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学園ものTRPスレッド★2

1 :部長:2011/09/30(金) 06:01:31.09 0
文化祭やるよ!

※前スレ
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1312809171/

2 :名無しになりきれ:2011/10/01(土) 11:22:24.02 0
新富士駅

3 :名無しになりきれ:2011/10/02(日) 00:25:47.89 0
<前スレまでのあらすじ>


女子剣道部で鳴らした俺達雑用部隊は、濡れ衣を着せられ風紀委員に逮捕されたが、
拘置所を脱出し、部室にもぐった。
しかし、地下でくすぶっているような俺達じゃあない。
筋さえ通れば依頼次第でなんでもやってのける命知らず、不可能を可能にし巨大な悪を粉砕する、
俺達、雑用野郎Nチーム!

俺は、リーダー部長。通称人間サンドバッグ先輩。
殴られ役と主人公補正の名人。
俺のような天才扇動屋でなければ百戦錬磨のつわものどものリーダーは務まらん。

僕は九條 十兵衛。通称QJ。
自慢の営業トークに、顧客はみんなイチコロさ。
ハッタリかまして、ハッキングからスパッツまで、何でもそろえてみせるぜ。

私は、小羽 鰐、通称クロ子。
チームの紅一点。
ヤクザ潰しは、握力と目付きの悪さで、お手のもの!

よおお待ちどう。俺様こそウメハラ。通称バイソン。
近接戦闘は天下一品!
脳筋?狂犬?だから何。

長志 恋夜。通称サレ夫。
ポエムの天才だ。師匠でもブン殴ってみせらぁ。
でも社会復帰だけは勘弁な。

俺達は、道理の通らぬ世の中にあえて挑戦する。
頼りになる神出鬼没の、雑用野郎Nチーム!
助けを借りたいときは、いつでも言ってくれ。

4 :ぶちょー:2011/10/05(水) 03:40:53.78 0
ええい間に合わなかった!だいたい半分ぐらい書いたけどあと半分は明日書く!
なんか毎回俺が流れを遅くしてるような気がして非常に申し訳なく思っている!
めんごめんご!

5 :名無しになりきれ:2011/10/07(金) 01:17:48.18 0
部長大丈夫?
急がなくていいから、焦らずじっくりやってね

6 :部長:2011/10/07(金) 05:36:02.16 0
「――朝か」
気がつけば外はすっかり明るくなっている。俺は1つ欠伸をして、周りを見渡す。
長らく俺の足代わりとしてお世話になった松葉杖と一先ずの別れを交わしてから、
およそ一週間ぐらいか?それからはほぼこの出展スペースと部室と寮の往復だった。
ここ2日は寮にも帰ってねぇぞ。…出席日数はたぶん大丈夫なはずだ。そう思いたい。

クロ子が色々雑務やってくれるってなったから、全員それぞれの仕事に没頭が出来た。
しかし結局俺がメイド服好きだとあいつに誤解されたままなんだが。そんなこたないぞ!
だいたい週一ぐらいでそういう喫茶店に行ってるのも!偶々だから!たまたま!

カレーはバイソンに全部任せた。メインとなる料理だ、妥協は出来ないし、させない。
『いいよ、お前は他の準備仕事やらなくていい。その分、全員が納得するカレーを作れ。
 料理として出す分の食材が来るのは文化祭直前だから、色々メモりながら作ればいい。
 とりあえずスパイスとかだけ先に納品して貰ったから、なんとか研究してみてくれ。
 サレ夫にも協力するように伝えておく。俺も時々、味を見に来るから』
たしかこんな感じのことを伝えたはず。なんか無駄に気合いれてるよな俺。

そんでもってカレーが出来たのは前日。そんな前もって作ったってしゃーないしな。
俺が朝まで居たのは一応これも理由の1つである。定期的に火を通す役割なのだ。
カレーは一晩寝かすと美味いのは常識とは言え、ずっと放置じゃ菌も繁殖するからな。
いくらもう寒くなってきたとはいえ、文化祭で集団食中毒とかシャレにならんだろ。
しかし温める度にすげぇいい匂いがして、危うく食っちまうところだった。

サレ夫がコーヒー淹れるって言ってたから、ついでにドリンク云々は全部任せた。
一応喫茶店という名目上一通りの飲み物は用意しておかないとな。ジュースに烏龍茶…
そういや、結局コーヒーはコーヒーメーカーとかで淹れるの?あれどうやってるの?
俺インスタントしか飲んだことないから正直よくわかんないんだけど。まぁいっか。
あ、そうだ。そろそろ炊飯器のスイッチ入れとかねぇと。カレーの米はもちろんだが、
おにぎり作るなら熱々の米じゃちょっと微妙だし、早めに炊いて冷めさせといて…
しかしサンドイッチはともかくおにぎりの場合カレーから流用する具はどうしよう。
カツおにぎり?ハンバーグおにぎり?海老フライおにぎり?…まぁなんとかなるか。

色んな資材とかその辺の用意諸々は全部QJに一任。他にコネある奴いないしな。
ついでに全員の衣装もあいつに任せた。ちゃんと「全員の意見を尊重」させたさ。
あいつに衣装全部任せたらどうなるかわかるもんじゃねぇからなぁ。ちゃんとするのだ。

そんでもって俺は、設営だ。足が悪い間は机に座ってひたすら図面書いてた。
んでもって足が治っていざ設営、準備万端だから文化祭当日には余裕で間に合う、
とか思ってたんだがやっぱり計画通りにはいかねぇんだよな。トラブル出るわ出るわ。
手が空いた部員にも手伝って貰ったけど色んな作業が遅れに遅れて…危なかったなぁ。
結局最後は完徹、朝までかかっちまった訳だ。なんとか間に合って一安心だぜ。
客商売やる以上、全員寝不足とかはちょっとまずいよな、って思ったから、
徹夜するのは俺一人だけにして他の奴は無理矢理あがらせた。一応この辺は部長だしさ。
みんな寮にでも帰ったか、部室で寝てるか…ま、じきこっち来るだろ。

「なんとか完成したから、万事良し!」
そう、今日は文化祭当日。その朝なのだ。

「クラスでの出し物はいいのか?」って思うかもしれねぇけど、何も心配ねぇの。
一応クラスという括りはあるけど、この学園の高等部は選択授業が殆ど、つーか全部だ。
はっきり言ってクラス内の繋がりなんざ希薄もいいとこだし、ほぼ無いに等しい。
そんなまとまりのない集まりで文化祭なんつーチームワークが必要な行事なんか無理。
体育祭だってクラスごとの種目は酷いもんだったしな。しゃーねぇんだけど。
てことで何か出し物したい奴は部活とか仲良い奴の集まりとかでやってんのが大半だ。
当然俺のクラスも文化祭への参加は見送ることで早いうちに決まっていたらしい。
ま、だからこそ俺はこのN2DM部での出展に全力を注ぐことが出来た訳なんだが。
皆も、そうだろ?

7 :部長:2011/10/07(金) 05:36:46.70 0
開祭の催しのち、迎えた開店の時刻。俺は着ぐるみ。わりと有名なキャラクターの。
これで女性客の心をガッチリゲットなのである。着ぐるみが配膳する、ほらファンシー。
わりとすぐに席は満席となる。…やっぱり立地条件すげえな。俺はマイクを取り出す。
「おう集まりの皆!今日は来店に感謝する!そして!タダ飯食えるチャンスがあるぞ!
 誰か1人!従業員を指名するがいい!その従業員と勝負をするのだ!
 勝負内容はこちらで決めさせて頂く!勝利者は、飲食代を全て無料としよう!
 しかし!敗北した場合は倍の料金を貰う!それぐらいのリスクは背負うのだ!」

考えてみると着ぐるみは喋っちゃいけないとかいう不文律があった気がするが関係ない。
「俺を相手に選んだ場合の勝負内容!それは、『人間サンドバッグ』である!」
一瞬店内がざわつく。意味わかんねぇんだろうな。俺は気にせず言葉を紡ぐ。
「挑戦者は、俺を殴れ!殴って殴って殴りまくれ!俺が耐えきれなくなったら勝ち!
 殴り続けられなくなったら、その時点で負けを認めろ!俺の勝ちとなる!
 ――どうだ!我こそはという輩はいるか!?言っとくが俺はなかなか打たれ強いぞ!
 無抵抗の人間をひたすら殴り続ける、そんなことが、お前らには出来るのか!?」

「ほう、それは楽しそうだな。ひとつ、俺が挑戦してみようか」
いきなりの参加者の到来である。その声には聞き覚えがあって、恐る恐るそちらに視線。
着ぐるみ頭部の狭い視界から見えたのは、高校生離れした体格をした筋骨隆々の――。
「――生徒会庶務じゃねーか!」
「あら、私たちもいますよ」
クソ女の声。そのテーブルにはこの学園の生徒会長と書記と会計も席に着いていた。
副会長を除く生徒会勢ぞろいである。てめぇら生徒会の仕事はどうしたんだよ。
「こうやって学園祭の様子を肌で感じるのも、生徒会の仕事ですよ?」
モノローグと会話すんな!そのネタはQJが既にやってんだよ!二番煎じ乙!

「体育祭でいい勝負したばかりじゃないですか。これからも仲良くやっていきましょう。
 城戸くんだけは少し微妙ですけど、私たちはこの部にいい印象を持ってるんですよ?
 東別院さんも、人間に興味を持てたのは久々だと言ってましたし」
メカ娘の視線を追うとQJの姿がある。一体どんな魔法を使ったんだろうな。
城戸がこの部活を嫌いなのは仕方ねぇだろうなーとは思うよ。まぁ約1名のせいだけど。
「ともかく、その人間サンドバッグ、だったか?挑戦してもいいんだろう?」
庶務が立ち上がり、指をポキポキ言わせながらこちらを見てくる。威圧感ひどすぎだろ。
立ち上がるとその恵まれた体は一層映える。最強の手腕だよ、ほんと。物理的にな。
「いいよ!来いよ!俺に『まいった』と言わせてみるがいい!」

最初から本気でやるつもりなんかなかったんだろうか。庶務は二発殴っただけで
呆気なく降参の意思表示をしてきた。だけどその二発はやけに心籠ってた気がすんなー。
まぁこんな奴に二発も殴られた時点でパンピーの俺はすっかり瀕死の状態だな。
ポケモンでいうとゲージが赤くなってBGMが変わった状態。砂嵐で死ぬレベル。

まぁそんな感じで恙無く始まった訳だ、この文化祭は。ある意味超恙んでるけどな。
そんでさ、何かトラブルがあるかもしれないが、普通に終われると思っていたんだよ。
皆で、笑顔で。
少なくとも、この時はさ。
今となっては――いやもう、何も言うまい。

8 :名無しになりきれ:2011/10/08(土) 00:12:06.15 0
暫定避難所? 
学園もの雑談スレ
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1316090050/

9 : ◆89ggxEkiHQ :2011/10/08(土) 22:25:03.71 O
遅れちまってすいやせん。
明日まで待って下せぇ。

10 :梅村遊李 ◆89ggxEkiHQ :2011/10/09(日) 20:17:54.25 O
カレー…
それは先人達が作り出した、老若男女全ての層に受け入れられるまさに万人受けする料理だ。
カレールーの箱の裏さえ見れば素人ですらある程度美味いカレーを作る事が出来る。
だからこそ美味いカレーを作るというのは難しい。
更に言うなればカレーは各家庭によって味が若干異なる。
大ざっぱに分けても甘口、中辛、辛口と3つに分かれる。
まあ単純に考えれば中辛が万人受けされるだろう…って考えは素人丸出し。
俺はあえて激辛のカレーを作る事にした。
なにやら変態営業が気を利かせてスパイスを大量に準備してくれたようで激辛カレーを作るのは容易だった。
スパイスがメッチャ効いた激辛カレー…万人受けどころか一部のマニアにしか受け入れられない代物。
こんなん出した日にはまた俺が悪ふざけしたように思われるのは目に見えてる。
今回は…悪ふざけはしねェ。
カレーを作るからには悪ふざけは許されねぇんだ。
この激辛カレーを万人受けされるカレーに仕立てあげるのが、今回の俺の腕の見せどころってわけでィ。
隠し味…一口に隠し味と言っても、牛乳、バター、砂糖、チョコレート、コーヒー……と多種多様だ。
だが、俺がカレーに入れる隠し味はこんな普通な隠し味じゃねぇ…。
俺が選んだ隠し味、それは……ハーゲン○ッツ!
言わずもがな、バニラ味だ。
……これを読んでる君。
「どうせまたノリでハーゲン出してるだけだろ」
って思ってんだろィ?
半分正解、半分ハズレだ。
ハーゲン○ッツとは牛乳、バター、砂糖が高密度で濃縮された物…。
そう、カレーの隠し味には最適な物なんだよ、ハーゲン○ッツって代物はな。
俺は惜しげもなくハーゲンをぶち込んだ。
勿論旦那にも、なんちゃってシャレ男にも止められた。
だが、ハーゲンをぶち込んだカレーを味見させたら大人しくなった。
驚いたんだろうねィ。
激辛カレーなのに何故かスプーンが進んでしまう。
辛いのに何故かスプーンが止まらない、そんな感覚に襲われたんだろう。
口に運んだ時は辛さが口内を支配する…だが次の瞬間にはハーゲンの優しさが押し寄せてくる…。
そんな二面性を持つカレーの虜になっちまったんだろうねィ。
究極と言っても過言じゃないカレーが完成しちまった。
ここまでが昨日までの話。

11 :梅村遊李 ◆89ggxEkiHQ :2011/10/09(日) 20:19:41.65 O
>「おう集まりの皆!今日は来店に感謝する!そして!タダ飯食えるチャンスがあるぞ!
 誰か1人!従業員を指名するがいい!その従業員と勝負をするのだ!
 勝負内容はこちらで決めさせて頂く!勝利者は、飲食代を全て無料としよう!
 しかし!敗北した場合は倍の料金を貰う!それぐらいのリスクは背負うのだ!」
文化祭当日。
ファンシーな着ぐるみに身を包んだ旦那がルール説明をする。
そんな旦那の横に立っている俺の格好は………
「ザキの野郎…後でぶち殺したらァ」
ウェイトレス。
何故かウェイトレスの衣装を寄越しやがった。
あの野郎ふざけやがって…後で地獄見せてやるぜィ。


旦那の人間サンドバックに挑むは生徒会庶務。
ん?
生徒会メンバーも来てやがったのか。
しかし城戸さんの姿が見えねぇが…ま、いっか。

旦那は何とか庶務のパンチを2発耐えて勝利した。
1発目を受けた瞬間にもう無理だと思ったが、よく頑張ったじゃねぇかィ。
次は俺の番か…
「俺とやる奴の勝負内容は…殴って防いでジャンケンポンだ。」
説明しよう。
殴って防いでジャンケンポンとはジャンケンをし、勝った方が相手の顔面を殴り負けた方はそれを防ぐというゲームだ。

12 :梅村遊李 ◆89ggxEkiHQ :2011/10/09(日) 20:20:08.65 O
ちなみに先に鼻血を出した方が負けになる。
鼻血を出すまでは何発受けてもセーフ。
さて、俺の相手になる奴は……
>「君の相手は…この僕だ!」
学園の屋上から聞き覚えのある声が聞こえる。
>「はっはっはっ!無様だなぁ梅村君!なんだいその格好は!」
声の主は言わずもがな、城戸さんだった。
ってか…何で屋上?
「あのー。やるんだったらさっさと降りてきて下せェ。」
>「…5分程待っていろ!」

5分後、息を切らした城戸さんが現れた。
この人結構馬鹿だろ。
メガネのクセに馬鹿だろ。
既にメガネ外した本気モードになってるけど…。
「さ、それじゃあ早速やりますか城戸さん。」
>「ああ、いいだろう。この間の借りをしっかりと返してやる!
 そして鼻血を出した無様なウェイトレス姿を写真に収めてやろう!」
―――戦いの火蓋は切って落とされた。


「残念でしたねぇ城戸さん。どうやらアンタは一生俺にゃ勝てねぇみたいだ。」
大人の事情により戦いの描写は省かせていただきますが、俺は城戸さん相手に完全勝利を収めた。
>「こ…この卑怯も…」
「勝負に卑怯もクソもねぇって何回言えば分かるんですかィ?」
全く学習しねぇ人だねィ。
まあ、やっぱり一番の勝因は最初に放ったボディーブローだろうな…。
顔面しか攻撃しちゃいけねぇなんて一言も言ってないもんね。

こんな感じで始まった文化祭。
完全にコメディパートだと、読者だけじゃなく誰もが油断してたんだろう。
かくいう俺もそう思っていた…あんな事が起こるまでは…。

13 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/10/11(火) 13:56:00.46 0
>「おう集まりの皆!今日は来店に感謝する!そして!タダ飯食えるチャンスがあるぞ!
  誰か1人!従業員を指名するがいい!その従業員と勝負をするのだ!
  勝負内容はこちらで決めさせて頂く!勝利者は、飲食代を全て無料としよう!
  しかし!敗北した場合は倍の料金を貰う!それぐらいのリスクは背負うのだ!」

「やれやれ、なんとか間に合ったか……。こんなに急いだのは、
 死刑の身代わりに友を立てて妹の結婚式を見に行った時以来だな」

創造主の煽り文句に下らない冗談を被せながら 皆と合流する
細身の燕尾服を身に纏った男はつい今しがた 店の外に小さな黒板を使ったボードを立ててきた
書き連ねられた言葉の数々 ここでしか 数量限定 期間限定 早い者勝ち 本格派 98
選民意識と格安感を煽り また限定された 絶対数の少ない物を好む人の心をくすぐる魔術
オリジナルコーヒーの宣伝だ 値段もやや高めに設定してある
宝石 時計 ブランド品 それらは高価だからこそ価値があると思われるのだ
無論それ以外に通常のドリンクがある事も忘れず宣伝する
人の心には自由が必要だ 自分には道を選ぶ権利があると言う自由が

セイロン アイスティー 各種果汁飲料 通常のコーヒー etc.
ドリンクは原価の低い物を揃えるべく心がけた
細やかなサービスの追求と在庫ロスの板挟み その末に辿り着いた結論

元々カフェのドリンクの原価率は 高くて約10% 低い物では3%程度だ
原価率の高くなりがちなフードに対してドリンクで平均原価率を下げる
男の特異点 立場を変え 仮面を生み出す想像力が導き出した 喫茶経営の一般常識

「魔法はそれだけじゃない。そろそろ来る頃だろう……」

>「ほう、それは楽しそうだな。ひとつ、俺が挑戦してみようか」
>「――生徒会庶務じゃねーか!」
>「あら、私たちもいますよ」

「よしよし、いい子だ。手八丁の悪魔に宣伝を頼んだ甲斐があったな」

営業担当への個人的依頼 
その内容――理想郷の民は再び秩序の代行者達と相まみえるだろう 聖戦の時は再び訪れるだろう
要約――N2DM部には生徒会執行部が訪れる予定です。体育祭での激闘がもう一度見られるかもしれませんよ

経営者の魔法そのニ 虎の威を借る狐
N2DM部と生徒会執行部には浅からぬ因縁がある
彼らが来店する事を見越してその知名度と後光を掠め取り また過去の盛況を想起させる事で店への期待度を高める

「他にも呼べる奴がいれば、今からでも呼んでおけよ」

そうしている内に男に指名――勝負の時が訪れる
動じる事はない こうなる事は既に予想済みだった
創造主の常軌を逸した忍耐力を前には心と拳が先に砕ける
猛牛男を相手取れば 三分の一の確率で鉄拳を見舞われる
枯木さながらの体型をした男に白羽の矢が立つのは 想像に難くない事だった

「おっと、俺をご指名か。いいだろう……勝負内容は『謎々』だ。
 朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足、これなんだ? と言った具合に、何の変哲もない謎々だな」

あえて容易く看破出来る例を示した
完全なる不可能に挑む勇気を 殆どの人間は持っていない
秩序の代行者とその頂点を最強たらしめたのは 最強の名 それ自体が一因だった
賭博に溺れる人間は 運さえ向けばいつでも『容易く』負けを覆せれると そう思うからこそ泥沼に沈んでいくのだ
もしかしたら勝てるかもしれない あいつは勝っていた 自分だって勝てるかもしれない
そう思い込ませる事 相手にとって好都合な未来を『想像』させる事――経営者の魔法 その三

14 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/10/11(火) 13:58:26.23 0
「……アンタは確か、生徒会会計……だったか。
 なんだ、クロックダイルに勝てなかった雪辱を俺で晴らすつもりか?」

「クロック……?別に、あの人にもいずれ借りは返しますよ。
 そうですね、貴方は差し詰め……道中の中ボスって所です」

「……いい度胸だ」

不敵な笑みは感染する 枯木の男が右腕を高く掲げた

『いいか、想像しろ。俺は刀を持っている。一度振るえばお前が何処まで逃げようと追い縋り
 何を盾にしようと万象一切を斬り伏せて命を奪う死神の刀だ。死ねばお前の負けだ。……さぁ、どうしたらいいと思う?』

類い稀なる想像力は肉体の器から横溢して 伝染する
鋸刃を欺く凶暴さと 毒刃を凌ぐほどに凶悪な 邪悪を極めた刃が誰の目にも映る事だろう
枯木の男が右腕を振り下ろす 不遇の男が同時に動いた

「――刀が振り下ろされる前に、貴方を止めれば委細問題なし……じゃないですか?」

涼やかな声 一瞬の閃光 制服に仕込んだ分解式の薙刀が枯木の腕を止める
想像上の刃が弾き飛ばされた 直後に薙刀は枯木の喉元へ

一切の無駄を省いた 洗練の極地とも言える動作――生徒会会計の真骨頂
無駄が余りにも無いが故に 魔獣クロックダイルには動きを読まれ敗北した
が 枯木同然の男を瞬時に制圧する程度 造作も無い事だった

「……正解だ。仕方ないな、精々味わっていってくれ。あぁ、お残しはその時点で通常料金だ。
 タダだからと言って滅茶苦茶な注文をされたら堪らないんでな」

枯木の男は両手を挙げて 降伏と敗北の意を示す
謎々の答え――明らかになってしまえば下らない 誰にでも分かる解答
勝者――生徒会会計 不遇の男 その実力に見合わぬ評価を受けた男
だからこそ愚者の勘違いを誘発出来る 進んで絞首台に上がるよう唆せる

「あぁそうとも。全ての魔法は滞り無く回っている。……委細問題なし、って奴だ」

――時計の針がどのように時を刻むのかは 時計が出来上がる遥か前から決まっている
歯車 ぜんまい 錘 振り子 水晶 電力線 技師 あらゆる要素が出揃った時点で結末は確定する
故に もしも時計の針が狂ってしまったのなら
きっと時計を壊してしまう以外に その狂気を排除する術はないのだろう

15 :小羽 鰐 ◆MycOkVT6XA :2011/10/12(水) 00:39:51.84 0

「……もう、朝……ふぁ」

陽光の暖かな光が室内に差込み、机の上に突っ伏していた小羽の意識を覚醒させる。
未だぼやけるその目で周囲を見渡せば、そこに見えるのは書類の山。

「以外になんとかなった……っす」

その書類の山は、文化祭において必ずしも必要な物ではないが、
それでも出展をより円滑に執り行う為には重要な物であり、
そして驚くべき事に、他の大多数の参加者達が未だ中途となっている
大量の書類群は、このN2DM部に限って、その全てが処理済みであった。

書類の山を見つめる小羽の髪は、相変わらず陽光を弾くかの様に美しい銀色だが、
それでも何時もに比べると艶が無い。又、小羽自身の表情にも疲れの色が見えている。
そう。この書類は全て小羽一人で処理を行われたのだ。

「……多分、これで大きな問題は起きない筈っす。
 皆も、自分の仕事に集中出来た……筈っす」

そう呟いて、小羽は大きく欠伸をすると宿直室に備え付けられた入浴施設へと向かう。
流石に風呂に入らずに文化祭に参加するという選択肢は無いのだろう。
そうして小羽が浴室の扉を開いた瞬間、校内放送が鳴り響き

「……今日が、一生に残る様な楽しい一日になりますように、っす」


文化祭が、いよいよ動き始める。



16 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/10/12(水) 00:43:12.67 0
開始からそれ程時間も経っていないというのに、N2DM部が出店している教室は、早くも人口過多となり始めていた。
九條の用意した食材は、原価が通常に比べて安価である為に、値段を跳ね上げずとも
利益を生み出すことが出来、その為、文化祭の序盤は財布の中身を温存したいという少年少女達に人気を博し、

又、梅村の作り上げたカレーは前回の鍋が嘘であったかの様に上品な味を作り出し、
喫茶店に訪れた人物達を次々とリピーターと化す事に成功している。

長志の用意したドリンク。特にコーヒーは、学園祭という場所に「カップル」として
やって来た男達のプライドと、ミーハーな女達の琴線に触れたのか、これもまた好調な売れ行きを見せている。

更には着ぐるみを着た部長の開店宣言。それに伴う庶務との豪快な「勝負」が、エンターテイメント性を作り出し、
学園外からやってきた一般の参加者達の目も引き付けている。
そして、極めつけは

>「こうやって学園祭の様子を肌で感じるのも、生徒会の仕事ですよ?」

生徒会が来訪した事だったのだろう。
先の体育祭における生徒会との対戦の結末によって、N2DM部の人気は鰻上りである。
それに加えて、元来人気の高い生徒会がやってきた事で図らずとも先の対決を想起させ
「勝負」のルールも相まって場は異様な盛り上がりを見せていた。

そして、そんな盛り上がりの中、小羽は……

「カレーとコーヒー、お待たせしましたっす」

黒と白によって彩られた、スカート丈の短いメイド服。
更には、その下から時々チラリと見えるスパッツ。そして……とても残念な、相変わらずの瓶底メガネ。
そんな謎のウェイトレスと化した小羽は、テキパキと料理や飲み物を客に配って回っていた。
時折観客が小羽に勝負を申しかけるが、小羽が勝負内容を言うと、皆が皆、逡巡した後諦めて棄権する。
そんな至って平和な時間の中に、小羽鰐は身をおいていた。

(……本当に、平和っすね。皆、それぞれの仕事をしっかりやってるっす。
 今までの活動はだらけてる事が多かったっすけど……こういうのも、楽しいものだったんっすね)

今まで逆境か問題児として扱われ続けていたN2DMの現在を見て物思いに耽りつつ、
片手で器用に食器を片付けていた小羽だったが、そんな小羽に声をかける者がいた。

「すみません、ウェイトレスさん。折角の視察ですので、
 私も「勝負」をしてみたいのですけど、同じ女性同士という事で、お願い出来ますか?」

涼しげな表情を浮かべ小羽に語りかけてきたのは、驚くべき事に生徒会長その人であった。
小羽は生徒会長の真意をしるべく、しばらくじっとその顔を見つめるが、
付き合いが長い訳でもなくその真意を図る事は出来ない。
ただ、それでも一つ言える事は眼前の女性が小羽に負けるとは塵ほども思っていないという事だろう。
それを理解した小羽は、営業用のやや不似合いな微笑を浮かべ

「――――勝負内容は、私に告白して私を惚れさせる事っす」

余りに奇想天外な勝負内容を口にした。さしもの内容に、生徒会長も一瞬、戸惑いの色を見せた。
そう、先ほどから小羽に勝負を仕掛けた者達が悉く勝負の前に棄権したのは、これが原因だった。
流石に色恋に飢えた少年少女でも、こんな瓶底眼鏡に告白し、そしれ恐らくフラれる事など
そのプライドが許さなかったのだろう。
いうなれば、この場において小羽は、選んだ時点で負けのボム的なキャラだったのである。
結果、さしもの生徒会長も、これには勝負する事を辞退し、優雅に運ばれてきたコーヒーを口にする。
そんな優等生な生徒会長を見た小羽は、一瞬部長の方へと視線を向けると、再び生徒会長に視線を戻し、
一枚の紙封筒を彼女に手渡した。

「これはサービスっす。後夜祭の前にでも、封を開いて欲しいっす」

生徒会長は何か言おうと口を開きかけたが、その前に小羽はその場から歩き去っていた……

17 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/10/12(水) 00:43:58.64 0

――――ここまでは、平和だった。

繰り返し言うが、ここまでは平和だったのだ。


そうして、ようやくスタッフたちに空きの時間が出来始める時間帯。
出店者としてではなく、参加者として楽しめるようになるであろう時間帯になった時。
そこで、一つ目の事件は起きるだろう……否、事件というよりはイベントというべきか。

その時間帯を迎える直前から、彼女にしては珍しく落ち着き無く、室内を行ったり来たりし、
口を開きかけては閉じると言った動作を繰り返していた小羽だったが、
やがて意を決する様に深呼吸をした小羽が、机の上に手を バン と叩き付ける
様にして置き、宣言したのだ

「あの、部長。もし時間があるなら……その、あれっす。嫌じゃなかったらっすけど、
 これから……その、文化祭をっすね、一緒に、回ってみないっすか……?」

ボソボソとした小さな声だったが、しかし先ほどから小羽はその行動を周囲から
奇異の目で見られていた為、そんな小さな言葉でも、違うことなく周囲には届く事だろう


――――時計は無慈悲なまでに正確に、時を刻む


【エクストラ・リクエスト 依頼者:N2DM部 小羽 鰐】

依頼内容:文化祭の自由時間を、一緒に過ごして欲しい。

※この依頼は部に対しての依頼ではない為、拒否の選択肢が存在します
 この依頼をクリアする事で、小羽鰐の今後の行動に微細な変化が生じます。
 この依頼を拒否してもペナルティは発生しません
 この依頼に対する行動の詳細は、省略しても問題ありません

18 :名無しになりきれ:2011/10/13(木) 01:57:06.72 0
仕入れ担当の朝は早い。
学内搬送車で運ばれてきた本日の食材・機材を搬入して、バックヤードで検品。
小羽ちゃんが急ピッチで仕上げてくれた書類のガイドラインに沿って業者に指示を出しながら納品されてきたものを検める。

「米100、ルゥ80、野菜パックが50点、レトルトパウチは昨日までに冷蔵庫で解凍済みだから――よし、全て滞りないっ」

こういうとき寮ぐらしでホント良かったと思うよ。
このだだっ広い学園の主要交通機関はシャトルバスだけど、文化祭の従業員に限っては自転車の使用を許可されてる。
もちろん貸与品。混雑する大通りと被らないように、自転車専用の通行ルートまで設営されてる徹底ぶりだ。

「さあ、忙しくなってくるぞ。あらゆる期待に応えられるよう、あまねくニーズに応じられるよう、気合入れていこうぜ」

現在、午前7時を回ったところ。八時半の始業と同時に学園祭は火を灯す。
僕は部長に開店作業を引き継ぎ、部室から衣装の入ったダンボールを陸輸してきて開封。
部長には着ぐるみを、長志くんにはイギリス紳士が着るようなテカテカの燕尾服、梅村くんは自前で用意するんだっけ。
そしてそして小羽ちゃんにはああああああ!メイド服×スパッツ!思いつく限り最強の組み合わせ!

確信できるね。今すぐ世界を救いに行けといわれたら私財も命もなげうって救いに行くよ。
だからこの瞬間を誰にも邪魔させない!絶対にだ……!!

――――――――

>「おう集まりの皆!今日は来店に感謝する!そして!タダ飯食えるチャンスがあるぞ!
 誰か1人!従業員を指名するがいい!その従業員と勝負をするのだ!

来るべき開店時間からそう暇にすることなく、僕らの店は満員御礼のうれしい悲鳴を上げていた。
真っ白な全身タイツに身を包んだ僕は――アレだよ、雪国のスナイパーのコスプレとかそんな感じ!
頭の両脇に耳みたいな長い布が垂れてるから、もとは雪うさぎかなにかをイメージしてたんだろう。
僕ってば自分の衣装についてはまったく考えてなかったから、土壇場になって演劇部に借りに行く羽目になった。

>「こうやって学園祭の様子を肌で感じるのも、生徒会の仕事ですよ?」

部長が景気よく人間サンドバッグを自称している最中に思わぬ茶々が入った。
回転一番に駆けつけるという暇人の極みを魅せつけてくれるのは、先の体育祭で激闘を繰り広げた生徒会役員共!
いやまあ、来ることを予想して僕もいろいろ宣伝を打っといたんだけどさ。客入りに貢献してもらってるし。

>「東別院さんも、人間に興味を持てたのは久々だと言ってましたし」

生徒会長の傍にピタリと侍りながら、こっちをガン見する女生徒の姿を発見。
生徒会書記の東別院さんが、長志くんの淹れたなんだか冠詞のいっぱいついたややこしいコーヒーを傾けながら僕を見ていた。

「こんにちは九條さん。私は元気です。今日はみんなで楽しく文化祭を満喫するつもりです。何か質問は?」

「徹底的にこっちの挨拶潰してきたなあ!」

ごきげんいかが?から始めようよ!質問することも全部先に言われちゃったし!
ああでも、名前覚えてもらえたみたいだ。顧客に顔と名前を知って貰えるのは営業マンにとって代えがたい財産だ。
僕は達成感に心震わせながら、部長が庶務の人にフルボッコにされてるのを横目に東別院さんの向かい側に座った。

「当然、勝負します。私のお小遣いは月3000円です。今日のために貯金箱を破壊してきました」

「めちゃくちゃ楽しみにしてるんじゃん!ロボっぽい初期の設定はどこ行ったの!?」

「私は設定も自由自在にカスタマイズ可能です。初期の設定など、日々躍進し続ける生徒会役員には不要――書記だけに」

そう言って東別院さんは、無表情のままふっと笑った。自分の駄洒落で受けやがった……。
彼女の手元には手帳があった。よく見るとそれはおこづかい帳だった。オプションパーツはえらくアナログだなあ。

19 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/10/13(木) 02:00:08.00 0
「よござんしょ、勝負しよう。勝負方法はこっちで決めていいね」

構いません、と返事があったので僕は城戸くんに腹パン食らわせてドヤ顔してる梅村くんに頼んでカレーを配膳してもらった。
梅村くん特製、N2DM部オリジナルカレー。しかもハーゲンダッツを入れる前の、正真正銘激辛カレーだ。
用法用量を正しく守って賞味しないと翌日トイレで地獄を見るレベルの辛さである。

「この激辛カレーを何口までイケるかって勝負だ。もちろん水なし、一匙の分量は好きに決めていいけど……」
「あまりに少なすぎるなど、興を削ぐような食べ方はしない、ということですね」

よくわかってるじゃないか。これは早食い勝負じゃない。フードバトルの世界では珍しくもない『持久戦』だ。
通常、満腹中枢っていうのは食べるのに時間をかければかけるほど刺激されるから大食い勝負では速さも肝心になってくるけど。
今回は違う。食べられる量ではなく、その辛さに何口目まで我慢できるかっていう戦いだ。

「委細承知しました。匙を口に運ぶのは同時で宜しいですね」

ふふふ……まんまと乗ってきたっ!
残念ながらこの勝負、僕に分がある。何故なら僕は――『辛いものが好き』だから!!
カレーとか大好物だし、ココイチでは10辛に一味とラー油をぶち込むし、寮の部屋には暴君ハバネロを常備してある!
成人したら確実に大酒飲みになるであろうことは間違いない。

「恨みっこナシだぜ……いざ尋常に、勝負ッ――――」

――10分後。

「ごちそうさまでした」

ば、馬鹿なあああ!この冒涜的なほどに激辛カレーを完食だとお!?
てゆうか梅村くんのやつ、なんつうもんを作ってくれたんや……ハーゲン入れないとここまで違うのか。
もうヤバかったもん。一口食べた瞬間体中の穴という穴からかいたこともないような色をした汗が迸ったもん。
5口ぐらいでギブアップし――あろうことか東別院さんは、僕の食べ残しまで綺麗に平らげたのだった。

「あの……失礼なこと聞くようだけど。味覚、あるよね?」

「もちろん、美味しゅうございました。貴方は私のこの偉業に驚いているようですが、なんのことはありません」

東別院さんは――自分の顔を手のひらでぐにぐにと揉んで、ぎごちないドヤ顔をつくった。

「――私は辛いものが超大好きだった。と、それだけのことです」

ドン!と、ジャンプなら決めの大ゴマで煽り文字もついてそうな勝利宣言だった。
僕は戦いの程良い高揚感が覚めるにつけ、この後トイレで訪れる絶望を思って、机の上に頭を垂れた。

ああ楽しいなあ。お祭りの雰囲気っていうのはどうしてこんなにも人を愉快にさせるのだろう。
僕らは浮かれていて。――このあと待ち受ける事件のことなんか、ちっとも知る由もなかった。
ああ。どうして。この楽しい文化祭で、あんなことが起こるなんて――

「一体いつになったらその"あんなこと"とやらは起きるのです。それっぽいことを連ねてたらい回しにしてませんか」

もうすぐ!もうすぐなにか起きる予定なんてしばしお待ちを!
伏線だけ撒いといて何も考えてなかったとかそんなことは断じてないよ!ええそうですとも!


――――――――

20 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/10/13(木) 02:01:18.81 0
お昼の繁忙時もどうにか乗り切り、時計の針が頂点より少し右に傾いたところで僕らはようやく一息つける暇を手にいれた。
いやー、立地の力ってすげーわ。
あとこのギャンブル性ってのが上手く作用して、軽食のリピーター率が高かった。
普通は一日の間に何度も同じ店を訪れる人なんていないから、これはうちの店だけの特典だったことになる。

うまい具合に米もカレーも捌けたし、パウチの方は封さえ切ってなければ冷蔵庫に入れて明日も使える。
今のところ大きなロスもなく、順風満帆な漕ぎ出しといったところだ。
スタートダッシュのイニシアチブはでかいね。

「そろそろ交替で文化祭巡りでも行ってきますかね。午後組も合流することだし」

忘れがちだけどN2DM部は決して僕ら五人だか六人だけの部活じゃない。
今回の運営メンバーは五人だけど、普段部に顔出さない連中や、学校にすら顔出さない部員もちらほらいたりして。
午前からレギュラーで入ってる僕達は午前組、他の部員たちを午後組に分けてシフトを組んでいるのだ。
基本的に昼を過ぎたら夕食の時間まで飲食店は暇になるので、少人数でも回していけるんだよね。
同じように考えてるのはどこも同じらしく、この時間は文化祭を巡ってる顔ぶれがガラリと変わる。

「おっ。小羽ちゃーん、そわそわしてどうしたのさ。お花摘みなら今のうちに言っといた方が――」

バン!うひぃ!
僕のセクハラを受けてか受けずか、小羽ちゃんが机に手のひらを叩きつけた。
お、怒った……?

>「あの、部長。もし時間があるなら……その、あれっす。嫌じゃなかったらっすけど、
 これから……その、文化祭をっすね、一緒に、回ってみないっすか……?」

小羽ちゃんが、あの小羽ちゃんが、小羽ちゃんが。
えらく歯切れの悪い言い方だけど、その内容ははっきり聞き取れた。
小羽ちゃんが部長をおデートに誘ってる――――――!!

「N2DM部独り身組、集合!しゅうーごおー!」

僕は即座に踵を返し、部長と小羽ちゃんにバレないように声を殺して梅村くんと長志くんを招集した。
三人で円陣を組んで、部外秘の報告連絡相談を開始する。

「諸君!これは非常に由々しき事態である!我が部のアイドル小羽ちゃんが、我が部きっての非リアキングこと部長に!
 おモーションをおかけになってあらせられる!!このままじゃ僕ら、部長に一歩先を行かれるぞ!!」

僕らは基本的に他人の幸福は祝福するけど身内の果報は全力で妬む、完全無欠の独身野郎Nチーム。
ましてやそれが女の子とのアバンチュールとあっちゃあ、見過ごすわけにはいかないぜ!

「マルタイ(監視対象)はしばらく泳がせる。我々は基本的に生暖かく見守り、そのプラトニックな前途を応援しよう。
 だが……神聖なる学園で不埒な雰囲気になったら、そのときは全ての遠慮を絶ち切ってあの男の息の根を止める――!!!」


>>18も僕です

21 :ぶみょー:2011/10/15(土) 02:41:39.48 0
すまぬがもーちょい待つのだ

22 :ぶちょー:2011/10/15(土) 02:42:07.75 0
うおぅ、誰やねん

23 :名無しになりきれ:2011/10/17(月) 00:24:43.20 0
待つよー
ところで、このスレ避難所とかはつくらない方向でいくの?

24 :部長:2011/10/17(月) 16:28:23.97 0
A「ぜぇ…はぁ…そろそろ諦めてくれよ…」
B「拳の方が痛いこともある、か…」
C「殴られてるのに何笑ってんの?怖いよ!」
D「もういいよ!俺の負けでいい!これ以上はもう無理!」
エトセトラ、エトセトラ。

――――――

交代の時間の頃にはすっかり憔悴しきった俺一人。あばらとか折れてんじゃねーのか。
顔を殴るのはルール違反ってことにしたから着ぐるみの頭外しても見た目は普通だが、
実際体中痣だらけだからな。泣き言とかあまり言いたくないが正直辛いのはある。
だが結局、今のところは俺の勝負は全勝である。俺の我慢強さが功を奏しているのだ。
一度負けを認めてしまったら。自分の限界を感じてしまったら。それで決壊する。
それ以降はすぐに負けてしまうだろう。負けることへの楽さに慣れてしまった時点で。
「諦めるな。一度諦めたらそれが習慣になる」って照井優一郎も言ってたしな。
さて、とりあえず早番は上がりの時間である。遅番の面々ともいくらか合流する。

現在のところは、このコスプレ勝負喫茶は成功と言っていいだろう。大が付いてもいい。
各々が自分の役目を確りと果たしてくれた結果だ。部長としても大変鼻が高い。
バイソンの用意してくれたカレーは本当に美味しかったし、その姿もまぁ頑張った。
サレ夫のドリンクの準備も俺が思ってた以上に揃っていて文句の付けようはない。
高いコーヒーは後で俺も飲んでみたかったのに品切れちまった。ちくしょう。

>「そろそろ交替で文化祭巡りでも行ってきますかね。午後組も合流することだし」

「おう、早番は行ってきていいぞ。今日はお疲れさんだったな」
まぁさすがに俺は部長だからこれから売上金の中間点検とかいろいろやらねばならんが。
他のみんなにはせっかくの文化祭楽しんできて欲しいと思うよ。規模だけはすごいしな。
俺は別に誰か一緒に文化祭回る友達とかいるわけじゃないしなぁ。楽しめないだろ。
接客してるとカップルもやっぱり多かったりしてイライラは確かにある。リア充爆発しろ。
しかも高等部三年の城ヶ崎先輩(面識ナシ)が彼氏連れで来たりしてがっかりしたり。
おいおい!男いるなんて聞いてねぇぞ!やはり定期的に情報仕入れとくべきだったか!
あの巨乳も全部あの男のものということか!クソッ!人類新種のウイルスで死滅しろ!

それはともかく引き継ぎ業務は滞りなく終了させ、俺は椅子に座ってひとつ息を吐く。
俺の体はボロボロである。着ぐるみ脱ぐのすら億劫だ。頭だけ外して小休止。
しかしさっきからクロ子が妙に落ち着きがない。どうしたんだかな、あまり見ねぇ光景。

>「おっ。小羽ちゃーん、そわそわしてどうしたのさ。お花摘みなら今のうちに言っといた方が――」

まぁその発想は俺にもあったが、躊躇いなくそれを聞けるのは素直に凄いと思うぞ。
いくらクロ子とはいえ染色体はXXなわけだし。ほら、デリカシーとかそういうの。
ほら、机叩いたりして。クロ子怒らせたのか。あーあ、知ーらないんだー。
とか思ってたんだが、クロ子の視線は俺の方を向いていた。あれ?俺何かやらかした?

25 :部長:2011/10/17(月) 16:29:40.56 0
>「あの、部長。もし時間があるなら……その、あれっす。嫌じゃなかったらっすけど、
> これから……その、文化祭をっすね、一緒に、回ってみないっすか……?」

文化祭一緒に回ろうぜ、ってことらしい。なーんだ、ちょっと身構えた俺が馬鹿だった。
別にそれぐら軽く言ってくれてもいいのにな。遠慮するほど短い付き合いでもねぇんだ。
「んー、だけど俺一応今から仕事あるし…部長として出店から離れるのってどうなん?」
行きたくない訳じゃねぇが、俺にも部長としての責務がある訳で。蔑ろにもできまい。
「そんなことないですよ部長!ここは私に任せて、行ってきて下さい!」
横から俺にそんな言葉を投げかけてきたのは遅番のマギャーだった。あ、そうなの。
なんだか声が妙に張り切ってて「行かせたい」という感じが凄い出てるんだが、
それは一体何故なんだろうか。厄介払いか?俺って実はわりと邪魔なんだろうか?

「…そう言ってくれるならじゃあ行くか。他の奴らは、と…」
せっかく行くなら2人より3人、4人より5人だ。人数多い方が楽しい。俺はそう思う。
だが見てみるとなんかQJがバイソンとサレ夫集めて何か話してる。わりと真剣っぽい?
「…何やってんだあいつら。まぁいいや、じゃあ2人で行くか。てきとーに、ぶらぶら」
なんかその空気を壊すのもよくない気がしたので別に2人でいくのも構いはしないさ。
女子と2人で文化祭巡るとか世の男子垂涎のシチュエーションなのかもしれないが、
その相手がクロ子である時点で俺の中でその優位性は失われるのである。珍しくもない。

「そいじゃちょいと行ってくるな。何かあったら遠慮せず携帯にかけてくれりゃいい」
腕をひらひらとふって我らの出店ブースを後にする。しっかし何処から回ったもんか。
「んーと、俺が行きたいところ、でいいか?」

オカ研では何か校内ミステリスポットの研究結果の発表とかしてた。懐かしいなあの墓。
あそこの部長はあれ以降独自に調査していたらしい。俺の報告も役に立ったのかな。
他にもどうやらこの学園にはまだまだミステリスポットはあるらしい。広いもんな。
BGMとしてあのおっさんのDVDを流すのはどうかと思う。どんだけ好きなんだよ。

放送部は専ら裏方みたいだな。呼び出しとか、迷子センターみたいな役割とかさ。
放送部アイドル裏写真販売も行っているらしい。今はクロ子いるしさすがに買えないが、
あとで買いに来るのもありかもしれん。…べ、別にそんな!ただの情報収集だから!
とりあえず記号コンビあたりにはしっかり話を通しておかねぇと。どこでやってんだ。

剣道場に行ってみたらなんかキャバクラやってた。馬鹿じゃねーのよくOKしたなこれ。
いやまぁ確かに美人処の揃っている女子剣道部にはうってつけかもしれないけどさ。
実際すごい混みようである。何人並んでんだよこれ。誰が言い出したか知らんが、
その企画力、プロデュース力、マネジメント力は見習わねばなるまい。あと変態力。
ま、軽くミキティ達に挨拶したかっただけだから、目だけ合えば別に並ぶことはない。

歩いてる途中に稲坂を見つけた。あいつ体育祭に続き文化祭も実行委員統括やってんだろ。
まぁそんな実力があるからこそ、以前のルール変更みたいな強権も発動出来るんだが、
そのバイタリティはどこから来るんだよ。今もインカム付けてむっちゃ忙しそうだしさ。
邪魔しちゃ悪いから声かけずに通り過ぎようとしたが向こうから声をかけてきた。
何でも今年の後夜祭は去年までよりさらに盛大なものにするらしい。そうか、頑張れ。
まぁ俺はそんなのに参加する気はないからさっさと寮に帰って寝るつもりだけどさ。

クロ子と2人でそうやって巡る場所は、俺が――N2DM部に依頼をしてきたところや、
結果として助けるようになったところなど。小さい依頼から、大きな依頼まで。
尺の都合でカットはしているが、俺たちは常日頃から色んな依頼をやってきた。
だからこうやって校内を歩いていると、声をかけてくる奴も多い。助けに、なってるんだ。
俺たちのやってることは――決して無駄じゃないのさ。それが嬉しいんだ、やっぱり。
そして当然だが俺一人の力じゃない。むしろ俺一人でどうにかなった依頼なんかねぇ。
だから――感謝してるんだぜ、N2DM部のみんなにはさ。口では言わねぇけど。

26 :部長:2011/10/17(月) 16:30:15.95 0
しかし会う奴会う奴「デート?」とか聞いてくるんだが一体どんな目しているんだ。
俺とクロ子が?デート?はは、頭おかしいんじゃねぇのか。他の奴ならいざしらず。
いくらなんでもクロ子はねぇだろう。あり得ねえにもほどがある。笑わせんな。
そりゃ確かにこいつ眼鏡外すと相当美人だし、よく気のつく性格で助かっているし…
――あれ?

――――――

太陽が傾くにつれ、その光線は赤みを増してくる。長く伸びる影を踏んで遊ぶ子供達。
「さてと」
中庭にある椅子に腰掛ける。少なくとも俺が行きたいところには全部回った。あとは、
「クロ子はなんか行きたいとことかあるか?別に、奢るのもやぶさかではないさ」

27 :ぶちょー:2011/10/17(月) 16:36:32.63 0
遅れてすまんかった!罵ってもいいぞ!
>>23
うむ!何か連絡事項があるならスレに書けばいいしな!俺はそれをスレ汚しとは思わない!
書き込めない場合でも代理投稿スレとか探せばいくらでも存在してるしな!

28 :名無しになりきれ:2011/10/17(月) 20:20:16.07 0
「おいおいにーちゃん、彼女連れで文化祭デートっすか?」
「うざくね?マジうざくね?」
「ヘイ彼女、そんな頼りなさそうな奴ほっといて俺らと遊ぼうぜ!」

DQNがあらわれた!

29 :梅村遊李 ◆89ggxEkiHQ :2011/10/19(水) 19:41:17.18 O
昼の一番忙しい時間を切り抜け、ようやく俺達にも休憩時間が与えられた。
忙しいっつっても、城戸さんに勝った俺の姿を見て誰も俺にチャレンジして来なかったから俺自身はそんなに大変じゃなかったけど。
まあ何にせよようやく俺は忌々しいウェイトレス姿から解放されたわけだ。
さて、解放されたところで休憩時間を何に使うか…そういや何も考えてなかった。
どうしたもんか…。

ってか何かさっきから瓶底眼鏡がソワソワしてて非常に目につくんだが、何なんだ?
>「おっ。小羽ちゃーん、そわそわしてどうしたのさ。お花摘みなら今のうちに言っといた方が――」
俺が言おうとしてた事を先に言われちまった。
その発言に反応してか否か、瓶底眼鏡は机に掌を叩きつける。
そして思いも寄らぬ言葉が発せられた。
>「あの、部長。もし時間があるなら……その、あれっす。嫌じゃなかったらっすけど、
 これから……その、文化祭をっすね、一緒に、回ってみないっすか……?」
おいおいおい。
なんつー爆弾発言をしやがるんでィコイツは。
俺の目の前で冴えない旦那をリア充に進化させようとしやがった。
旦那は冴えないから旦那なのであってリア充となったらもう旦那じゃねぇじゃねぇか。
>「N2DM部独り身組、集合!しゅうーごおー!」
変態営業から招集がかけられ、不服ながらもその招集に従う。
俺だって今は独り身だが、いつかはボスと結ばれる…筈だ。
>「諸君!これは非常に由々しき事態である!我が部のアイドル小羽ちゃんが、我が部きっての非リアキングこと部長に!
 おモーションをおかけになってあらせられる!!このままじゃ僕ら、部長に一歩先を行かれるぞ!!」
「別に瓶底眼鏡が誰とくっつこうがどうでも良いが部長がリア充化すんのは納得いかねぇな。」
こうして俺達N2DM部独り身組は旦那と瓶底眼鏡を尾行する事になった。

「なんでィなんでィ。なかなか乳繰り合わねぇじゃねぇか。」
俺の予想じゃ2、3ヶ所適当に回ったら体育館倉庫にでも連れ込んだ乳繰り合うのかと思ったが…。
今まで依頼をこなしてきた所を転々と巡るだけで手も繋ぎやしねぇ。
なかなか奥手だなぁ旦那は。
それともデートだって自覚がねぇのか。

30 :梅村遊李 ◆89ggxEkiHQ :2011/10/19(水) 19:42:55.27 O
いやいや、流石に旦那だってそこまで鈍感じゃねぇ筈だけど…。
いや……あのミスター朴念仁の旦那なら可能性は無くも無いか…。
とりあえずこのまま何もアクションがねぇままじゃ面白くねぇ。
何か旦那にアクションを起こさせねぇと……
>「グスッ…もう止めてよぉ…。お金なら…渡したで…グハッ!」
>「ひゅう〜♪ナイスボディーブロー♪」
>「これっぽっちじゃ足んねーって言ってんだよ。金が無いなら親の財布から盗って来いよ。」
>「ひゃははっ。ひっでぇー。」
おやおや〜。
何やら楽しそうな事やってんじゃねぇか。
丁度良いや、あのDQN共にご協力願おう。
>「さ〜て次はどこ殴ろっかn…あ?何だよ?ゲボッ!!?」
DQNその1の肩を後ろから叩き、振り向きざまに強烈なボディーブローをくらわせてやる。
「これが本物のボディーブローってヤツだ。どうだ苦しいだろィ?顔面殴られるよりよっぽど嫌だろィ?」
だから俺はボディーブローが好きなんだよ。
アドレナリンが出てる状態だと顔面を殴られても痛くなかったりするが…
ボディーブローはアドレナリンなんて関係無しに苦痛を与えてくれる。
良いねぇ…その苦痛に歪んだ顔。
俺のSっ気がくすぐられるぜィ。
>「て、テメーは風紀委員の狂犬…梅村遊李!…ウゲッ!?」
DQNその2には前蹴りをプレゼントしてやった。
蹴り技はあんま得意じゃねぇんだが、綺麗に鳩尾に入ったみてぇで口をパクパクさせてやがる。
はははっ。
面白れー顔してんぜ、お前。
「DQNごときが俺を呼び捨てたぁいけねぇなぁ。で、残りは…」
>「まっ待て!いや、待って下さい!すいませんでした梅村遊李様!金はこの通り返しますのでどうか…」
DQNその3はカツアゲした金を俺に差し出してきた。
俺はその金をそのまま可哀想な虐められっこに投げ渡してやる。
>「あ、ありがとうございます…。」
「…さっさと消えな。俺はテメーのように自分で何も行動せずに誰かの助けを待ってるだけの野郎が嫌いなんだ。」
>「で…でも…」
「いいから消えろっつってんだよ!」
>「……はい…。」
ちっ…胸糞悪ぃ。
ああいう野郎を見てるとイライラするぜ。

31 :梅村遊李 ◆89ggxEkiHQ :2011/10/19(水) 19:44:08.66 O
>「それじゃあ俺もこの辺で…」
虐められっこに便乗してDQNその3が逃げようとする。
馬鹿め。
テメーらにはこれから働いてもらうんだよ。
「待てよ。そこのくたばってる二人起こしてあそこの冴えない男と瓶底眼鏡女に絡んでこい。」
>「えっいや…」
「何だ?テメーも呼吸困難になりてーのか?」
>「いえ!やらせていただきます!」

数分後、なんとか息を吹き返したDQNその1、2とDQNその3が二人に絡みに行く。
さあ、DQN共相手に脅える醜態を晒すがいい!
「さて、お前ら。もしこの関門を突破されたらどうするよ?
 コイツを突破されたら逆に旦那がマジで瓶底眼鏡とくっつく可能性が高くなっちまう。
 万が一を考えて今のうちに次の手を考えておかねぇと。」

32 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/10/21(金) 23:45:06.87 0
>「あの、部長。もし時間があるなら……その、あれっす。嫌じゃなかったらっすけど、
 これから……その、文化祭をっすね、一緒に、回ってみないっすか……?」

料理下手の女子が輪切りにしたネギのようにどうにも歯切れの悪いセリフを耳にした瞬間、
俺は手にしていたコーヒーカップを取り落としてしまった。
あわや教室中に流し台に激突して落下死したカップの断末魔が響くところだったが、
なんとかすんでの所で手を伸ばして救出に成功する。
勝手に殺されかけて勝手に救われた巻き込まれ型主人公のようなカップを置いて溜息を一つ。
カップを割らずに済んで安堵の一息と言うのも勿論あるが、
俺としてはそれ以上に辟易の感情を吐息に乗せて体外へと排出せざるを得ない気分だと言うのが本音だ。
あのワニ皮のような荒々しくも端整で、だがその何倍も無骨と凶暴という語句がよく似合う女の口から
あんな言葉が飛び出したのだ。どうせろくな事にはならない。
厄介ごとの種が芽吹いたとでも表現すればいいだろうか。

>「N2DM部独り身組、集合!しゅうーごおー!」

前言撤回だ。厄介ごとの種が芽吹いたかと思いきやそのまま雲の上にまで突き抜けたと言うべきだったらしい。

「まぁ、言わんとする事は大体分かるが……なんだ、言ってみろ」

>「諸君!これは非常に由々しき事態である!我が部のアイドル小羽ちゃんが、我が部きっての非リアキングこと部長に!
  おモーションをおかけになってあらせられる!!このままじゃ僕ら、部長に一歩先を行かれるぞ!!」
 「マルタイ(監視対象)はしばらく泳がせる。我々は基本的に生暖かく見守り、そのプラトニックな前途を応援しよう。
  だが……神聖なる学園で不埒な雰囲気になったら、そのときは全ての遠慮を絶ち切ってあの男の息の根を止める――!!!」

「こんな事で正論を吐いても虚しいだけだが、敢えて言うぞ。
 そんな事しか思い付かないからお前らはあの男と同列で、
 あまつさえそれ以下に成り果てようとしているんじゃないのか?」

歯止めの利かなくなった溜息を零し、その拍子に落ちてきた前髪を元に戻しつつ俺はそう言った。
皮肉の一つや二つは許されてもいい筈だろう。
何と言ってもこの先その程度じゃ利息分にもならないくらいに莫大な面倒が押し寄せてくるのはもう目に見えているのだ。

33 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/10/21(金) 23:45:40.08 0
>「別に瓶底眼鏡が誰とくっつこうがどうでも良いが部長がリア充化すんのは納得いかねぇな。」

この猛牛男も脳みそまで筋肉で出来ていそうなわりには、あの手の話に口出ししたい年頃らしい。
いや、それとも脳筋だからこそ本能的な面に忠実なのだろうか。心底どうでもいい。
ともあれこうなってしまった以上、最早行くも面倒退くも面倒なのは間違いない。
時計の歯車じゃないが、暴走しがちな物には歯止めが必要だ。
どうにも俺のキャラじゃないのは誰に言われなくとも自分が一番良く分かっている。
が、他に代わりがいないんだから仕方あるまい。
普段のストッパー組二人は仲良くラブロマンスに逃避行してあらせられるしな。

そんな訳で男三人で男女をつけ回すと言う、恥知らずにも程がある所業が始まった。
俺を頭上から見下ろす客観的なもう一人の自分が、
限りない殺意と羞恥心を以って俺の撲殺の敢行しようと喚き散らしている気がする。
心の耳を塞ぎつつ、部長と時計鰐の尾行を続ける。
いっその事、ちょっと時間制限のある文化祭巡りだと思うようにした。
そう『想像』してみれば、大して苦にもならないものだ。
時折白タイツの変態と猛牛男が上げる訳の分からん奇声さえ除けば、と言う条件付きなのが哀しい所だが。
それにしてもあの二人はつくづく

「お前らは少しマセてきた中学生女子と、精神的に二年遅れでガキっぽさの抜け切らない中学生男子か」

と言いたくなるような振る舞いだな。
創造主殿は己が今どれほど恵まれた状況にあるのかまるで気づいている様子はなさそうで、
一方で時計鰐も先ほどの誘い文句に今日の発言に使える文字数はほぼ使い果たしたとでも言わんばかりにろくに言葉も発しない。

そうこうしている内に猛牛男がそこらのゴロツキを取っ捕まえて二人にけしかけた。
地獄から逃げた先が大地獄だとは、よもやあいつらも思ってはいないだろう。
暫くもしない内に阿鼻叫喚の合唱も聞こえてきそうだ。
とりあえずこちらは合掌しておこう。いやまぁ、キャラじゃないからしないけどな。

>「さて、お前ら。もしこの関門を突破されたらどうするよ?
  コイツを突破されたら逆に旦那がマジで瓶底眼鏡とくっつく可能性が高くなっちまう。
  万が一を考えて今のうちに次の手を考えておかねぇと。」

「なんと言うか、バイソンって言うよりかは雌牛《カウ》と呼んだ方がお似合いな風情だが……。
 そうだな、やはり男女を別れさせるなら障害を多く用意してやればいい。誰だってハードルを乗り越えるのは面倒だからな。
 ついでにもっとビビらせてやるのも有効だろう。ビビリでやかましい奴は男だろうが女だろうが好かれる訳がない」

実際には真逆だがな。人間ってのは障害が多いほど恋の炎を激しく燃やすたちの生き物だ。
いわゆるロミオとジュリエット効果って奴だ。あとビビらせた方がいいってのはアレだ。吊り橋効果って奴だな。
まあどうせ猛牛男にはそんな事は分かるまい。
と言う訳で

「とりあえずこれでも、見せてやるとしよう」

指に挟んでアホ二人に見せつけたのはお化け屋敷のパンフレットだ。
こいつを折って紙飛行機を作る。
そして不良共が散り散りになる頃合いを見計らって二人へと飛ばした。
あいつらが上手く向かってくれれば御の字だが、まぁそれは創造主殿のみぞ知るだな。

「おい白タイツ、お前なら指向性マイクくらい持ち歩いてるだろう。
 あいつらの向かう先を盗み聞きしろ。先回りするぞ」

34 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/10/21(金) 23:47:40.28 0
【ついでに、なんとなくだが何人か順番を入れ替わった方が今後やりやすい気がするな
 まあ所詮は俺の戯言だ。思い当たる節がなけりゃこのまま滞りなく進めてくれ】

35 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/10/21(金) 23:58:41.46 0
【デート組と追跡組で分けるなら次は僕が先に書いちゃったほうがいいかな?】

36 :ぶちょー:2011/10/22(土) 00:41:35.09 0
それが最善だと思うのなら俺に止める理由はないよん!

37 :名無しになりきれ:2011/10/22(土) 17:57:18.11 0
「ついでにワニちゃんにお化け屋敷のネタに乗るかどうかを聞いておくともっと動きやすくなるんじゃないかな
さあ、せっかく助言してあげたんだから僕と契約して……」

なにやら白い小動物が口を挟んだが、すぐに黒神のコスプレ少女に追い回されてどこかへ行ってしまった

38 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/10/22(土) 23:09:46.53 0
――――

むかしむかし、とある街に小さな女の子がいました

女の子は、とても強い子でした
同じ年の男の子でも、その女の子には敵いません
いじわるな男の子も、悪い上級生も、女の子には勝てません
 
自分が強いと知った女の子は、その力で友達を守る事に決めました

悪い人たちをやっつける女の子の周りには、たくさんの友達が集まりました
沢山の友達は、女の子に言いました

「いじめられています、助けてください」
「悪い人におどされています、助けてください」
「ぼくの仲間を悪い人たちから救ってください」

女の子は、喜んで友達を助けました

バイクを乗り回す人たちをやっつけました
弱い人をいじめてお金を奪う人をやっつけました
とても酷いことばかりをする、大人の組織をやっつけました

仕返しにやってきた悪い人の集団も、女の子には勝てません
なぜなら、女の子は強かったからです
女の子は、仕返しにやってきた人たちを、たった一人で倒して倒してしまいました

女の子は、ヒーローでした

――――――

>「んー、だけど俺一応今から仕事あるし…部長として出店から離れるのってどうなん?」

「っ……」

小羽の振り絞るかの様な誘いに、しかし部長はつれなくそう答えた。
彼らしい、と言えばそれまでなのだろうが、しかし、この場面では、
さしもの小羽もいつもの冷静さを出せる訳も無い。
俯いて床の木製タイルを見つめ、やがて諦めたかの様に口を広げかけたが

>「そんなことないですよ部長!ここは私に任せて、行ってきて下さい!」

援護射撃を放ったのは、N2DM部の部員である楯原まぎあだった。
体育祭では体調を崩した彼女だが、今ではすっかり回復したようだ。
そして、それ以上に……以前よりも「人間らしい」態度を見せる様になった。
恐らくは彼女にも体育祭以降、なにか『悪くない』変化があったのだろう。

>「…何やってんだあいつら。まぁいいや、じゃあ2人で行くか。てきとーに、ぶらぶら」
>「んーと、俺が行きたいところ、でいいか?」

「え?あ……その……はい、っす」

楯原に背中を押された形で部長が掛けてきた言葉に、
小羽はしどろもどろになりながら返事を返す。硬くなっている普段は決して見られない
その挙動は、彼女がこういった事に慣れていない事を容易に想起させる。
自分達から離れた所で、梅村、九條、長志といった部員達が談合を開いている事にも気づかない程に、
小羽は緊張していた。

39 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/10/22(土) 23:11:39.60 0

――――部長が歩くのは、まるでN2DM部の軌跡をなぞる様な順路だった。

そして、その巡る先々で思い出は確かな暖かさとなり、部長と小羽に優しく触れてくる。


幸福になれるというオカルトグッズを、不気味な笑みを浮かべつつ押し付けてきたオカルト研究会。
彼らは、生き生きとした様子で校内心霊スポットの発表を行っている。
校内心霊スポット探し。
小羽と部長という二人きりで臨み、当時は部員ではなかった梅村と始めて遭遇した依頼だった。

人で溢れた剣道場では部長以下部員達が、なにやらキャバクラめいた出し物を催しており、
部長である神谷が、小羽と部長の関係に付いてやけに切羽詰った様子で問いただして来たのが印象的だった。
剣道部不審者捜索。
九條に始まり九條に終わった気がするこの依頼は、強さと才能と嫉妬と変態が入り混じった奇妙な依頼だった。
あの当時存在していた、厨二病少女である円と、副部長、その他部員達の確執は、大分改善されている様だ。
今では集客数で謎の張り合いを見せている程である。

出店の料理を食い漁るデ部部員や、設置された乗馬体験コーナーにいるポニー達。
その他、体育祭の実行委員や参加者の面々も、親しげに小羽達に声を掛けてきた。
ある者はライバル心むき出しで。ある者はひやかし交じりに。
体育祭――――N2DM部の最大の晴れ舞台とでも言うべきそのイベントは
各々が様々なモノを得て、知った出来事だった。
もしも体育祭を盛り上げるという依頼を断っていれば、N2DM部はこの学園において無名のままだっただろう
そして、部長と生徒会長も、歩み寄りを見せる事は無かっただろう。

始めは緊張でガチガチになりながら部長の後ろを歩いていた小羽も、
今では学園を巡る内に次第にその緊張が解け今では部長の横を歩いている。

暖かな雪の様に降り積もるその記憶は、小羽の胸を締め付ける、狂おしい程に愛しい思い出達。


40 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/10/22(土) 23:12:20.58 0
……やがて、日が少し傾き校庭に少し赤みが差してきた頃、部長は中庭の椅子に腰掛け口を開く。

>「クロ子はなんか行きたいとことかあるか?別に、奢るのもやぶさかではないさ」

「なんと……万年金欠でぼっちな部長が自分から奢るなんて、嫌な事でもあったっすか?
 ……なんちゃって、冗談っす。そうっすね……」

今まで沈黙を守ってきた小羽もようやくいつもの調子に戻り、部長をからかう様に毒を吐いた後、口を開き――――

>「おいおいにーちゃん、彼女連れで文化祭デートっすか?」
>「うざくね?マジうざくね?」
>「ヘイ彼女、そんな頼りなさそうな奴ほっといて俺らと遊ぼうぜ!」

その言葉は、DQN達によって遮られた。文化祭に不良……文章で書くと
全くもってベタベタな出来事の様に見えるが、実際、絵面を見ればそうでは無いと思えるだろう。
なぜなら、DQN達はボコボコなのだ。それこそもう、どこかの格闘漫画の主人公の怒りでも
買ったかの様に、フルボッコな形跡が見て取れるのである。半泣きなのである。
DQN達の言葉に一度はその拳を握った小羽であったが、
余りにもあまりなDQN達の様子を見て流石に哀れに思ったのか、握ったその手を開く。

「全く、私達はいつもこんな感じっすね……
 事情はよく判らないっすけど、見ず知らずの人と遊ぶのはお断りっす。
 部長――――逃げましょう、っす」

そうして、その開いた手で部長の腕を掴むと、そのまま校舎の中へと向けて駆け出す。
後方からはDQNが必死に追う声が聞こえるが、満身創痍な肺にヤニを詰めた不良に
追いつかれる程、小羽の身体能力は低くない。
と、そんな小羽の頭にこつりと何かの先端が当たる。

「紙飛行機……っすか?」

部長を引くのとは逆の手でそれを掴み開いた小羽。
その飛行機は、とある部活の出し物であるお化け屋敷の広告だった。
そして、奇遇な事にそのお化け屋敷の場所は、すぐ近くである。

「……部長。とりあえず、お化け屋敷に行って、そこでやりすごしましょうっす」

無意識に部長の腕を掴んだまま、至近距離で小羽は部長にそう語りかけお化け屋敷へと走る。
そんな小羽のその表情は、どこか楽しげなものだった。

41 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/10/22(土) 23:15:31.12 0
二場面っぽいふいんき(←何故か(ry)っすから順番に関しては、
それぞれ場面に合わせて変えていってもいいと思うっすよ

お化け屋敷に関しては行かせて貰いますっす
ただ、あんまり小羽でターン食うのも悪いので、割とサクサク行くつもりっす

42 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/10/24(月) 04:33:47.02 0
僕の真に迫る感じの提案が、N2DM部独り身組の漢たちに波紋を奏でる。
風紀委員長を追っかけはや一年、最近はすっかり尻に敷かれている梅村くんは、

>「別に瓶底眼鏡が誰とくっつこうがどうでも良いが部長がリア充化すんのは納得いかねぇな。」

と熱い義憤の気炎を吐いた。
目の前でいとも容易く行われるえげつないデートを看過できない僕らである。
ポエム星から毒電波を受信することに命をかけてる長志くんは、

>「そんな事しか思い付かないからお前らはあの男と同列で、あまつさえそれ以下に成り果てようとしているんじゃないのか?」

と、妥協を許さぬ姿勢で快諾したのだった。
やっぱ持つべきものは友達だね!同じ目的のもと集った聖戦士たちだね!!
そんなこんなで僕達は、小羽ちゃんと文化祭巡りに出かけた部長を追跡すべくストーキングミッションを開始したのだった。

>「なんでィなんでィ。なかなか乳繰り合わねぇじゃねぇか。」

「乳繰り合うってよく考えるとなかなか凄まじい言葉だよなあ。昔の人は何を考えてたんだ」

部長と小羽ちゃんはどうやらこれまでの依頼で知り合った連中と挨拶回りをしているようだった。
なるほど、N2DM部初期メンバーのふたりが連れ添うにはうってつけのデートコースだ。
ロマンチックな計らいをするじゃないか部長。

「こ、小羽ぁぁぁぁっ!?お前、こんなときに男と二人連れだなんて、その、で、でーとみたいではないか!!」

剣道部のブースに立ち寄った部長たちを出迎えた神谷さんは、アベックみたいに連れ添う二人を見て口をあんぐりさせていた。
なんかすげー露出度の高い服着てるけど、普通に風営法に引っかかるんじゃないのこの店。

「九條さんのアドバイスを全面的に受け入れたらこうなったんですが!」

神谷さんと一緒に呼び子をしていたらしき明円ちゃんが、僕の隣で眉を並行にしていた。
こっちもかなりの露出度だ。神谷さんのノースリーブに対し、明円ちゃんは深くスリットの入ったチャイナ服。
インドアスポーツらしい真っ白な足が付け根まで見えて非常に艶かしく悩ましい。
ノースリーブを着るとなんていうか弥生時代の人にしか見えない神谷さんとは違い、パズルのピースみたいに似合っている。
僕は思わず写メった。

「なにナチュラルに盗撮してんですか破壊しますよ!?」
「いやはや、流行ってるようでなによりだよ、このキャバクラ」
「人聞きの悪い呼び方しないでください! まったく、ガールズカフェって提案したの九條さんなのに」

機材の手配をする傍らで、僕は女子剣道部の方でも少し仕事をさせてもらった。
うちの剣道部は全国大会の常連なのでブースも相応に好立地でもらったらしいんだけど、なにせトップがアレだから。
あの中では頭の出来がマシな副部長から依頼を受けて、経営コンサルタントとして僕が色々とプロデュースしたのだ。

学園でも綺麗どころが揃ってると噂の剣道娘たちに、思い思いの『お洒落』をしてきてもらって。
着飾った女の子たちと一緒にコーヒー紅茶を嗜める、そんな夢の喫茶店がここに実現した。
……お洒落してきてって言われてチャイナ服着てきちゃうあたり、やっぱり明円ちゃんは明円ちゃんだよなあ。

「それにしても神谷さん、随分とうちの部長とお茶汲みの仲が気になるようだけど」
「ああ、小羽さんは主将の大のお気に入りですからねー。妹のように可愛がりたいと言ってました」
「それはそれで危ないな……」

乳繰り合っちゃうのかな?うへへ。
それにしてもすごい混雑ぶりだ、ガールズカフェ。噂じゃあ、副部長の女王様プレイがとても捗ってるらしい。
僕はお洒落してこいって言ったはずなんだけどな……。

43 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/10/24(月) 04:36:08.26 0
「っと、お店忙しいんじゃないの?なんだって二人も店の外に出てきてるのさ」
「主将はまともに接客できなくてホールから弾かれ、料理できなくてキッチンからも放り出されて呼び子なんです。
 わたしは――この往来に強い"邪気"を感じて、飛び出してきたんですが」

ああ……多分それは、僕の後ろでブツブツ呟いてるこのポエム星人から発せられた毒電波だと思います。
似たもの同士のシンパシーか、はたまたスタンド使いが惹かれあうの如く。

「ま、まあ、頑張ってよ!また様子見に顔出すからさ、思いっきり接待してね、アダルト喫茶」
「キャバクラよりいかがわしいんですけど!?」

人手の足りないホールに連れ戻される明円ちゃんと別れ、大きく遅れをとってしまった尾行を再開する僕ら。
結局その後、日が傾くまで部長たちはぶらぶらと思い出巡りをしていたのだった。
早い段階で飽き始めた僕は持っててよかったPSPでクルペッコを撲殺しながら事態の経過を見守った。
と、ここで梅村くんのトラップが発動!三匹のDQNが刺客として部長たちの前に送り込まれる!

