏だった。しかし、あの”アレ”が来て。アレの力を奪い合う者達の争いで
世界は、変わった あの時、もし知恵を得る事を拒んでいたら―

バルバの失ったはずの”想い”がフィオナ、レクスト、ギルバート、オリン。
この場にいる全ての者へ断片的ながら伝わる。
それは神託が為せる技だった。

>>135
>「ネタが割れればどうという程のモノでも無いな。」

「フフ、フフ……まだまだ若いな」

扇子はギルバートの肩に突き刺さる。
しかし、その身を焼かんと迫り来る痛みにも身じろぐ
事も無くその姿は一瞬にして”変化”した。
それまでの荒々しい人狼のそれとは異なる、妖艶で
深い闇を思わせるその姿。



137 :バルバ ◆7zZan2bB7s :2010/12/16(木) 15:14:04 0
「やはり、貴様は。そうか、そうならばここでその花を摘み取る。
既に、私に戻る道も、場所もない。遠い昔に全てを捨てた。
ここで、お前達には消えて貰う。」

凄まじい振動と共に周囲の蕾が無数に分裂していく。

―「狙いを外したら承知しないよ。」

動きを封じられ、目の前にはレクストの闇を抱いた黒槍が
迫る。しかし、バルバは笑う。まるでそれを分かっていたかのように。

―「俺に応えろ!」

レクストの放った力がバルバにぶつかり
そのまま虚空の間の最奥の天井へと突き刺さる。
煙が明け、そこにいたのは串刺しにされたバルバの姿だった。
口から血を吐き、既に再生すら追い付かず。
しかし、それでもバルバは笑っていた。

「―……見事だな、だがまだまだ詰めが甘い。神……魔……術」

いつの間にか虚空の間全体に蒔かれた花の蕾がフィオナ、レクスト、ヴェロニカ
へ向け光を放つ。
その花の名はイブ。かつて古代に存在していた、世界最古にして最強の猛毒の花である。光を奪い、血を枯らし、そして最期には命すらゆっくりと蝕む。
その花を賭した神魔術最高位の毒術。
血に塗れたバルバの口が小さく歪み、そして最期の術を口ずさんだ。

「”侵食毒環”」

【バルバ瀕死のダメージ、3人に対し全体攻撃を放つ】

138 :オリン ◆NIX5bttrtc :2010/12/17(金) 19:44:37 0
フィオナの側頭部へと脚剣が触れる寸前──彼女は前進へと踏み込んだ
三撃目が本命であることを読まれる可能性は考慮していた。此方の身体能力が相手の動作を上回れば、それは些細な事でしかない
身体能力が思考に追い付かなければ、軌道を読むという選択は潰える。条件を満たさなければ、実行足りえないのだ
だが、それは現実として叶うことはなかった。同じ剣を持つ者として、彼女が上回った。それだけのことだった

眼前に迫る彼女に迎撃反応を示したアハトは、偽ギルバートへと放った二振りと、自身の周囲に浮遊する二振りが、剣撃を打ち払わんと推進する
シュナイムの根元が肋骨に直撃し、オリンの膝がフィオナの側頭部へと穿ち、鈍い音を立てる
──しかし怯む事無く、彼女は刺突剣を手にする腕を疾風の如き速度で放った

>「この距離でしたら……外しませんよ。」

深々と自身の身体に突き刺さるレイピア。心の臓へと定めたそれは、正確無比であった
口元からゆっくりと吐血し、服を伝いながら"虚空の間"の石畳へと滴り落ちる
同時にシュナイムも手から放れ、金属音を辺りへ響かせた

……痛みはない。あの男に全てを奉げてから、それは失った。感情も、その殆どを捨てた
だが、在る一つのものは未だ己の心に宿っている。──"憎悪"。人を憎む負の感情
此処で果てること事態に、然程の意識も未練もない。ただ、人間への殺戮を一つでも多く実行できれば良い
淀む心の中に、在る"何か"が浸食してくる。それは、突然に

"王理の間"にて、ルキフェルに見せられた太古の景観が映る幻視と酷似していた
恐らく自分を含めた全員が、今の映像が脳裏に浮かんでいるのだろう
人が創造された日。創造主から渡された禁断の果実。口に含んだが故の罪。人間が犯した最初の咎だ
しかし、今の自分には何も感じることは無かった。人が持つ"心"など、既に無いのだから

「……それは、此方とて同じ事だ。」

貫通した部位は心臓ではなく、左下腹部だった
レイピアが触れる瞬間、攻撃を回避不能と判断したオリンは、受ける箇所を心臓から腹部へと対象を逸らしたのだ
オリンは彼女が反応するよりも速く、刺突剣の柄とそれを握る右手を自身の左腕で捕らえ、右腕をフィオナの首筋へと伸ばす
もがく彼女に虚ろな双眸を向け、両腕に波動の力を込める。彼女の脚が地から離れ、その身体は中空へと吊り上げられた
右手はレイピアごと捕まれ放すことままならず、左腕は先刻の衝撃で指一本動かすことが出来ない

「──"魔光の鎖"……抗って見せろ。」

フィオナを締め上げる右腕から、漆黒に輝く鎖が浮かび上がる
彼女の全身を蛇のように伝い、絡め取る。そして、徐々に締め上げてゆく
オリンは右腕を離し、下腹部からレイピアを抜き取ると、後方へ数歩ほど下がった
バルバの方へ一瞥すると、漆黒の槍が彼女の身体に深々と貫通していた
そして、"イヴ"の発現を感じ取ると共に、周囲に展開していたアハトを鎖に捕らわれたフィオナへと向けた

(……勝敗はどうであれ、決着は時間の問題、か。)

バルバの"侵食毒環"に合わせるように手を翳すと、四つの飛行剣はフィオナ目掛けて昏き波動の軌跡を描いた

【レイピアが腹部を貫通。フィオナを鎖で締め上げ、バルバのイヴに合わせて飛行剣を放つ。】

139 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/12/19(日) 17:50:53 0
腕が剥け白い柔肌が見えたギルバートの腕。
普段の豪腕との対比でレクストは一瞬骨でも露出したかのように捉えぎょっとしたが、事態は滞りなく進行する。
己の傷も省みず、ギルバートは蛇のように身体を魔族へ絡ませその動きを拘束する。して見せる。

>「狙いを外したら承知しないよ。」
「狙いも糞もねえよ。俺とお前が頑張った以上――、一人で勝手に当たるだけだっ!!」

それを実現するのが、できるのが。ギルバートに賭けた信頼の醸成物。
黒の威力はその牙を、吸い込まれるようにして魔族の胴へぶちまけた。
空間ごと貫かれ、はじけ飛ぶようにして『虚空の間』の天井へと突き刺さる。磔の聖人のような姿は、最上級の皮肉だった。

