■ダークファンタジーTRPGスレ 5 【第二期】■

1 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage]:2010/06/03(木) 22:34:55 0
前スレ
■ダークファンタジーTRPGスレ 4 【第二期】■
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1263225913/
■ダークファンタジーTRPGスレ 3■
ttp://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1256908002/
■ダークファンタジーTRPGスレ 2■
ttp://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1252208621/
■ダークファンタジーTRPGスレ■
ttp://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1245076225/


避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/study/10454/

千夜万夜まとめ
ttp://verger.sakura.ne.jp/top/genkousure/daaku2/sentaku.htm


※ダーク避難所は外部です。なな板の同名スレについては使用せず、またその内容は単に拘束力の無い雑談として理解して下さい
2 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/06/04(金) 00:51:09 0
アインから放られた羊皮紙を諸手で受け取り、順を追って目を通して行く。
彼の提示した『神戒円環』の草案とは、つまるところ『自壊円環』の真逆をなぞる理論である。

『自壊円環』が土地を強引に重ね、融合させることで『無限の有』を構築する術式であるならば、
『神戒円環』は空間を強引に裂き、分離させることで『極限の無』を生み出す術式。
その性質は正しく世界の"掛け算"と"割り算"。故に、術式そのもののシステムは同じものを共有できる。

(なるほど『異端』……正道を進むならば到底至り得ない発想。これが、『持たざる者』の極致――!)

内心で舌を巻く。
アインが一連の事件の過程で『自壊円環』の内容を知ったとするならば、彼はたった半日でこれほどの理論を組み上げたことになる。
術式学を修めたセシリアですら、ルキフェルによってもたらされた発想の種を術式として纏め上げるのにたっぷり半月はかかったというのに。

読み進める。羊皮紙に記されているのは、『神戒円環』の暴発を押さえ込む為の制御方法案。
魔術、聖術、錬金術、果ては道術や遁術、呪術といった古今東西の魔法技術的見地から見た制御術式の数々。
それらは、一つ一つの記述こそ『自壊円環』の制御を研究する段階でセシリアが調べ尽くしたのと同じ内容であったが、
術式同士の組み合わせや呪法特性などによって最大限の効果を発揮できるよう巧みに構築されている。

「うん、これなら範囲を極限まで狭めた術式の暴走を『封殺』する形で抑え込められそうだね――――」

紙面を見つめる視界の隅に、ふと不穏な文字列を見かける。瞬きを繰り返して、もう一度筆記を追う。
アインの言う『制御』は言わば術式の内容に干渉するのではなく起こした現象そのものを別の統御術で押さえ込むという、言わば『力技』。
それを成立させるには、必然莫大な『力』を用意する必要がある。一介の術者では到底調達できないような、甚大な魔力が。

『魔力』はごく一部の例外を除いてこの世界のあらゆる人類が平等にその身に宿す力である。膂力や体力と同列と言って良い。
後者二つとの決定的な差異は、『媒体間で力のやりとりができる点』と、『あらゆる力に代替できる点』。
すなわち、他者と受け渡しのできる万能エネルギー、それが魔力なのだが。

(この制御術式が要求する魔力は、個人が運用できる規模じゃない。『命』を全て薪とし炉にくべてようやく捻出される水準!)

それ故に、『生贄』。各方面の術式に関して熟達した腕をもつ者を三人犠牲にすれば、この術式は抑え込める。
単純に、純粋に、純然に、『魔力が足りないから』というただそれだけの理由で、人死になしに『神戒円環』は発動しない。
なるほど、まさしく『神を戒める』術式である。古来から、人は単価の低い人の命を消耗品にしながら神と渡り合ってきたのだから。

安い犠牲だ、と思う。ルキフェルの脅威は最早一国を傾かせるレベルである。
そんな戦略級の、純正の魔族相手に人がたった三人死ぬだけで対抗できるのだから、命を足し引きするならば大黒字だ。
ここで止めねば、もっと多くの人が死ぬ。慈悲なき天秤の上では、ルキフェルにつり合う重さをもつ命など皆無なのだから。

>「『解決策』の当ては……聖術に関しては一人いる。あの男を信用するなら、だが……」

「魔術に関しても当てはいるよ。それと、場合によっては――錬金術も。内輪の人脈でどうにかなりはしそうだね」

セシリアは死生観まで常識と靴先を揃える必要はないと断じている。人を殺すための兵器を開発する身だ。
倫理や道徳とは一線を引いた心の高台に立たねば、いずれ罪悪の水嵩が増して息ができなくなる。
それを人に強要するつもりはないし、そうある自分に一種の矜持めいたものを持っているが、今回に限っては自己の内だけでは処理できない。

人の命は平等だ。平等に『価値がない』。社会にとって価値を有するのは人命ではなく、人が生み出す副産物だ。
『命の値打ち』とは、命を削って為した功績の級。だからこそ、人命を湯水のように消費する戦争が許容される。

(だから、私は躊躇しない。それが例え他人の命でも――業を背負う覚悟がある)

アイン=セルピエロは生贄の必要性を苦々しく吐き捨てたが、セシリアはむしろその事実を歓迎してさえいた。
最後の手段にしておきたいということは、手を選ばなければ今すぐにでも実行できるということなのだから。
3 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/06/04(金) 00:54:26 0
>「成る程、流石は帝都における正道と異端の最高頭脳。」

不意に部屋の隅から声を投げかけられ、臓腑が浮くのを感じる。不穏な気配に、背筋が総毛立った。
腰に下げていた魔導杖を声のした方向へ向け、精査術式を紡ごうとしたところで、機先を制された。

(一体どこから――!! 研究院は技術流出の防止の為に隠蔽検知と悪意封殺の結界が張ってあるのに……!)

姿は見えず、ただ何もない空白から声だけが飛来してくる。
相当の手練だ。このまま音を立てずにセシリア達の口を封じることだってできただろうに、
それをしないのは、敵意がないことを証明する為か。あるいは、圧倒的実力差を知らしめる手口か。

>「帝国には魔が蔓延り、衰退の兆しを見せ、世界は動こうとしております。
  それとともにあなた方のような優秀な人材が散るのは実に惜しい。
  事が成就した暁にはいっそのこと帝国を離れてはいかがですか?
  まだ何処とはお互いの為に申せませんが、それは割符代わり…ご一考ください。」

軽い金属音と共に机に転がったのは銀貨。この国の通貨ではない。人魚の意匠をあしらった、私造硬貨である。
硬貨の出現を契機に気配が消え、それに安堵したセシリアは銀貨を一枚手にとって検める。
側面を見て、その目が驚愕に見開かれた。

『造幣局の印字がある。』

通用しない私造の貨幣にも関わらず、公的な機関から発行されている。
それはつまり、この銀貨の造り主が、帝都の中枢に深く関わり帝都の流通すら掌握していることの証左に他ならなかった。

「他国へ亡命せよ、か……。ルキフェルに喧嘩売ったときから覚悟してたけど、もう嗅ぎつけて来たとはね」

銀貨を摘む指先が震える。手のひらに落として、握りこんだ。拳が白くなるほど握りこんで、掌握する。

「帝都の暗部がパトロンについてくれるみたいだよ。そして私もいいこと考えた。『門』を探そう。
 この"銀貨"の人達の情報網なら『生きていると仮定して』、門の居場所の欠片ぐらいは掴んでると思うから」

それに、と二の句を継ぎ。

「――こういうのにうってつけの人材を一人、知ってる。んー、この時間じゃちょっと早いかな……
 夜を待ってから3番ハードルの『落陽庵』へ行こう。勤務明けの夜はいつも、あそこで酔いつぶれてるはずだから」

"彼"はカウンターの端で、果汁にリキュールを一滴垂らした『いつもの』を飲みながら店仕舞いまでうだっている。
レクスト=リフレクティアがいつもそうやって、勤務明けの手持ち無沙汰な夜を潰しているのを、セシリアは知っていた。

「今のうちに調べられるだけ調べておこうか。"銀貨"の人をこっちから呼び出す方法も知らないし。
 まずは『ヴァフティア事変』――『門』が関わった中で最新の事件からいってみよう」


【生贄には肯定的。『門』の足取り追ってみようぜ。イベント予約:時間軸夜・3番ハードル『落陽庵』】
4 :名無しになりきれ:2010/06/04(金) 03:50:05 0
糞スレ立てんな蛆虫、氏ね
5 :オリン ◆NIX5bttrtc [sage]:2010/06/04(金) 21:22:09 0
落ち合う場所である"銀の杯亭"の酒場へと向かうオリン
気がついたときは、すでに約束の刻は間近だった
扉を開けると、多くの人々で賑わっていた。食事に来たと思しき若い男女。酒を豪快に呷る中年の男
忙しなくフロアを駆けるウェイトレス。厨房で引っ切り無しに来る注文と格闘している料理人

オリンは、ギルバート、フィオナの姿を視認すると、それらを掻き分けながらテーブルへと進んでいく
まだ卓上には何も置かれてなく、微妙な沈黙がこの場を支配していた
空いている椅子に腰掛ける。レクストは、まだ来ていない様だ

──入り口から豪快に扉が開く音がした
腕を剣に巻きつけたままの格好で、レクストが此方へと駆けて来る

>「――いやあ悪い、疲れがどっと出たみたいでよ。ついついうとうとしちまった。すまねえ、この通りででででででで」

軽口を叩いてはいるが、レクストは腕を折られている
気取られぬために明るく振舞っているのか、それとも素なのかは、よく分からないが

>「今回の件について、俺から言えることはまだ何もねえ。このあと従士隊の方に情報収集にいくつもりだけどよ。
 ――オリンだったか?自己紹介がまだだったな。俺はレクスト=リフレクティア、帝都で従士をやってる。
 顔は覚えなくていいぜ、そのうち紙幣かコインの裏面に彫り込まれる予定だからな!」

リフレクティア――。何故か、その名に既視感を覚える。しかし、いま思考すべき事ではない

「……俺はユスト=オリン。オリンで構わない。」

一瞬の間を置き、言葉を続ける

「……俺は、ある件を追っている。ギルドなどの仕事絡みでは無く、個人的にな。」

実際、今言えるのはこの程度の事だ
昨日今日見知ったばかりの相手に、自身の記憶が無い事をベラベラと喋る必要は無い
いつ敵対するとも分からない。それに、俺の目的に偽りはない

「……最近、立て続けに帝都近郊で"事"が発生している。ヴァフティア、メトロサウス、エストアリア。
……これらの件は偶然では無い。そして、ある人物が関係していると、俺は推測している。」

ここで一旦、言葉を止めた
相手がどう返すか、オリンは静かに待つことにした――
6 :ルーリエ・クトゥルヴ ◆yZGDumU3WM [sage]:2010/06/05(土) 08:10:34 O
「任務に失敗した?」

一転、目を縫われた少年、皇帝の使者である彼は強く眉根を寄せながらそう言った。縫われた部分が引き連れ、
瞼が少し横に伸びる。ランプの作った陰影が、その動きを誇張する。

「ああ、」
「めくらだからって、嘘を言わないで下さい。あそこに―――」

少年は杖の先を床に転がされた濡れ鼠の死体に向けた。

「―――あそこに転がってる“息づかい”は、何ですか?人間のもののように思われますけど」
「あれは女だ」

女?それはどう言う。と言いかけて、少年ははたと沈黙した。直ぐに表情がいつもの通り、微笑を湛えたものに
戻る。
感情を隠そうとしているのだ。そう推測する。してやられた、と内心では忌々しく思っている事だろう。

「晒し者にされている“男”は居なかった。任務は失敗した。
いや、そもそも成功は有り得なかったと言うべきか」

皇帝には、そう伝えておいてくれ。そう言ってランプに手を延ばし、灯りを消す為、蓋を横にずらす。待ってく
ださい、と少年がようやく声を出す。何か計略に孔を見付けたか、とひやりとしたが、少年の口から出てきたのは単なる足掻き、彼個人の言葉だった。

「何故このような事を?」

答えずに、ランプを消し、少年を外へ追いやる。扉を閉める寸前、久々に個人としての意識を見せた彼に敬意を表して、一言だけ言葉を返した。

「リフレクティアだ、ナイアル。それしか言えない」
7 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage]:2010/06/05(土) 22:55:54 0
それぞれが部屋に入ったあと、ギルバートはニヤリと笑みを浮かべ、自室でグラスにワインを注いでいた。
こうして一人っきりになれたのだから。
オリンとレクストに水をかけたのは何も臭いを流す為だけではない。
腕を折っているとはいえ体力の高いレクストやまだ面識の殆どないオリンを自然にかつ強制的に湯に向かわせる為だ。
フィオナの負傷は重く、一番鼻の利きそうなマリルに押し付けた事によりこちらを探る余裕はなくなるだろう。
ハスタはまだ帰ってきていないが、鉢合わせるとしたらオリンの部屋だ。

誰かが尋ねてくる可能性を排除してようやく、ギルバートは人狼の表情から本来の闇の住人に戻るのだった。
グラスに満たされたワインは水鏡を応用した通信術式。
そこで部下からの報告を聞く。
この数時間で起こった事を。

神殿前広場で何が起こったのかはわからない。
ただ結果として、生存者一人を残し、その場にいた者は全て死に絶えた、という事。
群集に紛れ込ましていた部下二人は、なんのメッセージを残す間もなく死んだのだ。
そこから導き出される答えは…。
ギルバートの眉間に深い皺がよる。

更に報告は続く。
唯一の生存者セシリアはアインとともに研究室に向かったこと。
そして、継続した探査項目であった『門』の行方の中間報告。

「ふ〜〜〜・・・これで15人か。ごっそりと減ったものだ、な。」
報告を聞き終え、ワインを飲み干したギルバートの口からは自嘲めいた言葉が漏れ出した。
ルキフェル、ティンダロスの猟犬、皇帝、そして…
様々な意思が交錯し、事態は急転を迎えようとしている。
予断を許さぬ状況の中で次の一手をどう撃つか。
手札は揃っているとは言い難い中で、切るカードの選択には慎重を要する。
深い深い思考の渦の底に無数の選択肢がたゆたっている。

##################################

銀の酒場亭の済みのテーブルで身支度を整えた一行が揃う。
腕が折れているというのに変らぬから周りを見せるレクストを見て小さくため息をつくと、オリンの言葉を聞く。
個人的に事件を追う身。
そしてあの力量。
上手くすれば良い駒になってくれるだろう。
「まあ、いろいろあったが生きて帰ってこれたんだ。
つまりは『次』の戦いもある。
まずは命の水を流し込んでからにしようじゃないか。」
給仕が持ってきたグラスをそれぞれに配り、一旦流れを切る。

十分時間をかけ果実酒を半分ほど流し込んだあと、ゆっくりとオリンに向け言葉を紡ぐ。
「俺はギルバート。改めて礼を言うよ、オリン。
俺達はヴァフティアから来た。」
ヴァフティアから来た。
これだけでオリンには通じるものがあるだろう。
自分と同じ事件を追っている、と。

「あんなとこ(下水道)まで降りてきたから大体の察しはついていたけどな。
多分俺達はあんたの推測の一歩先。その『ある人物』を追っているんだ。
地下下水道で俺達が這い蹲っている間、その『ある人物』は地上で大暴れしていたらしい。
まあ、間抜けな話しだな。逆に命拾いしたのかもしれんが……。
同じ目的なら協力体制を築けると思うが、まあ、ここで俺達の話を聞くだけでも有益だと思うぜ?
さっきのメイドが持ってきた手紙、それ関係なんだろう?」
オリンへ話し終わると顎でフィオナを促した。
8 :名無しになりきれ:2010/06/07(月) 03:56:16 0
メイド兵
9 :フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage]:2010/06/08(火) 06:12:17 0
「あの……その……、マリルさん……ここまで手伝っていただかなくても大丈夫なのですが……。」

浴槽の湯船の中でフィオナは縮こまっていた。
口まで浸かっているせいか抗議の声もぷくぷくと雑音混じりでいまいち要領を得ていない。

下水道から帰還し、銀の杯亭の扉をくぐったフィオナ達を待っていたのは亭主の刺す様な視線だった。
酒場兼飲食店兼宿屋を営む主にしてみれば、下水の臭いが染み付いた一同は営業妨害以外の何者でも無いのだから無理からぬことだろう。

流石に知らん振りをして話し合いを始める訳にもいかず、「先ず風呂に入れ」というギルバートの鶴の一声により各自部屋へ散って行った。
とりわけ重度の怪我を負っていた事もあり、マリルはフィオナの手助けとして一緒について来たのだった。
浴室の中までも。

「うー……。」

元怪我人の遠慮など何処吹く風といった様子で聞き流すマリルに根負けし、フィオナは小さく呻く。
メイドという職業だからか、それとも本人の資質によるものなのか、マリルの所作は浴室内でも際立っていた。
フィオナの抗議も不快から来たものではない、むしろ痒い所に手が届く程の凄まじく洗練された介護が無性に恥ずかしかったからなのだ。

「あ……ありがとう……ございました。」

一通りマリルに身体を洗われ、湯船の中に戻ったフィオナは再び膝を抱えて縮った。
その体勢をとったことで自然と左腕が目に入る。
噛み千切られた二の腕は"治癒"で復元してあるが傷跡は残っている。
元通りに治すことも出来たのだが敢えてそうしたのだ。

戒め。

弟を救えなかったこと。
仲間を危険に晒したこと。
その後悔を忘れないようにするための一種の呪い。

(ジェイド……)

師の手紙が本当ならば弟は既に人では無い。
外法により二度目の生を植え付けられた不死者、ヴァフティアで会ったレクストの母親と同じ存在なのだ。

ならばどうする、見捨てるか――

そんなことは出来はしない。
護るための力を求めて出て行ったジェイドとは真逆、破壊の限りを尽くす魔へと変えられようとしているのだ。
救わなければならない、姉として弟の魂をだ。

(そのためには)

フィオナは俯いていた顔を上げると立ち上がり、マリルを見据える。

「マリルさん!ルキフェル達の行動で何か新しい情報は――」

そこまで言って、はたと我に返った。
つうっと湯が身体を伝う感覚とマリルの視線。

ざばんっ、と飛沫をあげてフィオナは再び湯船の中へ没した。
10 :フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage]:2010/06/08(火) 06:14:31 0
血塗れの神官衣は諦め、室内着に着替えたフィオナはマリルと一緒に一階の酒場へと降りて行く。
賑わう店内を見回すと、隅のテーブルにギルバートが居るのを発見した。

「お待たせしました。」

声をかけて椅子に座る。
程なく下水で会った剣士の青年と合流し、それから少ししてレクストが駆け込んで来た。
折れた左腕大仰に振り回しながら来たせいか、席についた頃には額に脂汗が浮いているのが見てとれる。

青年――ユスト=オリンという名だ――へ軽口交じりの挨拶をするレクストに次いで、フィオナも自己紹介を済ませることにした。

「オリンさん、先程は危ないところをありがとうございました。
 私はフィオナ・アレリイ。見ての通りの――」

いつも通りの動作でルグス神殿の意匠を示そうとして無いのを思い出す。

「あっとと……。マリルさん、お手数ですがレクストさんの腕を掴んでいてもらえますか?」

聖句を唱えて"治癒"の奇跡を顕現し、「見ての通りの神殿騎士です」と定型文の自己紹介を終える。
下水道内では気づかなかったが、オリンは複数の魔剣を所持しているようだった。
その全てを自在に操れるのだとしたら剣士としての実力は相当のものだろう。

『俺はギルバート。改めて礼を言うよ、オリン。
俺達はヴァフティアから来た。』

最後はギルバート。
ヴァフティアから来た。という部分を強調して伝えている。
鋭い彼がこういう言い方をするからには、オリンが個人的に追っている件もヴァフティア事変、ひいてはルキフェル絡みなのだろう。
続けてギルバートが話した内容もそのことを裏付けていた。

『――同じ目的なら協力体制を築けると思うが、まあ、ここで俺達の話を聞くだけでも有益だと思うぜ?
さっきのメイドが持ってきた手紙、それ関係なんだろう?』

「ええ、その通りです。」

ギルバートに促され師の手紙をテーブルの上に広げる。
既に内容を知っているマリル以外の全員が目を通したのを確認して、フィオナはゆっくりと言葉を吐き出した。

「レクストさん、ギルバートさん。お二人はもう知っていたようですね……。
 ありがとうございました、ジェイドに代わり改めてお礼を言わせてください。
 ですが、この件に関しては相手の出方を待つほか無いと思いますので後にしましょう。」
 
手紙を読んだ二人の表情で真実なのだと悟った。
だが今は停滞する時では無い。弟の魂を救ってみせると決意したばかりなのだから。

「……差出人の"マンモン"というのは修道院時代の恩師です。
 創生史に詳しく"最も敬虔な聖騎士"とか、"神との邂逅を果たした者"などと云われる方なのですが今はルキフェルの傍に居ます。
 額面通りならばルキフェルを倒すために近づいた、ということなのでしょうけれど……。
 それより気になるのは『ルキフェルを倒す事は出来ない。子が親を討てぬと同じ事だ。』の一文。
 『意味はいずれ分かる。』ともありますが……どなたか解りますか?」
11 :アイン ◆mSiyXEjAgk [sage]:2010/06/08(火) 19:40:03 0
>「魔術に関しても当てはいるよ。それと、場合によっては――錬金術も。内輪の人脈でどうにかなりはしそうだね」

澱みの無い口調で答えるセシリアに、アインは小さく相槌だけを返した。
二人の反応の違いは、そのまま両者が学問の道へと身を投じた理由に直結しているのだろう。
兵器を作るべくして兵器を作るセシリアと、恩人を救う為の手段として求めた知が、結果として兵器を作る事に繋がったアインの。
無論アインとて査定を乗り越えるべく、皇帝に取り入るべく兵器の開発を行った事はある。
だがそれでも、やはりセシリア程に達観する事は出来なかった。

>「成る程、流石は帝都における正道と異端の最高頭脳。」

眉尻を落としていたアインは、しかし突如虚空から発せられた声に忽ち、表情を驚愕に染める。
だが、彼の動きはそれだけに留まった。何もしない、と言う訳ではない。
魔術であれ何であれ、魔力を一切持たない彼は日用品やSIPNですら魔力触媒を用いねば使用出来ず、当然隠遁術の類を用いた相手には完全に無力なのである。
詰まる所彼は、ただ硬直の態を晒す事しか出来なかったのだ。
咄嗟に動いたセシリアさえただの一声で制止され、アインの面持ちに再び影が差す。
先程までの気後れの色ではなく、純然な戦慄の影を

> 「帝国には魔が蔓延り、衰退の兆しを見せ、世界は動こうとしております。
>  それとともにあなた方のような優秀な人材が散るのは実に惜しい。
>  事が成就した暁にはいっそのこと帝国を離れてはいかがですか?
>  まだ何処とはお互いの為に申せませんが、それは割符代わり…ご一考ください。」

だがどうやら相手方に、二人に対する害意はないようだ。
アインが畏怖した刃の閃きの代わりに放たれたのは二枚の銀貨と、それが机で跳ねて奏でる小気味いい金属音だった。

> 「他国へ亡命せよ、か……。ルキフェルに喧嘩売ったときから覚悟してたけど、もう嗅ぎつけて来たとはね」

「……一枚だけ、か。期待されてるんだか、されていないんだか分からんな」

セシリアが一枚を取り、残ったもう一枚の銀貨を見つめて、アインは呟く。
姿なき声は彼を『異端の最高頭脳』と称したが、アインはそれをタチの悪い皮肉としか捉えられなかった。
『異端の最高頭脳』は自分ではない。誰よりも早く『異端』を見出した人がいて、自分はその上に煩雑に物を積んでいるだけなのだ、と。
もしも姿なき声の主が『先生』の事を認識しているのならば、この銀貨は彼に向けられた物ではないのだろう。
彼が意気込み通り『先生』を治せば銀貨は彼女へと渡り、助けられなかったとしても銀貨はアインの手に残る。
またもしも彼が恩人を救えなかった事に絶望して、或いは単純にこの先起こる出来事で命を落としたとしても、それは元々そうなる道理であったに過ぎない。
どうあっても姿なき声の者達に、損は無いのだ。
つくづくタチが悪いと、アインは誰に対しての物か分からない嘲笑を零した。

> 「帝都の暗部がパトロンについてくれるみたいだよ。そして私もいいこと考えた。『門』を探そう。
>  この"銀貨"の人達の情報網なら『生きていると仮定して』、門の居場所の欠片ぐらいは掴んでると思うから」
>
> 「――こういうのにうってつけの人材を一人、知ってる。んー、この時間じゃちょっと早いかな……
>  夜を待ってから3番ハードルの『落陽庵』へ行こう。勤務明けの夜はいつも、あそこで酔いつぶれてるはずだから」
>
> 「今のうちに調べられるだけ調べておこうか。"銀貨"の人をこっちから呼び出す方法も知らないし。
>  まずは『ヴァフティア事変』――『門』が関わった中で最新の事件からいってみよう」

「……いいだろう。どうせ今後の事に関しては、お前の当てが頼りだ。僕に出来るのはそれくらいか」

ひとまずはアインも銀貨を手中に納め、

「――エクステリアさん! 貴族が急患として運び込まれてきました! 神殿じゃどうしようもない症状だそうです!」

不意にドアの外から、セシリアを呼び求める声が響いた。
防音術式は基本内から外へのみの効果であるとは言え、十分に分厚い木製のドア越しにでも、切迫感の伝わる大音響で。

「……僕は構わんぞ。ヴァフティア事変の資料だけなら、全て掻き集めても高が知れているだろう。
 それ以前のカルティックな資料となれば一人では骨が折れるが、どうせそれらに『門』自体の足取りが書かれているとは思えん」

最後に資料索引のオーブを借りる旨を告げ、鞄から起動用の魔力媒体を取り出すと、彼は卓を離れ作業を始めた。
12 :アイン ◆mSiyXEjAgk [sage]:2010/06/08(火) 19:41:24 0
 


「――どうなってる! 魔族化が止まらないぞ! これはまるで『降魔』――!
 いや、あれよりタチが悪い! 聖水が効かないだなんて、どう言う事だ!」

搬入された貴族は浴びせられた聖水に、快方の気配どころか悲鳴を上げるばかりだった。
叫び、のた打ち回る貴族を警備の従士が二人掛かりの捕縛術式で押さえ込み、術士が処置に当たる。
だが彼らは声を荒らげるばかりで、肝心の手は動かせずにいた。
当然だ。魔族化に対して行える処置など本来、手遅れになる前に聖水をぶち撒けるくらいしかない。
それどころか『降魔』以外の魔族化など、そもそも前例が皆無なのだ。

「何でだ! 何故聖水が効かない!?」

貴族は右の眼窩から血を横溢させている。
そして彼の眼球の表面では、血よりも深い赤の何かが回転していた。
『赤眼』である。帝都より配られた『赤眼』が円環を描き、秘められた術式を発動しているのだ。
その術式とは、『培養』。そして術の『対象』は――

「……駄目だ、俺らじゃ手に負えん! エクステリアさんを呼んでくる!
 従士さん方は最悪自分らの判断で仕留めてくれ! 責任はウチが持つ!」

そして術者の片割れは、部屋を飛び出てセシリアの研究室へと駆けていく。
何故、聖水が効かないのか。『降魔』ではない、全く新しい魔族化が起きているのか。

――『培養』の『対象』が、人間の中に微かに眠る『魔族の血』であるからだ。
『赤眼』に巧妙に隠蔽された錬金術の円陣が、『魔族の血』を段々と増大させているのだ。
眼窩から溢れる血は、内包し得る許容量を超えて排出される『人間の血』である。

人間に無理矢理『魔』を降ろすのではなく、人の身が元始の片親の姿を取り戻すだけ。
だからこそ、聖水は対処法ではなく単純に苦痛を与える物としかならない。
貴族の肩から右手に掛けての血管が不自然に膨れ上がり、
脈打ち、その度に腕は魔族のそれへと近付いていく。

セシリア・エクステリアならば、或いはこの現象に歯止めを掛けられるかもしれない。

だがこの貴族一人を救えたとしても、既に帝都にばら撒かれた『赤眼』を回収する事は、現実的では無かった。
赤眼を配られた人間達にこの事態を説明すれば混乱は免れず、
いつ魔族化が始まるか分からない以上一箇所に集め処置する事も危険過ぎる。



本来は『欠片』を得る為か、もしくはヴァフティアで成せなかった地獄を別の形で再現する為か。
ルキフェルの意図が何であったにせよ、撒かれた種は、ただ芽吹くばかりだった。
13 :アイン ◆mSiyXEjAgk [sage]:2010/06/08(火) 19:42:47 0
 


「……流石に、こんな資料で『門』の足取りが掴める筈もないか」

一通りの資料に眼を通した後で、アインは小さく嘆息を零す。
『ヴァフティア事変』の資料は内容の多くが、関連した一名の従士の報告や、
後に帝都の派遣員が集めた庶民からの伝聞等の調査情報を纏めて製作されている。

前者は仲間内であるが故に『ミア』に関しては描写を意図的に伏せていた。
後者はそもそも『門』の存在に関して認知していなかった為、伝聞出来る筈もない。
よしんば知っていたとしても『ヴァフティアの英雄』の一人を、当のヴァフティア住民が売るような真似はしないだろう。
どうあれ、『ヴァフティア事変』の資料から見て取れたのは、『少なくとも門は生きていて事変に関った』と。
ついさっき分かったばかりの事実に、産毛が生えた程度の物だけだった。

「こうなってくると、本当にアイツの当てだけが頼りだな」

彼はぼやき、

「……いや、そう言えば一人だけ、いたな。僕の知る人間にも、『門』を知っていそうな奴が」

一呼吸ほどの間を置いてから、思い出したように呟きを続けた。
そうして自分が『勇者』の影を見た、男とその一行の姿を想起する。

「まあ……頼れる義理はない……どころじゃないか」

一時は殺害すら考えた自分に嘲笑を浮かべ、

「……ん? これは」

彼はふと資料索引のオーブから投影される映像の端に、関連資料の項目がある事に気が付いた。

「……七年前の『事変』の資料か。こちらは……特に目ぼしい情報はないな」
14 :アイン ◆mSiyXEjAgk [sage]:2010/06/08(火) 19:46:36 0
事件概要から犠牲者のリストと続いていく資料に視線を流していく。
だが何気なく、彼は犠牲者達の概要を一人一人、目を通し始めた。
家族に殺された者、家族を殺した者、行方不明扱いの者。
様々な物語が、極限まで無意味な情報を拝して記されていた。
読み進めるに連れて概要は似た内容が重なり、伴ってアインの視線も再び流れるようになっていく。

「……こいつは」

けれどもこれまでに無かった、言葉を選ばずに表すなら目新しい概要に、彼は再び目を留める。
目に付いたのはあくまで概要であったが為に、名前は読み飛ばしていた。

『降魔によって出現した魔物に襲われた少年を守り、その際に受けた傷が致命傷となり、死亡。
 
 追記:守られた少年と『彼』は平時より懇意な関係にあり、目の前で自分の為に『彼』が死んだ事で。少年は心神喪失状態に陥った。
    事変後も少年の両親は現れず、『行方不明』になったと予測される。
    身寄りのない少年は犠牲になった『彼』のご家族に引き取られ、その家の息子として育てられる事となった。
    その為か、少年は心神喪失状態から復帰するに当たり、犠牲となった『彼』のように立ち振る舞ったとの事。
    真実を告げるのは少年にとって余りに酷であると判断した『彼』の両親は、
    そのまま少年を『彼』として扱う事にし、また立場と人望を以って市民の皆にも真実を決して漏らさぬよう頼んだ。
    この項は『彼』の家名の下機密扱いとされる。その為帝国に所属する一級、特級の研究員以外では表示されない物である事を留意』

「……誰だか知らんが、殊勝な物だな」

呟いて、彼は最後に概要の上に記された『彼』の名前を視線で撫でる。







『犠牲者名――レクスト・リフレクティア』


【赤眼をお借りしました。魔が蔓延ってるけど何か違う!
貴族の元へ向かうかはお任せします。向かわなければ従士達がトドメを刺すでしょう
 『レクスト』は二人目、的なネタをば。不要でしたら同姓同名って事で一つ……!】
15 :ルキフェル ◆7zZan2bB7s [sage]:2010/06/08(火) 21:47:54 0
天帝城――

皇帝の前に、ルキフェルが立つ。
2人の周囲には誰もいない。そこには凄まじいまでの邪が満ちていた。

「ルキフェルよ……道化の仕事もそろそろ終わりかの。」

笑みを浮かべ、ルキフェルの元へ歩み寄る。
その顔はゆっくりと真顔へ変わっていく。

「道化などと……私はそのような大層なものではありませんよ。
陛下、赤眼により人は元の姿へ戻り始めました。
貴方の仕向けた刺客も、随分と派手に暴れられたようで。」

「ふん……貴様の暴れ方に比べれば可愛いものよ。」

「噂には聞いておりましたが、”猟犬”を使われたようで。
流石、陛下は手が早い。」

ルキフェルと皇帝が再び笑いあう。
ルキフェルの背後に、複数の影が浮かびそして消えていく。

「貴様が何者かは知らぬ。だが、私の目的は人を更なる高みへと誘う事。
その為ならば……多少の犠牲など取るに足らぬ。
”最後のゲーム”とやらを始めるのだな?」

ルキフェルの姿が白い悪魔へと変貌していく。
流石の皇帝も、その姿に思わず息を呑んだ。

「ええ、始めますよ。出来損ないの人を殺す、楽しいゲームです。」

―帝都

漆黒の夜に、一筋の炎が上がる。
それはやがて街を覆い、1つ1つの命をまるでゴミでも燃やすかのように消していく。
人々は目撃した。炎の中で笑う、白い悪魔を。
その横で、バラの模様を刻んだ服を着た女・バルバが赤眼を片手に燃えていく人々を見つめる。

「魔を受け継がない人間は死ぬ。出来損ないの、リフレクティアも。」

バルバがルキフェルに眼を向けると、無邪気に微笑む天使がそこにいた。

「楽しみだね、とても。」

【赤眼の発動を確認し、帝都で大虐殺を開始】
16 :名無しになりきれ:2010/06/09(水) 10:59:04 P
中身がない
17 :ルーリエ ◆yZGDumU3WM [sage]:2010/06/10(木) 00:47:56 O
クラウチ・E・ソトスは夜の街を人混みに紛れて歩いていた。
鎧は着けておらず、汚いぼろ切れと、腮を隠すための頭巾。目立たないよう、短弓と矢筒を背ではなく腰に結び
つけている。
 彼がルーリエからバディを頼まれたのはいつものように詰め所で緻密な(それは病的とさえ言えた)真に緻密
な日記をしたためている時だった。
予定を聞かれ、後は歴史書を読んで寝るだけだと彼が答えると、珍しいことに私的な仕事を頼まれたのだ。
特に意義深い事はない。ただ、彼の興味は惹かれた。捕縛の対象にも、隊長が珍しく自分に頼み事をしたと言う
ことにも。

(まあ、他に動かせる人がいなかったってだけなんでしょうけど)

 皇帝から地下下水道内の印の書き換えを要請されてから妙に慌ただしい。帝都全体の書き換えとなれば大仕事
になるのは当然だが、何故今日中に終わらせる必要があるのだろう?とにかく、血族全員が出払って、詰め所に
は印を描くのが苦手なクラウチと、ルーリエしか居なかった。
 クラウチと違い大分“魚”になってきている隊長は、目穴を空けた袋を被り、彼の横を歩いている。時折人が
ぶつかり、野次が飛ぶ。浮浪者とでも思っているのだろう。汚い貨幣を顔にぶつけられることも珍しくなかった。
 夜の街は心踊る。クラウチはきょろきょろと辺りを見渡し、隙あらば汚ならしいパピルスに木炭を走らせた。
クラウチにとってヒトは家畜ではなかった。決して飽きさせない、歴史と言う物語を紡ぐ者達。優秀な俳優であ
り脚本家、命を賭けて踊る踊り子だった。
師匠の違いと言えばそれまでだ。ルーリエに師事したンカイは戦士に、ガタスに師事したクラウチは観測手にな
った。それだけの話。

或いは、それが運命を分けるとは、まだ誰も気付かない。
生きとし生けるものはみな役者なのだが、クラウチも未だにそれには気付いていなかった。
18 :ガタス・ノーデンス ◆yZGDumU3WM [sage]:2010/06/10(木) 01:03:46 O
「そいつはいったい、何の冗談ですかい?」

総出で下水道内の印の書き換えを終え、任務失敗の罰を覚悟して詰め所で待機していた一同に、皇帝から与えら
れた新たな作戦を伝える。
誰も、何も言わない。異様な作戦だったから、否、それは全くもって意味不明な作戦だったからだ。
ンカイの言葉の余韻が霧のように掠れてゆき、後には下水の流れる音と、床に転がされた死体の呻き声が残るの
み。
答えない、答えられない。

「で、その“リフリクトア”とやらを」
「リフレクティア」
「黙るンだよ、穀潰し。
その“リフなんちゃら”を護衛しろって?ン?」

両足が繋がったばかりのダニーチェがぎこちなく立ち上がり、具足をキイキイと鳴らしながらこちらに歩み寄る。

「直接護衛するのはンカイとクラウチです。お前達兄弟は撤収の」
「ソコだよ副隊長さん」

ダニーチェが目の前に立つ。ミスカトゥが止めに入ろうと立ち上がりかけるが、手を挙げて制止した。

「なンだ?撤収って。何処に撤収すンだ?」
「外、です」
「外?この肥溜めの外に?」
「帝都の外です」

場の空気が変わる。緊張の意味合いが根底からすり替えられて、全員が僅かに前のめりになる。
期待、或いは、希望。

「我らが皇帝によれば、後十数時間足らずでこの都市はこの都市では無くなるらしい。
勿論―――」

口を開きかけたダニーチェに覆い被せるように、急いて言葉を紡ぐ。

「―――勿論、上手く事が運べば、の話ですが」

ちりちりと、正体の解らない何かに急かさせる沈黙の中、クラウチと隊長は?と誰かが質問した。ランプの曖昧
な灯りの中では、全てがはっきりと二つに分断されている。明るいか暗いか。見えるか見えないか。
隊員達の表情は、陰に隠されて、良く分からなかった。

「彼らは既に作戦の一部を実行しています。
ンカイは私と目標を捕獲した後、クラウチと合流。
三兄弟は非戦闘員と“先祖”達を下水の出口まで誘導。
残りの者達は指定されたSPINをいつでも無効に出来る位置に移動して下さい」

では、作戦を開始します。
己の言葉が酷く現実味を欠いている気配を感じながら、ルーリエに伝えられた通りの言葉を、そのまま伝えた。
19 :名無しになりきれ:2010/06/12(土) 11:19:58 O
身内専用ダーク
20 :名無しになりきれ:2010/06/12(土) 17:08:01 0
避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/study/10454/
21 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/06/14(月) 03:42:37 0
愚にもつかない痩せ我慢を見抜かれていたのか、抵抗も虚しく半ば無理矢理に左腕の治療をされる。
フィオナ自身の治療は完了しているのだから(傷そのものは服に隠れて見えないが)、最早遠慮する理由などなにもないのだが、
二十歳手前にもなって未だ思春期邁進中のレクストにとって実益よりも気恥ずかしさの方が優先しているのだ。
結局、逃げ出そうとしたところをマリルと名乗ったメイド(面識なし)に無慈悲にも押さえつけられて、聖術の行使を受けた。

(騎士嬢には勝てねえな……)

『治癒』の暖かな術光が折れた腕を優しく包んでいくのを感じながら、レクストは内心で苦笑う。
実力や能力だけでなく――無論それらにおいても劣っているのだが、彼女の母性的とも言える人格には抗えない。
つつがなく進行する治療の傍らで、オリンを含めた全員の自己紹介が完了すると、フィオナが手紙をテーブルに広げた。

”フィオナ、弟は既に人ではない。苦しいとは思うが、殺すしかない。今日の夜、彼は闘うだけの魔物へと変わってしまう。
ルキフェルを倒す事は出来ない。子が親を討てぬと同じ事だ。意味は、いずれ分かる。皆で逃げるのだ。私は、彼を封印する方法を探す。”

手紙の内容は、ジェイドが既に死亡し反魂呪法による動く骸となっていることと、ルキフェル討伐を諌めるものだった。
前者はレクストが既に確信を得たことであり、改めて事実として告げられると眉間を歪ませずにはいられなかったが、後者の内容は――

>「『意味はいずれ分かる。』ともありますが……どなたか解りますか?」

「これって……アレのことじゃねえか?ほら、人類は皆少なからず魔族の血が流れてて、つまりは魔族の子孫でもあるっていう。
 こう見えて博学な俺は勿論ご存知なんだけどよ、ルキフェルが本当に魔族なら、純正のご先祖様には頭が上がらねえって理屈だろ」

教導院の史学者が提唱した理論である。人類の黎明期に魔族との混血が蔓延し、『魔力』という力は魔族からの継承であると。
創世史に詳しいというマンモンならば、人類と魔族の関係を『子と親』と揶揄するのもおかしな話ではない。

「そもそも『魔族討伐』なんて向こう百年で数えるぐらいしか為されてない偉業中の偉業、達成した奴ぁ例外なく英雄扱いだぜ。
 眷属の『魔物』や『魔獣』ならまだしも、純血純然純正の『魔族』は魔力も膂力もケタ違い。大隊規模で囲ってボコるのが前提だ」

魔族の特徴は、膨大な魔力を持ち、知能が極めて高く、ヒトと同じ姿をしていること。そして何よりも――数が少ない。
はるか昔、混沌の時代には人類と交わる程度にはいたらしいが、『門』と呼ばれる魔術師によって一部の土地ごと封印された後は、
遠方へ散って難を逃れた少数の魔族だけがまばらに残っているだけだった。近年になって『地獄』から降魔術によって顕現する者が現れたが。

「もしもルキフェルの野郎がマジモンの魔族だってんなら、こいつは――本気出すしかないぜぇ?」
22 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/06/14(月) 03:44:26 0
なにしろ、『血の薄まった』人類がこれだけ極めた魔術を、彼等はほぼ無制限に行使できるわけで、そもそもの地力が違いすぎる。
ヒトの悪意と戦闘能力を煮詰めたような存在は、腕の一振りで四方一里の命を焼き尽くし、焦土を量産する。
教導院で習う戦闘史を紐とけば、古来よりヒトが如何様にして魔族と渡り合ってきたかがよくわかる。

――ひたすら多くの生命を投入し、消費し、犠牲にして、ようやく一太刀の刃を届かせるのだ。

(最後に魔族討伐が為されたのは七年前の『ゲート争奪戦』、"魔の流出"のどさくさ紛れに各地を荒らしまわってた魔族を討滅。
 集団で囲んで守性結界で封じ込めたところへ術式狙撃で倒したらしいけど、犠牲が三ケタ行ったらしいんだよなあ……)

前例を辿れば辿るほど否定材料ばかりが発掘され、弱気が鎌首をもたげ始める。
レクストは『ルキフェル討伐』を人生の最終目的にしていない。彼が求めているのは、ルキフェルを倒した、その先の"答え"。
だから彼は、『復讐の為に命を賭す』という行為を、許容できず承服できなかった。

特殊な異能があるわけではない。百の軍勢を率いるわけでもない。
ヒトが遍くこの世界にありながら、たったの数人で超越存在へと立ち向かおうとする者達。
どれだけそれが愚かしい行動でも、どれだけそれが浅はかな言動でも。抗おうという『意志』がなければ命を繋げない。

「捜そう。足でもコネでもなんでも使って、情報を集めようぜ。剣士、アンタはなんか知らねえか?」

事件を追って旅をしているというオリンにそう問いかける。ギルバートの人脈にも期待できる。
もっともレクストの情報網と言えば従士隊と教導院時代の同級生ぐらいなものなので、やることに変わりはないのだが。

「ご先祖サマ、上等じゃねえか。ルキフェルがいくつなのか知らねえけどよ、魔族って長命なんだろ?とにかくだ。
 いつまでも歴史の表舞台に立ってやがる爺さんには、とっととご退場願おうぜ。――そろそろ、俺たちが主役でもいい頃だ」


【魔族に関する情報収集を提案。魔族の設定は自由にお願いします。次ターンでレクストは従士隊舎へ】
【時間軸は赤目発動前】
23 :名無しになりきれ:2010/06/14(月) 18:27:46 O
さすが従士
24 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/06/15(火) 23:21:43 0
>「――エクステリアさん! 貴族が急患として運び込まれてきました! 神殿じゃどうしようもない症状だそうです!」

扉の外から不意を突かれてセシリアは背筋が張るのを感じた。
防音ドアの向こうから伝わってくる焦燥と求助の声は、彼女を反逆の徒から国家魔導師へと引き戻すのに充分だ。
アインの促しもあって、セシリアは外套と三角帽を掴んで扉を開ける。神殿付きの聖術師が、血の気の失せた顔で立っていた。

「神殿で処置できない……ってことは、単なる傷病や呪術被害じゃないってこと?」

「ええ、容態は『降魔』によく似ていますが金級濃度の聖水でも沈静化せず、かえって苦しみだすばかりで……」

「なるほど。聖水に糜爛反応を示すってことは魔力の暴走に近いね。攻撃というよりか暴発というのが正鵠かも」

早足で通路を抜け、各階に設置してあるSPINで一度ターミナルまで行き、そこから神殿内の『駅』へと跳ぶ。
行きがけの数分ほどで聞けた情報を統合するに、何か特殊な魔導具が暴走して現在の状況へと相成っているようだ。
魔導具の専門家であるセシリアを呼んだのは、なるほど道理である。おそらくは神殿の危機管理ガイドラインに研究院が載っているのだろう。

「こっちです!治療堂に運び込みましたが、もうベッドを何台も駄目にしてますよ!」

「…………!」

現場に到着して、セシリアは息を飲んだ。夥しい量の血溜まりの中で、片方の肩から先が異形のそれへと変貌した患者が浅く息をしていた。
数分前までは叫び、猛り、のたうち廻っていたらしいのだが、今となっては最早そんな気力も体力もないらしく、不規則に胸を上下させている。

「なに、この血……致死量なんて完全に超えてるはずなのに……!」

「それが、右目からずっと溢れてきてるんですよ。右肩から先もまるで魔物みたいになってるし……」

患者の右腕は、まるで成長に皮膚が追いつかなかったかのような様相を呈している。
赤い筋肉だけが露出し、むき出しの血管が脈打つ。手首から先は硬質化し、禍々しい鉤爪が伸びていた。
その姿は、まるで。

「『魔族』――!!」

この世界にほんの少しだけ生きている、人類を超越した種族。『魔』の原典にして原祖にして原始の存在。
ただのヒトであるはずの患者は、『降魔』との決定的な差異として肉体だけの魔族化を開始していた。

「エクステリア、博士、の娘……さん、か……私は、助からない、のか……?」

歪んだ双眸の中に僅かな意識を表出させ、患者は蚊の鳴くような声を見下ろすセシリアに届かせる。
眼窩から溢れる血液が口の中に入って、コポッっと血泡を吐き出した。

「言葉を、選ばなくていい……正直に、君の見立てを、言ってくれ……!」

「……わかりました」

セシリアの沈黙は、決して患者の不安を煽らないようにする為の逡巡ではない。
セシリア=エクステリアは医者ではなく、むしろ真逆に位置する職位にある。だから、他者の生死すら割りきって思考する。
彼女が言葉を選ぼうとするのは、純粋に消え入りそうな意識でも理解できるような分かりやすい説明をする為であった。

「ご自分でもお分かりかと存じますが、非常に特異で特殊な症状です。予断は許されず、治療法を画策することすら困難です」

だから、と言葉を重ねる。

「お選び下さい。このまま苦しまないように御崩御なさるか。あるいは、最後の最期まで抗い、生を死守するか。
 前者でも後者でも、――――私は全力でお手伝いします」

この先どのような症状があって、どうすれば治療を施せるのか。
学術本位の下卑た探究心を、人道的な覚悟と論理で塗り替えていることに気付かないまま、セシリアは言葉を滑り落とした。
25 :名無しになりきれ[sage]:2010/06/16(水) 22:34:36 O
従士のせいで
糞になったな
26 : ◆mSiyXEjAgk [sage]:2010/06/17(木) 18:49:11 0
> 「お選び下さい。このまま苦しまないように御崩御なさるか。あるいは、最後の最期まで抗い、生を死守するか。
>  前者でも後者でも、――――私は全力でお手伝いします」

「……助けてくれ。私は、まだ死にたくない。死ぬだけならまだしも、このような姿に成り果てて死ぬなど、真っ平御免だ……!」

血走った目でセシリアを捉え、貴族は無事な左腕で彼女のローブをしかと掴む。
命を、人間としての自分を、手放すまいとしているかのように。
だがその手はすぐに糸の断たれた人形、或いは魔力の枯渇したゴーレムと同じく、力を失う。
代わりに、彼は朦朧たる意識を濁った瞳で示しながら、うわ言を零し始めた。

「塩は流水……硫黄に焔……水銀は凍土の如く……」

途切れ途切れに紡がれる言葉に、セシリアは聞き覚えがあるだろうか。
教導院でも謳われる、身体強化術式の基礎にして極意だった。
塩は肉体、硫黄は魂、水銀は精神の暗示である。
身体強化を用いる際に肉体は雄大でありながらも柔を極め全てを調和し、
魂は不屈不撓の気概を燃やし、しかし精神は決して融解しない氷の冷冽さを保たねばならない、の意だ。
言葉を述べるだけならば容易いが実際には、この理屈は錬金術の真髄にも通じる物であり、実践は困難を極める。
ともあれ術式学を専攻していなと言うなら話は違ってくるが、ただの貴族が知り得る筈のない理論であった。

では何故、死の淵にある彼がこのような事をうわ言として漏らしているのか。
解は単純明快。
『魔族』の血が体を満たすに伴って、原始の記憶が朧気にではあるが、蘇りつつあるのだ。

そして貴族の意図の管理下から逸脱し、強化の極致に至った彼の右腕がセシリアへと襲い掛かった。
27 : ◆mSiyXEjAgk [sage]:2010/06/17(木) 18:50:19 0
夕陽が差し込む部屋の中で。
ジース・フォン・メニアーチャは依然目覚める事のない姉を前にして椅子に腰掛け、膝下で手を組んで項垂れていた。
何度も何度も目を開いては閉ざし、気を抜くとすぐに乱れてしまう呼吸を整える。
これまでになく深く眉間に皺を刻み、一際大きく息を吐くと、彼は意を決して目を開き姉を見据えた。

「……姉さん。僕は今まで、庶民の模範たる貴族でいられたかな」

言葉を紡ぎ――しかし彼はすぐに自答の意を込めて首を横に振った。
言いたかった事は、こんな事ではないと。

「……違うね。そんな事は、分かってるんだ。僕は駄目な貴族だった。
 僕は庶民の模範なんかじゃなくて、寧ろ与えられた特別を振り翳すばかりの。
 あまつさえそれを良い事だと思い込んでいた」

言い終えて、彼は言葉を付け足す。
「最低の貴族だった」と。
その事に関しては、言い逃れも弁解も弁明もしようがない。
だが彼は漸く過去を、等身大の自分を、見つめる事が出来た。
だからこそ、次が見える。
これから何が起こり、これから何をすべきかを、考える事が出来る。

差し当たり、彼は屋敷の人間を皆、玄関間へと集めた。
そして、ただ一言告げる。
「暇を与える」とだけ。

【ラ・シレーナ】のメイド達も、父の代からの執事も、気まぐれに雇った数人の奴隷も、メニアーチャに関わる人間を残らず切り捨てる。
察しのいい者ならば、容易に悟るだろう。
彼がこれから何をしようとしているのか。

帝国に仇なす所業を為すが故に、彼は誰も巻き込む事のないようにと、孤立せんとしているのだ。
最後に残るのは彼と、姉だけだ。
ひとまずの為すべき事を終えた彼は、再度姉の部屋へと戻る。

「……姉さん。姉さんは、知り合いに……ロンリネスの当主に頼むとするよ。
 きっと受け入れてくれる。彼は、貴族には珍しいくらいにお人好しだ。勿論、いい意味でね」

返事は、ない。
当然かと、ジースは己へ向けて嘲笑を浮かべる。
そうして用意した家紋入りの刀剣を抜き、刀身に視線を滑らせた。
使うべき時が来るかは、分からない。来たとしても、貫くべき相手に切先が届くかさえ。

「……姉さん?」

ふと、目の前の肢体が動いた気がして、ジースは姉に呼びかける。
やはり、返事はない。
もう何年も横たわったままの体は華奢と言えば聞こえはいいが、枯れ木のように細い。

動ける筈などない。この期に及んで都合のいい幻覚を見たかと、ジースは己を叱責する。
28 : ◆mSiyXEjAgk [sage]:2010/06/17(木) 18:52:52 0
だが彼が見たものは、幻覚でも錯覚でも無かった。
寧ろそうであったのなら、どれだけ彼にとって良かっただろうか。
今度こそ、彼の姉はびくりと大きく跳ねた。
ジースが勢い良く立ち上がり、煽られた椅子が倒れ、硬く空虚な音色を響かせる。

「姉さん……!?」

彼の声に応えるようにして、ベッドに伏した姉の上体が起き上がる。
だがそれはあくまでも『応えるようにして』であり、決して応えた訳では無いのだ。
そして、ジースは目の当たりにした。

右の眼窩から一筋の血涙を流し、同時に背中から真紅の――鮮血の翼が兆す。
呆然とするジースを、彼の姉は一瞥。
眼球の上で円環を描く赤眼が、見えた。

次の瞬間には、彼の姉は部屋の窓から夕陽の彼方へと飛び去っていた。



――銀の杯亭。
卓を囲むレクスト一行の元に、ジース・フォン・メニアーチャは訪れた。
家紋を縫い込んだ貴族服と外套に身を包んで。
だが喧騒に満たされた店内では、誰も彼の事など気に留めはしなかった。
レクスト達の卓へと一筋に向かい、彼は懐へと右手を潜らせる。
卓上に投げ出されたのは、重い金属音を奏でる皮の袋。
中身が何であるかは、推して知るべしと言った所か。

「……この帝都が、帝国がおかしな事になっているのを、お前達はもう知っているんだろう?
 おかしな事なんてものじゃなくて、もっと具体的に。……僕には、『おかしな事』としか分からない何かを」

彼はこの期に及んで、金を場に持ち出した。
だがそれは彼がこれまでと同じく金に物を言わせるつもりであった、と言う訳ではない。
彼はそれ以外に、何も持ち合わせていなかったのだ。
この期に及んで、情けないと知りながらも彼は金以外に頼れる物が無かったのだ。
否――彼が知り、レクスト達が知らない情報が、ただ一つだけあった。

「……僕の姉が、異形の羽を生やして……飛び去っていった。アレはきっと、赤眼のせいだ。
 きっとこれから、もっと同じような奴らが現れる。……僕には、気を付けてくれとしか言いようがないがな」

忠告と共に、彼は更に右手の内に潜ませていた物を卓へと並べる。
酒場特有の灯りに重厚な輝きを示す、数枚の『メニアーチャ家の家紋を刻んだ金貨』。
それは昨日ハスタのみに手渡された『封蝋の施された封筒』と同じく、帝都においてのフリーパス券の効果を示すだろう。
ただしウルタールが滅び更にジースがこれより暴挙に走る以上、枕詞には『今はまだ』と付け足す必要があるが。

「僕には、こんな事しか出来ない。庶民の鑑には到底及ばなくて、
 ならせめて盾と刃になれればと思って、でもそれすら出来ない。だから……」

だから、彼は頭を下げる。
身命を賭した戦いに身を投じるレクスト達にとって、自分の頭の高さなどどうでもいい事であるのは、分かっていて。

「……この国を、この国に生きる人々を、助けてくれ」

それでも尚、彼は庶民の為に頭を下げた。
やはり、それしか自分には出来ないから。


【ゴチャりそうなのでジース君自体は本筋に絡ませるつもりはござりませぬのでご勘弁を。色々託されたって事で一つ
 時間軸的には赤眼が本格的に暴発するちょい前くらいでせうか。夜〜深夜に大暴走と個人的にゃ考えとります】
29 :オリン ◇NIX5bttrtcの代理[sage]:2010/06/17(木) 23:06:51 0
>「俺達はヴァフティアから来た」

ギルバートのこの一言が何を示すのか、瞬時に理解した。彼らが"事変"に最も深く関わる者なのだと
意志、精神、そして能力。生き残るには十分なものを備えていると言えるだろう
そして各々の自己紹介が終わると、早速本題へと促すギルバート
フィオナが先刻、メイド──マリルから渡された手紙をテーブルに広げる

罪人ジェイド・アレリイは生きた骸。そして、フィオナの弟であるということ
処刑場で見かけた金髪の男は"ルキフェル"という名であるということ
最後に、ルキフェルを殺すことは出来ない──ということ。それらの内容が手紙に綴られている

(……ルキフェル、か。……そう、そういう名だったな。)

>「『意味はいずれ分かる。』ともありますが……どなたか解りますか?」

自分の記憶に魔族に関するキーワードは無いか、思考するオリン
"子が親を討てぬ"という文面から推測すると、人類は魔族と同等、またはそれに近い存在と考えられる
親が魔族、子が人であると仮定するならば、人を創造したのは魔族……ということになる
しかし殺すことが出来ないということは、魔族の魂は人間とは根本的に異なると考えるのが妥当か

>「捜そう。足でもコネでもなんでも使って、情報を集めようぜ。剣士、アンタはなんか知らねえか?」

……人──
……魔族──
……魂──
……封印──

キーワードが結びつく前に、オリンは無意識に言葉を発していた

「……人と魔族の生命、魂は同等ではない。神に最も近い存在ならば、それを砕くことは不可能だ。
現状で考えられる手立ては、神代級の力で封印するしか無い。少なくとも、今の俺にはそれ以外の方法は分からない。」

魔族は地上に住む種族ではなく、別の世界に住まう者
個々の能力は様々で、力在るものほど地上への行き来──"ゲート"を開くには、膨大な魔力と年月が必要となる
封印に関しても同様だ。力弱いものは数年、強いものは何千、何万の刻を隔てなければ解けることは無い

己の脳に過ぎった思考、知識は正しいものなのかどうかは分からない
そして、彼らはルキフェル打倒の元に集い、行動を起こしているようだが、自分にその意志は無い
ただ、真実……事実が知りたいだけだ。過去と思しき光景、処刑台での一瞬の空白──
彼らと協力することで、僅かでも事実、真実に近づけるのなら惜しむ理由は無い

「……俺には、行かなければならないところがある。その際に情報を集めておこう。
……それらが終わり次第、此処に戻ると約束しよう。」

オリンは立ち上がるとレクストらを一瞥し、背を向け去ろうとする。……が、一歩足を進めたところで立ち止まった
先刻の処刑台で感じとった波動と似通ったもの。狂気と殺意に満ちた波動だ
その気配はまだ小さいが、帝都を覆い尽くすほどのものであると、オリンは感じていた

「……嫌な波動を感じる。気を抜くな。……もう一波乱ありそうだ。」

視線をレクストらに向け、そう言い放つ
振り返ることなく銀の杯亭を後にし、フィアが住む居住区へと向かっていった──
30 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage]:2010/06/17(木) 23:07:44 0
>10>22
銀の酒場亭の一角でテーブルを囲み頭を寄せ合う。
テーブルに広げられた手紙を見、それぞれが意見を出す。

”フィオナ、弟は既に人ではない。苦しいとは思うが、殺すしかない。
今日の夜、彼は闘うだけの魔物へと変わってしまう。
ルキフェルを倒す事は出来ない。子が親を討てぬと同じ事だ。意味は、いずれ分かる。
皆で逃げるのだ。私は、彼を封印する方法を探す。”

フィオナの師、マンモンの言葉は謎めき重大な事を騙っていた。
"最も敬虔な聖騎士""神との邂逅を果たした者"などという仇名を持つ事は偽ギルバートは知っている。
それゆえに、その言葉の意味は重い。
だが、それでも、それでも尚、偽ギルバートは他のメンバーとは違う場所に注目していた。

「ふん、親殺し子殺しを今更驚くに値しないさ。
魔族は強力だが勝てないわけじゃない。事実世界に溢れているのは魔族ではなく人間だろう?」
吐いて捨てるような言葉。
レクストやオリンの危惧は十分すぎるほどに判る。
それを踏まえた上であくまで強気な言葉。
「なあに、別に俺達が全て片をつける必要はないんだ。
オリン然り、他にも動いている奴や組織はあるだろう。
俺達は俺達のできることをすれば良い。
そういうできる事が組み合わさって大きな絵はできるものさ。」

そう、大極の流れの中に一石を投じたとしても流れを止められるものではない。
だがその一石が積み重なればやがてそれは堤となり、大きな流れを塞き止める。
レクストたちはその一石であってくれれば良いのだ。
そして自分は、その一石を何時何処に投じるか、を見極める。
31 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage]:2010/06/17(木) 23:07:55 0

話している最中に表れる一人の男。
この酒場には不似合いなほど豪華な装束で、一目で上流貴族とわかる。
しかしそれにしては身軽な立ち振る舞い。
身軽というのは荷物の事ではない。
付き従っているであろう執事やメイド、護衛の存在である。

>「……この国を、この国に生きる人々を、助けてくれ」
頭を下げる男の事を偽ギルバートは知っている。
帝都のものならば当然のように知っているだろう。
メニアーチャ家当主、ジースという事を。
そして今、ジースの陰に潜む部下からの報告でその経緯を知ることになる。

ウルタールの崩壊、ジースの暴走。
メニアーチャ家の威光は早晩に崩壊するのは間違いない。
最早ジースの動向を探る事も守る意味もなくなっていたのだが、それでも偽ギルバートはその存在を排除する事はできなかった。
それはジースがここに至り初めて身につけた上級貴族の威光の為なのかもしれない。

「早速一波乱起き始めているようだな。」
金貨を配分しながらオリンに語りかけ、フィオナの剣呑な視線に気付き言葉を続ける。
「おっと、そんな目で見るなよ。
別に金にがっついているわけじゃないんだ。
『メニアーチャ家の家紋を刻んだ金貨』というのは帝都における最上級の権威だ。
何が起きようとしているのか、どうすれば良いのか、調べる為に必要なフリーパスだからな。」
己の行動の意味を説明し、ナイフを手紙に突立てる。
ナイフの突き刺さったところは…

「この手紙に書いてあるように、ジェイドは今日の夜、闘うだけの魔物に成り果てる。これは間違いないだろう。
そして帝都では赤眼が引き金になって人々は異形に変る。
ヴァフティアで起きたような地獄が再現される可能性は高い。
で、俺達は何をするべきだ?そして何が出来る?
目の前で魔に変る民衆に死の救済を与えてやる事か?
いいや、違う。
これから帝都はヴァフティアの二の舞になろうとし、天帝城はジェイドという時限式の魔物を孕んでいる。
だったらこの機を逃すことはない。
天帝城に潜入し、門を奪還する。
その為の算段は既につけてある。
だから、日が暮れるまでにはもう一度ここに集合だ。
例え目の前で魔になった人間がいてもそれに拘わってくれるなよ。
目先の小事に捕らわれて大局の目的を果たせないのも間抜けなことだからな。
それがこの貴族様の願いをかなえる事にもなる。」

天帝城潜入の為の最後の詰をしてくる、と言い、偽ギルバートは席を立つ。
32 :名無しになりきれ:2010/06/19(土) 01:14:17 P
もう・・・えやろ
33 :フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage]:2010/06/22(火) 06:20:09 0
『これって……アレのことじゃねえか?ほら、人類は皆少なからず魔族の血が流れてて、つまりは魔族の子孫でもあるっていう。
 こう見えて博学な俺は勿論ご存知なんだけどよ、ルキフェルが本当に魔族なら、純正のご先祖様には頭が上がらねえって理屈だろ』

マンモンの手紙がもたらした静寂の中、口火を切ったのはやはりレクストだった。
教導院の出だからなのか、それとも本人に雑学の収集癖でもあるからなのか、ともかくこういった方面にはやたらと明るい。

教会の教えである「人類の祖は神」とは全く真逆の理論体系。
しかしフィオナはそれに反発するのではなく静かに聞き入っていた。
討論する時では無いことも然ることながら、なによりこの理屈ならば師の言葉の筋が通る。

『そもそも『魔族討伐』なんて向こう百年で数えるぐらいしか為されてない偉業中の偉業、達成した奴ぁ例外なく英雄扱いだぜ。
 眷属の『魔物』や『魔獣』ならまだしも、純血純然純正の『魔族』は魔力も膂力もケタ違い。大隊規模で囲ってボコるのが前提だ』

次いで語られるのは魔族討伐の難易度。
此方に関しては結界都市に住んでいる者なら子供でも知っている。

「先の話は寡聞にして知りませんでしたが……後のはヴァフティア生まれであれば誰もが知っています。
 今でも街を挙げて盛大に祝うラウル・ラジーノ様の討伐行。
 神より賜りし太陽の聖剣を携え、命と引き換えに魔族を討ち滅ぼし、その功績を持って聖人に祀られました。」

神殿騎士が振るう戦技の祖として伝承に残る人物がアーティファクトを持って相打ちが精一杯なのである。
しかも現在頼みの綱とも言える聖剣は紛失している。
というのも、つい最近までルグス神殿の秘宝として保管されていたのだが、ある神殿騎士が持ち去ってしまったのだ。

(まあ、あった所で持ち出す許可は下りなかったでしょうけど)

無い物ねだりをしたところでしょうが無い。
それでも恨み言の一つも言いたくなるのもまた仕方ないだろう。

とはいえ、知ってしまった以上手紙に書かれている通り逃げ出すことなど出来はしない。
見つけなればならないのだ。聖剣に代わる打倒の手段を。

『捜そう。足でもコネでもなんでも使って、情報を集めようぜ。剣士、アンタはなんか知らねえか?』

『……人と魔族の生命、魂は同等ではない。神に最も近い存在ならば、それを砕くことは不可能だ。
現状で考えられる手立ては、神代級の力で封印するしか無い。少なくとも、今の俺にはそれ以外の方法は分からない。』

レクストの提案にオリンが言葉を発する。
その声は抑揚の無いものではあったが、だからこそ余計に事実のみを告げているのだと判った。

『ふん、親殺し子殺しを今更驚くに値しないさ。
魔族は強力だが勝てないわけじゃない。事実世界に溢れているのは魔族ではなく人間だろう?』

二人の話す絶望的な戦力差を聞いてなお、気を吐くのはギルバート。
しかしその声に油断や慢心は微塵も感じない。事実を事実として受け止め、その上で言ってのけたのだ。

『なあに、別に俺達が全て片をつける必要はないんだ――』

他にも動いている者は居る。決して少なく無い者達が駆け回っている。
帝都は未だ絶望に塗りつぶされては居ない。

暫くして、その言葉を裏付けるかのように一人の青年が銀の杯亭にやって来た。
34 :フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage]:2010/06/22(火) 06:24:17 0
酒場には不釣合いな程の瀟洒な身なりをした青年は、他には目もくれずフィオナ達の座るテーブルへと近寄ってくると

『……この帝都が、帝国がおかしな事になっているのを、お前達はもう知っているんだろう?
 おかしな事なんてものじゃなくて、もっと具体的に。……僕には、『おかしな事』としか分からない何かを』

懐から取り出した皮袋を置きながらそう切り出した。
皮袋の重みでテーブルが揺れる。

「あの……このお金は一体……?」

『……僕の姉が、異形の羽を生やして……飛び去っていった。アレはきっと、赤眼のせいだ。
 きっとこれから、もっと同じような奴らが現れる。……僕には、気を付けてくれとしか言いようがないがな』

問いかけるフィオナには答えず、青年は皮袋とは別の紋章入りの金貨を並べながら話を続ける。
人間の異形化。思い浮かぶのは当然『降魔』のそれだ。
ヴァフティアでは街一つを結界で覆い、呪詛をもって変貌させるといった方法だったが今回は違う。
青年の言によれば『赤眼』という手段を用いて行っているとのことだ。

『……この国を、この国に生きる人々を、助けてくれ』

金貨を並べ終えた青年が頭を下げる。この見るからに貴族の、それも上位の支配階級であろう青年が、だ。
貴族が庶民に頭を下げるなどというのは異例中の異例と言っても良い。
このような庶民が集まる酒場にわざわざ出向いてともなればなおさらだろ。

だから、それ故にこの青年の言葉が本心からの物なのだとフィオナは気づいていた。

「あ、頭を上げてください……。私が言うのも差し出がましいですけど貴方はちゃんと行動を起こしているじゃないですか。
 ……ところでギルバートさん。何してるんですか?」

そんな青年の一世一代の決意に一瞥をくれ、ギルバートはさっそく金貨の配分に取り掛かっていた。

『おっと、そんな目で見るなよ。
別に金にがっついているわけじゃないんだ――』

フィオナは本当かとジト目で睨むが、確かに手をつけてるのは紋章入りの金貨だけで皮袋は所在無げに置かれたままだ。
それに『メニアーチャ家』といえば押しも押されぬ屈指の大貴族である。
その私造金貨ともなればギルバートの言葉通りこの上ない免罪符となり得るだろう。

『この手紙に書いてあるように、ジェイドは今日の夜、闘うだけの魔物に成り果てる。これは間違いないだろう――』

続けてギルバートが告げるのは天帝城に乗り込んでの『門』、すなわちミアの奪取。
ルキフェルがミアを利用して何事か起こそうとしているのは明白なのでそれ自体は問題無い。無いのだがフィオナは僅かな違和感に頭を傾げる。
違和感の正体は直に判った。作戦上の呼称とは言え、ギルバートがミアを『門』と呼んだことである。

(オリンさんと……メリルさんが居るからでしょうか)

フィオナは取りあえずそう結論づけ、目の前の問題に没頭することにした。

「判りました。夕刻までに此処ですね。
 私は……もう一度ルミニア聖堂に行って聖女様に会ってきます。
 もっとも、正面からは行けないでしょうから別ルートを当たってみてですけどね。」
35 :名無しになりきれ:2010/06/22(火) 10:54:04 O
ラストバトルまだか
36 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage]:2010/06/24(木) 23:39:37 0
> もっとも、正面からは行けないでしょうから別ルートを当たってみてですけどね。」
「ほう、あのルートを使うつもりか。だったら…」
フィオナの意図に気付いた偽ギルバートは頬を歪ませながら懐から小袋を取り出した。
テーブルの上に投げ出された小袋の口からごろりと溢れる色とりどりの宝石。
しかしそれた単なる宝石ではなく、内部で小さな炎が揺らめく魔石だとわかるだろう。

「俺があそこから出てくる時に渡されたものだ。」
SPINは一般経路の他に要人専用の特殊回廊が存在する。
特殊回廊を利用するにはそれぞれの回廊に対応する魔石の組み合わせが必要であり、正に『これ』がそうなのだ、と。

>「ジースさまーー!」
フィオナに説明していると酒場の空気を一撃粉砕するような黄色い声と共に二人のメイドが駆け込んでくる。
メイドの姦しさは一行は勿論、ジースの言葉も塗りつぶすような勢いで繰り出された。
口々にお屋敷に戻りましょうとジースを引っ張っていくのだった。

その最中、マリルは当然のように気付いただろう。
ジースをもみくちゃにしながらもマリルの冷たい視線に対抗するように送られる視線。
そこには敵意も憎悪も対抗心もない。
いや、なさ過ぎる。
ジースに纏わりつく姦しさとは対照的過ぎて判ってしまう。
人間的な感情を排除し、ただ状況を移す水晶が如き視線だった。
自分以外にも向けられる視線には何らかの意図が感じられる事も。
その視線が向けられたのはただ一人、ギルバートだった。

###############################################

魔石を持ったフィオナがSPINに乗った瞬間、行き先を告げずとも目的地へと到着していた。
あたり一面闇に覆われ、壁も天井も見る事は適わない。
ぼんやりと発光する方陣という小船に佇む自分だけが見えていた。
だがここが中間地点であるラ・シレーナという事はすぐにわかる事となる。
闇に浮かび上がる一人の娼婦の姿。
マダム・ヴェロニカではなく、フィオナと変らぬような年の、だ。
「お待ちしておりました。さ、これを。」
フィオナの目的も行動も筒抜けである事を表すような出迎えの言葉。
そして差し出されるものは一枚の封書。
しかしそこに施された封蝋を見て、垣間見る事が出来るだろう。
帝都に蠢く闇と陰謀、そしてその大きさを。

封蝋は紛れもなく大地母神の正当なる印だったのだから。
即ちこれは正式な大地母神を奉ずる聖母からの書簡となる。
「メニアーチャ家の金貨とこの書簡があれば大聖堂に出た途端に捕縛という事はならないでしょう。」
書簡に何が書かれているかは不明だが、若い娼婦…そして三十枚の銀貨の一人の隠密はにこやかに微笑みフィオナに行くように促した。

大地母神キュベレ…
月神ルミニア、太陽神ルグスに並ぶ帝国第三の宗教。
クリシュ藩国など比較的新しく帝国に併呑された山岳地方で信奉されている。

##########################################
37 :名無しになりきれ:2010/06/25(金) 05:40:03 P
マッダームというガチムチが
38 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/06/28(月) 03:02:36 0
>「……この帝都が、帝国がおかしな事になっているのを、お前達はもう知っているんだろう?
  おかしな事なんてものじゃなくて、もっと具体的に。……僕には、『おかしな事』としか分からない何かを」

煩雑とした酒場に最もそぐわない人種であるところの貴族は、現れるなり開口一番、そう言った。
そこだけが人型に塗りつぶされたような違和感を振りまきながら、懐から高級そうな革袋――ガワに見合った金貨で詰まったそれを、
レクスト達の食事が並ぶテーブルへと滑らせた。重々しい金属音を奏でるそれは、料理どころか店ごと買えそうな額を容易に想起させた。

(な、なんだ?裏賭博の勝負卓が酒場のテーブルに化けてた、ってことはねえよな。するとこの貴族様、ここにいる誰かの知り合いか?)