>「さて、お前ら。もしこの関門を突破されたらどうするよ?

「というか、部長はともかく小羽ちゃんにあの戦術は効かないっしょ。哀れ生贄の三人にアーメン」

>「とりあえずこれでも、見せてやるとしよう」

長志くんがチラシを折って紙飛行機をつくり、ついーっと二人の背中へ投じる。
夕暮れの風に乗った紙製の翼は、DQNから逃走する小羽ちゃん――部長と手ェつないでる!――の額へと神風特攻。

>「おい白タイツ、お前なら指向性マイクくらい持ち歩いてるだろう。あいつらの向かう先を盗み聞きしろ。先回りするぞ」

「了解エセ紳士。――二人はどうやらこのままお化け屋敷で不良どもをやり過ごす魂胆みたいだ」

僕は既にガンマイク(銃型のマイク。照準を合わせた方向の音声だけを高精度で集音できる)を構え、会話の盗聴に成功していた。
お化け屋敷。これもう完全にデートコースじゃないか!あの小羽ちゃんが怖がるところなんて到底想像できないぞ。
いやでも、逆に考えてみよう。二人を本気でビビらせることができれば、もうデートとかそんな場合じゃないよねっ。
ふふふ、やってやるぞ。部長の尿線を緩ませてやるぞ!

僕はお化け屋敷の従業員にガールズカフェの招待券を握らせて買収した。
これで僕らはお客を驚かす側に立ったことになる。念のため裏口を通って他の客も買収し、店内の全員が仕掛け人な状態に。

「いいか諸君!このお化け屋敷が我々の最終防衛ラインだ!ここを突破されれば最早奴らを止める術はない!
 障害を乗り越えれば乗り越えるほど奴らの絆は深まっていく!ならば、ここがカップル成立の分水嶺!
 我らが背負うは全世界の同胞たちの想いだ!億千万の屍を踏み越えて――全力で行くぞっ!!」

「「おおーーーっ!!」」

と、威勢よく返事をしたのは女子剣道部の主将と身長190オーバーのバイセクシャル。
神谷さんとKIKKOが我々『非リア十字軍(ヒューマンダスト・クルセイダース)』に合流した。

「アタシ、おたくの部長さんが前から素敵だと思ってたのよぅ。それが女子とデートだなんて、どんだけぇ〜」
「いかん、いかんぞ神聖なる学び舎でふじゅんいせいこうゆうは!小羽の目を覚ましてやるのは私の役目だ!!」

夏のあの事件では被害者と加害者の関係だった二人だが、今回利害の一致ということで呉越同舟と相成った。
いやー部長ってホント凄いっす!相容れないと思われた両者をこんな形で和解させるなんて!

「KIKKOは梅村くんと、神谷部長は長志くんとツーマンセルで行動してくれ。
 お化け屋敷内は貸切にしてあるから、持てる限りの知性と行動力で部長たちをひとつ――ビビらせてやろう」

44 :部長:2011/10/25(火) 03:23:49.80 0
>「なんと……万年金欠でぼっちな部長が自分から奢るなんて、嫌な事でもあったっすか?
> ……なんちゃって、冗談っす。そうっすね……」

おや、「なんちゃって」など、珍しい。そんなフォローともとれる言葉を入れるとは。
いやさ、いつものクロ子ならこう俺を卑下だけしてそれで終わりってパターン多いしさ。
それにしても相変わらず当たり前のように「ぼっち」という単語を入れてくるよね。
その文の前後とか関係なく。ほんと言いたいだけだよね。もう慣れたけどな!うん!
ともかく、ようやっとクロ子の声を聞いたぞ。全然喋ってなくて軽く心配だったのだ。
黙られちゃうとほら、なんか嫌な感じじゃん!楽しくないのかな、とかってさ!

>「おいおいにーちゃん、彼女連れで文化祭デートっすか?」
>「うざくね?マジうざくね?」
>「ヘイ彼女、そんな頼りなさそうな奴ほっといて俺らと遊ぼうぜ!」

んでもってこの学園ってやっぱり人数多いから、当然だが色んな種類の人間がいる。
こういうたぐいの人種だって1人や2人じゃない訳で、それについて何の驚きもないし。
文化祭じゃなくても、普通の学園生活でも絡まれることなんか日常茶飯事なんだよ。
…日常茶飯事はちょっと言い過ぎだけどな。何度かあるよ、ってことで勘弁してくれ。
「ふははははははははは!そんな満身創痍の有体で、一体誰に口を聞いているのだ!
 この俺に喧嘩を売った自分の不明!その体の骨の髄まで理解させてやるとしよう!
 だが俺の出る幕ではないな、ゆけいクロ子よ!けちょんけちょんにしてしまえ!」
俺って実はほんの数ヶ月前まではクロ子にその強さとか使わせないようにしてたんだけど、
最近はなんか自分からわりと戦闘力を振るいにかかってるのが見てとれるんだよなぁ。
だから俺は遠慮せずにけしかけているのである。別にいいだろ!部員の手柄は俺の手柄!

>「全く、私達はいつもこんな感じっすね……
> 事情はよく判らないっすけど、見ず知らずの人と遊ぶのはお断りっす。
> 部長――――逃げましょう、っす」

「って、ちょ!待つのだクロ子!このままじゃ俺がただの道化じゃねぇか!」
大見得切っといて逃げるとかただの恥晒しではないか。怒って追って来てるぞあいつら。
そもそも俺を引っ張るな!何度も言うが俺はスポーツテスト万年E評価の男だぞ!
クロ子の走るスピードについて行けるわけねぇじゃん!引きずられてる状態じゃん!
「階段登るな!痛い痛い痛い痛い!このまま俺をすりりんごにでもするつもりですか!」
うん、自分で言っといてなんだがすりりんごはないな。俺は一体何を言っているんだ。

>「……部長。とりあえず、お化け屋敷に行って、そこでやりすごしましょうっす」

引きずりながらクロ子がそんな事を言ってきた。提案ではあるけど拒否権ないよね俺に。
まぁさっき行きたいところあるか?って聞いたのは俺だし、別に拒否するつもりはない。
クロ子に引っ張られるがままに、到着したのはお化け屋敷の入り口。無駄に凝ってんなぁ。
多目的の大きな教室を使っているらしく、かなり本格的に作り込んでいるようだ。
「生徒二人」
入場料は俺が支払う。なんか受付の奴の視線が妙だった気がするのは気のせいか?
なんつーか、笑いと憎しみが折半されたような…うーん、自分で言ってて訳分からんわ。

「んじゃ行くか。…でもタンマ、その前に。クロ子いつまで俺の腕引っ張ってんだよ」
中に入る直前に足を止め、俺の手首を掴みっぱなしだったクロ子の手を半ば無理矢理解く。
宙に浮いたその手を、掴まれていた手首――その先にある掌で、掴んで、引っ張る。
「お前は部員、俺が部長。部員を引っ張ってくのは俺だっつーの」
クロ子の手を引いて、俺は薄暗いお化け屋敷の内部へと足を踏み出した――。

みんな分かってる?平気っぽいフリしてるけど俺ビビリだからね?オカ研依頼参照。
これがチャチなお化け屋敷だったら笑ってやり過ごせたんだろうが…なんだよこの造形!
クオリティ高すぎだろ!頑張りすぎだよ!もっとその情熱を他のことに活かせよ!
現状抑えてるが、クロ子に見栄張ってどうすんだという気持ちも多分にあるんだよなぁ。
たとえば横に並ぶのが高等部三年の城ヶ崎先輩(面識ナシ)だったら…とか考えてみたが、
そういやあの人彼氏居るんだった。糞っ!思い出したら苛々して来た。人類滅亡しろ。
他に、と思い浮かべてみて脳裏にクソ女が出て来て、思わず俺は吐き気を催した。

45 :梅村遊李 ◆89ggxEkiHQ :2011/10/27(木) 21:16:54.33 O
毎度毎度遅れちまってすいやせん。
明日までお待ち下さい

46 :梅村遊李 ◆89ggxEkiHQ :2011/10/28(金) 19:13:05.40 O
「ちっ。戦闘力5にも満たないゴミ共め。」
>「すっすいませんっ!許し…ぎゃああぁ!」
クソの役にもたたないゴミDQN共め…。
>「おい白タイツ、お前なら指向性マイクくらい持ち歩いてるだろう。あいつらの向かう先を盗み聞きしろ。先回りするぞ」>「了解エセ紳士。――二人はどうやらこのままお化け屋敷で不良どもをやり過ごす魂胆みたいだ」
おいおいふざけんのも大概にしやがれ。
何でよりによってお化け屋敷なんだよ。
そのチョイスはありえねぇだろィ。
>「いいか諸君!このお化け屋敷が我々の最終防衛ラインだ!ここを突破されれば最早奴らを止める術はない!
 障害を乗り越えれば乗り越えるほど奴らの絆は深まっていく!ならば、ここがカップル成立の分水嶺!
 我らが背負うは全世界の同胞たちの想いだ!億千万の屍を踏み越えて――全力で行くぞっ!!」
>「「おおーーーっ!!」」
変態営業の掛け声に応えたのは神谷さんと……KIKKOさん。
なんでアンタらが居んだよ…。
>「アタシ、おたくの部長さんが前から素敵だと思ってたのよぅ。それが女子とデートだなんて、どんだけぇ〜」
…部長が狙いか。
まあ良いさ、ここはこの色物軍団に任せて俺は高みの見物と…
>「KIKKOは梅村くんと、神谷部長は長志くんとツーマンセルで行動してくれ。
 お化け屋敷内は貸切にしてあるから、持てる限りの知性と行動力で部長たちをひとつ――ビビらせてやろう」
「おい、特殊メイクしなくても幽霊よりおっかねぇ奴と組めってのかィ?」
>「あら、照れ隠ししなくてもいいのよ〜梅村くん?一緒にあの忌々しいカップルを破局させましょう?」
照れ隠しじゃねぇんだよ。
本心なんだよ。
嫌だぜィ…俺は絶対に中に入らねぇからな……

47 :梅村遊李 ◆89ggxEkiHQ :2011/10/28(金) 19:13:43.07 O
「ちょっと、あんまりくっつかねぇで下せェKIKKOさん。」
抵抗虚しく、KIKKOさんに引きずられお化け屋敷に潜入した俺達。
中はかなり本格的に出来ていて作り物だと分かっていても怖いんだが。
周りのスタッフも全部買収したらしいが…よくやるぜまったく。
>「だってぇ〜このお化け屋敷怖いんだもん。」
うるせーよ。
顔が近いっての。
暗いから余計怖いよアンタの顔。
>「しかしよく出来たお化け屋敷ね。もしかしたら本物が混ざってたりして…」
「じょじょ冗談は顔だけにして下せェ。周りは全部スタッフに決まっ…」
>「あら?お化け屋敷にはよく本物の幽霊が混ざるって話、知らないの?
 ほら、あそこに居る白い着物着た女の子が居るでしょ?あの子だってもしかしたら…あれ?梅村くん?」
俺はKIKKOさんの話を最後まで聞かずに脱兎の如くお化け屋敷を脱出した。
無理だ、無理無理。
俺にお化け屋敷なんていうフィールドは相性が悪い。
悪いが俺は外でメロンクリームソーダでも飲みながら待機させてもらうとしよう。

48 :オサレ:2011/10/30(日) 12:36:49.84 O
すまんが別次元からの干渉が激しくてな
あと一日二日の猶予をくれたら助かる

49 :名無しになりきれ:2011/10/30(日) 14:20:36.58 O
自演しろ

50 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/10/31(月) 22:29:26.30 0
>「了解エセ紳士。――二人はどうやらこのままお化け屋敷で不良どもをやり過ごす魂胆みたいだ」

どうやら見ているこちらが気恥ずかしくなる二人は目論見通り、お化け屋敷へと向かってくれるらしい。
それにしてもあの女の笑顔と来たら、どうだ。
鰐と言うよりかはむしろ子兎と言った方がよほどお似合いじゃないか。
集音マイクなどに頼らなくとも胸の高鳴りがここまで聞こえてくるようだ。
さておきこちらも、先回りして手を打たなければな。

>「いいか諸君!このお化け屋敷が我々の最終防衛ラインだ!ここを突破されれば最早奴らを止める術はない!
 障害を乗り越えれば乗り越えるほど奴らの絆は深まっていく!ならば、ここがカップル成立の分水嶺!
 我らが背負うは全世界の同胞たちの想いだ!億千万の屍を踏み越えて――全力で行くぞっ!!」
>「「おおーーーっ!!」」

一致団結する連中の背後に、轟々と燃え盛る炎が見えた。
なんとも共感し難い熱気を前に、だが今更退く事も出来ず、溜息を吐く。
思うに俺はこんなキャラではなかった筈だと、思考の海原に身投げして現実逃避を図った。

>「アタシ、おたくの部長さんが前から素敵だと思ってたのよぅ。それが女子とデートだなんて、どんだけぇ〜」
>「いかん、いかんぞ神聖なる学び舎でふじゅんいせいこうゆうは!小羽の目を覚ましてやるのは私の役目だ!!」

すぐに凛と透き通った剣戟を思わせる声と、ガラス板を引っ掻いたような甲高い声に、意識を引き揚げられた。
振り向いてみると見覚えのある顔が一人と、見覚えのない顔が一人。
こう見えて学園内の部活と組織は一通り渡り歩いてきた前歴がある。
流石に女子剣道部にまで足を踏み入れた事はないが、剣道部に所属していた時分にそちらとも関わりがあった。
主にあの忌々しい聖騎士気取りの女絡みだったが。

ふん、今思い出しても青臭い事だ。そもそも『力』に『聖』も『邪』もない。
一つの宗教の神が別の宗教では悪魔とされているように、善悪の概念とは立場によって変わるものだ。
だからこそ俺はその立場をも想像力の限りを尽くして演じる事で、下らぬ常識を超越しているのだと言うのに。
それが分からない内は、あの女もただの傀儡にしかなり得ないだろうな。

>「KIKKOは梅村くんと、神谷部長は長志くんとツーマンセルで行動してくれ。
 お化け屋敷内は貸切にしてあるから、持てる限りの知性と行動力で部長たちをひとつ――ビビらせてやろう」

「やれやれ、まあ呉越同舟といった所か。俺にいい思い出があるとは思えんが、この際それは忘れてくれ」

握手は謹んで遠慮しておこう。下手に交わそうものなら、手の骨の断末魔を聞く羽目になる。
そんな事を考えていると、猛牛頭がお化け屋敷から飛び出して一目散に逃げていった。
どうやら幽霊が怖くて堪えられなかったようだ。

「失態だな、白タイツ。初めから依頼の形を取っておけばこんな事も無かっただろうに」

この学園でも屈指の腕っ節を誇っていながら、義務感を持たない人間とはああも弱いものなのか。
人は心の天秤を認識すべきだ。望みと、その対価を乗せる天秤を。
その存在を意識出来ない者はただ漫然としか目的に挑む事が出来ない。
故に些細な趣味嗜好や自己満足にかまけて、遠大な使命と願望をドブに捨ててしまう訳だ。

「まあ、やるなら全力……そこだけは同意しておこうか。スタッフ諸君には、少し手を貸してもらうぞ」

――さあ想像力を働かせようじゃないか。

51 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/10/31(月) 22:29:59.60 0
「今の気分は――夜の王、吸血鬼と言った所か。青き春の迷宮を彷徨い、
 その果てに我が館へと誘われた迷い人に、極上の恐怖を振舞わねばなるまいよ」

小道具に用意されていた黒布を外套代わりに纏う。
恐怖と言うのはつまり、現実にはあり得ない事を『想像』した結果である。
ならばそれは――我輩の専売特許に相違あるまい。

「相変わらずだな、貴様は。兎に角、そこまで大見得を切ったのだ。策はあるのだろうな」

「ふん、当たり前だろう。いいか、人間が恐怖を覚える状況は千差万別だが、
 それらは切り開いていけば幾つかの共通する『核心』が見えてくるものだ。
 例えば最も単純な手段を言えなら『意表を突く事』だな。そこは女子剣道部部長のアンタに期待させてもらうぞ」

ふと戦姫達を束ねる時代錯誤娘の顔を覗き込んだ。
呆けた面が殆ど理解出来なかったと雄弁に語っていた。

「む……い、意外だな!貴様の事だから大方、めーじょーしがたきこんとんを召喚するとか、
 そんな荒唐無稽な事を言い出すだろうと踏んでいたのだが……」

「生憎だったな。正義と悪、どちらか片方しか行えない者は容易く敗北する。
 清濁を併せ呑み、理知を以って狂気に従える者こそが最も恐ろしいのだよ」

さて、いつまでも漫談に興じている時間はない。
そろそろ仕掛けを始めるとしようか。まずは入り口だ。
遊園地なんぞにあるお化け屋敷では、入ってから暫くは何もない事が多い。
あれは不気味な雰囲気の中であえて何も起こさない事で不安を募らせているのだ。
緊張の糸を限界まで張り詰めさせていると言い換えてもいい。
だが紋切り型に従うばかりではつまらない。
ここは初っ端から、不意打ちの一撃を食らわせてやるとしよう。

「――客人ですか」

入り口をくぐった直後に、死角である斜め後ろから声をかけさせる。
青白いメイクと、小道具の黒布を纏わせたスタッフだ。
我輩の館は光源の位置を低く、またジャック・オー・ランタン宛らに光の発散を限定してある。
暗闇に眼が慣れていない来客には、あのスタッフは首から上しか見えないだろう。
上手くいけばこれから先、来客二人は暗闇そのものに怯える事になる。
とは言え、あの女がこの程度で恐怖を覚えるとは思えんがな。
まあ、手を尽くしてやろうではないか。
我輩自身、為す術もなく全てを突破されては堪らん事だ。

「この館に人が訪れるとは、なんと珍しい事でしょう。
 折角来て頂いたのですから、精一杯のもてなしをしなくてはなりませんね。
 我が同胞が、館を出るまで貴方達を片時たりとも退屈させませんよ」

――さて、ショータイムを始めようか。

「……あ、そうそう。出口には下着や制服の貸出をしておりますので、
 そちらもどうぞご利用下さいね」

……商売上手なのは良い事だが、もう少し雰囲気と言うものを大切にせんか。
気を取り直して、次の関門だ。小道具のランタンに火を灯す。
中に銅を忍ばせて、炎色反応で青火を生み出すランタンである。
仮面を被り、客人のやや前に姿を現す。
別に何をする訳でもない。ただ手招きしながら立っているだけだ。
我輩はただ、こちらに意識を集中させるだけでいいのだ。
ただちょっとばかし、視界の端で閃く紫電から奴らの目を逸らしてやれば。


52 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/10/31(月) 22:31:44.28 0
「ふははは!愚かなる侵入者共め!我が刀の錆にしてくれるわ!死ねぇい!」

小道具の模擬刀を手にして高揚した時代錯誤の戦姫様が、客人に襲いかかる。
意識をランタンの火と俺に向けた状態での襲撃は、
あの鋭利を極めた紙一重の太刀筋も相まって、十分肝を冷やすに足るだろう。

「おいおい、落ち着きなって。彼らはちゃんとしたお客様だよ。ほら、剣を納めて」

鰐女が反撃の牙を剥かない内に、脇に潜んでいたスタッフその二が戦姫様を制止する。

「大丈夫でしたか、お客様。申し訳ございませんでした。どうぞ、先へお進み下さい」

これで一安心。

「ところで……私の顔を知りませんか?ついうっかり、彼女に切り落とされてしまったようで」

スタッフその二が振り返る。
シリコン製の、のっぺら坊の仮面を被った状態で。
一度安心させた所で叩き落すのは、ホラー映画の常套手段である。
背後を振り返っても何もおらず、前に向き直ったら化け物がいる、と言ったシーンがそれだな。

その後も、今度は戦姫様に意識を集中させた上で、足元からスタッフその三にゾンビの振る舞いをさせたり。
背後から足音を鳴らして、振り返り、再び前を向いた所で天井に吊るしたマネキンを勢いよく下ろしてみたり。
様々な手を打った。

だが最後に一つ、とっておきが残っている。
これだけの手を尽くしても驚き慄く様が『想像』出来ないあの女を、意地でも恐怖させる為の術が。
最も単純で、最低で、えげつない行為が。

出口の付近で暗闇から創造主殿へ、小道具を投げつける。血袋だ。
命中した後で、戦姫様が飛び出して無言のままに模擬刀を縦一閃。そして再び闇へと消える。
後から見れば、出血と斬撃の因果関係など分かるまいよ。

『身内が傷付けられて、失われる』。
人間なら誰もが恐怖する未来を想像させる。
今まで不屈の耐久力を見せてきた創造主殿の刃傷沙汰は、衝撃も一際大きいだろう。
些かやり過ぎた気もするが、これで駄目なら打つ手がないのだ。
恨むなら自分の肝っ玉を恨め。そして自分自身の過去を振り返るがいい。

お前の積み重ねてきた行いの数々が。
それが輝かしい善ならば、途方もない喪失感として。
覆い隠してしまいたい悪ならば、因果応報のという名の現実味となり。
最悪の未来への恐怖に変わるのだ。

――その果てに幸か不幸か、何があるのかは、創造主様のみぞ知るって奴だ。

53 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/11/01(火) 17:45:27.13 0
――――――
……だけどその内、女の子の「友達」が、一人、また一人と、女の子から離れていきました。
女の子は慌てて、去ろうとした友達に尋ねました

「ねえ、どうして私を避けるの?」

そんな女の子に、昔、女の子に助けを求めた友達は言いました

「君と一緒にいると、悪い奴らにいじめられるんだ。だから、ボクは君なんて知らないよ」

その時、女の子は初めて知りました
自分に負けた悪い人たちが、仕返しに女の子の友達を攻撃するようになっていた事を
驚いた女の子は、今まで以上に悪い人達を倒して回りました
悪い人たちがいなくなれば、友達が帰ってきてくれると信じて

……だけど、悪い人たちはいなくなりません。
倒しても倒しても現れて、女の子の周りの人たちを傷つけます

そうしてとうとう、女の子は一人ぼっちになりました
それでも女の子は、悪い人たちを倒しました。倒して、倒して、倒し続けました
やがて、女の子には鋭い牙が生え、硬い鱗が全身を覆い、大きな鰐になりました。
怖い鰐になった女の子には、もう誰も近づきません。悪い人も、悪い人の被害者も、離れていきます

ある時、街で鰐を見かけた、昔一番中が良かった「友達」は言いました

「人食い鰐だ!誰か助けて!」

そう言って、友達だった人は鰐から逃げていきました
もう、鰐が女の子だったと知っている人は誰もいなくなっていたのです
―――――

「……いやはや、随分凝ってるっすね」
引きずる様にしている事など気にも留めず、小羽は部長の腕を掴んだ進み、とうとう目的地に辿り着いた。
粘りつくような視線を受けつつ、不良たちをやり過ごす為に入ったそこは「お化け屋敷」。
学祭の出し物の一つであるそれは、学生が製作したものとしては極めて高いレベルに仕上がっていた。
人間の恐怖をまるでオカルトの専門家が製作協力をしたかの様である。
その薄暗くおどろおどろしい内部を、小羽と部長は順路に沿って進もうとし――

>「んじゃ行くか。…でもタンマ、その前に。クロ子いつまで俺の腕引っ張ってんだよ」

「あっ……」

振り解かれる、部長の腕を掴んでいた小羽の手。
部長のその挙動を受けた小羽は、まるで少女の様に小さく震える様な声を出す。

>「お前は部員、俺が部長。部員を引っ張ってくのは俺だっつーの」

が、その心配は杞憂。解かれたその手は再び掴まれた。今度は腕ではなく、手と手を繋ぐ形で。
重ね合わせられた部長の掌から伝わってくる暖かさが、小羽の冷たい掌を陽光の様に暖める。
それを認識した小羽は、一瞬何が起きたのか理解出来ずにいたが、
やがて状況を認識すると、眼鏡の奥にかくれた怜悧な瞳を見開き、即座に俯く。
常日頃は初雪の如く白いその肌は、運動でもしたかの様に紅潮している。

「……あ、あ、ありがとうございますっす」

薄暗い室内のせいでその変化を理解されないのは、幸運か或いは不運か。
何とかぎこちない礼の言葉を搾り出すようにして言うと、
小羽は狼というよりは犬の様に素直にその手を引かれる形となった。
引かれる様にして歩く度に小羽の銀色のウルフヘアの先端が上下に揺れ、
何とはなしにそれが犬が尾を振っている様なイメージさえ沸かせる。

54 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/11/01(火) 17:48:09.65 0
>「――客人ですか」

そんな二人組に死角からかけられた第三者の声。それは、恐怖を煽る為の時間が終了した事の宣告で。

「……」

そこに浮かび上がっていたのは、南瓜の首だった。
視覚効果により、まるで中空に首だけが浮いている様な仕掛け(オカルト)。

>「この館に人が訪れるとは、なんと珍しい事でしょう。
>折角来て頂いたのですから、精一杯のもてなしをしなくてはなりませんね。
>我が同胞が、館を出るまで貴方達を片時たりとも退屈させませんよ」

「……はぁ。どうもですっす」

だがしかし。残念な事に、小羽にその演出は効果が無かった。
ただでさせオカルトに強い耐性を持っている上に「心ここに在らず」であれば、それも致し方ないだろう。

けれども

相手もかくや。小羽には知る由も無いが、現在彼らが対峙しているのは、
妄想。そして想像のエキスパートである長志なのだ。
行き過ぎた厨二病。病巣が深化した事でやがて一個の刃とすらなったその策略(モウソウ)が、
この程度で終わる筈が無いのもまた道理。

>「ふははは!愚かなる侵入者共め!我が刀の錆にしてくれるわ!死ねぇい!」

演出効果によって逸らされた意識の外から、どこかで聞いた事のある様な声と共に、
研ぎ澄まされた剣閃が襲い掛かる。小羽は瞬時拳を握り、迎撃の姿勢を取るが

>「おいおい、落ち着きなって。彼らはちゃんとしたお客様だよ。ほら、剣を納めて」

肩透かし……意外な事に、それはスタッフにより止められる。
その後も、のっぺらぼう。ゾンビ。降下するマネキン等、これでもかと言わんばかりに
恐怖の卵が襲い掛かるが、やはりそのどれも小羽を恐怖させるには足らない。
暗い道を歩く為、眼鏡を外したその瞳で横の部長をチラチラと盗み見ては、繋がれた手を見て俯く。
それを繰り返していた。

これまでの仕掛けが下拵えである事など知る由も無く。
この後に敷かれた罠など知る術もなく。

そうして、再び飛び出して来た最初の刀女。この時小羽は

(……一つのお化け屋敷で仕掛けの使いまわし……予算、無いっすかね)

等と湯だった頭でそう考えていた。ただ当たり前の様に、今の幸福に浸っていた。

だから

「えっ……」

放たれた一閃が、彼女の横を歩く少年へと向けられ、少年の体に赤い液体が見えたその時、
小羽に与えられた「恐怖」は凄まじい物となった。
脳内に浮かぶヴィジョン。フラッシュバックの様なイメージ。

「あ―――――え……部長……血……」

思考がぐちゃぐちゃになり、視界から急速に色が無くなり、世界が黒く溶けていく

「……や、だ……い、やあああああああああっ!!!!!!」

55 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/11/01(火) 17:50:39.24 0
「普通」の少女ならば、こんな場面を見ても、何かの冗談と思い取り乱さないだろう。
それは、こうなる理由に心当たりが無いからだ。だが、小羽は違う。

小羽鰐は、違うのだ。

――――直後。

「……」

小羽は憎悪と憤怒と絶望が混ざった、涙を滲ませたその眼で、周囲を「見た」。
――それだけ。たったそれだけの事で、お化け屋敷の中の空気が凍りついた。
運営スタッフはまるで死を突きつけられたかの様に腰を抜かし、全身を震わせる。
武道においては学内でも最上位の一団の一人である、女子剣道部部長である神谷。
勇猛にして頑強。精神面でも「タフ」なKIKKOでさえも、背筋に寒いものを感じ、
一瞬にして前進から冷たい汗を流し、拳や剣を構える程であった。

それは「殺気」に極めて近いもの。
一般の学生であれば、生涯体験しない様な感覚。
その殺気は、長志の妄想の刃すら砕き、飲み込み――――

……そこで、電気が付いた。

「……あ」

受付のスタッフが異常事態だと誤認したのだろう。
そして、蛍光灯の光により室内が照らされた事によって状況を理解した小羽は、急速に殺気を霧散させた。
見渡せば、そこに居るのは血のりに塗れた無傷の部長と、仮装した知人達。
彼らの多くは、困惑とそれ以外の感情が込められた視線を小羽に向けていた。
そんな知人達の視線を受けて、自らの右手で顔を覆う小羽。

「あ、はは……はは、やっぱり、やっぱり  だったっす。最後くらいは   っすのに」

手の下で誰にも聞こえない様に小さく呟くと……暫く経ってから小羽は手をどける。
そこに浮かんでいたのは、笑み。まるで何事も無かった様に小羽は笑っていた。

「あはは。皆、すみませんっす。つい、驚いてしまったっす」
「部長にも、すみませんっす。この埋め合わせは――――後夜祭。
 キャンプファイヤーで踊る約束で、許して欲しいっす、集合場所は封筒の中でよろしくっす」

「快活に」そう言うと、小羽は部長に白封筒を押し付けるようにして渡すと、
お化け屋敷の中から飛び出す。そしてドアを出た所で、外で休んでいた梅村を見つけると
一瞬言いよどんだ後、優しげな、そして儚げな笑みを浮かべ、語りかける。

「……梅村さん。これからも、部長とN2DM部をよろしくっすよ」

外に居た梅村にはまるで意味が判らないであろう言葉をかけ、小羽は再び走り出す。
小羽の身体能力は、後夜祭まで誰にも見つからない事を可能とするだろう。

【小羽、トラウマスイッチオンの後に逃走。部長に渡した封筒の中にある手紙の内容は
 『キャンプファイヤー 校舎裏 待ってます 全力で楽しみましょう』】

56 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/11/03(木) 23:49:53.04 0
びっくり箱しかり、ドッキリカメラしかり、悪ふざけってものには節度が必要だ。
やりすぎてマジ泣きさせたらもの凄く気まずいし、今後の人間関係に亀裂が入りかねなかったり。
そういう『超えちゃいけないライン』ってものを見誤ると、仕掛け人は楽しくても、ターゲットからすればそれは――
ただのいじめだ。不安になるし、怒りもする。一人でヒートアップしてた自分が惨めにもなる。
雨が降れば頭は冷えるけど――それで地面が固まるかどうかは、また別の話なのだから。

>「じょじょ冗談は顔だけにして下せェ。周りは全部スタッフに決まっ…」

従業員に指示を出してした僕の脇をすり抜けて、梅村くんが猛ダッシュで去っていった。
え、なに、そんなに怖いのこのお化け屋敷?ていうか、お化け嫌いの設定生きてたんだ……。

>「失態だな、白タイツ。初めから依頼の形を取っておけばこんな事も無かっただろうに」

「んー、『依頼』の強制力でも、N2DM部のトップ・オブ・アレことあの男を縛れるかどうか……」

基本的にやりたいことしかやらないからね、彼。
目の前にこう、エサ(ハーゲンが望ましい)を吊ってそれ追いかけさせてうまく手綱をとるしかないのだ。
なんか風紀委員でも委員長の傍にいたいがためだけに相当努力してたみたいだし。いやはや、愛ってすごいね!

>「まあ、やるなら全力……そこだけは同意しておこうか。スタッフ諸君には、少し手を貸してもらうぞ」

「よし、じゃあとりあえずフラグ立てとこう。――梅村くんがやられたか……だが奴は我らN2DM四天王の中でも最弱!」

みたいな。
相方の逃亡で手持ち無沙汰になったKIKKOには一旦引き返してもらい、代わりに神谷さんと長志くんが入る。
まあ彼が本チャンだろう。こうなったら僕は特にやることもないし、ちょっとゆるゆる部活コメディのノリでダベってよっかな。

「そういや、もうすぐ生徒会選だね。次期生徒会もまたあのメンバーになるのかな」
「次同じだったら通算三期連続当選ねぇ。役員は多少入れ替わるにしても、生徒会長は揺るがないんじゃないかしら」
「インフレマスターだもんねえ」
「アナタのところの部で出馬してみたら?部長さん、なんだかんだで人望も人脈もあるでしょう」
「うーん。でも部長、現会長と競り合うのをやたら嫌がるんだよなあ。なんか昔っからの知り合いみたいだけど」

――と。
KIKKOが不意に眉を立て、虚空へ向けてファイティングポーズをとった。こめかみには玉の汗が浮いている。
一拍遅れてその意味が僕にもわかった。まるで北国に吹く極風のような、本能的な危険を喚起する"気配"!
あたかも目の前に獣臭漂う狼の"あぎと"が広がっている錯覚が、えらくリアルに僕の首筋を舐めた。

「これは――!」
「お化け屋敷の中からね……アタシに"構え"させるなんて、大した威嚇だわ、どんだけぇ……!」

おいおい、お化け屋敷だってのに、中に猛獣でも飼ってるのかよ。
それとも黄泉路の喧騒に導かれて、『ホンモノ』がご降臨召されたか――!オカ研の連中が泣いて喜ぶぞ!
気配はどんどん膨れ上がり、破裂寸前というところで蛍光灯がパっと光を室内へ落とした。
心臓が一回とくんと跳ねる時間が経過して、膨張していた邪気は穴の開いた風船のように萎んでいく。
非戦闘員の僕ですらありありと感じられる落差だ、実状はいかほどのものだったろう。やがて、

「動いた――こっちに来るわ!」

逃げずに、迎撃せんとばかりに拳の握りを強くするKIKKO。脂汗が止まらない僕。
そんな僕らの目の前に―― 一つの影がまろび出た。それは、よく知る者の姿だった。

「………………小羽、ちゃん?」

お化け屋敷から飛び出してきた小羽ちゃんは――僕らの存在など知らない風で横切っていく。
普段の服装なら見分けはついたろう。今の僕らはコスプレ中。たぶん、輪郭だけで人間を識別してる。
小羽ちゃんが特段に視力が悪いという話は聞かないから、ほかに視界が曇る理由と言ったら……一つしかない。
僕ら、もしかしてすっごく悪者なんじゃないか?

――――――――

57 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/11/03(木) 23:53:50.29 0
「ホントすいっませんでした!!!!!」

僕は、地面に膝をつき、額をつけていた。まあ言ってみれば一つの、土下座だよね。
右手で梅村くんの後頭部を、左手で長志くんの後頭部を鷲掴みにし、一緒に地面へ伏せさせる。
三人で連帯土下座している相手は、言わずもがなお化け屋敷から救助した部長。
小羽ちゃんは、どっか行ってしまったから。

「いや、マジでやりすぎたなと思ってます。まさかここまで深刻なことになるとは露ほども思いませんで」

部長には既に、僕らが文化祭の裏でなにをやっていたかを説明した。
具体的にはストーキングしたりスニーキングしたり買収したりドッキリしたりの所業を洗いざらい。
お沙汰は全て僕が引き受けることになるだろう。発起人だし。一番色々やったし。

「悪気があったわけじゃないんです! ただ、部長が一人でリア充になるのが気に入らなかっただけで!!」

誠実さって大事だよね!!僕は正直に動機を話した。
被告を取り巻く環境や社会情勢を鑑みれば、きっと情状酌量の余地が与えられるだろう。執行猶予はカタいぜ。
で、許す許さないは置いといて、僕らには真っ先にやらなきゃいけないことができた。

「とにかく、小羽ちゃんを捜しましょう」

もうすぐ日が暮れてしまう。そうなったら後夜祭、キャンプファイヤーだ。
別に探さなくても部長と小羽ちゃんは後夜祭で待ち合わせをしているみたいだし、そこで落ち合えばいいんだけど。
問題は僕らだ。悪ふざけが生んだこの深刻な問題を解決しないまま、彼女を部長と会わせるわけにはいかない。

だって、彼女はあらかじめしたためておいた手紙を部長に渡した。
ってことは、小羽ちゃんは『最初から全力でこの学園祭を楽しむつもりで』今日を迎えたのだ。
頭を冷やしたって、心を鎮めたって、悲しみが消えるわけじゃない。
――僕はあの娘の学園祭を、悲しいままで終わらせたくない。

それでも現実は残酷というか、本気で逃げる小羽ちゃんを僕らが捕まえられるわけもなく。
日没は刻々と迫っていた。広大な学園がオレンジ色の光の海に沈み、やがて紺色の日暮れがやってくる。
11月に入った空は太陽をいつまでも掴んではくれず、日光が当たらない秋の空気は急速に冷え込んでいく。
走りまわって汗をかいて、体が一気にに冷えて風邪を引きそうだった。――ああ、キャンプファイヤーが始まってしまう。

――「今年のキャンプファイヤーは凄いらしいよ。なんでも取り壊し予定の廃校舎を丸々ひとつ燃やすんだって」
――「へー、そりゃ凄い。でも危ないんじゃないか?空気も乾燥してるし、燃え移ったりしないのか」
――「だから廃校舎の周りは全面キープアウトなんだって。風紀委員が警備してて、ねずみ一匹入れないとか」

小羽ちゃんの足取りを掴もうと往来に張っていたアンテナが、通行人の会話を拾う。
なんだそれ、聞いたことないぞ。また執行部の無駄に盛大なサプライズか?
見回せば場所はすぐに分かった。敷地の端の方にある、背の高い廃校舎がゆっくりと燃え始めていた。

「……ちょっと待ってください。部長、小羽ちゃんの手紙には確か、」

頭の片隅に灯った言葉を、口に出そうとした瞬間――廃校舎のほうから悲鳴が上がった。
土台のほうから緩慢に火の手を上げていく廃校舎の、最上階のベランダに、人の姿がまろび出たのだ。

「あれは――ヘキサゴン事件のときのDQNたち!?」

見覚えのあるその顔が計3つ。春先の事件で放送室に押し寄せてきた島田の子飼いの中心メンバー三人だ。
聞くところによれば三人は島田失脚のあと、授業にも参加せず廃校舎で隠れて子犬を飼っていたらしい。
廃校舎で寝泊まりしていた彼らには執行部の伝達も行き届かず、今こうして取り残されてるようだ。

「こんなとき、小羽ちゃんがいれば……!」

たぶん、壁とか容易く登ると思う。人も子犬も助けだして、校内新聞の一面を飾れることだろう。
――いや、こうやって何か荒事があったらすぐ小羽ちゃんに頼る僕達こそ、彼女に対する最大の不実なのかもしれない。
だってそれって、小羽ちゃんの人格丸無視ってことじゃないか。N2DM部お茶汲み担当の、世界にたった一人の女の子の。
僕らは頼るより先に、彼女に謝らなきゃいけなかった。謝るより先に――見つけ出さなきゃならなかった。

58 :ぶちょー:2011/11/05(土) 03:00:10.74 0
半分ぐらい書いた。もう少し時間かかるから、気長に待っとくれ。
ちょっと色々アレなレスになるかも。だから先に謝っとく。すまんな!

59 :部長:2011/11/07(月) 04:08:39.53 0
――――――

数日、時間は遡り。生徒会長室。

「なるくんやっほー」
「…久々にその口調聞くとちょっとキモいな。馬鹿丁寧な口調に慣れすぎたかもしれん。
 ともかく、なんだよ突然会長直々の呼び出しってよ。俺文化祭の準備に忙しいんだが」
「あ、そんなに時間はとらないよ。ちょっとなるくんに忠告だけしとこうと思って。」
「忠告?」
「んとね…嶋田先生、憶えてるでしょ?先日、証拠不十分で不起訴確定したんだって」
「…はぁ?あんだけのことやらかして不起訴?つーか証拠なんかいくらでもあるだろ」
「お金、大分ばら撒いたんだって。端金じゃ無理だけど、麻薬は儲かるからね…。
 きっとあたしたちが想像もつかないような金額が動いたんじゃないかな。
 ただあんなに世間騒がせちゃった以上もう表世界じゃ生きていきにくいでしょ?
 たぶん事の発端たるなるくんへの恨みは相当だと思う。このままで済ますかー!って」
「…つまり?」
「月並みな言葉だけど、夜道には気を付けてね。近いうちに必ず、報復があると思うの」
「いや気を付けろってどうしろっつーんだよ…」

そんな注意勧告だが、はっきり言って俺学園内と寮しか居ないから気にしてなかった。
だって不審者とか居たらバレるじゃん。わりとそこらじゅうにカメラあったりするしな。
ただでさえこの学園っていっぱい人いるから、そう簡単に襲ったりとか出来ねぇだろ。
そういえば、嶋田の不起訴処分は一応学園内には一部を除いて伏せられているらしい。
余計な混乱を生まないように、とのことだが正直隠蔽体質はよくないと思うぞ俺は。

――――――

>「――客人ですか」

「ぎゃっ!」
ぶっちゃけ俺これで既に心臓飛び出るぐらいびっくりしたからね。突然声出すなよ!
色々俺だって心の準備ってのがあるんだからさ!最初ぐらいゆとりもたせろよな!
つーか首しかねぇんだけど!いやわかってるよそういう風にしか見えないだけなんだろ!
でもやっぱりビビるじゃん!怖いじゃん!…なぁ、やっぱり帰っていいか?いいよな?

>「この館に人が訪れるとは、なんと珍しい事でしょう。
> 折角来て頂いたのですから、精一杯のもてなしをしなくてはなりませんね。
> 我が同胞が、館を出るまで貴方達を片時たりとも退屈させませんよ」

「あ、あぁ、うん。まぁお手柔らかに頼むわ」
俺がよく知る人物を彷彿とさせるようなこの無駄に芝居がかった喋り口調。
わざわざ文化祭にご苦労なこった。ここまでやって肩透かし、なんてことはないだろうし、
きっと全身全霊をもって驚かしにくるのだろう。もうすでに心臓バックバクなんだが。

>「……あ、そうそう。出口には下着や制服の貸出をしておりますので、
> そちらもどうぞご利用下さいね」

「いらねーよそんな心遣い!」
あれか、漏らしたりとかすると思ってんのか!馬鹿野郎!洒落になんないからやめろ!
そういや俺トイレ行ったの結構前だわ!やべぇぞやべぇぞ!ちょっと冗談抜きで!
あれだよな、尿意って気にしだすと途端に感じるよな。今がちょうどそうなんだけど。
…大丈夫かなぁ俺。ほんと色んな意味で。

>「ふははは!愚かなる侵入者共め!我が刀の錆にしてくれるわ!死ねぇい!」

「わきょー!!!!」
突然出て来た奴に斬りかかられてみろよ!んなモンびびるに決まってんだろうが!
しかし振り下ろされた刀は俺の体に傷を与えることはなく、僅かの隙間を残し空を切る。
顔は分からないが、この背格好、この刀さばき…んーとなんか見覚えがあるんですけど。
まぁお手伝いするのは別に構わないと思うけどあんた剣道部のお仕事どうしたのよ。

60 :部長:2011/11/07(月) 04:08:55.78 0
>「おいおい、落ち着きなって。彼らはちゃんとしたお客様だよ。ほら、剣を納めて」
>「大丈夫でしたか、お客様。申し訳ございませんでした。どうぞ、先へお進み下さい」

止める奴が現れた。別にそれはいいんだけど、こういうのって絶対あれだよな。
安心させといて、実は…みたいなの。こいつ絶対俺を驚かせにくるぞ。賭けてもいい。

>「ところで……私の顔を知りませんか?ついうっかり、彼女に切り落とされてしまったようで」

「やっぱりぃーーー!!!!」
わかってはいるがやっぱりビビるもんはビビる。しゃーない。こればかりはどうしようも。
落ちることが分かっていたってジエットコースターも怖いだろ。そんなもんだ。

そんな感じで俺は色んなトラップに基本ひたすら声をあげまくるだけなのである。
横を歩くクロ子がこちらを時折チラチラ見てくるのは気がついているがあえて無視。
どうせあれだろ、俺がビビりまくってんの見て楽しんでんだろ。いいさどうせ晒し者だ。
なんとか小便だけは漏らさないように気をつけている。いくらなんでも…それは…なぁ。

そうして、大分進んだところか。そろそろ出口かな、と思い始める頃合い。
「うおっ!」
なんか体に投げつけられる。それは俺の体に…ってなんだこの液体、血か?赤いけど。
つーか俺実はまだ体は着ぐるみなんだけど。え、どうしよう。この汚れとれるの?
衣装の用意はQJにさせたわけだけど、これレンタルだったらどうしよう。困る。
とか考えているうちにまた見覚えのある刀の女が出てきて、同じように刀を振り下ろす。
同じように紙一重でその刃は届かず、そしてすぐに消えて行った。当然ビビった。
だが、それ以上に。

>「えっ……」

素っ頓狂とも言えるクロ子の声に驚く。お化け屋敷での恐怖による声じゃない、これは。

>「あ―――――え……部長……血……」

なるほど、と理解する。赤い液体塗れの俺。さっきの刀一閃。そりゃそう受け取るか。

>「……や、だ……い、やあああああああああっ!!!!!!」

突然取り乱し始めたクロ子。よくわからんが何かトラウマスイッチを踏んだのだろう。
これはいかん、と声をかけようとして――足が竦む。蛇に睨まれた蛙のように、固まる。
クロ子から発せられる雰囲気に。一瞬…ほんの一瞬だけ、足を止めてしまったのだ。
そして、電気が付いて。

>「あはは。皆、すみませんっす。つい、驚いてしまったっす」

「クロ…子?」
そのあまりにも不自然な笑みに、今日一番の恐怖を覚える。背筋が凍るような。

>「部長にも、すみませんっす。この埋め合わせは――――後夜祭。
> キャンプファイヤーで踊る約束で、許して欲しいっす、集合場所は封筒の中でよろしくっす」

封筒を無理やり押し付け、一方的な約束だけ告げて去って行くクロ子の背中を。
俺は、呆然とした顔、合点のいかない顔で。ただ眺めていることしか出来なかった。
――握っていたはずの右手は、いつの間に、空気を掴んでいたのだろうか?

61 :部長:2011/11/07(月) 04:12:07.81 0
>「ホントすいっませんでした!!!!!」
>「いや、マジでやりすぎたなと思ってます。まさかここまで深刻なことになるとは露ほども思いませんで」

「いや別に、俺に謝ったってしょうがねぇだろ。俺は全然怒ってないし」
着ぐるみについた血のりを丁寧に拭き取りながら、俺はそうやって告げる。
よくわからんがきっと俺たちの文化祭巡りを楽しませようとしてくれたのだろう。
それが行きすぎてしまっただけなら俺が怒るのは筋違いだろうと思うし、
謝るのはクロ子にだけでいいはずだ。むしろなんで俺に謝っているんだ。
あともっと言うならバイソンも全く謝る必要ないよね。話を聞いた限りだとさ。
むしろ謝るのはサレ夫オンリー?

>「悪気があったわけじゃないんです! ただ、部長が一人でリア充になるのが気に入らなかっただけで!!」

あーでもこの言葉でちょっと謝られてもいい気がしてきたなー。何その一蓮托生理論。
つーかクロ子と2人で文化祭回ってただけだろ。それがどう狂えばリア充になれんだ。
つーか勝手にリア終扱いするんじゃねぇ!まだまだ俺は諦めちゃいねぇんだぞ!

>「とにかく、小羽ちゃんを捜しましょう」

「そっか、勝手にすればいいんじゃね?俺は別にキャンプファイヤーの時に会うから」
とはいえこいつらが謝りたいというのならそれを手伝うのは構わないと思う。
後夜祭まで時間はあるし、それまでこいつらに付き合って時間潰すのもありだろうな。

とはいえ、手分けして探してみたがクロ子は見つからず…暗くなる頃に集合したが、
成果が芳しくなかったことは全員の表情を見れば推して知れる。まぁクロ子だもんな。
そういえば、今回のキャンプファイヤーは廃校舎を丸々燃やすらしい。馬鹿じゃねーの。
色んな法律に抵触してる気がするんだけど問題ないのだろうか?あと公害物質とか。

>「……ちょっと待ってください。部長、小羽ちゃんの手紙には確か、」

「ん?何の」
ことだ、と話しかけてきたQJに答えようとした瞬間、周りが慌ただしくなってきた。
燃え始めた廃校舎、その最上階に人が取り残されているらしく…すぐに近くへ向かう。

>「あれは――ヘキサゴン事件のときのDQNたち!?」

「おいおい…つーかまだこの学校いたのかよあいつら」

>「こんなとき、小羽ちゃんがいれば……!」

「いや、さすがにクロ子でも無理…とは言えねぇか」
でも今ここにいないのは確かな訳で、いない人物の助力を望んだってどうしようもない。
「俺をフルボッコにした奴らとはいえ、あのままバーベキューはちょっと可哀想だろ。
 なんとか、助け出す方法考えてやってくれ。俺は声でも掛けにいくかな」
大丈夫だぞ、ってな。3人と別れ、俺は1人で廃校舎を囲む野次馬の群れに押し入る。
つーかなんだよこの野次馬の量!みんな暇すぎだろ!こんなにいるなら助けてやれよ!

人混みを押しのけ、わりと前の方まで来た。見上げ、声をかけようとして。
「…んー。なんか怪しいんだよなぁ」
腕を組み、思わずつぶやいてしまう。いや、ちょっとした疑問があるのだ。
廃校舎をキャンプファイヤーとして燃やすなら、当然安全確認はしているはずだ。
誰かが勝手に使っていたりしないかなど、何度も内部を見回っているに決まってる。
廃校舎で寝泊まりしてたのなら、生活用品あるってことだろ?気づくだろう、絶対に。

62 :部長:2011/11/07(月) 04:12:36.14 0
そもそも、さっきQJに教えてもらった情報。聞くところによれば、って言ってたか。
キャンプファイヤーに使う予定の廃校舎に子犬を隠れて飼っているDQNがいる――。
その情報、簡単に手に入ったようだ。つまり、みんなに普通に知られてるってこと。
それなら、実行委や執行部が全く掴んでないのもおかしい話だと思わないか?
そんな事実はなく、風紀委員に賄賂渡して侵入して、火が付いてから出てくる、とか――
ふと周りを見回す。廃校舎の屋上で助けを求めるDQN共。何も考えなけりゃざまあだが。
集まる野次馬の視線は、そこを一点集中。他など、全く視界に入れてなどいない。

――これが、ものすごい大袈裟なミスディレクションだとしたら?

そんな仮説に辿り着いた瞬間、背中に熱を感じた。いや、これは違う。猛烈な痛みだ。
そんな経験があるわけじゃないけど、まぁわかる。刃物だな。ざっくりと、貫かれて。
一度抜いたかと思ったら、また刺した。二回刺すか。確実に殺しに来てんなぁ。
さっきも言ったが、俺は結局ずっと着ぐるみ着てる。頭だけ外してる状態で回ってた。
制服とかだったら血がドバドバ出て騒ぎになるんだろうが、着ぐるみの中に溜まってる。
周囲に怒りすら覚える。邪魔なんだよお前ら。後ろ振り向くことすら、出来ねぇだろうが。

周りの奴らはみんな上を見て、様子のおかしい俺の方なんか全然見ようともしない。
目が霞んでくる。俺の口から漏れるうめき声は、雑音と野次に掻き消されて霧散する。
待てよ。おい待てよ。こんな終わりは認めんぞ。もうすぐ後夜祭が始まるんだよ。
キャンプファイヤーがあるんだ。クロ子と踊る約束しちまったから、サボれねぇな。
なんか様子おかしかったから、いつも通り俺の渾身の説得タイムが始まるのだ。
あいつがどんなトラウマ抱えてんのか知らねぇけど俺は気にしないことを伝えて。
どれだけあいつが俺にとって必要な人物なのかを小っ恥ずかしいが明かしてしまうのだ。
俺の希望的観測ではそれでみんなハッピー。踊って終了、依頼完遂、また明日!
そうやってさ、終わるべきだろ!

もうクロ子待ってんじゃないか?こんなとこで時間潰してる場合じゃなかったな!
校舎裏だろ、早く行かないと!俺は約束は守る男だぞ!間に合わないとか許さんぞ!
クロ子が待ってる!N2DM部の大事な書記に、早く会いにいかなきゃいけないのに!

のに…

視界が滲むのは意識を保てないからか、もしかしたら目元に涙でも浮かんでいるのか。
それすらも判断かできないまま、俺の精神は黒へと闇へと墜ち込んでいった――。

――――――

ごった返す人混み、足から力が消え失せようと人が支えとなって倒れることはなく。
やがて逃げ遅れた生徒3人が燃え盛る廃校舎から脱出する。方法はこの際問題ではない。
人騒がせが一段落すると、野次馬どもは少しずつ散開して行く。それぞれの場所へ。
支えを失った着ぐるみは、膝をつくこともなく砂埃を立ててその場に倒れ伏す。

「うお!びっくりした。何?気絶?」
「ちょ、ちょっとちょっと!その人から流れてるの…血じゃない!?」
「お、おい!タンカタンカ!」
「すぐに保健棟に連絡を!保健委員を呼べ!」

▼N2DM部・第6依頼▼
完遂

63 :(部長):2011/11/07(月) 04:13:23.33 0
保健棟にある病室には、『面会謝絶』の札がかかっている。
生きているのか死んでいるのかさえ、定かではない。

今日も、この学園は変わらず動いている。
生徒1人消えたところで、大多数の生徒には、何の影響もないのだから。

64 :梅村遊李 ◆89ggxEkiHQ :2011/11/08(火) 18:01:23.43 O
>「ホントすいっませんでした!!!!!」
「な…なんで俺まで…。」
変態営業、サレ男、俺の3人は旦那の前で土下座させられていた。
お化け屋敷で何やらかしたか知らねーが、俺ァお化け屋敷じゃ何もしてねぇってのに…。

俺は土下座をしながらお化け屋敷から出て来た時の瓶底眼鏡の言葉の意味を考えていた。
>「……梅村さん。これからも、部長とN2DM部をよろしくっすよ」
あの表情と意味深な言葉にポカンとしているうちに瓶底眼鏡はどっかに行っちまったが…。
>「とにかく、小羽ちゃんを捜しましょう」
とりあえず行方知れずの瓶底眼鏡を捜す事になった。
…面倒だが…しょうがねぇな…。

「結局見当たりやせんでしたねェ…」
夕方まで粘って捜すが成果は上げられず…なんだかんだでキャンプファイヤーの時間になっちまった。
なにやら話によると今回のキャンプファイヤーは廃校舎を丸々1つ燃やすときたもんだ。
しかも警備は風紀委員が任されているという事で、午後の会議に出席するようにとボスからメールが来ていた事に今更気付いた俺の馬鹿。
仕方がねぇ、今からでもボスに謝りに…
>「あれは――ヘキサゴン事件のときのDQNたち!?」
廃校舎に火がついて騒がしくなってきたと思ったら、最上階に人が取り残されていたらしい。
しかも取り残されてんのは嶋田の手下だったDQN共…。
>「こんなとき、小羽ちゃんがいれば……!」
>「いや、さすがにクロ子でも無理…とは言えねぇか」
「こんな時に居ねぇ人間の話をしてもしょうがねぇですぜィ。」
とりあえずしょうがねぇけど助け出す方法を考えてはみるものの…空気が乾燥している為、火の回りが早い。
真っ正面から突入して助け出せる確率は5分だな…。
>「俺をフルボッコにした奴らとはいえ、あのままバーベキューはちょっと可哀想だろ。
 なんとか、助け出す方法考えてやってくれ。俺は声でも掛けにいくかな」
「あ、ちょっと旦那。」
旦那は一人で野次馬の中へと潜り込んで行った。
まあ、いくら旦那でもこの火事の中を単身で助けに行きはしないだろう。
「俺ァとりあえずありったけの消火器をかき集めに行って来るぜィ。」
そう言って人混みから脱出すると…
「あ…アレィ?どうしたんですかィ、ボス?」
そこには腕組みをして険しい顔をしたボスのお姿が…。

65 :梅村遊李 ◆89ggxEkiHQ :2011/11/08(火) 18:03:17.31 O
>「火事なら心配いらん。ほら、校舎を見てみろ。」
言われて振り返ると消防車が消火活動を始めていた。
「いくらなんでも早過ぎじゃ…」
>「こんだけデカいキャンプファイヤーだ、初めから消防車の準備はしておいたさ。」
さすがボス、抜かりがないぜィ。
それじゃあ何故そんな険しいお顔を…?
>「梅村、私のメールは読んだか?」
「あ…す、すいやせん。ちょっと忙しくてさっきボスのメールに気付いたんですよ。」
>「まったく…」
ボスの険しい顔が全く和らぎそうにない。
会議ってのはキャンプファイヤーの警備についてだけじゃなかったのか…?
>「嶋田先生…いや、嶋田の不起訴が確定した。」
「あ…あはははっ…いやいや、冗談を言う時はそんな険しい面してちゃダメですぜ、ボス。
 あんだけ派手にやらかしといて不起訴なんて…」
>「大分金をバラまいたみたいだ。表に出る事は暫く無理だろうが…奴は必ず復讐に来るぞ。」
ちっ…しつけぇ野郎だ。
まあ良いさ、DQNなんざ何人来ようが俺の敵じゃねぇ。
それはボスだって分かってる筈だ。
なのに何でまだ険しいお顔なんでィ?
>「梅村…おかしいと思わないか?廃校舎を燃やす程のキャンプファイヤー、勿論しっかりと中に人が居ないか何度も確認した。
 にも関わらず3人も中に取り残されている状況。
 そして…廃校舎の中に人が居ないか確認をさせた山崎含む4人の風紀委員と先程から連絡がとれない…。」
…ダメだ。
まったく話が読めねぇ。
一体ボスは何が言いたいんでィ?

>「つまりだ…」
>「うお!びっくりした。何?気絶?」
ボスが俺に分かりやすいように解説を始めようとした時、野次馬の一人が声を挙げた。
>「ちょ、ちょっとちょっと!その人から流れてるの…血じゃない!?」
>「お、おい!タンカタンカ!」
>「すぐに保健棟に連絡を!保健委員を呼べ!」
その声に釣られるように次々と悲鳴や救助を求める声が聞こえてくる。
廃校舎の火はすっかり消火されていたが、救助された筈のDQN共の姿も見当たらない。
タンカを呼ぶ男に近寄って行くとそこには見覚えのある顔。
……ついさっきまで普通に話してたじゃねぇかよ…
「おいっ!旦那っ!!?どうしたんだよ!!誰だ!?誰にやられた!」
俺がどんなに問い掛けても旦那から返事は帰って来ない。

66 :梅村遊李 ◆89ggxEkiHQ :2011/11/08(火) 18:05:16.68 O
タンカを持った保健委員に引き剥がされ、俺はその場に呆然と立ち尽くした。
>「今回のキャンプファイヤーは恐らく嶋田の提案だ。そして、廃校舎の確認に行った山崎含む風紀委員4人は嶋田に買収されている可能性が高い。」



「知らねぇわけねぇだろィ?隠しても何も良いことないぜィ?」
>「ほ…ホントに知らねぇんだ!も、もう勘弁してくr…ガハッ!!」
これで70人目…。
嶋田の件に関与したDQN共を手当たり次第に車でかっさらい、取り調べ室で尋問すること数日…
どいつもこいつも嶋田に関して情報を持っていやがらねぇ。
おまけに山崎含む4人の風紀委員も姿を消した…。
ボスは山崎達も嶋田に買収されたと疑っているみたいだが…まさか山崎が俺達を裏切るわけがねぇ。
アイツは…金で俺達を裏切るような奴じゃねぇ。
「さて、次は………ボス。お願いですから自宅に居て下さいって何度言えば…」
>「そうも言っていられる状況じゃないだろ。むしろお前こそ少し休め。不良共相手とはいえこれはやり過ぎだ。」
ボスは取り調べ室の前に転がるゴミ共を見て深いため息をついた。
……今の俺にやり過ぎなんて言葉はねぇ。
旦那を刺した野郎を見付ける為ならどんな手でも使ってやらァ。

>「部の方に顔は出したのか?」
俺は黙って首を横に振る。
連中に合わせる顔なんざあるわけがねぇ。
瓶底眼鏡に旦那をよろしく頼むと言われたのにも関わらずこのザマだ。
それに…今の俺は部の連中と一緒に居られるような状態じゃねぇ。
>「とりあえず寝ろ。食事も用意してやるから…」
「そんな暇はねぇって言ってんですよっ!!
 仲間が刺されてんだよ!やった奴見付けてぶっ殺すまで……すいやせん…。」
こうやってボスにですら当たり散らしちまう始末だ。
今は誰かと一緒に居ない方が良い。

67 :梅村遊李 ◆89ggxEkiHQ :2011/11/08(火) 18:06:59.91 O
>「待て!梅村!どこに行く気だ!」
俺はおぼつかない足取りで取り調べ室を出る…次の獲物を捜す為に。
「大丈夫ですよ。ちょっくら気分転換に散歩行ってくるだけですから…」
>「しかし…!」
ボスの言葉を全て聞く前に取り調べ室の扉を閉める。
ダメだダメだ、ボスに止められると決意が揺らぎそうになる。
悪いなァ、ボス…俺は旦那を刺した野郎を見つけ出すまでは止まらねぇと決めたんだ。

「次はアイツだな…。」
>「梅村君!」
次の獲物に近付く俺の背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「…山崎!?今まで何してやがったんでィ!」
声の主は姿を消していた風紀委員の1人、山崎だった。
>「ごめんね、何の連絡も無しに居なくなっちゃって。ちょっとこっちはこっちで取り込んでてさ。」
やっぱり何か理由があったのか…まったく、ボスも早とちりだぜィ。
「心配かけさせやがって…。ボスも心配してたぜィ。早く顔出して来い。ところで、他の3人は……っ!!?」
突然後頭部を何かで強打された。
頭がクラクラしやがるっ………どういうこった…。
薄れゆく意識の中で微かに見えたのは山崎を含めた4人の風紀委員と、バットを持ったDQN共。
>「ごめんよ梅村君…。でも大丈夫、すぐにまた一緒に居られるようになるから。」

「…………っ……!」
>「やあ、お目覚めかい梅村君。僕達のアジトへようこそ。嶋田はここには居ないよ。
 女の所に行って来るって言ってた。」
ちくしょう…夢じゃなかったのかよ。
後頭部に残る痛み、完全に拘束された手足、そして目の前に居るコイツらを見る限り間違い無く現実みてぇだ。
「山崎ィ……何で裏切った!俺達は金なんかで…」
>「お金じゃないよ。僕はね。他の3人はお金に釣られたみたいだけど。」
「じゃあ一体何でっ…!」
>「梅村君、君のせいだよ。」
山崎は笑顔でそう言い放った。
俺のせい?
俺のせいで山崎は嶋田の下についたってのか?
>「まあ、君には分からないだろうね。僕はね…君が好きだったんだよ。
 でも君は何かあればあの女…君の大好きなボスの事ばかり。
 僕の事なんて一度も女として見てくれた事無いでしょ?」

68 :梅村遊李 ◆89ggxEkiHQ :2011/11/08(火) 18:09:30.40 O
……ふ…ふざけんなっ!
そんな理由で納得出来るか!
そんな下らない理由で嶋田についたってのかよ!
>「嶋田の不起訴が決まったのを聞いたのは恐らく文化祭の時だろ?
 僕は生徒会と同じ…もしくは生徒会よりも早い段階で嶋田の情報を手に入れていた。
 その時から嶋田の下について君を手に入れようと考えていたのさ。」
話を聞けば聞くほど信じられねぇ…コイツはホントに俺の知ってる山崎だってのかィ…。
>「お察しの通り、キャンプファイヤーの1件も僕達が仕組んだのさ。
 野次馬に紛れて後ろからサクッてね。まさかあんなに上手くいくとは…」
「山崎ぃぃ!!!いくらテメェでもそれ以上は許さねぇぞっ!!」
クソっ!!こんな拘束具ぶっ壊して…
>「あははっ…ごめんよ。そんなに怒らないでくれ。ちなみにその拘束具は鋼で出来ている。
 いくら君でも壊すのは不可能さ。」
>「それと、面白い仕掛けもあってね…」
「…ぐっ…がぁぁぁあああ!!?」
全身に激痛が走る…電気ショックか…
厄介な物作りやがって…。
>「僕はその君が滅多に見せない苦痛に歪む顔が好きなんだ…だってそんな顔、あの女の前ではしないだろう?
 その顔は僕だけの物…そうだろ?」
コイツ…とんだイカれ野郎だぜ…ヤンデレかテメェ…。
「……くっ…くくっ………あははははっ!
 テメェはこれで俺がテメェの物になるとでも思ってんのかィ?
 いくらテメェが俺を拘束しようが痛めつけようが…俺の心はあの人のモンなんだよっ!!」
>「……そうかい。なら君の目の前で彼女を殺すしかないね。」
「テメっ……グがぁぁあああ!!!!
 ふざ…けんじゃ……ねぇ…っ……!
 ……頼む……ボスには…手を出さないでくれ…。」
>「おや、珍しく弱気だね梅村君。でもダメだよ。もう決めたから。
 どのみち彼女が消えないと君は僕を見てくれないからね。」
痛みで意識が遠のいていく…。
ボス…旦那…みんな……すまねぇ。
俺ァどうやら…何も守れねぇみたい……だ…。

69 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/11/11(金) 22:18:56.97 0
長志恋也は想像力が豊かだ。
だから他人に自分のイメージを押し付ける事が出来る。
そして同時に、他人のイメージを強く受信し過ぎるのだ。
小羽の強烈な殺意を浴びせられた彼は思わずよろけて、壁に背中を預ける。
表情こそ取り繕っていたが、心臓は跳ね上がり、足腰には殆ど力が入らなかった。

>「あはは。皆、すみませんっす。つい、驚いてしまったっす」
 「部長にも、すみませんっす。この埋め合わせは――――後夜祭。
  キャンプファイヤーで踊る約束で、許して欲しいっす、集合場所は封筒の中でよろしくっす」

小羽が走り去っていく。
長志恋也には何も出来なかった。
ただ彼女の残していった深い悲しみの残滓に、目を細める事で精一杯だった。

>「ホントすいっませんでした!!!!!」
>「な…なんで俺まで…。」

九條に無理矢理土下座をさせられても、長志恋也は黙ったままだった。
一言二言、平時の邪気とすら言える気概がさっぱり胡散霧消した声色で謝罪をして、それだけだ。
旧校舎に取り残された不良達を見ても、部長が刺されてタンカで運ばれて行く様を見届けても、
彼の様子は変わらなかった。
一体何を考えているのか、本人にすら分からなかった。
分からないまま、覚束ない足取りで自室に帰った。



――長志恋也は自分自身を自在に作り変える事が出来ると自負している。
故に彼は『現状』に執着を持てなかった。
壊れてしまったらそれまで。また別の自分になればいい。
その程度にしか考えていない。有り体に言って、彼は見下げ果てた人間だった。
そんな精神性をしているからこそ、今まで数え切れない部活動から追い出されてきたのだ。

「……今度も、それでいいのか?」

暗がりの中で自問して――そして彼は一つの決断をした。

70 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/11/11(金) 22:19:22.61 0
部長が凶刃に倒れてから数日、長志恋也は何度か保険棟に足を運んだ。
だが面会謝絶の札が病室の扉から消える事はついぞないままだった。
思わず溜息が零しながら、病室の前から立ち去る。
ふと、折角用意した花を無駄にしてしまうのも勿体ないなと益体もない事を考えた。
病室の前に花を放る。運が良ければ誰かが見つけて、部長に届けるだろうと。
打ち捨てられたのは一輪のローズマリー。花言葉は――『再生』。

「本当は……ユーカリの花が欲しかったんだがな」

誰にともなく呟いて今度は部活棟へ、N2DM部の部室に向かった。
想像力の仮面を被り、ノックもなしに扉を開く。

「……なんだ、いたのかお前達」

他の部員を認めるなり感慨なさげに一言。
ただの偶然か、それともずっと彼らがここに通っていたのかは分からない。

「まぁ、そう構えないでくれ。私物を回収したらすぐ立ち去るさ」

限りなく淡白な口調だった。まるで、まるでここにもう用はないと言わんばかりの。
彼の態度に、九條や小羽は何を思うだろうか。

「……なんだ?そんな顔をして」

目を細めて、尋ねる。

「あぁ……もしかしてお前達、本気だったのか。
 本気でこの部活が好きで、あの男と友達でいるつもりだったのか?
 おっと……気を悪くしたらすまないな」

それから独り合点して、そう呟いた。
この言葉が二人の感情をどれほど掻き乱して、黒い炎を生み出すか。
彼ならば容易に想像が出来ると言うのに、あえて。

長志恋也は人格破綻者で、現状に拘ろうとしなかった。
故に彼は自分の好きなように振る舞えて、好きな事が言えた。

「いやな、俺はてっきり自分の能力が活かせるとか、自分を認めてくれるとか、居心地がいいとか、
 そういう理由でお前達がここにいると思っていたからな。少し意外に思っただけだ」

少なくとも自分はそうだった、と付け加えた。
部長の傍は――居心地がいいのだ。
誰よりも能力で劣り、だが誰よりも鷹揚に誰もかもを受け入れ、
だからこそ誰もが心地よく下に付く事が出来る。
九條や小羽もその口だろうと、彼は本気で思っていた。


71 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/11/11(金) 22:20:12.14 0
「お前達、ジョジョの奇妙な冒険って読んだ事あるか?俺は今でも読んでる。
 それはとにかく第五部だったかな、こんなセリフがあるんだ。
 「俺達は彼女がどんな音楽が好みなのかも知らないんだぞ」ってな。
 お前達はあの男の、お互いの何を知っているんだ?
 好みのタイプは?食べ物の好き嫌いは?漫画の好みは?趣味は?将来の夢は?
 お前達は本当は……何も知らないんじゃないのか?

 この部活は、常に外部の問題に目を向ける事で成立してきた。
 お互いの能力に信頼を向ける事で成功してきた。
 それはつまり……お前達がお前達である必要も、お互いがお互いである必要もなかった。
 お前達は所詮皆、時計の歯車に過ぎなかった。誰かの、自分自身の願望の奴隷でしかなかった。
 ……そうなるんじゃあ、ないのか?