(やったか!?)
>「―……見事だな、だがまだまだ詰めが甘い。神……魔……術」

大理石の建材に縫いとめられた魔族は身体の大部分を吹き飛ばされてなお、笑った。
命に至る破壊を受けて、浮かべたのは覚悟ではなく、諦念でもない末期の顔。凄絶な笑み。
そしてレクストは脳裏で光を繋ぐ。気づいたのは、この魔族が己の殺傷圏を気取られぬ技術を持つ事実。
無挙動で、無呼吸で、無作為に放てる致死の一撃を、この女は持っている。その実力を、顕している。

>「”侵食毒環”」

それが来た。視界の内外に気付かぬうちに咲き誇る無数の蕾。神秘の色を備えたそれは、『蕾のまま咲き誇る』。
そこから開いた光の束。まともに浴びたレクストは、『自分が吐血していることすら些細なことに思えるほど破壊された』。
まず光が消える。視界が深く暗く閉ざされ、平衡感覚が狂い地面と正面衝突する。周囲の時間が加速する。
壊れた井戸口のように口から垂れ流されるのは嘔吐か吐血か呼気か、はたまた攪拌された臓物か。
かすかに舌の先に残った味と鼻の奥を刺す鉄の匂いで、ようやく血を吐いたのだと解る。

「あ、が、」

何も見えない。残りの四感を全力で稼働させ、身に降り掛かった災厄の把握に務める。
外部からの魔力投射攻撃ではない。これはむしろ内部から威力が爆ぜたような。――毒だ。
震える指先で床を探り、バイアネットを手繰り寄せる。黒刃は天井に魔族を縫い付けたままだ。

頼れるのはこれと、
あとは――仲間だけ。如何なる毒であろうと、フィオナの聖術ならば"人体の最善"を再現できる。
ヴァフティアで受けた魔剣の呪詛は聖女の血でなければ回復できない類のものだったが、これが純然な"毒"であるなら話は別だ。

(騎士嬢は……っ!?)

防刃帽の鍔に施術された術式に魔力を流す。
バイヤーの他にも最新鋭の術式機能が搭載されたこの帽子は、視力を奪われた状況も想定している。
こめかみの部分から展開するのは針金を重ねたような魔力の結晶体。魔導波長を飛ばしてその反響を観測する探知針だ。
これを用いれば、例え目を潰されようとも大まかな状況は把握できる。細部のディティールは見えなくても、戦況は掌握できる。

そうして"見た"光景は、フィオナを魔導鎖で拘束し、先程レクストに飛ばしていたのと同じ浮遊する剣で一撃くれようとするオリンの姿。
光を奪われ床に臥せったまま、レクストは砲身を抱くようにしてバイアネットの砲先を飛行する剣へ向けた。
ここでフィオナが倒されれば、それはイコール全滅を意味する。ギルバートはともかくレクストに解毒は使えない。

最終生命線。末期の防衛戦。潜入班の最後の砦。
命の計算ができなくても、ここでフィオナは死なせないという回答において、レクストの意志と戦略の意義は付和雷同に合致した。

『俺のことをよろしく頼む為に。』

強要された臥位での射撃は、オリンの放った飛行剣を弾くような軌道で光の束を虚空に通した。

「――解毒を!」


【バルバの毒を受け目が見えなくなり地に伏せる。オリンがフィオナに放ったアハトを妨害するように砲撃】

140 :フィオナ ◆tPyzcD89bA :2010/12/20(月) 21:24:07 0
戦況は瞬く間にその姿を変じていた。
刺突剣で深々と体を抉られる魔剣士と、黒槍で磔にされる魔族。
そのどちらもが致命傷なのは間違いなく、傍目からも決着は明らかに見える。

「うくっ……、あぁっ!」

にも関わらず、膝を屈しているのは此方。
優勢はたったの二手で覆され、全滅の際へと立たされてすら居るのだ。

一つは今なおフィオナの体を締め上げる"魔光の鎖"。そしてもう一つは瀕死の魔族が放った"侵食毒環"。
特に後者、侵食毒環の威力は絶大と言えた。
一切の生命活動を拒絶する――原初の毒――。
その効果は空間全域に遍く渡り、レクストとギルバート双方ともに反撃の意気を挫かれ絶息を待つばかり。

(レクストさん……ギルバートさん……)

その侵食毒環の猛威からフィオナが免れる事が出来ているのは、奇しくもその身を縛る鎖のおかげだった。
内的外的問わず、あらゆる魔力行使を破壊するオリンの光鎖。その効力が蔓延る毒素をも破壊しているのだろう。

(このままでは……二人とも……)

中空に縫いとめられ微塵も動かぬ四肢を、必死に動かそうとするも結果は同じ。
そもそも動かせたところで何が出来るわけでも無い。待っているのは緩慢な死。暗闇に閉ざされる未来。
急速に萎えていく自身の気力を、まるで他人事のように眺める自分。

(ああ――)

統制された動きで空を走る浮遊剣を虚ろな視線で受け止める。

「すみません……。」

零れるのは謝罪。誰に対してなのかは自分でも判らない。課せられた役目を果たせなかった自責からか。
剣が、獲物を捉えた猛禽の如く一斉に群がる。
だが待てども、その刃が届くことは無かった。

『――解毒を!』

飛来した光の束が、四翼の浮遊剣を悉く撃ち散らす。
射手はもちろんレクストその人。未だ伏したままながら、魔滅の意思は費えてはいなかったのだ。

「――はい!」

横手からの突然の射撃に気を取られたのか戒めが緩む。
しかしそれは極僅か。出来ることは限られている。それでも、応えなければ己を見失ってしまう。

「くうっ!!」

レイピアの刃を掴み一気に引き切る。裂けた掌から血が滴り床に落ちる。
魔壊の鎖がある以上、身の内から魔力を練ることは適わない。だが幾度か使用した手段なら可能だ。
血を媒介とした代理術式。
直接の解毒が出来ないなら、空間そのものを根こそぎ浄化してしまえば良い。

「ギルバートさん。少しで良いので此処とあの遺跡とを"繋げて"下さい!」

141 :マダム・ヴェロニカ ◆tPyzcD89bA :2010/12/20(月) 21:24:49 0

(何か思いついたようだねえ)

霞む視界の中、懐から取り出すのは"生門"を意味する白石。
吐血。手まで痺れてきたようだ。

だがこのまま手を拱いていても、待っているのは全滅。
それだけは避けなければならない。

(藁にも縋る。っていうのはこんな気持ちだろうか)