突然の出来事にレクストは目を白黒させている。既にオリンが退席し、四人になったテーブルでは他の三者も三様の反応を見せていた。
フィオナは金の出自を問い、ギルバートは見下げて鼻を鳴らし、マリルは変わらぬ無表情。貴族は、二の句を継いだ。

>「……僕の姉が、異形の羽を生やして……飛び去っていった。アレはきっと、赤眼のせいだ。
  きっとこれから、もっと同じような奴らが現れる。……僕には、気を付けてくれとしか言いようがないがな」

「強制降魔――ッ!!」

人が魔物に変わる。その現象にレクストは覚えがあった。かつて母を失い、二度も故郷を襲った外法の術式、『降魔術』。
特殊な魔導媒体を用いて『地獄』の住人に体を貸し与えるその術を、彼は知っていた。背筋から頭頂部にかけてがざわつくのを感じる。

>「僕には、こんな事しか出来ない。庶民の鑑には到底及ばなくて、
  ならせめて盾と刃になれればと思って、でもそれすら出来ない。だから…………この国を、この国に生きる人々を、助けてくれ」

「そうか、アンタは――」

理解する。彼もまた、降魔術によって家族を喪った者なのだと。
そしてその事実に打ちのめされながらも、抗う術を求めてここへ来たのだということを。
先の『ヴァフティア事変』で生き残り帝都に辿り着いたレクスト達ならば、抗い方を知っていると推察して。

だからこの金は、『貴族なりの戦い』なのだ。
レクスト達のように直接戦闘技能を持たぬものでも、『経済力』を刃に変えて、穂先を揃える為の。

「オールオッケーだ貴族様。アンタの『カッコよさ』はばっちり俺が把握した。だから任せとけ、庶民だけじゃなくこの目に映るもの全て助ける。
 しっかり見とけよ?――今度は俺が、最高にカッコいいとこを見せる番だからな」

ギルバートの談によれば、貴族の持ち込んだ金貨は帝都内での通用パスの意味を兼ねているらしい。
つまりレクスト達は、莫大な資金と潤沢な人脈を一度に手に入れたに等しいのである。

>「天帝城に潜入し、門を奪還する。その為の算段は既につけてある。だから、日が暮れるまでにはもう一度ここに集合だ」

「ああ。俺も準備とか要るからちょっと席外すぜ。また日没に」

なんだかんだ言って、ここで国家の危機とミアを同列に語るあたりがギルバートらしい。
無事が保証されているとは言え助けに行きたくてしょうがなかったのを堪えていたんだろうなと内心で苦笑する。

――それ故に、その言い草がまるきり『ミア』ではなく『門』を指定しているという違和感に、レクストは終いぞ気付かなかった。

>「判りました。夕刻までに此処ですね。私は……もう一度ルミニア聖堂に行って聖女様に会ってきます。
  もっとも、正面からは行けないでしょうから別ルートを当たってみてですけどね。」

>「ジースさまーー!」

貴族を迎えに来たメイドが二人、ジースと呼ばれる彼を引っ張っていくのにフィオナが次いで退出する。
一行の女性密度が急激に下がった(しかもメイド率八割である)のを皮切りに、レクストも席を立った。

「じゃあ俺も行ってくる。この金は……ばっか駄犬、使わねえよバチ当たんぞ。ああ、今はビタ一文使わねえ。
 だって、――全部終わってから俺の銅像立てんのに必要だろ?」

まるまる太った革袋をギルバートに押し付け、ひらひらと手を振りながら銀の杯亭を後にした。
どさくさに紛れて飲食代を払わせるつもりである。革袋の中身があれば問題ないだろうが。
39 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/06/28(月) 03:04:23 0
「レクスト=リフレクティア、ただいま帰還しました!」

「おかえり。ご飯にする?お風呂にする?それともし・ま・つ・しょ?」

従士隊本拠内に設営された処刑囚拉致事件対策本部の詰所でレクストを迎えた隊長は、色んな意味で歓迎した。
なにしろ処刑台でも攻防から既に四刻ほどが経過し、市内での捜査も打ち切りムードに入りかけていた頃合いである。
勝手に拉致犯人を追って行方不明ということになっていたレクストに、責任と捜査の進展を期待するのは道理であった。

対してレクストは、満面のしたり顔で懐から一枚の紙切れを取り出した。

「――いや、全部外で済ませてあるんで」

始末書である。

「殊勝過ぎるぞお前。しかも何悠長に飯食って風呂浴びて帰ってきてるんだ」

「えっと、風呂の中に犯人がいるんじゃないかなーっと……」

「ほう、その割には服が濡れてないようだが全裸で逮捕するつもりだったのか」

「ああ!それもそっすね!?」

「しかし予め始末書を用意しておくとは腕を上げたなリフレクティア。おかげでこっちで用意したものが無駄になった」

「そんなに期待されてないんすか俺!?いやちゃんと収穫もあったんすよ!ほらみんなも見て見て!」

全員ジト目の衆人環視に冷や汗を感じたレクストは、先の酒場でジースより受け取った金貨を掲げて見せる。
これが従士隊の手にあれば、メニアーチャ家の息がかかった機関すべてに捜査権を適用できるに等しいのだ。

「あァ?リフレクティアお前、どこで恵んでもらったんだァそんなモン」

「道理で遅いと思ったよ。捜査ほっぽり出して物乞いなんてやってたのかい?」

「はっはー、聞いて驚け。国の現状を憂う貴族様から歴戦の志士たる俺に篤志をだな」

「それで金貨一枚かよ。資材運びの日当にもなりゃしねェぞ、安上がりな篤志もあったもんだなァおい」

「まあ待てボルト、見ろよこの金貨の額面。普通に流通してるのと違うだろ?」

レクストは掻い摘んで説明する。さる貴族から譲り受けたこの金貨は、私造貨幣故に流通価値こそないものの、
帝都内におけるコネクションを凝縮した一枚であることを。これを使えば、どこにでもガサを入れられることを。

「……使えないぞ、これ」

しかしそれを見極めた隊長から帰ってきたのは、思わぬ否定の言葉だった。
40 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/06/28(月) 03:08:31 0
「え、どういうことスか」

「従士隊としての権利強化にはならんということだ。個人規模で使うならともかく、組織でこの権利を運用するとだな。
 考えてみるがいい、この私造貨幣はいわば『裏』の権利書、公にしては色々と問題があるだろう。
 従士隊として捜査するには、必ず報告書を作成しなければならない。この事実を上が知れば、必ず確保と凍結を行うだろう」

表と裏は不可侵故に、両者は均衡を保ってきた。
一個人が私的に使うならまだしも、帝都の暗部に『表』の捜査機関が入ることは、各方面の体面的に許されないのだ。

「お前がその権利で何をしようとしているのかはこの際問わないが、自分が組織人であることは忘れるなよ」

諌められた。
レクストとしてはこの金貨を使って帝都に蔓延る"闇"を全て炙り出そうという目論見であった。
ジースに対して自信満々の返答をしたのはこの為だ。ジェイドもミアも同様に従士隊みなで攻め込めば救出は容易いはずだった。

頭を垂れる。
『組織人としての自覚が足りない』わりに、困ったときは組織頼みであるという矛盾なき二律背反は、
組織としての強さを自分の強さと錯覚していたレクストの膨張した自尊心に大きな打撃を与えていた。

(そりゃそうだよな。何勘違いしてたんだ俺は……!)

結局、何の進展もなしということでその日の捜査は打ち切られ、隊長の号令で解散の運びとなった。
同時に起こった神殿での虐殺事件の方に人員を割かねばならなかったからだ。

合同葬儀中に突如現れ虐殺の限りを尽くした黒甲冑の集団と、その生き残りさえも焼き尽くした『天使』。
両者とも出自は不明で、刃を交えた唯一の生き残りすら姿を消してしまった為完全に手がかりを失ってしまった。
前者をレクストは知っている。『あの』黒甲冑達の仲間だろう。それを言ってしまえないのが、酷くもどかしかった。

「――おい、リフレクティアよォ」

順次解散し帰寮や神殿への引継ぎへ向かう者達の流れの中で、なお動かない男が二人。
突撃槍を担う長身と曲剣を提げる小柄のコンビは、唯一事情を知るレクストの同僚である。
ボルト=ブライヤーとシアー=ロングバレルが、レクストの両肩に腕を掛けて両面から顔を寄せた。

「ちょっとツラ貸せ、呑み行くぞ」

「久しぶりに三人で、どうだい?」

二人は口を揃えて、言った。

「「――もちろん、リフレクティアの奢りで」」


口止め料の、要求であった。


【ジースの依頼を快諾。従士隊詰所にて拉致事件の捜査打ち切りと神殿虐殺事件のいきさつを知る。同僚と『落葉庵』へ】
41 :名無しになりきれ:2010/06/28(月) 18:05:08 P
関連スレ
◆パシヘロンダス2世だが…◆
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1275847527/
42 :オリン ◆NIX5bttrtc [sage]:2010/06/28(月) 23:34:43 0
街を彩る魔導灯が点々と並ぶ大通りを、足早に駆け抜けるオリン
昼間は太陽が差す自然の灯り、夜は人工的に創られた魔力の光が灯っている。すでに子供たちの姿は消え、通りは大人たちで賑わっている
居住区へ向かう中、オリンは銀の杯亭で対面した貴族の少年の言葉を思い出していた



>「……この帝都が、帝国がおかしな事になっているのを、お前達はもう知っているんだろう?
 おかしな事なんてものじゃなくて、もっと具体的に。……僕には、『おかしな事』としか分からない何かを」

銀の杯亭にて自分が立ち去ろうとしたとき、突如現れた貴族の少年
扉を開けるなり他には目もくれず、此方へと一直線に走ってきた
少年は言った。姉が異形となって飛び去ったこと。姉だけではなく、街はすでに異形に染まりつつあるということ
彼のような者が、すでに異変に気付いているというのなら、恐らく帝都民の半数近くは知り得ているのかもしれない
そして彼は、こうも言っていた

"赤眼"のせいだ──と

"赤眼"と呼ばれるものが何を示し、何を齎すのかは、推測の域を出ない──が、それが異形へと変わる原因であること
そして、帝都をヴァフティアのように魔都へと変えるその意図。確実に言えるのは、あの男が関係しているということだ

貴族の少年は弱々しくも言葉を吐いた
その声や表情は貴族が持つ凛々しさは無く、一人の人間──いや、誰しもが持つヒトとしての弱さを持っていた
縋る様に、そして哀願するように、彼は自分たちに言った

>「……この国を、この国に生きる人々を、助けてくれ」



力無きものは、力在るものに頼り、縋るしか生きる道は無い
戦でもそうだ。弱者はただ、強者に蹂躙されるだけの存在でしかなく、彼らに抗う統べは無い
そう在りたく無いのであれば、それら全てを捻り潰すほどの力をその身に得るしか無い

オリンは貴族の少年──ジースの表情を見たとき、そんな思考が頭を巡っていた
彼の願い、頼みを受け入れるという感情は無く、ジースの弱さに憤りのようなものを感じていた
強弱の差はあれど、強くなるという意思さえあれば、ヒトは如何様にもなれる
それすらも無い人間は、ただの人形だ。意志を持ったふりをした、生きているだけの人形だ

全てを捨て、ただ力を、強さを追い求めるだけの存在──"修羅"になればいい
突き進め。堕ちたと言われようが、前だけを見据え、己の選んだ道を

──魔道は、修羅は、遠いようで近いものだ

再び、"声"が思考に響き渡った。

──それと同時に、別の思考も過ぎっていた
全てを投げ、逃げ出すこともまた正しい選択である、と。どうするか、どうあるべきかは、自分の本能、感情に従えばいい
受け入れられないものから逃げ出すことは恥ではない。それもまた、ヒトである──と
43 :オリン ◆NIX5bttrtc [sage]:2010/06/28(月) 23:36:30 0
──帝都・居住区

大通りとは違い、此処にはほとんど人影はなく、昼間よりも静寂に包まれていた
オリンはフィアの居る家に着くなり扉をノックするのも忘れ、勢い良く室内へと入る
外で起きている喧騒が嘘のよう感じるほど、この場所は穏やかで落ちついた雰囲気に満ちていた
階段の上から扉が開く音が聞こえる。入り口は吹き抜けになっており、上からフィアが此方を覗いていた

>「オリン……?」

自分の顔を見るなり、階段を駆け下りて来るフィア
あのときと変わりは無く、室内も荒らされている形跡はない
一先ずは安心だと、心で呟くオリン。しかし此処が安全だとは限らない
何処か安全な場所まで避難すべきだろう。落ち合う場所、銀の杯亭が良いだろう。オリンが言葉を発する前に、フィアが口を開いた

>「オリン、どうだった?」

「帝都か……?ああ、言葉で聞くよりも広く活気に──」

>「……違う。私が聞いているのは──」

一瞬、何が起きたのか理解できなかった。気が付くと、フィアが自身の首を片腕で締め上げていた
痛みや苦しみよりも、状況が理解できないことが脳を、思考を支配していた
自身の首を掴んでいる腕は次第に力を増し、オリンの足が床から離れ、宙に浮いた

>「……随分と腕が堕ちた様ね。これが、"剣帝"の力を持つ者の実力?」

「……"剣帝"……?……お前は……俺の、何をッ……」

フィアの周囲に自身と同等の波動が溢れる。と、同時に歪みが生じ、黒い霧のようなものが現れる
それらはフィアを包むように覆い尽くされ、霧を四散するように風が吹き荒れる。そして、フィアだったものが"姿"を晒した
一部が白金に染まった栗色の髪に、白を基調とした戦闘服と外套を身に纏った女性。腰には太刀と脇差の二振りの刀が収められている

彼女の瞳が薄らと紅へと変わると、見た目からは想像できないほどの禍々しい波動が溢れ、オリンを侵食しようとする
それに対し無意識に反応したオリンは、"シュナイム"を素早く抜き、"アハト"を射出、展開させ、自身を締め上げている腕を"両脚魔光刃・クルイーク"で切り裂いた
腕が首から離れた瞬間、オリンは後方へ跳躍し、距離を取った
相手の腕から血が滴り落ちている。咄嗟に避けたのか、腕を切断するまでには至らなかったようだ

「──!!」

フィアだったものの血の色は青。ヒトではなかった
そもそも、いつ入れ替わったのだろうか。いや、元々フィアなどと言う人間は存在しなかったのかもしれない

>「……記憶も力も失った、持たざるもの。
力在れば利用し、敵対するならば斬り捨てるつもりだったけど、どうやらその価値もないか。」

「……フィアをどうした。お前が殺したのか……?」

>「貴方の目の前にいる。私はフィアであり、そして"ヴェイト"である。
……"貴方の想像するフィア"という人間は、初めから存在してはいなかった。」

感情を持たない声で、ヴェイトはそう言葉を発した
44 :オリン ◆NIX5bttrtc [sage]:2010/06/28(月) 23:40:28 0
何処を見るでもないヴェイトの瞳。ただ感じられるのは氷のような冷徹さ
オリンが口を開く前に、フィアだったもの──"ヴェイト"が獲物を狩るような目つきに変わった
室内全体に闘気と殺気を纏った波動が放たれ、場の空気が一瞬にして変化する

ヴェイトは予備動作なしに、腰に刺した太刀を右手で居合いのように抜き、オリンの首目掛けて振り抜いた
相手の軌道に合わせて、その一太刀をシュナイムで防ぐ
同時にヴェイトの左手に握られた脇差が、がら空きになっているオリンの正面から迫る
展開されたアハトが反応し、それを弾こうとする。しかし、脇差に帯びた波動に防がれ、意志を無くしたかのように床へと落ちる

ヴェイトの脇差がオリンを一閃──
室内に鮮血が迸る。一瞬で辺りは赤一色に染まり、血の臭いが部屋を満たす

>「これから帝都は──いえ、世界は混沌と闇に染まる。
無力な貴方はそれを見ているだけ。ルキフェルに気付かれることも無く、ね。」

「……とんだ節穴だな。──まだ、お前を殺すだけの余力はある……!」

地に落ちたアハトが、オリンの背後に展開し高速で回転。噴射するように波動を放出し、ヴェイトへと一気に加速する
残像を残すほどの光速の如き動作で、縦横無尽に室内を駆り、四方八方からヴェイトを斬りつけてゆく

>「……相手の力も見抜けないほど、堕ちたようね。」

ヴェイトは呆れた様に、ため息混じりに一言発すると、刀の峰でオリンの背面目掛けて振り下ろした
僅かに反応が遅れたオリンに防ぐ手立ては無く、ヴェイトの攻撃を受ける以外に選択肢は無かった
叩き落されたオリンは、ヴェイトの脚で踏みつけられるようにして押さえられる
攻勢一方のオリンだったが、ヴェイトに致命的なダメージを与えられず、彼女の身体にはかすり傷程度のものしかなかった

体制を整えようともがくオリンだが、波動の余力はすでに無く、剣を握るのもやっとのほど
そんなオリンの姿を、ヴェイトは光の映らない無機質な瞳で見下ろしていた

>「……今更足掻こうが、結果は変わらない。すでに未来の姿は定められている。
例え"アーレフ"……貴方が"剣帝"としての力を取り戻したとしても、事象を防ぐことは不可能。
……それに、"剣帝"の力を持つものは貴方だけじゃない。私以外にも同様に持つものが存在する。」

ヴェイトと同等の力をもつ存在が他にもいる。そして向こう側にはルキフェルまでもいる
それだけの戦力がある以上、やるだけ無駄なのかもしれない。俺が此処で諦めても、誰も責める事はしないだろう
しかし、ヴェイトと相対したときから、自身の中の何かが熱く、刺激し、戦いへと駆り立てた
"剣帝"という言葉、ルキフェル、反魂法、ヴェイトの顔、名前、武器、そして……"アーレフ"と呼ばれたこと──
それらが自身の感情を、諦観や絶望などといったものを黒に白に塗りつぶし、抗う意志へと変えた

「……それが、事実だとしても……俺は──」

強い意志を秘めた瞳で、此方を見下ろすヴェイトへと睨み付ける
ヴェイトはそれを一瞥すると、窓の方まで足を進め、オリンに背を向けたまま立ち止まった
一瞬──此方を向いた彼女の表情は、先ほどまでの無機質な感じとは僅かな相違が見て取れた
ヴェイトは何も発することなく、窓から跳躍し、夜の闇に溶け込んでいった
胸の辺り温かい何かを感じる。懐にしまっていた、あの血塗られたペンダントが、僅かに光を放っていた──
45 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/06/29(火) 00:49:03 0
>「……助けてくれ。私は、まだ死にたくない。死ぬだけならまだしも、このような姿に成り果てて死ぬなど、真っ平御免だ……!」

澱のように残った最後の意識を振り絞って、貴族はそう言葉を紡いだ。
死を厭い、異形のままの死を厭う、土壇場の理屈。縋るようにしてセシリアのローブを掴む手は、正しく溺れた者の藁だった。

「――仰せのままに」

足掻けという依頼だ。その為には、なんだってする。
左様な決意と覚悟を魂に着せたところで、辛うじて保たれていた貴族の小康が突如潰えた。
事切れたのではない。ボードゲームでいうところの、『魔族の手番』が回ってきたのである。

>「塩は流水……硫黄に焔……水銀は凍土の如く……」

(『身体強化』の術式――?しかも旧来の口頭呪文!)

貴族がうわ言のように零すのは術式演述を口頭で行う、ステロタイプな『呪文詠唱』である。
こと魔術に関しては極め切ったと揶揄されるこの時代において、こともあろうに帝都の貴族が知っているような技術ではない。

難しいのではなく、古いのだ。
現在の術式は『詠唱』などという不安定で不確実で不洗練なものに頼らずとも、術式陣や想念転写によってほぼ全てがカバーされている。
それは新聞と伝言の関係を思い浮かべてみると良い。前者と後者では情報伝達の正確性も伝播速度も比べるべくもない。

そんな骨董品の技術を使う者など、余程長生きしているか、始祖魔導――魔術の雛形となる能力をもった者だけだ。
そう、『魔族』のように。

『身体強化』の術式を発動した右腕が、魔獣もかくやといった豪相を呈して一個の生物のようにうねる。
それは明確な敵意と殺傷力を以て、傍についていたセシリアを縊り殺さんと迫る。

対するセシリアは何もしなかった。魔導杖に予め施術してあった障壁術式が発動する。
一定の速度で以てセシリアへ向かって飛来する物を感知して自動で全方位型小規模結界を展開する術式である。
魔力で大気を圧縮した不可視の殻に阻まれ、『右腕』はその威力を発揮できない。弾かれるようにして傍の床を抉った。
追撃はすぐに来る。今度は叩き潰す一撃ではなく、結界を貫けるように鋭利な爪へ特化した斬撃である。

「――『天地天動』」

瞬間、その場の大気が歪曲した。斬撃を降らそうとした剛爪はその威力の向きを無理やりねじ曲げられ、明後日の虚空を抉る。
セシリアは立ち上がり飛び退くと、遅れて瑕疵が生じ始めた結界を慌てて張り直した。

「危なー!剛竜の息吹でもヒビすら入らない硬度で組んだ結界だよ――っと!」

言うや否やバックステップ。虚空に取り残された黒髪の一部を、迸る一閃が刈り取った。
貴族の右腕は最早飼い主を引き摺る猛犬の如き怒涛で、右に左に暴れまわる。破壊と示威の限りを尽くす。

「このやろッ!」

控えていた従士二人が術式縛鎖で『右腕』を捕縛する。そこへ神殿騎士のバスタードソードが走った。
銀の一閃は狙い過たず剛腕の中程を斬りつける。が、刃が通らない。まるで厚手の鎧のように、硬化した皮膚が刃を跳ね返していた。
46 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/06/29(火) 00:51:56 0
それでも、衝撃は響いたらしく右腕の動きが一瞬止まる。

「――エクステリアさん!」

「よしきた。――『天地創造』!」

三人がかりでようやくこじ開けた隙に、セシリアの杖が治療堂の床へ術式陣を描いていた。
床が隆起する。大理石の建材を材料にゴーレムが練成され、その重厚な体躯で『右腕』を抑えこむ。

「どれくらい持ちます?」

「安全を確保しながらだと一分が限界かな」

「――じゃあ俺たちで護るんで、五分持たせて下さい」

神殿騎士が防御用の『奇跡』を顕現し、その間を縫って従士達が『右腕』に飛びかかる。
ゴーレムが抑え込んでいる隙間から伸びてくる触手を断ち切り、その根元へと肉迫する。

「今のとこ魔族化してんのは右の肩から先だけみたいだ!切り落としちまえば万事解決じゃね!?」

「やってもいいけどお前それ貴族様の意識戻ってからすげー気まずいと思うぞ」

「緊急自体だから何やっても文句言わせねえよ!全身化物になるよかマシだろ?」

「「――どう思いますエクステリアさん」」

『右腕』との拮抗を保つ傍らで、ブレーンとしての意見を求められる。
セシリアとしては大賛成だった。現状最も善策に近いだろう。例え異形の魔力をもった腕でも、本体から切り離されて生きる道理はない。
『右腕』を根元からぶった斬れば、この事態を沈静化することは容易いだろう。

(だけど――)

そうなれば、この貴族に隻腕という消えない重荷を背負わせることになる。
この場で助かるのならばなおさら、死ぬまでずっとだ。腕がなくなれば、相当生きづらくなる。
貴族というある種の顔商売である人種を考えれば、その現実は痛ましすぎた。

現在の錬金技術は優秀であるから、本物と遜色なく見える義腕の作成は簡単だろう。
そこらへんも含めて妥協してもらうならば、こんなに単純明快な話はない。紛れもなく正論だ。
だが、約束したのだ。必ず足掻いて見せると。命を賭けるかわりに、十全な五体を取り戻してみせると、契約したのだ。

――『正論なんて誰でも考えつくだろ、正しいんだから。でも理想論は、誰かが語らなきゃ生まれねえんだよな』

(ようやくわかったよリフレクティア君……!)

ここは、意地の張りどきだった。

「斬らない方向で行こう。きっと最善策が他にあるはず――私の理想に、少しばかり付き合って!」
47 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/06/29(火) 00:54:12 0
倫理に拘らない魔導師としてのセシリアをよく知る従士や神殿騎士の面々は、彼女の豹変に少しだけ面食らう。
が、すぐにその相好を崩し、肩を竦めるような仕草で顔を見合わせた。

「やれやれ……目の奥に火ィ点けて頼まれちゃあ、オトコノコとして断るわけにゃいかねえな」

「なんかあったんスかエクステリアさん。なんつーか、――そっちの方がずっといいスよ」

「それで、私らは何をすればいいんです?」

「――ありがとう。まずは神殿にある限りの封印瓶を用意して。容量は問わないから、とにかく多くね」

「了解」

従士の一人が倉庫へと駆けていく。それから、と前置きしてセシリアは神殿騎士へと向き直り、

「今からあの『右腕』に向かって、全力全開の『奇跡』を発動してもらえる?」

「ええ。信仰尽きるまで叩き込んでやりますよ。どの『奇跡』をご所望で」

神殿騎士が胸に拳を置いて応えると、セシリアは若干言葉を吟味してから、所望した。

「――ありったけの、『聖域』を」
48 :名無しになりきれ:2010/06/29(火) 10:14:33 P
もはや別の作品だな
49 :名無しになりきれ:2010/06/29(火) 11:40:26 0
似てないしただのオナニー小説を垂れ流すなら創作板でやれ
なりきりネタ板はなりきりをする場所
このスレは名無しの質問を飛ばしてオナニー小説を書くだけ
板違い
50 :名無しになりきれ[sage]:2010/06/29(火) 14:38:08 O
今更すぎるし(笑)
51 :名無しになりきれ[sage]:2010/06/29(火) 17:12:18 O
なな板をなりきりだけと思ってる奴はにわか
52 :名無しになりきれ:2010/06/29(火) 18:04:16 0
失せろ
53 :ルーリエ・クトゥルヴ ◆yZGDumU3WM [sage]:2010/06/29(火) 21:03:01 O
中堅貴族らしい、余り派手派手しく無い二世代前の門構え。ここの主人は中々の賢人なのだろう、だからこそ深淵の月を警戒したのか。

 魔の燐光が、門に据え付けられたランプから洩れる。ランプの灯りを横切る影に気付き、物陰に隠れながらルーリエはゆっくりと手を挙げた。それを見たクラウチは、門の上、狭い足場で構えた弓に矢をつがえた。
ルーリエの左手が腰の短剣に伸びる。
門の手前で影が、黒い服をきた男が立ち止まる。
勘づかれたか、中々の手練れだ。
だが構うものか。
ルーリエは物陰から飛び出し、黒い服を着た男の懐に飛び込んだ。暗殺の最中に、まさか襲撃されるとは信じられなかったのだろう。一瞬、男の反応が遅れた。
だがそれでもその男は只者ではなかった。頚の動脈を狙ったルーリエの短剣を咄嗟に左腕で受け止める。のみならず、逆手に抜いたナイフでルーリエの心臓を突きにきた。
ナイフから刃が飛び出る。暗器。ルーリエは咄嗟の回避の間合いを誤る。
刃が届く、寸前で、ルーリエは男の腕に突き立った短剣を引き抜き、殆ど後ろに倒れ込むように仰け反った。好機と受け取ったのか、追撃に男は一歩踏み込む。
それが失敗だった。
今まで、予定に無いルーリエの白兵戦に手を出せないでいたクラウチが矢を放ったのだ。
上から下への射撃、かなりの近距離、背後からの不意打ち、当たらぬ道理など無かった。男は膝を射抜かれ、崩れ落ちたところを尚も足に二射、三射。
倒れた所を、ルーリエが男の頭を掴み上げながら喉元に短剣を向ける。

「ベルンハルト・エリクションだな?」

男はフードから僅かに覗く目でルーリエを睨むのみ。

「隊長」

門から降りたクラウチが、再生した肉に押し退けられて、既に抜けかかっている男の足の矢を指差した。
ルーリエは頷き、そのまま躊躇なくベルンハルトの喉を突いた。頚から吹き出る血が辺りに撒き散らされないよう、ベルンハルトの頭を地面にねじ伏せながら、クラウチが手足を縛るのを待つ。

「いい腕だが、殺しすぎたな」

もう既に傷が塞がったベルンハルトに、ルーリエは静かに囁いた。

「ルキフェルの事を吐いてもらおうか……暗い部屋で、たっぷりと」


【ルーリエ:ベルンハルトを連れて詰め所へ戻る
クラウチ:ンカイと合流、レクストの所へ向かう
時間帯:夜】
54 :名無しになりきれ:2010/06/29(火) 21:11:05 0
似てないしただのオナニー小説を垂れ流すなら創作板でやれ
なりきりネタ板はなりきりをする場所
このスレは名無しの質問を飛ばしてオナニー小説を書くだけ
板違い
55 :名無しになりきれ[sage]:2010/06/29(火) 22:09:43 O
言ってもどうせきかんよ
56 :名無しになりきれ:2010/06/29(火) 22:44:41 0
これじゃ板違いどころかただの埋め立て荒らしだな。
57 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage]:2010/06/30(水) 23:21:42 0
>>44
ヴェイトが窓から跳躍し夜の闇に溶け込んだ後、部屋には静寂が戻る。
血に塗れたオリンの荒い息だけがこだまする中、勢いよく開け放たれた扉から一つの気配が発生した。
「一体なんの騒ぎ…?きゃあ!大丈夫ですか?」
部屋に入ってきたのはラ・シレーナ所属の娼婦にして隠密。
現在はメニアーチャー家に明度として潜入しているチタンであった。

先ほど酒場ではジースの陰に潜んでおり、姿を見せなかったが、そこからオリンの陰に潜み尾行してきたのだった。
故に騒ぎを聞きつけて部屋に入ってきたような仕草ではあるが、ずっと扉の陰に潜んでいたのだ。
オリンがヴェイトと戦い、敗北するのをただひたすら見ていたのだ。
隠密の仕事は戦闘、撹乱、暗殺などもあるがあくまでそれは一部。
本来の目的は潜入・情報収集であり、戦って命を落とし情報を持ち帰られないのは愚の骨頂なのだから。


慌てたように部屋に入り、オリンに近づくとテキパキと服を脱がせていく。
「応急処置程度しか出来ませんが、染みますよ?」
傷口に聖水を振りかけ、薬草を貼り付けていく。

「一体何があったのですか?剣帝って聞こえましたけど、あなたは何者?そしてあなたを襲ったものは?」
かいがいしくも手当てしながら事情を尋ねるチタン。

そう、チタンの目的はオリンの至高調査。
戦力的に認められたとはいえ、これから重要な潜入戦になんの知識もなく連れて行けるほどマダム・ヴェロニカは無用心ではない。
どういった背景があるのか探り、危険と判断すればそう報告を。
しかし、そうでない場合は、貴重な戦力を持つ駒となる。
有用な駒を失うわけにはいかないのだから。


58 :名無しになりきれ:2010/07/01(木) 01:01:25 P
もうNPCいらない
59 :名無しになりきれ:2010/07/02(金) 19:45:02 O
馬鹿とかクズとか
そういうレベル越えてる
60 :フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage]:2010/07/04(日) 04:06:11 0
掌の上に転がるのは色とりどりの玉石。
一見しただけではただの宝石だが、その美しい外見の内に小さな炎が風も無いのに揺らめいている。。

銀の杯亭を出る際にギルバートより手渡された『魔石』。
曰く、この魔石の組み合わせによってSPIN本来の法則を無視した特殊な回廊を開くことが出来る。との事なのだが。

「……ラ・シレーナに行くにはどういう組み合わせなのでしょうか。」

フィオナは5番ハードルにあるSPINの搭乗口を前にして、肝心要の部分を聞かずに出てきてしまった事を後悔していた。
渡された小袋の中に入っているのは魔石の数は13個。
最終的な目的地がルミニア聖堂であることを考えれば、少なくとも2回分の跳躍に必要な数なのだろうが。

「うーん……あれ?」

なおも頭を捻りながら、再度袋を逆さにすると零れ出た魔石の数は7つ。
残りの6つはまるでそれ自体に意思があるかのように、押しても振っても頑として袋から出てこない。

(……ちょっと不気味かも)

掌中の魔石から伝わる胎動に内心冷や汗をかきながら、しかしフィオナは意を決するとSPINへと足を踏み入れる。

「ラ――」シレーナへ。と口にしようとしたその時、手の中の魔石から噴出した炎がフィオナの視界を紅蓮に染めた。

フィオナの身を呑み込み、視界を染め上げた炎は一瞬で消え去り、気がつけば漆黒の闇が広がっていた。
否、完全な闇では無い。足元に描かれた方陣から発する微かな光がフィオナと、その場に居たもう一人の陰影を浮き彫りにする。

「お待ちしておりました。さ、これを。」

現れたのは薄絹一枚を身に纏った女性。年の頃はフィオナと同じくらいだろうか。
言葉と同時に封書を差し出すその所作は微塵の淀みも感じないほどに洗練されていた。

「え、あ、ありがとうございます。」

果たして自分は此処に来た目的を話しただろうか。と訝しがりながらフィオナは封書を受け取る。
もちろんフィオナは事此処に至る経緯など一言も口にしてはいない。
帝都の裏を統べる『三十枚の銀貨』に属するこの娼婦はフィオナが到着するよりも前に此処で待っていたのだ。

「え、これは……。」

フィオナは手渡された封書の一点を見て息を呑んだ。
マダム・ヴェロニカからの手紙だとばかり思っていたのだが、施された封蝋が示すのは大地母神キュベレの聖印。

ルミニアが知識と技術を、ルグスが発展を象徴するようにキュベレが象徴するのは繁栄。
この三柱が帝国内での三大宗派となっている。

無論それだけなら驚きはしない。問題となるのは大地母神キュベレを信仰するクリシュ藩国にあった。
帝国に恭順を示した先王を退け新たに即位した王は、独立を目指し隣国と通じているともっぱら噂の人物なのだ。
帝都騒乱が起ころうとしている今、渡されたのはキュベレの聖印が刻まれた聖母からの書簡。フィオナが戸惑うのも無理は無い。

「メニアーチャ家の金貨とこの書簡があれば大聖堂に出た途端に捕縛という事はならないでしょう。」

(……そこまでお見通しですか)

人好きのするにこやかな笑みを湛えながら、その瞳の奥にある本質はやはりマダム・ヴェロニカの部下。
こと帝都内であるならば彼女達の眼から逃れることは不可能なのだろう。
だが今、その一派の持つ力は決してフィオナ達の敵では無いのだ。

「判りました、色々とありがとうございます。ヴェロニカさんにもお伝え下さい。」

フィオナは深々とお辞儀を返し、来た時と同様SPINへと足を踏み入れた。
61 :フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage]:2010/07/04(日) 04:07:31 0
SPINから出た先はまたもや一片の光も差し込まない暗闇だった。
それもその筈、まだ日も高いというのに明り取りの窓という窓全てが閉じられているのだ。
ひょっとしたら先刻のラ・シレーナが灯りを消していたのは眼を慣れさせる意味合いがあったのかもしれない。

「何者かや?」

そんなことを考えながら所在なさげにうろつくフィオナへと誰何の声があがった。

「怪しいものではございません。ヴァフティアがルグス神殿より参りましたフィオナ・アレリイと申します。」

フィオナは即座に声の方向へと傅きながら答える。
推察が正しければ今居るこの場所こそルミニア聖堂『欠月の間』。
すなわち聖女が居る場所なのだ。

「その名は聞いたことがあるのう。
 確か神殿襲撃犯を助けて逃走した反乱分子の一人じゃったか。」

確かに彼女の言う通り、表向きにはフィオナ達は神殿襲撃犯であるジェイドを連れて逃げた犯罪者である。
実際襲ったのはルキフェル子飼いのヴァンパイアキング・ローズではあるのだが。

「捕らえられた者を助けた事は事実ですが、彼の者は決して神殿襲撃犯などではございません。
 帝都を第二のヴァフティアとしようとする者は別に居ります。
 先ずは此方を。ルフィア・ラジーノよりの親書を持参して参りましたので。」

「成程。タダの反乱分子では無さそうじゃな。帝都を喰らい尽くそうとしている闇への反乱分子と言ったところかの?」

テーブルに置かれた燭台に明かりを灯しながら、声の主はフィオナが差し出した二通の書簡を受け取る。
艶やかに波打つ黒髪と碧い瞳に透き通るように白い肌、纏う聖衣にはルミニアの意匠。ルミニア聖堂が誇る月の聖女その人であろう。

「聖女様――」

「ああ。主らと同じ表向きの、じゃがな。」

しかし返って来た答えは否定。
ころころと楽しげな笑いを一頻りした後、彼女の衣の裾を掴み後ろに控えていたまだ幼さの残る少女を示す。

「私はお付きの神官に過ぎぬよ。もっとも秘密を知る一部の者以外にとっては聖女であるのじゃがの。
 此方がルミニア聖堂が秘匿する正統なる月の聖女、ティエナ・シレア様じゃ。こう見えてもおそらく主の親御より年上じゃぞ?」

「―――え、えぇ!?」

あまりの事実とは言え途方も無く失礼なフィオナの返答に、少女、聖女ティエナ・シレアはこくりと頷いた。
62 :フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage]:2010/07/04(日) 04:11:29 0
「大変……失礼いたしました。ところで、何故聖女様をお隠しになるのでしょうか?」

ルグス神殿でも聖女は滅多に人前には出ない。だがそれでも秘匿するというのは徹底し過ぎである。
そも、信者にとって聖女を拝謁するということは大変な名誉ですらあるのだ。それを騙していることにもなってしまう。

「もっともな意見じゃな。先ずティエナ様は我らの使用する言語を語れぬ。
 かろうじて意思疎通が出来るのは私だけじゃ。それに何より――神官では無い。」

確かに聖女、聖母は厳密に言えば神官では無い。
信仰する神を象徴する奇跡に特化した、人の身でありながら神が操る奇跡の領域に踏み込んだ者達なのだ。
ルグスの聖女は陽光の如く先を見透し、キュベレの聖母ならば地脈を活性化させ、ルミニアの聖女であれば深奥の知識に至る。
だがそれでも敢えて神官では無いというからには、それ以上の意味があるのだろう。

「神官では……無いのですか?」

「うむ。幾百の昔から今に至るまで、シレア家が秘匿されてきたのは"始祖魔導"に至ったからに他ならぬ。」

絶句するフィオナへティエナがこくこくと頷く。
始祖魔導といえば純正の魔族が行使する、純然たる破壊の力に他ならない。
レクストの弁を借りれば此処から掠め取った技術が人が用いる魔術ということになるのだろうか。
それゆえに表に出ることは許されず、皇帝の許可なくしては力を振るうことも出来ないのだ。

「無論ティエナ様は人間じゃ。しかし宿す力は神とは程遠い。……神官では無いと言った意味、理解したかや?」

「……私ごとき一神官にお話いただけたこと、生涯の名誉とさせていただきます。」

「よいよ、ティエナ様ご自身が望んだことじゃ。ルグスの聖騎士よ。」

その言葉にフィオナはひたすらに平伏する。
胸に込み上げる熱い何かは頬を伝わる涙となって床に跡を残していた。

「さて、本題に戻るとしようか。我らが神官戦士団は二度にわたる襲撃で大きく数を減らしておる。
 じゃが、三神の古き盟約に従い主らが力になると約束しよう。クリシュ藩国でも何やらきな臭いことが起こっているようじゃしな。
 もはや陛下の命を待つ必要は無い。帝都の民は我らが守ろう、後顧の憂いは要らぬ。
 ――じゃから主は主の為すべきことを為せ。」

「はい。ルグスの名に違わぬよう身命を賭して勤めを果たしてまいります。」

「ああ、あの女狐にもよろしくな。」

ルミニア聖堂の助力は得られた。
フィオナは一礼し踵を返すと迷い無く一歩を踏み出す。仲間の待つ銀の杯亭へと。
63 :名無しになりきれ:2010/07/04(日) 07:07:01 P
よくがんばりまちたね
64 :オリン ◆NIX5bttrtc [sage]:2010/07/06(火) 12:12:08 O
ヴェイトが去り、室内は静寂に包まれていた
傷ついた身体を引きずるように隅へと這い、壁に背を預ける
オリンの脳裏にはヴェイトの顔が焼きついていた。髪の色は僅かに違えど、あの顔には覚えがあった
銀の杯亭の部屋で突然意識を失ったときに見た、白金の髪の青年と共に居た女性と、瓜二つだったのだ
そして手にしていた刀も、意識の中で荒野に佇んでいた自身が握っていたものと同一のものだった
だが、顔は同じでも瞳の色やその者の持つ鼓動や気は、それとは完全に別物だった。本人か、或いは別の存在か

(……あいつは、俺を見知っているような口調だった。記憶を失う以前の俺は、ヴェイトの仲間だったとでも言うのか……?)

ヴェイトは自身を"アーレフ"と呼び、"剣帝"の力を持つものと言っていた
剣帝とは、剣皇や剣聖のような、その道を極めた者の称号か。それとも、別の何かの呼び方なのだろうか
思案しながら窓から覗く月夜を眺めていると、不意に扉のほうから気配を感じる
剣を握る程度の力しか残されていないが、咄嗟にシュナイムに手を掛けるオリン。それよりも僅かに早く、気配の主が此方へ現れた

>「一体なんの騒ぎ…?きゃあ!大丈夫ですか?」

出てきたのは一人の少女だった
彼女の表情は驚きに満ちていたが、慣れた手つきでオリンの治療を始める

>「一体何があったのですか?剣帝って聞こえましたけど、あなたは何者?そしてあなたを襲ったものは?」

手を動かしながら、先ほどまで起きた出来事を問う少女
その答えは自分が知りたいくらいだ。分かった事と言えば、断片的なキーワードと、先刻見たものとの部分的一致のみ
身体は満足に動かせずとも、頭は動かせる。オリンは思考を巡らせた
そして、少女の問いに何か引っかかるものを感じた

──彼女の問うたものは、オリンが室内でヴェイトと邂逅してから立ち去るまで──そう、全てだった

そう考えると、少女を始めて見たときからの違和感は納得がいく
恐らく気配を察知されないよう後を付け、何処かでそれらの一部始終を見ていたのだろう
オリンは手当てをしていた少女の腕を掴み、相手の目を見据えるように焦点を合わせた

「……答える必要は無い。少なくとも、誰だか分からない素性の知れない者に、答える気はない。
……それよりも、最初から見ていたような口調だな。何が目的だ?」

冷徹に否定の言葉を述べ、逆に問いただすオリン
向こうはどうだか分からないが、此方はこの少女とは初見だ。もしかしたら、レクストらの知人なのかもしれないが、おいそれと喋るほど間抜けではない
もしそうでないのなら、力ずくでも答えを得ようとするかもしれない。戦闘技術を持っている事は、動作からして感じ取れる
今この場で戦闘にでもなったら、此方が不利なのは自明の理
最悪、拉致監禁でもされ、吐かされるまで拷問刑にかけられる可能性も無いわけではない
身のこなしや纏う気配からして、取って付けた嘘ならば簡単に見抜かれるだろう

「……治療はしなくていい。此処にはお前の求める答えは──ない。」

掴んでいた少女の腕を放すオリン
治療の礼を出せるほどの引き出しは、今の自分には無い。また、例え持っていたとしても出す気は無い
オリンは自分の危機や認識の甘さを痛感した。敵はルキフェルや黒騎士、ヴェイトだけで無いと
自分の"身近"にいる存在が、敵であるのかもしれない──
65 :名無しになりきれ:2010/07/07(水) 21:59:38 O
オリンってどんなオリキャラ?
66 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage]:2010/07/09(金) 23:20:25 0
>64
「きゃっ!」
治療とともに事情を聞きだそうとしていたところ、突然腕をつかまれチタンが小さく悲鳴を上げる。
ギリギリと締め付けるその手ち共に射抜くような眼で焦点をあわせるオリンが冷徹な否定の言葉と共に逆に問いただす。
その視線を受けたチタンの目は訳もわからずやって来たメイドのそれではなかった。
この僅かな邂逅によってオリンも察するものがあったのだろう。
「ああ、だめ…そんなに強く握られると…」
短い言葉と共に手を離すと、チタンは尻餅をつき、ゴトリと何かが落ちた。

落ちたのは先ほどまで掴まれていたチタンの腕。
その腕は床に落ちた瞬間人の腕ではなく、木目調の人形の腕となっていた。

床に落ちた人形の腕は一瞬痙攣したかのように動くと、その継ぎ目から猛烈な勢いで煙を吐き出した。
煙は僅かに光る粒子を含み室内に充満したが不思議と煙たくはない。
それどころか呼吸が楽になり、傷の痛みも消えていくことに気付くだろう。
「ふふふ、その傷でありながらそれだけの力と思考を保たせるとは、ね。」
煙で視界を塞がれ見えないが、何処からか声が響く。
その口調、気配から敵意は感じられないが姿を見せるつもりもないらしい。

「傀儡椿と申します。帝都の闇に蠢く者です。
失礼ながらあなたの事を探らせて頂きました。
我々が想定する以上に事態は切迫しているが故に。
『求める答えはない』という答え、確かに受け取りました。
つきましては…」
声はこの煙が煙縛結界と大地母神の聖術を組み合わせたもので、防御と回復の効果があると説明をする。
暫くこの煙の中にいれば傷は癒えるだろう、と。

「実直の後にあなたの力は必要となる。
あなた自身のためにも、我々の為にも。」
親切ではなく、あくまで利害の一致という事を暗示する。
しかしそれは逆に今のところは敵対はしない存在であるという事の証左でもあった。

カシャリと音を立て、チタンであった人形は立ち上がり、慇懃な礼と共に煙に滲むように消えていった。

【オリンに治療を施しチタン退場。煙は暫くしたら霧散します】
67 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage]:2010/07/09(金) 23:21:12 0
>40
「よければご一緒しませんか?」
落葉庵でジョッキを傾けるレクストたちに声をかける三人の女。
本来在り得る筈のない驚天動地の事態に慌てる三人に女たちはコロコロと笑い声を上げる。
しかしそれ以上にレクストを驚かせたのは、三人の女のうちの一人を見たことがあったという事だった。

それは魔導列車襲撃時に僅かではあったが共に戦った女。
その時のような露出過多ではない。
むしろ露出は少ないが、それぞれ扇情的な佇まいとなっている。
「私たち娼婦なのですけど、ここのところ物騒な事件が続いて商売上がったりで。
そこで従士隊の皆さんの労をねぎらい活力として貰う為にお酒を注ぎに来させてもらったんです。
あ、私ヴェロニカといいます。良しなに。」
娼婦特有の逞しさだろうか。
明るく事情を説明すると、それぞれの隣に座り早速酌を始める。
その立ち振る舞いと話術で場が和み、それぞれが身体を密着させるまではそれほど時を要しはしなかった。

いつの間にかボルトとシアーはそれぞれ娼婦の肩を抱き、別々のテーブルに写っている。
テーブルに残ったのはレクストとヴェロニカ。
それを見計らったかのように妖艶な笑みと共にテーブルに香炉を置き、何かを発しようとしたレクストの唇を人差し指で塞ぐ。
すると、あたりがかすかに暗くなり、店内の喧騒が遠くなる。
「慌てずに、落ち着いて、ね?」
ゆっくりとレクストの唇に当てた手を外し、自分の唇に当てて
「わかっている、わよね?ただの娼婦で酌をしに来たわけではない事は。
テーブルの周りに認識疎外の結界を張ったわ。
今、私たちに気付けるのは通行手形の銀貨を持つ者のみ。
銀貨を持つ者が時期来るでしょうから…」
ヴェロニカに首に巻かれたチョーカーには人魚があしらわれた銀貨が鈍く光っていた。

【落葉庵にヴェロニカ(若バージョン)出現し、レクストと二人っきりに。
銀貨を持つ者を待ちながら酌をする】
68 :名無しになりきれ:2010/07/11(日) 23:36:30 0
パァァン…


パァァン…
69 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/07/12(月) 03:05:08 0
聖術――『奇跡喚起術式』は同じ術式でもその奉じる神によって性質が異なる場合が多い。
例えばルグス神殿の『聖域』は魔物を寄せ付けない防性の結界であるが、ルミニア神を信奉する神殿騎士のそれは、

「……『此処は主のおわす庭。邪なる者よ、汝此処に在ることを能わず』!」

――攻性結界である。
無論おいそれと行使できるものではなく、入念な準備と万全の態勢があって初めて成立する術式だ。
先立って治療堂の四隅に据えた月神の聖石と、ホームグラウンドであるという状況が手伝って、『聖域』は発動していた。

ドーム上に展開した光の結界は、内部に囚われた者の"魔性"だけを侵食する。
低級の魔物ならば瞬きより早く跡形もなく消滅する破魔の結界。不可視の刃が"右腕"を裂き、体躯を抑えつける。

「"右腕"を異形化させてる魔性の正体を見極めたい!本体を傷つけないように戦って!」

「「アイサー」」

二人の従士が駆け、動きの鈍った"右腕"へと飛びかかる。捕縛術式を絡め、剣を打ち下ろし、突撃槍を叩き込む。
その間にセシリアは眼前に『分析』の術式を展開し、"右腕"に何が起こったかを観察し洞察し考察し推察する。

(原因は魔力暴走……でも『身体強化』が発動してるってことは、魔力そのものには異常がないってこと?
 なら異変が起きてるのは『魔力以外の何か』。『聖域』による魔性阻害と戦闘による興奮の影響が一番顕著に現れてる箇所……!)

『聖域』を使ったのは燻り出す為である。"右腕"の動力源がどうであれ、破魔術式を受ければ何かしらのダメージはある。
酒を飲んだ後に運動すると酔いが回りやすくなるように、戦闘は『聖域』の効果を顕著にさせる役目がある。

(右目に展開している術式は……『培養』?あの夥しい量の血はコレだね。何の魔導具を使ってるのか知らないけれど……)

"右腕"に振り回されている今現在も、貴族の右目からは血液が流出し続けている。
作る傍から流れ出ているのだろう。そこにはきっと、何らかの意味があるに違いなかったが。

(血を増やして何になる?それも全部外に出しちゃったら意味が無いじゃない……!)

「っぐ……エクステリアさん、そろそろキツいです……」

神殿騎士が脂汗を流しながら言う。ただでさえ扱いの難しいルミニアの『聖域』を長時間持続させるのは、かなりの負担を強いていた。
実際に"右腕"をかまっている従士達にも疲労の色が見えてくる。一撃もらったら即死の相手を紙一重で相手しているのだから無理もない。

「あれ、出力下がってる?足元の血には全然反応してないじゃない、『聖域』」

「これでフルパワーですよ。領域内の魔性を自動で衰弱させる術式ですからね、反応しないんだったらただの血なんでしょうよ」

「……術式で増やしてるのに?」

疑問があった。『培養』が魔導具に組み込まれた術式である以上、それによって増やされた血液には魔力が通っているはずである。
にもかかわらず、『聖域』は反応していない。本来ならば床一面に広がる血糊が全て蒸発しているはずなのに。

(血は本当に『ただの血』……じゃあ、あれだけ流れて『今体を巡ってる液体』は一体何……!?)

床の血は既に致死量を振り切っていた。にもかかわらず貴族が存命するには、血液の代替となる液体が血管を満たしていなければならない。
――答えへのとっかかりを掴んだ手応えがあった。
70 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/07/12(月) 03:07:41 0
「封印瓶――発動!」

セシリアは足元にあった瓶に杖を当て、魔力を注ぎこむ。
従士達が神殿中を駆けずり回って用意した封印瓶は金級銀級含めて十数本。
『吸引』と『封印』を施術されたそれは本来"形のない魔性"――例えば降魔オーブの中身なんかを封じるのに用いる代物だ。

「対象は『"右腕"に巡っている液体』!」

大気が逆巻いた。十数本の瓶が一斉に吸引を開始し、巻き込まれた空気が渦を作って"右腕"と瓶達とを繋ぐ。
"右腕"の、従士達が刻んだ裂傷一つ一つから赤黒い血液が漏れ出して、瓶の中へと吸い込まれていく。

「『培養』が増やしていたのは血なんかじゃない……溢れ出たのは、別の液体で満たされた血管を、追い出されただけなんだよ」

帝都のごく限られた地位の人間だけが受けられる医療技術に『透析』と呼ばれるものがある。
血液を体外に導出し、『浄化』の術式で悪性成分を除去し、再び体内へと戻す治療。
神殿の奇跡だけではカバーしきれない病に直面したときにのみ許される、神への冒涜ともとれる言わば禁じ手。

「この魔導具は、『培養』で魔族の血を作り出し、人間の血とすり替えていた……透析していた!
 それなら体を巡る魔族の血を今一度排出させて――」

『透析』し直せばいい。魔族の血を抜いて、再び人間の血を入れるのだ。
"右腕"から血が流出していくのと平行して、穴をあけた水袋のように腕が萎んでいく。
硬化した皮膚が、鋭利に伸びた爪が、禍々しい筋骨が、元の人間のそれへと戻っていく。

「――人間に帰れる。『造血』!」

床に溢れる『人間の血』を杖先で掬って、術式を発動する。
何度か泡立つようにしてたった一滴の血液がどんどん増殖していく。巨大な血の塊になっていく。
セシリアが指を振ると、それは貴族の右腕に開いた傷口から体内へと潜り込んでいった。

「これで、何もかも十全に戻ったはず……!」

連続で術式を行使したことによる負担を脳に感じながら、ひとまずセシリアは式を解いた。
隣でふんばっていた神殿騎士も、ようやく解放された喜びを露骨に表情へ乗せながら『聖域』を解除する。
従士達は汚れるのも構わず血で濡れた床にへばり込み、肩で息をしていた。

「っはあ、なんとかなったみたいッスねエクステリアさん」

「すっげえ、ホントに切らずに直しちまった……」

「封印瓶ちょうど全部一杯になりましたね。厳重に隔離しとかないと」

協力者達が口々に感想を述べる中で、セシリアは休まなかった。
真ん中で倒れ伏す貴族の傍へと寄って、未だその眼窩に浮く赤い術式を停止させる為に検分する。
71 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/07/12(月) 03:09:14 0
「なんなんスかね、その魔導具。――貴族のお偉方を中心に近頃流行ってるらしいのとよく似てますけど」

「え、わたし知らないよ?うちも一応二等貴族なのに」

「迷信みたいなモンですからねえ。ほら、エクステリアさんとこって実利主義じゃないスか。跳ね除けたんじゃないスかね」

(なんでこの人こんなにうちのこと詳しいんだろ……)

「それにしても厄介ですなあ。どうにもこの妙な『膜』のようなものに術式が仕込まれているらしくて」

「膜……?」

「これです」

術師が患者の右瞼を指で広げる。見開かれた眼球の瞳の上に、確かに赤い円状の『膜』が乗っていた。
浮動術でそれを宙へ浮かせ、よく見ようと近づけたセシリアの目が、驚愕と絶望によって見開かれる。

(そんな、これは……『赤眼』!ミカエラ先生が作ってた疾病治療のための魔導具――!!)

ミカエラ=マルブランケに師事していたセシリアは、その『赤眼』がどういう代物かを製作者から聞いていた。
曰く、眼球に乗せることで目から術式効果を吸収し、病気を内側から治療し、肉体を健康に保つという効能があると。

その『赤眼』が今、血の精製による魔族化によって装用者の人格を死に至らしめようとしている。
その事実は、最も信頼していた人間の人類への背信というかたちでセシリアに精神直下の衝撃をもたらした。

「……? どうかしましたかいエクステリアさん」

目を皿のようにするセシリアを心配した神殿騎士が肩に手を置いてくる。
触れられた瞬間ビクリと肩を震わせた彼女だったが、やがて油の切れたぜんまいのようにぎごちなく笑みを返した。

「いや……大丈夫、なんでもないよ。"これ"はちょっと持ち帰って研究してみるね。何か分かるかもしれない」

保存布で赤眼を丁寧に包むと、セシリアは踵を返した。自身を労うこともしないまま、早足で神殿を出る。
そのまま夕方の風に紛れて、SPINも使わず姿を消した。



「酒場へ行こう」

研究室に帰ってくるなり、調べ物をしていたアインへ彼女はそう言い放った。
陽が傾いてるとはいえまだまだ日没には遠い。『落陽庵』へ夜に行く予定に、彼女は繰り上げを要求した。

「ちょっとね……色々、忘れたい。まだ早いけど、すれ違いになっても困るし早めに行くのもいいと思うよ」

有無を言わさずアインが精読していた資料を引っ手繰ると本棚へ適当に放り込む。七年前の記録。
それは彼女にとっても、あまり気味の良い記憶ではなかった。12才の『あの体験』は、今でもセシリアの人格の礎となっている。

「行こう、『落陽庵』へ。我らが希望の雑用係は――きっと今でも求職中だから」


【神殿魔族化事件解決。『赤眼』の疑念を胸にアインを連れ立って『落陽庵』へ】
72 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/07/13(火) 01:51:54 0
『落陽庵』は三番ハードルの中心区に軒を構える酒場である。
帝都には珍しくない、宿場を兼ねない酒場。主な客層は同じハードルに本拠を置く従士隊の歴々だ。
治安維持機構としての側面から朝昼夕夜全ての時間帯に一定の『勤務明け』従士達が店を訪れるため、昼夜を通して営業している。

「いらっしゃい。おや、随分と久しぶりじゃないかな。後ろの二人は週3ぐらいで見るが」

カウンターの奥でグラスを磨いていた店主は、ドアを開けて入店してきたレクストを見るなり黒目を少し広げた。
帝都勤務だった頃は常連だった店である。安酒を安く提供するだけの簡素な酒場は、年若いヒラ隊員達に人気があった。

「適当な食い物と、エールを二つ。それから"いつもの"を頼むぜマスター」

「はいよ。たっぷりの果実汁にリキュールを二三滴落として酒だと言い張るアレだったかな」

店主はレクスト達をカウンターの隅に案内すると、戻し干し肉の出汁で煮込んだ豆が積まれた皿と一緒に三つのジョッキを置いた。
適当に三人でジョッキを打ち合わせ、何も言わず黙々と豆を口に詰め込んでいく。
教導院時代や帝都勤務の頃は、こうして割り勘のつまみを他人より多く食べることで損をするまいと競いあったものだった。

「それにしても、まーだお前そんな薄いモン飲んでンのか。何のために酒場来てんだお前」

ボルトの指摘は、レクストが後生大事に抱えるジョッキの中身である。
底に『冷却』の術式が仕込まれ涼味を保つ容器の中には、中等科生徒が好んで飲むような極薄の酒が満たされていた。

「ホント弱いよねリフレクティアは。リキュール三滴で前後不覚になるほど酔えるのは、ある意味経済的だねえ」

「なんでかな、酒の匂い嗅いだだけでフラフラすんだよ俺。実家にいた頃はそりゃあ地獄だったぜ、年中半酔いでよ」

「そういやお前、酒場の息子だったな」

「兄貴は平気なんだよ。親父もすげえ酒豪だしな。最近じゃ妹も少し嗜みだしたってんで、そろそろ本格的に肩身が狭いぜ」

「母親は?」

「言わずもがな。もともと酒場はお袋の方が開いたらしいしな」

リフレクティア家はもともとヴァフティアの人間ではない。レクストの父親・リフレクティア翁は帝都の出身であった。
レクストには知る由もない『さる事情』で帝都を去り、帝国領内の西端に腰を落ち着けたと聞いていた。母親の出身は、聞く前に死んだ。
ヴァフティアを飛び出してからレクストが選んだ帝都という行き先は、それなりに因果のある選択肢だったのである。

(まあ、居づらかったしな……『あれ』じゃあ)

血流に乗った熱い酒の奔流に導かれて、七年前の忌まわしい記憶が少しだけ影を落とす。
目の前で異形化した母。何も出来なかった自分。『彼を庇うようにして引き裂かれた少年』――
変わり果てた母を貫く父の剣。狂う代わりに削られた妹の言葉。対象的に豹変した兄の性格。

そして、逃げ出した俺。

「――おい、おいリフレクティア、お前今すげェ顔してんぞ」

ボルトに頬をペチペチと叩かれて、レクストはようやく深く不快な記憶の螺旋から顔を上げた。
隣ではシアーも同様に、否、ドン引きを隠さず露骨に表情を濁していた。
この男は時折、自分の表情を強調することで他人の感情の昂りを沈静化しようとする癖があった。それは悪癖だったが、

(『そういう顔』をしてたってことか……)

七年前に押さえ込んだ自虐の精神が、最近顕著に鎌首をもたげている。
それはどう贔屓目に見ても、黒刃を拾った日を境に起こり始めた現象だった。
73 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/07/13(火) 01:54:19 0
「まあ、今回の件について僕らは君に説明を求めないよ。色々と厄介な事情みたいだし、そんな厄介ごとの説明なんて聞くのめんどいし」

「お前に俺達を納得させる説明をするだけの弁舌能力があるとは思えねェしな。なァ、『下辺の頂点《マルチワースト》』」

「ああ?おれの饒舌っぷりなめんら!?めっちゃ舌まわるろ!」

「酒が回ッてんじゃねェか。店長、こいつにジョッキ一杯の水をやッてくれ」

「はいはいよ。まあまあ若人達よ、悩んだら酒を飲みなさい。酒さえ飲んどけばなーんも心配いらない。幸せさ。
 もちろんうちの店でな。たっぷりの酒とおいしい料理が『落陽庵』をジャンクな幸せに導いてくれる」

「おいおい俺この前店から出た途端に倒れてる酔っ払いを見たぜ?やべーんじゃねえのこの店」

「問題ない。――倒れる向きを逆にしておいた」

「この野郎!行き倒れに偽装しやがったな!?」

「それにしたってここの食事は激マズだよねえ。煮豆ぐらいしかまともな食事がないなんて」

「初見殺しもいいとこだなオイ。初来店で皿モノ頼んで机に沈んでった奴を何人も知ッてる。なんか変なモン入れてねェだろうな」

「ははは何を言うんだい、お客様にお出しする食事にそんなコトするもんかね。試しにコレ喰ってみなさい」

店主がカウンターの中から引っ張り出したのは、一見何の変哲もない羊肉の香草焼である。
レクスト達はその見栄えと、豆しか詰めてこなかった胃袋の反応で思わず生唾を飲み込むが、

「ボルト」

「おうよ。――うお、マジで肉と香草以外入ってねえ。草も普通に旨い奴だ。食えるぞこれ」

鼻をスンと鳴らしたボルトのお墨付きを得て、三人はにわかに色めき立つ。
感覚強化と感知術式に長けたボルトは、嗅覚と視覚だけで完全に溶け込んだ液毒に至るまでを識別できた。
匂いだけで対峙する相手の戦闘能力や思考感情を大まかに推察できる能力は、処刑台で片鱗を見せている。

「リフレクティア、先に食べていいよ」

「マジで?よっしゃそんじゃ遠慮無くいただくぜえ……!」

体良く毒見係にされていることに気付かぬまま、レクストは肉を切り分けて口の中に放り込んだ。
芳醇な香ばしさが喉から鼻に抜けていく。上手く生焼けにされた肉は柔らかく、噛むと肉汁がじゅわっと溢れてきて、
香草の香りが肉の旨みを包み込んで舌の上で弾ける。完全に調和された味の旋律は、口の中で紫電の如き刺激を――

「――あががががががが!?」

突如口腔内で何かが爆ぜた。眼の奥がバチバチいって、体が勝手に痙攣し、筋肉が引き攣り、激しく揺らす。
気を待たずして彼はもんどり打ち、不随意のままに椅子の向こうへ倒れこんだ。天を仰ぐその表情は、苦悶。
ときおりピクつくだけとなったレクストを見下ろして、ボルトがこめかみに縦線を入れながら店主を見る。
74 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/07/13(火) 01:56:16 0
「……店長、てめェこれに何入れた?」

「それがなあ、わからないんだよ。私は普通に調理して出してるだけなのに、客はみーんなこんな反応」

「おーいリフレクティア、生きてるかい?生きてるなら感想が欲しいな」

「う、旨いっちゃあ旨いんだが、この肉口の中で爆発するぞ……前代未聞だぜぇ……がは、」

「店長、アンタんとこはソースに爆裂茸でも煮込んでんのか?」

「失敬だな。普通にスジ肉と根菜でブイヨンを採ってるぞ」

「材料じゃないとしたら、なんらかの魔術だね。術式が料理に組み込まれてるってことかな」

「ちょ、ちょっと待てシアー!俺が食った時は皿に術式なんて敷いてなかったし、肉も普通だったぜ!?」

「君は教導院で何を学んだんだいリフレクティア。『上方の頂点《マスターカースト》』に付きっきりで教わってたじゃないか」

シアーが述懐する傍でボルトが皿に残ったソースを指で掬って舐め、やはり舌の先端で小爆発が起こることに驚嘆している。
一人合点がいったようで、なるほどと頷いていた。

「あー、なるほどねェ。『感覚投影』か」

「……『感覚投影』?」

「人間が感じる"熱い"とか"痛い"って感情感覚を術式に変換して相手に不随意的な魔術を行使させるって理論さ。
 『術式』とは言ってしまえば万能エネルギーたる魔力に指向性を与える『命令文』なワケだろう?
 要するに『情報の羅列』さ。そして感情や感覚も同様に『熱い・痛いっていうような情報』として認識される」

その認識を利用して、相手に与える感覚を上手く制御できたなら、脳裏に積み重なった『情報の羅列』で術式を組むことも可能。
なにせ『痛み』だけでも五万と種類があるのだから、それはそんなに自由度の低いものではない。
机上の空論ではあるが、『美味しさ』の情報を小爆発術式に変換した実例が、目の前に居た。

「すげえなマスター……ウマさが複雑すぎて術式になっちゃったのか」

「職人技だねえ」

従士一人を床に沈めたことなどとうに健忘したのか元気に接客する店主を眺めて、三人は遠い目をした。
75 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/07/13(火) 01:58:15 0
>「よければご一緒しませんか?」

さて、そんな彼らのもとへ淑淑とした美女が三人やってきた。
大事件である。驚天動地である。青天の霹靂である。
なんだかんだいって男所帯の従士隊員であるところの三人は、店以外では女性に声も掛けられない初心な男たちだ。
レクストはおろかボルトや、シアーですら豊満淑女達との夢のような3on3に舞い上がっていた。

>「私たち娼婦なのですけど、ここのところ物騒な事件が続いて商売上がったりで。
  そこで従士隊の皆さんの労をねぎらい活力として貰う為にお酒を注ぎに来させてもらったんです。

(お、おいどうする……!?どうすんだこれ……っ)

(どうするもこうするもあるかよリフレクティア、俺は右だ。一番若い)

(一番エロいのは?)

(左だ)

(じゃあ僕は左を)

(何勝手に決めてんだよっ!?ここは公平にコインとかで決めようぜ?)

(酒代は俺が持つ)
(僕も持つ)

((だからここは譲れ、リフレクティア))

(おまえらどんだけ食いついてんの!?)

>「あ、私ヴェロニカといいます。良しなに。」

「あ、これはご丁寧にどーも……よしお前らコインの用意を――ってもうツバつけてやがるっ!?」

真ん中の女――ヴェロニカに気を取られているうちにボルトとシアーは疾風の如き迅速さで左右の娼婦を確保していた。
わざわざお互いに離れた席へ移動して乳繰り合わんとしているではないか。

「困るなあ、ウチは逢引屋じゃないんだけどなあ。汚しやがったら追加料金とっちゃる」

「不意に生々しいこと言うなよなあマスター!」
76 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/07/13(火) 01:59:59 0
そうしてからふとヴェロニカへ視線を戻すと、その顔にどこか見覚えがあることにようやく気付く。
あの時のような露出をしていないが、大陸横断鉄道の事件で共に戦ったあの妖艶な女性――華麗なる鉄扇使いのお姉さんだった。

「あーーっ!アンタは――――むぐぐ!」

>「慌てずに、落ち着いて、ね?」

なにやら香炉のようなものに火を入れると同時に叫ぼうとしたレクストの唇を指先で閉じる。
それだけで、どれだけ開こうとしてもぴったりと貝のように閉口してしまった。

(この俺がこの人を忘れてるとはな……ぶっちゃけあの時おっぱいばっか見てたから顔あんま覚えてなかったぜ!)

おっぱいガン見よりもっと凄いことをされたような記憶が新しいが、同時に不機嫌なフィオナの顔が浮かんできて、
なんだか非常にいたたまれない気持ちになったので思い出すのをやめた。考えるのもやめたかった。

>「わかっている、わよね?ただの娼婦で酌をしに来たわけではない事は。テーブルの周りに認識疎外の結界を張ったわ。
  今、私たちに気付けるのは通行手形の銀貨を持つ者のみ。銀貨を持つ者が時期来るでしょうから…」

(――――!!)