 まぁ……だからなんだ、って話なんだがな。別にそんな間柄は世の中にいくらでも溢れている。
 お互いがそれで幸せならそのままでもいいんだろう。
 ただ……少なくとも俺は、そんな関係に価値などないと思うぞ」

――故に理想論者は傲慢に、身勝手に、お節介で、上から目線に、時計を壊すのだ。
ほんの小さな亀裂に刃を差し込んで、全体の亀裂にまで広げていく。
日常と平穏を被せて誤魔化されていた壁の存在を暴き出す。

機械の故障を直すには一度分解する必要がある。
二つに分かたれた国を一つに戻す為に、ベルリンの壁は壊された。
この世へと生まれ来る雛達は、卵という世界を突き破って生を得る。

――何かを正したければ、手に入れたければ、一つの世界を壊さなくてはならないのだ。

「それに……ここで待っている意味もないな。さっさとあの男の代わりを探しに行くべきだ。
 あれ程の凡夫はこの学園じゃ逆に探すのが難しそうだが……見つからない事もないだろう」

怒りと力を煽り立てる、露骨な二元論だった。
露骨過ぎるからこそ、選択は容易だ。
立ち向かうか、逃げ出すか。

【正直、調子に乗りすぎていると自覚も反省もしている。すまない。
 それとウメに関しては俺からではどうにも絡む術が思いつかなかった。重ねてすまない】

72 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/11/14(月) 00:15:16.29 0

鰐は泣きました。わんわんと泣きました

だけど、そんな鰐に声をかけてくれる人は誰もいません
やがて、泣いて泣いて、鰐は干からびて死んでしまいそうになりました

だけど、そんなある日。
一人の男の子が、鰐を見て彼女に声をかけたのです――――


それから、鰐は頑張りました
魔法使いに頼んで、着た者が人間に見える不思議な黒い衣を貰いました
衣である鱗を隠して、弱く見えるように努力しました
顔に、演劇の黒子の様な覆面を被って、その鋭い牙を隠しました
誰からも頼られない様に、好かれない様に、その獰猛な声を隠して、
淡々と鳴ける様に特訓しました

そうして黒子になった鰐は、やっと人助けが好きな優しい男の子の日常の傍らに溶け込めました
その後もずっと、男の子の黒子として過ごす事を決めていました

……だけどある日、黒子のいる学校で悪い人たちが暴れ始めました
黒子は困りました。なぜなら、男の子が悪い人たちをやっつける事を決めたからです
このままではきっと、男の子は痛い目にあってしまいます。

黒子は悩んで悩んで、悩みました
自分なら、魔法の服を脱げば、男の子の敵である悪い人たちをやっつける事が出来ます。
その牙で、爪で、男の子に向かう悪い人を食い殺してしまう事が出来ます。
だけど……魔法の服は、一度脱げばもう二度と着られない服なのです。
服を脱げば、鰐になった黒子は、もう男の子の側にはいられないのです。
黒子は悩んで悩んで……そして、決めました。決めたのです

――――

夜闇の中に焼け落ちる木造の建造物は美しい。恐ろしいほどに。
……旧校舎を利用してのキャンプファイヤー。盛大で荘厳なその炎の芸術は、
一般の学生にとってはさぞかし見ごたえのあるものだったであろう。
故に、誰に罪があったのかと誰かが問うた時に、
傍観者にも罪があるという集団主義じみた回答をする者はいまい。
では……ならば。誰が「原因」であるのか
悪である者は、たしかに正体不明の暴漢と、その背後に居る者達にあるのだろう。
しかし、振るわれた凶刃に気づいた者がいなかったのは、その「責任」は
やはり……この学園の生徒全てにあると言わざるを得ない
日常に怠惰し、平穏に淫奔し、享楽に強欲し
誰かに降りかかるであろう悪意を見逃した、責任

「――――君っ!!?」

悲鳴の様な声は女性のモノであった。
校舎裏から現れたその声の主は、
倒れた一人の生徒を見ると蒼白になりつつ駆け寄り、
それが想像通りの人物だと把握すると、普段の彼女からは想像も出来ない様な
鬼気迫った様子で周囲に的確な指示を出し、懸命の応急処置を執り行なう。
……恐らく、この時に彼女が応急処置をしていなければ、
倒れた生徒の命の灯はその場で消えうせてしまっていた事だろう。
燃え盛る旧校舎の裏で、大事な人を待っていた少女。
懐に仕舞い込まれた手紙に書かれた通りに、ダンスをしようと待っていた少女
この文化祭を全力で楽しめる予定だった少女

「生徒会長」であるその少女は、必死の蘇生術を繰り返す。


73 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/11/14(月) 00:18:15.45 0
――――同刻。

燃え盛る炎が伸ばした校舎の影の中で、一人学園に背を向けて歩く少女の姿があった。
夜空の星を思わせる様な、純銀のウルフヘア。
精悍で、野生の狼を髣髴とさせる美しい容貌を持つ少女の名は、小羽鰐。
N2DM部書記にしてお茶汲み係であった一人の少女
小羽は、人気の無い学園の裏門を一人潜り抜ける

「……今頃、部長は会長さんと上手くやれてるっすかね
 あそこまでお膳立てしたから、いくらなんでも大丈夫だと思うっすけど
 ……なにせ、部長ときたら鈍感っすからね」

影の中を歩きながら、俯いてそう呟く。その声は、何かを堪えるかの様に震えている。

「……まあ、部員の皆がいるから大丈夫だとは思っすね。
 九條さんは変態っすけど、実は誰より純粋っす。
 梅原さんは……乱暴っすけど、誰かを大切に出来る人っす
 長志さんは、妙な事ばっかり言ってるっすけど、誰より現実を見てる人っす。楯原さんも……」

思い浮かぶのは、彼女が過ごして来た日々。今まで関わってきた、数多くの仲間達。
笑い、騒いだ、聖域の如き日常。小羽という人間には勿体無いほどのその輝かしい日々。
それを思い浮かべながら、彼女は夜空を仰ぐ

「……そう、皆がいる。みんながいるから、大丈夫っすよね」


「――――私がいなくても、大丈夫っすよね」


塗れた瞳。そこに溜まった雫を、小羽は袖で拭う。
大切な人たちを傷つけない為に。そして己に課された約束を破ったが為に。
小羽鰐は学園を去っていく

彼女は知らない。
この瞬間に、彼女が守ろうとしている日常が、壊された事を。
誰よりも大切な人が、いつかと同じ様に「悪人」の刃に倒れた事を

それは正しく道化で――――愚か者の選択であった


――学園の一室。
小羽鰐が寝泊りしていた宿直室はがらんどう。
引越し用のダンボールに包まれていた数少ない荷物は、いつの間にか運び出されていた。
今や、彼女が学園に在籍していた事を示す者はただ一つ。学園長室に差し込まれた手紙のみ。

74 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/11/14(月) 00:19:19.57 0



『 退学届

  拝啓、学園長殿。
 私、小羽鰐は、入学時に貴殿と暴力事件を起こさないという
 契約をしたにも関わらず、この度一身上の都合でそれを破ってしまいました。
 その為、契約通りここに退学の申請をさせて頂きます

 大変申し訳ございませんでした。

 貴殿は何もおっしゃりませんでしたが、風紀委員と諜報部の情報網により
 私が壁狭組に対して起こした事件はご存知の事だと思います
 にもかかわらず、事件から今日までの猶予を与えてくださった事、
 感謝に尽きません。そして、貴殿の信頼を裏切った事、再度謝罪致します。

  尚、手前勝手ではございますが、私と交流があった生徒達には
 この理由を告げないでくださる事をお願いさせていただきたく存じ上げます

 ○月×日
                         氏名:小羽 鰐  』



……彼女が今回の事件について知るのは、数日後。
それは全てに畏怖された不良。『人食い鰐(クロコダイル)』が蘇えった日と重なっている。



75 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/11/14(月) 00:23:30.73 0
>>71
告げられる長志の言葉。まるで、誰もが避けてきた傷口に無理やりに目を向けさせる様な
その言葉を静かに聴いていた「小羽鰐」は、小さく口を開く

「――――そうッスね。確かに貴方のいう事は合理的で事実だとおもうッス」

抑揚の無いその声は、どこか機械じみていて氷の様な冷たさを感じさせる。
まるでそれは、本人に似せて精巧に作られた偽者の様であった

「ここは、心地よくて、いい場所ッス。
 だから、その場所と「部長」に甘えてる人もきっと多いと思うッス」

「外に目を向ける事で自分の傷には目を向けない。きっとそれはなによりも難しくて、
 そして、隣人の変化や傷にさえ気付かない、誰よりも怠惰な生き方ッス」

呟く「小羽鰐」。
彼女は顔を上げ――――「ウィッグ」を取り外すと、君臨するかの様に立ち上がった。


「――――だからこんな結末を迎えた。そうですよね?」


凛として、人の脳髄までに染み入るかの如き声を放つ少女。
驚くべき事に、それは小羽鰐ではない。
学園の「生徒会長」にして今回の事件に最も憤っている人物の一人。
最強にして無比の存在であるその少女が、ここに君臨する。

「変装と、イメージによる錯覚。初めて使ってみたんですけど、少し疲れますね」

万能の生徒会長は唖然とする部員達を見つめ、ため息と共に言葉を吐く
それだけの挙動で、空間が彼女という一つの「絶対」に制圧されたかの様な錯覚さえ感じられる。

「……まあ、私も貴方達の「部長」さんから目を背けていたという点では変わりませんし、
 守るべき生徒をむざむざと傷つけさせた事を責められれば、反論の余地もありません」

そう一置きすると、生徒会長はその美しく……僅かに疲れがみえる「仮面」に付いた二つの目で
N2DM部に居る部員達を見つめる

「本当は、それでも貴方達に色々言いたくて来たのですが……言いたい事は
 そこの詩人さんが言ってくれた様ですので、用件だけ伝えて失礼するとしましょう」

「今回の事件は、大きなものになりすぎました。
 勿論学園としては総力を結集し解決へと向けて行動していくのですが、
 それ故に、私達生徒会と委員会は貴方達に「組織として」の協力は出来ません。
 ですから、仮に委員会等を通じて援助を求めても答えられませんので、
 くれぐれも無茶や勝手な行動をしない様にしてください」

告げられるその言葉は事務的で冷たく、それでいて含みのある言葉。
彼女は暗に含んでこう言ったのだ「行動するのなら、自分の意思で行動する様に」と。
そして、言いたい事だけを言うとたおやかな仮面を被ったまま部室を出て行こうとし、

「ああ、そういえば……九條さん。
 諜報部の部長が風紀委員に関して個人的に話があるとおっしゃっていましたよ?
 それから、長志さん。先ほどから「拳を握って」いる様な気がしますけど、どんな感情を抑えようとしているのですか?」

学園最強の存在は、最後にそう言い残して今度こそ歩き去って行った――

【長くてすみませんっす……
小羽鰐:退学届け提出。人食い鰐として暴力組織相手に無差別に暴れ始める寸前】


76 :名無しになりきれ:2011/11/14(月) 19:51:05.65 O
( ^ω^)ブーンブンシャカブブンブーン

77 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/11/17(木) 05:04:00.38 0
のっぴきならない状況に陥ったとき、どう立ち回るかという選択は、きっと誰もが人生の中で幾度も経験することだろう。
本当は切羽詰らないように前々に対処しておくのが一番正しい生き方だけれど、不測の事態は避け得ない。
誰もが必ず、いつかは向きあう選択肢――ゆえに、人の数だけ答えがある。

例えば、大切なものを失ったとき。譲れないものを害されたとき。
悲しみ嘆く人、現実から目を背ける人、怒り狂って触れるものみな傷付ける人、あの時こうすれば良かったと後悔する人。
――失われたものを、別の何かで代行する人。

もう二度と元には戻らないものを、それでも取り戻そうとあがくよりも、新しい何かで納得できるように努力すること。
配られたカードで勝負するしかない現実で、手札を捨ててもう一度山札から引く決断のできる者。
生物学的に言う、『適者生存』っていうのは、いかにもこのことを言うんだなって、僕はなんとなく考えていた。

人は過去では縛れない。踏み出すのを躊躇する理由があるとすれば、それは漫然とした未来への不安だ。
だから――僕らは未来を変える。選択の先へ進む背中を、自信持って押せるように。


部長が刺されてから数日の間、僕はずっと部室にいた。
保健室は面会謝絶だし、行ったところで何が出来るわけでもないし。
……保健室に集う人間の、あまりの辛気臭さに耐え切れなかったっていうのもある。
梅村くんは犯人を探すって飛び出していったっきり帰ってこない。長志くんはどこに行ったのかすらわからない。
部室には僕と小羽ちゃんのふたりきり。何を話すでもなく、ひたすら二人でぼんやりと過ごしていた。

僕は動けない。
文化祭の最中に生徒が刺されて――意識不明の重体に陥るなんていう、前代未聞の大事件。
当然ここまでおおごとになれば、関係者である僕達にもちらほらと注目と監視の目が向けられていた。
僕のスキル、諜報術は公での使用を禁じられている。生徒会諜報部の勧誘を蹴った代償だ。
衆人環視の中で謹慎指定の技能を発揮するわけにもいかず、そうなるとただの役立たずと化した僕にできることなんてない。

それに――部室を空にしたくなかった。この部屋の主が帰ってきたときに、いつでも暖かく迎える準備をしていたかった。
僕らネームドキャラの他にもN2DM部には部員たちがいるはずなんだけど、僕や小羽ちゃんの居る応接スペース以外は閑散としている。
部長という頭を失った烏合の衆の結束力なんて所詮こんなもんだ。
そりゃあ、他のみんなも自分の仕事や事件の事後処理に忙しいんだろうけどさ。やっぱり寂しくなるもんだね。
年代物の石油ストーブに手をかざしながら、僕はぶるりと震えた。11月のすきま風がびゅうびゅうと入り込んでくる。
知らなかった。この部室って、こんなに冷えるんだ……。

>「……なんだ、いたのかお前達」

不意にノックもなしに扉が開く。この無遠慮な開け方に、部長のそれが重なって、僕は弾かれたように顔を上げた。
そこに居たのは、どこをほっつき歩いてたのか長志くんだった。

「ど、どこ行ってたんだよっ! 携帯かけても出ないし、部長のとこにもいないし!」

実に数日ぶりの再会を果たしたN2DM部きっての自由人は、僕の非難に眉ひとつ動かさない。
思わず立ち上がってしまった僕は、そのあまりのテンションの違いにたちまち声を落としてしまった。

>「まぁ、そう構えないでくれ。私物を回収したらすぐ立ち去るさ」

「回収って、こんな時にまた放浪するつもりかよっ? そんな場合じゃ――」

>「あぁ……もしかしてお前達、本気だったのか。
 本気でこの部活が好きで、あの男と友達でいるつもりだったのか?

「――――ッ!」

まるで捻った蛇口から出てくる水道水みたいな口調で紡がれる言葉に、その意味に、絶句する。
それこそ本気なのか、だ。いくら社会不適合者筆頭の長志くんでも、この状況で言うべき言葉の区別ぐらいはつくはずだ。
つまるところ彼は、区別をつけた上で――決別の為の挑発を、僕らに仕掛けてきている。
真意をつかむべく、僕は清聴した。

78 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/11/17(木) 05:06:21.58 0
>「いやな、俺はてっきり自分の能力が活かせるとか、自分を認めてくれるとか、居心地がいいとか、
>《中略》ただ……少なくとも俺は、そんな関係に価値などないと思うぞ」

………………正論だ。彼の言ってることは、概ね正しい。
というか当然だ、部長と仲良くしたいだけならば、僕らは単なる「お友達」関係でもいいはずだ。
こんな部活まで立ち上げて、生徒会を敵に回してまで頑張ってたのは、自分のスキルを役に立てたいって思いがあったから。
芸術や、スポーツと同じ――自己表現の手段として、N2DM部に参じていたに過ぎない。

「でも、居心地いいんだよな、ここ」

いつしか手段と目的が入れ替わってた。
父より凄い営業マンだって証明するために、N2DM部の知名度を物差しにしてただけのはずなのに。
体育祭で生徒会に劇的な勝利を納めたあと、これ以上ないぐらい有名になっても、僕はまだこの部室に居る。
スポ根なんて無縁の世界と思ってた。艱難辛苦を共に乗り越える仲間たちなんて、嘘っぱちだと思ってた。
だけど――

「僕はいま、頑張ってる自分が好きだ。でも部長や小羽ちゃんや梅村くんや、きみと、グダグダと馴れ合ってるのも好きなんだ」

呼応してかせずか知らないけれど、小羽ちゃんもすっと立ち上がる。

>「ここは、心地よくて、いい場所ッス。だから、その場所と「部長」に甘えてる人もきっと多いと思うッス」
>「――――だからこんな結末を迎えた。そうですよね?」

刹那、小羽ちゃんのあの研ぎすまされた獣性が成りを潜め、かわりに磨き抜かれた海洋深層水みたいな清廉とした雰囲気が波を立てる。
銀髪のカツラを外した瞬間――全然別人の顔がそこに現れた。

「生徒、会長……!?」

そんな馬鹿な、だって今の今までここにいたのは確かに小羽ちゃんで――!

>「変装と、イメージによる錯覚。初めて使ってみたんですけど、少し疲れますね」

あっけらかんとそう言ってのける。
さらっと言うけどとんでもないことだ!単なる変装ならともかく、『特定の誰かになりきる』なんて尋常のわざじゃない。
下敷きになってるのはおそらく僕の変装術と長志くんのイメージ強化だ。
僕らが個性として極めた技術を、高いレベルで再現し、果ては複合させて新しいスキルに改造してのける。

これが、学園最強――!

>「今回の事件は、大きなものになりすぎました。勿論学園としては総力を結集し解決へと向けて行動していくのですが、
 それ故に、私達生徒会と委員会は貴方達に「組織として」の協力は出来ません。
 ですから、仮に委員会等を通じて援助を求めても答えられませんので、くれぐれも無茶や勝手な行動をしない様にしてください」

「それは……足手まといになるな、ってことですか」

言うまでもなく正論だ。学園総力が動く……それは執行部はおろか、各委員会の委員長クラスが結集することを意味する。
このマンモス学園で更に選び抜かれた実力者たち。こんな片田舎で起きた傷害事件に動員するような戦力じゃない。
国だって覆せる連中が本気出すっていうのに、いち部活のメンバーに過ぎない僕らにやれることはあまりに、少ない。

つまりはこれは、戦力外通告――に見せかけた、生徒会長直々の発破なのだ。
組織が動く以上、どうしても小回りは効かなくなる。遊撃部隊となれるのは、僕らのようなパンピーだけだ。

>「ああ、そういえば……九條さん。諜報部の部長が風紀委員に関して個人的に話があるとおっしゃっていましたよ?」

言い残して、生徒会長は去っていく。
落としていた腰をもう一度浮かせて、僕は立ち上がった。
視線の先に長志くんをはっきりと捉えて、手のひらを顔の前へ。腰、肩、首に絶妙な捻りを加えて言い放つ。

「『部活をがんばる』、『友達とも慣れ合う』。両方やらなくっちゃあならないってのが学園もののつらいところだよな。
 覚悟はいいか?僕はできてる……始めようぜ、未来に!『楽しい学園生活』を勝ち得る戦いを――!」

79 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/11/17(木) 05:09:17.66 0
――――――――

生徒会諜報部・情報統括室。
主に学園行政の暗部を司り、メディアの修正を受けないあらゆる"ナマ"の情報が集う場所。
学園を運営する施設で複雑に入り組んだ行政棟の中でも、とりわけ分かりにくい位置に看板を出しているのが、その本拠地だ。

諜報部に所属する生徒は基本的にデータのやり取りで指令を受け報告を済ます。
だからトップの鎮座する情報統括室には最低限の人員と設備しかないし、相応の大きさの部屋しか与えられていない。
ワンフロアまるまる貸し切りの執行部や生徒会室の隣に居を構える内政部とはえらく待遇に差があるのは、多分ここの主が原因だろう。

「よく来たね、九條くん。きみの活躍は聞いているよ、生徒会役員の『神託機械』を倒したそうじゃないか。
 とりあえずこれを切りの良いところまで済ますから、そこにかけていてくれよ?」

長い黒髪を頭の後ろで引っ詰めて、堀の深い鼻梁にゴーグルみたいな枠の太いメガネをかけた男子生徒。
なで肩のせいで制服が驚くほど似合っていない。肌はモヤシみたいに生白くて、いわゆる美白とは雰囲気を異にしている。
諜報部部長兼パソコン研究会会長にして、情報統括室の室長――彼は自分のことを単に"室長"と呼ばせていた。
僕の、ハッキングの師匠だ。

「呼ばれたから来たんですけど。いま何やってるんですか、室長」
「いやね、好きな声優が男とデキてないかブログをチェックしているんだけど、なにせ人数が多いからね?」
「呼びつけた知り合いよりそっちが大事なの!?」

室長のデスクの後ろには布団と枕が置いてある。彼はここに寝泊まりして、もう三年ぐらい部屋から出ていないのだ。
当然授業にも出ていない。出席日数も足りてないのでかれこれ2年ほどずっとダブり続けているらしい。
それでもなお学園から退学にもならず、諜報部のトップというポストも追われずにここに座っている。
学園始まって以来、こと諜報に関して彼よりも有能な人材がいないからだ。

室長はハッキングの――こう言うとひどく安っぽく聞こえるかも知れないけど、いわゆる天才だった。
ネットにつながっている場所ならば、パソコンひとつで何でも知ってのける。どんなに厳重なプロテクトも丸裸だ。
実のところハッキングっていうのは部屋でキーボード叩く機会は多くない。どうしても現場に出向く必要がある。
そういう物理的・技術的な限界を、やすやすと突破してのける彼の辣腕は、常人に再現できるレベルじゃない。
まるで裏で糸を引いてるみたいに現場を掌握する手腕と、回線切って首吊って死ねという揶揄も含めて、
彼のことを人は『吊るし男《ハングドマン》』と呼んだ。

「いやはや、大変だったよ、会長女史に君を呼んできてもらうために、直接頼みに行ったんだ。
 妹以外の女子と関わるのはこれっきりにしたいものだね?」
「疑問形で言われても……それで、一体どうゆう用件で呼んだんですか。個人的な話だそうですけど、面白い話ですか?」
「すまないが面白い話ではないね。むしろ悪い話だ。ご所望なら用件が済んだらぼくが頑張ってアドリブで面白いこと言おう。
 ――風紀委員の中で内紛が起こったらしい。幹部委員を含む4名の離反、それから副委員長が行方不明だそうだよ?」

副委員長……梅村くんか!しばらく部室に顔出してなかったけど、行方不明?まさか。
委員長に心酔している彼が造反に加担するとは思えない。おそらく、謀反した四人を止めようとして、巻き込まれた――!

「風紀委員長から直々に調査を依頼されたのだけど、こちらも先日の人傷事件で諜報員の殆どを動かしている状況だ。
 正直言って風紀委員の内乱にまで割く人員はない。九條くん、きみは確か副委員長くんとは友人だったね?」
「……僕、諜報部の人間じゃありませんよ」
「だからぼくはきみに"話した"だけさ。『依頼』でもなければ『指令』でもない。
 ああ、余談だが、きみに掛けておいた諜報術の行使制限を一時的に解いておいたよ。もちろん、特に意味はないけどね?」

室長は、眼鏡の奥の両目を細めた。
僕は黙ってデスクの上から『きちんと纏められた』内乱関係の書類をひったくると、踵を返して部屋の出口へ向かう。

「ちょっと待ってくれないかな?」

背中から室長に待ったをかけられた。
もう用件は済んだはずだ。まだ何かあるのかと、僕はうんざりしながら振り返る。

「面白い話をまだ言ってなかったろう。頑張って考えたから聞いてくれ。昨日うんこ漏らした時のことなんだけど――」
「引き止めてまで言う内容ですかそれ!?」

80 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/11/17(木) 05:11:46.59 0
――――――――

「というわけで、風紀委員内乱事件の前後関係を調べていくとさ、きな臭い金の動きがあることがわかったんだ。
 他にも風紀委員の名義で手配された学用車や糧秣類、部屋の借用なんかの中で、実際に使用された記録と一致しない部分がある。
 部長の件でそうとうゴダゴダしてたから気にもされなかったみたいだけど、この金と物資はどこに行ったんだ?」

僕は"現場"を足げしくウロウロしながら、自分の考えを整理するように訥々と述懐した。

「それで私をどうしようと思って呼んだのです。生徒会からは力を貸せないと会長より通達があったはずですが」

いま、隣には生徒会書記の東別院さんがいる。
忙しい合間をぬって呼び出しに応じてくれたらしく、いつも無表情な彼女にしてもやはり疲れの色が垣間見えた。
吹き抜ける寒風はビルの隙間である僕らのところにも容赦なく寒気を運んできて、東別院さんは揺れる髪先を握って抑えていた。

「うん、だから生徒会としてじゃなく、きみ個人にいち友人としてお願いしようと思ってね。
 きみの能力なら、足・タイヤの跡や砂埃の塵具合なんかから、ここで何が起こってどこに向かったのか解析できるだろ?」

「あなたとお友達になった記憶はありませんが、確かに可能です。人の出入りの少ないここならば数日前まで遡れます」

あ、友達だとは思われてなかったんだ……ちょっとショックだけだまあ良い。それは、うん、また今度言及しよう。
とにかく造反した風紀委員の足取りを追うには東別院さんの協力が不可欠だ。
梅村くんが最後に目撃されたというこの路地裏には、あからさまに不自然なタイヤ跡があった。おそらくここで拉致されたのだ。

「良いでしょう。誠に不本意ですが、やむを得ず、仕方なく、しぶしぶ、断腸の思いで、承諾します」
「悪いね、力を貸してくれるかい」
「ええ。――お友達になります」

そっち!? 協力する云々じゃなくて友達になるのが嫌だったの!?
いかにも不承不承って感じだけど、僕ってそこまで嫌われてたのか……。
東別院さんは、現場に遺された痕跡を指先で作った四角形の中に覗き入れて、集中。

「『神託機械《ラプラスプラス》』――!」
「ぶっ!?」

技名叫んじゃうんだ!明円ちゃんマジで悪影響ばっか及ぼすなあ!
しかもちょっとドヤ顔。絶対格好良いと思ってるよ……。
ともあれ、東別院さんの超演算能力が、残った推理材料からこの場で起こった『過去』を彼女の脳内に再現していく――。

「――視えました。地図を貸してください、学用車の逃走ルートをアウトプットします」

僕が渡した生徒手帳の学内地図に、白魚のような指が這い、ボールペンが線を刻んでいく。
やがて完成したルートは、普段は人の出入りの少ない専門棟へと続いていた。

「よし、場所さえわかればあとは大詰めだ。ありがとう、助かったよ東別院さん」
「そんなことより今週末どこか遊びに行きましょうよ。あっ私ディズニーシーがいいです」
「キャラ崩れるほどテンション上がってるんじゃん! 喜んでくれてなによりだよ!?」

もしかして僕は、明円ちゃんに次ぐ二人目の友達なんじゃなかろうか。
友達にすぐ影響うける東別院さんだ。僕みたいな常識人と友達になったら、まともになっちゃうかもしれないね。
僕は忙しい彼女に礼を言って別れ、早速梅村くんの拉致された先へと向かうのだった。

――――――――

81 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/11/17(木) 05:15:15.08 0
道中、いちおう長志くんにメールを入れておいた。
梅村くんが拉致られたこと、風紀委員の間で内乱が起きていること、今から梅村くんを助け出しに向かうこと。
部長の病室は携帯厳禁だし、小羽ちゃんはそもそも電源入ってるのかどうか怪しいし、連絡がつくのは彼だけだった。

何かをして欲しいわけじゃない。ただ、知っておいて欲しかった。
もうみんなで元の関係に戻ることはできないかもしれない、だけど、『取り戻そうと頑張る』ことに意味がないわけじゃない。
僕は今からそれを証明しにいくのだ。何かあった時に僕がどこに居るのか知っている人がいて欲しかったってのもあるけどね。
僕が帰らなかったら、風紀委員にでも通報してくれるだろうことを祈って。

通常の授業では使うことのない専門棟は、ホルマリンのすえた匂いと生暖かい風の吹く魔境だった。
僕は潜入用のブラックジャケットに制服を着込んで、人相がバレないよう帽子を目深に被っている。
僕が専門棟に向かったとき、案の定入り口の近くに立哨が立っていた。
風紀委員のものとは違う制服を着ているけど、重心を安定させた立ち方や体幹のぶれない歩き方からして戦闘訓練を積んだ生徒だ。
おそらく造反した風紀委員のうち誰かだろう。馬鹿正直に近付けば警戒されてアウトだ。

風紀委員長のほうにかけあって援軍をよこしてもらうのも現実的じゃない。
専門棟の教室に人が監禁されてるなんて話、普通にリークしたところでそうそう信じてもらえやしないだろう。
風紀委員に造反者の手先が残っていたら、裏をとる前に揉み潰されて終わりだ。

とにかく僕は、警備とかち合わずに梅村くんのところへと至る方法を考える。
専門棟の保守点検スタッフを装って行ったところ、立哨の生徒に電工教室は使用中だから掃除しなくて良いと言われた。
これで見られちゃまずい何かは電工室にあることは確定的だ。バケツとモップを持って棟内を歩き回りながら考える。
しばらく逡巡して――火災報知機のスイッチを思いっきり押し込んだ。

ジリリリリリ!とけたたましいベルの音が誰もいない廊下の空気を震わせる。
すぐに立哨していた生徒が廊下に飛び込んでくるが、僕はその前に扉を開けて電工室の隣の教室の中に隠れた。
何ヶ月も使われてないのか埃かぶった壁に聴診器を当て、『隣で人が動く音』を察知する。
何度も場所を変えて聴診器をあてがいながら、ようやく一番音の大きい位置を特定した。
この壁の向こうで、誰かが大声で騒いでる――!

「何があった! 家事か!?」

しばらくして、壁の向こうで動きがあった。報知器のベルに反応して、何人かが廊下に出たのだ。
チャンスだ。僕は手元のスイッチを押す。チュドン!とくぐもった音がして、円形に配置し終えた指向性の消音炸薬が爆発。
丸い形に切り取られた壁がこちら側に倒れてきて――その壁に何故か張り付けにされていた梅村くんと、目が合った。

「営業心得その3! 今までにない斬新なアプローチで問題解決を提案せよ! ――助けにきたぜ、梅村くん」

大穴の開いた壁の向こうで、見張りと思しき女子委員が目を丸くしている。
侵入者に気付いて動き出す前に自家製のスモークグレネードを電工室へ投げ込み、煙に戸惑う後ろからペン型スタンガンを押し当てた。

「ほらはやく立ち上がって――重たい!なにこれ全部金属!?なんつうモンで拘束されてるんだきみ!」

とてもじゃないけど担いで逃げられるとは思わなかった。
拘束具を外すための鍵も、当然だけどそこらへんに置いてあるわけじゃない。
手間取っている間に外に出てった連中が戻ってきてしまう――やむを得ない!僕は二教室の扉を全部閉めて、内側から鍵をかけた。

「あとは報知器に呼ばれた風紀委員を待てば――おかしいな、報知器を押してもう一分以上経ってるのに、風紀委員の気配がない」

専門棟から風紀委員の派出所はすぐなので、一分もしないうちに当直の風紀委員が駆けつけてくるはずだ。
火災報知機は誤報でも必ず建物内の全ての人を避難させて全室を点検するよう決められているので、
すぐにこの部屋にも踏み込んでくるというのが僕の目論見だった。

それが、二分待ち、扉の向こうに造反組が帰ってきても一向に姿を見せない。まさか――当直の風紀委員も買収されてるのか?
扉が開かないことに気付いてドンドン叩き、やがてぶち破ろうと体当たりし始める外の連中。

「う、梅村くん、もしかして僕たち、閉じ込められた……?」

冷や汗をだらだら流しながら、今日は長い一日になりそうだと、ようやく理解した。

82 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/11/17(木) 05:15:52.16 0
【遅い&長いで申し訳ないです。状況は、梅村くんを助けに行くも教室内に閉じ込められてしまった、ということで】

83 :ぶちょー:2011/11/18(金) 05:15:00.19 0
うーむ
ちと遅くなるかもしれん!
まぁ俺現状病室だし、飛ばしても一向に構わんよ!

84 :梅村遊李 ◆89ggxEkiHQ :2011/11/18(金) 19:09:51.61 O
>>83
俺も日曜辺りまで時間とれそうにないんで大丈夫ですぜィ

85 :名無しになりきれ:2011/11/21(月) 01:04:51.28 0
ウメちゃんそろそろ書いちゃってもいいんじゃない?

86 :名無しになりきれ:2011/11/21(月) 02:05:39.86 0
やかましい

87 :名無しになりきれ:2011/11/21(月) 06:33:11.49 0
とりあえず部長に意思確認してみたらどうかな

88 :ぶちょー:2011/11/22(火) 02:07:24.69 0
ほいただいま!今から書くけど今日はおそらく間に合わない!
だから明日には投下しよう!

…たぶん!!

89 :名無しになりきれ:2011/11/24(木) 03:30:21.70 0
部長マジで大丈夫?
あとウメは書き始めた方が良いと思うが、ウメ生きてる?

90 :名無しになりきれ:2011/11/24(木) 03:52:51.05 0
一度ウメに限らず全員分の生存確認をしておいたほうがいいんじゃないの?

91 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/11/24(木) 22:15:31.68 0
生存報告。

92 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/11/25(金) 01:34:45.67 0
俺は生きてる
いっそ死んでしまいたい気分だがな

ともあれだ。建設的な提案をさせてもらおうか
九條がウメに絡みに行ったので、俺は小羽に絡みに行こうと思ってる
両グループ間には特に連携を取るような要素もない
だから俺はウメを待たずに書き出させてもらおうと思う
そこにウメを蔑ろにする意図はなく、単に小羽をこれ以上待たせるのは心苦しいものがあるからだ
これじゃ提案と言うより宣言だってツッコミは胸の奥に秘めておいてくれ


93 :こはわにー:2011/11/26(土) 00:24:03.84 O
携帯から生存報告失礼するっす
私はどんな展開でも構わず受けるっすよ
シーンから外れて皆さんには迷惑かけてすまないっす

……部長、無事っすか?
病気とか怪我してないっすか?
私が無茶な展開振って書きづらいならすみませんっす
次から頑張りますっすから、生存してるなら一報欲しいっす……

94 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/11/26(土) 20:47:48.50 0
>「僕はいま、頑張ってる自分が好きだ。でも部長や小羽ちゃんや梅村くんや、きみと、グダグダと馴れ合ってるのも好きなんだ」

長志恋也の表情は揺るがない。
ただ冷徹な人格破綻者の表情で、九條と小羽を見つめていた。

>「――――そうッスね。確かに貴方のいう事は合理的で事実だとおもうッス」
>「ここは、心地よくて、いい場所ッス。
 だから、その場所と「部長」に甘えてる人もきっと多いと思うッス」
>「外に目を向ける事で自分の傷には目を向けない。きっとそれはなによりも難しくて、
 そして、隣人の変化や傷にさえ気付かない、誰よりも怠惰な生き方ッス」

違う。長志恋也の求める答えはそれではない。
事実を再確認して、過去を振り返る事ではない。それは既に彼が行った事だ。

>「ここは、心地よくて、いい場所ッス。だから、その場所と「部長」に甘えてる人もきっと多いと思うッス」
>「――――だからこんな結末を迎えた。そうですよね?」

声音の一変――薄氷の刃のごとく人の脳に、心に絶対の意思を刻み込む音律。
雰囲気の一変――『完全』が存在している。そう称する他、例えようのない絶対的な存在感。
銀髪のウィッグが取り外され、流麗な黒髪が凛然と揺れる。
長志恋也の面持ちが驚愕に歪んだ。

>「変装と、イメージによる錯覚。初めて使ってみたんですけど、少し疲れますね」

生徒会長だ。
長志恋也と九條の特異点をいとも容易く模倣し、更には複合、昇華させて、彼女は小羽鰐としてここにいた。
長志恋也が驚愕を遥かに超越して、最早呆れる他ないと言いたげに、皮肉な笑いを零す。

「……アンタの下で働ける奴は、敬虔な教徒になれるな」

『完全』はありとあらゆる技能を、才能を、努力を否定する。
ならば彼女の傍にいられるのは、その完全性に神格を見出せる人間のみ――ではない。

「いや……むしろ逆なのか?あらゆる技能がお前にとって無意味でも、アンタは周囲に人を置く。
 それはきっと、何よりも純粋な人格の肯定なんだろう。
 なんだ、アンタ……ウチの創造主殿にそっくりなんだな。まるでコインの裏表だ」

無能を極めているからこそ、彼の存在はありとあらゆる技能を肯定する。
完全を極めているからこそ、彼女の存在は全ての人格を肯定する。
――両者は表裏一体で、真逆の性質を持っているからこそ、よく似ていた。

>「今回の事件は、大きなものになりすぎました。勿論学園としては総力を結集し解決へと向けて行動していくのですが、
 それ故に、私達生徒会と委員会は貴方達に「組織として」の協力は出来ません。
 ですから、仮に委員会等を通じて援助を求めても答えられませんので、くれぐれも無茶や勝手な行動をしない様にしてください」

言われるまでもない事だ。
現実主義は長志恋也が好むファッションの一つ。彼はいつだって現実を見ている。
自己陶酔に浸る自分を見下ろす、宙に浮かんだ自分が常に存在する。

>それから、長志さん。先ほどから「拳を握って」いる様な気がしますけど、どんな感情を抑えようとしているのですか?」

「……知りたいか?」

瞬間、燃え盛る漆黒が迸り、部室を満たした。
あまりにも濃密な、全てを焼き尽くす炎のような衝動が、視覚的な情報と化して溢れ出す。

「いや、今のは間違いだな。むしろ俺が教えて欲しいくらいだ。この感情をどう例えればいい?
 全てを、法も道徳も、過去すら跡形もなく掻き消してしまいたいこの衝動を、どうすれば表現出来る?」

仮面の裏から漏れた激情の炎は、一瞬で鳴りを潜める。

95 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/11/26(土) 20:48:50.88 0
――長志恋也は人格破綻者で、現状に拘ろうとしなかった。
故に彼は自分の好きなように振る舞えて、好きな事が言えた。
居心地がいいから、能力を遺憾なく発揮出来るからN2DM部にいた。
九條や小羽もその口だろうと、彼は本気で思っていた。

全て、過去だ。灰塵にしてしまいたいほど愚かな過去だ。
傷つけて、傷つけられて、初めて、皆が自分にとってどれほど大事なものなのかに気が付いた。

彼は今、生まれて初めて本気の感情を抱いていた。
現実主義の視点すら焼き尽くしてしまう炎のような感情を。
怒り、激怒、憤怒、激憤、憤懣、どんな言葉を用いてもまるで足りないほどの激情を。

この感情をどう表現すればいいのか。
生徒会長に問うまでもなく、本当は分かっていた。
感情表現の手段は何も言葉だけではない。
ただ、行動で示せばいいのだ。

>「『部活をがんばる』、『友達とも慣れ合う』。両方やらなくっちゃあならないってのが学園もののつらいところだよな。
  覚悟はいいか?僕はできてる……始めようぜ、未来に!『楽しい学園生活』を勝ち得る戦いを――!」

「……それだ」

長志恋也は小さく呟く。仮面の裏から、本心からの笑みが覗いた。
やっと、彼の望む答えが返ってきた。
『何をどうしたいのか』――その答えが。

「ようやく目覚めたな、九條。それでいい。
 人は誰しも、願望の奴隷だ。したい、したくない、どんな行動を取ろうと己の願いから逃れる事は出来ない。
 それでも……どんな願望に従うのか、それを選ぶくらいの事は、出来るんだ」

そして九條は、風紀委員の呼び出しに応じて部室を出ていった。
それから暫くして、梅村を助けに行くとのメールが長志恋也の携帯に送られてきた。
返信はしない。既に九條は動き出しているだろう。

「さて……それじゃあ俺も、行くとするか。もう一人の眠れる奴隷を叩き起こしに、な」



――壁狭組、組長の屋敷。その門前に二人の見張りが立っている。
構成員の殆どがこの屋敷に集結していた。
事務所は一時的に放棄している。全ては『人食い鰐』の報復を警戒しての事だ。
前回は事務所にいた数名のみで相手取る事になったが今回は違う。
壁狭組の最大戦力を以って、『人食い鰐』を迎撃するつもりなのだ。
恐らくは嶋田も、この屋敷の中にいる。

「来たな」

見張りの片割れが呟いた。

「……そう、別に連絡がつかなくとも、ここで待っていればお前が来る事は分かっていた。
 昔衝動的に買ったスーツがこんな所で役に立つとは、流石の俺も想像していなかったがな」

そのまま芝居がかった口調が続く。
直後に、もう一人が咄嗟の行動に出る事すら許さず、高速の手刀で喉を穿った。
更に、膝が折れて地面へと落ちていく顎を、膝を打ち上げてとどめを刺す。

見張りの片割れ、その正体は長志恋也だった。
インテリ風のスーツに黒ネクタイ、髪型はオールバック。
その格好で堂々と門前に立っていれば、誰もが彼を見張り番だと疑いはしなかった。
生徒会長の生み出した変貌術を逆輸入したのだ。

96 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/11/26(土) 20:51:23.29 0
「『俺は強い』と想像する……悪くないが、体が付いて来ないのが難点だな」

もう一つの想像――激情の炎が産み出した新たな技能。
強力な『思い込み』を自分に付加する事で、一時的に身体能力の限界を突破。
瞬速の貫手と膝蹴りで見張りを昏倒させたが――元が貧弱極まりない長志恋也では、体への負担が激しすぎる。
たったのニ撃で筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋む。何度も使えるものではなかった。

「まあ、それはとにかく、だ。……随分と水臭いな。
 たった一人で壁狭組に挑んで、たとえ勝ったとしても、その後お前はどうするつもりだったんだ?」

そして断言する。

「一つ、言っておくがな。俺はやるぞ。お前がやるなら、俺もやる。
 お前が付いてくるなと言おうが、一人でやると言おうが、俺もやる。
 何故なら……俺がそうしたいからだ」

それはどこまでも自分勝手で、同時に皆の事を思った願望だった。

「お前を一人で行かせたくない。アイツを刺した奴を、その裏で糸を引く見下げ果てたクズを焼き尽くしてやりたい。
 それが俺の願望だからだ」

だが、と言葉を繋ぐ。

「同時に俺は、出来る事なら……全てが終わった後で日常に、あの部室に戻りたいとも思っている。
 その中にお前がいて欲しい。もっとお前の事が知りたいし、俺の事を知って欲しいともな。
 全て、俺の願望だ。……欲張り過ぎだと笑っても構わないぞ」

我ながら馬鹿馬鹿しい、現実が見えていないと嘲笑。

「……九條の奴がな、こう言ったんだ。
 「『部活をがんばる』、『友達とも慣れ合う』。両方やらなくっちゃあならないってのが学園もののつらいところだよな」
 分かるか?人を衝き動かして、人が追い求める願望は、何も一つでなければいけないなんて事はないんだ」

――研ぎ澄ました眼光で小羽を捉えた。

「さて、本題だ。じゃあお前は何がしたい?ただアイツの敵を討って、それで満足か?
 日常も、あの部室も、もういらないのか?いや、そんな訳がないよな。
 ……言えよ。隠したり、誤魔化したりせずに、お前の望みを。
 俺も九條も、アイツだってきっと、その望みを叶える為なら……なんだってするだろうさ」


【少しばかり決定ロールなるものを使わせてもらったが、
 もしもそれが小羽の意図に反するものだった場合は撤回と修正をするので教えてくれ】

97 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/11/30(水) 00:50:41.62 0
憎い憎い憎い■してやる憎い憎い憎い憎い憎い憎い
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
 憎い憎い憎い憎い憎い■シテヤル憎い憎い憎い
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
憎い憎い憎い■してやる憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
 憎い憎い憎い憎い憎い憎■しテやる憎い憎い憎い憎い
憎い憎い■してやる憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
■してヤル憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い


もはや言葉で表すことすら困難な激情の本流。
汚泥の様に溶岩の様に、血の様な赤色が混じった
深く黒い感情。憎悪と呼ぶことすら憚られる感情が、其の身体を突き動かす。
眼球の毛細血管が切れたのだろう。その視界は真紅に染まり、
あらゆる色は、もはや彼女の世界からは失われている。
一つの悪意は僅かの間に少女を獣へと換えた
ただただ己が敵を、己が憎しみの対象を
己の小さな願いすらあざ笑い踏みにじるこの世界を
その全てを食い殺すべく『人食い鰐』は歩を進める。

獣の脳裏に浮かぶ情景は、とある病院の集中治療室。
悪意の刃に穿たれた一人の少年が眠る部屋。
今の自身にとって最も大切である少年が、死に瀕している部屋。

「……私は、私が幸せになんてなれないのは知ってる」

思い浮かぶ情景。
とある学園の一室で、リーダーぶって背伸びをする
一人の少年と、呆れた様子で冷たい言葉を浴びせ、お茶を渡する自分の姿。
初めは僅か数人だった部室に人が増え、依頼を重ねる毎に絆を深めた、
掛け替えのない、騒がしくも楽しい黄金の日々。

「あの人が幸せになるなら、隣に居るのが私じゃなくても良かった」

そして、ずっと見ていたからこそ気付いた、
大切な少年が完全な少女に向ける、自分が最も向けて欲しかった感情。

「私は……あの人の幸せを、暗闇から見つめられれば、それで良かったのに」

想いを押し殺してまでも少年の幸せを望み、
聖域を捨ててまでも「仲間」たちの幸福を願い、
自身を消し去ってまでも彼らの平穏を想った

だというのに……だというのに、その全てすらも砕かれた。
鰐を追い続ける悪意の連鎖は、彼女の大切な物を常に奪い去る。
過去も、そしておそらくはこれからも。それは変わらないのだろう。

「だったら……」

だから、希望を踏みにじられ空虚の心に憎悪を詰め込んだ『人食い鰐』は、
心が死に掛けた一匹の獣は、その歩を進めるのだ。

眼前に見えるは屋敷の門。憎悪の根源。

――――この日。小羽鰐は、生まれて初めて人を殺そうとしていた。

そして恐らく、何事も無ければ小羽鰐は本当に人を殺し、人間でない何かになってしまっていた事だろう

98 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/11/30(水) 00:51:57.43 0
―――――

物々しく悪趣味な、壁狭組組長宅の門前。そこには二人の見張りが立っていた。
赤く染まった視界の中に居るその木偶達は、それぞれが暴力に自身がある者が
放つ独特の空気を纏っていたが、その気配を前にしても人食い鰐は動じない。
黒い皮製フードジャンパーでその体格と表情の半分を隠し、
凄絶な憎悪を纏いながら、どう効率良く食い殺すかという行動式を組み上げる。

>「来たな」
>「……そう、別に連絡がつかなくとも、ここで待っていればお前が来る事は分かっていた。
>昔衝動的に買ったスーツがこんな所で役に立つとは、流石の俺も想像していなかったがな」

赤く染まった視界には、眼前の者達は壊すべき木偶としか認識させない。
一度、確かめるように拳を開閉した人食い鰐は、一人のスーツの男が言葉を発した瞬間、
疾風の様な速度で二人に近づき、踏み込み、その手を伸ばし――――

「……え?」

しかし、伸ばした腕はスーツの男達を抉る事はなかった。
男たちの背後に在った、堅い木製の扉。その表層の一部を削り取った小羽は
その場に立ち尽くす男達の内の一人を見て呆けた様な声を出す。
正確には、見つめたのはもう一人の黒服を昏倒させた見知った顔の男。

>「『俺は強い』と想像する……悪くないが、体が付いて来ないのが難点だな」

N2DM部部員、長志 恋也。
妄想を武器とする、生粋にして異端の厨二病患者。

「何故、ここに長志さんがいるっす、か……?」

問いかけるが、直ぐにそれは愚問だと気付く。
何故ならば、その理由は先ほど長志本人が述べていたからだ。
即ち「ここに来るのは判っていた」と。
突然の事態に困惑していた小羽であったが、次に長志が放った言葉で我に帰る。

>「まあ、それはとにかく、だ。……随分と水臭いな。
>たった一人で壁狭組に挑んで、たとえ勝ったとしても、その後お前はどうするつもりだったんだ?」

「……どうもしない。どうせどうにもならないから。
 だから私は、せめて私の大切な人に刃を向けた奴を、全員喰い殺す。
 後は、刑務所で死刑でも終身刑でも受ける。だから関係ない貴方はさっさと帰――――」

空虚な心に詰まった憎悪が。今の小羽を動かしている。
その憎悪が果たされた後の事など、考えては居ない。考える必要も無い。
小羽はそう考えていた。だから、あえて関係ないと言い切り、長志を遠ざけようとする。が

>「一つ、言っておくがな。俺はやるぞ。お前がやるなら、俺もやる。
>お前が付いてくるなと言おうが、一人でやると言おうが、俺もやる。
>何故なら……俺がそうしたいからだ」

「……!? ふざけないで。これは私の復讐。そんな自分勝手な理由で――――」

>「お前を一人で行かせたくない。アイツを刺した奴を、その裏で糸を引く見下げ果てたクズを焼き尽くしてやりたい。
>それが俺の願望だからだ」

言葉は遮られた。長志の放った理由。それはあまりに身勝手なものだった。
そして、身勝手で単純であるが故に強固で、その意思を覆す事は容易ではない。
そも、鰐とて己の身勝手な願望で動いているのだ。感情論者が感情論者の行動を否定出来る訳も無い。
……だが、だが、そんなエゴの言葉でも人食い鰐の憎悪(エゴ)の前進は止まらない。

99 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/11/30(水) 00:58:29.71 0
(言葉で止まらないなら……鳩尾でも殴って、足の一本でも折って、放り投げればいい)

地獄に一緒に落ちたい。そんな意思で止まる程に、彼女の闇は浅くない。
だから、もし少しでも闇を思いとどまらせる、そんな物があるとしたら――――

>「同時に俺は、出来る事なら……全てが終わった後で日常に、あの部室に戻りたいとも思っている。
>その中にお前がいて欲しい。もっとお前の事が知りたいし、俺の事を知って欲しいともな。
>全て、俺の願望だ。……欲張り過ぎだと笑っても構わないぞ」

>「分かるか?人を衝き動かして、人が追い求める願望は、何も一つでなければいけないなんて事はないんだ」

「……っ!!」


――――きっとそれは、光とか、そういうモノなのだろう。


長志の言葉を受けた小羽が、たじろぎ数歩後退する。
今まで、大切な物が消え去り、奪われる経験は何度もしてきた。
何度も何度も何度も何度も何度も失い、大切な仲間は常に彼女の周囲からいなくなった。
……だから、小羽にとって初めてだったのだ。
こんな状況で『仲間が駆けつけてくれる』という経験は。仲間に、我侭を言っていい等と言われる経験は。

だからこそ、固めた表情が、罅割れる。凍った心が、解け始める。
『人食い鰐』という鎧の下に隠れた、ただの少女である「小羽鰐」の言葉が、漏れ出す。

「……いらない……訳、ないじゃないっすか」
「戻りたいに、決まってるじゃないっすか……皆の居る場所に……!」

それでも涙だけは流さない様に歯をきつく噛み締める。
そう、確かにあるのだ。暴力の鎖を断ち切り、部長は完治し、また皆で笑い合える、
そんな未来の可能性は。ただ、小羽は余りに奪われすぎて……そんな可能性を直視出来ないでいたのだ。
だからこそ、仲間が駆けつけてくるという彼女にとっての奇跡を見せ付けられた小羽は、揺らいだ。

「……だけど……けど……っ!!」

思い出すのは、かつて自分を裏切り忘れていった人たちの姿。
彼らの呪いが小羽を蝕み、その心は揺らぎ、疑い、惑い、悩み――――
やがて小羽は、フードを右手で擦り下げ、表情を完全に隠すと、小さな声で呟いた。

「……長志さん。私は、部長を刺した奴らを、殲滅したいっす。
 そして、そして……また、皆と一緒に、過ごしたいっす……だから、お願いします。
 ――――私を、助けてくださいっす」

――どうやら、そんな呪いごときを振り切る程度には、
小羽が過ごしたN2DM部での日々は価値があったらしい。


小羽はその手で巨大な門の取っ手を掴み、力任せに門から扉を引き剥がす。
木のへし折れる大きな音に内部で待機していた組員達がわらわらと現れ、
そんな彼らに向けて、小羽は剥がした扉を投げつけた。
簡易の攻城兵器と化した木製の扉は、現れた組員達を十派一絡げになぎ払う。

「あ……それはそれとして、あのお化け屋敷で長志さんがやった事、忘れてないっすよ」

そして、「何時もどおり」の毒を吐くと、小羽は砂埃が上がる屋敷の正面に立ち、
口元にほんの僅かに笑みを浮かべ、
未だ赤く晴れる瞳をフードで隠しながらも、振り返りそいう言った。

100 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/11/30(水) 01:02:50.74 0
>>96
むしろ展開を運んでくれて感謝っす
このまま一人で行動だったら寂しかったっす
梅村さんと九條さん達と再合流するのが楽しみっす

……部長。今は入院イベント中っすから、
書き込める様になったらいつでも、戻って来てくださいっす。
私は、ずっと待ってるっすから】

101 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/11/30(水) 14:10:49.20 0
今のところ梅村くんだけと絡んでるし彼を待とうと思うので僕のターンは飛ばしてください

102 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/01(木) 01:49:02.87 0
まあ、なんだ
現状、俺と小羽だけで突っ走っても仕方がないんでな、俺は九條にもアクションを仕掛けるつもりだ
だからあと三日間、ウメを待とう
あまり言っていて気持ちのいい事ではないがな。こういう措置も必要だと思う

もし三日後までにウメが来なかった場合は、一度九條と合流する為のアクションを取るつもりだが、構わないだろうか

103 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/12/01(木) 09:10:06.87 0
オッケ
そういう感じでいこうか

104 :オサレ ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/07(水) 01:10:07.08 0
すまんが、ちょっとばかし別次元での戦いが苛烈でな
もしかしたら今日中に投下出来ないかもしれんが許してくれ

105 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/08(木) 00:37:39.82 0
>「……いらない……訳、ないじゃないっすか」
>「戻りたいに、決まってるじゃないっすか……皆の居る場所に……!」
>「……だけど……けど……っ!!」

長志恋也は何も言わない。言う必要がない。
小羽鰐はもう自らの願いに気付いている。既に目覚めているのだ。
再び、自ら望んで悪夢の底に沈んでいけるほど――彼女の心は強くない。
その事を長志恋也は知っていた。
それで良いのだ。小羽鰐はただの少女だ。
少しばかり身の丈に合わない力を持ってしまっただけで、
普通に恋をして、血ではなく友達に飢えていて、居場所が欲しい、どこにでもいる女子高生だ。
そんな彼女が誰の助けも求めず殺人に手を染める事が、良い事である訳がない。

>「……長志さん。私は、部長を刺した奴らを、殲滅したいっす。
>そして、そして……また、皆と一緒に、過ごしたいっす……だから、お願いします。
>――――私を、助けてくださいっす」

嬉しそうに、長志恋也は口角を吊り上げた。

「そうだ、それでいい。お前は……弱くたっていいんだ。
 お前が弱くなったのなら、その分俺達が強くなってやる」

微笑みは、すぐに気取った笑みへと変貌する。
より正しくは、気取ったように見せかけた笑みだ。
嬉しさのあまり弾けてしまうそうな笑顔を見せるのが、長志恋也にはどうにも気恥ずかしかった。

「だから――確かに聞き届けたぜ、小羽鰐。お前の願いを。
 理想郷の使徒としてじゃない。他でもないこの俺が、長志恋也が引き受けた。
 何がなんでも、お前を助けてみせる」

気取り屋の所作で親指を自分の胸に突きつけ、宣言した。
――とは言え、だ。威勢よく言ってみたのはいいが、策もなしに挑んだところで押し潰されるのが関の山だ。
ここは一旦退いて、準備を整えてから――そう言おうとした長志恋也の眼前を、烈風が駆け抜けた。
小羽が屋敷の門をひっぺがして、ぶん投げたのだ。
視界の外、烈風の駆け抜けた先から十重二十重の悲鳴が聞こえた。

「……まったくお前は、俺の想像の埒外を行ってくれるな。
 まあいいさ。これも今まで知らなかった一面と、前向きに捉えよう」

長志恋也が呆れ顔で呟く。

>「あ……それはそれとして、あのお化け屋敷で長志さんがやった事、忘れてないっすよ」

小羽はいつも通りの、ようやく取り戻したいつも通りの毒を吐いた。
長志恋也の表情に苦い笑みが浮かぶ。

「……まあ、その件に関しては想像の範疇だ。今度ディズニーシーのチケットでも都合しよう。
 二人分な。誰か、お前が一緒に行きたい奴を誘うといい。
 自分の願いには正直でいた方がいい。今さっき、知ったばかりだろう」

そう言ってから、引き剥がされた門の方へと向き直る。
多くが薙ぎ倒され、だが尚も数え切れないほどの組員の垣根――その向こう側に、様子を伺いにきた嶋田が見えた。

「よう、業突く張り。宣戦布告だ。俺が、俺達が、お前をもう一度殺してやる」

106 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/08(木) 00:39:10.50 0
体を捻り背筋を張り、大上段から見下すようにして、手の甲を見せて中指だけを立てる。
つまるところがファックサインだ。
   ファックユー
「『犯してやるぜ』、だ。お前の地位も、名誉も、金も、平和も、全て俺達が台無しにしてやる」

宣戦布告を終えて、長志恋也は「さて」と一言。
そして、

「じゃあ小羽、ひとまず逃げるぞ。あんなもん、まともに相手していられるか」

身を翻して逃げ出した。
そうして安全な場所、学園の敷地内、N2DM部の部室にまで逃げ帰ると、携帯電話を開く。
九條からの、二度目の連絡はない。つまり未だに救出は成功していないという事だ。
居場所が特定出来たにも関わらず、だ。それはつまり任務の難航、あるいは失敗を意味している。
幾つかの操作の後で通話ボタンを押す。行動の妨げになると控えていた連絡を入れた。
たちまち受話口の向こうから聞こえてくる騒音と怒声、それで概ねの事は『想像』がついた。

「九條、時間をかけ過ぎだ。帰ってこい。お前一人なら、その状況からでも帰還出来るだろう。
 梅村なら……大丈夫だ。相手が殺すつもりならもう死んでる。お前まで捕まったら、それこそがまさに最悪だ」



――九條が帰還を果たして、部室に三人が揃うと、長志恋也は「作戦会議だ」と短く呟いた。

「まず初めに定めるべきは共通の『目的』だが……これは『仇討ち』、
 あるいは『後顧の憂いを断つ』と言い換えてもいいが……それで構わないな?」

更に深く言及するならば、全ては『日常を取り戻す為』に繋がるだろう。

「次に定めるべきは目的の『達成条件』だ。これも、もう決まっているだろう。
 もう一度、今度こそ嶋田を殺す。その後ろ盾の壁狭組も殺す。
 ……あぁ、殺すと言っても、別に息の根を止めるとかそういう意味じゃないぞ」

比喩表現の解説を開始。

「学校というものは、しばしば小さな社会と例えられる。
 恐喝と傷害が「いじめ」という言葉で軽んじられたり、
 生徒の将来がどうの学校の評判がどうのと窃盗や暴行のお咎めが無かったり、
 場合によっては全てがもみ消されたりもするな。
 とにかく、一般社会の通念や法が必ずしも通じない小さな社会、それが学校だ。
 この学園は特にその傾向が顕著だ」

長い前置きが終わり、本題へ。

107 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/08(木) 00:39:33.92 0
「故にあの業突く張りは『嶋田先生』として死ぬ事で、『嶋田珍助』にまで死が及ぶ事を避けたんだ。
 社会的な死を、この学園の中に切り捨てて逃げていった。
 ならすべき事は単純だ。もう一度奴を殺してやればいい。今度は学園の外、一般社会の中で」

作戦立案は次の段階へ。

「さて、次に決めるべきは『手段』だ。正直に言って……俺は『なんでもあり』だと思ってる。
 どんな過程を経てでも、法に背いてでも嶋田を殺せばそれでいい。
 強いて言うなら『切った』『字面通り殺した』『無関係な人間を巻き込んだ』は無し、
 あの厚かましい面を『張って』やるのは大歓迎ってところか」

一通り言い終えて、長志恋也はN2DM部の依頼用紙を指に挟んで見せつける。
用紙には何も記入されていない、真っ白だ。

「やるぞ、九條、小羽。俺達がやるんだ。誰かの願いの奴隷としてじゃない。
 俺達が、俺達だけの願いに従って、やってやるんだ。
 ……少し、突っ走り過ぎたな。何か異論や、他に提案はあるか?
 なければ、まずは下準備だ。小羽、お前はとにかく九條は事前の備えが必要だろう。
 俺も幾らか用意したい物がある。決行は……二日後ってところでどうだ」




108 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/08(木) 00:43:20.86 0
遅くなってすまなかった
この人数じゃ一旦足並みを揃えた方がいいだろうと待ったと集合をかけたが
次のターンには決行まで持っていけるだろう
むしろ次の俺のターンを待たずに始めてもいいくらいだと思う、と意思表示しておこう

109 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/12/12(月) 21:24:28.67 0
今日のうちに投下します

110 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/12/12(月) 21:39:45.65 0
十で神童 十五で秀才 二十過ぎれば只の人。
人は誰でもヒーローになれる。テストで100点をとったり、かけっこで一番になればそいつは『すごい奴』だ。
でも全員にそうやって、活躍するチャンスが巡ってくるのは子供のうちだけなんだ。
大人になれば、テストもかけっこも競争相手は全国規模で。たかだか40人のクラスで天狗になってた鼻をすぐさまぶち折られる。
だから、学校に通っているうちにヒーローになっておかないと、大人になってからじゃこんなチャンス二度とない。
僕ももう高校生。子供でいられる最後の期間だ。
ヒーローに、凄い奴に、格好良い自分に。なるべき時が来たんじゃないのか。


>「九條、時間をかけ過ぎだ。帰ってこい。お前一人なら、その状況からでも帰還出来るだろう」

緊迫した状況に割って入るようにして雄叫びを上げた僕の携帯電話。
送話口から聞こえてきたのは、ずっと音信不通だった長志くんの声だった。

「こ・と・わ・る! あんな大見得きって登場したのに、尻尾巻いて逃げるとか死ぬほどカッコ悪いよ!
 ていうか死を選ぶね!ここで梅村くんを見捨てて逃げるくらいなら玉砕上等!」

>「梅村なら……大丈夫だ。相手が殺すつもりならもう死んでる。お前まで捕まったら、それこそがまさに最悪だ」

「そんなスケールでかい話だっけ!?」

いやいや。殺すとか殺されるとか、単なる学生である僕らや彼らにそこまでの覚悟はあるまい。
今こうやって監禁してるだけでも娑婆じゃ三年ぐらい刑務所に入るレベルだっていうのに。
ふと嫌な予感がして足元にあったバッグの中身を検めたら、出るわ出るわナイフやら特殊警棒やら凶器の数々。
こりゃマジだ。僕は愕然とした。

「相手を殺すことすら厭わないような連中が、いま!僕らの籠城する教室へ乗り込もうとしている……!!」

実況してる場合じゃない!
手持ちの武装と僕の戦闘能力じゃあ、不意打ちで一人ぐらいは倒せても、臨戦態勢の人間を相手にすることは無理だ。
ましてや相手は学園の司法を担う風紀委員。一人ひとりが相応の戦闘訓練を積んだ猛者たちだ。
離脱するにしても、やはり梅村くんをこのままにしておくのはリスクがでかすぎる。
五里霧中の八方塞がり。現状を打破する手段は、ない……。

「……ここまでかあ。できれば死に場所は女の子のスカートの中が良かったけれど。我慢するよ、我慢の子だ」

扉を押さえ込んでいた最後のバリケードが吹っ飛び、教室の襖戸がこじ開けられた。
数人の屈強な風紀委員たちが流れこんでくるのと同時、扉に仕掛けておいたワイヤーが、煙幕弾のピンを引き抜いた。
ボシュっ!と灰色の煙が風紀委員たちを包み、一瞬にして視界をゼロにする。
僕はその最中へ飛び込み、戸惑う首筋へとスタンガンを繰り出した。

こうなったら一人でも多く無力化してやる……!
最初の一人を首尾よく気絶させたところで、仲間の風紀委員が僕の存在に気付いたようだった。
突き出したスタンガンを払い落とされ、手首を取られ、あとは一瞬。視界がぐるりと一転して、僕は床に背中から落とされた。

「がっは……!」

肺の中身を全てもっていかれ、絶息。続く呼吸を打撃された肺腑はうまく行えず、脳みそは瞬く間に酸欠状態になった。
ちかちかする灰色の視界の奥で、僕の手首を関節の反対側へ曲げようとするのが見える。
完膚なきまでに傷めつける気だ。やばい、折られる――――!

「はっはっはっ!無様だなぁ梅村君!なんだいその格好は!」

折しも学園祭のときとまったく同じセリフを、おんなじ声で聞いた。
煙の向こうで悲鳴が連続し、複数人が一斉に床へ伏す音を聞く。僕の手首を掴んでいた手が消え、たちまち辺りは静かになった。

111 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/12/12(月) 21:41:44.00 0
「そして君のところの営業君は本当に雑魚だな!この程度の"まる視え"な攻撃でダウンしたのかい!」

煙が晴れる。倒れる僕と、拘束された梅村くんの両方を睥睨する姿は、

「城戸くん――」
「いかにも! 生徒会副会長にして『狂犬』梅村君の好敵手、そして今から株を爆上げする男。城戸君とは僕のことだ!」

屹立する城戸くんの制服姿には、埃どころか皺一つない。
造反組の根城に無手で乗り込んできて、一発も殴られずにここまで辿り着いたのだ――!

「って、どうしてきみがここに!? 僕は長志くんにしか行き先を伝えてないのに!」
「いや、普通に東別院さんから教えてもらった。捜査本部で突発事態に即応すべく待機していたときにね!」

それって暇そうにしてたから体よく厄介払いされたんじゃあ……。
とはいえ、城戸くんの能力は犯罪捜査にはとことん向いてない戦闘技能だ。致し方のないことではあったんだろう。
ドヤ顔でここへ来た理由を延々語り続ける城戸くん。たしかに彼の戦いぶりは凄かったけど、造反組のアジトにしてはやけに手薄だ。
ここに転がる人数は、諜報部からもらった造反者リストの数と合わない――まさか。

「城戸くん、伏兵だ!後ろ!!」

死角となっていた扉の影から鉄パイプを持った人影が飛び出した!
風紀委員の制服が翻り、僕の方を見たままの城戸くんの頭を勝ち割らんとパイプが振り下ろされる――!

「言ったろう、まる視えだと」

城戸くんは上体を僅かに逸しただけで唐竹割りの軌道を回避。腰から上を捻って、襲撃者へと肘打ちを叩き込んだ。
鳩尾を正確に穿たれた伏兵は吹っ飛ばされ、扉に激突して動かなくなる。
すっげえ……いま、その場から一歩も動かずに制圧したぞ。梅村くん以外が相手だととことん頼りになるなあ。

「さ、九條君。ここは僕に任せてとっとと撤退するんだ。僕はいまから梅村くんにじっくりと恩を着せるからね!」

……いやほんと、梅村くんが絡まないと良い人なんだけどなあ。

 * * * * * *

【N2DM部室・作戦会議】

思わぬ助っ人の参戦により、首尾よく戦線離脱を果たした僕を出迎えたのは長志くんと小羽ちゃんだった。
ふたりともいい汗かいてる。僕が冷や汗かいてる間に二人でナニしてたんだろうね!

>「まず初めに定めるべきは共通の『目的』だが……これは『仇討ち』、
 あるいは『後顧の憂いを断つ』と言い換えてもいいが……それで構わないな?」

「えらく直裁だなあ。もうちょっとオブラートに包んでもいいと思うよ僕は」

例えば『未来を護る戦い』とか。『過去に決着をつける』とか。観念的なワードって事実をぼやかすのに便利だよね。
なんにせよ言葉選びにこだわったところでやることは一緒だ。

>「次に定めるべきは目的の『達成条件』だ。これも、もう決まっているだろう。
 もう一度、今度こそ嶋田を殺す。その後ろ盾の壁狭組も殺す。
>ならすべき事は単純だ。もう一度奴を殺してやればいい。今度は学園の外、一般社会の中で」

嶋田を社会的に殺す。もうどうあっても表舞台に顔を出せないように、徹底的に再起不能にする。
それはそれはスカっとすることだろう。痛快な復讐譚として書籍化したいぐらいだ。

でも。

112 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/12/12(月) 21:45:42.61 0
>「さて、次に決めるべきは『手段』だ。正直に言って……俺は『なんでもあり』だと思ってる。
 どんな過程を経てでも、法に背いてでも嶋田を殺せばそれでいい。
>「やるぞ、九條、小羽。俺達がやるんだ。誰かの願いの奴隷としてじゃない。
 俺達が、俺達だけの願いに従って、やってやるんだ。……少し、突っ走り過ぎたな。何か異論や、他に提案はあるか?