直属の部下達とオリン。使えると思った手駒の悉くを失い、残ったのは頼りとするには未熟な二人。
毒吐きながら鋒鋩の体で石を放る。
零れ落ちたフィオナの血と、それを囲む白石。

「っ――!」

練った魔力を掌に乗せ、渾身の力で床を打つ。
直後、白石が明滅。"門"が眠る地下遺跡との導線が通った証拠だ。
"生門"を開くために使った石は僅かに三つ。
水晶を移動させるには不十分だがフィオナの狙いがそこに無いのは明白。

「大丈夫だ。繋がったよ!」

毒素によって黒ずんだ血を吐きながら、声の限りに告げる。
それに応じて歌うように、奏でるように、フィオナの聖句が響き渡った。

(これは"聖域"……そうか)

ヴェロニカが察したとおり、紡ぐ奇跡は"聖域"。
その効力は結界を構築し、内部にある魔を灼くもの。そして今、この場は地下遺跡にあった浄化術式と直結している。
奇跡は遂行され、光の奔流が"虚空の間"を覆った。

聖術と古代術式。二つの浄化の力に依って体内から毒素が消失していく。
ヴェロニカの行動は迅速。体が動くことを確認すると同時に二本の扇を放ち、床を蹴る。

「あんたを滅ぼしきるのには自前じゃあ火力が足りなかったが――良い物があるようだねい。」

弧を描く扇を足場に、天井に磔になったままの魔族へ肉薄。
狙いは標本のピンの如く魔族を穿つ"黒刃"。

「負の感情を喰らって力とする魔剣……今は槍か。あたしのも使いこなしてみな!」

瞬間、視線が交差。
それを真正面から受け止め黒槍に手を沿えると、感情を、力を、解き放った。

【フィオナ:地下遺跡と虚空の間を繋げて奇跡"聖域"発動。侵食毒環を元から消滅させる。
 ヴェロニカ:バルバに刺さったままの黒刃に負の感情を追加で注入。         】

142 :バルバ ◆7zZan2bB7s :2010/12/23(木) 21:56:24 0
>>139>>140>>141
「な、に……!?」

黒刃に射抜かれながらも放った「侵食毒環」は古代遺跡と
虚空の間を繋げた「奇跡」によって打ち消された。
予想外の状況にバルバは血を吐きながら地面を見下ろす。
「人は、本当に変わったのだな。かつてとは違う。
最早、術も力も――我々と等しい。」

ふと、右腕を見つめる。
小さく脈動するのは、ルキフェルに与えられた「黒い石」の痕跡。
やがて全身を覆うような「力」がバルバを飲み込んでいく。

>「負の感情を喰らって力とする魔剣……今は槍か。あたしのも使いこなしてみな!」

魔槍に新たな「感情」が加わる。それはバルバの身を焼き、そして
全てを壊し尽くしていく。

≪バルバ、原初の魔族である貴方でも”私の力”を耐え切るには限度があったようだ。
残念ですが、終わりです。≫
だが、それでも。灰化していく全身とは異なるように右腕を中心として
恐ろしいまでの猛威が湧き上がる。

「ルキフェル――貴様、何をした」

レクストとヴェロニカの「感情」、「力」を加えられた攻撃が
バルバの右腕に凄まじい変化を齎す。
「あがぁぁあああああああああああ!!」

バルバが白目を剥き叫び声を上げる。口からは血と泡が混じった紫色の
異物が零れ落ちる。
そしてバルバの右腕は一瞬にしてその全身の数倍にも膨れ上がり
巨大な刃と化した無数の棘をレクスト達へ放った。

「ルキフェル……には、手を出さないで。お願い……貴方達では」

灰化していくバルバの全身が魔物のそれから変化していく。
そこにいたのは1人の美しい女性だった。
(これで、やっと逝ける……ありがとう)
彼女の脳裏に過ぎるのは楽園での穏やかな生活。
拭いきれない後悔が彼女の心に黒い闇を落としていた。
彼女も、ルキフェルに魅入られた1人だった。
そう、彼女は最初の「人間」だったのだ。
全身を覆っていた黒い石は泥のように溶け、そして地面を溶かしていく。

石が溶かした穴は、どこまでも地面を貫き――その先には闇しかなかった。

【バルバ、ルキフェルの与えられた力により暴走→消滅】

143 :オリン ◆NIX5bttrtc :2010/12/24(金) 14:30:52 0
バルバの"イヴ"により、従士の男と水中花は瞬きをする頃には其の命を絶たれる事となるだろう
そして唯一の回復役で在る聖騎士は、その身を魔光の鎖によって動きを封じられている
後は、ただ待つだけで事は終わる。──はずだった

>「――解毒を!」

始祖と呼ばれるほどの毒素を受けて尚、レクストは此方の操る飛行剣へと魔導の弾丸を撃ち放った
だが、所詮は魔力を媒体とした術式で構成された力。波動を帯びたアハトに通じるはずもない
──しかし、フィオナへと推進した浮遊する剣は軌道を逸らされ、大理石へ深々と金属音を反響させ、突き刺さった

(──今のは……そうか。ベース素体アーレフ……俺の身体では、完全適合は叶わなかったようだな。
……魔の破壊を概念に計画された"ファルヴァルシ/神の影"、魔光波動……所詮は未完の力、か。)

飛行剣を無力化したのは波動が未完成だからか、それともレクストの何者にも揺るがされない強靭な意志に依るものなのか
今の自身には理解するには至らないが、少なくとも胸部は切り裂かれ、腹部を貫通された状態では、正確に波動を操ることも困難であるのだろう
徐々に視界は鮮明さを失い、身体からは力が抜けてゆくを感じる
出血を止める術が無い以上、自身が地に脚を付けていられる時間は僅かだ
元より自身の"墓"として決めていた"虚空の間"。想定外の事態が起ころうと、それらは些細な事象でしかない

気取られぬよう三人を視界に収め、再び剣を強く握り直すと、前へ一歩を踏み出した
──突如、オリンの全身が内側から灼熱の如き炎が迸るように、その身を黒い何かが立ち上った
同時に、手にしたシュナイムの刀身が灰のように崩れると、緩やかな曲線を帯びた長刀へと姿を変える
肌を晒した部位からは経脈が浮き上がり、薄っすらと身体に刻印された紋様は徐々に黒く染まってゆく
そして、背面から大量の血が一対の翼を描くように勢い良く噴出した

湧き上がる力には覚えがあった。"王理の間"にてルキフェルから手渡された黒い石
彼はこう呼んでいた。──"神魔の石"。神の力や、人間の罪が封じられた禁忌の石だ、と
溢れる力と共に自身の"何か"が、失われてゆくのを感じる