列車で感じたのと同じような、ただものならぬ気配にレクストは自然と背筋が伸びるのを感じた。
『銀貨』が意味するところは分からなかったが、似たような効果の硬貨を所持しているだけあって、状況は飲み込める。

「な、なあアンタ――列車でのあれ、一体なんだったんだ?どういう術式を使ったらあんな風に動ける?
 すげえって思ったんだ。アンタみたく動けたら、俺ももっとマシに戦えるはずなんだ、だから――あ、どうも」

話の途中で酌をされ、それを一気に飲み干して喉を潤し、二の句を継ごうとして、

「だからアンタにたららいあらおおひえれあらら?」

酌されたのは『いつもの』ではない普通の酒だった。
レクストはたちまち呂律を失い、かちゅぜちゅの遥か地平まで意識を飛ばした。
視界と世界が乖離して、彼は首筋まで真っ赤っかにしながら酒場のテーブルと熱烈な接吻を交わした。


【『落陽庵』にてヴェロニカお姉さんと遭遇。思いの丈をぶつけんと猛るも酩酊して撃沈】
77 :名無しになりきれ:2010/07/14(水) 22:15:35 0
TRPGって一人でやるものなの?
78 :アイン ◇mSiyXEjAgkの代理:2010/07/14(水) 23:10:51 0
> 「酒場へ行こう」
> 「ちょっとね……色々、忘れたい。まだ早いけど、すれ違いになっても困るし早めに行くのもいいと思うよ」
> 「行こう、『落陽庵』へ。我らが希望の雑用係は――きっと今でも求職中だから」

唐突なセシリアの提案に、アイン・セルピエロは眉を顰めた。

「別に構わんが……何があった? あぁ、七年前じゃないぞ。ついさっきの事だ」

細めた眼光で、アインは彼女を射抜く。
だが彼の行為は、それ以上には及ばない。恫喝も強要も、彼はしようとはしない。
社会的弱者である事を、己の人生を貫いて痛感してきた彼は、それが無意味である事を知っているのだ。
一般庶民に対してこそ『帝都公認』の札を盾に高圧的であった彼だが、今この場においてその肩書きに意味はない。
なればこそアインは、ただ尋ねるのみだ。

「まあ……移動しながらでも話は出来る。ひとまずは、案内しろ。……そうだな。話が長くなるようなら、SPINの少ない道順でもいいんだぞ」

辟易の色を滲ませて、彼はぽつりと嘯いた。
ともあれセシリアが先の出来事を話そうが話すまいが、二人はやがて『落陽庵』へと辿り着く。
そうしてテーブルに突っ伏すレクストの隣にいた、妙齢の――少なくとも見た目に限っては――女性を見るや否や、アインは表情を訝しみに染めた。

「……何だ、お前。てっきりあの聖騎士とそう言う仲だと思ったんだがな。いや……それともその上で、か?」

皮肉を交えて嫌味さの覗く笑みを零し、しかし彼の視線はマダム・ヴェロニカの首元へと焦点を定める。
人魚が彫り込まれた――鈍く、しかし確かに存在を主張して煌く銀貨を。

「……成る程。架け橋の準備は万端か。なら話は早いな。僕から多くを語る必要もないだろう」

レクスト、セシリア、アイン。
彼らは皆、点に過ぎず――しかし繋がれば大きな円環にもなり得る。
それを担うのがこの娼婦なのだと悟ったアインは、ただ空いた席へ腰を下ろした。

「ん……その料理、手を付けないなら少し貰うぞ。よく考えたら今日はろくに飯も食べれてない」

言いながら彼はレクストの前に置かれた皿を引き寄せ、一匙食す。
絶妙な調味によって術式情報とまで昇華された料理は――しかしアインの口内で爆発を起こしたりは、しなかった。
外部からの入力によって術式を誤発動させる『感覚投影』は、言うなれば『見たら呪われる絵画』や『聞いたら呪われる歌』に等しい。
そしてそれらは、魔力欠乏症である彼には発動し得ない事なのだ。

「美味いな。良い店を知ってるじゃないか。……事が収まったら、足を運んでみるのもいいかもしれんな」



【何があったか尋ねつつ落陽庵へ。進行は丸投げでござりまする】
79 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage]:2010/07/14(水) 23:16:35 0
同行の娼婦たちは巧みな仕草と話術でボルトとシアー、果ては他の客やマスターまでの注意を集めている。
そしてヴェロニカはその真逆。
認識阻害の結界を張り、店内にあって密室とも言える空間を作り出していた。

その事を伝えるとレクストの表情が一変し、閉ざされていた口が開いた。
>「な、なあアンタ――列車でのあれ、一体なんだったんだ?どういう術式を使ったらあんな風に動ける?
> すげえって思ったんだ。アンタみたく動けたら、俺ももっとマシに戦えるはずなんだ、だから――あ、どうも」
にこやかに酌をした後、ヴェロニカの目つきが変った。
冷厳であって妖艶。
その口から流れ出る声色は先ほどまでの甘さはない。
「術式?坊や、そんなものに最初から頼っているからマシに戦えないのよ。
あの動きは運動力学と心理学と人体構造の仕組みによって構成されているもの。
意識を外し、力を逸らし、重心を崩し、適切な場所に的確に力を加える。
力やスピードなら坊やの方が上だろうけど、その使い方と心構えが…あら?」
自身もグラスを傾けながら説明をしていが、その台詞は途中で途切れる事になる。

呂律の回らぬ台詞と共にレクストがテーブルにその頭を叩き付けたのだから。
首まで真っ赤にして突然のこの事態に、あれやこれやと調べてみたが、結局わかった事は。
酔い潰れている。
という事だった。
「はぁ…どういうこったい?
父親の方は樽を大ジョッキと言い張ってるような酒豪だったのにねぃ。」
グリグリと床に突っ伏すレクストの頭を突付きながら呆れ顔で呟くヴェロニカ。
酔い潰れてしまっていては仕方がないとキセルを取り出し紫煙をくゆらすのであった。

程なくして店にやってきたアインとセシリア。
二人には確かに見えていた。
他の客が意識することのない奥のテーブル。
そこで手招きをするヴェロニカと、その首に巻きつくチョーカーに鈍く光る人魚の銀貨が。

テーブルに着けば不意に周囲の音が遠くなる事に気付くだろう。
そして独特の違和感。
セシリアにこれが認識疎外の結界たる所以という事は今更説明するまでもない。
そして銀貨があるがゆえにこうして認識できた、という事も。
ただ、説明すべき事は別にあった。
「ふふっ、まあ、この際どういう関係でもいいじゃないか。
若い男と娼婦、さ。
ただこの坊や酒に滅法弱かったらしくてねえ。
ここらじゃ見ないだろうけど、酒抜きの治療だから心配しなくていいさ。
じき目を醒ますだろうよ。」
そう説明するのはレクストの頭部。
何本かの針が首筋から頭にかけて突き刺さっており、後頭部には山と盛られた粉が微かに煙を上げて燻っていた。
これは山岳地方に伝わる『鍼』と『灸』というものだが、医療体系、聖術にも上げられぬ民間治療の一種なのだ。

>「……成る程。架け橋の準備は万端か。なら話は早いな。僕から多くを語る必要もないだろう」
「ああ、本当はもう少し時間をかけたかったのだけれどねい。
ヴァフティア事変から半月足らずで事態は大きく動く。
そう、今夜にも!
…全く大したものさ。
そっちのお嬢ちゃんは…それを垣間見てきたんだろう?」
ここで一旦話を区切り、キセルを置くと
「まあ、ともあれ自己紹介位はしようかねい。
高級貴族専用秘密娼館『ラ・シレーナ』のマダム・ヴェロニカ。
そして皇帝直属の独立隠密衆『三十枚の銀貨』の筆頭・水中花だよ。」
訳もわからぬままではいらぬ疑念が生まれよう、と自己紹介をした。

【レクストの酒抜き治療。アインとセシリアに御挨拶】
80 :名無しになりきれ:2010/07/15(木) 07:58:12 0
アイーン\\\\
81 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/07/17(土) 04:10:10 0
セシリアの申し立てに、アインは反対こそしなかったものの快く追従しようとはしなかった。
双眸を狭め、セシリアの胸の内を見通さんばかりに視線を穿ってくる。ともすれば領分を侵犯しかねない眼。

>「別に構わんが……何があった? あぁ、七年前じゃないぞ。ついさっきの事だ」
>「まあ……移動しながらでも話は出来る。ひとまずは、案内しろ。……そうだな。話が長くなるようなら、SPINの少ない道順でもいいんだぞ」

「……最短距離で行こう」

尊大の物言いの割にSPINには腰を引くアインの態度を見ていると、なんとなく意地悪したくなった。

二人は研究塔を出て、塔内移動のSPIN(階段のない研究塔ではこれがもっぱらの移動手段だ)に乗って地上へ降りる。
そこから最寄のSPIN駅へ歩く間――『ただ歩くだけの時間』、間を埋めるようにセシリアは語った。

「これを」

アインに押し付けるようにして渡すのは、ハンカチに包まれた『赤眼』である。

「例の『生贄』――二人の"当て"のうち、少なくとも錬金術の方は当てにならなくなっちゃった。
 取り急ぎ詳細は省くけど、既に『その人』は人類の敵、私たちの背信者。――ルキフェル陣営についてる」

言葉にすると、それが如何しようのない事実であると認めざるを得ない。『だから、敢えてそうした』。
泉のように心の孔からこんこんと湧き出る感傷と悲哀と絶望の混じり合った液体に、理屈で蓋を施すのだ。
そういうふうにして悲しみをやり過ごすやりかたを、セシリアは『その当人』から教えられていた。
笑えない冗談で、反吐の出る皮肉。くだらない戯言で、やるかたない詭弁。全てを押し込めて、ただ事実だけを述べた。

「いよいよもって"門"に縋らなきゃいけなくなってきたね」

そしてその"門"の捜索を極秘裏に行うには、公以外の個人的な人脈――セシリアにとってそれはあまりに少ないそれに頼らなければ。
すなわちレクスト=リフレクティア頼みになるという現実が、どうしようもなく歯痒かった。

やがてSPINの駅に乗り、蒼白になったアインの背を押して二人は3番ハードルへと辿り着く。
従士隊専用の駅とは違い、それなりに距離を歩いて彼女たちは『落陽庵』に到達した。

日没まで時間があるとはいえ、昼勤明けの従士達で溢れ返る店内は、もうすっかり出来上がりムードである。
見知った顔を二人ほど見かけた気がしたが、二人ともギラついた眼で『お取り込み中』だったようなので、顔を合わさず歩を進める。
それよりも、セシリアの視線と興味はカウンターの隅に注がれていた。他の客どころか店主すら意識を『向けない』空間。

(『認識阻害』……?)

それも、かなり高度で巧妙な組み方をしてあった。これだけの『訓練された戦闘職』に囲まれて、違和感すら覚えられていないのだ。
凡そ潜伏活動や作戦行動に用いられる『認識阻害』は、魔力による薄い"膜"で気配や姿を覆い隠すことで認識させなくするものだ。
故に魔力知覚を鍛錬していれば、『魔力の残り香』から位置の特定は不可能ながらも認識阻害を警戒することは可能。
しかしこの場において術式の権威たるセシリアに認識阻害を知覚たらしめているのは己の感覚ではなく、懐の『銀貨』。

「『認識阻害』を『認識』する為の術式――"手形"っていうのはこれのことだね」

事実が意味するところは一つ。全ては、『銀貨』の連中の掌の上だったということだ。
セシリア達がレクストに会いにここまでくることも、そしておそらくは、『そうせざるを得ない事情』が発生したことも。

底が見えない、と思った。
なまじ高い能力を持つが故に、知らずのうちに自分を物差しにして他者を評価する癖のあるセシリアにとって、
『銀貨』という帝都の暗部は正しく未知数。己の基準では到底推し測り得ない甚大にして莫大な懐の広さを垣間見ていた。

結界の中から人影が手招きしていた。セシリア達より一回りほど上に見える、妙齢の女性。
貞淑とした服装はどこかの貴婦人を思わせるが、周りのテーブルにてお取り込み中の娼婦と同系統の服装ということは。

(なんて暢気な)

女性の向こうで机に突っ伏しているのはレクスト=リフレクティアその人であった。
首筋から煙を上げながら顔を真っ赤にして唸っている。それはかつて隣で杯を傾けた頃と、何一つ変わらない仕草だった。
82 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/07/17(土) 04:13:47 0
腹が立った。
帝都が存亡の危機だというのに、命を削る思いで人を救っているのに、呆けた顔で娼婦に鼻の下を伸ばすこの男に。
袂を分かった『あの日』から、血反吐を吐いてまで前進を続けた自分の対して、いつまでも立ち止まったままのレクストに。
――それでも尚、彼と共に歩み、順境だった『かつて』へ望郷の念を握殺できない未練に。

全てに蓋をして、セシリアは結界内へ踏み込んだ。
突如周囲の喧騒が遠くなり、数歩外の世界が玻璃の向こうの出来事になる感覚を得る。
『認識阻害』の内に入り、彼女達は世界から隔離されたのだ。

>「……何だ、お前。てっきりあの聖騎士とそう言う仲だと思ったんだがな。いや……それともその上で、か?」

(聖騎士……?ああ、教練所で一緒にいたあの、)

純朴そうな女。神殿騎士にありがちな、この暗澹の時世において不自然なほど荒んでいない眼光の担い手。
まるでお伽話を産湯に使い、夢物語を日々の糧にしてきましたと言わんばかりの穢れを知らない瞳。
そのような気風の持ち主が、セシリアは苦手だった。涜神論者の彼女にとって、『神の代行者』は相入れぬ人種なのだ。

そんな聖騎士だからこそ、レクスト=リフレクティアの謳う"理想論"が耳触り良く聞こえるのだろう。
『どんな妄言でも貫き通した綺麗事は美談になる』――それが彼の持論であり、口癖でもあった。
セシリアですら、かつては共感していたのだ。ことレクストという男は昔から、他者を煽り立てることだけに長けた男だった。

無意識に、無遠慮に、無秩序に。相手の求める言葉を探り当て、並べ立て、叩き込み、押し通す。
ボルト=ブライヤーも。シアー=ロングバレルも。セシリア=エクステリアも。ミカエラ=マルブランケも。
みんなそうなのだ。身の丈に合わない理想論を臆面無く吐きつつも、行動力を伴なう彼に好感を持ち、いつしか信頼していた。
人心掌握。『下辺の頂点《マルチワースト》』の男は、それを自覚なくやってのけるから、余計に性質が悪かった。

>「ふふっ、まあ、この際どういう関係でもいいじゃないか。若い男と娼婦、さ。ただこの坊や酒に滅法弱かったらしくてねえ。
  ここらじゃ見ないだろうけど、酒抜きの治療だから心配しなくていいさ。じき目を醒ますだろうよ。」

先程からレクストの首筋で煙を吐いているのは、外見から判断するに香の一種らしかった。
術式の専門家であるセシリアは、畢竟そういった物理的な療法には明るくない。そもそも帝都の教導院では習わなかった代物だ。
少なくとも害意の顕れではないことに若干の安心を得ながら、セシリアは女性の隣に腰掛けた。

>「……成る程。架け橋の準備は万端か。なら話は早いな。僕から多くを語る必要もないだろう」

>「ああ、本当はもう少し時間をかけたかったのだけれどねい。ヴァフティア事変から半月足らずで事態は大きく動く。
  そう、今夜にも!…全く大したものさ。そっちのお嬢ちゃんは…それを垣間見てきたんだろう?」

セシリアは首肯した。言葉の含意がどうであれ、神殿での出来事がこの女性にまで通じていることは間違いない。
すなわち、これから彼女は一切の説明を必要とすることなく、心置きなく本題に入れるということだ。

>「まあ、ともあれ自己紹介位はしようかねい。高級貴族専用秘密娼館『ラ・シレーナ』のマダム・ヴェロニカ。
  そして皇帝直属の独立隠密衆『三十枚の銀貨』の筆頭・水中花だよ。」

マダム・ヴェロニカの言葉で全てが繋がった。『銀貨』の意味。情報の道理。暗部の理屈。彼女がここにいる理由。
事態は、セシリアが想定していたよりずっと巨大な陰謀の影を引き摺ってこちらへと接近してきた。

「初めまして、になるのかな?『貴女を個人として認識していいのなら』。水中花さん。
 私はセシリア=エクステリア。帝都の国立研究院で魔導具技術師を営む傍ら――大量破壊兵器を習作してみたり」

自嘲気味にそう言った。
83 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/07/17(土) 04:16:39 0
勝手にカウンターの上の料理を食べ始めたアインと同様に食事をとっていなかった彼女は、
アインが独占する香草焼をきっちり二等分して小皿に取り分けた。『認識阻害』が働いている為、新たに注文できないのだ。

「懐かしい」

教導院時代は、よくレクストやその取り巻きと連れ立ってここで安い料理を賞味したものだった。
何を隠そう、この店の歴史でたった一人、口の中を無傷のまま食事を終えた客こそがセシリア=エクステリアその人である。
たった今、アイン=セルピエロに超えられた記録ではあるが、ここはベテランとして格の違いを見せつけてやるべきだろう。

「外からの味覚情報によって頭の中に勝手に術式が組まれるのなら、簡単だよ、『こうすればいい』」

カウンター備え付けの胡椒瓶を手にとって、三回ほど料理の上に振った。

「――味そのものを少しでも変えてしまえば、誤発動は起こらない。んー、おいし」

匙でセシリアの口へ運ばれた料理は十全に咀嚼され、無事に嚥下される。
理屈としてはこれ以上ないくらいに正しかったが、それ以上に食を楽しむ者としては――邪道の極みだった。

「っは!い、今どこかで誰かがすげー無粋なことやらかしやがった気配が!?」

間髪入れずにヴェロニカの向こうでレクストが頭を上げた。盛られた粉がパラパラと落ちていくのも構わず、
灰だらけの頭を何度か振って脳に血を送っているようだった。やがて、きょろきょろと辺りを見回して、目が合った。
こっちを見て、目を擦って、二度見して、首を傾げ、ようやく現状を理解したらしく吃驚を顔に貼り付けた。

「あれえ!なんで女史!?っと、その向こうにいるのはいつぞやの白衣じゃねーか!え、なに、知り合いだったのお前ら!?」

素っ頓狂な声を挙げて、レクストは自分が大いに混乱していることをその場の全員に知らしめた。
ついさっきヴェロニカに詰め寄ったことも頭からすっぽ抜け、ただただぐるぐると立ち往生している。

「頭いてえ。すげえキツい酒飲んだ気がするぜえ。マスター、お冷を一杯くれ。……マスター?おーい、マスター!」

「届いてないよリフレクティア君。『認識阻害』の結界が張ってあるって聞いてない?」

「え、そうなの?――ああいや、おぼろげながらもすっ飛んでった記憶が帰投を始めてるぞ。
 ああそうだ、そこのお姉さんから聞いた覚えが――『通行手形を持つ者を待つ』って言ってたよな。
 こいつらがそうなのか?はっはー、おいおい案外世間狭いな!」

ペチリと額を叩いて見せるレクストの仕草はアホそのもので、セシリアはどうにも毒気を抜かれてしまう。
深く息を吐き、構えていても仕方ないので話を円滑に進めるためにアインへの紹介を代行することにした。
84 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/07/17(土) 04:19:40 0
「……紹介するよ、これが我々討伐隊の雑用担当、レクスト=リフレクティア君」

「なんか知らない組織の雑用係に任命されてる!? ちょっと待ておい何がどうなってんだ説明しろ」

「雑用係が不満なら他のポストを用意してもいいよ?」

「おお、何があんだよ他に」

「買出し係と、書類整理係と、荷物持ち係と、――便所掃除」

「それ全部雑用じゃねえか!なんだよ便所掃除って最早家政婦の域だろそれ!」

「ええー、じゃあ君は何ができるのさ?」

「何って、え、その、あれだよ……」

「君って何が得意だったっけ?教導院時代の一番の得意科目と豪語してたのは何だっけ?ほら言ってごらん」

「いや……その……便所掃除?」

「――もっと大きな声で!」

「なんで!?」

「とまあ、こういう人間なんだけども……改めて紹介しなくてもお互いに面識あるみたいだね」

「ああ、帝都にくる時の列車で一緒に戦った仲だ。よく考えたらヴェロニカさんも、だな」

「へえ……」

二日前着の登都便が魔物に襲撃されたというのはセシリアも知っていた。
それにレクスト、アイン、ヴェロニカの三人が同乗していたことまでは知らなかったが、それよりも気になるのは。

(列車の時点でリフレクティア君に接触していたってこと?つまり、その頃からマークされていた……)

曲りなりにも『ヴァフティア事変』で都市一つ救う闘いを経験した男である。
従士隊が持ち帰った資料を見るに、"ルキフェル"に酷似した魔族と戦闘した形跡もある。
すなわちレクスト=リフレクティアはルキフェルに対抗しうる直接戦闘員として見初められていたということになる。

(もっとマシな人材はいるだろうに……戦闘力だけとって見ても、従士隊には優秀な人材がごまんと)

それらをスルーしてレクストを選んだということは、やはり実戦闘力ではなく実際に相対した経験を重視しているのか。
それならばセシリアが呼ばれた理由も頷ける。昼間の神殿で生き残ったのは、彼女ただ一人だけなのだから。

(じゃあ、アイン氏は……?)

この皮肉屋で厭世家の魔力欠乏症罹患者が、ルキフェル討伐においてどのような意味をもつのか。
単に頭脳だけを拝借するのならば、この場に呼びつける必要もないはずだ。そこにはきっと、意味がある。

「とりあえず話を進めよう。私たちは取り急ぎある人物を探してる。それをリフレクティア君に依頼しに来た。
 彼女を見つけ出し、強力を得られさえすれば、誰も犠牲になることなくこの偉業を成し遂げられる」

「依頼って、人探しなら俺より従士隊そのものに言った方がいいんじゃ」

「公にはできない事案だから。純粋に雑用係としてのリフレクティア君と、水中花さんの情報網を借りたい。
 ――『門』。ゲーティア。かつての大魔導師を継ぐ者。莫大な魔力をその身に宿す彼女の消息を私たちは求めてる」
85 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/07/17(土) 04:21:32 0
『門』の名前を出した瞬間、レクストの双眸が限界まで見開かれた。やがてその眼光は細く、鋭くなる。

「『門』だと?お前らあいつに何やらせるつもりだ!?」

「知ってるの?リフレクティア君」

セシリの問いに、レクストはしまったという顔をしながら目を逸らし、右上方に黒目を泳がせながら答える。

「あ、いや、……知らねえよ?知らねえけど、一体何をやらすのかなーって個人的興味がだな」

「簡単に言うなら、魔力を拝借するだけだよ。膨大な魔力を消費する術式でないと、倒せないから」

「そこだよ、さっきからお前ら、討伐隊だの倒すだの、一体なんの話してんだ。誰を討伐するって?」

「ルキフェル」

「んでそのルキフェルってのを倒すのに――――――え?」

「うん?」

「……ルキフェル?」

「――うん」

レクストはこの瞬間、ようやく置いてきぼりの話題に追いついた。

「……俺、驚いていいよな?ものっそい驚いちゃうよ?」

「じゃあ音頭をとろうか。――さん、はい、」

「――何ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィーーーーー!!?」

本日二度目にして、その日一番の驚愕。レクストは結界を揺らがさんばかりの声を挙げてそれに応えた。


【セシリア
 ・アインに『赤眼』を渡す
 ・ヴェロニカ、レクストと合流
 ・ヴェロニカに『門』の消息について問う。更に『門』捜索の力添えも依頼】

【レクスト
 ・酩酊状態から復帰
 ・セシリア、アインと遭遇
 ・討伐隊の目的がルキフェルだという事実は初耳
 ・っていうかほとんど状況が分かってなかった。そもそも何故ヴェロニカが近づいてきたかすら理解してない
 ・セシリアからミアの捜索を依頼される。ミアの居場所は解れどもギルバートの算段次第】
86 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/07/18(日) 02:29:17 0
SPINによる転移後の最悪な酩酊感を香草焼の風味で緩和を図りつつ、アイン・セルピエロは思索する。
思案の対象はルキフェルと、彼を発端とする帝都の騒動――では無かった。
アインが着目していたのは、もしもセシリアが知ればある種の幻滅を覚えるであろう程に瑣末な事。
レクストの頭や首筋に立てられた針と灸であった。

究極的には。

アイン・セルピエロからすれば、今帝都に渦巻く陰謀と騒動は単なる障害物なのだ。
無論感情的な理由などから彼は進んで災禍へと身を投じてはいるが、そもそもの彼が見据える目的は『先生』の救済である。
その事を鑑みれば、彼が鍼灸の技術に興味を示すのは自然な事だった。

故にアインは出し抜けに手提げの鞄から魔力感知のオーブを取り出し、レクストへと翳す。

「魔力反応は……無しと。なら何らかの薬物を針に……いや、だったらもっと効果的な術が幾らでもある。
 となると針自体か……それとも刺し方に意味があるのか?」

呟きながら、アインは酔い潰れたままのレクストの首筋へと手を伸ばした。
しかし不意に、彼の手が止まる。
その場にいる誰もが悟り得ぬほど微かな、だがアインのみに的確に放たれた気のような、警告めいた物を感じたのだ。

アインは当然知らぬ事であるが、鍼と灸は時として人に甚大な障害を齎す。
部位によっては髪の毛数本分、針が深く刺さっただけで死に至る事さえあるのだ。
マダム・ヴェロニカからすれば、興味本位の行動とは言え看過出来た物では無かったのだろう。

ともあれ、アインは大人しく引き下がった。
そして思考の矛先を、今度こそルキフェル絡みの騒動へと向ける。

「……水中花、だったか? 必要ないだろうが、一応述べておこう。僕はアイン・セルピエロ。役学者で……魔力欠乏の障害者だ」

自嘲気味に述べながらも、細めた目の奥でアインは思考の歯車を巡らせる。
彼はレクスト達一行を、『勇者』と評した。
そしてアイン・セルピエロが持つ肩書きは――帝都、皇帝公認の銘はこの場において役に立たない為――彼自身が述べた二つ。
即ち『役学者』にして『魔力なき障害者』。

果たしてこの二つが、『勇者』一行にとって役に立つのか。
アイン・セルピエロは常に自らを『何者かの狗』と断じ、矮小な評価を下してきた。
87 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/07/18(日) 02:30:26 0
だからこそ、彼は考える。
『自分はこの大局において、如何なる役割を果たせる』のか。
――或いは『果たす事となる』のか、を。
思い返してみれば彼は、『神戒円環』の理論をセシリアに告げた時点で始末されていても、おかしくなかったのだ。
あくまで自分と『先生』を本位に物を考え、頭を垂れる相手を選ぶ事もない。
アイン・セルピエロは、不確定であり不安定な要素なのだ。

自分が場を執り仕切る存在であれば、このような要素は排除するに限る。
アインはそれが分かっているからこそ尚更、何故自分がこの場にいるのかを考えた。

「……或いは、そう言う事もあり得るか」

そして彼の意識は、ある可能性に行き着いた。
マダム・ヴェロニカが展望しているかどうかは分からないにしても。
自分がすべき、自分にしか出来ない事を。

> 「――何ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィーーーーー!!?」

そうしている内にレクストの叫び声が、彼の意識を思索の海から現実へと引き上げる。
ふざけているとしか思えないレクストの反応に双眸を細め溜息を零し、アインはレクストへと視線を向けた。

「……とにかく、そう言う事だ。どうせ考えても無駄だろうから納得しろ。
 どうしても分からん事があったらその娼婦に聞け。答えられん事は無いだろう。……答えない事はあってもな」

言葉尻に皮肉めいた音律を付け加えて、次にアインの眼光はマダムへと滑る。

「さて……何はともあれ、アンタ待ちって事になったな。
 で、どうなんだ? 目処は立っているのか? 『門』の居場所についての目処は」

【個人的な内面しか動いてねええええええ!
 ともあれ新たなカード待ちでーす】
88 :名無しになりきれ:2010/07/18(日) 19:42:22 0
実はれクスとがルキフェル
89 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage誤字は幾つかな?]:2010/07/21(水) 00:08:21 0
テーブルに着いた直後、アインのとった行動は、針の山と燻製になりかけたレクストの頭部の調査だった。
聖術にも魔法体系にもないコレに役学者であり魔力欠乏症であるアインが興味を示すのは至極当然だろう。
いや、そうでなくては困る。
水分を操る術を心得、体内のアルコール排出が出来ないこともないヴェロニカがあえて鍼と灸を持ち出したのはこの反応を見る為なのだから。
貪欲なまでのその反応に満足気ではあったが、手を伸ばす段になりヴェロニカの柳眉が僅かに上がる。
そこに込められた意図を感じ取ったか、アインは手を引っ込め思考の矛先を本題へと向けた。

それと共に自己紹介をするセシリアとアイン。
共に自嘲めいた言葉を足しながら。
「ふふふ、『はじめまして』さ。
急な招きにも拘らず良く来てくれたねい。
共に得がたい御仁だ。もっと頃合を見て状況を整えたかったのだけどねい。
改めて礼を言うよぅ。」
甘ったるい口調で二人を迎え、もういいだろうといいながら素早くレクストの頭から鍼を抜いていく。
「これに興味がおありのようだ。
事が済んだ後、色よい返事をくれれば色々教えてあげるさね。」
とアインに声をかけながら。

その間、セシリアは無事に料理を食べ、レクストが意識を取り戻す。
まだ取り除いていない灸の灰が零れ落ちるのも構わず、テーブルに知った顔が増えていることに驚きの声を上げる。
そこからはじまるセシリアとレクストの漫才。
いや、最早これは屈服プレイといっていいのではないだろうか?
屈辱的な言葉をレクストの口から引きずり出すセシリアに、ヴェロニカが苦笑を浮かべながらボトルを手に取った。
次に出る言葉に応える為に。

神戒円環によるルキフェル討伐。
その為に『門』の所在を求める言葉。

ヴェロニカがその問に応える前に、レクストが声を上げる。
未だに事態が飲み込めぬまま驚きの叫びを上げたのだ。
「いい驚きっぷりだねい。だけど、もうそろそろいいだろう?」
あいた手でレクストの頬をさすり、優しく口を閉じるように誘導し、前を向かせる。
叫び声が収まったところで立ち上がり、おもむろにボトルを逆さに向けた。
「さて、坊やは下戸のようだからねい。」
流れ落ちる赤い液体はテーブルの上に打ち付けられ広がっていく。
空になる頃にはテーブル一杯に広がり、今にも床に流れ落ちそうになっていた。
**ドンッ**
酒の広がるテーブルの中心に空になったボトルが打ち付けられ飛沫を上げる。
そのままヴェロニカがボトルを押さえているとテーブルに広がる液体が不自然に動き出した。

中央に据え置かれるボトルを中心に渦を巻き始め、それはやがて一つの地図として液体は停止した。
そう、中央のボトルは天帝城。
そして液体としての本分を忘れ留まる無数の水溜りは帝都の地図そのものだった。

「さて、ご両人の問に順に答えて行こうか。
まずは『門』の所在について。
魔導列車で唾つけておいたんだけどねい。相手の手は想像以上に長かったよ。
駅を出てすぐに奴らに連れ去られ…行き先は…」
それ以上は言葉を続ける必要はなかった。
地図が出来上がった後、更に移動は続く。
魔導列車の駅に当たる部分から糸引くように動く水滴は複雑な経路を辿りながら天帝城へと辿り着く。
『門』が天帝城に連れて行かれ、城の力場によって城の何処にいるかまではわからない旨を伝える。
90 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage少ないと良いなあ]:2010/07/21(水) 00:18:36 0
「なあに、城に入っちまえば探索は可能になる。
この坊やがこれから城に忍び込んで奪還してきてくれるって言うからねい。」
にっこりとレクストに微笑みかけた後、アインとセシリアに視線を戻した時、その目は笑ってはいなかった。

「既にちらほらと始まっているようだが、今夜、帝都は魔族化現象が起こり混乱する。
原因のあたりはいくつかついているが、如何せん時間が足りなさ過ぎる。
世の中いつでも時間が足りず、後手に回ってしまうものさ。
防ぐ事が不可能ならば盛大に混乱してもらおうじゃないか。
同じように天帝城にも化け物が一体連れ込まれていてねい。
本来この坊やが連れてくるはずだったらしいが、丁度いいってもんだ。
城の内部でも暴れてもらえれば潜入奪還の成功確率は高まる。」
そこまで言い、レクストへ釘をさす。
帝都を守る従士である以上、ヴァフティアの二の舞になると知っていてそれを看過で気はしないだろうから。

「いいかい、坊や。人間出来る事の範囲は決まっているのよ。
その範囲の中で取捨選択をし、最良の行動をとる。
帝都の混乱を鎮める為に駆けずり回る事も出来るだろうが、それをやっていてはこちらはできない。
駆けずり回るのは坊やでなくても出来るが、こちらは坊やじゃないと出来ないんだ。
そこんところ間違えないでおくれよ?」
冷たく、そして揺るぎない言葉を放った後、僅かに表情を緩め続ける。
「帝都を守るのは坊や以外にも結構多いんだよ?
従士隊、神殿騎士団、騎士団は言うに及ばず、ハンターギルドやあまり聞きはしないだろうが金枝の俯瞰者たちだって動くだろうさ。
潜入に関しても、人狼コミュニティーには話を通してある。
坊やや私らだけでなく、驚くほど多くの人間が動いているわ。
そういう他人を信頼するってのも必要よ?」
金枝とは魔術師の中でも高位の者たちが組織作る集団であり、国の枠にとらわれず世界の観察と調停を趣旨とする集団である。
その存在は公式には認められていないが、この一件を取り巻く規模の大きさを垣間見せる言葉として有効であろう。

「さて、そちらの要望は粗方満たされたと思うけどねい。
次はこちらの番といこうか。
私はそちらの要望の『後』について考えているのさ。
件の神戒円環…どのくらいで発動できるんだい?座標の規模もだ。2つくらいだと嬉しいけどねい。」
大規模な、そう、神戒円環のような都市殲滅兵器レベルの術式となれば運用には十分な準備が必要とある。
『門』を奪取した後、術式の完成発動までの時間により、その後の戦いも変ってくるのだから。

「おっと、最初から計算する必要はないよ。陣の設置は既に済んでいるのだからねい。
それから、B案についても聞いておきたいねえ。」
思い出したように付け加える言葉は、言わずとも神戒円環を帝都に設置されたスピンをそのまま流用する事を意味していた。
マダム・ヴェロニカの目は語っている。
ルキフェル討伐に無傷で勝とうとは思っていない。
その傷は帝都そのものさえも含まれる、と。
帝都の中枢ごとルキフェルを葬る覚悟を持っており、それを二人にも求めているのだった。
『2つ』とは、神戒円環の及ぶ範囲を天帝城を中心とした2番ハードルまでという事なのだ。

「なあに、そのくらい安いものだろう?
それに、その後あんたらには身の振る場所も用意してあるのだからねい。」
セシリアに対しては単純な足し引き算。
そしてアインに対しては、目的が皇帝でも帝都でもない事を見越しての言葉。
あえてはっきりと口に出さないのはレクストに聞かせる必要がない、いや、知られてはいけない事だからだった。

そして最後のB案とは…門の奪回に失敗もしくは門の使用が不可能の場合の対処についてだ。
計画をする者は必ずB案を用意する。
既に三人の生贄の事は聞き及んでいたが、それについても確認の意味と覚悟の程を確かめる為に。

【ミアの居場所を提示。レクストが潜入奪還する旨を伝える。
レクストに今夜の魔族化現象を予見し利用する事を正当化。
アインとセシリアに神戒円環の発動規模、タイミングについて質問。
それに際し帝都への甚大な被害を容認する意思を二人に伝える。】
91 :名無しになりきれ:2010/07/21(水) 01:11:44 0
大陰唇を知ってるか?
92 :名無しになりきれ[sage]:2010/07/21(水) 09:41:12 0
んなもんしる訳ねえだろ
93 :名無しになりきれ:2010/07/21(水) 15:18:52 0
小陰唇を知ってるか?
94 :オリン ◆NIX5bttrtc [sage]:2010/07/21(水) 20:04:23 0
オリンが少女を問いただすと、少女は壊れた人形のように痙攣し腕が床へと落ちる
その姿はすでに人ではなく、木で出来たただの人形だった

(写し身──か)

人形から紫煙が噴出し、部屋中を煙で満たす。不思議と煙たさはない
何処からか声が聞こえる。実際に聞こえるというより、意識への語りかけとでも言うような声
彼女は"傀儡椿"と名乗り、"帝都の闇に蠢く者"と言った。そして、利害が一致するならば手を貸せ。それがお互いのため、必要な事だと

煙が十分に部屋に四散すると、崩れ落ちた人形が立ち上がる
拾い上げた腕を元に戻すと、紫煙に溶け込むようにして去っていった

彼女──いや、彼女らは恐らく、ルキフェルの打倒の元に行動をしているようだが、正確には自分との利害が同一しているわけではない
オリンの目的は、"打倒"ではなく"探求"。つまり記憶を取り戻すこと。過去の自分を知り、受け入れることだ
それらを知る上で、自身がルキフェル側の人間である可能性も否定できない。それにヴェイトの件もある

(……はっきりしない意志だな。迷うことなく突き進む事が出来れば、楽なんだがな……。)

自傷気味に心で呟く。その直後、小さく何かが爆ぜる様な音が聞こえる
何と無しに自分の腕に視線を落とすと、紫煙が身体に触れる寸でのところで波動に遮断されていた
薄っすらと身体に纏う黒い波動が、回復を促進する魔力を拒絶している。少女は"煙縛結界"と"大地母神の聖術"と説明していた
SPINの魔力に反応しなかったときと同様だ。これも魔力を元に生成した術式なのだろう

オリンは此処で目覚めたときから休み無しだ
神殿外での有翼の魔物。下水道のショゴス。銀の杯亭で起きた深層意識の世界。そしてヴェイトとの戦闘──

(さすがに、疲れたな……。)

オリンは顔を天井へ上げ、目を閉じた
先刻、酒場にて感じた波動は弱まることは無く、次第に強まってきている
いざと言う時に戦えないのでは話にならない。術が無力化されるこの状態では回復する統べは無く、自己再生能力に頼るしかない
ショゴス戦の疲労は、酒場に着く頃には最低限戦えるまでには回復していた。ならば今は、それに専念するのが賢明だろう
オリンは集合の刻まで、此処で身体を休めることにした



──天帝城・小塔の屋上
風に靡く黒髪の少年が、微笑を浮かべながら帝都を見下ろすように立っている
膝上のショートパンツに漆黒のローブを羽織り、手には魔力を帯びた紅と藍の二つの水晶玉。それを手で弄んでいる

「……もうすぐだね、"兄さん"。会えるのが待ち遠しいよ。」

少年が、そう言葉を口にすると風が答えるように鳴いた
先ほどよりも強く、鋭く、勢いを増して。少年の心を代弁するように。彼は笑みを絶やさなかったが、それは表面上での話しだ
内面──心では、狂気と殺意と快楽に満ちていた

「もちろん、"特異点"との彼とも……ね。」

天帝城の頭上に漂う黒き風が、不吉な兆候を示すかのように舞い、吹き荒れた──

95 :名無しになりきれ:2010/07/22(木) 09:07:47 0
そりゃ不気味だな
96 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/07/23(金) 23:25:31 0
マダム・ヴェロニカの言葉、その真意にアインは眉を顰める。
彼女の読み通り、彼は帝都の存亡などには興味が無い。
あくまでも自分の世界、『先生』のいる白い部屋が守りたいだけなのだ。

だが同時に、アイン・セルピエロは感情的な人間でもあった。
聖騎士としてのフィオナを嫌い、しかし姉としての彼女を助け、
かと思えば『先生』に害が及ぶと悟れば途端に倫理を見失い、
そのくせ後になってレクスト達に殺意を抱いた事を負い目に思い、
『生贄』の可能性を提示する際とて忌々しげな表情を浮かべていた。

論理的な思考を持ち合わせているが、こと行動指針に関しては、彼は感情に衝き動かされているのだ。
尤もそうでなければ、魔術も軌跡も匙を投げた『先生』を救おう等とは思わない。思えない。
理を知りながら、彼は理に背く事ばかりをするのだ。

情を排し、必要とあらば如何な物でも切り捨てる。
それが是であり、当然である暗部に身を置くマダムには理解出来ない以前に、考えもしない理不尽だろう。
故にアインの答えは、彼女の予測とは異なる物だった。

「……僕はあくまで、神戒円環のコンセプトを提示しただけだ。実際に式を組むのはこの女だ。
 つまり……これは何処まで行っても、僕の戯言に過ぎないが」

一呼吸の間を置いてから、アインは続ける。

「アンタの挙げた三つは、全てが繋がっている。即ち術式の範囲と、B案と……『門』は」

『門』さえ手に入れば、B案は無用となる。
『門』の莫大な魔力があれば、帝都のSPINを用いずとも
精緻かつ極小のSPINを――魔力に物を言わせ強引に術式を圧縮するなりして――瞬時に設けるくらいは容易い筈だ。

全ては『門』さえ手に入れれば。
彼の言わんとする事は、そう言う事だ。
そしてそれは、マダムの問いに対する答えとしては、不適切でもあった。
彼の言葉は何処までも仮定であり、希望的観測と言う代物でしかないのだ。

マダム・ヴェロニカが窺おうとした覚悟について語るのであれば、アインは落第点であっただろう。
彼は後ろめたい事の語り手はセシリアに委ね、自身はあくまでも希望を語ったのだから。
だが彼は、それに対してマダムが良い心証を抱かぬ事は百も承知だった。
それでも尚、彼は希望を語らずにはいられなかったのだ。

「……だから」

彼の人生は、絶望に貫かれてきた。
魔力欠乏に、記憶を失っていく恩人に。
変えようのない体質に、癒やせぬ病に。

「アホ面、お前は絶対にしくじるな。お前が上手くやれば、きっと全てが上手くいくんだ」

だからこそ。
彼は、希望に飢えているのだ。

【術式範囲とB案に関してはセシリアさんに丸投げ
 トゥルーエンドかハッピーエンドか。その分水嶺の一つとして『門』を据えてみたり】

97 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/07/25(日) 02:59:32 0
>「いい驚きっぷりだねい。だけど、もうそろそろいいだろう?」

>「……とにかく、そう言う事だ。どうせ考えても無駄だろうから納得しろ。
  どうしても分からん事があったらその娼婦に聞け。答えられん事は無いだろう。……答えない事はあってもな」

「ああもう、なんで俺の頭上でそういう大事な話を進めるかなあ!また蚊帳の外かよ!
 許せねえ、こーなったらお望み通り蚊になってやる!しかも若い女の血しか吸わないエロ生き物だ!」

カウンターの奥に備え付けてある蔓管《ストロー》を加えながら、その先端をぴろぴろさせる。
それでグラスの中身を吸い上げようとして、それが普通の酒であることに気付いて噎せた。

「……どんどん脳の皺が減っていってるよね。リフレクティア君」

「おいおい褒めてんのか貶めてんのかどっちなんだよ女史ィ」

「今のどこを褒め要素だと認識したの?」

「決まってんだろ。――行間だ」

「せめて言葉で会話しようよ……」

>「さて、坊やは下戸のようだからねい。」

ヴェロニカはレクストに閉口を促すと、席を立って、ボトルを傾けた。
何をするかと思えば、カウンターテーブルの上に直接ボトルの中身をぶちまけ始めたではないか。

「なっ、何やってんだいきなり!?そんなことしたらしぶきが跳んで――あれ?」

ヴェロニカがボトルを机に叩き置くと、滝のように注がれた酒がピタリと静止する。時間を止めたように、飛沫すら散らなかった。
やがて意思を持った不定形生物――丁度下水道で見たあの魔物のように、酒はその形を意味のあるものへと変えていく。
それは地図だった。それもかなり詳細な、帝都の地図。ボトルを天帝城に見立てた、円状の巨大な帝都図だった。

(流体操作……)

思わずレクストは舌を巻く。
物体を魔力で操作する術式は、浮動術を始め多岐に渡る体系とノウハウがあり、そう珍しくも難しくもない。
だが、水のような不定形の液体、流動体を操作するには、全体に均一な魔力を伝導させる、緻密な制御が不可欠だ。
ヴェロニカはそれを息を吐くようにやってのける。術式発動すら気取らせない、見事な神業だった。

(使ってんじゃねえか、術式!)

それにしたって凄まじい技量である。この上、術式に頼らなくても有翼種二体を一瞬で屠る格闘能力すら備えているのだ。
レクストから見れば、デタラメな強さだった。そう、正しく『デタラメ』なのである。常識の範疇から逸脱している。
未だ、帝都の暗部というものに関わりのなかったレクストにとって、それは革新的で破滅的な出会いだった。

>「さて、ご両人の問に順に答えて行こうか。まずは『門』の所在について。
  魔導列車で唾つけておいたんだけどねい。相手の手は想像以上に長かったよ。
   駅を出てすぐに奴らに連れ去られ…行き先は…」

ヴェロニカがセシリアとアインへ語る『門』の情報は、レクストにとって既知のそれである。
ギルバートとハスタが持ち帰った事情と情報は、ヴェロニカの話すそれと非常に酷似していた。
机の上では、酒の地図がそこに新たな内容を記述し始めていた。街を走る線は、ミアの行方をなぞっている。

「天帝城……!」

セシリアが苦々しげに呟いた。レクストも同感だった。
98 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/07/25(日) 03:01:55 0
この国の最高政府である。皇帝閣下と元老院の住まうここは、警備の厚さが街中の比じゃない。
なにせ、従士隊と同程度の規模を持つ帝都の守護戦力・騎士団が、『ほとんどここのために』警邏に就いているのだ。
こんなところに忍びこんで人一人を拉致ってこようなど、正しく国家転覆クラスの大冒険である。

(すげえな、不謹慎だけどわくわくしてきた。どうやって乗り込むんだ?やっぱ列車で見たあの技を――)

>「なあに、城に入っちまえば探索は可能になる。この坊やがこれから城に忍び込んで奪還してきてくれるって言うからねい。」

「――えぁ!?お、俺かよっ!?」

不意を突かれて変な声で応じてしまう。レクストとしては、もはや完全にヴェロニカの力に酔い切っていたのだ。
よもや自分は矢面に立たされることなく、超人的な連中に任せて昼行灯に当たり続けていられるなどと、『錯誤していた』。
そういう悪癖を看破されたのか、それともまた別の理由なのか、セシリアのまなじりが細くなっていることに、彼は気付かない。

「何のために君を雇おうって話になってると思ってるの?言ったじゃない――雑用係って」

「ざ、雑用ってなあ!いくら俺が空気を読むことに秀でているからって、その行間は流石に読めねえわ」

釈然としないレクストは、埒が明かないとばかりにヴェロニカへと縋る。
その行為が行動が、レクストという存在そのものを限りなく底辺へ追いやっているという事実に、気づきながらも引き返せない。

「大体、どうやって助けにいけっつうんだよ!俺も何回か登城したことあるけどな、牢獄のがマシなレベルだったぜ?」

>「既にちらほらと始まっているようだが、今夜、帝都は魔族化現象が起こり混乱する。」

「――!!」

ヴェロニカの言葉に、レクストは棒を飲んだように硬直する。酒場で貴族が言っていた『異形化』と、脳裏で見事に合致した。
つまり彼女が言うのは、こういうことだ。『帝都が魔族化で阿鼻叫喚の隙に、ミアを助けろ』。

>「同じように天帝城にも化け物が一体連れ込まれていてねい。本来この坊やが連れてくるはずだったらしいが、丁度いいってもんだ」

ジェイド=アレリイ。異形と化すことを決定づけられた元英雄。彼は確かに、黒甲冑達によって天帝城へと連れていかれた。
レクストの無力が生んだ悪状況。失態は、他者の手によって無理やり好機へとねじ曲げられる。それは酷く、正しいことで。

「――ちょっと待てよ!」

到底看過できなかった。

「おかしいだろ、街が危険に晒されてるうちに、誰かが死んでいくうちに見捨てて行けってのか!?犠牲にしろってのかよ!
 大体、なんでアンタはそんな情報を知ってる?全部掌の上みてえな顔しやがって、アンタ本当に信用できるのかよ!」

「後者の疑問に関しては私たちが保証するよ。彼女が居なければ、この討伐隊自体が成立しなかったからね」

「じゃあ前者だ!その、ルキフェル倒す為の兵器っつうのの起動に嬢ちゃんが必要なんだろ?だったら――」

「――だったら、街を救ってルキフェルを倒すのはまた今度?『門』を奪還しなきゃ倒せないのに?」

「で、でも!このまま街を見捨てるなんて納得いかねえぞ!?そういう、何かを犠牲にしなきゃならない方法なんか……」

99 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/07/25(日) 03:03:21 0
>「――いいかい、坊や。人間出来る事の範囲は決まっているのよ。」

ヴェロニカが、そこから叩きつけるような諫言を放つ。それは怜悧で、しかし筋の通った文句だった。
少なくとも、『理想論ばかり語る愚か者』の頭を殴りつけることができるぐらいに、硬質な言葉。

>「帝都の混乱を鎮める為に駆けずり回る事も出来るだろうが、それをやっていてはこちらはできない。
  駆けずり回るのは坊やでなくても出来るが、こちらは坊やじゃないと出来ないんだ。そこんところ間違えないでおくれよ?」

「お、俺は従士として……!」

「リフレクティア君さ、いい加減その過大評価を訂正したほうが良いよ。
 君は街を救いたがるけどさ、一体君一人が、『君ごとき』一人が加勢したところで一体何人救えると思う?
 世界は君が思うよりずっと、君に重きを置いていないよ。極論、君は『いなくてもいい』から、『ここにいる』んだよ」

従士隊の中でも指折りの無能であるところのレクストは、その能力を信頼されていない。
『常務戦課』の従士達は、代替のきく人材を代替のきく任務に割り当てるために用意された、正しく駒なのである。
いなくても問題ない。容疑者を追ってそのまま帰ってこないという免職ものの失態が、始末書で許されるのはこういう理由もあるのだ。

「うぐぐ……!!」

正論の連打に打ちのめされて、レクストは唇を噛んで俯くしかなかった。
それを見かねたのか、はたまた始めから結論を用意していたのか、ヴェロニカが諭すような声で言う。

>「帝都を守るのは坊や以外にも結構多いんだよ?
 従士隊、神殿騎士団、騎士団は言うに及ばず、ハンターギルドやあまり聞きはしないだろうが金枝の俯瞰者たちだって動くだろうさ。
 潜入に関しても、人狼コミュニティーには話を通してある。坊やや私らだけでなく、驚くほど多くの人間が動いているわ。
 そういう他人を信頼するってのも必要よ?」

なんでも一人でやろうとする。黒刃の酷評は、正鵠を射ていた。一晩と共にしていない他人すらも、看破するのだから。
なんでも一人でやろうとする。集団の中で錯誤を起こしがちなレクストが、己に課した枷。それはやはり、上手く機能していないが。
なんでも一人でやろうとする。かつて『二人』だった彼が、まっとうに『二人』足らんと足掻いた証。

――弱さの理由。
『なにもできないくせに、なんでもやろうとするから。』

「やってやんよ……!!」

俯いたまま、彼は唸る。
ここが分水嶺だった。レクスト=リフレクティアがその『有用性』を世界に向けて発信する好機。
『下辺の頂点《マルチワースト》』が、最底辺から世界に拳を叩き込む為に。

彼は立ち上がった。

「女史、白衣、ヴェロニカさん。アンタ達がこの街を救ってくれるのなら、俺も全力でアンタ達を救う。
 できないことはもうやめだ。できないことは――誰かに頼む。だから、刮目して見とけよ?」

できることだったら、なんでもできるのだから。

「――この俺の、最高にカッコいいところをなぁ!!」
100 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/07/25(日) 03:04:56 0
>「さて、そちらの要望は粗方満たされたと思うけどねい。次はこちらの番といこうか。」

レクストの返答に満足が行ったのか、ヴェロニカは話の段階を次へ進める。
彼女が語り始めた内容は、レクストにとってちんぷんかんぷん以外のなにものでもなく、やがて理解を諦めた。
アインの言ってることも正直わけがわからない。レクストを除いた三人だけが、えらく得心のいった顔で頷き合っていた。

「一切の道徳と倫理を排して言うよ。規模・被害・成功確率全てにおいて、本案とB案には隔たりがある。
 例外なく前者は後者に勝る結果を出すから――絶対に、『門』は欲しい。そのことを念頭に置いて聞いて」

レクストが質問しようといすると、セシリアに視線で制された。それは禁止というよりも、むしろ懇願。
『聞いてほしくない』と言っているように感じて、それがあまりにセシリアに似合わなくて、彼は二の句が継げなかった。

「まずは規模。『門』がいればアイン氏の述べたように発動は局所の一瞬で済むから、上手く行けば街は無傷で殺れる。
 問題はB案なんだけれど……これがちょっとマズイね。今のままだと、『五つ』ぐらい吹っ飛ぶかも」

「な、なあ、何が五つ吹っ飛ぶんだ?すげえ不穏な感じなんだけど!」

「タイミングは発動準備さえ整えてしまえばほぼ任意で使えるよ。元が転移術式だからね、タイムラグもほぼない。
 そもそも基礎理念が兵器としての運用だったから、扱いやすさに関しては安心してくれていいと思う」

ついに無視された。

「B案の場合は、『門』の代わりとなる人材が必要になる。魔力をオーバーロードさせるから、『そういうこと』だと理解して。
 揃えなきゃいけないのは魔術、聖術、錬金術の三種三人。このうち魔術と聖術には当てがあるけど――錬金術が剣呑。
 ただ、帝都が人的損害もやむ無しと言ってくれるのなら、この限りじゃないよ。なにせここは帝都だからね、人材には事欠かない」

「お、さっき言ってた"金枝"って連中でも呼ぶのか?」

「わからないのに口出してこないでよ……今、なんの話してるか分かるの?」

「いんや、全然」

「ならいいや。知ってたら絶対――反対どころの騒ぎじゃなくなるから」

「ああ?そりゃどういう……」

「とにかく」

セシリアは強引にレクストからの追求を遮断し、ヴェロニカへと向き直る。

101 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/07/25(日) 03:06:39 0
「絶対に『門』が欲しい。これ以上、余計な犠牲を出さないためにも。だから、その為にも――」

意外にもその時、アインも同じ思いを持っていたらしい。彼女より早く、彼はそれを言葉にする。

>「アホ面、お前は絶対にしくじるな。お前が上手くやれば、きっと全てが上手くいくんだ」

そういうことだった。
レクストは少々面食らったような顔をすると、すぐに眉を強く立てて応えた。

「――ああ、任せとけ。それで相談なんだけどよ、俺も協力するにあたって、発言権と被援助権があるわけだ」

レクストは、アインのいるほうへ乗り出して、掌で衝立を作って声を飛ばす。

「魔力を使わねえ技術を研究してるって言ってたな。なら、こう――魔力を使わない特殊な武器とかないか?
 できれば飛び道具がいいんだがよ、弓とかでなくて暗器っぽく奥の手にできるやつがいいな」

パチリと両手をあわせ、拝むように頼み込む。

「術式を無効化する連中に勝ちたいんだ。多分それは、今回の任務で必要になる。
 だから俺はお前ら討伐隊に要求するぜ!俺に、そういう手合いに打ち勝つ力を貸してくれ!」

【レクスト
 ・ミア奪還作戦への参加を承諾
 ・経費援助として、猟犬の黒甲冑対策になるようなアイテムや技がないかアイン・ヴェロニカに打診】

【セシリア
 ・ヴェロニカに『神戒円環』の概要を説明。B案には生贄が必要だということも暗示】
102 :名無しになりきれ:2010/07/25(日) 14:52:47 0

お前
くすりづけ
103 :ルキフェル ◆7zZan2bB7s [sage]:2010/07/25(日) 16:33:35 0
―夜・天帝城―

ルキフェルが一通りの殺戮を終え、帝都は死体の山と化していた。
その死因は、原因不明の人体発火。
中には同族であるはずの魔族さえ含まれていた。
従士隊、騎士団の応戦を物ともせず既に死者は数万人に上っていた。
白い悪魔の持つ邪悪な力の前に、帝国首都エストアリアは半日も持たずしてその体裁を失っていたのだ。

”門”ことミアの封印されたクリスタルの前に、ルキフェルは立っていた。
彼が思うことは1つ。この門を思う存分陵辱してやりたい。
自分を封印した憎い奴の生き残りなのだから。
しかし、それは叶わない。今の彼女には心が無い。
そして、何より魂がないのだ。

柱に括り付けられたマンモンは至る所に拷問を受け、憔悴していた。
それでも尚、精悍な顔付きでルキフェルを睨み続けている。

「マンモン、オマエの裏切りに気付くのが遅かったのかもしれないね。
でもね、もう無駄じゃないかな。誰も僕を止める事は出来ない。
完全に力を取り戻した僕の楽しみを奪うなんて誰にも出来ない。
答えてよ……門の魂を”何処”にやったんだ?」

マンモンの顔に手をかざし、その半身をゆっくりと焼き焦がしていく。
死なない程度に、そして痛みを与える程度に。
激痛に顔をゆがめながらもマンモンは歯を食いしばり抵抗する。

「馬鹿な御方だ……いくら力があろうと、貴方はやはり神の器ではない。
ただの、ガキだ。それも、程度の低い……」

マンモンの言葉にルキフェルは口を歪ませる。
「じゃ、こうしよう。そうすれば、もっと楽しくなる かも」
そして、ゆっくりとマンモンの右手を握り――引き千切った。


激痛に呻く声が天帝城に響く。
クリスタルの中央に封印された生まれたままの少女はそれを見て、涙を流した。
一筋の、光のような涙を。


【マンモン何処かへ魂を隠した模様、ルキフェルは殺戮を終え天帝城へ―】
104 :名無しになりきれ:2010/07/26(月) 00:52:29 0
糞スレ
105 :名無しになりきれ:2010/07/26(月) 11:02:38 0
なぜならつゆダクj
106 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage]:2010/07/26(月) 23:26:43 0
話が進むにつれ案の定、というか想定していた通りにレクストが声を上げる。
それを制する言葉を補完するようにセシリアも言葉を続け、それを黙らせる。

>極論、君は『いなくてもいい』から、『ここにいる』んだよ

その言葉にヴェロニカの口元が僅かに歪んだ。
望み通りの言葉だったのだから。
恋に恋する少女では出てこない、こちら側の人間だからこそ出る言葉。
それは酷く話が通りやすく、男のロマンを正面から叩き潰してくれる。
だがレクストはその言葉に乗り言い放つ。
>「――この俺の、最高にカッコいいところをなぁ!!」
と。
「ああ、惚れさせておくれよ?」
軽やかな笑みと共に答えるヴェロニカ。
その心中は扱いやすくて助かる、と別の意味で笑みを浮かべながら。


以降レクストを蚊帳の外に置き本題に入っていく三人。
アインの言葉から門を擁しての神戒円環の効果範囲、使用条件、タイミングが語られる。
それを肯定するセシリアの言葉。
対してヴェロニカの目つきが厳しさを帯びてくる。

アインはあくまで【門を手に入れた】という前提の下でしか語っていない。
アインやセシリアにとってそれが理想であり、不退転の決意の表れかもしれない。
しかしヴェロニカにとって、背水の陣などというものは愚の骨頂でしかないのだ。
万全を期しその上で、必勝を望む。
決死の覚悟などという精神論は入る余地のない世界に居るのだから。

(こちらの坊やも意外とロマンチストだねい。)
心中でため息をつきながら、セシリアから続く言葉に耳を傾ける。
即ち、門を使用せぬ神戒円環の使用について。
規模が5つ、生贄は魔術、聖術、錬金術の三種三人。

ここに来てヴェロニカの眉間にシワが依る。
5つ…5番ハードルまで。
損害規模が大きすぎる、のだ。
2番ハードルまでといったのは天帝城と高級貴族がまとめて消滅することを意味している。
だが5番ハードルまでとなると、従士隊、ハンターズギルドまで消滅する事になる。
ルミニア神殿が無事ならばそれも構わないだろうが、ここ数日におきた一連の事件で大きく力を減じている事から、野戦病院以上の働きは期待できない。
政治的なとりまとめがなくなる…のだ。

>「絶対に『門』が欲しい。これ以上、余計な犠牲を出さないためにも。だから、その為にも――」
>「アホ面、お前は絶対にしくじるな。お前が上手くやれば、きっと全てが上手くいくんだ」
二人が言葉を繋ぎ、門の奪回の必須を訴える。
それに力強く応えるレクストだが、ヴェロニカの眉間のシワは取れる事はない。

セシリアは帝都が人的損害もやむ無しと言ってくれるならと前置きをしたが、今回の構想にあっては当然の前提なのだ。
いや、必要なものですらあるのだ。
ヴェロニカが考慮する命はセシリアとアインであり、レクストはその中に入っていない。
語られぬ英雄としてルキフェルと共に神戒円環により帝都の中枢と共に消滅する事も当然の選択肢として存在する。
レクスト一人に限ったことではない。
セシリアやアインの考えている条件とはむしろ逆とも言えるのだから。
つまり、人的、物的損害を如何に回避するかではなく、損害を如何にコントロールし与えるか、なのだ。
そこにヴェロニカの真の立場が垣間見えるのだが、それを匂わすような真似も出来ない。
107 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage]:2010/07/26(月) 23:31:15 0
門が手に入れば損害は殆どなく、門が手に入らねば損害は大きくなりすぎる。
魔族化現象の規模や損害の深刻度をルキフェルやそれに対抗する従士隊や騎士団に任せるのは…
だがそれもまた仕方がない事か…そう自分に言聞かせ…
大きく息を吐いた後、アインとセシリアに向きかえり結論を紡ぐ。

「粗方判ったよ。門の奪回が第一。
だが、B案のほうもいつでも発動できるように準備しておいてくれよ?
門が奪回できれば破棄するだけで済むが、そうでない場合、どうにもならないからねい。
三種三人も出来るだけこちらでも用意しておく。」
そういいながらテーブルの上にメニアーチャ家のコインを置いた。
「これで引越しをしときな。どうなるか判らないからねい。大事なものは安全な場所に移しておくんだ。
嬢ちゃんは悪いが引越しは遠慮してもらうよ。
立場的にあんたが引っ越し始めたら否が応でも目立つからね。」
マイナーな学問の一学者と帝都でも相応の地位を持つ者との差。
そして、絶対的に守るものがある者との。

「だけどちゃんと戻ってきておくれよ。
こういった戦いの場ではあらゆるアングルが必要になる。
こちらの嬢ちゃんは優秀だがそれ故に思考の死角もできる。
全く違うアングルから物事を見られる人材も必要だからね。」
それと共に二つの水晶。
中に揺らめく青白い炎が魔石であり、通信用の水晶であることを意味していた。
石自体に魔力が込められているので、魔力欠乏症のアインでも使える代物である。

この後細かい話を詰め、最後にレクストに視線を向けた。
【魔】を無効化するティンダロスの猟犬の黒鎧。
帝都に潜入するに当たっては避けては通れぬ相手だろう。
それに対抗する術をレクストは求めたのだ。

「ちょっと坊や、物をもらう前にあたしからいいものをやるから座ってごらんよ。」
レクストを椅子に座らせた後、立ち上がりその額に指をあて立つように促す。
「さっきも言ったけどね、力もスピードも坊やの方が私より上さ。
だが、私の指一本で坊やは立ち上がることすら出来ない。」
立ち上がれないレクストに妖艶な笑みを浮かべたヴェロニカの顔が近づく。
耳元に吐息をかけながら次の動作を促す。
「足を両側に開き、もう一度立ってごらん?」
と。

「色々と教えてやりたいがね…
人の体の構造と力の流れを理解できれば術式など使わずとも力を制する事はできるのさ。
戦いとは常に冷徹な力学の上に成り立つ。
相手と同じ土俵に立って馬鹿正直に力比べをする必要なんざないのさ。
如何に相手に力を出させないようにするか。
如何に自分の土俵に引きずり込むか。
それを意識するだけでまた違ってくるってものさ。
これ以上の事は時間がなさ過ぎるからねい。
アイテムにしても私の使うものは特殊すぎて使いこなせないだろうから、そちらの御仁に任せるよ。」
すくっと立ち上がったレクストに諭すように講義するが何処まで理解しているのかはわかったものではないが、構わなかった。
唯一つ、正面からぶつかり合う必要はないという言葉さえ意識してくれさえいればそれで十分なのだから。

その後暫くの会話の後、ヴェロニカは立ち上がる。
同時に認識阻害結界が解け周囲の音が戻ってきた。

何事もなかったかのように娼婦を引き連れ慇懃な礼をし、落葉庵を後にするのであった。
108 :オリン ◆NIX5bttrtc [sage]:2010/07/27(火) 20:11:53 0
>103
天帝城へと帰還したルキフェルの前に、突如闇の魔力が集約し、空間が引き裂かれた
そこから闇が放出し、人間一人ほどの大きさまで膨れ上がると霧のように四散する
現れたのは真紅のドレスを身に纏った、長身の美しい顔立ちをした女性。首からバラのペンダントを掛けている
彼女──バルバはルキフェルに歩み寄ると、表情を変えず、かつ抑揚のない声質で言葉を放った

「……ルキフェル。"門"の居場所は聞き出せたか?」

彼女の声に眉一つ動かすことなく、疑念の表情で此方に視線を向けるルキフェル
それに構うことなくバルバは続けた

「どうした。後は奴が吐けば、計画はほぼ完成だろう。」

ルキフェルに答える気は無く、ため息をつくように彼女から視線を逸らした
彼をしばらく見つめた後、バルバはくつくつと笑う

「……やっぱり誤魔化せないよね、貴方は。」

そう呟くと、彼女は右手を自身の前へと出し、なにやら印を結び始めた
描かれた印は一枚の魔力符となり、符に刻まれた文字は光となり、彼女を包み込んだ
姿を晒したのは先ほどよりも背の低い、黒いローブを身に纏った黒髪の少年

「失礼しました。僕は"執行者"、"四生"のナヘル。以後、お見知りおきを──なんてね。」

──"執行者"。皇帝の命により、秘密裏に製造が進められていた地獄への進行を目的とした計画
彼は忠実に命令をこなす殺戮人形。瘴気汚染の中でも戦闘可能な兵士、人工生命体である
彼らは体内に武具を宿し、状況に応じて形状を変化させる多目的器具を主としている。それらの形態は、使用者の能力によって多種多様に存在する
その中でも特に適正、高度な戦闘能力を持つ人工生命体は"執行者"と呼ばれ、皇帝直属の兵として選出される
選定された兵のほとんどは、表面上の感情しか無く、心は持たない
後期型の人工生命体は敢えて感情を廃止され、余計な意識を持たないように造られている。どのような状況下に置かれても、冷徹に対応させるために

執行者──ナヘルは、ルキフェルに傅く
挨拶を済ませると、年相応の子供のように無邪気な笑みを浮かべながらルキフェルに話しかける

「これで、陛下の理想に一歩近づいたね。あとは牧師のオジサン(マンモンのこと)が問題かな?
僕?ああ、僕は"兄さん"と殺り合えればそれで良いかな〜。ルキフェルさんも楽しみでしょ?従士の彼と会うの。」

掌に紅藍二つの水晶球を創り出し、手で弄び始めた
無感情な笑みを浮かべながら、ナヘルは言葉を続けた

「──まあ、安心してよ。ルキフェルさん達が内心で何を企んでいようと、構わないからさ。
陛下と目的が一致する限り……僕らは味方同士、だからね。」
109 :名無しになりきれ:2010/07/27(火) 21:02:43 0
ダクダク・


ダクダク・


それがダー糞
110 :名無しになりきれ[sage]:2010/07/29(木) 09:33:28 0
ダーク・キングダム
111 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/07/29(木) 18:04:12 0
「姉さん……っ!」

ジース・フォン・メニアーチャは魔窟となりつつある二番ハードルへと戻り、ひたむきに走っていた。
深紅の空へと飛び去った姉を探して。
見つけてから一体どうするかなどと言う事は、彼の念頭には無かった。
ただ、失いたくない。その一心で、彼は走る。

「姉さん、一体何処に……っ」

言葉の直後に、彼は見つけた。
血の翼を豪壮に広げ、血涙の滴る瞳で弟とは分からぬであろう彼を睨め付け
――己と同じく魔族化しつつある連中を付き従えた、姉の姿を。

息を呑み、ジースはすぐさま物陰へと身を隠す。
魔族化しつつある人間は例え一体でも、
幾らジースが貴族剣術を人並み以上に扱えるとは言え、討ち果たすのは困難だ。
いや、不可能と言っても差し支えないだろう。
それが、何体も。加えて彼らは魔族化しつつあるとは言え、間違いなく人間なのだ。
その彼らを殺められる程の覚悟が、ジースにはある筈も無かった。

動悸が荒立ち、呼吸が乱れる。
自分は今、何をすべきか。
彼は再び、その命題に直面する事となった。
暫し、彼は黙考する。だが、答えは一向にでない。

空回りするばかりの彼の思考を断ち切ったのは、絹を引き裂いたような悲鳴だった。
弩に弾かれたように振り返ってみれば、一人の女が、魔族化しようとしている男に襲われていた。
魔族の血による発達部位は、舌。
物理的な慣性を度外視した軌道の長舌が、逃げ惑う女を絡め取った。

人と魔が歪に混じり合ったその姿は酷く悍しい。
つい数日前までのジースならば我を忘れ、半狂乱となって逃げ出してただろう。

だが、今の彼は違う。
我を忘れ――無我夢中に飛び出し剣を抜き、男の舌を断ち切った。
切断された舌の断面から、鮮血が噴き出す。
魔族化の顕著な部位に集中していた、魔族の血が。
見る見る内に男の舌が縮み、体も元へと戻っていく。

「っ、今なら……! おい、落ち着け! ……ええい、落ち着けと言ってるだろうに!」

血が抜けた事で一時的に人間に近付いてはいるが、『赤眼』をどうにかせねば本質的な解決にはならない。
その為ジースは男へ詰め寄るが、混乱した男はジースを押し退け、言う事を聞かない。
時と共に、男はまた魔族化する。
そうなったら、さっきは無我夢中であったからこそ剣を振るえたが、二度目が出来るとは思えない。
それを自覚しているからこそ、ジースもまた言う通りにしない男を前に焦燥に囚われていく。

「……おい、そこの君達。一体何をしてる」

彼の意識に冷静さを呼び戻したのは、後ろから投げ掛けられた落ち着き払った声だった。
112 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/07/29(木) 18:07:13 0
 


「――何をやっとるか! さっさとあの化物共をなんとかせんか!」

第四番ハードル従士隊屯所に、老人のヒステリックな金切り声が響く。
声の主は屯所長、天下りした官僚が務める名ばかりの責任者だった。

「……無理です。魔族化の多い二番、三番ハードルの屯所は既に放棄されました。
 ……えぇ、三番ハードルの本部もです。今は隊長が精鋭と共に撤退戦をしているでしょう。それも、もうすぐ終わります」

沈んだ声色で答えを返す小隊長に、屯所長は逆上した激情を表情に宿した。
醜く歪めた面持ちで、老人は尚も喚き散らす。

「本部を!? 駄目に決まっとるだろうがそんな事! 行け! 今すぐ行ってあの化物共を食い止めてこい!」

「……彼らは、人間ですよ? 俺達従士隊が守るべき、救うべき庶民なんですよ?」

「やかましい! ワシはさっさと行けと言っておるのだ!」

従士の言葉になど一切聞く耳を持たない狂乱ぶりで、屯所長は叫ぶ。
周囲の従士達に険しい表情が宿りつつある事など、気付きもしないで。

「どうした! 早くせんか! これは命令だぞ! ワシの一言で貴様らの首など……!」

吹っ飛ぶ。そう、吹っ飛ぶのだ。
それも、字面通りの意味合いで。
魔族化しつつある人間達の最も厄介な点は、その戦闘能力ではない。
彼らが元人間であり、守るべき庶民である事――でもない。

真に凶悪であるのは、治療法が分からず――また誰が魔族化するのか見分けが付かない事だ。
多少先んじて発症した貴族は運良く治療を受ける事が出来たが、それも殆どセシリアが為した事。
そして不味い事に、彼女は恩師が騒動に関わっている事への動揺からか。
『赤眼』が魔族化の原因である事を名言せずに、その場を去ってしまった。
治療の場に居合わせた面々は精々、「貴族連中に配られた物に似た何か」程度の認識でしかない。
彼らの持ち合わせる情報が真実に昇華して従士隊に啓蒙されるには、時間が掛かる。
そう長くはなく、しかし致命的に時間が掛かるのだ。

元が人間である為殺す事は出来ず、けれども保護も治療も不可能で、だが本部は死守しなければならない。
そうなれば、被害は甚大。加えて後に訪れるルキフェルの襲来を受けてしまえば。
このままでは人的被害は数千、数万にすら上ってしまうだろう。

「……あぁ、何だか気が遠のいてきた」

……? 何を言っとる! 戯言を抜かしとる暇など無いぞ!」

そう、このままでは、だ。

「参りました。これはもしかしたら魔族化かも知れません。何だか無性に、目の前のクソ野郎がぶん殴りたくなってきた」

「っ、貴様……!」

言葉が吐き切られるよりも早く、従士の渾身の拳が彼の顔面に減り込む。
屯所長は二転三転と床を転がり壁にぶつかって、そのまま沈黙した。
113 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/07/29(木) 18:14:49 0
「こいつは困ったな。屯所長が指揮を執れなくなってしまった。
 誰かが代わりに指揮を執らなくてはならないが……今、何か見た奴はいるか?」

彼の言葉は、選択肢の提示である。
即ち、共犯者になる必要はない。
自分を『蜥蜴の尻尾』としてくれて構わないのだと言う、意思表示。
だが周囲から、返事はない。

「……分かった。なら、俺が指揮を執らせてもらう」

大きく息を吐いてから、屯所長を殴り飛ばした彼が皆を見回す。

「まずは他のハードルの部隊に俺達の指針を告げろ。それで皆も動き出すだろう。
 そうしたら、三番ハードルの殿を務めた隊長の安否が確認出来次第……SPINの封鎖と共に、本部を五番ハードルの屯所へ移そう。
 幸い魔族化は貴族達を中心に起きている。……封鎖は四番まで。際して家から出ないよう、厳重に勧告。
 連中の家は頑丈だ。……魔族化すれば、出るにも入るにも難儀するだろう。
 四番ハードル以降で魔族化が起きた場合は、出来る限り術式で拘束。
 数が多過ぎるか手に負えない場合はSPINへと追い込み閉鎖区画へ強制転移。
 可能ならば斥候部隊を放ち魔族化した人間を確保し、原因と治療法の模索を行う」

有事に備えて、SPINは一時的な断絶、機能停止が可能である。
ハードル間の接続を断ってしまえば、魔族化した人間も、
その可能性がある人間も、三番ハードルから外へ出る事は叶わない。

大層な事を仕出かしておいて結局見殺しかと言われれば、彼らに返す言葉は無いだろう。
だが、それでもこれが最善手なのだ。
下手に救おうと、保護しようとすれば、民間人にも従士隊にもより大きな被害を招く事となる。

この作戦は、一つ一つの工程は然程困難では無い。
危険窮まる殿は、従士隊隊長が務めている。
SPINの封鎖は遠隔でも可能であり、斥候も従士隊から選りすぐりの人員で構成すれば成功率はぐっと上がる。
魔族化の原因が『赤眼』である事が発覚するのも、そう時間は掛からない筈である。
最小限の犠牲で、これ以上無い成果が、人々が救えるのだ。

「……あの馬鹿がいなくて、良かったかもな。絶対何かゴネてたぜ」

従士の内の一人が、ふと呟いた。

「言えてら。『最小限って最も限りなく小さいから最小限だろ? だったら違ぇじゃん。最小限じゃねぇじゃん』ってか」

「あぁ、言いそうだ。『ところで最小限ってもしかして重複表現じゃね? やっべ俺超頭いい』とかな」

暫し、場の空気に談笑の気配が宿る。
しかしそれも、長くは続かない。

犠牲をゼロに抑える事が出来れば当然、それが理想である。
「出来れば」だ。彼らには、それが出来ないのだ。
身の程知らずの理想を謳う事が、如何に辛いか。
彼らは、知らなかった。