「異論がある」

僕は手を挙げた。意見をいう時は挙手をするものだ。
2日の準備期間、これはいい。なんでもあり、これがいけない。

「"嶋田先生"が死んで、嶋田はもう"外"の人間になっちゃったわけだろ?
 ――ならもう僕らの範外だ。"外"の人間は"外"の司法で裁かれるべき……学園の外じゃ、それは警察の仕事だ」

社会に出てしまったら、そこはもう学校じゃない。学生気分で手を出せば火傷するようなことばかりだ。
例えば法律。校則違反とは違い、法律違反は一生モノの傷になる。前科がついてしまえば、その後の一生に支障が出る。
謹慎や停学さえ明ければまたもとの生活に戻れる学園の法律とはわけが違う。
司法機関にしたって、風紀委員というアマチュアの集団ではない、プロの警察がいる。彼らが僕らに出し抜かれるはずもない。

「この学園はさ、生徒自治が進んでるから、自分たちだけでなんでもできるような錯覚に陥りがちだけど……。
 "外"――本物の社会は違う。僕らなんかより優秀な大人たちがゴマンといる。
 彼らと張り合うには、僕らの能力は"中"で活躍することに特化し過ぎた。僕らが戦えるのは、学園の中だけだ。
 そこを履き違えて、ガチの犯罪に巻き込まれたりガチの前科がついちゃうのは御免だよ僕は」

たとえそれが誰かのための戦いだとしても。
なればこそ、部長は僕らが嶋田と社会的に相討ちになることを望んじゃいないはずだ。
学生がなにかの主体となれるのは学校の中だけ。これは如何とも動かしがたい絶対のルールだ。

「だから、僕は学校の"外"で戦おうとするきみたちに協力することはできない」

自分で入れた玉露を喉に流しこんで、その熱を嚥下し。

「だったら――外を『学校』にしちゃえば良い。
 嶋田を学園に連れてくることはできないだろうから、嶋田の居るところに学園を持ってこよう。
 話は飛躍するけれど、学校が成立するのに必要な要素は3つある。『生徒』と『教師』と『校則』だ。
 この3つがなければそこは学校とは言えず、――この3つさえあればそこはどこであっても学校だ」

戦後、空襲で更地になった焼け野原で、生き残った人々が青空教室を開いたように。
主体(生徒)と指導者(教師)と司法(校則)さえ揃えば、集団(学校)を作るのに土地など必要ない。

「これを満たすのは難しいことじゃない。なにせ嶋田は元教師で、僕らは現役の生徒だ。
 だから、あとはそこに校則さえあれば青空教室の出来上がり。堂々とあいつを再殺できる。
 "外"の社会の法律に一切背くことなく」

僕は結論を言った。

「――僕らは絶対に、学生として嶋田に相対するんだ」

かなり強引な屁理屈だけど、法律っていうのはもともと屁理屈とこじつけで運用されてきた。
僕らは学園モノの登場人物でいられる。友達と馴れ合い、適当な目標に向かって頑張るヌルい幸せを護れるんだ。

「問題は最後の一つ、『校則』だ。この学園における校則、学園司法の執行者は風紀委員。
 学園総力の動いている今ならその協力を得ることは難しいことじゃないだろうけど……。
 現在風紀委員は絶賛内部分裂中にある。梅村くんのボス、風紀委員長さんはいま、造反者を出したことで責任を問われてるんだ」

本当に彼女が風紀委員会の先頭に立つに値するのか。その資格を審議されている。
風紀委員長の協力を得るには、まず彼女の信頼を証明し、風紀委員としての権能を取り戻さなければならない。

「つまりこういうことさ。『風紀委員長は、ホントに優秀なのか?』……それを僕らが証明してやれば、彼女の権限は復帰する。
 問題はどうやって風紀委員長の能力を証明するかだ……なにか案はないかい?」

113 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/12/12(月) 21:49:09.84 0
【九條の結論:嶋田の再殺には賛成だけど、それでもとの生活に戻れなくなるのは嫌だ。
         なら嶋田のいる場所を法的に学校ってことにしてしまえば、全ては学内のいざこざとして処理できるのでは?】

【風紀委員長の信頼の証明は、バトルでもなんでも自由な方法で考えてください】

114 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/12/15(木) 23:20:46.44 0
>「よう、業突く張り。宣戦布告だ。俺が、俺達が、お前をもう一度殺してやる」
>「『犯してやるぜ』、だ。お前の地位も、名誉も、金も、平和も、全て俺達が台無しにしてやる」

投げた扉が破砕した事で舞い上がった薄茶色の砂煙の中、隣から長志の宣戦布告が聞こえた。
それは不敵で、聞く者に絶対の自信を感じさせる声色。
正面を見据えた状態でその声を聞いていた小羽は小さく苦笑すると、
やがて長志のそれに習うかの様に自身も右腕を前に――敵である『嶋田』に向けて突き出す。
その先端にある親指は、大地に向かい真っ直ぐと立てられている。

 くたばりやがれ
「『thumbs down 』……全部喰らい尽くしてやるから、覚悟するっすよ」

怒りと憎しみを込め、追随して行われた宣戦布告。
しかし、小羽の瞳に宿る怒りの炎は、先ほどの様な死を感じさせる暗い物ではなく、
燃え盛る業火の様な生気を宿したそれであった。

>「じゃあ小羽、ひとまず逃げるぞ。あんなもん、まともに相手していられるか」

「……こういう時に一気に殲滅に動けるタフ=ガイじゃないから、
 長志さんは恋人いない暦=年齢なんじゃないっすかね……なんて」

口では長志をからかう様な事を言いつつ、小羽も身を翻し闇夜を走り去る。
背後からは我に返った組員達の怒号が聞こえていたが、もはや追いつかれる事はないだろう。

――――かくて壊された歯車は、再生を始める


115 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/12/15(木) 23:21:11.14 0
N2DM部室。
一時は主を奪われ、瓦解するのを待つばかりと思われたその部室に、3つの影が在った。
即ち、N2DM部が部員である、小羽、長志、九條。
その三人が三人ともその身体にある程度の疲労を見せているが、各々それを口に出す事は無い。
今は「会議」の時間だから。部活の今後の方針について語らう場だからだ。

そして、会議は始まり――――

眼前の男子生徒二人が繰り広げる論争を前にして、小羽はじっと思考を巡らせる。
たった三人の会議。それでも当然、論争は発生した。
だが、その事に関しては問題は無い。論議が起きない会議など独裁以外に有り得ないからだ。
『仇討ち』、あるいは『後顧の憂いを断つ』。
その目的こそ一致するものの、それに至る過程に望む意見が異なるのは、ある意味当然なのである。
そうでなければ、会議などする意味は無い。
ただ、問題なのは……

(鶴の一声を放てる人……部長が存在しないっていう事っすね)

正直な事を言うならば、小羽鰐は長志と九條、双方の意見に賛成であった。

嶋田を社会的に抹殺するには、手段は問わないといった長志の意見も理解出来る。
法を気にしていては動きが制限されるのは確かであるし、直ぐにでも部長の仇を打てるのは魅力的だ。
しかし同時に、学園を外に持ち出すという九條の案にも一理あるとも思うのだ。
絡め手というのは、自身に降りかかるリスクを最小限に減らす工夫である。
即ち、最終的な日常に回帰するという目的に対しては、極めて有用であると言えるだろう。
……「内」として戦うか「外」として戦うか。
恐らく――この場に彼らの『部長』が居れば、二つの意見を折衷させ、
或いは第三の意見を生み出す事で方向性を決定づける事ができたのだろう。
しかし、現在ここには部長は居ない。答えは、自分たちの手で出さなければならないのだ。
だから小羽は悩む。悩んで悩んで、最良の答えを導き出そうと悩み抜き……

「……学園と学園外、全部巻き込んじゃうのはどうっすかね?」

ポツリ、と語りだす。そしてその言葉は、まるで物語を語る様に徐々に滑らかになっていく。

「……『学園』の不良生徒である小羽鰐が、ある日学園の生徒である不良数人に暴力を振るった。
 校内暴力を働いた小羽は、学園の風紀を守る風紀委員長によって取り押さえられる。
 委員長が小羽に理由を聞くと、小羽は答える。
 不良達が「『島田』が居なくなって薬を手に入れられなくなった」と言い襲い掛かってきたからだ、と。
 その真相を確認する為、風紀委員長と「彼を慕っていた」生徒達が島田の元へ訪問する。が、
 生徒と教師として皆が対談している最中、慕っていた『元不良』の生徒が錯乱し、
 島田に『薬』を求め始める。そして、その時の様子は同行していた放送部員の手により偶然録画されており、
 動画共有サイトにでも流出し……」

「……確か島田が巻いた薬は、今頃が一番「禁断症状」が酷い時期だったっすよね」

そこまで言ってなにやら気恥ずかしくなったのか、
えげつないその内容とは裏腹に、小羽は照れた様に頬を掻く。

「……ちょっと思いついた事を言ってみたっすけど、
 まあ……流石にそこまで簡単じゃないっすね。論理が穴だらけな上に、危険っすね。
 これは忘れてくださいっす」

――やっぱり部長の様にはいかないっすね。
そんな風に思いながら、小羽はコホンと一度咳をすると。常の無表情へと戻る。

「そうっすね。とりあえずは九條さんの方法を前提に据えつつ、
 法に触れない範囲で島田にプレッシャーを与えていく……のが堅実っすかね?」

どう思いますか?とでも言うように、小羽は双眸を二人に向ける。

116 :オサレ ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/18(日) 22:36:06.70 0
悪いがまた少し遅れる
どうやら面倒事ってのは寒がりなようでな、師走の寒さに耐えかねて俺に懐いてきやがるのさ

117 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/20(火) 23:47:38.30 0
>「異論がある」
>「"嶋田先生"が死んで、嶋田はもう"外"の人間になっちゃったわけだろ?
  ――ならもう僕らの範外だ。"外"の人間は"外"の司法で裁かれるべき……学園の外じゃ、それは警察の仕事だ」

九條の主張はもっともだ。だが、まさか「だから諦めよう」などと言う訳ではあるまい。
真意は一体なんなのかと、長志恋也の双眸が細く研ぎ澄まされる。

>「この学園はさ、生徒自治が進んでるから、自分たちだけでなんでもできるような錯覚に陥りがちだけど……。
  "外"――本物の社会は違う。僕らなんかより優秀な大人たちがゴマンといる。
  彼らと張り合うには、僕らの能力は"中"で活躍することに特化し過ぎた。僕らが戦えるのは、学園の中だけだ。
  そこを履き違えて、ガチの犯罪に巻き込まれたりガチの前科がついちゃうのは御免だよ僕は」

>「だから、僕は学校の"外"で戦おうとするきみたちに協力することはできない」
「だったら――外を『学校』にしちゃえば良い。
「――僕らは絶対に、学生として嶋田に相対するんだ」

九條の望みはつまり、帰り道が欲しいと、そういう事だった。
全てが終わった後に日常に帰りたい。
それは長志恋也の願望でもあった。

>「問題は最後の一つ、『校則』だ。この学園における校則、学園司法の執行者は風紀委員。
 学園総力の動いている今ならその協力を得ることは難しいことじゃないだろうけど……。
 現在風紀委員は絶賛内部分裂中にある。梅村くんのボス、風紀委員長さんはいま、造反者を出したことで責任を問われてるんだ」
>「つまりこういうことさ。『風紀委員長は、ホントに優秀なのか?』……それを僕らが証明してやれば、彼女の権限は復帰する。
 問題はどうやって風紀委員長の能力を証明するかだ……なにか案はないかい?」

>「……学園と学園外、全部巻き込んじゃうのはどうっすかね?」

九條の語り口に一区切りがついたところで、小羽が意見を重ねた。
麻薬に手を出した自業自得の愚か者共を利用して風紀委員長の信用を稼ぎ、
同時に嶋田の悪行を外の社会に膾炙する。
一挙両得の作戦だが、

>「……ちょっと思いついた事を言ってみたっすけど、
 まあ……流石にそこまで簡単じゃないっすね。論理が穴だらけな上に、危険っすね。
 これは忘れてくださいっす」
「そうっすね。とりあえずは九條さんの方法を前提に据えつつ、
 法に触れない範囲で島田にプレッシャーを与えていく……のが堅実っすかね?」

惜しむらくは小羽の言う通り、蓋然性に乏しい事だ。

「……今、小羽の言った事は、あらゆる面で正しい。
 あの嶋田が馬鹿正直に俺達との対談を受ける訳がない。
 あいつは『外』のどこだろうと戦場に出来る。
 面を突き合わせれば……マジでやり合う事になるだろうな。
 まぁ正直、そうなったら俺は生きていられる気がしないな。文字通りの意味でも、社会的にも」

切り出しは、鼻面に拳を叩き込むような強烈な否定だった。

「だが、やり口としては悪くない。早い話が、あいつには既に弱点がある訳だ。
 他人様に、社会につまびらかにされたら困るような傷がな」

そこから肯定へと切り返す。
これもまた、部長のやり口だ。

「 そして、その傷を白日の下に晒してやるのに……なにも俺達が直に手を下す必要はない。
 九條の言う通り、『外』には俺達よりも遥かに優秀な奴らがいるんだからな」

つまり警察、司法、マスメディア――しかし問題が一つ。

118 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/20(火) 23:48:11.12 0
「とは言えその優秀な奴らも……正直あてになるとは思えん。
 連中が真面目に給料分働いていたのなら、そもそもこんなクソッタレな事件は起きなかった。
 ……いや、逆か。働きに給料が見合わないからこうなったのか?それとも、単に『外』が業突く張りの巣窟ってだけなのか」

話が逸れた、と社会への皮肉を切り上げる。
とにかく、嶋田には金がある。正義と、法と、真実の使徒達の目をも眩ませてしまうほどの莫大な金が。

「嶋田は『外』と仲良しこよしだ。利害の一致という、固い固い絆で結ばれてやがる。
 なら、どうすればいい?答えはシンプルだ。その利害を犯してやればいい。
 引っ掻き回して、ぶった斬ってやればいいのさ」

そして、長志恋也の言葉は小羽の提案へと回帰する。

「嶋田を『外』にとっての足手まといにしてやるんだ。
 そう、例えば……どうやってかあいつの居場所を突き止めた麻薬ジャンキー共が、住宅街の真っ只中で騒ぎ回ったりすれば、だ。
 そのせいで大勢の人間が迷惑を被る。その内こう叫ぶ奴らが現れる。
『何故警察は動かない』『どうして法はジャンキー共を、それを生み出す嶋田を野放しにする』『何故マスメディアはこの真実を取り沙汰にしない』。
 やがてその叫びは、一つの疑問に辿り着くだろう。『警察は、司法は、マスメディアは、本当に自分達の味方なのか?』ってな。
 風紀委員と同じだな。信頼を失った組織は、その存亡を問われる事になる。
 そして失った信頼を取り戻す為には……足手まといを切り捨てる他、手はない」

学校とは社会の縮図だ。
ならばその中で起こった事は、外でも再現出来る。

「一度嶋田を孤立無援にしてやれば、学園を外に持ち出すのも楽になるだろう。
 『外』からすれば、切り捨ててしまいたい足手まといを、進んで始末してくれる便利な奴らが現れるんだからな」

だがこの一連の言葉には、『嶋田とて氷山の一角に過ぎない』という事を意味していた。
嶋田は所詮、部長が刺されるに至った原因――社会に満ちる膨大な悪意のごく一部だ。
それでも良かった。世の中の仕組みがどうとか、そんな事を言うつもりも、間違いを正すつもりもない。
目的は仇討ち、ただそれだけだ。
その為なら、自分が大いなる悪意の下で踊るだけの愚者だとしても、構わない。

「これなら、俺達がする事はただジャンキー共に嶋田の居場所を教えてやるだけだ。
 外の法には触れやしない。どうだ、九條。
 俺としては、騒ぎが起きた後にそれを煽って広めるのはお前に頼みたいんだがな。それ向きの友達がいるだろう」

とは言え、この手は不特定多数の人間に迷惑をかける事になる。
特に嶋田の元にけしかける麻薬中毒者達は、自業自得とは言え危険な目に遭う事もあり得るだろう。
その事は長志恋也も自覚していた。

「まあ、これが外道の手だって事は分かってる。
 気に食わなければお前なりに加減をしてくれればいい」


119 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/20(火) 23:48:29.77 0
 


さて、と閑話休題の言葉を挟む。

「お次は風紀委員長の問題だが……」

言葉が途切れ、長志恋也は苦々しい表情と共にうなだれ、右手を額に添える。

「正直俺は、俺達が何をしなくとも、あいつは信用……と言うより威信を取り戻すと踏んでいるんだがな。
 むしろ、それくらい出来なくてはこの学園の委員長は務まらんだろう」

長志恋也は風紀委員長に面識があった。
以前この学園を放浪していた頃に、風紀委員にも籍を置いていた時期があったのだ。
もっとも着崩した制服、誤解を招くココアシガレット、不埒かつ意味不明な言動の役満で三日もしない内に追い出されたが。
この学園の生徒の強烈な個性は、三日もあれば十分記憶に刻み込まれる。
それが委員長クラスの人間であれば、尚更だ。

「そうは言っても、あまり悠長な事は言ってられないからな。手っ取り早く済ませる手が必要か。
 あいつは……委員長クラスはどいつもこいつもだが、性格に難があるからな。
 まっとうな手で理解を得るのはかえって面倒だ。そうするくらいなら、いっそ問答無用で分からせてやった方がいい。
 この学園の風紀委員長は、有能過ぎるくらいに有能なんだとな」

「なんにせよ俺は、どちらかと言えば……どうやってあいつに協力を申し込むかの方が、遥かに問題な気がしてる」

学園の総力が動いている今の状況で何を言っているのか。
九條と小羽はそう言いたげな視線を向けるかもしれない。
ともあれ長志恋也はこう続ける。

「まあ……見てみれば分かる。とりあえず委員棟へ行くぞ」

立ち上がり、部室のドアを開けて――そこで一度、九條を振り返った。

「……あぁ、そうだ。九條、もう一つ頼みたい事がある。
 ジャンキー共が根城にしていたのは、あのキャンプファイヤーで燃えカスになった旧校舎だけじゃない。
 この広大な学園の敷地内には、もう使ってない建物がごまんとあるからな」

言いながら、懐から二枚の紙きれを取り出した。
先の依頼用紙を弄んだ時に、ついでに用意したものだ。

「二箇所、ジャンキー共の巣を見つけ出して、それぞれこいつを奴らが気付く位置に置いてきて欲しい。
 これが何かって?一枚は、嶋田の現在地。もう一枚は……麻薬のレシピさ。
 勿論でっち上げだけどな。そいつを作る為にジャンキー共が実験棟で騒ぎでも起こせば――それを解決するのは、風紀委員以外にいないだろう」

不敵な笑みを浮かべてそう言うと、長志恋也は今度こそ委員棟へ向けて歩き出した。


120 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/20(火) 23:49:12.97 0



委員棟――風紀委員室の扉の前に立つと、中から話し声が聞こえた。

「一体どうするつもりです!よりにもよって風紀委員が嶋田と通じていただなんて!
 事が終われば生徒会からの激しい叱責は免れませんよ!」

「ただでさえ我々風紀委員は、梅村副会長の素行の悪さから、生徒会に目を付けられていたんです!
 これを機に、風紀委員を生徒会直属の下部組織にしようと仕掛けてきても不思議じゃない!」

「一体、どう責任を取るつもりですか!風紀委員長!」

話題は責任の所在について、要するに擦り付け合いだった。
気の早い話だと長志恋也が嘲笑する。

扉を乱暴に叩き開けて、中に篭った下卑た熱気を吹き飛ばしてやろうか。
ついでに皮肉の一つでも吐いてやろうかとも思ったが、話がややこしくなる。
平時ならばとにかく、今、芝居染みた演出に拘る気にはなれなかった。

「……生徒会が、風紀委員を下部組織に置く?あり得んな」

冷厳とした声が響いた。
途端に、長志恋也が扉を開くまでもなく室内の空気が一変した。
あらゆるものを凍て付かせる静かな冷気が、扉の隙間から漏れ出してくる。

「お前達はちゃんと義務教育を済ませてこの学園にいるんだろう。
 三権分立くらい覚えておけ。中学校で習う事だぞ。権力は一箇所に集中し過ぎると腐敗する。
 故に私達風紀委員と生徒会は分離していてこそ正しい、在るべき姿なのだ。
 その事を、あの生徒会長が理解していないとでも思うか」

深い失望の溜息が一つ、たったそれだけで学園の一角が凍土の如く極寒に満ちていく。

「それとも、なんだ。立場を辞す事が責任を果たす事になると、お前達は本気でそう思っているのか?
 それが成り立つのは、それ以外の方法で罪が償えない場合のみだ。
 下らん心配などせずとも、お前達が今回の件で責めを負わされ、罰を受ける事はない。安心しろ」

氷細工の錠前を思わせる、有無を言わさぬ口調は続く。

「何故そんな事が言えるのか、と言いたげだな。教えてやろう、単純な話だ。
 お前達の誰一人として、悪い事をしていないからだ。罪なき罰など、私の風紀には存在しない」

そして、と、その一言で風紀委長の声色が錠前から刃へと変貌した。

「私はそんな事も分からない馬鹿をこの風紀委員に入れた覚えはない。
 学園が総力を結集せねばならないこの状況で、わざわざ内輪揉めの種を撒こうとする愚か者も、同様だ。
 さて……ならば、だ。それが分かった上であえて危機感と内乱を煽り、私を風紀委員から排除する。
 それをして最も利益を得るのは、一体どんな人間だと思う?」

薄氷の刃が、彼女を殊更に糾弾していた三人に突き刺さる。

「悪いが、お前達には尋問を受けてもらうぞ。……何を身構えている。安心しろ。罪なき罰はない。
 お前達が潔白なら……お前達を疑った私が罰を受ける。ただそれだけの話だろう」

足音が一つ、風紀委員長が三人へと歩み寄った。
一瞬の静寂――直後に風紀委員室の扉が叩き開けたれた。
三人の離反者が逃げ出したのだ。


121 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/20(火) 23:50:00.98 0
「クソッ、邪魔だ!」

彼らは丁度扉の前に立っていたN2DM部の三人へと殴りかかり――

「有罪だ。その罪に相応しい罰を与えよう」

背後から追って迫った無数の鎖が、それ以上の悪事を許さなかった。
離反者達は堅牢な鎖に全身を絡め取られ、身動きを封じられて、風紀委員室へと引きずり戻された。
鎖が命を得たかのごとく踊る。離反者達の全身を精緻かつ凶悪極まる力で締め上げた。
金属の輪が小気味いい音を奏で――骨格が破壊される悍ましい音がそれを塗り潰す。
いつぞやの女子剣道部の件で九條が危うく辿りかけた未来が、目の前にあった。

「ハンムラビ法典では、泥棒は二度とその罪を犯せぬよう右手を切り落とすとされている。
 お前達の関節の一つ一つを一度外し、歪んだ状態で嵌め直した。
 今やお前達の骨格は、それそのものが枷に等しい。二度とこの学園で暴力を振るう事は叶わない。
 安心しろ。卒業する頃には、保健委員長が後遺症も含めて元通りにしてくれる」

離反者達には、既に風紀委員長の声は届いていなかった。
ただ一様に泡を噴いて白目を剥き、崩れ落ちる。
彼らの陰に隠されていた風紀委員長の姿が顕になり、N2DM部の三人と目が合った。

「む、お前達は……一体何の用だ」

風紀委員長は頭の高い位置で纏めた黒髪を揺らし、三人を見上げて、そう尋ねた。
濡れた氷のように透き通る美貌、それとは裏腹に童子と等しい背格好、
体型に合わせた特注の制服はフリル付きのメイド服風で、頭にはおまけの獣耳カチューシャ。
この蠱惑的な魅力を醸す少女こそが、『幼き怪物』と恐れられた風紀委員長――葉村緋鳳(はむら ひほう)だった。

「よう、久しいな風紀委員長殿。相変わらず、風紀の二文字とは真逆の方向に突っ走ってるようでなによりだ」

葉村緋鳳が溜息を零す。

「この制服は特注で、ちゃんと学園長の許可を得ている。それに私が正義の従者であると示す大切なものでもある。
 カチューシャにしても、そうだ。所詮私達は、知恵の衣を得ただけの獣に過ぎない。
 自らを律する法と倫理を見失えば、たちまち内なる獣が姿を現す」

彼女の視線が一瞬、小羽を捉えた。

「故に私は、このカチューシャで己が獣である事を忘れぬよう戒めているのだ。
 ……で、そんな下らない揶揄を言う為にここに来たのか?
 ならばお前にも、戒めをくれてやるぞ」

凍て付く眼光が長志恋也へと滑り、鎖が重い金属音で自己主張をする。
卒業するまで口に鎖を巻かれては堪らない。
長志恋也は両手を上げて、自分に悪意がない事を仕草で示した。

「悪いが、最近健やかな学園生活が送りたくなってきたんでな。遠慮しておこう。
 ここにはちゃんと用があってきたのさ。頼みたい事がある」

122 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/20(火) 23:50:51.50 0

そして自分達の願いと策を説明する。
部長の仇討ちがしたい事、その上で日常への帰り道を失いたくもない事。
その為に学園を『外』に持ち出してしまいたい事、それには風紀委員長の協力が不可欠な事。
全てを聞き届けた緋鳳は、

「不可能だな。生徒会長に聞いているだろう。委員会は、お前達に組織として協力する事は出来ん」

それらを絶対零度の口舌の刃で、容赦なく断ち切った。
けれども彼女の言葉は、まだ終わりではなかった。

「だが……風紀委員は、学園内の法と正義の味方だ。
 お前達の行いに正当性があるのならば、私がそれに協力しない理由はなくなる」

正義の味方――以前『嶋田先生』を葬り去った時に九條が用いた言葉が、再び蘇ってきた。
今一度、ここで正義を示せと。

「さあ、私を説き伏せるんだ。お前達の仇討ちが、正当なものであると証明しろ。
 さもなくば私は……お前達には協力出来ない。それが私に定められた法だからな」

厳然と立ちはだかる緋鳳から目を逸らし、長志恋也が九條と小羽に耳打ちをする。

「……正直、俺はこいつからの心証が良くない。前に色々あってな。
 初等部への道順を教えてやったら、危うく保健棟の永住権を貰いかけた。
 そんな訳で、説得はお前らがやってくれ。ついでにジャンキー共の件も頼んだ」


【遅くなった上に長くなった、すまんな。
 とりあえず威信回復の手は、一番手っ取り早く済むだろうバトルにさせてもらった。
 だがやろうと思えばバトルだけじゃ不十分って事で、他の手を拡張する事も出来るだろうからそこんとこはご自由に、だ。
 風紀委員長のキャラに関しては……まあ反省している。勘弁してくれ】

123 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/12/25(日) 08:27:28.18 0
「――んーそうそう。目撃情報は全部。このだだっ広い学園の中で、不良あるいはそれっぽい風体の人影を見かけたら、
 真偽や詳細は問わず全て僕に回してくれ。未整理のままでいいよ。学校裏サイトにホットチャンネルを開設してあるから、
 ケータイから匿名で気軽にタレ込むように周知しておいて。取捨選択はこっちでやるから、とにかくたくさんの情報が欲しい。
 いやいや、悪いね。全部片付いたら、学食のゴールデンパフェ奢るからさ。――頼りにしてるぜ?」

通話が終わると、すぐさまアドレス帳を開いて別の友達に電話をかける。
この作業を、もうかれこれ30回ぐらい繰り返していた。長志くんと、小羽ちゃんと、委員棟に向けて歩きながらだ。
事情を説明せず要件だけを手短に話すだけだったけど、受話器の向こうの連中はみな詳しく聞かずに快諾してくれた。

もつべきものは友達だなあと思う。『部長の件』というのが今の学園内で一種の符牒みたいに機能しているのが大きいんだけどね。
いま、学園では事態の解決にあたり総力が動いている。その影響力は一般生徒にまで及び、誰もが協力を惜しまない。
仲間の仇を討ち、学園に平和を取り戻したいという意志において、全校が付和雷同に頷いているんだ。
あの人の部下として僕はそれを嬉しく思うし、学園のいち生徒としてそんな彼らが誇らしくもある。
この心強さはきっと――僕らの人知れぬ戦いに、背中を押してくれるはずだから。

……パフェの代金、経費でおちないかなあ。

さて、小羽ちゃんが発案し、長志くんが形にした"種"を植え付けるために耕す作業は始まった。
あとは、待つ。でも果報を寝て待ってられない僕らは、同時進行で風紀委員長さんに協力を取り付けるための交渉に赴くのだった。
しかし小羽ちゃん、なかなかえげつない発想をするなあ。
ストッパーの部長がいなくて一番暴走しているのは、あんがいこの娘なのかもしれない。

――――――――

<委員棟・風紀委員長室>

僕らを先導していた長志くんが急に立ち止まった。
そこは風紀委員長室の扉の前で、扉は硬く閉ざされていたのでそりゃ立ち止まるのは当たり前なんだけど。
生まれた時から不退転、香車みたいな生き方を貫いてきた僕は長志くんのほっそい肩におもくそ鼻っ柱をぶつけた。
もうやだこの身長差、今気づいたけど小羽ちゃんより背ェ低いんじゃないか?僕。

扉の向こうでは、緊急の風紀委員幹部会議が行われているようだった。
緊急といっても、もうずっとこんな感じだ。造反事件があってから、責任の所在を明らかに、あるいは擦り付け合ってる。
学生のうちからこんな処世術ばっか身に付けて、一体彼らはどこへ向かっているんだろうね。

>「クソッ、邪魔だ!」

突如、目の前の扉が開け放たれ、三人の風紀委員たちが飛び出してきた。
幹部階級を示す腕章を袖から引きちぎって放り捨て、立ちはだかる僕ら(偶然)を排除しようと拳を握る!
ひい!殴られる――身構えた刹那、部屋の中からひも状のなにかが飛んできて三人を絡めとり、部屋の中に引き摺り込んだ。

「うへぁ、最近の風紀委員は触手でも飼ってるのかい。先進的だなあ」

触手だとおもったものは、こすれ合ってジャラりと唸る幾条もの鎖だった。
まるでモノホンの触手みたいにうねり、巻きつき……僕が最近プレイしたPCゲームの一枚絵みたいに三人を陵辱する。
うわぁ、くわばらくわばら。手とか足とか、ありえない曲がり方しているよ。交通事故現場みたいだ。
ていうか、あまりの急転直下な事態の変化に全然ついていけてないわ、僕。こういうときって妙に冷静になっちゃうよね。

>お前達の関節の一つ一つを一度外し、歪んだ状態で嵌め直した。

さらっと言うけどとんでもないな風紀委員長!
これだけのことをやってのける技量も技量だけど、ここまでやっちゃう度量の狭さがハンパねーっす!
ダイバーダウンのスタンド攻撃を受けたみたいになって床に転がされた三人は、風紀委員の中でも"腕章持ち"の幹部委員。
戦闘訓練を義務付けられている風紀委員の中でも、ひとかど以上に武術や戦闘術に長けた連中のはずだ。
それを一気に三人、相手にして。一瞬で無力化するとかわりと人類の限界を突破しているぜ。

風紀委員長・葉村緋鳳。
その戦いぶりを目にするのは初めてだけれど、彼女もまた超越者。
神谷さんのように理屈抜きの最強や、小羽ちゃんのように獣じみた膂力の持ち主と並ぶ――人越の『技』を体現する者だ。

124 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/12/25(日) 08:30:47.34 0
「……なんでネコミミメイド服?」

大いに萌える格好だけど、本人はこれを大真面目な理念に従って着用しているらしい。
ああ、なんていうか長クラスは誰も彼もがどこかしかズレてるなあ!しかも華奢な美貌に驚くほど似合っているのが反則的。
どうしてスパッツを履いてくれなかったんだ……!その失態だけでも僕はリコールを請求するよ!?
で、何の話だったっけ?葉村さんにどうにかしてスパッツを履いてもらおうという交渉だっけ。死ぬ気で頑張る所存です。

>「さあ、私を説き伏せるんだ。お前達の仇討ちが、正当なものであると証明しろ。
 さもなくば私は……お前達には協力出来ない。それが私に定められた法だからな」
>「……正直、俺はこいつからの心証が良くない。前に色々あってな。
 そんな訳で、説得はお前らがやってくれ。ついでにジャンキー共の件も頼んだ」

「ここまで盛り上げといて丸投げかよ!?刹那的に生き過ぎじゃないのきみ!」

ていうか問答を誤ると保健棟行きって、スフィンクスばりに鬼畜なお人だよ。
あぶねーな、危うくスパッツトークを繰り広げるところだったじゃないか。くわばら。
さて、うーむ。『正義を示せ』ときたか。難しい命題だよな、だって僕らのこれからやろうとしていることは。
少年誌なら確実に『あいつはそんなこと望んでない!』とか言って止められるであろう"復讐"だもんな。

「ではまず僕から行かせてもらうよ、小羽ちゃん」

相手の出方を見る意味でも、ここは僕が先に出るべきだろう。
喧嘩が強くて弁も立つ小羽ちゃんは僕らの切り札、無駄打ちはしたくない。

「ほう、誰かと思えば黒川の弟子か。梅村の件では世話になったが、だからと言って手心を加えるつもりはないぞ」

黒川……諜報部室長の名前だ。そういえば室長と葉村さんは知り合いなんだっけ。
造反事件では諜報部と連携して色々手を回してくれていたみたいだけど、どういう接点なんだろうなあ。

「……もちろんですよ、対等な条件で決着がついてこそ、相対の結果は説得力を持つんです。
 手加減なんてされたらあとからいくらでも判決を覆せますからね。フェアに行きましょう。
 ――僕らの正義、これからの戦いの正当性を立証するべく、論舌での相対を望みます」

僕は正当性の立証に弁舌を選んだ。
バトルのできない僕にしてみれば選択肢なんてないようなものだけどね。
僕の宣言をうけた葉村さんは、形の良い小振りの唇を開いて答えた。

「――――断る」

「えええええええ!?」

断られたあ!?なにそれ、肉体言語で以って仕れとかそういう脳筋な話?
冗談じゃないよ!人間三人を一瞬で骨抜きにするような化物委員長なんかと殴り合ったら肉片も残らないよ!?

「勘違いをするな、弁論による主張を禁じているわけではない。司法と立法では求められる能力が違うことも知っている。
 だがな九條、知らぬようだから一つ常識を教えておいてやる。――説得力とは何を言うかではなく、誰が言うかであると」

「そ、そのこころは……?」

「いいか九條。生徒手帳の賞罰欄は、スタンプカードじゃないんだぞ」

制服の胸ポケットから生徒手帳を抜き、14ページ目、この学園での受賞と受罰を記録する項目をチェック。
するとそこにはなんと!風紀委員のお世話になった罪状と日にちを示す赤字でびっしりと埋まっていた!

「……これ、全部埋めたら白いお皿とかもらえませんかね?」

「生憎と粗品はやれんが、サービスで保健棟のベッドを無期限に借りれる特権を発行してやろうか。今すぐに」

125 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/12/25(日) 08:36:46.89 0
僕の素性が明かされた途端、委員長室に集っていた幹部委員たちがにわかにざわつきだした。

「あれが在学中に三回ブラックリストに載った伝説の変態……『淫獣』九條十兵衛か……!」
「見た目で侮るな、あれの本質は神出鬼没、風のように現われてはスパッツを覗いて逃げていくらしい」
「最新の罪状は、農学部の雌牛に無理やりスパッツを履かせて捕まったそうだ」
「なんて奴だ!スパッツさえ履いていれば人間でなくてもいいのか……!?」
「しかもそのスパッツは特大サイズを手編みで自作したらしいぞ」
「努力の方向性が虚しすぎる――!」

なんか有名になってるなあ。営業としては悪名も名売れだと思って甘受していくほかないか……。
ちなみに捕まる度に部長や梅村くんに身元引受人になってもらっていたから、N2DM部の非公式依頼の半分は僕だ。ここだけの話ね。

「ことほど左様に、お前の立場は我々風紀委員にとって、N2DM部の部員や学園のいち生徒というよりも犯罪者のそれに近い。
 ――咎人が正義を謳ったところで、一体誰が耳を貸す?戦うだけの大義を得る?」

ぐぬぬ……。まったく反論できない。
行為の正当性を語るにおいて、僕はあまりにもこれまで罪を犯しすぎた。
全ての刑期を終えているとはいえ、未だに当局にマークされたままだし。あれだけ再犯すれば当然なんだけどね!

「終わりか?九條。ならば即刻この部屋を去り、お前はお前にできることを尽力して事態の解決に当たれ。
 少なくとも我々風紀委員はお前の言うことに取り合うつもりはない。お前にも、ここで発言する資格はない――」

葉村さんの凛とした声が、僕の左胸にずんと突き刺さる。
ここだけなんだ。言葉による説得まで否定されたら、僕にはもうできることなんて残っちゃいないのに。
言われっぱなしでいいのか、僕。できないことから逃げ出して、一矢も報いれないのは――嫌だ。

「あります」

僕は語気を強めた。

「僕が発言する資格のある話題が、一つだけあります!」

ほう、と葉村さんは挑戦を受けるチャンピオンのような表情で僕を見た。
流石あのドSを従えるだけあって、誰かを見下す仕草が堂に入ってるぜ……。

「面白い、法の執行者たる風紀委員が、法に背く者の言葉を聞くに値する話題があると?言ってみろ、九條」

「いえ、これから話すのは風紀委員に対する発言じゃありません。葉村委員長、貴女個人への言葉です」

再びざわり。今度は正真正銘の困惑が委員長室を支配する。
僕は自分の言葉が場の空気を左右する微妙な全能感を切り裂くように人差し指で葉村さんを指し、続く言葉を紡いだ。

「――あんた、そんなんだから部下に裏切られるんだよ!」

――――――――

「ある風紀委員は言いました。『委員長は人の心のわからぬお方だ』……造反者の一人から聞いた話です。
 聞くところによれば葉村委員長、貴女はいま何人もの部下に逃げられて責任を問われているそうですね」

「……相違ない。だがそれは風紀委員内で起こったこと。部外者の、ましてや咎人のお前にとやかく言われることではない」

この世のあらゆる劇物と毒物をバランス配合したような目付きで睨まれた。こええええ!
どうやら地雷と言うか逆鱗を思いっきり踏み抜いたらしく、凄まじい圧力が彼女の双眸から放たれる。
怯むな!大義は我にあり!

「言う筋合いはあります!なぜなら僕は、ついさっき、貴女の元部下によって危害加えられた!
 一生モノになりかねない傷を負わせられるところだったんだぞ!あんたのところの人事管理はどうなってるんだ!」

「それについては済まなかったと思っている!該当者を処罰し、然るべき措置をとったあと公式に謝罪をしよう!
 誠意が足りないとでも言うつもりか?こちらも八方手を尽くした上で最大限のフォローをするつもりだ、不足はない」

126 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/12/25(日) 08:40:51.45 0
「そういうこと言ってんじゃないですよ。僕が貴女に要求しているのは謝罪ではなく――『改善』です。
 つまり、現状、部下の管理能力――風紀委員の上に立つ者としての手腕を問われている葉村委員長ですが!
 貴女が部下を裏切らせるような無能な指導者ではなく、有能な先導者で在り続けてくれればそれでいい」

「だが、今の私には造反者の処罰と事態の解決で手一杯だ。お前と言葉遊びのような問答をしている暇はない。
 如何にお前が溜飲を下せなくとも、物理的・時間的に不可能な要求を呑むことはできない」

――ここだ。ここがターニング・ポイント。僕らの明日の明暗を分かつ分水嶺。
いま、何が重要か。果たしたい目的に向かって、どういうルートを辿るべきか、道程を単純にしていく。
僕は慎重に言葉を選び、そしてこの場の流れを決定づける一言を叩きつけた。

「なら話は簡単です。――――僕が、貴女の有能を証明します」

なんだと、と葉村さんが食いついたところへ畳み掛けるように僕は続ける。

「葉村委員長、貴女は卓越した実力と、絶対的なカリスマで長く風紀委員の頂点に君臨し続けてきました。
 ですが反面、あまりにお堅い気質や、ストイックすぎる使命感が災いして、ナンバー2以外とは距離が遠かった。
 委員たちは貴女に崇拝じみた尊敬を抱いていましたが、それは翻せば『葉村緋鳳』という人格は重視していなかったことになる」

絶対的な指導者に身を委ねるというのは、麻薬のように居心地が良い。
反面、そこには『共に在ろう』という覚悟が欠如している。だから利害が食い違えば簡単に離れていくし、裏切りもする。
恋に恋していた梅村くんを除いては、委員達にとって葉村さんは『俺たちのリーダー』ではなく『お堅い委員長』でしかないのだ。
典型的な『俺たちのリーダー』である部長をずっと傍で見てきた僕だから、言える。

「『風紀委員長』と『葉村緋鳳』の乖離……これが貴女が裏切られた原因です!」

僕の指摘に、葉村さんは目を丸くした。
いつも気難しい顔をしている彼女のそんな力の抜けた表情は、とても魅力的に思えた。

「ならば……ならばどうしろというのだ。確かに私には人望がないかも知れない。裏切られるのも仕方ないかも知れない。
 しかし、生来より培ってきたこの気質はどうにもならんのだ。私は法の執行者、正義に操を捧げた身だ!」

「それこそ簡単ですよ!葉村委員長の、『お堅い』イメージが近づきがたい原因になっているのなら、それを払拭しましょう。
 具体的には、そんなセメント口調じゃなく、誰とでも楽しくお喋りできるってことを全面的に押し出してアピールするんです」

アピール?と鸚鵡返しで問うてくる葉村さんに、

「まんがタイムきららに載っているゆるふわ4コマのような、ゆるーいトークを繰り広げるってのはどうでしょう」

「……つまり、率先して私から気軽に話しかけられる雰囲気を作ることで、部下との距離を縮めるという算段か」

「ええ。そうなると話題選びが問題ですが、不安がることはありません、世の中には万国共通で笑い合える話のネタがあるんです」

「ほほう、それは僥倖だ。では早速その万人ウケする話題とやらを私に振ってみてくれ。
 実際に私が受け手の立場からそれを聞くことで、相手にどのような印象を与えるかを検証しておきたいのでな」

変なところで真面目発動してるなあ。
まあでも、これで葉村さんのコミュ障が治れば、彼女と部下の関係が改善されて有能さの証明にもなる。
わかりました、と僕は頷いて、用意してあった話題を振った。


「――カレー味のうんことうんこ味のカレー、どっちが好き?」

世界のどこでも通用する笑い。下ネタである。

――――――――

127 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2011/12/25(日) 08:45:09.92 0
「ふむ、難解な命題だな。どちらも食べたことがないからわからんが、しかし味を考えるならば前者か――」
「ですが、うんこは雑菌の塊ですよ。食べたら死にます」
「カレー味のカレーという選択肢はないのか……?」
「それじゃただの食べ物トークじゃないですか!下品な話をしましょうよ、今は!」
「私は普通に食べ物の話もしたいのだが……」
「何言ってんですかダメですよ!今は!あの高嶺の花と思われた美少女委員長が下品な話で盛り上がっているというこの状況が!
 もう我々の業界ではご褒美ってぐらいにああ録音していいですかねいや別に悪いことには使わないんで、ね?ね?」

僕は制服のポケットからいつも入っているICレコーダーを取り出した。録音ボタンを押したその刹那、

「――やめろおおおおおおおおおおおおおお!!!」

ゴシャァッ!と僕の顎に人間の頭がぶち当たった。
それは体当りしてきた風紀委員――葉村さんに骨抜きにされた三人の一人が、満足に動かない身体で跳躍してきたのだ。
立ち上がるだけでも体中の骨が軋んで激痛だろうに、それでも五体満足な僕を相手に一歩も引かない元幹部たち。

「もうやめてください、委員長……あのような戯言に付き合うことはありません。というか見てられません」
「委員長は真面目な人だから、どんな些事にも真剣に取り組んでくれるのをずっと尊敬していました」
「でもあいつはそうまでする価値もない男です。あれと関われば委員長の品位まで下げることになります」

ひ、酷い言われようだ!しかも裏切って制裁加えられたような連中に!

「だ、騙されちゃいけない、葉村さん!そいつらは一度裏切った身、あんたの社交復帰を妨害しようとしてるんだ!」

僕の忠告と、三人が口々に言う諫言で、葉村さんは目を白黒させていた。

「確かに我らはいっときの欲に流され、委員長を糾弾する側にいた」
「クーデターへの関与も認めよう。造反組へ指示を出していたことも、『帰りの会』で全て証言する」
「だが、ようやく分かったのだ……我々がどうして、委員長の下に甘んじることを辞めたのか」

一人は膝立ちで、一人は壁にもたれかかり、一人は床に伏せながら、言葉を途切れさせなかった。

「委員長と、部下ではなく対等な立場から相対してみたいと思ったからだ!」
「そしてその手段が間違っていたというのも、今ならわかる」
「相手を引き摺り下ろすのではなく、自分がのし上がって同じ高みに至らねば、偽りの対等に意味などないのだ――!」

だから、と三人は声を揃えて。

「「「我らの仕る葉村緋鳳は!間違ってもカレー味のうんこについて真剣に議論を重ねたりしない!!!」」」

そんな八十年代のアイドル幻想みたいなこと言われても……。
どんなに可愛い女の子だってするときゃするよ、うんこの話。世界中の女の子と下品な話をしたいなあ。

「お前ら……!」

葉村さんが両眼を輝かせて三人を見ている!?
どこに感動要素があったの!?いやしかし、どうしよう、この状況……まったく予想外だぞ。

「そ、そうそうそうそう!僕が言いたかったのはこういうことですよ!
 ほら葉村委員長、見てくださいよあんだけ態度悪かった裏切りもの連中がこの改心っぷり!
 委員長が近づき難いままでも、自分を高めることで同じ領域に近づこうという感心千万な向上心を持った部下たち!
 これはもう、葉村委員長は部下をグイグイ引っ張っていく先導者という形での風紀委員長として――有能じゃないですか?」

ドヤ顔でそうこじつけた。
葉村さんは僕のほうを一回だけ見ると、事態の経過を見守っていた他の幹部たちに見えるように親指を下にした。
するとたちまち屈強な幹部たちが倒れ伏す僕を取り囲んで踏む!踏む!全く遠慮のないストンピングが降ってくる!

「ぎええええええええええ!こ、小羽ちゃん、あとは頼んだ!ぼ、僕らの『正当性』を証明するんだ痛い痛い痛い!」

【遅い&長くてすみません。立証すべき『有能』『正当性』のうち風紀委員長の人事管理としての有能を証明】

128 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/12/25(日) 22:30:46.02 0

委員棟にて。

長志と風紀委員達との対峙を経ても
反乱分子への処罰を見ても
風紀委員長のねめつける様な視線を受けても

尚、小羽は一切の反応を見せなかった。
トレードマークの瓶底眼鏡は既に取り外しており、
銀色の前髪で半分ほどが隠れているその怜悧な眼窩で、
終始彼らのやり取りを眺めているだけだった。
静かに腕を組み、まるで眠る野生の獣の様に構えていた小羽が動いたのは、

>「ぎええええええええええ!こ、小羽ちゃん、あとは頼んだ!ぼ、僕らの『正当性』を証明するんだ痛い痛い痛い!」

極めて変態じみた九條と風紀委員達のやり取りが終わり、九條が情けない台詞を放った直後であった。

「……黙って聞いてればいい気なもんっすね」

呟かれた声。
それは弾劾にしては短く、断罪にしては長い二文章。
しかし、けれど、ただそれだけで水面に広がる波紋が如く静寂が広がる。
九條に暴力を振るっていた風紀委員達でさえ、肌を泡立てその動きを止める。
それは、簡単に言えば恐怖から来る行動停止だった。
普段、彼らの長である葉村が齎す畏怖ではない。
圧倒的な敵意。幾ら鍛えられているとはいえ、そんな物を受けて尚、温いコメディは続けられない。
……だが、そんな中においても平然と動く人間は存在する。

「む……『人食い鰐』か。中学時代以来だな。更正したとは聞いたが、
 貴様の過去を聞いている私からすれば、貴様は九條以上の黒。掛け値なしの咎人だぞ?
 いくら仲間が傷ついたとはいえ、さんざ人を傷つけてきたお前が、我々風紀委員に何を頼むつもりだ」

それは風紀委員長その人。「強さ」を保持し確固たる個を持つ彼女は、
小羽の重圧を撥ね退け正面から対峙する。身長の関係で少し見上げる形になってはいるが、
先ほどの九條との対峙の時に見せた柔らかさはどこへやら。
ルールに殉ずる者としての葉村風紀委員長は、鉄を思わせる硬い言葉を吐く。

それは当然、といえば当然だろう。小羽鰐の過去。
伝説的な不良『人食い鰐』の噂を良く知るのは、
社会のルールを破るものか、或いは破る者を取り締まる者だ。
葉村はその取り締まる側を総括する人間の一人であるのだから、ここを譲る事は決してない。
更正しようと改心しようと贖罪しようと、犯した罪は決して消える事は無い。
何故ならそれが罪を犯すという事だからだ。
故に、葉村が小羽を悪人と断ずる事にためらいを覚える訳が無い。

そんな葉村の言葉を耳にした風紀委員達も、こぞってその言葉に同調をする。
それも当然だろう。何せ彼らは先ほど、自身を高め葉村風紀委員長に近づく事を
決心した鋼の意思の一団なのだから。

……けれども、正義という名前の印籠を突きつけられても尚、小羽鰐は微塵も揺るがない。
揺るがずに淡々と、深い海底の如く……その感情を爆発させる。

129 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/12/25(日) 22:33:48.62 0

「……正義?正当性が無ければ風紀委員は動かない?頼む?
 ――――はっ。まるでこんな状況を作った責任は自分達には無いとでも言わんばかりの温いやりとりっすね」

言葉に言い返そうとした委員の一人は、小羽の人睨みで腰を抜かし、その場にへたり込む。

「自分達の行動が罪の無い生徒を一人殺そうとする結果と直結した。
 貴方達は、ひょっとしてその事を都合よく無かった事にでもするつもりっすか?」

その瞳は、長志が先に見た壁狭組襲撃の時と同じように真紅に充血しており、握った拳からは血が滲み出ている。

「帰りの会で明らかに?一時の欲?対等の立場?……ふざけるなっす。
 本音を言わせて貰えば、私は今目の前に居るその三匹と、貴女の元部下を、
 千裂きにしてむごたらしく殺してやりたい気分なんっすよ」

続けられる言葉は、怒鳴らず、けれど何より怖い

「部長を帰せ。幸福な日々を返せ。お前達の「せいで」奪われた平穏を、全部私達に返せ」

ここにおいて小羽鰐は、再びその心に怒りの炎を燃やしていた……否。これは再燃というよりは現出か。
部長の事件以来、長志の説得を経ても尚、憎悪の炎はただの一度たりとも消えては居ないのだから。
そんな中、史上かつて無い不祥事を引き起こした連中が、事件の被害者の仲間を前に正義を標榜し、
あまつさえ変質的な行動があったとはいえ、暴力まで振るったのである。抑えていた炎が燃え上がったのは、無理も無い事だった。

余りの事に沈黙する風紀委員達を前に、静かに激昂した小羽は後ろへと向き、そのままその場を去ろうとする。
……恐らく、この事件の直後の小羽であったら、そのまま振り返る事も無かっただろう。
振り返らずに、全部を手遅れにして台無しにしていただろう。だが

「……っ」
振り返った先にいたのは、長志と九條。N2DM部の部員。仲間達――彼らの視線。
それを受けて、僅か数歩。小羽鰐は立ち止まった。
立ち止まり、数瞬の沈黙を経て――――天を仰ぎ歯を食いしばった。
そうして……向き直った。風紀委員達の方へ。

次の瞬間に行われた事を予想出来た者は、この場に一人とていないだろう。

「――――お願い、しますっす」

小羽鰐が

「ここで嶋田を野放しにすれば、あいつはきっと、また部長を狙うっす。
 そうでなくても部長の様な被害者を、別のどこかで生み出すっす。
 私達の様に悲しむ人を、何人も作り出すっす……」

『人食い鰐』として恐れられた普通の少女が

「生徒会じゃあ足が遅すぎるっす……それに、なにより自分達の手で動かないと、
 私はもう前に進めなくなるっす。だから、私達に力を貸してくださいっす……!」

両膝を突き、地に額を擦り付ける様に頭を下げていた。

「お願い、しますっす……」

見栄も外面もプライドも、尊厳さえも捨て、一人の少女が土下座をしていた。
大事な人を奪おうとした奴を許さないでくれと、訴えかけていた。


130 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2011/12/25(日) 22:34:17.11 0

……結局、どれだけ言葉を飾ろうと復讐は悪なのだ。
だから、小羽鰐には正当性を訴える事など出来なかった。
だから、こうして一人の人間として頼む事しかできなかった。
格好悪かろう。情けなかろう。
だが、これは小羽に出来る最大の「誠意」であった。

【小羽鰐。激怒の後、土下座をする。復讐の正当性を完全に訴える事は叶わず】

131 :ぶちょー:2011/12/28(水) 09:03:09.34 i
んーと。
とりあえずログ読んでくる。

「復帰したいでーす」とか言うのは簡単だけども、
経験則から言ってそういう奴ってまたすぐに居なくなるのは基本なんだよな、うん。
ということで、別にこのまま死んだことにしてくれても構わない。
もしまた末席に加えさせて貰えるのであれば、それは幸いなことではあるけれども。

ともかく、今回の件について弁明の余地はない。
本当に申し訳なかった。

132 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/28(水) 23:30:18.85 0
>「ぎええええええええええ!こ、小羽ちゃん、あとは頼んだ!ぼ、僕らの『正当性』を証明するんだ痛い痛い痛い!」

「……お前って奴は、本当に一本気な奴だよ。一本ってだけで、まっすぐじゃないのが唯一にして最大の欠点だけどな」

欲望のままに駆け抜けた九條に、長志恋也は呆れ果てた声音で一言。
深い溜息を零して――不意に己のすぐ傍、真横から兆した冷気に表情を固まらせた。
葉村の放つ、全てを分け隔てなく凍て付かせる正義の如き極寒ではない。
獰猛な鋼鉄の牙が体の奥深くにまで食い込むような、悍ましい冷たさだった。
牙の矛先ではない長志恋也でさえ、体の芯まで凍りつくような寒気を感じているのだ。
矛先たる風紀委員達は、段違いの敵意に晒されているに違いない。

>「……正義?正当性が無ければ風紀委員は動かない?頼む?
 ――――はっ。まるでこんな状況を作った責任は自分達には無いとでも言わんばかりの温いやりとりっすね」
「自分達の行動が罪の無い生徒を一人殺そうとする結果と直結した。
 貴方達は、ひょっとしてその事を都合よく無かった事にでもするつもりっすか?」
「帰りの会で明らかに?一時の欲?対等の立場?……ふざけるなっす。
 本音を言わせて貰えば、私は今目の前に居るその三匹と、貴女の元部下を、
 千裂きにしてむごたらしく殺してやりたい気分なんっすよ」
「部長を帰せ。幸福な日々を返せ。お前達の「せいで」奪われた平穏を、全部私達に返せ」

激情に任せた小羽の謗りに、葉村は何一つとして言葉を返さない。
彼女は小羽の怒りが、罵倒が、正当なものだと思っていた。
部長と小羽の間柄は知らぬまでも、想像する事は出来る。
友情や親愛、様々な感情があっただろう。それらを瞬く間に踏み躙られたのだ。
遠因、されど原因には違いない自分達が憎いのも、十分理解出来た。

それでも――葉村は謝らない。償いもしない。
小羽の怒りには正当性がある。だがそれだけだ。
その正当性は、彼女の要求にまでは及ばない。

予想し得る事ではなかった。結果は小羽の言う通りだが、責任を問われるほどの落ち度はなかったと自分でも断言出来る。
身内の不祥事とは言え、その罪を自分達が背負わされる筋合いもない。
なにより、要求された賠償は実現不可能だ。
その上でただ謝罪だけをしたとして、小羽の怒りは晴れるだろうか――答えは否だ。
むしろかえって、怒りの炎を煽り立ててしまうだけだろう。

故に葉村はただ黙って、怒りのみを受け入れた。

――小羽鰐が身を翻した。
凶悪な暴力の体現者の態を剥き出しにしたままで、どこかへと消えようとしている。

葉村が無言のまま重心を落として、両手を程よい脱力状態で下ろした。
メイド服の袖から滑り落ちた鎖が微かな金属音を奏でた。
警告だ。もしもこのまま小羽が怒りに任せて暴虐の使徒と化すのならば、葉村は風紀委員長としてそれを止めなくてはならない。
例え小羽の怒りがどれだけ正当なもので、悔しいほどに理解出来たとしても。


133 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/28(水) 23:31:23.08 0
 


「……お前がやるなら、俺もやる。俺から言えるのは、それだけだ」

長志恋也は、小羽鰐を制止しない。
『想像力』の特異点を持つ彼は小羽の怒りを、失望をも想像出来てしまう。
だからこそ彼女の願いを、どんな形であっても蔑ろにしたくはなかった。
対して小羽は――

>「……っ」

再び、長志恋也に背を向けた。葉村に、風紀委員に、向き直る。

「――――お願い、しますっす」

そしてその場で跪き、額が地に触れるほど頭を低くして――土下座をした。
長志恋也が、その場にいた誰もが、身動きを忘れた。
『人食い鰐』と恐れられた少女が、憎しみの対象である風紀委員に、平伏している。

>「ここで嶋田を野放しにすれば、あいつはきっと、また部長を狙うっす。
 そうでなくても部長の様な被害者を、別のどこかで生み出すっす。
 私達の様に悲しむ人を、何人も作り出すっす……」
「生徒会じゃあ足が遅すぎるっす……それに、なにより自分達の手で動かないと、
 私はもう前に進めなくなるっす。だから、私達に力を貸してくださいっす……!」
「お願い、しますっす……」

皆が驚愕に飲まれている中、葉村緋鳳だけが動いた。

「頭を上げてくれ……と言ったところで、聞き入れてはくれんだろうな」

静かな声だ。

「……私は、ハンムラビ法典が好きでな。この学園の風紀を取り締まり、また校則を整理、改訂する際にも参考にしている」

今から放たれる答えが是か非か、まるで予想の出来ない声色だった。

「『目には目を歯には歯を』……恐らくハンムラビ法典で最も有名な一節だ。
 この法は読んで字の如く、復讐を容認するもの――」

平時とまるで変わらない、正義の使者として揺るぎない態度で、

「ではない。復讐は復讐を呼ぶ。過剰な仕返しが暴力の悪循環を呼ばないよう、戒める為の法だ。
 復讐から何かが生まれる事はないと、紀元前の人間でさえそう言っている」

そう答えた。
復讐は許される事ではない。無限の破滅を呼ぶ行為だと。
葉村の正義は決して揺るがない。

134 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/28(水) 23:32:14.41 0
「……しかし、だ。ハンムラビ法典にはこうも記されている」

だが、

「『強者が弱者を虐げないように、正義が孤児と寡婦とに授けられるように』と。
 私はこの一節が、堪らなく好きなのだ。
 そして今、友の為に恥も外聞も捨てる事が出来たお前は……何よりも強かで、誰よりも弱い」

葉村は己の正義を揺らがせないまま――小羽鰐の味方になる事を選んだ。
力に溺れて弱者を虐げる強者を許してはおけない。
自分一人では不当な悪意を跳ね除ける事が出来ない弱者を放ってはおけない。
それが、彼女の正義だった。

「復讐は何も生みはしないが……守り、取り戻す事は出来る。尊厳や、矜持や、心の平穏を。
 そしてそれらは過去に決着をつけ、人が前向きに生きていく為に、不可欠なものだ」

鎖を収め、足音を一つ二つと奏でて、葉村は小羽の前へ。

「お前達の望みには正統性がある。……さあ、今度こそ頭を上げてくれ。
 ちゃんとお前の目を見て、私は返事がしたい」

膝を突き、小羽の方へ右手を置く。
もう一度、頭を上げるように促した。
小羽が頭を上げれば、身長差から今度は葉村が彼女の前に跪く形になる。
そして正義の従者は、小羽達の中にある正義に傅きながら、答えるのだ。

「私達風紀委員は、お前達に、お前達の正義に味方しよう」

葉村が小羽達に微笑みかける。
冷厳な凍土を思わせる鋭い表情は溶け去って、
水に濡れた氷のように美しく、柔らかで透き通るような微笑みだった。

「学園を外に持ち出したい、だったな。任せておけ。
 正義とは陽光のごとく、遍く全てを照らすものだ。
 どこへでも、どこまででも、お前達の進み道を照らしてみせよう。

 ……まあ、今は離反者の件で、生徒会から風紀委員長としての権限を一部制限されているが、問題ない。
 こうなったからには、すぐに評価を挽回してみせる。頼もしい部下もいる事だしな」

葉村は風紀委員達を振り返って、濡れた氷の笑みを、今までに無かった感情を皆に振り撒く。
見計らったように、長志恋也が人差し指を立てた。

「その件なら、こちらでもうお膳立てが済んでいる。
 詳しくは九條に聞いてくれ……と言いたい所なんだが、肝心のこいつがこのザマじゃあな」

丹念に踏みしだかれた九條を見下ろして、溜息を零す。

「案ずる事はない。私の部下達にも治療が必要だからな。今、保健委員長を呼んだ」

腕章持ちの三人が表情に安堵の色を浮かべた。
義憤と憧憬に突き動かされて九條を踏みしだいてはいたものの、やはり痛いものは痛い。
保健委員長ならば適切な治療を施してくれるに違いない、と。

「……だが、どうやら保健委員長は今回の件で忙しいらしい。
 代わりに副委員長が来てくれる事になった」

けれども葉村がそう続けた途端、三人の面持ちが一変する。


135 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/28(水) 23:34:03.44 0
「副委員長……!?い、委員長!その、我々は副委員長の御手を煩わせるまでもないんじゃないでしょうか!」

「そうですよ!委員長に治して頂ければそれで万事解決ですし!」

「大変恐縮ではありますが、何卒お願いします葉村委員長!」

凍り付き、戦慄して、慌てふためきながら葉村にそう提案した。
とは言え提案の体裁を取ってはいるものの、その口調や様子は懇願といった方が正確だった。

「ふ……一つ、教えてやろう。私は戒めるのは得意だが――解き放つのは、管轄外だ」

「ドヤ顔で言う事ですかそれ!?」
「ていうか自分じゃ治せそうにない刑罰食らわされたんですか俺達!」
「でも俺達そんな葉村委員長が好きです!」

「お前達……!」

「……小芝居が打てるほど仲良くなったのは大いに結構だがな。……来たぞ、『剥意の天使』様が」

呆れ果てた口調と共に、長志恋也は片目の視線を風紀委員室の入り口へ向ける。

扉が開かれたままだった入り口前に、女子生徒が立っていた。
白く輝く長髪の二つ三つ編みに、天使を思わせる美貌と、それを彩る満面の笑顔。
葉村とは正反対の長身と起伏に満ちた肢体、制服は副委員長権限で純白のナース服風に改造が施されている。

「ごきげんよう〜、怪我人がいると聞いて馳せ参じましたわ〜。お呼ばれになったのは委員長でしたけど〜。
 今この瞬間にも、この学園の生徒が痛みに苦しみ無為な血が流しているのかと思うと……わたくし居ても立ってもいられなくて〜。
 怪我人は……そちらの方々ですね〜?では早速治療を始めましょうか〜」

看護師然の緩く穏やかな口調と、慈母の笑顔を見せる彼女に対して、しかし風紀委員達は動揺を露にしていた。

「いやいやいや、痛みだなんてそんな!この怪我はぶっちゃけ自業自得ですし!」
「そうそう!その尻拭いを沈無さんにさせてしまうだなんて恐れ多いですよ!」
「ていうかむしろこんなの怪我の内に入りませんって!ほら、自分達って風紀委員の仕事でこういうのには慣れてますし!?」

三人が冷や汗を滲ませて、引きつった笑いを浮かべながら弁明する。

「あらあら〜、お優しいんですね〜」

沈無(しずなし)と呼ばれた女子生徒は慈母の笑顔を寸分たりともブラさないまま、

「でも、駄目ですよ〜。風邪は万病の元じゃありませんけど、
 些細な怪我でも放っておけば酷い事になってしまうんですから〜。
 特に骨格の歪みは、長い間放置したら定着してしまいますから……今すぐ、治してしまいましょうね〜」

腕章持ちの三人へと一歩、歩み寄った。
白くたおやかな十指が不穏に蠢く。

三人は最早怯えを隠そうともせずに後退る。
だが骨格が歪んだ状態で、今さっきまで怒りに任せて九條を踏んでいた彼らは、人並みの動きすら出来なかった。
瞬く間に距離を埋められて、まず一人目が沈無に捕まった。

恐怖と捕まった際に走った痛みに顔を凍り付かせた風紀委員を、沈無は柔らかに抱き締める。

「それじゃ、行きますよ〜。少し痛いかもしれませんけど、我慢して下さいね〜」

そして――骨格の治療される音が風紀委員室に響いた。
歪んだ骨格の全てを再度破壊して、正常な形に建て直す音が。
腐っても腕章持ち、百戦錬磨の男が悲鳴を上げる。その悲鳴すら掻き消されるほどに激しい音だった。

136 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/28(水) 23:35:40.82 0
「はぁい、治療完了ですよ〜。……これでもう、こんな怪我をするような事も、したくなくなりますね〜」

不動の笑顔のまま、沈無はそう言った。
彼女は現代医療を始めとして鍼灸、柔道整復、漢方、ありとあらゆる『医療行為』を修めている。
その膨大な知識と技量、天性の才覚によって死亡以外のあらゆる外傷、内傷を治療可能だった。
単純な治療能力ならば、保健委員長すら凌ぐほどだ。

彼女はこの学園の生徒が、ひいては他人が、別け隔てなく大好きだった。
だからこそ、自分を粗末にして怪我をしたり病気を患う人間が、大嫌いだった。
故に彼女の治療には必ず激痛が伴う。
もう二度と、そんな怪我をするような事を、したくなくなるように。
彼女の治療は人の意志を剥奪するのだ。

故に付いた異名が『剥意の天使』――誰よりも優しく誰よりも非情な保健副委員長、
沈無早風(しずなし・はやかぜ)の本質をこれ以上なく捉えた呼び名だった。

「あとのお二人も……失礼しますね〜」

悲鳴と、それを掻き消す残虐な音が繰り返される。
沈無が抱き締めるのをやめた後で、立っていられた者は一人もいなかった。
三人共白目を剥いて涎を垂らし、床に転がって意味のない呻き声を零している。

治療行為を終えると、沈無は葉村を振り返った。

「すみませんね〜。お忙しいのは重々承知していますけど、これが私の仕事ですから〜」

人員を削ってしまった事に詫びを入れる。

「あぁ、なに、気にするな。……私の部下は、痛みごときで折れたりはせん」

葉村が事もなげに、そう答えた。
腕章持ちの三人が、微かな身動ぎで反応を示す。

「なぁ、そうだろう?」

葉村の問いかけに応えるように、三人は腕を動かした。

「あ……当たり前じゃないですか……!」

右手を床に突いて上体を起こす。足の裏で床をしかと捉える。

「これしきの事でへこたれてちゃ……!」

そして――気合の唸り声を上げながら、一息に立ち上がってみせた。

「また……委員長に恥掻かせちゃいますからね!」

脂汗に塗れて、表情筋が一本残らず引き攣った、けれども確かに不敵な笑みを三人は浮かべていた。
尊敬する葉村を二度と裏切ってなるものかという強固な意志が、沈無の齎した激痛を上回ったのだ。

「……それが、あなた達の本心ですか〜」

沈無の治療は激痛を齎す。故に人の意志を剥奪する。
だが――その痛みを経ても尚、剥がれる事のない意志があったとしたら。
それは、その者の奥深くにある真実の意志だ。決して揺らぐ事のない大切なものだ。
沈無の治療は、人の真意に迫る。
故に彼女は『剥意』にして『迫意』の天使なのだ。


137 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/28(水) 23:35:59.33 0
「ここのところ、ご存じの通り怪我人が続出しているんですけどね〜。
 皆さん、私の治療を受けても決して諦めようとしてくれないんですよ〜。
 あんなにも大勢の方に思って頂けるだなんて、羨ましいですね〜」

沈無が満面の笑顔に、更に喜色を上塗りして、呟く。
と、不意に彼女の制服の内ポケットから電子音が鳴った。
携帯電話の着信音だ。

「あら、またどこかで怪我人が出たみたいですね〜」

「おっと、待ってくれ。行っちまう前にあいつも治療してやってくれ。
 ついでにあの底なしの欲望も引っ剥がしてくれたら嬉しいんだが……まあそっちは期待しないさ」

長志恋也が床で転がった九條を親指で指した。

「あら、あらあら、九條さんったら……またなにかやらかしたんですね〜。
 ……いい加減私も本気出しちゃいますよ〜」

沈無の笑顔に仄暗い影が差す。
例え九條がどれほどの抵抗を見せようとも、彼女は丹念に治療を完遂するだろう。
その過程に、『ナース服』や『天使』なる単語に対して九條が期待するような行為は欠片ほども存在しなかった。

「よう九條、少しは真人間の道を歩んでみようって気になったか?
 正直なってもならなくてもどうでもいいんだがな、とりあえずジャンキー共の件をさっさと手掛けちまってくれ」


【次のターン辺りでバトル展開……となるんだろうか
 イベントの発生は九條に任せる形になっているから、まあ頼んだ
 保健副委員長の登場にはこれっぽっちの意味もない。単に俺がこの学園を満喫したかっただけだ】


138 :オサレ ◆4PYkPn.guGfT :2011/12/28(水) 23:37:36.21 0
 


【そして創造主殿、まずは言いたかった事を言わせてもらおうか。
 おかえり、よく帰ってきてくれた、とな。
 アンタとのロールプレイは楽しかったし、帰ってきてくれたのは喜ばしい事だ。

 そんでもって、次は言いたくない事を言わせてもらう。
 まず初めにだ。
 一度音沙汰なしになったコテを手放しに歓迎するってのは、まあ正直な話、リスクが大きいと言わざるを得ない。
 だから俺としては、アンタには再発の防止を徹底してもらいたい。
 
 例えば
 今まで曖昧のままになっていた○日ルールを明文化、
 それを超過する際には必ず上限日までに報告、
 何日以内に書けるかを見立てでもいいから明らかにして、その見立てた日数で無理そうなら適時報告を欠かさない。
 といった具合にな。

 あとは、音信不通になった原因も出来る事なら聞きたいところだ。
 それが一時的なものだったのか、それとも今後も再発し得るものなのか、知っておきたい。
 再発し得るからと言ってどうこう言うつもりはないが……まあ心構えくらいは出来るからな

 俺はこのスレを楽しみたい。だからその為に必要だろう事を言わせてもらった。
 が、過ぎた事について何か言う気はない。俺からはそんなところだ】


139 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/01/01(日) 09:13:05.32 0
『なんで学校行ってるの?』と言われると、困る。
だって別に勉強は家でもできるし、友達とは外で遊べるし、いまどきは試験さえ受ければ高卒資格とれるもんね。
勉強したり、友達と会うだけなら、学校じゃなくてもできる。むしろ朝礼とか通学とか、無駄な時間でさえある。
だって考えてもみなよ、一週間のうち5日も連続して同じ時間に起きて同じ時間机に座って同じ道を歩いて……なんてのは。
どこか麻痺しちゃってるけど、客観的に見たら、正気の沙汰じゃないよ。軍隊だってもう少し起伏に富んだメニューをこなす。

じゃあ学校行かなければいいじゃんって考えにもなるんだけれど、ていうかそういう理屈でサボる奴もいっぱいいるけれど。
僕らはどうしても週五日のルーチンワークを手放せない。決して安くない学費を払って、学生って身分にしがみついている。
なんでそうまでして学校という場所に拘るのかと言えば、きっと期待してるんだろうな、と思うのだ。
活躍を。友情を。恋愛を。闘争を。小中高と十年以上の学校生活の中で、誰にでも巡り得る株上げイベントのチャンスを。
全校生徒ウン万人で青春という名の配当を目指す、気の長い宝くじみたいなものなんだろう。

そう。
僕らは青春をしに行くんだ。


>「お願い、しますっす……」

小羽ちゃんの主張は、主張の体をなしていない怨嗟と赫怒の叫びだった。
僕は一瞬血の海になった委員長室を幻視して尿線が緩みそうになったけど、爆発寸前のダイナマイトは導火線を自力消化。
叩きつけた感情を下敷きにした真摯な願いは、そこに居る者全ての心を例外なく揺さぶった。
……たぶん、天然だ。小羽ちゃんがこの土壇場で小賢しい打算をするとは思えない。
喧嘩が強くて弁も立つこのハイパー少女は、それら全てをおまけにするほど強烈な誠実さを持っていた。

>「私達風紀委員は、お前達に、お前達の正義に味方しよう」

競り勝った――!
僕は心の中で快哉を叫ぶ。正当性云々とかそういう言葉遊びじゃない。
風紀委員長・葉村緋鳳の心からの共鳴を引き出した。要請でも要求でもない、他ならぬ嘆願によって。
協力してくれって言葉に、100パーセントの「任せろ」をもらったんだ!
小羽ちゃんの威嚇によって中断されたもののいつの間にかなし崩し的に再び踏まれ始めながら、拳を握った。
……ていうかいい加減踏むのやめろよな!?僕は麦じゃねえんだよくやしいのう!ギギギ……

>「……だが、どうやら保健委員長は今回の件で忙しいらしい。代わりに副委員長が来てくれる事になった」

で、なんか内輪ですげー盛り上がってるネコミミメイドとその取り巻きたちが、なんかまた騒ぎ出した。
いろいろと負傷者が出たから(やったの葉村さんね)、保健委員会の副委員長が来るらしい。
ん?保健副委員長?まさか、『剥意の天使』とかいう人間につける渾名じゃない呼び方されてる珍無さんが来るの?
高等部に入ったばっかの頃、『薄衣の天使』なんてエロい異名をもつ保健委員の先輩がいるというから喜び勇んで骨折したら、
それはもうとんでもない治療を施されてそれ以来ナースもののピンクビデオを見れなくなった僕である。
現場に速やかに急行してきた沈無さん。まず軟体生物三匹の治療にとりかかった。

――べきべき、ぎりぎり、ばきんぼきん。
という、ジョジョに奇妙な祇園祭が開催された。とても医療現場で聞こえてきて良い音ではなかった。
あ、だめだ。僕のチキンゲージが限界突破してる。
ていうかなんだよ!なんでナース服なんてエロい格好してるのにエロい治療しねえんだよ!詐欺だろ!パッケージ詐欺だろ!!
冗談じゃねえ、幸いにも僕は女の子に踏まれれば大概のダメージは回復するから、あとで小羽ちゃんに踏んでもらうとして。
沈無さん忙しいみたいだし、ぼくこのあとも用事あるんでそろそろ帰りますね。バイビー!