(……これも計算の内か。駒には相応しい最後……言う事か。)

ルキフェルの思惑を確信して尚、彼に動揺は感じられなかった
与えられた役割を理解し徹底することで、人として不要な部分を排除してゆく
それが、あの男の"剣"として最も相応しい姿である──と

>「ルキフェル……には、手を出さないで。お願い……貴方達では」

瀕死の状態であるバルバに視線を向けると、嘗て人間で在った本来の姿を取り戻していた
その表情に殺意や悪意は無く、永劫に渡る呪縛から開放された一人の人間だった

「……哀れな女だ。」

灰化するバルバに背を向け、吐き捨てるように呟いた
彼女が戦力から消え去った今、剣を振るえるのは自分以外に存在しない
三人の内、現時点で最も排除すべきは水中花であるだろう。しかし、彼は論理・合理性よりも感情を優先した
敗北を喫した"あの日"の再現を、剣帝が剣鬼超えるときを、自分の中の全てが、肯定した

「……7年前、お前の母が魔に侵された"あの日"。憤怒を剣へと乗せた一撃は、剣鬼と呼ぶに相応しい強さだった。
お前は剣鬼に匹敵する力を──奴を超えられるのか。……いや、超えて見せろ。7年前の……"あの日"の続きだ。」

レクストへ向けた言葉。言い終えると既にオリンの姿は、其処には無かった
自分の命はもう半刻と持たない。ならば、いま自分が最も求めるものとは、7年前に敗北した剣鬼との再戦を望むだろう
母の死を再度目にし、乗り越えた彼は既に剣鬼に匹敵するほどの戦士だ。今在る全てをこの太刀に乗せる

──殺意を、憎悪を、存在する負の全てを

自身にとって勝敗は然程の価値も無い。ただ、超える為だけの戦。剣鬼を、その志を継ぐものを
音も無くレクストの眼前に迫ると、腰を捻り居合いの如く太刀を横一線に薙ぎ払った

【ルキフェルに渡された黒い石により力を限界以上に引き出し、レクストに切りかかる。】

144 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/12/27(月) 02:32:13 0
>「ギルバートさん。少しで良いので此処とあの遺跡とを"繋げて"下さい!」
>「大丈夫だ。繋がったよ!」

フィオナの裂帛に呼応して、世界は"繋がる"。
絶対浄化の聖域への道が開かれ、『侵食毒環』――毒の大気が更に侵食されていく。
やがて、レクストに光が戻ってきた。

「っへ、見やがれ剣士……!こいつが俺達の!重ねた刃の重みだ――っ!」

膝に力を入れれば思うように立てる。足の裏は十全に床を踏みしめ、オリンへ向かう力をくれる。
追い風を受けている気分だった。高揚し、煌々と照る意志を秘め、今の自分ならなんだってできる。何にだってなれる。

>「あがぁぁあああああああああああ!!」

背後ではギルバートが魔族を貫く黒刃を握り、そこに感情を注ぎ込んでいた。
追加で膨大な"力"を得た魔剣は膨張。貫通していた腹部を更に崩壊させ、魔族の女に致命の損傷を与えた。
末期の最期の断末魔の如く、その身から血潮のように迸る茨の束は、しかしレクスト達を害することはなかった。

>「ルキフェル……には、手を出さないで。お願い……貴方達では」
(な、人間なのか……!?)

暴走する自らを抑えこむように像を結んだのは一人の女性。神秘的な美貌を持つ、海のような女。
魔族であったはずの女は、それでも最期にはヒトとして微笑み。やがてその肉体を崩して大理石を溶かした穴へ消えていった。

>「……哀れな女だ。」

背後を突き刺すように、聞こえた言葉が神経を撫ぜる。
弾かれるように踵を返せばそこには胸と腹から出血しつつも覚束ある足取りで構えるオリンがいた。

「あの魔族の為に否定してやろうとは思わないけどなあ、お前がそれを言うなよ」

向き直り、敵対意志を内包した視線でオリンを射抜く。
剥き出しにした犬歯と、怒らせた肩。前傾の姿勢はいつでも臨戦に入れるように。

「――それはお前が一番、言っちゃいけない言葉だろうが……!!」

言葉を受けてか受けずかオリンはゆらりと体を揺らし、挙動を新たにする。
呼応。握った剣――先程までとは違う、緩やかでしなやかな長剣に身を寄せるようにして構える姿は、当千練磨の剣客のそれ。

145 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2010/12/27(月) 02:33:18 0
>「……7年前、お前の母が魔に侵された"あの日"。憤怒を剣へと乗せた一撃は、剣鬼と呼ぶに相応しい強さだった。
  お前は剣鬼に匹敵する力を──奴を超えられるのか。……いや、超えて見せろ。7年前の……"あの日"の続きだ。」

「親父のこと、知ってるのか。いいぜ、そういうのは大歓迎だ――言うよりよっぽど分かりやすい」

黒刃は壁に刺さったままだ。得物はこの手に担う剣付魔導砲と、アインから託された手砲のみ。
それでいい。オリンの意志に応えるには、"剣士の戦い"に呼応するには。――感情を食らう剣は、あまりに無粋で場違いすぎる。
勝算があったわけではない。むしろこれまでの戦歴を鑑みれば、負けっぱなしのレクストに分は薄い。それでも。

――戦意を、理想を、内包する正義の全てで。

「すまねえ駄犬、騎士嬢。もう少しだけ、俺に無茶させてくれ」

オリンに抗わなければ、戦士として死に体だ。敵を越える力がなければ、何一つ護れないから。
剣士は巧妙な絶足術で滑るようにレクストに歩み寄ると、流れるように太刀の一撃を放つ。
横に薙ぐ一閃。刀身の反りを利用した、神速の抜刀術。反応外の剣速に、応じたのは反射を超えた挙動。

「――っ!」

限界まで研ぎ澄まされた感覚は、"抜刀の予備動作"を目敏く察知し対応する。
魔導鋼で鍛造されたバイアネットの柄尻を剣先に合わせ、軌道を逸らす。擦過する金属同士が火花を散らす。
受け止めるつもりだった。受け止めきれる軌道だった。しかし現実、逸らすのが関の山なのは想定外のオリンの膂力による。

(なんだこの力……!?持久戦に持ち込まれたら削り殺される!)