「……中隊長。隊長達の撤退が終わりました。既にこちらに到着して、今は負傷者の治癒に当たっています。
 併せて点呼も取りましたが、『置いてけぼり』はいないらしいです」

一瞬、雰囲気が和らぐ。
やはり、長続きはしないが。

「分かった……。じゃあ、隊長達と足並みを揃えて先の作戦を実行するぞ」

「……その事なんですがね」
114 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/07/29(木) 18:21:35 0
不意に一人の従士が、横槍を入れる。
四番ハードルの面子ではない。
隊長と共に撤退してきた、二番ハードルの部隊の者だ。

「道中出会った貴族様がね、今起きてる魔族化現象はあの『赤眼』が原因だって仰てましてね」

「あの『赤眼』が? 皇帝のお墨付きだぜ?」

「……続けてくれ」

頓狂な声を挙げた一人を腕の動きで制止して、先ほど中隊長と呼ばれた男が続きを促す。

「貴族様が言うには、自分の姉の瞳の中で赤眼が円環を描いているのを見たとか。
 自分としちゃ姉貴の瞳をそんな近くで見つめるような状況がどんななのか気になる所なんですけどね。
 あ、いえ、勿論そこは下世話な追求は野暮ってもんですから黙ってましたけどもね?」

「……で、その情報の信憑性は? あとその話、本人の前でしたらどうなっても知らんぞ」

「あぁ、それならご安心。実はその貴族様にゃ逃げられちゃいましてね。
 SPINを使われちゃ、どうしようもありませんでしたから。まあ、貴族様にも色々と大事なモンがあったんでしょうね。
 ちなみに赤眼に関しちゃ運良く一枚回収出来たんで、現在術式の解析中ですね。もうそろそろ、終わる頃合いでしょう」

彼の言葉が終わると同時、頃合いよく解析班の一人が結果の報告にやってくる。
結果は言うまでもない。
セシリア・エクステリアはほんの僅かな時間で、それも切迫した状況で赤眼の本質を見抜いた。
が、時間と人員を掛ければ、何より赤眼の実物から術式そのものを解析すれば。
従士達とてセシリアと同じ結論を得る事は出来るのだ。

「魔族としての血を増幅させる魔具……。そんな物が
 配られていたと言うのか。この帝都で、皇帝の名の下に」

呆然とした声色と面持ちで中隊長は零し、しかしすぐに彼の眼に意気が宿る。

「……いや、今はそんな事はどうでもいい。それより、作戦に大幅な変更が必要だな」

そう言った彼の口元は僅かに緩み、端を吊り上げていた。

「SPINの封鎖を一方通行にしろ。他の部隊と足並みを揃えて、二番三番ハードルに踏み込む。
 魔族化した人々には三人で当たれ。二人が捕縛、一人が血抜きと赤眼の剥奪だ。やれるぞ、希望が見えた」

そして、宣言する。

「俺達は、理想を掴めるんだ」

【人間達の足掻きですね。希望は掴むもよし、潰えるもよしです。
 時間軸的にはレクスト達より少し先になりますでしょうか。天帝城潜入に際して鉢合わせはしないと思います】
115 :名無しになりきれ:2010/07/30(金) 10:45:07 0
関連スレ
聖剣伝説3のリースですっ!
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1279621062/
116 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/07/30(金) 17:51:41 O
マダム・ヴェロニカの寄越した金貨に、アインは見覚えがあった。
正確には金貨に刻まれた紋章、メニアーチャ家の家紋にだが。

(……あのトンビのお坊ちゃまも関わってるのか? それとも……まあ、知る術はないか)

もしもマダム達が『そう言う事』をしたのであれば、誰かにそれが知れるような痕跡は残さないだろう。
ならばアインがその事について考えるのは無意味な事であり、故に彼はただ金貨を白衣に仕舞った。
そして、『先生』へと思いを馳せる。
今のままにしておく訳にはいかない。どうにかしなければならないとは、考えていた。
だが如何様にすべきかと具体的な思索に至ってみれば一向に解は出ず、
結果としてマダムにはまたとない契機を与えられた事となる。

(何もかも把握済み、と言う警告も兼ねてか?
 それとも、不確定要素の排除か。だとしても……ありがたい事だ)

アイン・セルピエロの行動原理は、『先生』次第で幾らでも揺らぐ。
それはマダムからすれば、好ましい事では無いだろう。
盤を使って行う戦争遊戯と同じだ。
盤上の駒が一つ消えるだけでも、取れる戦略は、戦況は一変する。
例えそれが最弱の駒だったとしても、だ。
マダムにそのような腹蔵があったかは定かでないが――いずれにせよ、アインにとって好都合である事には変わりなかった。

「……ひとまず、外に出るか」

マダムが立ち去るのを見届けてから、アインも席を立つ。
勘定に関しては一切触れる事なく、彼は傍若無人に店を出た。
そうして腕を組み店の外壁に背を預けて、暫しレクスト達が出て来るのを待つ。

「遅いぞ、何してた。……ん? あぁ、会計か。まあ許せ、代わりにさっき言ってた道具をくれてやる」

「見てろよ」と一言だけ言って、アインは右手を日の沈みつつある仄暗い空へ掲げた。
丁度手の平が遠くに揺れる、従士隊屯所に揚げられた帝国旗を覆うように。
黄昏と静寂の中でアインの指先が、小さく動く。
一瞬、微かな風切り音と共に、風に棚引く旗が不規則に揺動した。

従士隊標準装備のバイザーによる『望遠』で見てみれば、分かるだろう。
帝国旗に小さな穴が開いている事。
そして何より、アインの周囲にも帝国旗にも、一切の魔力反応が検知されない事が。

「……『錬金火竜』と言う生物を知ってるか。連中は火山の近くに生息していてな。
 『土』を喰らい、その土に体内で錬金術を施す事で『炎』として吐き出す。所謂『五行』と言う奴だ」

突然、アインは自身の含蓄を語り始める。
117 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/07/30(金) 17:52:47 O
「だがな、錬金火竜には幾つかおかしな点があった。まず第一に、五行思想において『土』は『火』の次点に当たる。
 再び『土』が『火』に成る為には、五行の円環を一周しなければならない。人間の術士でも並程度の実力では結構な時間を要する。
 ところが錬金火竜は土を喰らい、すぐさま炎を吐く事が出来る。ならば体内に余程高度な術式陣でも有しているのかと解剖してみれば、そうでもない」

一息吐いて、更に滔々と彼の説明は続く。

「他にも理不尽な点はある。連中はさっきも言ったように火山に生息しているが、実は騎士共に一匹捕獲を依頼した事があってな。
 研究所でも土を食わせてみたが、炎を吐きはしなかった。代わりに妙な結晶を吐き出したんだがな。
 それにそもそも、奴らから魔力反応は無かった。……話が長くなったな。要するに」

自身の衒学趣味をふと自覚して、アインは長々と続く解説を切り上げた。

「錬金火竜はな。錬金術など使ってはいなかった。
 その結晶と、火山から採れる腐卵石を体内で混合して、爆発する粉末を作っていたんだ。
 それは水が不定形であるように、氷が冷たいように、流水が高所から低所へ流れるように
 『そう言う物』なんだ。魔力に頼る事なく『爆発』を起こす、な」

言い終えて、彼は白衣の袖に仕込んでいた『開発物』を取り出しレクストに見せる。
自身が発見した粉末を用いて金属の弾丸を撃ち出す、小型の杖のような兵器。
アインはこれらをそれぞれ『爆薬』『手砲』と名付けた。

『爆薬』も『手砲』も、魔力反応は一切生じない。
爆薬への点火や消音にはオーブが使用されているが、極小の物であり検知出来る程の魔力はない。
故に何処にでも持ち込む事が出来る。
加えて特殊な戦闘訓練を受けた者でなくとも、使用が可能だ。
暗殺、破壊工作、戦力増大――個人、大局を問わず、用途は計り知れない。
元々はアインが皇帝の意に沿うべく、研究費用の為に開発した軍用兵器なのだ。

「ちゃんと査定に提出していれば、この店を買い取っても
 お釣りがくる程度の代物の筈だったんだがな。それが飲み屋の代金代わりか」

皮肉げに笑みを零し、アインは呟いた。
そして常備している鞄のダイヤルを弄り、レクストに向けて開いて見せる。
鞄の内側には広大な倉庫の様相が広がっていた。
中には『爆薬』や『手砲』を始めとして、彼の様々開発物が保管されていた。
魔術を施された鞄は手を伸ばせば、その中に広がる物を任意で掴めるだろう。
118 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/07/30(金) 17:54:05 O

「くれてやる。単発式だからな、好きなだけ持っていけ。使い方は単純だ。
 穴が開いている方を相手に向けろ。間違っても自分に向けるなよ。
 後は表面の突起を押し込めばオーブが砕けて爆薬に点火、弾丸が打ち出される。そう厚くない鎧なら、撃ち抜けるかもな」

ついでにと言葉を繋ぎ、彼は次に白衣のポケットを漁る。
そうして掴んだ物を、無造作にレクストへと投げ渡した。

「これもやろう。と言っても、ただの紐とリングだがな。
 上手く使えば僕がやったように、袖に仕込んで扱える。他にも罠とか、色々出来だろう。
 あぁ、リングの方は魔力を通せばサイズが変えられる。返してはいらんぞ、一度変えられたら僕には戻せんからな」

言い終えると、アインはレクストの鞄漁りが終わったかなど気にも掛けず鞄を掴み、身を翻す。

「僕はちょっと野暮用がある。後でまた会おう。待ち合わせはそっちで決めて連絡しろ。
 ……そうだ、エクステリア。僕とお前は、上手く話を通せば正面からでも天帝城に入れるかもしれん。
 そのアホ面が心配なら一緒でも構わんが、二手に分かれるのも手だろう。考えておけ」

【爆薬とか手砲とか提供しました
 『先生』を安全な場所へ移す為一時離脱
 二手に分かれる作戦を提示】
119 :名無しになりきれ:2010/07/30(金) 22:23:11 0
ようこそ先輩
ありがとう先生

そして爆撃機が近づく…
120 :名無しになりきれ[sage]:2010/08/01(日) 19:59:48 0
ちょっとフザケすぎかもよ
B−dash
121 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/08/04(水) 02:03:04 0
レクストが要求した戦闘手段の提供に、まず対応したのはヴェロニカだった。

>「ちょっと坊や、物をもらう前にあたしからいいものをやるから座ってごらんよ。」

「ん? ああ、座るっちゃ座るがそれが一体なんだってんだ?」

彼女はレクストを再び着席させると、今度は自身が立ち上がって彼の額に指先を当てる。
その状態で、ヴェロニカはレクストにもう一度立ち上がるよう言った。促されて、レクストは立ち上がろうと足に力を込めるが――

「あ、あれ? なんだこれ、足は動くのに背中が椅子から離れねえ! アンタ何したんだ……!?」

ヴェロニカがやったことと言えば、頭を前後に動かせないよう指先で抑えているだけだ。
にもかかわらず、膂力で言えば正しく桁の違う『立ち上がる動作』が、指先一本によって完璧に御されているのだ。

>「さっきも言ったけどね、力もスピードも坊やの方が私より上さ。だが、私の指一本で坊やは立ち上がることすら出来ない。」

「マジでどうなってんだこれ!やっべえちょっと楽しくなって――って近い近い顔近いって!」

いつの間にかヴェロニカの顔が目の前にまで接近してきていた。艶のある笑みを浮かべながら、彼女はレクストの耳元に息を吹きかける。
ぞわわっと言葉にならない感覚の波が背中を中心に広がり、全身が総毛立つ。そのままで、ヴェロニカは囁いた。

>「足を両側に開き、もう一度立ってごらん?」

声のない叫びを上げながら、レクストは言われたとおりに足を開き、そして、

「あ? 普通に立てた……」

起立していた。あれだけ動かなかった背中が呆気無いほどに背もたれを離れ、レクストは今一度中座を完了する。
向こうでセシリアが得心のいった表情を浮かべていたから、あとでタネばらしを訊こうと決めた。

>「色々と教えてやりたいがね…人の体の構造と力の流れを理解できれば術式など使わずとも力を制する事はできるのさ。
  戦いとは常に冷徹な力学の上に成り立つ。相手と同じ土俵に立って馬鹿正直に力比べをする必要なんざないのさ。
  如何に相手に力を出させないようにするか。如何に自分の土俵に引きずり込むか。
  それを意識するだけでまた違ってくるってものさ。これ以上の事は時間がなさ過ぎるからねい。」

『正面からぶつかり合う必要はない』。ヴェロニカの言を掻い摘んで理解するならば、つまりそういうことらしかった。
搦め手、策謀、戦術、罠、そういった胡乱で迂遠な戦い方は、レクストの性向に合ったものではなかったが、

(そろそろそういう甘ったれた考えを捨てなきゃ、ってことだよな……)

その一点において、レクストもまた得心がいった。
やはり彼女に師を求めて正解だったと思う。『レクストにないもの』を完全無欠に揃え持ったヴェロニカは、必要な変化を促してくれる。

「なるほどな、大体分かったぞヴェロニカさん、俺も『そういうの』が欲しかったんだ。為になるぜ。
 俺は今まで真っ向勝負しかやってこなかったからよ。正面以外から戦うには、手を変え品を変えできるほどのバリエーションが必要なんだよな」

全ては繋がる。その為の『手と品』のうち、ヴェロニカは『手』を導いてくれ、『品』はアイン=セルピエロが提供してくれるという寸法だ。
ヴェロニカは言葉を締めると、席を立った。同時にカウンターを覆っていた『認識阻害』が解除され、酒場の喧騒が戻ってくる。

「ああ?リフレクティア、どこ行ってたんだお前。って、そこにいんのは女史か?隣のは……知らねえな」

「珍しいこともあったもんだねえ。女史が『落陽庵』に来るなんて。教導院の頃ならいざ知らず、今はもっとマシなもの食べられるでしょ」

「おいおい失礼なこと言うなよなあ!マスター泣いちゃうだろ!この前軽くからかっただけでマジ泣きしてマジ引きだったんだぞ」

「まァいいや、せっかくだから温めてけよ旧交。俺たちはこれからしっぽり……あ、あれ?帰っちゃうのかよォ!?」

ヴェロニカの退店に従って、ボルトやシアーと席を共にしていた娼婦たちもそれに追従する。
三人は三人に慇懃な礼を見せ、落陽庵から滑らかに退店していった。
しっぽり行き損じた二人は、意味もなく空中で手をわきわきさせ、そこに幻視した感触がもうないことを悟ると、深く肩を落とした。
122 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/08/04(水) 02:05:42 0
>「……ひとまず、外に出るか」

アインの提案に、セシリアもレクストも異論はなかった。
当人は財布の紐も解かぬままさっさと店を出て行ったので、会計は必然レクスト達がもつことになった。

「……これ経費で落ちねえかな」

「落ちるよ」

「マジで!?」

「領収書と、経費利用時の状況を克明に記述した報告書を提出しなきゃだけどね」

「酒場でやったことっつーと――飲んで食って爆発した。これでいいのか!?」

「どうしてそう極端に転ぶかな……」

仕方が無いので折半し、勘定を払って店を出た。
よくよく考えて見れば後から来たアインとセシリアは認識阻害によって注文できなかったので、
会計に関してはレクストが飲み食いした分とヴェロニカが注いだ分しか計上されていないのだが。

>「遅いぞ、何してた。……ん? あぁ、会計か。まあ許せ、代わりにさっき言ってた道具をくれてやる」

日の暮れかけた大通りで待っていたアインは、件の『品』について実演も含めた提供をしてくれるようだった。
彼は注視を促すと、右手を空へと向けて掲げる。その先にある従士隊屯所の帝国旗を見つめながら、刹那。
空気の抜けるような微音と風を切る震えがアインの腕先から小さく聞こえ、帝国旗が風とは違う衝撃を得る。

(? ……今何したコイツ?)

反射的にバイザーを下ろす。未知のものに遭遇した場合には、安全の確保の次にバイザーによる視認を徹底するよう訓練されていた。
自動で展開される術式は『望遠』『分析』『精査』――どれもがフル稼働して事態の把握を開始する。
帝国旗の前後状況による差分を『精査』で見てみれば、土手っ腹に小さく貫通孔が空いていた。ご丁寧に周辺には焦げ目まで付いている。

(何かを発射した……?んな馬鹿な、魔力反応なんてどこにも……)

例えば最もポピュラーな攻撃術式である魔力投射、俗に言う『魔導弾』であるならば、発動対象にも発動媒体にも魔力の反応痕が残る。
魔導弾の属性が『破壊』であれ『貫通』であれ『消滅』であれ、魔力の性質を変化させて結果を得る以上、それは避けられない現象だ。
この世界において、ほぼ全ての『暗殺』に術式が使われるケースがないのは、個人が特定できるほどの魔力残滓が発生するからだ。

「お、おい、どういうことだよ! お前何やった?『何もやってないように見えた』ぞ!? 女史、今の分かったか?」

「……彼の腕の中から極少ない、瞬きの間にでも掻き消えてしまいそうな小さな反応があって、そこまで。あとは視えなかった」

理解の追いつかない事態にレクストが狼狽えていると、アインは訥々と薀蓄を語りだした。

>「……『錬金火竜』と言う生物を知ってるか。連中は火山の近くに生息していてな。
 『土』を喰らい、その土に体内で錬金術を施す事で『炎』として吐き出す。所謂『五行』と言う奴だ」

「いや、知らねえな。火竜討伐は何回か参加したことあるけど詳しい種類までは聞かないしなあ」

「錬金火竜は大人しい竜だからね。研究職以外にはあんまり耳覚えのない名前だと思うよ」

『竜《ワイバーン》』はこの世界においてそう珍しい生物ではない。
獣にも、鳥にも、魔獣にも属さない第三的生物種。地を覇せたのがヒトならば、竜は空の覇者である。
大人しい種類は『騎竜』のように家畜化もするが、本来の気性は荒く強靭な体躯と魔力をもつ獰猛な生物だ。

必然行商や小さな村を襲ったりすることもあるため、今では竜討伐のノウハウはマニュアル化されており人数さえいればそう難しくなくなった。
余談だがヒトに魔族があるように、竜にも『龍』という上位種族がいるのだが、魔族と同じく数の差で凋落を果たしていた。
123 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/08/04(水) 02:09:14 0
>「だがな、錬金火竜には幾つかおかしな点があった」

語られるのは、魔法生物であるはずの竜がその法理から逸した現象をその身に内包しているという疑念。
すなわち、『魔力を用いず、術式も介さず、ただその現象だけを出力している』という覆水的発想。
そしてそれこそが、アイン=セルピエロの従事する『役学』という学問の本質なのだと。

>「それは水が不定形であるように、氷が冷たいように、流水が高所から低所へ流れるように
  『そう言う物』なんだ。魔力に頼る事なく『爆発』を起こす、な」

アインが説明の終わりと同時に取り出したのは、先程実演した穿穴の下手人。彼の言によれば、『手砲』と称される武器らしい。
それは一見ただの棒に見えた。筒状で、片方が塞がり手元に突起が不自然に顔を出している。
形だけならば、レクストが担うバイアネット――魔導砲の砲身にも似ていた。

>「くれてやる。単発式だからな、好きなだけ持っていけ」

アインが無遠慮に突き出したのは、後生大事に抱えていた鞄だった。広げられたその中身は拡張術式によって空間を広げられている。
倉庫然としたその中には、正しく倉庫として機能すべくぎっしりと様々な品が収納されていた。

「おお、手を伸ばせば普通に掴めるのな! そんじゃ遠慮なくもらってくけどよ、いいのか?まだ世にも出てない新発明……」

遠慮を口にはしていたが、レクストは胸の高鳴りを抑えることができなかった。
なんといったって男の子である。この手の、新技術とか新発明とかのワードには心踊らされて仕方がなかった。
ついでに『手砲』を機能させるための紐とリングも貰い、思いの他の収穫にレクストはホクホク顔で礼を言った。

(魔力を使わねえ暗器か……しかもあの威力、そんでもってこの隠蔽性! 色々と面白いことができそうだぜ……!)

「現在の兵力運用を根本的に覆しかねない技術……皇帝陛下はこれを地獄侵攻に使うのかな。普通の戦争でもかなり使えそうだけど」

「んん?また聞きなれない言葉が出てきたぞ。地獄侵攻って何だよ、どっからそんな話が出てきた?」

「今回に限っては多分関係なくなると思うよ。『自壊円環』だって、裏で動いてたルキフェルが持ってきた案だし――……ッ!!」

「お?どうしたよ女史」

「まさか……ルキフェルがやろうとしていることに、皇帝陛下も一枚噛んでるってこと……?」

セシリアの顔面が蒼白になり、眼球が小刻みに震えだす。『目が泳いでいる』。彼女が本気で狼狽える、感情の表出だった。
流石に心配になったレクストが肩に触れようとすると、掌でそれを遮り、真っ直ぐこちらを見た。まだ泳いでいた。

「……色々と調べなきゃいけないことが出来た。急遽。悪いけど夜まで別行動でいよう。いずれにせよ夜は正面から行くけれど」

「ああ、俺達は裏から潜入するから、多分内部で落ち合うことになるだろうが……って、マジで大丈夫か?」

「うん、うん、大丈夫。まだ落ち着いていられる。落ち着いてるから……!」

彼女がここまで平常を欠くのを見るには久しぶりだった。
いつも冷静で完璧な答えを寄越すセシリア=エクステリアの姿はそこにはなく、『七年前』の記憶を刺激された時のような――

「とりあえず」

セシリアは自らの額をパシリと叩き、何度か深呼吸してようやく落ち着きを取り戻した。
何事も無かったように、しかし脂汗を若干額に浮かばせながら、彼女は状況のとりまとめに入る。

「私とアイン氏は正面から正当に城内へ。待ち合わせは――そうだね、一七〇〇時に一番ハードルの天帝城前関所駅でどう?
 公務許可証があれば監視無しで入れるから、私たちが落ち合うのに丁度良いと思う」

時間と段取りを取り決めると、用事と引越し準備のあるアインはその場を去った。
あとにはレクストとセシリアだけが残され、向かい日の中アインの背中が消えるのを見送った。
124 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/08/04(水) 02:10:32 0
「それにしてもアイツ、みかけによらず大胆だなあ」

「そう?彼なりに一線引いた生き方だと思うけれど」

「そうじゃねえよ。見てみ?あいつが撃ち抜いた旗」

レクストに促されて、セシリアは其方を見る。そして、納得の頷きを返した。
彼が撃ちぬいたのは、帝国旗。帝国法では、国旗に対する損害は背国行為として極刑もやむ無しとされている。
フィオナがやったアレも相当であるが、自らを国家の狗と卑下するわりにアイン=セルピエロの行動は一貫して。

「……ちゃんとヒーローやれてんじゃんよ」

つまりは現在の地位を捨ててでも世界を救おうという覚悟と決意だ。
遠回りではあるが、アインはそれをここに示した。隠蔽性の高い『手砲』ならではの、つまりは彼だからこそできる決意表明と言える。
そういう静かに滾る精神が、その熱さが、レクストは嫌いじゃなかった。

「じゃ、私もそろそろ行くね」

セシリアが踵を返し、アインが向かった方とは逆に歩みを進め始める。

「あ、ちょっと待ってくれ、結局ヴェロニカさんはあの時何やったんだ?お前分かったんだろ?」

「君が椅子から立ち上がるとき、まず何から始める?足を開いて立ち上がる時との違いは?」

「…………んん?」

「とりあえあずそこから考えて見なよ。すぐにそうやって私に答えを聞く癖は、まだ治ってないみたいだね」

それだけ言うと、セシリアは再び踵を返し、今度は振り返らずに去っていく。
論破されたレクストは待てとも言えず、ただその背中に向かって悲痛な叫びを挙げるしかなかった。

「だ、だって聞いた方が早いじゃねえかよーーっ!?」

甘やかされ過ぎた男の末路が、そこにあった。
125 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/08/04(水) 02:11:59 0
【一七〇〇時・銀の杯亭】

「誰か俺の額を押さえてくれ」

帰ってきたレクストは開口一番そう言った。
一行は既にミア救出作戦への準備を終えており、最早決行に移すだけと相成っている。

「じゃーん、こいつを見ろ!まだどこにも出回ってない世にも珍しいスーパー暗器だぜ!」

レクストが取り出して見せびらかすのは、アインからもらった『手砲』の束である。
大声で見せびらかしている時点で暗器も糞もないことを自覚していないのか、聞いてもいない受け売りの理屈をべらべら喋る。
その語り口があまりにもあんまりだったため、店内の他の客は酔っ払いの戯言として聞き流していた。

「欲しい奴は言えよ、分けるから。たくさん貰ってきたからな! ……まあそれはともかくよ、侵入経路の方はどうなってる?」

天帝城は一番ハードルのほぼ全てを占める。
このハードルのみ、環状大通りが外堀になっており、特別に常時展開された結界障壁もあってまず正規以外の侵入は不可能。
唯一の登城口は一番ハードル唯一のSPIN駅である関所駅で、ここは公務許可証を持たぬ者に専属の監視兵をつけている。
登城を許された研究職や、従士隊でも臨時の発給を受けたりするが、非番の一従士にそれを求めるのは酷だった。

「貴族の金貨が使えれば楽なんだろうけどよ……下手に使って妙なことにならねえだろうな」

ちなみに天帝城内にもSPINネットワークは通っているが、街中を巡るそれとは独立した転移網であり、
直接城内へと転移することは不可能である。必ず一番ハードルの関所を通らなければならないような構造になっている。
国家の最高権力が集中するだけあって、そう簡単には侵入することすらままならない。内部の警備も半端じゃない。

「前から疑問に思ってたんだけどよ、黒甲冑の連中がいたろ。あいつらジェイドを天帝城に届けてるんだよな?
 連中はどうやって天帝城に入ってるんだ? まさかあの見てくれで騎士連中とよろしくやってるってことはねえだろうし」

もっともな疑問だった。『ティンダロスの猟犬』が公に運用されている部隊であるならば、
おそらく『伝説』になどなりはしなかっただろう。その存在が朧げであって初めて機能する幻影が彼らの武器なのだから。

「つまり俺が言いたいのは、どっかに『穴がある』ってことだよ。堤に開いた蟻の穴でも良い、そこをどうにかこじ開ける。
 何か知らないか?神殿での言い伝えとか、帝都で蔓延ってる噂でも良い。駄犬のツテとかなんかあんだろ?」

いつしかナチュラルに出しゃばるのをやめていることに、レクストは気付かない。
それは小さな変化だった。腰の魔剣が、封印布の下で含み笑いを漏らした。


【・ヴェロニカから人体力学を応用して挙動を制御する技術の片鱗を指南される。習得まであと少し
 ・アインから『手砲』の原理と現品をいくつか手に入れる。ティンダロス戦以外にも使えそうな予感
 ・ヴェロニカ、アイン、セシリアと別れ『銀の杯亭』に舞い戻り、ミア救出作戦のブリーフィングへ】

【希望があれば『手砲』をパーティメンバーにもいくつか渡します】

【時間軸は宵の口。まだ帝都の混乱は発生していません】
126 :名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中:2010/08/04(水) 08:36:14 0
「つまり俺が言いたいのは、どっかに『穴がある』ってことだよ。堤に開いた蟻の穴でも良い、そこをどうにかこじ開ける。
 何か知らないか?神殿での言い伝えとか、帝都で蔓延ってる噂でも良い。駄犬のツテとかなんかあんだろ?」
127 :ルーリエ ◆yZGDumU3WM [sage]:2010/08/05(木) 09:54:50 O
【天帝城】

皇帝は、一人静かに佇んでいた。地下舞踏場までの、蝋燭に薄暗く照らされた下り坂。天と地の境。
床に敷き詰められた敷物は血の様に赤く、壁に掛けられた巨大な絵には、異様な角度で建つ建物が鱗の如くびっ
しりと敷かれた奇妙な島が絵描かれていた。見るものを不安にさせる絵だ。
つい先程までその絵の向こう側、隠された通路に居た猟犬の態度を思い返し、僅かに訝しみながら、やがて皇帝
は笑った。
「『闇夜に光る狼の目は悪魔のつくりしもの
ただ愚者と心を盲たるもの これを美しくかつ楽しきものと見る』か」
「でも彼らは狼じゃない、犬だ」
「いいや、あれは犬ではない。犬に見えるが、全く別の何かだよナヘル」
もちろん狼でもない。皇帝は、息子に話しかけるように、突如傍らに湧いた少年に語り掛けた。
「よくわかりません、……ハスタを殺すので?」
「捕らえるだけだ。手に負えないようでは、そうなるやもしれぬが」
猟犬に出した命令に、兄弟の運命に不安があるのだろう。ナヘルは困ったように曖昧に笑い、沈黙した。
「ナヘル、ルキフェルは?」
降って湧いたような、ある種の強引さを含んだ質問に、ナヘルは「分からない、」と適切に答えた。城には居ない
みたいです。
「他の近衛を動かせるよう、準備しておけ」
「は?あの老いぼれ達を?」
「老いて尚、彼らはこの都を、国を取った戦士だ。外面に惑わされるな、魂さえあればそれでいい」
人形を使え。皇帝は言った。いつぞやの人形遣いが残した、『趣味が悪い』と奴は嘯いたが、十分運用には耐える筈だ。
「了解しました」
なんのために、とはナヘルは聞かなかった。ナヘルにとってそれは意味の無い質問だった。暗がりに隠れ、軈て
消える。霞のように、霧のように。
皇帝は一人残された。彼はいつも一人だったが、今度は殊更一人だった。
「結局、“偉大なる者”の言う通り、か。歴史は収束し、俺は、この国は……」
蝋燭の煙に煤けた天井を見上げる。神々が彼を見下ろしていた。偽りの神々が。煤けた絵の中で笑っていた。
敗けぬぞ、せめて、真実は暴く。皇帝は天に向けて呟いた。最早ルキフェルは期待できない、事変を生き延びた
者達も怪しいだろう。
決断の刻が迫っている。何かしらを棄て、何かしらを得る。死の運命からは逃れられずとも、“調和”を乱す者
があれば、叶うものもあるやもしれない。


【時刻:虐殺前、“ティンダロスの猟犬”の作戦行動前】
128 :名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中:2010/08/05(木) 16:08:00 0
ティンダロスってパクリじゃないの?
129 :名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中[sage]:2010/08/05(木) 21:17:34 O
パクリだな
130 :名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中[sage]:2010/08/06(金) 00:30:33 0

ティンガロイムってなかったっけ…?
131 :フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage]:2010/08/06(金) 18:57:00 0
「え?あ、はい。じゃあ……えい。」

集まった面々を見回すなり「誰か俺の額を押さえてくれ」と告げたレクスト。
フィオナはそれに応じて横から差し伸べた手を額に当てる。

即座に訂正された。
どうやらレクストの望む形とは違ったらしい。
今度は指示通り上から下へ、立ち上がるのを遮るべく力を込める。

(……あれ、これって)

立ち上がろうともがくレクストを見て思い出す修道院での出来事。
他の神殿騎士達に体格で劣るフィオナに、戦技師範が実践してみせた教えに酷似していた。

攻撃にせよ防御にせよ人間が、否、生物が動くためにはその前段階が必要となってくる。
鳥は羽ばたく為に足場を蹴る必要があるし、獣であれば四肢をたわませる。そして人間に必要なのは即ち重心の移動。

これはその初動を殺す術に他ならない。
極めれば相手の出足を制し、力を削いで、かつ自身は充分な体勢で行動することが可能となる。

(――って事らしいですが)

無論フィオナも理屈は判っているが完全に実践できる域には到底達していない。
帝国内でも極めている者など片手で数えられる程度だろう。

「ところでレクストさん。一度普段どうやって立ち上がってるか再確認された方が良いですよ。」

だが、かつて自分がそうしてもらったようにヒントを与えることなら出来る。
全てを明らかにはしない。自身で到達することで本物の経験になるのだと身をもって知っているからだ。

「はい、それではもう一回どうぞ。」

一旦放していた手をもう一度レクストの額に載せながら、フィオナは素知らぬ顔で腕に込める力を若干強めにするのだった。
132 :フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage]:2010/08/06(金) 19:01:41 0
「これは……弩(クロスボウ)のような物なのでしょうか?」

頭を抑えられたままのレクストが取り出し、テーブルに並べた『手砲』の筒先を覗き込む。
無論そのぽっかりと開いた筒先の穴から致死性の弾丸が発射されるなどとは想像もしていないからこそ出来る暴挙だ。

レクスト曰く、この世にも珍しいスーパー暗器は弾を込め、取っ手の部分に付いている突起物を引くだけで遠距離への攻撃が可能となるらしい。
威力の程は不明だが、弩と違い巻き上げる手間が一切無いため近距離での取り回しも悪くないのかもしれない。

「単発とのことですが……あらかじめ弾を込めておいて、使っては取り替えてを繰り返せば連射も出来そうですね。」

「欲しい奴は言えよ、分けるから。たくさん貰ってきたからな! ……まあそれはともかくよ、侵入経路の方はどうなってる?」

ずらりと並んだ『手砲』の中から一つを掴みながら、提案された侵入経路について考える。
ジェイドを見送ったときに見た天帝城の威容は今でも鮮明に思い出せるほどのものだ。
無論正面からの突入など自殺行為も良いところだろう。

手元にあって使えそうな物といえば、マダムから貰った認識阻害符とジースから貰った家紋入りの金貨くらいだろうか。

「貴族の金貨が使えれば楽なんだろうけどよ……下手に使って妙なことにならねえだろうな」

レクストの疑念も頷ける。
金貨を使うということは誰かに見せて初めて効力を発揮する手段なのである。
つまり天帝城を守る第三者に侵入経路をわざわざ開示していることに他ならない。
こっそり見物だけさせてもらうとかであれば有効な手段かもしれないが、囚われのミアを奪い返しに行くのには全く適していない。

「前から疑問に思ってたんだけどよ、黒甲冑の連中がいたろ。あいつらジェイドを天帝城に届けてるんだよな?
 連中はどうやって天帝城に入ってるんだ? まさかあの見てくれで騎士連中とよろしくやってるってことはねえだろうし」

フィオナ自身は黒装束の猟犬達の噂を知らないが、帝都に詳しいレクストが言うのなら間違いないのだろう。
彼らは正面からではなく何処か別の場所から登城しているのだ。

「つまり俺が言いたいのは、どっかに『穴がある』ってことだよ。堤に開いた蟻の穴でも良い、そこをどうにかこじ開ける。
 何か知らないか?神殿での言い伝えとか、帝都で蔓延ってる噂でも良い。駄犬のツテとかなんかあんだろ?」

穴がある。即ち正面以外から内部に入る方法がある。
ならばそれは何処か。
例えば、皇帝直属の隠密集団である『30枚の銀貨』になら同様の回廊が用意されているのではないだろうか。

「ひょっとしてこれ、使えませんかね?」

そう言ってフィオナが差し出すのは一つの小袋。中にはSPINの特殊回廊を開くための魔石が入っている。
視線の先にはこれを手渡した本人であるギルバートが映っていた。
133 :名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中[sage]:2010/08/06(金) 22:05:27 0
ん_?もうかい?以外に早いんだな・・
134 :名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中:2010/08/07(土) 16:22:23 0
わたるせけんは蛆虫ばかり
135 :名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中:2010/08/07(土) 23:30:59 0
なりきりのタブーを犯す一撃君がいるよ

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1281105306/
136 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage]:2010/08/09(月) 23:50:09 0
銀の杯亭に再び集合した一行。
レスクトが大発見をした子供のようにはしゃいで自分の額に手を当てるようにいう姿を、偽ギルバートは小さくため息をつきながら見ていた。
額に爪を突き立ててやろうかと思ったが、それ以外のことに注意が向きその役目はフィオナに譲る事に。
程よくヒントを与えるの横目に、ギルバートに意識はオリンへと向いていた。

オリンに残る傷の数々。
回復はしているようだが、傷が残っている事自体に驚いているのだ。
偽ギルバートことマダムヴェロニカは部下にオリンの後をつけさせ、その素性を探った。
その結末と回復術をかけたという報告までの受けていたのだ。
にも拘らず傷が残っている。
マダムヴェロニカは知らない。
オリンが他者からの回復術を寄せ付けないという事を。
「…戦えるのか?」
聞きたい事、聞くべき事は多かったが、偽ギルバートという立場上、それ以上の言葉をかける事はできないでいた。


>「つまり俺が言いたいのは、どっかに『穴がある』ってことだよ。堤に開いた蟻の穴でも良い、そこをどうにかこじ開ける。
> 何か知らないか?神殿での言い伝えとか、帝都で蔓延ってる噂でも良い。駄犬のツテとかなんかあんだろ?」
>「ひょっとしてこれ、使えませんかね?」
「……。」
話しは進み、レクストが天帝城潜入ルートについて情報を募る。
その言葉に応えるのはフィオナ。
SPINの特殊回廊を、というわけだ。
それに対し偽ギルバートは眉間にしわを寄せ、苦々し気に応える。
「もう少し余裕があればソレ(特殊回廊)も使えただろうけどな…今回はただの潜入じゃない。
混乱に乗じた突貫。強行奪還だ。
特殊回廊といえども関門は多いし、SPINに対する防衛策もしっかりしている。
不用意に使えば牢獄への直通回線になりかねん。」
フィオナの提案を切って捨てたあと、席を立ちながら言葉を続ける。

「天帝城潜入という事を少し甘く見ているようだな。
大体今から潜入ルートを考える事自体遅すぎる。」
呆れたような口調で付いてくるように一同に促した。

銀の杯亭を出て、辿り着いたのは昼に下水道から出た裏路地。
夕日が周囲を赤く染め、影は長く、濃く伸びている。
その赤さはこの先血に染まる帝都を暗示するようであり、長く濃く伸びた影は帝都に巣食う闇の深さを表しているようでもあった。
裏路地とはいえ今の時間帯一本表に出れば人の往来もあり、本来ならば密事には向かないのだが今回はこれが必要なのだ。
全員に路地の真ん中に固まるように指示すると、言葉を続ける。

「天帝城に潜入する。それは生半可なことではない。
更に潜入奪還のあと、一生追われ続ける事になる。
だから、俺たちは一度死ぬ必要がある訳だ。
いいか、何があっても動くなよ?」
偽ギルバートの台詞が終わるのを待っていたかのように路地が小刻みに震えだした。
それは徐々に大きくなり、ついには大きな破壊音とともに路地の両隅に無数の牙が突き出す。
「動くなよ!」
ギルバートの鋭い制止の声を最後に路地は砕け、一行は暗い闇へと飲み込まれていった。

跡に残されたのは大きく陥没した路地と、慌てて駆け寄る通りすがりの住人たちだった。
137 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage]:2010/08/09(月) 23:52:07 0

#######################################

ゴ…ゴ…ゴゴゴゴ……
鳴動する音が不気味に響く中、ぼんやりとした光の中に一行はいた。
周囲は木の根が張り巡らされたようにゴツゴツと硬いが、立って歩けるだけのスペースがある。
「全員いるな?」
偽ギルバートが確認し、状況説明を始める。

「昼間、下水道で戦った怪物は覚えているな?今俺達はそいつの腹の中にいる。」
偽ギルバートの説明を要約すると、
昼間にオリンが倒したショゴスの死体に呪的寄生植物を植え込み、操っている。
このまま寄生ショゴスの内部に潜み、天帝城の真下の下水道まで行くのだ、と。
内部は木の根が張り巡らされており、また、光苔により明るさも確保できる。
下水道を通じて裏路地の地下まで呼び、裏路地ごと飲み込ませ乗り込んだ、というのだ。
通りすがりからは崩落に巻き込まれたように見えただろう。
そうすれば表面的には死亡もしくは行方不明扱いとなり、天帝城で騒ぎを起こしても後々追われる事はないだろう、と。

「到着まで時間があるから今のうちに話してやろう。
昼間の黒甲冑、あれは【ティンダロスの猟犬】という皇帝の切り札だ。
奴らは人間を超えた膂力を持ち、あの黒甲冑は完全に【魔】を無効化する。
だが逆に言えば甲冑さえ剥ぎ取ればただの化け物に過ぎんから安心しろ。
そして、今、俺達は奴らの巣に向かっている。
酒場でレクストの言った穴を通っているわけだ。
奴らの巣は天帝城の真下にあるからな。
巣を突っ切って一気に駆け上がれば門に持たせた呪符による探知が可能になる。」

壁に寄りかかりながら状況と今後のプランを話した。
唸るような音と震動を響かせながら寄生されたショゴスは下水の中、一行を乗せて進む。

「なぜそれを知っているのか」「ルートは判るのか?」と問われれば、偽ギルバートはにやりと笑いながら答えるだろう。
「昔行った事があるのさ」と。

【ショゴスの死体を操り、下水道網を進む。
行き先は天帝城の真下にあるティンダロスの猟犬の巣。
道中状況と奪還プラン、ティンダロスの猟犬について説明】
138 :名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中:2010/08/10(火) 03:29:24 P
ショゴス=ショボス
139 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/08/12(木) 09:26:49 O
アイン・セルピエロは先生の部屋の前で、足を止めていた。
考えあぐねているのだ。
先生を逃がすに際して自分が一緒に行く事の出来ない、その理由を。
逃がす理由だけならば、幾らでも誤魔化しが利く。
だが開発者であるアインが、術式に長ける訳ですらない一学者が騒動の中に留まる理由となると。
『先生』を納得させられるような言い分は、用意出来なかった。

「……いっそ、マリルに頼むか」

「ご冗談でしょう?」

現実逃避の響きを含んだ呟きに、背後から釘が刺さる。
突き刺すように細められた視線に、アインの表情が苦味を帯びた。

「……いたのか」

「メイドですから」

良く分からんなとアインは苦笑を零し、それから暫し静寂。
アインは俯けた頭を右手で抱え、マリルは眼を閉じ何も語らない。

「……そう言えば、お前はいいのか? 行かなくても」

現実逃避の延長線で、ふとアインは尋ねた。
マリルにとって真に仕えるべき、守るべき主は自分ではない筈だ、と。

「えぇ、ですから用を済ませるなら急いで頂きたいものですわ。
 いえ、私はメイドですから主を急かすような真似は致しませんけれども」

「前半と後半で言ってる事が矛盾してるぞ。と言うか、別に僕を待つ必要は無いだろうに」

「まさか、私はメイドですから。主が過ちを犯さないよう見守るのも責務ですの」

「参考までに、過ちを犯したらどうなるんだ?」

「うふふ」

「分かった。聞かない方がいいって事だな」

下らない漫談を、アインは溜息で打ち切った。
けれども再び静寂の幕が場を覆ってしまう前に、彼は続ける。

「まあ、そう心配するな。今更、怖気付いたりするものか」

見てたんだろうと、アインは言う。
それでもマリルの能面に滲む微かな心配の色は、消え去らない。

「……仕方ないな」

再度嘆息を吐き出し、アインは白衣のポケットをまさぐった。
そして取り出した物を、マリルに向けて緩やかに放り投げる。
空中で山なりの軌跡を描くのは、空っぽの薬瓶。
一体何事かとは思いながらも、彼女はそれを受け取る。

「……あの、これが何か?」

能面の表情に微かな不思議がりを滲ませて、彼女は尋ねた。
アインの双眸が、剣呑に細められる。
140 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/08/12(木) 09:28:13 O
「……いつものお前なら、取り落としていただろうな。その薬瓶」

対してマリルの瞳は、はっと見開かれる。
しかくしてすぐに己の失態を自覚して、今度は過剰に細まった。
呆れた様子で、アインは三度目の溜息を零す。

「さっさと行け」

一言。アインは意図してぶっきらぼうに吐き捨てて、顎を振った。
マリルは何も言わない。ただ深く一礼を残して、その場から消え去った。
一人になり、アインは肺腑に満たした呼気を残らず吐き出す。
意を決して、彼は眼前の扉を真っ向から見据えた。
そしてドアノブへと手を伸ばし、部屋に足を踏み入れる。
『先生』は手にしていた本を置いて、彼へ振り向いた。

「……やあ、久しぶり。であっているかな?」

「……そう、ですね。最近はまた来れなくて、すいません」

「気にしてないよ。だから君も気にしないでおくれ。それより、今日は何か土産話は無いのかい?」

アインの返答は、言い淀むような沈黙。
笑みを浮かべていた『先生』の表情が忽ち、曇る。

「何か、あったのかい?」

そうして、アインは起きた事全てを説明する。
起こした事と、これから起きる事も。
ただ一つ、『起こす事』だけを除けば、全てを。

「随分と、大逸れた事をしたねえ」

「自分でも、そう思います。ですがそれよりも、先生は逃げて下さい。
 研究職用の緊急脱出回線は、この部屋に設置させてありますから」

「……その事、なんだけどね。君は……どうしても残らなくては駄目なのかい?
 君は、言ってしまえばただの技術者だ。それもエクステリアのお嬢さんみたいな
 魔術師でもなくて、純粋な開発者。だから……」

訥々と、途切れ途切れに続ける『先生』に、アインは言葉を返さない。
代わりに無言のまま、脱出路の鍵である身分証を取り出す。

「……分かったよ。だけど、代わりに約束しておくれよ。
 絶対に、生きて帰ってくるって。私は、君を忘れたくはないよ」

彼女の言葉に、アインは曖昧な笑みと共に「約束します」と返した。
心の内で「それだけは」と、独白して。
141 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/08/12(木) 09:30:10 O
「うん、それじゃあ……あ、ちょっと待って欲しい。
 これ、あのメイドさんが渡してくれたんだ。互いのオーブがどちらにあるのか、分かるんだってさ。
 事が終わった時、私がちゃんと色んな事を覚えていられるか……分からないから。頼むよ。
 じゃあ、今度こそ……約束だからね」

『先生』の一言一句に、心に疼痛を覚えながら。
アインは脱出路を開き、彼女を光華の向こうへと見送った。



【一番ハードル、天帝城前関所駅】


「……待たせたな」

アインは、特に悪びれる素振りも見せない。
それは彼の元よりの性格もあるが、何より悪びれる余裕が無いのだ。

「……野暮用ついでの、鞄の整理に手間取った。いつでも行けるぞ」


【リアルに遅れてすいませんでした!】
142 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/08/12(木) 09:33:35 0
アイン・セルピエロは先生の部屋の前で、足を止めていた。
考えあぐねているのだ。
先生を逃がすに際して自分が一緒に行く事の出来ない、その理由を。
逃がす理由だけならば、幾らでも誤魔化しが利く。
だが開発者であるアインが、術式に長ける訳ですらない一学者が騒動の中に留まる理由となると。
『先生』を納得させられるような言い分は、用意出来なかった。

「……いっそ、マリルに頼むか」

「ご冗談でしょう?」

現実逃避の響きを含んだ呟きに、背後から釘が刺さる。
突き刺すように細められた視線に、アインの表情が苦味を帯びた。

「……いたのか」

「メイドですから」

良く分からんなとアインは苦笑を零し、それから暫し静寂。
アインは俯けた頭を右手で抱え、マリルは眼を閉じ何も語らない。

「……そう言えば、お前はいいのか? 行かなくても」

現実逃避の延長線で、ふとアインは尋ねた。
マリルにとって真に仕えるべき、守るべき主は自分ではない筈だ、と。

「えぇ、ですから用を済ませるなら急いで頂きたいものですわ。
 いえ、私はメイドですから主を急かすような真似は致しませんけれども」

「前半と後半で言ってる事が矛盾してるぞ。と言うか、別に僕を待つ必要は無いだろうに」

「まさか、私はメイドですから。主が過ちを犯さないよう見守るのも責務ですの」

「参考までに、過ちを犯したらどうなるんだ?」

「うふふ」

「分かった。聞かない方がいいって事だな」

下らない漫談を、アインは溜息で打ち切った。
けれども再び静寂の幕が場を覆ってしまう前に、彼は続ける。

「まあ、そう心配するな。今更、怖気付いたりするものか」

見てたんだろうと、アインは言う。
それでもマリルの能面に滲む微かな心配の色は、消え去らない。

「……仕方ないな」

再度嘆息を吐き出し、アインは白衣のポケットをまさぐった。
そして取り出した物を、マリルに向けて緩やかに放り投げる。
空中で山なりの軌跡を描くのは、空っぽの薬瓶。
一体何事かとは思いながらも、彼女はそれを受け取る。

「……あの、これが何か?」

能面の表情に微かな不思議がりを滲ませて、彼女は尋ねた。
アインの双眸が、剣呑に細められる。
143 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/08/12(木) 09:34:17 0
「……いつものお前なら、取り落としていただろうな。その薬瓶」

対してマリルの瞳は、はっと見開かれる。
しかくしてすぐに己の失態を自覚して、今度は過剰に細まった。
呆れた様子で、アインは三度目の溜息を零す。

「さっさと行け」

一言。アインは意図してぶっきらぼうに吐き捨てて、顎を振った。
マリルは何も言わない。ただ深く一礼を残して、その場から消え去った。
一人になり、アインは肺腑に満たした呼気を残らず吐き出す。
意を決して、彼は眼前の扉を真っ向から見据えた。
そしてドアノブへと手を伸ばし、部屋に足を踏み入れる。
『先生』は手にしていた本を置いて、彼へ振り向いた。

「……やあ、久しぶり。であっているかな?」

「……そう、ですね。最近はまた来れなくて、すいません」

「気にしてないよ。だから君も気にしないでおくれ。それより、今日は何か土産話は無いのかい?」

アインの返答は、言い淀むような沈黙。
笑みを浮かべていた『先生』の表情が忽ち、曇る。

「何か、あったのかい?」

そうして、アインは起きた事全てを説明する。
起こした事と、これから起きる事も。
ただ一つ、『起こす事』だけを除けば、全てを。

「随分と、大逸れた事をしたねえ」

「自分でも、そう思います。ですがそれよりも、先生は逃げて下さい。
 研究職用の緊急脱出回線は、この部屋に設置させてありますから」

「……その事、なんだけどね。君は……どうしても残らなくては駄目なのかい?
 君は、言ってしまえばただの技術者だ。それもエクステリアのお嬢さんみたいな
 魔術師でもなくて、純粋な開発者。だから……」

訥々と、途切れ途切れに続ける『先生』に、アインは言葉を返さない。
代わりに無言のまま、脱出路の鍵である身分証を取り出す。

「……分かったよ。だけど、代わりに約束しておくれよ。
 絶対に、生きて帰ってくるって。私は、君を忘れたくはないよ」

彼女の言葉に、アインは曖昧な笑みと共に「約束します」と返した。
心の内で「それだけは」と、独白して。
144 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/08/12(木) 09:36:30 0
「うん、それじゃあ……あ、ちょっと待って欲しい。
 これ、あのメイドさんが渡してくれたんだ。互いのオーブがどちらにあるのか、分かるんだってさ。
 事が終わった時、私がちゃんと色んな事を覚えていられるか……分からないから。頼むよ。
 じゃあ、今度こそ……約束だからね」

『先生』の一言一句に、心に疼痛を覚えながら。
アインは脱出路を開き、彼女を光華の向こうへと見送った。



【一番ハードル、天帝城前関所駅】


「……待たせたな」

アインは、特に悪びれる素振りも見せない。
それは彼の元よりの性格もあるが、何より悪びれる余裕が無いのだ。

「……野暮用ついでの、鞄の整理に手間取った。いつでも行けるぞ」


【リアルに遅れてすいませんでした!】


以上であります
お願いしますです
145 :名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中:2010/08/12(木) 15:23:11 P
悪いけど





亜院はリアルでいらない・・
146 :オリン ◆NIX5bttrtc [sage]:2010/08/18(水) 12:16:15 O
傷の完治に専念するため、居住区の一室にて身体を休めているオリン
動く程度なら問題ないほどまで回復していた。何気なく室内へと視線を泳がせると、血で塗れた一枚の紙のようなものが落ちていた
それは丁寧に二つ折りされた羊皮紙。オリンは手に取ると、ゆっくりと紙を開いた
血は表面に付着していただけで、中にまで浸透してはいなかった。描かれていたものは何かの構図のようだ。それも建物のだ
目に付いたのは朱色で付けられた印。ここに何かがあることを示している

地図の構造に既視感を覚えると同時に、誰がこの紙を置いたのか──オリンの思考を巡らせた
最初に現れたヴェイトか、"傀儡椿"と名乗った少女か。現時点で答えは出ないだろう
自身の持つ情報量が明らかに不足している。だが、何かしらの意図があると見て間違いはない

(……ギルバート達に伝えるべきか……?)

そう思考するも、自身の本能はそれを否定した。伝えるべきではない、と
進入時は行動を共にするだろうが、天帝城に到着してからは別行動を取るのが自然な形だ
ぞろぞろと固まって動くのは非効率的だ。見つかる確立も上がる。そうなれば戦闘は必然。それに、今回の作戦に余計な戦闘は含まれていない
オリンは手紙を畳むと懐へとしまう。膝を起こして立ち上がり、床に置かれた剣をそれぞれの鞘に収める

(……そろそろ行くか。銀の杯亭へ──)



オリンが銀の杯亭に着いた頃には、すでにメンバーは揃っていた
オリンが席に着くなりレクストが小型の砲をテーブルに並べた。魔力を有さない純粋な力
魔力が通じない猟犬への対抗手段なのだろう。時間が無い現状を考えれば、例え付け焼刃だとしても無いよりはマシかもしれない

>「…戦えるのか?」

ギルバートが自分に向かって小さく呟いた
見た目では判断できないように傷を隠したつもりだが、洞察力の高いこの男には通用しなかったようだ

「……問題は"戦えるか"ではない。"戦う意志"があるか、だ。」

短期間で傷が完全に癒えるほど超人的な身体ではない。だが意志を見せることは出来る
そんなやり取りが終わる頃、レクストが本題へと話題を変えた。天帝城突入の話へと。フィオナもそれに続き、それぞれ進入経路について口にした
オリンは何故か、あのとき拾った地図のようなものを出す気にはなれなかった。別の何かに押さえ込まれたかのように
二人の意見にギルバートが言葉を発した。眉間に皺を寄せながら、難しい顔をして

>「天帝城潜入という事を少し甘く見ているようだな。大体今から潜入ルートを考える事自体遅すぎる。」

ギルバートはそう言うと、一向に着いて来る様に促した
着いた場所は店の裏路地。沈みかけた太陽が自分たちを橙色に照らす
空は普段の夕刻時と変わりは無い様に見えるが、オリンには不安で染まっているように見えた

>「天帝城に潜入する。それは生半可なことではない。 更に潜入奪還のあと、一生追われ続ける事になる。
だから、俺たちは一度死ぬ必要がある訳だ。 いいか、何があっても動くなよ?」

ギルバートが自分たちに静止するよう言葉を放つ
路地が小さく振動し、牙が地面を突き破り、周囲に現れた。そして、巨大な闇が一向を覆い尽くした
147 :オリン ◆NIX5bttrtc [sage]:2010/08/18(水) 12:17:59 O
気が付くと、一向はどろどろとした蠢く何かの中に居た。ギルバートが現状を説明する
簡潔に纏めるとこうだ

・先刻、自分が倒したショゴスの内部に居ること
・下水道経路で天帝城へ侵入すると言うこと
・なぜ下水を選んだか。猟犬と皇帝は繋がっている。つまり彼らが生息する下水は天帝城に通じているということ

以上の事をギルバートは自分たちに手短に伝えた。当然、ルートは把握しているとの事
しかし、魔物を操るならまだしもショゴスの内部に入ることを実現させるほどの術式とはどういったものなのだろうか
オリンは改めて、この男の計り知れない能力を感じた

ギルバートは次に下水で相対した黒騎士──"ティンダロスの猟犬"について説明した
彼らの膂力、耐久力、敏捷、技量などの戦闘能力は人間を凌駕し、黒甲冑は魔力を無効化する、と
だが鎧さえ無くなれば、魔を通すことが出来る。対抗手段は現時点では己の波動と、手砲くらいか
それに、フィオナやギルバートも何かしらの手は持っているだろう。負けてはならない戦だ。ならば自分の手の内は見せるべきだろう
そう考え結論し、オリンは自分の能力について彼らに説明した

「……俺の使う波動は、魔力とは性質が違う。奴らの甲冑を破壊することは、恐らく可能だろう。」

そう発しながら、黒の皮手袋を手前に引き、絞めなおす
手首を軽く回しながら、背を壁に預け、再び一向に対して言葉を続けた

「ただ、問題は無闇に波動を乱発出来ない事と、数の差……だな。
戦闘になる事を前提に考え、互いに役割を決めておいた方がいい。」

ルキフェル戦の事も踏まえ、全員が全力を出す訳にはいかない
猟犬を倒しても、奴を倒せなければ意味が無い。だが、力を温存しながら戦えるほど猟犬は甘くは無い
それに、ジェイド・アレリイとの戦闘も考慮すると、生半可な作戦では太刀打ちできないだろう
徐々に複数の気配に近づいているのを感じるオリン。恐らく、ティンダロスの猟犬だ
自身の高まる鼓動、躍動を感じながら、シュナイムに手を掛け、柄を力強く握り締めた──
148 :名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中:2010/08/20(金) 01:05:23 P
およそマッハ3の速度でキムチミサイルが飛んできた・・

さあどうする?
149 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/08/22(日) 06:27:17 0
『地獄』。
かつて高潔の魔術師アルテミシアが創界し、己の魂を【閂】として内なる次元へ封じ込めた隔離空間。
人類の始祖にして純然たる上位種『魔族』の現在の生息地にして、牙城。

皇帝が彼地の潤沢な魔力資源及び魔族の殲滅を求めて侵攻作戦を手配しているように、
『地獄』と人類の住む『現世』は絶対の不可侵というわけではない。アルテミシアの封印にも穴はある。

例えば『降魔術』。
特殊なオーブを核としたこの世界間渡降契約術式は、一方通行ではあるが『地獄』と『現世』の垣根を越える。
同様に、『現世』から『地獄』への渡航手段もまた僅かではあるが存在するのだ。なにせ元々は、地続きの土地だったのだから。

そして降魔術に『現世』の人間の協力が必要不可欠なように、『地獄』側にも協力者がいた。
アルテミシアが魔族ごと『地獄』を封印した際に、少なからず巻き込まれた人類――その子孫。
瘴気に満ちた世界に取り残された彼らは、人類と袂を分かつ独自の進化を遂げ、独自の外交手段を得ていた。


セシリア=エクステリアがその事実を身を以て体験したのは、かれこれ7年を遡る時代の話。
帝国全域を狂わせた、『ゲート争奪戦』真っ只中のことである。


閑話となるが、現在の帝都においてなくてはならない交通機関となっている『SPIN』、都市内転送術式間連絡網の歴史はまだ浅い。
開発されたのが30年前、検証と実験に5年を費やし、元老院の承認に3年かかり、2年の試用期間を経て本格運用と相成った。
開発から運用までに様々な研究チームがそれに関わったが、最初期から一貫して記録に名前のある人物が一人。

SPIN発明者、エクステリア博士――世に憚る諢名は『才鬼エクステリア』。セシリアの実父である。

幼い頃から父の傍にあり、二人の姉と共に現場へ出入りしていた彼女は、
職場に娘を連れ込む博士の子煩悩ぶりに父娘共々白眼視されながらもなんだかんだで愛されて育った。
血筋が血筋故に才能に不足はなく、また最高の環境も相まってセシリアは雨後の筍の如く様々な知識と技能を習得する。
その成長たるや、すわ往時のエクステリア博士の再来かとも風評され、またその期待を裏切らない頭脳の成熟を彼女は見せた。

そして、帝都王立教導院の特殊選抜科に主席合格が決まった12歳のある日。
セシリア=エクステリアに転機が訪れた。
150 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/08/22(日) 06:31:00 0
当時――『ゲート争奪戦』後半期のさなか、帝都もやはり例に漏れず混乱と混沌に撹拌されていた。

優秀な結界防壁と防衛戦力の総本山の存在が、辛うじて都市内での平穏を水際で維持していたのだが、
『魔の流出』の煽りを最も受けたのは人でも土地でも魔物でもなく――都市内を巡るSPINのネットワークだった。

『神隠し』。有り体に言ってしまえばこの一言で事足りる、後に言う『帝都連続消失事件』の被害者は、全てSPINの利用者だった。
ある者は行きの転移陣に乗ってそのまま帰って来ず、ある者は右半身だけを送り届けられ、ある者は全裸で陣から排出された。

SPINの不調。それは帝都交通の死を意味する。犠牲者の弔いもそこそこに、帝国国土交通管理局より調査命令が下された。

しかし問題は別に発生する。SPINの誤作動を防ぐには技術を持った魔術師が総出で張り付いていなければならず、
すると調査を行うための人員を割けなくなってしまうのだ。当然、SPINを全停止させてから調査に乗り出すという選択肢はない。
十余年に渡る一般生活への浸透と既存の交通機関の撤退で、人々は最早SPINなしに帝都を歩くことができなくなっていた。

そこで抜擢されたのが、幼いながらにして高等術式学を収めたセシリア嬢である。
既にそのとき彼女の魔力と術式技術は、二人の姉の到達した限界を軽々超えて尚伸び代に恵まれていた。

調査内容は至極簡単。SPINを意図的に狂わせ、『どこに繋がるのか』を検証する、ただそれだけの仕事。
初等科生にもできそうな単純な作業で、大人にだってできやしない、命がけの敢行だった。

唯一彼女が大人に優っているのは、その類まれなる魔術の能力。加えて若く体力に恵まれ、食料が乏しくても問題ない小さな矮躯。
『生き延びる為』に必要なものを全て兼ね揃えたセシリアは、なるほど適任なのであった。


『そんなわけでセシリア=エクステリアの矮小で壮大な冒険が始まった。
 帝都人民の期待を背負って、開発局の若きエースは未知なる次元へ飛び立ったのである!』



――結果として彼女は無事帰還し、そしてこの日を境に彼女は変わった。


元来の明朗な性格はなりを潜め、代わりに陰鬱な、他者を睥睨するような目をすることが頻繁になった。
部屋に閉じ籠もるようになり、開発局にも顔を出さず、分厚い魔道書だけを視界に入れるようにして、教導院に入学するまでを過ごした。


特殊選抜科の合格を蹴り、主席の特待も辞退して、彼女は普通科の一学生へとその身を窶し。



そして、レクスト=リフレクティアと出会った。
151 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/08/22(日) 06:33:26 0
【1番ハードル:天帝城門駅】


>「……待たせたな」

セシリアが戯れに触れていた記憶の断片を放り投げて声のした方を見遣ると、見慣れた白衣の姿があった。
アイン=セルピエロは変わらぬ姿に変わらぬ態度で、しかし何か奥歯にものが挟まったような顔をしながら立っていた。

「準備はいいね。それじゃ、行こうか――ルキフェル討伐隊、工作班の任務開始だよ」

踵を鋭く返し、肩で風を切りながらセシリアは入城門を潜った。

衛兵の敬礼に応じ、前もって用意してきた公務許可証を確認してもらう。
精査の術式を掌上に兆しながら、衛兵は眼球をぐるりと回して頷いた。

「エクステリア様っすね。ちゃんと認証登録もされてますし、魔力波形も――はい、大丈夫でーす」

「ご苦労様」

軽薄な口調で精査を行っているが、ここの衛兵達は騎士団選りすぐりの高等武官達だ。
術式にも格闘にも長ける彼らに睨まれれば、非戦闘員のセシリアやアインなど羽虫より容易く命を摘み取られるだろう。

「はい、じゃあこっちの方は、セルピエロさんね、はいはい――んん?魔力波形登録されてませんがな」

「あー、その、基礎登録情報だけでどうにかならないかな?この人ちょっと……特殊な事情でね」

「んー、ああ、はい、『そういう人』っすか。なるほどね、ふーん、ま、いいすよ。通したところで何が出来るのって話だし」

なるべく言葉を選びながら通過しようとするセシリアとは対照的に、衛兵は無遠慮極まる口調でそれを許可した。

魔力欠乏症は五体不満足と同じ扱い。実情はどうであれ、術式を使えない人間に戦闘能力など認めない。
それが己の魔術に自信のある衛兵のスタンスであり、それは実際間違ってなかった。工作班は工作。戦闘は潜入班だ。

「とりあえず第一関門はクリア、と。まあ、ここで引っかかってちゃ話なならないけれど……」

アインを後ろに控えさせ、セシリアはきょろきょろと辺りを見回す。


ここで天帝城の構造を紹介しておく必要があるだろう。天帝城は城塞ではない。街がその役目を果たしているからだ。
最もポピュラーな山城、それも戦略拠点としての機能を極限まで省いた、いわゆる政業庁舎としての城である。
天帝城は皇帝の住まう居住エリアと政治を行う『元老院』、実際に律令を論じる『帝政議会』などの政治中枢を内包している。

単純な地理を説明するならば、天帝城は帝都と同じく円錐形をしている。中央にあるのが皇居だ。
中心から城内を大きく東西南北にエリア分けすると内部構造が把握しやすい。セシリア達の居る入場ゲートが南部。
南部は他にも財産管理局やSPIN統括局など帝都との玄関口を担う施設でほとんどが占められている。

帝政議会は北部の中央寄り。北部には騎士団の詰所があり、帝政議会を最優先に警護している。
西部は元老院の通勤専用SPIN発着場がある。彼らの殆どは2番ハードルの自宅から入城門を経由したSPINで登城している。
東部は官庁がひしめく政治長屋である。本来ならば研究職の祭典『査定会』もここで催される予定だった。


「――とまあ、私達がこれから向かうべくはまず北部の騎士団詰所。潜入班から目を逸らさせるのと、
 それからルキフェルの行動履歴をよく知る連中から聞いて把握する為に――ちょっかいをかけに行こう」
152 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/08/22(日) 06:35:17 0
セシリアもアインも、この作戦が完了した暁には亡命を約束された立場にある。

従って、それなりに大逸れた行動をして多大なる罪を背負おうとも、それによって裁かれる心配はなかった。
もちろん、『その場で粛清』なんてことにでもなればそれまでの命なので、そこは騎士団のモラルに期待するしかないが。

「って――」

行ってみれば、騎士団は騎士団でどうにも大わらわのようだった。

昼間の凄惨な事件の被害者は、専ら貴族と騎士団の警護兵だった。彼らにとって今日は悪夢の再来に等しい。
同僚の肉片を拾い集め、神殿に散った血液を浄化し、跡形もなくなった同僚の本人確認をし、貴族にまで頭を下げなければならない。

(護れなくてごめんなさい――か)

彼らの目はみな血眼だった。
同僚の仇と、失業の危機と、仇敵の再来がいっぺんに起こったのだ。これほどイベントフルな日もそうあるまい。
先んじて『銀貨』から情報を得ていたセシリアは、彼らが何を捜しているかを知っていた。

「ティンダロスの猟犬」

ぼそり、とか細く呟いたにも関わらず、その場に居た騎士全員がこちらを振り向いた。
皆一様に油の足りないブリキのような格好で、しかしその額には脂汗が泉を作っている。

「あ、あんた……どこでその名前を知った?どうして知ってる?なにか知ってるのか!?」

「いや、そn「「「教えろッ!!」」」

いつのまにか騎士達に取り囲まれている。彼らの血走った眼はセシリアを見ていない。その奥にある何かに縋っていた。

「なんでもいい、奴らに関する情報なら!懸賞金だって出す!いくらだ?いくらでその情報を俺たちに売ってくれる!?」

「……私達が持ってきたのは情報じゃないよ。純然たる『人手』。私達も連中を追ってるから、共同捜査網を張ろうと思って」

咄嗟に口から出任せに理由を付けると、騎士の一人は一瞬だけ泣きそうな顔をして、セシリアから離れた。
他の騎士たちも一様に肩を落として、最寄の椅子に体を落とす。

「申し出はありがたいが……俺たちにそれは不要だ。この件は、騎士団が騎士団の力で解決しなくちゃならない。
 君らも見たところ研究職なら分かるだろう?メンツがあり、矜持があり、俺たちはそれに支えられて立っている。
 戦えないんだ……!立ち上がらなければ!地に落ちた矜持を、今一度俺たちの足元に積まねば、確定視点を得られない……!!」

視線に魔力を載せて、アインに不可聴の言葉を送る。

『工作する必要もなかったみたい。だけどルキフェルの行動がつかめないのはやっかいだね』

魔力を持たないアインからは返信を期待できないが、とりあえず今はそれだけ伝われば充分。

考えなきゃならないのは、今後の身の振り方。
そして考えが纏まらぬうちに、天帝城全域を揺るがすような大音声の警鐘が響き渡った。



【セシリア:時間軸夜。アインと共に天帝城潜入
      潜入班への眼を背けようと騎士団に嫌がらせしに行くが、ティンダロス事件の捜査でそれどころじゃない様子
      どうしたものかと思案していると、帝都で赤眼暴走が発生。騎士団にも警鐘】
153 :名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中:2010/08/23(月) 00:05:44 P
汚尻阿


ザ・自演キャラ
154 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/08/23(月) 08:12:30 0
>「ひょっとしてこれ、使えませんかね?」

フィオナが取り出したるは初見の革袋。レクストの乏しい魔力知覚でもはっきりと分かるのはその中身。
魔石。オーブとは違い外部からの魔力伝導無しでも単体で術式を出力する魔導具である。

(おいおい、また知らないブツが出てきたぞ……)

彼女に額を抑えられたまま、その掌に隠すようにしてレクストは小さく眉を竦めた。
もう置いてきぼりは御免である。頭を抑えられながら話が進行していく、ある種飼い犬のような扱いを受けながら、

(そういや犬飼ってるって言ってたな騎士嬢。って、俺もそういう扱いなのかよ!?)

謹聴しているようでやはり思考は脱線するのだった。

>「もう少し余裕があればソレ(特殊回廊)も使えただろうけどな…今回はただの潜入じゃない」

(だからソレってなんだよ!この魔石でどんなことが出来るんだ……つうかいつまで押さえてんだこの女。やめろ!撫でんな!)

レクストがだんだん気恥かしさといたたまれなさになんだか悪くない気分の二律背反に苛まれている間にも、話はどんどん進んでいく。

問われたギルバートが意見を切って捨てると、既に用意してあったとばかりに潜入手段の手配を始めた。
彼に促されるままレクスト達は外へ出る。フィオナに抑えられっぱなしだったレクストは、その事実を健忘したまま
いつものように勢い良く立ち上がろうとして盛大に後ろへずっこけたが、その場にいた者の概ねがスルーした。

>「天帝城に潜入する。それは生半可なことではない。更に潜入奪還のあと、一生追われ続ける事になる。
  だから、俺たちは一度死ぬ必要がある訳だ。いいか、何があっても動くなよ?」

「ちょっと待て一行目と二行目の脈絡が全然わかんねえぞ!?――って、おおお!?」

突如揺れた石畳。彼らの立つ路地裏全体を揺るがす破壊は瓦礫の大音声を伴って発生した。
あまりに突拍子も無い出来事に、レクストはまるで反応できず、しかしギルバートの表情に害意の有無を読み取った。

>「動くなよ!」

それが、日の当たる場所でギルバートの顔を見た最後となった。
155 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/08/23(月) 08:16:45 0
【ショゴス内部】

>「全員いるな?」

ナマモノのように蠕動する空間の中で、ギルバートは静かに点呼をとる。
オリン、フィオナと所在を確認し、そしてギルバートは前衛芸術と目を合わせることになるだろう。
レクストは頭から苔の中に突き刺さっていた。辛うじて生き残った二本の足が海藻ごっこに勤しんでいる。

「ふふぇー!ふっふぇぇー!!」

海藻踊りが激しさを増すのは、窒息の苦しさによるものではなく、単に興奮しているからだった。
苔の中は柔らかく、酸素を産み出してくれるので呼吸には困らない。目下彼の胸中を席巻しているのは、

>「昼間、下水道で戦った怪物は覚えているな?今俺達はそいつの腹の中にいる。」

(すっげぇーっ! なんだこれ、こんなことまでできるのかよ駄犬!)

生物の中に居住スペースを作る技術というのは、門戸が極めて狭い。
ある程度の大きさがあり、性質が大人しく、人間を捕食しないという条件に当てはまる生物を探すことから始めるからだ。

天然どころでは胃袋が二つ有り片方を他生物に解放している『箱庭クジラ』なんてものがいて、
長寿のものの腹には街が一つ出来上がったり、死骸は島になったりしているのだが、ここでは閑話休題としよう。

ギルバートの説明では、下水道で遭遇した不定形魔獣、その体内に空間を無理やりこじ作っているらしい。
理論上は納得出来るものであったが、そんな高度な術式をたかだか数時間のうちに仕上げるなど神業の域だった。

「……もう驚かねえからな。何があったって」

ギルバートの底知れなさにはだいぶ慣れてきた。
彼の操る技術はどれを一つとってもレクストに模倣できるようなものではなかったが、それでもかつてのレクストは劣等感を得てきた。
レクストの理想とする姿に、一番近かったから。なんでもできる――そう『在れ』ない自分に、彼は焦燥を感じていた。
だが、もうやめにする。出来ないことは『今は』出来ないと割りきって、自分の適所を探すべきなのだ。

――7年間の疾走の果てにようやく得た『答え』の、それは一欠片だった。

>「到着まで時間があるから今のうちに話してやろう」

点呼の済んだギルバートは即席のブリーフィングとしてこれからの行末を語る。
ティンダロスの猟犬。彼らの術式を掻き消す黒甲冑。逆説、それさえどうにかすれば勝機はあるという光明。

(『ただの化物』て……。時々こいつすげえエスプリ効かせるよなあ。詩人か!)