>「おっと、待ってくれ。行っちまう前にあいつも治療してやってくれ。
 ついでにあの底なしの欲望も引っ剥がしてくれたら嬉しいんだが……まあそっちは期待しないさ」

「こんのオサレポエマーがあああああああああああ!!??」

僕を売りやがったなこのホームレス同人作家!
ぎむん、と沈無さんの首がこちらを向いて、美麗に細められた双眸の奥が僕を蛇のように捉えた。

>「あら、あらあら、九條さんったら……またなにかやらかしたんですね〜。……いい加減私も本気出しちゃいますよ〜」

「ほ、本気!?ていうか今までのは手加減してアレだったんだ!?いや、その、やめ……」

140 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/01/01(日) 09:15:53.98 0
笑顔のまま近づいてくる沈無さん。ナース服のスカートってなんでこんな短いんだろ。パンツ視えねーかな、とか。
考えてるうちにたちまち関節をとられて体中の骨という骨がニ分割されるような痛みががががががががががが

「ひぎいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

風紀委員長室に飾ってあったユリの花が一房、ぼとりと落ちた。

>「よう九條、少しは真人間の道を歩んでみようって気になったか?
 正直なってもならなくてもどうでもいいんだがな、とりあえずジャンキー共の件をさっさと手掛けちまってくれ」

「うぐぅ……骨格を人間以外のものに変えられそうになるなんて稀有なプレイは流石に初めてだったよ……。
 ジャンキーの件ね、はいはい、どっちにしろ今すぐってわけにはいかないから、2日ほど時間をくれるかな」

なにしろ長志くんの発案から二時間ほどしか経ってない。
如何に全学から協力を得られて、諜報部の情報網が優秀でも、子飼いのDQNどもの動きまではそうそう早さを見込めない。
ヘキサゴンの禁断症状が現れる時期も考慮して最も効果的なタイミングを算定すると、どうしても2日は余る。

「2日までに全てのお膳立てを完璧にしておくよ。それまでの間、きみらは修行パートでもやってるがいいさ。
 というか部長が刺されてからこっち、働き詰めだったろ。この2日を休みに充てるっていうのも悪くない選択だと思うよ」

僕はずっと部室でオセロをひっくり返してたけどね。
ん?そういえばあの数日間、部室にいて僕とオセロやってた小羽ちゃんは偽物で、生徒会長の変装だったんだよな。
なんであの人スキル創ってまでずっと部室にいたんだろう。いや、変装は僕がいたからだと思うけど。
あの数日間、僕は小羽ちゃんに扮した生徒会長さんと何を話して過ごしたんだったかなあ……。

「それに――部長の意識、そろそろ戻ってるかもしれないしね」

僕は小羽ちゃんの方を見てウインク(という名のドヤ顔)をしながらそう言った。

――――――――

文化祭事件について語るスレPart22

1 名前:学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:42:20.03 ID:Hg/ERWbl0
いい加減にしろファッキン生徒会
いつまで情報統制かけとくつもりだ、いい加減新しい燃料が欲しいぞ

2 名前:学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:43:01.88 ID:TEyZpyJ30
別に生徒会が緘口令敷いてるわけじゃねーから(笑)

3 名前:学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:43:03.64 ID:bZI5XlIB0
つーかさ、この学校で流血沙汰とか別に珍しくもないっしょ。
なんでここまで大事になってるワケ?

4 名前:学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:43:05.02 ID:pTkkQxM+0
ま  た  陰 謀 厨  か

5 名前:学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:43:36.46 ID:aa8ehEQZO
>>3
おい感覚麻痺してんぞw
フツーは人が刺されたら即効で三面記事行きだからな?

6 名前: 学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:44:07.17 ID:UZTq7r8wO
だーかーら、外部からも人の来てる文化祭で刺されたのがマズいんだってば。
もし通常授業の時に刺されてたら、隠蔽大好きな生徒会がこんなおおっぴらにするハズねーだろw

7 名前: 学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:44:19.70 ID:Hg/ERWbl0
どうでもいいよもう。
何日経っても犯人上げられないクソ風紀委員(笑)が未だにデカイ顔して現場検証(爆)してんのがむかつくけどな

141 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/01/01(日) 09:17:21.15 0
8 名前: 学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:44:47.19 ID:M7o5EjkG0
↑だったらおまえが犯人探せよ

9 名前: 学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:44:56.05 ID:Hg/ERWbl0
>>8
素人の俺に見つけられるんだったらそもそも風紀委員いらないなはい論破

10 名前: 学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:46:03.09 ID:Hg/ERWbl0
神谷さんちゅっちゅ

11 名前: 学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:46:09.23 ID:QOg4F0yeO
いや、私もこれはさすがにおかしいと思うぞ。
学園内の媒体はおろか、学外の友人に聞いてみたところ外界のほうでもまったく報道されていないようなのだ。

12 名前: 学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:46:27.79 ID:6NNWOhBA0 ?2BP(4)
そりゃ学園としちゃ預かってる生徒を死ぬ目に晒しましたっつう恥だもんよ
言わねーし、言えねーさ

13 名前: 学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:46:57.27 ID:2ZjepqH20
いやいやw法律的にどうなのそれって

14 名前: 学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:47:24.40 ID:QZ4HKu0q0
頭使えよ、着眼点は被害者じゃなくて加害者だ
学園だけじゃなく社会的にも報道されんのが都合悪いやつだったら……どうする?

15 名前: 学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:47:34.03 ID:/Q5KfkDq0
どうする(笑)じゃねーよww煽りたいだけだろお前

16 名前: 学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:47:41.47 ID:z9PlZlA10
生徒会まじで何やってんの。
半ドンで帰れるのはありがたいけど、これ確実に補習が冬休みに食い込むでしょ

17 名前: 学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:47:52.27 ID:zj3e4Run0
つかさあ、執行部とか美化委員は動かないの?風紀委員にばっか仕事させんなよ

18 名前: 学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:48:05.61 ID:DhP1Oyt30
>>17
執行部は行政機関だし、美化委員はそもそもこういう事件を扱うところじゃねえだろ
お前みたいな馬鹿を内部粛清するところだぞ美化委員って

19 名前: 学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:44:56.05 ID:Hg/ERWbl0
内部粛清wwまーだ中二病が治ってないんでちゅかぁ?
うちのクラスに美化委員の奴いるけど、そいつが働いてるの見たことないわ
教室でもいっつも腕枕にして伏せてるしwwお掃除委員なら大人しくゴミ拾いでもしてろよwwww

20 名前: 学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:48:05.61 ID:P1skHooF
どちらにせよ、私たちは犯人を絶対に許さないという信念を持って行動することが肝要ということですね

23 名前: 学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:47:52.27 ID:zj3e4Run0
いやそんな話誰もしてねーし。なんなん?さっきから妙に煽ってくる奴

24 名前: 学籍番号774 投稿日: 20XX/**/**(火) 08:47:24.40 ID:QZ4HKu0q0
>>20
ブボボモワッ(´;ω;`)

――――――――

142 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/01/01(日) 09:20:44.59 0
この2日の間、僕は部長の病室には行かなかった。
単純に忙しかったし、よく考えたら部長の意識が戻ってようがなんだろうが、特に話すこともないんだよな。
結局風紀委員との交渉のあと、集まった情報はガセを含めて相当な数があり、その整理と精査に半日を追われた。
で、統合した情報から推察した『2ヶ所のアジト』――もぬけの殻だが確かに生活痕跡のみられる場所に仕掛けを施してきた。
長志くん謹製、間違ったクスリの作り方マニュアル。これに沿って調合すれば、台所が大惨事になること請け合いのレシピだ。

「……まずいな、事件が風化し始めてる」

二日後の早朝、商業棟の一角に在するモーニングカフェで僕は小倉トーストを頬張っていた。
手にはマグカップと携帯。学校裏サイトの掲示板をチェックしながらの朝食だ。
どこの学校にも大体ある、学校非公認の掲示板。その中のニュース系の板に、部長が刺された事件についてのスレッドがあった。
僕としては一仕事済んで、なにか有用な情報でもないかと流し読みしていた程度だったんだけど、これは由々しき事態だなあ。

文化祭で刃傷沙汰って刺激的ではあったけど、あらゆる報道機関の口に戸を立てられていて、その後の一切の情報が出回らないんだ。
人の噂も七十五日と言うけれど、日進月歩のネットの世界じゃ噂の風化も早いらしい。
あのあと目立った事件もないから惰性で話題が続いてはいるけれど、もうみんなこの事件に飽き始めているというのが実情だ。

如何に学園総力が動くとはいえ、しょせん個人同士の諍いに一体何人の人間が介入できるというのか。
結局手持ち無沙汰になる人間のほうが多いものだから、『総力』という言葉も形骸化し始めている。
そりゃそうだよ、だって世界は止まらない。事件も、話題も、やるべきことも、全てが部長に関わることだけじゃないんだから。

今の学園生徒の気持ちを無作為に抽出してみると、
『俺たちの仲間刺しやがって許さねえ!』よりも『まだ終わんねえのかよタリィな』のほうが圧倒的に多くなってきているのだ。
これ以上時間はかけられない。全てに決着をつけるのも、ここで終わりにしなきゃならないんだ。

僕は予測される『騒ぎ』の発生場所と時間をパワーポイントにまとめて、作戦本部となった風紀委員棟へ向かう。
望まれるのは短期決戦。フットワークは最大限に軽くしておいたほうがいいだろう。

行きがけに携帯が鳴った。嶋田の監視のため『外』に放っておいた間諜からの入電だ。
僕は通話ボタンを押し、報告を聞いた。そして――


「――大変だ! 嶋田のやつ、春先の事件で離別したはずの子飼いのジャンキー連中を集めてるみたいだぞ!」

僕は息を切らしながら風紀委員長室に飛び込んだ。そこにいる顔ぶれを見回すより先に、伝えなくちゃならない情報を吐き出す。

「やられた。こっちの策を逆手にとられたんだ、あの用意周到な嶋田が、足のつきかねないジャンキーを放っておくわけがなかった!
 どうやら春先の一件で釈放されたあとも、嶋田とジャンキーズは連絡を取り合ってたらしいんだ。
 僕らの狙いは見抜かれてた。クスリの安定供給をエサにして、ジャンキーを兵隊にしてる……僕らが仮に法的問題をクリアしても、」

整えるように息を吸って、シンプルな結論を出した。

「――物理的に手出しできないように」

ノートパソコンをプロジェクタに繋ぎ、間諜から送られてきた写真データを白幕に映し出す。
街中に聳える、高層マンション風のヤクザビル。その窓という窓から顔を出して虚空を威嚇するのは、前歯の溶けたジャンキーズ。
ひしめくその数、概算でも3ケタは下らなさそうだった。

「ここに本職のヤクザも含めたら、さしもの風紀委員が全戦闘員を投入しても、とても覆せるような戦力差じゃない。
 流石、"大人"の嶋田だよ。一切合切の搦め手を叩き潰す、一番シンプルで厄介な戦術をとってきた……!」

ましてや、今は事件そのものが風化し始め、最早事件直後のような学園総力の力添えは望めない。
全面的な協力を取り付けられた風紀委員以外は、どれだけ頭を下げても通常業務外に人員を割いてくれる組織は期待薄だろう。

煮詰まりきったこの状況、打破するには『扇動家』が必要だった。
あらゆる利害の勘定を排して、感情だけで人々を動かせるアジテーターの存在が。


【嶋田の策:こちらが法的問題をクリアしても物理的に手出しできないよう、ジャンキーを兵隊にして穴熊囲い】

143 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/01/01(日) 09:27:30.69 0
【あけましておめでとう。去年は激動の一言に尽きる年だったけど、今年は平穏無事だといいね。

 >部長
 おかえり。帰ってきてくれたことが素直に嬉しいです。また楽しくやれたら嬉しいな
 僕から言いたいことは、音信不通になってしまった理由を、言える範囲で教えてほしいなってこと。
 個人の事情を詮索するつもりはないけれど、長志くんの言うようにまた同じようなことにはなって欲しくない。
 僕の精神衛生のためにもひとつ、どうして突然来れなくなったのか聞きたいな。
 
 追伸:部長の席はいつでも空けてあるから、好きなタイミングで滑りこんでくださいな。】

144 :オサレ ◆4PYkPn.guGfT :2012/01/01(日) 22:36:55.97 0
帰ってきて早々に悪いんだが、一つ頼みごとがある
創造主殿が入り込む前にもう一度、俺にレスをさせて欲しいんだ
そう長くするつもりはない。ただ折角、九條が愉快な展開を見せてくれたからな
一役買うついでに、ちょっとばかしお膳立てをさせてもらいたいと思ったのさ
まあ、あくまで叶えばいいな、程度の願望だ。
少なからず待たせてしまうし展開も遅れるからな。通らなくても気にしやしないぜ


145 :こはわにー:2012/01/02(月) 23:02:57.21 0
まずは部長。おかえりさないっす!
色々聞きたい事もあるっすけど、

そんな些事よりも……部長が無事に戻ってきてくれた事が凄く嬉しいっす!
そしてもしもまた一緒に話を作って言ってくれるっていうのなら
全力で歓迎するっすよ!


さて、私の個人的な感情的な事は置いておいて、参加者としては
長志さんや九條さんの意見も理に叶ってると思うっす
もし差し支えなければ、言える範囲の理由くらいは部長の口から聞きたいっす

>>144
了解っす。では私はちょっと待たせて貰うっすよー

146 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/01/03(火) 21:24:50.50 0
>「――大変だ! 嶋田のやつ、春先の事件で離別したはずの子飼いのジャンキー連中を集めてるみたいだぞ!」

現実が運び込まれた。

>「やられた。こっちの策を逆手にとられたんだ、あの用意周到な嶋田が、足のつきかねないジャンキーを放っておくわけがなかった!
 どうやら春先の一件で釈放されたあとも、嶋田とジャンキーズは連絡を取り合ってたらしいんだ。
 僕らの狙いは見抜かれてた。クスリの安定供給をエサにして、ジャンキーを兵隊にしてる……僕らが仮に法的問題をクリアしても、」
 「――物理的に手出しできないように」

絶望が、運び込まれた。

>「ここに本職のヤクザも含めたら、さしもの風紀委員が全戦闘員を投入しても、とても覆せるような戦力差じゃない。
  流石、"大人"の嶋田だよ。一切合切の搦め手を叩き潰す、一番シンプルで厄介な戦術をとってきた……!」

俄かに動揺とざわめきに満たされた風紀委員室の中で、長志恋也はただ黙していた。
静かに、思考の歯車を巡らせる。

――俺達は、負けるのか。ここで終わってしまうのか。
大切だと気付けた直後に傷つけられて、壊されて、その報復すら出来ないのか。
暴虐の輩の高笑いの下で、屈辱に塗れながら生き続けなくてはいけないのか。
そんな未来を、自分のみならず、九條や小羽、創造主殿にまで迎えさせなくてはいけないのか。

そんな事を認められる訳がなかった。

「まだ……打つ手はある」

誰にも聞こえないほど小さな声で、呟いた。
誰にも悟られぬ内に、長志恋也は決意を固めた。

「……まったく、騒々しいな。少し落ち着けお前ら。まだ打つ手はある」

自信に満ちた声色と不敵な表情で、ざわめきを制する。
長志恋也の特異点――想像力を用いて、いかにも『自分の言動が真実である』と思い込ませた。

「そうとも、万事解決、快刀乱麻の解決策がある。まぁ聞けよ」

風紀委員室の隅、押収した凶器を収納する箱からバタフライナイフを取り出した。
快刀乱麻の言葉に合わせて、いかにも劇場型厨二病患者が好む、ただの演出に見せかけて。

「あぁ、そうだ。九條、少し携帯を借りるぞ。……葉村、アンタもだな。なに、すぐに返すさ」

二人の携帯を緩やかに奪い取る。
それらを制服の内ポケットに仕舞い込んで、風紀委員室の扉の前へ歩いた。
そして振り返る。単に全員に向けて演説を打つ為だけに移動したのだと思わせるべく。

「……ようは、事のネックは学生共の関心だ。
 奴らがもう一度この事件に興味と怒りを取り戻せば、嶋田の兵隊共にも劣らない戦力が確保出来る。
 じゃあ興味と怒りを呼び戻すには、どうすればいい?」

一拍の間を置いて、演説は続く。

「簡単な事だな。もう一度、事件が起こればいいんだ」

そう言ってすぐに、長志恋也は芝居がかった振る舞いで首を横に振った。

「いや、違うな。より正しくは、こうだ」

決意を秘めた目で、宣言する。

「もう一度、事件を起こせばいい」

147 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/01/03(火) 21:25:30.32 0
何気なく手中に収められていたバタフライナイフが、冷たく獰猛に閃いた。

「嶋田に麻薬を貰った事で再び調子付いたジャンキー共は、再び学内で暴挙に出た。
 かつて自分に屈辱を味わわせた優秀な生徒共に、復讐をしてやろうと目論んだんだ。
 ジャンキーはまず交友関係の広い生徒から携帯を奪い、複数人の生徒に連絡を取った。
 そして……凶刃は再び、この学園の生徒を傷つける」

生徒会書記の東別院――その容姿で秘かに人気を博す人物。
九條か葉村の携帯を用いて外に呼び出し、少し遅れるからと演算を依頼する。
ただでさえ集中を必要とする演算中に視界外から仕掛ければ、実力差は関係ない。

諜報部の室長――友人はともかく、尊敬する者や好敵手と思う者は多いだろう。
身体能力に秀でていると噂は聞いた事がない。
呼び出すか、それに応じないならば押しかけて強引に仕掛ける。

保健委員長の柳生――人望溢れる人間の鑑。
筋肉質な体つきをしているが、荒事に向いた人間ではない。
事件絡みの怪我の対処で、奔走する中で不意を突く。

剣道部の副部長――なんだかんだで真面目で、誠実な、普通の女子生徒。
剣道の腕に秀でるとは言え、今から挑むのは試合ではない。
竹刀を持つ隙も与えず、切り付ける。

その他にも人望があり、不意を突ける人間は無差別に襲う。
優秀で、真っ向勝負では決して敵わない者でも、外道の手を使えば不意打ちは叶う。

柳生と沈無がいれば、多少の怪我ならばすぐに治療出来るだろう。
それでも、怪我をさせられたという事実は決して消えない。
これが、長志恋也の至った『解決策』だった。
外道で、見下げ果てた、最後の手段だった。

「まぁ……ちょっと怪我させるだけだ。それだけでも、十分学生共の怒りが買えるだろう」

事件を自演して、その責任を嶋田達に押し付ける。
部室でこれからどうするのかを論じた時――元々、長志恋也はこうするつもりだったのだ。
嶋田を社会にとっての足手まといにするには、これが一番の手だった。
演劇部の小道具を借りてヤクザの本拠近くで破裂音を響かせて、
それに伴って周辺に停電や小火といった事件を起こせば、誰もがヤクザ達が原因だと『思い込む』。
あの時は九條の一言によって、この算段は言葉となる事はなく長志恋也の心の奥に仕舞い込まれた。

煮詰まりきったこの状況を打破するには、『扇動家』が必要だ。
あらゆる利害の勘定を排して、感情だけで人々を動かせるアジテーターの存在が。
けれども、その扇動家は今、いないのだ。
だから――

「もう、これしかない」

髪を掻き乱す。制服を乱す。ネクタイを緩める。想像力を纏う。
見る間に長志恋也は、麻薬に溺れた不良の態を装った。

――男は遡る 孤独な冬へ 浅薄な偽りの友情を纏う妄想の使徒へ 人格破綻者へ
かつて人食い鰐を『時計を飲み込んだ滑稽な鰐』 クロックダイルと喩えた男は 今度は自分が過去を飲み込んだ
自ら過去に飛び込んだ 過去に飲み込まれた 今となっては毒でしかない過去に
輝かしく優しい未来 そこに皆がいて欲しいと 心から願った
それさえ叶えば 自分がその未来にいなくてもよかった 過去に取り残されてもよかった
研ぎ澄まされた理性は 黒鉄の如く強固な狂気の刃と化す


148 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/01/03(火) 21:26:50.40 0
「風紀委員長、悪いが……ネタバレは控えてくれるか。
 アンタが真実を暴露するとしても、俺はやるぞ。あぁ、そうとも、これは脅迫だ。
 外道の手だとも分かっている。それでも……これしかないんだ」

男は後ろ手に扉を開く
妄想で全身を満たす 己が極北を吹き抜ける吹雪だと思い込む
正義の鎖も 人食い鰐の跳躍も 如何なる制止も もう男には届かない
正義の集うこの部屋を出てしまえば――最早 誰一人として男を止められない

「まぁ……大目に見てくれよ。ちゃんと全てが終わったら、警察に自首するさ」

大した事じゃない 皆に 或いは己に そう言い聞かせるように 男は模造品の笑みを零した



【ありがとうよ。待たせたら悪いんでな、さっさと書かせてもらった
 暴挙のコンセプトはまぁ、「創造主殿がいなかったらこれ以外にない」ってとこだ
 一応、この状況からでも公僕のお世話にならない為の逃げ道は考えてあるけどな】



149 :ぶちょー:2012/01/04(水) 02:34:50.98 0
ほい!
みんなの好意は本当にありがたいです。
そして重ねての謝罪を。
相変わらず重複表現の多いカスのような文章ではあるけれど、
またしばらく宜しく頼む。

>>138
順に。

んーと、まぁルール的には5日間ぐらいで言いんじゃないかなと。
5日以内に投下、乃至はせめて現状の報告。そっから5日…って感じで。
スレ黎明期に比べればだいぶゆっくりなペースだけど、まぁ長文傾向だし仕方ないよね。
って俺が決めていいのかな。気持ち的にはヒエラルキー最下層なんだけど。
これからはみんなのスレ運営のイエスマンでいこうとか思ってたんだけど!

んでもって原因、理由か。言い訳じみてしまうからあんまり言いたくないんだけども。
忙しかったってのももちろんあるんだけど、どうにも「書けなかった」。何にも出てこねぇ。
ちょいと凹むことが立て続けに起きて…まぁこの辺はリアル事情だから伏せるけども、
いろんなことに対するやる気がべらぼうになくなったのと重なって、
ここどころか2chすら見ない日々が続いて…気がつけばひと月弱。

でも、結局のとこ意識不明だか監禁でもされてない限りは「書けないから飛ばしてくれ」
ってそんな一言ぐらいは言えた筈なのだから、その点においては俺の怠慢でしかない。
つまり、「単に放置してただけ」と受け取ってもらって構わない。それと何も変わらないしな。
その件に対する批判は受ける。これからはちゃんと言うよ。
以上!

150 :ぶちょー:2012/01/04(水) 02:39:50.36 0
復帰についてはこの件が片付いてからにしようかなとも思ったけどそうにもいかないのか。
クロ子が書くかな?書くならその次に復帰一発目とさせてもらいます。

151 :オサレ ◆4PYkPn.guGfT :2012/01/04(水) 22:52:39.60 0
○日ルールを5日に設定する事に異論はない
だが5日→破ったらまた5日、は沈黙の続き得る期間が長すぎる
俺としては、ルールを超過した後は、>>138にも書いてあるが

>それを超過する際には必ず上限日までに報告、
>何日以内に書けるかを見立てでもいいから明らかにして、その見立てた日数で無理そうなら適時報告を欠かさない。

こいつに準拠して欲しいと思っている

つまりアンタが「今回は間に合いそうにない」と判断した時点でその旨を報告して
「○日後までには投下出来ると思う」と見立てを明らかにして欲しい
もっと端的に言えば、出来る限り生存のサインを絶やさないで欲しいって事だ

悪いな、なんか執拗な感じになっちまって

152 :こはわにー:2012/01/07(土) 21:19:13.34 0
これは私のターンって事っすかね?
とりあえず書き始めるのでのでちょっと待ってやってくださいっす

153 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/01/07(土) 21:48:10.71 0
りょうかい

154 :こはわにー:2012/01/09(月) 20:30:32.11 0
ぐぬぬ……いきづまったっす……文章が纏まらないっす
全然筆が進まないっす……

本当にすみませんっすけど、私のターン一度飛ばして貰っていいっすか?
この状態で何か書いてもまともな流れになりそうにないっす……

という訳で部長、お願いしますっす……

155 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/01/12(木) 23:55:35.46 0
よう、創造主殿

    Attention
これは『注意』だ

      Attention      
アンタの『心づかい』を促す為の通達だ

今は、三日目だ
小羽がターンを飛ばしてくれ。先に書いてくれと宣言してから三日目だ
あと五分足らずで四日目になるがな
まぁいずれにせよ、アンタが要求して俺が拒まなかった5日ルールの観点から見れば、アンタはなんら悪い事はしちゃいない

けれどな、俺が「生存のサインを絶やさないで欲しい」と頼んだ打診からはもう八日目だ
沈黙は不安だと俺が言ってから、八日間もアンタはだんまりを決め込んでる
小羽のお願いにも返事すらしない。それは十分注意に値する事だと俺は思う

ベッドに潜り込む前にホットミルクを飲みながら、PCの前でほんの数分マウスを弄ってキータイプをする事が
携帯をほんの数分ばかしインターネットに繋いで一行二行の文章を書く事が、そんなに大変か?

この通達を見たのなら、なるべく早く、なんでもいいから一言貰いたいね
言葉遊びが三十点だ、とかでも構わない

繰り返して言うが、アンタはまだ何も悪い事はしちゃいない
けど、俺が言うのもなんだが、今のアンタは不実だぜ

156 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/01/14(土) 06:32:53.63 0
さて、今日で五日目だ
小羽が自分を飛ばしてくれと宣言してから五日目だ

端的に言って、俺はもう煮詰まっている
このクソッタレな悪夢から一秒でも早く抜け出してしまいたい
最悪を恐れず、最悪を想定して物を言わせてもらうぜ

もしも今日中に創造主殿が来なかった場合、それはアイツ自身が要求した五日ルールに反する行為となる
その事に関して多くを語るつもりはない。どんなものでもいつかは過去に沈む。その時が来ただけだと捉えよう

それよりも俺が確認したいのは、九條と小羽の動向だ
仮に創造主殿が来なかった場合、これまでのターン周りに従うのなら書くべきは俺だが
そうなると俺が二連続で行動を取る事になる。それはこのTRPGという遊びの性質上どうかと思う
だから俺としては、出来れば九條か小羽のどちらか、あるいは両方に動いてもらってから
改めて俺の手番とさせてもらいたいんだが、構わないだろうか

もちろん無理強いをするつもりはない
色々あったし、俺も色々な事を言った
その影響でどうにも筆が進まないという事になっても、俺にそれを責めたりする権利はないからな


157 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/01/14(土) 06:41:36.69 0
悪い、訂正だ
よくよく考えてみれば俺が行動を全て済ませた後の方が二人とも動きやすいに決まっているな
長ったらしい文章を垂れ流した後ですまないが、創造主殿が来なかった場合は俺が動こう
そう長くするつもりはない。なんだかんだで、話に関係のあるレスが投下されたのは十日以上前の事になっちまったからな
これ以上の停滞は毒だ。可及的速やかに動くよう心がける

と言う訳だ創造主殿
俺は今日が終わるまで、上述の全てがIFで終わる事を望んでいよう

158 :長志 恋也 ◆7WqbGi82GQ :2012/01/15(日) 00:11:02.32 O
>>146-148の続きだ


「裏掲示板を見ているんだな。じきに炎が再燃する様が見える」

残酷な宣告 そして男は正義の箱庭を飛び出した
気分は爆弾だった 遥か天上から落とされて 誰にも止める事の叶わない爆弾
そこに意志はない 精緻極まる時計仕掛けに従って 爆弾は炸裂する 最大戦果を導き出す

そうだ これこそが最大戦果の為に 必要不可欠な行動だった
自分達は負ける訳にはいかない まだ戦いを終わらせるべき時じゃない

奪った携帯を操作する 生徒会書記をメールで呼び出し また通話を試みる
事を成す前に他の携帯から警告をされては面倒だ 連絡手段を断つ

見つけた 生徒会書記 全知の悪魔を双眸に宿した女
その能力で その美貌で 秘かな人気を集める愛すべき生徒
爆弾が急激に落下していく 全知の悪魔を宿す女へと 
足音に気が付いた女が振り返る

「もう、遅いですよ。私には生徒会の仕事があるんですから――」

そして――



九條と葉村の携帯は奪われたものの、風紀委員室には備品のパソコンがある。
他の風紀委員だって携帯電話くらい当然持っている。
九條も小羽も問題なく、裏掲示板を見る事が出来た。

もちろんそれら、携帯とパソコンを使って警告をする事も出来る
が、長志恋也が狙おうとする全ての標的を完全にカバーする事は叶わない。

やがて裏掲示板に一つのスレッドが新規作成される。
生徒会書記の東別院が刃物で切りつけられた、という旨のスレッドが。
室長、女子剣道部副部長、柳生保健委員長、被害は更に加速していく。



「……よう、ただいま。やはり肉体労働は好かんな、疲れた」

そんな中、平然と、長志恋也は風紀委員室に帰って来た。

159 :長志 恋也 ◆7WqbGi82GQ :2012/01/15(日) 00:12:27.81 O
「どうしたお前ら、そんな深刻そうな面して」

まるで悪びれた様子など見せず、尋ねる。
葉村がわなわなと震えながら、メイド服の袖から無数の鎖を垂らした。
聳え立つ断頭台のごとく恐ろしい気配が漏れ出す。
室内の空間が歪曲する様を、長志恋也は『想像力』の特異点によって幻視した。

「ふ……ふふ……そうかそうか、自分から捕縛されに帰って来たか。その潔さだけは……認めてやろう!」

葉村の両腕が高速かつ複雑怪奇な軌道で走る。
鎖は命が宿ったかのように波打ち、金属音の咆哮を上げて長志恋也に襲いかかった。

「ま、待て待て落ち着け!そら、こいつを返してやる!」

長志恋也が一歩後退りながら何かを軽く放り投げる。
バタフライナイフだ。刃は閉じてある。
葉村が右の人差し指を微かに動かす。
鎖の群れが長志恋也の眼前で制止して軌道を変え、空中のナイフを絡め取った。

「凶器のナイフか。これがどうした」

「五十点だぜ、風紀委員長。そいつは確かにナイフだが……凶器じゃあない」

冷や汗を拭い、引き攣った表情を一瞬で取り繕うと、長志恋也はナイフを指差す。
葉村が一瞬両眼を細めて、それからナイフを開いた。
鋭い銀色の閃きが剥き出しになった。使用された痕跡は残っていない。

「血痕を拭き取っただけ、なんてチープトリックは使わないさ。
 正真正銘、そいつは未使用のナイフだ」

つまり、

「俺は誰も刺しちゃいない。……あ、ほれ、携帯も返すぞ」

故意犯的な平然さを振り撒きながら携帯を投げ渡す。

160 :長志 恋也 ◆7WqbGi82GQ :2012/01/15(日) 00:13:59.91 O
「いやな。よく考えてみろ。事件を起こす為に、わざわざ本当に人を刺す必要なんてないだろう?
 お前達の携帯で呼び出して、一枚噛んでくれと頼み込めばそれで事件の出来上がりだ。
 少年ジャンプじゃないんだ。世の中そう簡単に人を切ったり刺したり出来る奴ばかりじゃないぜ」

あっけらかんと種を明かす。つまるところ彼が起こしたのは、狂言だ。

長志恋也の取った行動はこうだ。
九條の携帯で人気のある生徒を呼び出し、同時に葉村の携帯で「協力してやってくれ」とメールを送信。
風紀委員長の頼みというお墨付きを捏造した上で、狂言傷害に手を貸してくれと依頼する。

葉村の携帯からは送信したメールは削除しておいた。
非公式の協力要請だからと、相手方にも削除して忘れるよう頼んだ。
正義の使徒たる彼女にとって事件の捏造は快いものではないに決まっている。
心証を悪くする証拠は出来る限り排除したかった。

「社会じゃこれでも色々と罪になるんだろうが……ここは学園だ。
 少なくとも誰も傷つけちゃいないって事で、大目に見てくれよ。
 それに……転がり出した意志はもう、アンタにだって止められやしないだろ」

不敵な笑み――生徒達の怒りは、闘志は、落下し続ける。限界値へと際限なく加速していく
然るべきやり場を用意してやらなければ、生まれるのは暴発だ。
犯罪を未然に防ぐのもアンタの仕事だろう、と言った調子で微かに首を傾げてみせた。

「……褒められた手ではないが、やむを得まい。
 うだうだと説法を述べてこの好機を逸すれば、それこそまさに罪悪だ」

「分かってくれてなによりだ」

そして長志恋也は九條と小羽へと視線を向ける。

「さあ、九條、小羽。いよいよ大詰めだぞ。行こうぜ――平和な日常を、充実した人生を、掴み取る為の戦いに」

161 :名無しになりきれ:2012/01/15(日) 00:19:47.94 O
出先でな
記憶を頼りにトリを付けたが間違ってたらしい
帰り次第、本当のトリで本人証明をする

逃げ道ってのはこういう事だ
わざわざ一芝居打ったのは、厨二病患者の渾身の茶目っ気という事にしといてくれ


それと、九條と小羽には謝らなきゃならん
もっと上手いやり方があった筈なんだがな
俺にはそれが見つけられなかった。すまなかった

162 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/01/15(日) 03:31:58.65 0
本人証明だ

163 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/01/15(日) 07:20:15.41 0
乙です
嫌な役を任せちゃったね。ありがとう

それで、小羽ちゃんに相談なのだけれども、次のターン回りどうしよう
小羽ちゃん次書けそう?

164 :こはわにー:2012/01/16(月) 23:32:22.37 0
部長……私が変なタイミングでレスを振ったせいっすかね
もしそうだとしたら、ごめんなさいっす。
長志さんにも嫌な事を言う役目を押し付けたみたいで、
本当にすみませんっす。
なんかダメダメっすね……

>>163
大丈夫っすよ、書くっす
……ただ、ちょっと文が長くなってるから後1、2日だけ見て欲しいっす
なんやかんやで久しぶりだから緊張するっすね

165 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/01/18(水) 22:47:38.74 0


擦り付けた床から額に伝わる熱とは反対に、小羽の顔は熱を帯びる。
当然の事ながら、それは羞恥と屈辱という感情によってだ。
そうなるのは当たり前だろう。土下座という行為は、自身の尊厳を否定するモノだ。
プライドと清廉さを売り払い、他人に媚び諂う無力な者の行為に他ならないからだ。
未だ若く、青臭い学生という身分に身をやつした者にとって、
自身の人生を汚し貶めるという行為がどれほどの苦痛である事か

「……っ」

……しかしそれでも、小羽は頭を上げない。逆に一層強く頭を下げる。
それは、誇りよりも何よりも守らなくてはいけない“何か”を取り戻す為の行動。
恥や外聞と言った、余計な物は願いで押し殺す。
そんな小羽の様子に水を打った様な沈黙が広がり、そして

>「頭を上げてくれ……と言ったところで、聞き入れてはくれんだろうな」

そして

>「『強者が弱者を虐げないように、正義が孤児と寡婦とに授けられるように』と。
>私はこの一節が、堪らなく好きなのだ。
>そして今、友の為に恥も外聞も捨てる事が出来たお前は……何よりも強かで、誰よりも弱い」

そしてそして

>「お前達の望みには正統性がある。……さあ、今度こそ頭を上げてくれ。
 ちゃんとお前の目を見て、私は返事がしたい」

そしてそしてそして

>「私達風紀委員は、お前達に、お前達の正義に味方しよう」

――――そうして、とうとう。
一人の少女の懇願は、届いたのだ。眼前の鋼を思わせるもう一人の少女の心を動かしたのである。
ゆっくりと顔を上げる小羽の眼前には、あたかも跪くかのような姿勢で手を差し出す葉村の姿。
それを見つめ返す小羽の表情は、無表情。
当然だろう。小羽には葉村達を憎む理由こそあれ、感謝する理由など微塵も無いのだから。
しかしそれでも……

「……協力に応じてくれて、ありがとうっす」

誠意に応じてくれた者には誠意を持って礼を返す。小羽鰐はそういう少女だ。
眼前の、おそらくはいつかどこかで『道を間違えなかった自分』の様な少女へ向け
立ち上がり、土下座などではなく真摯に頭を下げた。


166 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/01/18(水) 22:48:33.44 0
――――

その後に起きたしばしの混乱……具体的には九條と保険委員との「治療」のやり取りも終え、
やがて混乱の主な原因であった九條が口を開いた

>「うぐぅ……骨格を人間以外のものに変えられそうになるなんて稀有なプレイは流石に初めてだったよ……。
 ジャンキーの件ね、はいはい、どっちにしろ今すぐってわけにはいかないから、2日ほど時間をくれるかな」

「了解したっす。それじゃあ私は、その時間を使って色々と準備をしておくっす。
 ……あと九條さん、今更突っ込むのもあれっすけど、さっきのあれはプレイじゃないと思うっすよ。
 私も昔、カツアゲ常習犯の関節を外して人間くらげを作った事あるっすけど、
 九條さんの姿はそれが進化した感じだったっす」

珍しくシリアスに(といっても彼らしく砕けてはいるのだが)今後の具体的な行動を示し、
それに必要な「下準備」にかかる時間に関して語った九條に、小羽は特に疑問も挟まず頷く。
そこにあるのは相変わらずの、何時も通りに近い淡々とした小羽の姿であり

>「それに――部長の意識、そろそろ戻ってるかもしれないしね」

「えっ?……あ。そ、そう、っすね。まあ……そうっすね」

しかしそんな姿は、九條のドヤ顔によって容易くひび割れた。
少しだけ余裕が出来た小羽ではあるが、それによってある事実に気が付いてしまったからだ。

(あれ……?ちょっと待つっす。冷静に考えてみると、ここ最近の私の言動って、
 私が部長の事をどう思ってたか、周りに宣伝して回ってたみたいなものっすよね……
 ……あ、う……うう、うわぁぁぁ!!!!)

幾らもはや届かぬ思いであると認識しているとはいえ、
自身の隠すべき想いが周囲に垂れ流しになっていたというのは、恥ずかしい。
いっそ窓から飛び出したくなるくらい恥ずかしいものなのである。
表面上冷静を装っている小羽の頬には、朱が刺していた。

・・・・・・


167 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/01/18(水) 22:49:16.22 0
――――


「――――っざけるなっす!!!!」


二日後。N2DM部の部室は剣呑な空気に包まれていた。
発端は九條が仕入れてきた「敵」の情報である。
九條の話によれば、嶋田は子飼いのジャンキー共を手放すのではなく、
己の兵として再利用する事を選んだというのだ。
それにより彼の兵は、仲間のヤクザを含めて三桁に膨れ上がり、
もはや小羽という単騎や、風紀委員という少数精鋭では対応出来ない力を身に付けてしまったのである。
その上、ジャンキーを配下にされた事により、当初の予定であるジャンキーを利用するという方策も
取れなくなってしまった……完全なる手詰まり。将棋における穴熊囲いの様な状況。
小羽が机に拳を叩き付けたのも仕方ないといえるだろう。
更には、学生達の「興味」といった要素まで薄れつつあるのだから始末に終えない。
数日前には少なからず在った勝利条件は、大人の英知によって悉く潰されてしまったのだ。

(状況を打開する策は……どうすれば……)

親指の爪を噛み思索する小羽であったが、『たった一つの冴えたやり方』は思い浮かばない。
恐らく、九條や長志、風紀委員町やその他の協力者達も同じようなものなのだろう。
嶋田が用意した城壁は、それ程に強大であった。

(こんな時部長がいれば、何か良いアイディアを出してくれるかもしれないのに……
 ……あの姿で、言葉で、声で、皆の心に「きっかけ」を与えてくれるのに……っ)

額と目を掌で覆い隠した小羽は、一瞬過ぎった自身の思考にギリと歯を食いしばる。
どれだけIFを語った所で、今、部長はいないのだ。
であるからこそ、部長に頼るのではなく、自分自身が行動を選択しなければいけないのに
――それでも、心はどうしても凡庸な一人の少年に助けを求めてしまう。
そんなふがいなさに、自分自身を嫌悪する。

痛ましい程の沈黙の中――――

>「まだ……打つ手はある」
>「……まったく、騒々しいな。少し落ち着けお前ら。まだ打つ手はある」

その沈黙を破る声がした。
長志恋也。N2DMが部員。
彼の不遜かつ、絶対の自信を感じさせる声色に、小羽も反射的にそちらに視線を向けさせられた。
彼が語る道筋は、一筋の光明を見せるかに見えた……だが

>「もう一度、事件を起こせばいい」

しかしそれは光明などではなかった。
先日、小羽が行った発作的な襲撃と同じく、刹那的であり暗い闇へとしか続かない選択肢。
長志はそれを自身が行うと宣言したに過ぎなかったのである。

>「風紀委員長、悪いが……ネタバレは控えてくれるか。
>アンタが真実を暴露するとしても、俺はやるぞ。あぁ、そうとも、これは脅迫だ。
>外道の手だとも分かっている。それでも……これしかないんだ」

驚愕からくる放心でその様子を見ていた小羽であったが、
我に帰ると慌ててその膂力を持って跳躍するように飛び掛り、長志の腕を掴もうとする。

だが――――その腕は、届かなかった。
僅か数センチの距離を持って、暴凶と化す事を宣言した仲間を行かせてしまった。

168 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/01/18(水) 22:50:48.17 0
>「まぁ……大目に見てくれよ。ちゃんと全てが終わったら、警察に自首するさ」

あり得ない程の速度で走り去った長志は、もはや視界に存在しない。
恐らくは、向かったのだろう。どこにいるか想定も出来ない「標的」の元へ

「……っ!九條さん!出来る限り長志さんの情報を集めてくださいっす!!」

イメージが小羽の意識を走る。部室から部長が消え、今度は長志が消える光景。
そうして最後に誰も居なくなった部室で、一人座っている小羽自身の姿。
想像するだに痛ましい未来予想図。
それを振り切るように首を振り、九條に少しでもいいから長志の行動を特定する様頼むと、
息も継がずに駆け出した。

「……む!?小羽!小羽ではないか!!暫く休んでいた様だが、大丈夫だったか!?
 身体に障りは無いか!?あんな事件があったのだ、辛いだろうが……だが、安心するがいい!
 暫くの間、この私がお前を護ろう!この刀にかけt」

「すみませんっす!今、急いでるっす!!」

「あっ……」

剣道場や、各部室棟の部屋、その他学園の施設。
それらを虱潰しに探し回った小羽であったが、長志の姿は見当たらない。
思い浮かぶイメージはますます重みを持ち、焦燥が思考を曇らせ……

と、そこで携帯電話が鳴った。無機質なメールの着信音。
ボタンを押す事でそれを中断し、届いたメールの内容を見てみれば

――――

>「さあ、九條、小羽。いよいよ大詰めだぞ。行こうぜ――平和な日常を、充実した人生を、掴み取る為の戦いに」

小羽が扉を開けると同時に、まるで示し合わせた様に聞こえた長志の台詞。
不敵な表情で放たれたそれを聞きつつ、小羽はカツカツと足音を鳴らし、長志の眼前へと近づくと、
その襟首を思い切り掴み、捻り上げようとして……力が抜けたかの様に膝を突いた。

俯いているので表情は見えないが、その肩は小刻みに震えている。
怒りか、呆れから来る笑いか……否

「……良かった。本当に、良かったっす……また、仲間がいなくなってしまうかと、思った……っす」

それは、恐怖が解消された事によって齎される安堵の表現であった。
暫くの後に、葉村に手を貸されながら立ち上がった小羽の瞳には、流れた後こそ見えないが
涙が“浮かんで”いた。普段の氷雪の様な彼女の瞳を知る者なら、それが相当に珍しい光景である事が判るだろう。

「長志さん、私に全部を諦めるなと言った貴方が、私に諦めさせないでくださいっす……
 ……もう、これ以上私に大切なものを失わせないで欲しいっす……もし、次に同じような事をしたら」

「――――殴るっすよ」

最後の台詞に若干ならぬ怒りが込められていたのは、当然といえば当然だろう


169 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/01/18(水) 22:52:56.98 0
紆余曲折こそあったが、感情の再燃は成功したと言っていいだろう。
長志の行動が主ではあるが、小羽が必死の様子で校内を走ったことも、
生徒達に架空の事件に関してリアリティを与える一員になったかもしれない。
ひょっとしたら、どこかの誰かが噂を加速させる工作をしたのかもしれない。

消えかけた火種に再び墨がくべられ、炎は燃え上がる。
大人が仕掛けた絶対防御の砦を焼き尽くす様に。

小羽はその袖で一度瞳をぐしぐしと拭うと、何時もどおりの冷淡な、しかして
その奥に復讐の炎を燃やした瞳で周囲を見渡し、宣言する


「――――了解したっす。前に進む為に。奪われたものを取り戻す為に。『これから』を勝ち取る為に」


「 ミッション・スタート っす 」


宣言の後、予め準備してあったのだろう。
小羽は懐から一枚の紙を取り出すと、それを部室に備え付けられている依頼BOXへと投函した。





▼N2DM部・第7依頼▼
依頼者:小羽鰐
依頼内容:『学園を動かし、嶋田を倒し、それでいて一人も欠けずに、
       誇りを取り戻し――――未来を勝ち取りましょう っす』


【遅くなってすみませんっす……しかも、
場面の処理で手一杯で、先の場面に進めなかったっす……】

170 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/01/24(火) 01:43:01.15 0
>「――――っざけるなっす!!!!」

開口一発、小羽ちゃんの怒声が風紀委員室を揺るがした。
いやマジで揺れてやんの、天井から埃の粒がパラパラ降ってきたよ。どこまで人間超越するつもりなんだろうねこの娘!
しかしまあ、怒りたくなる気持ちはわかる。僕らが必死こいてようやく食らいついた足元を、軽く蹴り落とされた気分だ。
それに、事件が風化しているというのがなによりマズい。退屈は――神をも殺す。モチベーションの低下はどうしても否めない。

例えば僕らが初期段階で、なりふり構わず嶋田を殴りに行ってれば――殺しに行ってれば。
クソみたいな後味の悪さを否めなくても、それでも復讐は完了してた。僕らの前科と引き換えに、嶋田という巨悪を倒せただろう。
しかしこうなってはもうどうしようもない。『物理的に届かない』というのは、最早一筋の抜け道なく僕らと嶋田を隔てるのだ。
蟻の這い出る隙もなく。風の這い入る油断もない。かくなる上は――

>「……まったく、騒々しいな。少し落ち着けお前ら。まだ打つ手はある」

その"かくなる上"を。思いつく限り最悪の手段を。
――臆面も無く言い放ったのは、長志くんだった。

>「まぁ……ちょっと怪我させるだけだ。それだけでも、十分学生共の怒りが買えるだろう」

僕は黙ってそれを聞いた。
なるほど、最悪だ。だが悪手とは言い難い――もう。こうするしかないのだと。長志くんの言葉には説得力があった。
もしかしたら、彼のスキル『想像力』でそんな雰囲気を醸しているだけかもしれないけれど、
この緊迫状況にあって断言口調ほど縋りたくなるものはない。聞いてる僕らだって、冷静な判断をきっとできなくなる。

でも、と僕は思うのだ。
それじゃあ結局一緒だ。前科を受けてでも嶋田を殺したかったあの頃と。
僕らは残りの一年だか二年だかを学生として楽しく青春するために戦っているのに、そんなんじゃ意味が無いじゃないか。

>「……っ!九條さん!出来る限り長志さんの情報を集めてくださいっす!!」

捜査本部を去った長志くんを追って、小羽ちゃんも飛び出していく。
僕は懐を叩いて――ああそうか、携帯、長志くんにとられたまんまだった。

「おい九條、お前なにをのほほんと棒立ちしている!早く長志を止めねば――あいつはもう戻ってこれなくなるぞ!」

やにわに騒がしくなった本部で、部下の風紀委員に慌しく指示を出しながら、葉村さんが僕の姿勢を非難した。
そうは言っても僕は基本的に人脈が便りだから、携帯がないとなんにもできないんだけれど……それに。

「……なんか、違うんですよね」

僕は手近なソファに腰掛けて、PCをそっとデスクに置く。
葉村さんを始めとした面々の視線がすげー怖い。貴様なに座ってやがる働けよ的な空気を上体逸らしで回避して、僕は言った。

「確かに長志くんはクサレウンコ中二病野郎ですけど、無自覚な言動で他人を容赦無く傷つける大馬鹿野郎ですけど。
 ――それでも、馬鹿ゆえに。あんなふうに『合理的に人を傷つける』算段をするような男じゃあないんです」

彼が人を傷つけるとき、それはいつだって過失だ。
どうしようもない馬鹿だから、失言とかやり過ぎとかで色んな人を泣かせてきた。
だけど、故意犯は一回だってない。目的の為に他者を傷つけるような悪人なら、そもそも僕らの仲間になんてならなかったはずだ。
長志くんは――壊滅的に不器用な、偽悪者なのだから。

「でもまあ、それもこれも結果論でしかないんですけどね。これであの男が本当に僕の友達を傷つけたらば――そのときは。
 僕が責任持って彼を倒してきますよ、暴力で。……悪は倒されなきゃいけないですからね」

僕はやっぱり立ち上がった。言ってて恥ずかしくなってきたからだ。うわー何青臭いこと言ってんだろ僕!
現代っ子にとって携帯電話とは連絡手段である以上に、暇つぶしのガジェットだ。
長志くんに持っていかれて、事態の収拾まで携帯いじって時間を潰すわけにもいかなくなったので、僕も動くことにした。
やることないから動くんだからねっ!

――――――――

171 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/01/24(火) 01:45:02.52 0
あの野郎!マジでやりやがった!!
PCの画面を見て僕と葉村さんはワナワナと震えていた。学校裏サイトにスレッドが立っている。
東別院さんを始めとした学園の要人たちが、次々に刺されたというニュースを知らせるスレが次々と。
住民たちは大騒ぎだった。隠れファンが多いらしい面々を狙いすましたように刺していったのだから当然だ。

「おい九條……鎖を一束貸してやる。責任持ってあの男の骨格を爬虫類に変えてこい!」
「僕と長志くん両方に要求するハードル高くないですか!?」

うわぁ、怒髪天を衝くとは言うけれど、鎖の束まで海藻みたいに持ち上がっているよ。
物理法則を遵守するつもりがまるでないあたりが素敵!
しかしどうしよう。こうなってしまっては長志くんの骨格をあれこれするしか葉村さんの溜飲は下るまい。
でも見つかるかなあ、武闘派揃いのこの捜査本部を敵に回したんだから、こりゃマジで事件終わるまで雲隠れするんじゃないか?

>「……よう、ただいま。やはり肉体労働は好かんな、疲れた」

「普通に帰ってきたぁぁぁ!?」

>「ふ……ふふ……そうかそうか、自分から捕縛されに帰って来たか。その潔さだけは……認めてやろう!」

とか言いつつ本気の鎖が飛んだーーーっ!
しかし鎖が長志くんの痩身をひねり潰す直前で、彼は一本のナイフをこちらに寄越した。
バタフライナイフ、先程長志くんが中学生みたいに弄って喜んでたブツだ。おそらく、学園要人連続通り魔の凶器。
しかしナイフには血がついていなかった。拭きとっただけじゃ除去しきれない人の脂が回った形跡もない。

>「俺は誰も刺しちゃいない。……あ、ほれ、携帯も返すぞ」

放られた携帯を開くと、メールが一件入っていた。
東別院さんから――事情を把握して協力する旨と、勝手に利用したことに対する恨み言が長々と。
僕は安心しすぎて腰が抜けそうになった。葉村さんの鎖もへなへなと萎えて床に伸びていく。

>「さあ、九條、小羽。いよいよ大詰めだぞ。行こうぜ――平和な日常を、充実した人生を、掴み取る為の戦いに」

「今さらって感じもするけどね。いまこの瞬間も、僕らははこの上なく充実した青春送ってるぜ」

>「長志さん、私に全部を諦めるなと言った貴方が、私に諦めさせないでくださいっす……
 ……もう、これ以上私に大切なものを失わせないで欲しいっす……もし、次に同じような事をしたら」

メールで連絡して戻ってこさせた小羽ちゃんも、ようやく張り詰めた緊張を解いたみたいだった。
……んん?焦燥が解けたと思ったら、今度はふつふつと沸騰するような感情が小羽ちゃんの背中から。

>「――――殴るっすよ」

……小羽ちゃんが殴ったら、それはそれで長志くんの身体なんか消し飛んじゃいそうだなあ。
とにかくだ。これで僕らはようやく前に進める。嶋田の牙城に手が届く。

>「――――了解したっす。前に進む為に。奪われたものを取り戻す為に。『これから』を勝ち取る為に」
>「 ミッション・スタート っす 」

「オーキードーキー。僕が打っといた手も無駄にならなかった」

帰ってきたばかりの携帯から電話帳を呼び出し、電話をかける。
1コールでつながったのは、僕が頼んで待機してもらっていた連中へ。

「いいよ、布石は出揃った。――始めてくれ」
ブゥン!と教室に備え付けられたモニターに火が入る。
そしてそこから飛び出してきた声は、長志くん騒動の間に僕が手を打った仕掛けの発動文句。

『――はいどーも!僕は放送部員の◯△(まるやま)・□×(かどなし)です。2人揃って放送部名物記号コンビです!』

――――――――

172 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/01/24(火) 01:48:22.36 0
『現在この学園に降りかかった災難、学び舎を震撼させている事件については、もうみなさんご存知だと思います。
 "とある男子生徒"が学園祭の夜祭の最中に刃物で刺され、今も病床から起き上がることができません。
 事件について生徒会・委員会が総力を挙げて捜査していましたが、さる事情につき捜査状況を公開することはできませんでした。
 
 生徒の皆さんにその進展が伝わることはなく、終わらない非常事態に倦んでしまった方もいたことでしょう。
 しかしこの度新たなる犠牲者が、それも複数人出てしまいました。学園要人ばかりを狙った、愉快犯的犯行。
 この許しがたい悪行に、今一度我らが学園の皆が認識を同じくし、事件の解決への一助になればと思い、緊急特番となりました』

まるやまくんが用意しておいた原稿をすらすらと読み上げる。
これが僕の奥の手。マスコミの力を借り、ステマならぬオープンマーケティングにて学園総意をもう一度、奮い立たせる。

『なおゲストとして事件の被害者と親交の深かった数名をお呼びしております。
 彼らのお話を通して、未だ事件を追う生徒会と風紀委員会の歴々への激励と代えさせて頂く次第です。
 それではまずお一人目――性犯罪者のKIKKOさん、お願いします』

「ぶっ!?」

モニターを埋め尽くすような巨体を見て、僕は啜っていた雁金茶を吹き出しそうになった。
ゲストの選出は記号コンビに任せたけれど、まさかいきなりドギツイのを持ってくるとは思わなかった!
風紀委員の眼が一斉に細められる。僕以上の前科で今も逃亡中のKIKKOが堂々とメディアに顔を出すとは……。

『ご紹介に預りましたKIKKOよん。なんかいきなり呼ばれてなんか喋れって言われてもぶっちゃけ何も考えてないんだけど。
 とりあえず一言――ワタシの大好きな部長さんを刺しやがった罪は必ず償わぁす!覚えとけよクソ犯人ども!!』

……うわー、いきなり被害者の名前出しちゃったよ……。何のための報道規制だと思ってるんだ。
まあ、『部長』って言葉だけなら個人を特定できないからいいのか……いいのか?
カメラに向かって中指を立てまくるKIKKOにモザイクがかかり、記号コンビが慌てて画面外へと押していく。
いきなりgdgdになった緊急特番だけど、次のゲストが画面の中に入ってきた。

『剣道部の明円です!この度はうちの副部長が刺されたって聞いて居ても立ってもいられずに飛んできました!
 犯人ホント許せません!副部長は確かに陰険だしタカビーだしいちいち突っかかってくるしネチネチ痛いとこ付いて来るし……
 でも、決して死んで良い人間ではありませんでした!とっても哀しいです!……え?死んでない?刺されただけ?
 いいじゃないですか死んだってことにしときましょうよなんなら今からトドメさして来ましょうか!?
 あっ、ちょっと、まだ全然話し終えてないです!副部長の陰口公開放送できるって聞いたから来たのにぃ――……』

出てきて十秒でフェードアウトしていった。何しにきたんだ明円ちゃん……。
再び画面が切り替わり、眼鏡をかけた理知的な男子がモニタの中に現れた。

『生徒会副会長の城戸だ。梅村君がいなくて暇なので遊びに来た』

「この学園ってホントにロクでもない人間しかいないなあ!」

『なにやら戦う戦わないで堂々巡りのごちゃごちゃ議論になっているようだが――まあ一つ、僕からの助言を聞け。
 何かを求めることは常に困難が付き纏う。もしも得るのが簡単だったならば、それは求めるまでもないことだからだ。
 与えられたものだけじゃ人間なかなか満たされんよ。そしてだからこそ、人は進歩できるのだと僕は思う。
 端的にハングリー精神と言い換えてもいいがね、困難に立ち向かう力があるとすれば、それは際限なく"求める"ことだよ。
 君たちはどんな困難を乗り越えたい?そのために、どんな力を欲す?――それら全てを求める言葉に変えて、叫べ!』

叫んだらどうなる、とは城戸くんは言わなかった。その結果すらも、求めて行けということなんだろう。
……ウメコンの城戸くんがこんなまともなこと言うとは思わなかった。
そして城戸くんが席を立ち、代わりにそこに座ったのは。

173 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/01/24(火) 01:50:38.32 0
『三度の飯より剣道が大好き、むしろ剣道以外のことはアルファベット一つ頭に入らない、剣道部長の神谷美紀だ!
 私を呼んだな?いやさ呼ばれなくとも登場しよう。何故なら明円が呼ばれたのを見てこっそりついてきたからだ!』

出た。出たよ……。こういうイベントごとには絶対顔突っ込んでくるよなあ、この人。
電話の向こうでまるやま君が『呼んでませんよ、知らない間に明円さんの隣に座ってたんです』とか釈明している。

『まったく許せん悪徳だ!うちの副部長は怪我も浅くすぐに面会できるほどに回復したようだったが、
 大恩ある我が盟友の上司がまだ意識も戻っていないと聞く。盟友は憔悴していた。見ているこちらが辛いほどにな。
 しかし私には分からんのだ。頭があまり良くないからかもしれんが、盟友にかけてやれる言葉が見つからない』

盟友って小羽ちゃんのことだろうか。いつの間にそんな仲良くなったのこの子ら。
神谷さんは、いつものアルプス一万尺みたいな牧歌面ではなく、至って神妙な顔をして言葉を続けた。

『学校は人生の通過点に過ぎん。学生時代が終わっても、人生は終わらない。たとえ三年間をどれほど濃密に盟友と過ごしたとしても、
 きっとその先の五十年だか六十年だかの人生は、私の知らない盟友として歩んでいくのだろう。
 だが私は、五十年後六十年後の盟友も、等しく救ってやりたいと思っている!そのために、今日の憂いを取り除く!
 たとえ言葉をうまく使えなくとも――誰かのために必死で頑張るというのは、紛れなく雄弁な感情表現だ!!』

神谷さんがここまで真剣に何かを語ったのを見たのは初めてだった。
生まれ持った天賦の才で、大した苦労なく出世街道を駆け上がってきた武人が、初めて頭を悩ませて搾り出した言葉。
それはなるほど、寡黙にして雄弁に、彼女の感情を聞き手に伝えてきた。
神谷さんが退席し――時間的に次が最後のゲストだろう、まるやま君が再び司会に現れる。

『最後のゲストとなります。この学園でトリを持っていただくなら、やっぱりこの人だろうなって思いましてお呼びしました』

そうしてモニタの中に現れたのは、磨き抜かれた地下水のような清廉さと噴火寸前の火山のような活力を併せ持つ女子生徒。
この学園にあって、当代最強と謳われた五人の、更に頂点を戴く人越者。

『こんにちは。――生徒会長の澤村栖久里です』

174 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/01/24(火) 01:52:13.37 0
学園で最も強く、最も秀でた存在――生徒会長。

あらゆる個性を掌握し、あらゆる特異を再現し、あらゆる技術を成立させる。
ゆえにその能力を学園のために使い尽くすことを義務付けられた、役職ではなく"存在"としての『生徒会長』。
その彼女が、ただの私人として放送室に来ている。

『現在捜査中の案件について、私共生徒会から生徒の皆さんへ申し上げられることは、今のところ多くはありません。
 ですから、今日は生徒会長としてではなく、ただのいち生徒としてこの緊急特番に参加しました。
 皆さんは、"学園"という場所をどのように捉えていますか?学び舎であり、部活動の施設であり、友達と語らう場。
 全て正解です。学校という機関に対して、自分がどのような立ち位置で向き合っていくか。
 ――言うなれば各々の"学園観"を考えていくのが、学生としての第一歩だと私は思います』

もちろん私にもありますよ、学園観。と生徒会長は続ける。

『私にとっての学園とは、"帰るところ"です。長期休み以外は、一日のうち自宅よりも学校にいる時間のほうが長い、
 という人はたくさんいると思います。やるべきことがたくさんあって、同じ釜のご飯を食べて、苦楽を共にする友達が居て。
 ここまで来るともう学校って、第二の家と言っても過言じゃないですよね。
 ここの学生でいる限り、いつでも、どこからでも日常に帰って来れる。この学園はそんな場所であって欲しいと私は考えています』

あまり褒められた改造ででないモニターの向こうで、生徒会長の輝くような金髪が揺れる。

『警察は事件を解決することはできても、全てを元にもどすなんてことはできません。
 ――なにもかもが終わった後に、"彼"に笑っておかえりと言ってあげられるのは、私たち"学園"だけなんです。
 いち個人の澤村栖久里として皆さんにお願いがあります。失われた全てを取り戻すために、今一度力を貸してください。
 私たちにはきっと正義なんてありません。ですが、正義に味方することはできます。私たち生徒会が、それを代行します。
 だから皆さんは、正義の味方をする私たちを応援してください。"大丈夫だ後ろは任せろ"と、背中を押してください』

僕は信じられないものを見た気分になった。
生徒会長が、あの史上最強の人越者が、頭を下げたのだ。きらきらと、蛍光灯に反射して美しい髪が肩を滑る。

その刹那、地震が起こった。

――――――――

175 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/01/24(火) 01:55:36.78 0
地震だと思ったものは、地響きだった。
教室棟を中心に、鉄筋コンクリートを揺るがすほどの振動が広大な学園を駆け巡る。
部屋の窓を開いて、耳を澄ませて、ようやく地鳴りの原因が分かった。

応、だ。

長志くんの偽装工作、小羽ちゃんの奔走によって再び燃え上がり始めた火種。
――事件に対するフラストレーション、正義感、義侠心、犯人への赫怒、被害者への同情、犠牲者を出してしまった悔しさ。
それら感情の火種が、生徒会長の言葉によって爆発した、学園全域から上がる『応』の声。
まるで合戦場に立ってるみたいだった。

「盛り上がっているようだな」

振り向くと、部屋の扉のところにガタイの良い男子生徒が腕を組んでもたれかかっていた。
生徒会の庶務の人だ。結局名前を聞くことのなかった――八刀を操る豪腕の持ち主だ。

「会長からの伝達だ。こいつをN2DM部の依頼ポストに投函してこいとな」

指先二本に挟まった紙片をポストの中に入れて、庶務くんはひとりごちた。

「やれやれ、お前らの部活は本当によくわからんな。
 何のスキルも持たぬ部長の下に集った社会不適合の人越者ども……というのが俺の見立てだったんだが。
 しかし今見てみればどうだろう、三人も四人も集まって必死こいて頭捻って、ようやくあの男一人分の仕事をする。
 お前らにとっての部長がどういう存在だったか、なるほどこのザマを見れば疑問が氷解だ」

肩を竦め、踵を返す。本当にポストに投函するだけの仕事を言付かってきたんだろう。
部屋から出ていこうとして、庶務くんは一度だけ足を止めた。首だけで振り返り、

「――良い上司を持ったな」

それだけ言って、二度と止まることなく去っていった。
僕は投函された紙を見る。思わず口端が上がってしまう。小羽ちゃんに続き、会長殿もイキなことするじゃないか。

「さあ、クライマックスの始まりだ。今度こそ学園総力が動く。もう僕らが何もしなくても大勢は決するだろう。
 ――でもそれじゃ、溜飲下らないよな?ズタボロにされたささやかなプライドを、取り戻すんだ」

僕らの大事な大事な大事な大事な部長を刺しやがった嶋田の野郎を二三発ぶん殴る。もちろん一人頭二三発の計算ね。
僕らは学生として、学生で在り続けるために。ムカつく教師をボコりにいく。
 
「そのためにもさしあたって、生徒会と委員会に手を貸そう。彼らの正義に便乗し、どさくさに紛れて嶋田を殴ろう。
 言わばこれは正義の味方を助ける戦いだ。僕らは前に進むために――」

僕はドヤ顔で言った。

「――正義の味方の味方になろう」


▼N2DM部・第8依頼▼
依頼者:『学園』総員
依頼内容:頑張れ!!