なれば短期決戦。靴裏に噴射術式を描き、加速した足刀でオリンの足元を刈る。
同時、"聖剣"の奇跡を流用しバイアネットの刀身を一回り巨大化させた擬似的な刀身を展開。
純白の軌跡を描きながら、唐竹割りの軌道でオリンの頭上へ斬撃を降らす。

「お前が昔親父と何があったか知らねえけど、俺を侮るんなら――せいぜい痛い目見やがれ!!」


【オリンと交戦開始。横薙ぎをバイアネットで逸らして足払いから唐竹割りの一撃】

146 :オリン ◆NIX5bttrtc :2010/12/27(月) 20:33:14 0
標的の首を捉えた横薙ぎの一閃は、バイアネットの砲身により軌道を逸らされた
戦場に置ける人の感覚とは、至極鋭敏である。普段のそれとは比較にならないほど、五感は研ぎ澄まされる
現に、"虚空の間"に着いたときよりも彼の顔つきは変わり、纏う雰囲気は"剣鬼リフレクティア翁"そのものだった

太刀を振り抜いた隙を見極め、レクストはブーツに術式を起動する。一瞬にして間合いを詰め、オリンの足元を薙ぎ払った
石畳を軽く弾き、紙一重で回避する。太刀を切り返し、再び相手の首筋を捉える。右側面の下段から、黒い光が霧散する

>「お前が昔親父と何があったか知らねえけど、俺を侮るんなら――せいぜい痛い目見やがれ!!」

(──速い……!!)

自身の切り返しを上回る速度で、レクストは上段からバイアネットを振り被った
──それは、"あの日"と同じだった。剣鬼の、あの一太刀と
しかし、今は嘗ての様な未だ人間味を残した自分とは違う。"剣帝"の名に恥じぬ戦闘力を得た
軌道は見える。回避は可能だ。最小限の動作で交し、生物であれば必ず生じる隙を捉え、斬る

頭上から迫る巨大化した刀身を迎え撃つべく、左手に持つ太刀を自身の眼前へと移した
剣鬼の気迫と重なるこの男の太刀筋は、受け止める事は極めて困難だ。ただ、受け流す。それだけで十分だ

「──!!」

互いの刃が交差する瞬間、何かが頭に響き渡った
音なのか、声なのか、それともただの幻聴なのか。だが、確かに聞こえてきた
──声が。女性の声が。聞き覚えの在る声質で、懐かしくて、優しい声が

一瞬の思考の中断。生じた隙は斬撃の全てを浴びる贖罪
レクスト=リフレクティアの全身全霊を乗せた一撃が、オリンの身体に袈裟切りの如き軌道を描く
左肩口から右脇腹にかけて裂かれた箇所から血が勢い良く噴出し、大理石へと滴り落ちる
足元は一瞬にして深紅に染まり、血の臭いが辺りに漂う

オリンは太刀を床へ突き立てると覚束ない足取りで後ずさり、背を壁に預けた
視界は乱れ、手や足にはもう殆ど力が入らない。現実を映す景観は遮断され、代わりに何も無い空間が広がる
光を失った世界は、漆黒の闇。黒き世界に、不意に映る"あの人"の姿
彼女の瞳は悲愴に満ち、憐憫に溢れていた。人の道を捨ててから、笑顔は見ていない

最初から分かっていた。望んでいないということは。現実を受け入れられなかった自分は、修羅に堕ちる事で己を満たしていた
手を穢し、他者の生命を蹂躙し、友を殺してまで、眼を背けていた

「……フフ、今この瞬間に、止める……か。……無様だな、俺も……。
……後悔は無い。だが、剣鬼に叶わなかった事だけが、心残りではあるがな……。」

虚空の間に広がる灰色の空を、何も映すことの無くなった瞳で見上げ、自嘲気味に呟いた
魔道に堕ちたときから、その表情は常に翳りが消える事は無かった
だが、これから死に逝く者の顔にしては、酷く穏やかだった。何かが、抜け落ちたように

「……今のお前なら、ルキフェルと対等に……いや、それ以上に戦えるだろう。
……ルキフェル、先に逝っている。──、お前の所へ行くのは……もう少し、時間が掛かりそうだ……。」

彼女の名は、雑音に紛れて掻き消された。瞳孔から光は消え、軸を失った身体は正面へと倒れ、剣帝は地へと伏した
金属音と共に銀色のリングが大理石に弾かれ、レクストの足元へ転がり落ちる
過去の憧憬を垣間見たときに握られていた、ペンダントに通された銀色の指輪
刻印された文字と埋め込まれた宝石は鮮血に濡れ、涙のように溢れ、流れ落ちていた

──その姿は、まるで誰かが泣いているかのようだった

【オリン死亡。刺さった二振りの太刀は"丸盾代わりに拾う"or"スルー"のどちらでも構いません。】

147 :フィオナ ◆tPyzcD89bA :2010/12/31(金) 20:52:22 0
「……ないで。」

絡み合う剣と刃。互いの骨肉を削りあう死闘。
身を拘束する魔光の鎖はすでに解かれ、行動を縛るものは何も無い。にも関わらずフィオナは動けなかった。

レクストとオリン。
彼我の実力差を考えるならば、今すぐ剣を取り加勢すべきなのは間違いない。
それでも、それでも二人の間には余人が入り込んではならないような、ある種の神聖さがあった。
故にフィオナは胸の前で両の手を組み、唯々祈ることしか、声を送ることしか出来ないでいた。

「――負けないで!」と。

勝利の女神が微笑むのは常に片方。
両脚で立つ剣鬼と仰臥する剣帝。継ぐ者と統べし者、その戦いの幕は下りた。

「お疲れ様ですレクストさん。もう剣では敵わないかもしれませんね。」

激闘を制したレクストの下へ歩み寄り、軽口一つと"治癒"をかける。
見たところ外傷は無さそうだが、毒で焼かれた内部までは確認のしようが無いからだ。

「貴方も……お疲れ様です。」

次いで伏したオリンへと向き直る。
既に息は無い。最初は味方として、後に強大な敵として、剣を交えた相手だが不思議と恨みも怒りも無かった。
一度命を救われているからだろうか、それだけでは無い様にも思える。

「私たちが勝ちを拾えたのは紙一重でした……。それ程に強かった。」

オリンの顔に付着した血を手拭いで丁寧に拭い取り、開いたままの両目へと腕を伸ばして瞼を閉じる。
穏やかな死に顔。今際の際に紡がれたのは誰の名だったのか。

己の命を賭してまで見ず知らずの自分達を救ったオリンと、剣の赴くままに幾千もの屍山を築き修羅になろうとしたオリン。
一体どちらが本当の彼なのか、今では知る術も無い。だが光と闇、矛盾した両方を併せ持つのがヒトなのだろう。
傍らに突き立つ二振りの長刀を見つめながら思う。