そして、打ち合わせは佳境に入る。
これから彼らはティンダロスの巣に向かい、そこから黒甲冑達が極秘に登城するための経路を拝借すると言う。
ギルバートがそんな裏事情を何故知っているかも疑問だったが、なによりレクストにとって重要なのは、

(連中の巣に突っ込むってことは……戦闘になるんだよな、奴らと)

ギルバートはこともなげに言ってのけるが、つまりはそういうことなのだ。
いくら帝都が混乱しているとはいえ、ティンダロスの猟犬(部隊だというからには三人だけじゃないだろう)が全員出払っているわけがない。
巣に残っているのが何人かはわからないが、とにかくことを構えることになるということだけは念頭におくべきだ。

『あの黒甲冑と、もう一度』。

一度は完敗し、ジェイドも取られてずこずこと退散した身である。フィオナの負傷も大きい。
今度は勝てるのか?いくら先刻が不意の闘いで、ジェイドがいたからといっても、そもそもの地力の差は歴然としている。
準備はあるし、覚悟もあるが――果たして、それら全てを総動員して連中の範疇を上回れるか否か。

(やるしかないならやるけれど、『やるしかない』なんて結論は出したくない。
 俺は俺の思うままに、俺の全てで以て奴らに相対する。戦う。戦って、勝つ。超えなきゃ嘘だぜ、俺は!)
156 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/08/23(月) 08:19:45 0
>「……俺の使う波動は、魔力とは性質が違う。奴らの甲冑を破壊することは、恐らく可能だろう。」

オリンが手袋を弄りながら己の能力について述懐する。
それは彼もティンダロスの猟犬に抗し得る手札と実力をもつことの証左である。そして同時に、

>「ただ、問題は無闇に波動を乱発出来ない事と、数の差……だな。戦闘になる事を前提に考え、互いに役割を決めておいた方がいい。」

万能ではない、ということ。
『波動』とやらがどのような能力(魔力を用いない術式?或いは武術?)なのかは理解に難いが、とりあえず破壊系の能力なのだろう。

(ただし、使いどころは選ばないとすぐ底打ち……枯渇する。応用の効く『手砲』みたいな運用になるな)

おそらくこの闘いでは――レクストは役に立たない。

彼の攻撃手段のほとんどは魔術によるもので、黒甲冑はもっとも相性の悪い相手だ。
せいぜいができて撹乱、あとは『手砲』による不意打ちを警戒させて牽制する程度か。

魔力を発動にしか用いない『聖術』、オリンの持つ『波動』、アインから託された『手砲』がメインの攻撃手段になる。
したがって聖術に加え地力でも打撃力のあるフィオナと、波動使いのオリンがメインアタッカー。

そこに異論はない。

「オッケー把握した。黒甲冑とことを構えるときは、まず俺が斬り込む。撹乱と牽制、隙あらば手砲でドンだ。
 だけど攻撃役は後衛の二人が本命。俺のこじ開けた隙に決定打を叩き込んでくれ。駄犬もどっちかっつうと術式使いだったよな」

ギルバートの戦闘は何度か目の当たりにしているが、伝導魔力や魔力糸、下水道の『攻性結界』など魔術がメインの戦闘方式だ。
無論まだまだ隠し種を持っていそうではある。もしかしたら一人で対峙できるのかもしれない。いずれにせよ必要なのは、

(『斬り込み隊長』――俺にぴったりじゃねえか。やってやるぜぇ……! それでもって、あとは――)

自ら危険な役に飛びついたのは、その事実を材料に仲間達と交渉するためだ。
レクストにはどうしても果たしておきたい希望があった。それはともすれば討伐隊の行動に支障を来すが、それでも。

「連中の中に鳥の兜を被った奴がいたろ。二人居るうちの、髪の黒くて長い――女の方だ。そいつと戦うことになったら、
 ――攻撃役は俺にやらせてくれ。奴とは下水道で一回捩じ伏せられてる。やられっ放しじゃ俺の肝の座りが悪いんだ。
 もしも俺がもう一度やられたら、そのときは俺ごと倒しちまって構わない。何がなんでも叩き込むから、頼む、やらせてくれ!」

勝算がないわけではない。無策なわけでもない。マダム、セシリア、フィオナと導いてくれた勝利への断片が、身を結びそうなのだ。

庶民より勝負が大事かと問われれば口を噤むしかないレクストだが、どちらにせよ鳥兜に勝てなければ帝都なんて救えない。
自分の中で芽生え始めた才覚への萌芽と、作戦の成功を天秤にかけた愚直な提案。それをレクストは、理屈の外殻で封鎖する。

「あいつを超えなきゃ、踏み出せないんだ……! 魂の土台に引っかかったままの楔を砕く為に!」

言うだけ言って、レクストは皆の返答を待たなかった。

反対されたってこの件に関しては我儘を言う覚悟があった。その結果粛清される懸念も、纏めて受け入れた。
レクストは、自分の成長に必要な要件を、無自覚のうちに掌握していた。理想に焦がれた彼だからこそ、得られた知覚だった。

157 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/08/23(月) 08:21:00 0
「さて、そろそろだな」

外の様子は上手く見えないが、伝わってくる慣性でショゴスが今どんな挙動をしているのか把握できる。
どうやら制動ののち、浮上しているようだった。やがて下向きの浮遊感が終わり、ショゴスが口を開けて彼らは外気と再会する。

「連中は――見える範囲にはいないな。でも油断禁物だぜ、バレてないわけがないからな。不意打ちだってありえる」

バイアネットを展開し、各部の動作点検を完了し、レクストは防刃帽を目深に被り直す。
臨戦態勢。何者にも対応できるよう、バイアネットは両手で抱えて槍のように構える。

「うおお……! 久しぶりの激臭だな、呼吸してるだけで正気度ガシガシ削れるぜー。駄犬、発狂すんなよ?」

とはいえこのままじっとしていても拉致が空かない。物陰だらけの空間でその場に留まってたらまさしく鴨撃ちだ。
レクストは念のため戦闘用加護を重ねがけし、装甲服の局所結界の出力を強める。細部のチェックをし、出撃準備完了。

「ちょっくら出てみるから、よぉっく刮目して見とけよ?この俺の、最高にデコイなところをな!」

狙撃であれ、強襲であれ、攻撃を仕掛けてくる以上なんらかの兆しがある。それを確かめる為、彼は囮をかってでた。
レクストはショゴスの顎に足を掛けると、そのヌルヌルした表面を上手く蹴って、潜入班の中で誰よりも早く敵地の土を踏んだ。


【レクスト:ルキフェル討伐隊潜入班と共にティンダロスの巣へ。
      奇襲対策の為の囮に立候補し、相応の準備の上で敵地にジャンピング不法侵入】
158 :名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中[sage]:2010/08/23(月) 12:22:21 P
TRPGって一人でやるもんなの?
159 :アイン ◇mSiyXEjAgk [sage]:2010/08/24(火) 23:07:37 0
>「んー、ああ、はい、『そういう人』っすか。なるほどね、ふーん、ま、いいすよ。通したところで何が出来るのって話だし」

「ふっ……はは、いいだろう。何が出来るか……後で嫌と言うほど教え込んでやるさ……」

眼鏡の閃きの奥に双眸を隠し、アインは口元を薄く引き伸ばして吊り上げる。
そして鞄を密かに開き、中から艶消しの施された黒い球体を取り出し、物陰へと転がした。
魔力反応がほぼ皆無であるそれはまず見付からず、仮に発見されても危険物とはよもや思われないだろう。
その後もアインは物陰を見かける度に、同じ物を放っていた。
故に彼はセシリアの数歩後ろを付いて歩く形を取っていたのだが、

>「なんでもいい、奴らに関する情報なら!懸賞金だって出す!いくらだ?いくらでその情報を俺たちに売ってくれる!?」

「……何をしているんだか。あぁ、いや、僕はただの付き添いだ。迫るならそいつだけにしろ」

さり気無く難をセシリアに押し付けつつ、アインは騎士団の包囲からもぞもぞと抜け出した。
一応、鞄の口から麻酔薬のフラスコを覗かせて、彼はそのまま様子を見る。
騎士達の放つ気配は酷く張り詰めてはいたが、どうやら荒事にまで及ぶ心配は無さそうだ。
場の空気を見定めると彼は二回手を叩いて、周りの意識を己に集中させる。

「そう言う事なら、互いに用はないだろう。お前達の考えに僕は共感出来ないが、
 『そう言う考えがある』と言う事は理解出来る。……まあ、精々頑張るんだな。僕に言えるのはそれくらいだ」

アイン・セルピエロは自己と目的の間に、自ら障害を設けたりはしない。
誇りや不足が障害となるなら、地に伏して潜り抜ければいいと考えるだろう。
だが、彼はその考えが甚だ卑しい物だと理解しているし、だからこそ他人に強要したりはしない。

むしろ感情のみで物を語るならば、彼は騎士達の強情さに肯定的な感情さえ抱いていた。
自分とは正反対の姿勢を貫く彼らに、手助けをしてやってもいいかと思える程に。
けれども、それは出来ない。
彼らは強情で実直であるが故に、彼の助言を「独り言」として受け取ってはくれないだろうから。
それが無意味であると知りながら、彼は憎まれ口の形で励ましを置いて、その場を去った。

「……さて、とは言え連中が忙殺されているのは好都合だな。付いて来い、エクステリア。
 あのルキフェルとやらは……確か官僚達と一緒にいた事もあっただろう? お話を拝聴しようじゃないか」

鳴り響く警鐘に頭上を見上げ、アインは呟く。
セシリアに先んじて彼が向かう先は、帝政議会。
その扉――最高峰の秘匿、防護の術式を施された扉を前にして、アインは立ち止まる。
鞄を開き、足元に置いてから、彼はセシリアへ振り向いた。

「……そう言えばエクステリア、お前何歳だ? ……十九か。
 もう少しガキだと思ってたんだがな。何と言うか、残念だったな」

当て付けるように、彼はセシリアの肢体を上から下へ眺める。
とは言えこの話題は余り長引かせては命に関わると判断し、すぐに目線と話題を逸らした。

「ともあれ、だったら覚えてるかもしれないな。ここ十年の大事件と言えば
 やはり新旧『ヴァフティア事変』が真っ先に挙げられるが……。
 結果だけなら、それらを凌ぐ最悪な事件があった。規模や数字はともかく、結果だけなら」

記憶を手繰るべく扉を見据える視線を微かに上げて、彼は諳んじる。

「『窪地村の悲劇』……名も無い、総人口はヴァフティアと比ぶべくもない集落だった。
 とは言え旧『ヴァフティア事変』からまだ数年、近くから派遣された従士もいて防護結界は十分だった」

一旦、アインは言葉を切る。
扉を見上げる彼の両眼がほんの少しだけ細められて、彼は再び口を開いた。
160 :アイン ◇mSiyXEjAgk [sage]:2010/08/24(火) 23:08:22 0
「だと言うのに……その集落はある日、たった一晩で滅びた。
 何処かに救助要請を贈る事さえなく、定期で立ち寄る行商がそこを訪れてようやく、その事に気付いたらしい。
 記録用オーブに偶然残されていた映像では、村人が次々に突然眠りこけて魔物の餌食となる様が保存されていた」

「悲劇だ」と、彼は追憶を締め括った。

「……そして、この事件は確かに悲劇だった。だったが……同時にとても興味深い一件でもあったんだ。
 そう、『何故結界で護られた集落が一切の抵抗も出来ず滅んでしまったのか』……とな」

また余談ではあるが。
この一件があったからこそ、帝国は軍人達に血を流させてまで、地上に残った魔族達の排除に取り組んだ。
当然多大なる犠牲が出たが、そのお陰で近年の――比較的――平穏無事な世の中があるのだ。
「悲劇」と言う言葉には、そのような側面もあった。

「多くの研究者が、この事件に挑んだ。結局地脈がどうとか、大地に染み込んだ魔族の血がどうとか。
 殆どがそんな結論に至っていたがな。……馬鹿らしい。確かにあり得ない話ではないさ。だがそれだけだ。
 地脈と血で偶然にも術式陣と魔力が揃い、昏睡と言う狙い澄ましたような効果が発揮されて、ここぞとばかりに魔物がやってきた?」

侮蔑を込めて、彼は鼻で笑う。

「答え合わせをしてやる。間抜けな魔術師共のな。……いいか。そもそも防御結界は完全な不可逆性を持つ物ではない。
 もしもそうだったら雨天の度に結界の補修が必要だし、結界内では農業も出来ない。結界が川を跨ぐ事もだ。
 ……とまあ、お前相手にこれは聖女に祝詞を聞かせるような物か」

彼が言わんとするのは、『防御結界とは選択的透過性を持つ物である』と言う事だ。
幾ら防御が目的とは言え、触れる物全てをせき止めていては非効率極まりない。
空気中の塵芥を全て止めてしまえば、それはあっという間に埃のカーテンとなってしまう。
雨粒一つ一つの衝撃さえ、積み重なれば甚大な物となる。
他にも空気や熱など、防いではならない物はごまんとあるのだ。

「つまる所、結界には通過する為の条件がある訳だ。サイズや有する力の大きさから始まり、
 魔力の有無、人であるか否か、事前に通過が許可されている、或いは特殊な条件下……例えば何かを所有しているか。
 等と、その条件は膨大かつ厳密だ。そしてだからこそ、その隙間を知る事は絶対的な強みとなる。
 一昔前は、風の属性が割と抜け道があったらしいな。結局はより高度な魔力検知で防がれるようになって、所詮イタチごっこだが……」

アインの衒学的な長口上の最後は、嫌味と皮肉を含んだ笑みと共に吐き出された。

「その点に関しては、僕は好都合だ。何せ相手から僕を見下して、眼中に無いと蔑んでくれるのだからな。
 ……さて、そろそろ頃合いだろう」

ちらりと彼は足元を見た。
見てみれば先程彼が置いた鞄の口から、一本のフラスコがはみ出していた。
フラスコは口を僅かに下に向けて、内容物である液体を少しずつ、ドアの下方へ滴らせている。
そしてドアの下部には便箋や封筒を潜らせる為の
――彼らには全員に知られては不味い火急の出来事も当然ある――隙間があった。

「おいエクステリア、開錠しろ。中の連中に悟られる事は気にするな。
 騎士共にバレない程度に適当で構わん」
161 :アイン ◇mSiyXEjAgk [sage]:2010/08/24(火) 23:09:05 0
セシリアが事に取り掛かっている間に、アインはもう一度足下の鞄を見た。
鞄から姿を覗かせているフラスコの内容物は、いつぞやの列車事件でも用いた『酔いどれガマの吐瀉物』だ。
最早フラスコには殆ど残っていないそれを呼び水に、彼は目を瞑り思索の海にたゆたう。


『酔いどれガマの吐瀉物』は幾つかの性質を持っている。
吸引した者を眠りに誘い、簡単に水から風の属性へと変化して、そして魔力を一切含有しないと。
風の属性、即ち空気は人間にとって必要不可欠である。
必然、結界の透過基準も甘いのだ。殆どが、魔力検知によって判別されていると言っていい。

これもまた『手砲』と同じく、使い方によっては凶悪な兵器となり得る。
だが彼はこれを、仮に査定会が開かれていたとしても提出するつもりは更々無かった。
もしもその事について触れられたのなら彼は

「開発局の奴等が必死こいて開発しようとしている物が、
 僕の鞄で眠っている。これ程爽快な事もないだろう?」

とでも答えるだろう。
――だが、本当は違うのだ。

彼の研究する役学とは、『先生』が唱えた『人の役に立つ学問』である。
けれどもアイン・セルピエロはどうしようもなく厭世家で、凡そ人と呼ばれるものの殆どを嫌っている。
彼は、『一人の役に立ちたかった』だけなのだ。『先生』の役に。
そして自分がその行動原理によって動いている事を、彼は自覚している。
だからこそ尚更、『先生』の『役学』を汚すような真似を、出来る限り彼は控えたかった。

しかし『先生』を救う為には『役学』の研究が必要不可欠で。
その為の研究費を得るには研究成果を提出しなければならない。
だがそれが人の役に立つように使われるかと言えば、そうでないのは明白だった。
だからこそ彼は手砲や火薬のみを提出しようとして、また研究費にがめつくなったのだ。
現実と理想の狭間で、彼は解決する事のない懊悩をし続けていた。

続けていたが、彼は悩みながらも現実を選ぶ事が出来る人間だった。
自分自身を俯瞰する事の出来る人間だった。

そうして現実を積み重ねてきた彼が彼自身を見るに、今の状況は格別なものでもある。
自分が『勇者』の影を見た一行と、社会的な立ち振る舞いを超えた救世行為を行う。
とても歪曲した形ではあるが、人の役に立つ形で役学を使えている。
自分で自分が羨める程の境遇の中に、今の彼はいた。


――ほんの僅かな、幾つかの疑問や未知、誰にも告げていない決意。
その陰りさえ無ければ、十全の時だと言えるくらいに。


「……ん? あ、すまん。言い忘れたが勇んで踏み込むなよ? 
 まだ『酔いどれガマの吐瀉物』が空気中に満ちているだろうからな。あまり吸ったらお前もおねんねだ。
 ちゃんと換気しておくんだな。……遅かったか?」
162 :アイン ◇mSiyXEjAgk [sage]:2010/08/24(火) 23:10:03 0
ふと、アインは我に帰った。
そうして彼女が扉を開けば、一人残らず昏睡に陥った議会の面々の姿が拝める事だろう。

「悲劇の再来……と言うのは少し大袈裟か。ともあれ、ざまあないな。
 ……あぁ、こいつの顔は見覚えがあるぞ。あの人の役学を馬鹿らしいと言って、
 ついでに予算を大幅に削ってくれたな。丁度いい、おい起きろ」

椅子の背に体を預け切って眠る壮年の男の横面に、アインは強かに鞄の角をめり込ませる。

「むぐあっ!? ……っ、貴様何を……!」

「黙れ。どうせ誰も来ないし誰も起きん。それより今から言う質問に答えろ。
 ……あぁ、妙な真似はするなよ。何かしたら後ろのアレがお前の頭をかち割るぞ。
 そうだエクステリア。ついでに他の奴等にも魔術を重ねて掛けておけ。他にも、用心は幾らしても足りないだろう」

用心を語るアインは、しかしセシリアに荒事を押し付け、あまつさえこの場で姓を呼びさえした。
さっきからの無礼と雑用扱いも合わせて彼女から一発二発ぶん殴られても、仕方が無いだろう。

ともあれ、彼は尋問を開始する。
アインはセシリアに用心と重ねて、男が嘘を吐いていないかを確かめるよう頼んだ。
が、彼女ならば同時に他の誰かを尋問するくらいは容易いかもしれない。

「それじゃあ、聞かせてもらおうか。まず……そうだ。あのルキフェルとやらは何者だ?
 官僚の連中と一緒にいたと言う事はお前達、ひいては皇帝とも関わりがある筈だ。
 一体何を企んでいる? まさか国民の為だとは言わないだろうな」

アインの問いに、しかし壮年の男は頑なに唇を結び開こうとしない。
無言のまま、アインは手砲の引き金を引いた。
内蔵されたオーブが連動して砕け、火薬に着火。
吐き出された致命の弾丸は、しかし男の耳たぶを食い千切るに留まった。

悲鳴が上がり、だが誰も目覚めはしない。
駆けつけても来ない。

「二度言わんぞ。答えろ」

男が喚いている内に構えられた二丁目の手砲が、男の眼前に突き付けられた。
先端に覗く奈落の如き空洞と、容赦のない視線と口調が、男から抵抗の二文字を奪い去る。

「……ルキフェルは、大分前に皇帝が連れて来た……魔族だ」

「まあ、あのナリで人間と言い張られても困るがな。まあいい、続けろ」

「……あの男は、ゲームをしたいと言っていた。人間にふるいに掛けて、
 出来損ない達を殺すゲームを。今下で起きてる騒ぎも、その一環だ……」

「ふぅん? 僕がアイツなら少なくともお前は『出来損ない』に分別するがな」

「……このゲームは、実験も兼ねていると言っていた。赤眼の……。
 ゲームと実験が完了した暁には、ワシらは無条件で『進化』させてえもらえると……」

「それで協力したのか? 嘘に決まっているだろうがそんなもの。奴からすれば
 お前らなんて、居たらちょっとばかし事を運ぶのが楽になる程度の存在だろう」

男を心底馬鹿にした様子で呟いたアインは、しかし己の言葉にはっと目を細めた。

「……いや、待て。だとしたら皇帝も同じじゃないのか? ルキフェルなら、
 やろうと思えば力ずくで事は成せる筈だ。帝都を制圧して、強引に。
 それが圧倒的に非効率的であると言うだけで。本質的には、皇帝はいてもいなくても変わらない」
163 :アイン ◇mSiyXEjAgk [sage]:2010/08/24(火) 23:10:49 0
彼は一瞬思考に潜り込み、そして短兵急に男の顎下に手砲を押し付け、
ルキフェルや皇帝、この騒動にかんする情報を有りっ丈吐き出させる。
そしてこれ以上の収穫は望めないと判断すると、男を殴りつけ薬品を浴びせ
――後始末はやはりセシリアへと丸投げした。

「……皇帝とて、この事に気付いていない筈はない。諦観に囚われるようなタマでもない。
 何かがある。ルキフェルが皇帝を殺せない理由。皇帝がルキフェルに殺されない理由。
 両者が対等たる理由が……! この馬鹿共には知らされていなかった、何かが」

だが彼の思考が至る事が出来るのは、そこまでである。
その『何か』の正体を知るには、まだ情報が足りない。
――まだ、足りない。

「エクステリア、行けるか? 急ぐべきだ。僕らはまだ知るべき事がある。
 それと……敏腕魔導師様にもう一仕事だ。ルキフェルは、その気になれば時を止める事さえ可能らしい。
 始祖魔導とやらか? 何でもアリだな。羨ましい限りだ」

忌々しげに、アインは吐き捨てる。

「だが……術式である以上、事前に分かっていれば対策の立てようがあるだろう?
 いや、立てなければどうしようもない。……行くぞ」

やや焦燥に駆られた素振りで、アインはセシリアを振り返る事もなく部屋の出口へと向かった。


【色々疑問や課題を提示してみたり】






「……始まったのね」

どうしてこうなってしまったのか。
彼女の脳裏をよぎった疑問は、しかしすぐに塗り潰される。
今更どうにもならないと。
そして――どうでもいいか、と。

「あら? ……あの子ったら、こんな所で悪戯しちゃって」

彼女の艶やかな唇が薄く、冷たい三日月を描く。

「お仕置きしてあげなくちゃ。だって私は、あの子の先生ですものねぇ」

窓から差し込む月光に染め上げられた、薄いキャミソールをはためかせて。
彼女は亡霊のように歩み出した。
164 : ◆7zZan2bB7s [sage]:2010/08/25(水) 00:08:59 0
【7年前 ゲート争奪戦当時・帝都郊外の古代遺跡にて皇帝直属の
発掘団が何者かに殺害される事件が起こっていた。
皇帝がその犯人を知るのは、それから7年の月日が経った後。
ヴァフティア事変から、ルキフェルが帰還した時のことだった。】

――天帝城 (レクスト一行到着前)

「陛下、貴方には感謝しています。
何故なら、封印されていた私を解き放ってくれたのは
貴方ですからね。」

「あの時の化物が、貴様だったとは……発掘団を皆殺しにしておいてよく言う。
悪魔にも、恩義とやらがあるようだな。
何故、私に刃向かわない?」

「何を仰います?私は本気で貴方の考えに
共感しているのですよ。私は、ただ世界を混沌へと
導くだけの道化師。
差し詰め、ピエロでしかありません。」

「力だけでも制する事は出来る筈だ。
貴様は何故、こんな手間のかかる真似をする?
それだけは教えておけ。」

皇帝の言葉に、いつかのルキフェルは答えた。

「私のように、ずっとこの世界に居ると。
退屈なんですよ。そう、暇で暇でしょうがない。
だから、壊す。そう、完全に壊れない程度に。

そして、また私は勇敢でありながらひ弱な人間に
倒される。
そしてまた、私は目覚める。
貴方がそうしたように。
何度でも、いつ、どんな世界でも。」


ルキフェルの手には漆黒のダイヤモンドが握られていた――

時に、それを人はドラゴンと呼び
ある時代にはそれを山羊の頭を持つ悪魔と呼んだ
そして、またある時代には8つの頭を持つ龍とも呼んだ
それは何度も世界を破壊し、何度も倒されてきた



【ルキフェル、7年前に皇帝により目覚めていた事が判明】
165 :フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage]:2010/08/25(水) 04:14:48 0
(――え?あれ?さっきまで路地裏に居たはずですが……)

光が届かないはずの下水道の中、苔の発する淡い光を浴びながらフィオナは只々呆けていた。
ぽかんと口を開け辺りを見回す様は傍から見れば残念な子にしか見えない。

『ふふぇー!ふっふぇぇー!!』

目の前ではレクストが上半身を木の根に埋め込み、両脚をぱたぱたと犬の尻尾よろしく宙に這わせていた。

『昼間、下水道で戦った怪物は覚えているな?今俺達はそいつの腹の中にいる。』

頭を抑えながら呻くように紡がれるギルバートの説明。
曰く、現在フィオナ達が居るこの場所は不定形の粘体生物の体内だというのだ。

(儀式魔術に匹敵するような術式を一人で……?)

人狼種の特性は人間よりも遥かに"魔"に近い。
彼らの持つ超人的な身体能力も体内に内包された魔力の副産物によるものだ。

本気で魔術に傾倒すれば人間では想像できない領域に到達することも可能だろう。
だが人狼達の多くは肉弾戦こそを得手とする。
それは単純に魔術を魔族から掠め取り、発展させてきたのが人間だからという理由ではあるのだが。

(本当に――)

ギルバート本人なのだろうか。と、フィオナは湧き上がる疑念を忘れるために頭を振る。
その動きに連られる様に、腰の剣帯に差した二振りの剣がぶつかり耳障りな音を立てた。

一本はヴァフティア事変から愛用するバスタードソード、もう一本は酒場を出る際にメニアーチャ家の貴族から拝借したレイピアである。
大貴族の持ち物に相応しく、職人が手を尽くした優美で複雑なスウェプト・ヒルトと柄頭に緻密に掘り込まれたには家門らしき文様。

『到着まで時間があるから今のうちに話してやろう――』

続けてギルバートの口から語られる皇帝の持つもう一つの切り札。
魔を退ける甲冑に身を包んだ黒騎士。"ティンダロスの猟犬"攻略の糸口。

『……俺の使う波動は、魔力とは性質が違う。奴らの甲冑を破壊することは、恐らく可能だろう。』

波動という技術は聞いたことが無いが、既にオリンは打倒のための手段を持っているようだ。
しかし無論、フィオナがレイピアを借りた理由も全身鎧に身を固めた猟犬達に対抗するためである。

オリンが鎧ごと破壊するのを可能とするのに対し、フィオナが選んだ方法は鎧の隙間を縫っての攻撃。
そして神殿騎士の戦技の中にはそれを可能とする技も存在する。

主に魔物を退けることを生業とする神殿騎士だが、有事の、はっきり言ってしまえば帝国内で反乱が起きた際の鎮圧手段として修練しているのだ。
仮想される敵は貴族達。その貴族達が振るう武器に抗するのに長剣では迅さに欠ける。
ゆえに防衛戦力と数えられている神殿騎士達は刺突剣の技術を習得するのである。それも秘密裏に。

「本来ならば余り使いたくは無いのですけど……。」

腰の細剣に触れながらフィオナは独り語散る。
『守る』ための相手を、『殺す』ことを目的として修めた技術ではあるが、今はそれが必要となるかもしれないのだ。

そんなフィオナの呟きを気にすることも無くギルバートの説明は恙無く終了する。
猟犬の巣を突っ切り、天帝城を駆け抜け、ミアを奪還する方法を。

「……それにしても、随分とお詳しいですね?」

フィオナの発した問いにギルバートは、聞きなれた声で、いつもの犬歯をむき出した笑みで、答えを返した。『昔行った事があるのさ』と。
166 :フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage]:2010/08/25(水) 04:17:31 0
『オッケー把握した。黒甲冑とことを構えるときは、まず俺が斬り込む。撹乱と牽制、隙あらば手砲でドンだ。
 だけど攻撃役は後衛の二人が本命。俺のこじ開けた隙に決定打を叩き込んでくれ。駄犬もどっちかっつうと術式使いだったよな』

それまで黙していたレクストが突然口を開く。
内容は猟犬との戦闘になった際の役割分担。それも最も危険な切り込み役を買って出るといったものだった。

レクストの戦闘スタイルは魔力による増強を基本としているため、猟犬達とは相性がとことん悪い。
しかしその目には捨て鉢な感情は微塵も無い。
そして何よりフィオナが気になったのはレクストの言った最後の言葉。ギルバートが『術式使い』という部分だった。

今までフィオナが見てきたギルバートの戦闘法は格闘術を基本としたものであり、魔術を用いるのを見たのは下水の戦いが初めてである。
だからこそ今回の大規模術式を目の当たりにして疑いを持ったのだ。

(考え過ぎだったのでしょうか……)

だがそれも自分以上にギルバートと付き合いのあるレクストの言葉により、納得いくものとなった。という訳である。
もっとも、そのせいでレクストの提案に異を唱えるタイミングを失ったのだが。

『連中の中に鳥の兜を被った奴がいたろ。二人居るうちの、髪の黒くて長い――女の方だ。そいつと戦うことになったら、
 ――攻撃役は俺にやらせてくれ。奴とは下水道で一回捩じ伏せられてる。やられっ放しじゃ俺の肝の座りが悪いんだ。
 もしも俺がもう一度やられたら、そのときは俺ごと倒しちまって構わない。何がなんでも叩き込むから、頼む、やらせてくれ!』

さらに追加の提案。どちらかと言うと今度のは先の役割を努める代わりといった意味合いが含まれているようであるが。

レクストと二人掛かりで攻め入って、完膚なきまでに大敗した相手との再戦。
傷跡こそ自戒のために残したが完治したはずの左腕がじくりと痛みを発する。

手砲という新たな武器を得たが果たしてそれが通用するかどうかは未だ未知数。
無策という訳では無いようだが、無謀では無いだろうか。そんなフィオナの懸念を払うようにレクストが咆哮する。

『あいつを超えなきゃ、踏み出せないんだ……! 魂の土台に引っかかったままの楔を砕く為に!』

(ああ、この顔に――)

――この眼差しにいつも励まされてきた。そして遂には帝都を、否、帝国を揺るがす陰謀を打開する瀬戸際まで来ている。

実力いかんはさて置いて、ここに集った者達のリーダーは紛れも無くレクストに間違いない。
言ったきり返答はいらないとばかりに、そっぽを向いているが答えるべきだ。否応も無い、と。

「判りました。彼女の相手はレクストさんにお任せします。
 でも自分ごと倒して良い。なんて言わないで下さい。私達は…その…仲間じゃないですか。」

どれだけ傷を負っても、生きてさえ居てくれれば私が必ず治してみせますから。とフィオナは意気込んで付け足した。
167 :フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage]:2010/08/25(水) 04:23:25 0
粘体生物、ショゴスの律動が止み、目的地である天帝城の真下に到着する。

『うおお……! 久しぶりの激臭だな、呼吸してるだけで正気度ガシガシ削れるぜー。駄犬、発狂すんなよ?』

ショゴスの口が開くのと同時に、例の、名状しがたい臭いを再度堪能する羽目になった。
相変わらず泣き出したくなるほどの異臭である。

『ちょっくら出てみるから、よぉっく刮目して見とけよ?この俺の、最高にデコイなところをな!』

「えっと……レクストさんに刮目してたら囮の意味が無いような……。」

銃剣を腰だめに構えながらいち早く外へと躍り出るレクストに突っ込みを入れながら、フィオナは"聖剣"の奇跡を発現する。
刀身加護によってもとより薄く発光しているバイアネットの刀身なら更に奇跡で上塗りしたところで大差は無いだろう。

フィオナも長剣に手をかけつつ、暗闇からの不意打ち回避に意識を集中させるがその気配は一向に無い。

「……襲ってくるつもりは無い、ということでしょうか?それとも『これ』を警戒しているとか?」

下水でそれまで優勢だった猟犬達が必死になってまで逃走を図ろうとした生物。ショゴスに乗って来た効果なのだろうか。
警戒はそのままに、レクスト同様ショゴスの顎を足がかりにフィオナは下水へ降り立つ。

ギルバートの言によれば襲撃は無かったとはいえ、ここは既に猟犬達の庭。
この先に待ち受けるのはティンダロスの猟犬、そして巣を抜けた先、天帝城にはルキフェルとその仲間それに――

(――ジェイド)

既に一度殺され、凶悪な魔物と化すためだけに仮初の生を植えつけられた弟。
レクストが鳥兜の猟犬との決着を望むように、フィオナが望むのは意に沿わぬ殺戮を強いられようとしているジェイドを止める事だ。

(駄目。今は……とにかくミアちゃんを助ける事を第一に考えないと)

それが未曾有の被害を回避する唯一の手段なのだから。
深呼吸を一回。フィオナは熱くなる頭を沈めようと試みるが、それは同時に下水の臭気を吸い込む事に他ならなかった。

「――!?……ギルバートさん、この先の案内を……オネガイ……シマス。」

自分のした愚行に涙目になりつつ、フィオナはギルバートへと咽ながら話しかけた。
168 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage]:2010/08/26(木) 00:24:48 0
「ほう、剄の一種か?」
オリンの波動の説明を聞き偽ギルバートが感心したように呟く。
剄とは人体の純粋なる生命エネルギーであり、魔力とは異なる種の活力。
それを増幅させる武術の一派があるのだが、その一種かと思ったのだ。

魔剣と剣技のみならず、そのような力を持っていたとあってその口は自然と歪む。
それなりの拾い物とは思っていたが、想像以上のものだった、と。
「ティンダロスの猟犬は元々数が少ない。
何を以って連れ去ったかは判らんが、ジェイドが魔物化する以上奴等も人手を割かざる得ないだろう。
他の近衛兵では魔物を抑える事はできぬだろうからな。」
騎士団や従士隊は城外の、そしてティンダロスの猟犬は城内の魔物に対処する。
それが故にこの潜入のタイミングなのだから。
フィオナの想いとは裏腹に、偽ギルバートの中ではジェイドは単なる状況の一項目でしかなかった。

「あんたにはあんたの目的があるのだろう?
力尽きるまで付き合えとは言わんさ。
一番強いと感じた奴に一撃くれてくれれば良い。
波動が通って内部破壊すれば良し、そうでなくとも鎧を砕いてさえくれれば十分だ。」
にやりと笑いかけるのは勝算が十二分に立ったからだった。
目的はあくまで門の奪還。
ティンダロスの猟犬と決着をつけるまでもなく、言ってしまえばある程度足止めし追撃さえ躱せればいいのだから。

その意識がある為、レクストの発した言葉は看過できぬものだった。
>「連中の中に鳥の兜を被った奴がいたろ。二人居るうちの、髪の黒くて長い――女の方だ。そいつと戦うことになったら、
> ――攻撃役は俺にやらせてくれ。奴とは下水道で一回捩じ伏せられてる。やられっ放しじゃ俺の肝の座りが悪いんだ。
> もしも俺がもう一度やられたら、そのときは俺ごと倒しちまって構わない。何がなんでも叩き込むから、頼む、やらせてくれ!」
「あ?…お前何を…」
半ば唖然として言葉が出てこない。
だがその怒りは額と眉間による無数のシワによって表されていた。
怒気により周囲の空気がピリピリと硬直する。

明確な目的があり、その為の行動が定まっている。
そこにレクストの肝の座りなど一片たりとも入り込む余地はなく、復讐の為にわざわざ戦闘するなど余分以外の何物でもない。
目的を純化させる偽ギルバートがそれを許すはずもない。
だが…

>「あいつを超えなきゃ、踏み出せないんだ……! 魂の土台に引っかかったままの楔を砕く為に!」
レクストを言い切ると返答を待たなかった。
全ての反論も、目的純化を阻む者への粛清も受け入れた横顔に、不覚にも偽ギルバートは次の句を発せられなかったのだ。
その覚悟をフィオナも察したのであろう。
レクストの言葉に同意し、更に回復の役を請け負う。
「ッチ。漢の顔になりやがって。」
そんなやり取りをギリリと歯軋りと共に飲み込み、小さな舌打ちと共に呟き素通りさせたのだった。

装備を整え飛び出したレクストを見送り、後ろのオリンに振り返る。
「あんたはこの戦いのキモだ。
囮に食いついたら横合いから一番美味しいところを決めてくれ。」
そう告げるとレクストについでショゴスから出たフィオナに並ぶ。
>「――!?……ギルバートさん、この先の案内を……オネガイ……シマス。」
「聖術で呼吸浄化をすればいい。
ルグスにもその法はあるだろう?」
視線はその先に広がるティンダロスの猟犬の巣に向けたまま、フィオナに応える。
実に200年ぶりに、偽ギルバートはティンダロスの巣の猟犬の巣へと降り立った。
169 :ルーリエ ◆OPp67eYivY [sage]:2010/08/26(木) 21:27:31 O
 ンカイの鼻を頼りに『リフレクティア』とやらを探し始めて僅かに数十分。かなりの長丁場を覚悟していたク
ラウチは、ある種の意外さを感じていた。虚を突かれたのだ。
適当に射た矢が蜻蛉を殺したような、そんな奇妙な偶然に。
「どーよ」
「……居住区の方の湾に近付いてますね、住民は」
「いねーよ、今はまだ外縁に神輿を運んでるはずだ」
ほっ、と安緒の息を吐く。懸念していた最大の問題は取り敢えず払拭された事になる。
彼らと住民をかち合わせるのは不味い。勘違いをされたら目も当てられない事になる。
「で、どうするよ相棒。私見モトム」
「私見……」
クラウチは頭を掻き、相変わらず突飛な上司の言葉に思考を巡らした。早くしなければショゴスが行ってしまう。
彼らは泳いでショゴスに追いすがり、今ようやく隙を見つけて話し合えたのだ。腰まで浸かった汚水の波音を邪
魔臭く感じつつ、焦りの中で、彼は模範的な解答しか示せなかった。
「様子を見た方がいいですね。命令違反はしたくない」
「あっそ」
途端にンカイは仏頂面になり、詰まらなそうにぼやいた。
「餌を目の前にぶら下げられて……犬になった気分だ」


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵


「ほんとにこの『まち』からにげだせると思う?」
「わかんない」
その小さな深き者共達は退屈そうに、すっかり物の少なくなった居住区をさ迷っていた。大人達は帝都の外周へ
必死に物品を運んでいて、役に立たない彼らは留守番を任されていたのだ。といって、『何もない』と言う新鮮
な状況を楽しんだのも束の間。彼らは既に鬼ごっこにも飽き、かくれんぼにも飽き、見慣れぬ住み処の姿に幽か
な不安を覚え始めていた。「『まち』が終わるんだって、父ちゃんは言ってたよ『ほろびる』んだって」
「なんで?」
さあ、と二人組の片方の少年は首を傾げた。なんでだろう?そもそも『ほろびる』ってなんだろう?『なくなっ
てしまう』ことだと父ちゃんは言ってた。『いみをうしなってしまう』ことらしい。
よくわからない。
「『まち』から出たら神様に会えるね」
少女が呟いた。少年はぼんやりとそれを聞き流して、ふらふらと水の流れる方向へ向かった。丁度詰め所の反対
側の方向だ。大した考えがあったわけではない。ただ大抵の深き者共がそうであるように、彼もまた水が大好き
だったのだ。
「ルーリエおじさんがあんまり一人でいちゃいけないって……ねえってば!」
少年は少女の喧しさをうっとうしく思い、半分意地になって歩みを速めながら、ルーリエおじさんの事を考えた。
ついさっき詰め所で遊んでいた所をルーリエおじさんとガタスおじいさんにつまみ出されたのだ。ぐるぐるに巻
かれた家畜が三匹いたから、たぶんナイアルが引き取りに来るのだろう。後で彼らが何だったのかナイアルに聞
いてみよう。彼はそう心に決めた。ナイアルは彼の友人だった。

と、

どん、と少年の背中に少女がぶつかった。少年が急に止まったのだ。「ちょっと!」と少女は抗議の声を上げた。
鼻の頭をぶつけたのだ。彼女はそのまま怒りを悪口に転換しようと口を開いて、代わりに息を呑んだ。
そこには見慣れない家畜が四匹。
彼らと相対するように固まっていた。


【ンカイ、クラウチ:様子見
イベント:子供たちが侵入者たちと遭遇、見た目は普通の子供です。浮浪児に見えるかも?】
170 :オリン ◇NIX5bttrtc[sage]:2010/08/27(金) 20:59:16 0

足早に帝政議会から出ようとするアインとセシリア
彼らが視線を扉のほうへ向けると、音も気配も無く、一人の男が腕を組みながら壁に背を預けていた
その男の風貌は、赤い髪に、黒く鋭い瞳。暗灰色の外套を纏った少年。ハスタ・KG・コードレスだった
セシリアとは面識は無いが、アインとはメニアーチャ家で会ったのが最後だったろうか

「アイン……だったか。あの屋敷以来だな。従士サマから、話は聞いてるぜ。ヤツを殺るんだってな。」

そう言いながら彼らに近付き、再び言葉を続けた

「ここには問題なく入れたようだな。
……ああ、俺か?ハンターズギルドを総括している"剛剣"のグラン。あのジジイ、一応俺の親父でな。
一介のハンターじゃすんなり通れないここも、それのお陰で入れたってわけだ。」

ハンターズギルドの幹部、グランディール・F・ゼイラム。通称グラン親父。または、剛剣のグラン
帝都に住むものならば、その名を聞いて知らないものはいないだろう
"従士隊長"エーミール=ジェネレイトと互角とも言われるその圧倒的な腕力は、年を感じさせないほどのものだ──と
ギルドの幹部を親に持つのならば、その立場を利用しない手は無い

「ああ、そういえばそちらの"お嬢さん"とは初対面だったか。
俺はハスタ・KG・コードレス。ハンターをやっている。
そこの学者とは、つい最近知り合ったばかりの関係なんだが……列車の件といい、何故か色々と縁があってな。」

セシリアに対して、ハスタは手短に自己紹介をする。ついでに、アインとの関係も織り交ぜて
昨日今日と見知った程度の短い仲だが、目指すべき道は同じだ。ルキフェルを倒す──過程は違えど

「俺もお前たちと共に行こう。戦闘になる可能性も踏まえて、な。
それに、あまり宜しくない情報が入ってきている……"ティンダロスの猟犬"。もしかしたら、遭遇するかもしれないからな。」

本来ならば、ハスタはレクストたちと同じ討伐班に組まれるのが自然な形なのだろう
だが、潜入班には戦闘が得意なものはいない。城の兵士や騎士レベルならばセシリアでも問題は無いだろうが、猟犬やそれ以外の敵が現れるかもしれない
もし相対したのならば、まず勝ち目は無い。戦に慣れたハスタなら、遭遇したときの勝率も上がる。最悪、自分が囮なればいい
それらを見通した上で、ハスタは彼らと行動することを告げた

──"神戒円環"。"自壊円環"に対抗する唯一の手段
今回の作戦が最初で最後の賭け。確実に成功させなければならない
万が一失敗したら、帝都だけでなく、地上全てが滅ぶ
それらの事をハスタは、"全て"把握していた

「……今、帝都は非常にマズイ状況になっている。"赤眼"とやらを持った奴が、次々に異形化してやがる。
あれは国から配給されたものらしいな。急がないと、帝都は壊滅だ。」

自身の焦りを噛み殺すように、ハスタは自分の拳を強く握り締めた
彼と親しいものですら判別しようが無いほどに、"彼"はハスタとして"擬態"していた──

【アイン&セシリアの前に、ハスタに変身したナヘルが現れる。行動を共にする事を伝える。】
171 :◇mSiyXEjAgk [sage]:2010/08/27(金) 23:29:52 0
魔族化した人間達で溢れる通りを何とか切り抜け、ジースはSPINによって自身の邸に逃げ帰った。
いや、正確には『逃げ』帰った訳ではない。
自分のするべき事が『また一つ』、見つかったのだ。

SPINによって門を潜る事無く玄関へと到達した彼の腰には、あるべき物が無かった。
メニアーチャの家紋が刻まれた、父から譲り受けた刀剣が。
長い歴史のある物ではない。
だが彼の父が「この先続くメニアーチャの威信を象徴するような剣を叩いてくれ」と
鍛冶職に依頼して献上された剣だ。

鋭く屈強で、何より大切であったその剣は今、彼の手元にない。
酒場を訪れた際、彼らの内の一人、聖騎士の女に託したのだ。
使いこなせぬ自分が後生大事に持ち歩くよりも、僅かであろうとも彼らの一助にした方がいい。
それもまた、自分のすべき事なのであると。

そしてジースは館の長い廊下を駆け抜け、自室の扉を叩き開ける。
そのまま立ち止まらずに向かう先には、小型のオーブが一つ。
貴族間の、緊急連絡網である。
貴族同士にも対立などがある為全ての貴族に通じる訳ではない。
だが彼らの派閥や関係は複雑であるので、連絡網は絡み合うようにして
最終的に全ての貴族に要件が伝達されるのだ。

「……聞こえますか。メニアーチャ……いえ、ジースです。外で起きている騒動には、もう気付いていますよね。
 あれは帝都から配られた赤眼によって、人間が魔族のような姿に成り果てて起こしています。
 赤眼を外して下さい。……信じてもらえないかもしれません。だけど、本当の事なんです」

彼の言葉は、しかし殆どの貴族達には信じてもらえないだろう。
ジース・フォン・メニアーチャは多くの貴族に慕われてきた。
だが彼らの殆どは単に、『メニアーチャ』家に気に入られる事で
生まれる優位性を目当てとしていただけだ。

ジースは名乗る際に、敢えてメニアーチャではなくジースと名乗り、
また口調も貴族然としたものではなく素の状態で語った。
利にばかり聡い愚劣な貴族達は、ただの青年としての彼の言葉など信じる筈がない。

けれども一握りの貴族達は。
彼の言葉から或いは、赤眼が内包するおかしな点に気付く事が出来るかも知れない。
そうなったのなら、きっと彼らは助かるだろう。

ほんの一握りの、思慮と価値のある貴族達は。
172 :マルコ◇mSiyXEjAgk [sage]:2010/08/27(金) 23:30:44 0
――マルコ・ロンリネスは『誰かの役に立ちたかった』。
自分がロンリネスの姓に相応しい人間ではないと分かっているが故に。
ならばせめて分り易い善行――『誰かへの救済』によって、自分の価値を確立したいのだ。
そして彼は自分の望みが内包する、自分自身の浅ましさや矮小さを、自覚している。
だからこそ尚更、彼はその望みを叶えなければ自分が無価値であるように思えてならないのだ。

「……あぁ、なんてこった。あのガキ、立派になっちまいやがってよお。
 やだやだ、オッサンは置いてけぼりですか。妬ましいねえ。やんなるねえ」

それは、喜ばしい事なのだ。
なのにマルコは、それを素直に喜べない。
同じ境遇、同じ仇名で呼ばれていた彼の成長に、嫉妬を覚えてしまう。

「……やめだやめだ。素直に喜んでやらねえとな。
 アイツは立派な貴族になったんだ。アイツの言った、庶民の鑑のような立派な貴族に」

彼の成長の中に、願わくば自分の言葉が一欠片でもあれば。
そう淡い願いを抱きながら、マルコは酒瓶を傾ける。
173 :◇mSiyXEjAgk [sage]:2010/08/27(金) 23:31:35 0
「……まったく、お酒は嗜む程度にとあれほど申し上げましたのに」

不意にマルコの背後、三歩ほど離れた位置から声が響く。
彼は振り返らず、ただ苦笑。
魔族化した人間が溢れる通りを抜けて、音もなく彼の元へ辿り着き、呆れ交じりの苦言を零す。
そんな事が出来るのは、一人しかいない。

「そう言うなって。祝杯だよ、祝杯。ジースお坊ちゃまの門出祝いさ」

「……門出の意味、間違ってますよ」

「ん? まあいいだろ。大切なのは祝う気持ちだよ、気持ち」

あっけらかんと笑って更に酒を煽るマルコに、彼の背後に立つ影は嘆息を一つ。
一方で彼の笑いは次第に小さく、収まっていった。
ついには無言に至る。

「……俺なあ、アイツにゃアイツが謳うような立派な貴族になってもらいてえって、
 そう思ってたんだぜ? なのにいざそうなったら、これだよ。つくづく嫌になるぜ」

「それを認めて、恥じる事が出来る。それもまた立派な事だと思いますわ」

「無知の知ってか。いや、無知って言うより無恥と言うべきだったな」

自嘲の笑いを零すマルコに、影が歩み寄る。
一歩、二歩と。
細い両腕が彼へと伸ばされて、

「……やめてくれよ? これ以上惨めな思いはごめんだ。それよりも」

振り返る事なく、マルコは呟く。

「俺はここで飲んだくれる事しか出来ねえ。したい事はあってもな。
 ……知ってたか? これでも俺、救済者になりたかったんだぜ」

影は答えない。

「……だが、お前には出来る事がある。お前にしか出来ない事が」

だから、とマルコは言葉を繋ぎ、

「俺の代わりに、人助けをしてきてくれ」

自分の願いを、影に託した。
174 :マリル◇mSiyXEjAgk [sage]:2010/08/27(金) 23:32:18 0
――マリル・バイザサイドは『主人の役に立ちたかった』。
彼女は主人が抱える願い、そこから芽生え彼の心に絡み付く懊悩、全てを知っていた。
だからこそ、彼女はそれを肩代わりしたいと考える。
彼に頼まれるまでもなく、それを己の使命と定めていた。

マルコは自身を矮小な人間だと嘲った。
けれどもいざ自分自身の欠点と向き合った時、それを認めるのはとても辛い事だ。
誰しもが出来る事では、決してない。
目を逸らし、欺瞞で塗り固め、自分を誤魔化す人間だっている。
それをしなかった彼を、マリルは十分に立派だと断じた。

故に彼女はマルコの命に従う。
摩天楼の上を駆け、彼女はナイフを放った。
ロンリネス家の紋章が刻まれた、柄に布切れの巻かれたナイフを。
前方に見える白い悪魔――ルキフェルへ。

正に今、幾万もの人々への虐殺を始めんとするルキフェルへ。

「こんばんは。今宵は良い夜ですわね。この素敵な月夜に水を差すのをもう少しばかり
 遅らせても、きっと罰は当たりませんわ。……ですから暫し、私と遊んで下さいませんか?」

彼女に、勝機はない。勝算もない。
もっと言うなら、勝つ気さえも彼女は持ち合わせていなかった。
究極、神殿で見せられた不可知の能力――時を支配する能力――を
使われた時点で、彼女の敗北は決まってしまうのだから。

だからこそ、彼女は『遊んで』くれと言ったのだ。
そう言えばルキフェルはきっと、自分に対して本気は出さず、じわじわといたぶる様な戦いをするだろうと。

余りにも、部の悪い賭けだった。
ならば彼女が、そうする意味は――


【時間軸がちょい不明瞭なんですけど虐殺開始前のルキフェル様に喧嘩吹っかけました
 マリルに勝つ手段や勝つ気はありません。ただ戦う気はあります
 飽きられない程度に攻撃します。まあつまり長引かせたいってこってす】
175 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/08/29(日) 06:26:06 0
>「……そう言えばエクステリア、お前何歳だ? ……十九か。
  もう少しガキだと思ってたんだがな。何と言うか、残念だったな」

「ん?残念って何が」

アインがこちらを視線で舐めながら話を続けるのに、セシリアは疑問を発さずにいられなかった。
彼女は自身に自信がある。幼い頃から多大な期待とそれに応えるだけの能力を持ち合わせているセシリアにとって、
『残念』という言葉が彼女自身に適用されることなど極めて稀で(教導院時代はレクストがいたから特に)、耳に新しかった。

やがて自分の身体の胸周りが起伏に乏しいことを言っているのだと気付き、大いに憤慨した。

(だって、こればっかりは努力じゃどうにもならないじゃない……っ!)

特にセシリアの場合、研究職が陥りがちな不摂生を内分泌系制御術式でカバーしているに過ぎない為、
どうしても肉の付き様がないのだった。ただでさえ同年代の身体が完成した連中に比べて彼女は小柄なのだ。

>「ともあれ、だったら覚えてるかもしれないな。ここ十年の大事件と言えば
  やはり新旧『ヴァフティア事変』が真っ先に挙げられるが……」

(そこから真面目な話に繋げるの……っ!? 分からない、この人の思考回路が分からない!)

衒学的な口調で語られるのはかつて帝国内で起きた寒村滅亡事件。その詳細と考察。
当時まだ幼かったセシリアにとって父とその仲間たちが血眼になりながら原因を探っていた程度の記憶しかなかった。
彼の口から出る結界の選択的透過性については専門家であるセシリアにとって欠伸の出る内容だったが、

>「おいエクステリア、開錠しろ。中の連中に悟られる事は気にするな。
   騎士共にバレない程度に適当で構わん」

いつの間にかアインの鞄からフラスコが飛び出し、中身を帝政議会の扉の向こうへ流し込んでいる。
その中身をセシリアは知らなかったが、毒ではないだろう。彼女達はここにテロをしにきたわけではない。
となれば、麻痺薬か、催眠液か――気化して効力を発揮するタイプのものだろう。

『結界を透過する、風の属性』。帝政議会の強固な対魔結界を潜り抜ける魔力なき暗殺者。

「貴方がどうしようもない天邪鬼のひねくれ者で心底安心したよ。こんなものが出回ったら安心して夜も寝られないから。
 持ってるのが貴方だけだと知ってれば、貴方だけを警戒した結界を組めばいいだけだしね!――――『開錠』!」

杖先に術式を載せてドアノブを軽く叩く。

特殊な魔術で堅固に施錠された鍵穴へ術式が潜り込み、解析し、幾重にも折り重なる式の螺旋を解いていく。
流石帝都最高に立法機関だけあってその堅牢は究極の一言に尽きたが、『それ』を組み上げた本人の前では無力に等しい。
帝都お抱えの嘱託魔導師(SPINから部屋の鍵まで手広くカバー)は、殆ど一瞬で開錠を成し遂げた。

「――よし行こう!」

扉を勢い良く開け、内部を制圧すべく杖をとる。

>「……ん? あ、すまん。言い忘れたが勇んで踏み込むなよ? 
  まだ『酔いどれガマの吐瀉物』が空気中に満ちているだろうからな。あまり吸ったらお前もおねんねだ」

「っとお!? ……そ、そういうことは早めに言ってよ!」

寸でのところで踏みとどまり、息を吸いかけた口を塞ぐ。杖を振り、災害救助用の『呼吸補助結界』を発動する。
球状の空気の玉がセシリアの頭をすっぽりと覆い、内部で空気を循環させて呼吸を成立させていた。
本来は火事現場を歩く際や短時間潜水の為に用いる術式だが、よもやこんなところで役に立つとは。

というか、今のはセシリアも不用意過ぎた。気体が残留している可能性など初めに考慮すべき懸念だ。
やはりルキフェル討伐に当たって柄にもなく切羽詰っているのか、彼女にいつもの平静さはない。
176 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/08/29(日) 06:27:07 0
そうして無力化した元老院の貴族達をアインが尋問している間、セシリアは貴族の拘束と情報の総括を平行していた。
バレたら即死刑なこの状況で苗字を呼ばれたりしたが、アインもアインでやはり気が逸っているのだろうか。

帝都で蔓延している魔族化の呪いは、ルキフェルが『赤眼』を用いて行っている『人間の選別』。
弱きを挫き強気を助く、人類全体を使ったふるいかけ。無差別な実験の顕れなのだと。

(魔族ルキフェル……地獄と現世の接続だけじゃ飽きたらず仲間を増やしにかかったか……)

そしてその件について皇帝も一枚噛んでいる。ルキフェルが殺せない程に、何かしらの鍵を握って。
ルキフェルと皇帝が対等であるならば、皇帝側にも一連の魔族化事件でメリットがあるはずなのだ。

(――そう、自国の民……それも貴族を中心に削ってまで得られる何かが!)

そしてもう一つ疑問がある。
帝都が大惨事で大わらわだというのに、『元老院はこんなところで一体なにをしている?』
護衛らしい護衛もつけず、赤眼の呪いを認識していて、真っ先に避難していてもおかしくない連中が。

その疑問を解答という形にするには、まだ決定的な情報が足りていなかった。

>「エクステリア、行けるか? 急ぐべきだ。僕らはまだ知るべき事がある。
  それと……敏腕魔導師様にもう一仕事だ。ルキフェルは、その気になれば時を止める事さえ可能らしい。
  始祖魔導とやらか? 何でもアリだな。羨ましい限りだ」
>「だが……術式である以上、事前に分かっていれば対策の立てようがあるだろう?
  いや、立てなければどうしようもない。……行くぞ」

「行こう。『神戒円環』を確実に叩き込む為にも、ルキフェルの行動パターンは完全に掌握しておきたい。
 私はエクステリアの血族!――存在するのなら、神だって紐解いてみせる」

眠りこけた元老院を残し、セシリアはアインを追って帝政議会を後にした。

と、入り口近くに一人の青年が壁に背をつけて立っていた。
いつの間に入ってきていたにか、セシリアですら気付かない異形の気配絶ちで存在を隠蔽してたようである。

>「アイン……だったか。あの屋敷以来だな。従士サマから、話は聞いてるぜ。ヤツを殺るんだってな。」

そう既知の者の口調でアインへ声をかける彼の素性を、セシリアは知らない。
突如の事態に置いてきぼりを食らっていると、男は親切にも自己を紹介してくれた。

>「ああ、そういえばそちらの"お嬢さん"とは初対面だったか。
  俺はハスタ・KG・コードレス。ハンターをやっている。
  そこの学者とは、つい最近知り合ったばかりの関係なんだが……列車の件といい、何故か色々と縁があってな。」

ハスタと名乗ったハンターは、更に護衛を買って出ると言う。
帝都のハンターと言えば5番ハードルにギルドを持ついわゆる『なんでも屋』であり、戦闘請負も業務の範疇だ。

すなわち戦闘職。今の彼女達にとって喉から手が出るほど欲しい、直接戦闘能力者だった。

>「俺もお前たちと共に行こう。戦闘になる可能性も踏まえて、な。
 それに、あまり宜しくない情報が入ってきている……"ティンダロスの猟犬"。もしかしたら、遭遇するかもしれないからな。」

「その申し出はあいがたいことこの上ないね。私はセシリア=エクステリア。帝都の魔導師、兼業でルキフェル討伐隊員」

当たり障りの無い自己紹介をしながら、魔力で編んだ有線思念伝達術式をこっそりとアインへ飛ばす。
送る言葉は一つ。

――『信用できるの?』

ハスタから目を離さないようにして、唯一面識のあるアインへ問うた。

【ハスタの登場に不審。アインへ信用性を問う。戦闘職欲しいところなので言質が取れれば歓迎します】
177 :ルキフェル ◆7zZan2bB7s [sage]:2010/08/29(日) 21:24:21 0
「退屈です、とても。」


ルキフェルは空を見上げ呟いた。
長く生きていると、何もかもがつまらなく感じる。

背後には護衛騎士団がいる。
既に魔族化された者達だ。
そしてその横に、バルバが舞い降りる。

「ルキフェル、いよいよだな。この石が、新たな血を求めている。
まだ、命を減らす必要がありそうだ。」

バルバは無感情のまま、抑揚のない声で「遊戯の開始」を告げる。
ルキフェルがそれを聞き、歩き始めた瞬間。
前方から1つの声が聞こえた。

>「こんばんは。今宵は良い夜ですわね。この素敵な月夜に水を差すのをもう少しばかり
> 遅らせても、きっと罰は当たりませんわ。……ですから暫し、私と遊んで下さいま>せんか?」

バルバは無言でその場を離れていく。
その手に、漆黒のダイヤモンドを抱えて。
ルキフェルは白い悪魔、―究極の闇を齎す者―に変化し声の主を見つめた。

「私と遊んで頂けますか。嬉しいですよ、とても。
こういう風に、なりたいなら。」

右手を翳す。すると周囲にいた騎士団の全身から炎が吹き上がる。
絶命の言葉、悲鳴を上げながらそれぞれが焼け爛れ、そして灰と化す。
そして音も無くマリルの手を握り、そのナイフを自らの胸に突き立ててみせた。

人と同じ、真っ赤な血が流れ落ちる。
強引に、凄まじい力でマリルの手を操り自らの胸を抉り続ける。

「彼らは、皇帝に渡す筈のものでした。ですが、失敗作だ。
あと数時間もすれば、消滅するでしょう。
己の中の、血に負けてね。
どうです、私は貴方達と何も変わらない。
血の色も、そして痛みも感じます。
でも、1つだけ決定的に違う事がある。
それは、こういうことです。」

マリルの唇を、強引に悪魔の手が覆う。
そして、流れ出る血がマリルの口腔へ降り注がれた。

【マリルへ自らの血を注ぐ】
178 :名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中:2010/08/29(日) 22:30:45 P
すごく・・・気持ち悪いです
179 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/08/30(月) 07:15:05 0
初めに兆したのは、下水道の湿った石畳を踏む水音だった。
レクストは即座にバイアネットの砲身を音のする方に構える。暗闇の向こうに息づく気配を視界に捉える。
バイザーの『暗視』とフィオナの聖光は薄暗い下水道内でも昼間と変わらぬ視野を提供し、相対者の輪郭を明瞭にした。

「子供……?」

そこにいたのは二人の子供。少年と少女。あまり上等とは言えない衣類を纏った子供たち。
その人畜無害な外見にレクストの警戒心はそのタガを緩ませ――

《――って、おいおい!》

腰の魔剣黒刃がレクストにだけ聞こえる声で注意を喚起した。
不意を突かれてはっと我に返る。下げかけたバイアネットの剣先を構え直す。

《ばっかお前、どう考えてもこんなとこに『ただの子供』がいるわけねえだろ! デコイだデコイ!》

(いや待て、もしかしたらもしかするって場合もあるぞ。――それにことによっちゃ幸先良いかもしれねえ)

黒刃との内的会話に区切りを打ち、レクストは再び現実へと目を向けた。
前方に見えるのは子供二人だけ。あとは聖術の光も届かない暗澹たる風景。帝都の闇の具現。光果つる場所。
レクストはバイアネットから片手を離して子供たちへ向け、何をするかと思えば五指を開いて突きつけた。

『ちょっとタンマ』の仕草である。
後ろを付いてきた潜入班の面々を振り返り、

「お前ら集合ーっ! ほら集まれ、そしてちょっと耳貸せ!」

手招きで招集をかけ、子供たちから目を離さぬようにしながら若干の距離をとり四人で円陣を組む。
そうして四人だけに伝わる程度の声量で話を始めた。

「こいつら、『何』だと思う……?俺なりに考えてみた結果、大きく分けて2つのパターンがあると思うんだ。
 @狙撃、あるいは強襲する為に俺たちの警戒心を緩ませ決めたポイントに誘いだす囮、デコイ。
 Aマジで迷い込んだだけの無関係な子供」

この他に『下水道内に棲みついた"ティンダロスの猟犬"の家族』という可能性が考えられるが、
レクストにとって黒甲冑の連中は人外の魔物というイメージが先行し、そういう所帯染みた性質にまで思考が至らない。

「@Aの如何がどうであれ俺たちにとって一番都合が悪いのは、このまま手を出しあぐねて膠着ってケースだ。
 俺たちには目的がある。こいつらを無視するわけにはいかねえけど、下手打って時間潰しちまうのはもっと駄目だ」

そう、それこそがこの子供たちの目的という可能性だってあるのだ。
あえて非戦闘員を座り込ませ、手を出せないのに進めもしないという状況を作り出す戦術は、
帝都において過激派集団や思想団体のテロ・デモを相手取ってきたレクストにとって既知のものだった。

「だから、ここは誰か一人が子供に対応して、他の連中がそいつを護衛しながら一緒に進むのがベストだと思う。
 幸いここに集まってるのは全員が戦闘職で武闘派だ。いざとなれば囲んで抑え込める」

この作戦では、賭けになるが一つ大きなメリットを呼び込める。
もしもAだった場合。『子供が迷い込める非公式の道がある場合』。それを知ることができる。
すなわち、天帝城側にバレてない経路を新たに知ることで、潜入活動はぐっと難易度が下がるのだ。

「そこで、この『子守役』を誰か頼む。俺は、その、子供の相手には向いてないらしいんだよ。よく言われるんだけどな。
 なんでかいつも喧嘩になっちまうんだ。『同レベルだから』とか言われてんだけど、こりゃ一体どういう意味なんだろうな?」

レクスト19歳。その精神年齢は実年齢より10ほど若い。
周囲の生暖かい視線が、何故だかいつもより身に刺さった。

【『前へ進むために』レクストの提案
 ・子供が敵であれ無関係であれ無視するわけにはいかないので、子守役を抜擢して先に進んではどうか
 ・あわよくば道案内を頼めるかも。子供と同レベルの精神に定評のあるレクストは必然子守不可能】
180 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/08/30(月) 07:45:54 0
混乱する帝都。

異形と化す同胞に戸惑い、涙し、その牙の餌食になる民達。
せめて一人でも多くを守らんと帝都を駆ける騎士団、神殿騎士、帝国軍――従士隊。

護るべき民の血に染まった彼らの頭上に、最悪の事態が舞い降りた。
そう、最も危惧し、忌避していた事態。混乱と混沌の加速に百人力の手を貸す災厄の存在。



「来たぞ帝都!7年前は他の都市を食い荒らすのに忙しくてこっちまでた手が回らなかったが、此度はそんな憂いもない!
 ルキフェルめ粋なことをしてくれる……今宵この宴、愉しく美味しく満喫しようではないか!!」

「おっはあ、いいねえいいねえ壮観だねえ。眼下に広がるたわわに実ったヒト、ヒト、ヒト。大豊作じゃないか、あたしゃ嬉しくてしゃあないよ。
 歳とると涙腺緩んで駄目だねえ。また若い男子の恥ずかしい液をいっぱい浴びて若返らなきゃ駄目だねえ」

「……僕は、『あの人』に会えればそれでいいです。会って、この強く生まれ変わった僕を見てもらいたい。そしてこの想いの丈を。」

「ジース……どこにいるの……姉さん目がよく視えないの……ジース返事をして……かならず貴方を見つけるから……」


ルキフェルの仕掛けたこの大狂乱祭という灯に、蛾の如く惹かれてやってきたもの達。
人類の祖先にして純粋純正の上位存在。

――魔族。

ヒトを支配し、しかしその数の差によって抑えこまれていた力の弱い、しかし人類よりもはるかに強力な魔の血族。
7年前の『ゲート争奪戦』において人類に追われ、帝国各地に散っていた魔族達がたった今、凱旋してきた。
181 :フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage]:2010/09/01(水) 01:12:32 0
到着直後の襲撃は無かったものの、すでに此処は猟犬の住処。
地の利は圧倒的に相手にある。
故に四人はいつ何時襲撃があっても即応できるように隊列を組んで進んでいた。

先頭に囮役のレクスト、その後ろを唯一道案内が可能なギルバート、鎧の上から決定打を叩き込めるオリンが続く。
"神託"での危機回避が可能なフィオナは最後尾を歩いていた。

「っ!?」

不意に全員の足が止まる。
前衛のレクストが立ち止まったことも然ることながら、その前方から微かに足音が響くのを全員が聞いたからだ。

(殺気は感じなかったですが……)

フィオナも刺突剣の柄に手をかけながら、背後に向けて重点的に注意を配る。
しかし襲撃の予兆は一向に訪れない。

『子供……?』

最前列のレクストが訝しげな声をあげる。だがその呟きは困惑の色が滲み出ていた。

『お前ら集合ーっ! ほら集まれ、そしてちょっと耳貸せ!』

そしてたっぷり数十秒の膠着の後、召集命令が下された。

「どうかしましたか?それに何か『子供』って聞こえたよう……子供!?」

ばつの悪そうなレクストの視線の先には襤褸切れを纏った少年と少女。
住処を持たない浮浪児だろうか。
神殿でも彼らのような子供達への炊き出しや、安息日に学校を開くといった取り組みは行われているため見慣れては居る。
だが、ここはティンダロスの猟犬の目と鼻の先。ただの子供と遭遇する確率は極めて、否、皆無と言っていいだろう。

『こいつら、『何』だと思う……?――』

レクストが提示したパターンは二つ。一つは猟犬が放った囮、もう一つは全くの無関係者。

「その二つでしたら……前者の方が可能性は高そうですけど……。」

フィオナはそう口にしたものの、即座に考えを否定する。
理由は子供達の表情。光に照らされた彼らは明らかに狼狽している。目的を持って接触してきたならばこういう反応はしまい。

こういった状況に一家言ある様子のレクストが次いで持論を述べ、結局――

『だから、ここは誰か一人が子供に対応して、他の連中がそいつを護衛しながら一緒に進むのがベストだと思う。
 幸いここに集まってるのは全員が戦闘職で武闘派だ。いざとなれば囲んで抑え込める』

――四人のうち一人が子供の対応をする。その一言にフィオナは酷く嫌な予感を、言い方を変えれば予定調和な流れを感じ取っていた。
182 :フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage]:2010/09/01(水) 01:19:44 0
別段子供の相手が嫌いという訳では決して無い。
むしろ慣れてもいるし、こういった状況でなければ望むところでさえある。

(なんて言いますか……)

フィオナは改めて三人を、潜入部隊員たる仲間たちを眺める。
普段の立ち居振る舞いからすでに威圧感を放っているギルバートは言うに及ばず、怪我こそ治っているものの血の跡が残ったままのオリン。
そしてレクストに至っては――

『そこで、この『子守役』を誰か頼む。俺は、その、子供の相手には向いてないらしいんだよ。よく言われるんだけどな。
 なんでかいつも喧嘩になっちまうんだ。『同レベルだから』とか言われてんだけど、こりゃ一体どういう意味なんだろうな?』

(あー……)

危うく声に出して納得しかねない所だった。
なんとかそれは回避し、生暖かい視線を送るだけに止めはしたが。

とはいえ、確かにこのまま子供たちを放置して行くのも躊躇われるのも事実。

「……私が引き受けます。」

かくして敵の住処の真っ只中、剣と盾を構える筈の両手を、何故かむずかる子供達の背に添えて歩く聖騎士が誕生した。

「二人ともよくこの辺には来るの?
 あ、そうだ。私はフィオナって言うんだけど、二人のお名前は?」

それでも請け負った役割はきっちり果たすべく、フィオナは子供達へ話しかけるのだった。
183 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/09/01(水) 18:27:04 0
>「ああ、そういえばそちらの"お嬢さん"とは初対面だったか。
>俺はハスタ・KG・コードレス。ハンターをやっている。
>そこの学者とは、つい最近知り合ったばかりの関係なんだが……列車の件といい、何故か色々と縁があってな。」

>――『信用できるの?』

ハスタとセシリアの言葉を、アインは心中で反芻する。
そして、

「……おいコードレス。悪いんだがコイツはお前を信用してないらしい。
 と言う訳で論より証拠だ。ドアの外の連中を片付けてくれないか」

無論ドアの外には誰一人としていない。気配など無い。
だが怪訝な表情を浮かべながらもドアの外を覗き込むハスタの後頭に、アインは手砲を突きつけた。
接近するつもりは毛頭ない。
ただ手砲を、何かを構えた事を知らせるべく、大袈裟に動作音を響かせる。

「あぁ……すまん言い忘れた。実は僕もな、お前を信用してないんだ」

眼鏡の奥の両眼を研ぎ澄まし、アインは鋭い眼光でハスタを居抜く。

「……列車の件、か。確かにあの事件に僕は居合わせた。だが……あの件とその前後でアイツと関わり合いになった記憶は無いぞ。
 それなりの立ち回りもしたが、それもアイツが知り得る事じゃない。
 それを知り、尚かつ僕とアイツが関わり合いになったと勘違い出来るのは、媒体はとにかくあの時の出来事を俯瞰出来る奴らのみだ」