【僕もここまでしか話動かせなかった。いつもの如く遅くなってごめんね!】

176 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/01/29(日) 21:17:13.32 0
>「今さらって感じもするけどね。いまこの瞬間も、僕らははこの上なく充実した青春送ってるぜ」

「ん?……それもそうだな。もう少し気の利いた台詞があったか。
 ……『奪われたピースを取り戻す為の戦いに』とかどうだ?ピースで平和と欠片をかけてる所がポイントだぞ」

馬鹿げた諧謔を飛ばしていると、長志恋也は不意に横合いから襟首を掴まれた。
思い込みによる強化を図った体の節々に鋭い痛みが走る。
苦悶に歪みかけた表情をなんとか取り繕い、襟首を掴む手の主へ振り向く。

小羽鰐が俯き、小さく震えていた。
手はすぐに離されて、彼女はへたりと膝をつく。

>「……良かった。本当に、良かったっす……また、仲間がいなくなってしまうかと、思った……っす」

小さく呟くと、小羽鰐は立ち上がる。
長志恋也を見上げる瞳は、分厚い眼鏡の奥で分かりにくいが、確かに潤んでいた。

長志恋也はばつが悪そうに面持ちを苦めると、小羽から目を逸らす。
泣かせるつもりは毛頭なかった。単なる茶目っ気のつもりだった。
落として上げるのは作話の基本、それに忠実に役を演じただけの筈だった。

――要するに、九條の言った事はものの見事に的中していた、という事だ。

>「長志さん、私に全部を諦めるなと言った貴方が、私に諦めさせないでくださいっす……
  ……もう、これ以上私に大切なものを失わせないで欲しいっす……もし、次に同じような事をしたら」
>「――――殴るっすよ」

一瞬、反射的に冗談が口から飛び出そうになった。
勘弁してくれ、自慢じゃないが今の俺は九條相手でもくたばる自信があるぞ、と。
けれども寸前で思い留まる。

流石の長志恋也も、同学年の女子を泣かせてしまった事には
――しかもそれが二度目と来たものなのだから、反省の念を禁じ得なかった。

「……悪かったな」

小さく一言、謝罪の言葉を零した。
同時に小羽の頭に手を置いて、乱暴に髪を撫でた。彼女の表情が、目が、隠れるように。
別に深い意図はない。ただいつまでも涙の浮かぶ目で睨まれるのは居心地が悪いだけだと、自分自身に言い訳をしながら。

>「――――了解したっす。前に進む為に。奪われたものを取り戻す為に。『これから』を勝ち取る為に」
>「 ミッション・スタート っす 」

>「オーキードーキー。僕が打っといた手も無駄にならなかった」
>「いいよ、布石は出揃った。――始めてくれ」

九條十兵衛が携帯でどこかの誰かへ連絡を取る。
教室に備え付けのモニターが虫の羽ばたきによく似た起動音を発した。

>『――はいどーも!僕は放送部員の◯△(まるやま)・□×(かどなし)です。2人揃って放送部名物記号コンビです!』

そして始まったのは、更なる扇動――彼らが今まで関わってきた皆の演説だった。

「なかなか味な真似をするじゃないか、九條」

長志恋也は空いた椅子に背中を預ける。
唇の端を微かに吊り上げて、モニターを見上げた。

177 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/01/29(日) 21:17:39.18 0
分厚い胸筋の内に乙女心を宿す男――司法の輩に捕まる危険さえも度外視しての推算。
言葉を弄するまでもなく、その場にいる事自体が思いの丈を如実に示していた。

「……落ち着けよ、風紀委員長」

反射的に立ち上がり、モニターに注ぐ眼光を薄氷の刃と変えた葉村に忠告を入れる。
彼女は少しの間、忌々しげにモニターを睨んでいたが、やがて「分かっている」と呟いて再び席についた。

天国染みた頭脳と天賦の剣才を持つ女――少なくとも自己陶酔的な仮面は消え去った。
鼻持ちならない気取り屋の過去を知っていれば、大いなる成長だと分かる。
あの男と関わる前の彼女なら、きっと上辺だけの美辞麗句を連ねていただろう。

「……社会復帰まであと一歩、といった体じゃないか。卒業までに間に合うといいな」

長志恋也が自分の事を雲の上にまで放り投げて、他人事のように呟いた。

神眼を持つ男、学園最強の次席の名を冠する男――限りなくストイックな向上心を学園全土へと発信する。
その言葉は生徒達の疑問を、恥を煽る。これでいいのか、このままでいいのか、と。
そして知らず知らずの内に答えへと導くのだ。

「……やるじゃないか。自分自身で見つけ出した答え、それは与えられた真理などよりも遥かに強く、価値がある」

超人的な眼力を持っているとは言え、それだけで勝ち上がれるほど生徒会副会長の座は安くない。
己の目を最大限に活かす為には、きっと鍛錬に次ぐ鍛錬、長志恋也の『想像』すら及ばない研鑽があったに違いない。
その彼が言うからこそ、彼の言葉には強い強い力が秘められていた。

無上の剣技と比類ない美貌を併せ持つ女――ただただ、友を思って言葉を連ねていく。
痛切で、切実で、実直な願い。それに対して無下に顔を背けられるほど、この学園の生徒達は終わってはいない。
強くても、弱くても、馬鹿でも、賢しくても、清廉でも、卑しくても、彼らはまだ青臭い学生で――劇的な夢物語が大好きなのだから。

「小羽……いい友達を持ったな。少しだけ、羨ましいぞ」

劇場型中ニ病患者の芝居、ではない。
それは長志恋也の本心だった。
あんなにも深く誰かを思える事がどれだけ尊く、思ってもらえる事が幸せなのか。
彼はつい最近、その事を学んだのだ。

そして演説を締め括るのは――彼女以外にあり得ない。
学園最強、最高、最優秀――生徒会長、澤村栖久里。
完全の体現者たる彼女に頼まれて、頭を下げられて、それで高揚しない者がこの学園にいる筈がない。

あらゆる感情が今、爆発した。
次に迎えるのは収斂だろう。
膨大化した感情は、この学園の英傑達の下で矛となり、悪逆の使徒を貫くのだ。

>「盛り上がっているようだな」
>「会長からの伝達だ。こいつをN2DM部の依頼ポストに投函してこいとな」

生徒会庶務、彼が見せたのは裏返しの依頼用紙。
目を細めても記されている内容は見えない。
だが見るまでもなく『想像』がついた。
粋な計らいに思わず、笑みが零れる。

178 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/01/29(日) 21:18:09.17 0
>「やれやれ、お前らの部活は本当によくわからんな。
  何のスキルも持たぬ部長の下に集った社会不適合の人越者ども……というのが俺の見立てだったんだが。
  しかし今見てみればどうだろう、三人も四人も集まって必死こいて頭捻って、ようやくあの男一人分の仕事をする。
  お前らにとっての部長がどういう存在だったか、なるほどこのザマを見れば疑問が氷解だ」

「どう思ってくれようと、構わんさ。誰が何と言おうと、俺達自身が大切に思っていればそれでいい。
 人に限らず世の中そんなモンだろう。……あぁ、いや、訂正だ。俺はともかく、こいつの前で不用意な発言はよした方がいいな。
 今度は刀をへし折られるくらいじゃ済まないだろうからな」

小羽を横目の視線で指し示して、去りゆく背中に向けて冗談を飛ばす。

>「――良い上司を持ったな」

「お互い様だな。アンタ達全員、あの女の下じゃなきゃどこぞの主になれただろうに」

強く、忠実で、朴訥な、非の打ち所ない、名も知られぬ庶務に小さく手を一振りした。

>「さあ、クライマックスの始まりだ。今度こそ学園総力が動く。もう僕らが何もしなくても大勢は決するだろう。
> ――でもそれじゃ、溜飲下らないよな?ズタボロにされたささやかなプライドを、取り戻すんだ」
>「そのためにもさしあたって、生徒会と委員会に手を貸そう。彼らの正義に便乗し、どさくさに紛れて嶋田を殴ろう。
> 言わばこれは正義の味方を助ける戦いだ。僕らは前に進むために――」
>「――正義の味方の味方になろう」

「……なかなか様になってるじゃないか。カッコいいぜ、九條」

にやりと獰猛に笑いながら、長志恋也は『想像力』を働かせる。
乱した髪を掻き上げて纏め、制服を窮屈に整えて、ロールプレイの精神に基づいて自分を作り替えていく。
冷静に、論理と定石を重んじる参謀然たる自己を形成。

「さて、それじゃあ少しだけクールダウンだ。
 奮い立った生徒達の足並みが揃うまでには、あとちょっとばかしの時間がかかるだろう。
 これが最後の小休止だぜ。装備は万全か?セーブは済ませたか?回収してないイベントはないな?もう後戻りは利かないぜ」

役回りになぞらえて物静かな表情で言葉を述べていく。
葉村を始めとした風紀委員達は教室から出て行った。
回収していないイベント――課外授業とそれに伴う新規校則の申請があるのだ。
教室には今、N2DM部のメンバーだけがいた。

179 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/01/29(日) 21:19:28.40 0
「と、冗談はほどほどにして……作戦を決めようじゃないか。
 定石を語るなら本隊――全校生徒達が真正面から攻めている隙にマンションへ忍び込む。
 あとはさっさと嶋田を見つけ出して叩きのめす……ってところか。
 潜入の手段はセキュリティを破るか、電気をシャットダウンさせて無力化するか。
 はたまた何か道具を使って二階へ上るか、まぁ幾らでもやりようはあるだろう」

言わば全校生徒を陽動にした、この上なく贅沢で横着な潜入作戦。

「あるいはアイツら自身に扉を開けさせてもいいな。
 折角こっちには化け物染みた傑物達と……それに加えて小羽がいるんだ。
 少しばかりビビらせて、中に案内してもらうのも悪くない」

超越的な才傑達が味方となった今だからこそ出来る力任せ。

「後は兵糧攻めや、ライフラインを断ち切って包囲戦なんてのも個人的には悪くないんだが……
 ま、ご賛同頂けるとは思えないな。こんなところだな。
 俺が述べたのはどれも正統派、クラシックな攻城戦術だ。
 特段問題もないとは思うんだが……裏を返せば真っ当過ぎるって事だ。
 ひと捻りふた捻り加えたいなら、遠慮なく言ってくれ」

長志恋也はありとあらゆる主義をファッションとして纏う事が出来る。
故に合理主義に基づいた作戦立案ならばお手の物。
しかし――敵の度肝を抜くような奇策妙策は、主義主張からは生み出せない。

【ちょいとばかし忙しくてな、遅くなってすまなかった。
 作戦立案。一捻り加えても、このまま最後の戦いに臨んでも、俺はどちらでも構わない】


180 :名無しになりきれ:2012/01/30(月) 18:54:32.50 0
保守

181 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/02/04(土) 01:48:21.06 0


放送部員は意地を見せた。
伝えられずにいた情報を、己が手腕の全てをもって全校生徒に伝播する。

巨躯の変質者は憤怒を見せた。
自身の安全さえ厭わず、真っ直ぐに力強く敵対者へと怒号を飛ばす。

恐るべき剣才の少女は成長を見せた。
学園での日々が、少女を薄っぺらい虚像から等身大の剣士へと変えつつある事を見せ付けた。

神の如き眼を持つ生徒会副会長は、迷いすらを嗤った
眼前の問題に迷う前に、自分はその問題をどうしたいのか考えろと、当たり前を気付かせた。

最強の剣士は語った。考えに考え、考え抜いた事を、語った。
特段巧みな話術である訳でもない言葉は、しかし何よりも雄弁に聞く者へ心を伝えた。

最後に――――学園最強。万能にして無敵の生徒会長は、全校生徒の心を奮わせた。
ただ一人の少女として自分達を頼ってくれるその姿に、奮えぬ者などいるべきもない。





モニター越しに彼らの言葉を聞く度に、小羽の胸には憎悪のそれとは異なる滾る血潮の如き真紅の炎が燃え始める。
まるで、一つ一つの言葉に「魔法」の力でも込められているかの様に……いや。
この世界に魔法などという物は存在しないのだ。
であるならば、この力は。
肌を粟立たせる、思わず不敵な笑みを浮かべてしまう様なこの力の名前はきっと……

(……全く、らしくないっすね。『負けた』相手に励まされて、友達に力を貸されるなんて、
 こんな戦い方は全然私らしくないっす。けど)

庶務により全校生徒の「依頼」が投函された依頼ポストをそっと撫でると、小羽鰐は前を向く。

(けど、悪くないっす)


182 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/02/04(土) 01:50:50.22 0

そして先に歩んでいった者達に続き、自身も部室の出口へと歩き出す。
歩きながら長志に問われた作戦手順にも、今までの様に惑いながらではなく、
少しだけ自身のある様な不敵な表情でこう答えた。

「『時間をかけてじわじわと』っていうのは、賢い大人の戦いの領分っすよ。長志さん。
 私達の強みは若さと勢いと少しの無茶、それから――日々の努力っす。
 だから、どうせやるなら「馬鹿じゃないのか」って大口開けさせてやる程の作戦で行きましょうっす」

小羽の不敵な表情が不敵な笑みに変わる

「そうっすね。忍び込むっていうのはいいと思うっすけど、
 例えばお利口に下や二階からじゃなく、今度は屋上から進入したりするのは……どうっすかね?」

小羽の提案は、学園総力が味方に付いてくれているからこそ取れる作戦。
以前嶋田が逃げ道として使おうとした屋上を、今度は攻めの拠点の一つとして使用するというものだ。
下は数多の学園の生徒達が囲み、上からは小羽自身やその他の少数精鋭が追い立てる。
ビルだからこそ可能な上下の挟撃。

これにより、以前の様にヘリの存在によって嶋田達を逃がすという結末は消える。
更に、そもそも挟撃というものは数の理を覆す程の威力がある作戦である為、
同程度かそれ以上の人数で行えば、効果の期待値はかなり高いだろう。
おまけに、下から追われる人間の逃げ道といえば大抵は上であるので……
要するに自分自身の手で嶋田をぶん殴れる可能性が跳ね上がるのだ。

これは、以前の「友達のいない」小羽であれば、思いついても実行の出来なかった作戦だ。
けれど、掛け替えの無い仲間を手に入れた今であれば

「けど、私のこの作戦にも穴は多い筈っす――――九條さん、もっといい意見があれば提案を。
 私の意見に賛成してくれるなら、成立へ向けての協力をお願いしたいっす。
 正直、言ってみたはいいものの屋上への到達方法なんて素で壁を登るくらいしか思いついてないっす。
 だから……九條さんのお勧めの潜入方法を私にプレゼンして欲しいっす」

すこしわがままを言い、存分に仲間を頼れば、決行出来る可能性のある作戦なのである。

【作戦立案2:長志さんの全校生徒を陽動にする潜入に対し
       →屋上からの突入or潜入による挟撃を提案。
       九條さんに潜入方法や対案について意見を求める】

【うあ……遅くなった上に短くてすまみませんっす】

183 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/02/06(月) 04:12:46.26 0
>「……なかなか様になってるじゃないか。カッコいいぜ、九條」

「おいおい、もっと褒めたって良いんだぜ……?――頑張る男の子がカッコ良くないわけがないのさ」

あのひねくれ者の長志くんが、珍しく人を褒めた。
僕は笑みを濃くしてしまう。どんな言葉を尽くした快哉よりも、この一言が心地よい。そんなやり取りだった。

>「さて、それじゃあ少しだけクールダウンだ。
 奮い立った生徒達の足並みが揃うまでには、あとちょっとばかしの時間がかかるだろう。
 これが最後の小休止だぜ。装備は万全か?セーブは済ませたか?回収してないイベントはないな?もう後戻りは利かないぜ」

「ふっ愚問だね。僕の本業は"覗き屋"だ……CG回収率は、いつだってオールコンプリートだよ」

ここが最後のフラグ分岐点。ハッピーエンドとバッドエンドを峻別する人生の分水嶺。
僕らのこの物語の読後感を、心地よいものにするか胸糞悪いものにするかは、これから僕らが決めるのだ。
セーブデータはいくつもいらない。『やり直せる』という保険は決断を濁らせ、立ち向かう全てから必死さを失わせてしまう。
ここから先はクリック連打じゃ切り抜けられない。一度きりの人生なんだから、将来のことは熟考して選びたいよね、というお話。

>「と、冗談はほどほどにして……作戦を決めようじゃないか。(中略)ひと捻りふた捻り加えたいなら、遠慮なく言ってくれ」
>「『時間をかけてじわじわと』っていうのは、賢い大人の戦いの領分っすよ。長志さん。
> (中略)だから……九條さんのお勧めの潜入方法を私にプレゼンして欲しいっす」

そして始まった僕達だけの作戦会議。二人の意見を掻い摘んで総合するとこうなる。
定石通りの攻城戦術――陽動と本隊を使い分けた挟撃。屋上から乗り込んで本丸の嶋田を叩く。
僕もこれには同意だ。敵がヤクザビルから動かない・動けない事情を鑑みれば、これが最も効果的な戦術なのは言うまでもない。
だから僕は、『この挟撃を完成させる』プランを練る必要があった。プレゼンは――営業の担当領域だ。

「よし、ではまずこのスクリーンにご注目ください」

三人しかいなくなった会議室の電気を落とし、スクリーンにパワーポイントで製作したスライドを映し出す。
僕の放った間諜からの情報を統合して再現したヤクザビルの概略図だ。
その下には、現在の両陣営の概算兵力と、想定される戦闘の損害、それからすぐに用意できる兵站物資のリストが纏めてある。
長志くんがどっかいってる間に片手間で作ったものだ。若干の修正を加えれば、十分実用に耐えうる出来だと自負してる。

「僕ら『学園』の戦力は、大別して『生徒会執行部』『風紀委員・美化委員』『戦闘系部活』の3つで構成されている。
 これら全ての人員をすぐに戦線へ投入できると仮定すると――ざっと嶋田陣営の五倍近い戦力が期待できるね。
 ただし、現実的にはそうもいかない。もうすぐ大会のある部活は戦闘なんてさせられないし、家の用事がある者もいる。
 あまり夜遅くになりすぎると家の人が心配したり、寮の門限とかの兼ね合いもあるから、そこらへんも鑑みて考えなきゃならない」

ノリの良すぎる僕らは忘れがちだけれど、これは戦争じゃない。あくまでウン千人の個人的制裁だ。
それでも士気高揚だけでここまで力を貸してくれる連中がいるんだから、若さってやつは侮れない。
賛否あるけど、五十年前の安保闘争――俗に言う学生運動なんかも、こんな風にして盛り上がってたんだろうなと思う。

「それに、嶋田の牙城は城と言っても街中の普通の大型雑居ビルだ。云百人を一度に投入すれば通行どころか交通機関にも影響が出る。
 いくら学校を移すにしたって、カタギの世間様に迷惑はかけられないだろう?だからこれも考えなきゃね。
 後詰の交代人員も考慮して、一度に戦線に出せるのは概算で200人程度――どうだいこのご奉仕っぷり!」

風紀委員だけで戦おうとしてた頃を思うと当社比十倍どころじゃない。嶋田の手駒ジャンキーズを凌ぐ戦力だ。
嶋田陣営の戦力分析に移る。スライドを切り替え、ウィキペディアの壁狭組のページを呼び出す。

184 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/02/06(月) 04:15:09.78 0
「戦闘にあたって、ジャンキーズはおそらくそこまで脅威にはならない。チンピラレベルじゃ、学園の武闘派の敵じゃないさ。
 問題なのは――嶋田の配下には、マジモンのヤクザが混じってるってこと。壁狭組……極道界でも悪名高い外道暴力団だ。
 奴らの中にはガチの人殺しも混じってる。わかるかい?『彼らは殺人も厭わない』『人を殺せる武器を使ってくる』……。
 学生風情じゃ相手にならない『闇』の住人だ。絶対に、学園の生徒を奴らと交戦させちゃいけない」

相手の得物がドスであれ、チャカであれ、食らえば死ぬか重篤な大怪我を負うことになる。
なんの対価もなく、学園総力の善意だけで協力してもらってる僕らは、言わば彼らの命を預かる立場だ。
多少の流血は織り込み済みでも、やはり生きるか死ぬかの鉄火場に出すわけにはいかない。

「対ヤクザ戦闘は、ヤクザを相手取れる者だけを――まあつまり、小羽ちゃんが信頼できる人間だけを選抜して部隊を組んでくれ。
 他の200人は小羽ちゃんの隊をサポートする形で展開していくことになる。ヤクザは、嶋田と一緒に上階付近にいるだろうからね。
 下から攻める陽動隊は僕含むバックアップで指揮をとる。色々と撹乱させてもらうさ。
 小羽ちゃんの強襲部隊は各自現場の判断に則って屋上から攻め、嶋田を発見次第確保。……基本戦術はこんなもんになるかな」

以上が戦闘前に知っておくべき情報と、整えておくべき準備だ。
ここからは、『突入部隊をどうやって屋上に送り込むか』が問題になる。

「近くに背の高いビルの一つでもあればそこからワイヤーでも使って屋上に到達できるんだろうけど……。
 地図を見るかぎり、嶋田城は街中でも一際高層な雑居ビルだ。それこそ壁よじ登るにしたって時間がかかりすぎる。
 まあ、これはよしんばビルに飛び移る手段があったとして、そのあたりは嶋田陣営も対策打っているだろうけどね」

僕はそこまで言って、パワポを終了した。現状集まっているデータがこれだけだから。
挟撃の算段が整っているのに、肝心の屋上へ辿りつけない――この絶望を。叩き潰すのがN2DM魂だ。
小羽ちゃんは言った。『どうせやるなら「馬鹿じゃないのか」って大口開けさせてやる程の作戦で行きましょう』と。
賢い選択なんかいらないのだ。今の僕らには、無茶を通すだけの力がある!

「春の事件では、嶋田はヘリを使って学園からの逃走を図ったよね。
 今回のヤクザビルでも、同じように空路という逃げ道を用意しているだろう。それを潰すための屋上作戦だ。
 で、ここで僕は思ったんだけどさ――ヘリを使って良いのって、別にあいつだけじゃないよな」

再びヤクザビルの俯瞰写真を表示する。案の定、屋上にはヘリポートがあった。
当然といえば当然だ、下から追い立てられたら逃げるのは空しかないからね。ヘリポートの存在は大前提だ。

「民間ヘリのチャーター代は、相場にして大体五十万から百万程度。
 決して安い額じゃないけど――学園総力が味方についてる今なら、一人頭百円程度のカンパで十分集まる金額だ
 小羽ちゃん隊はヘリポートから屋上へ強襲……常識の上に胡坐を書いてる大人たちに、大口開けさせてやろう」

学園全員が味方についたと言っても、みんなが戦えるわけじゃない。
大衆の支援で最も手軽かつ最もありがたいのは、こういう資金援助だったりするのである。

「ヘリは僕が手配する。小羽ちゃんは早速強襲部隊の編成が出来次第委員会棟の屋上に集合してくれ。
 長志くんは風紀委員含めた現場の陣頭指揮を頼むよ。きみのスキルなら、現場の求める判断が忖度できるはずだ。
 ああ、交通整理とマスコミ対策の人員も用意しないと。放送部と自動車研に頑張ってもらおう。
 ……異論がなければこれで決行だ。士気って奴は水物だからね、腐らせる前に消費しなくっちゃ」

僕はPCを閉じて踵を返した。
さあ、忙しくなるぞ。長い長い雌伏のときを超えて、僕達はいま反撃の狼煙を上げる――!


【作戦立案:嶋田がヘリつかうならこっちもヘリを使うぜ!屋上まで空路で兵員輸送するぜ!
       ヤクザはガチで危ないので小羽ちゃんとその信頼できる人員だけを集めた隊で対応。
       ジャンキーズは陽動部隊に一任】

185 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/02/10(金) 20:05:23.11 0
すまん、どうにも調子が悪い。筆が進まん
もう少しだけ時間をくれ

186 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/02/12(日) 11:35:27.82 0
>「ヘリは僕が手配する。小羽ちゃんは早速強襲部隊の編成が出来次第委員会棟の屋上に集合してくれ。
  長志くんは風紀委員含めた現場の陣頭指揮を頼むよ。きみのスキルなら、現場の求める判断が忖度できるはずだ。
  ああ、交通整理とマスコミ対策の人員も用意しないと。放送部と自動車研に頑張ってもらおう。
  ……異論がなければこれで決行だ。士気って奴は水物だからね、腐らせる前に消費しなくっちゃ」

作戦は決まった。手段もある――ならば後は決行するのみだ。
差し当たって任されたのは陣頭指揮。
長志恋也は顎下に右手を添え、合理主義者の魂を宿して暫しの思索に耽る。

「……なぁ、九條。一つ提案があるんだがな、やっぱり指揮官はお前って事にしておかないか?
 ついつい忘れがちだがな、俺はこの学園じゃ結構な嫌われ者なんだ。
 だからこそ生徒会書記や諜報部長を口説く時も、お前と風紀委員長の名を借りたんだぞ」

ふと、神妙な顔つきで提案―― 一つの懸念事項を示唆する。
例え自分が合理的な判断を下せたとしても、皆がそれを素直に聞き入れるとは限らない。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという諺があるように、自分が指揮を取る事で余計な反発を招く可能性は十分にある。

「いや……すまん。やっぱ今のは無しだ。少し、ズルかった」

違う。長志恋也が本当に恐れていたのはそれじゃない。
彼は振り返るのが怖かった。
決別したつもりでいただけで、解決のしていない、関わる者全てを蔑ろにしてきた過去と向き合うのが怖かったのだ。
だが――もうそんな事は言っていられない。

「戦線に出る連中を、体育館に集めてくれるか。今まで散々好き放題したツケを、支払う時が来たらしい」

この戦いは平和な日常と充実した学校生活を掴み取る為の戦いだ。
ならば変えるべきは――周りだけじゃない。
自分もまた、変わらなくてはならない。



――長志恋也は体育館の壇上に立って、兵員となる生徒達を見回した。
ところどころに見覚えのある顔がある。
なおざりに関わり合って、最後には怒らせて、気にもしないまま別れた顔だ。
目を閉じて、息を深く吐く。
それからもう一度、彼らと向き合う為に目を開いた。

「……あー、なんだ。お前達には酷く申し訳ない事なんだがな。
 今回の作戦で陣頭指揮を取るのは、この俺……長志恋也が言い付かった。
 差し当たってだな。一つ言っておきたい事がある」

柄にもなく動悸が速まっている。
深く息を吸って、気持ちを落ち着けてから言葉を続けた。

「お前達の殆どは、俺にいい感情を抱いていないだろう。
 流石の俺でもそんな事は分かってるつもりだ」

僅かな沈黙――何を、どう、言ったものか。少しだけ迷った。
いや、違う。まだ迷っている。ただ立ち止まる事が許されないだけで。

「……だからこそだ。俺はお前達に、『俺みたいになってくれるな』と言わせてもらおう。
 それはつまり、言い換えるのなら『皆を蔑ろにするな』『傷つけられてからじゃ遅い』って事だ。
 正直な話をすれば、お前達なら俺がとやかく言わなくたって、嶋田の兵隊を蹴散らすくらい訳ないだろうさ。
 だけどな、残念な事に連中はアホなんだ。薬漬けで、自分の人生を大事に出来ない奴に、他人の人生を大事に出来る訳がないよな。
 下らない不慮の事故が起こる可能性は、ゼロじゃない」

だから、と言葉を繋ぐ。

187 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/02/12(日) 11:37:10.33 0
「その分お前達が大事にするんだ。お前達の友達を、お前達自身が守れ。
 代わりにお前がヤバい時は、お前の友達がお前を守ってくれる。その友達は、そのまた友達が。
 そうやって守り合えばきっと……誰一人として悲しむ事なくこの戦いを終える事が出来る」

それこそが長志恋也の願い――平和な日常と、充実した未来だ。

「『友達を大事にしろ』。絶対に一人になるな。常に二人以上の組を作って動け。
 二人でも危ないと思ったのなら四人以上の班になれ。四人でも駄目なら八人だ。
 これだけは絶対に守ってくれ。それ以外の事は、俺が気に食わんなら聞き流してくれても構わん。
 それでも俺はお前達に、俺の考え得る最善を伝えよう。
 ただその妄言が、友達を助ける上で便利だと思ったのなら、お前達は精々俺を利用してくれればいい」

考えすぎると人間は臆病になる――誰の言葉だったか、言い得て妙だと長志恋也は考える。
『友達を大事にしろ』。こんな当たり前の事を分かってもらう為に、自分はどれほどの言葉を連ねたのか。

「……さて、それじゃあ早速だが妄言を一つ聞いてもらおうか。
 テーマはそうだな。俺達にとっての『最悪』とは何か、だ。
 嶋田の奴は常に俺達に対して『最悪』の行いを貫いてきた。
 下らない麻薬を学園に持ち込んで、それを阻んだ男を刺して、
 報復の気配を知るや否や俺達だけじゃ手の届かないところに逃げ込んで。
 じゃあ、次は何をしてくると思う?」

だが――臆病がいけない事だなんて言葉は、聞いた事がない。
傷つく事を、傷つけられる事を恐れて、何が悪い。

「答えはな、『打って出てくる』だ。いや、『撃って出てくる』と言うべきか。
 空という逃げ場を絶たれて、ウチの自慢の怪物共が上から迫ってきていると知れば、きっとアイツらは下へ逃げる。
 お前達がひしめく中に、クソッタレな黒い玩具を引っさげてな。
 一致団結して固まったお前達に向けてなら、どこに撃っても誰かに当たる。
 悲鳴を上げて散り散りに逃げていくガキ共の中を闊歩するのは、さぞや気分がいいだろうよ」

それこそが、この学園にとっての『最悪』だ。
それでも鉛玉を恐れずに皆で立ち向かっていけば、きっと嶋田を取り押さえる事は出来る。
だが自分達は学生だ。子供なのだ。
死も恐れずに相手に挑むだなんて漫画めいた事など、出来る訳がない。

「じゃあどうすればいいのか。……簡単な事だな。
 自分が追い詰められているのだと、悟らせなければいい。
 なんとか足首を掴んでやろうと藻掻く俺達を見下させておけばいい。
 怪物の牙が、奴の首根っこを捉えるその瞬間まで」

嶋田はただの勝利を追い求めない。
執拗に、相手に絶望感を、無力感を、敗北感を刻み込もうとする。
かつて悠々と逃げ延びるだけの時間がありながら、追ってきた部長を叩きのめしたように。
その性癖は、それが裏目となって一度敗北を喫する事になっても、治ってはいなかった。

「それでだな。その為に、お前達には確保して欲しいポイントがある」

背後にあるスクリーンに、嶋田のビル周辺の地図を映す。
ビルからやや離れた場所にバツ印が刻まれていた。


188 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/02/12(日) 11:38:55.04 0
「ここだ。ビルからは少し離れているから、守りもそう厚くないだろう。
 ここにはマンホールがある。別に下水に潜れなんて言い出したりはしないから安心してくれよ。
 この下にあるのは下水じゃなく『配電盤』だ。
 大型のビルともなると消費する電力も多くなるからな。
 高圧の電気を一度そこに集めてから、何箇所かに配分するといった形を取っている訳だ。
 ま、その辺の話は俺よりも詳しい奴がごまんといるだろう。
 重要なのは……そいつをちょいと弄れば、ビルのセキュリティはまとめておねんねしちまうって事だ。
 監視カメラは勿論の事、玄関や屋上のドアロックも外れる。
 停電ってのは火災や地震の時に付き物だからな、ロックの類いは停電の際、大概は外れるように設計されている」

配電盤を弄るのは九條に任せても、電工部に協力してもらってもいい。

「そうなれば連中は頭上の怪物共には気付けない。玄関のドアも開く。一石二鳥って奴だ。
 電力は然る後に――つまりこちらが管理人室を奪取してセキュリティが掌握出来る段に至ってから、回復させればいい」

ひと通り語り終えて、長志恋也は深く息を吐いた。

「……と、まぁそんな所だな。俺はそろそろ喋り疲れた。
 すまんが細かい補足や修正は九條、お前に頼んだ」

そうしてぶっきらぼうにそう言うと、壇上の中央を九條に譲る。

「あぁそうだ、小羽。上には俺も連れていけよ。
 お前達みたいなバトル要員にはなれそうにもないが、俺もそれなりに役に立つぞ。
 たった一度袖を通しただけでお役御免じゃあ、俺のスーツが泣いちまう」

長志恋也は『想像力』によって、服装や振る舞いを真似してヤクザに成りすます事が出来る。
彼がいれば索敵は容易になり、突発的な戦闘を避けて優位に事を運べるだろう。

「ま、つまりはデバフ要員が一人くらいいても損はしないぞ、って事だな」



【とんでもなく遅くなってしまったな。本当にすまなかった。
 足手まとい全開な気もするが、精々すり減るまで引きずってやってくれ】

189 :背景:2012/02/18(土) 00:22:46.65 0
656 カズヤ ◆1Np/JJBAYQ New! 20XX/XX/XX(木) 00:24:30 ID:6+DHpG/1
嶋田の件に関しては俺も動く
全力支援だよ
具体的には普段はいがみ合ってる各同好会と連絡を取り合い、短期の新部活を発足した
自分でも驚いたが、豪華なメンバーが集まった
文化会最大サークルの部長、幹部3人
部活ではないが最大派閥のNo2、No3
学内では有名な、開校以来一度も進級したことがないという長老
友達が200人いる人望の持ち主
仕事辞めて受験しなおした奴
他に挙げたらきりが無いが、そうそうたるメンバーで総勢30人を超えた
落とせないサイトはもはやいないだろうという最強集団だ
ソロでペンタゴンにアクセスした奴もいる。
文化会では皇帝、四天王、10傑(俺含む)、3本柱などの超一流だ
なによりも強いのは、全員後方での支援をぶっ通しで何日も可能だ。
リアル予定が・・・なんて奴は一人もいない
はっきり言って、俺らが声を掛ければ学内の文化部は半数以上が動くだろう
四天王の連中は中等部、大学にも顔が利く。奴らの中にも憤慨してる奴はいるだろう
協力して全員でF5攻撃したらさすがに黙ってられないだろう
ちょっと顔なじみの茶道部に話つけてくるわ

190 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/02/18(土) 02:04:45.50 0

>「ヘリは僕が手配する。小羽ちゃんは早速強襲部隊の編成が出来次第委員会棟の屋上に集合してくれ。
>長志くんは風紀委員含めた現場の陣頭指揮を頼むよ。きみのスキルなら、現場の求める判断が忖度できるはずだ。
>ああ、交通整理とマスコミ対策の人員も用意しないと。放送部と自動車研に頑張ってもらおう。
>……異論がなければこれで決行だ。士気って奴は水物だからね、腐らせる前に消費しなくっちゃ」

「概要は理解したっす。九條さん、いつもこの調子なら女性から人気出ると思うっすよ。
 ……まあ不安な点といえば、こう見えて実は私も友達が少ないっすから、メンバーが集まるかどうかって所っすね」

九條のプレゼンテーション。
それは明快で、明朗で、痛快だった。

一人が一人の為に金をかき集めるのではなく、
皆が仲間の為に、カンパをするというその手段。
そして、ヘリを使って潜入するという
相手の用いた効果的な手段を見習い、次に生かすという向上心。

成程、確かにバカバカしい手段だ。
馬鹿馬鹿しく……思わずニヤリと笑ってしまいそうになる。

そして、社会の闇を相手にするに際しての心構えを確認出来たのも大きかった。
物理的な意味で強い人程忘れがちな事だが、人間とは脆いのだ。
最強だろうと無敵だろうと、鉛弾が心臓を打ち抜けばそれだけで命は壊れてしまう。
この戦いは、そうならない為の作戦なのだという事を小羽は九條の言葉で再認する事ができた。

この時のプレゼンテーションが高度なものなのか、そして才能あるものだったのかは、門外漢の小羽には判らない。
だが少なくともこの時の九條は、諜報要因でも変質者でもなく、
彼が常日頃から成りたいと言っていた『営業員』だった。
少なくとも、小羽の眼にはそう映っていた。

>「その分お前達が大事にするんだ。お前達の友達を、お前達自身が守れ。
>代わりにお前がヤバい時は、お前の友達がお前を守ってくれる。その友達は、そのまた友達が。
>そうやって守り合えばきっと……誰一人として悲しむ事なくこの戦いを終える事が出来る」

そうしてその後の体育館における長志の演説
それは――――それは見事なものであった。
常に中二病と馬鹿にされてきた彼の言葉は、妄想狂と揶揄された彼の意思は、確かに学生達に伝わっていた。
驚くべきことに、彼の普段の挙動を知っている学生達の心にさえ伝わる演説だった。

何故か。理由は簡単だ。
そもそも中二病も邪気眼も高二病も、元を辿れば『誰かに自分を伝えたい』という意思の表れなのだ。
その表現力が拙い内は、嗤われるだろう。笑われるだろう。
だが、それでも自分を伝える為の技術、そしてその為の心構えが一流になれば
政治屋やアーティストにも引けをとらない「自分を伝えられる存在」へと為れるのである。
世界に数多在る神話も寓話も童話も、根幹は全て妄想だ。
そんな偉大な種を育ててきた長志が「心」を込めて語った言葉だ――人々に伝わらない訳が無い。

191 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/02/18(土) 02:05:59.98 0
――――
>「あぁそうだ、小羽。上には俺も連れていけよ。
>お前達みたいなバトル要員にはなれそうにもないが、俺もそれなりに役に立つぞ。
>たった一度袖を通しただけでお役御免じゃあ、俺のスーツが泣いちまう」

壇上から降りてきた長志が話しかけたのは――――小羽鰐。
二人の仲間の活躍を部隊袖で見ていた小羽は、彼の要望に薄く小さく笑う

「一度も何も、長志さん。就職活動とかスーツを使う機会はまだまだあるっすよ?」

からかう様に毒を吐くと一息置き、小羽は壇上を見つめる

「……というか、そもそも長志さんには元々私達の側で行動して貰うつもりでしたっす。
 代返の出来る人材はいつでも重宝されるものっすからね。
 あとは……まあ、見知った顔がいると私が安心するっていうのもあるっす」

やがて壇上から視線を外すと、小羽は傍にいた長志と、
用事から戻ってきたのだろう。傍を通りかかった九條の袖を掴み、手を引いて歩き出す。

「――さて、それじゃあ屋上へいきましょうっす」

【委員会棟屋上】

屋上に存在するその光景は、まさに圧巻だった。
そこに設置されたヘリの存在感もさる事ながら、それを凌駕する程に
圧倒的な存在感を醸し出しているのは、そこに立ち並ぶ数人の人影。

「初めて来たが……なんと言うか屋上というのは清清しくて素晴らしいな!素振りがしたくなる!」

「この案件に参加出来ない療養中の梅村君に自慢できる仕事があると会長に言われて
 ホイホイ来てみたがたが……成程。今回の僕は此処の担当という訳か」

「『お前達に、お前達の正義に味方しよう』。私の口から、私の意志でそう言ったからな。私は約束は違えんさ」

戦闘系部活、その中でもトップクラスの実力を持つ『剣道部』が主将である神谷
学園内最高権力組織『生徒会』において副会長の名を持つ城戸
治安維持組織『風紀委員』の委員長である葉村

先に九條が述べた学園に置ける「生徒会・風紀委員・美化委員・運動部」四大戦力
その内の三つの組織の上位に位置する者達が、この場に揃っていた。
それも、唯一つの目的に力を貸す為に。
正しく異例中の異例。例外中の例外。
学園の歴史を紐解いたとしても、この様な出来事は無かっただろう。
これは、それほどまでのドリームチームであった。

「全員に声をかけるだけでも結構大変だったっすよ」

ここに至るまでの過程を思い出した事で得た心労を感じさせる声色で、小羽はN2DM部の二人に語りかける。
そもそもとして、小羽には九條のような対話の技術も無ければ、
部長のような人間的な魅力も、長志の様な表現力も無い。そう本人も自負している。
故にそんな彼女が戦力に足る人員を確保する為には――――自分達の思い出を掘り起こすしかなかった。

この学園生活で、部活動で生まれた絆。小羽に出来たのは、それを辿り交渉する事だけ。
一見とても情けない手腕で、実のところ本当に情けない手段である。

けれども、その行為は今までの積み重ねが無ければ不可能な行為でもあった。
N2DM部として、学園の一生徒として、過去を重ねてきたからこそ、この光景があるのだ。
僅か数人で一個の戦力足る集団。ヘリでの移動と隠密性の保持も考えれば、十分すぎる程の戦力である。


192 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/02/18(土) 02:07:38.51 0


――――さあ、手段は整えた。人員も充足した。状況も動き出した。


ヘリのローターが唸りを上げ始め、強襲部隊の人員が次々と乗り込んでいく。

……と。

小羽鰐が乗り込んだ所で、ヘリのパイロットが先走り機体が浮上を始めてしまった。
慌てて外のまだ乗り込んでいない二人――長志と九條に向けて、小羽は機体から身を乗り出し手を伸ばす。

「長志さん!早く乗り込んでくださいっす!九條さん!もし私に付いてきてくれるなら、手を掴むっす!」

【小羽鰐:生徒会、風紀委員、剣道部からそれぞれ一人ずつ抜粋して敵地へ】
【むむ、毎度遅くなってしまいすみませんっす】

193 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/02/24(金) 07:20:21.93 0
【毎度毎度遅れてゴメンね!】


窓から差し込む陽光だけが、その部屋を闇から切り出していた。
室内を満たす紫煙は天井や壁を少しずつ黄色く蝕み、上等な壁紙を緩やかに穢していく。
街中で髄一の高層を誇るその雑居ビルは、上階にもなれば昼間は蛍光灯に頼らずとも十分な明るさを確保できた。
現在、時刻は正午を過ぎたところ。天気は穏やかな冬晴れ、夕方から少し強い冷え込みが来ると予報では言っていた。

「『学園』に残した密偵より通達。上層部から全校生徒に向けた決起集会が行われたようです。
 これにより士気の上昇と投入戦力の増強が推測されます。詳しいデータはまだ出ていませんが、場合によっては――」

黒服を着た男が読み上げる内容に、制止の掌が上がった。
みなまで言うなとばかりにそうしたのは、四人掛けのソファを一人で占領する背広姿の中年男性。

「必死やな、学園の連中も……。みんなが『もういい加減どうでも良い』と思っとることを蒸し返すか。
 よほどこの不祥事が気に入らんか、あの男――なんとか部の部長を大事にしてたんやろなぁ。涙ぐましい友情、素敵やん?」

薄味のリーゼントのような髪型、盛り上がった頬の筋肉、天を衝くように迫り出した顎……。
元・学園の教師にして壁狭組の薬物取り扱い担当――嶋田珍助の姿だった。

「如何されますか。先日行ったように、掲示板や密偵の口コミを用いてネガティヴキャンペーンを?」

「せやな。基本は前倣えでええやろうけども、もう一押し欲しいところやな。
 決起集会ゆうても、あれだけ大人数の足並み揃えるんやったら相応の準備が必要やろ。出鼻を挫くとしたらそこや。
 若気の至りで燃え上がっとる情熱に、きっつい冷水浴びせたろやないかい」

「では、如何様に?」

「学園に先遣隊を送り。二、三人適当に拉致って、手酷くボコって見せしめにしたれ。
 あの部長の怪我以上の損害を奴さんにくれてやれば、仇討ちの大義は消滅、ブルってほなさいならっちゅう寸法や」

嶋田はソファから立ち上がり、窓辺から眼下に広がる街を見る。
さほど都会というわけではない、しかし社会に必要なものは全て揃った、ある程度の水準に発展した街。
暴力団が根を張り、旨い汁を据えるのは、こういった開発途上の土地だ。不動産はよく売れ、薬を求める若者には活気がある。

嶋田はこの街が好きだった。この街に集う笑顔が好きだった。だから全てを自分のものにしたい――そう思うのは当然だ。
優秀な者の集うあの学園を手放すのは確かに惜しかったが、また頑張ればいいだけの話だ。
人は行きている限り何度でもチャレンジできる。諦めさえしなければ、必ず活路は開けると、教師時代にはそう教えていたから。
『諦めない方法』を知っている嶋田は、逆説的に『諦めさせる方法』にもまた精通しているのだった。

「復讐したい、でも歯向かえばそれ以上に自分が痛い思いをする。そんな葛藤の狭間で揺れる若い心――素敵やん?」

生徒に接するのと同じ笑顔で、景色の向こう――丘に聳える『学園』を見た。

――――――――

194 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/02/24(金) 07:21:49.10 0
「――と、そんな感じの会話をしていると思われます。端的に申しましてダダ漏れです」

「憶測!? 地の文とかすごい尤もらしいこと言ってたけどきみの思想かよ!」

僕はいま委員会棟の屋上で小羽ちゃん達を待っていた。
隣には三脚に固定した双眼鏡を覗いたままの東別院さんが、『神託機械』(笑)を発動していた。

――この学園は小高い丘の上にあって、背の高い建物からは麓の街を一望できる。
そして風雲嶋田城ことヤクザビルは街中で髄一の高層ビル。実は、お互いを阻むものは距離しかなかったりする。
だから高性能な望遠鏡さえあれば、ヤクザビルの一室をこの学園からでも覗き見することが可能なのである。
もちろん、それはもうとんでもない高精度な望遠鏡が必要だけど、技術研が一晩でやってくれました。

「しかしすごいなきみの能力……窓の振動から音声を復元できるって、盗聴器いらずじゃないか」

現用技術でも、レーザー光線を窓に当ててその揺らぎから空気振動を読み取り、音声データとして復元するという盗聴法はあるけど、
それを生身でやってしまう東別院さんはもうなんか人間なのこの娘?って感じだよ。
……これで余計な地の文とか、茶目っ気を入れなければこの技術だけで億は稼げる諜報員になれるだろうに。

「茶目り過ぎて中等部の諜報室をお払い箱になった九條さんにとり、その発言はブーメランかと」

「なんで知ってる!? ていうか心を読むなよ! まさか嶋田の心も読んだのか!?」

こえーよ神託機械!心読めそうな奴は知り合いにもう一人いるけど、ポエマーな分だけあいつのがマシだよ!
明円ちゃんの奴、東別院さんの友達ならきちんと個人情報保護法ぐらい教えとけってんだ。

「しかし嶋田のやつ、臆面も無くエグい提案をするよなあ。曲がりなりにも教え子に対する仕打ちかよ」

それに、やっぱりとは思ってたけどこっちの情報が筒抜けだ。
信じたくはないことだけど、部長のために立ち上がってくれた全校生徒の中に、いくらか敵のスパイが紛れ込んでるようだ。

「大勢を動かす以上否めないことです。それに、敵の感覚器官の一つがこちらの手の内にあるというのは好都合でもあります」

「デマを流して混乱させられる、ってことだもんな。しかしきみは頑なに僕の心の中と会話するな……」

なんかさっきから声に出して言った発言は無視されてるよね。
別にモノローグと会話してくれてもメタ的な不都合はないんだけどさあ……。
心を読まれてるっていうのはあれだよね。迂闊なこと考えらんないよね。エロいこととか。
例えば東別院さんはいま、能力の精度を上げるためにこの寒空でブラウスだけを晒しているけど、やっぱり寒いのか鳥肌が立っている。
「女の子の鳥肌ってエロいよね。きめ細やかな若い肌に、無数の突起が生まれてると考えると、興奮しないわけにはいかねえぜ!」

「声に出ています、九條さん」

おっと、失敬失敬。
東別院さんには作戦時もバックアップとして観察を続けてもらわなきゃならないから、なにか防寒策を考えないとな。
流石に女の子をこんなクソ寒い屋上にずっと薄着でいさせるわけにはいくまい。
風の遮断と、定期的な休息、温かい飲み物の恒常的供給……調理部と土木部、保健委員会を手配しておこう。

そのとき、バラバラバラ……と空気を叩くローター音が響いてきた。
手配したヘリが委員会棟に急設したヘリポートへ着陸しようとしているのだ。
屋上を洗う風に書類が飛ばないようバインダーを抑えながら、僕は街のほうをにらんだ。

「せいぜい対策を講じているがいいさ。僕らの若い行動力は――その全てを後手にする」

――――――――

195 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/02/24(金) 07:25:08.93 0
【体育館】


>「……と、まぁそんな所だな。俺はそろそろ喋り疲れた。すまんが細かい補足や修正は九條、お前に頼んだ」

僕は小羽ちゃんと並んで、陣頭指揮を取る長志くんのアジテーションを聞いた。
『想像力』のスキルを使えば、ステマ的にあるいは催眠術的に兵員たちに強固な指示を出すことができただろう。
だが長志くんはそれをしなかった。敢えてしなかったのだ。喧嘩別れした彼らと、生身で向きあう為に。

「必要ないよ、捕捉も修正も。見てみろよ、彼らの眼を――」

兵員たちの眼は燃えていた。その熱気は、義憤の炎は、確かに長志くんから延焼したものだった。
スカした態度が気に入らない、だけど認めないわけにはいかない嫌われ者の憎まれ役に、ああまで言わせたのだ。
言われっぱなしで黙っていられる腑抜けなんか、この学園には一人だっていやしない。
好きの反対は無関心だとよく言うけれど、つまりはそういうことなのだ。
今や偽悪者・長志くんの言葉は、どんな檄よりも激しく心を沸き立たせる起爆剤になっていた。

「煌々と燃え上がる爆発寸前のあの熱気に水を差すなんて、僕にはできないね」

>「――さて、それじゃあ屋上へいきましょうっす」

小羽ちゃんの鶴の一声で、僕らは作戦決行の要、強襲部隊の待つ屋上へと上った。

――――――――

【委員棟・屋上】


ヘリの前に集う三人の学生たち。
小羽ちゃんが信頼出来る者を選抜した、対ヤクザ要員にしてこの戦いの主役となる連中だ。

>「初めて来たが……なんと言うか屋上というのは清清しくて素晴らしいな!素振りがしたくなる!」

試合用の白道着に袖を通した剣道部主将・神谷さんは、防刃胴と前垂れ、篭手まで揃った完全武装。
面は、乱戦ではむしろ視界を狭めるため邪魔になると判断したのだろう。
手には『袋竹刀』と呼ばれる、剣道が剣術だった時代に使われていた竹刀の先祖みたいなのを握っている。
これは竹の棒に革袋を被せたもので、更にカスタマイズとし革袋に砂鉄を詰めてあった。
こうすることで不必要な怪我を与えることなく相手の意識を刈り取れる、変則的なブラックジャック(暗器)にしてあるのだ。

>「この案件に参加出来ない療養中の梅村君に自慢できる仕事があると会長に言われて
  ホイホイ来てみたがたが……成程。今回の僕は此処の担当という訳か」

言わずと知れたウメコンこと生徒会副会長・城戸くんは、普段と変わらぬ制服姿。
なんちゃら焼結アラミド繊維だかなんだかの恩恵で、彼の制服はそのままでもある程度の防弾性能を持ってるのだ。
これは風紀委員の制服にも言えることで、如何にこの学園がエクストリームな内部事情を抱えているか一目瞭然だ。
得物はひと通り使いこなせるそうだけど、今回は鋼鉄製の手錠をナックルダスターのように装備していた。
聞くところによれば療養中の梅村くんの枕元から勝手に拝借してきたらしい。弔い合戦だと意気込んでいた。

>「『お前達に、お前達の正義に味方しよう』。私の口から、私の意志でそう言ったからな。私は約束は違えんさ」

そして学園司法を一手に担う風紀委員の親玉にして、猫耳メイド合法ロリコミュ障厨二病の役満少女、葉村さん。
いつものメイドエプロン(防弾)に、いつもの鎖をじゃらじゃら引きずっている。
彼女の武装事情に関してはもはや特筆するまい。第一線で戦い続けてきた戦乙女の装束がここにある。

「すげえ……学園の中でも十指に入る戦闘系の人越者たちが四人も……!」

三権分立という縛りがあるから、権力はもちろんそれが擁する戦力が手を取り合うことなどこれまでなかった。
それはシンプルな障害。彼らにとって戦闘は『お仕事』だから、職権を超えた戦いをすることができなかった。
だが、今は違う。彼らが轡を揃える目的は、委員会としての仕事でもなんでもなく、『友達を救うため』なのだ!
不謹慎だけど、僕は高揚を禁じ得なかった。このまま世界だって救えるんじゃないか?

196 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/02/24(金) 07:28:07.79 0
>「全員に声をかけるだけでも結構大変だったっすよ」

「だけど、君はこうしてこれだけの人材を揃えた。そこらの奴じゃ、一声かけるだけじゃ集まらないぜこのメンツは」

ていうか声すらかけられないだろうけど。
人材の選抜を小羽ちゃんに任せて良かった。僕の人脈じゃあ動かせない大物ばかりだ。
この学園でもっともひたむきになすべきことを追い続けた少女は――もっとも強き力をその心に宿したのだ。

とか言って。
言ってるうちにヘリが飛び立とうとしているーーーーっ!?

>「長志さん!早く乗り込んでくださいっす!九條さん!もし私に付いてきてくれるなら、手を掴むっす!」

小羽ちゃんがヘリの中から手を差し出してくる。
この手を掴めば機上の人。この手を拒めば陽動隊と共に現地で指揮をとることになる。
僕は――文化系だ。体力はないし、根性もない。小羽ちゃんのような威嚇スキルや、長志くんのような自己暗示もない。
逆に、後方支援ならば僕の技術を大いに役立てられるだろう。現場にも上位下達の簡便化は必要だ。
手を入れるべき部分はたくさんある。僕がやるべきことは、後方にしかない。小羽ちゃん達と共に行く必要はない。

「僕はやめとくよ。銃とか刀とか、そういうの怖いし。君たちと違って頑丈に出来てないんだ」

僕はそう言って、差し出された小羽ちゃんの手を掴み、ヘリの客室に引き上げてもらった。

……あれ?

そこに居る全ての人からの、「なにやってんだコイツ」という視線で僕はハリネズミになりそうだった。
意志に反して体が動いた――わけではない。
僕は行きたかったんだ。小羽ちゃんや、長志くんと共に、嶋田のツラをこの手でぶん殴ってやりたかった。
だけど、前線で僕がやれることはあまりに少ない。戦うことはできないし、怪我でもすれば一気に足手まといだ。
僕は行くべきじゃなかった。

――それが一体何だっていうんだ?
仕事でもなければ、まして戦争でもないこの戦いに。「べき」だの「べからず」だのは介在しない。
行きたいから、行く。誰にも文句は言わせない。それでいいじゃないか。「来るなら掴め」と、そう言われたんだから!
僕は自分に嘘をついた。嘘をついた自分に、また嘘をついてここに居る。

「呼んでくれて、ありがとう」

僕は小羽ちゃんに眼を合わせずに言った。声が震えていた。膝も両手も震えていた。
怖いに決まってる。ぬるま湯のような学園を出て、生と死が隣り合わせの娑婆で銃火の中を駆け抜ける覚悟なんかない。
でもこの震えは違った。武者震いだ。これから起こる全ての戦いに対する僕の気持ちの正先端だ。

「いいか。言っとくけど僕は、ヤバイと感じたら誰より先に逃げ出すぞ。一番無様に逃げ出すぞ。
 君たちの前にいる男は人越者でもなければ武闘派でもない、波打ち際のフナムシみてーに!電光石火で逃げ出すぞ!」

三人の人越者と。二人の僕の大事な友だちに。僕は跳ねまわる胃袋を抱き込みながら言う。

「だけども僕を臆病者と言ってくれるな、何故ならこの戦いにおいて逃亡は恥じゃない。それは君たちにも言えることだ。
 僕達には明日がある。夕飯までには帰らなきゃだし、宿題だってやらなきゃならない。
 ……この戦いは、そんな日々の生活のほんのワンシーンでしかないんだ。寝る前に歯磨きするのと同じぐらいの優先度さ。
 くれぐれも『頑張って』くれるなよ君達。そのテンションは、一年後か、二年後か、はたまた十年後のヤマ場のためにとっておくんだ」

震えが止まった。僕は告げる。

「――さあ、日常を始めよう!」


――――――――

197 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/02/24(金) 07:31:01.02 0
通常、ヘリという乗り物には静粛性が期待できない。
主翼であるローターは否応なしに爆音を立てるし、下方へ向けて吹き散らされる風は様々なものと擦れ合い音を出す。
これを逆手にとって戦場なんかでは、最強の陸戦航空兵器である攻撃ヘリの音を聞かせて威嚇したりするわけだけど……
これから隠密作戦をする僕達にとり、この騒音は足枷にしかならないのだった。

「――と、向こうも考えてるはずだ。もちろん学生風情がヘリなんか持ち出すことはないと思ってるだろうけど、
 よしんばヘリがあったとしても音で分かる。だから対空警戒に貴重な人員は割かない……その虚をまず、突いてやろう」

ノイズキャンセリングって技術はもうみんな知ってると思う。
音に対して逆位相の音波をぶつけることによって相殺するとかいうスゲー未来技術だ。
ヘッドホンとかに使われてるこの技術は、それはそれは高度なものなんだけど、原理自体はけっこう単純だ。
ようは消したい音に対して逆位相の音さえ用意できれば、僕らにだって再現できる。
風向きや速度によって微細に変動するヘリ音に、リアルタイムで逆位相の音を発し続けるなんて機械以上の真似さえできれば。

――いるじゃないか、一人。あらゆる声マネをマスターした喉の眷属、自在音声の人越者が。

「頼りにしてるぜ、楯原ちゃん!」

N2DM部賑やかし担当、楯原まぎあちゃんである。
部長が刺されてから彼女なりに調査を続けていた楯原ちゃんと少し前に合流し、先にヘリの中で待機してもらっていたのだ。
彼女にはヘリがヤクザビルに着くまでの20分ほど、常時声を発してもらい続けなくちゃならない。
金一等の価値がある魔声の喉は確実に枯れるだろう。この戦いのために、楯原ちゃんはそのリスクを受け入れてくれた。

静かに、その挙動に対して不自然なほど、物音一つ立てず空を滑っていくヘリに地上の人は誰もが釘付けになる。
話題になる前に決着をつけよう。僕らを載せたヘリは、街のスカイラインを飛び越えて行く。
窓から視認されるのを防ぐために死角となるルートを迂回しながら、やがてヘリはヤクザビルの屋上へ到達した。

「行こう、鉄の熱いうちに」

パイロットが先走ってくれたお陰で陽動隊との連携タイムテーブルに乱れが生じた。
後方支援の東別院さんからの入電によると、まだ配電盤の陥落には至ってないらしい。どうやら警備相手に手こずっているようだ。
念のためにヘリにはここに残ってもらっておいて(嶋田のヘリを着陸させないためにも)、僕らは少し早い突入を選んだ。
どのみちいまの強襲部隊には僕が居る。配電盤に頼らずとも、手元のセキュリティならこちらで解除できる。

「……九條、少しいいか?」

屋上出入り口のセキュリティを弄っていた僕に、背後から葉村さんが話しかけてきた。
うわすげえ、この人僕よりちっさいな!なんかちょっと嬉しいぞ。意味不明だけど。

「梅村の件だが、お前と生徒会の城戸が助けに行った際、あの場には何人の造反組がいた?」

「えっと、瞬く間に城戸くんが倒しちゃったあとに数えた分では……4人でしたね。女の子もいてびっくりしましたよ」

「4人……そうか。ではやはり、山崎は――」

どういうことです、と聞いた僕に、葉村さんは苦虫を噛み潰したような顔をして言った。

「風紀委員の幹部には、梅村と懇意にしていた女子委員もいてな。梅村が拉致されたのと同時期に行方不明になった。
 二人は一緒にいることが多かったから、巻き込まれたものと考えて捜査していたのだがな。
 しかし、梅村が発見されても、其奴は傍にはいなかった。造反組に問いただしても、皆口を閉ざすばかりだ。
 授業には出席しているようなのだがな。ただ、梅村が拉致されてからまったく委員会に顔を出さなくなった」

「……それ、単純に梅村くんがいないからサボってるだけなんじゃ?」

「ば、馬鹿言え!あれほど真面目な委員を私は見たことがないぞ。私が直々に技術を学ばせた直弟子でもある。
 勘働きが良く、特に屋内戦術に長け、世渡りが達者で、強き者の傍に立つ術を知っている。
 目的に対して強い執着と行動力を見せ、火急の場での合理的な判断力も持っている……そういう女だ」

なんだよぅこの弟子自慢……。一刻も早くセキュリティを解除したいってのに。
それに、その言い方だと山崎さんとやら、なんだかハイスペックメンヘラストーカーみたいだ。

198 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/02/24(金) 07:34:33.83 0
「しかし九條、さっきお前は妙なことを言ったな。あの場で拿捕した造反組に女子なぞいなかったぞ。
 造反組の手配した不良と勘違いをしていないか。嶋田から薬漬けの配下を借り受けていたそうだからな」

「いやいや、この僕が女の子の特徴を見間違えるわけないでしょう!確かに風紀委員の制服を着た女の子が――」

んん?ちょっと待て。
あの場では混乱していてごっちゃになっていたけど、梅村くんがノした造反組は全部男だった。
でも僕は、確かに女子の造反組にもボコられた覚えがある。女の子に殴られたことだけは絶対に忘れない!
目をつぶるだけで思い出せる、あの拳、あの蹴り、あの警棒――そして、煙幕によって乱闘の一部を見逃したこと。
それは戦っていた城戸くん本人にも言えることだ。あれだけ濃い煙の中で、一人ぐらい逃したってわかりゃしない。

「葉村さん、これは仮定の話なんですけどね。対立する組織甲と乙があって、甲の構成員が自分の組織を裏切りました。
 裏切ったは良いがこのままでは甲に制裁されてしまいます。裏切り者が安全に暮らすならどうします?」

「うん?それはもちろん、乙の方に庇護を求めるだろう。甲の内部情報を手土産にな。
 しかしなんだ九條、藪から棒にそんな仮定を出して、なにか現在の状況と関係があるのか?」

「で、ですよねー!まさかその山崎さんとやらが風紀委員を裏切って嶋田陣営に与するなんてこと、ありえませんしね!」

「はっは、それはそうだろう。私が法の申し子ならば、私の部下たちもまた法に誇りを捧げし者たちだからな。
 もっとも、仮にそんなことになっていれば、優秀な山崎のことだ、我々の潜入なぞ即座に見抜いて迎撃しに来るだろうがな」

ははははは。この人マジで部下のことになるとアンポンタンに成り下がるな!!
僕はセキュリティを弄る手を止めた。なんとなくだった。第六感的なものが、ドアから僕の身を遠ざけるよう告げていた。
確証はない。全ては取り越し苦労かもしれない。このドアを開けねばビル内には潜入できない。
……しかし、僕は僕の五臓六腑が口から這い出て逃げ出そうとするのを抑える作業に集中せねばならなかった。
堅牢な金属で出来た、黒塗りのドア。電子ロックのコンパネ以外に装飾のない滑らかな表面を注視する。

ざく、と音がして、ドアの真ん中に銀色の何かが生えた。
僕の眉間の一センチ先に迫ったのは、まるで氷を鍛造して作ったみたいに刃紋美しい匕首(短刀)。
もしもセキュリティをいじり続けていたら、僕の額にSDカードスロットが増設されてたことだろう。
ざくざくざく、と連続する音が、その数だけ刃をドアから生やして、やがて数十本の刃がドアをひし形にトリミングした。
どかんと切り抜かれたドアが蹴り飛ばされ、その頃にはドン引きして十歩ぐらい下がっていた僕らの前をひし形の金属板が転がる。

「あはっ……女のカンってすごい……こーんなドンピシャで見つけられるなんて……風紀委員辞めるんじゃなかったなあ……」

ドアにできたひし形の穴をくぐるように屋上へ出てきたのは、風紀委員の制服を着た女子生徒。
ショートカットにした黒髪。瞳孔の大きく開いた眼は猫みたいに切れ長。形の良い唇からはボソボソと連続的に言葉を紡いでいる。
そして、足元には無数の包丁、ドス、コンバットナイフ、マグライト、スラッパー、メリケンサック……無数の武器達。
彼女はその中から一対のトンファーを拾い上げて、両手に握りこんだ。

「山崎……!!」
「あれが山崎さん!?(梅村くんといい)危険人物の上司ばっかやってるなアンタ!」

梅村くんのパートナーにして葉村さんの直弟子というからには、恐るべき戦闘能力を秘めているのだろう。
足元に散らばる、雑多な武器たちを全部使いこなせるのだとしたら、それは凄まじい手練だ。
梅村くんのような並外れたタフさや、葉村さんのように一種の武器を極めた完成形よりも、ある意味では厄介。

「あれぇ……梅村君どこですか委員長ー……僕……梅村君に伝えたいことがいっぱいあるんですよぉ……愛とか……えへへ……」

僕はぞっとした。口調は明るい女子のままなのに、声に抑揚はないし、まるで機械が読み上げるみたいに平坦な音律。
目の焦点も合っておらず、僕らじゃない見えない誰かに話しかけているようだった。

「なんなんですか……あなたたち……怖い……人の家に土足で踏み込もうとして……風紀委員呼びますよ……
 ……あっ……風紀委員って僕でしたぁ……てへぺろっ☆……笑えよ。殺すぞ」

……怖いっ!


【屋上に乗り込んだ直後に最後の造反組・山崎さんとエンカウント。嶋田にはバレていない様子】

199 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/02/27(月) 23:34:44.86 0
>「一度も何も、長志さん。就職活動とかスーツを使う機会はまだまだあるっすよ?」

「……よしてくれ、小羽。想像したら頭が痛くなってきた。決戦前に俺をガラクタ人形にするつもりか?」

ネクタイを首輪のように窮屈に締めて、背筋を伸ばし、堅苦しい言葉遣いを徹底して椅子に座る自分――想像するだに恐ろしい。
避けられないし避けてはいけない未来だと分かっていても、まだそんな事を考えたくはなかった。
では一体いつから考え始めればいいのかと言えば――早ければ早い方がいいに決まっているのだが。

>「必要ないよ、捕捉も修正も。見てみろよ、彼らの眼を――」

九條の言葉に、長志恋也が動きを止めた。
彼は皆の反応が見たくなかった。就活に勤しむ自分の未来なんかよりも遥かに。
今までずっと主義主張のファッションを纏い続けてきたからこそ、本当の自分を曝け出して傷つくのが怖かった。
だからこそさっさと舞台裏に隠れて、ぶっきらぼうな軽口で、この場を流してしまいたかった。

それでも、そう言われてしまったのでは仕方がない。
まさか頑なに振り向くまいと、不退転の決意を見せる訳にもいかないだろう。

なにより――本当は、既に分かっていた事だ。
自分は、自分の過去と、これから共に戦う仲間達に、向き合わなくてはならないと。
意を決して長志恋也は振り返り、

>「煌々と燃え上がる爆発寸前のあの熱気に水を差すなんて、僕にはできないね」

何も言葉を発する事が出来なかった。
ただ心が打ち震えるような気分だった。
膨れ上がった嬉々の感情で、胸が苦しくさえ感じられた。

「……随分と勿体無い事をしてきたんだな、俺って奴は」

この戦いが終わったらもう一度、彼らと接してみたい。
今度はちゃんと、主義主張の仮面など被らずに、同じ学校の仲間として心を通わせられるようになりたい。ふと、そう思った。
その為にも、まずはこの戦いに勝利を収めなくてはならない。

スーツに着替えた後でそんな事を考えながら屋上へ向かっていたら――どうやら盛大に遅刻したらしい。
ヘリはもうローターの回転の回転を始めて、離陸を始めていた。

>「長志さん!早く乗り込んでくださいっす!九條さん!もし私に付いてきてくれるなら、手を掴むっす!」

「主役は遅れてやってくるものだろう?……なんてな。そいつらの前でのたまうには、俺じゃ役者不足が過ぎるか」

女子剣道部主将、学園最高峰の剣士である神谷。
生徒会のナンバーツー、学園の頂点に誰よりも近い男、城戸。
風紀委員長、学園司法の番人であり閻魔顔負けの狭量女、葉村。
小羽が集めた精鋭部隊、彼らを前に『主役』を名乗るなど――流石の長志恋也であっても躊躇を禁じ得なかった。

「やってくれたな、小羽。おかげで俺は忙しくなりそうだよ。やる事を探すだけで一苦労だ」

小羽の集めた精鋭達を見て、長志恋也は自嘲気味の冗談を吐く。
非難めいた言葉とは裏腹に、声色は小羽を褒め称えるように弾んでいた。
それから小羽が差し伸べた手を掴んでヘリに乗り込む。

200 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/02/27(月) 23:35:06.14 0
>「僕はやめとくよ。銃とか刀とか、そういうの怖いし。君たちと違って頑丈に出来てないんだ」

「まぁ……それがいいだろう。お前にはお前の戦場がある」

背後から聞こえた九條の声にそう返しながら振り返る。
そして――すぐ隣にいた九條と目が合った。

「……お前は、意地でも俺にカッコいい台詞を吐かせたくないのか?まったく、随分と体を張った真似をするんだな」

皮肉な物言いとは裏腹に、長志恋也の表情には喜色が浮かんでいた。
当然だ。友達と一緒にどこかへ行こうという時に、仏頂面をする人間なんていない。

>「――さあ、日常を始めよう!」

「あぁ、やってやろう。第三部はいらないぜ。このクソッタレな物語を、今日で完結させるんだ」



――屋上。
長志恋也は特にする事もなく、ドアと睨めっこしてセキュリティを弄る九條の作業をぼんやりと見ていた。
九條と葉村との会話は、葉村が長ったらしい自慢話を始めた辺りで、興味をビルの屋上から突き落とした。

と、不意に九條がドアから遠ざかった。

「終わったのか?……おい、九條?何をして……」

直後に狂暴な金属音が響いて、それ以上の言葉は必要なくなった。
金属製のドアに短刀が生えていた。
更に一本二本、十本二十本と、短刀はドアを貫いて切り取り線を描いていく。

長志恋也が絶句して、思わず後ずさりした。
それから数秒もしない内に、今度は衝撃音が響く。
目の前にまで吹っ飛んできたドアの残骸を、長志恋也は戦慄と共に見下ろして、顔を上げた。

>「あはっ……女のカンってすごい……こーんなドンピシャで見つけられるなんて……風紀委員辞めるんじゃなかったなあ……」

ぶち抜いたドアの穴をくぐって、一人の女が屋上に踏み入ってきた。
制服を着ている。風紀委員の制服だ。

>「山崎……!!」
>「あれが山崎さん!?(梅村くんといい)危険人物の上司ばっかやってるなアンタ!」

「アイツが……!って……すまん、誰なんだ?さっきの話、実はまるで聞いてなくてな」

長志恋也が九條達に倣って驚いた素振りを見せて――それから急転直下の冗談を飛ばした。
だが彼は断じて、ふざけているのではない。

>「あれぇ……梅村君どこですか委員長ー……僕……梅村君に伝えたいことがいっぱいあるんですよぉ……愛とか……えへへ……」

ふざけたふりをしていなければ、『やっていられない』のだ。
丁度、戦場でいつ死ぬかも分からない兵士達が、過剰に叫び、冗談を口にするように。
『想像力』の特異点を持つ長志恋也は、山崎の狂気を強く感受し過ぎていた。
顔には冷や汗が滲み、呼吸は乱れ、このまま九條よりも早く逃げ出しかねない態を晒している。

>「なんなんですか……あなたたち……怖い……人の家に土足で踏み込もうとして……風紀委員呼びますよ……
  ……あっ……風紀委員って僕でしたぁ……てへぺろっ☆……笑えよ。殺すぞ」

とは言え彼女の異様な言動に困惑を覚えていたのは、長志恋也だけではなかった。
彼ほどではないにせよ、皆、大なり小なりの動揺を隠せずにいる。
そんな中で――葉村は平静を保っていた。少なくとも、保っているように見えた。

201 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/02/27(月) 23:36:51.53 0
「……お前に技術を教えた時、私はこう言った筈だ。決してその技を悪用してはならないと」

冷ややかな声だ。
覚えていて欲しいとか、ただの気の迷いであって欲しいとか、そういう哀願の音色はまるで感じられなかった。
ただ、目の前にいる女に救いようがあるのか、ないのか。それを確認する為だけの言葉だった。

「悪用だなんて……誤解ですよぉ……私はただ……愛用しただけ……
 梅村君が大好きで……一緒にいたくて……頑張っただけなんです……」

対する山崎は依然変わらず、焦点の狂った目と抑揚を失った声で笑う。
だが前触れなく、彼女の瞳に正義の炎が宿った。

「愛の為に一生懸命頑張った私が、悪の訳ないじゃないですか。つまんない事言ってると殺しますよ」

そう言い切った彼女は、驚くほどに『正義の味方』だった。
その正義が、他人とは致命的にズレているだけで。
だから彼女には悪い事をしている自覚などない。

彼女の正義はどす黒く燃える太陽だった。
全てを照らすのではなく、燃やし尽くして、愛する人すら焼き焦がして。
それでも平然として揺らぐ事のない、最も悍ましい邪悪が彼女の瞳の奥で燃えていた。

「……でも残念だなぁ……梅村君……いないんだぁ……せっかく書いたのになぁ……ラブレター……」

再び抑揚を損なった声で、山崎は小さく呟く。

「あ……皆さんはもう読みましたか……ラブレター……梅村君以外に読まれるのは少し恥ずかしいですけど……
 我慢するから大丈夫ですよー……読んでもらわなきゃ意味ないですし……」

支離滅裂だった。梅村に宛てて書いたラブレターを、彼らが読める筈がない。
ましてや意味がないなどと――一体どういう意味なのか。
長志恋也が訝しげに目を細める。

「読んでないんですかぁ……残念だなぁ……折角書いたのに……」

山崎が微かに口角を吊り上げて、

「……梅村君に」

そう、続けた。

「なにを……言ってるんだ、お前は。梅村に宛てて書いたのなら、俺達が読める訳がないだろう」

黙っている事に耐えられないといった様子で、長志恋也が言葉を返す。

「なに言ってるんですか……読めますよぉ……だって私……梅村君に書いたんですもの……」

まただ。また何かがズレている。
その何かを長志恋也は『想像』して―― 一つの仮定に思い至った。

「お前……まさか……!」

山崎は、梅村に『宛てて』ラブレターを書いたのではない。
文字通り、字面通りに、『梅村に』ラブレターを書き込んだのだ。

今度こそ、長志恋也は動揺を表情に滲ませる事を抑えられなかった。
更に一歩後ずさった彼の革靴が、屋上の床を雑に擦る。

202 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/02/27(月) 23:37:18.17 0
「えへへ……嬉しいなぁ……きっと梅村君……必死になって隠したんですよね……
 これからもずっと隠してくんですよねー……寝ても覚めても……どんな時でも……
 私の事考えていてくれるなんて……素敵だと思いませんか……」

山崎は梅村を焼き焦がして、平然としている訳ではなかった。
自分の愛を焦げ付かせて、心の底から歓喜していた。

そしてそれが彼女の『技術』でもあった。
人から悪事を禁じる術は『拘束』する事だけではない。
悪い事をすれば罰を受けるのだと相手に『刻み込む』事もまた、悪の抑止力となる。
その技術を愛用して、山崎は梅村に自分の愛を『刻み込んだ』。

「……狂ってやがる」

長志恋也が絞り出すように、吐き捨てた。
だが、彼の心を満たしているものは――最早畏怖ではなかった。
怒り以上の、燃え上がる黒い炎が胸の奥で猛っていた。

――梅村遊李と長志恋也は、反りが合わなかった。
片や勢い任せで一本気な風紀委員。片や理屈屋で皮肉屋のアウトロー気取り。
気が合う筈がなかった。その事を長志恋也は自覚していた。
この男は、自分とは真逆の性格を持っているのだと、理解していた。
だからこそ『想像』出来る。
あの男が、自分の相棒に裏切られ、傷めつけられて、刻み込まれた失望が。

許しておける筈がなかった。
彼女の正義の形がどうであれ、どうでもいい。
ただ打ちのめして、その心を踏み躙ってやりたかった。

「……無駄だよ。そんな事をしてもアイツはお前のものになったりしない」

故に長志恋也は、その為に最適な行動を取る。

「お前はただ、アイツの心に溝を刻み込んだだけだ。
 いつかお前じゃない誰かが、深く潜り込む為の溝をな。
 分かるか?お前がした事は、まだ見ぬ恋敵に塩を送ったも同然なんだよ」

梅村の相棒であり、葉村が直々に技を教えた風紀委員に、長志恋也は叶わない。
指一本触れる事すら出来ずに、滅多刺しにされるのが関の山だ。

「それにしても……アイツがこのデフォルメ女にベタ惚れだった理由がようやく分かったぜ。
 お前みたいな奴が相棒だったんじゃ、そりゃこいつだって天使に見えるだろうさ。
 要するに、お前はこの上ない引き立て役だったって訳だ」

けれども山崎が『誰を狙ってくる』のか最初から分かっていたのなら。
小羽と、彼女が集めた精鋭達がそれを迎え討つ事は容易いだろう。
動きの読めた敵を相手に遅れを取るほど、彼女達は平凡じゃない。

『想像力』の特異点をもって、長志恋也は山崎の憎悪を煽り立てる。
『梅村が自分を好きになる筈がない』と、強く強く思い込ませた。
それを払拭するには、彼を黙らせるしかない。

「来るとしたら俺か……風紀委員長、アンタってとこだろう。
 頼むぜ、スーツの代えは持ってきてないんでな。刺されるのは御免だ」

山崎に聞かれないよう小さく、皆に囁いた。

【タゲ取りスキル発動】

203 :名無しになりきれ:2012/02/28(火) 01:36:32.01 0
蘇れ

204 :名無しになりきれ:2012/02/28(火) 02:37:32.37 0
あれ?