「オリンさんの"想い"は置いていきます。それは貴方だけのものだから――」

二振りの内片方を引き抜く。

「――ですが、"力"はお借りします。一時とは言え、貴方は確かに戦友でしたから。」

掲げた太刀を額の前で垂直に立てる。剣礼と呼ばれる騎士の誓い。
柄元から切先まで一体形成の長刀が澄んだ音を奏でた。


「お待たせしました。それでは行きましょうか、ギルバー……えぇっ!?」

オリンとレクストの母、さらには名も知らない女魔族。三人分の祈りを捧げ振り返る。
しかしそこに居たのは何時もの飄々とした人狼の青年では無い。代わりに薄絹一枚を纏った妙齢の美女。

先程まで厳かに本来の職務をこなしていたフィオナの驚愕の声が虚空の間に木霊した。

148 :マダム・ヴェロニカ ◆tPyzcD89bA :2010/12/31(金) 20:59:58 0
「こっちの準備は整ったよ。」

ほっそりとした白磁の指を床に這わせ、ギルバート改め、マダム・ヴェロニカは全ての準備が整ったことを伝える。
レクストはとにかくとして、フィオナは別人だと気づいていたような節があったが随分と驚かれたものだ。

「あとはソレから魂を取り出せば"門"も無事に戻るのだろう?」

虚空の間を抜けた先にある一室。
亡き聖騎士、マンモンが使っていた部屋。
それなりに広い間取りではあるのだろうが、今は中央に鎮座する水晶のせいか窮屈に感じる。

恩師の使っていた聖書を片手に、フィオナが聖句を朗々と紡ぐ。
響き渡る言葉に応じるように聖書の頁が独りでに捲られ、一枚ずつ宙へと舞う。
やがてそれは水晶の周りを縫うように飛び交うと、水晶へ張り付き、光ながら溶け込んでいく。

「へえ……。」

僅か一瞬だが目を見張るその光景に知らぬ内に感嘆の声が漏れていたようだ。
最終頁が光とともに消え、暫くして水晶に異変が起こる。
ピシリと一筋の亀裂が入り崩壊を始めた。

"門"は空中に静止したまま、周りだけが溶け落ち、剥がれ、崩れていく。
最後の一片が床に消えるのと同時に、ミアの体が支えを失い落下する。
それを眺めながらマダム・ヴェロニカは動かない――誰かが受け止めるだろう。
"門"の守役を騙った自分にはその資格が無い。

「さてと、これでルキフェルと戦うための手札は全て揃ったねい。
 早速、"神戒円環"の機動準備に取り掛かるとしようか。」

表情だけを笑みの形に変え、マダム・ヴェロニカはレクストへと語りかける。
それにはすなわちアインとセシリア、双方と連絡を取る必要があるからだ。

「さあ。ヒトの手で――神殺しと洒落込もうかねえ。」

149 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2011/01/03(月) 07:07:36 0
マダム・ヴェロニカの教えと、フィオナの聖光、そしてレクスト本人の剣術。
三位を一体にした一撃はオリンの剣を越え、その先の生身を穿つ。袈裟斬りに叩き切る。
血潮と共に膂力の全てを失ったオリンの体は風前の紙細工のように飛び、しかし地から足を離さない。
それは矜持かはたまた維持か。人外の武を極めた剣士は得物に体を預け、ゆっくりと床に滑り落ちた。

>「……フフ、今この瞬間に、止める……か。……無様だな、俺も……。
  ……後悔は無い。だが、剣鬼に叶わなかった事だけが、心残りではあるがな……。」

(なんだこの手応え……まさかこいつ、もう――)

オリンの瞳は灰色に濁り、瞳孔が開ききっていた。生気のない、正しく死に体の眼。
何も写すことのないその視線は床を刺し、やがて焦点の合っていない虹彩がこちらを捉えた。
浅い呼吸は、たった今まで臨戦にあった人間のそれではなく。ゆっくりと、静かに冷たくなっていく魂の受け皿。

『オリンは既に死んでいる』。
ただ戦闘に滾った魂の、余熱のようなもので息をしているに過ぎない。生物として死に体だ。
いずれ冷める。やがて冷える。全ては終わっていた。ユスト=オリンという人間の、人類の、余韻。
死に臨してなお言葉を残そうとするのは、紛れもなくヒトとしての意志であり、自らの遺志だった。

>「……今のお前なら、ルキフェルと対等に……いや、それ以上に戦えるだろう。
  ……ルキフェル、先に逝っている。──、お前の所へ行くのは……もう少し、時間が掛かりそうだ……。」

「……アンタは、何を視ようとしたんだ」

返答はなく、オリンは今度こそ事切れていた。
乾きゆく体がゆっくりと床に吸い込まれるように倒れ、床に反射した金属製の何かがレクストの足元まで転がってきた。
銀のリング。オリンがいつも身に付けていた、鎖を通してペンダントに変えた指輪。
主の血を受けて涙のように光り、慟哭するように震えた。

>「お疲れ様ですレクストさん。もう剣では敵わないかもしれませんね。」

「アンタならもっと上手くやれたさ騎士嬢。初めからこいつ、ここで死ぬ気だったんだ」

オリンの最後の剣は全身全霊だったがそれ故に、全ての命を燃やし尽くしてその一撃に乗せていた。
あの剣がレクストを断とうが経つまいが、同時にオリンもまた亡骸へと変わっていただろう。
そしてオリンが完調であったならば、レクストなど相手にもならなかったはずだ。最初の一撃の時点で、既にオリンは瀕死だった。
それほどまでにして果たしたい雪辱。リフレクティア翁との因縁。それについて訊くことは適わなかったが、それでも。

「こいつは借りてくぜ、ユスト=オリン。アンタの魂を、一緒に持っていく」

床に転がる指輪をレクストは拾い上げて、それを握ったままオリンの亡骸に十字を切った。
装甲服の胸ポーチに放り込む。左胸、心臓に最も近い場所。彼の遺した遺志を、魂を。繋ぎ止めておけるように。
オリンの魂は持っていく。そして、

>「オリンさんの"想い"は置いていきます。それは貴方だけのものだから――」

結局誰にも漏らさなかった、しかし確かに秘めたる想い。記憶と思い出。
それはここで彼と共に在り続けるべきだと、フィオナはそう言った。
二刀の片割れをフィオナが引き継ぎ、一行は踵を返す。かつて刃を揃えた男の物言わぬ亡骸に、背を向ける。

残ったもう一振りの長刀は墓標のように、褪せぬ輝きを放ち続けていた。

>「お待たせしました。それでは行きましょうか、ギルバー……えぇっ!?」
「ん?駄犬がどうかしたか――って、何ィィィィィィ!?」

ギルバートはいなかった。代わりにそこに居たのは、列車で邂逅し酒場で再会した妙齢の美女。
マダム・ヴェロニカ。『さっきまでのギルバートと同じ』、鉄扇を得物とする女傑である。