細まる双眸に続いて、アインの眉間に深い嫌悪の皺が刻まれた。

「僕を見下すんじゃない。信用させようと何度かの関わりがあると思わせたかったんだろうが、仇になったな」

もしも、アインがハスタと旧知であり、深い関わりがあったのならば。
彼はハスタが偽者であると悟る事は出来なかっただろう。
接点が少な過ぎたからこそ逆に、彼には些細な矛盾点が浮き彫りに見えたのだ。

「……さて、聞かせてもらおうじゃないか。何が目的だ?
 殺すつもりなら僕らはもう死んでるだろう。エクステリア、返答の真偽はお前が見抜け。出来るな?」

だが、言い終えると同時。
アインは視界の端で閃光が迸ったのを見た。
184 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/09/01(水) 18:28:54 0


迫る閃光を、アインは床に体を投げ出して回避する。
間一髪だ。膨大な魔力の塊が風を切り、髪を焦がす音が彼の耳孔へ滑り込む。
ポケットに魔力を検知し振動するオーブを潜らせていなかったら、間に合わなかっただろう。

「あらあら、ネズミだけあってすばしっこいのねぇ」

閃光の射手は、ミカエラ・マルブランケ。
錬金術と魔術を修めた天才であり、セシリアのかつての師であり――赤眼の創り手でもある。

「駄目じゃないの、セシリア。幾ら自作の鍵だからって、魔力隠蔽はちゃんとしなくちゃ」

ミカエラはそう言うが、セシリアに落ち度があった訳ではない。
彼女は平時から自動の魔力隠蔽を行なっているだろうし、そうでなくとも開錠の術式は僅か一瞬で完了していた。
その彼女の魔力を感知したミカエラが、常軌を逸して異常なだけなのだ。

加えて何よりも、ミカエラはセシリアがここにいる事自体には何一つとして言及しなかった。
些細な、だが確実な彼女の狂気の発露だった。
最早彼女は――或いはずっと昔からそうだったが、今に至り一層――倫理観と言うものを損ねている。

「邪魔はさせないわ……。この計画が上手くいったらあの人とレックをくれるって、ルキフェルはそう言ったんですもの」

それが虚言である事を、仮に貰えたとしてもそれは『抜け殻』か『贋物』であろう
と言う事を、ミカエラの理性は理解している。
している筈なのだ。

それでも尚、ミカエラはセシリアに向けて掌を翳す。
そして『障壁突破』と『対象に浸透し炸裂』する性質を秘めた魔力を瀑布の如く撃ち放った。
185 :アイン ◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/09/01(水) 18:31:39 0


口を塞がれ魔族の血を流し込まれ、だがマリルは動じなかった。
冷冽に澄んだ瞳が驚愕に濁る事はなく、ただ彼女は腕を捉える魔力の鎖を自身の魔力で断ち切る。
しかして次の瞬間には、弧を描いて振り下ろされた箒がルキフェルの顔面を捉えていた。

(手応えあり……ですが効いた様子は無し、と。当然ですね)

マリルはルキフェルの胸に刺さったナイフの柄に立っていた。
ルキフェルに腕を掴まれていた彼女が、拘束を解き移動を果たす。
その過程をルキフェルは視認出来なかっただろう。
それどころか、いつの間に捕縛から抜けられたのかすら分からない筈だ。

「ほんの手品のような物ですけど、驚いて頂けましたか?」

ルキフェルの耳元に問いを残して、彼女は夜空へと飛び上がる。
月の曲線をなぞるような宙返りと共に、眼下へと白刃を雨霰と放つ。
狙いはルキフェルではない。ナイフをばら撒く行為自体が目的なのだ。
ロンリネス家の刻印に並んで、更に三つの紋章が刻まれたナイフを。

「お楽しみはまだまだこれから。人間の、人間による、人間の為のショーをどうぞお楽しみ下さい」

言葉が夜闇に溶けると同時、マリルの姿が夜空から消失。
再びルキフェルの眼前に現れた。
エプロンから引きずり出したシーツを彼の顔面に被せて巻き付け、重力の助けを得た踵を叩き込む。

彼女の芸当の正体は帝都の交通手段であるSPIN、それにアインが改造を施した物だ。
彼は魔術を使えないが、術式を理解して手を加える事は出来る。
そもそも全くの無から何かを築き上げるよりも、元からある物を利用する方が遥かに容易だ。
彼は魔術師や神官を嫌っていたが、役学の為にはそれらが必要である事も分かっていたのだ。
ナイフの紋章の一つは、短距離用である代わりに個人運用が可能な、言わば低燃費なSPINだった。

また彼女がルキフェルの血を流し込まれ尚平然としているのも、この新たなSPINによるものだ。
アインはSPINの転移過程の中間に、本来防護結界に用いられる『選択的透過性』の術式を組み込んだ。
通過の条件は『人間の平常な状態』。これならば体内の異物はおろか、原因不明の疾患であっても除去できる。
『先生』を治療すべくアインが考え出した、新機構だ。

「動物実験は済ませたものの、人体で試す機会が無かったのですが……この分なら問題無さそうですね」

ともあれ彼女の踵から頭へと打撃の感触が伝わった頃には、
彼女は既にルキフェルの遥か下、数多のナイフが突き刺さった建物の屋上に立っていた。



>>180

マリルが始めに投擲した幾本かのナイフ――あれはルキフェルを狙った物では無かった。
帝都で戦う騎士団、神殿騎士、従士隊、彼らへ宛てた物だった。
柄に巻いた布には赤眼の処置方法と、最も危険な個体は出来る限り足止めする旨が書かれている。

その情報が信頼に足るかは、柄に煌くロンリネスの刻印が示してくれる事だろう。
186 :ルキフェル ◆7zZan2bB7s [sage]:2010/09/01(水) 21:56:54 0
目の前から女が消えた。捕まえた筈のそれは
自分の視界を奪いそしてこう言った。

>「ほんの手品のような物ですけど、驚いて頂けましたか?」

耳元で、女が呟く。ルキフェルは感情の無い、漆黒の眼で
それを見つめる。
そして、雨のような放たれた無数の光がルキフェルの前を通り過ぎていく。

「フン・・・・・・何を。」

鼻で笑い、その様子を見つめる。
しかし、彼は気付いていなかった。その放たれた光が、何を意味するのか。

>「お楽しみはまだまだこれから。人間の、人間による、人間の為のショーをどうぞお楽しみ下さい」

その言葉が何を意味するのか。
人間による?人間の為の?笑わせるな。
人間は、所詮は非力で巨大な力の前には翻弄されるだけの存在。
魔族の遊戯の為の玩具でしかない。
しかし、ルキフェルの顔面を一瞬では在るが痛みが襲う。
人の力による、人を守る為の力が。

「フフ・・・・・・フフ。楽しいですねぇ。
とても。やはり、こうではなくては。」

>「動物実験は済ませたものの、人体で試す機会が無かったのですが……この分なら問題無さそうですね」

「貴方は、素晴らしい。魔族の血を、人の英知で凌いでみせた。
それはかつての人ならば、出来ないことだった。
今の人は、変わったようです。いずれ、遠くない未来で
人は、我々と”等しく”なるでしょう。」

ルキフェルの手が翳されると同時にマリルの周囲の”力場”に異変が生じる。
それは術式や法則を無視した”超越”した力に他ならなかった。

「しかし、所詮は家畜だ。人は、人であるしかない。
貴方たちが何をしようと無駄だ。赤眼だけが、人を魔族に変えるのではない。
人が、人を魔族に変えるのです。」

マリルの両足に、凄まじい付加がかかる。
それは万力の如く、彼女の足をゆっくりと破壊し始めた――


【同時刻 帝都】

赤眼で魔族化した者の中に、一部ではあるが完全に自意識を持った者達が
存在し始めていた。
それは、まるで仲間を増やすかのように殺戮を始め――彼らに殺され、蘇生した
者達が現れた。
やがて、彼らは灰色の怪物へ変化しそれぞれが馬や龍、万物を象徴する異形へと変化した。



「赤眼は、キーに過ぎません。
人は、生まれでた時から、多かれ少なかれ”怪物”の遺伝子を持っているのです。
そう、それは術式や知識では消せない刻印。人の命と地続きの――因果」

純白の悪魔は、マリルの足を愛でる様に見つめ――無感情に言った。
187 :Interlude ◆0hxmfXmRCI [sage]:2010/09/04(土) 19:42:54 0

『おっはあ、いいねえいいねえ壮観だねえ』【>>180

「同感だな―――まったく、けしからん絶景だ」

頭二つ分ほど低い位置に存在する魔族の妖艶な弾力性、あるいは張性。
そのデコルテに、元・神殿騎士は惜しみ無い視線と情熱を注いでいた。

「不夜のアルピニストとしては征服せざるを得ない、魔の連峰――」

『眼下に広がるたわわに実ったヒト、ヒト、ヒト』

「――いや、巨峰だったか。一房、俺に預けてみな。
 お前のたわわに実った果実の甘さを検品してやるぜ」

『大豊作じゃないか、あたしゃ嬉しくてしゃあないよ』

「……徒花だろうが、な。人間の魂を刈り取るのは死神の役目だ。
 さらに言えば、死神ってのは絶世の美人に違いないと俺は睨んでる。
 そうでもなけりゃ、墓標の数ほどの男どもが大喜びで魂を差し出す筈が無え」

『歳とると涙腺緩んで駄目だねえ』

「年増は涙腺よりも目尻のシワの方を気にすべきだ。
 だが、その気の強そうな目つきだけは実に俺好みで良い。
 お互い、もう少し若けりゃ楽しめたかもな……七年前に見逃したのが残念だ」

『また若い男子の恥ずかしい液をいっぱい浴びて若返らなきゃ駄目だねえ』

「だったら、コイツをソノ気にさせてみるか?
 伝承歌に詠われるは"ラウル・ラジーノの秘宝"
 祭祀書に謳われるは"神より賜りし太陽の聖剣"
 銀の女神の啓示に従うなら"祝福のラグナ・フラタニティ"」

後退りする様に左足を引いてから、緩慢な動作で右足を前に。
両手持ちの得物を左足下に振って鞘を落とし、切っ先は地面に。

「しかし……潤いってモンが無え帝都(まち)の風には敵わねえな。
 抜けば魂散る伝説の刃も、おかげですっかり乾ききっちまってる―――」

剣の扱いを知らぬ者が見れば、脱力した無頼漢の身構えは無防備に映るだろう。
だが、僅かでも心得があれば勘付く。その気構えさえもが完全なるノーガード。


「―――今宵のルグス・ブレードは魔族の恥ずかしい液に餓えてるぜ!!」
188 :Interlude ◆GKjbpalCIs [sage]:2010/09/04(土) 19:44:13 0


     ホットドッグ屋は、適正なセールストークの範疇を逸脱して喋り続けた。


『へへっ! どうだいジャックポットの兄さん。
 当店自慢のパインサラダコンボドッグのお味は?
 俺はコイツで帝都一のホットドッグ売りになったんだぜ』

「悪くない味だが、昨日食ったホットドッグ屋もソレと全く同じ事を言ってたな」


     悲劇は、賭博師の興味が手元のジャンクフードにのみ注がれていた事だ。


『ヴァフティアのヴァーミリオンってのはアンタなんだろ?
 昨夜も大勝ちだったらしいじゃないか、マッケイブから聞いたよ。
 ようこそ麗しの帝都へ! 俺のホットドッグを食う為に上って来たなんて光栄だね』
 
「オレが大勝ちしたってトコ以外は悪質なデマだな―――パインドッグ追加で二本くれ」

『ああ〜、残念! 次の一本が当店"フラッグ・メイカー"史上最後のホットドッグさ。
 普段ならこの時間の品切れは無いんだが、今日は……マッケイブがヤケ食いしに来た』

「なるほどな……今夜、月が完全に沈んだ後でマッケイブを神殿の裏まで連れて来い」

『待った、待った! 神殿なんて近寄りたくもない。
 ……故郷に居る俺のハニーは、七年前に失明しちまってさ。
 神殿の神官は原因不明の一言でサジを投げちまった。奴らの顔も見たくねえ』

「そうか。実を言うとオレも神殿の話は嫌いなんだ。
 ―――チリ・ソースはもっとたっぷりかけてくれ」


     何所からか、烏の羽音が聞こえて来る。


『だけどな、医者ならきっとハニーの目を治せる。
 医学だよ! これからは医学の時代だってマッケイブも言ってた。
 だから俺は、最高の医者を呼ぶ金を稼ぎたくて帝都まで出て来たんだ。
 ―――いいや駄目だね。チリ・ソースは"一往復半"がウチの味の黄金比なのさ!』

「もう止せ。オレは医者の話も嫌いだ。
 ―――それならマスタードをたっぷり頼む」


     影絵の稜線から天蓋を目指す月が、紅く染まりゆく。


『ハニーにも見せてやりたいんだ俺達の息子の姿を……と言っても、まだハニーの腹ん中なんだけどな。
 ひょっとすると娘かもしれないが、きっと男さ。そんな気がしてる。何せ俺のカンは良く当たるんだ。
 ―――馬鹿言うなって。マスタードも"一往復半"だ!』


     静かに下り始めた薄暗がりの天幕を、流れ星が横切った。


「……わかった、今回はオレの負けでいい。そいつに"二往復"追加するには、いくら払えば?」

『へへっ! そうこなくっちゃな。まいどあり、ウィスキー大樽1ダース分ですぜ!』【>>ダークV119】
189 :Interlude ◆GKjbpalCIs [sage]:2010/09/04(土) 19:45:33 0

『…――ってワケで治療費は溜まったんだが、今日まで帝都で商売を続けてた。
 何故だかわかるかい? それとは別な"ある物"の調達資金が必要だったのさ』

ホットドッグ屋は法外な銀貨を受け取った後も尚、熱心に話し掛けてきた。
ぼったくり営業用の役作りかと流していたが、どうやら真性だったらしい。

『ヒント、来月にハニーの誕生日があってパーティの約束をしてる。
 ヒント、俺はその時ハニーに結婚指輪を贈ろうと思ってる。
 な? もうわかっただろ。その答えはコイツさあ!』
     
オレに向かって見せびらかしたリングは、最低限の包装さえ施されていない。
ホットドッグに集中する視界の一歩外で、粗悪で小さな宝石が安い光を放つ。

『昨夜までは故郷で待ってるハニーを思い浮かべるだけで、
 帰ったらああしよう! こう言おう! って色々考えてたんだよ。
 ……でもな。今はどうしてか、自分でもすげえ不思議な気持ちさ』

「チッ―――そいつは、どんな?」

オレがうっかり落としたソーセージの切れ端を掠めて黒猫が駆け去る。
最後に肉が失われた一口を飲み込んだオレはうっかり聞き返した。
ホットドッグ屋の顔が初めてうっかりまともにオレの視界に入る。


『何て言うか、さ。ハニーに会えればそれだけでいいかなって……』


世界の底で未だ僅かに溜まっている夕陽の中で、柔らかく微笑む笑顔は―――


『……なんてな。へへっ!』


―――控え目に言えば悪党面だが、端的に表現すれば極悪人の容貌だ。
統計に基づく偏見を加味する事が許されるのならば、軽く十人は殺ってる顔だ。
このオレを生まれて初めてジャンクフードの咀嚼中に噎せさせたこの男、只者じゃない。
190 :Interlude ◆GKjbpalCIs [sage]:2010/09/04(土) 19:46:57 0

そのハニーとやらがホットドッグ屋に出会ったのは光を失う前か? それとも後か?
仮に前者だとしたら、その女は天使みたいな瞳を持っているに違いない。
あるいは、この男が天使みたいな心を持っているんだろう。
そう結論付けた魔術師は、率直な見解を口にした。

「もしオレがお前なら、パーティー後のエスコートの算段ぐらいは決けておくだろうな」

食後の一服を追いかけて見上げた先の様子が何かおかしい。
遥か高空では、烏が大群を構成して旋回していた。
五感の内の幾つかが掻き乱される、違和感。

『そ、そうかい? やっぱり? それじゃあ……
 ああ、でも、まずは生まれてくる子供のために名前を付けてやりたいんだ。
 もう良さそうなのを幾つか考えてある。聞きたいだろ? 聞きたいよな? へへっ!―――…』

烏の一羽が急降下を開始する。
接近する巨影/遠近法が狂う。
人型の異形/デッサンが歪む。

「―――伏せろ!!」

襤褸ながらも綺麗に手入れの行き届いていた屋台が、大空からの一撃で木っ端微塵になった。
天井代わりの擦り切れた幌は引き裂かれ、角材を手作業で加工したらしき柱は圧し折れた。
あれほど出し惜しみしていたチリ・ソースとマスタードは倒れたペンキ缶みたいに床を汚す。
無駄口が多く、人相も最悪で、ぼったくりの、だが天使みたいだった男は動かなくなった。

「このデタラメな戦闘力……魔族、だってのか?
 七年越しで舞踏会の続きってのは考えたくもないが――」

己と同様に地面で仰向けに転がっていたトランクを手探りで引き寄せる。
上体を起こし首を振り、火の消えた煙草を立ち上がりざまに吐き出した。

「――今のライズ・アンド・ロアーを見た限りじゃ、オレを追ってた連中とは別系統か」

『……僕は、『あの人』に会えればそれでいいです』【>>180

「待ってくれ―――何処かでソレとそっくりな台詞を聞いた事があるんだ。
 あれは、誰の言葉だったか。頭を打ったせいで良く思い出せない。
 参考までに訊くが……"あの人"とやらに会ってどうする?」

『会って、この強く生まれ変わった僕を――』

――無音で閃いた魔術師の腕。鮮やかな色彩が飛沫となって石畳の上に撒き散らされる。
瞬間/切り裂かれたのは魔の血族が持つ絶大な魔力と威厳と矜持と遺言と魔族自身。
零距離/朱色の輝きを纏ったブレイク・キューが逆袈裟に振り抜かれていた。

「ようやく思い出した……そう、帝都一のホットドッグ屋だ」

崩れ落ちゆく魔族の巨躯を見下ろして、魔術師は問う。


「―――――それで、誰が強いって?」


無造作に放ったトランクの蓋が開き、七つの水晶球が飛び出して中空に静止する。
魔術師の左頬を紅い雫が伝って滴り落ちる。鮮血の赤。魔力の朱。残陽の茜。
全てが色濃く塗り潰された世界で、左の魔眼だけが黄金色に輝いていた。
191 : ◆GKjbpalCIs [sage]:2010/09/04(土) 19:48:36 0
【ゲームボードの背景で、ジョーカー2枚がバーリ・トゥードの場外乱闘だ。
 メインストリームには関与しない。帝都の混沌を演出するシーンのお供に。
 
 ―――――Godspeed!!】
192 :名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中[sage]:2010/09/04(土) 20:31:35 0
いい加減にしろよ、お前
193 :名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中[sage]:2010/09/04(土) 21:12:04 0
今までコテが積み上げてきた物を台無しにして、貴方は何がしたいのでしょうか?
194 :アイン ◇mSiyXEjAgkの代理[sage]:2010/09/04(土) 23:24:14 0
>「貴方は、素晴らしい。魔族の血を、人の英知で凌いでみせた。
>それはかつての人ならば、出来ないことだった。
>今の人は、変わったようです。いずれ、遠くない未来で
>人は、我々と”等しく”なるでしょう。」

「妨害術式……ではないようですね。これはむしろ……純粋過ぎる力業。それにしても……」

>「しかし、所詮は家畜だ。人は、人であるしかない。
>貴方たちが何をしようと無駄だ。赤眼だけが、人を魔族に変えるのではない。
>人が、人を魔族に変えるのです。」

>「赤眼は、キーに過ぎません。
>人は、生まれでた時から、多かれ少なかれ”怪物”の遺伝子を持っているのです。
>そう、それは術式や知識では消せない刻印。人の命と地続きの――因果」

徐々に締め付けられ、圧壊へと導かれていく両足に、しかしマリルは動じない。
頑としてルキフェルを睥睨し、口を開く。

「我々と“等しく”なる? 人が人を魔族に変える? 冗談がお上手ですのね。
 ……ある男が弓を何処へともなく射掛け、結果誰かに矢が突き刺さり死んだ。
 そして男は言いました。「私が彼を殺したのではない。矢が彼を殺したのだ。彼が死に向かっていっただけだ」……馬鹿馬鹿しい話ですわ」

皮肉と共に、足を捕らえ食い千切らんとする『力』にマリルはエプロンから取り出した聖水を掛ける。
けれども『力』は強大で、僅かに弱まる気配はあったものの以前彼女の足に喰らい付いたままだ。

「この訳の分からない足枷が全てを物語っていますわ。我々人間は知恵を以って輪を作り、貴方はそれを解けぬからと力任せに打ち砕く。
 人が魔族と交わる事はありませんわ。何せ両者は既に一度交差している。ならば後はかけ離れていくのが道理と言うものでしょう。
 例え貴方が言う怪物の因子を消せなくとも、断ち切れなくとも。遠ざかり、遠ざける事は出来ますわ。
 貴方がしている事は料理用の鍋に対して、剣の方が人を殺せるし便利だと溶かし、無理矢理剣に作り変えようとしているようなものです」

空になった聖水の瓶を放り捨て、彼女は更に聖水を取り出した。
同じく足枷である『力』に掛けて、両手の瓶が最後の一滴を零すと同時にまた次へと手を伸ばす。
次もまた空になったのなら、やはりまた次へ。

「重ね重ね、馬鹿馬鹿しい話でしょう? 鍋は台所へ。剣は戦場へ。そもそも住むべき所が違うのですから。
 そう、貴方はここに……地上にいるべき存在では無いのですよ。
 もっとも、剣は台所を戦場に変える事が出来ますが……」

次々に、マリルは聖水を使い続けた。
やがて辺りは力を失った後の水で水浸しになる。
更には小瓶が所狭しと転がり、互いに衝突し合い小気味いい音を奏で始めた頃合いで。

彼女の足を捕らえて離さなかった『力』が、完全に死滅した。
再び、彼女はルキフェルに迫る。
余裕綽々に抜き去る事なく放置されていた胸のナイフに転移して。
エプロンから取り出した黒い鍋でルキフェルを強かに殴打する。

「鍋だって、相手をぶん殴る事くらい出来ますわ」
195 :アイン ◇mSiyXEjAgkの代理[sage]:2010/09/04(土) 23:24:55 0
再び転移によって離脱を図る前に、彼女は蹴りを一つ放った。
狙いはルキフェルの胸部、突き刺さったナイフの柄。
鞭の如くしなった蹴撃は過たず柄を捉え、ナイフをルキフェルに深く穿った。

彼女もルキフェルがこの程度で死ぬとは夢にも思っていないが、出来る事は何でもすべきだ。
言葉を弄した所で、ルキフェルが強大である事実は揺らがないのだから。

「……さて、次の演目は何にいたしましょうか」

足場である屋上に降り立ち、マリルはルキフェルを仰ぎ見る。
両の手をエプロンに潜り込ませ、双眸を刃と研ぎ澄まし白き悪魔を寸分違わず射抜く。

「……そうですわね。人の強みと言う物を見せつけて差し上げますわ。まずは、私達人間の積み上げた物を壊す事しか能のない魔族には……到底真似の出来ない『物量』をッ!」

勢い良く、両手がエプロンから抜き去られる。
姿を見せたのは、二丁の『手砲』。
そして戦術は、先の聖水と同じく。

(手砲は戦争が出来る程に! 聖水だって今から教会が開業出来るくらいです! その他各種道具も勢揃い! まだまだやれますわ!)

即ち、神速を以っての連射。
単発式の手砲を使い捨てに、とにかく撃ち続ける。
肘から先が不可視となる程の手捌きで、マリルは雨霰と弾幕を張った。
地に落ちた流星の群れが摂理に逆らい天へ昇らんとする光景が、ルキフェルを塗り潰す。

帝都で戦い護る者達がその使命を全うするまでの時間稼ぎとして、彼女はたった一人での物量戦を始めた。
196 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage]:2010/09/04(土) 23:34:49 0
ティンダロスの猟犬の巣で最初の遭遇。
それは猟犬たちの襲撃ではなく、二人の子供だった。
しばしの硬直の後、戻ってきたレクストが提案した事は【子守役を抜擢し共に進む】というものだった。

レクストの提案に偽ギルバートから危険な粒子が噴出する。
それを察してか、フィオナが子守役を買って出て、子供たちに話しかけた。

ここは既に敵地であり、死地でもある中で仲間割れなどしている場合ではない。
そうわかっているのだが、レクストのあまりの能天気ぶりに偽ギルバートは思わず手が出てしまう。
胸ぐらを掴み力任せに引き寄せ、押し殺したような低い声で
「おい、お前正気か?
ピクニックに来ている訳じゃねえんだぞ!?
こいつらは深き者どもの幼生で、ティンダロスの猟犬のショートヴァージョンだ。」
怒りを孕んだ言葉と共にレクストを突き放し、更に言葉を続ける。
レクストを睥睨する眼には怒りと共に侮蔑の光が宿っていた。

「大した囮っぷりだな!
この餓鬼どもの為に貴重な戦力を割き、パーティー全体の機動力も落とすだと!?
こういう時の対処法を教えてやる!」
振り上げた手にはいつの間にか二本のスローイングナイフが握られている。
その視線はフィオナの肩から見え隠れする二人の子供の頭。
誰かに止められる間もなく、手は振り下ろされ、そこからスローイングナイフは消えていた。

だが消えたスローイングナイフは子供たちの額をとらえる事はない。
その遥か頭上を飛んでゆき、闇へと消えた。
もし仮に子供たちの頭を狙ったとしても神託での危機察知ができるフィオナがその身を盾にするかもしれない。
が、それ以上にここで頭を貫いたとしても子供たちは一時的にしか死なず、代わりにレクストやフィオナへの影響が大きい。
そう判断したからである。
だからこそ、レクストには自分で【障害にも手間にもならないように殺しておく】という選択肢を見出し選んでほしかった。
それができない以上…

「ふんぐるい むぐるうなふ うが=なぐる ふたぐん !
や な かでぃしゅとぅ にるぐうれ すてるふすな くなぁ にょぐた くやるなく ふれげとる!」
スローイングナイフ を投げつけた後、偽ギルバートは突如として叫びだす。
意味不明な言葉の羅列だが、その実深き者どもの使う古の言葉である。
その意味は…
【深き者どもよ!契約の鎖に繋がれてはいても戦士であったはず!
この『深淵よりの使い』がショゴスで突っ切らずここに降り立ったこと、気づいていないはずなないだろう。姿を現せ!
さもなければこのまま押し通るぞ!】
『深淵よりの使い』…それは先代ティンダロスの猟犬の隊長が200年前に訪れた者へ送った称号。

邪悪なオーラを溢れ出しながら偽ギルバートは周囲に神経を張り巡らせる。
197 :ルーリエ ◆OPp67eYivY [sage]:2010/09/05(日) 00:44:58 O
騎士団長は怒っていた。騎士団長として、権力を持つ者の一人として。本隊の背後で起きた失態に怒り狂ってい
た。
「議員達に怪我は」
「そこまで酷いものは無いと、今は意識も回復して、報告書の提出を求めています」
「平和ボケした豚共め……難癖しか付けられない無能共め……」
一概には、そうとも言い切れない事はわかっていたが(例えば経済においては彼らはすこぶる優秀だった)、そ
れでも騎士団長は呻かずにはいられなかった。
「……まあいい、机の上は任せた。魔物の侵攻ルートは判明したか?」
「いえ、まるで降って沸いたようだと。あと、」
顔を近付け、書記は騎士団長に耳打ちした。
「都内で猟犬を探索していた一番隊からの通信が途絶しました」
「猟犬か?」
「いえ、魔物の不意討ちに逢ったそうで。八番ハードルで避難民を回収中に従士隊ごと」
騎士団長は強く口を結び、作戦本部と書かれた戸をくぐった。円卓に広げられた帝都の地図の周りで、通信隊長
とその部下が所狭しと駆けずり回っており、その振動で天井から吊り下げられた簡素なランプは不規則に揺れて
いた。
「状況はどうなっている?」
敬礼して、通信隊長が問題となっている箇所を一つ一つ説明していく。
「魔物の正確な数は不明、侵入経路も不明です。しかし、一番から三番ハードルまでとそれ以上のハードルで魔
物の数が段違いであるとの報告が寄せられています。
魔物の目的は不明、手当たり次第に暴れまわっております。ただ進行方向は全て統一されており……」
「一番ハードルを目指している、と」
「あるいは避難民を追いかけているのかも」
運良く三番以下のハードル内にいた騎士団、従士隊、神殿騎士全体の流れとしては、三番ハードル内へ避難民を
誘導することで一致していた。
当初はSPINを利用した避難経路を考えていたが、魔物がSPIN周辺に集まる習性を鑑みて取り止めとなったのだ。
現在、避難民は徒歩で三番ハードル外縁の防衛戦線へ向かっている。騎士団や従士隊、神殿騎士はそれら避難民
のサルベージを地道に行っていた。
「結界はまだか」
「議会の承認はつい先程。ただ閣下の承認が……」
思わず騎士団長は舌打ちする。
「皇帝閣下は何をしておられるのだッ!」
誰も、何も答えない。ただ重苦しい沈黙が場を支配する。地図上には“魔”による救難信号が発せられている箇
所にトークンが置かれており、それらは特に従士隊の施設や、神殿の上に置かれていた。恐らく取り残された従
士隊や神殿騎士が避難民と共に立てこもっているのだろう。どれも三番ハードルからは遠く離れた、建物の入り
組んだ箇所だ。SPINが使えればまるで問題にならない距離だっただろう。だがそれは余りに離れすぎていた。少
なくとも、騎士団長には絶望的なもののように思われた。
誰がどう見てもわかる。被害と混乱が大きすぎる。
結界を発動させなければ、帝都内の戦力では対処し切れないのは明白だった。
「……三時時間後までに結界が展開できないようであれば、軍へ救援要請を出せ」
地図を挑むように眺めながら、騎士団長は呟いた。
198 :ルーリエ ◆OPp67eYivY [sage]:2010/09/05(日) 15:37:29 O
「……どうします?」
「誰かと思えば雌豚じゃん」
いきなり大声で呪文を唱え始めた“香水臭い”男みたいな女を眺めながらンカイは笑った。ったく、そんな神様
なんてこんなとこにはいねぇっつーの。嫌がらせかボケ。
ンカイは品無く舌を突きだし、不意に頭を振るって、髪から滴る汚水を撒き散らした。
「あれは僕たちの昔の隠語ですよ、習いませんでした?あと、せめて指示を下さい副隊長」
「ガキ共がリフレクティアちゃんに“お痛”する前に止めねぇといけねぇや。まあ、そろそろそうしなくちゃっ
て考えてた所だった。
ああ、相棒はここに残って、まあ、やれることやっとけ」
ンカイの髪から跳ねた水滴を拭いながら、クラウチはため息混じりにイアと頷く。クラウチは相変わらずこの上
司の破天荒さに着いていけていなかった。
ンカイは、おし、と気合を込める意味で、ナイフを握ったままの手でクラウチの頭を軽く殴り、天井から足を浮
かした。
手元の梁に掛かる体重を、左手の指と手首を動かす事で微妙に調整しながら、先程偽物のギルバードが投げ、そ
してンカイが思わず受け止めたナイフを右手から口に移す。
「んん〜んん〜、んぁ?」
「……最適の健闘を祈っておきますよ、ええ」
「んぁ!」
疲れたように肩を落とすクラウチに、余った右手で手を振り、ンカイは侵入者達の頭上へと天井を這い始めた。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵


結果的に、彼女はマダムの背後を取ることになる。
最低限の鎧の部位しか着けておらず、兜も被っていない。傍目にはぼろきれを羽織ったのみに見えるンカイ・ク
トゥグァはマダムの背後に『落ちてきた』。
「よお、雌豚。おひさだな」
後ろを取られるってどんな気分だ?
「あと、後ろの家畜共。
相棒が弓であんたらの心臓を狙ってる。相棒の腕は確かだ。動くなよ」
正確にはリフレクティアのみは“命令”により殺せないのだが、勿論教えてやる義理などない。ンカイはマダム
の左鎖骨の窪みにナイフを傾けて押し当て、首に腕を巻き付ける形で、彼女を背後から抱き寄せた。
「おら、ガキ共。こいつらは飯じゃねえぞ。
隊長と副隊長に知らせてこい。“雌豚”が来たって、そう言やきっと聞いてくれる」
子供達が詰め所まで走り去るのを確認した後、ンカイは周りに聞こえないようにマダムにそっと耳打ちした。
「また雌豚らしく録でもないことを考えてるんだろうが、取り敢えず指示に従って動け」
そっとンカイはナイフの傾きを弱くする。両腕の力をわざと緩める。
「ガキの向かった方へ向かえ。隊長はそこにいる。助けになるかは知らねぇが、少なくとも話は聞いてくれるは
ずだ。
ただし、リフレクティアは置いてけ。皇帝からのちょっとした頼み事があるんだ」

なあに、ちゃんと後で返すさ。


【ンカイ:マダムにレクストを置き去りにして他のパーティーメンバーと共に詰め所へ向かうよう指示】
199 :オリン ◆NIX5bttrtc [sage]:2010/09/05(日) 17:06:59 O
ショゴスから下水へと降り立った一行。そして遭遇した二人の子供
襤褸を纏ったその姿はスラムに住む浮浪児のようだ。しかし外見は人間のそれとは違っていた
ティンダロスの猟犬と同様の特徴を持つ子供たちは、彼らの子か、身内と推測するのが妥当なのだろう
二人からは悪意や殺意などの感情は感じられず、好奇心で下水道を探検に来た子供のようだった

一行が来ることを予想した猟犬たちによる罠か。どちらにせよ、障害になることは容易に考えられる
レクストがこのメンバーの中から一人、"少年たちの子守役になる"ということを提案した
状況を考えるならば愚考、愚策としか言いようのない提案だ。これから生死に関わる賭けをしに行く者の発言にしては、あまりにも能天気すぎる
確実に成功させるなら、少年たちを排除するしかない。しかしそれは、レクストとフィオナが許さないだろう
彼らとは昨日今日の関係でしかないが、少なくとも殺害を肯定することは決してない
ならば、どうすれば良いか。当身で一時的に眠らせておくのが現状で考えられる最善の策、とオリンは考える

子守役を買ったフィオナに言おうとしたところで、ギルバートの怒気が伝わってくる
恐らく自分とほぼ同じ考えなのだろう。ギルバートはレクストの胸倉を掴むと、殺意を押し殺したような声で言った
この少年たちは"深き者共の幼生"だ、と。そして、ただでさえ少ない戦力を減らし、機動力までも落とすのか、と
さらにギルバートは続けた。自分たちが日常的に使う言葉ではなく、深き者共の使う古の言葉で

>「ふんぐるい むぐるうなふ うが=なぐる ふたぐん !
や な かでぃしゅとぅ にるぐうれ すてるふすな くなぁ にょぐた くやるなく ふれげとる!」

言葉の意味は理解できなかったが、恐らくこう言ったのだろう。"深き者共、姿を現せ"と
奥から感じた複数の気配が僅かに変わったのを認識したときにはすでに遅く、背後から異形の気が現れた

>「よお、雌豚。おひさだな」
後ろを取られるってどんな気分だ?
「あと、後ろの家畜共。
相棒が弓であんたらの心臓を狙ってる。相棒の腕は確かだ。動くなよ」

声のほうへ視線を向けると、二匹の猟犬がそこにいた
黒髪の女はギルバートにナイフを当て、もう一人は自分たちに弓を構えている

>「おら、ガキ共。こいつらは飯じゃねえぞ。
隊長と副隊長に知らせてこい。“雌豚”が来たって、そう言やきっと聞いてくれる」

女はそう言うとギルバートを引き寄せ、なにやら耳打ちをしている
彼らに隙は無いが、明確な殺意や敵意はあまり無いように見受けられた
この戦力を考えるなら、出来れば戦いは避けるべきだ。それが可能であれば

(……ギルバート、この男は猟犬とどういった繋がりがある……?)

不信感を抱きつつも、オリンは猟犬に対して言葉を発した

「……何が目的だ?現状、お前達に戦う意思は無い……ということか?」

【矢を警戒しつつ、猟犬に問う。ンカイの耳打ちは聞こえず】
200 :オリン ◆NIX5bttrtc [sage]:2010/09/05(日) 21:27:49 O
ハスタの登場に疑念を持つアインとセシリア
表情に出さずとも、それらの感情を抱いているのをハスタは見逃さなかった
眉一つ動かすことなく、アインは言った。帝政議会の外にいる敵を始末しろ、と
いないことは解っていた。ハスタはアインに従い、外の様子を見に、扉の付近へと歩み寄る
扉に耳を当てたところで、何かの動作音が部屋に響き渡った

>「あぁ……すまん言い忘れた。実は僕もな、お前を信用してないんだ」

振り返ると、アインが此方に向けて小型の手砲を構え、鋭い眼光で此方を睥睨していた

>「……列車の件、か。確かにあの事件に僕は居合わせた。だが……あの件とその前後でアイツと関わり合いになった記憶は無いぞ。
 それなりの立ち回りもしたが、それもアイツが知り得る事じゃない。
 それを知り、尚かつ僕とアイツが関わり合いになったと勘違い出来るのは、媒体はとにかくあの時の出来事を俯瞰出来る奴らのみだ」

眉間に皺を寄せ、アインは言葉を続けた

>「僕を見下すんじゃない。信用させようと何度かの関わりがあると思わせたかったんだろうが、仇になったな」

彼の放った言葉に、ハスタは不敵な笑みで返した。口端を僅かに吊り上げて
更に問いただそうとアインの口が開きかけたと同時に、何処かから閃光が視界に移った

>「あらあら、ネズミだけあってすばしっこいのねぇ」

突如現れた閃光の正体、発生源は露出の多い服を纏った妖艶な女性だった
そして、次に目標を定めたのはセシリアだった。妖艶な女性は掌に魔力を集約し、セシリアに向けた

「──"三元鎮守"」

ハスタが呟くと、周囲に魔力符が浮遊、展開し、三角を形作る
セシリアに向けられた攻撃的な魔力は、貫かんとばかりに勢い良く撃ち放たれた
セシリアに直撃する寸前──、ハスタの創り出した魔力符がそれらを遮断する結界として、攻撃全てを受ける
天帝城を揺るがすほどの爆発音と爆風が、帝政議会を覆った

ハスタは、アインとセシリアに視線を向けながら右の掌に刻まれた紋様から、真紅の槍を生み出した
禍々しいその槍は瘴気を含んだ魔界の武器。大気が槍に触れると、火花が散るように音を立てた

「用心深くて結構だ。物事に対し、常に疑念を抱くのが生きる上で必要なことだと思っている。
俺を疑ってもいい。信用するかしないかは、俺のこれからの行動で判断しろ。」

ハスタは二人にそう言い放つと、手にした槍を回転させる

「"一穴点螺"」

浮遊する魔力符が、手にした真紅の槍と同様の姿に変化する
その矛先全てが妖艶な女性に向けられる。ハスタが手を翳すと、意思を持ったように勢い良く放たれた──

【ミカエラの攻撃からセシリアを守る。ハスタは今のところアイン側に付いています。】
201 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/07(火) 04:25:38 0
【燃え盛る帝都にて】

「ッヒイ!金!金が!金が燃える!燃やさせはせんぞ!金は私の全てだ!世の中は金が全てだ!
 ん?三段論法で言うならつまり私が世の中の全てということになるな」

中流貴族ギャラッド=ギルゴールドは2番ハードルに構える屋敷にて一人留まっていた。
使用人は全て避難し、護衛の騎士団も魔族の対応で出払っている今、広大な邸宅に正しく一人で存在している。
再三の避難勧告を無視し、耐炎結界のおかげで無事な邸宅の全財産を保管した大金庫に縋っていた。

「なんということだ……私としたことが財産を守ろうと金庫を堅牢にする余り非常時の持ち出しを失念するとは。
 そもそも『七年前』すら揺るがなかった帝都が燃えるなど誰が予想できるか!何をやっとるんだ騎士団の連中は!」

高い税を払ってやっているのに。ギャラッドの怒りはこの一言に尽きた。
ウルタールの優秀な豪商の血族として生まれた彼は、物心ついた日から今日まで金のことしか考えてこなかった。
謎の天災によって故郷が焦土と化したときも、彼が行ったのは知人の安否ではなく失われた財産の補填。それだけだ。

「だがこの屋敷は堅牢な金庫の更に上をいく堅牢さを誇る……貧弱庶民の虚弱な犬小屋とは違うn――」

轟音。加えて閃熱。
突如鼻先で発生した爆圧にギャラッドはもんどりうち、揺るがされた視界に人影が映る。

「こんばんは、ギルゴールド卿。俺のこと覚えてる?覚えてくれてると嬉しいなあ」

「な、なな――」

否。影は人ではなかった。人と同じ形をした『異』なるもの。
可視化した夥しい魔力と、体躯に渦巻く死臭の旋風は、その貌を強烈に確定させる。

「魔族……何故ここに……?」

「フゥーう。サイッコーの気分だ。人間ってやつがいかに矮小かを再認識させられる良い経験でした」

上級魔術師を呼んで張らせた上空の退魔結界に、巨大な穴が空いていた。
魔族もその四肢や翼に爛れが見え、少なからず傷ついているようだが、それでもここに存在する。してしまった。
急ぎ救援を呼ぼうとするが通信用のオーブが熱波で破壊され、逃げようにも唯一の出入り口に魔族が陣取っている。

「馬鹿な……! 結界のある場所にわざわざ傷を負ってまで入ってきたというのか……!? 何のために!」

「やだなあ、アナタがかう恨みなんて一つしかないっしょ。ええ?わかんない?」

「な、なんだと……?」

「――金返せっつってんだよ」

喉を焼き焦がしながらも、十年来の友人に語りかけるような口調で、その魔族は確かにそう呟いた。
『金返せ』――見れば、魔族はギャラッドにとって既知の顔をしていた。『既知の顔に芽生えた魔の歪みだった』。

「は……誰かと思えば、私から土地を買ったどこかの貴族じゃあないか。運用に失敗して没落したと聞いていたが……」

こんなところで魔族になっていたのか。

「ああ、覚えててくれた?アンタから買った土地が暴落して、100年続いた家も売って、没落貴族に身を落として。
 身体も壊して大変だったんだわ。まあおかげで『赤眼』……だっけ?これが手に入ったんだからさ、感謝しなきゃね」

騎士団からこの魔族化についての詳細は聞いていた。貴族を中心に流行した『赤眼』に適合『してしまった』者達。
自身に宿る先祖の血を無理やり増やされ、その身を魔族のものへと先祖帰りさせられた不運な被害者。
『手渡されたものをただ使うだけの愚かな連中』――『赤眼』を早々に転売したギャラッドの認識である。
202 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/07(火) 04:26:21 0
「魔族になってまで金を取り返しにきたのか?やらんぞ、絶対にやらん!この金は私のものだ!」

「ええっ、そりゃ困る。わざわざ痛い思いして入ってきたってのに」

見晴らしの良くなった屋敷の中で、ギャラッドは唾を飛ばす。
燃える空に照らされながら、金の亡者の影が二つ。やがて片方、異形の影が、一歩前へと踏み出した。

「な、なんだ!こっちへ近寄るな!この金庫へは触れさせんぞ!よしんば触れられたとしても、
 『エクステリア』が施術した個人認識錠前術式が貴様を阻むだろう!私以外は戦術兵器だって破れない堅牢さだ!」

声は届いているのか否か、構わず魔族は歩を進める。肥大化した腕から先は鋭利な刃物のように研ぎ澄まされていく。
いよいよギャラッドは額を汗で覆い、もはや後退の余地なき金庫の前板に背中をつける。そのつるりとした表面を撫ぜる。

「ギルゴールド卿さあ、なんか勘違いしてるよね。ご自慢の金庫だけどさ、テストしたことあんの?――『魔族』で。
 金ねえ、なーんで俺はこんなもんに執着してんだろ。金ばっかあったって力ある者の指先一つで消し飛ぶ価値なのにさあ」

「近づくなと言っている! 貴様が触れたら一瞬で黒焦げだぞ! 無駄なんだ!貴様の行動は全て無駄無駄!無駄だと――」

「グッバイおっさん、来世でガンバ!」

魔族が腕を振りかぶる。ギャラッドはしゃがみ込んで両手で頭を覆い、

「――無駄だと言っているだろうが」

屋敷全体を揺らがすような轟音と共に、魔族が吹っ飛んだ。部屋を横断するような軌道で宙を舞い、壁へと叩きつけられる。
金庫の表面に、術式が描かれていた。魔力投射による破壊魔術――魔導砲の大型術式である。

「……ッが?あ、あれ?あれれれれれれ?」

「ふん、品性は金で買えんと言うが、あれは嘘だな。金の余裕は心の余裕!品位も品性も、貧乏人には養えんよ!
 その証拠が貴様だ!なんだダラダラ涎なんぞ垂らしくさって!金が欲しいか?死んでもやるか馬鹿者が!!」

「げ、マジじゃん。やっべー、魔族化したときに顎外れてたんかな。
 ――まあいいや。そんな不意打ちで勝った気でいるなよクソ商人。しょせんはヒトの術式、百発喰らったって死ぬかよ」

「ではこういうのはどうだろう」

ギャラッドが指を鳴らすと、彼の背後から無数の腕が生えた。『彼の背後の金庫から伸びてきた』。
数えきれないほどの触手。その一本一本に攻性術式の紫電を宿した魔導砲の束である。全てが、魔族を照門に捉えていた。
203 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/07(火) 04:27:06 0

「――ああ?」

「『金で力は覆せない』――そう言ったな。だが見てみろ、この数全てが貴様を穿ち抜く刃。私が金で用意した。
 そして『赤眼の魔族』というのは人間だった頃の行動原理に縛られるらしいなあ。なんだかんだ言って欲しいんだろう?金が」

「違うね!俺は魂に刻み尽くされた『俺』の感情を乗り越えなきゃならないんだ!その為に金を奪い返す!それだけだ!」

「奪い返す?抜かすな貧乏人。あれは正当で公正に取引された金と土地だ。運用に失敗したのは貴様の腕の如何だろう!
 被害者面してなあにが取り返す、だ。魔族になってもその貧乏性で身を滅ぼすとは滑稽だな」

膠着する。

翼を広げればそれを穿ち、一歩踏み出せば床焦がし、剛腕振るえば一斉掃射で魔族は消し炭に変わるだろう。
例え命を落とさなくても、重大な傷を負うことには違いない。魔族になりたての彼にとって、あまりに深刻な選択肢。
攻めあぐねているうちに、やがて屋敷に騎士団が戻ってきた。派手に結界をぶち破った為察知されたのだ。

「ギルゴールド公!ご無事でしたか!?――って、魔族!」

「えーい何をしとるんだ貴様らは! こんな簡単に魔族の侵入を許しおって! どうなっとるんだ都市防衛は!」

「だからさっさと避難してくださいって言ったじゃないですかー!」

「金は私の家族だ!家族を捨てここで逃げて何が貴族か!」

「非常事態なんで言葉を選びませんけど……守銭奴って呼んでいいですか!?」

「最高の褒め言葉だ。どんなときでも、守りたいものを守れるということだからな」

騎士団の防性結界によって封じ込められ、逃げ場も攻め場も失った魔族へ向き直り、貴族は言葉を放つ。
致命的な逆境にありながら、どこまでも己の力で闘い抜いた貴族。血の通ったヒトの言葉を。

「さあ抗えよ『力』の眷属。今こそその身に教えてやろう――世の中金が全てだと!」
204 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/07(火) 04:28:02 0
【燃え盛る帝都にて・その2】

「馬鹿な……何が起こった」

古流魔族・"呑地王"バルディアは驚愕していた。
ルキフェルに誘われはるばる帝都まで来て、いざ酒池肉林と洒落込もうというときに、予期せぬ事態に見舞われた。
共に遠地から上都してきた"悦楽貴族"アディージェと、帝都で知り合ったルキフェル傘下の魔族キング・ローズが襲撃されたのだ。

(キング・ローズは知らぬがアディージェは我と共に『ゲート争奪戦』を逃げ延びた猛者こんなところで……)

共に居たメニアーチャもどこかへふらりと消え、バルディアは一人帝都家屋の屋根に立つ。
個体によって体組織そのものの性質まで異なる個性派揃いの魔族の中で、共通項の一つに内的伝心がある。
人類が術式によって実現する『通信』の技術を、彼らは互いの魔力を同調させることで容易に実現しているのだ。

《アディージェ!アディージェ!我に応えよ!何があった?ヒトに囲まれたなら加勢するぞ!》

バルディアにとって与り知らぬことだが、帝都では大量の人類が魔族化した煽りで内的伝心の回線が混雑していた。
辛うじて『生きている』ことだけは把握できたが、アディージェもキング・ローズもその消息の詳細は分からない。

魔族は強力だが孤独だ。個体の少なさに加え、性向・能力の面で我が強すぎるのも一因となっているが。

バルディアは他の魔族との共存志向を見せる稀有な個体だった。
故に、孤独が辛かった。若い男子を狩ってくると言い残して街に出たアディージェから連絡が途絶えたとき、彼は冷静さを失った。

「なんなのだこれは!ヒトはこんなにも狩るに難い存在だったか!矮小で短命な家畜が!」

ヒトはただの被捕食者だ。魔族に対する攻撃手段を持ってはいるが、命に至らぬものばかり。
それでも『七年前』に狩られた同胞の多くは、深追いして奴らの稚拙な罠にかかった愚者達だった。
個での意識が強い魔族にとって、群れて力を発揮するヒトの能力は理解し難く、また厄介なものなのだ。

だから、今回は集団行動を心がけていたのに。

「一体どういうことなのだ!」

味方するはずの闇へ放った問いかけに、応える声があった。

「――つまりはこういうことだろう」

振り向くと、そこにはやはりヒトの群れ。
揃いの装甲服と鎧に身を包んだヒト達が、それぞれの得物を手にバルディアと相対していた。
ここは屋根の上だ。帝都の街並みを築く市民長屋の広い屋根の上で、魔族バルディアと従士・騎士の混成部隊は対峙する。

「7年前から人類が何も学んでいないと思ったのか?それとも長命種にとって7年の歳月はあっという間なのか。
 羨ましいことだな魔族、貴様らはそうやってのらりくらりと楽しく愉快に生きることができて」

混成隊の先頭に立つは初老を過ぎた壮年の男性。装甲服の胸にある紋章の多さが、彼が隊長格であることの証左だ。
紳士然とした細身の風体に、しかし漲る剛力の気配。肥大した筋肉を鍛錬で凝縮し、密度を高めた膂力の源。

「貴様ら魔族は一人じゃ勝てないが、囲めば渡り合うことはできる。ならば話は簡単だ――囲む努力をすれば良い。
 "呑地王"バルディア――7年前はクリシュ方面で暴れ回っていたようだが、常に監視がついていたのは知っていたか?」

問われて、しかしバルディアは鼻を鳴らした。

「事実であるならとんだ間抜けだなその監視は。この7年で我がどれだけの村を壊滅させたことか。
 村一つ護れないような連中が帝都まで肉迫されて何を囀っている?」
205 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/07(火) 04:29:31 0
「村の駐在戦力じゃ貴様を殺し切れなかったからな」

「……なんだと?」

「帝国としても痛手を覚悟していた。貴様を確実に殺しきるには『村の一つ二つを切り捨てても』やむ無しとな。
 涙を飲んで滅んでもらった。手指を欠いた気分だったよ。それでも『殺傷圏』に貴様が近づくのを待った」

夜風の中の問答で、バルディアはようやく理解する。その小心に、冷水が流れ落ちる。

「まさか、」

「肉迫したんじゃない、『貴様はおびき寄せられた』……分かったな?『そういうこと』だ」

七年前いくつもの村を呑み込んだ魔族バルディアは、それだけ暴れてもついぞ討伐されることはなかった。
持ち前の警戒心で、常に獲物を帝都から遠い場所に選び、討伐部隊が到着するより早く姿を眩ます手口。
常軌に沿った手段では最早討滅もままならないと判断した軍部は、ある手段を講じた。

――『監視の存在を隠蔽する為に、襲われた村とその村民を犠牲にする』

そうして生かした『監視』はバルディアの動向を報告する。
国内戦力の総本山やる帝都から討伐部隊が急行できる範囲――すなわち『殺傷圏』にバルディアが入れば、
魔族に決定打を与えるだけの物量で囲むことが可能になると考えたのである。

帝国軍はそのために何度も各地へ派兵し、その威嚇でバルディアの動向をある程度掌握することができるまでになっていた。

魔族討伐はもともとが犠牲を前提とした戦いだ。
それでも、非戦闘員まで巻き込む非人道的な作戦は、軍部と各戦力の上層部だけが認識し、実行していた。

「ここまで近づかれるのは想定外だったがな。さあ討たれろよ魔の眷属。ここで殺らなきゃ冥府の連中に示しがつかんからな」

バルディアを相手どる者達は、二つの事実を錯誤していた。
一つに、バルディアが帝都に来たのはおびき寄せられたというより単なる物見遊山、おこぼれ頂戴の結果であること。
そしてもう一つに、

「魔族を舐めるなよ衆愚なヒト供!たかだか数十年の短い命で何を見る!何を聞く!
 我が千年の歴史の中で!これほどまでに強かな者はなかった!これほどまでに愚かな者は皆無だった!」

――"呑地王"バルディアは小心者の魔族だが、決して弱者ではないこと。
少なくとも物量で囲んだだけで押されるような、矮小で低寧な個体ではないということ。
無駄にことを構えないのが彼の主義だが、その本質は千年生きた知慧と、村をいくつも呑み込む強大さにあるのだ。

「さあ刮目せよ人類!我が内包する歴史の本髄を見せてやろう!!」

バルディアは『拡がる』。千年の中で食い荒らしてきた無数の土地を、それを構成する岩と土を血肉に変える。
たちまち彼は陸戦級ゴーレムが組体操でもせねば届かない巨大さで討伐部隊の前に聳え立つ。

そして、バルディアもまた、錯誤していた。

「歴史だと?ただ悠久に時を重ねるだけの!積み上げてきたもののない貴様のそれは――――ただの"思い出"だ!」

"人類の七年"が創りだした魔族への切り札は、これで打ち止めじゃないということを。
206 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/07(火) 04:31:28 0
>「……私が引き受けます。」

やはりというか適任というか、子守役を引き受けたのはフィオナだった。
彼女の内包する親性ともいうべき包容力は誰もが認めるところで、立候補に反対の声はない。
二人の子供への対処はフィオナに任せて、さあ先へ進もうというとき、背後から腕が伸びてきた。

>「おい、お前正気か?ピクニックに来ている訳じゃねえんだぞ!?
  こいつらは深き者どもの幼生で、ティンダロスの猟犬のショートヴァージョンだ。」

レクストの胸ぐらを掴むのはギルバート。
その相貌は烈火に彩られ、怒気を孕んだ眼光がレクストを射抜く。
その余りの勢いに、彼は何事も言い返せない。

>「大した囮っぷりだな!この餓鬼どもの為に貴重な戦力を割き、パーティー全体の機動力も落とすだと!?
  こういう時の対処法を教えてやる!」

袖から何かを滑り落とした。下水道で見た投げナイフだ。それが意味するところはすぐに分かった。

「――ッ!! おい!」

思わず制止の声を挙げるが、ギルバートはそれをあっさりと無視してナイフを放った。
ナイフ達は幸いか『敢えて』か、子供たちを射抜くことなくその頭上を素通りしていく。
ギルバートはレクストから手を離すと、行く先の闇へ向かってまた『あの言葉』で何かを叫ぶ。

突き飛ばされて崩れた体勢をどうにか立て直した瞬間、レクストは沸騰する。
ギルバートの胸ぐらを身長差を顧みず掴み、思いっきり首を引いて、引き絞る。背筋の限り背を反らす。

「アホを――」
そして渾身の頭突きをギルバートの額へぶち込んだ。

「抜かすな駄犬ッ――!!」

小気味いい音と揺らぐ視界。前頭部に走る激痛。
こっちの額が割れそうだった。

(ってえええええええええっ!!!! なんつう石頭だこの野郎! でも、でもだ――!)

「てめえこそ正気か駄犬! 俺たちがやってるのはピクニックじゃねえが殲滅戦でもねえだろうが!!
 俺たちは人を救いに来てんだぞ!『深きものども』とかいう黒甲冑の同胞だからって、それで殺していいわけねえだろ!」

レクストは激昂する。それは必死こいて考えたプランを最悪な形で否定されたやっかみも多少なり含まれていたが、
何より納得いかなかった。ギルバートは無愛想だが情に厚い男だというのがレクストの認識である。
駄犬駄犬と親しみながらも、彼のそういうところは密かに尊敬していたりもしたのだ。だからこそ、目の前の男の言動が許せない。

「どうしちまったってんだよ駄犬!マジでおかしいぞお前、本当に駄犬か?本当に俺の知ってる人狼ギルバート=ロアか?」

『駄犬をあまり信用するな』――宿で黒刃に諭された言葉が今更ながらに脳裏を過る。
腰の魔剣が震えて騒ぐ。心臓が血流でない何かを体中の巡らせる。熱を持った汗を背中にかく。

「とにかく今後そういうのはナシだ。俺はそういう条件で討伐隊に入ってる。それにお前は奴らと知り合いだったよな?
 あの子供は、『お前がそうすること』を想定したトラップって可能性もあるだろ。下手に手を出せば――」

考えうる可能性の全てで説得にかかる。弁舌を振るうのは得意なほうではないが、ここは譲れなかった。
そして、議論は唐突に終わる。睥睨するギルバートの背後に『何かが落ちてきた』。

>「よお、雌豚。おひさだな」

「――……ほら見ろ、こういうことになるだろーが」

天帝城潜入班は、再び相まみえたティンダロスの猟犬に制圧されていた。
207 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/07(火) 04:32:20 0
>「あと、後ろの家畜共。相棒が弓であんたらの心臓を狙ってる。相棒の腕は確かだ。動くなよ」

(――! この声!『あいつ』だ……!)

下水道で対峙した黒甲冑の一員。べらぼうな強さを誇る鳥兜の女。フィオナと二人がかりでも一撃加えたっきりの偉丈婦。
名前も知らない彼女だが、レクストは強く焦がれていた。魂に楔を打ち込んでくれた張本人。敗北の権化。

>「ガキの向かった方へ向かえ。隊長はそこにいる。助けになるかは知らねぇが、少なくとも話は聞いてくれるはずだ」

「敵対しねえってことか……?」

レクスト達はティンダロスの猟犬との戦闘を想定してここへ来ている。
その為の作戦や新兵器も持ち込んできているのだが、拍子抜けしてしまった。
続けて述べられた言葉に、レクストは頭を振らずにいられなかった。

>「ただし、リフレクティアは置いてけ。皇帝からのちょっとした頼み事があるんだ」

「――! そりゃどういう……いや、わかった。俺のことはいいから先に行っててくれ。なーに、すぐ追いつくからよ」

『リフレクティア』『皇帝』。この二つの言葉が並ぶ場合と言ったら一つしかない。

(親父の関連か……!)

剣鬼リフレクティア。30年前の帝都を沸かせた凄腕の剣士。
その強さ故、唯一ただの剣士階級が皇帝との謁見を許された男だ。
そこで一悶着というかなんというかがあったらしいことを母親の寝物語に聞いた『記憶』がレクストにはある。

(どっちにしろ『皇帝の頼み』とやらがミア奪還に美味しく傾くかもだしな。乗らなきゃ嘘だぜ!)

パーティから孤立して一人になったところを嬲り殺されるという可能性は完全に頭からすっぽ抜けていた。
ギルバートに平和ボケと罵られても文句は言えないボケっぷりだったが、レクストには目的がある。

「よお、会いたかったぜ鳥兜。覚えてるよな俺のこと。下水道では世話になったな」

レクスト以外の一行が『隊長』のもとへ向かったのを確認してから、レクストは不意に格好つけ出す。
ハンチング型の防刃帽の庇を指でピシっと弾きながら(レクストの考える気合を入れる48の仕草の一つ)、
それでも最低限の警戒は怠らずいつでも臨戦態勢へ移行できる気構えをとりながら、鳥兜へ問う。

「それで、皇帝陛下の頼みって何だ?」


【ギルバートに疑惑。パーティメンバーを先行させ一人に。ンカイと相対。要件を問う】
208 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/07(火) 04:33:43 0
【地上にて】

>「僕を見下すんじゃない。信用させようと何度かの関わりがあると思わせたかったんだろうが、仇になったな」

>「……さて、聞かせてもらおうじゃないか。何が目的だ?
 殺すつもりなら僕らはもう死んでるだろう。エクステリア、返答の真偽はお前が見抜け。出来るな?」

前略。アインはハスタを看破した。
結論に至った過程をセシリアは知らないが、このままハスタを信用するわけにはいかなさそうだ。
そして、次の瞬間。『全てがそのまま立ちいかなくなった』。

眼前を埋めたのは閃光。鼻先を掠めた魔力の奔流は、轟音と共に全てを焼き尽くす。

「――――ッ!!」

アインが間一髪でそれを避けるが、セシリアの神経は別の方向を向いていた。
この魔力には覚えがある。この術式は見たことがある。向こうから近づく足音も、漂ってくる芳香も、全部知っている。

考えうる限り最悪の事態。

>「あらあら、ネズミだけあってすばしっこいのねぇ」

ミカエラ=マルブランケがそこにいた。

「あ……ああ……、」

>「駄目じゃないの、セシリア。幾ら自作の鍵だからって、魔力隠蔽はちゃんとしなくちゃ」

「ミカエラ先生……どうして……!!」

>「邪魔はさせないわ……。この計画が上手くいったらあの人とレックをくれるって、ルキフェルはそう言ったんですもの」

(やっぱり先生はルキフェルの傘下……!どうする、気絶させて――)

セシリア個人としてはミカエラを死なせたくはない。気絶させてやり過ごせばこれ以上罪を重ねることもないだろう。
『銀貨』からもらった亡命権をミカエラにも適用してもらえば良い。彼女は疲れているだけだ。休めばきっと眼を覚ますはず。
セシリアは動揺していた。動揺のあまり、その思考はどんどん横滑りしていく。止められない。

逡巡のさなか、セシリアはミカエラの掌がこちらへ向くのを見る。魔力投射が来るのを見る。

(あ――)

そうか。そもそもの間違いに気づいた。視界を埋め尽くす光の中で、ようやくセシリアは現実に立ち返る。
『ミカエラ=マルブランケをどうこうしようということ自体、身の程を知らないにもほどがある』。

それは純粋な戦闘力の差で。
師としてのミカエラは、その技術を戦闘方面に傾けている。
戦闘員でないセシリアには、始めから勝ち目どころか生き残る確証すら――

>「──"三元鎮守"」

術式符によって展開された障壁がミカエラの攻撃を遮断する。
余波を食らったセシリアは仰向けにもんどりうち、体中を痛みで軋ませながらどうにか起き上がった。
209 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/07(火) 04:35:42 0

>「用心深くて結構だ。物事に対し、常に疑念を抱くのが生きる上で必要なことだと思っている。
  俺を疑ってもいい。信用するかしないかは、俺のこれからの行動で判断しろ。」

ハスタ=KG=コードレスが鮮紅の槍を構えてセシリアの前に立っていた。
背を向けて。ミカエラの狂気から護るように。

(そうか――やっぱり)

埃だらけになった三角帽の、鍔の部分を指で弾く。意識を切り替えるときによくこの仕草をする人間をセシリアは知っていた。

「――戦わなくちゃいけないんだね、ミカエラ先生」

納得できたわけではなかった。許容できたわけでもなかった。
ただ現状の『火の粉を振り払う』必要性が、あれこれ考える暇を削いでくれる。セシリアの視界をクリアにしてくれる。

「ここで貴女に勝ちます。勝って、私は貴女を『理解』する」

>「"一穴点螺"」

ハスタが行く。その槍でミカエラの障壁を破りにかかる。
セシリアは杖を抜いていた。杖先に魔力の光を宿し、振るえば蛍火が宙を舞う。
数は次第に増えていき、ミカエラを覆うような蛍火の羅列。その一つ一つを線で結べば半球状になるだろう。

「――縛性術式『爆縮空牢』!」

蛍火達が、完全同時に爆発した。
複数の爆発が同時に起こると、爆風によって空気が押される。通常は『爆圧のない方向』に押された空気が逃げるだけだが、
『爆圧を隙間がないぐらいに敷き詰めた』らどうなるだろうか。大気はどこにも逃げず、中心で圧縮されるのだ。

結果生まれるのは、波濤のように押し寄せる大気でつくられた不可視の縛鎖。
術式は現象の起点にしか使っていないが故に、術式を感知する結界――ミカエラが得意なそれを素通りする。

『いつか師を越えるため』に、セシリアが日夜研究してきた術式の一つだった。


「――だって、わからないことは、わからなきゃいけないからっ!」


【ミカエラ先生との対峙を決断。ハスタとの共同戦線を一時的に。アイン君のことは完全に失念】
210 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sageあんま気持ちいいレスじゃないので注意]:2010/09/08(水) 00:33:51 0
>203
半壊した屋敷の金庫の前でギャラッドは勝ち誇っていた。
身に痛手を負うのも厭わず屋敷に結界を破壊し侵入してきた魔族。
ギャラッドの命ともいうべき金を『取り返し』に来た愚かな没落貴族のなれの果て。

絶体絶命の窮地ではあったが金庫が文字通り命と命と同義の金を魔族から守っていた。
金庫に施された個人認識錠前術式による魔導砲。
そしてようやくやってきた騎士団の防性結界により魔族の進退は極まったのだから。

「さあ抗えよ『力』の眷属。今こそその身に教えてやろう――世の中金が全てだと!」
高らかに宣言するギャラッドを魔族も、そして彼を守るべき騎士団も唖然として見つめていた。
その静寂にギャラッドが不審に思ったところで、ようやく騎士団の一人が口を開く。

「あんたなんでこんな前に出てきてんの?」
その言葉にギャラッドが金庫から離れ騎士団と魔族の対峙する間まで歩を進めていた事に初めて気が付いた。
いくら絶対優位に立ったとはいえ、身をここまで前にさらすなど自殺行為そのものである。
「あ、え?なんで?」
その場にいる全員の心を代弁したギャラッドだが、異変は始まったばかりだった。
そしてその異変はすぐに終わることになる。

慌てて騎士団の後ろ、というより金庫の前に逃げ出したギャラッドの腹が脈動し、豪華な服を突き破り臍から飛び出た不気味な触手が部屋を薙いだのだ。
もう少し状況が違えばあるいは騎士団も対応のしようがあったかもしれない。
しかし完全に不意を突かれた騎士団はある者は触手に叩き潰され、ある者は金庫に叩きつけられ魔導砲により血の花火を咲かせた。
あまりにも一瞬の出来事にギャラッドは逃げることも忘れその場に立ち尽くす。

まさに悪夢のように、血の染みと成り果てた騎士団と動かぬ身に恐怖しながら。
211 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage地下の本命レスはまた後日]:2010/09/08(水) 00:35:25 0
「ん〜またダメか。じゃあ次は右手行ってみようか。」
「ふごー!うごー!」
ギャラッドは指のなくなった手を魔族に差し出す。
その表情は恐怖と苦痛に歪み、全力を以て抵抗しているのだが意思に反して自分の体は動いてしまう。
既に10回の金庫からの攻撃を受けかなりの傷を負った魔族はそれでもまだギャラッドの右手を毟り取り金庫に向かっていく。
右手を毟り取られたギャラッドの悲鳴に酔いしれるように、もう一人の魔族は金庫の魔導砲に吹き飛ばされる魔族を眺めていた。


騎士団を全滅させた後、その魔族は現れた。
ギャラッドの口内から顔を出した魔族は楽しそうに語りかけたのだ。
「新たなる同胞よ、いやーいいこと言うね。『俺』を乗り越えるために金を奪い返す!
ボク様痺れちゃってね、先輩として君の手助けをしようというわけだ。」
その魔族はギャラッドの体内に潜り込み、意識と視覚と痛覚と声以外を支配したことを告げる。
そしてこう囁くのだ。
「個人認識錠前術式ということは何かでこいつを認識している訳だ。
何で認識しているかはわからないが、なあに、順番に試していけばいいだけだろう?」
そうして最初に右手の人差し指がねじ切られたのだった。

「ふごぉおお!うごおおおおお!」
ギャラッドの口内に魔族が入り込んでいる為に、言葉がその効果をなすことはない。
だが口内の魔族には何を言っているかはわかっていた。
個人認識は個人の魔力の波長によって行われる。
故に体の一部を持って行っても無駄だ、と。
言っている事は判るし、個人認識が魔力波長だということも知っていた。

だが、それがなんだというのだ?
口内の魔族にとって、恐怖と苦痛で歪む人間と、妄執に取り憑かれ傷ついていく魔族。
自分以外の全ての苦痛と苦悶が彼の何よりの馳走なのだから。

「掌だと思ったのだけどなあ。じゃあ次は左目でも行ってみようか、同胞よ!」
楽しげに進める言葉に促され、身動きが取れぬ、それでも意識を失えないギャラッドの眼球を抉らんと傷ついた魔族の爪が眼窩に差し込まれた。

魔族のささやかな宴はギャラッドと新たなる魔族が共に死ぬまで続けられるのだった。
212 :◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/09/08(水) 01:00:32 0
>「"一穴点螺"」

符術の槍がミカエラの障壁を突き抜ける。
一枚、二枚と――だが三枚目に至った所で槍は突如、遍く勢いを失った。
制止された槍は符に戻り、一斉に燃え上がる。

ミカエラが展開している障壁は一枚では無かった。
器用に全てを防げる一枚の結界ではなく、寧ろその逆。
対魔術、対聖術、対錬金術、対符術、各属性、対物、対熱量、ありとあらゆる『特化型』の結界を幾重にも展開しているのだ。
対聖術ならば、聖術以外は『触れる事すらなく』突き抜けるように。
器用貧乏な結界を張るよりも結果的に堅牢で、尚かつそれぞれの術式は単純。
修復も容易いと言うものだ。

だが同時に、この防御法はその特化した一枚を破られてしまえば後は殆ど素通り。
保険として最も内側に展開してある小規模な通常結界しか残らないと言う事であり。
ミカエラ・マルブランケが、自身の術式に絶対の自信を持っていると事への証左でもあった。

「――縛性術式『爆縮空牢』!」

だからこそ、付け入る隙がある。
『爆縮空牢』はその起点に莫大な魔力を費やし、しかし現象に魔力を伴わない。
つまり有する性質は『風の属性』と『熱量』のみ。
いずれも通常は魔力によって顕現される物で、逆を言えばそうでない限り、災害でも無ければ高い出力は発揮出来ない――筈だった。

その常識を覆し、故に『爆縮空牢』は。
セシリアの積み重ねた研鑽の日々は、ミカエラの防壁を打ち砕いた。
ミカエラの体が不可視の圧力に、不可解に跳ねる。
防壁で相殺されているとは言え結構な威力に、しかしミカエラは揺らぐのみだった。
倒れはしない。

「……凄いわぁ。やるじゃないのセシリア。貴女は昔から優秀だったけど、相変わらずねぇ。きっと順風満帆な日々を積み重ねて来たんでしょうねぇ」

セシリアを射抜くミカエラの瞳に、狂気と嫉妬の炎が灯る。

「でもね……満足と退屈からは何も生まれないけど、苦痛からは大抵の物が生まれるの。……素晴らしい物は、地獄からしか生まれないのよぉ」

濁った笑みを浮かべる彼女の口元から、赤黒い血が零れる。
彼女は、それを気にもしていなかった。
いや――気付いてすらいないようだった、と言った方が正確かも知れない。

「……この世の遍く森羅万象には本質がある。怒りに震える拳には火が宿り、悲しみに打ち拉がれる者の心は凍土と化す。
 草木から命が失われれば後には枯木枯草のみが残る。ならば命は何処へ言ったのか。虫へ、鳥へ、獣へ。
 巡り巡った命は……人の内に蓄積される。それさえもいつかは失われ世界へと帰り別の何かとなるが……」

陽炎のようにふらついて、ミカエラは傍の壁に凭れかかった。
俯き加減のまま、彼女の視線は虫さながらに嫉妬の炎に誘われセシリアを捉える。
くつくつと喉のみならず全身を痙攣させて、彼女は笑った。

「……生きた人間をそのまま解き明かしたなら、そこには何が残るのかしらねぇ?」


ミカエラの白磁を思わせる手が壁をなぞると、壁は命を得たかの如く波打った。
土の属性は、金と化ける。
一瞬の振動の後に無数の棘が、鎖が、拘束具が壁から生えた。
そしてそれらはハスタとセシリアを呑み込まんと飛び、這い寄り――瀑布と化した。
213 :◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/09/08(水) 01:02:21 0
「えぇいクソ! 魔術合戦に僕を巻き込むな! 自分で言うのもなんだが僕は真っ向勝負ではとことん役立たずだからな!」

咄嗟に帝政議会の円卓の下に身を隠し、アインは叫んだ。
魔術と符術が激突した余波に踊る前髪を押さえ付けて、彼は一層身を竦めた。
致死の魔力波、魔力符による結界、火花、爆発――そこにアインが手出し出来る余地は無い。
下手に手を出せば文字通り、火傷では済まされない。

>「用心深くて結構だ。物事に対し、常に疑念を抱くのが生きる上で必要なことだと思っている。
>俺を疑ってもいい。信用するかしないかは、俺のこれからの行動で判断しろ。」

「ふん、笑わせるなよ! そもそもこの戦いだってお前とそのアマの自作自演の可能性だってあるんだからな! そもそも殺す以外に人の使い道など無限にあるだろうが!
 相手の信用を味方の命で買うのも戦略として十分あり得る! 信用させたければ情報を寄越せ! ルキフェルが、皇帝が、大局の優位性を損ねるだろう情報を!
 僕達はまだ知るべき事があり過ぎる! なにせ倒すべき者は何者なのか、何がしたいのか、あまつさえ何を知るべきなのかすら分からないんだからな!」

自分で役立たず宣言をしておきながら胸中に湧き起こる劣等感を抑え切れず、若干八つ当たり気味にアインは声を張り上げる。
とは言え主張自体は単純なものだ。
アインやセシリアは単なる技術屋であり、理論を組み上げるまでが本来の仕事だ。
ならばマダム・ヴェロニカに『神戒円環』の理論が伝達された今、二人を殺す事の価値は薄い。
天帝城潜入も彼らが死んでは立ちいかない、と言う作戦ではない。
しかし魔術による暗示で『自覚なき暗殺者』として仕立て上げるなど、使い道はまだまだ幾らでもあるのだ。

客観的に見れば限り無く怪しいマダム・ヴェロニカも、『造幣局発の私造銀貨』や『三十枚の銀貨』について、
そして何より『門の所在』などの大局を揺るがすに足る『情報』を彼らに提供している。
だからこそ、明かされぬ腹蔵はあるにしても、それを補い一定の信用が出来るのだ。

> 「――縛性術式『爆縮空牢』!」

「って……オイお前、まさか僕の事忘れて……!」

そんなアインの我鳴り声もセシリアの放った爆発の術式によって断ち切られ、掻き消される。
自分では防御結界の一つも張れない彼の事など、完全に忘れているであろう規模の爆発だった。
事前に展開されていた蛍火と術式の名称から悪寒を感じ、一足早く彼は耳を塞ぎて縮こまっていたので、大事には至らなかったが。

>「――だって、わからないことは、わからなきゃいけないからっ!」

「あぁまったくだ! ついでに僕がお前の今分かるべき事を教えてやろう! 『僕の所在』だこの馬鹿! 殺す気か!」
214 :◇mSiyXEjAgk[sage]:2010/09/08(水) 01:04:13 0
大音声を響かせながらも、アインは楕円卓から僅かに顔を覗かせ戦況を伺い見る。
やはりと言うべきか、ミカエラ・マルブランケは依然変わらず屹立していた。

(……アイツは、確かミカエラ・マルブランケだったか。錬金術に関する論文は感嘆ものだったな。いや、魔術もか。
 エクステリアの師だったんだな。……先生か。ふん、随分と素晴らしい師に恵まれたみたいじゃないか?)