205 :こはわにー:2012/03/02(金) 23:43:04.17 0
【今回、少しレスに時間がかかりそうっす
 ……もし5日過ぎたら申し訳ないっす。ただ、必ずレスはするので、
 出来るなら少し待って欲しいっす】

206 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/03/04(日) 23:53:36.79 0
>「――さあ、日常を始めよう!」
>「あぁ、やってやろう。第三部はいらないぜ。このクソッタレな物語を、今日で完結させるんだ」

小羽の伸ばした腕を、彼らは掴んでくれた。
一方は躊躇い無く。そしてもう一方は、迷い無く。
どこと無く楽しげにやり取りをする二人の仲間に釣られ、
小羽も笑顔を浮かべそうになる。が……何とはなしに気恥ずかしく感じたのだろう。
感情とは裏腹にいつも通りの冷静な表情を作る事となった。

「二人とも……ありがとうっす」

ただしそれでも、言葉は素直に

「それじゃあ、皆さん最低の教師に私達生徒の成長を見せてやりに行きましょうっす」

――――

N2DMの仲間である楯原まぎあ。
かつて家庭に問題を抱えて「いた」彼女の技能による補助もあり、
想像以上に容易くビルの屋上にたどり着くことは叶った。
小羽は楯原に礼を述べ、携帯用の抹茶羊羹を手渡してから、ビルの屋上へと着地した。
眼前では一足先に着地した九條がドアのセキュリティロックの解除を試みている様で、
もうすぐその作業自体も終えられそうである。
妨害は……無し。迅速かつ機密性の高い行動だ。いかな嶋田といえど気づいてはいないだろう。
このまま障害無く、標的の元まで辿り付けるのでは……小羽の脳裏にそんな考えが過ぎるが、

当然、現実とは優しくない。

>「あはっ……女のカンってすごい……こーんなドンピシャで見つけられるなんて……風紀委員辞めるんじゃなかったなあ……」

九條がセキュリティを弄っていたドアから一本、二本、四本、八本……突如として無数の
刃が生えたかと思うと、頑強であったドアが容易く切り崩されたのだ。
粉塵の向こう側からやって来たのは、小羽達と同じ学園の服を着た少女。

>「あれぇ……梅村君どこですか委員長ー……僕……梅村君に伝えたいことがいっぱいあるんですよぉ……愛とか……えへへ……」

>「山崎……!!」 >「あれが山崎さん!?(梅村くんといい)危険人物の上司ばっかやってるなアンタ!」

風紀委員、山崎。
梅村の元パートナーであり、嶋田に加担した裏切り者達の先鋒がそこにいた。
まるで普通の少女の様に頬を赤らめていた――――どぶ川が腐ったような瞳で。

>「悪用だなんて……誤解ですよぉ……私はただ……愛用しただけ……
>梅村君が大好きで……一緒にいたくて……頑張っただけなんです……」
>「あ……皆さんはもう読みましたか……ラブレター……梅村君以外に読まれるのは少し恥ずかしいですけど……
>我慢するから大丈夫ですよー……読んでもらわなきゃ意味ないですし……」

ソレの発するタカが外れた言葉の数々に、小羽は怒りよりも先に吐き気を覚える。
恋という、常識の上では賞賛されるべき感情をここまで腐敗させた女を前に、
激怒の言葉を並べるよりも先に閉口する事しか出来なかった。
それは、眼前の少女の思考がある意味で小羽とは真逆であるからこそだろう。

大切な人が自分を見ていないと知った時。
小羽はその人物の幸福を願い、自身の幸福を捨てた。
対する山崎は、自身の恋が受け入れられていないと知った時、
その人物の心を削ってまで自己の幸福を求めた。

どちらが正しいか――――と聞かれれば、そこに明確な答えはでないだろう。
だが、であるからこそ小羽の本能は山崎の考えを決して受け入れられぬ物と認識する。
そう認識し、拒絶する。

207 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/03/04(日) 23:54:26.44 0
>「それにしても……アイツがこのデフォルメ女にベタ惚れだった理由がようやく分かったぜ。
>お前みたいな奴が相棒だったんじゃ、そりゃこいつだって天使に見えるだろうさ。
>要するに、お前はこの上ない引き立て役だったって訳だ」

「……は?何言ってるんですか?ふざけないでください。
 梅村君はもう……いいえ、生まれる前からずっと、私のものなんです。
 私の恋を書き込んであげたんだから、もう私以外の事は考えられないんですよ。
 朝起きて食事をして勉強をして遊んで寝て、そんな時常に私が傍にいるんです。
 勿論私もそうですよ。いつも、いつもいつもいつもいつも梅村君の事だけ考えてます。
 だから、少し夫婦喧嘩しちゃいましたけど、ここまでした私を梅村君が嫌う訳ないじゃないですか。
 ちょっと行き違いはあったかもしれないけど、梅村君と私は相思相愛です。
 今までも、そしてこれからも。だから、貴方なんかに。恋が何であるかも知らなそうな
 貴方程度に、彼の心の機微が判るはずありません。
 私達への嫉妬で二人の仲を裂くつもりなら無駄ですよ……でも、無駄であっても私と梅村君
 との仲を裂こうとしたのは許せません。いいえ、許されちゃいけないんです。
 死んでも償えない罪ですよね。むしろ死ぬべきです。死んでください。殺します。
 横恋慕してるそこのつまらないダサい風紀委員長さんと一緒に、解体してごみ処理場に撒いてあげますよ。死ね」

「……長志さん、その言葉。何故か地味に私にもダメージきたっす」

拒絶する――――ひょっとしたら、過去の小羽ならそうしたのかもしれない。
しかし「今の」小羽は、相反する思想の相手に対し単純に暴力を振るったり、思想の拒絶のために激昂する事はなかった。
それは学園生活で個性的な連中と付き合う内に「こういう人物もいるのだ」という考え方を身に着けたからである。
だから、山崎に対して梅村を傷つけたことへの怒りは覚えているが、
少なくとも、今の段階において生理的嫌悪で傷つけるような真似はしない。
握った拳に込めた感情を抑えられる。

そして、対する山崎は、長志の怒りを誘導するかの様な物言いに、いとも簡単に食いついた。
先ほどまでの浮ついた様子が一転。俯き、口端から狂気を吐き散らしながら。
長志が与えた負の想像力を、梅村への恋によって塗りつぶしながら、
負の感情を与えようとした長志の呼吸を止めるべく、右腕へ握ったトンファーを、
長志の眼球目掛けて打ち放った。

……無論、ただ愚直に攻撃を行った訳ではない。
包丁、ドス、コンバットナイフ、マグライト、スラッパー、メリケンサック……
突撃の直前に山崎は、足元に散らばしたそれらの武器を、
左腕で握ったトンファーを地面へ向けて薙ぐ事で、射出し、『展開』していた。
中空を舞う武器は、それぞれが鈍器は鈍器の、刃物は刃物の攻撃力を存分に保つ姿勢で
長志と葉村へ向けて直進している。

仮に山崎の手元のトンファーが落とされても、数多の武器の扱いに心得の在る山崎は
すぐさま中空を進む武器を手取り、武具として展開できる。それが撃墜されても更に次の武具が。
……そして、山崎の武具の相手だけをしていれば、いずれ中空の武器が相手の身体を貫く。無論その逆も然り。
それは、風紀委員時代に山崎が多勢の不良等を相手取る為に身に着けたオリジナルの戦闘技法。
個人にして軍勢であるかの如き、展開力。

そして恐るべき武器と狂気の個人軍勢は長志と葉村の二人を飲み込もうとし

208 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/03/04(日) 23:55:48.89 0


「ふん。それだけ速度に差があり、かつ進行方向まで判っていれば――――順番通りに叩き落すのは余裕だ」


――――そこで、意外な人物が声を出した。
葉村が鎖で武器軍をねじ伏せる前に。
神谷が圧で武器を切り伏せる前に。
小羽がその膂力で長志と葉村を範囲外へと無理矢理させる前に。

武器軍の僅かな速度の差を視認し、人に当たる軌道の武器だけを、『早いもの順』で左手に掴み取ったその人物。
今、トンファーによる一撃を、まるで攻撃軌道が見えているかのように右手一本で掴み取ったその人物は。

「……全く、梅村君の拳に比べれば遅すぎて欠伸が出る速度だ。
 これで彼の相棒だったとは、これはもう嗤うしかないな」

生徒会副会長・城戸。『最強』の右席に君臨する男。
N2DM部。梅村のライバルであった。

呆然とその光景を見ている一同に、彼らに背を向けた城戸は呆れたように声をかける。

「……何をしてるんだ。君らの目的はこんな所でこんなメンヘル女に構う事じゃないだろう。
 学園の為、もしくは君ら自身の為に、『やりたいことをやり遂げる』事が目的じゃなかったのか?」

そう言って小羽達に表情を見せない為に山崎の方へと向き直すと、
城戸は、はっきりとした声で宣言する。

「さあ――――ここは僕に任せて、君らは先に行け」

生徒会長に対する自身の気持ち。好敵手を傷つけられたことに対する憤り。
或いは、道を踏み外した学生に対する生徒会役員としての職務遂行の意思。
それ以外にも数多の感情が入り混じった声で、城戸は先に進むことを促す。

「……九條さん、長志さん、神谷さん、葉村さん。ここは彼に任せて、先に行きましょうっす。
 ここで私達の進行が遅れれば、嶋田は謀略の一つや二つを張ってくる筈っす。
 そうすれば、下の一般生徒達が危うい……それをさせない為にも、城戸さんを信じて進むべきだと思うっす」

そんな城戸の言葉を聴いた小羽は、一瞬躊躇う様子を見せたが、
やがて一度しっかりと頷くと全員に向けてそう告げた。

「ふん。何、そう心配しなくても直ぐに追いつくさ。僕がこんな雑魚に負けると思うか?
 ……ああ、そうだ。実は僕、この戦いが終わったら告白しようと思うんだ」

ちなみに、この後半の台詞は城戸なりの冗談なのだろう……恐らく。

【城戸が山崎と対峙。小羽は先へ進むべきだと判断】
【うわあ……遅くなって、しかも長くなってごめんなさいっす】

209 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/03/08(木) 17:40:34.72 0
『――司令部より前線方面隊各位へ。ポイントデルタにて索敵部隊が敵影を確認。距離500、約800秒後に会敵します』

「アルファ1了解」
「フォックスロット3了解」
「アルファ2了解。その場所なら急行できるが、加勢するか?」

『――ネガティヴ(否定)。右舷二部隊はさくら通り交差点から迂回ルートを。その場所からなら900秒で敵の背後に到達できます』

「挟撃か、了解した。アルファ2以下二部隊はこれより二時方向へ散開する」
「フォックストロット3了解。援護は?」
「不要だ。うちの部員たちは甲子園を逃して気が立ってるんでな、奴らの戦いぶりはあまり人に見せられたものじゃない」
「はっ、また女にモテなくなるな」
「上等だ。微笑んでくれるのは勝利の女神だけで良い」

『――必要であれば今からでも微笑いたしますがどうでしょう。にこっ』

「いや口で擬音言われてもわかんねえよ。棒読みだし」
「つうか女神を自称すんのに迷いがねえなアンタ!さっきの文脈からどうなってその判断に着地した!?」
「アルファ1より各位。――てめえ俺たちの東別院さんが女神じゃないっつったか?表出ろ」
「おい介入してくんな話がややこしくなる。お前はあと800秒で会敵なんだから黙って死亡フラグでも立てとけ」

『――司令部よりアルファ1へ。準備がなければ故郷で待つ婚約者、あるいは夜更けに窓を叩く何者かを派遣しますが?』

「後方支援ってそこまで面倒みてくれんの!?いいよ別に死亡フラグとか用意してくれなくても!」
「直訳:死ねってことだよ言わせんな恥ずかしい」
「戦いの前に女にうつつを抜かすのも死亡フラグっちゃ死亡フラグだけどな」
「よ、よし、アルファ1了解。行くぞ――『なんてことだ、すごい秘密を知ってしまった……はやくあいつらにこのことを!』」
「お前のお父さんの年収か?」
「それ襲撃者は確実に俺の親父だよね!?父親の年収を喧伝する意味もわかんねえし!」

『――そのぐらいで。フラグがインフレし始めています』

「ダメ出し食らった!?……オーケ、ならここは定番ネタで締めるぜ。俺、この戦いが終わったら――」
「プロポーズする予定のお前の幼馴染は、俺が責任を持って寝取っておいたから安心しろ」
「え、マジで?」
「ダブルピースダブルピース」
「ブッ殺すぞてめええええええ!」
「大切な仲間であるお前を、死なせられるわけないだろ……!!」
「お前が死ねバーカ!!」

『――アルファ1、会敵まで300秒です。二種戦闘待機への移行を』

「……アルファ1了解」
「アルファ2第三小学校前を通過。予定通りだ、いつでも強襲できる」
「フォックストロット3了解」

『――それでは。微力ながら検討を祈願しています』

「アルファ1」
「なんだ」
「楽しいな」
「……そうだな。不謹慎だが、とても楽しい」
「あまりにも当たり前すぎて口に出すまでもなかったことだが――学校は、楽しい場所なんだ」
「退屈な日常も、心躍る青春も。それら全てひっくるめて学園生活が楽しいから俺たちはここにいるはずだ」
「取り戻すぞ、俺たちの大切なあの場所を。まずはそこから背を向けた、学生の風上にも置けない連中に教え直してやる」

『――接敵まであと100秒。総員、第一種戦闘配置を』

「アルファ1了解。――それじゃお前ら、思い出に残る100秒にしようぜ!」

210 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/03/08(木) 17:43:30.86 0
――――――――

前回までのあらすじ。
嶋田城に乗り込んだ僕達強襲部隊の前に、突如として立ちはだかった元風紀委員・山崎さん。
目にハイライトのない彼女に恐怖する僕達!そんな中、うちのポエマー野郎が挑発の一手に打って出た!

>「来るとしたら俺か……風紀委員長、アンタってとこだろう。
 頼むぜ、スーツの代えは持ってきてないんでな。刺されるのは御免だ」
>「……長志さん、その言葉。何故か地味に私にもダメージきたっす」

「ダメージ受けてる場合じゃないよ!今の山崎さん相手にそれは洒落にならないってマジで!!」

ヤクザどころの騒ぎじゃない。ガチで殺しに来てるんだもの!
弾幕のように展開された種々の武器たちは波涛の如く僕達を襲う!きっちり刃筋の立った刃物達に飲み込まれる――その刹那。

>「ふん。それだけ速度に差があり、かつ進行方向まで判っていれば――――順番通りに叩き落すのは余裕だ」

立ち塞がったのは、ドヤ顔の城戸くんだった。
目にも留まらぬ速さの武器たちを、『視えている』ように防ぎきる。既に眼鏡を外し、その魔眼の全てを解き放っていた。

>「さあ――――ここは僕に任せて、君らは先に行け」

……うわ、すげえイイ顔。絶対言いたかっただけだよねこのセリフ!
でも甘んじて受け取るよその意志を!厄介さんを先んじて引き受けてくれると言うのだから断る由はない!
ありがとう城戸くん!君の立派な戦いぶりは、ちゃんと梅村くんに伝えておくから遠慮なく散ってくれ!

>「……九條さん、長志さん、神谷さん、葉村さん。ここは彼に任せて、先に行きましょうっす。
 ここで私達の進行が遅れれば、嶋田は謀略の一つや二つを張ってくる筈っす」

「うんうんうんうんそうだよね!そう、僕らには使命があるんだ!出前迅速にとっととこの戦いを終わらそう!」

小羽ちゃんの提案に、僕はここぞとばかりに同調した。
仲間の犠牲を積み上げて、その上に危ういバランスで僕達は存在している。
自転車や、飛行機がそうであるように――転けたくなかったら、進み続けるしかない。
べ、別に明らかにヤバい感じの山崎さんとこれ以上お関わり合いになりたくないからってわけじゃあないんだからね!?

「し、しかし小羽!副会長は確かに強壮であろうが、得物の間合いが違いすぎる。あのままでは荷が勝ちすぎるぞ……!?」

神谷さんが珍しく小羽ちゃんに異を唱えた。
相手は刃物だって容赦なく使い、そして手錠メリケンの城戸くんに対しオールレンジ対応という強みがある。
リーチの外からネチネチと削り続けられれば、如何に学園次席の人越者とてやがての敗北は必定だと。

「しゃらぁぁぁぁぁぁぁっぷ!!いいから行ってください神谷さん!信じましょう仲間を!!」

僕は自分の身可愛さに神谷さんの意見を封殺した。こういうとき『仲間を信じる』って言葉、便利だよね☆
大丈夫。城戸くんは学園最強の生徒会長が、その右腕に選んだ男。梅村くん相手でなければ看板に偽りなしだ。

>「ふん。何、そう心配しなくても直ぐに追いつくさ。僕がこんな雑魚に負けると思うか?
 ……ああ、そうだ。実は僕、この戦いが終わったら告白しようと思うんだ」

「洒落にならねえええええええ!」

ていうか誰に告白すんの!?
城戸くんには浮いた話を聞いたことがないけれど……まさかめくるめくBLTサンドじゃないよね!?

「そうなんですか……奇遇ですね……実は僕も……告白しようと思うんです……」

げえっ!厄介さんが意気投合しやがった!もうストーカー同士仲良くやってろよこいつら!

211 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/03/08(木) 17:44:32.35 0
「つーか、相手梅村くんでしょ?ラブレター書いたのにまだ告白し足りないわけ?」

僕は聞いてしまった。聞いてから後悔した。
少なくとも、『人の体に躊躇いなく刃物を入れられるような人間に』、まともな答えなんて期待できるわけないのに。

「いやだなあ……告白って言葉は……恋心のためだけにあるわけじゃないじゃないですか……ほら例えば……『罪』とか」

すう、と山崎さんは胸をふくらませ、

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
 酷いこと言ってごめんなさい嘘をついてごめんなさい手錠に嵌めてごめんなさい電流流してごめんなさい
 痛かったよね?苦しかったよね?つらかったよね?騙されて、何一つ守れない無力感に打ちのめされて、絶望したよね?
 でもまだあるんだ梅村君のしらない僕の罪。梅村君の水筒に毎日一匙ずつ毒を入れて味覚障害にしたのは僕です
 梅村君の携帯のメモリーから女の子の携帯番号を全部僕の携帯に変えたのも僕です
 梅村君のご両親と妹さんに素性を隠して近づいて悪い噂を逐一全部報告していたのも僕です
 梅村君の寮の部屋に160個の盗聴器と32機のCCDカメラを隠して一日ごとに記録をブルーレイに焼いていることも知らないよね
 梅村君と一緒にいられるのは風紀委員の活動だけだからいつも一緒にいられるように不良に武器とか配ってるの気付いてたかな
 梅村君があんまり委員長に鼻の下伸ばすから幹部連を拐かしてクーデターを計画したことぐらいは、知ってるでしょ」

そ、そんなことしてたのか……。
汚職ってレベルじゃねーぞ。黙っときゃいいのに、それをわざわざ宣言する意味はなんなんだ。

「人間誰でも……自分の悪いところは人に知られたくないものですよね……だけど……そんなのは恋愛においては……不誠実です。
 真に愛しているからこそ――相手には誠実でありたい。嘘をつきたくないと思うのはそんなにおかしなことですか?」

せ、正論だとぉ!?どのツラ下げてそんな綺麗事が吐けるんだこのメンヘラ!
完全論破された僕が唇を噛んで俯く、その頭上から降ってきたのは城戸くんの声だった。

「……正論を乱用するなよ山崎さん。
 本音で勝負?ありのままの自分?誠実に己の全てを見せる?そんなものは恋愛弱者に都合の良い価値観の押し付け、言い訳だ。
 相手を騙し、泥の塊のように醜悪な自分の本質を、華美なフランス人形に誤認させて勝ち取ってこその愛だろう」

人差し指を山崎さんにつきつけ、高らかに。

「好きな人に夢の一つも見せてやれないで、どの口が愛だの恋だの抜かすんだ――このストーカーが!!」

そうはっきりと言い返した城戸くんに、世界中のすべての人の『お前が言うな』を僕が代弁しよう。
いやさ、他の誰が言わなくても僕は言うぞ。お前が言うな!マジで!!

「お、おい城戸くん、そんなに挑発しちゃって大丈夫なのかよ……」

「問題ない。僕は一度この女と徹底的にケリをつけねばと思っていたところだ。それに――」

既に状況は動いていた。言葉を捨て、拳で黙らせに走った山崎さんが、無数の武器を引き連れて跳躍する。
左手には大振りなナイフ、右手には鉤爪(!?)。大鷲が羽ばたくように、両側から城戸くんを引き裂きに奔る!
それを城戸くんはスウェーとジャンプを組み合わせ、紙一枚分ほどの差で肌を擦過していく武器の嵐を掻い潜る。
そして振り抜かれた山崎さんの右腕に、メリケンにしていた手錠を嵌めた。手錠のもう一端は――城戸くんの左腕に。

「こうすればレンジの差など関係ない」

……うまい!相手の攻撃性能を封じ、同時に自分の最も有利な間合いへと固定した!
自分の右腕と相手の左腕を手錠によって拘束された山崎さんは――発狂した。

212 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/03/08(木) 17:45:28.97 0
「あ、あああああ、あああああああああああああああああああ!!!」

燃え盛る自宅を見て悄然とする人のように。深い深い深い絶望と焦燥が、彼女の顔を塗りつぶす。
その変貌たるや、拘束し有利な間合いを獲得した城戸くんですら唾を飲むほどだった。

「こ、こんなところ梅村君に見られたら、浮気だと思われちゃう!!」

「ええええええええ!?」

そっちかよ!もうやだこのメンヘラ恋愛脳、下半身でものを考えすぎじゃないの!?
どこの世界に手錠で繋がれた男女を見て恋仲を連想する奴がいるよ。
……いや、まさか。『してた』のか?梅村くんを拘束して、それが愛だなんて本気で考えてたのか。
分かりきってたことだけど、やっぱりこいつは狂ってる。それも利己的な、自分のために他人を傷つける狂い方。

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
 馬村君ごめんねごめんねごめんねごめんね僕が不甲斐ないばっかりに梅村君以外の男に繋がれちゃったごめんね
 でも心配しないで心までは繋がれてない!こんな鎖なんて今すぐ絶ち斬って――!」

言葉とともに振り下ろされたナイフは、ギィン!と快音一つで手錠の鎖に弾かれた。
当たり前だ、風紀委員に支給される手錠は、技術研が特注で作った鋼鉄製。輪っかから鎖に至るまで削り出しの一品物だ。

「シャバの手錠なら、その一撃でも容易に断ち切れただろうが、そいつは鎖の太さからして全然違う。チェーンソーでも無理だろう」

「それなら!鉄鎖は斬れなくても、肉と骨はどうかなぁぁぁぁぁ!!」

山崎さんの左腕――拘束されていないほうの腕が閃き、白刃が城戸くんの腕を狙う。
城戸くんもまた拘束していない腕にもうメリケンを纏い、振り下ろされたナイフにかち当てた。
火花を散らしてせめぎ合う両者。さながら剣戟の鍔迫り合い。何度も何度も互いの得物をぶつけ合っていく。

「さあ行け学び舎の代行者達!僕の肉と骨は確かに唯人のそれだが――この意志こそは、鉄よりも堅い!
 どちらが梅村君の隣に相応しいか、ここで引導を渡してやる!!」

――――――――

213 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/03/08(木) 17:46:02.98 0
――――――――

山崎さんがドアをぶち抜いてくれたお陰で、セキュリティを解除しなくても中に入れました。
これは僥倖という他ない。ハッキングってのはそれなりのリスクを伴うから、あまり多用はできないのだ。

「さて……これからどうしようか。嶋田のいる部屋の大まかな位置はわかってるけど、そこにずっと居てくれるとも限らない。
 下手に突入するのはそれこそ自殺行為だし、かと言って敵地でうろちょろするのも危なすぎる」

東別院さんの地道な監視によって、嶋田城のどこに嶋田が匿われているかは割れていた。既に強襲部隊の全員に伝えてある。
しかし、なんといっても雑居ビル。望遠鏡でわかる情報なんて知れたもので、フロアの構造すら階ごとに異なる始末。
せめてもう少し準備期間があれば良かったが――言い訳してもしかたない。現在僕らは嶋田城の最上階、伏魔殿の入り口にいる。

「内部の構造を詳しく知りたい。暫定的なセーフエリア、それからいざって時の撤退ルートの確保も」

強襲部隊の先頭を行くのは僕だ。
潜入術の心得があるから、敵地のど真ん中でうまく立ち回るには僕の判断が重要になってくる。
ああ、こういうの久しぶりだなあ。中等部の頃は、これぐらいのミッションなら30分で掌握できたものだけれどね。
この現状は衰えか、はたまた背負うものの大きさに気付いたか……後者だと嬉しい。僕の大切な仲間たちを。

「っ!!」

順調にクリアしていった僕らだったが、しかしそうはとんとん拍子にいかないものである。
曲がり角に手鏡を翳し、曲がった先の安否を確かめながら進んでいく先で、ついに遭遇してしまった。
鏡の向こうに、黒服を着た人影が二つ。ヤクザだ。
侵入者にはまだ気付いていないようだが、二人一組になって廊下を巡回している。
彼らの足はこちらに向いていて、僕らの潜む曲がり角に到達するのも時間の問題だ。

「ど、どうする!相手は二人だけど武装してるぞ!この狭い廊下じゃ、数で囲んでボコることもできない!」

僕は叫ぶように囁いた。
そして数の利の恩恵を受けずに対峙するには、ヤクザ二人は荷が勝ちすぎる。
絶体絶命、万事休すの大ピンチ。どうなる強襲部隊、待て次回!!


【歩哨のヤクザ二人にエンカウント。まだ気付かれてないが時間の問題、場所悪し】

214 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/03/09(金) 01:28:28.06 0
そう言えば、俺は明日から3日ほど私用があってな
ちょっとレスが遅れてしまうかもしれん
まぁ、すまんが気長に待っていてやってくれ

215 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/03/13(火) 23:52:30.39 0
>「内部の構造を詳しく知りたい。暫定的なセーフエリア、それからいざって時の撤退ルートの確保も」

山崎の相手を城戸に任せ、一行は先に進んだ。
潜入技能を持つ九條が先頭に立って、安全確認と前進を繰り返していく。
その手際は、鮮やかではない。だがそれでいいのだ。
身を隠し、忍び込むスキルに他人を惹きつけるような魅力は必要ない。
九條の潜入術は黒塗りのナイフを思わせるほど堅実で、かつ滑らかだった。

>「っ!!」

だが潜入とはそもそも、無謀な試みに挑む事だ。
孤立無援で、地の利もなく、分かっている事と言えば出くわす相手は誰もかもが敵という事だけ。
故にどれだけ潜入技術に卓越していたとしても――万事が上手くいく事など、あり得ないのだ。

九條が曲がり角を確認する為にかざした手鏡に、二人のヤクザの姿が映る。
脇道はない。自分達が身を隠す術はなく、遭遇は時間の問題だ。
撃破するか――狭い通路で真っ向勝負を仕掛けるには、相手が悪すぎる。
一人を相手している間に増援を呼ばれる可能性だってある。
ならば一度退くか――リスクが高すぎる。慌てて動いて存在を察知されれば、それこそ最悪だ。

>「ど、どうする!相手は二人だけど武装してるぞ!この狭い廊下じゃ、数で囲んでボコることもできない!」

九條の囁くような悲鳴に、長志恋也は眉間に僅かな皺を刻み、

「……落ち着けよ、九條。こういう時、どう言えばカッコいいのかを教えてやる。こう言うんだ」

しかし不敵に不遜に笑いながら、

「好都合だ……ってな」

そう呟いた。
それから細めた視線を小羽に差し向ける。
彼の右手が小羽の頭へと伸びて、髪を無造作に掻き乱す。

「よし、まあこんなもんだろう」

そして今度は彼女の肩を掴み――突き飛ばした。
曲り角の先、ヤクザ達の視界のど真ん中へと。

「動くな」

同時に一歩前に出る。右手のスーツの懐に潜らせて拳銃――演劇部から借りたモデルガン――を抜き、小羽に突きつけた。
皮膚を灼くような問答無用の気配を演じて、小羽の抗議の声を制止する。

「そして……撃ってくれるなよ。俺は撃つのは好きだが、撃たれるのは嫌いなんだ」

更に左手で、咄嗟に銃を構えた二人のヤクザを制した。
長志恋也の特異点『想像力』が、ヤクザ達の思い込みを誘う。
ヤクザ達は、まさかこの男が――インテリ風のスーツを身に纏い、女子生徒を突き飛ばし、見下し、銃を突きつけたこの男が、
厨二病を患ったただの一学生だとは考えもしないだろう。
また見下されている女子生徒が、拳銃などよりも遥かに凶暴な、壁狭組に二度も牙を突き立てたバケモノだとも。

「このガキ、ここいらを嗅ぎ回っていやがった。
 丁度いいぞ、お前達。コイツに、この辺りにある空き部屋の場所を教えてやれ」

インテリ特有の高圧感を演じながらヤクザ達を顎で使う。
いまいち状況を把握し切れずまごつく二人へ、煩わしげに目を細めて見せるのも忘れない。
溜息を吐いてから言葉を続ける。いかにも、頭の回転の遅いお前達に正しい見識を教えてやると言わんばかりに。

216 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/03/13(火) 23:54:56.45 0
「コイツはどうやら、何かを探していたらしい。
 今のところ分かっているのは、それがヤクを譲ってくれる優しいおじさんじゃないって事だけだ。
 だとしたら……俺達にはやらなきゃならない事があるだろう?」

諭すような問いかけ――思考の矛先を仲間の有無や、報告の義務から逸らす。

「あぁそうだ。俺達はこのガキに、取り調べをしてやらなきゃならん。
 何を探しに、どこからここに潜り込んだのかをな。
 なに、つまらん見張りに立たされた分、少しくらい美味しい思いをしたってバチは当たらんさ」

下劣な欲望に訴えかける――最も単純、かつ確実な人の釣り方。

「貧しい体つきだが……まぁヤク漬けの猿とまぐわうよりかは幾分マシだろうよ」

演技に身が入り、思わず口をついて出た皮肉――直後に吹雪のような後悔が押し寄せた。

「遅れてついて来い。……出来ればアイツらと、俺が挽肉にされちまう前には来てくれるとありがたい」

後ろに控えた九條達に、祈るようにそう囁いた。
それから恐ろしさのあまり小羽と目が合わせられないまま、ヤクザ達の案内に従って空き部屋に向かう。
小羽を部屋に連れ込んで、部屋の隅に突き飛ばした。

ヤクザ達は小羽の前に立ち、つまり部屋の入口に背を向ける形となっている。
目の前の獲物に気を引かれている二人の背中は隙だらけだ。

「さあ、楽しい楽しい尋問のお時間だ。まず初めに聞きたいのは……
 そうだな。嶋田の奴は今どこにいるのか、ってところか」

ヤクザ達の思い込みを裏切る一言――その言葉に釣られて、二人がほんの一瞬でも小羽から目を離したのなら。
彼らはもう、おしまいだ。

【五日間ギリギリまで使ったわりには短くなった。すまんな
 憂さ晴らしは俺のキャラが五体満足でいられる程度に頼む】

217 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/03/17(土) 00:03:07.95 0

山崎との対峙を城戸が請け負った暫くの後。
小羽達は事前の情報に従い、じりじりとターゲットとの距離を詰めつつあった。
――しかし、距離を詰めつつあるとはいえど、その進行速度はかなり緩やかなものと相成っている。

>「さて……これからどうしようか。嶋田のいる部屋の大まかな位置はわかってるけど、そこにずっと居てくれるとも限らない。
>下手に突入するのはそれこそ自殺行為だし、かと言って敵地でうろちょろするのも危なすぎる」
>「内部の構造を詳しく知りたい。暫定的なセーフエリア、それからいざって時の撤退ルートの確保も」

「……そうっすね。私としては深く考えずに駆け抜けて強襲したいという思いはあるっすけど、
 流石に当たりが外れた時が危険すぎるから、それをする訳にもいかないっす」

「むぅ、やはり突撃はダメなのか。私と小羽と葉村ちゃんがいれば、
 少し前に円が私に進めていた戦国時代をモチーフにした……あれだ。
 あの、なんとか無双というゲームを再現出来るかもしれないのだが。いや、むしろ出来る」

「……神谷。ちゃん付けはやめろと何度言わせるんだ。
 そもそも、無駄に目立ってどうする。無双をしても嶋田を取り逃がせば意味が無いだろう。
 やはり、癪だが九條の言う通りに先立って退路と安全地帯の確保をするべきだろう」

先頭を行き索敵を行う九條が提示した今後の課題に小羽が頷き返事をすると、神谷と葉村も言葉を繋ぐ。
無双行為が出来るの事が前提になっている点がおかしな女子達の会話だが、そこは重要ではない。

……と、小羽達が小声でそんな気の抜けた会話をしている最中

>「っ!!」

前方で、九條が息を呑んだ気配が伝わってきた。
途端、弛緩していたその場の空気が受験会場もかくやといった具合に引き締まる。

>「ど、どうする!相手は二人だけど武装してるぞ!この狭い廊下じゃ、数で囲んでボコることもできない!」

聞けば、どうやら正面から武装したヤクザが迫っているという。

(……不味い時に遭遇したっすね。
 ここだと、仮に銃を撃たれでもした場合に避けられないっす)

小羽は内心で舌打ちをする。仮にここが開けた場所であれば、この面子だ。二人程度のやくざ如き意に介さないだろう。
しかし、現在位置しているのは狭い通路。つまり、もしも相手が銃を持っていたとして、
それを撃たれでもしたら、必ず誰かに命中してしまうのである。
こうなればいっそ、自分がデコイになりターゲットの意識を逸らすべきか。
小羽がそんな事を考え始めた時。

>「……落ち着けよ、九條。こういう時、どう言えばカッコいいのかを教えてやる。こう言うんだ」

――――後方を歩いていた長志が、不遜な態度でそう宣言した。
カツカツと靴を鳴らし前進してきた長志に小羽は何か案があるのか問おうと口を開き

「長志さん、何か良い案がある―――るぷっ!?」

>「好都合だ……ってな」

近づいてきた長志に突如として髪をかき乱された小羽は、
驚愕のせいでかつて出した事の無い様な奇妙な声を出す事となった。
狼を思わせる小羽の銀のウルフヘアは、前に後ろに移動し、寝起きの様な形と化してしまっている。
更に、前方の視界が自身の髪で奪われた事により混乱している小羽を……あろうことか、長志は突き飛ばした。

――――ヤクザ達の眼前へと


218 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/03/17(土) 00:08:51.21 0
突き飛ばされる最中。髪の隙間から、飛び出そうとしている神谷と
ソレを鎖で引き止める葉村の姿が見えた気がしたが、それを気にしている暇も無かった。
小羽は、即座に眼前のヤクザ達をどうにかするべく動こうとし

>「このガキ、ここいらを嗅ぎ回っていやがった。
>丁度いいぞ、お前達。コイツに、この辺りにある空き部屋の場所を教えてやれ」

長志の発した言葉を聞いた瞬間にその動きを止め、借りてきた猫の様に大人しくなった。

(ああ、成程。「そういう」作戦っすか……けど、結構前に相談して欲しかったっす。
 というか、いきなり髪に触るのもどうかと思うっす)

この時点で、小羽は長志の立てた作戦をある程度察知していた。
長志の持ち味である想像力を存分に行使した罠。
人質に爆弾を付けて返す様な、商品こそが罠であるという、敵にとっては極めて悪辣な作戦であろうと。

……そう、ここまでなら良かったのだ。
この時点でなら小羽は順当に計画に従って、血を見ない結果となっただろう。
だが、長志は一つミスを犯した。
何時の歴史でも、一つの言葉が、一行の文章が、戦争を引き起こしてきた。
長志は慎重になるべきだったのだ。極めて慎重に言葉を選ぶべきだったのだ。

>「貧しい体つきだが……まぁヤク漬けの猿とまぐわうよりかは幾分マシだろうよ」

結果。

『人食い鰐』モードが発動した。
長志がヤクザの意識を逸らした直後、小羽の両手が二人のヤクザの頭を掴み、
普通に生きていれば絶対に体験できない威力のアイアンクローをお見舞いした。
頭蓋骨に皹が入った事により発生した生々しい激痛は、僅か数秒でヤクザ達の意識を刈り取る。
それは、戦闘というべくもない。それは蹂躙であり狩猟であり捕食であった。

……長志に背を向けた小羽は、まるでバスケットボールでも投げる様にヤクザ達を放り投げ、
結果として間に長志を挟む形でヤクザ達は壁に激突する事となった。
そうして、震え上がる程の恐怖を味わっているだろう長志に向けて、小羽はゆっくりと振り返り

「……あの。私って、そんなに貧相っすかね?」

……掻き乱された事で、いつもの野生の獣じみた冷涼な美しさではなく、
どこか幼く儚い雰囲気を与える事となった髪形。
蛍光灯の青白い光を受けて輝く、透き通る様な銀髪。

そして、少し困った様な、何となく寂しげな表情。

体格について指摘された女性が、いつも怒りを見せるとは限らない。
特に小羽は自身の細身の体格について自認している為、一瞬は怒気を込めた感情を見せたが、
それはヤクザを粉砕すると直ぐに霧散してしまっていた。
その代わりに見せたその表情は――――小羽の心中がどうであれ、
男に対してある意味で殴るより精神的なダメージは大きいに違いない。


余談だが

「はっはっはっは。そうかそうか、小羽の体格で貧相か。そうかそうか。
 ……では、それ以下の人間はどう表現するんだろうなぁ?」

あの場に女性は三人いた事を忘れてはならない。

【遅くなったっす。小羽の胸囲の詳細はご想像にお任せするっす】

219 :名無しになりきれ:2012/03/21(水) 21:52:48.30 0
age

220 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/03/22(木) 23:01:58.73 0
ラ・ヨダソウ・スティアーナ!
今回のこちらで語り部をお任せいただきました女子剣道部の若きエース、『七鉄の剣士(レインボーテーブル)』こと明円ですっ!
わたしが語り部になったからには、風光明媚な描写と情感あふれるモノローグにて本編の魅力を克明にお伝えいたします!
一回やってみたかったんですよね、一人称ってことは語り部の認識がその世界の現実(リアル)になるわけですから。
こんなしみったれた街中の描写なんか早々に切り上げて、大宇宙を牛耳る宇宙魔王とそれを打倒すべく選ばれし七人の宇宙騎士の、
惑星(ほし)の未来とそこに生きる全ての生命(いのち)の行く末を巡る手に汗握る一大巨編を謡い上げますよぉ!

というわけでサクサク進行していきましょう。
いまわたし達、200人の陽動本隊は学園を抜けキャッスルオブ嶋田ことヤクザビルを包囲する方向で街中に散開しています。
かの『人喰い鰐』率いる強襲部隊、うちの主将も参戦している屋上の戦いを煙に巻くための、一等ド派手な任務です!
事前に伝えられた作戦では、ヤクザビルの周囲を360度囲み、チンピラ一匹逃さぬ体制にてこれを撃滅せよとのこと。
すでに包囲は完了し、残るは飛び出すジャンキーズをその都度撃破する段であります。

わたしは剣道部での実績を買われ、陽動隊の前線指揮を執る百人隊長を任じられました。
つきましては実家より郵送されし家伝の宝剣『ヴェストファーレン』(模造刀・大須観音にて5600円で購入)を携え戦場を駆け候。
刃をつけていないとは言え、鋼鉄の棒みたいなものでありますから、殺傷力は竹刀以上木刀以下といったところでしょうか。
痛覚麻痺したジャンキー達の意識を刈り取るには丁度いい得物です。
溶けた前歯を汚らしく剥き出しながら飛び掛ってくるその鼻っ柱に、プレステが擦り切れるほど研究した超究武神覇斬を叩き込みます。

「さあ!アスファルトと熱烈に口付けしたい者からかかってきなさいっ!!」

私の特異点『レインボーテーブル』は時空に干渉するタイプの能力です。
その本質は『時間と空間のトレードオフ』、行動領域を極限まで狭めることによって時間を圧縮し、人越の速度を実現します!
並み居るジャンキー達も、能力発動中のわたしにとってはただの林立する肉の柱。
客観時間にして一瞬の間に駆け抜ければ、剣を抜いたことすら知覚させず、しかして足元にはジャンキーの骸が無数に転がるばかり。
自分でも何言ってるのか全然わかりませんけど、お友達の東別院さんの解説によるところにはそういうことらしいです。

「クソッ、ヤス君がやられた!誰かこいつを!」 「もっと兵隊をこっちに寄越せ!突破される!」
「見たところ奴には近接攻撃の技能しかない様子――波状攻撃で潰すぞっ!」

ジャンキー達が知恵を使い始めました。わたしを囲むように扇状陣形で散会し、手に手に武器をこちらへ構えます。
で、今気付いたんですけど、いつのまにかわたしの後ろから味方の影が消えていました。
振り返れば遥か後方に友軍が。切り込み隊長が切り込み過ぎて敵地にて孤立しちゃったみたいです!。
振り向いたのを隙と判断したのかジャンキーズが一斉に襲いかかって来ました。敵影、数にして6。
わたしは摺り足を使い滑るように機動、最初の敵の打ち降ろしてきた木刀を回避し、下がった剣先に足を乗せました。

「ていっ」

そのまま蹴りを一閃、顎に吸い込まれたスニーカーの爪先が確かな手応えを返し、ジャンキーが沈んでいきます。
崩折れるその肩に足をかけ、跳躍。迫っていた二人目のチェーンを紙一重で躱し、上空からの抜刀術で二人目を仕留めました。

「空中ならば避けられまいィィィ!」

三人目――巨漢のジャンキーがその豪腕にナックルダスターを装備して振るってきます。
確かにわたしは現在空の人、重力と慣性に従って地面へ落ちるのを待つばかりの身。躱すことはできません。
そして踏ん張りも効かない状況、これだけの体重差があれば受けることに成功しても吹っ飛ばされることでしょう。しかし!

「我が声に応えよ、ヴェストファーレン!」

手足は地面に届かなくても、右手の刀の切っ先は届きます。思い切り地面に叩きつけ、その反動で身体を逸らしました。
金属のひしゃげる快音と共に、豪腕がわたしの鼻先を駆け抜けていきます。
あわれヴェストファーレンは、その半ばからぐにゃりと曲がって使い物にならなくなってしまいました。

「刀を犠牲に――!? 貴様それでも剣士か!」
「いや、安物ですし」
「素!?」

おのれ、ヴェストファーレンの仇!
神速を以て撃ち込んだ掌底が巨漢をふっ飛ばし、後ろに控えていた残り三人を巻き込んで沈めました。

221 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/03/22(木) 23:02:54.36 0
……はぁ、なーんか張り合いがないですねー。いや調子は上々なんですけどね。
こんな簡単に活躍できていいのかしらんとばかりに、どこか言い様のない不安定さがわたしの中で渦巻いています。

きっと、傍にいるべき人間がいないからでしょう。
副部長。あの陰険でタカビーで正直ろくな死に方しないなと思ってるわたしの敵。
彼女がいないと、わたしの人生はこんなにも順風満帆なのでしょうか。ほんとろくなもんじゃないですねあの人!
急激なダイエットによって以前の服が着られなくなるように、限界まで張り詰めた下着のゴムがゆるゆるになるように。
副部長による邪魔を前提に構築されたわたしの心構えにとり、現状はヌルすぎてむしろ勘が鈍ってしまいそうなのです。

ヴェストファーレンを喪ってしまったので、地に伏せるジャンキーから新たな得物を鹵獲します。
ちょうど手頃な長さのスラッパー(靴べら状の革棍棒)がありました。これを聖棍アプサラスと名付けましょう。
置き去りにしてきた陽動本隊が追いつき、嶋田陣営の迎撃部隊とぶつかり合います。
わたしはアプサラスを指揮棒のように振り、響いてくる剣戟に耳を傾けました。

副部長、聴こえますか?
わたしたちから貴女への、鎮魂歌(レクイエム)です――

「死んでないわよーーーっ!!」

あっ、陽動隊の方からなんか騒音が聞こえてきましたねー。
しかし声の主は今や冷たき土の下、きっとこれは幻聴でしょう。仇はとりますからね、副部長!
迎撃のジャンキー達を蹴散らし、なにやら副部長クリソツな生命体がばたばたと駆け寄ってきます。

「死んでっ!ないわよっ!」
「可哀想に……自分の死を認められないんですね……あとで塩撒いときますんでアーメンアーメン」
「一人称だからって横着してんじゃないわよ!生きてるから!普通に!」
「そんなっ!確かにトドメは刺したはずなのに何故っ!」
「悪役!?」

前言を撤回します。副部長は生きていたようです。
誠に遺憾ですが……しかし語り部たるもの、嘘はいけません。叙述トリックなんて高度な芸当はできませんし。

「! ――来るわ!」

どるるる、とお腹の底から響くような重低なエンジン音。
副部長に促された注意の先、前方から猛スピードで何かが迫って参りました。
後方二連の排気管から推察するに排気量四桁はかたい、巨大な二輪自動車。ヤンキー仕様の改造モンスターバイクです。
それが二台。おそらくジャンキーズの私物に嶋田陣営が資金援助したものでしょう。
その堅牢な金属ボディもさることながら、凶悪すぎる機動力は掠るだけでも自動車に跳ね飛ばされるような衝撃が想定されます。

「ど、どうします副部長……」

わたしは思わずとなりで剣を構える副部長に問いかけました。
副部長は切れ長の眼でこちらを見返し、すぐに視線を戻しました。

「どう、って?」

肩をすくめながらのその問いは、質問に質問で返すアホそのものの姿でしたが、不思議と口端が上がってしまいます。
バイクは強敵です。硬くて、速くて、喰らえば五体が満足でいられなくなるかもしれません。
わたしは戦いが好きじゃありません。でも痛いのは、もっと嫌いです。

「――順番と殺り方をどうします、ってことですよ……!!」

副部長と背中を合わせ、心臓に近いその熱と鼓動を同調させながら、わたしは問いを続けました。
背後でくすりと笑みの零れる声を聞いて、不思議と悪い気分にはなりませんでした。

「そうね、快気祝いってことで、獲物は譲ってもらおうかしら。
 さあ語り部さん、しっかり描写なさいよ――私達の、最高に格好良いところをね」

あ、ドヤ顔むかついたんでそろそろ視点をスタジオにお返しします!

222 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/03/22(木) 23:05:03.10 0
――――――――


……自由だなあ明円ちゃんは。
というわけでここからはこの僕、本家語り部の九條十兵衛が状況をお伝えするよっ!
前回までのあらすじ、ヤクザ二名に見つかりそうになって大ピンチの巻。

>「……落ち着けよ、九條。こういう時、どう言えばカッコいいのかを教えてやる。こう言うんだ」

ポエム野郎がドヤ顔で、小羽ちゃんの頭を掴んだ。身長差があるので大人と子供みたいな構図だ。
え、なにこの流れ……と思う間もなく、その銀狼の毛並みみたいに美しい髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。
なにしてんだこの野郎!僕にもやらせてねあとで!!

>「好都合だ……ってな」

「何が!?何が好都合なの!?」

女の子の髪の毛触るっていうのは結構心理的なハードル高いんだぞ!
髪の毛触る、頭を撫でる、この辺は※ただしイケメンに限るですら結構拒絶されるレベルのスキンシップだ。
スカートめくられるより髪触られる方が嫌だって女の子がわりと少なくないっていうのも有名な話だね!
よし!なら僕はスカートを捲るよ!髪触るよりマシならいいよね!?……っと。
崩された髪の毛で銀色貞子状態になった小羽ちゃんを、長志くんがヤクザの幻影を纏いながら連行していく……。

「止めてくれるな葉村ちゃん!あの男は!あの男だけはこの手で血祭りに上げてくれるわ……!!」
「落ち着け神谷!ここでお前が飛び出せば余計に話がややこしくなるっ!九條見てないで止めろーーーっ!」

もうなんか見たこともないような、視線で人を殺せそうな形相で飛び出さんとする神谷さん。
それを鎖で必死に引きとめようとする葉村さんが、僕に応援を要請する。
僕は小羽ちゃんと長志くんの一部始終を見届けたかったけれど、マジで神谷さん鎖を引きちぎりかねない暴走具合だ。
仕方ない、僕は懐から青いハンカチを取り出して、荒ぶる神谷さんの双眸が隠れるように頭に載せた。

「どーどー、ほら大丈夫、何も見えなくなりましたからねー、落ち着いてくださいー」
「ふーっ!ふーっ!ふーっ……」

拘束され、さらには視界を遮られた神谷さん。
次第に鼻息も静かになっていき、紅潮していた顔も穏やかな肌色に切り替わっていく。
うやはは、ナウシカってすげーな。これより凄まじい王蟲を相手にしてんだもんなあ。
王蟲とおんなじ方法で落ち着く神谷さんも神谷さんだけど。虫みてーな脳みそしてるなこの人。

「ん、おや、私は一体なにを……何故葉村ちゃんが私を鎖で縛り、九條が私の頭に布を被せているのだ?」
「お、覚えていないだと……!?」

葉村さんがあんぐり口を開けて驚いているけれど、僕らからしてみりゃもう慣れたもんだね。
傍から見れば新手のプレイかなんかにしか見えないけれど、状況が安定するまでしばらく縛られていてもらおう。

「はっ!思い出したぞ!おのれ長志、私の小羽になんてことをおおおおおおお……!」
「待った!ほらこの灯を見ていてください、ゆっくり瞬きして深呼吸。……そう、眠くなって来ましたねー」

ライターの灯を目の前にちらつかせ、暗示をかけると神谷さんはゆっくりと瞼を閉じた。かかりやすっ!
ああもう、いつ怒りが再燃するかわかったもんじゃない。焼けぼっくいみたいな人だなあ。

「どうにかしてくれ……本気になった神谷は、私の鎖でもそう長くは抑えられんぞ……」
「この人よくこの歳まで高校生やれてましたね……じゃあ前後の記憶を飛ばしておきましょうか」

僕は聞きかじりの簡易催眠術で、神谷さんに軽い健忘法(記憶を消す術式)をかけておいた。
これで当面は大丈夫。長志くんが小羽ちゃんの髪をグシャった記憶さえ消えれば、怒りの種もなくなることだろう。

「……あれぇ?みき、なんでここにいるの?おにいちゃん、だれ?」
「やべっ!記憶飛ばしすぎた!」

223 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/03/22(木) 23:06:51.04 0
ほんの軽く健忘術かけただけなのに、十年近く遡ってしまった。
いやいや、どんだけ単純な構造してんだよ神谷さんの頭! 恐ろしいのは、表情がさっきまでと全然変わってないってことだ。
顔つきというのは、精神の成熟具合に強く影響を受ける。十年間一切進歩しなかったのかこの人……。

「あー、ひほーちゃんだぁ!よかったぁ、しらない人ばっかだったら怖かったよぉ〜!」
「ぬわ、やめろ神谷、抱きつくな、はなせっ!」

葉村さんを見つけた途端、神谷さん(幼)の顔がパッと明るくなって飛びついた。
多分本人的には普通に抱きついたつもりなんだろうけど、体格は高校生のそれなのでなんか凄い濃厚な光景に……。

「二人は幼馴染だったんですか。しっかし、十年経ってるのによく一目で葉村さんだってわかり……あっ、」
「……………………なんだその眼は、九條」

僕は一瞬にして葉村さんのてっぺんから爪先までを精査した。
……なるほどこりゃ分かるわ。一目瞭然だわ。十年間一切成長しなかったんだねこの人……。

「ま、ま、大人しくなってなによりじゃないですか。ぶっちゃけ葉村さんと神谷さん、キャラ被ってましたし」

文章媒体だと口調の被りは深刻だ。誰が喋ってんのかわかんなくなっちゃうからね。
そういった意味では城戸くんが早々に消えてくれて僕ちゃん若干ホっとしているわけで……。
いやあ、小羽ちゃんが生徒会の会計君を連れてこなくて良かったよホント。

「だからってこんな安直なテコ入れがあるか――」

ドドン!と。
僕らがぎゃあぎゃあ騒いでいるうちに先へ行った小羽ちゃんと長志くんの方からものすごい衝突音がした。
銃声じゃない。ということは……ヤクザ二人の行く末に合唱。

「あーあー、見事にやっちゃって」

見に行くと、案の定ヤクザ達は壁に叩きつけられて伸びていた。うわぁ、こめかみ若干へこんでない?
気絶したヤクザの間に挟まれるようにして、長志くんが慄然と立ち尽くしていた。

>「……あの。私って、そんなに貧相っすかね?」

「小羽ちゃんに何言ったんだよきみ……」

僕は長志くんを半目で睨めつける。
まったく、貧相とはなんだ貧相とは。小羽ちゃんの体型はスレンダーって言うんだぞ。
まあ確かに、若干胸囲のトップとアンダーが近い間がしないでもないけれど、小羽ちゃんの魅力はそこじゃない!

「ひざから内腿にかけてのラインが最高だろ!僕は小羽ちゃんの膝小僧と結婚したいよ!」

もしもスパッツを履いてくれるなら僕は彼女のために世界だって救ってみせるだろう。
スパッツにはそれだけの力がある。これを読んでるきみもそう思うだろ!?

>「はっはっはっは。そうかそうか、小羽の体格で貧相か。そうかそうか。
  ……では、それ以下の人間はどう表現するんだろうなぁ?」

「おいしいビーフシチューが作れそうな寸胴鍋体型って言うんじゃないでsyぎゃばっ!?」

じゃらっ!と飛んできた一束の鎖が顔面におもいっきりぶち当たった。
いててて、ニシキヘビに襲われた気分だよまったく。

「だいじょーぶだよひほーちゃん!おとなになればきっと、ぼんきゅっぼんのグラマーびじょになれるよ!」
「おい誰か神谷を黙らせろ。というか九條、早く元に戻さんか!」

純真そのものといった眼で葉村ひほーちゃん(笑)のフォローをする神谷さん。
ちょっとした鉄火場を切り抜けたばかりの小羽ちゃんや長志くんは、彼女の変化に何を思うだろう。
そして小羽ちゃんにあれほど執着していた神谷さんはいま、小羽ちゃんを見てどんなリアクションをするのだろうか。

224 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/03/22(木) 23:09:11.81 0
「それにしても、もうちょっと加減ってものをだね……。ふたりとも気絶させてどうすんだよ!これじゃ尋問もできないぞ」

なにしろヤクザ二人は綺麗にのびていて、ちょっとばかし揺すった程度で起きる気配はない。
なんていうか、余程恐ろしい、痛い目にあって、自発的に意識を閉ざしたようだった。
あわよくば葉村さんの拷問……じゃなかった尋問スキルで、倒したヤクザから情報を聞き出そうと思っていたのだけど。

「とりあえず、武装は解除しておこうね」

僕はヤクザの身体を注意深く調べ、とくに罠の類は仕掛けられていない(戦場だと自決用の罠を予め仕込んで出撃することがあるのだ)
ということを確かめたあと、黒服を脱がせてポケットからポーチに至るまで全ての装備品を改めた。
仕事用とプライベートのケータイが二つずつ、手帳、ボールペン、輸入物のタバコ、ガス式のターボライター……そして。

「案の定……出てきたね」

本物の拳銃が、二つ。ヤクザの懐から出てきた。
つや消しの黒で塗られた、鉄板を張り合わせたような単純な外観の自動拳銃。
ヤクザ・マフィア御用達の"チャカ"、トカレフである。
実銃を握るのは初めてではないけれど、そのズシリとした重みに否が応にも冷や汗が出る。
人の命を奪うことに特化した、ガチの殺し道具を持った人間と、ついさっきまで相対していたという事実に震えが来る。

「長志くん、一つはきみが持っていてくれ。君のスキルなら、使い方を"想像"するぐらいわけないだろ?」

アウターを握って長志くんに差し出す一方で、僕もまた制服の内側にしまい込む。
ホルスターがなかったので、内胸ポケットに無理やりねじ込む形で保持することにした。
ちょうど心臓の真ん前に銃身が来るから、もしかしたら心臓への銃弾を弾くぐらいのことはしてくれるかもしれない。
銃は、僕と長志くんが持つべきだろう。使う使わないは別として、僕らには直接的な戦闘力が乏しい。
あ、長志くんは自己暗示で強くなれるんだっけか。まあどちらにせよ、手駒は多いにこしたことはないだろう。

「ただ、持つにしても威嚇に留めておいたほうがいいね。ヤクザが適切な整備をしているとも限らないし」

トカレフは単純な構造と頑丈な材質のお陰でそこまで神経質なメンテナンスを必要としないが、それでもオートマチック拳銃だ。
撃鉄を引いて落とせば弾が出るリボルバーと違い、どうしてもある程度の整備は続けなければならない。
日本の暴力団ではそこを勘違いする者が多くて、稼働不良のまま吊っているヤクザも少なくないという話を聞いたことがある。
欲を言えば一回ここでバラして掃除してから作動テストをして装備するのが望ましいが、んなことをやってる暇はなかった。

「さて……んっ、流石にロックがかかってるかこのケータイ。まあ、機密が入っているだろうから当然だろうね」

僕がいじっているのは、ヤクザから徴収したケータイのうち仕事用と思しき質素なスマートホン。
あわよくばと思って調べてみたけれど、やはりセキュリティのパスワードを要求された。
指紋認証にしないあたりが、このヤクザが生きてる世界の容赦のなさを実感させる。死体にも指紋はあるものな。

「参ったなあ、このスマホのロックさえ開けば、このヤクザビル攻略に有益な情報を掴めるだろうに」

これだけ複雑に入り組んだ雑居ビルだ、行動するのにマップは必須だろうし、そもそも司令を文面で残している可能性が高い。
メールやら何やらを隅々まで調べつくせば、どの階にどれだけの人員が配備されているかもわかるはずだ。

「ポエマー、いつまでもブルってないで知恵貸せよ。僕としては、きみの『ご想像にお任せ』したいところなんだけどね」

お手上げの僕は、匙の代わりにスマホを長志くんに向かって放った。


【倒したヤクザから拳銃と仕事用ケータイを入手。パスワードさえわかれば探索が格段に楽に】

225 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/03/28(水) 00:09:16.10 0
志恋也は想像力が豊かだ。
だから目の前で起こった惨劇に対して色々と、考えない方が幸せな事まで考えてしまう。
頭蓋骨が割れる痛み、痩身矮躯の少女が抱く激憤。
そして自分に訪れるであろう、眼前の地獄を更に凌ぐ制裁を。

恐怖で身動きを忘れた長志恋也へと、ヤクザ二人が砲弾顔負けの勢いで投げつけられた。
少なくとも百キロ超の質量の衝突に、彼は抗う術を持たない。
凄まじい痛みと衝撃が彼の肉体に深く刻み込まれる。

――けれども、こんなものはまだ序の口に過ぎない。
これから更に悍しく、一方的で、致命的な制裁が、獰猛な鰐の牙のごとく、この身に食い込むのだ。

肉の裂ける痛み、骨の砕ける音、自分自身の血の臭い。
凄惨な未来が恐ろしいリアリティと共に脳裏に浮かび上がる。

>「……あの。私って、そんなに貧相っすかね?」

しかし長志恋也の『想像』はあまりにもあっけなく裏切られる事となった。
小羽が彼に見せたのは悪鬼羅刹の形相ではなく、脆く儚げで、ひどく寂しそうな表情だった。
その表情を見て、彼はようやく気が付いた。
また「やってしまったのだ」と。

「……あぁ、クソ、違う。俺は……お前にそんな顔をさせたかった訳じゃないんだ」

後悔の重みにしな垂れる頭を右手で抱えながら、長志恋也は苦々しく呟く。
だが、続く言葉は出てこない。
今更何を言っても、言葉が歪んでしまう気がした。
そんなつもりじゃなかったと伝えようとすればするほど、
苦し紛れで、お慰みの、心ない言い訳にしかならないように思えた。

「そう、アレは……ただの演技だ。俺の本心じゃあ、ない」

それでも、だからと言って――それは口を噤んでしまう理由にはならない。
言葉が歪んでしまうとしても、正しく伝わらないとしても、黙り込んでしまったらそこで終わりだ。
長志恋也は今まで何度も繰り返してきた。傷つけては逃げて、壊してしまっては逃げてを。

「確かにお前は細身だが……むしろ今のご時世じゃ、もっぱら小さい方が優れていると言われるくらいだ。
 大は小を兼ねるなんて言葉は時代遅れなんだよ。刃物や宝石だってそうだろう。
 本当に良いものってのは鋭く研ぎ澄まして、磨き上げたものの事を言うんだ。
 そして総じて、その魅力は俗物なんかには理解出来ないもんだ。低俗なヤクザ共なら尚更だ」

長志恋也が長々と口走る。むしろ口が滑るといった方が正しいかもしれない。
彼はかつての過ちを繰り返すまいと必死だった。
が、そのせいでかえって新たな過ちを犯している事にはまるで気が付いていないようだった。

彼の長口上は小羽にしてみればどこかズレた褒め殺しか、
あるいは言われるまでもなく彼女が自覚している体型について、長々と傷を抉る刃か、

>「ひざから内腿にかけてのラインが最高だろ!僕は小羽ちゃんの膝小僧と結婚したいよ!」

もしくは――彼女を好むのは九條のような、どうしようもなくアレな連中だと言っているようなものなのだから。

「つまりだな、お前にはお前の魅力があるし、それを分かってくれる人間は絶対にいる。
 そのスパッツ馬鹿以外にも、必ずだ。だから、頼むから、そんな顔をしないで――」

なおも長志恋也が語りを続けようとしたところで、彼の横面を何かが鋭く殴りつけた。
九條を黙らせる為に葉村が振るった鎖が、彼の方にまで流れてきたのだ。
既にヤクザ二人の衝突を食らっていた彼は、その一撃で完全にトドメを刺されてしまったらしい。
ぐったりと壁にもたれかかって、それきり何かを喋ろうとする事はなくなった。

226 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/03/28(水) 00:09:34.98 0
>「長志くん、一つはきみが持っていてくれ。君のスキルなら、使い方を"想像"するぐらいわけないだろ?」

「あぁ……言っておくが俺は、コイツの腕前はちょっとしたもんだぞ」

九條がヤクザ達の身体検査をしている間、体力回復に努めていた長志恋也は、
声に僅かな嬉々の音色を含ませながら銃を受け取る。
厨二病患者の彼にとって、拳銃とはロマンの塊だ。
扱い方は想像するまでもなく頭に入っているし、上手く扱えるように練習も積んでいる。

「……と思ったが、これじゃ駄目だな。安全装置が付いてないんじゃ、ガンプレイは出来そうにない」

けれども銃を一瞥して、長志恋也は目を細めて呟いた。
ガンプレイとは、リボルバーのトリガーガードに指をかけて、くるくると回す遊びの事だ。
非常に残念な事に彼が言うところの腕前とは、「いかにカッコよく銃を振り回せるか」だったらしい。

>「さて……んっ、流石にロックがかかってるかこのケータイ。まあ、機密が入っているだろうから当然だろうね」
 「参ったなあ、このスマホのロックさえ開けば、このヤクザビル攻略に有益な情報を掴めるだろうに」
 「ポエマー、いつまでもブルってないで知恵貸せよ。僕としては、きみの『ご想像にお任せ』したいところなんだけどね」

「やれやれ……そういうのはお前の管轄じゃないのか?」

放り投げられたスマートフォンを受け取って、長志恋也は溜息を一つ零す。
四桁のパスワード入力画面、でたらめに入力して正解する確率は一万分の一だ。

「……まあ、少なくとも英字が使われていないだけマシか」

英字と数字の両方が使われている場合、パスワードの候補は膨大な数になる。
そうでなくとも、パターンロックというものが使われていた場合でも、候補は四十万通りだ。
幸いな事に、このスマートフォンはそのどちらでもない、至って普通な四桁の数字によるロックのようだ。

それでも、解錠が困難である事には変わりない。
スマートフォンはパスワードを十回間違えると中のデータが全削除されたり、一切の操作を受け付けなくなるのだ。
一万分の十、千分の一、運に任せて闇雲に挑むだけでは到底勝ち目のない数字だ。

だからこそ『想像する』のだ。
パスワードを、ではない。それを定めた人間の思考を。

「そうだな……お前達、この世で最も多く使われている四桁のパスワードは何か、知っているか?
 答えは『1234』だ。こいつは最も合理的で、かつどうしようもなく非合理的な数字だな」

パスワードとは見ず知らずの人間に大切な情報を盗み見られないようにする為のものだ。
つまりそれはとても重要な防衛線なのだが、同時に煩わしいものでもある。
落としさえしなければ、盗まれさえしなければ、パスワードなんてものは起動の際に、メールの際に、ついて回る余計な一手間に過ぎない。

加えて誰にも分からないようにとアトランダムな数字にして、自分が忘れてしまったら大事だ。
だからこその『1234』だ。忘れないように、入力しやすいように考えた場合、これに勝る数字はない。
同時に本来の目的、情報の秘匿という側面から見れば最低最悪の数字だが。


227 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/03/28(水) 00:09:52.35 0
「他によく使われるのは『0000』『2580』『0852』……この辺は入力しやすいから、だな。
 そして『1987』『1988』といった生まれ年、同じように誕生日の場合もあるな。
 一捻り加えて、自分の女の生年月日をパスワードにする奴もいるらしい」

頭の悪そうなヤクザ二人、安直なパスワードを設定している可能性は低くない。
そう考えていけば、一万通りの候補は瞬く間に厳選されていく。

ヤクザの持っていた手帳に候補となる数字を並べていく。
入力の簡単な安直な数字を。
財布の中にあった免許から生年月日を。
安直な数字すら入力するのが面倒だったのか、
ロックのかかっていなかったプライベートの携帯から連絡の頻繁な女性の生年月日を。
常用品であろう煙草やライターに記された数字を。

「……こんなもんか。さて、それじゃまぁ、この中に正解がある事を祈っててくれ」

候補の数字を入力していく。
液晶の保護シートに残った脂の跡から、より正解である可能性が高いと思われるものから順に。
一つ間違う度に、長志恋也の心臓が不穏に跳ねる。表情が険しくなっていく。
いくつ目かの数字を入力したところで―― 一つ目のスマートフォンが全ての操作を受け付けなくなった。

長志恋也が深く息を吐いて、九條にそれを投げ返す。

「最悪、バラして中のデータが抜き出せないか試しておいてくれ」

そう告げて、二つ目のスマートフォンを取った。
さっきと同じように候補を並べて、入力していく。
一つ二つと、間違いが募っていく。
そして三つ目の候補を入力したところで――場違いなほど軽やかなロック解除音が響いた。
長志恋也が思わずもう一度、今度は安堵の溜息を零した。

「なんとかなったな。すまんが俺は少し、目が疲れた。先に中身を検めといてくれ」

ロックの外れたスマートフォンを小羽達に差し出して、彼はその場に座り込んで壁に背を預けた。


【遅くなってすまん。どうも最近体調が整わなくてな。話を進めるのは丸投げさせてくれ】


228 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/04/03(火) 23:30:23.42 0
別段。小羽鰐は自身の体型にコンプレックスを抱いているという訳ではない。
自身の事を、性格も、容姿も、他人よりも優れているなどとも思っていない。
だから、普段であれば「貧相」などというありきたりな二文字の批評は
彼女の表情筋の一つすら動かす事はなかったであろう。

だがしかし。今は、今この戦いの間だけは。
その言葉は小羽の心に刺さる事となった。

小羽の脳裏に浮かぶのは、この戦いの意思を担う、未だ病室のベッドに横たわる一人の少年。
そして……彼の傍に控え彼の手を握る一人の少女。
恐らくは誰よりも美しく、可憐で、優美な少女。
かつて、小羽鰐の心を救った一人の少年を誰よりも幸せに出来ると、他ならぬ小羽鰐自身が認めた少女。

長志の言葉は、小羽にその少女と自身との違いを否応も無く思い起こさせた。
もし自分が「ああなれていた」ら隣に立てていたのではないか。
殺した思いを。捨てた想いを。まるで縫合した傷口が開く様に、蘇らせる。

……ただ、それでも。
その傷口に押しつぶされる程に、今の小羽は弱くはなかった。
自分一人の手で、その傷口を塞ぐ事が出来る。
だから「大丈夫」だと。傍らで煩悶する長志にそう言おうとし

>「……あぁ、クソ、違う。俺は……お前にそんな顔をさせたかった訳じゃないんだ」
>「そう、アレは……ただの演技だ。俺の本心じゃあ、ない」
>「確かにお前は細身だが……むしろ今のご時世じゃ、もっぱら小さい方が優れていると言われるくらいだ。
 大は小を兼ねるなんて言葉は時代遅れなんだよ。刃物や宝石だってそうだろう。
 本当に良いものってのは鋭く研ぎ澄まして、磨き上げたものの事を言うんだ。
 そして総じて、その魅力は俗物なんかには理解出来ないもんだ。低俗なヤクザ共なら尚更だ」
>「ひざから内腿にかけてのラインが最高だろ!僕は小羽ちゃんの膝小僧と結婚したいよ!」

「……」

けれども言うタイミングを逃して、やってきた仲間二人のコントじみたやり取りを見据える結果となった。
追いついてきた九條のいつも通りの彼らしい言動。いい意味でも悪い意味でも、自分に実直な言葉。
そして、普段は気取って二枚目を気取っている長志のしどろもどろな、模索するような真摯な慰め。
とても珍妙ではあるが、彼らに共通して言える事は――――彼らが小羽を、慰めようとしているという事だ。

「……っ」

それに気づいた瞬間、小羽は背中を丸め、俯きその背中を小さく震えさせる。
それはまるで、湧き上がる何かを堪えているように。そして、やがて……

「っ、は……あははははっ!!」

背中を丸め、腹に手を当て、小羽が笑った。
仲間達は驚いた様子で小羽を見ているが、それも気にならない。
小羽には、何故だかもう、先程の二人のやりとりがおかしくて仕方なかった。
おかしくて――――とても、心地よかった。胸の奥が暖かくなる様な感覚だった。
多分、九條や長志にとっても小羽の普通の笑みは初めて見るものであろう。

それだけ、小羽にとって嬉しかったという事だ。
自分の傷を心配してくれる仲間が、こんなにもいるという事が。

やがて、笑った事で少し紅潮した頬を隠すように、小羽は彼らに背を向け、まだ少し笑みの残滓のある言葉を向ける。

「……長志さん、私はべつに気にしてないっすよ。九條さんも、フォローありがとうっす。
 ただ、二人ともこれから暫くの間、部活で茶菓子は出さないっすから覚悟するっす」

幕間。といえばいいのだろうか。だが、このやりとりは少なくとも小羽にとって精神面で大きな安らぎとなった。
願わば、この幕間が幸福な結末へ繋がる橋とならん事を。

229 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/04/03(火) 23:31:33.52 0
さて、気絶したヤクザ達の持ち物を九條が物色した結果、中々に面白い物が出てきた。
一つは、トカレフ……つまり拳銃だ。
正真正銘の、人を殺す事だけを目的として作られた、殺人道具である。
九條と長志はさほど感慨を抱いていないようであったが、小羽と葉村に関してはそうもいかなかった
小羽に関しては、人食い鰐であった時に。葉村に関しては、不良グループを制圧した時に。
それぞれこの武器を経験した事があるからだ。
はっきりといえば、九條にせよ長志にせよ、これは絶対に持たせたくない。小羽はそう思っていた。
銃というのは、持つだけで人を強くする。
だからこそ、何かあった時に手元にそれがあれば、人はそれを使ってしまうのだ。
守るため、倒す為、欲望を満たすため。
そんな事の為に、引き金を引いてしまうのである。それが殺人の道具だという事も忘れて。
小羽は、チラリと葉村を見やり、恐らくは同意見なのであろう葉村と頷きあって

「ひほーちゃん!わたしだけなかまはずれなんてずるい!
 そこの、めつきのわるいおんなのこ!ひほーちゃんとなかよくしたいなら、わたしをたおしてからにしなさいっ!」

何故か間に割り込み、えっへんと豊満な胸を張った神谷に妨害された。

「……この短期間に神谷さんになにがあったっすか?少し幼くなってる気がするっすけど」
「聞いてくれるな、頭が痛い……というか、少しじゃなくて幼児期まで戻ってるんだぞ。これでも」

そうこうしている内にトカレフに関しては、使い方が判らないから保留にするという事に相成ったらしい。
結局、学生は学生。ガンマニアでもない限り、拳銃の使い方を理解していろという方が無理だろう。
さてそうなってくると気になるのはもう一つの『面白いもの』である

>「さて……んっ、流石にロックがかかってるかこのケータイ。まあ、機密が入っているだろうから当然だろうね」

それは、携帯電話だった。この建物を支配する嶋田。
その手ごまであるヤクザの持つそれとなれば、中身を閲覧出来た時の有用性は極めて高いだろう。
であるならば、それを知るための関門たる暗証番号を突破する為に必要なのは、
N2DM部でもっともこの手の事を得意とする男。長志である訳で。

>「なんとかなったな。すまんが俺は少し、目が疲れた。先に中身を検めといてくれ」

結果。二台は潰したが、三台目にして暗証番号は突破された。
その手腕は、流石……というべきだろう。
この手の事は不得手で、手を出せずにいた小羽と葉村と神谷は、ほぅと驚嘆の声を上げる事しか出来なかった。
目が疲れたと休憩に入った長志から携帯電話を受け取った小羽は、全員に見えるようにして
その携帯電話の中身を閲覧していく

『ビル内地図』

は、直ぐに出てきた。それは以外にも高性能なもので、現在地を知る機能まで付いている高性能なものであった。
小羽達にとっては、欲して止まないそれが得られたのは大きな収穫だった。
更に、驚嘆すべき事にそこには嶋田の現在居る部屋までもが記載されていた事だ。
倒れたヤクザが几帳面だったのか、物覚えが悪かったのかのどちらかなのだろうが、
どこにいるかさえ掴めなかった嶋田の尻尾を掴めたのは大きい。小羽も、思わず心臓が高鳴った。

が。だが。

世の中の幸福と不幸は±0になるとは、誰が言ったのだろうか。
その言葉を体現するかの如く……喜ばしくない情報も、その携帯には記載されていた。
それは、メールの受信ボックスに届いた最新のメール。

230 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/04/03(火) 23:32:36.07 0



 差出人:若頭

 件名:神地です^^

 本文:『どうやら僕らの家の屋上から、何匹か『蜜蜂』が入り込んだみたいだよ。
    珍介パパが気づく前に僕らで退治しちゃうから、僕の部下は○階に集まって!』



「っ……!?皆さん、屋上からの潜入がバレたっす!!
 ヤクザの集団を呼び寄せてるみたいっすから、囲まれる前に急いでに嶋田の部屋に向かうっす!!」

小羽がそう伝えると同時に、遠くから階段を駆け上がってくる様な複数の音が聞こえた



【若頭:神地が屋上からの侵入を察知。嶋田が気づく前に処分しようとヤクザの集団を呼び寄せる】

【ほ、本当に遅くなったっす。毎回遅くなって九條さんと長志さんには申し訳ないっす】

231 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/04/08(日) 21:49:14.68 0
【五日ルール守れないかも。ごめんねちょっと待っててね!】

232 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/04/10(火) 22:22:36.00 0
>「やれやれ……そういうのはお前の管轄じゃないのか?」

ポエマー野郎はこんなときにポエムの一つも吐かず、代わりにため息を落とした。
うわめっちゃむかつくぅ!ラノベの無気力系主人公気取りか!
でもそーなると僕のポジションはお調子者で女好きで情報通の悪友かな。やべっ、そのまんまじゃん。
驚愕の事実に愕然としているうちに、長志くんはさらさらと手帳に四桁の数字を並べていく……。

>「……こんなもんか。さて、それじゃまぁ、この中に正解がある事を祈っててくれ」

どうやら手帳の見開き一杯に記されたそれが、このスマフォの暗証番号の候補らしい。
チャンスは一台につき十回。つまりは二十通りの試行の中で、答えを推理し演繹していかねばならない。
このスマフォのパスワードが数字に限られていたのは本当に僥倖だ。
最近のセキュリティは、英数字だけでなくタッチスクリーンをなぞるパターンなんかもキーワードにできるようだから。

>「最悪、バラして中のデータが抜き出せないか試しておいてくれ」

一台目のチャンスを使い切り、沈黙したスマホを投げ返された。
最寄りのドコモショップかサービスセンターに電話してください……との文言だけが薄暗く輝いている。

「今この場でかい?……ちょっと厳しいかなあ、ヘリに積んである専用の工具とアプリケーションが必要だ」

しかしヘリの停めてある屋上は絶賛キャットファイトの修羅場中(片方♂)。
刃閃散り血風乱れ飛ぶ鉄火場に再度飛び込む勇気は僕にはない。ぶっ壊れるの覚悟で、中身割ってみようかなあ……。
と思案する僕の傍で二台目のスマホをいじり続けていた長志くんが、額にびっしり汗を浮かべて何かをやり遂げた顔をした。

「や、やったか……!?」
「洒落にならない失敗フラグ立てるのやめましょうよ、葉村さん!」

しかしながらこれは現実、漫画のようにフラグの回収があるはずもなく。
長志くんが投げ寄越したスマホの画面には、見事操作待機の待ち受けが表示されていた!