150 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2011/01/03(月) 07:10:03 0
虚空の間の奥にある、聖騎士マンモンの自室。

魂を分離する術を持っていた彼が、ルキフェルから守るためにミアの魂を封じた部屋でもある。
地下から転送してきたミア入りの水晶の前で、フィオナが聖句を吟じれば、解放の術式が作動し内部のミアに生気が戻った。
同時に生者を受け付けぬ封印水晶が爆ぜ、弾け、融解する。うず高く積まれた破片の山へと変貌する。
久方ぶりの外気に晒されたミアの体がやがて支えを失って膝から崩折れる、その前にレクストが腕を出した。
風を擁するように、抱き止める。遅れて髪が肩に落ちる。柔らかい感触。血の通った、温度のある矮躯。

(生きてる……息をしてるぞ……!)

>「さてと、これでルキフェルと戦うための手札は全て揃ったねい。
  早速、"神戒円環"の機動準備に取り掛かるとしようか。」

再会と救出の喜びも束の間、ギルバートに成り代わっていたヴェロニカがゆっくりと進展を促した。
本物のギルバートがどこへ行ったか気にならないわけではないが、ヴェロニカの心配要らない旨の言葉を今は信じるしかない。
同時に得心も行っていた。どうにもいつからかギルバートの挙動に違和感があったが、その正体見たり。

>「さあ。ヒトの手で――神殺しと洒落込もうかねえ。」

「あっ、俺が言いたかったのにそれ!」


さて、無事救出したミアを抱え、(長らく魂が抜けていたので消耗しているのだろう。意識はまだ戻らなかった。)
一行は来た道を戻る。オリンと魔族の亡骸を残す虚空の間に再度立ち入る。

「帰るぞ黒刃」

魔族を殺したまま壁に突き刺さっていた魔剣は、レクストの言葉に反応して柄尻の封印帯を伸ばした。
レクストの空いた方の腕に素早く巻きつくと、ひとりでに縮んで魔剣を牽引する。鎖鎌を手繰り寄せるように魔剣は腰に収まった。
感情が作用して槍と化していた刀身はもとの剣に戻り、しかし今は沈黙している。
ミアを助けだしたことでレクストの脳裏からは一切の負の感情が消えていた。実に単純な男であった。

やがて、彼らが天帝城へ乗り込むのに使った厨房の大かまどに至る。
果たしてセシリアは未だそこで待っていた。アインを収納した鞄も傍にある。

「あれ、先に帰ってるんじゃなかったのか?」

「と思ってここのSPINを弄って、外の転移網に繋ごうと思ったんだけどね。さっきからやってるんだけど、無理だった。
 転移術自体には互換性があるから術式同士が断絶しているわけないはずなんだけど……転移先の魔導循環が上手く機能してないのかな」

「一人言いってるんじゃねえのなら理解できる言葉で喋ってくれ」

「帝都全体のSPINが停まってるみたい」

「なるほどわかりやすいぜ!――ってそれめちゃくちゃ大問題じゃねえのか!?」

SPINは帝都の主要交通網である。半日停止するだけでもリフレクティア商店が100は賄える額の損害が発生する。
当然のことながら帝都の技術局は全身全霊でこれの維持に当たり、あらゆる事態に対応できるプロテクトが幾重にも施されているのだ。
その全ての機能が破綻し、かつ循環する魔力を根こそぎ破壊するほどの力がなければ帝都のSPINは停まるものではないのである。
つまり、外は未曾有の大災厄。あるいは、意図的にSPINを停めようとし、またそれを実行できるほどの力を持った勢力の存在が浮上する。

「……それを出来る連中を、一つだけ知ってるぞ」

ティンダロスの猟犬。"魔"を打ち消す鎧を纏う、黒騎士達。
彼らならば魔力を礎にしたプロテクトなどものの数に入らないだろうし、何よりそれをするだけの理由がある。
皇帝直属の、走狗たち。

「陛下が、一枚噛んでる」

猟犬についての概要を聞いたセシリアが、ゆっくりと吐き出すようにして言った。

151 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 :2011/01/03(月) 07:11:45 0
皇帝。皇帝陛下。帝国の最高権力者にして、地獄侵攻計画の立役者。

「ルキフェルと陛下は繋がってる。現世サイドの皇帝と、地獄サイドのルキフェル。彼らは共謀し、結託して混沌を産み出そうとしてる。
 現世から地獄に攻め入る傍らで、この帝都にも地獄を創り出す――『地獄の再現』。君たちなら、覚えがあるでしょう?」

地獄の再現。
現世の土地を地獄化させる、異形の所業。

「『ヴァフティア事変』……!!」

「そ。半月前に起こったあの事件は、『深淵の月』を使ってヴァフティアを地獄に変えようとしたあの事件は。
 ――今日この日の為の予行演習、って見方も出来るね」

「外はどうなってんだ!市民は!街は!みんな生きてるのか!?」

「分からない。だけど、あまり芳しくはないだろうね。私たちがここに孤立してしまったのも、
 視点を変えれば城に封じられてると言えなくもないよ。陛下とルキフェルの提案かわからないけど、随分と嫌われてるね君たち」

レクストがあまりにも深刻な顔をしたのを見たのか、セシリアはとにかく、と話題を強引に戻す。

「"門"が戻った以上、私たちにも戦えて、私たちにしか戦えない。ひとまずここを暫定の作戦本部にして、
 城内で陛下を探そう。おそらくルキフェルもそこに居る。これを持って行って」

セシリアがヴェロニカやフィオナも含めた三人に差し出したのは胡桃大の珠。一人にひとつずつ、三つが手のひらに乗っていた。
内部に光を灯し、ゆっくりと明滅している。

「これは"マーカー"。中に魔力を込めてあって、物体にぶつけると付着して特定の魔力波長を送信し続ける発信器になるんだ。
 『神戒円環』の発動局所場指定をこれで行う。――平たく言えば、これをぶつけた相手に神戒円環が発動するってこと」

急拵えだから三つしかないけれど、とセシリアは続け、

「陛下もルキフェルも、天帝城の中にいるはずだよ。おそらくこの城の中だけが、地獄化の例外設定をされてる。
 陛下の計画では、この城を地獄侵攻の前線基地にするつもりだったそうだから、ここをなんとしても維持したいはずだからね」