だが、

(アイツは……殺せないだろうな。先生ってのはそう言うものだ)

故に、アインは決心する。。
幸いにして、ミカエラにとって彼は正真正銘『ネズミ』らしい。
ならば自分は精一杯、出来る事をしてやろうと。

「聞けエクステリア。あと……あぁもうハスタでいい、お前もだ。あの女が言っているのは『命の元素』、それを更に突き詰めた『万物の原型』だ。
 アイツはお前らのそれを抜き出すつもりらしい。……逆を言えば問答無用で殺すつもりは無いらしいな。エクステリア、お前にとっては好都合だろう。
 ハスタ、アイツは僕らにとって必要な人材……でもある。そうだな、言葉を弄するならこう言おうか。信用してるぞ」

当然彼にそのつもりは無い。少なくとも今はまだ。
だがハスタがミカエラを殺そうとするのならば、言葉の上だけの信用すら失う事となる。
アインはそう釘を刺したのだ。

更に言えばミカエラは必要な人材ではあるが不可欠な人材ではない。
ハスタが彼女を殺してしまうようなら、やはり彼が信用ならない事の根拠となる。

「いいか、アイツは魔術師であり錬金術師だ。真理を従えるからこそ強力で、だからこそ真理に縛られる。
 差し当たってその鎖だ。金属は火によって融け、水によって錆びる。 堅牢なる陣も尖鋭な刃に引き裂かれる。
 もっと単純な真理なら、力はより強い力に屈する。……考えて考えて、精々アイツに歩み寄れ」

縛鎖の余波に呑み込まれぬよう再び身を屈めて、アインは言う。

「悪いが僕はお前の背中に隠れさせてもらうが……お前が前に進みたいなら、その背中を押すくらいはしてやろうじゃないか」


【戦闘には干渉不可。ナビポジションに】
215 :ルーリエ ◆OPp67eYivY [sage]:2010/09/08(水) 02:02:05 O
血の臭い
いつしか、騎士団長はその中に居た。
作戦本部――本来は軍の部分的な駐屯所であった――その狭い土地は、集められる死体袋に、今まさに塗りつぶ
されようとしていた。窓の外から見える訓練用の広場には、一定の距離を取って規則正しく並べられた死体の間を縫って、選別用の認識カ
ードに忙しく何かを書き込み、死体の詰まった袋にそれを――一種の機械のように――置いていく人と、死体を
忙しく運び込む人。
それだけしか見られなかった。
「団長、従士隊混合のサルベージ部隊からの通信が途絶。エイミール=ジェネレイト隊長が説明を要求していま
す」
「団長、猟犬らしき者が特定のSPINを魔物から守っているとの報告が」
「団長、八番隊からの救援要請です。五番ハードルに取り残された模様。橋を落とす事には成功したようですが、
ヒーラーが全滅。状況は絶望的とのこと。
回収部隊の組織の許可を」
団長、団長、団長
騎士団長は頬骨に手を触れた。混乱している。余りにも深く混乱している。
「……軍への救難信号はどうだ?」
「変わらず、届きません。魔族の」
「あれは魔物だ。俗称は慎みたまえ」
騎士団長の言葉に書記は微かに踵を擦り合わせ、姿勢をより一層正した。
「失礼いたしました。魔物の空中への侵攻、および――恐らく回路に通る魔を回路ごと喰ったのでしょう――地
下の有線の魔回路の破壊により、物理的、魔的なあらゆるアプローチは、極めて困難な状況にあります」
作戦本部、情報課から入電された作戦を述べます、書記は続ける。
「八番隊の救援を四番隊から従士隊混合のサルベージ部隊に変更し、四番ハードル東部に孤立した従士隊騎竜部
隊、およびその施設を奪取に充てる。
それにより、より直接的な信号を帝都外縁の軍部に電信するよう騎竜部隊に要請。
尚、先程の混合部隊壊滅により次の部隊編成は大幅に遅れる可能性が四番隊隊長より示唆されております。
私個人の心証を述べさせていただくと、八番隊に何かしらの名誉を求めます。
以上、本作戦の許可を」
「許可する。……名誉は俺の頸にでもしようか」
216 :ルキフェル ◆7zZan2bB7s [sage]:2010/09/08(水) 12:34:14 0
>>194
>皮肉と共に、足を捕らえ食い千切らんとする『力』にマリルはエプロンから取り出した聖水を掛ける。
>けれども『力』は強大で、僅かに弱まる気配はあったものの以前彼女の足に喰らい付いたままだ。

>例え貴方が言う怪物の因子を消せなくとも、断ち切れなくとも。遠ざかり、遠ざける事は出来ますわ。
>貴方がしている事は料理用の鍋に対して、剣の方が人を殺せるし便利だと溶かし、無理矢理剣に作り変えようとしているようなものです」


「フフ・・・上手い事を仰る。ですが――無駄です。遠ざけようとも、
知恵を絞ろうとも全ては無駄。」

ルキフェルは更なる力を加えようともせず、マリルの行いを見守る。
次々と聖水を継ぎ足し、その力に抗う。
人は、自らが抗えない強大な力に、知力を道具を持って抗おうとする。
それはルキフェルが何度も見た。そして、それに何度も抗われた光景だった。

>「鍋だって、相手をぶん殴る事くらい出来ますわ」

殴られた感触が僅かだが、ルキフェルを過去の感傷から引きずり出す。
次に、蹴りが胸部の傷を抉る。それでも尚、彼は反撃しない。
しかしルキフェルは遠い眼をしたまま動こうともしない。

>「……さて、次の演目は何にいたしましょうか」

「無駄です。無駄だといったでしょう。」

ルキフェルは薄ら笑いを浮かべながら何故か、変身を解除する。
その笑みは、微笑ではなく。
酷く、無機質なものだった。

>「……そうですわね。人の強みと言う物を見せつけて差し上げますわ。まずは、私達人間の積み上げた物を壊す事しか能のない魔族には……到底真似の出来ない『物量』をッ!」

「フフフ・・・クッ。何を仰るのかと思えば。この夜は、人間が力に抗う為のものではないのですよ。
たとえば、”勇敢なる者”が希望を見出し魔を打ち倒す物語などではない。
たとえば、”解決策”を出した賢者が疫病と呼ぶものを排除し光を見出す話などでもない。
この夜は、そしてこの世界とは・・・所詮は”力に翻弄される弱い者の話”でしかないのです。」

無数に放たれた光、物量と神速を持っての手砲が
ルキフェルの体を覆い尽くす。
そして無数の破裂音と共に、ルキフェルは跡形もなくそこから消え去った。





「無駄だと、言ったでしょう。」
次の瞬間、マリルの全身を幾重にも重なった激痛が襲う。
ルキフェルはマリルの肩に、甘い吐息を吐き
残忍な笑いを浮かべた。

「もう、飽きました。そろそろ、遊びたいのですが
如何でしょうか。」

【時を止めマリルを完全掌握、殺戮開始を予告】


217 :フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage]:2010/09/10(金) 01:55:42 0
急所へと突き付けられた鋭く尖った殺意の塊。
無論その主はフィオナの両隣で敵意を剥き出しにしている子供達でも、背後からナイフを投げ放ったギルバートでも無い。
下水道の先、暗がりの遥か向こう側。姿こそ見えないが確かに居る。

(飛び道具か攻性魔術か……どちらにせよ狙い撃ちにするつもりですか)

前者なら打ち落とせる様に、後者なら回避出来る様に。フィオナは腰だめの体勢で長剣を抜き打ちに構える。

『よお、雌豚。おひさだな』

だが接敵を告げる、その聞き覚えのある声は全く別の場所から響いた。
音も無くギルバートの背後に落下し、淀みない動作でナイフを突き付け虜囚とする。
忘れもしない。ティンダロスの猟犬の一員にして、フィオナが惨敗を喫した女戦士である。

「っ!?いきなり現れて人のことをメス――」

『あと、後ろの家畜共。
相棒が弓であんたらの心臓を狙ってる。相棒の腕は確かだ。動くなよ』

(――あ……れ?)

奇妙な違和感。

『おら、ガキ共。こいつらは飯じゃねえぞ。
隊長と副隊長に知らせてこい。“雌豚”が来たって、そう言やきっと聞いてくれる』

更にもう一度。

フィオナは指示を受けて連れ添いながら下水道を駆けて行く子供達を呆然と見送る。
だが頭の中の大部分を占めているのは先程から妙に引っかかる違和感だった。

(『雌豚』と『家畜共』。さっきからこの人は……"誰"に対して"どちら"を使って――)

そして霧が晴れた。
そう。現れてから此方、猟犬が話しかけているのは明らかにギルバート。なのだが、そうなるとおかしなことになる。

「え?……えぇ!?」

思わず声に出し、まじまじとギルバートを見つめてしまう。
しかし外見はまさにギルバートのそれ。
ヴァフティアで会って以来、変わったところは何一つとして無いのだが。

(……敵の策略?それとも――)

ギルバートがミアに対して使った『門』という表現。
その時からだろうか、フィオナがギルバートに対し疑念とも言えないような僅かなズレを感じたのは。
以来、違和感は消えては現れを繰り返し、敵地つまり猟犬たちの住処へ脚を踏み入れた時に吹っ切ったつもりだった。

(――気になっていたのは、つまりそういうことなのでしょうか?)
218 :フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage]:2010/09/10(金) 01:56:38 0
『……何が目的だ?現状、お前達に戦う意思は無い……ということか?』

一向に襲ってくる気配が無いことに疑問を持ったのか、オリンが猟犬へ問いかける。
視線の先にはギルバートと、その彼へ何事か囁いているティンダロスの女戦士。

フィオナとオリンの位置からでは何を言っているか当然聞こえないのだが、唯一の例外が居た。

『――! そりゃどういう……いや、わかった。俺のことはいいから先に行っててくれ。なーに、すぐ追いつくからよ』

先程までギルバートと口論をしていた為、二人に程近い位置に居たレクストである。

「どういう……ことですか?」

フィオナは訝し気な表情を隠す事無く問いかける。
猟犬が提案した内容は勿論知るべくもないが、しかしレクストの言葉から推察は出来る。
レクストを置いてお前らは子供達に付いて行け。恐らくそれに近い内容なのだろう。

「って、それこそ許容できるわけ無いでしょう!?」

フィオナは長剣から手を離し、レイピアの鍔に指を掛け気色ばむ。
二人掛かりで挑み負けた相手。その刃の範疇にレクスト一人を置いていくなど到底許容出来るわけがない。

それでもなお、良いからと言うレクストと睨み合う事暫し、遂にフィオナが折れた。
考えてみれば猟犬たちの動きがおかしいことも事実なのだ。
天帝城へ行かせないのが目的ならば初手でギルバートを屠るのが最も効率的だし、何より手ずから道案内をつけるようなこともしまい。

「……なるべく早く、来てくださいね。」

数歩進むごとに後ろを振り返りながら、それでもフィオナは前へ進み続ける。
進む先。女戦士の言葉通りならば、そこにはティンダロスの猟犬の隊長と副隊長が待っているのだろう。
勿論その二人だけということもあるまい。

「ギルバートさん――」

程なくして、背後を振り返っても元居た地点、レクストの残った場所が闇に閉ざされ見えなくなった頃。
フィオナはギルバートへ声をかけた。

「――ミアちゃんを救い出して、ルキフェルを倒す。それが貴方の、いえ、私達の目的で間違いないですよね。」

疑問ではなく確認。
見据えるのは下水道の先、ティンダロスの猟犬が待ち受ける巣。
それでもフィオナの声に怯えの色は一片たりとも無かった。
219 :名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中:2010/09/11(土) 10:28:07 P
ダークの存在意義
220 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage]:2010/09/12(日) 02:47:33 0
頭突きという思わぬ反撃を受け、頭を振った時にはすでに遅かった。
頭上から降ってきたンカイに後ろをとられ、ナイフを鎖骨のくぼみに押し当てられていた。
このまま20センチ刃を落とせば、さしたる障害物もなくすんなりと心臓を貫く。
ナイフ戦闘における最も効率的な急所の一つである。
>「よお、雌豚。おひさだな」
「小便臭い小娘に俺の後ろをとられるとはな。下水に感謝しとけ。」
刃を突きつけられ、後ろから首に腕を巻きつかれていても皮肉で返す余裕がある。
それは絶対的な位置にもかかわらず、止められた刃先がその意図を物語っているからである。

その後囁かれるのは子供たちの後につき【隊長】と【副隊長】の元へ行くようにという指示。
そしてレクストを置き去りにする条件。
そこに皇帝の用件と注釈がつく。
その言葉に偽ギルバートの眼が僅かに見開かれた。
「一言生贄を一匹寄越せば通すといえば早いものを、皇帝陛下からあの小僧へ用件だと?」
鼻で笑いながらもあながちありえない事ではない、と考える。
僅かに緩められる腕とナイフの傾きに、ンカイとの意思疎通は成立した。
ここで暴れどさくさに紛れレクストを置き去りに駆け抜ける、はずだったが、事態は思わぬ方向で決着を見ることになる。

レクストがンカイのささやきを聞き取っていたのだ。
その要件に【心当たり】と【声の主】の二つの作用があっただろう。
レクストは自らここに残り、メンバーに先に行くように促す。

「こいつは返してもらうぜ。」
もはや芝居を打つ必要もなく、ンカイから解放された偽ギルバートはその手からスローイングナイフを受け取る。
「奴の囁きを聞き取れるほど研ぎ澄まされた今のお前ならいいだろう、望み通りにしてやる。
お前は大切な者の為に限りなく優しくなれる。だが、それだけじゃ足りないんだ。
そうでない者に対しては限りなく残酷になれなければ一人前とは言えないのだからな。
こいつはお守りだ。」
レクストの一人残ることを容認し、言葉をかける。
先ほどのやり取りの中での返事でもあった。
黒甲冑の同胞だから殺すのではない。
目的の障害になる可能性があるから殺す、ただそれだけなのだ、と。
どのみちレクストに容認できるものではないだろうが、いつか来るであろう選択の時の為に言わずにはいられなかったのだ。

そして最後にレクストのベルトにスローイングナイフを差し込む。
文字通りお守りとして。
暗いティンダロスの猟犬の巣で、ベルトに差し込まれたナイフの柄尻が一瞬眼球となってレクストを見つめたのだった。

221 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage]:2010/09/12(日) 02:48:55 0
レクストとンカイを残し、オリンとフィオナの元へ行き訳を話す。
当然許容できぬとレイピアの鍔に指をかけるフィオナだが、状況とレクストの言葉がそれを押しとどめた。
>「……何が目的だ?現状、お前達に戦う意思は無い……ということか?」
当然の疑問を口にするオリンへの応えは子供たちの後をたどり歩きながら。
凶暴な笑みを浮かべた偽ギルバートが応えた。
「昼に奴らと別れる際に色々種をまいておいたからな。
奴らも知らない奴ら深き者どもと俺の繋がりを匂わせ、更に下水道の化け物を馬車代わりに使って見せたり。
所詮は保険に過ぎない事だが、相手の都合もあるにしても上手く芽を出してくれたという事さ。」
目的達成のためにあらゆる手段を並行して講じておく。
いくつの手段が無駄に終わろうとも、どれか一つの手段で目的が達成できるのであればそれでいいのだから。

完全にレクストの姿が見えなくなるほど来た時に今度はフィオナから声をかけられた。
>「――ミアちゃんを救い出して、ルキフェルを倒す。それが貴方の、いえ、私達の目的で間違いないですよね。」
「神戒円環について話してなかったか?
ルキフェルを倒すために門の持つ膨大な魔力は必要だし、そうでなくても重要な存在だからな。」
振り返ることなく事もなげに応えたついでに神戒円環とその成り行きについて手短に説明を加えた。

偽ギルバートは懐かしそうに壁に掘られた【契約】を懐かしげに見ながら。
そう、応えを向けるべきフィオナの方を向かないように偽ギルバートは今の局を見てはいない。
事態のその先を、大局を見ているのだ。
門の奪還、ルキフェル討伐。そして、そのあとの事を。
帝都における被害をどれだけ起こした上で事態を収めるか。
それが戦後処理に重要になってくるのだから。
門があればそのコントロールはしやすく、その後も有用に使えるだろう。
だがもし奪還がかなわなければ…神戒円環発動の為に必要な三人の生贄。
この場ここに至りても怯えの色を浮かべぬフィオナはもっとも手短な候補であるという事までも。

そうしている内に目的につき、偽ギルバートはルーリエと対面することになる。
「城の内外で大騒ぎが起こっているはずなのだが、最強の近衛兵が雁首揃えて巣にこもったままとは意外だったな。」
と。
222 :オリン ◆NIX5bttrtc [sage]:2010/09/13(月) 19:19:10 O
>「えぇいクソ! 魔術合戦に僕を巻き込むな! 自分で言うのもなんだが僕は真っ向勝負ではとことん役立たずだからな!」

声の方へ振り向くと、帝政議会の円卓の下に身を潜めたアインの姿
咄嗟に戦場外へ移動したようだ。こと白兵・術式戦闘は、学者であり、術不能者である彼の得意とするところではない

>「ふん、笑わせるなよ! そもそもこの戦いだってお前とそのアマの自作自演の可能性だってあるんだからな! そもそも殺す以外に人の使い道など無限にあるだろうが!
 相手の信用を味方の命で買うのも戦略として十分あり得る! 信用させたければ情報を寄越せ! ルキフェルが、皇帝が、大局の優位性を損ねるだろう情報を!
 僕達はまだ知るべき事があり過ぎる! なにせ倒すべき者は何者なのか、何がしたいのか、あまつさえ何を知るべきなのかすら分からないんだからな!」

「やれやれ……こんな状況で口の減らない学者サマだな。いいだろう、俺の持つ情報を教えてやる。
"執行者"──。皇帝が極秘に研究をさせている人造兵を創造する計画。聞いたことはあるか?俺はそれを全て潰す……これが俺の本当の目的だ。」

視線はミカエラへ、口にした言葉はアインへと放たれる。言葉の最後に、「これで満足か?」と添えて
ハスタはまだ、全ての情報を提示してはいなかった。相手の出方によって持ち前のカードを変える。今この状況で、己の持つカードを出し切ることは愚考に他ならない

ミカエラに向けて放たれた深紅の槍は、彼女の展開した術式障壁を打ち砕いた
だが、幾重にも張られた魔力の壁は、"一穴点螺"では撃ち貫く事は叶わず静止する。障壁に突き刺さった槍は、元の符へと姿を変えると燃え尽き、灰となった
しかし、ハスタの符術に追撃するようにセシリアの"爆縮空牢"が、隙を突くようにしてミカエラを捉える
余波を直撃したミカエラは態勢を崩すものの、膝を付くことは無かった

>「……凄いわぁ。やるじゃないのセシリア。貴女は昔から優秀だったけど、相変わらずねぇ。
きっと順風満帆な日々を積み重ねて来たんでしょうねぇ」

狂気に満ちた瞳で、ミカエラはセシリアを射る
狂人とも言うべきそれは、形振り構わず、何かに縋る様なものをハスタは感じた

>「聞けエクステリア。あと……あぁもうハスタでいい、お前もだ。あの女が言っているのは『命の元素』、それを更に突き詰めた『万物の原型』だ。
 アイツはお前らのそれを抜き出すつもりらしい。……逆を言えば問答無用で殺すつもりは無いらしいな。エクステリア、お前にとっては好都合だろう。
 ハスタ、アイツは僕らにとって必要な人材……でもある。そうだな、言葉を弄するならこう言おうか。信用してるぞ」

「さすが、口は達者だな。弁論戦じゃ足元にも及ばないだろうな。なるべく、期待通りにはしてやる。」

そう言い放つと、ミカエラが何やら呟き始めた。彼女は歪んだ口元から零れる血を拭うことなく、術式の詠唱を刻む
ミカエラの身体から溢れる魔力と波動は、彼女自身の心象を鏡のように映すかの如く、狂気が存分に孕んでいた

>「……生きた人間をそのまま解き明かしたなら、そこには何が残るのかしらねぇ?」

議会全体を揺るがす振動と共に、まるで拷問具のような鋭利な棘や鎖、拘束具が出現する
それらはハスタ、セシリアを覆うようにして、迫る。ゆっくりと正確に、そして確実に

「精神を……魂を抜き取る術式か。面白い。」

そう呟きながら冷笑を浮かべると、ハスタの双眸に薄っすらと藍が混在し、光を帯びる
手で素早く印を結び、開いた掌を天へと向ける。両手に集約された魔力が小さな魔方陣を描き、無色の球体を形作る
やがてそれは、圧倒的な魔力の塊──巨大槌を形成し、ハスタは両の掌でしっかりと握り締める

「──"四霊"……受けやがれッ!!」

上段に構えたそれを勢いよく振り下ろす。無色の槌は大気を焦がし、空間を歪ませる
迫りくるミカエラの狂気を、魔力を、ハスタは一閃する――

【アインに目的を言う。ミカエラの術式に四霊で対抗】
223 :オリン ◆NIX5bttrtc [sage]:2010/09/16(木) 13:40:23 O
フィオナ、ギルバートと共に下水の奥へと足を進めるオリン
レクストは猟犬達と留まった。どうやら先ほど女戦士がギルバートへ耳打ちした内容とは、こういうことらしい
深き者どもの子供に続きながら、自身が猟犬に問いただした事を、ギルバートが回答した
不敵で、残忍で、底の知れない笑みを浮かべながら

>「昼に奴らと別れる際に色々種をまいておいたからな。
奴らも知らない奴ら深き者どもと俺の繋がりを匂わせ、更に下水道の化け物を馬車代わりに使って見せたり。
所詮は保険に過ぎない事だが、相手の都合もあるにしても上手く芽を出してくれたという事さ。」

淡々と述べるギルバート。あらゆる状況を想定しての行動。実行出来る能力

「……そうか、ショゴスを利用したのも全てはあんたの掌の上か。」

オリンは呟くように言葉を放つ
やや間をおき、フィオナがギルバートに問い掛けた。彼女の表情は疑念と不安が入り交じっているようだった

>「――ミアちゃんを救い出して、ルキフェルを倒す。それが貴方の、いえ、私達の目的で間違いないですよね。」

「神戒円環について話してなかったか?
ルキフェルを倒すために門の持つ膨大な魔力は必要だし、そうでなくても重要な存在だからな。」
(ミア、とは……?)

ルキフェル打倒と共に"門"を救出しなければならない
だが、"ミア"とは?オリンとは直接の関わりはなく、記憶にもない人物だ
ギルバートの口ぶりから察するに恐らく門のことなのだろう
そして"神戒円環"。ルキフェルらが有する"自壊円環"に対抗出来る現在唯一の存在
今回奴らを倒すことが出来なければ、使わざるを得ない。3つの生命を犠牲にして

どれほど深淵の中を歩いて来たのだろうか
ようやく"ティンダロスの猟犬"が巣くうと言われている住み処へとたどり着いたようだ

>「城の内外で大騒ぎが起こっているはずなのだが、最強の近衛兵が雁首揃えて巣にこもったままとは意外だったな。」

到着したと同時、ギルバートが開口一番にそう言い放った

「……さすがに、今回は避けられそうもないな。」

目の前には数人の猟犬。先刻の件もある
オリンは周囲の気配を警戒しながら所持する武器に波動を纏い、いつでも臨戦可能な状態を作り上げた――
224 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/17(金) 06:18:49 0
押し寄せる大気の波濤に戒められて、しかしミカエラは尚言葉を紡ぐ余裕を見せる。

>「……凄いわぁ。やるじゃないのセシリア。貴女は昔から優秀だったけど、相変わらずねぇ。
  きっと順風満帆な日々を積み重ねて来たんでしょうねぇ」

こちらを見据える眼窩には、やはり正気の光がない。代わりに煌々と燃える熱情。

>「でもね……満足と退屈からは何も生まれないけど、苦痛からは大抵の物が生まれるの。
  ……素晴らしい物は、地獄からしか生まれないのよぉ」

「貴女はまず算盤を叩くべきだった。生み出すためにそれ以上を削ったら意味がないじゃないですか……!」

>「……生きた人間をそのまま解き明かしたなら、そこには何が残るのかしらねぇ?」

「どれもみんな同じですよ。人を人たらしめんとしている要素は、本質とは別のところに芽生えるものですから!」

ミカエラより投じられる鋼の瀑布。
多種多様の苦痛を齎すための器物が群れを為して津波を作る。押し寄せる害意に、立ちはだかる男がいた。

>「──"四霊"……受けやがれッ!!」

ハスタである。
突き上げた掌に生じた魔力球は迅速にそのサイズを巨大に変えていき、やがて天井を埋め尽くす色のない槌が完成する。
一軒家ひとつをまるごと飲み込める巨大質量の魔力を、そのままミカエラの攻性術式へと叩きつけた。

膨大な物量と魔力同士がせめぎ合う。
押し合いは『四霊』が若干の有利。上から攻めるアドバンテージも相まって、徐々にだが鋼の波濤を押し戻す。

(ッ! ダメだ――!!)

だが、決定打が足りない。ミカエラの魔力は並の魔術師が束になってようやく比肩するレベルである。
同様に魔力に恵まれたセシリアですら大きく水を空けられる領域だ。人外たるハスタの魔力質量でも押し切るには至らない。

>「いいか、アイツは魔術師であり錬金術師だ。真理を従えるからこそ強力で、だからこそ真理に縛られる。
  差し当たってその鎖だ。金属は火によって融け、水によって錆びる。 堅牢なる陣も尖鋭な刃に引き裂かれる。
  もっと単純な真理なら、力はより強い力に屈する。……考えて考えて、精々アイツに歩み寄れ」

(それは錬金術の理屈でしょうが!)

セシリアはミカエラに師事する過程で一通りの錬金術を修めてはいるが、専門ではない。
むしろその、現象をなんでも元素で解釈する在り方には反発さえしている。

術式を専攻する彼女にしてみれば、火だの風だのといったいわゆる『属性元素』は時代遅れの考え方だ。

『属性』はあくまで現象の分類。横並びのそれに優劣などなければ、相克だの相乗だのといった力関係も存在しない。
火が水によって消えるのは水によって火の呼吸が遮断されるからであり、『窒息』という現象だ。
極論を言ってしまえばそんなことは人にだって起こり得る。『溺れる』というのはつまり、水によって呼吸を阻害されることなのだから。

逆説、四大元素や五行遁術の相克相乗を現象として解析し体系付けたのが昨今の『魔術』の基礎とも言える。
魔導師であると共に優れた魔術師であるセシリアにとって、その師でありながら時代遅れの術を用いるミカエラの行動は挑発だった。
ミカエラ本人もそれをわかってやっているのだろう。彼女は師として、先人の知慧でセシリアを制するつもりだ。

>「悪いが僕はお前の背中に隠れさせてもらうが……お前が前に進みたいなら、その背中を押すくらいはしてやろうじゃないか」

「そう!必要なのは『追い風』!進むと決めたなら目の前のどんな暗寧だって切り開いていける!」

杖を担い、魔力を練り上げる。

「――人は誰だって、進み始めたらもう前しか見てられないから!」
225 :セシリア ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/17(金) 06:32:28 0
セシリアの思想はともかくとして、アインの言う事は正鵠を射ている。

ミカエラもセシリアも、互いに互いを殺せない。だからこそ大魔術のぶつけ合いにもつれこんでいる。
大規模な術式を撃てば防御せざるを得ないだろうし、そうなれば持久戦ののちどちらかが魔力を使い果たせば勝負はつく。
そしてそれ故に隙があった。イレギュラーは二つ。戦闘職・ハスタの存在と、セシリア以上の幅広さをもつアインの知識だ。

「術式合戦をコードレス君が担ってくれるから、私は小細工に走ることもできる」

現在戦況は術式同士の膠着状態だ。これ以上セシリアが術式を上乗せしても相手に同じことができる以上堂々巡り。
アインは戦力としては数えられない。ならば自分のやるべきことは、

(私が先生を上回れる要素だけ抱えて叩き込む!)

『力はより強い力に屈する』――アインの言だが、なるほど言い得て妙だ。
この『より強い力』というのがまた巧みな言い回しで、とどのつまり強い力ならば――『同じ土俵で勝負する必要などないのだ』。

「錬金術式……『天地創造』――」

セシリアの魔力が疾走する。そのものが攻性術式を喚起するものではなく、また対象もミカエラではない。

「――『レギオン』!!」

『四霊』とせめぎ合っていたミカエラの錬金波濤、その鎖の一本一本が形を変えた。
大量に生まれたのは金属製のゴーレム。鎖分の質量ゆえに通常のゴーレムとは比べるべくもない矮小さだが、数は膨大だ。
ハスタの槌にかき消された分を差し引いてもミカエラ渾身の錬金術式が生み出した大量の鎖が、そのまま全てゴーレムに再構築されたのである。

無論、セシリア一人では成し得ない規模の錬金術である。
彼女の術式が作用したのは、ハスタが生み出し打ち下ろしている『四霊』そのものだ。
内包された膨大な魔力の指向性をインターセプトし、セシリアが仕込んだ魔術回路を発動させるよう促した。

言わばミカエラの供出した材料と、ハスタの捻出した魔力を勝手にぶんどってゴーレム群体を完成させたようなものである。

そしてそのゴーレム一つ一つの額に、また術式が仕込まれていた。
魔力投射――魔導砲の術式砲門が、夥しい数の攻性術式の気配が、一斉にミカエラの姿を捉えていた。

「『雷撃』『火炎』『烈風』『圧撃』『麻痺』『失神』『波濤』『閃光』『空圧』『光熱』『閃熱』『氷結』『炸裂』
 『冷撃』『衝撃』『斬撃』『斬断』『波動』『瀑布』『爆撃』『擦過』『制電』『爆圧』『旋風』『烈震』『劫火』――!!」

無数のゴーレムに刻まれた、無数の術式を余すことなく全て掌握する異形の演算能力。
セシリア=エクステリアの面目躍如は、地盤すら揺るがす大音響と一生分の超閃光が証明する。

「――前に進まない理由なんて、どこにもないから!!」

【ミカエラの錬金津波をハッキングして分解、大量のゴーレム群体に再構築。さらにその一つ一つから術式発射】
226 :ルーリエ ◆OPp67eYivY [sage]:2010/09/18(土) 18:56:18 O
それでは、と挨拶もそこそこにナイアルは立ち上がった。硬質な細い杖が石畳を打ち、その音に反応して、ナイ
アルの両脇に立つ二人の近衛は銘々、気を失った“元”不死者と“槍”の名を持つ生傀儡を抱え上げた。
脈打つように光る赤い糸を、ぼんやりとした闇に絡めたような鎧を纏った近衛達は、まるで奴隷のように……否、
生き霊のみ込められたそれらの人形を、果たして生物として扱うべきなのか。
「その人形は失敗作と聞いていたが」
ルーリエが尋ねる。ガタスは自らの抱いた曖昧な疑問に答えが得られる事を期待して、耳をそばだてた。
「いえ、これはずっと前から完成していましたよ。
ただ作者が趣味が悪いと切り捨てて、それから埃を被ったままになっていたのです」
腕のいい人形使いでしたが、今は何をしているのでしょうね。ナイアルは近衛の、人形の首筋に刻まれた銘に、
僅かな時間目を向けた。
「老いさばえた戦友の生き霊を込めた人形か」
ルーリエは、それらのものに大して興味が無かったらしい。皇帝をせせら笑い、直ぐに天井から吊られた雌の家
畜に意識を移した。
「『これ』は自由に使わせてもらう。安心しろ、王の邪魔はしない」
「……何をするつもりなのかは知りませんが、もう『それ』の魂に自らの運命を選択する力は残されていません
よ」
「わかっている。だが分岐程度には使える筈だ」
例え収束するにしても、だ。ルーリエは虚空を獰猛に睨んだ。
理解できない、という風にナイアルは眉根を寄せ、呟く。
「“偉大なる者”の観測は絶対です。歴史は変えられない。
あなたが何を企んでいるのか知りません。しかし、家畜の未来なんてあなたには関係ないはずですが」
「無い、確かに」
「……まあいいです。それこそ“私たち”には関係の無い話だ」
せいぜい楽しませて下さいよ。ナイアルはそう言って杖を撫で、床を足で拭くように擦り歩きし、やがて二つ分
の鎧の軋む音と共に部屋を出た。
「……生物とは何でしょうね」
「あれらも『これ』も生物ではない」
ガタスの唐突な質問に、ルーリエは静かに答えた。「俺達と、今から来る奴等が生物だ。それだけだ」

魚と、家畜と、豚と、それから人だ。

暫くして、詰め所の戸が静かに開いた。
227 :ルーリエ ◆OPp67eYivY [sage]:2010/09/18(土) 19:00:33 O


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「よお、会いたかったぜ鳥兜。覚えてるよな俺のこと。下水道では世話になったな」
ンカイはレクストの変わった所作を――外では流行っているのか?――興味深そうに眺めて、面白がって真似を
した。とは言え、彼女の頭には帽子どころか兜すら無かったので、その遊びは癖の強い長髪を揺らすだけに終わ
ったのだが。
と、ンカイの視界の端にクラウチが降りてくる。ンカイがやったよりも丁寧に受け身をとり、二人の立つ水辺か
ら離れた場所に降りた。短弓を裾の裏の金具に掛け、胸に巻いていた矢筒を腰に巻き直した。一つ一つの動作を
確かめるように行う彼に何とはなく注意を払いながら、ンカイは水辺の静けさと暗さに耳をすませた。彼女の意
識が一点に絞られることは、戦い以外ではそんなにあることではない。
「それで、皇帝陛下の頼みって何だ?」
「……え、ああ?」
ンカイは首を振り、口の端を舐めた。雌豚の後ろを取るのに神経を磨り減らし過ぎたか、神経がヤケに早く弛む。
或いは、彼女の古い魂が気付いていたのかもしれない。彼女の目の前に立つ男が、彼女の思う正統な血筋の者で
はないと、警告していたのかも。
だが結局のところ、全ては遅すぎた。
「頼みってのは、手前に対するもんじゃねぇんだけどな。
……だが確かに手前に関する事だ」
ンカイは水辺に寄り、悪戯に軽く水面を蹴った。薄暗闇の中、幽かに光を反射する濁った輪が幾重も重なり、広
がり、やがて消える。
彼女は皇帝から、もしくは、ルーリエから伝えられた文句を正確に思い出そうとしていた。時折灯りの無い下水
の奥を眺め、遠くで彼女を見つめるクラウチに目を向ける。
「意味の有る言葉には魔が宿るそうだ……クソッタレな方の神が作りなすった魔は、扱う者の運命を縛る手綱っ
てワケだ。
逆に、意味無き言葉には呪いが宿る。呪いは相手を縛り、狂わせ、促し、成長させる」
レクストの戸惑ったような視線を感じて、ンカイは目を閉じた。言葉に意味を込めてはならない。これは伝言だ。
これからンカイがレクストに掛けるのは呪いであり、魔術ではないのだ。
「お前はルキフェルと戦うだろう。だがその時は、恐らくお前が歴史の真実を知った後だ。
……それでも尚、お前は奴と戦えるかな?ましてや、勝つことなど。
貴様らは運命に飼われた家畜の『曲げ返し者(リフレクティア)』として、常に無自覚に、傲慢に選択肢を握っ
てきた。
確かに権利は有る。
だがその覚悟が無いならば……」
ゆっくりと、ンカイは纏っていたぼろきれを棄てた、身に着けた具足と、籠手を晒した。鎧はない、武器も、無
い。
徒手空拳の黒騎士。
遠くで、クラウチが弓に矢を番えるのが見えた。手出しは無用とルーリエに再三釘を刺された筈だが、それでも
どこか心配なのかもしれない。

「……殺される、とは思わなかったのか?」

間を開ける。認識と理解の為の間だ。これは殺しではなく勝負だから。
拘束するつもりはない。護衛する前に一度本気で殺りに掛かれと命令された。それで見込みが無いなら、喰って
も構わないとも。呪いについても、まだ後二人は殺せる。完全なるインファイト。決して引き離すな。重たい鎧
を捨て、今は最高の条件だ。
ンカイはレクストの左に右足を踏み込み、腰を捻る。左手を柔らかく開いた。
狙うは、胸部だ。
右肺を潰す


∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴


228 :ルーリエ・クトゥルヴ ◆OPp67eYivY [sage]:2010/09/18(土) 19:02:56 O
「城の内外で大騒ぎが起こっているはずなのだが、最強の近衛兵が雁首揃えて巣にこもったままとは意外だった
な。」
「皇帝は犠牲が必要と考えている。“偉大なる者”の観測を前には、余りに無謀で無意味な考えだが」
狼の皮を被った豚の言葉に笑う。部屋には血生臭い匂いと、ひくついたような断続的な呻き声が満ちている。そ
れは腹の底を引き摺られるような暗さと、寒さと、悦びを含んだ音だ。その陰湿さの中心は背中の皮にフックを
通されて、天井から吊るされた家畜。つま先立ちになった家畜は、時折足元の自らの血だまりに足を滑らせ、そ
のたびに悦びに喘いでいた。
「悪いな、こうでもしなければ直ぐにでも気が触れていた」
椅子に座ったまま、軽く家畜を蹴る。鎖の軋む音と共に家畜は半回転し、その背中を晒した。荒々しく生皮を剥
がされた背中には、黒く壊死しかけた、印の刻まれた別の皮が縫い付けられている。
“再生”のルーン
「魔族化しそうになればルーンがそれを強制的に引き戻す、という仕掛けだ。
他に魔族化を抑える方法が見当たらなくてな」とはいえ、放っておけば気が触れて魂が死ぬ。こうやって薬漬け
にしておかなければ、何の意味もない。
「“これ”は未だ貴様らには返さん。未だ使うべき時にない。契約もある、呪いも、約束も……怒るか?それも
いい。家畜らしく、羊らしく、何も分からないまま歴史の中に溺れて死にたいのなら、悪くない。少なくともこ
ちらの腹の足しにはなる。
……それにしても、相変わらず豚は皮を剥ぐ気が無いようだな。
まあいい、用件を聞こう。
殺すのはそれからだ」


【詰め所:いるのはルーリエとガタス、さきほどの子供達が部屋の隅で怖がっています。
ジェイド:常に人間としての体を傷つけられ、それを再生のルーンで再生することで、かろうじて魔族化を逃れ
ている。
ルーリエ→マダム:話によっては協力する可能性も
ルーリエ→フィオナ:無神経な挑発
ンカイ→レクスト:不意討ちではなく、前フリ有りの攻撃。勝負。】

229 :名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中:2010/09/19(日) 00:08:24 0
まだ存在してたのか
230 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/19(日) 06:11:03 0
>「頼みってのは、手前に対するもんじゃねぇんだけどな。……だが確かに手前に関する事だ」

鳥兜(今は被っていないが)の女戦士はかく語る。
どこか心ここにあらずといった感じで、遠い目をしながら。
もっともレクストにとって彼女の容貌は初見であり、普段の鳥兜がどんな表情をしているのかは知るべくもないのだが。

>「意味の有る言葉には魔が宿るそうだ……クソッタレな方の神が作りなすった魔は、扱う者の運命を縛る手綱ってワケだ。
 逆に、意味無き言葉には呪いが宿る。呪いは相手を縛り、狂わせ、促し、成長させる」

(やべえ、何言ってんのかさっぱりわからん)

しかし決め顔で問うた手前、聞き返すことも真意を尋ねることも面子が許さず、思考は泥濘へと歩み行く。
意味のない言葉の羅列だと断じて情報を捨ておくなど出来よう筈もない。取捨選択は賢しき者の特権だ。

>「お前はルキフェルと戦うだろう。だがその時は、恐らくお前が歴史の真実を知った後だ。
 ……それでも尚、お前は奴と戦えるかな?ましてや、勝つことなど。
 貴様らは運命に飼われた家畜の『曲げ返し者(リフレクティア)』として、常に無自覚に、傲慢に選択肢を握ってきた。
 確かに権利は有る。だがその覚悟が無いならば……」

「ああ?そりゃどういう――」

レクストの脳裏に新たな問いが発生する間に、黒甲冑は黒甲冑でなくなっていた。
具足を外し、鎧を脱ぎ、武器を捨てる。さんざん苦しめられ、対策を講じてきた術式打消の甲冑が、あっさりと消えた。

>「……殺される、とは思わなかったのか?」

構えは、拳闘。
そこにいたのは異形の黒騎士ではなく、保身と刃を捨てた完全徒手空拳の女戦士。
彼女は動かない。待っているのだ。奇襲ではなく、強襲でもなく、純粋な決闘としての臨戦を。

「――そういうことかよ。いいぜ、そういうのは大歓迎だ!」

啖呵を切ってみたものの、内心レクストとしてはやりづらさを覚えずに居られなかった。
相手方でどういう話になっているのかは知らないが、とにかく現況を鑑みるにこれは正当な勝負らしい。
命のやりとりには違いないが、曲がりなりにも正義の御旗のもとに戦うレクストとしては、相手は卑劣な方が良い。

(こっちは不意打ちまで考えてたんだぜ……)

袖に仕込んだ手砲を確かめるようにそっと撫ぜる。
その意志の裏に、『負けても相手が卑劣だったからしょうがない』という言い訳を含ませていることに、気付かない。
そしてそのさらに深いところで、不随な意識の高揚を覚えていることもまたレクストは知り得ない。

「つっても、お前らの土俵にまで上がる気はねえぞ。武器も防具もこのままで闘る」

腰から黒刃を引き抜き、封印布を解いて刃を剥き出す。
相手は異形。人ならざる何か。ギルバート曰く『ただの化物』だが、レクストにとっては『マジで化物』なのだ。
丸腰の彼女と戦闘力で釣り合いをとるならば、レクストに装甲や剣を捨てる選択肢はなかった。

黒刃の黒き刃の先を前へ。それが契機の鐘となった。

――鳥兜が動く。レクストから見て左、視界の端へと右足を踏み込む。
足裏が石畳を噛む音。筋肉の軋み。先んじて届く害意の風。右手で魔剣が高く嘶く。

(っな、速――)

鳥兜の先制。開きたての花弁のように、しなやかに左手が伸びる。
一連の挙動は『掴み』。投げ技?否、流れる膂力の奔流は、一つの意志を表出していた。

(――握り潰す気か!)
231 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/19(日) 06:15:48 0
反射的に左腕を盾に。駄目だ。潰されるのが一段階遅くなるだけ。
まして腕を、攻撃手段を失うわけにはいかない。判断する。逡巡は一瞬。

「『噴射』!」

靴底に展開した離脱の術式。目測し、魔手が届く前に殺傷圏を脱出するプラン。
が、間に合わない。想定していたよりずっと早く、鳥兜の掌が腕へ、それを素通りし胸部へ。
触れられた。指が胸部装甲へ、深く深く沈み込む。が、貫かない。術式が発動していた。『柔化』と『反発』。

肺腑を握り込まれる代わりに強く押され、押し返し、その反作用でレクストは吹っ飛んだ。
抗えない。想像以上の速力と、超常異常の膂力によって、大砲もかくやの推進力が発生する。

足と地面との別れは刹那。
そして一瞬後には、壁へぶつけられたボイルド・トマトのようにレクストは下水道の壁と同化するだろう。
無情なる必定。それを想像する余地すら与えず、物理法則は伝達された衝撃を推進に変える。石の壁へと激突する。

「――だああああああああああっ!!」

石壁との邂逅を直前に控えて、レクストは空中で急停止した。
制動をかけたのは彼の右腕から伸びる一条の白い帯。彼と黒刃と繋ぐ封印布で、魔剣は先程までレクストのいた場所に突き立っていた。
先程の攻防で彼は咄嗟に石畳に剣を突き刺した。伸縮性に富んだ封印布の帯が命綱の役を担い、彼が壁に抱擁されるのを救ったのだ。

無事足と地面とを再会させると石畳からひとりでに剣が抜け、縮短する帯に牽引されてレクストへと舞い戻る。
吸い込まれるように飛来する剣の柄を右手でキャッチし、ようやく実感に冷や汗が吹き出した。
鳥兜から距離をとっているにもかかわらず、威圧と萎縮で眼の奥がぐらぐらする。

(甲冑脱ぐとあんなに速いのかよ……!しかもこの馬鹿力っ!!)

見れば、胸部装甲の右側が抉れていた。
防御用の反発術式を用いてなお、純然たる握力のみに従士隊制式採用の装甲がボロ負けしている。

《組み付かれたらお終いだぞ!不用意に近づくな、甲冑がないから魔導砲効くんじゃないか》

(当たらねえよ!ほとんど眼で追えなかった……手砲で不意打っても見てから対応されたら意味がねえ)

相手が常軌を逸した速さで動ける以上、不意打ちにこそ意味のある手砲はここで使えない。
下手に使って、向こうで弓を番える黒甲冑の一人に見られでもしたらそれこそ最悪のケースだ。
232 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/19(日) 06:16:55 0
(どうする、どうする、どうする!甲冑対策ばっかしてたから脱がれた時どうすりゃいいのかわかんねえぞ!)

それを見越して脱いだのだとしたら、情報戦の時点で相手に一枚上手をいかれてたということだ。
『対策してくることを見越して』、敢えて防御を捨て機動力に傾注したのだから。

(目下相手の武器は生まれて持った馬鹿力と、鎧を脱いだ超機動力。片方でも封じれば――)

まだ勝算はある。もともと防御に大穴をあけてやるつもりだったのだから。

「――これが真面目な勝負なら、お互い名前を知っとこうぜ鳥頭!」

会話で気を逸らすつもりはない。そんな小手先が通用する相手ではないし、また単純にレクストは知りたかった。
敵でありながら憧憬にも似た感傷を与えてくれた彼女の名前が。

「ご存知かもしれねえけど一応自己紹介しとく。俺はレクスト=リフレクティア19歳好きな言葉は『博学才穎』!」

言いながら魔剣を投擲する。
矢のように迸る漆黒の剣閃は、鳥兜が避けても受けても掴んでも、帯で繋がったレクストがワンテンポ遅れて飛来するだろう。
伸縮する帯の速力と慣性を存分に使った蹴りをお見舞いし、その足で『噴射』を発動して一撃離脱を図るつもりだ。

白の軌跡を辿るようにレクストは跳び、

「――趣味は鹿追いと渓流釣りだ!!」

破城槌もかくやの踵閃を叩き込む。


【勝負を受けて立つ。名前とか聞きながらバンジーキック。対策崩しをかけられ速さにビビるもなんとか持ち直す】
233 :名無しさん@自治新党スレでTATESUGI値審議中:2010/09/19(日) 11:03:53 0
ニート以下
234 :アイン ◆mSiyXEjAgk [sage]:2010/09/20(月) 07:13:48 0
>「やれやれ……こんな状況で口の減らない学者サマだな。いいだろう、俺の持つ情報を教えてやる。
>"執行者"──。皇帝が極秘に研究をさせている人造兵を創造する計画。聞いたことはあるか?俺はそれを全て潰す……これが俺の本当の目的だ。」

決して頭を覗かせないよう身は縮こめ、しかし弁舌には一層の加速と潤滑を加えアインは言葉を返す。

「満足な訳があるか。それを聞いて僕らに何の得がある? 今のお前は
 「俺はルキフェルの敵だから安心しろ。それ以上の根拠はないがな」と言ってるようなものだ。
 それが信用出来ると思うか? もっと即物的で有用な『何か』があるだろう。……だがまあ、お喋りはひとまずこの辺にしておくか」

「どちらにせよあの女をどうにかするには、お前が必要不可欠なのも事実だからな」と、彼は付け加えた。
「事が終わればお前への仮初の信用は消える。それまでに『何か』考えておくんだな」とも。
そして、それっきり口を噤み思索の水面へと深く意識を沈めていく。

(……“執行者”だと? そんなカビの生えた計画が何故今更……?
 地獄侵攻なぞ馬鹿馬鹿しいと、とうの昔に証明された筈だ! そう、エクステリアの報告で……!)

とは言え当時はまだ研究者で無かったアインには後に極僅かな、
閲覧を許可された資料でしか事実を知る事は出来なかったが。

(裏で秘かに続けられていたのか……? いや、それよりも何故、地獄を侵攻せんとする皇帝と
 魔族であるルキフェルが手を組んでいる。ますます分からんぞ……。皇帝は、ルキフェルは何を考えている)

思索を続ける彼の脳裏に、

>(それは錬金術の理屈でしょうが!)

不意にセシリアの思考が流れ込んだ。
一体何事かと思ってみれば、彼の研究用の術式が施された眼鏡に魔力の線が映る。
――ハスタが現れた際に接続された、精神感応用の接続線だ。

好都合だった。
これを用いればセシリアとのより高度な意思疎通が可能となる。
彼女の戦略を知り、戦術を知り、思考を知った上で助言が出来る。
思い至り、すぐさまアインは声を張り上げていた。

「聞け、エクステリア。錬金術は、確かに古い。だが決して……『時代遅れ』だなどと侮るな。
 錬金術は真理を追求する学問だ。だからこそ、神羅万象に通じる。術式も、符術も、魔力を一切有さない役学にだって。
 この世に『属性』で分類出来ないモノがあるか? お前達が積み上げた物の、土台である基礎に奴はいるんだ」

アインは告げる。
「真理とは、そう言う物なんだ」と。

だからこそ、ミカエラ・マルブランケは迫る爆音と閃光を――
235 :アイン ◆mSiyXEjAgk [sage]:2010/09/20(月) 07:15:56 0
 


>「貴女はまず算盤を叩くべきだった。生み出すためにそれ以上を削ったら意味がないじゃないですか……!」
>「どれもみんな同じですよ。人を人たらしめんとしている要素は、本質とは別のところに芽生えるものですから!」

セシリアの返答は、やはりと言うべきか――ミカエラの暗澹に沈んだ心には届かない。
意気の秘められた強い光を思わせる声色に、彼女は相も変わらず小刻みな痙攣と共に笑う。

「生み出す為にそれ以上を削る……? 有り得ないわ、セシリア。
 世界は均一で、総和は常に同じなの。だからこそ何かを得たければ、絶対に「地獄」が必要なのよ」

言いながら、ミカエラは焦点の定まらない視線を自らに迫る巨大鎚を見据えた。

「その「地獄」を自分で受けるか、他人に押し被せるかは、時と場合に依るけど……ねぇ?」

理性の色を損失した笑みと共に、彼女は鎚へと手のひらを翳す。
魔力を練り、押され気味である縛鎖の瀑布に活を入れる。
鎖が捩れ、文字とも記号とも付かない模様を描いた。

まるで符術に用いられるそれのように。

「……確か、こうだったかしら? ――『一穴点螺“大戦槍”』」

縛鎖が編み上げられ、融け合い、尖鋭な大槍へと変化する。
『堅牢な陣も尖鋭な刃によって貫かれる』。
その意は『面』に対して働く『点』の力。

大戦槍の穂先が鎚に減り込み、亀裂を刻む。
そのまま轟音の断末魔と共に鎚が砕け散るまで、一瞬すら要さなかった。
四散した破片が力を失い、大気に溶けていく。

(……いや、これは)

違った。
砕け散った巨大鎚が不自然な流れを得る。
風や水が渦巻くような奔流だ。
その中心は、セシリア・エクステリア。

「そう、それよ。何かが得たければ相手に地獄を強いればいい。貴女だって分かってるじゃないの」

更に続いてミカエラの縛鎖が、尖鋭な槍が先端から崩落していく。
崩れ落ちた『金』は床と衝突し、甲高い産声を上げてゴーレムと化す。
魔力と術式情報のインターセプト。ミカエラですら及び得ない、常軌を逸した情報処理。

セシリア・エクステリアの真骨頂が、ミカエラ・マルブランケを頑と睨む。
魔力の総和で勝ろうとも、極限に収斂した術式群を、ミカエラは凌げるかどうか。
怪しい所だ。

魔力に物を言わせ防壁を多重、再展開を繰り返せば凌駕出来るかもしれない。
だが対処が間に合わない程の術式量で押し切られてしまえば、敗北だ。
これもまた、『面』と『点』である。
236 :アイン ◆mSiyXEjAgk [sage]:2010/09/20(月) 07:16:45 0
「……やはり、貴女は素晴らしいわ。そりゃあそうよね……貴女は文字通り、『地獄』を味わったんだものねぇ?」

顔を俯かせ、重力に従い垂れる髪の隙間から狂気の三日月を描く口を覗かせ、震えを伴なう笑いを紡ぎ。
――しかし、ミカエラは冷静だった。
彼女の魔力総量と、セシリアの術式群。

負けるとは思わないが、確実に勝てるとも思わない。
可能性の上のみで語るならば、分のいい勝負だ。
だが、もしも、万が一負けてしまっては取り返しが付かないのだ。

ならば、どうするか。
単純明快だ。
確実に勝てるようにすればいい。

「貴女のその頭脳は、どうしても必要だわ。貴女なら、貴女ならきっと……!」

懐から、彼女は小さな薬瓶を取り出した。
魔力は感じられない、正体不明の液体を湛えていた。
彼女は封を開け即座に、それを一息に嚥下する。
小瓶は足元に投げ捨てられ――変化は、忽ち訪れた。

「く、ふふっ……あっはっはっははははははっ! さぁおいでセシリア! 貴女が向かってくると言うのなら!
 私はその手をしかと掴んで地獄へと誘ってあげる! 再び! 今度は二度と戻ってこれない地獄にねぇ!」

ミカエラの双眸が限界まで見開かれ、呼吸が荒げる。
唇の描く弓が、殊更凶悪に引き絞られた。

>「『雷撃』『火炎』『烈風』『圧撃』『麻痺』『失神』『波濤』『閃光』『空圧』『光熱』『閃熱』『氷結』『炸裂』
> 『冷撃』『衝撃』『斬撃』『斬断』『波動』『瀑布』『爆撃』『擦過』『制電』『爆圧』『旋風』『烈震』『劫火』――!!」

無数の術式が彼女に襲い掛かる。
多重展開した防壁は、刹那の内に粉砕された。
迫る閃光と重音を見据え、彼女は――動く。

怒涛と化して迫る術式群を、全て相殺する。
荒れ狂う業火と暴風の勢いで、清流や金細工の如き精緻さを以って。
舞うように遍く術式を掌で受け、無効化していく。

「『離散』『鎮火』『霧散』『同調』『脱却』『活性』『断割』『包括』『突破』『拡散』『冷却』『氷結』『封殺』
 『熱波』『緩衝』『斬撃』『透過』『相殺』『分断』『隔絶』『浸透』『絶縁』『衝突』『逆転』『逆波』『灰化』……!!」

うわ言とも聞こえる呟きを零しながら、ミカエラは全てを凌ぐ。
正に鬼気迫る、人の身に余るとさえ危惧させられる芸当で。

「……『金』の属性は『木』を殺す。だが『木』が大きく伸び育つには『土』だけでなく
 その中に『金』が内包されていなければならない。即ち『木』は『土』と『金』より生まれると言える」

更に並行して、彼女は魔力を練り上げさえしてのけた。
胸の内で魔力に性質を与え、脚部へと流す。
足元の石材とセシリアのゴーレムを代償として、『木』を生む術式。
名付けるならば、

「――『天地創造“眠りの森”』」
237 :アイン ◆mSiyXEjAgk [sage]:2010/09/20(月) 07:17:38 0
床が、ゴーレムが見る間に緑に侵食されていく。
蔦が絡み、根が蝕み、木が取り込む。
無論、ただの植物ではない。

「過剰な『金』は人間に害を齎す。心にも、体にも。
 ならばその『金』より生まれた『木』も同じ性質を有するのが道理と言うもの」

木々は蛇の動きでセシリア達に這い寄り、彼らをも侵さんとする。
また独特の瘴気を放ち徐々に正気を、精神を害していく。
火急の対処を図らなければ思考には靄が掛かり、いずれは意識を失うだろう。

そうなれば、彼らの末路は推して知るべしだ。

「眠れなくなるような絶望の中で、眠りなさい」

以前戻らぬ血走った目と悍ましい笑みを孕んだ形相で、ミカエラは告げる。
床で砕けた小瓶の傍らで、彼女が飲み下した液体の残滓が、小瓶の破片の輝きを借りて存在を主張していた。


【蔦とか根とかが木に取り込もうと這い寄ったり。あと眠り粉攻撃。ダメゼッタイ的なお薬服用】
238 :フィオナ ◆tPyzcD89bA [sage]:2010/09/22(水) 00:38:35 0
『城の内外で大騒ぎが起こっているはずなのだが、最強の近衛兵が雁首揃えて巣にこもったままとは意外だったな。』

下水内に居を構える猟犬達の巣。
遂にそこへ辿りつき、迎えるのは二頭の漆黒の猟犬。
あくまで此方を見下す態度を崩さない猟犬たちへ向け、発せられる第一声はギルバート。

『……さすがに、今回は避けられそうもないな。』

オリンも目の前に居る二人の技量を悟ったのか武装に"波動"を纏わせ、すでに臨戦の状態を作っていた。

「相手の出方次第でしょうかね……何らかの意図があって私達を招いたようです……し?」

フィオナもオリン同様右手を剣の柄へ伸ばすが、下水の臭いに混じって部屋に充満する血臭に眉を顰める。
薄暗い部屋の隅。そこから漏れ出す血の臭いと、呻き声。
その方向に視線を向けるのと同時に、天井から伸びる鎖で吊るされた人物の背後が淡く明滅する。

「……っ!?ジェイド!」

反光が吊るされたままの弟の顔を照らし出し、フィオナは堪らず声をあげた。

『悪いな、こうでもしなければ直ぐにでも気が触れていた』

言葉とは裏腹にまったく悪びれた風もなく、椅子に腰掛けたままの猟犬がジェイドを蹴る。
軋む鎖につられ重々しい動作でジェイドの背中が此方へ向けられる。
その背、本来の表皮を剥ぎ取られ、黒く腐りかけている皮を縫い付けられたそこには、鋭角に折れ曲がる奇妙な文字が刻まれていた。

『魔族化しそうになればルーンがそれを強制的に引き戻す、という仕掛けだ。
他に魔族化を抑える方法が見当たらなくてな』

ルーン魔術。
フィオナも言葉だけは知っている。現在の魔法術式が確立されるより遥か以前に使われていた一種の魔術体系。
独特の形状をしたルーン文字を刻むことで様々な効果を発揮する、というものだ。

それがジェイドに刻まれている。
ルキフェルの手で殺され、魔族としての仮初の生を植えつけられた弟の背に。

『“これ”は未だ貴様らには返さん。未だ使うべき時にない。――』

(……も……いつも――)

今はまだ使うときではない。という猟犬たちの都合で、魔族化を遅延させるために。

(どいつもこいつも――)

頭の奥が明滅する。歯の根が硬質な軋みを立てる。握りすぎた拳が乾いた音を発する。

(――ジェイドを!物か何かだと思っているのか!!)

自分の手は、脚はこれほど早く動いたのだろうか。
駆けた右脚と同時に刺突剣を抜き放ち、踏み込む左脚に連動させ弓から放たれた矢の如く貫き徹す。
椅子に座ったままの猟犬の首筋、その真横を貫いて背後の壁に突き立ったレイピアから手を離し、フィオナは男を見下ろす。

「……ルキフェルは私たちが倒します。それまで弟を預け置くから丁重に扱いなさい。」

目的を履き違えてはならない。この場で猟犬と戦うのがそれではないのだ。
ミアを取り戻し、ルキフェルを倒す。
此処に来る前にギルバートに問うたその一点がフィオナを寸での所で踏み留まらせたのだった。
239 :ルーリエ ◆OPp67eYivY [sage]:2010/09/23(木) 02:10:27 O
「『噴射』!」
僅かに浮かせたリフレクティアの靴底から、魔の燐光が漏れる。背後に飛び退くつもりか、相変わらず、魔に頼
りきりな戦略だ。それだからここまで来れたのだろうし、それだからこそ、ここまでしか来れなかったのだろう。
神にいいように操られて、しかし、きっと独力ではこれほど運命をねじ曲げられなかっただろう事を鑑みれば、
丁度いい塩梅だったのか。
これが家畜ではない、本物の“人間”。
とうの昔に滅びた筈の。
(くだらねぇや、考える価値もねぇ)
踏み込む。逃がさない。突き出した手がリフレクティアの腕を擦り、指が胸に届く。たわむ装甲を握りつぶして、
そして、そこで止まった。
(流石にこいつは、そこいらの騎士サマと同じ仕様か)
『柔化』と『反発』。よくある仕掛けだ。空気が固くなったような、奇妙な感覚を手の内側に捉え、認識し、対
応する。遅延。差違。力の掛け具合を見誤らせ、鰻を逃すようにスルリと手のひらから逃す。
(速さを優先したけど、籠手と具足くらいは着けとくんだったな)
反省すら遅延する。思考は選択し、対応は腑分けされる。意味は意識の外側に息を潜め、理屈は俯瞰し、経験は
寡黙に導く。
経験。
素手での接近戦を選択したのには、確かな経験と、それ以上の伝統があったからだ。
“ティンダロスの猟犬”にとっての鬼門は中距離か、或いは狙撃しかない。
黒鎧を破ることのできる代物は物理的な力のみ。それは鎧を砕くことを目的とした棍であり、角度によっては鎧
を無視する長弓の矢である。
故に“ティンダロスの猟犬”は剣を捨てた。
確実に対象と距離の取れる槍。
フォローに徹する短弓。
棍を振るえない程の近距離に寄る短剣。
そして素手、特に、魔を打ち消す籠手と具足のみを着けた超近距離戦こそが、ンカイがルーリエに習った技術だ
った。
距離だ。
距離を意識する。強いて、思考の分岐をそこに定める。いつもの通りに。
240 :ルーリエ ◆OPp67eYivY [sage]:2010/09/23(木) 02:13:31 O

と、リフレクティアが背後に吹き飛びながら、石畳の隙間に黒い剣を投げた。

俯瞰していた理屈が、気違いのような叫び声を上げた。

詰め寄る。踝に力を込め、ひたすら前に出る。否、対象との距離を短くする。踵の位置に注意し、蹴り飛ばすた
めに黒い剣との距離を測る。石壁の手前で、リフレクティアが空中で制止する。間に合うか。これは、間に合わ
ない。
「……ちっ、くしょ!」
絶好の機会を逃した恨みを、自身に対する恨みをそのまま地面に圧すようにして一歩踏み、止まる。目の前で、
嘲笑うかのように黒い剣に結ばれた布が引いてゆく。リフレクティアの手元に戻る。
一呼吸。
空白。
間。
「――これが真面目な勝負なら、お互い名前を知っとこうぜ鳥頭!」
呼吸を整えながら、苛立ちを捨てる。けれど、まだ意識が追い付かない。リフレクティアが鳴いている。リフレ
クティアが喚いている。よくわからない、リフレクティアは、一体何を言っている?
「ご存知かもしれねえけど一応自己紹介しとく。俺はレクスト=リフレクティア19歳好きな言葉は『博学才穎』!」
黒い剣が飛来する。反射的に掴む。ニタリと、剣が蔑んだ気がした。腹の底が揺らいだ。嫌な予感がする。これ
はあってはならないモノだと、そんな予感がする。だが直ぐにそれは非に腑分けされ、除けられ、そして思考は
選択する。
柄に結びつけられた白い布を見て、笑った。
生まれたばかりの、仔猫の足を踏みにじるように、笑った。
「アタシの名前か」
このリフレクティアは、発想に頼る。そして発想は枯渇する。残念だ。あのリフレクティアとは違う。同じこと
は通用しないのだ。了解した。とても残念だ。このリフレクティアの戦い方は。悲しいくらいにその場しのぎで、
酷く浅くて。甘くて。
血の臭いが、しない。
「ンカイ・クトゥグァって言うんだ。ああ、てめぇにゃ発音できねぇよ、絶対に……絶対だ」
生きる世界が違うのだ。見ているモノが違う。
軽く見切り、飛んできた脚を掴む。勢いはあったが、予測できるなら、そう難しい事ではない。そのまま、当て
付けるように一回転させてから、下水の方へ放り投げた。
遠くでの水飛沫。
追いかける前に、ふと後ろを振り向けば、クラウチが不思議そうに、弓を下ろしてこちらを眺めていた。出来た
筈なのに、なぜとどめを刺さなかったのか。そう聞いている気がして、聞こえる訳もないのに呟いていた。
「まだ見損なっちゃあいねぇ……ギリギリまで見極めるさ」

241 :ルーリエ ◆OPp67eYivY [sage]:2010/09/23(木) 02:15:25 O
水の中で、リフレクティアのもがく姿を捉える。まだ浮き上がっていない。気配すら見えない。
水を蹴り、リフレクティアの腕を掴む。捻り、本人の背中に回した。一段と強くもがくのを無視して、そのまま
もう一度水を蹴る。より深く、水底へ。暗く、何も見えない。ただゆったりとした流れだけを感じる。




































「恐えぇだろ?」
わかっている、聞こえる筈もない。腮を通り過ぎる澱んだ水の感触を意識の中でなぞりつつ、水底へ腹を押し付
けられたリフレクティアの背中を、ゆっくりと膝で押さえつける。死に物狂いでリフレクティアは暴れる。だが、
詰みだ。いや、実際は詰みではない。やりようはある。実際、あのリフレクティアは確かにこの状況から生き延
びた。ルーリエ・クトゥルヴから逃れた。
だが音も聞こえず、光も見えず、呼吸すらできない。そんな世界で、気付けるだろうか?
自分は何を期待している?自分は何を失望している?
分からない、だが自分にできるのはただただ呪いを掛けることだけだ。
「逃げ出してぇだろ?」
暗闇は本質を暴く。明かりの中では、このリフレクティアは大したものではなかった。よくいる策士だ。それな
りに優秀だが、優秀さに怠けて、小手先だけで生きてきた生物だ。仮面を被り、己を誤魔化す。
そう、このリフレクティアは、自分自身ですら自分の本質に気付いていない。

「なあ、生きる事は苦しみの連続だと思わねぇか?
大抵の奴はその事実から目を反らすんだ……そうやって、自分を騙してることにすら気付けずに、駄目になって
くんだよ。
お前は、どうだ?
お前は何から逃げている?」

お前は、何のためにここまで来た?
242 :オリン ◆NIX5bttrtc [sage]:2010/09/24(金) 12:37:39 O
>「満足な訳があるか。それを聞いて僕らに何の得がある? 今のお前は
 「俺はルキフェルの敵だから安心しろ。それ以上の根拠はないがな」と言ってるようなものだ。
 それが信用出来ると思うか? もっと即物的で有用な『何か』があるだろう。……だがまあ、お喋りはひとまずこの辺にしておくか」

ハスタの言葉に返答するアイン。自身に対する疑念は当然、まだ残っているようだ
しかし、これも想定の範囲内だ。あの程度の答えで、学者であり、用心深く、疑り深いアインが満足するはずがない
──いや、どのような言葉でも彼の疑念を"完全"に晴らすことは出来ないだろう
現にアインは、"事が終わればお前への仮初の信用は消える。それまでに『何か』考えておくんだな"と付け加えるように言った
それならば、当初の言葉通り行動で示すしかない

ハスタの放った"四霊"とミカエラの攻性術式が、膨大な魔力が、両者の間でせめぎ合う
互いに拮抗状態が続く中、狂気を孕んだ妖艶な笑みと共にミカエラが動いた

>「……確か、こうだったかしら? ――『一穴点螺“大戦槍”』」

先ほどハスタがミカエラに放った"一穴点螺"そのものを、"四霊"へとぶつけた
初見しただけでハスタの符術を理解し、発現させるまでに至ったのか。それとも、彼女は初めから符術を行使可能だったのか

(錬金術者の最高位とまで呼ばれていただけの事はあるな。面白い……こうでなければな。)

ミカエラが符術を発動したと同時か、セシリアが動いた

>「術式合戦をコードレス君が担ってくれるから、私は小細工に走ることもできる」

そう呟くと、術式を紡ぎ始めた

>「錬金術式……『天地創造』――」

"四霊"とぶつかり合うミカエラの錬金術の鎖が突如、金属製のゴーレムへと姿を変えた
セシリアはハスタ、ミカエラ両者の魔力を利用し、ゴーレムを形成したようだ
それら個々の額に刻まれた術式が、セシリアの放った言葉に反応する

>「『雷撃』『火炎』『烈風』『圧撃』『麻痺』『失神』『波濤』『閃光』『空圧』『光熱』『閃熱』『氷結』『炸裂』
 『冷撃』『衝撃』『斬撃』『斬断』『波動』『瀑布』『爆撃』『擦過』『制電』『爆圧』『旋風』『烈震』『劫火』――!!」

無数のゴーレムが魔力の光を帯び、同時に天帝城を揺るがすほどの振動が辺りに響く
ゴーレムの一つ一つから、ミカエラに向けて術式が放たれた
展開した障壁は悉く打ち砕かれ、閃光は彼女の目前にまで迫る

>「『離散』『鎮火』『霧散』『同調』『脱却』『活性』『断割』『包括』『突破』『拡散』『冷却』『氷結』『封殺』
 『熱波』『緩衝』『斬撃』『透過』『相殺』『分断』『隔絶』『浸透』『絶縁』『衝突』『逆転』『逆波』『灰化』……!!」

早口で、うわ言のように相殺する術式を呟くミカエラ。無数に放たれた怒涛の閃光、その全てを一瞬で凌いだ
243 :オリン ◆NIX5bttrtc [sage]:2010/09/24(金) 12:39:09 O
>「……『金』の属性は『木』を殺す。だが『木』が大きく伸び育つには『土』だけでなく
 その中に『金』が内包されていなければならない。即ち『木』は『土』と『金』より生まれると言える」

属性理論を翳すと同時に、セシリアが形成したゴーレムを自身の魔力で塗り潰す
彼女の言葉通りか、金属で生み出されたゴーレムに緑が侵食する
木々が蛇のように這いより、此方へと迫る。と、同時に瘴気が立ち込め、辺りを覆い尽くさんとばかりに漂う

「……セシリア、だったか。まだいけるか?……聞け。相手の魔力量は、恐らく俺達より上だろう。
このまま持久戦を続けていたら、こちらが持たなくなる。"これ"は俺が防ぐ。その内に奴を倒せ……いや、越えて見せろ。」

側にいるセシリアにそう言い放ち、ハスタは矢面へと──ミカエラの術から立ち塞がるように前へと出る
両の手を強く握り締めると、指の隙間から血が滲み、床へと滴り落ちる
掌に刻まれた術式が己の血に共鳴し、そこから鮮血の槍が産まれる。瘴気を含んだその槍は、自身の手へと収まる

「瘴気を使ったのが間違いだったな。──四凶"瘴血凶槍"」

周囲に漂う瘴気が手にした深紅の槍により、その性質を変貌させる
ハスタの持つ技能"多目的器具"はコアを媒体とし、瘴気を操作し、行使するもの
また、瘴気汚染環境下で戦闘することを前提として創造されたため、瘴気の一切による影響を受ける事無く、それを糧として武器にすることが可能だ
催眠を含んだ瘴気は、ハスタの"瘴血凶槍"により、強化術式へと変化し、ハスタの身体能力を向上させる
兵の役割を持つ"四凶"の能力は瘴気を変質させ、肉体を強化・変化する力。対象元が膨大であればあるほど、上昇量も増加する

「まだだ……!──四霊"二王仙胎"」

"四凶"により瘴気を催眠から肉体強化に変えたとしても、人間であるアインやセシリアに対する影響は残ったままだ
議会内を満たすほどの瘴気下に留まるのは死を意味するといっても良いくらいだ

ハスタの腰に収められた符が浮遊し、ハスタら三人を囲むように展開
符に印が刻まれると白色の光が灯り、漂う瘴気を浄化した

「あいつは病気だ。セシリア、お前が薬だ。」

セシリアにそう言うと、這いよる蔦を横一線になぎ払う
斬撃と衝撃でそれらは切り刻まれ、弾き飛ばされた──

【アイン、セシリアの前に立ち、先生の瘴気を変化し、浄化。迫る木々をなぎ払う。】
244 :マダム・ヴェロニカ ◆iHSgBAJ.9BYi [sage]:2010/09/25(土) 23:58:28 0
部屋に入ると鎮座しているのはティンダロスの猟犬隊長ルーリエ。
そしてガタスと隅に子供たち。
室内には血生臭さと、形容し難い悍ましき呻き声が流れている。
脇に吊るされたその肉塊は…背に再生のルーンを縫い付けられたジェイドだった。

成程これで魔族化けを防いでいる訳か、との思考をルーリエの言葉が肯定する。
しかしこれは偽ギルバートの当てが外れたわけでもある。

ティンダロスの猟犬が動く以上それは皇帝の勅命であり、奪ったジェイドは皇帝の元へと届けられる。
そこで魔族化すれば、いや、どこででも城内で魔族化さえしてくれれば否が応でもティンダロスの猟犬は駆り出される。
だが実際には魔族化は防がれた上、今この最下層の深き者どもの巣に吊るされているのだ。
子供以外に住人が見えないのは気になったが、戦力も十分にここに残しているだろう。

様々な思惑が脳裏を駆け巡るなが、反射的に両手を広げ後ろのオリンとフィオナを制した。
オリンは既に臨戦状態であり、フィオナには弟のこの状態はそしてルーリエの言葉はあまりにも酷すぎるからだ。
だが、フィオナの反応は偽ギルバートの手を、意図を、遥かに上回った。
「な!?」
全神経を集中していたわけではない。
だからと言って、制し切れぬほど散漫だったわけでもない。
手を広げた時にはすでにフィオナの背中を、そしてルーリエの首を掠め、壁に突き刺さる音を聞いていた。


「驚いたな。その速さと、そこで踏みとどまった事。両方に。」
感嘆の言葉を発する偽ギルバートはフィオナの前に、そしてルーリエの後ろにいた。
椅子の背もたれに手をかけ、レイピアを引き抜きながら言葉を続ける。
「いろいろ予定とは違うがまあ、かえって落ち着いて話せていいな。
では用件を言おう。
俺は約束を果たすために帰ってきた。
200年の時が過ぎ、世代は変わろうとも誓いは果たす。」
椅子の後ろから歩を進め、レイピアをフィオナに返した後、フィオナとオリンに背を向けルーリエと向きあう。
ルーリエと偽ギルバートの視線が交差し、言外の言葉が交わされる。

『お前たちの渇望するモノをくれてやる為に。
屠殺ではない、戦いを!闘争を!お前たちに与える為に。
与えられた黒き鎧に相応しい戦いを!』
それはルキフェルとの戦いを意味し、ティンダロスの猟犬本来の意義でもあった。
200年前に交わされた約束。
共に永遠の時を闘争の為に生きる者たちの。

「戦いの後、近くにこの都市の管理者は変わる。
新たなる管理者は人外の力を欲せず、契約は受け継ぐつもりはない。」
言外の言葉は古き誓い。
そして言葉に出したのはマダム・ヴェロニカの言葉。

ゆっくりと離れ、座ったままのルーリエを見下ろしながら、別の場所も見ていた。
レクストのベルトに刺し込んだ短剣を媒介にしたレクストの状況。
その状況を知りながらも笑みを浮かべながらルーリエに問う。
「案外そちらもその気で待っていたのかな?
若い者同士随分と仲良くさせてもらっているようじゃないか。」
245 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/26(日) 05:46:27 0
>「アタシの名前か」

感情を食わせ加速した黒刃をたやすく掴み止め、鳥兜は犬歯を見せた。
封印帯が縮短し、レクストは勢い良く牽引される。弾弓もかくやの飛び蹴りが彼女に迫る。

>「XXX・XXXXXって言うんだ」

(――?)