>「なんとかなったな。すまんが俺は少し、目が疲れた。先に中身を検めといてくれ」

「うおおおおおスゲー!ぼかぁ生まれて始めてきみのこと見直したよ!」

この野郎、本気出したら活躍できちゃうラノベの主人公気取りかっ!
でもこれはマジですごい。物凄く真っ当な『すごい』だ。人越の力ではなく――彼の死に物狂いの努力の賜だ。
お疲れさん、と僕は心の中でこっそり唱えて、小羽ちゃんと共にスマホの中身を検めた。

「ビル内地図、警備配置、現在地とフロア構造――島田の居場所。すげえ、欲しい情報がなんでも揃ってら」

快哉を叫ばずにはいられなかった。
本来なら細心の注意と膨大な時間と気の遠くなるような手間をかけて集めるべき情報が、全て手中にあるのだ。
僕達が、持てる限りの技術を尽くして手に入れた、金一等の宝の地図だった。

で、まあ、もちろんフラグで。
気まぐれな運命とかいうアホが、ほんの気散じでこいつを回収しやがったばっかりに、僕らはとんでもない憂き目を見ることになった。

>『どうやら僕らの家の屋上から、何匹か『蜜蜂』が入り込んだみたいだよ。
 珍介パパが気づく前に僕らで退治しちゃうから、僕の部下は○階に集まって!』

着信を伝えるバイブレーションに、スマホを取り落としそうになる。
躊躇なく開いてみれば、見なけりゃ良かった僕たち終了のお知らせが、むかつく顔文字と共に赫々と煌めいていた。

>「っ……!?皆さん、屋上からの潜入がバレたっす!!
 ヤクザの集団を呼び寄せてるみたいっすから、囲まれる前に急いでに嶋田の部屋に向かうっす!!」

「え、うそ、んな馬鹿な、なんで!?」

233 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/04/10(火) 22:23:17.53 0
城戸くんが負けた……というのは考えづらい。何故なら山崎さんが僕たちを確殺しに来ていないからだ。
では最初に彼女と遭遇した時点で既に島田で報告が行っていた……?いや、メールの文面的にそれはない。
そもそも、山崎さんの襲撃を受けてから既に十分近くが経過している。今更迎撃命令が出るのは不自然だ。

「ろうかをばたばた走ってくる音が聞こえるよぉ、いけないんだー!ちょっと注意してくるね!」
「まて神谷!……くっ、そういえばこいつはこの頃学級委員だったな……!!」

足音を聞くなりだっと駈け出した神谷さんを、葉村さんが鎖で再び引き止める。
しかし無邪気な脳みそがリミッターを解除しているのか、通常モードの神谷さんよりも馬力が高まっているようで。

「このままじゃ持たないっ……!はやく、撤退の道をつけろ……!!」

鎖をミシミシ言わせつつ、少しずつ神谷さんに引き摺られ始める羽村さん。
鎖がぐいぐい食い込んでるのに、「?」って顔だけで一切顧みない神谷さんはもうなんか色々と始まりすぎ。
しかし、こんなときに言うのもなんだけど、鎖によって制服の胸のあたりを縦断するように食い込んでいるから、
かえって神谷さんの双峰が際立って見えるなあ。これが俗にいうパイスラッシュって奴だろうか……うむうむ――

「九條、今考えていることを口に出してみろ」
「『――でもまあ、スパッツを履いてない女子に興味はないけどね』……って、何言わせるんですかこんなときに!?」
「……この戦いが終わったら必ずお前の息の根を止めるからな」
「死亡フラグ!?」

そうこうしている間に足音はどんどん近づいてくる。
メールを見るに、敵は何故か僕らのいるフロアを特定してる……階段やエレベーターは抑えられているに違いない。
幸い部屋までは割れていないようなので、今のうちに逃げ出せばギリギリヘリのところには戻れるはずだ。

「……でも、それじゃ溜飲、くだらないよな」

僕らは風雲嶋田城に見学をしに来たわけじゃない。
最近すっかり影の薄い嶋田の野郎を再登場させ、今度こそあの不出来なアゴをぶん殴りに来たんだ。
ここで逃げるという選択肢はノー。三択恋愛じゃ辿りつけないグッドエンドへの道筋を、確かに見出すための、いま。

「僕らは現在嶋田の配下から虱潰しに探されている。連中は下から登ってくるわけだから、下へ降りる階段はアウト……使えない。
 そして目的地たる嶋田の部屋は――ここより下の階にある。つまり、現状僕らには退路しかありえないってわけだ」

エレベーターは言わずもがな、階段すらも敵の手中。
コンクリートジャングルの中にあって高層ビルの上階はまさに陸の孤島、既に状況は立ち往生の様相を呈していた。

「敵のドヤ顔が浮かぶようだぜ……階段さえ守り続けていれば、嶋田の部屋にはネズミ一匹入れないんだからさ。
 僕らが一転攻勢に出て、正面突破を狙っても、防御の要衝である階段の守りは厚かろう。狭い屋内戦じゃ、どうしても犠牲が出る。
 敵もそれがわかっているから、半端な陽動で階段を手薄にすることも無理だろうね」

誰かが肉の壁にでもなって、ヤクザの銃撃と斬撃を一身に受ける覚悟があるならば、正面突破も可能かもしれない。
しかし、いまさらそんな手段を好とする僕らではなかった。一人も犠牲にせずに、全員で嶋田を倒すんだ。

「――まずはその虚をぶち抜こう。
 高層ビルの上階から下階へ移動する手段って、なにも階段やエレベーターだけじゃないよな」

僕はスマホの『ビル内地図』の、嶋田の部屋とマーカーを打たれた区画を指さした。
そこは市内を一望できる――そして丘の上に建つ学園を俯瞰できる場所。南向きに大きく窓の開いた部屋。
嶋田はここから、自分が『先生』を捨ててきた学園を眺めているのだ。(>>193参照)
そしていま、僕らの追い詰められたこの部屋にも窓がある。南向きの、中型採光窓。

「頑丈なロープかワイヤーを探してくれ。この部屋からビルの外壁を伝って、嶋田の部屋にカチコミかけるぞ!」

如何に頑丈な高層ビル用のガラスだとしても、高校生5人分の体重を使ったワイヤーキックなら破れるはずだ。
きっとおしっこちびるぐらい怖い思いをするだろうけど、取り戻すべき矜持はお漏らしを凌駕する!
問題はその五人分の体重を吊れるほどの頑丈なワイヤーがどこにあるかだ。

234 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/04/10(火) 22:23:37.20 0
「葉村さん、その鎖は?」
「馬鹿言え、五人も吊れるか」

ですよねー。すげなく拒絶された僕は、記憶に意識を巡らせていく。
確か……これだけの規模の建造物なら、消防法で各階に消火栓の設置が義務付けられていたはず。
廊下に設置されている消火栓のホースなら、長さも、強度も申し分ない!

「ちょっと待っててね、廊下からホースを持ってくる!」

まだ外の足音はこちらに来ていない。僕は音がしないよう慎重にドアノブを回し、上等な木材の扉をゆっくりと開けて――
――ドアの外の人間と目が合った。

「っひいいいい!?」

気配もなく静かにそこに佇んでいたのは、三十代半ばといったところの男が一人。
一目カタギじゃないとわかった。何故ならば、頭が蛍光灯すら何倍にも照り返す凄まじい濃さの黄色だったからだ。
そしてもうひとつご認識。こいつ全然静かじゃねえ。さっきからずっと、同じフレーズの鼻唄を繰り返している。

「ンッンー ブーン ブンシャカ ブブンブーン 蜜蜂はっけーん、ガンバンべ ♪」

……歌詞、あるんだ!?
恐ろしいのは、もうずっとうるさいぐらいに鼻唄を奏でているのに、ふっと気を抜くとその存在を忘れてしまう。
鼻唄もサビを繰り返していることだけは漠然と分かるのだけど、ワンフレーズ終わるともうそのメロディを忘れてしまいそうだ。
これは、最初のインパクトのあまりの強さに、その後の行動が背景に紛れてしまう――天性の『一発屋』。

「……な、なんで僕らが居るのがこの部屋だと?」
「ズェッテー聞かれると思った。 答えはぁーそのスマホ、入力ミスると自動的に現在地が送信される仕組みっでぇーす」

くそぅ、やっぱり破壊しときゃ良かった!
欲こいて、後日ロック解除して買取王国にもってけばいい値段で下取りしてもらえるかもとか考えるんじゃなかった!!
(多分)神地さんは、予告通りフナムシのように逃げ惑う僕を一顧だにせず、他の4人を一重の双眸で貫く。

「父ちゃんが言った 仲間はずっと宝だから 誰かがテンパりゃ助けに行くぜ 草食系とかマジ勘弁 ♪」

出来の悪いヒップホップのリズムに合わせて振られた両袖から、ひとつずつ光る何かがすべり落ちて両手に収まった。
それは、見るからに法令に抵触しそうな色をした液体が充填された、『注射器』だった。
プッシュ・ダガーを持つように握りこまれた注射器の、先端で本物の針が光る。

「純度ヒャクパーのヘキサゴン……『一発』イくか?ハマるぜこいつは――さぁ、踊れよ『蜜蜂』」

言うやいなや、ビルを揺るがす踏み込みと共に、正拳突きのフォームで振り出された注射器が、長志くんの顔面に迫る!


【嶋田ルームへの突入方法を提案するも、直前で神地に遭遇。 遅れてごめん!】

235 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/04/18(水) 02:39:58.71 0
>「うおおおおおスゲー!ぼかぁ生まれて始めてきみのこと見直したよ!」

「よせよ、俺は褒められる事に慣れてないんだ。そういうのはスパッツを履いた女子の為だけに取っておくんだな」

右手を無造作に振って顔を逸らす――ぶっきらぼうを装った照れ隠し。

>「ビル内地図、警備配置、現在地とフロア構造――島田の居場所。すげえ、欲しい情報がなんでも揃ってら」

携帯を覗き込んで喜色を浮かべる仲間達――長志恋也が密かに笑みを浮かべる。
今まで傷つけ、裏切る事しかしてこなかった自分が、彼らにそんな表情をさせられた。
その事が、とても嬉しかった。

けれども不意に彼らの顔色が一変して切迫の色に。
すぐさま浮かび上がる『想像』――何かよからぬ事があった。

>「っ……!?皆さん、屋上からの潜入がバレたっす!!
 ヤクザの集団を呼び寄せてるみたいっすから、囲まれる前に急いでに嶋田の部屋に向かうっす!!」
>「え、うそ、んな馬鹿な、なんで!?」

小羽鰐の叫び――『想像』の答え合わせ。

>「ろうかをばたばた走ってくる音が聞こえるよぉ、いけないんだー!ちょっと注意してくるね!」
>「まて神谷!……くっ、そういえばこいつはこの頃学級委員だったな……!!」

炎のように急激に膨れ上がる焦燥、騒乱――その中で九條が思考を言葉に変えて紡ぐ。
撤退も犠牲を伴う強行突破もしたくない――残る道はビルの外側のみ。

>「頑丈なロープかワイヤーを探してくれ。この部屋からビルの外壁を伝って、嶋田の部屋にカチコミかけるぞ!」
>「ちょっと待っててね、廊下からホースを持ってくる!」

九條が迅速に行動を開始――だが、既に一手遅い。

>「ンッンー ブーン ブンシャカ ブブンブーン 蜜蜂はっけーん、ガンバンべ ♪」

ドアを開けた先には既に金髪の男が立っていた――らしい。

「……どうした、九條。まさかとは思うが……そこに『誰かいる』のか?」

長志恋也――目を限りなく研ぎ澄まし、ドアの外を睨む。
今まで何度も醜態を晒してきた事ではあるが、長志恋也はその特異点故に、
小羽の発する獰猛な気配などにも強く影響を受けてしまう。
そのため今、彼は――ドアの前にいる筈の男が見えていなかった。
ただぼんやりと、黄色い残影が視界に残っているばかりで。

236 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/04/18(水) 02:40:19.65 0
>「……な、なんで僕らが居るのがこの部屋だと?」
>「ズェッテー聞かれると思った。 答えはぁーそのスマホ、入力ミスると自動的に現在地が送信される仕組みっでぇーす」

「おい九條、小羽でも誰でもいい。そこに誰かいるんだな?そいつは今どこにいる?俺には……何も見えん!」

緊迫した声――男の接近がまるで見えていない。

>「父ちゃんが言った 仲間はずっと宝だから 誰かがテンパりゃ助けに行くぜ 草食系とかマジ勘弁 ♪」

男の袖から滑り落ちる注射器――その異物を起点に初めて男の姿が見えた。

「純度ヒャクパーのヘキサゴン……『一発』イくか?ハマるぜこいつは――さぁ、踊れよ『蜜蜂』」

だがそれも一瞬――見えたのは打撃の初動と、迫る注射針だけ。
『想像力』を使えば使うほど、男の姿は見えなくなる。
それでも半ばヤケクソに、ほんの一瞬見えた残像に向かって右手を伸ばした。
そして――注射針が長志恋也の体に突き刺さる。
当たり前だ。相手は曲がりなりにもヤクザ――闇雲に繰り出した打撃が当たる訳がない。

「……俺は昔から、一つ疑問に思っていた事があってな」

だから、

「漫画にありがちな注射器を武器にしているキャラクターってのは、
 針が血管以外の部位に突き刺さったらどうするつもりなんだろうってな」

長志恋也は唯一目に焼き付いていた、自分の顔面めがけて襲い来る注射針に右手を突き出した。
注射針の先端が自分の手のひらを貫通して、麻薬を体内に注ぎ込まれないように。

「さて……折角の機会だ、前例に倣って俺も言わせてもらおうか」

痛烈な痛みが、金髪男がそこにいると告げている。

「ここは俺に任せて、先に行け……ってな」

長志恋也は咄嗟にその腕を、空いていた左手で掴んだ。

「頼むぜお前達。ホースを回収して、さっさとここへ帰って来てくれ。
 残念な事に俺は主人公とは程遠い人間だからな。ヤクザ相手にそう長くは持たんぞ。
 そう、それこそTRPGなら1ターンで叩きのめされるくらいだろうな」

金髪男が少し力を込めて突き飛ばせば、長志恋也は容易く拘束を解いてしまうだろう。
今更不意を突く事も叶わず、そこにはどう足掻いてもひっくり返せない力量差があった。

「そら、行け。言っておくがな、俺は『どうしても出る犠牲』とやらになるつもりは更々ないぞ。
 俺は……そう、信じてるのさ。お前達なら俺がやられちまう前に、仕事を済ませて帰って来てくれるってな」

だが、長志恋也は発想を逆転する。
本来ならば決して敵わない相手を、この状況ならば自分一人で無力化出来るのだ、と。

【余命1ターン。遅れちまった、何度もすまん】


237 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/04/21(土) 22:48:22.95 0


「ここまで来て……!やっと、嶋田を射程に捕えたっていうのに!!」

焦燥。階段へと敵が進出した事で、作戦の難易度は跳ね上がってしまった。
下りの階段を塞がれるという事は、進路を全て塞がれたに等しいのである。
元々気付かれていない事が前提の電撃作戦である為に、作戦の替えが効かない。
つまり、もはや小羽達に取れる方針は、撤退か無茶を承知の上の進軍しかなくなってしまった。
……少なくとも小羽は、そう思っていた。けれども

>「頑丈なロープかワイヤーを探してくれ。この部屋からビルの外壁を伝って、嶋田の部屋にカチコミかけるぞ!」
>「ちょっと待っててね、廊下からホースを持ってくる!」

「その手が……確か、脱出用のホースは少し前の曲がり角にあった筈っす!」

この場に居るのは、小羽一人ではない。
ここには、N2DM部が部員。潜入行為に関してはエキスパートである少年がいた。
彼の立案。奇手によって、かろうじではあるものの、道は繋がる事となる。

(後は、時間との勝負っす……相手も私達の場所までは把握してない筈っすから、
 多分間に合うと思うっすけど……)

大丈夫。時間はある。
そう繰り返す事で加熱しそうな自身の思考を冷却しつつ、
小羽は九條の背中を追うようにして駆け出し――――

>「ンッンー ブーン ブンシャカ ブブンブーン 蜜蜂はっけーん、ガンバンべ ♪」

「……っ!!?」

突如として聞こえてきた声が、小羽のそんな淡い自己暗示を容易く打ち砕いた。
小羽達は確かに嶋田を補足した。だが、敵も違い無くこちらを補足していたのだ。
大きく後ろに跳躍しながらその声の方へと振り向けば――――

蛍光色の様な奇抜過ぎる黄色の髪をした男。
第一印象が全てであるかの様な男が、不快な響きの歌を紡いでいた。

>「ズェッテー聞かれると思った。 答えはぁーそのスマホ、入力ミスると自動的に現在地が送信される仕組みっでぇーす」

男は……男は、恐らくは壁狭組の幹部なのだろう。
小羽達を補足した手段を自慢げに語るその姿と、先程のメールの文面から垣間見える性格が酷似している。

(っ……携帯一つにどれだけ用心深いっすか……!)

思わず舌打ちする小羽。それは、嶋田が自己保身へとかける情熱を見誤っていた自身への憤りか。
一瞬下へと向けた視線を再び上げ、黄色髪の男――神路を睨みつけようとして

「えっ?」


238 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/04/21(土) 22:50:45.90 0
間違いなく、小羽が視線を下に向けたのは一瞬だった。一秒にすら満たない時間であったのだ。
その一秒に満たない間で……神路は『消えて』いた。
高速で移動でもしたのかと慌てて周囲を見渡すが、やはり姿は無い。
印象の薄い雑音の様な鼻歌は聞こえているというのに、確かに居る筈であるのに、
小羽の目にはもはや神路は映っていなかった。

>「おい九條、小羽でも誰でもいい。そこに誰かいるんだな?そいつは今どこにいる?俺には……何も見えん!」

「……私にも判らないっす!確かにいる筈なのに、気配はあるのに……いきなり、認識出来なくなったっす!!」

「同上だ!警戒しろ!私にもあの鳥の巣頭が見えなくなった!!」
「? わたしたちいがいに誰かいるの?」

それは、小羽だけではない。
葉村と神谷、そして長志も同じく、神路を認識出来なくなってしまっていた。
この異常事態――その原因は、小羽を筆頭とした少女達が強すぎた事にある。
長志が小羽の気配によって神路の姿が認識できなくなってしまったのとは逆に、
小羽達は、強すぎる自分自身の『気配』、及び気配を感知する技能によって、
神路の姿を認識出来なくなってしまったのだ。

だから、注射器という異物を基点にようやく神路を認識出来た時には既に遅く

>「純度ヒャクパーのヘキサゴン……『一発』イくか?ハマるぜこいつは――さぁ、踊れよ『蜜蜂』」

「長志さんっ!?」

逼迫した声を上げる小羽。気付いた時には既に、神路が手に持つ注射器の針は、
蜜蜂の針の様に長志の手へと突き刺さっていた。
麻薬というのは毒物である。一度体内を循環してしまえば、それだけで人間としての致命傷と化す。
ダメか――――絶望感が小羽の身体を支配し

>「漫画にありがちな注射器を武器にしているキャラクターってのは、
>針が血管以外の部位に突き刺さったらどうするつもりなんだろうってな」

けれども、それは杞憂であった。
長志という少年は、想像力というものに関して他の追随を許さない。
彼ならば、一瞬でも向かい来る注射針の姿を見れば、それの軌道を想像する事が出来る筈なのだ。
そして、最悪の事態を避ける方法も想像できる筈なのである。

現に、注射針はとっさに出したのであろう長志の掌を貫通し、
その内部の液を注ぎ込むことは叶わなかったのであるから。

>「そら、行け。言っておくがな、俺は『どうしても出る犠牲』とやらになるつもりは更々ないぞ。
>俺は……そう、信じてるのさ。お前達なら俺がやられちまう前に、仕事を済ませて帰って来てくれるってな」

「分かったっす……けど……っ」

不適な表情を浮かべながらホースを探索する様に言う長志に、小羽は切羽詰った返事をする。
とにかく、現状は長志が神路を押さえつけている間に、下降用のホースを確保しなくてはならないのだ

(けど……多分、ホースを確保するまでの間、長志さんはもたないっす。どうすれば――)

そう、恐らく長志はホースを確保する頃には無事ではないだろう。
例えどれだけクズであろうと、神路は腕力で長志に勝る大人の男だ。しかも、奇妙な「性質」を保有している。
だが、かといって長志を援護しホースの確保を後回しにすれば、今度はその間にやってくるであろう敵の増援を
全て相手どらなければならなくなる。結果として、今度は全員が危険な状態になってしまう。
どちらを取るか。そのジレンマにより歩む足が止まってしまいそうになったその時

239 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/04/21(土) 22:52:46.86 0


「九條!私と神谷を指揮しろ!!恐らく、お前は相手の事が『見えている』のだろう!?」


空間に響いたのは、風紀委員長である葉村の声。
その声を聞いた小羽の表情に驚愕が浮かぶ。

(確かに……九條さんは、さっきまで私が認識してない『何か』の動きを目で追ってたっす。
 理由は分からないっすけど、九條さんだけは黄色頭の動向を把握出来ている可能性がある……それなら!)

小羽には、九條が神路の姿を本当に認識しているのかどうかは判らない。
ひょっとしたら見えていない可能性は十分にある。故に、この判断は賭けであるといえよう。
だが、それでも……

「九條さん、ホースの確保は私に任せるっす――――そして、勝手に九條さんを信じさせて貰うっすよ!!」

小羽は九條を信じる。
理屈ではなく「こいつなら出来る」という直感による部分が大きい決断だった。


麻薬を使う不可視の敵を安全に相手取るには、この場の全員で対峙する必要があった。
だが、もし敵を目視できる人間が一人いれば――――少なくとも、一人分の余裕が出来る。
つまり、ホースの回収に人員を裂けるのだ。

小羽は一直線に消防設備へと駆けていく。


240 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/04/26(木) 00:21:43.52 0
いつもいつも、他人の顔色ばかり窺って生きてきた。
なーんてことはこれっぽっちもないんだけれど、さりとて他人の目を一切気にせず生きていけるほど図太い神経は持っちゃいない。
人並みに。分相応に。社会生活を営むにおいて余計な難を背負い込まない程度には、僕は他人を見て生きている。
常に視野は広く。物事を大局的に見ることが、人生を充実させるコツだ。
例えば視界の隅っこで、風にめくれた女の子のスカートの中を見逃さなかったりね。


>「九條!私と神谷を指揮しろ!!恐らく、お前は相手の事が『見えている』のだろう!?」

僕には神地さんが見えていた。
そして小羽ちゃんや、長志くんやその他大勢が、一様に彼の姿を見失った理由も大概予想がついていた。
推察される神地さんの個性は『一発屋』……最初のインパクトだけが凄くて、すぐに忘れ去られてしまう閃光のような性質。
長志くんはその感受性故に、そして小羽ちゃん以下三名はその戦闘嗅覚の鋭さのために、影響をモロに受けてしまったんだろう。

だけど僕には見えていた。
僕はポエマーじゃあないし、人越者でもないからだ。
そして営業である僕には、顧客と末永くお付き合いするための『人間観察』のスキルがデフォルトで備わっていた。
たぶん、部長がここに居ても神地さんを見失うことはなかったろう。
皮肉なことに、神地さんと真っ当に戦える手段を有する者は、戦う手段をそもそも持たない僕だけだった。

>「九條さん、ホースの確保は私に任せるっす――――そして、勝手に九條さんを信じさせて貰うっすよ!!」

小羽ちゃんは消火栓のホースを取りに、部屋から出んと背を向けた。
勝手に信じて、託していってしまった。

「まったく、責任重大だなあ……」

正直僕に戦闘を任されても荷が重いし、信じられても応えられるとは思えない。
見えなくてもそこには確かにいるのだから、それこそ全員で全力で叩き潰してとっとと次に進むべきだとも思う。

……だけど、悪い気はしねえな。
ていうか最高だ。女の子に頼りにされて、テンション上がらないわけがないよな……!

「行かせるかっつうの」

長志くんの体を張ったファインプレイで拘束されていた神地さんが、長志くんの腹に蹴りを入れてこかし、自由を得る。
掌を貫通していた注射器は放棄し、袖から新たな注射器を一本取り出して、小羽ちゃんの背中へ向けて投擲の構え――

「葉村さん、十時方向、8メートル!」
「心得た!」

オーバースローで投げ放たれた注射器は、放物線を描く途中で、ギロチンのように打ち下ろされた鎖に砕かれた。
破砕の快音が響き、床に麻薬の薬液が零れる水音。神地さんから漏れた舌打ちに、迎撃の成功を知った。
小羽ちゃんは無事に廊下へ出れたようだ。

「おおっ、本当に『何もないところから注射器の破片が現れた』……っ!?」
「この調子でどんどん行きますよ! 次、二時方向に左右から挟撃の鎖を!」

葉村さんが鎖を手繰り、今度は神地さん本体へ向けて二本の鎖を左右から打ち込む!
一本目を避けても二本目で仕留める二段構えの挟撃だ、これで勝つる――!

「! 手応えがないぞ、九條!」

なくて当然、神地さんは左右から迫る鎖の挟撃を、伏せることで躱していた。
追撃の袈裟斬りも、下からかち上げるような軌道の一撃も、尽くを回避された。
馬鹿な、人越者の得物が何故こうも当たらない……!?

「『スイカ割り』みたいで楽しそうー!みきもやりたい!」

神谷さんの呑気な指摘が、全ての答えだった。

241 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/04/26(木) 00:22:02.13 0
た、確かに……!いちいち大声で指示出しなんかしていたら、相手に避けてくれって言ってるようなもんだ!
気づけば神地さんは、驚異的なスピードでこちらに迫ってきていた。

「指示だしてる奴黙らせりゃオッケーじゃん?」

こいつ、指揮者の僕を潰す気だ……!
一秒と保たずに両手に生やした注射器が僕の首を貫くだろう。鎖は二本とも手繰り寄せる途中でこちらの防御に回せない!
絶体絶命の大ピンチ、僕はやられるのを覚悟した。

「ここかなっ?」

――不意に目の前を横切った革竹刀。
それを持つ神谷さんが、確かに神地さんを見ながら、彼の顔面に向かってフルスイングした!

「っ!」

咄嗟にガードした両腕ごと竹刀の一撃を叩きこまれ、突進の勢いすら完全に跳ね返されて、神地さんは床を転がった。
大したダメージにはなっていない。だけれど、その一撃は不可視のはずの神地さんの優位性を崩すに十分すぎた。

「か、神谷さん……見えてるんですか?」
「んーん、見えてないよー。でも、おにいちゃんが『ここを見て怖がってた』から」

……!!
そうか。確かに、そうだ。
『他人の目は自分を映す鏡』って言葉があるもんな。
自分が他人にとってどう見えているか、他人の表情を見て考えろという意味の、主に身だしなみに関するメソッドだ。

そして――逆説的に『自分の目は他人を映す鏡』でもあるのだ。
みきちゃんもとい神谷さんは、"僕にとって相手がどう見えているか"を僕の眼を見て判断し、敵の場所に当たりをつけた。
まさに感受性に優れた幼子ならではの対抗手段だった。

「イッテェー……暴力系とかマジ勘弁……女は無気力・無抵抗に限るぜ……」

ゆらりと立ち上がった神地さん(神谷さんだの神地さんだの似たような名前ばっかでややこしいな)が、
ドブ川の腐ったような眼でこちらを睥睨する。そこに怯えはなく、ただ歯向かうガキに対する苛立ちだけが見て取れた。

「か、神谷さん、敵が!敵が立ち上がってる! ほら右、右に攻撃して!」
「みぎってどっちー?」
「ごはん食べるときにお箸を持つ方!」
「みきおうちでもナイフとフォークしか使わないよぉー」

武士娘っていう設定はどこ行った!?
もしかして中学生ぐらいの頃から開花してどっぷりハマり込んじゃったのか!日本史に!

葉村さんに指示を出しても避けられる。
神谷さんに読み取ってもらうにも、伝えられる情報が単純すぎて使いものにならない。
結局僕がなんぼ敵を発見できるからって、自分自身が戦えなきゃどうしようもないことに変わりはなかった。
AI戦闘の出来の悪いドラクエみたいだ……。

ん、待てよ。居るじゃないか、もう一人。
まともなコミュニケーションの成り立つ知能と、読心術めいた感受性を併せ持った大馬鹿野郎が僕の仲間に。

たった今僕にできることは、長志くんが僕の考えを『想像』して、神地さんの居場所を特定できるように。
のっそりと近づいてくる黄色いヤクザが、注射器を振り上げても目を逸らさずにガン見し続けることぐらいだった。
打ち込まれれば廃人確定の液体で満たされた凶気が、僕の首めがけて振り下ろされる――


【神地を視認することができるが、指示のタイムラグによって攻撃を当てられない。次の長志くんのターンで決着希望】

242 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/05/02(水) 00:38:47.06 0
>「九條!私と神谷を指揮しろ!!恐らく、お前は相手の事が『見えている』のだろう!?」
>「九條さん、ホースの確保は私に任せるっす――――そして、勝手に九條さんを信じさせて貰うっすよ!!」

「……お前達って奴は、本当に……俺にいいカッコさせるのが嫌いみたいだな、まったく」

皮肉げな台詞――だが彼の口元には安堵の笑み。
長志恋也は理解していた―― 一撃必殺の薬物を凶器とする男を相手に、無事でいられる筈がないと。
自分に出来るのはその『無事ではない』を少しでもマシな方向に転がす事だけだと。

(だが……どうするつもりだ?姿が見えないってのは……見た目通りに地味だが、凶悪だぞ。
 リゾットとか、メレオロンとか、石ころ帽子とか……九條、お前一人が見えたところで……)

そこで思考は強制中断――大人の膂力から放たれたケンカキックが腹に減り込む。
無様に床に転がった長志恋也は、鈍い痛みに細めた眼で戦況を見上げた。

状況は――芳しくない。
わざわざ狙いを宣言した後での攻撃に当たるほど、相手も間抜けではなかった。
そして何より――葉村も神谷も、攻撃の起点となる九條を守る事が出来ないのだ。

「何やってんだ、九條。こうなる事は……お前だって、十分『想像』出来たろう……」

だというのに九條は動かない。ただ一点を見つめて、不動の姿勢を保っている。
いくら相手が見えないとは言え、逃げ回る事くらいは出来るだろうに。
つまり――そこには、その不自然には、何か理由があるのだ。

長志恋也はその理由を思考する。
九條が、恐らくは目前まで迫った神地を前に動こうとしないのは。

「そういう事……でいいんだよな、九條」

背の低い彼が、顔を上に向けて眼を剥いているのは――『そこに誰かがいるから』以外に、あり得ない。

「少しだけ、自惚れさせてもらうぞ!」

咆哮と共に、長志恋也は九條が見つめる虚空めがけて飛びかかる。
そこに神地がいるのなら、貧弱な自分が彼を止める術は一つ。
全体重をかけて彼を突き飛ばすしかない。
そして――確かな手応えがあった。床を踏み締める足に力を込めて全身を前に押しやる。
神地ともつれるようにして、長志恋也は床に倒れ込んだ。
注射器の割れる音が聞こえた。位置関係は――長志恋也が上、神地が下だ。

「これなら……アンタが見えなくてもなんら関係ないな!」

左の拳を振りかぶって、神地の顔面があるだろう場所に振り下ろす。
鈍い音が響いて、真っ赤な血が滴る――長志恋也の拳からだ。
彼が殴ったのは神地の顔面ではなく、床だった。

「……チクショウめ。俺が主人公だったら、今ので間違いなく終いだったんだがな……」

苦し紛れの冗談を吐く。不毛だと分かっていても、軽口でも叩かなければ気が萎えてしまいそうだった。
全力で床に叩きつけてしまった彼の拳は、目を背けたくなるほど無残に割れてしまっていたのだから。
いくら馬乗りの状態だったとは言え、ただでさえ狙いの定まっていない大振りの拳など――少し身をよじれば神地は十分に避けられたのだ。

「バーカ、ガキが浅知恵で調子こくからそうなんだよ」

何かを言われたような気がした。
耳には残らない。が、腹の底がざわつくような感覚から、恐らくは馬鹿にされたのだろうと『想像』出来た。
お返しに皮肉の一つでも吐いてやろうかと長志恋也は口を開いて――急に視界が大きく揺れた。
眼の奥で光が弾けたかのように視界が明滅する。
口の中には血の味と鋭い痛みが広がって、頭がふらふらと揺らいで上手く静止出来ない。

243 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/05/02(水) 00:40:03.81 0
側頭部をぶん殴られたのだ。
彼の想像力がその答えに辿り着くまで、そう時間はかからなかった。
更に追撃の、蹴りだか拳だかは分からないが、とにかく打撃が顔面にめり込む。
長志恋也は為す術もなく、壁際にまで転がされた。

「なーにが自惚れさせてもらうぞ、だよ。ダッセー奴」

その言葉もやはり、長志恋也には聞こえない。
そのまま神地は新たな注射器を取り出し、改めて九條を睨む。

「……無様にもほどがあるな。心底ダサいぜ、この状況」

だが長志恋也の零した呟きが、神地の足を止めた。

「つくづく思わされるな、俺が主人公だったら……いや、今更ない物ねだりをしても始まらないか」

長志恋也が血まみれの左手で、顔を拭う。
鼻から口からと節操無く流れ出る血で、左手の中に小さな血溜まりが出来た。

「後はもう、終わらせるだけだからな」

苦痛に歪んだ表情に混じる、不敵な笑み――そして彼は左腕を無造作に振るう。
血の飛沫が飛び散って、床や壁に赤く小さな水玉模様を描いた。
一部に不自然な空白を残して。

「まぁ……俺じゃどう足掻いてもアンタに敵わないのは、想像に難くなかったからな。
 コイツが俺に出来る精一杯ってやつだ」

声を発する度に口内の切り傷が悲鳴を上げる。
もう喋るのも億劫だと言いたげに、長志恋也は葉村と神谷を見た。

「ま、そういう訳だ。……終わらせてくれ」

彼の言葉が終わるのを待たずに、既に二人は動いていた。
束ねた鎖と革竹刀――人外の放つ渾身の一撃が、不自然な空白を挟み潰す。
壊滅的な音が響いた。長志恋也の拳が割れた時の音が、生優しく思えるくらいに悍ましい破壊音が。
姿は見えなくとも関係ない。今の一撃を受けて、立っていられる者などいる筈がない。

それから少し遅れて鈍い音が聞こえて、神地が床に倒れ伏したのだと分かった。

「……参ったな。どうも俺には、そいつがぶっ倒れていても見えない事には変わりないらしい。
 クソ……鼻も口も手も、馬鹿みたいに痛むってのに。
 そいつのアホ面を拝んでやれないとはな。割りに合わんぞ、まったく」

長志恋也がまるで感覚のない、痛みだけに満ちた左手を苦々しげに見つめながら、そうぼやいた。


【決着。今回は五日で投下出来ると思ったんだが、まあ誤差って事で許してくれ】

244 :こはわにー:2012/05/06(日) 21:09:26.38 O
すみませんっす、レスちょっと遅れそうっす

245 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/05/08(火) 23:25:45.20 0

走る 走る 走る
  走る 走る 走る

酸素を取り込む為に、口を開く時間すら惜しい。
一歩毎に蹴り付ける様な勢いで床を踏み、跳躍する様に風を纏って駆け抜ける。
だが、それでも足りない。足を前に踏み出すまでの時間がもどかしい。

(……急げ、急ぐっす、私……っ!)

遥か後方で悪漢を食い止める友人達の努力に報いる為。己が目的を果たす為。
小羽はその全霊を持って、前進を行っていた。
限界の速度を出し続ける脚の関節と筋肉が軋みの様なアラートを出しているが、
それらを全て意思で押しつぶし、小羽鰐は進む。

何よりも、時間が無いのだ。

もはや小羽には名前も思い出せない『見えない敵』。
その男と相対した事によって、小羽達は貴重な時間を大幅に消費してしまった。
それはつまり、敵の増援の到達がそれだけ近づいてしまったという事なのである。

……恐らく、『見えない敵』は長志や九條達が倒してくれる事だろう。
それがいくら厄介であるとはいえ、彼らなら出来る。小羽はそう信じたからこそ駆け出したのだ。
けれども、敵を倒したとはいえその後に来る物量を主兵装にした敵は流石に手に余る。
だからこそ、それらと対峙する前に小羽はこの階を脱出するキーアイテムを入手しなくてはならないのである。

「あった……っす!」

疾走の果て。廊下の角に差し掛かった、所で小羽は目当ての消火栓をその視界に捉えた。
切迫していた小羽の表情に僅かに安堵の笑みが浮かび……

「ずあーんねん!ここで行き止まりだぜ!オラァ!!」

曲がり角。小羽から死角になっていた位置に隠れていた筋骨隆々の男。
その男のミドルキックが、小羽の腹部に放たれた。

「ひゅー!流石ノクボ君だぜ!不良校の番長の小判ざ……参謀として学校を制覇した実力は本物だ!」
「へへへ、ノクボクンのキックを喰らった奴で“無事(セーフ)”だった奴はツルノさんくらいだからな。
 あんな細っちい女だ。全身の骨が“踊(ダンス)”っちまったんじゃねぇか?」

その光景を確認してから、筋肉男……ノクボと呼ばれた男の背中に隠れていた2人の男が
ニヤニヤと笑みを浮かべつつ顔を出した。
彼らは元々この階の警備を担当としていた不良の一団であり、それ故このフロアへの召集命令が出された際、
いち早く現場に駆けつけられたのである。
奇襲により勝利を確信した取り巻きの男は、敗者の醜態を確認する為、
蹴りを入れたままの姿勢のコクボに近づいてその肩を叩く。

「おいおい、どうしたんだよノクボく……ひゃあ!!?の、ノクボくん!!?」

そして、その肩を叩かれた衝撃で、ノクボはその場に崩れ落ちてしまった。
あまりに唐突な自体に取り巻きの男達は錯乱し――――倒れたノクボのその先に見えた光景に、悲鳴を挙げる事となった。

「……よかったっす。この程度の人数なら、20秒もあれば掃除出来るっすね」

そこに君臨していたのは、蹴りが放たれたと思われる腹部を痛がる様子も無く、
先程までノクボの股間があったと思わしき位置からゆっくりと突き出した右足を引きながら、
凄絶な冷笑を浮かべる少女。小羽鰐の姿

彼らにとっての本当の地獄は、ここからだ―――――

246 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/05/08(火) 23:26:04.50 0
―――――

小羽が消火栓からホースを引き摺るようにして持ってきた時、既に一発屋との戦いは終焉を迎えていた。
傷だらけの長志と、ストレスの発散でもしたのか、どこかすっきりした様子の神谷。
彼らが戦闘態勢「ではない」のを確認すると、小羽は立ち止まり大きく安堵の息を吐いた。

「九條さん、長志さん、葉村さん、神谷さん……信じていた通り、無事でいてくれてありがとうっす。
 私も、約束を果たしたっすよ……!」

全員に持って来たホースを見せた小羽は、額に汗を浮かべながらも小さく笑みを浮かべる。
そんな小羽の言葉に葉村は満足げに小さく頷き、
神谷は「あれー……あのお姉ちゃんをみてると、ほわほわするー」と、相変わらず幼児退行している。
その後、小羽が長志の腕に出来た傷に驚愕し、九條に止血の為の布など持っていないか聞く場面もあったが、

――――そんな安堵は長くは続かない。
小羽は一度眼を瞑り開いてから、真剣な表情で告げる

「……皆さん、判ってると思うっすけど、もう既に嶋田の配下はこの階に集まりつつあるっす。
 だから、急いでこのフロアから脱出しましょう……当然、目的地は嶋田のいる下のフロアっす。
 入口が窓の電撃戦。さあ、掟を破ってショートカットをする準備はいいっすか?」

先程ノクボに蹴られた右脇腹を隠す様にして右掌を重ねた小羽は、己の友人達を一人一人見つめる。
左手には、消火栓のホース。強度も十分。後は覚悟だけだ。

【遅くなった上に、余り進まなくて申し訳ないっす……!】

247 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/05/13(日) 22:31:27.66 0
【今回レスが遅れてしまいそうです。ごめんねちょっと待っててね!】

248 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/05/14(月) 23:32:03.04 0
>「ま、そういう訳だ。……終わらせてくれ」

血まみれの長志くんが、自らの血飛沫でもって表現した『謎の空白』(僕には見えているけどね)。
そこへ神谷さんと葉村さんの同時攻撃が逃げ場なくぶち込まれ、神地さんは床のシミになった。
ピクリとも動かない。流石に死んじゃいないとは思うけど、少なくとも立ち上がれるようななまはかな攻撃じゃあない。

>「……参ったな。どうも俺には、そいつがぶっ倒れていても見えない事には変わりないらしい。
 クソ……鼻も口も手も、馬鹿みたいに痛むってのに。そいつのアホ面を拝んでやれないとはな。割りに合わんぞ、まったく」

「いや……見えなくてよかったと思う。僕しばらく肉料理は食べられそうにないよ」

とかなんとか適当なことを抜かしながら、僕たちは健闘を讃え合い、束の間の安堵を噛み締めた。
とはいえ、事態はなんら好転しちゃいないってことはここに明記しておかねばなりますまい。
ほら、いまも廊下からばたばたと慌ただしく走ってくる音が……

>「九條さん、長志さん、葉村さん、神谷さん……信じていた通り、無事でいてくれてありがとうっす。
 私も、約束を果たしたっすよ……!」

バァン!と扉が開け放たれて、顔を出したのは汗を額に張り付かせた小羽ちゃんWithホースだった。
ホースと書くとなんだか小羽ちゃんが馬に乗って馳せ参じたみたいだけど、全然そんなことはなくて、
彼女はマラトンからギリシャまで戦報を運んだ兵士のようにぜえはあと息を切らしながら壁に寄りかかった。

「おかえり、小羽ちゃん、労いはそこのポエマーにかけてやってくれ――っと、大丈夫かよ?」

小羽ちゃんは、長志くんに負けず劣らず疲弊していた。
廊下を駆けてきただけにしては、衣服のそこかしこにさっきまではなかった傷や汚れが見て取れる。
まるで僕らの知らない場所で、一戦交えてきたかのようだ。

「長志くん、ちょっと沁みるよ」

長志くんの手傷は思いの他深く、普通の包帯じゃ対応できそうになかった。
血が止まらないので、やむを得ず、潜入工作用の強粘着とりもちを表面に塗布して水絆創膏の代わりにした。
人体に使う目的で作られたものじゃないから、接着剤と同じであくまで応急措置だ。

>「……皆さん、判ってると思うっすけど、もう既に嶋田の配下はこの階に集まりつつあるっす。
 だから、急いでこのフロアから脱出しましょう……当然、目的地は嶋田のいる下のフロアっす。
 入口が窓の電撃戦。さあ、掟を破ってショートカットをする準備はいいっすか?」

「オーキードーキー。すぐに支度をしよう」

249 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/05/14(月) 23:32:23.62 0
僕は部屋の窓を開け放ち、窓縁のフレーム部分にホースの一端を巻き付け、とりもちで固定する。
何度か強く引っ張り、絶対に脱落しないことを確認してから、皆にホースへの掴まり方を解説した。

「いいかい、こうやって手のひらに一回巻きつけるようにしてホースを持てば、不意に滑って落ちるってことはない。
 突入して、足元が確かになったら、握った手を離すだけでひとりでに結束が緩んで、手がホースから抜けるよ。
 今回僕たちは時間の関係で命綱を付けられない。手を放すタイミングを間違えれば即アウト、留意してくれよな」

ホースの先端から僕、長志くん、小羽ちゃん、神谷さんの順に掴まり、最後に葉村さんに連結を促す。
しかし葉村さんは、窓縁に足をかける段になった僕らに向かって、微笑んで首を横に振るだけだった。

「葉村さん、早くしないとヤクザ達が!」
「……そうとも、ヤクザ達はじきにこの部屋へやって来る。
 そうなったとき、この窓縁にホースが残っていたら、これを伝って嶋田の部屋に侵入したのが即座に露呈するだろう」

! そうか、いかにも、その通りだ。
この場からは逃げ遂せても、結局僕らの行先がバレているのなら、そこにもきっとヤクザ達は押しかけてくる。
だから、最低でも一人は必ずこの部屋へ残って、使い終わったホースを隠滅しなければならない。

「ならば私が適任だろう。私ならば、ここに一人残されたとて、そう簡単にはやられはしないさ。
 もともと私は司法の申し子、多勢に無勢の戦いは手慣れたものだ」

確かに、葉村さんの人越者たる鎖繰りは、狭い屋内で多くを相手取るにおいてこそ真価を発揮する能力だ。
それにな、と葉村さんは言う。

「後輩たちが張り切るのなら、黙って背中を押してやるのが先輩というものだろう」

葉村さんの腕が唸り、鎖の束がごおと音をたててこちらに迫る。僕は思わず目をつぶる。
幾多もの悪人を屠ってきた無双の鉄鎖は、しかし驚くほど柔らかく、ありえないほど丁寧に、僕たち四人の背中を押した。
桟に足をかけていた僕らは、たったそれだけの運動エネルギーでバランスを崩してしまう。
ホースを手に巻きつけたまま、ビル風吹く中へと放り出された。僕は振り返る。
窓に四角く切り取られた背景の中で、葉村さんはこっちを見ない。その背中はあまりにも小さく、そして眩しかった。

「美紀を頼んだぞ」

重力の手が僕らを捉え、どんどん小さくなっていく窓の中から、扉を蹴破る轟音と大勢の革靴の足音が聞こえた。
今聞こえたのは銃声だろうか。じゃらりじゃらりと鉄の擦れ合う音だけは、風の中でも強く届いた。

「葉村さん――!」

当然、叫びは届くはずもなく。
そして僕たちはすぐに、下の階のガラス窓へと激突した。

 * * * * * *

250 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/05/14(月) 23:32:52.42 0
ガラスを割った音、って多分多くの人は耳にしたことがあると思う。
オノマトペで言うとパリィン!とかガシャァン!とかそんな感じの、耳を劈くような甲高い破砕音。
だけど僕らが耳にしたのは、そんな快い音ではなく、金管楽器をぶち撒けたみたいな鈍い音だった。
それは、この窓硝子が高級な強化ガラスで出来ていて、それをぶち破るほどの破壊力を僕らの体当たりが持っていたことの証左。
うまい具合に靴底からぶつかれたから良かったけれど、下手に肩からぶち当たってたら間違いなく骨折していた。

ホースから手を離し、運動エネルギーを保ったまま飛び降りる。
ガラスの破片が散らばるふかふかの高級絨毯の上を転がって、僕はなんとか姿勢を立て直す。
後に続いた小羽ちゃん、長志くん、神谷さんも同様に部屋の中へと転がり込んだのを確認してから、僕は立ち上がって前を見た。

「なんやお前ら。人様の部屋に入る時は玄関から靴脱いでって学校で教わらへんかったんか」

上等な黒檀のデスクに、爪先の尖った鰐皮の靴を載せて、背広姿の嶋田が僕らを睥睨していた。
リーゼント気味の前髪はポマードで怪しく光り、出っ張った顎の先にはぶっとい葉巻を咥えている。
その表情は平静そのものといった感じで、自室に窓から不法侵入された人間のする顔ではなかった。

「ま、教われへんやろなあ。最近の子供は一般常識も知らんとニュースは抜かしよるが、そら学校の責任やない。
 全ては親の教育の賜物や。思うにな、昨今この時代、ガキがガキの親やってんねん。そう思わんか、ガキ共?」

嶋田だ。嶋田。部長を刺し、僕らの居場所を奪った、殺してやりたいほど憎い相手。
こうやって相まみえる日を、僕はどれほど待ち侘びたことだろう。こいつを殴れるその瞬間を、どれだけ渇望したことだろう。
胸の中に再燃した、真っ黒い炎は、最早感動すら伴って、僕の思考を染め上げる。
ぞくぞくして、おしっこちびりそうだった。

「殺してやるよ、嶋田――!」

僕は制服の内ポケットにねじ込んであったトカレフを抜き放って、スライドを引き、嶋田の頭に照準をつけた。
トカレフは安全装置がない銃だ。ハンマーさえ上がっていれば、あとは引き金をひくだけ。
驚いたことに、あれほど法に触れるのを嫌っていた僕が、どうしてか一切の仮借なく引き金を引いた。

「死ね」

ドンッ!

大砲のような音がして、反動で跳ね上がった銃身から、鉛色の弾丸が飛び出した。
それは嶋田の頭の少し上を通過し、飾ってあった額縁をばらばらにした。

「はあーっ!はあーっ……」

脂汗をびっしりかきながら、僕は今の射撃結果を反芻して、次の弾で確実に殺るべく構えを修正する。
嶋田は、ほんの数センチ頭の位置が違ったら死んでいたにもかかわらず、平然とそこにいて僕を見続けるのだった。
その眼が、嫌だった。まるで視線に毒があって、目と目があったところから僕の心を侵食されているようだった。

「あかんあかん。人を撃つときはヘッドショットに拘らず胴体を狙えって習わんかったんか?
 せやろなあ、今の教育制度ってホンマ、ホンマに教えなならんことを先延ばしにするのが好きやのう。
 な、お前。これでわかったやろ?お前が大事に思っとる学校は、実際のところ全然大したことあらへん所やってことに」

「黙れ……!」

「――学校は人生において大切なことを学ぶ場所やあらへん。センター試験の対策をする場所や」

「あああああああああっ!」

そのくせ僕はきっちり嶋田の教え通り胴体に照準を向けて、銃を構え直すのだった。
この距離で、あの的のでかさなら、今度こそ――嶋田先生の言う通り、胴体を撃ちぬくことができるだろう。
人殺しになるっていうのに、なのに僕は一切躊躇わずに。だけれど何故か叫び声だけは勝手に腹の底から出しながら。
引き金を。
引く。

【嶋田登場。 精神汚染。】

251 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/05/19(土) 05:48:51.02 0
>「いや……見えなくてよかったと思う。僕しばらく肉料理は食べられそうにないよ」

「奇遇だな、俺もだ。口ん中が使い古した雑巾みてーにズダボロでな、当分塩気のある物は食いたくないぜ。
 まぁ……とにかく、よくやってくれたな九條、それにアンタ達も。俺だけじゃ……ヤバかったな」

舌が裂傷を刺激しないよう細心の注意を払いながら台詞を紡ぐ。
それから口の中に溜まった唾液と血を吐き捨てた。

>「九條さん、長志さん、葉村さん、神谷さん……信じていた通り、無事でいてくれてありがとうっす。
 私も、約束を果たしたっすよ……!」

「こちらこそ、だな。無事に帰って来てくれてありがとうよ、小羽。
 ……まぁ、俺が無事かどうかってのは、わりと議論の予知があるとは思うが」

苦い表情で自分の左手を見る――九條が布で止血を試みるが、どうにも上手くいかない。
結局、潜入用のトリモチを水絆創膏代わりに使用する事にしたらしい。

「おいおいちょっと待て。それ、ちゃんと剥がし液はあるんだろうな……。
 それと、鼻と口にまでは詰めてくれるなよ。こっちの血は……その内止まるだろ」

特に鼻ティッシュは断固として拒否――鼻にティッシュを詰めて最終決戦に臨むなんて事は絶対に避けたかった。
とは言え、どこぞの平穏を臨む殺人鬼も言っていたように、鼻血が出て良い事は何もない。
鼻呼吸と口呼吸では、実は鼻呼吸の方が体内に酸素を取り込む効率はいい。
その為、鼻が血で詰まってしまうと体内への酸素供給量が不足して、結果として脳や身体の働きが鈍るのだ。
それは長志恋也も例外ではなく、加えて彼は単純に傷の痛みや軽度の貧血もある為、
先ほどからいまいち思考が働かない状態に陥りつつあった。

>「……皆さん、判ってると思うっすけど、もう既に嶋田の配下はこの階に集まりつつあるっす。
 だから、急いでこのフロアから脱出しましょう……当然、目的地は嶋田のいる下のフロアっす。
 入口が窓の電撃戦。さあ、掟を破ってショートカットをする準備はいいっすか?」

>「いいかい、こうやって手のひらに一回巻きつけるようにしてホースを持てば、不意に滑って落ちるってことはない。
 突入して、足元が確かになったら、握った手を離すだけでひとりでに結束が緩んで、手がホースから抜けるよ。
 今回僕たちは時間の関係で命綱を付けられない。手を放すタイミングを間違えれば即アウト、留意してくれよな」

それでも最終決戦を前にしての、命まで懸かった確認には、口で深く息を吸い込んで集中し、耳を傾ける。

「……そういうのは先に言っておいて欲しかったぜ、九條。
 そうすりゃ俺も、もうちょい自分の左手を大事に扱ってやってたんだがな」

ホースを握り締めるにはとても心許ない左手を一瞥して呟いた。
それでもやるしかないとホースを握り締める。やはり痛い。思わず顔を顰め――

>「葉村さん、早くしないとヤクザ達が!」
>「……そうとも、ヤクザ達はじきにこの部屋へやって来る。
  そうなったとき、この窓縁にホースが残っていたら、これを伝って嶋田の部屋に侵入したのが即座に露呈するだろう」

けれども葉村の言葉に、長志恋也は眼を見開く。
そして――自分の両頬を力いっぱいに張った。左右両方の手で。
痛い。とてつもなく痛い。顔も、左手も。
だが、これでいい。痛みが、痛みで紛れた。

「……どいつもこいつも、カッコいいとこ見せやがって」

強く、ホースを握り締める。
直後に葉村の鎖が皆の体をふわりと掬い上げた。
鉄の鎖から手放された長志恋也は、今度は重力の鎖に囚われる。
目の覚めるような急激な加速が身を包み――気がつけばもう目の前に強化ガラスがあった。
鈍く重い衝撃、狂暴な破壊音。

252 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/05/19(土) 05:49:19.01 0
「ぐっ……!」

全身を駆け巡る凄まじい震動に、思わずホースを手放す。
強化ガラスを破壊して尚も緩まない慣性に耐えられず、長志恋也は両腕で顔を庇いながら床を転がった。
さっきからの意識低下も相まって、彼は鈍い動作で頭を振るだけだ。言葉の一つも発さない。

>「なんやお前ら。人様の部屋に入る時は玄関から靴脱いでって学校で教わらへんかったんか」
>「ま、教われへんやろなあ。最近の子供は一般常識も知らんとニュースは抜かしよるが、そら学校の責任やない。
  全ては親の教育の賜物や。思うにな、昨今この時代、ガキがガキの親やってんねん。そう思わんか、ガキ共?」

「……興味ないぜ。少なくとも今、この瞬間はな」

長志恋也は立ち上がりながら、猛毒のような皮肉を吐くでもなく、語彙の限り罵倒するでもなく、淡々とそれだけ呟いた。
もう思考が回らないのだ。
黒く熱い感情は胸中で今も膨れ上がっている。ただ、頭も体も、既にそれについていけないだけで。

>「殺してやるよ、嶋田――!」

しかしそのおかげで、長志恋也はかえって冷静でいられた。
感情の昂ぶりに従うままに銃を構えた九條を見て、冷水をぶちまけられたような気分になってからは、尚更に。
唯一問題があるとすれば、

>「死ね」

彼はもう、やめろと叫ぶ事も、九條を抑え込む事も出来ないほど疲弊していた。
乾いた発砲音が響いて――嶋田はまだ立っていた。
銃弾が頭のすぐ上を突き抜けていったのに、驚くほど平然と立っていた。

>「はあーっ!はあーっ……」

>「あかんあかん。人を撃つときはヘッドショットに拘らず胴体を狙えって習わんかったんか?
  せやろなあ、今の教育制度ってホンマ、ホンマに教えなならんことを先延ばしにするのが好きやのう。
  な、お前。これでわかったやろ?お前が大事に思っとる学校は、実際のところ全然大したことあらへん所やってことに」

「……やめろ、九條。そいつの話なんざ……聞く必要、ないだろ……」

せめてもの呼びかけ――それも九條には届かない。

>「黙れ……!」

>「――学校は人生において大切なことを学ぶ場所やあらへん。センター試験の対策をする場所や」

>「あああああああああっ!」

止めなくては――その為に、長志恋也は淀みなく行動が取れた。
想像力が働かなくたって何も問題はなかった。
九條を止められないのなら、やるべき事は、やれる事は、一つしかないのだから。

そして――再び銃声が響いた。立て続けに三つ。
部屋全体が僅かに震えて、火薬の匂いが周囲に漂う。

「……悪いな、九條。カッコいいとこ、盗っちまった」

長志恋也は九條に先んじて、嶋田を撃っていた。
懐から抜いた銃を片手で構えて、その銃口の先では嶋田のスーツに赤い染みが滲んでいる。

「……で?次は何を教えてくれるんだ、嶋田先生よ」

人を撃った。だと言うのに長志恋也は、先ほどまでの嶋田と同じように、平然としていた。


253 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/05/19(土) 05:49:39.23 0
「人を撃った後の、やっちまった後悔って奴か?それとも……」

銃口を口の前に運んで、立ち昇る薄い白煙をふっと吹いて、言葉を続ける。

「トカレフの銃弾が防弾チョッキを撃ち抜けるなんて話は、今じゃもう時代遅れだって事か?」

意識朦朧としながらも長志恋也は想像する。
嶋田が何の防御策もなく、九條に発砲を促すとは考えにくい。
彼は他人にとっての最悪を追求して、不快な気分にさせる事を好む。
ならば恐らくは――人を撃った事への途方も無い後悔、撃ち殺せなかった事への絶望、
一方で撃ち殺せなかった事に安堵してしまう自分への嫌悪、体よく踊らされた事への怒りと不甲斐なさ、そしてなによりも無力感。
その全てを九條に教え込もうとするだろう、と。

「そんでもって、だ」

一呼吸置いてから、長志恋也はもう一度銃の引き金に指をかける。
そうして今度は自分の側頭部に銃口を押し当てて、発砲した。
赤い液体が弾ける。

「どうだ、肝と頭は冷えたか?」

それから長志恋也は気怠そうに九條に問う。
演劇部の備品、遊戯銃から撃ち出された血糊の弾頭を手の甲で拭いながら。

「アイツの言いなりになってどうするよ。そんな事がしたくて、ここに来た訳じゃないだろ?」

遊戯銃を懐に仕舞い――彼は代わりに自分のスマートフォンを取り出した。

「クールダウンするついでに、こいつを預かっといてくれ。何かの拍子に壊れちまうかもしれないからな。
 ……まぁ正直な話、壊れちまってもそう大して困らないんだがな。
 最近のは色々と便利な機能があるみたいだが……俺にとっちゃ、それが動いてようが壊れてようが、使いこなせない事に変わりはないんだ。
 お前なら、きっと話は別なんだろうけどな」

それを強引に九條に押し付けた後で、長志恋也は嶋田に向き直る。
深く息を吸って、吐いて、それから口を開いた。

「正直なところ、俺は今すぐにでもアンタを……どうにかしてやりたい。
 が、その前に一つ、聞いておきたいんだ。どうにも腑に落ちない事があってな。
 アンタはどうしてアイツを……部長を刺させたんだ?」

聞いておきたい事がある――それは嘘だ。
長志恋也にとって、何故刺させたのかなんて事は些事に過ぎない。
奴が部長を刺させた、殺そうとした、大事なのはそれだけだ。
ただ今の長志恋也は、どうにも体が言う事を聞かない。
故に体力回復の為の時間稼ぎをしているのだ。無論――目的はそれだけではないのだが。

「今だってそうだぜ、ガキを煽って自分を撃たせるなんて危なっかしい真似……大人のやる事じゃあないよな。
 一体何が、アンタをそうさせるんだ?」

【スマホ預ける、質問】

254 :名無しになりきれ:2012/05/22(火) 20:56:00.87 0
次スレ
学園ものTRPスレッド★3
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1337687672/

255 :こはわにー:2012/05/27(日) 10:46:27.30 O
……度々の遅延、本当に申し訳ありませんっす
ノートン先生の期限が切れて、バイトの給金が入るまでネットに繋げないっす
必ず書くので、我が儘だとは判ってるっすけどもう少しだけ待ってやってくださいっす

256 :名無しになりきれ:2012/05/27(日) 23:18:35.41 0
貧乏人乙

257 :九條十兵衛 ◆mJkMShtvmg :2012/05/28(月) 20:28:04.63 0
了解!待ってるよっ!

258 :長志 恋也 ◆4PYkPn.guGfT :2012/05/29(火) 05:47:15.10 0
あぁ、待ってる
なにか気の利いた事の一つや二つでも言えればいいんだが、どうもその辺を言葉にするのが難しくてな
とりあえず、気にしていないとだけ言っておこうか

259 :名無しになりきれ:2012/05/31(木) 21:22:08.82 0
保守」

260 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/05/31(木) 23:29:22.07 0

>「後輩たちが張り切るのなら、黙って背中を押してやるのが先輩というものだろう」
>「美紀を頼んだぞ」

そうして、葉村は小羽達を送り出し一人その場に残った
追手を食い止める為。進むべき道を守る為
我武者羅に進む青臭い後輩達の「先輩」として――――

「……」

落下の前に見えた小さく、けれど気高いその背中に、小羽は声をかける事はしなかった。
それはきっと葉村の矜持を汚さない為。
先輩が後輩に任せろと言うときは、いつだって後輩に格好を付けたい時だ。
だったら、後輩がするべきはその意思を挫く事ではなく……信じる事だろう。



そして、彼らの青春の中で巻き起こる物語はいよいよ佳境を迎える
幕開けは、砕け舞い散る硝子の吹雪と共に



>「なんやお前ら。人様の部屋に入る時は玄関から靴脱いでって学校で教わらへんかったんか」

「……嶋田……っ!!」

その憎らしい声を、その不愉快な顔を、その恨めしい性質を……一体どれだけ求めた事であろう。
倒れる事無く着地した小羽が、凍りの様な怒りを湛えて睨みつける視線の先。そこに奴はいた。
ポマードで塗り固めた髪。葉巻を咥え、傲岸不遜に机上に足を放ったその姿。

嶋田。

学園に薬をばら撒き、部長に凶刃を向けた相手。
憎しみしか抱くことの出来ない相手。
小羽達の「敵」がそこに居た。

>「ま、教われへんやろなあ。最近の子供は一般常識も知らんとニュースは抜かしよるが、そら学校の責任やない。
>全ては親の教育の賜物や。思うにな、昨今この時代、ガキがガキの親やってんねん。そう思わんか、ガキ共?」

他愛無い挑発の文句。
その一言一言が、薄汚れた綿で剥き出しの神経を撫でられてでもいるかの様に、不快感を加速させる。
湧き上がる怒りは、麻薬が児戯に思える程に精神を高ぶらせ、全身の筋力リミッターをすら外してしまう。
いつかの時の様に、小羽の瞳は毛細血管の断裂により血の赤色へと染まっていった。

だが。だがそれでも――小羽は、嶋田に拳を振るわなかった。自制する事を叶えた。
衝動的に嶋田へと襲い掛かろうとする自身の本能を、理性の力で捻じ伏せたのだ。
それは恐らく、かつて嶋田を「殺そう」と襲撃をかけたという薄暗い経験が影響したのだろう。
あの時に、道を違えようとした自分を引き止めてくれた友人が居た事。
それを思い出した事によって、小羽は衝動を耐え抜いたのである。

そう、確かに今日此処に訪れた理由は、復讐をする為であり、不快な男の顔を殴り飛ばす為でもある。
だが、決して人としての倫理を逸脱する為ではないのだ。
小羽は言葉を発する為に大きく息を吸い

261 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/05/31(木) 23:30:28.44 0
>「死ね」

直後、直ぐ傍で響いた火薬の炸裂音に身を竦ませた。
火薬の音、その凶悪な音は……紛れもない銃声。
そして、この部屋には現在小羽達と嶋田以外の人間は居ない。
更に、嶋田は銃を構えておらず、だとすれば……

「え……なにを、して……」

長い間油を挿されなかったブリキの人形のように、小羽がゆっくりと首だけで振り向けば
>「はあーっ!はあーっ……」
九條。学園の生徒であり、小羽の仲間であるその「普通」の少年が、黒い小さな殺人道具を構えていた。

(……なんで……どうして、意味が判らないっす……なんで、なんで……なんで……)

その光景を肉眼で見ても尚、小羽には何が起きたのかが判らなかった……否。解ろうとしなかった。
仲間に裏切られても、知人に蔑まれても、友人に恐れられても。
それでも現実から目を背ける事だけはしてこなかった小羽であったが、その彼女をしてもこの光景だけは認められなかった
それほどまでに、闘争というものと縁遠い仲間が、日常の少年が
「人を殺そうとした」その光景は
小羽にとって衝撃的だったのだ。

>「……やめろ、九條。そいつの話なんざ……聞く必要、ないだろ……」

「っ……!そう、っす!何してるっすか九條さん!!やめるっす!!」

長志の静止の言葉で忘我の状態からようやく回帰した小羽であったが、その言葉にいつもの力は無い
だがそれでも、友人の蛮行を食い止めるべく、努めて冷静を装いつつ声を出す。


残酷なまでに現実は非情で、炸裂音は再度響く事と成る

「え……」

漏れ出す声が震える。
再度聞こえた炸裂音は……長志。怪我を負い、冷静であるかに見えた彼の手元からだった。

>「……悪いな、九條。カッコいいとこ、盗っちまった」

彼の手には、やはり黒い鉄の塊。
それを確認した瞬間、小羽の視界が陰る

(あ……ダメだ……なんで……二人に、持たせるべきじゃなかった……護身用だからなんて認めずに、
 早々に取り上げてれば……人殺しの道具なんて、持たせちゃいけなかったんだ……)

それは、絶望によるもの。
長志が拳銃を手放し、九條に冷静になる様に呼びかけているようだが、
それらの言葉は動揺した小羽の耳に入って来ず、心は少しも楽にならない。
玩具の銃であるというネタ晴らしをしているというのに、
まるで五感が恣意的に絶望的な情報のみを選び取っているかの如く、その情報を認識出来ず、
小羽の意識は絶望に浸っていく。

九條は少々性癖が特殊ではあるが、基本的に優しい少年であり、
長志は性格が少々屈折しているがそれでも他人の痛みが判る少年だ

ならば、そんな彼らを変えてしまったのは誰だろうか?
答えるまでもない。それは小羽だ。
彼女が自身の私怨に二人を巻き込んだりしなければこんな事にはならなかった
自傷的な自虐的思考が瞬く間に小羽の心を支配していく。

262 :小羽 鰐 ◆DeLd.MSvGY :2012/05/31(木) 23:31:58.60 0
「そうだ、私のせいだ……私が悪い私が悪いんだ……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
 ごめんなさいごめんなさい……私が悪い……ごめんなさい……」

>「今だってそうだぜ、ガキを煽って自分を撃たせるなんて危なっかしい真似……大人のやる事じゃあないよな。
>一体何が、アンタをそうさせるんだ?」

壊れた人形の様に色を失った顔で俯きブツブツと呟く小羽。
未だ興奮冷めやらぬ九條。

嶋田はそんな二人を見て嬉しそうに目を細め、唯一まともそうな長志に粘つく様な薄ら笑いを浮かべる。

「はっ……おいおい、なんや、まるで俺が無理矢理やらせたみたいなこと言うな自分は。
 そんなに自分は正しいと思い込みたいんか?」

長志のダミーの銃によるブラフにもまるで堪えた様子は無く、
椅子から足を下ろし、机の上に両肘を乗せ腕を顔の前で組むと、嶋田は順々に三人の顔をしっかりと見つめる。
その濁った相貌で、小羽達の心の底など全て知っているとでも言うかの様に。

「アホな餓鬼共がイキがって薬に飛びついたのも、自分からヤクザに喧嘩売って刺されたのも、
 こうやってそこの餓鬼が俺が死ぬかもしれないのに銃を撃ったのも、全部俺のせいか?
 ――――ちゃうやろ。それは『自己責任』ちゅう奴や」

そして、最後に長志の顔を見つめ、とても……とても楽しそうに唇を歪める

「ガキ。お前、さっき俺に聞いたな?なんで俺がこないな事してるんか。
 ……俺はな、お前らに幸せになってもらいたいんや。大人になる為に、大切な事を教えてやりたいだけなんや。
 最近のガキは勉強ばっかで、大切な事を教わらへん。自分の行動には自分が責任を負う事も知らんのや」

「だから――――誰も教えないなら、俺が教えたろうと思ってな。
 俺が、学校をセンター試験の対策をする場所じゃなく、お前らガキ共が生きる上で大切なモノを学べる場所に変えたる。
 無機質なコンクリの小屋がもしそんな場所になれたら……素敵やん?」

明らかに虚偽で虚飾にまみれた、嘲笑の意思さえ込められた嶋田の言葉。だが、その言葉には不思議な力があった。
聞く者の心に染み入るように、確実に影響していく、言葉の力。
それは……とある部活の部長と呼ばれている少年を彷彿とさせる程に。

嶋田憎しで此処まで乗り込んできた小羽であったが、
もはや彼女ですら九條の発砲を起点に嶋田のその言葉に呑まれ始めてしまっていた。
悪いのは全部自分で、嶋田は実は悪くないのではないか。そう思わされ始めていた。
それはもう、思わず自身の手で自分の首を絞めるという行為に出る程に。
そんな小羽を鼻で笑ってから、嶋田は神谷を除いた二人に告げる。

「お前らも今までの自分の行動に責任を持てるなら、どうすればいいか判るやろ?
 さあ、しっかり『反省』するんや」

【小羽:嶋田の言葉に呑まれ錯乱させられる。自分の首を自分の意思で自分の腕で絞めさせられる】
【バイト代が入ってノートン先生復活っすよ!!お二人とも、本当に遅くなってすみませんっす!!
 それ以上に、待っていてくれてありがとうございますっす!!】

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