城を上へ上へと登っていけば、いつかは辿りつく。
帝都でもごく限られたもののみが足を踏み入れることを許された、禁断の領域。
真実へと至る道。

「は、はは……どんどんスケールが大きくなってくな。魔族云々だけでもお腹いっぱいだってのに、今度は陛下かよ。
 そのうち世界を救えとか言われ出すんじゃねえだろうなあ!」

震えが来た。両の肩にかかる重さは、半月前の比ではない。
あの時は、目の前に見えるものだけを守るので精一杯だった。誰もそれを責めはしなかったし、已む無きことでもあった。
だが、今は違う。全帝都民と、帝都の街の命運がかかっているという、自覚がある。ことの大きさを認識できてしまう。

「上等だ……!世界を護れと言うのなら、完膚なきまでに護ってやるぜ。
 後悔したくねえのなら、この一瞬に全てを賭けて護り抜く。刮目して見てろよ、この俺の――"俺達"の!」

両手の重さを原動力へ変える為に。

「――最高にカッコ良いところをな!!」


【ミア救出作戦完遂!】
【セシリアの提案:天帝城を上に登っていって、皇帝とルキフェルを探し出す。マーカーをぶつけて神戒円環のロックオン】
【アインさんそろそろ起きて欲しいな!】

152 :フィオナ ◆tPyzcD89bA :2011/01/06(木) 21:09:46 0
『陛下が、一枚噛んでる』

無事ミアの救出を遂げ、後続が待機する厨房まで戻ってきた一行。
其処で待っていた魔導士、セシリアはレクストとの遣り取りを経てそう結論付けた。

「やはり……そう考えざるをえませんよね。」

フィオナも同意を返す。
直属部隊たる猟犬の暗躍や、帝都の惨状に反し温存されている騎士団。
他の誰でも無い。皇帝自身が現在の状況を望んでいたのだとすれば全てに説明がついてしまうのだ。

『ルキフェルと陛下は繋がってる。現世サイドの皇帝と、地獄サイドのルキフェル。彼らは共謀し、結託して混沌を産み出そうとしてる。
 現世から地獄に攻め入る傍らで、この帝都にも地獄を創り出す――『地獄の再現』。君たちなら、覚えがあるでしょう?』

言われるまでも無く記憶に新しい。
フィオナが帝都へと赴く切欠となり、今尚その傷痕を残す『ヴァフティア事変』。
苦々しくその名を口にするレクストの気持ちも痛いほど判るというものだ。

『外はどうなってんだ!市民は!街は!みんな生きてるのか!?』

全ては今日、この日の為の予行演習かも知れない。というセシリアの言にレクストが猛然と噛み付く。
返る答えは不明。帝都中のSPINが停滞している今、外の様子を伺い知ることが出来ないからだ。

「ルミニアの神官戦士団が動いてくれている筈……それに従士隊やハンターギルドの皆さんも居ます。
 ですから今は私達に課された役目を果たしましょう。」

帝都に住むレクスト程では無いにしろ、僅かな滞在期間ながら幾人かの知己は出来た。
無愛想ながら人の良い『銀の杯』亭の主人や豪放なグランディール、聖女ティエナとその付き人、ラ・シレーナの面々。
そういえばジェイド救出の際に見逃してくれた二人組みの従士は無事だろうか。
皆の顔が、声が思い出される。しかし進まなければならない。

『"門"が戻った以上、私たちにも戦えて、私たちにしか戦えない。ひとまずここを暫定の作戦本部にして、
 城内で陛下を探そう。おそらくルキフェルもそこに居る。これを持って行って』

セシリアが差し出す小さな珠を包むように受け取る。
曰く"神戒円環"発動のために必要な"マーカー"。三つの内どれか一つをルキフェルに当てれば良いという事だろう。

『は、はは……どんどんスケールが大きくなってくな。魔族云々だけでもお腹いっぱいだってのに、今度は陛下かよ。
 そのうち世界を救えとか言われ出すんじゃねえだろうなあ!』

震えるレクストの声。

「ええ……救って下さい。いえ、救いましょう!私も最後までご一緒いたします。」

フィオナも震える声で返す。

『上等だ……!世界を護れと言うのなら、完膚なきまでに護ってやるぜ。
 後悔したくねえのなら、この一瞬に全てを賭けて護り抜く。刮目して見てろよ、この俺の――"俺達"の!』

『――最高にカッコ良いところをな!!』
「セシリアさん、ミアちゃんをお願いしますね。共に帝都を、いや世界を救いましょう。」

気合充分に独りポーズを取るレクストを置き去りに、フィオナは最高の魔導士へミアを託す。
後ろではマダム・ヴェロニカがやれやれと肩を竦めながら――締まらないねえ。と笑っていた。


【アインさんそろそろ起きて欲しいな♪×2】

153 :ルキフェル ◆7zZan2bB7s :2011/01/06(木) 21:46:34 0
―バルバとオリンから発せられていた命の音が止んだ。
ルキフェルは無表情でその結末を感じ取り、そしてようやく笑みを浮かべた。
レクスト。そして、マダムヴェロニカとフィオナ。
彼らは無事”門”を救出し、やがてこちらの居場所を突き止めるだろう。

皇帝を前に、ルキフェルは小さく会釈をし傅いた。
音もなく現われたルキフェルを皇帝は覚悟していたように思えた。
剣を引き抜き、そしてルキフェルと対峙する。
「私を、殺しに来たのか。やがて――全てが終わる。
最早私の利用価値も無いというわけだな。
貴様は道化に過ぎん。そして私も同様、歴史の駒でしかない。」

自嘲なのか、それとも怒りなのか。皇帝の目には一筋の光が
宿っていた。それは地面に雫のように落ち、赤い絨毯を濡らす。
ルキフェルは鼻歌を歌いながら皇帝の目の前に立つ。
そして剣を皇帝の手から奪い上げると、それを目の前で真っ二つに破壊してみせる。

「貴方を殺す?何故そのような愚かな真似を?私が?
フフ、そんなことはしませんよ。貴方には全てを見届ける義務があるんですから。
最後まで、見届けて下さい。それが、この国の皇帝である貴方の運命です。」

レクスト達を迎える為にルキフェルは踵を返し歩き出す。
皇帝はその背中に言葉を投げかける。
最後まで疑問に感じていた言葉を。

「貴様は――本当は何者なのだ?”魔族”である事、
そしてルキフェルという名も――偽りだとあの聖騎士(マンモン)から聞いた。
貴様は神ではない!!ならば、何なのだ!?
お前は、一体――」

ルキフェルの体がやがて影の中へ消えていく。
そしてそれは小さく声を上げた。


「私はただの道化です。それ以下でもそれ以上でもありませんよ。
それでは、皇帝――”ごきげんよう”」


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