聞き取れなかったわけではない。滑舌が悪いわけでもない。
単純に、彼女の名乗った名称を、その言葉を、どのように発音するのか分からなかった。認識できなかった。

一撃離脱の意志を込めた蹴りすらも、そのしなやかな五指に絡め取られる。

>「ああ、てめぇにゃ発音できねぇよ、絶対に……絶対だ」

気が付けば足を掴まれたまま振り回されていた。子供をあやすように、遠心力を上乗せして、放られる。
投げられた。急な浮遊感に内蔵がひっくり返る。受身をとらなければ。天地がわからない。地面が迫る。

否。
近づいているのは本当に地面か?

水だった。

「わば――」

ギリギリで着水を認識。肺いっぱいに空気を吸い込む。間に合わなくて少し水を飲んだ。汚水だ。
酷い味と匂いに胃の内容物を撒き散らしながら沈んでいく。身体が動かない。噎せたことで筋が硬直しているのだ。

(く、そ……! どっちが上だ?)

それでもどうにかして高ぶる臓腑を抑えつけ、上方を探る。明かりのない下水道の暗い水は、上下の区別すらつかなかった。
正しく一寸先は闇。五里霧中の境地を手探りで、少しでも浮上の助けとなるように水中で腕を振り回す。
軽量級の装甲服ゆえに身動きを取れず沈むのみということはないが、泳ぐ方向すら分からない暗中。

(とにかく、水から出ねえと)

振り回していた腕に何かが当たった。
いや、掴まれた。そのまま左腕を捻られ背中にピタリと押し付けられる。
鳥兜だ。腕を取られた。皮膚を擦過する水の流れが変わる。加速を感じた。どこかへ運ばれている。

(何を――)

頬にごつりと密着した感触で自分が如何なる状況におかれているかを理解した。
水底だ。苔生した石と、堆積するヘドロ。目が開かない。何も見えない。聞こえない。

闇。

《まずいな》

黒刃の声がした。未だ右手と帯とは繋がっているが、肝心の本体はどことも知れぬ水の底。
手繰り寄せるにも視界が死んだ今、腕をどう動かせば引き寄せられるか分からない。

(息が……もたねえ……!)

従士隊制式装備は水中での活動を想定していない。
帝都は内地にあり、上水道が都市部のほぼ全てを網羅している現在は河川も農業区にしか流れていないからだ。
従って市内警邏用の通常装備の中に呼吸補助術式は入っておらず、レクストにとって肺の中身だけが生命線だった。
246 :レクスト ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/26(日) 05:47:37 0
背中ごと肺を押され、強制的に息を吐き出させられる。
全身を巡る窒息の苦痛と、汚泥に沈められる悔しさとでがむしゃらに暴れるが、そもそもの地力が違う。

《そんなことじゃねえよ。『そんなことは大した問題じゃあない』……お前の身体は、》

触感以外の全てを遮断されたレクストに、聞こえぬ声がただ響く。

《お前の『その身体』はその程度じゃ死なねえ。だけどお前が今泣きそうな顔でバタついてんのは》

恐いから。
死が恐い。敵が恐い。誰も護れなくなるのが恐い。存在とともに存在意義まで消えるのが恐ろしい。

迫り来る災いから逃げ出すのは、いつも意外に簡単だ。
向かってくる風は、踵を返せば追い風なのだから。何もせずただ状況に流されることが逃げの一手になる。
負けて討ち死にするのは、いつだって戦った者だ。戦わない者に訪れるのは緩慢な死。おだやかだが汚濁した、泥のような死。

逃げるのにも工夫が要る。常に同じ方向に逃げるのでは、追い詰めてくれと言っているようなものだ。
別方向へ逃げたり、足止めを食らわせたり、隠れてやり過ごしたり、そうやって自発的に逃げる努力をしなければ逃げられない。
本当に追い詰められたとき、抗う力が残っていないから。


――そう、七年前。
レクストが人生で始めて追い詰められた日。

その日、レクスト=リフレクティアは殺された。

燃える故郷で、降魔した母に五体を引き裂かれて死亡した。


『レクスト』は、今も逃げ続けている。

"人を護る"という大義名分を両の車輪にして、『逃げた自分』から逃げ続けている。
一番必要な時期に傍にいてやれなかった妹。その尻拭いをさせてしまった兄。悲劇を肩代わりさせた父。

――そして自分を庇って刃を受け死んだレクスト=リフレクティアに。

こんなところで、こんなかたちで、俺の人生に決着がついていいはずがない!

光なき水の底で、レクストは足掻く。
肺からは容赦なく気泡が漏れ続け、手足がやがて痺れ初めても。

(俺を追い詰めて良いは――てめえじゃねえぞ、鳥兜ッ!!)

右手は動く。腰元のバイアネットに届く。
痺れた片手の不器用な操作でブレードを畳み、砲門を開く。
相手は密着している。鎧を外し、丸腰だ。この距離なら、外しようがない。

「うごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

汚水が口に入りながらも全力で歯を食いしばる。魔力を捻出し、練り上げる。
目が開けないので肩に砲身を密着させて、憶測で的を決める。そして、静かに引き金を引いた。
込められた術式は『衝撃』。不可視の闇を切り裂いて、魔導の光弾が射出された。


【自由な右腕でバイアネットを手繰り寄せ魔導弾を密着射撃】
247 :オリン ◆NIX5bttrtc [sage]:2010/09/28(火) 12:35:24 O
天井から吊るされた鎖に腕を縛られている無残な人間の姿があった
それは先刻、神殿での公開処刑にて罪人として罰せられるはずであった元従士、ジェイド・アレリイだった
背の皮は常人では見るに耐えないほど無理矢理に剥がされ、大量の血が流れたのか、こびり付いた血が赤黒く変色している
その背には、何やら魔法文字のようなものが刻まれていた。猟犬が言うには生かすための"処置"であるらしい
その他、体中に切り傷、刺し傷、殴打などの痕跡があり、肩が僅かに動くのを見るに息はしているようだ。しかし、蹴られても反応は薄い

(……此方への挑発、か。そのために、敢えて外傷が残るよう痛めつけた……と言うことか。)

人外である彼らにとって、人間を物のように扱うのは、人が食料である家畜を屠殺するのと同義だ
ましてや戦場に身を置く者。他者の生命を狩ることに躊躇など一切無い

>「魔族化しそうになればルーンがそれを強制的に引き戻す、という仕掛けだ。
他に魔族化を抑える方法が見当たらなくてな」

(……魔族化、例の赤目か。)

冷静に分析を行うオリンだが、自身の心に黒い何かが少しずつ浸食していくのを感じる
吊るし上げられたジェイドと重なる、ある光景が一瞬──脳裏に映る
磔に縛られた女性。剣や槍でその身体を貫かれ、首には横一閃に刃物で裂かれた光景が

思考とは対極に、体中に怒気や殺気が溢れる。しかし咄嗟に踏み込んだフィオナによって、それは掻き消される事となる
殺気を押し殺したフィオナは腰に下げた突剣を居合いの如く抜き、猟犬の首筋を掠め背後の壁に突き刺した

>「……ルキフェルは私たちが倒します。それまで弟を預け置くから丁重に扱いなさい。」

目先に捕らわれず、大局を見据えるに至った行動とその言葉
内心は穏やかではないはず。しかし、先刻のギルバートの言葉に響くものがあったのだろう

緊迫した空気の中、ギルバートは壁に突き立てられたレイピアを抜く
猟犬の隊長と思しき者と向き合い、言った。200年前に交わされた約束を、今果たす──、と
そして言外の言葉で、ギルバートは猟犬に向けて言い放つ。そして、

>「戦いの後、近くにこの都市の管理者は変わる。
新たなる管理者は人外の力を欲せず、契約は受け継ぐつもりはない。」

最後は人の言葉で締め括った
それに対し、幾つかの疑問が沸く。"管理者"、そして"契約"という二つの言葉
その二つを繋ぎ合わせて推測するならば、恐らく猟犬とは皇帝の管理下に置かれた兵士である
何かしらの契約により、皇帝の命に従い、駒のように行動していた
ギルバートはそれらの枷を外し、彼らを仲間に引き入れる。という算段で"約束"とやらを果たすと言い放ったのか

「共同戦線を張る事に対し、俺に異論は無い。だが、あまり時間が残されていない。
此処は下水。つまり地下だ。帝都民の魔族化、天帝城の階層を考慮すると、悠長に構えている暇は無いぞ。」
248 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/29(水) 02:47:26 0
【未完の王国】


セシリア=エクステリアが地獄に不時着したのは、彼女にとって予期し得ない事態であり不運の賜物だった。
SPINはあくまで人類の開発した転移の術式であり、人智を超越した世界間の跳躍は想定外でしかない。
後になって『魔の流出』そのものが地獄への接触による産物であることが発覚して、ようやく彼女は合点がいった。

世界と世界を隔てる不可視にして不可侵の壁。
同じ才を持つ者は向こう千年生まれないだろうと揶揄された魔導師アルテミシアさえも生涯で一度しか開き得なかった壁。
『魔の流出』は、両世界間の内圧差を減じることでこの『壁』を穿ちやすくする為の手段だったのだ。

かくしてその恩恵を最悪の形で享受し通常装備のまま『地獄』へと放り出されたセシリアにまず襲いかかったのは、
大気の代わりに地獄を満たす瘴気だった。吸い込めば肺を侵し、触れれば皮膚を糜爛させる不可視の毒。
火山地帯用に装備されていた大気保護結界が発動していなければ骨も残らず腐液と成り果てていただろう。

(現在地を調べなきゃ)

己の命さえも瀬戸際にある中で、セシリアは冷静に任務の遂行だけを考え、それ以外を頭から閉め出すことで恐怖を押さえ込んだ。
あれこれ考えれば考えるだけ無駄だと朧気に理解していたし、何より彼女にとって『地獄』という認識はまだ浅い。
どこか異国の、毒性の大気に覆われた大陸なのだとその時のセシリアは結論付けた。

空は異常なまでに赤く、暗く、そしてなにより低かった。
土は乾ききって草の一本も生えず、しかし触れた掌に砂埃が付いてこない。時間が止まったように硬化している。
セシリアが転移した場所は小高い丘の上だったが、崖の上から見た分には地平線の向こうまで荒野が続いていた。

遠くに黒く蠢く何かを見た。
望遠鏡を引っ張り出して覗いて見ると、それは一匹の獣だった。
黒い体毛に覆われ、骨が筋張る程に痩せこけ、しかし胴体の貧相さとは裏腹に眼窩からは大きな眼球が張り出している。

望遠水晶の中で、獣と眼が合った。
五里以上は離れているだろうセシリアの視線に気付いたのか、首を曲げてこちらを見て、そして。
確かに『笑った』。

あまりの不気味さにセシリアは総毛立って望遠鏡から顔を離した。
肉眼で遠い黒点を見れば、そこから動いた形跡はない。ずっとこちらを凝視している。
動悸が止まらない。血液は加熱し、灼熱感が血管を伝って体中を熱くする。呼吸がうまくできなくて、指先が震えた。

(あ、あ、あの獣……獣なのに、獣なのに!)

黒の獣には牙がなかった。つり上がった口角から見えたのは紛れもなく『人間の歯』だった。
その異常なまでにせり出た眼球も、それを支える眼窩の形状も、よくよく見れば人間のそれである。

当時十二歳の彼女でなくとも、帝国全土のどこを探したってあんな生物が存在しないことを知っている。
魔物にしたってもっと分かりやすい生態をしている。獣の身体に人間の眼と歯など、そもそもの用途からして噛み合わない。
『存在し得ない生物』なのではない。順当な進化を辿るならば『存在してはいけない』生物なのだ。

この時点で、セシリアの脳裏にこの場所が元居た所ではない別の世界なのではないかという思考が芽生え始める。
地平線までの距離が異常に短い。大地の丸みが急傾斜になっているということは、大地そのものの規模が小さいのだ。
父から直々に地学を学んでいたセシリアは、おおまかな大地の傾斜を知っている。これだけ見晴らしが良ければ測量も容易だ。

(わたし達の世界に比べて極めて小規模、かつ独自の生態系を築き、瘴気によって通常方法での生存は不可……)

まるで『地獄』だ、と思った。
お伽話に出てくる、大魔導師によって封印された魔族の生息地。
単なる伝説ではなく、数百年前に本当にあった史実であり、考古学者の研究の的となっている異世界。

とにかく地平線がある以上、荒野だけの世界というわけでもないだろう。
水場がないのが気にかかったが、何れにせよこの世界の食べ物は瘴気で駄目になっているだろうから、糧食だけが頼りだ。
249 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/29(水) 02:49:01 0
あくまで任務は『生還』ではなく『調査』。逆説、生きて帰るだけならば然程困難というわけでもない。
SPINの誤作動でここに出た以上は、この世界でも転移術式は使えるということだ。従って、小規模なSPINを組み直せば良い。
それでもとの世界に戻れるかは賭けになるが、『魔の流出』が続いているうちは高確率で帰還できるだろう。

セシリアはこの世界を『地獄』と仮定し、地質や規模などの詳しいデータをとる為に留まろうと決めた。
一秒だってこんな所には居たくなかったが、知的好奇心が優先し、何より結果を上げて父に褒められるのを期待していたのだった。

硬く乾いた荒野を行く。
とにかく前へ。この世界には太陽が存在しなく、空全体を覆う薄雲が発光して明るさを保っていたが、いつ夜になるかも知れない。
そもそも朝とか夜とかがあるのかも怪しいが、暗くなる前に身の安全を確保できる場所をみつけるべきだろう。

黒の獣は、まだ遠くでこちらを見ていた。最悪なことに、どれだけ歩いても距離が拡がることはなかった。
ピタリと併走してきているのだ。正確に、付かず離れずの距離を保ちながら。

『箒』を持ってこなかったことを後悔するのに一刻とかからなかった。
歩けども歩けども行先は荒野と低い空。本でも読みながら歩いたって転びもしないだろう。
水も糧食も圧縮術式で山ほどもって来たが、常に口の中は乾いている気がした。

変わらない景色に身体よりも精神のほうが先に参ってしまいそうになる頃、ようやく辟易する景色に変化が兆す。
地平線の向こうに背の低い建造物が見えた。それも一つではなく、群れをなして存在している。

村だ。
セシリアは無意識のうちに駆け出していた。初めこそ蜃気楼を疑ったが、薄ら寒い気候がそれを否定してくれる。
後ろでは黒の獣も同じように駆けていたが、既にその存在は彼女の脳裏から追いやられていた。

一刻二刻と走ったり歩いたりを繰り返して、ようやく村へとたどり着いた。
人の気配のない、閑散とした寒村だったが、村を築けるということは荒野よりかは安全な場所であるはずだ。
『今安全かどうか』を問われればセシリアとて首を振らざるを得ないが、12才の彼女にとって変化のない景色は多大なストレスだったのだ。

あまり大きくない村の隅から隅まで、知識欲が満足するまで調べつくしたところ、喜ばしい発見が一つあった。

人がいたのだ。
村の中央に建つ一軒家で、老人が一人暮らしていた。
他の家は全て空き家で、放棄されてから相当な年月が経っていることを窺わせた。

「こんにちは」

老人はセシリアの顔を認めると、『あまりにも平然と』彼女を迎え入れた。
どこから来たのかとか、どうしてここにいるのかとか、まず出てくるべき疑問の全てを放棄して、ただセシリアを迎えた。

逆にセシリアは老人を質問攻めにした。
回答を統合すると、やはりここは地獄で、老人は大昔に地獄へ取り残された人類の子孫ということだった。

「どうして瘴気の中で生きられるのですか」

「生きられる者だけが生き残ったんだ」

瘴気への耐性を持たぬ者は淘汰されるか、瘴気の薄い土地へと移っていった。
この村も以前は瘴気に侵されていなかったが、今はご覧の通り。老人が一人だけで、他の村民は瘴気に追われて出て行ったのだと。

「魔物は入って来ないですか?あの黒い不気味な獣とか……」

「獣?」

「荒野にいたんです。痩せこけて、目玉の飛び出た、人間の歯を持つ獣」

老人は暫くセシリアの述べた特徴を反芻すると、ようやく合点がいったという顔で、

「この世界は現世と因果律が異なる。瘴気がそうさせているのかは知らないが、地獄では眼に見えない概念が具体化するんだ。
 しばしば獣や鳥の姿をとったりするが――現世でも神の使いとして獣が出てくる神話があるだろう」
250 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/29(水) 02:51:15 0
「それじゃ、あの獣は何の概念が形を持ったものなんです」

「あれは――君に訪れる『死』の具体化だ。獣との距離は死との距離に等しい。遠くにいるうちはいいが、注意することだ」

泊まるあてがないならここに宿を用意しよう。
老人はそう言って、セシリアに寝具のある客間を割り当てた。

「夜が来る前に、面白いものを見せてやろう」

老人が誘ったのは村の端にある谷の上だった。谷は広く、そして大気が澄んでいる。吹き抜ける風が瘴気を払うのだと老人が説明した。
そして谷底にはもう一つ、建造物の群れがあった。先程の村とは比べ物にならない規模の巨大な街。そして行き交う人々が小さく見える。

「瘴気に追われた連中だ。この谷に瘴気が溜まらないことを発見し、新たに街を作っているんだ。もうすぐ完成する。
 この谷なら作物も育つし、天然の要塞は魔物をも阻む。優秀な指導者がいてな。彼を王に据えた国が出来るのも夢じゃない」

老人が一人で村に残っているのは、他の村から地獄を旅してきた者をここに迎え入れる関所の役目を果たす為だ。
瘴気に耐性を持つ老人がその役を買い、街から作物を貰ってここで生活しているのだった。

「現世に帰りたいとは思わないんですか?」

「全員が残らず帰ることができるならそうしたいがな。我々はもう家族と故郷を持ってしまった。この『王国』に」

空を覆っていた薄雲が光を放つのを止めて、夜が来た。
割り当てられた客間の寝具は寝心地こそ悪かったが、歩き通しの疲れもあってセシリアは深く昏睡した。

翌朝、薄雲が再び発し始めた光でセシリアは目覚めた。
軽くストレッチして、バックパックから水を出して洗顔。軽く朝食を摂ると、調査を再開すべく部屋を出た。
老人は朝からどこかへ出かけたのか家にはいなかった。街の方に行ったのかと戸口から顔を出すと、

黒の獣と目が合った。
セシリアの目の前に、正しく鼻先に立っていた。
濃厚な死臭に、彼女は思わずえずきながら後ずさる。

(『死』……!こんな近くまで、そんな、わたし、死んじゃうの……?)

獣の大きな瞳の中で絶望に染まりゆく自分の顔が映る。
人間の歯を剥き出しにした、見るだけで鳥肌が立つ笑顔を獣は静かに見せる。

ゆっくりと近付いて来た。

足が動かない。腰が抜けている。情けないと思うよりも、絶望感と焦燥感が勝る。
あのときすぐに帰っておけばよかった。どこで間違ったのか。死に近づくような真似をした覚えがあったか。

獣がギョロリと目を回した。死臭が色濃くなり、瞳に写りこんだセシリアの泣きそうな顔が一層歪む。
瞳の中の自分と目が合った。小さなセシリアは、怯えきった目でこちらに縋るように視線を送る。

(え……)

その頭の上に、鋭利な刃物が映っていた。
判断は一瞬。両手で床を叩き、どうにか身体を反転させる。数瞬前まで彼女の頭があった場所を、重い一撃が穿った。
凶器は爪。そしてそれを振るったのは、いつの間にか家の中に入り込んでいた剛力種によく似た魔物。

振り向けば、黒の獣が30歩ほど遠くにいた。離れたのだ。

(『死』の獣……さっきまで近かったのは魔物に殺されそうになってたから?)

死が近づけば近づくほど獣との距離も近くなる。
逆説、健康体なのに獣が近寄るということは別の死因がどこかにあるということなのだ。

(――そう、丁度今魔物に襲撃されたように!)
251 : ◆N/wTSkX0q6 [sage]:2010/09/29(水) 02:56:55 0
魔物は再び剛腕を振るい、セシリア目がけて思い切り薙ぎ払った。
バックステップで躱す。代わりに家の柱が粉砕された。戦闘能力を持たないセシリアにとって一撃でも喰らえば即死である。
即刻逃げ出した。最早なりふり構っていられない。転移の簡易術式は既に組んであったが、それより先にすべきことがある。

(『王国』の人たちに伝えなきゃ……魔物が来たって!)

村の中を駆ける。魔物が追ってくるのを感じながら、セシリアは全速力で走った。
そう広くない村の中を縦断し、谷の入り口に辿り着く。谷底へ降りるには迂回しなければならないが、そんな余裕はない。

だから跳んだ。

空中へ踏み出すと同時、飛翔術を小規模に展開。怪我するギリギリの速度を保ちながら谷底へ落下する。
半里はあろうかという深さを十数秒で下りきると、綺麗に着地して思い切り息を吸った。
魔物が来たから避難しろ、迎え撃て、そんな言葉を叫ぼうと思って、しかし喉で止まる。

誰もいない。
早朝だからではない。そもそもこの谷底の街には、人の息吹と言うか、生活感というものが微塵も漂っていなかった。
傍の一軒家の戸を開ける。鍵がかかっていない。中を覗き込むと、埃だらけの居間で、何かが散らばっていた。

人の骨だった。
一世帯分が襤褸切れになった絨毯の上に並んでいた。

「そ、んな……昨日は確かに、人が作業していたのに。人が動いているのをこの目で見たのに!」

頭のどこかで、何かが繋がった感触があった。
家を出て、昨日老人が建造途中だと言っていた一画を見る。
端折れた木材が、積み上げられた石が、打ちっぱなしの煉瓦が、作業途中のまま風化していた。もう何十年も触った形跡がなかった。

「ああ、あああ……」

何故あの老人には『死』の獣が見えていなかったのか。
あの老人は、食事すら採っていなかった。セシリアを泊めている間も一切何も口にしていなかった。
そして何より彼はセシリアについて深く追求せず、ただ街を見せただけで踏み込んでこなかった。

『この世界では、眼に見えないものも見えるようになる』

この街は、街全体が瘴気に土地を追われた者達の『希望』が具体化したものなのだ。
所詮は『よくできた幻』でしかないのに、人々は希望に縋りつくが故にここに安住を決め、そして瘴気に侵され死んでいった。

人々が夢に見た街は、理想の王国は、もう何十年何百年もの間――おそらくは永遠に、完成しない。
未完成のまま、死に絶えた者達の亡骸を抱えて時を経つづけるのだ。

あの老人はかつて人々がここに遺した最後の知識と、セシリアの知識欲とが合わさって生まれた都合の良い案内人。
そして誰かが願った『忘れ去られたくない』という想いが形をとったものなのだろう。

酷い世界だと思った。
垣間見た希望を叶える幻を見せて、ゆっくりと殺していく捕食の摂理。
意地の悪いシステムを、一体誰が作ったのだろうか。アルテミシアか?一体なんの為に。

きっとそれは、力ある魔族を適当に満足させて大人しくさせるための苦肉の策なのだろう。
降魔術という外法が流行るように、もしかしたら現世の人間にも、幸福な幻を見たまま死にゆくことを望む者がいるのかもしれない。


後に帰還したセシリア=エクステリアが管理局に提出した報告書は、冒頭に一文が添えてあった。


――『未完の王国にて』


【ミカエラ先生のロールで『地獄』についての言及があったので少しばかり掘り下げを。本編はもう一日ほどお待ちください】
252 :名無しになりきれ[sage]:2010/09/30(木) 00:57:53 0
赤のナイトは、これからエレベーターで屋上に向かうと言った。
屋上に向かうということは、つまり真雪を置いていく可能性が高い。
「まっ…て…」
「喋っちゃだめだよぅ、噛んじゃって顔の水疱を破ったりしたら大変!
大人しくしてて、大丈夫だから、後で聞くからね」
せめて自らを簡易担架に乗せ運ぼうとする誰かに伝えなければ、と声を発した。
しかし、ほんわりとした空気を纏う看護士に止められる。
後でじゃダメなのに、間に合わないのに、と柚子は内心で悶えた。
伝えるタイミングは、すぐ訪れた。エレベーターに乗ってしまえば、僅かな隙が出来る。
「それで、どうしたの? 何か言いたいみたいだったけど」
看護士が微笑むと、柚子は一言途切れ途切れに呟いた。
「ゆ…ユキちゃん、は? ……置い、て…ゃうの…?」
「…会いたいの?」
看護士の言葉に、柚子は小さく頷く。その様子に、看護士は悲しげに溜め息を吐いた。
「…ごめんなさい…」
その一言だけで、柚子は理解する。もう、会えないかもしれない。
突きつけられた事実に柚子が泣きそうになったとき、エレベーターの扉は開いた。
そして、聞こえた。これこそが、待ち望んでいた声。彼女こそ、月崎真雪。
兔からは良い返事をもらった。ほう、と息を吐き、画面に残る兔の番号を登録する。
(これで…あとは飛峻さんに連絡して…)
そこまで考えてから、目の前のエレベーターを見る。
正確にはエレベーターでは無くその上、エレベーターの位置を示すパネル。明らかに、動いている。
10階で一旦留まり、再びエレベーターは動き出す。やがてぽん、と音が鳴り、目の前の扉が開いた。
「うわわっ!」
真雪は邪魔に鳴らないように身を引く。
派手な格好をした女性が先導していて、その後ろに男性二人…片方は飛峻が担架を担いでいた。
その隣には看護士が付き添っている。
そして、見つけた。これこそが絶望的事実。
顔を半分焼かれ、痛々しく担架に横たわる柚子を。
「…ユッコ!」
男は、困窮していた。調理の才を持ち、それを自覚し、更には使いこなす事の出来る。
いずれは世界で右に出る者などいない料理人となる筈だったのだ。その自分が一生を牢獄の中で暮らすなど到底耐えられない。認められない。
彼にとって進研に身を置き悪事を働くと言うのは、目的では無い。あくまでも、最上の料理人となると言う目的の為の、手段なのだ。
「……おいおい、悪いが俺はこの一線を譲るつもりは無いぜ。
 自白剤や拷問で吐いた証言で、進研が落とせるか? 中途半端に手を出せば、大火傷するのはアンタらだぜ」
進研は至る所に文明を貸し出している。規模を問わず国内の企業や、一部の公的機関にもだ。
一撃でトドメを刺せるだけの材料が無ければ。
例えば文明回収のストライキでもされてしまった日には、世論は公文への批判に傾くだろう。だが、だからこそ。
「進研の事なら洗い浚い吐いてやる。あんな二人が何だ。何の取り柄もない、クズが二匹死んだだけじゃないか」

彼は自身の証言が金の価値を持つであろう事を知っている。
下手に出ながらも何処と無く滲む不遜さや、双子に対する暴言は、そうであるが故だ。

「あんな奴らを殺したからと言って世界が、社会が変わる訳じゃない。だが俺は違う。
 いずれ俺は各国の財界人、高級官僚、王族、ありとあらゆる人間が俺の飯を食う為に駆け回るんだ。
 愉快痛快だろ? そうなったら、アンタにゃ特別席を用意してやったっていい。さっきの女もだ。だから……」

しかし不意に、男が口を噤んだ。不穏な沈黙が、訪れる。そして男は急に胸を押さえ、目を見開いた。
流暢に回っていた口は苦悶の形に歪んで呼吸は止まり、ただ水面に腹を浮かせた魚のように開閉のみが繰り返される。
ついには彼は直立の体勢すら保てなくなり、倒れ込んだ。
胸と喉を押さえながらのたうち回り、だがそれも長くは続かず、彼は小刻みに痙攣するのみとなる。
しかくして最後に上へと伸ばした手が掴もうとしたのは、都村か。それとも、『錬金大鍋』――彼の未来か。
いずれにせよその手は届かず虚空を掻き、彼は生き絶えた。進研は悪い組織ではあるが、悪の組織ではない。
ボスに対して表立って逆らう者はいないが、決して皆が恭順である訳でもない。進研をただの手段、踏み台としか考えていない者もいるだろう。
寧ろ、その方が多いくらいかも知れない。裏切りを防ぐ為の仕掛けは、当然施されているのだ。
「……ふむ、愚か者が一人。何処かで息絶えたか。まあ、私にとってはどうでもいい事ではあるが。それよりも」
暗がりの中で、一人の男が呟いた。  
それから声の音量を僅かに上げ、呼び付けた部下に命を飛ばす。
253 :セシリア ◆/2UVYZMEVg [sage]:2010/09/30(木) 00:58:49 0
次に言葉を繋ぐ声は、「さて」だった。
「ところで君達は『イデア』と言う物を知っているかな?
 少年の方は、『アイツ』から名称くらいは聞いているかね。
 『君』は……故郷の伝承に或いは、と言った所か。まず、伝承を伝える物自体が失われてしまってはいるだろうが。
 あぁそうだ。故郷と言えば、三代目の王女はお元気かな? 逃げ延びた事までは知っているのだが、それ以降は流石にね。
 幾ら『君』達の種とは言え、もうお亡くなりになってしまっただろうか。エメラルドブルーの瞳が麗しいお方だったが」
ふと過去を思い返すように、彼は視線の焦点を消失させる。
しかしそれも、長くは続かない。
「……話が逸れたな。イデアとは、君達に探してもらう物の事だ。
 とは言えこの世界の人間も、深くは知らない。
 精々名称だけ、それもお伽話の類だと断じられている」
言いながら、彼は先程見せた『宝』の内の一つ。純白の刀を君達に見せ付ける。
「……この刀が何故『宝』であるか分かるかね?
よく切れるから、折れず欠けず曲がらぬから、脂に汚れぬから……ではない。
そのような物が、この世界で何の役に立つ。文明を用いれば再現すら可能ではないか」
見たまえと、彼は一言。そして部屋の中央に彼の言う三つの『宝』を置いた。
取り分け純白の刀は床に深く、突き立てられている。
「時に、一般的な……哲学におけるイデアがどのような物かは、分かるかね。
……一般教養の域からは少々逸脱しているが故に、一応は説明をしようか。
甚く単純に述べるのならば、イデアとはこの世の万物を影とした時に、物体――原型に当たる物だ。
例えば花。花にはそれこそ様々な種類があるが、それらは全て影に過ぎないのだ。
そして無限の花々、影を辿った先にはイデア――つまり花の原型がある」
言いながら、彼はデスクの横に立て掛けてあった、この世界の刀を手に取る。
それを抜き、刀剣の方を床に放り捨てた。刀は小気味いい音を奏で――それからひとりでに、床を這い始めた。
純白の刀を中心に、円を描くように動いたそれは、ある一点に達すると途端にぴたりと静止する。
余談ではあるが、この現象は『イデア』を知る者にしか呼び起こせぬ物だ。
イデアには『心の目で見る』物である側面があり、つまりそれは『認識』に繋がる。
自分やその持ち物が『イデアから伸びた影の上にある物である』と強く認識しない限り。
この現象は起こらない。つまり異世界人同士が対峙したからと言って、どちらか一方が転んだりはしないと言う事だ。
また異世界人の多くは特異な『才能』を持っており、場合よっては人間であるか怪しい風体も。
挙句の果てには人の形をしてはいるが人間でない者さえいる。
彼らは『人型のイデア』から生まれてはいるが、それぞれ別の影の上に立つ者達だ。
故にそれぞれが干渉し合う事はない。
三浦啓介が尾張をイデアへの指標と見定めたのは、
彼が『特殊な才能はなく、しかしこの世界からかけ離れた世界の存在』であるからなのだ。
「分かるかね。この直線の、いずれかの彼方には……『イデア』がある筈なのだ。
武器の、機械の、本の『イデア』がね。君達にはそれを探してもらう。
無論用意な事ではない。様々な妨害が入るだろう。『イデア』の事は知らずとも、
『私の命を受け動く君達』を捕捉するくらいは、他の組織とて可能である筈なのでね」
しかし、君達にはそれに逆らう術はない。
「だが、見事その命を果たしてくれた時は、私は相応の対価を惜しまないよ。
この世界で極上の立場を求めるも良し。……元の世界へ帰りたくば、叶えよう。
『アイツ』に出来て私に出来ぬ事など、一つしか無いのでね」
――今は、まだ。
「それでは、そろそろ君達も去りたまえ。良い働きを期待しているよ」
(……結局、アレで良かったのかしら…?)
ううん、ううんと言う特有の駆動音と共にエレベーターは上層に向かっていく。
その不協和音に耳を傾けながら零は思案していた。内容は荒海について、……
(荒海銅二が死んだ。か。やったのは殉也……じゃあないわね。
……もし、私がその場に居たらきっと足手まといになっていたかもしれないけど、けど)
後味の良い物ではない。
深い知り合いと言う訳ではないが人が一人。零にとって名前のある、顔のある、形のある人が一人死んだのだから。
しかし、それを責める事が出来る者などは居はしない。だが、だからこそ零にとっては、自ら己を責めるに足る事だった。
(出来なかったんだ)
そして、無力を噛みしめる。それに死んだのは恐らく荒海だけでは無い。
少なくとも荒海やあのコックの攻撃を受けた怪我人は一人残らず死亡したとみて構わないだろう。
254 :セシリア ◆/2UVYZMEVg [sage]:2010/09/30(木) 00:59:22 0
進研にて各々の時を過ごす君達の元に、人影が訪れる。
それらはどれもが同じ体格、同じ格好、そして同じ性能をしていた。
それらは、人間では無かった。文明『人型傀儡』≪マリオネット≫。
主に危険な工事や救助の現場にて使用される、人型の物に宿る文明である。
然程珍しい物では無いが用途が用途である為に、個人や企業で大量に保有している事はまず無い。
例えば文明を取り扱う企業の、頂点に立つ男でもなければ。
『諸君、今すぐ異世界人を私の元に連れて来たまえ。
抵抗や下らぬ温情などは誰の為にもならぬので、見せぬように』
自律意思を持たないマリオネットは託された音声を再生しながら、君達の手を引く。
そうして君達は進研のビルの最上階へ、進研の『ボス』の元へと招かれた。
都市を一望出来る――分り易い『支配者』の、『勝者』の空間がそこにはあった。
「いい部屋だろう?……歓迎の挨拶は省かせてもらうよ。既に各々受けているだろうからね」
君達の正面、部屋の中央よりも少し奥に設けられたデスクに腰を掛けた男が言葉を紡ぐ。
「君達をここへ呼び付けた事には、当然幾つかの意味がある。まず初めに……これらを見るといい」
言いながら、彼はデスクから腰を上げて一歩横に動く。
そうしてデスクに並べた幾つかの物品を君達に見せる。純白の刀、魔法の本、機構の右腕。
「どれも、君達がこの世界へ持ち込んだ物だ。今や所有者は我々……と言うより私だがね。
もしも返せと言うのならば……その通りにしてあげよう。
そして、改めて奪わせてもらうよ。君達をこの場、このビルから追い出してね」
一息の沈黙を置いて、彼は続ける。
「と、これが君達を呼び付けた理由の内の二つだ。
 つまり君達の財産は今や私の財産である事を明確にして。
 並びに、この世界での君達の立場を教えておこうと思ってね」
微かな嘲笑を、彼は零す。
「さあ、良いのだよ? 別に「自分の財産を返せ」と叫んでも。
ただその行為の果てに君達が辿る末路について、私は一切の保証をし兼ねるだけだ。
 この現代にて、君達がどれだけ生き永らえられるのか見物ではないか」
君達には、ただ一人でこの世界を生き抜く術があるだろうか。
化物としか言いようの無い姿形で、人の世を生きていけるだろうか。
何の才覚も無しに、社会を渡り切れるだろうか。
特別な『才能』があったとしても、それは君が遍く無限の『敵』から身を守るに足る物だろうか。
「――不可能だろう?」
彼の声には、現実の音律が含まれていた。
「もっとも君達が我々よりも遥かに下劣な連中に下り、
 豚の餌よりも劣悪な庇護を貪ると言うのならば、或いは……だがね」
それもまた、一つの選択肢ではある。だがその道を選ぼうものなら君達は。
この物語から遥か彼方の闇に沈み、歩んだ道も名も残らぬだろう。
「そのような結末は嫌だろう? だが、そうなる。
 私の機嫌を損ね、この進研から追い出されようものならば。
 この世界において必要な物とは、無二の至宝でも一騎当千の力でも無ければ特異な才覚でも無い。
 揺るがぬ立場なのだよ。他の物は、あくまでそれを得る為の物に過ぎないのだ」
そして、と彼は言葉を繋ぐ。
「君達三人はそれを、宝を持っていた。持って来た。ならば私は、君達に立場を与えようではないか。
 この進研の中で、少しばかりの実験を我慢すれば人並み以上の待遇が得られると言う、立場を」
三人と言うのはつまり久和、テナード、訛祢の事である。
「分かったね? それでは君達は帰ってよろしい。君達の身辺の世話は当面、
 チャレンジの連中に任せている。……まったく、現状に甘んじるとはつまり、停滞ですら無い。
 周りを取り巻く環境が不変でない以上、退化でしか無いと言うのに。連中ときたら。
 まあ、仲良しこよしの下らん連中だが、却って適任と言った所か」
僅かな嫌悪を表情に滲ませて、彼は言う。
しかして多少話が逸れたが今度こそ、君達三人に部屋を出ろと手振りを交えて命じた。
「あぁ、重ね重ね言っておくが。妙な気は起こさぬ事だ。
 この世界には連帯責任と言う言葉があってだね。君達が罪を犯せば、
 その罰が及ぶのは君達のみに留まらない。例えば猫面君、君は随分とここの面々と仲良くなったようだね?
 そして五本腕君、君はどこぞのビルで愉快な双子と関わりを持ったようじゃないか。
 最後に……訛祢君だったかな? 君は確か……そのビルの近くで一人の少年と心安らぐ一時を過ごしていたね。
 それに、今も眠り続けているあの少女……と言っていいのかは少々剣呑であるが。
 とにかく実はだね、彼女にはこの場に並んでもらいたくて覚せい剤を使用したのだよ。
255 :セシリア ◆/2UVYZMEVg [sage]:2010/09/30(木) 00:59:54 0
目の前の不思議な力の気配を醸し出す少女は、名をシノと名乗った。
奇抜な格好から(というよりも背負った棺桶を)見るに、彼女も異世界人だと私は判断した。
しかし、これだけ近距離にいて禁書の気配を感じない。
つまりは、彼女は無理矢理召喚されたわけではないのだろう。…恐らく。
私はシノから視線を逸らした。なんとなく、彼女に見透かされている気がした。
……何を?これは幸に入るのか、それとも不幸に入るのか。
私達にかけられた声は、聞き覚えのある特徴的なダミ声。
「ハ、ハルニレ!何でココに!?」
問題発生。こういう時に限って遭いたくない奴と遭遇するなんて!
最悪だ。彼ことハルニレは、少なからず(今は私だけど)ドルクスに敵対心を持っているに違いない。
ここでもう一度戦闘を仕掛けられたらどうなるだろう。
魔法を使いこなしきれない私にとって、圧倒的不利な戦いとなるだろう。それだけは避けなければ!!
「ハルニレ!今私は貴方と戦う気はないわ、落ち着いて話しあいまsy……」
「…………………ほぇ?」
ハルニレ達は歩きだす。私は一人取り残されそうになったのに気付き、慌てて追いかける。
色々ツッコミ所がある筈なのに無視なんだろうか。これは私が突っ込まなきゃいけないんだろうか。
「…………………………………………どうしてこうなった?」
ここに来るまでの道中、Tから様々な事を教えてもらった。
この世界に存在する「文明」、「進研」についてetc。長いので割愛させてもらう。
「さて、着いたぞ」
白い扉の向こうから、声が聞こえる。複数人の声。エレーナ様の魔力を使い神経を集中させる。
……何人か、禁術の気配を纏っている。まさか、この中に異世界人が?更に集中し深く探ろうとした時、Tの手がドアノブに掛けられた。
「ちょま」
「はーッハハハHAHAHAHAHAHAHAHA!失礼するよチャレンジと愉快な仲間達諸君!!」
今にも破壊しそうな勢いでTは無礼講にもドアを乱暴に開ける。
「病室では静かに」のポスターは完全無視かこの黒子野郎。
Tが出入り口を塞ぐように立っているから、入るどころか中の様子を見ることすら難しい。
「そんなに警戒しないでくれ賜えよ!嗚呼それともこの私の美貌に酔いしれているのk「ねーよ!」
分かりきっていてもツッコまずには居られなかった。クッ、恐るべしエレーナ様のツッコミ体質。
「そんなにハッキリ言わなくても…まあ良いか。
 皆が溜息を吐く程に見とれる私の美貌と、今回こんな狭っ苦しい病室を訪れた理由にさしたる因果は無いからね」
どうしてそうなる。幸せな脳味噌の持ち主なんだろうな、ある意味羨ましい。
「ほほう、君達が噂の異世界人達かね。ん?そこの少年、私の顔に何か付いてるかな?
 私?ああそうだ、自己紹介しなくてはね。私の事は「T」、とでも呼んでくれ。
 派閥は改革派「赤ペン」。夢に出るまで脳に刻みつけておくといい」
「夢に出るとか悪夢のレベルだろjk…」
「ところで、だ。こんな場所に敵対関係である筈の私が何の用かと言いたげな顔だね!
 入っておいで、エレーナ君!彼らは、君と同じく異なる世界からの訪問者達さ!」
俺のツッコミは無視され、手を引かれて病室へとエスコートされた。男だけど。いや今は女だけど。
特徴のない平凡そうな少年。優しそうな顔立ちをした女性。猫の頭を持つ片腕の男。
露出度の高いボンテージを着た女。余計に腕の生えた(恐らく)女性(いや、男か?)。
………濃い。濃すぎる。一部を除いて誰が異世界人だか分からないぞ、このレベルは。
そして最後の1人。眼鏡を掛け、キリン柄の妙な服を着た、俺。俺?
「え、エレーナ様!?」
仰天し、脱兎の如く駆け寄る。
「そんな、折角精神交換してまで貴女を逃がしたっていうのに……!」
まさか、エレーナ様まで捕まっていたとは、何とトロ臭いお方か。しかし、自分はこんな珍妙な格好をしていたっけか。
自分はこんな髪の色だったか。まず、眼鏡なんて掛けていただろうか。彼は、エレーナ様では無かったのだ。
失念していた。"並行世界の異なる自分"の存在が居ることをすっかり忘れてしまっていた。
「"エレーナ様"?一体どういう事かな、エレーナ君?」
案の定、疑念の視線を含んだTの言葉が俺にふりかかり、額に冷や汗がぶわりと湧き出る。
「……エレーナ君、人は嘘を吐くと汗の味が変わるらしいのだが、一体どんな味なんだろうn」
「スイマセン嘘吐いてましたサーセンだから舌舐めずりしながらコッチ来ないで欲しいッスーーーー!!」
変態から一番離れた、地味な少年のベッドの側へと逃げ込む。
しばらくの間変態との睨み合いが続いたが、諦めたかのように視線を逸らしたのだった。
256 :セシリア ◆/2UVYZMEVg [sage]:2010/09/30(木) 01:00:52 0
「食べながらでいいから、私達の話を聞いてくれる?」
暫くして、八重子がそう切り出した。食べる手が止まり、八重子を凝視する。
「私達は「進捗技術提供及び研究支援団体」、通称進研。まあ、簡単に言えば色んな所に「文明」を貸し与えたりする組織ね。
 ここは、進研が所有する建物の一つ。貴方達、相当酷い傷だったから此処に運んだのよ」
唯一医療施設があったから、と締めくくった八重子の言葉を、今度はCが引き継ぐ。
ピンヒールの踵を鳴らし、ガーターベルトに仕舞っていた鞭を片手に教鞭を取る。
「進研には、数多のサポーターと彼等に指令を出す20人余りの幹部、そしてボスという構成で成り立っているわ。
 他にも幹部達をまとめる幹部長、ボス直属の部下や極秘任務実行隊なんてのも存在するらしいけどね。
 サポーターは進研の敷地内では規定の団員服を着用する事を義務付けられ、幹部ごとにチーム編成される。
 それなりの功績を残して幹部に昇進すれば、ボスに認められた証として"アルファベット"を名乗る事を許され、様々な特権を与えられるわ。
 ……ま、わざわざアルファベットを名乗らずに幹部をやってる奇人もいるけど」
そう言うと、肩を竦める。成程、アルファベットが書かれた腕章を付けた人間は幹部という事か。
「ああそうだわ。肝心な事を忘れるとこだった」
ヒュン、と鞭が鳴る。指示棒のように振り回すのは彼女の癖なのか。 耳障りな音だが、敢えて何も言わず静聴する事にする。
「この組織にはね、内部に幾つか派閥が存在するわ。正確な数までは知らないけどね。
 それぞれが、それぞれの野望や志を持って活動している。反りが合わない幹部やその部下達は、無論お互いに非常に仲が悪いの。
 それこそ、小競り合いなんて日常茶飯事レベルね」
それは組織として如何なものか。危うく喉まで出かけたツッコミを飲み込み、Cの説明に耳を傾ける。
「その中で、私達は「チャレンジ」という派閥に属しているわ。進研の中では、かなり異端な存在ね」
「進研の殆どが、荒くれ者で悪事を働いたり暴れる事が好きな連中が多い。
 けど、「チャレンジ」ではそういうのは一切御法度なの。ま、リーダーの意向ね。
 お陰で他の派閥に見下されたり、ボスからの信用も低いわ。だからこそ、出来る事もあるんだけどね」
静かな病室に、ピンヒールが床を踏み鳴らす音がよく響く。
喉が渇いたのか、鞭で器用にマグカップを取り、中身を一気に飲み干した。
「で、ここからが本題よ。私達は、通称「ゼミ」と呼ばれる過激派組織と争ってるわ」
「…………それが、何だ?」
「貴方達の力を、貸してほしいの。勿論、タダでとは言わない。
ここに住む間の生活面は、私達が全面的にサポートするわ。 食事も衣服も寝床も、貴方達の身の安全も、私達が保証する」
テナードは他の面子に目配せする。 ああは言っているものの、彼女らが何を考えているのか、皆目見当がつかない。
「…………もし、断ったら?」
「どうもしないわ。どちらにせよ、私達は貴方達を保護する義務がある。
 ただ、貴方達の身の安全の保証は無くなるかもしれないけどね」
まるで脅しだ。可愛い顔して、結構えげつない女である。ここは、今は黙って彼女らに従うのが得策だろう。
彼女らの領域に居る限り、自分達の命は彼女らの掌の上とも考えるべきか。
「…………分かった。協力すると約束しよう。但し、元の世界に帰るまでだ」
「ア、アァ。了解ダ」
有り合わせの道具で瞬く間に簡易担架を組み立てた少女「佐伯零」に促され、飛峻は慌てて持ち手を掴む。
有無を言わさぬその口調に半ば反射的に従ってしまったが、飛峻と対面のオサム君以外の三人は医療の心得があるのだから適材適所と言えよう。
「……アンタも色々と大変そうだナ」
「ハハハ……」
思わずオサム君と苦笑いをしつつ、続けて響く合図の声で同時に担架を持ち上げる。
向かう先はエレベーター。屋上で待機している手筈の兎たちの下へ柚子を搬送するためだ。
既に展望ホール内のヤクザは掃討されており、飛峻たちの行く手を阻む者は居ない。
地面に伏したヤクザたちの内、まだ息のある者が時折苦しげな呻き声を挙げるが誰も気に留める様子はなかった。
先頭を行く佐伯を眺めながら飛峻はため息をつく。     
気がかりなのは彼女の言った言葉。柚子を助けることに夢中でその可能性をすっかり失念していたのだ。
つまり、彼女達と兎達が敵対しているかもしれないという可能性をである。
武術を修める者ならば種類はなんであれ、相手の立ち居振る舞いから実力を推測することは出来る。
ましてや裏社会で活動していた経験もある飛峻にとって、その能力は研ぎ澄ませざるを得なかったものだ。
257 :セシリア ◆/2UVYZMEVg [sage]:2010/09/30(木) 01:01:28 0
言ったKu-01の瞳が淡い緑に発光する。高度AIの情報処理に発生するそのエフェクトに、小鳥は目を輝かせた。
『やっだなにそれ格好良い、おれもやりたい!』
「サイバーダイブを解除します。小鳥、回線使用の許可を」
『えー? 帰んの? もうちょっと遊んでってよ』
「お断りします」
『に、にべもない! わ、わかったよ……どうせ許可しなくてもあんた出れるじゃんよう』
 器用に猫の口を尖らせながら、管理者権限を発動する。
 接続されたデバイスを確認。認識終了。
 そのデータをこっそりと記録して、『じゃあばいばい』と"退室"の準備をするKu-01
に呼びかけた。
『また遊びに来てよ。場所用意するから』
「……物理空間を用意していただけるならば、考えなくもないです」
 そうして、Ku-01は傾いた視覚領域を立て直す。かしゃりとモノアイが音を立てた。
 接続良好。異常はない。
 エネルギー残量にもまだ余裕がある。
「運行に問題なし」
 機械に繋がっていたウィップコードを抜き去り、少し考えてから三つ編みを解く。
 癖もなく広がった人工頭髪を、頭頂より少し下で結い直した。
「それでは行動を開始します」
廊下を駆ける八重子。一向に訛祢が見つからない事に、彼女は焦燥していた。
まさか、手遅れだったのか。しかし、運は彼女に味方したらしい。
「はぁ、はぁ、琳樹さん!」
琳樹の肩越しに八重子の姿を視認したKは、踵を返す。そして、八重子が向かって来る方向とは逆の方へ去っていった。
八重子はKの存在には気づかず、琳樹の目の前で一旦ストップし、肩で息をする。
現在地を確認し、八重子はゾッとした。なんと、彼は危うく「ゼミ」の敷地内に入ってしまう所だったのだ。
「(か、間一髪ってまさにこの事ね……)」
ハァーッ、と長く深い溜息を吐く。安堵と疲れからくるものだった。額の汗を拭い、琳樹に微笑みかけ、彼の腕を掴んだ。
「戻りましょう、琳樹さん。色々と説明したい事もありますし」
ゼミの敷地内から離れるように、もと来た道を歩き始める。こんな所に長居は無用だ。
そろそろ、あの猫人間や五本腕も目を覚ましている頃だろう。
腹も空かせているだろうし、スープを持っていってやる事にしようと思い立った。
「八重子!」
後方から声がかかる。二人分のスープ皿とコップを載せた盆を持ったまま振り向いた。
Cだ。より露出度の高いボンテージとピンヒールに着替え、訛祢を挟むように並んで足並みを揃える。
手に、カルテではない書類を手にしていた。
「その書類、何なの?結構ぶ厚いみたいだけど」
「ああ、これ?あの猫頭、右腕に妙なモノ仕込んでたみたいだから、研究班に解析を頼んだのよ」
Cの話を要約すると、こういう事である。
猫頭の彼、テナードの傷を治療する際、次々と文明が使用不可能になるというアクシデントが発生。
まさかと思い解析すると、彼の右腕が文明の効力を無効化させてしまう事が判明。
やむを得ず、右腕のみを分離して治療したという。
「で、これがその報告書って訳──……っと、着いたわね」
ピタリとCの足が止まる。2、3度のノックの後、Cはドアノブに手をかけた。
「(………………?)」何かが左手に触れるのを、テナードは直感的に理解した。
霞が掛かったような脳で、無意識にそれが人の手である事を理解した。特筆するものでも無いが、左手も義手だ。
感触や物を掴んだりする事は出来るが、温度や気温といったものを感じる感覚は既に存在しない。
故に、彼は少し驚いていた。失われた筈の「人の温度を感じる」感覚が、左手に戻っていたから。
この手は誰のものだろう。それを確かめたくて、ゆっくりとぎこちない動きで手を握り返す。そしてそのまま、テナードは静かに覚醒した
「……ここ、は……?」               
喉が渇いているせいで、掠れたような酷い声が漏れた。起きぬけの寝ぼけ眼で、起き上がろうとする。
「いっ!…………っ痛う……」
起き上がった瞬間、腹部に数瞬痛みが走り、反射的に身体をくの字に折り曲げて強張らせた。
痛みに耐えられず、右腕で体を支えようとして違和感を覚える。
右腕が、無い。肩から先が、まるで最初から何も存在しなかったかのように、消失していた。
朧気な記憶の中、誰かが自分の右腕を取り外した事を思い出す。
参ったな。そんな事を呑気に考え、フと自分の左手と繋がれた相手を見る。
「い、色白……?」
驚きが入り混じった声が出る。手の主は、所々に包帯を巻いて患者服を着た、色白の五本腕だった。
「…………えっ、と。……お…おはよう?」
何と言えば良かったのか分からず、何故かおはようの挨拶をしてしまった。
258 :セシリア ◆/2UVYZMEVg [sage]:2010/09/30(木) 01:02:00 0
鰊は必死に足止めしていた。やつらの突撃は凄まじい。もう何人殺されたかわからない。
実際のところ、彼らは帰ろうとしているだけなのだが、鰊にそんなことがわかろうはずも無い。
職務に誠実であれ。鰊の考えだった。職務以外の事には特に注意を払わない彼だったが、職務についてだけは、
変質的なまでに拘りを貫いてきた。
やらないこととやることが解っていただけだとも言える。慇懃で無礼な男だった。
(おや)                          
突撃の指向性が変わる。見れば、ついさっきまでいた美少女の片割れが消えていた。疑問を抱き、解決に向かう。
すなわち鰊は電話をした。
「兎、どう言うことだ」
「片方しかうまくいかなかった」
「どうすればいい、捕まえるか?」
「イ`、捕まえなくていいわ。妹でもないのに爆発されたら困るし」
そこでその鰊は死んだ。頭上から鉄パイプが降ってきたのだ。ふむ、と鰊は思う。よくわからないが、このまま
足止めすればいいらしい。肉の壁で押し止めている現状、そう長くは持たないが。
脳が劣化してきている。鰊は薄々感づいていた。コピーし過ぎたのだ。歩みは遅いが、根本的な死が近付いてき
ている。潮時だ。
「良ーい?今度弓瑠ちゃんに手を出したら、絶対に通報してやるからね!このロリコン!」
「サッキカラ一々ウルセーゾ、ジョリー!分カッテルッツッテンダロ、何度モ言ウナ!!」
雨の降る繁華街の中、弓瑠を挟んで口論するハルニレとジョリーの姿があった。
服も新しい物に着換え、弓瑠の要望で、傘を差して三人はとあるレストランへと向かっている最中だ。
二人の口論の内容は、察して解るように弓瑠の事である。
時間は少々遡る。猫と共に風呂に入り、ひっかき傷の山をこさえて猫を洗い終えたハルニレ。
弓瑠はハルニレに傷を付けた猫の耳を引っ張り、「お前は可愛くないわ、ロマ」 と叱りつける。
「オイオイ、女ノ子ガソンナ乱暴ナ事シチャ駄目ダロ」
ハルニレは弓瑠の手から猫を取り上げてたしなめる。しかし弓瑠は反省してないのか、ハルニレを見上げ、満面の笑みを浮かべる。
明るい声でそう言うと、ハルニレの体に抱きついた。彼女の心境を知る由もないハルニレはその細い首に手を回し、笑顔で返す。
「良イゼ、何ナラ寝ル前ニ面白イ話デm「あ、アンタ何してるのよォオ―――――――ッ!!」
常識人のお帰りだった。ジョリーが帰って来た瞬間目にしたものは、ほぼ全裸のロリコンと幼女が抱き合うという衝撃的なシーン。
二人にどんなやり取りがあったか知らない彼女は、真っ先にハルニレを悪だと判断。
結果として、現在ハルニレの右頬に真っ赤な痛々しい掌の跡が残る事となった。
「クソー、思イッキリビンタシヤガッテ……コレダカラ年増ハ」
「何 か 言 っ た?」
「べッツニー………………ン?」
何かに気付いたハルニレの足が急停止する。
雨の中、傘を差さない一組の珍妙な男女がいる事に気付いたからだ。 
一人は、巨大な棺桶を担いだ奇妙な少女。もう一人は、先程出会ったばかりの人間。
「オイ、テメー!」
確か、ドルクスと呼ばれていた男。しかし、様子がおかしい。
ハルニレと戦闘していた時の覇気が、全くといっていいほど感じられない。 まるで別人だった。
それに、一緒にいたあの少女……エレーナは何処へ消えたのか。 代わりに一緒にいる少女は何者なのか。
この空気を読めない、場違いで呑気な音が鳴り響く。少女の呟きを聞いたジョリーが、反射的にハルニレを見上げる。
どうしろってんだ、と怒鳴り散らしてやりたい気分だったが、この男にも色々と聞きたい事がある。
「オ嬢チャン、俺ガ飯食ワセテヤルヨ。ドルクストヤラ、テメーニモ色々ト聞キテエ事モアルシナ」
『す、すばらしくカオス』
ひくりひくりと顔をひきつらせながら蛍光色の猫は呟く。
このビル内において神の如き視点を所持する彼は、その様相を端的にそう言い表した。
『どうしよう、なんかもうおれ全然ついてけない。つっこみとか入れる余地もない。色んなものに対応する気力もわかない』
「ご愁傷様です、小鳥」
『うん……』
素っ気ない合成音声。その主は一心で一つの窓をのぞき込んでいた。
遊のようになってしまう。短い前足で空を掻きながらその肩にたどり着いた。
『……子供?』
窓の中では、小さな子供がふらふらとビル内の廊下をさまよっていた。
迷宮化が解除された際、あらぬ場所に移動させられてしまったらしい。
荒い画質ではわかりづらいが、その不安そうな様子は見て取れた。
「葉隠准尉が保護していた者と見られます。迷宮化解除の際にはぐれたのでしょう」
『あ、ああ、あの何かものすっごいおにーさんね』
259 :セシリア ◆/2UVYZMEVg [sage]:2010/09/30(木) 01:02:38 0
「例の異世界人を、ここに連れて来たまえ。五本腕と、猫人間、だったかな? それと先程確保したと言う、淑女もだ。
 目が覚めぬようなら、覚醒剤でも打ってやればいい。下らぬ道徳心とやらは無用であるから、心するように。
 もしも反抗するのであれば、君も晴れて愚か者の仲間入りだと、世話人に告げたまえ」
命を受けた部下はただ一言。
「了解しました。ボス」

ただ一言そう返して、彼の部屋を後にする。そうして、一人の男だけが残された。
暗闇に溶け込む黒のスーツに、無造作に掻き上げた長髪。
薄暗い中で煌めく小振りな眼鏡が、冷冽な眼光により一層の研磨を掛けている。
さて、君達はボスの呼び付けに従ってもいいし反抗してもいい。
ただしそれらの行為が己の身に何を招くかは、推して知るべしである。
何せボスには、『才能』があるのだ。例えば秋人や柊が文明に非ざる力を持っているように。
料理人の男が、裏切りを切欠として突如事切れたように。人に『何か』を植え付ける才能が。
そしてその『何か』は、彼に近しい人物なら誰しもが植え込まれている。
命令に背けば、またしくじれば、愚か者の仲間入りとされてしまう。
それでも尚逆らおうと言うのならば、相応の対応がされる事を覚悟すべきだろう。

【ボスお借りしました
 ついでに秋人やらが文明じゃない異能を持ってるようだったので理由付けでも
 もし彼らがただの文明だとか実は異世界人だって言うなら、訂正しますので指摘をお願いします】

起き上がった彼の耳に入ってきたのは獣の唸り声のような、魘されるような声だった。
少しだけビクリ、として、しかし誰の声なのかと自分のベッドの隣を見る。
開けてしまえば楽なのだが、全く知らない人間だった場合の反応に困るだろうと少しだけ悩む。
そして数秒か、もしかしたら数分経ったその時に聞こえてきた声に彼はハッとする。
それは間違いなくテナードの声であり、そして彼がこの世界で無意識ながらに信用した二人目の人物である。
彼はベッドを仕切っているカーテンを開けて、テナードのベッドを見る。
「猫、」
久和はそうポツリと呟いて彼の所在無さげな左手を握る。
何故そうするかは分からない、だがそうした方がいいと、彼は思ったのである。
「……猫」
また名前を呼ぶ。そして魘される彼を不安げに見ながら、久和はテナードが起きてくるのを待つことにしたのであった。
弓瑠は不満げであった。お兄ちゃんの裸を見るのをジョリーに邪魔され、お兄ちゃんと風呂に入りたかったのに邪魔され、結局彼はあの黒猫と入る始末である。
むぅ、と頬を膨らませながら黒猫とハルニレを見やる。黒猫はあろうことかハルニレに傷を付けたのだ、許すまじ、と黒猫の耳を引っ張る。
「お前は可愛くないわ、ロマ」
いつの間にか彼女が黒猫に名付けていた名前を呼ぶ。そして彼女はハルニレを見て、
「今日私と一緒に寝よ、お兄ちゃん」
とニッコリ笑うのであった。弓瑠はその小さな身体で彼に抱き着く。そしてそのまま――といったところでジョリーのお帰りである。
「…む」
不満げに声を漏らし、ジョリーに声をかけた後彼女は言った。
「お腹がすいた」『あれ?』
「うまくいった?」       
いや、と歯切れ悪くペリカンが答える。兎は眉を潜め、もたれ掛かっていたヘリから身を離して振り返った。
『上手くいかない。座標も特定できてるし、特に拡散するような要因は無いし。……おかしいな』
「どっちが?まさか、どちらも?」
『いや、成川遥の方は圧縮できそうだけど、異世界人の方が……』
ペリカンの複合文明、“Hello World!!”は物体を圧縮する機能を持っている。物質を0と1に置き換えて、生ま
れた数列を圧縮、保存する機能。座標さえ合えば生きている物でさえそのまま捕らえる事のできるこの文明。
だが“Hello World!!”は文明そのものを圧縮する事はできない。
『まさか、この異世界人、文明持ってる?』
ペリカンの疑問に、そんな馬鹿なと兎は呟いた。ミーティオ・メフィストはつい先ほどまで監禁されていたのだ。
監禁?
「……首輪を付けられてるのかもしれない、もしかしたら。成川遥と共に監禁されていたなら」
『ん?』
「成川遥は成龍会首領の娘よ。どう言う経緯で一緒に監禁されていたのかは知らない、けれどそんな要人を異世
界人なんて化け物の近くに拘束しただけで置くかしら?」
『殺してほしかったのかも』
「かもしれない。でも、そうだとしても、何らかのイレギュラーに対しての策が必要だわ」
それが首輪か、とペリカンが呟き、どうする?と兎に尋ねた。このまま何もしないわけにはいかない。
「しょうがないわ、成川遥だけでも捕まえて頂戴」
260 :セシリア ◆/2UVYZMEVg [sage]:2010/09/30(木) 01:03:09 0
赤のナイトは、これからエレベーターで屋上に向かうと言った。
屋上に向かうということは、つまり真雪を置いていく可能性が高い。
「まっ…て…」
「喋っちゃだめだよぅ、噛んじゃって顔の水疱を破ったりしたら大変!
大人しくしてて、大丈夫だから、後で聞くからね」
せめて自らを簡易担架に乗せ運ぼうとする誰かに伝えなければ、と声を発した。
しかし、ほんわりとした空気を纏う看護士に止められる。
後でじゃダメなのに、間に合わないのに、と柚子は内心で悶えた。
伝えるタイミングは、すぐ訪れた。エレベーターに乗ってしまえば、僅かな隙が出来る。
「それで、どうしたの? 何か言いたいみたいだったけど」
看護士が微笑むと、柚子は一言途切れ途切れに呟いた。
「ゆ…ユキちゃん、は? ……置い、て…ゃうの…?」
「…会いたいの?」
看護士の言葉に、柚子は小さく頷く。その様子に、看護士は悲しげに溜め息を吐いた。
「…ごめんなさい…」
その一言だけで、柚子は理解する。もう、会えないかもしれない。
突きつけられた事実に柚子が泣きそうになったとき、エレベーターの扉は開いた。
そして、聞こえた。これこそが、待ち望んでいた声。彼女こそ、月崎真雪。
兔からは良い返事をもらった。ほう、と息を吐き、画面に残る兔の番号を登録する。
(これで…あとは飛峻さんに連絡して…)
そこまで考えてから、目の前のエレベーターを見る。
正確にはエレベーターでは無くその上、エレベーターの位置を示すパネル。明らかに、動いている。
10階で一旦留まり、再びエレベーターは動き出す。やがてぽん、と音が鳴り、目の前の扉が開いた。
「うわわっ!」
真雪は邪魔に鳴らないように身を引く。
派手な格好をした女性が先導していて、その後ろに男性二人…片方は飛峻が担架を担いでいた。
その隣には看護士が付き添っている。
そして、見つけた。これこそが絶望的事実。
顔を半分焼かれ、痛々しく担架に横たわる柚子を。
「…ユッコ!」
男は、困窮していた。調理の才を持ち、それを自覚し、更には使いこなす事の出来る。
いずれは世界で右に出る者などいない料理人となる筈だったのだ。その自分が一生を牢獄の中で暮らすなど到底耐えられない。認められない。
彼にとって進研に身を置き悪事を働くと言うのは、目的では無い。あくまでも、最上の料理人となると言う目的の為の、手段なのだ。
「……おいおい、悪いが俺はこの一線を譲るつもりは無いぜ。
 自白剤や拷問で吐いた証言で、進研が落とせるか? 中途半端に手を出せば、大火傷するのはアンタらだぜ」
進研は至る所に文明を貸し出している。規模を問わず国内の企業や、一部の公的機関にもだ。
一撃でトドメを刺せるだけの材料が無ければ。
例えば文明回収のストライキでもされてしまった日には、世論は公文への批判に傾くだろう。だが、だからこそ。
「進研の事なら洗い浚い吐いてやる。あんな二人が何だ。何の取り柄もない、クズが二匹死んだだけじゃないか」

彼は自身の証言が金の価値を持つであろう事を知っている。
下手に出ながらも何処と無く滲む不遜さや、双子に対する暴言は、そうであるが故だ。

「あんな奴らを殺したからと言って世界が、社会が変わる訳じゃない。だが俺は違う。
 いずれ俺は各国の財界人、高級官僚、王族、ありとあらゆる人間が俺の飯を食う為に駆け回るんだ。
 愉快痛快だろ? そうなったら、アンタにゃ特別席を用意してやったっていい。さっきの女もだ。だから……」

しかし不意に、男が口を噤んだ。不穏な沈黙が、訪れる。そして男は急に胸を押さえ、目を見開いた。
流暢に回っていた口は苦悶の形に歪んで呼吸は止まり、ただ水面に腹を浮かせた魚のように開閉のみが繰り返される。
ついには彼は直立の体勢すら保てなくなり、倒れ込んだ。
胸と喉を押さえながらのたうち回り、だがそれも長くは続かず、彼は小刻みに痙攣するのみとなる。
しかくして最後に上へと伸ばした手が掴もうとしたのは、都村か。それとも、『錬金大鍋』――彼の未来か。
いずれにせよその手は届かず虚空を掻き、彼は生き絶えた。進研は悪い組織ではあるが、悪の組織ではない。
ボスに対して表立って逆らう者はいないが、決して皆が恭順である訳でもない。進研をただの手段、踏み台としか考えていない者もいるだろう。
寧ろ、その方が多いくらいかも知れない。裏切りを防ぐ為の仕掛けは、当然施されているのだ。
「……ふむ、愚か者が一人。何処かで息絶えたか。まあ、私にとってはどうでもいい事ではあるが。それよりも」
暗がりの中で、一人の男が呟いた。  
それから声の音量を僅かに上げ、呼び付けた部下に命を飛ばす。
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